FC2ブログ

『「天地人々ワレ一体」宇宙ととけあう究極の心法』発売開始!

2018年09月11日 19:52

月の月20日(G9/11)KIN216 黄色い銀河の戦士

NY911テロから17年のタイミングに
『「天地人々ワレ一体」宇宙ととけあう究極の心法』(ヒカルランド)がついに発売!

新刊カバー 

アマゾンでは本日付けで発売開始となりました(送料無料)。
全国各地の書店でも注文可能です。



新体道、天真書法塾、アオキメソッド(瞑想)、剣武天真流、ボラン ティア活動を通じて《天真体道》を学んで来た立場から、達人・青木宏之先生が示された普遍的な「道の思想」と、心身を自由 にするシンプルで誰にでも取りくみ易いメソッドをまとめて大公開。

「気」を活性化させ、天地人々と一体化する体操や型、ポール・ソロモンの予言や遠当ての秘密ほか、驚愕の体験やエピソードを多数紹介!

クリカのブログ、引っ越しました!

2018年07月04日 22:48

★ブログ「シンクロニック・ダイアリー」のお引越しをしました!
これより先は、クリカHPメインサイトへと続きます。

★なお、クラスのスケジュールもそちら(メインサイト)でご確認いただけます。
今後ともどうぞよろしくお願いします。

お手数ですがリンクの変更をお願いします。
www.kulika.com

13の月の暦タイムスコア展 at TIME&SPACE

2018年05月29日 23:55

★開催期間:6/1(金)〜 7/1(日)
★会  場:二子玉川TIME&SPACE(水曜定休)

ステッカー 

絵師みよこみよこさんと「13の月の暦に替える平和の運動」に長年関わって来た時間芸術学校クリカのコラボ作品「13の月の暦TIMESCORE」の新年度版(赤い宇宙の月の年版)が、間も無く完成します!

「白い惑星の魔法使いの年(2015.7.26~)」から制作が始まったタイムスコアも今年で4年目。白、青、黄、赤の4色が揃うタイミングを記念して、暦に使われるイラスト原画展が二子玉川で開催されます。

会場となる「TIME&SPACE」は、「銀河の同期*」直前の2013.7.5(青い宇宙の夜)に二子玉川に出現した、宇宙的直感を活性化する「時間と空間」。マフィンやパンケーキで有名なカフェですが、毎日変わるランチメニューも絶品。

ランチやお茶に訪れる方は、会期中いつでもみよこ画伯による原画を見ることができますし、購入することもできます。また、それらが1つにまとまった「13の月の暦TIMESCORE」も、もちろん購入可能です。「何だか面白そう」と思った方は、是非、その感覚を信じて遊びにいらして下さい。

*会期中にイラスト原画をご注文の方は、送料無料となります。
*会期中「13の月の暦タイムスコア」は、2160円(税込)で購入可能です。

(*)「銀河の同期」は、1990年に発表された『ドリームスペル』の中で「時間船を出港させ、太陽系の銀河の五度和音を奏でる目標点」あるいは「人類種から普遍生命としての銀河種に飛躍するポイント」として定められた「黄色い銀河の種の年」元旦(2013.7.26)を指す言葉。

夢のアンテナの向け方

2018年01月13日 01:27

■共振の月3日 (G1/12) KIN234 白い宇宙の魔法使い (by D)

お正月期間が終わって世間が動き始めたG1/9,10、青山(表参道)の善光寺で行われたゾンサル・ケンツェ・リンポチェによる「密教を垣間見る("Glimpse of Vajrayana”)」に参加して来た。ここ数年、同会場でシャーンティデーヴァ『入菩薩行論』の連続講演が行われていて、今年も1/7,8はその続きだったのだが、諸事情で今回は後半のみ参加させて頂く形となった。

あくまで「垣間見る」だけで、密教を教わったという訳では無かったが、声聞乗、大乗、金剛乗、それぞれの特質と違いを、大変わかりやすく解説して下さって、大いに勉強になった。仏教に土台を持つマインドフルネスが、そこを隠して単なるビジネスツール(商品)として広まっている事を痛烈に皮肉ってみたり、相変わらず時代に即応した講演内容でユーモアに溢れており、しかも本質的である。

また、毎度の事ながら時間に正確で冗長さも全く感じさせない。話に広がりがあるのに脱線しっ放しになる事は無く、質問への回答も、一見飛躍しているようでいてポイントがズレる事は無い。これは、通訳(やそれを助ける人々)との意思疎通も滑らかである事の証拠と言えよう。主催のシッダールタズ・インテントの運営の仕方、アナウンスなどにもそれは現れていて、見事に調和的で美しかった。

と、ここまで書いて「青山善光寺(表参道)の仏縁」という前の記事を検索で辿ってみたら、殆ど同じような感想を某Dなる人物(過去の自分)が書いていた(笑)。それくらい、毎回新鮮に「素晴らしい!」と思える方だし、本質においてブレが無いのである。

その場にとって必然性の無い事は、極力省く方針を取られている一方で、どんなに簡略化しても押さえるべきところは押さえているという、この絶妙なさじ加減に毎度感服させられるのである。冒頭に行われたマンダラ供養(教えの請願)にもそれは示されていて、とても短い短縮版ながら、okudaさんという方がリードして下さって、皆さんと気持ちを合わせて捧げる事が出来た。

このokudaさん、実は、私がしばしばお世話になっている大阪のチャクラさんとも前々からご縁があるようで、チャクラのオーナーご夫妻からよくお話は伺っていたのだが、今回はリンポチェの真正面に座られていて、色々と気を向けなければならない立場にいらっしゃるようだったので、あえて声はおかけしなかった。いずれゆっくりお話出来る機会が巡って来ると思えたからでもある。

そもそも、リンポチェとのご縁はケンツェ・ノルブ名で監督された映画『ザ・カップ:夢のアンテナ』にある。前の記事にも書いてあるが、実は初めてLと観に行った映画がこの「夢のアンテナ」なのだ。それが時を経て、二子玉川から電車1本20分とかからない場所で、二人揃って直々に講演を聞ける事になったのだから、幸運この上ない巡り合わせと言えよう。

もちろん、唐突に繋がった訳ではなくて、ゾンサル・ケンツェ・リンポチェの師ディルゴ・ケンツェ・リンポチェとの出会いについては、『シンクロニック・ジャーニー』P43に写真入りで書いてあるし、NPOの活動で毎年訪れているカトマンズでのシンクロについては、上記「青山善光寺(表参道)の仏縁」の中にまとめて書いてある通りである。

だから、今回、私達にとっての初日でもあった1/9(KIN231)に、お寺の山門前でいきなり立ち話をされているリンポチェにご挨拶出来る機会があったのも、「Lの銀河の誕生日祝い」という感じで、ある意味、自然な出来事のように思えたのだった。万事そういう印象ではあったのだが、2日目午前中の体験についてだけは、ちょっと記しておきたいと思う。

善光寺 ★講演が行われた青山善光寺の本堂内

私は、お話を聞きながら半ば瞑想状態に入っていて、いつしかリンポチェの祖父ドゥンジョン・リンポチェ、師のディルゴ・ケンツェ・リンポチェ、前世に当たるジャムヤン・ケンツェ・チューキ・ロドゥ(*)、さらにはこの法脈の源とも言えるグル・パドマサンバヴァへと至る流れに、深い感謝の気持ちを捧げていた。

また、不思議なシンクロで導かれたパトマサンバヴァゆかりの聖地、インドのツォペマ、ブータンのタクツァン、ネパールのファルピンでの体験や出来事なども思い出していた。すると何と、今回、どなたかからのリクエストがあったという事で、急遽パドマサンバヴァに関する祈りをリンポチェが唱えて下さる事になったのだ。

それほど長い時間では無かったが、この時の感覚は、ツォペマでシンクロに導かれて加持を受けた時のものに非常に近く(この時の経緯は『シンクロニック・ジャーニー』に記してある)、後でLに感想を聞くと「あの時と全く同じ感じだった」との事。またしても、全く思いがけない形でありがたい機会を頂いてしまった。現地での出来事を思い出していた直後だっただけに、私にとってその驚きは大変なものだった。

しかし、私は「アンテナを常に本質に向けていれば、そこから届くシグナルを聞き逃す事はない」という気持ちも、同時に味わっていた。情報過多と言えるほど情報に溢れている現代において、アンテナの向け方は、その人の針路を決定する大きな要素であると思う。私が具体的事象をすっかり忘れても、同じ対象に同じ反応をするのは、自分の「夢のアンテナ」が常に一定の方向に向いているからだと思う。

ちなみにゾンサル・ケンツェ・リンポチェは1961.6.18生まれのKIN126(9・世界の橋渡し)で、私達と同じ「運命の道筋」になるパターンは、Lの2スピン(520日)後、私の4スピン(1040日)後という関係になっている。私の誕生日の520日後&リンポチェの誕生日の520前がLの誕生日、という言い方も出来る。

この暦の数え方を示したホゼとロイディーンもまた、チベット仏教に深い影響を受けており、彼らの師チョッギャム・トゥルンパ・リンポチェは、ディルゴ・ケンツェ・リンポチェにも学んでいるのである。そして、タクツァン滞在中に「西洋の科学物質文明の中に仏教を真に根付かせるには、自らの中の精神の物質主義を断ち切ることが必要だ」と悟ったらしい。

ドリームスペル13の月の暦)』を、いわゆるマヤ暦からのみ追っている人々が、結局のところ本質を理解できないまま情報を歪曲し、嘘で塗り固めることに終始してしまうのは、こうした背景や仏教的見解について、あまりに無知であるからだと思う。

逆に、チベット仏教(特に超宗派的な系譜の人々の教え)にある程度馴染んでいれば、『13の月の暦』の伝えている本質は割と直ぐに分かってしまうと思う。例えば、一つの見方に執着せず、多様な文脈で物事を捉える事ができるかどうかというのも、その一つだ。こうした見解は、人生をより豊かにし深めてくれるもので、知識の切り売りとは全く別な方向性のものなのだ。


(*)私はゾンサル・ケンツェ・リンポチェがこの方の転生者だとは知らずに、『知恵の遥かな頂』のP179に掲載されているこの方の写真のポーズに何故か惚れ込んでいて、よく真似をしていた。最初、Lだけがゾンサル・ケンツェ・リンポチェの講演に参加した時、指の動かし方が独特でジャムヤン・ケンツェの写真とどこか似ているという事が話題になったのだが、その時点でもまだ転生者である事を知らなかったのだ。

イヌとパンダの奇妙な絵馬

2018年01月02日 23:27

律動の月21日 (G1/2) KIN224 黄色い電気の種 (by D)

明けましておめでとうございます!

グレゴリオ暦で2018年、干支では戊戌(つちのえいぬ)年になった訳ですが、「戊(つちのえ)」という字と「戌(いぬ)」という字がこんなに似ているとは、恥ずかしながら今まで気づいていませんでした。それぞれ十干の5番目と十二支の11番目という意味で、どちらも字の原義とは関係がない当て字のようなものですが、この二つが重なるのは60年に一度なので、少なくとも今生では初めて出会った年回りという事になります。

さて、二子玉川に越して来て14回目のお正月を迎えた今年の元旦は、近所の瀬田玉川神社に初詣して来ました。住所的に氏神様に当たる神社なので、比較的よく参拝している方ですが、毎年という訳ではなく、その年のノリで結構違う神社にお参りする事もあります。実際、去年は等々力にある玉川神社、その前の年は浅草寺とそのお隣の浅草神社でした。

暖かくなった午後に神社に向かうと、お天気が良かったこともあってか、階段下の坂道まで長い行列ができていました。読書しつつ40分あまり、境内に到着すると奇妙な立体絵馬が目につきました。何とも微妙なテイストで、何故かパンダ(シャンシャン?)まで描かれているので、「何だこの絵馬は?」と思ってよく見たら、何と6日前に近所で偶然お会いしたばかり(経緯はコチラ)の蛭子さん(KIN81)の奉納作品!

KIN81は今の私の「運命の道筋」でもあり、お会いしたカフェで6月に「13の月の暦 TIMMESCORE展」を開催する事にもなったので、お正月から縁起の良い出会いとなりました。後でシャンシャンについても調べてみると、生誕日は2017.6.12のKIN20で、私(KIN241)の「神秘のパートナー」である事も判明。確かにイヌ年にパンダとは予期せぬ出会い(笑)。蛭子さん独特のセンスのお陰で面白い発見に至りました。

D.jpg L.jpg 

実は、今年も直前まで、どこに初詣するか決めて居なかったのですが、「6月に世田谷美術館でシャンバラ教室展を開催するし、近所でTIMMESCORE展もやるのだから、家と美術館の間にある氏神様にしよう」という事で決まったのでした。もし、違う神社にお参りしていたら、蛭子さんとのシンクロもパンダとのシンクロも味わえなかった訳ですから、この選択は完璧だったと言えるでしょう。

世田谷美術館には「13の月の暦」誕生に強力なインスピレーションをもたらした「パカル王の石棺」の拓本も保管されています。ですから、この暦の情報を通じて、蛭子さんやパンダとの繋がりも見えて来た流れには、ある種の必然性が感じられるのです。

おみくじにもそれは現れていて、私は43番大吉を、Lは20番大吉を引きました。20は「律動の月20日」(G1/1)とその日のサイ時間(*1)「黄色い太陽」の紋章コード番号、そしてシャンシャンの誕生KIN。KIN43(4・夜)は、初詣に出かける直前にFBで姿を見かけて「いいね」した六甲山系時空のサーファー・吉田雅昭さんの誕生KINで、「パカル王の石棺」が発見されたKIN218(1952.6.15)とは「神秘のパートナー」の関係。

「青い夜」という意味では、元旦の「2・夜」(KIN223)ともシンクロしていましたが、このKIN223は、『マヤのリズム』や『霊性のアート』にも登場して頂いている安倍昭恵さんの誕生KINでもあります。そして、昭恵さんとお会いした時に、キーナンバーとなって現れたのがKIN81で、これが昭恵さんの剣山登山や第81代安徳天皇とも繋がって来た事は『霊性のアート』(P136.137)に書いた通りです。

自分がKIN81の道筋の時にKIN81の蛭子さんとやたらにシンクロするのは、その辺りの出来事ともリンクしているのかもしれません。また、瀬田玉川神社の御祭神は、日本武尊、大己貴命(大国主命)、少彦名命で、日本武尊は景行43年まで生きていたとされています。剣山、安徳天皇(三種の神器の伝説)、日本武尊(草薙剣と深い縁あり)を繋ぐ数が、少なくとも私にとっては81(9×9)である事をメモしておく事にします。

もう一つ、43番のお神籤の歌は「風吹けば風ふくままに…」で始まっており、G暦大晦日から始まった「風のウェイブスペル」とも綺麗にシンクロしていました。そして、このブログを途中まで書きかけたまま、先刻、食事をしながら観ていた映画は『テルマエ・ロマエ』。この作品を選んだ動機は、ヤマザキマリが原作という事だけで、主演が阿部寛である事以外は何も知らずに見始めたのですが、何と、ショールームの部長役で蛭子さんが登場!流石に驚きました。

ちなみに、今日のKIN224は、自分が生まれた年「黄色い電気の種の年」にシンクロ。恒例の年末年始(12/30~1/1)ウォーターレメディ断食(*2)を無事終え、新年最初の食事をいただき、先刻、今年最初の満月の光で細胞を活性化させ終えたところです。6日後の「13の月の暦クラス」と「ポーランド・トークイベント」では、お正月サービスでこうした様々なコツもシェアする予定です。どうぞお楽しみに!

(*1)G暦元旦は、その日のサイ時間KIN120(3・太陽)を通じて、常に「黄色い太陽の季節」の始まりとシンクロしている事に気付きました。

(*2)断食直前に新しいレメディをつくり、それを飲みつつ、白湯、お茶、コーヒー、紅茶、具なし味噌汁なども飲む、軽い減食期間。身体もよく動かすようにします。

イーストウッドの美学

2017年12月30日 22:28

律動の月18日 (G12/30) KIN221 赤い宇宙の竜 (by D)

クリスマスイブにイーストウッドの『許されざる者』を観た。我が家で「何を観よう?」となった時に役立つのは『荒木飛呂彦の超編愛!映画の掟』。荒木先生(KIN10)のツボは私達とかなり被っているので、この本を参考にすればまずハズレは無い。他の要素はどうあれ、ツボさえ押さえられていれば「いい映画だった」という感想になる。

もちろん『許されざる者』もそうだった。モーガン・フリーマンやジーン・ハックマンなどの共演者もいい味出していたが、それ以上に「何を重んじているか」「何を描こうとしているのか」という所に納得感がある。多分、そこにこそイーストウッドの美学があるのだと思うし、それが私達にも響くのだ。

この映画、公開日に関する面白いシンクロがあった。米国で1992.9.7(KIN51)、日本で1993.4.24(KIN51)。つまり、米国公開からぴったり260日後の同じKINに日本で公開されたのだ。G4/24はダ・ヴィンチ(KIN186)の太陽暦誕生日でもあるのだが、ここから色々な繋がりが見つかったので、以下、自分用にメモしておく。

許されざる者』は、イーストウッドが2人の師に捧げた映画で、その一人は何と『荒野の用心棒』の監督セルジオ・レオーネであった!『荒野の用心棒』は、「11・嵐」の年の「12・嵐」の日にフィレンツェで体験した劇的シンクロがきっかけとなって注目した映画で、その縁に刺激されてフィレンツェから戻って4日後の2016.9.10(KIN5)には観ていた、という経緯がある。この映画で主人公を演じたイーストウッド(KIN233)が、レオーネをそこまで尊敬していたとは全く知らなかった。

フィレンツェの旅でのキーマンは、ダ・ヴィンチとモリコーネで、二人はKIN186という時間で繋がっていた。現地で滞在最後の夜に思いがけず耳にした生演奏が、モリコーネによる『荒野の用心棒』のテーマ曲だったと判明したのは、帰国してからの事。ダ・ヴィンチの生誕565周年とLの79銀河スピンが重なった2017.4.24(KIN231)は、『許されざる者』の日本公開24周年でもあった訳だ。そして、その上映時間(131分)は、この映画を見た時点でのLの「運命の道筋」(KIN131)ともシンクロしていた。

荒野 ★『荒野の用心棒』のワンシーン

ところで、1929.1.3(KIN240)生まれのレオーネは、『荒野の用心棒』を始めとするマカロニ・ウェスタンのシリーズだけでなく、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』という映画も監督している。大学入学時のオリエンテーションの場で「好きな映画は?」と聞かれた時に、思わず口にしたタイトルがこの映画だった事だけやけに鮮明に憶えているのだが、自分にとって「映画らしい映画」という印象が強いのは今も同じである。

イマジネーションを刺激する音楽、それと見事にマッチする映像、描かれている時代や人物、そして物語の中の時間経過の見せ方。そういうところに、私は「映画らしさ」を感じているのかもしれない。今回、改めてレオーネについて調べる機会を得たおかげで、私は驚きの発見をした。何と、レーオネとモリコーネは、小学校の同級生だったというのだ!歴史に残るような音楽家と監督のこの関係は、それだけで映画になりそうな話だ。

さて、昨夜はアマゾンプライムのお試し期間の宣伝にまんまと乗せられて『グラン・トリノ』を観る事になった。荒木先生が紹介しているイーストウッド作品なら何でも良かったのだが、無料で観られる作品である事と、タイトルに惹かれるものがあるという理由で何となく決まった。

にもかかわらず、イーストウッド演じる今回の主人公は、何とポーランド系米国人のコワルスキーという人物だった。かなりいい加減な根拠で選んだ映画だったのに、またまたポーランドが来てしまうのは、年明け最初のイベントを「スープ王国ポーランドの秘密」にした事と関係しているのかもしれない。

グラン・トリノというのが、フォードの車名だというのが分かったのは劇中での事で、その車名がイタリアのトリノに由来するものだというのは、映画を見終えた後に確認して分かった事だった。自分が初めて訪れたイタリアの街がトリノだったから、それもあって何となく選んだ映画ではあったが、フィレンツェでの劇的体験から巡り巡ってこう繋がって来るとは思っていなかっただけに、新鮮な驚きがあった。

許されざる者』と『グラン・トリノ』の終わり方は全く違うようでいて、その筋は、場面設定が違うだけで、殆ど同じ事を描いているように思える。そして、その原型は『荒野の用心棒』にあるとも言えよう。レオーネモリコーネ、イーストウッド。本人達の私生活については知らないが、彼らが作り出したものや作品を通じて描こうとした所には、深く共感できるものがある。

映画についてのメモはここで終わりで良かったのだが、自分がトリノについて書いた記事が何かあったはずと検索してみると、トリノの学校でKIN118(1・鏡)に剣武天真流の演武をした事を、KIN131(1・猿)にUPした記事が見つかった(魔術都市トリノの聖なる引力)。

今日のサイ時間単位はKIN118で、2017.1.1(KIN118)ともシンクロしていたので、「白い鏡」から始まった1年の終わりに、年の初めの時間と、トリノという空間にアクセスするサーフィンを楽しめた事に感謝しつつ、このメモを終える。


追記:「青いスペクトルの嵐の年」の間に、思いがけず2回訪れる事になったフィレンツェ。2回目最後の滞在日は20
17.5.31(KIN8)で、イーストウッドの87歳の誕生日に当たっていた。

「最古の聖書」とクムランの暦

2017年12月28日 23:10

律動の月16日 (G12/28) KIN219 青いスペクトルの嵐 (by D)

4日前の日曜夕刻、気分転換を兼ねてPC作業をさせてもらおうとツタヤ家電に赴いた。席を確保し、コーヒーもゲットして「さあ始めるか」と思って眼前の注書きをふと見ると「土日祝日のPCの利用はご遠慮ください」の文字!なにィーーーッと思いつつ、パッと切り替えて気になっていた本を読む事にする。

が、その本の検索結果は「在庫なし」。仕方がないので店内の近場を適当に流していると、講談社学術文庫のコーナーで『死海写本最古の聖書」を読む』というが目に止まった。クリスマスイブという事で無意識的に「聖書」に反応したのかもしれない。

長居するつもりは無かったので、全7章のうち第4章の「クムラン宗団の思想」(P137~177)だけ読もうと決めた。ちなみに、クムランとは死海の北西にある丘陵地の名だ。荒野の40日とシンクロする40ページのうちの後半10ページは、何とクムラン宗団(エッセネ派)の暦についての話だった。

そこには、1年364日(7日52週)の太陽暦を基礎としつつ、354日の太陰暦も考慮された太陰太陽暦(3年に一度30日の閏月が入るタイプ)だった可能性がある事が記されていた。終末論とも結びついていたこれらの暦は、神学的営みそのものでもあったという。

バビロン捕囚の期間が70年で、そこから終末までが490年と見なされていたというのもその一例と言える。70週=490年(ここでは週=7年の意)という表記もあり、70がキーナンバーとして様々な所に登場する事も書かれていた。奇しくも2017年は写本発見からほぼ70年。最終的に972見つかった写本のうち、最初に発見された死海(クムラン)写本は7つ。

その日の「13の月の暦(ドリームスペル)」ツォルキンは「7・鷲」で、その神秘のパートナーは「7・白い世界の橋渡し」だったが、「世界の橋渡し」のキーワードは「死/等しくする/機会」。まさに神秘の働きで、全く予期せず『死海写本死海文書)』を40ページだけ読む機会を得たのだった。

念のため「あとがき」だけは目を通したが、そこではっきりしたのは、「聖書」が完成形の教えとして唐突に出現したのでは無かったという事。著者の土岐氏は、その事を以下のように表現されている。

”紀元前後頃、あるいはもう少し後まで、ユダヤ教にせよキリスト教にせよ、固定化された「聖書」は存在しておらず、「聖書」についての考え方は非常に柔軟であり、流動的であった、と言うことができる。”

おそらく、ほぼ全ての聖典や「教え」は、そうしたプロセスを経て徐々に形成されたもので、ある時点で(政治的に)力のある強い立場の者から強制力が働いた時に固定化された、と考えるのが自然だと私は思う。

そもそも人間は、同じ出来事に遭遇し、同じ言葉を聞いていても、各人の背景(成長過程での体験その他)によって、それを全く異なった意味合いで受けとってしまう事がありうる存在である。この事は、何かの探求をするに当たって、常に念頭に置いておく必要があるポイントだと思う。

地図 ★フィレンツェ・ラウレンツィアーナ図書館のプトレマイオス図(今回の内容とは直接関係はないが死海の位置はこの地図の中央左付近)

ちなみに、「最古の聖書」で検索すると、「レニングラード(サンクトペテルブルク)写本」とか「アレッポ写本」などが多くヒットする。「死海写本」がヘブライ語聖書(旧約聖書)の最古の写本を含んでいるのは確かだが、今回、私が手にした本で主に取り上げられていたのは、現在「旧約聖書」として知られているものには含まれていない、当時のクムラン宗団の「教え」であった。

それ故、『死海写本最古の聖書」を読む』というタイトルに対しても、著者が「あとがき」で注意を促しているのだが、「売り上げ」につながるタイトルを付けたがるのは出版社の性みたいなもので、読者の側がそれを理解していないと、そこから「勘違い」が拡散して行く事になるのである。

「13の月の暦」をパクって、あちこちの解説文をゴッタ煮的にツギハギしただけの「偽・マヤ暦」が、日本では「マヤ暦」として広まってしまっているのも、情報の受取手である読者が、何の疑いもなしに本のタイトルや中身を鵜呑みにしてしまう事に、ひとつの要因があると私は思う。

情報が複雑化している現在、最低限の調査と検証くらいはして「見る目」を養って行かないと、騙されている事にすら気づかないまま、偽情報の拡散に無自覚に加担してしまう事になるだろう。各宗教の聖典が共通して「欲」の抑制を訴えているのは、それが「思い込み」を増長させ「目を曇らせる」ものであることを、見続けて来たからではないだろうか。

最後に、死海写本(文書)の一部は、写本を保管しているイスラエル博物館のサイトで閲覧する事が可能である事をメモしておく。

最近の記事