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2020年07月26日 13:20

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ユーザー必読【13の月の暦】の大基本!

稽古会員募集中!
・剣武天真流蒼天支部道場
・天真書法塾シャンバラ教室
・時のからだ塾(クリカの先端クラス)

13の月の暦《TIMESCORE》黄色い水晶の種の年版リリース!

『宇宙の暦は13ヵ月』著者・小原大典による講座
★10/14(土)横浜ナディア「13の月の暦」&「天真体道瞑想クラス」
テーマ別クラス「開花(種)と水晶(12)の力」
★11/3(祝)神楽坂セイギーヒー
Galactic Seed(銀河の種)として「自分の物語」を生きる

13の月の暦ユーザー交流の場が誕生!「13の月の暦水晶の円卓」



定期開催ワークショップ
〜毎回新しい発見がある、心身魂が喜ぶワークショップ〜
単発で何度でもご参加いただける自由なスタイルのクラス。学び方、楽しみ方にルールはありません。ピン!と来たらいつでもどうぞ。新しい発見と喜びを求めて、どこまでも伸び伸びと深化し続けて行きましょう!

【天真体道 瞑想クラス】by 小原大典 D
動きや型を通じて瞑想を深め、明るいからだ、美しいスピリットを取り戻します。仲間と共に行う瞑想は、1人で行うよりもずっと深く安定したものになります。細胞レベルからピカピカに。初心者の方も安心してご参加頂けます。
・朝 :10/11(水)
・夜 :未定(近日中にご案内)

【13の月の暦・時空のサーファークラス】by 小原大典 D
自然のリズムと調和し、自分の時間(心)を取り戻す目的で新しく生み出された『13の月の暦(ドリームスペル)』の基本を学ぶクラス。毎日が楽しい発見とシンクロニシティで満たされる時空のサーフィンに、今、ここから乗り出してみましょう!

(11/23 詳細は近日中にご案内)



個人セッション
〜パーソナルなニーズに寄り添うセッション〜
経験豊富なセラピスト&コンサルタントによるプライペートセッション。定期的な心身のケアーにもどうぞお役立てください。(完全予約制となります)

【ウォーターセラピー】
by 小原大典 D
心身を速やかに美しく変容させる、自分だけの特別な水を作ってみませんか?
その時、その状況に合った自分だけの特別な水「ウォーターレメディ」を創ると、潜在意識の回路を通じて様々な問題が解決へと向けて動き出します。健康面、メンタル面、ペットのヘルスケアなど、幅広い領域で驚きの報告も沢山届いています。ブログ「
ウォーターセラピーの現場から」にも、解決例の一部を掲載していますので、ご参照下さい。

【スピリチュアルリーディング】 by 小原蘭禅 L
こちらのセッションにいらっしゃる方は、不思議なことに、大飛躍の波、素晴しい変容のタイミング、チャンスの扉の前にいらっしゃる方が多いのです。人生の テーマ、幸せ、前世、恋愛、パートナーシップ、過去生、旅、経済・・・ご相談内容・ジャンルの制限は一切ありません。クライアントご自身の質問に沿う形 で、クリアな指針となるメッセージをリーディングさせて頂きます。どうぞリラックスしてお越しください。(スカイプによるセッションもご提供中。地球のど こからでもお受け頂けます。)

【バースデー・スペシャル】 by 小原蘭禅 &小原大典 D
ウォーターセラピー&リーディングの最強ダブルセッション
〜お誕生日を迎えるあなたへ〜お誕生日はどなたにとっても最も神聖なタイミング。魂の根源からの深いメッセージ(光の情報)を受取り、あなただけのバースデー・レメディ(誕生の水)で、心身魂ともにご自分自身の源泉のエネルギーに再び出逢いましょう。ウォーターセラピーを経験された事の無い方には、ウォーターレメディとの幸せな出会いのチャンス!なぜなら、私たちはみな、水から誕生したからです。新しい気持ちで、さらにHAPPYな時間の波に乗って行きましょう。銀河のお誕生日・グレゴリオのお誕生日どちらでもお受けいただける充実のコースです。



会員制稽古
〜生涯をかけてどこまでも深めて行ける会員制のクラス〜(各クラスとも、ご入会受付中。)
稽古の世界は、一人一人が自分で歩んだ分しか前に進めませんが、互いに磨き合い、励まし合える道友は、同じ道を共に歩み続けてこそ得られるものです。そして、その道友の存在が、また一歩、前に進む勇気を自分に与えてくれるのです。

【剣武天真流 蒼天道場】  師範 小原大典 D
日本の霊性と武道、そして美のエッセンスが凝縮された剣武の正式支部道場です。経験等関係なく、老若男女、誰でも学ぶことが出来ます。力みのない流れるような身体の使い方は、日常のあらゆる場面に応用できるものです。自身の魂や場を清める型や礼法から入って、剣を通じて真の自由な心身の境地を目指します。
(月1回、火曜19時〜21時)
【天真書法塾 シャンバラ教室】 師範 小原蘭禅 L+ 瞑想指導 小原大典 D
「いのちの道」を学ぶための書道教室です。天真書法塾シャンバラ教室は、天真書法塾の世界初の正式な支部教室として2010年3月10日にスタートしました。天真思想を基礎に置き、心魂を磨き、霊性を高め、世に貢献したいと願う方々の為のスピリチュアルな書道教室です。無鑑査師範の小原蘭禅(シャンバラ教室代表・書法指導)、弐段師範の小原天迅(天真行法・瞑想指導)の常時2人体制で、直接の指導に当たっています。教室での稽古に加えて、通信(スカイプ)稽古、プライベート稽古を行っていますので、状況に合わせて学んでいただくことができます。

【時のからだ塾】  塾長 小原大典 D
「時のからだ塾」は、新しい体験、発見を通じて、驚きや楽しみを増大させ、繋がりを見出す力を、参加者自らが育てて行けるようにする場です。共鳴場の力を活用するため、1ターム(月1回全6回)を最大定員8名の固定メンバーで行い、2ターム目以降は継続参加者優先で、欠員分のみ募集します。

剣武天真流蒼天道場天真書法塾シャンバラ教室時のからだ塾の会員の皆さまには、クリカならではのスペシャルな会員特典があります。《稽古人への贈り物》をご活用下さい。


【NPOクリカ/チベットサポート】 
NPOクリカでは、国と文化を奪われ、貧困状態にあるチベット難民の子供たちへの教育支援を行っています。チベット文化はチベット仏教に根ざした慈悲の文化です。支えているつもりの私たちが、いつも子供たちに支えられているのを感じます。どうぞ子供たちの未来を一緒に応援してください。在ネパールのマナサロワール・アカデミーを通じて、特定の子供をサポートして頂く場合は月々3,300円(観音様の数字)。詳しくはリンクをご覧ください。




クリカへのご連絡:ise@kulika.com または、isekulika@facebook.com


一粒万倍天赦日の魔法台風18号

2017年09月19日 23:46

月の月28日 (G9/19) KIN119 青い月の嵐 (by D)

昨日、月の月27日(G9/18)は、母(KIN93=赤い月の空歩く者)の喜寿(77)の誕生日だった。特別なお祝いの機会という事で、「九つ井」本店の離れを予約してみたのだが、その時には、9、18、27が並ぶこの日が、テレクトノンで「ボロン・イクが9の力を送り出す」日だという事にも気づいていなかった。

本店に割と近いエリアに実家がある関係で、ずっと昔から「九つ井」の名は知っていたが、縁のないまま時は過ぎ、数少ない支店の一つがある二子玉川に越して来てからも、気軽に入れる感じではないお店と思い込んだまま13年間が経過していた。

変化の波は、本店近くに友人の増田博一(1・鏡)&オラヌ(5・鏡)ご夫妻が引っ越した事と関係して訪れた。その経緯は「大本を辿るー浅野正恭と井上鑑昭」に書いた通りだが、その後、改めて「九つ井」について調べてみると、割とリーズナブルにランチも頂ける事が判明。結果、この夏は二子玉川店にしばしば通う事となった。

G9/18は、『13の月の暦ドリームスペル)』ツォルキンだとKIN118(1・鏡)で、鏡のウェイブスペルの初日。台風18号は、当初の予報より早く関東圏を抜け、午前には台風一過の晴天となっていたが、本体は日本列島を北に向けて縦断している最中だった。「白い鏡」の紋章コードNo「18」とシンクロしたこの台風は、全く新しい秩序に向けての魔法を、日本全土にかけていたのかもしれない。

…と書いてから急に気になり、この台風について調べてみた。するとG9/9(5・月)に発生し、9/18(1・鏡)までの9日間勢力を保った模様。「赤い月」の紋章コード No「9」も含め、「9」で非常に強力にコード化されているのが分かる。「赤い月」のキーワードが「普遍的な水・清める・流れ」である事をメモしておこう。

talim.jpg ★台風18号の映像  earthobservatory.nasa.govより

アジア名はフィリピンが命名した「タリム(talim)」で「刃」の意味。興味深い事に、ドリームスペルで「白い鏡」の参考にされたマヤ暦の絵文字「エツナブ」には、何と「ナイフ」の意味がある。その上、この台風、何と観測史上初めて本土四島(九州、四国、本州、北海道)全てに上陸した台風となった。タイミングも動きも実に魔術的である。

初の「九つ井」本店は、味、空間、サービス共に申し分なく、大満足の内容で、母にも喜んでもらえたようだ。全員が抱いた共通の感想は、見た目の量から想像される感覚とズレて、お腹が満たされてしまったという事。おそらく、料理にもサービスにも、ホスピタリティの「気」が充ちているのだろう。この店をこのタイミングに思い出せて良かった。

帰りに、先の「増田博一うつわ展」でgetした最新作の「南蛮船シリーズ」をピックアップさせてもらいながら、母にも増田ご夫妻を紹介。この日が77の誕生日だった母と、68スピンの誕生KINだった増田さんが顔を合わせる事になったのも、ある意味「九つ井」のご縁。77-68=9という所にも、銀河の母「ボロン・イク(9・風)」の「9の力」を感じる。

ちなみに、2017.1.1もKIN118だったので、9/18は(ドリームスペルの数え方では)常に、G暦元旦から260日目に当たる日という事になる。この日、往復の移動で読んでいたのは、KIN241発刊の『開祖を語る13人の弟子たち』。増田夫妻との流れを思い出しての再読だったが、やはり面白い。

この日は、他にも強烈に面白いシンクロが幾つかあった。これぞ「時空のサーファー」と呼びたくなる吉田さん(KIN43)は、『銀河のマヤ、聖なる時の秘密』にも登場頂いた「青い夜」の方だが、流石に「白い鏡」の神秘キンだけあって、この1日の中で予期せぬ情報を色々ともたらして下さった。

一つは、「天赦日」という干支に関連して決まる開運日の情報で、9/18がその日に当たる事を、吉田さんのFB記事で知った。正直、『13の月の暦』を通じて、意識と暦の関係性を体験的に知ると、吉凶など気にしなくなってしまうものだが、文脈やタイミングによっては嬉しい話。

後から自分でも調べてみると、単なる「天赦日」ではなく「一粒万倍日×天赦日」だったそうで、その手の見方では、9/18が2017年最高の吉日だったようだ。確かに、個人的には素晴らしい1日だったが、そういう日だと知って日程を決めた訳でもないし、同じ日に台風で被災している方も大勢いらっしゃるのだから、結局は、その日どこに居て、どういう体験をし、それにどういう意味付けをするかだけなのではないかと思う。

もう一つの面白シンクロのきっかけは、その前夜にあった。私(KIN241)の「神秘のパートナー」でもある北海道の山口さん(KIN20)が、FBで「いいね」したページを偶々目にし、珍しく気になってその図をツイッターでシェアしたのだ。それは37に3の倍数を掛けると、全て3桁のゾロ目になるというものだった。

ゾロ目 
★http://www.jainmathemagics.com/artofnumbervol1/より

その記事を、台風の影響で仕事を休みにされた吉田さんが、面白いタイミングで目にし、以下のように応答されたのだ。「突然三草山に登りたくなり登ってきました。三草山の標高の数4239、今日の27日の157倍です!157は37番目素数を三草山頂上で確認し、家に帰ってきたところなので驚きです」。

4239というのは423.9mの事なのだが、その数の因数が27や157になるのをどうやって知ったのか?と不思議でならなかったが、吉田さんによると、どうやら「数のプロパティ」というサイト(アプリ?)があるようだ。私が見つけた「数の帝国」でも同じような事ができるのを知ったが、その道のオタクというのは本当に凄い。オタク万歳と思う(笑)。

37.jpg 

電車の中で吉田さんのツイッターを見た後、駅から家までの道を歩いていると、狙ったように「37」の車が13という駐車場に停車している。37番目の素数KIN157は、「13の月の暦」でその日のKIN118から39日=3ウェイブスペル(3×13日)後。三草山の「3」までシンクロしてる。

さらに、その日の夜、「広島37年ぶりリーグ連覇」のニュースを目にする。KIN37(11・地球)は、ホゼが『マヤン・ファクター』を捧げたチョッギャム・トゥルンパの誕生KIN。KIN37もKIN157も「赤い地球」で、広島も赤いC(=3)。「核」の影響力の「反転」を感じる。

さらに「37」は12番目の素数である事も発見。「水晶(12)の円卓」の活性化と、広島のリーグ優勝、つまり広島の活性化は、少なくとも私の中では、決して無関係な出来事ではない。

物事の意味が、もともと固定されておらず、人間が勝手に色々と意味付けしているだけだとしたら、そして、その意味付け行為によって「ある種の実効的な働き」が生じてしまうのだとしたら、どう受け止めて意味を付けて行くかについて、やはり注意深くありたいと思う。

カッシーニの誕生キン

2017年09月17日 00:57

月の月25日 (G9/16) KIN116 黄色い水晶の戦士 (by D)

10連続GAPの最終日だった昨日KIN115(11・鷲)に、土星探査機カッシーニ」が20年の旅を終えて土星大気中で燃え尽きた事が報じられていた。今日、ふと気になって調べてみると、色々面白い事が分かったので、以下にそのメモを記す。ただし、そんなに真面目に調べた訳ではなく、日付関係はwikiからの情報のみである事を予めお断りしておく。

カッシーニという名の由来となった天文学者ジョヴァンニ・カッシーニは、1625年6月8日生まれのKIN196(1・戦士)。グレゴリオ暦が始まった1582年以降なら、ドリームスペルに依拠したiOS用無料アプリKIN3D(*1)でダイレクトに調べられるので助かる。

太陽の紋章「黄色い戦士」が土星軌道に対応する事は、『テレクトノン』ボードに分かり易く示されているが、最初にその関係性が記述されたのは、1990年に発表された『ドリームスペル』である(*2)。

それにしても、誕生キンウェイブスペルも「黄色い戦士」だったカッシーニが、土星に関する多くの発見をしたのだから、何とも興味深い話だ。カッシーニの方が『ドリームスペル』より365年も前に生まれているのに、土星との関係が、まるで運命付けられていたかのように見えるからだ。

天球儀★こちらはフィレンツェのガリレオ博物館にある天球儀

占星術から天文学に進みながら、結果的に占星術を否定する事になったカッシーニにとっては、こういう話もたわ言にしか聞こえないかもしれないが、それはさておき、目を探査機のカッシーニの方に向けてみよう。

打上げ    1997.10.15(KIN125)
土星軌道投入 2004.6.30(KIN233)
運用終了   2017.9.15(KIN115)

探査機の方も、ザックリではあるが『時間の法則の20の銘板』と絡んでいる。『20の銘板』のクロノグラフは、1997.7.26(黄色い倍音の種の年)から始まった「磁気の月」をKIN1とみなし、「ひと月=1キン」で数える方法である。その数え方で260ヶ月が完了したのは、2017.7.24。この20年は、ほぼカッシーニの運用期間とダブっている。

さらに、土星軌道に入ったのも「石の神秘の7年」の始まり(2004.7.26)とほぼ重なっていて、20年の運用中、土星軌道にあったのは13年。「ドリームスペル創世記」で12:60周波数の発信地の一つとなっている土星軌道で、20:13を体現したカッシーニは、3次元的な任務とは別の、何か特別な銀河的任務も担っていたのかもしれない。

おまけで書いておくと、ジョヴァンニ・カッシーニが他界したのは1712.9.14(KIN69)。その305年と1日後に、探査機カッシーニも任務を終えたのだった。


(*1)同じ会社が古代マヤ暦の日付を出すアプリMaya3Dを出している事からも、「マヤ暦」と「ドリームスペル13の月の暦)」は別物である事が明らかなのだが、日本ではかなり混乱されているので、よく分かっていない人はまず「【13の月の暦】の大基本」を参照の事。

(*2)1987年の『マヤン・ファクター』の時点では、「黄色い戦士」という呼称はまだ存在せず、古代マヤ暦の呼称「キブ」が用いられているので、「黄色い戦士」=「土星軌道」とは書かれていない。この頃はまだ閏日処理にも試行錯誤が見られ『ドリームスペル13の月の暦)』準備中の過渡期と見なせる。

マヤ暦と易経

2017年09月04日 23:00

月の月13日 (G9/4) KIN104 黄色い宇宙の種 (by D)

マヤ暦ツォルキン)」と「」とを関連付けて述べた最初の本は、私の知る範囲では、「13の月の暦」提唱者の一人、ホゼ・アグエイアス博士による『Earth Ascending(アース・アセンディング)』ではないかと思う。もし、1984年初版の本書よりも前に、そうした文献があるのをご存知の方は、是非、ご教示いただければと思う。

EA.jpg 

その3年後の1987年に発表された『マヤン・ファクター』では、を「顕現物としての生命体」に関与する「遺伝子コード」の象徴として、ツォルキンを「光体」に関与する「銀河コード」の象徴と見なして、論を展開している。つまり、ホゼは、マヤ暦に関する本を世に問うた初期の段階から、常に「」との関係について言及して来ているのである。

MF.jpg ★私が持っているのはこのVOICE版

そうした長年の研究の成果が一つの形として結実したのが、銀河文化ツールの一つ『時間の法則の20の銘板』である。1997年に東京(会場:倫理研究所)で行われた「時間の法則に関する世界会議」で公式発表されたこのツールは、1987年の時点ではまだ形に成りきっていなかった『13の月の暦(ドリームスペル)』と「」を結びつけた具体的なプログラムで、2013年までの16年間が実践期間とされた。

その概要は、パン・ジャパン・ライブラリーの中で、アグエイアス夫妻による解説が公開されているので、誰でも知る事ができる。また、私はその日本語版の制作世話人代表を引き受けた事もあって、16年の間、実際に日々実践を試み、その内容と本質については、知識的にも体験的にもある程度理解しているつもりである。

今回、このテーマでブログを書こうと思ったのは、そうした背景を隠したまま、あるいは全く知らないまま、マヤ暦占い(鑑定)のオプションとして、の情報も使っている人々がいるらしい事を耳にしたからである。また、それをきっかけに、私自身が、曖昧な理解をしていた点について、明らかにする事が出来たからである。

占いや鑑定を含め、他者へのアドバイス的な用いられ方がなされている巷の「マヤ暦」と、「13の月の暦」との関係については、既に「【13の月の暦】の大基本」に整理してあるので、基礎的な事を知らない方はまずそちらを先に読んで頂くとして、ここでは「易の卦」との絡みに絞って情報を整理してみる事にする。

占い鑑定系の人々(特に各団体の親玉に当たる連中)が参照していると思われる情報ソースは、出版時期から推察して、ほぼ『マヤン・カレンダー』(高橋徹著/VOICE)と見て間違いないだろう。書籍の初版発刊年は、情報の出所を検討する際、最低限確認しておくべきポイントの一つだ。

著者の高橋徹さんは、上記『マヤン・ファクター』やパン・ジャパン・ライブラリーにUPされている膨大な資料の翻訳だけでなく、アグエイアス夫妻来日時の通訳なども務められた方で、夫妻と深く交流し、彼らの情報の本質と重要性をいち早く理解して、日本に紹介して下さった恩人にして先駆者である。

さて、『マヤン・カレンダー』は、大きく分けて3度、同じ出版社から出されている(ここではポイントが拡散しすぎないよう高橋いづみさんの『マヤン・カレンダー2』については触れない事にする)。そこで、以下、1994年発刊のものを「初版」、2000年発刊のものを「新装増補版」、2006年発刊のものを「2012」と記述する事にする。

MC_20170904224321083.jpg MCN.jpg ★左が「初版」右が「新装増補版」

「初版」と「新装増補版」は、冒頭の解説部分を除くと、前半は365日暦、後半は260日(ツォルキン)について、日毎のメッセージや解釈例が書かれている。今回、注目すべきは、後半の260日暦のパートで、その中でも特に、各ページの一番上に記されている調波(4日単位)毎のメッセージ(一文)についてだ。

「新装増補版」では、その33ページに徹さんご自身が書かれている通り、アグエイアス夫妻の研究に従った形で、「易の卦」がそれぞれの調波に割り当てられている。より具体的に書けば、それは上記『時間の法則の20の銘板』の「先天図」に依拠するものである。

この事は、出版時(2000年)から把握していたが、「初版」には、特に「易の卦」についての説明は無く、また「卦の番号」も記されていなかったので、私は最近まで、それが「易の卦」に由来しているものなのかどうかも、実は分かっていなかったのだ。そこで、これを機に、直接、高橋徹さんに尋ねてみる事にした。以下は、その回答からの抜粋である。


”33ページに「筆者独自」と書きましたが、『マヤン・カレンダー』初版の時点では、当時、私なりに考えた対応に基づきました。非常に単純な対応関係で、調波1から32までは、易の卦の番号の1、3、5、……という具合に順番に奇数を対応させ、逆に調波64から34まで戻る順番では、易の卦の番号の2、4、6、……という具合に偶数を対応させるという方式です。”


つまり、「新装増補版」P33に、「初版」時も「易の卦」に対応させていた事がきちんと書かれていたのに、私がそれを見逃していただけだったのである(ただし「初版」での配列法則まで知っている方は非常に限られていると思う)。こういう事が判明した時には、直に修正するよう心がけているが、私も結構いい加減なところがあるので、このブログに書かれている事も、最終的には、皆さん自身で確認して頂きたいのである。

さて、実際に「初版」と「新装増補版」を比較してみると、確かに同じ「卦の番号」に相当する所には同じ文章が入っている事が確認できた。法則が分からないと、同じものが並べ替えられているだけなのに、「易」由来なのかどうかも分からなくなってしまうのだから不思議だ。「順番」や「配列」というものの妙を、改めて考えるきっかけを頂いた気がする。

ちなみに「2012」にも、「新装増補版」と同じ(『20の銘板』に従った)順番で「易の卦」がツォルキン冒頭から4日毎対応するよう並べられているが、こちらは、ツォルキン自体が、ドリームスペル(13の月の暦)バージョンから、古代マヤ暦バージョンに差し替えられている点が大きく異なる(古代マヤ暦とドリームスペルの違いについては「【13の月の暦】の大基本」参照のこと)。

mc12.jpg 

なぜ、徹さんがそのようにされたのかは「2012」に詳しく書かれているので、関心のある方は、そちらに直接当たって頂くとして、ここでは、その中から、私が強いインパクトを受けた一文を「2012」のP51から引用してみたいと思う。


”「今さらこのような日々の解釈には意味がない、自分がその日をどうとらえるかが大切なのだ」ということを読者にも体験してもらいたいのです。その意味で、本書はわれわれが本道に立ち返り、ツォルキンの本質をきわめることを促す「捨石」です。”


かなり過激な文章だが、「初版」からずっと訴えて来られたのにも関わらず、そこはスルーして、日々のメッセージの方ばかりにくっついてしまう読者に対する訴えの気持ち、そして混乱を招いた一因を作った(と徹さんが思われている)事に対する責任の気持ちが、強く表れているように思えるのである。実際、徹さんは、「初版」でも「新装増補版」でも、きちんと以下のような注意書きを入れて来られたのである。


「初版」より
・どんな答も本書の中にはなく、それは常に生きているあなたの中にあります。(P22)
・ポイントは個々の内容や表現にあるというより、日々の時間を構成している全体の構造やしくみにあるのです。(P204)

「新装増補版」より
・「ツォルキン」の260項目の内容は、1994年時点で筆者が試みた日付の解釈の一例です。この解釈は、筆者の個人的なものであり、人の性格やその日の「意味」を特定するものではありません。(P6)


当然、これらはツォルキンそのものだけではなく、それと連動する形で掲載されている「易の卦」にも通じるものなので、「ポイントは全体の構造やしくみにある」という考え方を無視して、個々の卦の意味解釈に走ったり、それが自分の体験とマッチしているかどうかを論じても、殆ど意味は無いのである。

割と最近になって私が気付いたのは、「確定したブループリントのような情報がどこかに存在していて、それを読み取る」という発想を、無意識レベルで強くしている人ほど、「13の月の暦」の本質が分からなかったり、難しいと感じたりするケースが多いようだ、という事。

確かに、洋の東西を問わず、「暦」と絡む占いには「決まっている運命」を読み取り、読み解くという発想が少なからずあるので、「暦」というだけで無意識レベルからそういう受け止め方をしてしまうのも、ある意味、仕方の無い事だとは思う。だが、最初に「全く異なる発想で生み出されたもの」という事が理解できていれば、「運命論的占いシステム」に改変された偽マヤ暦に引っかかったりする事はやはり無いのだ。

以上、「易」と「マヤ暦」に関する情報の出所と背景を整理してみたが、それらの関係性を真摯に探求されている方にとって、少しでも参考になれば幸いである。

最後になってしまったが、今日、KIN104(13・種)は、文中に登場いただいた高橋徹さんの銀河の誕生日。このブログ記事がお祝いに相応しいかどうかは、かなり疑問だが(笑)、私が「13の月の暦」に出会い、「易」との関係について考察することができたのも、徹さんがいらして下さったからこそ。

心から感謝しつつ、83回目の銀河のお誕生日を、お祝い申し上げます。

チベット書道とトゥルンパ・リンポチェ

2017年08月26日 13:20

月の月4日 (G8/26) KIN95 青い自己存在の鷲 (by D)

8/20(日)は、「13の月の暦」のツォルキンだとKIN89(11・月)で、この暦の提唱者の一人、ホゼ・アグエイアス博士が旅立って、ちょうど9銀河スピン(9×260)というタイミングだった。「普遍的な水/清める/流れ」というキーワードを持つ「赤い月」の紋章コード番号も9で、9はマヤの世界観で冥界を意味する数でもあるから、私の中では何となく「お盆」と重なるイメージがあった(*1)。

その日、私達は中野で行われていた「チベット書道」の展示会場で、インド・シッキムから来日していた作者、ジャムヤン・ドルジェ氏による講演会『チベット絵巻の美しさと、その製作秘話』に参加していた。展示自体は8/11から行われていて、講演も期間中4回あったのだが、この催しを知った時点で既に期間の半分ほどが経過していて、何とか最終日に予定を調整する事ができたという状況だった。

そういう意味ではギリギリだったのだが、作品のエネルギーをその場で味わい、ジャムヤン氏の講演を直に聞けたのは大変な幸運であった。主催のチベット文化研究所FB情報をシェアして、この展示や講演について知らせて下さったゾクチェンパの箱寺さん(=『マヤのリズム』にご登場頂いてるボン教の森さん)に感謝したい。

講演前に会場の作品を拝見していると、ソナムさんという女性が、そこに書かれている文字や尊像の意味を丁寧に解説して下さった。驚くべき事に、よく見ると、タンカ(仏画)に見える像の殆ど全て(例えば衣の部分までも)が、非常に細かなチベット文字で描かれている。斬新な構成の作品も、チベット文字のマントラで埋め尽くされていたりして驚かされたが、どれも清冽な力に満ちている印象を受けた。

放射状 ゆらぎ 空性と慈悲 

講演の開始時間になり、作品に囲まれた部屋の中央あたりに座ると、最終日(&最後の講演)という事で、急遽ペマ・ギャルポ所長自らが通訳を買って出られる事になった。お陰で、生き字引とも言えるペマ所長だからこその興味深いエピソードも聞けて、非常に充実した時間となった。

チベ書道 

ジャムヤン氏は、チベット亡命政府の舞台芸術団TIPAの芸術監督(1994-2000)などの要職に就き、チベット文化の保全および社会活動に従事されて来たとの事だが、現在のようなスタイルのチベット書道を始められたのは割と最近で、私の聞き間違いでなければ2007年頃からとの事。毎朝、お経を唱える代わりに書く事を始め、段々と今のスタイルのようになって行ったらしい。

そのプロセスでジャムヤン氏は、何と、チョッギャム・トゥルンパ・リンポチェにかなりインスパイアされた、と述べられた。まさか、ホゼ(11・猿)の命日KIN(11・月)に、彼の仏教の師でもあるトゥルンパ・リンポチェ(11・地球)の話が出て来るとは思っていなかったので、私達は大いに驚いた。

もちろん、トゥルンパが日本の華道や茶道などを深く学んでいたのは知っていたが、書に関してもダルマアートとして取り入れていたとは、認識していなかったからだ。だが、ペマ所長が補足するように付け加えられた以下の言葉は、更なる驚きに満ちていた。曰く「トゥルンパ・リンポチェは大本教の出口さん(*2)に日本の書や芸術を学んでいた」と。

大本教については3ヶ月ほど前に「大本を辿るー浅野正恭と井上鑑昭」というブログ記事で詳しく触れたばかりだし、実は昨日、その記事に中心的に登場している増田さん(KIN118)の「増田博一うつわ展」初日に行って来たばかりでもあった。加えて、浅野和三郎が登場している本までその場で見せてもらっていたので、この流れはまだまだ展開して行きそうなのだが、今は話をチベット書道に戻しておこう。

文字比較 

その後、講演会は、様々な書体を比較した実演なども交えながら進められたのだが、私が何より感動したのは、ジャムヤン氏の作品制作に対する姿勢、動機についてのお話だった。あくまでも「自分の心の修行、修練」というのが第一の目的であり、第二は「作品を目にする方の心の平和に役立つようであれば嬉しい」という事で、「それ以外は無いし、これで生活したり稼ごうと思った訳でも無い」と明言されていたところにシビれてしまった。

もちろん、実際の所がどうなのかは知りようも無いのだが、私が氏の言葉を信じられるのは、作品から受ける印象とその動機がマッチしていたからである。もし、営利目的や自己アピール意識の方が、元々の動機より比率的に大きくなっているとしたら、作品からも本人の存在感からも、そういう雰囲気が出てしまうものなのだ。

心経仏陀 ★般若心経で描かれたブッダ

真言や経文を細かく書いて描線とし、仏画を作成する手法は、ジャムヤン氏オリジナルのもので、いわばチベット書道(あるいはタンカ)の世界に全く新しい風を巻き起こしている訳だが、「俺が第一人者で先駆者だ」みたいな雰囲気は微塵もないし、最初の閃きがあった時にも、「このような手法を試みても良いものでしょうか」と、まずラマにお伺いを立てたそうだから(仏教徒としては自然な事かもしれないが)、独創性で売り込みたい人達とは、そもそも方向性が違うのである。

そして、ちょうどそれは、今まさに読み進めている『クリティカル・パス』(B・フラー著)の中に出てくる「バックミンスター・フラーの自己規律」とも重なる方針だったので、私には余計に響いたのだった。前後の文脈を無視して抜粋すると誤解を招くかもしれないが、以下にその本から一文だけ引用してみよう。

”私は仕事をつづけていくために必要不可欠な材料、道具、そして資金の提供を生態学的なプリセッションに全面的に依拠する一方、家族と自分のために「生活費を稼ぐ」という考えを永遠に捨て去る決心をした”(『クリティカル・パス』P250から引用)

この決心が、自分や家族が生きて行くのに必要なものだけではなく、人類に役立つ知恵や直感をフラーにもたらした、とフラーは本書の中で繰り返し述べている。端から見れば、結果的には生活費を稼いでいるように見える面があったとしても、それを目的にしていないというのがミソであり、ジャムヤン氏と共通する所でもあるのだ。

例えば、ジャムヤン氏は、今や失われかけているチベット文化を世に知らしめ、その保存や復興を呼びかける意図で、書道スクロールの最長世界記録にも挑んだりしている。これなども、下手をすると「単に目立ちたい人間」と受け取られかねないアプローチだが、動機にゆるぎないものがあれば、そのようには見られないものなのである。

DL.jpg ★チベタン・カリグラフィーの保存活動に対してダライ・ラマ法王からも激励を受けられた模様

ちなみに、最長記録として認められた経文の巻物は163m、52キロとの事。その前日(KIN88)、横浜ナディアでの「13の月の暦」クラスで例題に立候補して下さったMさんがKIN163だった事や、この暦の1年が52週で、52年で還暦を迎える事を知っている身としては、このタイミングと数字にも驚かされたのは言うまでも無い。

おまけで書いておくと、ホゼが『マヤン・ファクター』を捧げた相手は、C・T・ムクポことチョッギャム・トゥルンパ・リンポチェで、『時空のサーファー』を捧げたのは息子のジョッシュ。どちらもハーモニック・コンバージェンス(H・C)のあった1987年に他界していて、どちらの本の内容もH・Cについてのものなのは、偶然ではない。そして、H・C30周年直後のホゼの命日KINに、チベット文化の精髄に触れたことも。

なぜなら、H・Cは単に「ケツァルコアトル(13の天国と9の地獄)の預言」というマヤの預言周期に基づいたものであっただけではなく、西暦1027年から数えられ始めたチベットのカーラチャクラ暦での、特別な区切りの年であった(1027+960=1987、960=60×16)事も関係していたからである。

その日、会場に着くまで頭痛が続いていたLは、帰りにそれがすっかり取れているのに気づいて大層喜んでいたが、ジャムヤン氏の作品制作に対する動機を知ると、会場全体が清浄な空間になっていたのにも納得が行く。また、今回展示されていた作品は、全てダライ・ラマ法王(KIN14)がご覧になっている(ジャムヤン氏によればそれは開眼と同じ意味合いがあるとの事)特別な作品群との事だったので、そういう影響もあったのかもしれない。

おそらく私たちは、場所だけではなく、時間(周期)とか作者とか、作品に込められた動機からも、様々な影響を受けるのであろう。だとしたら、逆にそれを活用する事も出来る、という事である。日々どういう動機で過ごすのかについて、私達はもう少し注意深くあっても良いのかもしれない。


(*1)前日のKIN88は他界した父の108(9×12)回目の誕生KINで、サイ時間がKIN241(=自分の誕生KIN)だった事も、異世界との繋がりを意識させたのかもしれない。

(*2)その場で勝手に王仁三郎氏の事かと想像していたが、それぞれの生没年を確認すると、王仁三郎の死亡時、トゥルンパはまだ9歳前後だった計算になるので、ペマさんの言う出口さんとは、王仁三郎の事ではなく、その次の世代以降のどなたかという事だと思われる。また機会があれば詳しく伺ってみたいと思う。

ハーモニック・コンバージェンス30周年「時空を超えた出会い」

2017年08月19日 03:53

磁気の月24日 (G8/18) KIN87 青い太陽の手 (by D)

8/16、17は、「ケツァルコアトル(13の天国と9の地獄)の預言」というマヤに伝わる預言に基づいて、1987年に催された世界規模の平和の祭典「ハーモニック・コンバージェンス」(以下H・C)の30周年を記念するタイミングだった。マヤ長期暦のバクトゥンという単位、そして聖書の黙示録に登場する数でもある144,000人が世界の聖地で祈る必要性を訴えたこのイベントは、後に『13の月の暦ドリームスペル)』を提唱するホゼ&ロイディーン・アグエイアス夫妻によって、呼びかけられたものだった。

しかし、このイベントが実際には何を意味するものだったのか、あるいはどういうコンテクストで呼びかけられたものだったのかを知る人は少ない。昨今は「同時刻に気持ちを合わせて祈りましょう」的なものも珍しく無くなった関係で、そういうものの一つくらいにしか認識されていないような気もするが、H・Cこそが、そうした運動のモデルになった源泉の一つなのであり、だからこそ、当時の先鋭的なアーティスト達が反応し、メディアも取り上げたのだ。

マヤ暦という呼称を巧みに組み込む21世紀の商人たちは、このH・C情報やイベントも商材にしてしまうような所があるので、本質を知りたい方は、無駄に散財する前に、まず呼びかけた張本人であるホゼやロイディーンの文章に当たる事をお薦めしたい(むやみやたらと情報収集に走る人に限って、改変されまくった2次、3次情報にひっかかるケースが多く見受けられる)。以下に参考情報を記しておく。

・『新しい時間の発見』(風雲舎)P48〜
・『マヤン・ファクター』(VOICE)の P275〜
・『時空のサーファー』は全体的にその経過をまとめたもの(小学館版とモデラート版がある)

HC本 

ところで、少なくとも上記書籍の内容くらいは把握している私達自身は、この記念すべき2日間をどう過ごしたのか?を書いておこう。過去にはイベントを主催した事もあったし、今後も閃きがあれば何か呼びかけたりするかもしれないが、「銀河時間で生活し、それを体現し続ける事はイベント開催と同等の働きを持つ」と実感している私達は、「普段通りシンクロ時間を生きる」事を徹底させていた。

KIN85(8/16)は、横浜元町アンブロシアの野田さん(KIN101=Lの反対のパートナー)に髪をカットして頂いた後、三菱一号館美術館で開催されている「レオナルド×ミケランジェロ展」へ。もともとは別な予定があったのだが、諸事情によりそれが延期となり、時間がぽっかり出来た。その時、KIN85から突如思い出したのは、G5/30(水晶の月1日)にフィレンツェのウフィツィ美術館で、ダ・ヴィンチの「マギ(東方三博士)の礼拝」を見た部屋が「85」だったという事。

IMG_1516.jpg 

加えて、「レオナルド×ミケランジェロ展」の最終日(G9/24=KIN124)は、ウフィツィ美術館での「マギの礼拝」特別展示期間最終日ともシンクロしており、三菱一号館を「3・1 → 3・竜」とすると、今の私の道筋KIN81ともシンクロする事にも気付いた。こうして「お告げを読む」と、然るべき時に然るべき場所に行けるという事を、21年前に『時空のサーファー』を手にした直後から連続的に体験し続けているのだから、迷う事はない。

IMG_2086.jpg ★私の初イタリアは2014トリノ、2回目は2016フィレンツェ

ユリウス暦からグレゴリオ暦への変換に注意すれば、ダ・ヴィンチはKIN186(4・橋渡し)、ミケランジェロはKIN221(13・竜)で、共に私達の地球家族である。さらに、今年のG4/24にダ・ヴィンチは生誕565周年をKIN231で迎えていて、その時Lは79銀河スピンを迎えた。そしてウフィツィ美術館で「マギの礼拝」以外のダ・ヴィンチの作品は「79」の部屋に展示されているのだ。このシンクロは、私たちが生きている間には、今年しか起きない。

ある意味、シンクロの醍醐味は、こうした一回性にこそあると言えよう。展示会場は想像していたよりも空いていて、ハーモニック・コンバージェンス30周年の記念日に、ルネサンスのエネルギーが収束しているかのような巨匠2人の筆致を思う存分堪能出来たのは、何よりの喜びだった。

KIN86(G8/17)は、こよみ屋KOZOさん主催の「ハーモニック・コンバージェンス30周年の集い」で渋谷デイライトキッチンへ。懐かしいメンバーとの再会や、日本各地から参加された方々との出会いを楽しませて頂いたが、中でも香りと共にマダガスカル産の水晶もギフトとして贈って下さった芳美さん(KIN108)のセレモニー、パカル王の生誕1414年(今年)の道筋とシンクロしているタツさん(KIN200)の話(見事に要点が押さえられていた)には、感動するものがあった。

しかし、今回、個人的に最もスパークしたのは、私が「13の月の暦」に出会った直接的な原因でもある『時空のサーファー』(小学館)編集担当者のOさんに、20年越しでようやくお会い出来た瞬間だった。想像していた以上の共鳴度の高さに、初めてお会いしたとは思えない気分だったが、何だか無性に嬉しくて『マヤン・ファクター』監訳者の滝元さん(KIN190=パカル王)を交えつつ、すっかり話し込んでしまった(*追記1)。

ot.jpg ★中央が尾崎さん、右が滝元さん

何しろ、H・Cについて詳しく書かれている原典的な2冊の本の直接的な関係者と、その30周年記念の日にゆっくり語り合えたのだから、これ以上の至福は無い。きっと、ホゼも喜んでくれたのではないだろうか。これも、集いを企画・実施して下さったKOZOさんや関係者のみなさまのお陰と感謝する次第である。

これだけでも、もう十分なギフトを頂いた気分だったが、驚きはまだ続いた。何と、30年前のH・Cを富士山頂で迎えて参加されたオノ・ヨーコさんについての番組が、翌KIN87(G8/18)にNHKで放映される事が分かったのだ。何週間か前に、ニュース記事で8月に放映があるのを見かけてはいたのだが、それが具体的にいつだったかはメモしていなかった。それを、Lが再確認してくれたのだった。

30周年の2日間が続いた直後のこのタイミングでの放映は、アグエイアス夫妻がH・Cを通じて世界に広めた「ケツァルコアトルの預言」が、今も生きている事を示しているように思えた。そして、KIN186(4・橋渡し)生まれの彼女は、ダ・ヴィンチ(KIN186)との繋がりを明確に意識させるだけでなく、H・C30周年初日(8/16)に「レオナルド×ミケランジェロ展」に導かれたのが、単なる偶発性のものではなかった事を感じさせてもくれた。

実は、オノ・ヨーコさんがH・Cに参加したという話を聞いた当初は「本当だろうか?」という気持ちもどこかにあったのだが、ある時、ご本人による『ただの私(あたし)』(飯村隆彦編/講談社文庫)の中で、証拠をつかむ事ができた(*追記2)。以下、巻末の南里空海さんによる解説文(P240)より引用してみよう。

”三年前にヨーコさんと一緒に富士登山をしたことを思い出す。世界中の平和を願う人達が同時刻に指定された場所で平和を祈るというもので、日本では富士山頂がその場所だった”

この文章は、1990年の出来事を振り返る文脈で書かれているので、やはりH・Cに富士山で参加したというのは本当だったのだ。それにしても、この文章が書かれているのがP240というのも凄い。何故なら、ホゼに強い影響を与え、富士山頂にあった富士山レーダーの設計者でもあったB・フラーの誕生KINがKIN240だからだ。

もう一つ、南里空海さんまで一緒にH・Cに参加されていた事も驚きだ。この方『伊勢の神宮』という素晴らしい本を出されているのだが、ホゼは2004年に伊勢の神宮神域内で講演し、私達を含む当時のPAN(惑星芸術ネットワーク)メンバーと共に『ドリームスペル』日本語版を内宮で奉納している。そして20年周期(≒カトゥン)で行われている式年遷宮は、「銀河の同期」と同じ2013年に行われたばかり。見えない次元での繋がりを意識せずにはいられない。

せっかくなので、番組に一緒に出ていた息子のショーン・レノンについても触れておこう。父、ジョン(KIN114)と同じG10/9生まれの彼は、KIN149(6・月)。この日付は、私が滝元さんと共にパレンケを訪れ、碑銘の神殿でテレクトノンをプレイし、地下墓室で石棺を目にした日付。流石にH・C 30周年、強烈である。

が、まだ続きがある。H・C10周年(ケツァルコアトル・プロジェクトの完了)を祝って、アグエイアス夫妻らと共に、目黒不動尊で祈った事は、Lも私もよく覚えていたし、その時からぴったり20年だった8/16にも話題にしてはいたのだが、どこかに記録があったはず、と今日改めて探してみたら、パン・ジャパン・ライブラリー「黄色い倍音の種の年(1)」の冒頭から2/3辺りに、以下の文章を発見した。

”国際日付変更線を交差したために、私たちは、磁気の月22日、ハーモニック・コンバージェンスの10周年を二度祝うという体験をしました。私たちはハーモニック・コンバージェンスのお祝いを二度、一回は日本で、もう一回はマウイで行なったのです。

日本での第1回目のお祝いは、パン・ジャパンの人たちと共に、東京の目黒不動尊で美しい夜明けのセレモニーを行ないました。私たちは輪になって立ち、いまや実現可能になっている「13の月の暦に替えること」にみずから誓いを立てました。私たちは、セレモニーのあと、ほかならぬデニーズで朝食ミーティングを行ないました。そこで、将来の協力関係に関する詳細を最終的に話し合ったのです。そして同じ日、私たちの第2回目のハーモニック・コンバージェンスのお祝いのために、日本からマウイへと太平洋を横断して、私たちはハレアカラ──太陽の家──の頂上まで行きました。”

この記事を再発見したのが今日KIN87「青い太陽の手」(パカルの特別な13日)で、マウイ島が「青い手」の惑星ホロンエリアにあること、そして、同じ日に、H・Cの呼びかけに応じて富士山頂で祈ったというオノ・ヨーコが出演する番組がNHKで放映されたことは、やはり時空の記憶回路「スユア」の活性化と決して無関係ではないだろう。

さらに、私は、翌日(というかもう明け方になりそうだが)のKIN88、マウイと横浜に拠点があるナディアで、「13の月の暦」についての話をする予定になっているのだ。だから、今回のナディアでのクラスに参加される方は、この文章を読んでいようがいまいが、自動的にH・Cのスユア(記憶回路)と完全に接続する事になる。おそらく、そこに居合わせるだけで、私が21年前に体験したようなシンクロ加速体験が始まるだろう。

私は「13の月の暦」の勉強をしてシンクロが加速した訳ではない。『時空のサーファー』に出会って、スユア(時空の記憶回路)が激しく活性化されたからこそ、直後にホゼ・アグエイアス本人に出会い、暦の本質も体感的に分かってしまったのだ。いや、仕組みや本質の理解に必要な学問的側面も、既にシンクロで済ませていたという方が正しいかもしれない。

いずれにせよ、ポイントのズレまくった勉強をするよりも、然るべき時に然るべき場に居合わせる方が、ずっと理解は早い。「然るべき時」がよく分からないという人は、即座に横浜ナディア行きを決意するか、それが無理なら来週の神楽坂セイ・ギー・ヒーの機会を逃さない事だ。この文章を読んで、そういう行動を取れる方なら、もうそれだけで大丈夫である。

(*追記1)”KIN90の夜、文中のOさんこと尾崎さんに確認が取れたので、どうしても書いておきたかったエピソードを、写真と共に添えておく。実は、この尾崎さんと滝元さん、ホゼの著書に関わったという以外には全く接点が無かったのにも関わらず、驚くべきことに、ある時期、同じ高層マンションのお隣さん同士だったのだ!2人を繋ぐ唯一の人物である高橋徹さんが、年賀状の住所を見比べて気付いたらしいのだが、随分後になって、偶々某駅でバッタリ会った時に徹さんが滝元さんに伝え、その後3人で会う事になったという。そんな超シンクロ体験を誰にも話さず黙っていられる徹さんにも驚かされるが、やはり、こうした事実があると「ユスア」の働きというものを実感せずにはいられない。

(*追記2) ハーモニック・コンバージェス当日、オノ・ヨーコさんが富士山に登ったという話は、『マヤン・カレンダー』(VOICE)にも書かれている事を、その著者で日本での「13の月の暦」普及の土台を築いて下さった高橋徹さんから、最近のやりとりの中で教えて頂いた(私もおそらくこの本で知ったのだと思うが、すっかり失念していた)。1994年刊の最初のバージョンではP13に、2000年刊の新装増補版ではP20にその記述がある。

終戦記念日の祖父母への感謝

2017年08月16日 00:46

磁気の月21日 (G8/15) KIN84 黄色い律動の種 (by D)

終戦(敗戦)記念日のG8/15は、常に『13の月の暦ドリームスペル)』の元旦である7/26から20日後に当たる。従って、元旦が「黄色い種」なら終戦記念日も必ず「黄色い種」となる。なぜなら、「太陽の紋章」(*)は20種類しか存在せず、20日周期で同じ紋章が巡って来るからだ。そして、あるきっかけから、私はこの元旦と終戦記念日との関係を強く意識するようになった。

故・江本勝氏の会社(I.H.M.)時代から共に仕事をして来た青山保喜氏(現ウィリット代表)の52才の誕生日でもあった2010年8月15日(KIN129)、思いがけない人物からメールが届いた。それは安倍昭恵さん(現首相夫人)からのもので、拙著『シンクロニック・ジャーニー』を偶然手にし、そこに思いがけず夫・晋三氏や江本氏の事が書かれていた事に、シンクロを感じられたらしい。

その経緯は『マヤのリズム』に、その後の更なるシンクロ(今年の私の道筋KIN81と剣山の関係等)については『霊性のアート』に、ご本人の了解を得て掲載させて頂いているが、その流れと関係して、2010年11月に、当時シャンバラ教室生だったYさんから「終戦の詔勅」というコピーを頂いた。

「堪ヘ難キヲ堪ヘ…」で有名な玉音放送の原稿である。表紙が「詔書」ではなく「詔勅」となっている理由は不明だが、ネットで調べた限りでは、改行状況や文字の書体含め、本文に関しては国立公文書館にある原本と同じものだと確認できた。

詔勅 

全13か条からなるポツダム宣言が発せられたのが、「13の月の暦」の元旦に同期する1945.7.26(KIN44)で、その受諾を国民に公表したのが同年8/15(KIN64=16×4)だったのだと明確に意識するようになったのは、その年からである。奇しくも、G8/15は「磁気の月21日」に当たり、そのサイ時間単位は常にKIN16、昭和天皇の誕生KINとなる。

終戦時には、まだ存在していなかった「13の月の暦」(の特別バージョンで倫理研究所と深く関係しているサイ時間単位)の数え方で、昭和天皇ご自身の誕生KINが、終戦記念日と完全にリンクしているところに、この暦が今、この世界に現出している意味を感じる。

戦後72年の今年は、52年が還暦となる「13の月の暦」だと、72=52+20という関係から、終戦時の365日暦と260日暦の関係と、ぴったり20日ズレた関係になる(『20の銘板』は終戦時と完全シンクロした周期でスタートしていた事に改めて気付かされた)。具体的に書けば以下の通り。

・1945.7.26=ポツダム宣言=KIN44(5・種)
・1945.8.15=玉音放送=KIN64(12・種)
・2017.7.26=KIN64(12・種)
・2017.8.15=KIN84(6・種)

つまり、今年「黄色い水晶の種の年」の元旦は、終戦時の今日(8/15)と同期しているのである。その意味するところをどう受け止めるかは「各人に依る」というのが『13の月の暦』の特徴だが、私にとっては、「それまでの価値観が意味を失ってゼロになった日」という感覚が強い。

そして、そういう日が今年の元旦とシンクロしているという事は、この一年が「協力を捧げる/普遍化する」というキーワード由来の意味合いだけではなく、「価値観のゼロ化」とリンクする一年という側面もあることを想像させるのである(そうと決まっている訳ではない)。

そもそも「価値観のゼロ化」と言っても、人によってその印象は全く異なるだろう。法や権力の象徴でもあった軍や憲兵、報道機関や教育機関などを信じ込んでいた人にとっては、終戦によって、天地がひっくり返るような感じがしたであろうし、端からそんなものは信じておらず、より普遍的な指針で生きていた人にとっては、(色々と現実的に大変な事はあったにせよ)案外、真っさらになった事を前向きに捉えていたかもしれない。

そういう意味で、この新しい一年は、個人的に結構注目している年でもあるのだ。加えて、今日のKIN84は、私の父方の祖父の誕生KINでもある(本日で生誕173銀河スピン)。といっても、実は、それが判明したのは、2017.3.24(KIN200)になってからで、恥ずかしながら、それまで自分の祖父母の誕生KINを真面目に調べた事が無かったのだ。

子供の頃には誕生日毎にお祝いの手紙を送ったりしていた記憶もあるのに、他界してからは、季節すらよく分からなくなっている事に気づいて、母に改めて確認したのが、パカル王の生誕1414年とシンクロしていたG3/24だったのである。今頃になって、という気もしたが、以下のような関係性を知ると「今がその時」だったようにも思える。

遺伝的な意味では、誰にとっても祖父母は4人(4は「黄色い種」の紋章コード番号)しかいない。その4人の誕生キンを合計してみると、何と480になるという事を、私はパカル王の誕生記念日に発見したのである。そして、そこから141日後のKIN81(9×9)に、私は48(12×4)になった。

「黄色い水晶の種」=「12・種」であり、それは「12・4」と表記できる。「水晶の円卓」と「種」。「種とは私の遺伝的源泉の4人の祖父母でもあるのだ」という思いが、今日、終戦の日に浮かび上がる。厳しい戦時下を生き抜いた祖父母たちに改めて感謝すると共に、私が「他の誰でもない自分自身を生き抜くこと」こそが、祖父母(あるいはそれ以前の全ての祖先たち、さらには地球生物圏)への最も価値ある贈り物となるのではないか、と長年の霊性研究から思うのである。

実は、KIN84の祖父は、父が子供の頃に既に他界しており、唯一直接顔を合わせた事のない祖父母なのだが、今日、この記事を書いた事で、四次元的に深く交流できたような気がしている。お爺ちゃん(小原徳四郎さん)、どうもありがとう!

(*)1990年に発表された『ドリームペル』に由来する用語(マヤ暦ではこのような呼び方はしない)。詳しくは「【13の月の暦大基本」か文中の『マヤのリズム』を参照。

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