滋賀(志賀)ー 高島 ー 安曇の活性化

2017年05月19日 03:06

スペクトルの月17日(G5/18)KIN255 青い銀河の鷲

中学時代の同級生で、部活も同じで、誕生日(磁気の月18日&KIN241)まで全く同じ人物が居る。その平井俊旭君(以下トシ:中学時代の呼び名)からFBを通じて連絡があったのはG4/15(KIN222)。数年前に学年全体の同窓会があった時に顔を合わせて以来なので、かれこれ5年ぶり位だろうか。確か当時は、スープストックトーキョーの仕事をしていたはずだが、メッセージには「今は滋賀県の高島市っていうところに住んでいて、行政の仕事を受けて地域の活性化のような仕事をしてます」とあった。

それで改めてプロフィールを見ると、「雨上株式會社」社長となっている。いつの間に!と思ったが、おそらく今の仕事と関係があるのだろう。連絡のきっかけは水に関する事だったようで、しばしメッセージのやり取りをして、「まあ、近いうちに会おう」という流れになった。ところで、高島市ってどの辺りなのだろう?と気になって調べると、琵琶湖の西岸北寄りのかなり広いエリアである事が分かった。地図を拡大してみて驚いたのは、市の中心部に流れている川の名が安曇川だった事。

今年の春分(KIN196)とその翌日の2日間、安曇族発祥の地とも言える志賀島で過ごして来たばかりのタイミングに、それも、「スピリットを伝える」13日間(風のウェイブスペル)の初日に、水をきっかけに連絡が来るとは面白過ぎる。しかも、この日は剣武の奉納演武をさせて頂いた志賀海神社で「山誉種蒔漁猟祭」が行われていた日。志賀島の小崎亜久理さん(KIN219)が「時のからだ塾」MLで知らせて下さったのだが、このお祭りの中で、古来「君が代」が神楽歌として歌われ続けて来たのである。

更なる驚きは、お祭りが行われるG4/15(惑星の月12日)のサイ時間が、常に権禰宜の平澤憲子さん(KIN193)の誕生KINに対応するという事。加えて、G4/15は「13の月の暦に替える平和の運動」に強い影響を与えた「レーリヒ条約」(文化財保全を目的とした初期の国際条約)が調印された日でもあるのだ!

翌日、トシから「FBで君が代の書を見たけど、あれは最高だね!スゲー!」とコメントがあった。まさにその書こそ、志賀海神社に蘭禅が奉納した作品なのだが、その経緯については【「君が代」発祥の地・志賀島へ】にまとめてあるので、そちらを参照いただければと思う。

志賀海神社3 ★蘭禅による奉納書「君が代」

その9日後のKIN231(G4/24)は、蘭禅の79回目の銀河の誕生日とレオナルド・ダ・ヴィンチの565回目の誕生日、さらにレーリヒのKIN204(サイ時間)が重なるスペシャルな日で、私達は所用で自由が丘に居た。途中、メガネドラッグで眼鏡を洗わせてもらっていると、「おばら!」と見知らぬ(ように見えた)男性から声をかけられた。何と、中学の同級生K君だった!彼とも前の同窓会以来だから、やはり5年ぶり位。よくもこんな所で私を見つけられたものだ。

タイミング的にも面白かったので誕生日を確認しておくと、3/19(KIN200)との事。その日だったかその前日だったかにプリンスの319という曲を久しぶりに聞いていただけに、これまたビックリだったが、今年の3/19はKIN195で、ちょうど出雲大社(杵築東195)で剣武の奉納演武をさせて頂いた日(KIN195)からぴったり260日後という関係になっていた。そして、私達はその日、ANA241便で福岡入りしているのである。

この流れの発端は、2年前の誕生日(2015.8.12)にあると私は感じている。何故なら、私はその日からKIN131(1・猿)の道筋に入り、その4日後に志賀島(&安曇族)と繋がるきっかけとなった人物・亜久理さんと出会っているからである。誕生日当日の事をまとめた「鎌倉みちのく魔術紀行」シリーズの第6話「四重虹」には、以下のような記述もある。

”『ドリームスペル(13の月の暦)』旅程盤に由来を持つ反時計回り(ネジを緩める方向)のウェイブスペルの動きは、「偽りの時間」(12か月の暦)が生じたとされる約5125年前から現在までの時間を、解放(浄化)しながら再構築するプロセスを示してもいる。今回の日帰り紀行は、それを個人史に応用したもので、江島神社鶴岡八幡宮→横須賀線上り(帰路)という地理的な反時計回りと、高校→中学→小学校という時間的逆行とをシンクロさせ、その時々に混入した(無自覚な)12:60的影響を解放するという試みでもあった。”

亜久理さんと出会ったのはハーモニック・コンバージェンス28周年当日のG8/16(KIN135)。その日行った暦クラスのメモには、「福岡から一番乗りでやって来られて日帰り」「例題に立候補:KIN219、月の月18日(G9/9)」とある。上記「四重虹」に詳しく書いてあるが、自分の誕生日から28(4×7)日後の亜久理さんの誕生日(G9/9)に、4重の虹(7色)が出たのには、流石に驚いた。

四重虹1 ★玉川高島屋のデッキより

その後、2016年5月に石川県羽咋郡志賀町(後に志賀島との関係を知る)で剣武の合宿があり、7月に出雲大社で奉納演武。この時、津和野方面も巡った事は【石州和紙を通じて剣武創始の時空に出会う】に記した通りである。結局、トシとはG5/9(KIN246)に自由が丘で会う事になったのだが、その5日前のKIN241(G5/4)に彼が居たのは、何と津和野であった。そして、互いの近況を話す中で、私が初めて知ったのは以下のような事だった。

・トシが現在住んでいるのは高島市安曇川(あどがわ)という所であること
・鎌倉-高島-出雲は、一直線上にあること
ホツマツタエの完全版は高島市で発見されていること
・第26代継体天皇の生誕地は現在の高島市であること
雨上株式會社という社名は水の循環になぞらえてあらゆる循環を象徴していること

最後の点は、『霊性のアート』で提示した「球状精神宇宙モデル」のイメージとも重なるところがあり、生年月日が同じで、同じタイミングに同じ学校で少年期を過ごすと、ある程度被るところも出てくるものなのか、と思わず感心してしまった(私は誕生日で運命が決まるとは思っていない立場なので)。

他にも、これまでの経緯や今の仕事について細かく話してくれたのだが、後からそれらがほぼそのまんま分かり易くまとめられている記事を見つけたので、是非、こちらのリンク(colocal)も見て頂ければと思う。そこには高島屋のルーツが高島にあるらしい事も書かれていて、毎日のように玉川高島屋にお世話になっている私としては、またまた驚かされたのだった。

3日後のKIN249(G5/12)、Sさん(KIN159)がウォーターセラピーに来られ、セッション中に滋賀の事を話題にされた。建築家のご子息が仕事の関係でここのところ割と頻繁に滋賀に通っている事、ご主人のご実家も滋賀にあること、さらに継体天皇が滋賀の出身だという話までされるので、私はすっかり驚いてしまった。私の方から話題を振った訳ではなかった上、15年以上つき合いのあるSさんから初めて聞く事ばかりだったからである。

さらに、ご本人が安曇野出身という事まで耳にしたら、流石に志賀島や安曇族の話をせずにはいられない。『宇宙の暦は13ヵ月・新装版』を出して下さっているプレアデス出版さんが安曇野にある事や、3日前に知ったばかりの滋賀県高島と継体天皇の関係、志賀海神社での奉納の事などひと通りお伝えした。すると、一時期神道の勉強もされていたとかで、穂高神社と安曇族の関係ばかりか、志賀海神社の平澤憲子さんのお兄様(他界された宮司さん)のお顔までご存知だという(直接会われている訳ではない模様)。

それだけではない、Sさんの来所時に、蘭禅はその志賀島に住む亜久理さんと書のスカイプレッスンをしていたのである。Sさんの来所はほぼ3ヶ月ぶりだったし、亜久理さんのレッスンはもともとは違う日時だったのが、諸事情でSさんの来所に被る形になってしまったもので、全くの偶然であった。しかし、以下の事実は、それが実は偶然ではなかったのかもしれない事を示唆している。

私達が玉川高島屋のデッキから四重虹を見たのは、2015.9.9(KIN159)。つまり、志賀島に住む亜久理さんの365日暦の誕生日G9/9と、安曇野出身のSさんの260日暦の誕生KINが重なった日だったのである!4重虹で結びつけられた日付同士の繋がりが、今度は実在の人物同士のシンクロとして再現されたのである。こうしたシンクロは、やはり何度体験しても驚きに満ちているし、不思議だ。

トシとは、古代における日本海側の交易、特に糸魚川翡翠が広い範囲で流通していた事も話題にしていたので、この時、Sさんがまさにその「糸魚川翡翠」のペンダントをされていた事も偶然とは思えなかった。この流れからすると、いずれ継体天皇生誕地の高島も訪れる事になりそうである。

翌日のKIN250(G5/13)、「時のからだ塾」MLに八王子の関野さん(KIN75)が「2016.9.24(KIN19)に日本の国石が糸魚川の翡翠に決定したと日本鉱物科学会が発表した」と書かれていて、その事実を知らなかった私は、まず単純にその事に驚き、そして、今のタイミングでこの情報を知った事に更に驚いた。

さらに翌日のKIN251(G5/14)、剣武天真流の本部稽古に、少し前まで糸魚川に住んでおられ、今は八王子在住のS師範が参加されていた。一連の流れもあったので、糸魚川翡翠について聞いてみると、「確かに駅とかに国石になったというポスターとかありました」とか「糸魚川では昔、それほど価値があると思っておらず漬物石とかにヒスイ原石を使っていたそうです」という話を聞く事が出来た。

これだけ綺麗な文脈で翡翠や安曇や高島が繋がって来ると、古代の時空間が、このタイミングでまとまって浮上して来ているようにも思えて来る。この物語には多くの人々が関わっているが、特に鍵となる人物を挙げるとすれば、やはり小崎亜久理さん(KIN219)と言う事になるのではないだろうか。志賀島出身というだけでなく、「青いスペクトルの嵐の年」はそのKIN219から始まっていて、その一年の中で、一気に話が加速しているからである。

12:60的な(時計時間を主体とする)発想では、もう日付を跨いでしまった事になるが、私的には眠りに就くまでは前日の流れの中にいる感覚なので、サイ時間単位がKIN219の今日中に何とかこのブログをまとめられて、少しホッとしている。この先の展開も、きっと予想を超えたものになるのだろうが、思い切り楽しんで行きたいと思う。

ナディアとラサの多次元的「水晶の円卓」

2016年06月11日 02:19

水晶の月12日(G6/10)KIN173 赤い自己存在の空歩く者(by D)

13段階の変化(物事の展開の流れ)を示す「ウェイブスペル(波動魔法期)」は、『13の月の暦』の最も基本的な構造と言える。なぜなら、13日、13週、13ヵ月、13年など、その比率さえ保っていれば、どれも「自然の展開パターン」であるウェイブスペルという観点において変わりは無いからだ。

そのウェイブスペルの12番目は「水晶」という「銀河の音」でコード化されており、世界の『13の月の暦』プレイヤーの間では「円卓会議が開かれる-過去の行為が公式化され、未来の行為が用意される」という事になっていて、暦を使っている仲間同士が集まって互いの気付きや発見をシェア(公式化)することが推奨されている。

一番最近の「水晶の日」はG6/5の新月で、月日の「銀河の音」が「水晶(12)」で重なる「魔術の亀の日」で、しかも「銀河の活性化の正門」まで同期する超スペシャルデイ(KIN168=12・星)だった。この日はちょうど、クリスタルショップ横浜ナディアで暦と瞑想のクラスがあって、もうその場に参加するだけで「惑星奉仕」になるような時空が準備されていた。

もともとナディアでは、15年以上前に、オーナーのゆみこさんによって「円卓の集い」が開かれていたのだが、13日に一度のペースでは、毎回曜日がズレてしまってメンバーが集まり難いという事で、徐々に開催頻度が調整されて来た経緯がある。当初は一参加者だった私が、その後、入門書を書いた関係もあって、講師を引き受けるようになり、今のスタイルが定着した。

そうなってからでも既に10年以上が経過しているのだから、私が自分で主催する会を除けば、最も長い歴史を持つ「13の月の暦」クラスと言える。しかも、その間にゆみこさんは、『13の月の暦』の源泉情報であるドリームスペル・キットが生み出されたマウイ島に生活拠点を移されているのだから、ナディアで今もクラスが続いている事には、やはり銀河的な理由があるのだろう。

この日、集ったメンバーのそれぞれに、様々なシンクロがあり、互いの関係性にも興味深い繋がりが見て取れたが、とても全ては書ききれないので、以下にメモするに留めておきたい。
・例題に立候補して下さったFさんはKIN183で、古代マヤのツォルキンでの私の誕生日(1アクバル)に対応
・「赤い惑星と青い惑星のエリジウム」にも登場したスタッフのチャカさんは、この日が騎手引退1周年という特別な日で、1年前の同日はKIN63(=ナディアの岡部さん)であった
・最初のクラスのみ参加された方はKIN36で、山岡鉄舟(=今年のホゼの「運命の道筋」)にシンクロしていたが、私は直前に剣武の合宿で訪れた能登半島で鉄舟のシンクロを意識的に写真に収めていた
・最初の基礎クラスから最後の瞑想クラスまで全て参加した3名の誕生キンを合計すると450になり、「10」の年の45週目の完了という、その日のタイミングと見事にシンクロしていた
IMG_7889.jpg ★剣武合宿最終日に思いがけず出会った山岡鉄舟の書

IMG_7751.jpg ★剣武合宿初日に気になって撮影した鉄舟の誕生KINの車

一連のクラスが終わって会場のシャスタ(303号室)からお店に戻ると、『水からの伝言』で世界に的に有名になった江本勝氏の後を継いで、「水の結晶」の話を世界に伝えているIHMの根本さんとバッタリ!江本所長と私との共著『銀河のマヤ、聖なる時の秘密』のカバー写真は、出版社が選んで決まったシャスタ山で、江本所長は「白い水晶の犬」、根本さんは「黄色い水晶の種」。何と言う「水晶」シンクロだろうか!

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 ★根本さんと

しかも、根本さんが横浜ナディアを訪れたのは、今回が初めて。私の方も、長年お世話になっているとは言え、ナディアを訪れるのは2ヶ月に一度くらい。加えて、根本さんのG暦誕生日2/26は、この日のサイ時間単位KIN226とも数字的にシンクロしていた。流石に「水晶の魔術の亀の日」だ。そこから二子玉川に戻るまでの間に、私はさらに面白い事に気付いてしまった。

間もなくやってくる新年「青いスペクトルの嵐の年」は、ナディアオーナーのゆみこさん(KIN219=11・嵐)の誕生KINから始まって、ご主人の岡部さん(KIN63=11・夜)の誕生KINで完了する1年だ。そして、その翌年「黄色い水晶の種の年」は、根本さんの誕生キンであるKIN64(12・種)から始まって、根本さんとナディアでお会いしたこの日、つまりKIN168(12・星)で終わる1年なのだ。

この事実を、時空のサーファー(『13の月の暦』ユーザー)的観点で見れば、丸2年分の時間を先取りしたかのような感覚になる。時空のサーファーは、時間的要素と空間的要素、そしてそこに関わる人々を、ひとつに繫げて見る習慣が身に付いているからだ。

ところで、1999年の琵琶湖を皮切りに、世界各地で「時間をはずした日」を祝っていた江本所長を、ホゼは強力な賛同者と見なしていたようで、遺品のクリスタルスカルを(ハワイ島で)江本氏に託したという経緯がある(『霊性のアート』P152に詳細あり)。そのスカルが日本に届いてすぐの頃に、わざわざ私に見せてくれたのが、実は根本さんなのだ(ホゼと所長を繋いだのは私だったという事など事情を良く知っておられるので)。

そういう意味でも、このナディアでのシンクロは、4次元的な働きが強く活性化していたのを感じた。きっと、ホゼも江本所長も、私と根本さんがナディアという場で出会うよう別次元からサポートしてくれていたのだろう。ポラック博士の「第4の水の相」の事など、色々とお話したい事はあったが、約束があったので、私はその場で記念撮影だけして、二子玉川へと急いだ。

二子玉川のラサには、9年ぶりにネパールから帰国していて、間もなくカトマンズへ戻る予定の悟郎さん(KIN175)、エベン・アレグザンダー博士の『プルーフ・オブ・ヘヴン』他ベストセラーを多数翻訳され、かつてカール・コールマン氏の本でご一緒させて頂いた事もある翻訳家の白川さん(KIN77)、そしてラサのオーナー石川さん(KIN106)とL(KIN231)が先に集っていた。
ドラフト ★スタンド使い同士による円卓会議

そこに私(KIN241)が合流して、暫く話をした後、場所を移して「円卓会議」が開かれる事になった。そこで交された会話の内容は、これからの展望にも満ちた非常に刺激的なものだったが、皆のスケジュールが自然と「水晶の月」の「黄色い水晶の星」の日の新月、という特別なタイミングに合ってしまうところが、何より素晴しかった。「スタンド使い同士は引かれ合う」というのは、本当なのだ。

この時の円卓が、どれほど魔術的なものだったかは、帰宅後に遊びで行ってみた以下の計算によって証明される。「銀河の第5の力」を象徴する5名全員の誕生キンを合計したら、何とぴったり830になったのだ。これは、失われた7つの世代、そしてバクトゥン9の完了(西暦830年)と完全にシンクロする数である!

そして、この「水晶(12)」の円卓について記そうと思った今日、水晶の月12日(12/12)は、アントニオ・ガウディが他界してぴったり90年というタイミングでもあった。江本所長のKIN90(12・犬)と数的に同期するのは、偶然ではなかろう。そして、次の「水晶の円卓」は、来週末の【タイムスコア・セレモニー東京】の中で開かれる。

円卓の由来は、『ドリームスペル』の世界観に多大な影響を与えている「アーサー王物語」にあるが、そこに登場する円卓には魔法がかかっていて、力量のある騎士だけが座れる事になっているらしい。実際、「その場に相応しい人しか集えない」とうのは、20年この暦を使って来ての実感だが、逆に言えば、分かっているかいないかに関わらず、その場に参加する人には「シンクロに関する力量がある」という事なのだ。

という訳で、最後に、今後「円卓」が開かれる予定の日程(水晶の日でないものも含む)と、そのリンク先を紹介しておこう。皆さんが、どの円卓に座る事になるのか(あるいはならないのか)は、ここまで読み進めてくださった方なら、きっとご自分で分かるはずだ。

G6/18(KIN181)東京(世田谷区内)
G6/25(KIN188)京都市内
G6/26(KIN189)大阪市内
G7/10(KIN203)二子玉川ラサ(近日中にご案内予定)
G7/16(KIN209)神楽坂セイ・ギー・ヒー
G7/24(KIN217)東京(世田谷区内)
G7/26(KIN219)横浜ナディア(開催決定で詳細未定)

赤い惑星と青い惑星のエリジウム

2016年05月07日 21:12

スペクトルの月6日(G5/7)KIN139 青い太陽の嵐(by D)

赤いサーファー、青いサーファー」のシンクロは、より壮大で多次元的な物語と繋がっており、その鍵は”火星”が握っていた。横浜ナディアでのウォーターセラピー・セッションの初日(KIN132)、流れで「復活の水」について話した事がスタッフのチャカ(本人ご希望の呼称)には響いたらしい。今回初めて「セッションを受けてみたい」と申し出があった。

新スタッフになってから半年以上、これまでにも何度か機会があったのにも関わらず、彼は一度もセラピーを体験した事が無かったのだ。15年以上ナディアに関わって来てこういうケースは初めてだったが、全てのことには「時」がある。今回、様々なシンクロが重なって生じた展開は、まさにそのことを証明している。以下、メモを頼りに順を追って記してみよう。

KIN132(G4/30)の夜、会話の中で彼が地方競馬の元騎手であったことを初めて知った私は、帰宅後、WEBで検索してみた(もちろん本名で)。すると、生年月日を含むプロ騎手としての情報がWikiに整理されているのを見つけた。当然のことだが、普段はこんな調査をする事はない。新聞などのメディアに名が出るプロ選手の場合、情報が公開されているケースがあるのと、彼が東北出身である事を知っていて「何かありそうだ」と直感したからである。

チャカが騎手として活躍した場所のひとつが盛岡競馬場であったのにも驚いたが(私の両親は盛岡出身)、最も驚いたのは、生年月日と引退日であった。誕生日からKINを調べてみると、何とKIN133!本人はこのことを知っていたのだろうか?日中の様子からするとちょっと怪しい感じだったが、自覚の有無に関わらず、完璧なタイミングで水(ウォーターレメディ)を作ったのは確かだ。

何しろ、28日間の時間トンネルの出口「月の人の復活」にシンクロして「復活の水」を作り、おそらく、自分の銀河の誕生日であるKIN133からその水を飲む事になるのだ。引退日の秘密については、ナディアで直接ご本人に聞いてみて欲しいが、「何故、今、ナディアで働いているのか」は、この引退日が大きく関与していると私は見ている。

明けてKIN133(G5/1)、「惑星の月」の最終日でもあったこの日は、朝から強烈なサインがやって来た。Lが前日(KIN132)珍しく近所の書店で直接手に入れて来た『イヤシノウタ』(吉本ばなな著)を、わざわざ私に見せに来た。何故なら、本書を捧げられた3名の中に桜井章一氏が含まれていたからだ。しかし、私は新刊案内が挟まっていたページが一瞬開いた時にチラっと見えた「エリジウム」という文字の方に、より引き付けられてしまった。

それで、ちょっと見せてもらうと、それは映画のタイトルで、P96に書かれていた。前夜『霊性のアート』のP96に、その日偶然再会した龍村ゆかりさんの名を見出していた事もあって、再びシャンバラ(8×12=96のエリアから成る)からサインを受取ったような気分になった。同時に、『アルクトゥルスの監視』という冊子の中にある「赤い惑星、青い惑星」という文章を思い出し、すぐにそれを引っ張り出して来てめくってみた。「碑銘の神殿」の中央階段69とシンクロするP69から、その話は始まっていた。

ホゼ・アグエイアス(KIN11)によるこの文章は、『アルクトゥルス・プローブ』に記されている「火星の記憶」とも深く関係したもので、P73には以下のような記述がある。

”青い惑星のサイバンクに刻印された、赤い惑星の「銀河の記憶ノード」は、イタリア人の天文学者、スキアパレリが自分の望遠鏡を通して火星を見つめていたときに活性化された。彼が有名な火星の「運河」を発見したことに加えて、赤い惑星は原型的な名称でそのきわだった特徴をはっきりと示すことになった。すなわち、アトランティスレムリア、ユートピア、エリジアム(エリシュウム)、シドニア、オリンポス山、などである。”

Wikiによると、ジョヴァンニ・スキアパレッリは、1835年3月14日生まれのKIN60(8・太陽)。 何と、10日前のKIN123に他界したばかりのプリンスと同じだ!しかも、KIN60を古代マヤのツォルキンに置き換える見方をすれば、パカル王の誕生日にもなる。プリンスが他界したKIN123が、そのパカル王の遺体が収められていた石棺の蓋が開封されてから89銀河スピンというタイミングに当たっていた事、そして、スキアパレッリについて記したホゼがKIN89という日に他界した事も振り返ると、この一連の繋シンクロには、銀河的なメッセージが示されていると見るのが妥当だろう。
アルクトゥルス 
また、『アルクトゥルスの監視』の冒頭には「思い出されたアルクトゥルス:水晶の地球ネットワークの投影」という図も掲載されていて、そこにはアルクトゥルス・ミッションとして、V24.4という火星を示すコードや、「シャンバラとしても知られる星生まれの者の都市」という文字などが、水晶、魔術の山、そしてフナブ・クの絵などと共に記されている。クリスタルショップで仕事をする限られた期間にこの絵を目にすること自体、ひとつのサインである。

この火星記憶を呼び起こした『イヤシノウタ』の発刊日はG4/25で、『13の月の暦』では第4四半期&40週目の初日の超魔術の亀の日「青い惑星の手(KIN127)」でもあった。そして、この発見はその週の最終日「赤い電気の空歩く者(KIN133)」に生じた。ドリームスペルやテレクトノンにおいて、「赤い空歩く者」は火星軌道と、「青い手」は地球軌道と対応する。しかも、一連のシンクロは「惑星の月」のラストに収束するようにやって来た。まさに「赤い惑星、青い惑星」そのものだ。

この日、ナディアに到着するなり私はチャカに「今日が誕生キンだと知ってた?」と確認してみた。やはり、あまり明確には意識されていなかったようだが、時間トンネルの出口で「復活の水」をつくり、この日の朝からそれを飲み始めているという事実は、「時に適っている」証拠である。しかも、この日は44回目の銀河の誕生日ということも判明。「復活の水」は、『時間の法則の20の銘板』にちなんで私が勝手に命名したものだけに、このシンクロも大いに私を驚かせた。

何故なら『20の銘板』は、KIN44(1997.7.26)からスタートしたもので、その日本語版制作世話人は私だったからだ。そして、その『20の銘板』のクロノグラフに従った数え方では、この日が最終日だった「惑星の月」全体がKIN244に対応していた。これは、銀河における火星のコードがV24.4である事とも完全にシンクロしている。

さらに、最近誕生したばかりの彼の赤ちゃんはKIN111の生まれだという(という事は話を聞いた日の22日前)。KIN111は、私が青い『時空のサーファーに出会って、『13の月の暦』を使い始めた時の「運命の道筋」でもある。最近になって、赤い『時空のサーファーがナディアに入荷したことから始まった時空サーフィンだけに、これもただの偶然とは思えない。

そもそも彼について知っていたのは、以前、水沢(→どちらも水に関する漢字だ)に住んでいたという事だけ。その話を聞いた頃は、ちょうど私も自分の運命の道筋が、宮沢賢治と同じKIN131(1・猿)に同期し始める前後で、「みちのく」からのシンクロが届き始めていた。その経緯をまとめた「鎌倉みちのく魔術紀行(2)」には、おそらく今後ひもとかれて行くであろう内容が多々含まれているが、特に以下の文章には注目しておきたい。

”間もなく宮沢賢治(KIN131)の道筋に入る事を意識した私は、『雨ニモマケズ』(フォア文庫)を久々に手にし、テキトーに本をパッと開いてみた。すると、そこには「原体剣舞連(はらたいけんばいれん)」という初めて見る詩が掲載されていて、ページはP133だった。”

おそらく、この時点でチャカ(KIN133)とのシンクロは既に始まっていたのだ。賢治が記した原体剣舞連は、北上市周辺に伝わる伝統芸能「鬼剣舞」と関係があり、水沢と北上、そして賢治がその生涯を閉じた花巻とは、そう遠くない距離にある。また、鬼剣舞について書いた記事の冒頭には、拙著の編集を担当して下さった天野さんが登場するが、天野さんの「世界の橋渡し」とチャカの「空歩く者」は、いずれもドリームスペルの火星軌道に対応する。

帰り際、ここまで書いた事を圧縮バージョンでゆみこさん(KIN219)にお話したところ、2004年頃に受取ったメッセージと関係がありそうだという話になった。細かい事は省くが「緑」が鍵であること、ゆみこさんの次の誕生日からの道筋がKIN164(銀河の同期)に同期すること、そして来る「青いスペクトルの年」の元旦がゆみこさんの誕生KINで、その1年がゆみこさんイヤーになる事などを話した。

と同時に、「元旦はG暦では平日だけれど、ナディアで何かやりましょう」という話がまとまった。これだけ流れが来ていたら、それに乗らない手は無い。私も、単発や限定回数での暦クラスは随分あちこちでやらせて頂いて来たが、15年以上も同じ場所でやっているのはナディアだけだ。まだ内容は何も決まっていないが、この火星シンクロと繋がって来ることは間違いないだろう。

その晩は実家に寄って、KIN93(2・空歩く者)の母に盛岡シンクロの話をしたが、テレビではリオ五輪まであと96日というニュースが流れていた。『イヤシノウタ』のP96から始まった日の締めが96という数で終わるのも面白いが、この記事を書いている今日(スペクトルの月6日,KIN139)が、古代マヤのツォルキンだと「2ベン」で、ドリームスペルでのKIN93に相当する事もやはり興味深い。どこまで行っても火星が追って来る感じだ。

そういえば、KIN133(3・空歩く者)の朝、世田谷区の施設をG7/24という日程で予約した直後に、ばななさんの誕生日がG7/24で、今年(白い惑星の魔法使いの年)52才のカレンダーラウンドを迎える事をLから教えてもらった。やはり、「今」というタイミングで共鳴して来るのには意味があるのだ。その2日後が新年元旦(KIN219)となる訳だが、翌日、『アルクトゥルス・プローブ』で火星について記述されている所を探すと、「時間戦争:ルシファーが追跡され、火星が思い出される」という項目が、第2部のチャプター11に見つかった。

「1・猿」から始まった現在のウェイブスペル(11番目)とシンクロするこのチャプターのP219に、「エリジアム」という言葉が初めて登場する(おそらく『アルクトゥルス・プローブ』全体で)。やはり「青いスペクトルの嵐の年」の元旦は、水晶に囲まれた場で、ゆみこさん(KIN219)と火星についての記憶の再構築(トータルリコール:次元間通路の再開)みたいなことをする事になりそうである。今、気付いたが、その日はグレゴリオ暦でも火曜日だ!


クラトゥ・バラダ・ニクト 銀河連盟は静かにやってくる

パカルの特別な13日とマヤ暦

2016年02月17日 23:45

銀河の月11日(G2/17)KIN60 黄色い銀河の太陽(by D)

今日は、『ドリームスペル(13の月の暦)』のツォルキンでKIN60(8・太陽)。銀河の音「8」が月日で重なる「魔術の亀の日」だった。そして「パカルの特別な13日」。確かに、パカル王の石棺の蓋には「8・太陽」に相当するマヤ暦ツォルキンでの「8アハウ」が刻まれている。しかしながら、これをそのままKIN60と数えてしまったのは、問題があった。
pacal.jpeg ★達人サーファー吉田さん(KIN43)作のレリーフ

順番に整理してみる。まず、巷に広く出回っている「ドリームスペル(13の月の暦)のツォルキン」と、遺跡に残された記録とも整合する「古代マヤのツォルキン」とは、全く別な日付を数えている別な暦である。つまり、この世には、少なくとも2つのバージョンのツォルキンが存在するということだ。

具体的に書けば、今日は、ドリームスペルだとKIN60(8・太陽)で、マヤ暦だと「13ベン」、仮にドリームスペル風に書けば、「13・空歩く者」(KIN13)となる。つまり、二つのツォルキンは、現時点で47日ズレている。このズレは、間もなく訪れるG2/29で変化して46日となる(グレゴリオ暦の事を考慮するかしないかの違いによって)。

13の数字と20の絵文字を組み合わせて260日周期を数えるという仕組みは同じなのに、数えている日付が異なっているから、ややこしくなるのだ。と同時に、「ドリームスペル(13の月の暦)のツォルキン」と「古代マヤのツォルキン」という2つの別な暦を、ホゼ自身が都合よくごちゃ混ぜにしてしまったのが、後に偽マヤ暦団体を幾つも誕生させ、より深い混迷を生み出す遠因にもなったと言える。そこをもう少し追求してみよう。
dreams.jpg ★『ドリームスペル』キット日本語版

8アハウ」が、「古代マヤのツォルキン」でのパカル王の誕生日であるのは、間違いない。しかし、ホゼはこれを「ドリームスペル(13の月の暦)のツォルキン」の計算方法に換算せず、古代マヤの数え方のまま、見かけだけドリームスペル風にして、テレクトノン発表時に「パカルの特別な13日」という形で組み込んでしまったのである。

世界各地の伝統的精神文化を、何でも「時間の法則」(ドリームスペルのカウント方法が土台にある見方)に統合してしまうのは、ホゼの得意とするところで、ある意味一貫性があるのだが、マヤ暦とドリームスペル(13の月の暦)の識別が付かない初心者にとっては、やはり混乱の源となる(識別方法は『マヤのリズム』に整理してある)。

実際、私自身も、2012年にあるきっかけが訪れるまで、16年近くもの長きに渡って、何の疑いも無く「パカル王はKIN60(8・太陽)生まれ」と信じ込んで来た。というより、あまり真面目に検証もせず、なあなあにして来たという方が、より正確かもしれない。

では、今日をKIN60と数えるドリームスペル(13の月の暦)ツォルキンの数え方では、パカル王の誕生キンは、一体何になるのだろうか?私なり色々調べて検証した結果は、KIN190(8・犬)である。その検証プロセスについては『銀河のマヤ、聖なる時の秘密』(ヒカルランド)に述べてあるので、きちんと背景を押さえたい方は、そちらを参照して頂ければと思う。

こうした背景や、グレゴリオ暦との関係性を曖昧にしたまま、「あなたの運命は?」とか「相性は?」とか「潜在意識が○○」「鏡の向こうが××」なんてやっている人々は、まさに砂上の楼閣的な後付け知識を増やしているだけなのだ。ものごとの本質を探究し、自分の間違いや勘違いを正視する勇気を持てる人なら、今すぐには受け入れられなくとも、いずれそう悟る時が来るだろう。

今日をKIN60(8・太陽)と数えながら、それをマヤ暦と呼んでいる人々は、単に勉強不足なだけか、勉強好きでも方向性を間違えて本質から外れ続けている人か、本当はマヤ暦とは違うものだと知っていながらゴマかしている嘘つきか、のいずれかである。今日をKIN60と数えるのは、ドリームスペル(13の月の暦)のツォルキンで、マヤ暦のツォルキンではないのだ。

ウェイブスペル」「銀河の音」「太陽の紋章」などの用語も、全て『ドリームスペル(13の月の暦)』に由来するもので、もともとのマヤ暦には存在しない。殆どの人がネットにアクセス出来る現代、ちょっと調べれば分かるのだが、多くの人はその「ちょっと調べる」という手間を省いてしまう。だからこそ、嘘でも声の大きい者の情報に流されてしまうのだ。

どんな分野でも、大抵ニセモノの方が流行り易く、一気に広がり易いのは、そういう面倒臭さを避ける人々が、「手っ取り早さ(即効性)」や「仮(その場)の安心感、幸福感」を優先して、お手軽簡単な情報を求めるからだろう。昨今は、出版物もそういうものだらけなので、先に識別力を鍛えておかないと、時間と労力とお金を浪費し続けて、「結局、私は一体何をやって来たのだろうか?」という状態に陥りかねない。

という訳で、世間でマヤ暦とかツォルキンカレンダーとか呼ばれているものの殆どは、『ドリームスペル(13の月の暦)』のツォルキンをパクった上で、色々な情報を混ぜこぜにした「偽マヤ暦」なのである。それは、本来のマヤ暦でも、本来のドリームスペル(13の月の暦)でもないのだが、世間には「パチもん」好きな人もいるので、そういうバイブレーションに引き寄せられる人を無理して止めようとは思わない。ただ、どういう背景のものか知って触れるのと、そうでないのとの違いは大きいので、縁ある人に向けて書いておきたいのだ。

尚、偽マヤ暦系の親玉たちは、もちろんネタ元の『ドリームスペル(13の月の暦)』のことも知っているので、講座では予め「色々な流派がある」という言い逃れを口にしてるようである(大枚叩いて講座に通っていた複数の人達から聞いた)。この際、はっきり書いておくが、流派など最初からなく、単にピラミッド型集金システムを作りたい者達が、偽マヤ暦団体をあちこちで乱立させているだけの話なのだ。

最後に、このブログに辿り着いた方は、本来の情報を知る可能性を持つ人々だが、私が書いている事もそのまま鵜呑みにせず、是非、多面的、多角的に検証してみてほしい。その姿勢こそが、銀河知性の贈り物である『ドリームスペル(13の月の暦)』が促しているものだからだ。

銀河のマヤの「第5の力」

2015年11月02日 04:09

自己存在の月15日(G11/1)KIN212 黄色い自己存在の人(by D)

ドリームスペル・プレイヤー(13の月の暦ユーザー)にとって、「戦士のウェイブスペル」の終盤から「月のウェイブスペル」にかけての日々は、普段以上に注意深く過ごす期間のひとつと言える。何故なら、ドリームスペル創世記において、銀河の時間魔術が盗まれたタイミングとフラクタルにリンクする期間だからだ。

ドリームスペル(13の月の暦)』は、12:60周波数によってブツブツに切断された「意識の回路」を再接続させるワクチンとして、然るべきタイミングで地球に届けられた「銀河の贈り物」である。従って、この暦が本来の意味で使いこなせている人なら、様々なレベルの繋がりを見出せるようになるし、「魔術飛行」を含むこの期間を無事に経過できているかどうかも、その前後の「気付き」によって自ら判断することが出来るはずである。

一方、形としては「13の月の暦」を使っていても、人に教えられたパターンでしかモノが見られないままなら、その人はまだスユア(時空の記憶回路)を十分に回復させる事が出来ていないのだ。当然、『ドリームスペル』を12:60的にパクリ、人をラベリング(意味固定)してから相性を調べる、なんていう分裂したやり方を続けていたら、遠からずスユアは完全にショートしてしまうだろう。

2012年12月21日(冬至)に「マヤ暦が終わる」とか「人類が滅亡する」なんていうデマが蔓延したのも、そうした分裂状態にある人々が招いた現象だったと言えよう。満月だったG10/27は、その2012年冬至からツォルキン(260日暦)がぴったり4回巡ったタイミングだったので、『ドリームスペル(13の月の暦)』のツォルキンではKIN207(12・手)、マヤ暦のツォルキンだと「4アハウ」だった。

2012年冬至を、マヤ遺跡に見られる長期暦のカウント法で表記すると、13.0.0.0.0(4アハウ)となる。10/27は 13.0.2.16.0(4アハウ)になるので、冬至から2トゥン(2×360日)と16ウィナル(16×20日)、つまり720+320=1040(260×4)日が経過したタイミングだった事が分かる。ちなみに、一番右の桁が0なら、その日は「アハウ(太陽)」だという事を示している。

この辺りのことは、私の「水と波動」に関する師であった故・江本勝氏との共著『銀河のマヤ、聖なる時の秘密』(ヒカルランド)に詳しくまとめてあるので、関心のある方には参考になると思うが、2012年冬至からちょうど4銀河スピン(4×260)が経過した10/27に、私はその本を通じて、ある重要な事に気付かされた。

『銀河のマヤ』は、2012年冬至にマヤ遺跡ウシュマル(魔法使いのピラミッドが有名)で行われた儀式に江本所長が(マヤのシャーマンから)招かれた事に端を発して生まれた本だ。それ故、冬至と同じKIN207が巡って来たタイミングに、私は、本のカバー写真に関する大変興味深い(今振り返ってみても驚く)シンクロについて記したブログを見直していた。
シャスタ 
「北極星とシャスタ山」というタイトルのその記事には、発売当時に書泉グランデ(神保町にある書店)で撮影した写真が掲載されているのだが、『銀河のマヤ』の左隣に並んでいる『ソウル ビューティーレッスン』(ヒカルランド)という本は、何とG10/17に「魂振りNight 2015」を主催されたREIKOさんのご著書なのだ。

当時は全く面識が無かったのだが、天真会の青木先生を通じてご縁が出来、昨年と今年は「魂振り」に剣武天真流の一員として出演させて頂いたりもした。今年の「魂振りNight」が、江本所長の1周忌(10/17)と完全にシンクロしていたのは、3年前の同じタイミングに同じ出版社から本を出し、書店でもお隣だった事と関係があるように思う。

この気付きをきっかけに、怒濤のようにシンクロが押し寄せて来た事で、私は「月の創世記」への「魔術飛行」が無事完了した事を悟ったが、今回の一連のシンクロは、特に「銀河のマヤ」からのメッセージが多重に含まれているように感じられたので、以下、可能な範囲で整理してみたいと思う。

まず、10/28(KIN208)の夜、つまり「猿の創世記」から「月の創世記」への魔術飛行のタイミングに、私は書に関する調べものをしていて、玄奘三蔵が西暦602年の生まれだった事を知った。603年生まれのパカル王と三蔵法師が殆ど同い年だったと思うと、何とも不思議な感じがするが、このタイミングに振り返る事になった「北極星とシャスタ山」が、604番目のブログ記事だったのも不思議である。

また、玄奘が記した『大唐西域記』は、孫悟空が活躍する『西遊記』のベースになった本でもあるが、「1・猿(KIN131)」の「運命の道筋」を歩んでいる私が、「魔術飛行」のタイミングに觔斗雲に乗って飛行する孫悟空に意識を向ける事になるのも、やはり興味深い。しかし、「青い猿」はさらに強力なシグナルを送って来た。

自己存在(4)の月13日(G10/30)。「普遍的な水」のウェイブスペルにシンクロして行われた横浜ナディアでのウォーターセラピーでは、13名の方にオリジナルレメディ(水)を作成。もちろん、この仕事への道を切り拓いて下さったのは江本所長である。そのナディアからの帰り、私はホゼの息子、ジョッシュについてのある気付きを得た。それは、前日10/29と翌日10/31のどちらもが、ジョッシュにとって特別な日であるという事だった。

ジョッシュこと、ジョシュア・マイトレーヤ・アグエイアスは、1969年7月13日(KIN211)の生まれで、私より30日だけ早く地球に降り立っている。そして、1987年10月29日、つまり28(4×7)年前に、18才の若さで他界した。10/31(KIN211)は、そのジョッシュの誕生65(13×5)銀河スピンのタイミングだと気付いたのだ。

しかも誕生65銀河スピン目が巡って来る日のサイ時間単位は何とKIN65。65という数はドリームスペルの「キンの書」でも「調波インデックス」でも鍵となる、非常に重要な数だ。私がこの事に気付いた10/30(KIN210)は、ジョッシュの3次元的な死と、4次元的な誕生の狭間(バルド)の特別な日だったと言える。思えば、確かにそれに相応しい出来事があった。

まず、ナディアで10年以上ぶりに再会したのは、18年前にハワイ島でイルカと泳いだ時のメンバーの1人で、確か当時は私と同じ戸塚に住んでいたはずだ。私は、そのハワイ島からの帰国直後に、アグエイアス夫妻と初めて直に挨拶を交した事もあって、シリウスとの繋がりを意識したのを覚えている。ハワイでドルフィンスイムのガイドをしてくれたジョーン・オーシャンもアグエイアス夫妻も、シリウスについて言及していたからだ。

この日は、ナディアのゆみこさん(帰国中)も飛び入りでウォーターセラピーを受けられたが、ゆみこさんは普段、『ドリームスペル』が誕生したマウイ島に住んでいる。夜には、ホゼからステファニー・サウスを経由して江本所長にハワイ島で託されたクリスタルスカルについて(この経緯は『霊性のアート』に記してある)、IHMの根本さんから思いがけない電話があった。根本さんも戸塚のご出身で、確かシリウスについても色々言及されていたから、このタイミングに連絡が入るのは何ともタイムリーだ。
スカル ★ホゼの遺品の革鞄デュークとスカル(2013年5月)

私がホゼの『時空のサーファー』を手にしたのも、今はトツカーナという複合ビルになってしまった戸塚駅前商店街の書店で、それが「13の月の暦」との出会いだったのだから、一連の出来事には全て繋がりがある。なぜなら、『時空のサーファー』はホゼがジョッシュに捧げた本だからだ。しかも、場所的にはハワイと横浜(戸塚)が絡んでいる。考えてみれば、江本所長も青木先生も横浜のご出身。

そう思うと、日中、ナディアで「栄光」という新体道の極意技の解説をしたのも必然的だったように思う(ゆみこさんへのアドバイスとしてだったが結局ナディアの皆さんにシェアする形になった)。「栄光」は、剣武天真流教範にも掲載されている非常に重要な(剣技にも通じる)型だが、剣武天真流の宗家は青木先生であり、本部道場での指導を共に担当している丸山師範は、何とジョッシュ(3・猿)が他界した1987年10月29日(KIN129)に生まれているのだ。死と再生、剣というキーワードで見れば、その夜『るろうに剣心』が地上波で放映されていた事も、無関係ではないように思える。

今年の「魂振りNight」では、ハワイからいらしたクムフラ・エフラニ・ステファニーさんが、素晴しい祈りのフラを舞って下さったが、主催者のREIKOさんは、ドルフィンスイムの野崎友璃香さんともつながっているし、もうどこがどうリンクしているのか分からないくらい絡み合っているが、とにかく今回の「魔術飛行」では、ハワイと横浜(戸塚)と猿を通じて、銀河のマヤがサインを送ってきているのを強く感じる。

そして、「魔術の亀の日」だった今日(G11/1)は、銀座ぎおん石に北村公晴さんのアート&ジュエリー展(11/2まで)を、新宿伊勢丹に藤田理麻さんの個展(11/3まで)を観に行って来たのだが、北村さんからは東海道五十三次や正二十面体のお話を、理麻さんのスライドショーでは、イルカの絵のお話を聞く流れがあった。帰宅後、気になって戸塚が五十三次の何番目かを調べてみて、全て納得が行った。戸塚は5番目の宿場だったのだ。『ドリームスペル』マニュアルP54には、「5」について以下のような解説がなされている。

【第5の力】旅程盤の外側で、銀河の盾として表わされる。五次元の組織的な力、重力としても知られる。
銀河の楯 ★銀河の盾

また、ドリームスペル旅程盤において、「月の創世記」と重なる「魅惑の緑の中央の城」は、5番目の城でもある。まさにそのタイミングに「第5の力」が働いたというのが、私の実感だ。きっと、別次元に旅立ったホゼ、ロイディーン、ジョッシュ、江本所長も、異なる領域から多次元的にサポートをしてくれているに違いない。

そんな中、明後日、KIN214(11/3)は九品仏で『ドリームスペル』を扱う「銀河シンクロ教室」が、KIN234(11/23)は横浜ナディアで「13の月の暦」のクラス(テーマ別は「魔術飛行」)が開催される。どちらも「魔法使いの年」の「魔法使いの日」という特別な日だが、この流れの中で『ドリームスペル』を手にする意義は大きい。KIN214に間に合う方は、それ自体が「第5の力」だという事を体験するだろう。

おきなわ祈りの旅「参入」

2014年07月04日 15:25

宇宙の月8日(G7/4)KIN247 青い宇宙の手(by D)

6/26から始まる天真会の瞑想セミナーに参加するにあたり、私は前日の25日(KIN238)に沖縄入りした。ガウディ生誕162年でもあったその日、羽田16:20発のJAL923便は8番ゲートから出発予定になっていたが、搭乗時間直前に欠航が確定。那覇からのフライトが遅れた関係らしいが、およそ1時間半後に発つ次の便を、大きな機種に変更して対応するとのことだった。待ち時間用にと配られた飲食券をカフェで使わせてもらって読書。

Web予約していた55Kの席が、前夜突如36Kに変更される通知があった時から感じていた「奇妙なゆらぎ」が、まだ続いているようだ。55-36=19は19番目の鷲のウェイブスペル「ヴィジョンの力」への注目を促しているようでもあるし、55+36=91でアートラボ主催者の香奈さん(KIN91)を指しているようでもあったが、925便の50Kへとさらに変更され、搭乗ゲートも8から9へと変更になった。KIN9は、間もなく始まる新しい年の元旦だし、座席番号の合計141(=55+36+50)は、5日前の暦クラスで例題になって下さった方の誕生KINだ。おきなわ圏と絡む新しい時空への参入角度が、微調整されているのだろうか。

22日前のKIN216に、翻訳者の白川さんから頂いた『ハバナ奇譚』も、どうもこの旅と繋がっている気がして、移動中ずっと読み続けていた。搭乗直前に登場したエドワード・リーズカルニなる人物は、話の本筋とは関係ないにも関わらず、マイアミにコーラル・キャッスルという巨石を使った城を一人で建てたことが記されていて妙に気になった。スマホで調べてみると、実在の人物で、エジプトやインカの人々の石の扱い方を再発見したと言っていたらしい。実際、誰にも分からない手法で巨石を動かしていたのだから興味深い。
霊的光 
列島全体の天候が不安定だったこの日は、空の状態も何か特別な感じで、日が暮れるまでの間、機窓からは神秘的な光景が見え続けていた。欠航したのはこれを目にするためだったのか!と思いたくなる程の荘厳さで、異次元的なヴィジョンが重なって見えているかのようだった。着陸時に読んでいたP320には、「赤いドラゴン」という言葉まで登場。自分の誕生KINでもある3日後の「赤い共振の竜」の日に、斎場御嶽と首里城で奉納演武を予定している私としては、何とも幸先の良い徴だ。
虹の輪 
那覇空港の22番ゲートから入った私は、沖縄復帰42年の5/15満月(ウエサク)に71才を迎え、その翌日のKIN198(3・鏡)に3次元の宇宙服を脱ぎ捨てた銀河の母・ロイディーン(「13の月の暦」「ドリームスペル」提唱者)の事を思わずにはいられなかった。なぜなら22は、そのロイディーンの誕生KINで、それはマヤの言葉でボロン・イクとなる「9・風」に相当する日付だからだ。羽田の9番から飛び立って那覇の22番に到着したのが、ロイディーンの他界からぴったり40日の同じ「白い鏡」の日だったことも振り返れば、この旅がロイディーンと深く関係していることは、もはや疑えなくなる。
天空の梯子 
翌6/26の朝、音の響きが気に入って訪れてみたオハコルテベーカリーで、コーヒーを飲みながら『ハバナ奇譚』を読み進めていると、P333から第五部「赤い戦士の季節」が始まった。『ドリームスペル』では、まさに今、五番目の「魅惑の緑の中央の城」(52日間)と「赤い銀河の季節」(65日間)を進んでいる最中で、「赤い季節」の方は、きんきシンクロニック・アートラボが完了するKIN249(G7/6)まで続く。やはりこの本は魔術的だ。

奇しくも、天皇皇后両陛下の沖縄訪問と完全同期する形になったこの日の午後からが、沖縄瞑想セミナーの本番。青木先生による開式が行われた後、外間先生と野原先生のお話を伺う。現世の仕事と並行して、沖縄の霊性を受け継ぐ仕事(廃藩置県以降失われてしまった聖所を復活させると共に人々の信仰心を取り戻す活動)をされているこのお二人の話は、『ドリームスペル13の月の暦)』と全く同じことを伝えていて、深い感動と共感を覚えた。

特に1985年に52才で天の創造神との出会いを体験されたという外間先生は、「2012年以降は我々一人一人が直接神と繋がり、神の姿に帰って行く」とチャネリング状態でおっしゃっていて、あまりにドリームスペルとの親和性が高いので、思わず後で誕生日をお聞きしてしまった。すると誕生KINはKIN206(11・世界の橋渡し)で、今の道筋はKIN26(13・世界の橋渡し)であることが判明。私は間もなく「13・世界の橋渡し」の道筋に入るので、私の誕生日からぴったり260日前が外間先生の誕生日という事だ。

新月の直前だったこの日は、イェイツの『ヴィジョン』を元にした「月の28相」システムで言えば、私が生まれた時と同じ28相の状態だったが、誕生の瞬間から数えれば555朔望月が経過したタイミングであった事を、2日後、誕生KINを祝う高橋徹さんからのメールで知った。また、沖縄の梅雨明けもこの日だったことを、夜のニュースで知った。
万座毛 ☆万座毛

晴天に恵まれたKIN240(6/27)は、万座毛と知念岬の二カ所で剣武の奉納演武と祈りの瞑想を行われた。何も知らずに見ていたら、ただただ美しいだけの風景の背後に、沖縄戦やそれ以前の悲しみの歴史が横たわっている。野原先生が涙ながらに語って下さった当時の状況と人々を想いつつ、さらに古い時代にもあったであろう様々な記憶が解放され、平和の波がここから世界に広がって行くことを願いながら演武をさせて頂いた。
知念岬 ☆知念岬

道友達が駐車場の木陰で涼む子猫達を愛でている時、私はその後ろの車のナンバーが気になって仕方がなかった。何故なら、137は13:20マトリクスのツォルキンにおいて中心7列目の「7・地球」で、「地球の主」とも言われる日であり、52は全ての人にとってのカレンダーラウンドであるだけでなく、外間先生が天の創造神と出会った年だからだ。そして、その半分の26は、誰にとっても運命の道筋が反転する年であり、同時に外間先生の現在の道筋(=次の私の道筋)でもあったからだ。
ナンバー 
その夜泊まったユインチホテル南城のユインチは「寄満」と表記され、「世界中の恵みや宝、豊穣が集まるところという意味で世界遺産 斎場御嶽の最も高い位置にある場所です。元々は琉球王府用語で”王の台所”という意味であり首里城にも存在しています。」と説明されていた。確かに、そこから見える風景は見事で、特に温泉からの眺望は宝そのものだった。自分の62銀河スピンの最後の瞬間をそういう場所で迎えられた事に感謝しながら、「宇宙の月」の初日、そして新月の夜は静かに過ぎて行った。


※この旅の様子については、引き続きここに書いて行く予定だが、そこからの流れと深い連続性があると思われる「きんきシンクロニック・アートラボ」では、琉球、日本、地球の変換プロセスについて、具体的なアート(暦の使い方、瞑想の技法など)と共にシェアするつもりだ。

ハワイの引力が夢の種を開花させる

2014年03月30日 04:07

■太陽の月23日(G3/29)KIN150 白い共振の犬(byD)

「夢の種を開花させるワークショップ」を始めたのは、2009年の夏だった。「13の月の暦」を含む銀河文化ツールの発想や仏教の考え方をベースに、それまで、半ば無意識的に私達が活用していたものを整理し、少なくともその時点では、まだ誰もやっていなかったであろう手法をシェアした。

今では企業名やサービス名として使われるようになった「ドリームバンク」というワーク名も、当時はまだ誰も使っていなかったようで、ネットで検索すれば私達のサイトがトップに出て来ていた位だ。ドリームバンクとは一体何なのか?どういうことをするのか?大抵の人はよく分からないまま「何となく面白そう」という感じで参加される。

しかし、回を重ねるうち、実際に「夢が実現した」という方が増えて行き、以降、参加者の半数ほどがリピーターという状況が続いていた。だが、13回目の記念となった今回はちょっと違っていて、13名の参加者のうち11名が初参加だった。しかも、そのうちの9名は、何と「赤い律動の月」(KIN149)のMさんが声をかけられた方々だったのだ(Mさん含め)。

元々ドリームバンクは、20ある「太陽の紋章」の中で、「開花」のキーワードを持つ「黄色い種」を意識して始められているのだが、今回は、「黄色い銀河の種の年」という『13の月の暦(ドリームスペル)』ユーザーにとっては特別な一年(人類種から銀河種への開花のタイミング)の中で、一度だけ巡って来る「1・種」(KIN144)に焦点を合わせたスペシャルバージョン。

それは「種」が重なるという意味だけでなく、『ドリームスペル』に続いて発表された『テレクトノン』(地球霊の通話管)にも焦点を合わせたものだったからだ。『テレクトノン』は、アグエイアス夫妻にとって、パカル王がセットした時間のテルマ(埋蔵経典)そのものであり、使用開始時期の1993年7月26日(=KIN144)は、失われた7つの世代を取り戻すための「預言の7年」の始まりでもあった。

私がパレンケの碑銘の神殿(パカルが埋葬されていた9層のピラミッド)を訪れ、その場で『テレクトノン』をプレイしたのは、「赤い律動の月の年」の「赤い律動の月の日」(KIN149)であったから、全く同じKINのMさんが、ご本人含め9名の仲間とドリームバンクに参加されたのは、私にとって、非常に強力なお告げそのものであった。9は「赤い月」の紋章コードNoでもあり「赤い月」のキーワード「水」は、パレンケのもともとの名前「ラカンハ(大いなる水)」にも直結する。

パレンケにご一緒した滝元さん(『マヤン・ファクター』VOICE完全版の監訳者)が、後に、パカル王と同じ誕生KINだったことが判明した時、パカルに導かれた思いがしたものだが、今回もそれに近いものを感じた。何しろ、その9名の中に、KIN145(2・蛇)、KIN149(6・月)、KIN150(7・犬)、KIN151(8・猿)と、「黄色い種」のウェイブスペル(13日間を示すドリームスペル用語)の方が4名もいたし、「1・犬」の方も2名いらして、パカルと同じ「白い犬」(赤い月の類似キンで水星軌道)が計3名もいたからだ。

☆追記:これを読んでいて思い出した!私(L)がパレンケを訪れたのはG1996年6月1日。まさにこのドリームバンクと同じKIN144だった!

ドリームバンクでは、毎回、そのタイミングにちなんだ一口福スイーツを用意させて頂くのだが、今回は「たねや饅頭さくら」をチョイス。近江八幡市に本社がある「たねや」さんには、割と高い頻度でドリームバンクに登場して頂いているのだが、お客様相談室電話番号の下3桁が144だと気付いたのは、今回が初めてだった。

しかし、これらのシンクロが霞むほど驚かされたのは、今回が3回目の参加となったAさんの体験シェアの時だった。以前ドリームバンクに参加した際セットしておいた夢「マウイ島に行く」がついに叶って、何と翌日(KIN145=G3/24)から旅立つのだと言う。『ドリームスペル』はアグエイアス夫妻がマウイ島に住んでいた時に、『テレクトノン』はハワ島に住んでいた時に生まれたというくらい、ハワイと銀河ツールは関係が深い。

しかもAさんは、まさに今年1年(=銀河の同期)とシンクロするKIN164(8・種)で、何と『ドリームスペル日本語版第2刷』を日本で一番早く手にされた方でもあるのだ!だが、真の驚きはもっと別な所にあった。実は、今回はスペシャルということで、後半、ハワイで手作りされた木彫りのウミガメを、参加者の皆さんにプレゼントするために用意してあったからだ。この木彫りのウミガメは、それこそテルマのように4年半どこかを彷徨ってKIN114(G2/21)に届いた特別なものだった(その経緯についてはコチラ)。
ホヌ 
それを、当日来て下さった方へのサプライズと思って、まだ誰にも知らせていない時点で、Aさんが「明日マウイに行きます」なんて言うものだから、もうこっちはひっくり返りそうなくらいに驚いたのだった。ハワイからやってきて4年半も隠れていた木彫りの亀が、いきなり里帰りするというこの流れ。確かAさんは、ドリームスペルを受け取った直後にもハワイに行かれたはずだし、私が2012年にチェコに行く事に決めたのも、Aさんが完璧なタイミングでチェコ語を学んでいたことをシェアして下さったからである。大学も同じだったり、何とも不思議な引力が働いているのを感じる。

本当は全ての参加者に、こういう「引力」のような力が働いているのだと思うが、ここでは、もう1つだけメモしておきたいと思う。実は、Mさんのお仲間の殆どは、同じ職場のメンバーで、このマニアックなブログを結構丹念に読んで下さっているらしい。別な用件で少し前にクリカにいらしていたMさんには、その時に、ウミガメを1匹既にお渡ししていたのだが、それを職場の皆さんにも見せていたらしく、今回のスペシャルプレゼントが「あの奇跡の亀」だと分かるや、会場内のテンションは一気に高くなった。

話を聞いてもあまりピンと来ないような人の手に渡るよりは、思いっきり喜んで下さる方々の所に行ってもらう方が、私達も嬉しいし、きっと亀達もそれを望んでいることだろう。ある意味、今回のメンバーはこの木彫りの亀達がテレパシーで呼んだ人たちなのかもしれない。それは同時に、亀の島(北米大陸)を基点に世界に広がって行った(アグエイアス夫妻はその後米国本土に長く住んでいた)『ドリームスペル』のご縁でもあったように思う。何故なら、ドリームバンクは、暦の事を全く知らない方が参加される事も結構あるのに、今回は全員、まがりなりにもこの暦について知っていたからだ。

そして、『13の月の暦』において13番目の「宇宙の月」のトーテムアニマルが「亀」になっているのは、亀の甲羅が通常13に分かれていることとも関係があるのを知れば、今回の参加者が珍しく定員手前の13名で止まったまま、それ以上にもそれ以下にもならなかったことの背景が見えてくるように思う(直前に増えたりキャンセルしたりの回も結構ある)。

私もそういう気配を感じて、今回はトリノのスペルガ聖堂での体験をシェアしようと決め、前日調べ物をしていたら、その聖堂の建設が1717年に始まったことに因んで、正面階段が17段になっているということを初めて知った。ドリームバンクが行われたのは「太陽の月17日」。毎月の17日は、『テレクトノン』において、「青い自己存在の嵐の年」と対応する。私とLが本格的にこの暦の活動に関わるきっかけとなった「時間の法則に関する世界会議」が行われ、世界中の暦ユーザーが東京(倫理文化センター)に集まったのが、まさにその年である。

また、かつて江本勝氏がホゼ・アグエイアス氏に「9の魔方陣(81)と8の魔方陣(64)の差である17にはどんな意味があるか」と質問した時、ホゼは「17は天国に至る数だ」というような回答をしているが、これは『テレクトノン』において、17日がちょうど天王星軌道(天国)に入る日付だからである。ちょうど、今回の会場は、九品仏浄真寺の目の前だったので、最初、お寺からはお彼岸大法会のお経が聞こえて来ていた。17段階段のあるスペルガ聖堂での体験は、キリスト教的には天国との繋がりを、仏教的には彼岸との繋がりを意識させるものだったので、それもまた実に象徴的であった。

セッションがあったLは、他の皆さんと共に駅に向かったが、瞑想のリードで少し疲れを感じた(皆さんがあんまり深く入るので)私は、テレクトノンの立方体の数そのものでもあるKIN16の虹風さんに付き合ってもらって、「クラウドナイン」というカフェに初めて足を踏み入れた。豆も販売しているその店のコーヒーは素晴しく、何とも心身の休まる空間だった。九品仏の「9」にかけたのか、ジョージハリスンのアルバムから取ったのかと、勝手な想像をしていたが、調べてみたら、もともと英語で「意気揚々」という意味があるのを初めて知った。

そして、バックミンスター・フラーが提唱した巨大浮遊都市の名でもあったことを再確認した。フラーと交流のあったホゼは、フラーの宇宙船地球号にヒントを得て、時間船地球という言葉を『ドリームスペル』に付しているのだから、このタイミングでのクラウドナイン訪問も、偶然ではなかったようだ(この記事を書いていて初めて気付いたのだが)。そして同名のジョージハリスンのアルバムが1987年、ハーモニック・コンバージェンスの年に発表されていたということも。

そんな調子だったので、帰りに吉田さん(『銀河のマヤ』に登場頂いた時空の名サーファー)のFB記事を見るまで、この日が、ホゼの命日だった(東日本大震災の12日後のKIN89に他界して丸3年)こともすっかり忘れていた。今回のドリームバンクの背後に、鎮魂とか供養とかいうようなテーマが見え隠れしていたのは、単にお彼岸だったからだけでは無かったのかもしれない。

世に「夢や願望の実現」を謳うセミナー(大抵はビックリするくらい高額)は多々あるが、ドリームバンクほどシンプルで効果的な夢の実現法が他にあるだろうか?と、私は、参加者の皆さんからのフィードバックを見ていつも思う。その基本手順は、『霊性のアート』にも紹介している通りで、誰でも参考にして頂いて結構だが、損得計算だけでものを考える人、利己主義的な人には、あまり効果が出ないよう設計されている。というより、霊性の世界には、そういう法則があると言った方がより正確かもしれない。だから、やり方をパクっても、動機がズレてたら、多分期待した結果は得られないだろう。

ちなみに、こうした「夢の実現」とか「健康の向上」とかに関する最先端のアート(わざ)は、霊性のアート円卓読書会の場でシェアされ、検証されている。次回のドリームバンクの予定は未定だが、円卓読書会は、割と高い頻度で行っているので、次世代の手法を開発したり、より多面的にアートを駆使してみたいという方は、そちらに参加されることをお勧めしたい。桜の開花する季節、新しいものが色々と生まれてくるかもしれない。

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