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秋の九品仏にチベットを発見!

2017年12月04日 01:16

■倍音の月19日 (G12/3) KIN194 白い水晶の魔法使い (by L)

2017年・秋の九品仏。二子玉川から10分足らず、オススメの紅葉スポットです。

いままで何度も訪れていますが、今年初めて、日本人として最初にチベットに入った僧、河口慧海の記念碑を見つけました。石碑に光が当たるタイミングに居合わせたせいです。キラリと光る「ヒマラヤ」の4文字が目に飛び込んできて、よくよく読んだら河口慧海の石碑でした。

後で調べると、彼に関する石碑は世界に3つあり、一つは私たちが毎年訪れているボーダーのストゥーパ。一つは書の稽古場の前の九品仏。もう一つは同じ世田谷区の桜新町(河口慧海の住居跡とのこと)。いずれにせよ、チベットを身近に感じた午後でした。

九品仏2017 

ちなみに調べると、僧侶であり探検家でもあった河口慧海の銀河の署名は KIN179/青い惑星の嵐。これは、吉村作治氏(エジプト学者)、刀根山光人氏(メキシコを旅した美術家。彼によるパレンケ、パカル王の石棺拓本は世田谷美術館に収蔵されている)と同じであり、そして私たちが今年カトマンズから帰国した日のキンなのでした。冒険家、探検家、新しい意識の世界へ旅する人のキン。来年6月にはその世田谷美術館で、天真書法塾シャンバラ教室の書の発表会を予定しているので、とても楽しみなことになってきました。

聖十字架物語と二子玉のフィレンツェ

2017年03月04日 22:34

銀河の月26日(G3/4)KIN180 黄色いスペクトルの太陽(by D)

昨日、G3/3は、ルクソールの「王家の谷」でツタンカーメンのミイラと対面した日(KIN14)からぴったり9(3×3)年目に当たる日だった(『マヤのリズム』P154〜参照)。その日が、エジプト考古学者・吉村作治氏の104(52×2)回目の銀河の誕生日(KIN179)と重なっていたのだから、私達にとって面白い日になるのは、最初から決まっているようなものであった。

午後に世田谷美術館で行われた「美術講座」の内容は、「フィレンツェのサンタ・クローチェ教会大礼拝堂壁画の修復」。「世田谷美術館友の会」が主催するこの講座の事を知ったは、開催日(昨日)のぴったり30日前で、全くの偶然だった。その経緯から少しずつ整理してみたい。
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昨年9月、美しいシンクロニシティに導かれてフィレンツェ、ピサ、ローマを訪れたことは、現在メルマガに連載中の「 ルネサンスの都へ」に書いている通りで、その中でも特に驚いたシンクロについては、「ダヴィンチ・フィレンツェ・チブレオ・モリコーネ」という記事にまとめた通りである。

イタリアから戻ってすぐの10月から、Eテレで「旅するイタリア語」の放映が始まった。その何度目かに、漫画家のヤマザキマリさんが登場して、マザッチオの解説をしたことがあったのだが、その切り口にLが痛く共感したらしく、以降、彼女のエッセーを連発で図書館から借りて来るようになった。

KIN149(G2/1)、二子玉のフィレンツェと私達が呼ぶ行きつけの店「エテルニータ」でランチをした後、Lがライズにある図書館出張所にヤマザキさんの本を返しに行くというので、その場で同行する事にした。普段ならランチ後は各々の用事に向けて解散する流れになるのだが、何故かその日はぶらぶらしたい気分で、借りまくった本を抱えているLを助ける訳でもなく(笑)、ただ散歩がてら付いて行ったのだった。

Lがカウンターで手続きをしている間、入口付近でボーっとしていたら、次の返却者が入って来た。人が集中する事があまりない窓口は狭く、居場所に困って奥のスペースに移動しつつふと振り返ると、チラシコーナーで「フィレンツェのサンタ・クローチェ教会」というタイトルが目に飛び込んで来た。サンタクローチェ教会に日本人が関わっているというだけで驚きだったが、宮下孝晴氏という講師の略歴を見ると、何と学芸大卒(先輩に当たる)でイタリアに11年在住、さらに金沢大の名誉教授とある。

昨年5月下旬に、ピサから剣武天真流の合宿(石川県志賀町)にやって来たニコロとジュリアーノが、「YOUは何しに日本へ?」の取材を受け(参考ブログ)、それが7月に放映され、9月に彼らにピサで再会した事はメルマガに書いた通りだが、合宿時に彼らと最初に顔を合わせたのは金沢駅構内だったのだから、これはキテる。しかも、昨年の5月には数年後にという話だったピサ(ヴィコピサーノ)での剣武合宿が今年に決まり、5月に再びピサとフィレンツェを訪れる流れになっているのだ。

加えて、そのチラシを目にしたKIN149は、パレンケの「碑銘の神殿」で『テレクトノン』をプレイし、パカル王の石棺を直に目にした日からツォルキン(260日暦)が25回巡ったタイミング(『13の月の暦』の数え方で)であり、世田谷美術館には、利根山光人氏による「パカル王石棺の実物大拓本」が保管されているのである。その拓本の存在を知った経緯は「パカル王からの呼びかけ」にまとめてあるが、今、それを再読して驚いたのは、「旅するイタリア語」が始まったのと同じ昨年10月にその拓本を目にした時、利根山氏の誕生キン(KIN179)も調べていて、それが世田谷美術館での講座開催日と完全にシンクロしていた事だ。

図書館窓口に私が同行していなければ、そしてその瞬間、次の返却者が窓口を訪れていなかったら、私はもちろんLも「美術講座」のチラシを目にする事は無かっただろう(そういう場所に置いてあったのだ)。当然、そんな貴重な機会がある事も知らずに、今日という日を迎えていたに違い無い。こうした「呼ばれてる」状態の時は、予定も必ず空いているもので、G3/3(KIN179)に参加可能だと判明するや、即、(Lが)往復はがきでの申込みを済ませたのだった。

そして昨日、宮下先生による講演「フィレンツェのサンタ・クローチェ教会 大礼拝堂壁画の修復」を聴講してきた訳である。会場入口で配られた絵はがき(嬉しいプレゼント)は、ルネサンス萌芽期の少し前に活躍したアーニョロ・ガッディによるフレスコ画で、会場のプロジェクターにも同じ絵が映し出されていた。思いがけない寄付(2億円!)から始まったという先生の修復プロジェクトのお話は、修復対象となったフレスコ壁画『聖十字架物語』の内容にも劣らぬ面白さで、一気に引き込まれてしまった。
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「前例が無い事はやらない主義」の官僚機構や、視聴者受けばかり狙う番組制作者達との仕事の進め方、怠けがちなイタリア人に期日を守らせる方法、修復先の選び方など、話の内容だけでなくその切り口にも、先生の魅力的な生き様が反映されていて、どうりで私達のアンテナが反応するはずだと深く納得。もちろん、フレスコ画の具体的技法や修復についての諸々(特に文化財保存に対する倫理)も大変勉強になった。金沢大学のサイトにもほぼ同内容のものが掲載されているので、美術史や文化財、そしてフィレンツェに関心のある方は、是非ご覧になる事をおすすめしたい。

1999年のNHKテレビ人間講座に出演されていた頃からのファンの方も参加されていた中、30日前に先生の存在を知ったばかりの私達は、全くの新参者であったが、諸々のシンクロに感じる所があり、終了後ずうずうしくも先生に御礼をお伝えしつつ、記念撮影をお願いした。講演中に「金沢大と宮下の名前を出せば壁画の間近まで入れてもらえる」とおっしゃっていたので、「写真があればもっと話が早いだろう」という魂胆だったが、ご快諾下さったばかりか、学芸大時代は書道科だったというお話も聞けて、ますますご縁を感じてしまった。
宮下先生 
先にサンタクローチェ教会を訪れた時に、『聖十字架物語』の壁画は目にしていて、写真にも収めていたが、まさかその修復に日本人が関わっていたとは思っていなかったし、物語の背景も制作者も知らなかったので、サーっと通り過ぎていた(他にも見どころが沢山あるので)。今回、このタイミングで宮下先生からお話を聞けたことで、俄然興味が湧いたので、5月に再訪する時は、先生との写真を印籠に、じっくりと『聖十字架物語』を見直してみたいと思う。

それにしても、一連の出来事と『13の月の暦』情報とのシンクロ率は異常に高く、シンクロが常態化している私が、久々に戦慄を覚えるレベル。何しろ、世田谷美術館に「パカル王の石棺拓本」が保管されているのを知ったのは、まだ数ヶ月前の話。金沢大学とサンタクローチェ教会、国立フィレンツェ修復研究所との国際共同プロジェクトの合意書が調印されたのは2004年6月(まさに私達が二子玉川に住み始めたタイミング)で、そこから2013年までの9年間(修復作業自体は2011年6月までの6年)、そのプロジェクトを統括されていたのが宮下先生なのだ。

この2004〜2013年の9年間は、『時間の法則の20の銘板』(以下『20の銘板』)の「9人の時間の主の領域」に対応し、この「9人の主」とは、「碑銘の神殿」のパカル王の墓室のレリーフに由来するものでもあるからだ。しかも、「16年間のテレクトノン」というサブタイトルを持つ『20の銘板』は、パカルの石棺レリーフの十字架とリンクした「木の道」というより糸から始まる。一方、サンタクローチェの『聖十字架物語』の主人公は「木」で、新約・旧約両聖書をクロスする、大変興味深い内容である(マリアやキリストは直接的には登場しない)。

確かに「十字架」は、世界で普遍的に見られモチーフの一つではあるが、ここまでの一致度は『20の銘板』日本語版の制作世話人をしていた私には、ちょっとゾッとするものがある。例えば、私が宮下先生の講演を聞く場所は、別に世田谷美術館で無くても良い訳だし、パカルの石棺拓本がその美術館に保管されているのを知るタイミングだって、もっと前でももっと後でも良かったはずだ。しかし、そのタイミングは全て、私にとっての最初のフィレンツェ訪問から次のフィレンツェ訪問までの間(ほぼぴったり260日間の期間)に生じたのだ。

さらに話は昨夜の晩餐にも繋がる。店内にフィレンツェの旗を掲げる程フィレンツェが大好きな五十嵐さんのお店「エテルニータ」が、3月一杯「12周年記念マリアージュコース」をやっていると知ったので、サンタクローチェ教会の講演を聞いた晩は、エテルニータの12周年と、シャンバラ教室の7周年(G3/10で)を祝して、そのコースを頂こうと決めていたのだ。
いわし ワイン 
それで、実際に何時がエテルニータのオープン日だったのかを改めて確認してみると、2005年2月23日(KIN211)と判明。私達が二子玉川に越して来た2004年6月8日(KIN211)からぴったり260日後がオープン日だった事を、12年通って初めて知った。何故その日にしたのかの理由がまた素晴しく、やはり私達が共鳴できる人々というのは、押さえ所が似ているのだなと思ったが、KIN211と言えば、私よりぴったり30日前に生まれ、ハーモニック・コンバージェンス(1987年)の直後に他界したホゼの息子ジョッシュの誕生キン。

そのジョッシュに捧げられた本『時空のサーファー』を通じて、21年前にマヤの暦世界(マヤ暦そのものではない)に入った私にしてみれば、美術講座開催のぴったり30日前、パレンケと繋がる特別なタイミングにその情報を知った事も無関係とは思えなくなる。それに直近のKIN211は2016年7月18日で、その日は、シネスイッチ銀座で『ウフィツィ美術館』という映画を観ているのだ。

冒頭に紹介した『マヤのリズム』は、引っ越し7周年の2011年6月8日(KIN166)に発刊されたもので(ちょうどこの頃サンタクローチェ壁画の修復が完了した模様)、その260日後が皇太子さま(KIN166)の52才、つまり『13の月の暦』でのカレンダーラウンドであり、「エテルニータ」7周年だった訳だ。ここまで書いて来て、やっと全ての繋がりが明らかになった。ちなみに発刊日をその日にしたのは、編集者の天野照久氏の誕生日であり、その260日前が安倍首相の誕生日、その260日後が皇太子さまの誕生日と知っていたからである(本書には安倍昭恵さんから私宛に届いたメールも掲載している)。
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この『マヤのリズム』の「エジプトからの呼びかけ」という節に、9年前の3/3(KIN14)、ツタンカーメンのミイラに出会った事が書いてあるのだが、その日の晩、私達はルクソールからギザに向かって鉄道で移動をしている。そこからさらに52年前の3/3(KIN14)、3000年前の前世記憶を持っていた女性考古学者オンム・セティがカイロからルクソールへと列車で移動した事が、彼女の生涯を描いた作品『転生ー古代エジプトから甦った女考古学者』に書かれているのだ。

この本との出会いも奇跡的であったが、本書によれば彼女の誕生キンは私と同じKIN241であり、発刊日は私達の結婚記念キンであるKIN171である。そして、皇太子さまと「エテルニータ」という店の、今年の「運命の道筋」は、9日前、そのKIN171になったばかりである。

「エテルニータ」はイタリア語で「永遠」の意味。コード番号14の「白い魔法使い」のキーワードは「永遠」であり、『マヤのリズム』にエジプトの話が書いてあるページは154(11・魔法使い)から。「王家の谷」で最初に入ったのがKV14だった事もそこには書いてある。まだまだいくらでもあるが(*)、いい加減、この辺りまでにしておこう…と思ったら、来週の『世界ふしぎ発見』はギザのピラミッドらしいので、ここまでメモしておしまい(笑)。


*こういう体験をもたらし、同時に体験するのが「時のからだ」と私が名付けたで「からだ」であり、それを思いきり活性化させる場が「時のからだ塾」である。

*自分用メモ。『前世への冒険』のアルベルティとデジデリオ。アルベルティ礼拝堂。トリノ五輪と「サムライとトリノ展」

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2010年10月22日 00:14

自己存在の月4日 (G10/21) KIN196 黄色い磁気の戦士 (by D&L)

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ナイルエクスプレス車窓の朝。もうすぐGIZA~♪、GIZA~♪と胸高鳴っていると・・・

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GIZA駅到着直前の踏切風景。すごいでしょー。でも、全然おとなしい方です。このめちゃくちゃさ。だってエジプトですからね。

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GIZA駅着。終点の一つ手前。東京だと、浜松町みたいな感じなのかな。

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そして、まずは一目散にグレートピラミッドへGO!!! 数年前から、このピラミッド内部への、一日の入場者数が制限されるようになりました。(もちろん、入場料もベラボーに上がりました。)でもホントに制限しているのか? そう言って、もったいつけてるだけじゃないかしらと私は見てるんですが(笑)。ともあれ、ピラミッドは、5000年前からずーっとここにいます。

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グレートピラミッド内部、王の間。玄室です。この日一番乗りで玄室に入り瞑想を始めたのですが、空間全体がいつの間にか瞑想ルームになっていました。最初の行為が流れを作るのね。

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まけ。上:ピラミッドから振り返った駐車場風景。実は、ピラミッドエリアの入り口は街中にあるんですよ。GIZAは、窓を開けたらピラミッド、なんてお家ばかりです。 下:ちょっとばかり理解に苦しむ、典型的なエジプトギャルのファッション。でも、ヘガップ(頭の布)はきちんとコーディネート。ギャル達が撮っているのは謎の東洋人カップル(私たちのこと)。昔は、ヤバ~ン!(日本人!)としつこく声かけられていたが、今回はチャイニーズと言われまくり。(それほど中国人観光客が増えてるってこと。)そんな時は、サっと人差し指を立て、「ラッ!(ちがいます)」と思いきり振ろう。

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2010年07月31日 00:56

磁気の月5日 (G7/30) KIN113 赤い太陽の空歩く者 (by D&L)

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カルナック神殿参道。お昼過ぎは通勤電車並みの混雑!
出来ることなら、早朝訪問をお薦めします。まだ暗い遺跡の、はるか彼方正面から真っ直ぐ太陽が昇って来るから!
ちなみに、カルナック神殿参道のスフィンクスはお顔が羊です。歴代ファラオにより、約2000年間に渡って増築され続けました。

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聖なる池の畔の完璧美しいヒエログリフ。読みたい読みたい読みたーい!(・・・もちろん、ロゼッタストーンなどにより、ヒエログリフは解読済み。しかし、読み方はわかっても、書かれていることの意味は今も謎に満ちている。)

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至聖所の西北、プタハ神殿の中にひっそり佇むセクメト神。魔術を司る女神。ここでは、神官やシャーマンに力を授けるイニシエーションが行われていたとされる。地元民からは、今でも信仰の対象として大切にされており、女神にアクセスするにはちょっとした運とコツが要る。

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夕陽の巨大列柱室。いきなりオレンジの柱が出現する。すでにこの神殿にも採用されているサイドトップライトは、エジプト人の発明らしいですね。

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お気に入り。誰かと誰かの膝の間。こんなところによじ登ってはいけませんよ!

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テツに贈ります。夜のルクソール駅&エジプトが誇るナイルエクスプレス。
ホームには、ウシもラクダもいないし、煮炊きしている人もいない。
インド鉄道に比べたら楽勝です。

・・・この列車で朝を迎えたら、そこはギザ。
次回はいよいよ、ピラミッドへGO!!

 


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2010年05月29日 11:10

スペクトルの月27日 (G5/28) KIN50 白いスペクトルの犬 (by D&L)

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エジプトからの呼びかけ(8)」と合わせてご覧下さい。

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★天然の岩山ピラミッドに抱かれた、ハトシェプスト女王葬祭殿。外交手腕に優れ、謎の伝説が数多く残されている女王。
エジプトが戦争を行わなかったのは、唯一ハトシェプスト女王の即位中のみ

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★ハトシェプスト女王葬祭殿のテラスから王家の谷を振り返る。とにかくジリジリと熱い!!逃げ場が無くて焦げそう。

kv2
★ツタンカーメンの墓(KV62)の入り口。ドライエリアに説明があり、奥の階段を降りる。とても小さな小さな墓だけど、ここの入場料はもちろん破格!!

kv4
★ラメセス3世葬祭殿。マヤのパレンケ遺跡・パレスにある「風の塔」と双子?

・・・次号は、いよいよカルナック神殿。秘密のイニシエーションに皆さんをご案内します。お楽しみに!!

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2009年09月12日 00:56

月の月20日 (G9/11) KIN51  青い水晶の猿 (by D)

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★カイロ博物館で私たちを待っていたツタンカーメンの木像。
メルマガ
連載中、シンクロニック・ジャーニー【エジプトからの呼びかけ(4)】と合わわせてご覧下さい。

初夢とエジプト

2009年01月03日 01:26

律動の月21日(G1/2) KIN59 青い共振の嵐(by D)
 
一般に、初夢はG1/2(KIN59)の朝に見る夢だと言わている。私は今朝、「有機ビールを飲む」という自分としては珍しい(多分初めての)夢を見た。おそらく、年末年始に半断食をしていたのと、その直前に実際に有機ビールを飲んでいたこと、そして冷蔵庫に酵母ビールがストックされていた事などがリンクしたのだろうが、今日一日あった事を振り返ると、それなりに象徴的な意味もあったように思えて来る。

G年末に放映されていたエジプト特集に刺激を受けた私は、ザッと読み流したまま放置していた『転生者オンム・セティと古代エジプトの謎』を、元旦から(少しずつでも)真面目に読んでみる事にした。冒頭、特集の顔として登場していたザヒ・ハワス氏の言葉が引用されていたのにも(前に読んでいた事をすっかり忘れて)驚かされたが、今日、ひとまず読み進めたP19にも、夢に絡む面白い事が書かれていた。そこには、この本の主人公オンム・セティが、カイロからアビドスに到着したその日のうちに、セティ一世神殿に、パンとビールと花をオシリスに捧げた事が書かれていたのだ。
 
古代エジプトにおいて、ビールとパンは、祭祀に欠かせない供物であると同時に、日常的に飲食されていたものでもあったと言われている。という事は、今朝の夢は、エジプトとの回路がさらに性化しつつあることを示しているのだろうか。今日も別な局でエジプト特集がある事を知った時、その思いはますます強くなった。二つ前の記事にUPした通り、今年の年賀状には、昨年のエジプト旅行の写真を使用している。こうなってくると、別な案もいくつかあった中で、最終的にそれに決まったのも偶然ではなさそうに思えて来る。
 
諸々の繋がりを意識して、酵母ビールを飲み、オリーブパンを食べながら番組を見ていたが、年末の番組に劣らず非常に興味深い内容だった。いや、むしろ仮説としては、よりホリスティックな視点を持った吉村作治氏の説の方が説得力があるように思えた。ハワス氏はエジプト人であり、発掘許可を出す側の人でもあるので、かなり強引な事をやれる立場にある。先に挙げた本の帯には、「ネフェルティティの墓」発掘を予言!というセンセーショナルなタイトルが付いているので、ラストのその部分に目を通してみたが、今回、ハワス氏が発掘を始めた場所は、まさにオンム・セティが指摘していた場所に極めて近く、その後、海外の複数の学者が調査し、注目している場所だという事も分かった(つまりハワス氏のアイディアでは無い可能性が高い)。
 
自分達が昨年「王家の谷」を訪れた頃には、休憩場所の前にあるただの道だった所が掘り返されていて、そこにネフェルティティが眠っているのかもしれないと思うと、興奮が抑えられないが、誰もそんなところに注目していなかった30年以上も前に、オンム・セティ(正確には彼女の恋人であるセティ一世の霊)が「その辺りにある」と指摘していた事、そして、私達がエジプトを訪れたタイミングに前後して、そのオンム・セティの本が立て続けに邦訳された事に、私は一番驚いている。
 
もう一点、作治氏側に軍配を上げたい理由がある。それは、今日、KIN59(7・嵐)が、2012年7月26日からの1年、即ち2012年の冬至を含む年ともシンクロする日であった事、そして、作治氏の銀河の署名が「10・嵐」である事に関係する。今日の番組では、ピラミッドという観点から、テオティワカンやチチェン・イツァにある遺跡にもスポットが当てられていたが、マヤ長期暦の完了点(=次の開始点=2012年冬至)とリンクする今日という日に、そのエリアにもしっかりチャンネルを合わせていたところに、私は番組のシンクロ力を感じたのだ。
 
また、「嵐(紋章No19)」は、テレクトノン等の銀河ツールの中で、イスラムとの繋がりを示すものとして扱われる事がある(コーランを19という数字で読み解く事に関係がある)のだが、現在のエジプトが、イスラム教徒で殆ど占められている点、イスラム発祥の地が、エジプトにピラミッド建築技術の基礎を持ち込んだと考えられる、メソポタミアのエリアとほぼ重なる点なども、私には無視できない側面として響いて来た。それに嵐の年の嵐の日のメインコメンテーターが、嵐の作治氏になっているのが何より素晴らしい。リアリティとのシンクロ率に関して、強い信頼を置いている「13の月の暦」の観点から見てもこうなっている、というのが、作治氏の説の真実性をさらに補強しているように、私には感じられたのである。

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