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NPOクリカ設立10周年とボダナート仏塔の再建

2016年11月20日 19:42

倍音の月6日(G11/20)KIN76 黄色いスペクトルの戦士(by D)

NPOクリカは、チベット難民の子供達に対する教育支援を主な目的として、2006年11月20日(KIN66)に設立されました。10周年の記念日が、『13の月の暦』のツォルキンで、チベット民族蜂起の日付(1959年3月10日=KIN76)と同じKIN76となったのも、チベットに関する活動をしている立場からすれば、やはり特別な事と思えます。

ボーダ IMG_9683.jpg ★11/16(左)、11/13(右)

また、KIN66(G11/10)〜 KIN76(G11/20)の10日間は、この10年間に対応する期間でもありましたが、ちょうどこの期間に含まれていた11/13(KIN69)〜11/18(KIN73)に、今年もカトマンズボダナートにあるマナサロワール・アカデミーを訪れ、支援している子供達や、そこで素晴らしい教育をして下さっている先生方に会って来る事が出来ました(今年のアルバムはこちら)。

子供達と ★藤田理麻さんが寄付して下さった絵本を手に

10年という歳月の間に子供達も移り変わって行き、今年から新たに支援を始めた子供達と初顔合わせをした一方で、卒業した子供達も駆けつけてくれるなど、嬉しい出会いが沢山ありました。これも、長年に渡ってNPOクリカの活動を強く支えて下さっている皆様(一般財団法人天真会様はじめ多くの支援者の方々)のおかげと、深く感謝申し上げます。

P1040756.jpg IMG_9944.jpg ★支援を始めた頃(左)と今年(右)

滞在最終日には、毎週木曜にマナサロワール・アカデミーで号令を掛けて下さっている現地の道友・木村悟郎さんと共に、100名あまりの子供達に号令を掛けつつ、天真体道を一緒に楽しみました。今回は、『13の月の暦 TIMESCORE』の共同制作者でもあり、悟郎さんが経営するカフェのカップイラストも描かれたMiyokoさんともご一緒し、充実したシンクロ時間を過ごして来ましたが、それらについては、また機会を改めて報告させていただく予定です。

天真体道 天真体道2 ★天真体道を楽しむ子供達

今日、どうしても書いておかなければならないのは、世界遺産でもあるボダナートの仏塔についてです。昨年4月にネパールを襲った大地震で尖塔部分が崩れ、昨年11月に訪れた時には、一度完全に解体された状態になっていましたが、今年はその部分が新たに作り直されて、ちょうどカトマンズを訪問している最中に、仕上げの化粧直しが完了していました。そして、何と、本日、復興と完成を祝う大法要が行われたのです。

IMG_0677.jpg  IMG_9970.jpg ★昨年(左)、今年のスーパー満月時(右)

NPOクリカの設立10周年とチベット民族蜂起81(9×9)銀河スピンが重なるだけでも十分スペシャルなことですが、支援先のマナサロワール・アカデミーがあるボダナートのシンボルが、そのタイミングに完全復活したのですから、これ以上の喜びはありません。ちなみに、今日という日が選ばれたのは、チベット暦で以下のような意味がある日だからのようです。

チベット暦9月22日にあたるこの日は「ラバプドゥーチェン」と呼ばれ、「釈尊が天界より降臨された日」を意味しています。釈尊は、41歳の夏に釈尊は須弥山の上の三十三天に一度上られてしまいましたが、この9月22日に、再び人間界に戻られてその後40年間説法をなされた故事に因んでいます。”
(文殊師利大乗仏教会さまのサイトより解説部分を引用)

大地震の時、ボダナートエリアで死者が出なかったのは、多くの人々によって祈りが捧げ続けられてきた仏塔が被害を引き受け、護ってくれたからだと、現地の人々には信じられています。その仏塔の完全復活が今日という日に重なるとは、私たちが10年前にNPOを設立した時には知る由もありませんでしたし、最初はマナサロワールの子供だけを支援していた訳では無かったので、この縁には、やはり特別に深いものを感じます。

ボダナート滞在中に、世界遺産ポーランドの中世都市トルンの博物館に、私(小原天迅)の書作品がコレクションされる事が決まったというニュースを知り、帰国途中のバンコクでは、天真書法塾シャンバラ教室の生徒たち3名が、西安華厳寺臨書展で、何と「大賞を授賞」というニュースまで飛び込んで来ました。という訳で、この善き日に、嬉しいニュースをまとめて報告させていただいた次第です。きっと、このブログを目にされた方にも、素晴らしい事が起こるでしょう。

この10年の全てのご縁に感謝いたします。

カトマンズでのチベットサポート活動

2013年11月19日 00:04

倍音の月4日(G11/18)KIN19 青い律動の嵐(by D)

NPOクリカでは、チベット人の子供達への教育支援活動を行っており、2008年以降、毎年ネパールのカトマンズを訪れて、直接子供達と触れ合うことを続けて来ています。今年も無事、ボダナートにあるマナサロワール・アカデミーを訪れることが出来ましたので、以下に報告をさせて頂きます(こちらのFBアルバムと合わせてご覧下さい)。

大使館情報で警告されていた通り、到着した日(11/11・月)からバンダ(全面ストライキ)が行われ、市内の交通機関は完全に麻痺していましたが、直前になってツーリストの移動のみ対象外となり、無事、学校近くの宿に辿り着く事が出来ました。いつもは排気ガスで霞みがちなカトマンズ盆地の空気が澄み渡り、これまでで最も鮮明にヒマラヤの峰々を望めたのは、ある意味バンダのお陰でもありました。
ヒマラヤ2013 
翌日(11/12・火)もバンダが続き、学校自体は休校になりましたが、先生方の呼びかけによって近隣の生徒(校舎に寄宿している子も含む)50人余りが、朝7時過ぎから集まって、私(小原大典)が行う天真体道(新体道)のクラスに参加してくれました。昨年は少し演武をしただけでしたが、今年は1時間ほど時間をもらって授業をするという話になっていたのです。
瞑想 
実は、今年の春から、カトマンズ在住の道友・木村悟郎さんが、この学校で週一回木曜の朝に天真体道クラスを担当するようになったので、今回はそこに加わらせてもらうつもりだったのですが、せっかくなら訪問予定の12日(火)にも、私の号令でクラスをやってみたらどうか?という提案が悟郎さんからあったのです。

もともと、火曜と木曜の朝が運動の時間に割り当てられているとのことで、校長先生のサンモさんとも相談して「それなら是非」ということでやらせてもらいました。しかし、学校に到着するなり日本語で「ようこそーーー!はじめましてーーー!」と子供達から挨拶されたのには驚きました。何と、悟郎さんは、早く到着した子供達に日本語のミニレクチャーもしていたのでした。そんな訳で、この日は悟郎さんの助けを得ながら楽しく子供達と交流をさせてもらいました。

その後、チベットの伝統的な衣装をまとっての歌や踊りをメインに、最近流行っているダンスなども織り交ぜつつ、子供達が歓迎のパフォーマンスを披露してくれました。この時の様子は、近日中にFBのサイトで順次公開して行く予定です。最後に支援している子供達一人一人と対面して(プレゼントなど渡しながら)から、ヒマラヤが見える4階の部屋でお昼を頂いて、この日は解散となりました。
集合写真 
翌朝(11/13・水)、8時半頃に訪問すると、ちょうど校舎の中の広い場所に生徒が集まって、お経を唱えているところでした。「聞いたことのあるフレーズだな」と思ったらチベット語の般若心経で、その後も幾つかのお経、チベット国歌斉唱と続き、大体30分位で終了しました。まだ文字が読めない小さい子は、先生のリードに合わせて言葉を真似、文字が読めるようになった子達(8〜10才位)は、チベット語のテキストを見ながらお経を唱えていました。

毎朝、授業の始まる前にお経とお祈りの時間があり、その後、建物の中央にある広場に整列して、鼓笛隊のマーチに合わせて各教室に入って行く、という流れになっていることを、以前から聞き知ってはいたのですが、今回、初めて見学することができました。これまでは、もっと遅い時間に(ややフォーマルに)学校を訪問していたからです。この日は、バンダも解けて、300人以上いる生徒達で中央広場が埋め尽くされていました。

木曜(11/14)は、悟郎さんの天真体道クラスが7:30から行われるので、それより少し前に学校に行ってみたところ、既に壁を背にした悟郎さんの前に子供達が集まっていて、日本語ミニレクチャーが始まっていました。およそ70〜80人位が集まったところで礼をして、天真柔操が始まります。その後もパラパラと登校して来た子供達が合流し、最終的には100名を少し超える位だったでしょうか。
悟郎さん 
柔軟から入って、突きやジャンプなどをした後、瞑想。ちょっと放っておいたら、すぐ話しはじめたり動き回ったりするような年頃の子供達が、静かに正座をして瞑想を続けていられるのは、結構すごいことだと思いました。日本語ミニレクチャーから子供達を引きつけ、色々と工夫しながら稽古を組み立てて来られた悟郎さんの号令の力と、普段から日々30分座ってお経を唱える習慣が身についている子供達ならではだと思います。

サンモ校長によれば、前日、ボダナートのストゥーパ(学校から500m位)周辺でも小さな爆発騒ぎがあったそうで、何時まで経ってもなかなか政情が安定しない国ですが、そんな環境にもめげず、日々勉強に励んでいる子供達の姿に今年も心打たれて私達は帰国しました。ちょうど、私達が成田に到着した朝に、ダライ・ラマ法王もインドから成田に到着され、今、まさに日本各地を巡っておられます

毎年、日本に来て下さるお陰で、私達はその気になれば法王のお話を直接聞く事が出来ますが、マナサロワール・アカデミーに通う生徒達やその家族の殆どは、チベット人の誇りそのものとも言えるダライ・ラマ法王に、直接会えるチャンスが無いのです。私達に出来ることは、本当にささやかなことだけですが、この学校で学ぶ子供達が、心豊かに育ち、将来、新しい可能性を切り拓いてくれることを信じて、支援を続けて行きたいと思っています。


追伸:今回は、NPO活動としての短い旅でしたが、いつも通り沢山の驚くべきシンクロがあった事は言うまでもありません。それについてはまた項を改めて報告する予定です。お楽しみに。

風のたより

2010年07月25日 02:46

宇宙の月28日 (G7/24) KIN107 青い電気の手(by D)

昨日、先に紹介した『やさしくわかるアセンションナビブック』(以下、ナビブック)の見本誌が届いた。今日、立ち寄った二子玉川の駅構内にある書店でも、目立つ形で置いてあったので、そろそろ各地の書店にも並んでいるのかもしれない。

navibook
 
本の中ででコメントさせて頂いた通り、正直言って、私は「5次元がどうのこうの」とかいう意味でのアセンションには全然興味が無いし、2012年だけを特別視する見解にも特に賛同はしていないので、本の全体像を知るまでは、実はちょっとドキドキしていたのだが、手元に届いた見本誌をパラパラとめくってみて、まずはホッと胸を撫で下ろした。
 
もちろん、私の意見に手を加えず、そのまま掲載して下さるという話を聞いた時点で、「それなら大丈夫だろう」と感じてはいたし、だからこそ協力することも決めたのだが、様々な人が関わる出版の世界では、最終的な形になってみないと分からない事も多々ある。また、一見良さげに見えても、方向性に疑問を感じる場合もある。しかし、本書に限っては、それらは全て杞憂だったようだ。
 
感性に直接語りかけて来るような古代遺跡や自然の美しい写真、調和的な印象の装丁、ページ数をそれ程割かずシンプルにまとめながらも、必要なポイントはしっかり押さえているというつくり。マヤ暦をはじめとする各種情報についても、かなり正確で偏りのない記述がなされているし、様々な見解をそのまま並列的に掲載している点もバランスが良い。もし、アセンションという言葉に何かを感じるのなら、この本を窓口にしてみることを強く薦めたい(自分が出ているとかに関係なく)。
 
ところで、私がこの本の制作に協力しよう思った理由は、上記の他にもう一つあった。本書の企画編集をした会社の名前が「リクパ」だったからなのだ。一つ前の記事にも書いたように、私はG昨年末からボン教の波を強く感じていた。ボン教と言えばゾクチェン。ゾクチェンと言えばリクパという位に、それらは密接に関わっているので、本書の件で「リクパ」という会社から連絡が来た時は、相当驚いたし、実は打診内容を読む前に、もうインスピレーションではOKしているところもあった。
 
そもそも会社の名前などいくらでも自由につけられると言うのに、よりによってこのタイミングでリクパと来られては、もう逃げようがないという感覚だった。ことは、NPOの活動でご縁が出来たチベット・ンガリ・アソシエーション(カトマンズ)代表のひとことから始まった。2009年11月21日(KIN122)に、カトマンズの聖地スワヤンブナート方面に向かう車の中で、代表は、自分がボン教徒であることを教えてくれたのだ。詳細は、「ボン教とドリームスペル」そして「2600日の時の輪」に譲るが、そこから一気にボンとの繋がりが加速していったのである。
 
帰国して数日後、『智恵のエッセンス・ボン教ゾクチェンの教え』が手元に届いた時だったか、もう少し後だったかは忘れてしまったが、この本の発刊日が2007年1月15日(KIN122)で、カトマンズでボン教と繋がったKINとシンクロしていた事に気づいた時、私はこの波が大きくなるのを予感した。そして、ナビブックが届いた昨日、早速奥付の発刊日を調べてみると、その2010年8月8日もまたKIN122だということが判明した。
 
つまり、『智恵のエッセンス』が発刊されて1300日(260日×5)後、そして、カトマンズでボン教の話を耳にしてからはちょうど260日というタイミングで、ナビブックは(奥付上ではあるが)形になったのだ。しかも、リクパという会社が大きく関与して。実は、カトマンズにいたKIN122は、コールマン博士の本が出来上がって我が家に届いた日でもあった(当然留守にしていたが)。今回のナビブックで、コールマン博士のマヤ暦解釈が、複数ヶ所で引用されいることも考えると、これらの全てと、時間のエネルギーには深い相関性があることが分かる。
 
さらに、KIN122(5・風)のキーワードは、「輝き・授ける・命ずる」「スピリット・伝える・呼吸」である。『智恵のエッセンス』と『やさしくわかるアセンションナビブック』は、いわば4次元的な誕生日(ツォルキンでの誕生日)が同じということになる訳だが、どちらの本も、共に「白い倍音の風」のエネルギーに乗って、この世界に現れたことを考えると、少なくとも、日本におけるこれらの本の働きには、共通する何かがあるのかもしれない。
 
最後に、『智恵のエッセンス』のP72から、リクパについての説明を引用してみたい。リクパは、「明知」とか「純粋意識」などと訳されることが多いが、コンテクストによっては、色々と異なる意味合いで用いられることもある。従って、以下は、あくまでゾクチェンの見解としてのリクパだということを忘れないようにしたい。【瞑想の修行をしているときも、瞑想の修行をしていないときも、またこのリクパのことを理解しているときも、理解していないときも、このリクパは常にそこに存在している。】

わき起こる喜び

2008年11月21日 12:58

倍音の月7日 (G11/21) KIN17  赤い自己存在の地球 (by D)

先刻、無事ホームベースに戻って来た。カトマンズからの一報以降、日々のシンクロ率が上がり過ぎて、結局、続報をUP出来ないまま帰国してしまったが、待って下さっていた読者の方(特に『シンクロニック・ジャーニー』の)に向けて、重要なポイントを数点だけ列記しておこう。本当は、それぞれの順番やタイミングも含めた全てが、驚きと喜びに満ちたものだったのだが、それを書き始めると果てしない長さになるので、詳細については機会を改めてという事でお許し願いたい。また、今回の旅の主目的であったNPO活動についても、別途、正式に報告させて頂く予定なので、ここでは特に触れないでおく。
 
クリカのサイトがオープンしてから、そのダイアリーページのトップで目を光らせて下さっているチベット仏教の著名なラマ、故ディルゴ・ケンツェ・リンポチェ(以下DKR)は、『シンクロニック・ジャーニー』(以下SJ)第1章に書いた通り、「飛び出すカード」というビックリ現象を通じて私達の前に現れて下さった方だが、今回、リンポチェゆかりのお寺(シェチェン寺)を訪ねた際、不思議な導きがあって、その寝室に入らせて頂くという有難い機会を得た。そこには何と、リンポチェの頭蓋骨が納められている箱が安置されていて、直接そのバイブレーションに触れる事が出来たのだ。
 
翌日は、グラーツで3度出会って縁を感じていたシェチェン・ラプジャム・リンポチェ(SJに登場するクリ坊)に、ついに再会する事が出来、SJを直接手渡す事が出来た!さらにKIN14には、DKRの転生ラマとしてダライ・ラマ法王からも認められているケンツェ・ヤンシ・リンポチェ(普段はブータンにいる模様)にも、思いがけず会えてしまったのだ!ほんの少しタイミングがズレていたら、リンポチェがカトマンズに来ている事すら気付けない状況だったので、この出来事は私達にとってかなりの驚きだった。何しろ、1スピン前のKIN14は、『転生』の主人公オンム・セティと同じ道を、ルクソールからカイロに向けて列車で逆走した日であり、ツタンカーメンのミイラに出会った日である。

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ちなみに、今回の旅は、「13の月の暦」でほぼ完璧に17週目とシンクロする形となっていたが、この週に対応するコドンは「わき起こる喜び」(コドン17)、そして今日はKIN17だ。台北の龍山寺では、「法喜充満」という文字が門の上に電飾文字で表示されているのを目にし、その近くの青山宮ではお祭りがあって、獅子が踊り、龍がうねり、爆竹が炸裂しまくる場面に出くわしたりと、とにかくおめでたい時間に浸らせてもらった一週間だった。

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先程、ネットニュースでは、11/20にカトマンズで久しぶりのゼネストがあった事が報じられていた。これも1日、2日ズレていたら、かなり大変な目に会っていたところだが(空港まで荷物を持って歩くとか・・・)、その日、私達は既に台北の故宮博物院に居て、当日までの展示だった書の名人達の真筆を目にしていたし、乗り継ぎの多かったフライトなどは、殆どが予定時刻より早く到着したばかりか、中には予定より早く飛び立つものまであった(笑)。そして、よく晴れ渡った本日夕刻の成田上空では、オレンジから濃紺へと色を変える空をバックに、富士山がそのシルエットを浮かび上がらせていた。旧約聖書の「時にかなって美しい」という言葉が何度も思い起こされた旅の締めにふさわしい風景が、私達を暖かく迎えてくれたように感じられた。

mtfuji

加徳満都

2008年11月15日 02:47

■自己存在の月28日(G11/14) KIN10  白い惑星の犬 (by D) 

カトマンズからナマステー!・・・といっても、約3時間の時差があるので、日本は既に深夜のはず。海外からのブログUPは、今回が初の試みとなるが、果たして上手く行くだろうか?無線LANの速度が日本の10分の1位なので、少々もどかしい感じはあるが、持参のラップトップで普通にネットが使えるのは、やはりありがたい。

北斗七星と十六夜の月がまだ天空に輝いている頃に出発し、雲間から朝日が昇るのを見ながら成田に到着。諸々の要素を検討した結果、今回は、東京→台北→香港→カトマンズという、少々複雑な経路を取る事になったが、その日のうちにカトマンズに到着出来るので、もしかしたら一番無駄が無いかもしれない。

台北までのフライトはANA。機内誌「翼の王国」は、以前から、私達にとってシンクロ率の高い雑誌という印象があったが、今回もかなり凄かった。目的地のネパールや、経由地の香港の記事があるだけでも中々のものだが、前夜、書法塾の稽古があった後で、「書体の源流を辿る」というタイトルの文章を見つけると、やはりギョッとする。しかも、紫禁城(ここは7年前に訪れている)や龍門石窟の写真まで付いて、ラストは白居易の「長恨歌」で決めてくれていた。

実は、つい先日、伊豆大島で行われたセミナーでも、6日前の瞑想カレッジでも、講義のテーマは「白居易」についてだったのだ。その時に教わった通り、この歌は「源氏物語」や「枕草子」などの平安文学にも影響と与えたと書かれていた。だが、極めつけは、姫路にある天台宗・圓教寺の大樹玄承さんが、写真入りで登場していた事!

この方、以前「ラストサムライのいる寺」というタイトルでブログにも書いた通り、3月にラサで起きた抗議行動に対して、日本の仏教者として最初に(チベットの僧侶達にエールを送る意味の)声を挙げた勇気ある方だ。「翼の王国」の記事は、「おべんとうの時間」というコーナーで、その事については一切触れられていなかったが、これからチベット人達に会おうとしている私達にとっては、仏の王国からの心強い応援に感じられた。今回の旅は、基本的にNPOクリカとしての仕事であって、この春から支援を始めたカトマンズ在住のチベット人の子供達に会う事、また、その両親や協力者に面会したり、子供達が通う学校を訪問することが主な目的なのだ。

機内誌には、極限の自然を相手にするエクストリームスポーツについての記事もあった。その中で、そういうスポーツをする人達は皆、「危険や困難、緊張の裏にある究極のリラックス。すべてから切り離された”無我の境地”が自らを虜にしている」と言う、と書かれていた。と同時に、必要と思われる情報は徹底的に調べ、体とイメージのトレーニングをし、あらゆるリスクを想定している、とも書かれていた。まるで、石垣島のshuさんみたいだなーと思っていたら、まさにその上空を飛行中。もしかしたら今頃、カヤックで遥か沖に出て、カンパチでも釣り上げている最中かもしれない(笑)。

kathmandu

私達は、香港でのトランジットで、カトマンズが「加徳満都」と表記される事を知って、まずます気を良くした。もともとLのラッキーラインが入りまくっている場所ではあるが、「加えられた徳が満ちている都」とは、何とも縁起がいい。世界の都市の漢字表記を見ていると、殆どはその音を漢字に無理やり変換しているだけで、意味が見出せないものが多いから、尚更そう思ってしまう。幸い、トランジットの時間に余裕があったので、初日は何とかこうしてメモを残す事が出来た。明日以降は、どうなるかわからないが、滞在中にもう1回位メモが残せればと思っている。

オンム・セティ

2008年10月28日 23:53

自己存在月11日 (G10/28) KIN253  赤い律動の空歩く者 (byD)

自分の銀河の誕生日に当る先のKIN241(G10/16)に、20号目のメルマガを発行した。その中で、私は昨年の今頃訪れたカトマンズの事を、Lは、その直後位に手に入れた『転生』という本について書いた。『転生』は、実在したエジプト考古学者、ドロシー・イーディ(=オンム・セティ)の不可思議で魅力的な生涯について書かれた本だが、その日は、ちょうど彼女の104回目の誕生日にも当っていた。「13の月の暦」では(伝統的マヤ暦でも)、52年に一度、365日暦と260日暦の関係が元に戻る。いわゆる還暦である。52×365=73×260という関係なので、365日の方が104回巡った時には、260日は146回巡って、やはり生まれた時と同じ関係に戻る。つまり、KIN241は、オンム・セティの銀河の署名でもあるのだ(ちなみに「20の銘板」では、この時ちょうど146番目の月に対応していた)。

一方、地球と金星の公転比は、大雑把ではあるが黄金比Φに近似しており、地球が太陽の周りを8回巡る間に、金星は13回巡り、その間、5回会合する。会合する位置を、地球の公転軌道上にプロットして行くと、この5回の会合は、ちょうど☆型を描く時の順番通りに五芒星を完成させる事になる。104は8の13倍なので、この間、会合は65(5×13)回、つまり五芒星が13回描かれた事になる。メルマガ発行時直前まで、この事には全く気付いていなかったし、オンム・セティの事は、前からLが書こう書こうとしつつ伸び伸びになって、今回ようやく触れられた所だったので、私達は、何か大きな波に乗せられてしまったような感じがした。

メルマガ発行から1週間ほど経ったKIN249(G10/24)、読者で、以前、時空のサーファークラスにも参加して下さったKさんという方から、その『転生』についてのシンクロ報告と感想のメールが届いた。何でも、お勤め先(エドガー・ケイシー療法の専門ショップ)の店長さん(Lと同じKIN231との事)が、ちょうど私が最初にメルマガで『転生』を紹介した頃(2007・12・26発行のvol.15)に、やはり『転生』を絶賛されていて、その後、ブログでも紹介されていたとの事。私達は、実際に本と”完璧に”シンクロした形で、この春エジプトに行って、それはそれは驚くべき体験をして来たのだが、よく考えたら、その事をお伝えしたのは、2、3回行った特別クラスの時だけで、実は、メルマガでもブログでも、殆ど触れていない事に今頃気が付いた。しかし、それを書き始めると収拾が付かなくなりそうなので、近日中にポイントを絞った記事をUPする事を約束しつつ、ここでは、話を先に進める事にしよう。

翌KIN250(10/25)、早朝に目が覚めて、何故かそのまま眠れなくなった私は、色々と片付け物などをしながら、日の出を迎えた。午後、渋谷のモンベルクラブで開かれた、風の旅行社主催のイベント「好き、好き、好き、カンボジア!~大塚めぐみが語るカンボジアの今」に足を運び、アンコール遺跡への旅でお世話になった、めぐみさんに久しぶりにお会いする事が出来た。その後、私は書店に立ち寄り、『古代エジプトの魔術』というタイトルに魅かれて、その本を手にした。ウォーリス・バッジという著者に見覚えがあると思ったら、大英博物館でまだ子供だったドロシー(オンム・セティ)にヒエログリフの手ほどきをした著名なエジプト学者だった(帰宅後、英語版原著をLが持っていたのを知り驚く)。続けて『原典訳 チベットの死者の書』をパラパラとめくり、本棚の裏側に回ったところで、オンム・セティに関する新しい本を発見してしまった。タイミングがタイミングだけに、私は朝から生じていた謎の興奮は、ここに繋がっていたのか!と一人納得した。

転生者オンム・セティと古代エジプトの謎』というその本は、驚いた事に、『転生』の中で、彼女の唯一の理解者として紹介されていたハニー・エル・ゼイニが2007年に書いたばかりのもので、最新の発見とも絡んだ、さらに興味深い内容を示していた。ちなみに、私は、昨年カトマンズから戻ったすぐ後、そしてツタンカーメンのミイラ(の顔)が一般公開され、エジプトからの風を感じ始めた直後に『転生』を見つけている。そして、全体を読む前にめくってしまった”P241”に「ハニー先生にカトマンズで会えずに残念でしたね」という一文を発見して、「何故エジプトの本にカトマンズが!」と衝撃を受けた人間だ。それが、また、メルマガの発行に絡むシンクロが発生した直後に、そのハニー先生が書いたオンム・セティの本を見つけてしまったのだ。

それだけではない。パラパラと本屋でめくった時点で、訳者あとがきの中にこんな一文も見つけてしまった。「エドガー・ケイシーの息子ヒュー・リン・ケイシーもなんどかオンム・セティのもとを訪れている」・・・ケイシー療法の専門店のスタッフの方から(初めて)メールを頂いた翌日の話だ。さらに、私達は、間もなくまたカトマンズへと旅立つところでもある。実はその前に来日されるダライ・ラマ法王もツタンカーメンも伊勢神宮も、全てリンクしているのだが、とても書ききれないので、これは次回に譲ろう。とにかく、あまりの事に、興奮さめやらぬまま、私は護国寺の大師堂へと向かった。
 
実は、前日(KIN249)、チベット関係で知り合ったIさんから久しぶりのメールがLの携帯に入って、ちょっとした集まりがあるとの情報を伝えてくれていたのだ。よく考えたらこのIさん、最初にお互いをしっかり認識したのは、昨年、その護国寺で行われたチベット・スピリチュアル・フェスティバルのボランティア仲間としてだった。その後、音信不通になってカトマンズで驚きの再会を果たしたことを書いたのが、KIN241発行のメルマガ。そして、同じメルマガで取り上げたオンム・セティに、本屋でばったり再会してしまったその日に、また同じ護国寺で会ってしまうこの不思議。しかも、その集まりでは、日中のめぐみさんのイベントで、帰りに沢山あったパンフから一冊頂いて来た、風の旅行社のチベット版パンフに、その名がもろに出ているチベット医のOさんのお話が聞けたのだった!ここまで来ると、さすがに日々のシンクロが当り前となっている私でも、興奮が止まらない。
 
だが、落ち着いて振り返れば、この日は、「白い犬の季節」(ツォルキンを65日毎に分ける2番目のサイクル)、そして第2四半期(14週~26週)の始まりが重なっていた。65日と91日というなかなか同調しないサイクルの2つが、揃って「洗練」、あるいは起承転結の「承」の段階に入っただけの事はある。何かが猛烈に動き出しているのを肌で感じた。しかもこの第2四半期に関わるコドン(易の卦)は、「28:破裂する時間」だ。この13週間、個人のレベルだけでなく、世界が大いに動くだろう。そして、手に入れた『転生者オンム・セティと古代エジプトの謎』の巻末にある発刊日は(実際にはもっと早く店頭に並ぶが)、今日、10/28(KIN253)となっている。

鏡開き

2008年06月18日 00:19

水晶の月19日(G6/17)  KIN120  黄色い電気の太陽 (by D) 

KIN118(G6/15)、考古学者アルベルト・ルスが、ピラミッド上部に開いた秘密の穴を、インディー・ジョーンズのごとく掘り進め、パカル王の墓室を発見したのが、ちょうど56年前の6/15。この日、私達の友人同士の結婚パーティが、渋谷で行われた。一人は新体道の稽古仲間のOさん、もう一人は、横浜ナディアで多分一番昔から暦のクラスに参加して下さっていたKIN14のMさん。その関係で、会場には知った顔の方が随分いらしていた。

お似合いの二人が発する幸せ一杯の波動に加え、新体道創始者の青木先生による剣武(新しい居合いの型&古流の型)や、大井首席師範による新しい空手の型の演武まで拝見できてしまって、何だか物凄く得した気分だった。

その後、在日チベット人が主催するサカダワの法要に参加するため護国寺に移動。特に、3/10のラサ騒乱、四川大地震、ミャンマーのサイクロンで無くなった方々に向けて、祈りが捧げられた。普段は扉が閉じられている本堂の如意輪観音像もご開帳され、ダライ・ラマ法王(KIN14)から護国寺に贈られた仏陀像も特別に正面に設置されての法要となった。「1・鏡」から始まる新しいウェイブスペルに相応しい、素敵な一日だった。

翌KIN119は、『アボン小さい家 (地球で生きるために)』という映画の自主上映会に、夕方から横浜の石川町へ。自然と共に生きる人々が、貨幣経済システムの歯車に強制的に組み込まれていく悲しさや、逆にそういうパターンに疑問を持ち始めた消費社会側の若者の夢を、象徴的かつコミカルに描いた、とても心温まる映画だったが、舞台となるフィリピン山岳地帯では、今も日系人が複雑な立場に置かれている事など、初めて知る事も多かった。前後に今泉監督のお話があったお陰で、背景事情についても色々と学ばせて頂けたが、細かい差異はあっても、起きている現象の根本は、世界中の何処でも全く同じだ、という事を改めて実感した。と同時に、何か解決に向かうヒントを頂けたようにも感じられた。そんな訳で、持続可能な社会について考える上でも、お薦めの映画と言える。

終了後、タクシーでワンメーター程移動して、書法塾仲間の増田さん宅へ。実は、数日前に、「タイカレーの出張ケータリングをしたい・・・」という謎の、そして何だか嬉しいメールがご夫妻から届いたので、「月曜(KIN119)に映画を観に横浜に行くんです」とお伝えしたら、こういう展開になった。前夜、半年程前に元町の横浜増田窯を訪れた時にお世話になったポニー・タクシーの関係者の方から、全然別件の嬉しいメールが突然入ったりもしていたので、何かがあるとは思っていたが、色々話し込んでいるうちに次々に面白い事が発覚。おらんちゃん特製の美味しいタイカレーで脳がスパークしたせいもあるだろう。

例えば、増田さんの誕生KINは昨日のKIN118(1・鏡)で、おらんちゃんはKIN18(5・鏡)という「鏡」夫婦なのだが、ちょうど前日の結婚パーティで、暦ユーザーのMさんが、「鏡」に関するお話をしてカッコよく締めていた事を思い出したり、流れで話し始めたエジプト旅行は、KIN18(G3/7)に完了したのだったと気付いたり、ひとつ前のKIN118(G9/28)には、カトマンズでに面白い出来事に遭遇していた事にも気付いたりした(もちろん手帳を見て)。

その日(G9/28)、私達は、ある日本人経営のカフェを探して、迷いながら辿りついた。そこで私は「ナマステ体操」というテキストを見つけたのだった。この体操、実はその昔、新体道を高校野球部に取り入れて大変な成果を出された酒井先生という方が、JICAの職員として赴任したネパールで、ラジオ体操のような国民体操として新しく作られ、普及された体操で、ネパールのかなり多くの学校で実践されているらしいのだが、そのラストには、何と新体道の「天真五相」という型も組み込まれているのだ。

詳しい事は、次のメルマガにでも書くつもりだが、実はそのテキストの発見と、Lが天真五相という言葉を口に出したお陰で、偶然にも、その場で酒井先生の奥様とバッタリお会いしてしまったのだった!(酒井先生ご本人は既に次の赴任地へと移動されていた)。しかも、その出会いがきっかけとなって、カトマンズで活躍している新体道仲間の悟郎さんとも改めて集まって、食事をご一緒したりしたのだが、1スピン後のKIN118に、結婚パーティをした先の新郎新婦を結びつけたのは、何とその悟郎さんがまだ日本に居たころ先導した、滝行だったのだ(笑)。

興味深い事に、酒井先生ご本人は、書法塾の月曜クラスに訪れた事があって(ちなみに私達は木曜)、増田さんは直接お会いした事があるというではないか!私達は奥様とお嬢様にカトマンズで会い、増田さんは横浜で先生ご本人だけに会っていたことが、この晩、わかったのだ。しかも、私達のエジプトの旅は、ネパールの旅からの続きがあって生じたものだったし、そのそれぞれの旅に、KIN18とKIN118が絡んでいるのだから、シンクロ率は上がりまくりだった。

書ききれないので、今日は、この辺で勘弁させてもらうが、ラストにあと一つだけ。帰宅後、増田夫妻から届いたメールには、お二人が今それぞれ読んでいる本のP132に、ちょうど栞が挟まっていたという事が書かれていた。実は今、私達はKIN105から始まった変容の時間トンネル(時間の法則の20の銘板由来)の中にいる。青い西の城の中の、その特別な28日間が完了するのがちょうどKIN132。そして、帰り際、増田さん宅の玄関で私達が引いたカードは、私が「transformation」でLが「birth」だった。調波33(その4日目がKIN132)、虚空コドンを抜け出た時、私達は一体何に変身し、どう生まれ変わっているのだろうか。

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