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神泉苑の剣鉾と八坂神社の大船鉾

2016年06月29日 21:23

宇宙の月3日(G6/29)KIN192 黄色い惑星の人(by D)

イギリスのEU離脱という「事件」から一夜明けたG6/25は、アントニオ・ガウディ(KIN128)の生誕164周年というタイミングだった。「時間船としての聖家族贖罪教会」等にも書いた通り、ガウディは13:20を象徴する人物だと感じているが、そのガウディの生誕164周年かと思うと、それだけで気持ちが高まる。

銀河の同期(KIN164)と生誕周期が数字的にシンクロするのは1度きりの事だし、おそらく、ガウディの作品群をバルセロナで直に体験した時の感覚を、自分の潜在意識がシンクロや周期を通じて「思い出す」からでもあるのだろう。

京都での円卓(暦クラス)に向かう出掛けに、ジュエリーデザイナーの北村公晴さんからメールを頂いた事で、手元に届いていたアート&ジュエリー展のハガキを再確認。京都の「神泉苑」について書かれていたのを目にし、場所を確認してみると、市内でアクセスも良い事が分かり、夕方からのクラス前に訪れる事を決める。
IMG_8021.jpg ★木花咲耶姫

のぞみ23号14号車5 Eの席からは、今回も幻想的な富士山を目にする事が出来た。14号車5を「5・14」=「5・魔法使い」=KIN174に置き換える遊びをしてみたら、手帳のKIN174の所には、ブラタモリで伊勢が取り上げられていた時のメモがあった。「内宮前の国道は最初1号だったが、後に23号になった」という内容を、のぞみ23号に乗っている間に発見するのだから面白い。
IMG_8032.jpg ★神泉苑

神泉苑についても調べてみると、これまた興味深いエピソードと数に満ちていた。以下、ネット上の情報を少し整理してみよう。現在の神泉苑は、二条城の南に位置する寺院で、聖観音・不動明王・弘法大師が本尊とされている他、善女龍王、弁財天などが祭られているが、元々は平安京の広大な庭園だった。貞観11年(869年)に、都に疫病が流行した時、神泉苑の南端(現在の八坂神社三条御供社の位置)に66本(当時の律令制度の国の数)の鉾(剣鉾)を立てて祇園社から神輿を出し、現在の祇園祭の元になったと言われている。
IMG_8033.jpg ★神泉苑から三条御供社へ向かう途中で66に遭遇

シンクロニック・ジャーニー』は、KIN66で始まりKIN66で終わる本で、それはまたNPOクリカの設立KINでもある。加えて今回の関西での円卓は「白い水晶の世界の橋渡し」とシンクロするひと月の最後の2日間に行われる。KIN66も「白い世界の橋渡し」だし、その惑星ホロンは日本のエリアに対応する。さらに現在の神泉苑の住所は門前町166で、『マヤのリズム』の発刊日(KIN166)ともシンクロする。そこに「剣鉾」まで登場したら、三条御供社にもお参りしない訳には行くまい。なぜなら、ぴったり1週間後には、出雲大社で剣武の奉納演武が予定されているのだ。

そもそも八坂神社は素戔嗚尊を祀っているのだから、出雲との関係は深い。しかも三条御供社の説明には、「祇園祭の還幸祭(7月24日)には、少将井(櫛稲田姫命)神輿と南側を巡る大政所(素戔嗚尊)神輿並びに八王子(八柱御子神)神輿の三基が当社前に奉安され、神饌を供え奉饌祭が執り行われる」とある。『13の月の暦』の「13月28日」に、3基の神輿が集まる場と思うと、やはり訪れてみたくなる。
IMG_8034.jpg ★八坂御供社

四条烏丸のロッカー114に荷を預け、小雨の中、神泉苑→三条御供社と巡る。まだ時間に余裕がある事が分かったので、そこから八坂神社へ。三条御供社を調べた時に、そこが八坂神社の境外末社であると知り、なおかつ八坂神社の住所が祇園町北側625番地と分かったら、やはり参拝しておくのが自然な流れだろう。何しろこの日はG暦6/25だ。こういう時の数字シンクロは「今、行くと良い」と受けとめるのが私の流儀だ。

結果、やはり繋がりのある現象に出会った。境内に入ると、いわゆるコンチキチン的な音が聞こえて来た。本殿前の舞殿に近付くと「四条町大船鉾」が祇園囃子を奉納している所だった。本殿に参拝し、茅の輪くぐりをした後は、準備があったので、すぐに会場のウィングス京都に向かったが、後からこの「大船鉾」を調べてみたら、色々と驚きの発見があった。要点をメモしておこう。
IMG_8037.jpg ★八坂神社の茅の輪。歌をうたいながら3回くぐる

古来祇園祭では、神事の中心となる7月17日の神幸祭(しんこうさい)と7月24日の還幸祭(かんこうさい)にあわせて2回の山鉾巡行が行われていたが、1967年からは7月17日の1回に統合され、2013年までそれが続いていた。しかし、「大船鉾」が150年ぶりに復活するのに合わせて、1000年以上続く祇園祭の本来の形を正しく後世に残すという目的で、 2014年から再び2回の山鉾巡行が復活した。これによって、山鉾はこれで合計33基になった。

大船鉾(おおふねほこ)は1864年、「蛤御門の変」で鉾の木組みや車輪などを焼失。2016年はそこから152年というタイミング(「水晶の月」最後の3日間のサイ時間単位はKIN152)。しかも、「大船鉾」は7月24日「後祭巡行」の最後尾と決まっていて、現状は33基目という事になっている(G7/24は三条御供社ともシンクロ)。「33」はドリームスペル・ツォルキンの中心調波で、まさにTIME'S CORE。

当日の(サインに従った)閃きで訪れた場所が、これだけ綺麗にシンクロするのは驚きであるが、それが”普通”になってしまっているのがまた驚きだ。本番のタイムスコアセレモニーも、「黄色い星」の紋章コード番号「8」とシンクロしたメンバーが卓を囲んでいただけに、様々なレベルの同期現象が見られたが、その影響力を各メンバーが実感するのは、もう少し先の話かもしれない。何故なら、私の気付きも、後になってから分かるというケースがかなり多いからだ。

この京都「八坂」シンクロを体験したKIN188の夜、「美の巨人たち」という番組では、放送800回スペシャル「~天才たちの芸術革命~フィレンツェ“ルネサンス”物語」 後編が放映されていた。そして、これも後日知った事だったが、剣武の演武に関してアドバイスをして下さった事もある稲吉優流さんが、10名の若者達を率いて、何とダンスグランプリヨーロッパ2016@バルセロナで、総合優勝のグランプリを獲得!日本人初の快挙。ガウディを意識して始まった一日が、バルセロナからの嬉しいニュースで終わるのも美しい。

そして、ほとんど日付を跨ぎそうなタイミングで到着した宿泊先は、209号室。翌日、大阪チャクラで行った最初のクラスは、『ドリームスペル時間船地球2013の旅』についてだったが、ドリームスペル創世記の最も重要なポイントは、209段目(KIN209)にある。注意深く進めた事で、この日のKIN189が掲載されている「キンの書」が、サイ時間とシンクロするP152にあり、調波48の始まりとweek48の終わりの共振ポイントとして「赤い共振の月」を意識する事が出来た。

午後の「TIME SCORE」クラスでは、3名の毎月の誕生日が14日で揃っていただけでなく、月同士の関係が、電気(3)+惑星(10)=宇宙(13)になっていたことも判明。参加者の一人が、8才の子供が描いた「神さまライン」という絵とお話をシェアして下さったのだが、それはまさに13:20と12:60の話そのものであった。実は前日の京都にも、同じ位の年頃の子が特別参加していたのだが、(部屋の後ろで)とても静かにしていて、私にはかなり驚きだった。何故なら、ただおとなしくしていただけではなく、気配が静かだったからだ。マンガとかゲームに集中していたのだとしても、あの状態は素晴しかった。

満月の「青い磁気の夜」(KIN183)から始まったウェイブスペル(13日間)は、「青い宇宙の鷲」(KIN195)で完了する。KIN183に、私は「銀河の七方向への祈り」がホゼの伝記のP195にあるのを発見した。出雲の奉納演武はそのKIN195に予定されている。そして、同じ祈りは拙著『宇宙の暦は13ヵ月・新装版』だとP219にある。KIN219はこれから巡ってくる「青いスペクトルの嵐の年」の元旦(G7/26)だ。

京都でシンクロした「剣鉾」と「大船鉾」は、『テレクトノン』(光の剣)と『ドリームスペル』(時間船)を思わせるものだったが、それらは宇宙の月28日(G7/24)に同期する。そして、今年の「時間をはずした日」は、パカルの墓室が開かれてから90銀河スピン(=23400キン)。いよいよ、解放が始まる。

時間船としての聖家族贖罪教会

2015年12月18日 01:07

■律動の月5日(G12/17)KIN258 白いスペクトルの鏡(by D)

ドリームスペル13の月の暦)のツォルキンでKIN257(10・地球)に当たっていた昨日は、私が剣武天真流の稽古を始めた2009年7月19日(KIN257)から9銀河スピン(9×260)、三輪山の磐座と石上神宮(霊剣・布都御魂剣がご神体)を参拝した2010年12月21日(KIN257)から7銀河スピン(7×260)が経過したタイミングでもあった。

その事が頭にあったのとクリスマスが近いこともあって、午前中の天真体道瞑想クラスでは、剣の動きと祈りが一つになった「栄光」という型を稽古した。その帰りにポストを覗いた時には何も入っていなかったのだが、『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』という映画を観に出掛ける時、再度ポストを見ると、何か雑誌のようなものが入っている。

普段ならそのままスルーしてしまう所なのだが、Lが忘れ物をして部屋に戻っていたのと、その場でマンションの住人と挨拶した流れもあって、ポストを開けてみることにした。見ると、アルビオンアートの有川さんによる挨拶文が添えられた雑誌(前面はその案内文で覆われていた)で、その文の中に取材を受けたことが記されていたので、そのまま移動中に読もうとバッグに入れて駅に向かった。

大井町線に乗り込んでから開封し、雑誌の表紙を目にした瞬間、私はLと顔を見合わせて絶句した。なぜなら、その表紙が、サグラダ・ファミリア(聖家族贖罪教会)の内部写真、それも私が3日前に「羽生結弦が開いたバルセロナの扉」というブログの中で使ったのと殆ど同じアングルのものでドッカーンと飾られていたからである。
ACT4.jpg ★ACT4と映画のパンフ

今からサグラダ・ファミリアの映画を見に行こうとしているその時に、しかも、ブログのために沢山の候補(2011年に自分達が訪れた時に撮影したもの)の中から直感的に選んだ1枚とほぼ同じ「聖母マリアの塔」内部の美しい装飾が、思いがけず目の前に出現したのだから、常時シンクロ状態にある私達も流石に驚かずにはいられなかった。
sf内部 ★現地で2011年に私が撮影した写真

仮に、映画の公開に合わせて意識的に表紙に使われたものだとしても、ここまで衝撃的なシンクロ体験をする人はまず居ないだろう。実際、書店やコンビニにある膨大な数の雑誌の中に、こんな表紙のものは見かけないし、サグラダ・ファミリアを訪れていても、同じ所に注目して写真に収め、同じタイミングにその部分をピックアップして公開するなんてことは、ほぼ有り得ない話だ。

そもそも、私がその写真を選んだのは、「バルセロナの扉」というブログのイメージにぴったり来るもので、かつ今まで公開していないものだったからだ。Lも「サグラダ・ファミリアの写真としては誰も見た事が無いものだと思う」と興奮して、23日に予定しているスペシャルクラス【一陽来復】(※)の写真を、それに差し替えてしまった位だったのだから、サグラダ・ファミリアの写真としてはそんなに一般的なものではないのだ(少なくともこれまでは)。

だが、『ACT4』(2016年1月号 69)というその雑誌は、さらなる驚きを用意してくれていた。何気なくパッと開いたP34,35は、この雑誌の中で唯一表紙と同じ教会内部空間の写真で、34+35=69は、この雑誌の号数であるだけでなく、パレンケの「碑銘の神殿」の中央階段の数でもあり、前日まで(律動の月1〜3日)のサイ時間単位KIN69ともシンクロしていた。

それに、ACT4という雑誌名はジョジョラーとしてもグッと来るものがある。ジョジョ(の奇妙な冒険)第4部に登場する広瀬康一くんのスタンド「エコーズ」は、出世魚のように進化するタイプのスタンド(守護霊みたいなもの)なのだが、マンガにはACT3までしか出て来ないので、ACT4は「その先」をイメージさせてくれるのだ。また、第4部の舞台は、羽生結弦選手の出身地でもある仙台市(S市)という事になっているから、「聖母マリアの塔」の写真を使ったブログ記事とは、ここでも繋がって来る。

肝心の有川さんに関する記事は、P82から始まっていて、アーク森ビル13階に新しくオープンしたアルビオンアート東京サロンの事が紹介されているのだが、そのP88にある「書」にまたまた驚かされるのであった。目利きの有川さんが選んだのは、一体誰の書なのだろうか?と記事を確認してみると、”軸は江戸時代の慈雲尊者の書、「也太奇」。”とある。也太奇(やたいき)とは、「これは驚くべきことだ」という意味らしいが、私はこの解説を目にしたこと自体が、大いに「驚くべきこと」だった。

なぜなら、私はごく最近『書を楽しもう』(魚住和晃著)という本の中で、慈雲の「無事是貴人」という書を目にしたばかりだったからだ。それはLが栞を挟んでいた関係で偶々目にしただけで、未だ他のページには殆ど目を通していない新書なのだが、まさにその栞が挟んであったP119に、慈雲の書が出ているのだ。ついでだから、P119の少し手前までパラパラめくった時に発見したことについても、少し書いておこう。

今年1年(白い惑星の魔法使いの年)とも同期するP114には、私が9年前に書の聖地・西安碑林で行われた臨書展に出品した「元テイ墓誌銘」が掲載されている。お手本としてこの作品を選んで下さったのは、塾長の青木先生で、この墓誌銘に関する現地での驚くべきシンクロについては『シンクロニック・ジャーニー』に詳しく書いてある。思えば、もともと有川さんとのご縁も天真書法塾から始まったものだ(私達よりも先輩の書法塾生)。

さて、「也太奇」が慈雲の書と分かった私は、1人興奮しつつ、Lに向かって「これは誰の書でしょう?」と問うてみた(Lより先にACT4を読み始めたのでLはまだ記事を目にしていない)。何故そんな質問をしたかと言えば、その時、彼女のバッグの中に『書を楽しもう』が入っているのを知っていたからである。結局、2度外したので、答えを教えつつ、『ACT4』のP88と『書を楽しもう』のP119をその場で照合。違う言葉が書かれた作品だが、やはりどちらにも慈雲独特の味わいがあるのが感じられる。
jiun.jpg ★同時に持ち歩いていた雑誌と本に、同じ慈雲の書!

実は、L(KIN231)は10月に、この新しい東京サロンを一度訪れている。9月に有川さんが送って下さった『婦人画報』10月号(P231)に、各回定員15名(全2回)の読者向けの特別レクチャーが紹介されており、それに応募したのだ。もちろん、先に書いた通り、有川さんとは直接面識があるのだが、あえてチャレンジするところがLらしい。応募要項掲載ページとLの誕生キンがシンクロしていた時点で次元の窓口が開いていたのか、結局、200倍もの倍率をくぐり抜けて当選してしまった。応募先は婦人画報編集部で、有川さんも当日まで参加者については知らされていなかったようなので、裏口ではない(笑)。

「也太奇」の軸があるのは、4つの空間からなるサロンの一番奥に作られた茶室「有庵(うあん)」。実は、2年程前に、「有川さんて利休みたい」とふとLが口にしたのを、有川さんは「だったら嬉しいですね」なんて答えられていたのだが、『ACT4』の記事に、「有庵」は千利休の「待庵(たいあん)」を下地に設計されたと書かれていたので、またまたビックリしてしまった。

そんな訳で、映画が上映される恵比寿ガーデンシネマに着くまでに、既に盛り上がりは最高潮に達していた。だが、上映時間までの間、併設の「&CAFE」ラウンジでお茶をしている間にも、さらなる発見があった。何と『ACT4』のP119には、私が自分の誕生日に訪れて猛烈にシンクロした(当日の様子はコチラ)「丸山珈琲鎌倉店」が掲載されていたのだ!慈雲の書も『書を楽しもう』のP119。普段なら、この数字シンクロひとつだけでも相当なものだが、この日は「赤い地球」のキーワード通り「共時性(シンクロニシティ)」が大フィーバーしていて、あまりに色々起こるので、何だか当たり前のようにも思えてしまう。
mc.jpg ★何とこちらもP119

ここで丸山珈琲について思い出した事があるので、それについても少しだけ書いておきたい。Lがアルビオンアートの新東京サロンを訪れた翌々日、突然、二子玉川ラサの石川さんから連絡があって、丸山珈琲創業者の丸山健太郎さんとお会いする事になった。僅かな時間ではあったが、鎌倉店のオ–プンに絡む激しいシンクロを皮切りに、色々とスパークしまくって、非常に濃密な時間を過ごさせて頂いた。年の半分近くを海外で過ごされている超多忙な方だが、然るべき時が巡ってくれば、きっと再会できることだろう。

さて、映画『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』は、2012年スイス作のドキュメンタリーで、ちょうど私達が訪れた2011年末くらいまでの現場の映像が多く用いられていた。内容の深さから言えば、『ACT4』の外尾悦郎さんへのインタビューの方が充実している気がするが(映画の中でも外尾さんのコメントは実に魅力的である)、ドキュメンタリーとして多面的な切り口で迫っている点は素晴しく、新たな知見を得る事が出来た。

パンフレットの発刊日が2015年12月12日(KIN253)なのは、ガーデンシネマでの上映初日に合わせたものだろうが、羽生結弦選手がバルセロナでGPファイナル3連覇を成し遂げたのも同じ日なのが、何とも興味深い。何しろ、私はその偉業とバルセロナという場所に刺激を受けて急遽ブログを書く事にし、その際のイメージ画像として、聖家族贖罪教会の「聖母マリアの塔」の内部写真をチョイスしたのだ。

パンフレットの年表には、着工128年目に当る2010年11月7日(KIN213)に、ローマ法王ベネディクト16世が正式に教会と認定する聖別のミサを行った事が記されていたが、これも私達には驚くべき発見だった。何故なら、ガウディの誕生キンはKIN128(11・星)だからだ。この事実は、サグラダ・ファミリアが、その地下に眠っているガウディの強烈かつ聖なる遺志によって支えられていることを示している、と私は思う。

と同時に、KIN128という数は、『ドリームスペル13の月の暦)』のツォルキンで計算しないと導き出せない数である事にも注意を払っておきたい(マヤ暦のツォルキンではガウディの誕生日は全く違ったデイサイン「3イク」となる)。「石に刻まれた聖書」とも呼ばれるサグラダ・ファミリアは、3次元的にも比類の無い総合芸術的な教会だと思うが、私には4次元的な「時間船」としての役割も、特別に担っているように思えてならない。現在も進行中の建設のプロセスそのものが、まさに「Time is art」だと言えるし、今回の一連のシンクロも、この教会(の場)を通じて生じているからだ。

そして、私達が『ドリームスペル 時間船地球2013の旅』日本語(最終)版の準備をしていた時期も、2011年にバルセロナを訪れた頃と完全に同期していたからだ。バルセロナの旅に関しては、メルマガの過去記事に「カタルーニャの魂」として10回分連載してあるので、これからバルセロナを訪れてみようという方には、多少参考になるかもしれない。最終の第10話が掲載されているVol.44には、2011年9月8日(KIN258)に、スペイン皇太子賞が発表され「フクシマの英雄達」が平和部門で受賞した事が書かれている。ちょうど、今日からぴったり6銀河スピン(6×260日)前の話だ。

そして、迎えるグレゴリオ暦2016年元旦は、KIN13(13・空歩く者)からスタートする。今回のシンクロが、有川一三(13)さんからの贈り物によって発見された事を思えば、2016年もきっと思いきり充実した年になることだろう。少なくともこの記事を読まれた方にとってはそうなると思う。上手く行けば、2016年1月1日=律動の月20日(KIN13)は、12:60世界から13:20(=20:13)世界へと人類が集合的に移行する参入ポイントに成るかもしれない(過去既に何段階かそういうプロセスを踏んではいるが)。だが、結局はそれも、一人一人の内的変容があってこそなのだ。


(※)G12/23に開催するスペシャルクラス【一陽来復】では、日々このような体験をしている私達が、常に心がけている様々な「霊性の作法」をシェアします。直前に席が埋まってしまう事が多いので、参加希望の方はお早めにお申し込み下さい。

3人のアントニオと3つの街

2014年03月08日 00:43

太陽の月1日(G3/7)KIN128 黄色いスペクトルの星(byD)

今日は、バルセロナのサグラダファミリア教会の地下に眠るアントニオ・ガウディ(KIN128)の227回目の銀河の誕生日であり、『13の月の暦』での9番目の月の始まりである。バルセロナには2011年の9月に訪れているが、その9ヵ月後に剣の演武で訪れたプラハ(『霊性のアート』にその様子が強烈なシンクロと共に紹介されている)と、9日前に剣の演武をしたトリノとは、地図上でほぼ一直線上に並ぶ。

トリノでの「サムライと書道展」での演武は、剣武フランスのメンバーも加わった多様な構成になっていたが、私が個人的に焦点を合わせていたのは、本部の丸山&吉田両師範と3人で行う「音楽に合わせての演武」だった。会場がイタリアであることと、他の機会に一度、実験的に試みていたことなどもあって、私はジュリアーノ・カルミニョーラの『四季』(夏・第3楽章)に合わせての演武を提案した。

カルミニョーラはヴェネツィア近郊トレヴィーゾ出身のバイオリニストで、数年前にその存在を知ってから、すっかりファンになってしまったのだが、彼の演奏する『四季』には、独特の勢いと迫力があって、今回イメージしていた演武とも実にしっくり来るのだ。ちょうど、先刻、トリノの主催者が動画の一部をUPしてくれていたのでリンクを貼っておこう(3人の演武もあるが音楽は差し替えられている)。

『四季』の作曲はご存知の通りアントニオ・ヴィヴァルディ(1678〜1741)。ヴェネチアでKIN205(10・蛇)に誕生し、ウィーンでKIN206(11・橋渡し)に他界したことは既に書いたが、私がウィーンを訪れたのは、「運命の道筋」がKIN66だった33才の時。そして、私が33才になったまさにその日(2002年8月12日)に、千住真理子さんのもとに(以降離れていないという意味で)やって来たのが、およそ300年間手つかずで眠っていたとされるストラディヴァリウス・デュランティ1716(17+16=33)だ。

帰りのエールフランスのモニターが完全に故障していたこともあって、『千住家にストラディヴァリウスが来た日』は、その時に殆ど読み終えたが、ストラディの方が人を選ぶということが本当にあるのを、印象深く、そして感動を伴って味わえる一冊だった。ちなみに、私がウィーンを訪れたのは、ダライラマ法王14世による27(3×3×3)回目のカーラチャクラ灌頂をグラーツで受けるためだったが(それをきっかけにクリカはKIN66に誕生した)、今年は法王による33回目のカーラチャクラ灌頂が、カシミール地方のラダックで行われる予定である。

さて、バイオリン作りの名工アントニオ・ストラディヴァリは、トリノとヴェネチアのほぼ中間地点にあるクレモナで1644年に生まれ、同地で1737年に93才で亡くなっている。当時としては、並外れて長命だったと言えよう。そのストラディヴァリが88才の時に制作したと伝えられるのがバイヨー1732で(余談だが私の父はKIN88、母はKIN93で、私は今その合計であるKIN181の道筋を歩んでいる)、それをカルミニョーラが使うようになったのは2006年からだという。

今回使った『四季』のアルバムは、まだカルミニョーラがストラディを手にしていない頃のものだったので、その音色を耳にしてはいないが、トリノの旅を通じて、同時代に生きていたストラディヴァリヴィヴァルディが急速に迫って来たような気がして、何とも興味深かった。そして、トリノ(カルミニョーラの四季)ークレモナ(ストラディ)ーヴェネチア(ヴィヴァルディカルミニョーラ)の3つの街が、ほぼ東西に一直線に並んでいることも。

だが、冒頭に書いた通り、バルセロナ(2011)ートリノ(2014)ープラハ(2012)のラインも見逃せない(数字は訪問年)。サグラダファミリアの受難の門には、縦横斜めの合計が33になる魔方陣の彫刻がある。当然、これはキリストの受難が33才の時だったことを示すものだが、十字架から下ろされた時にその身を包んだとされるのが、トリノの聖骸布だ。聖骸布は普段公開されておらず、保管されているドゥオーモから至近のサンロレンツォ教会に、再現されたものが展示されている。
IMGP1148.jpg ※復元された聖骸布(=実際の聖骸布ではない)
3人のアントニオのうち、ガウディだけは100年以上後に生まれているが、ヴィヴァルディストラディヴァリは、生きた時代も地域も殆ど重なっているので、もしかしたら、どこかで会っていたかもしれない。トリノで最終日に耳にしたのは、欧米には白魔術の街が3つ、黒魔術の街が3つあり、唯一その両方があるのがトリノなのだという話だった。事の真偽は定かではないが、中々に面白い説だ。

最終日に訪れたスペルガ聖堂のドームには、1726年と刻まれていた。その10年前にデュランティ、6年後にバイヨーが、ストラディヴァリによって、東方200キロ弱の場所クレモナで作られていたのかと思うと、何とも感慨深かった。明日(京都は4/20)の円卓読書会(という名の最先端クラス)では、トリノと円卓の騎士や聖杯との関係についてもシェアしてみたいと思う。
IMGP1487.jpg 
また、銀河シンクロ教室(東京3/9、大阪4/19)では、13の倍数で巡る非常に不思議な時空の関係性を、ドリームバンク(東京3/23)では、時空に埋蔵されている情報を掘り出すコツについて、トリノでの体験をベースに話をしてみたいと思っている。といいつつ、さらなるシンクロが続いてコロッと忘れてしまうこともあるので、参加希望者でこのブログを読まれている方は、当日、ツッコミを入れて頂ければと思う。

その直前の春分(3/21)に、大倉山記念館の”円卓”で行われる【円卓座談会】には、江本勝氏が世界に知られるきっかけとなった水の結晶実験の影の(そして真の)立役者、佐藤誠哉氏が参加してくれるので、これまた最高に面白い内容になると思う。結晶実験において、最もエキサイティングな発見が続いた時期に、その最中に身を置いていた2人が直に語るのだから、相当マジカルな場になるのは間違いない。

尚、関西の予定はG暦週明けに本ブログで公開予定なので、今暫くお待ち頂ければと思う。

バルセロナへの扉

2011年06月24日 02:08

水晶の月25日(G6/23) KIN181 赤い水晶の竜 (byD)

日々ツイッターでつぶやくことで気が済んでしまうからか、めっきりブログを書く機会が少なくなってしまったが、今日は流石に「スペシャル魔術の亀の日(※)」だけあって、書かずにはいられないようなシンクロがバシバシ起こってしまったので、手帳の宇宙文字が解読できるうちに清書しておこうと思う。

日中、随分前に頼んでいたDavid Stuartの『The Order of Days』(Harmony)と、数日前に頼んだ中沢新一の『バルセロナ、秘数3』(中公文庫)が届いた。前者は、新著『マヤのリズム』でも参考にさせてもらった気鋭のマヤ学者(何と8才からマヤ文字を解読し始めたらしい)の最新著で、高橋徹さんが教えて下さったもの。後者は、10日程前に突如始まった新しい旅のサインをきっかけに思い出した古本だ。

KIN170(G6/12)に行った時空のサーファークラスは、非常に珍しいことに参加者は学生さんお一人(つまりマンツーマン)。前にも書いたことがあるが、こういう時はたいていシンクロ率が異常に高まる傾向がある。実際、皇太子さんとの繋がりが深い新著が出た直後に来られたこの学生さんは、何と皇太子さんと同じ誕生日だった(銀河の署名は別でKIN251)。

その夜だったか翌日だったかに、Lの発作が始まって、突如「バルセロナに行きたい」と言い出す。もちろん、私も前から行ってみたい場所のひとつではあるのだが、そんなにすぐに行けるようなところでもない。それでも何とか日程を調整して、結局KIN250の深夜(実質KIN251)から旅に出ることになった(例のごとく既にチケットは押さえられていた)。

図書館からガウディなどのバルセロナ関連本が次々と借りられて来る中、確かそんなタイトルの本があったはずとふと思い出したのが、中沢新一(KIN250)の本だった。David Stuartの本にも色々な面で興奮させられたが、中沢新一 の方は、今日の来客とシンクロしまくっていて驚かされた。

本が届いた直後にいらしていたKさんは、G6/12がお誕生日で、「今福」という場所にお住まいなのだが、何と『バルセロナ、秘数3』の巻末で解説を書いているのは、”今福”龍太という人物。これだけでも大分びっくりしていたのだが、P251で終っている中沢氏のあとがきの日付が、1990年3月10日( KIN211)、チベット民族蜂起31年のタイミングになっていたのも衝撃だった。

なぜなら、そのぴったり20年後の2010年3月10日(KIN231)に、L(KIN231)は天真書法塾シャンバラ教室を始めていて、今日いらしたKさんは、その教室がオープンした時からの生徒さんでもあるからだ。さらに、KIN231は、私がバルセロナを訪れる時に歩んでいる運命の道筋でもある。

こうして振り返ると、やはり6/12のサーファークラスから、バルセロナへの回路が開いたような気がする。だがまだ話は続く。夕方いらしたNさんは、台湾にいるお友達Yちゃんのお母様で、ご主人は確か私と同じKIN241。Yちゃんへのサイン本をNさんに託した際にLが気づいたのは、かつて「モンセラート修道院の聖母子像」の絵はがきをくれたのがそのYちゃんだったことだ。

Lは、バルセロナにチャンネルが合った時から「モンセラートの黒いマリア像」のことはずっと口にしていたので、このような形で繋がるとは予想外だった。しかも、この日(しあわせ書院というところから)届いた中沢氏の本の冒頭は、ピカソ(KIN175)のポスターとカタルーニャ州旗(9本のストライプ)、ガウディ(KIN128)のサクラダ・ファミリア、そしてそのモンセラートの黒いマリア像の写真で飾られているのである。

また、文庫版『バルセロナ、秘数3』は、1992年1月10日の発行となっているが、そのぴったり4年後の1996年1月10日、発行日に完全に同期して手に入れた『時空のサーファー』(ホゼ・アグエイアス著)は、私をこのシンクロ世界に誘った最初の本でもある。そしてその本は、中沢氏があとがきを書いた日付KIN211を誕生KINに持つ、ホゼの息子ジョッシュに捧げられたものだった。

ちなみに、明後日、大阪で行われる出版記念講演は、ガウディの生誕159(53×秘数3)年記念日でもある。中沢氏の本には、秘数として3と4が頻繁に登場しているようだが、水晶(12)は、まさに3と4を掛け合わせた数で、やはり今日届いたことに深い意味を感じるのである。

そして夜、もうひとつ面白い話が舞込んで来たが、これについては、また機会を改めたいと思う。こちらのキーナンバーは8。明日は「スーパー8」という映画も封切られるようだ。

※毎月の「音」と日々の「音」が同期すある日を「魔術の亀の日」と呼ぶが、『時間の法則の20の銘板』の数え方では、この水晶の月全体がKIN181と対応しているので、今日一日の中にひと月分の時間が集約されていると見なすこともできる。ちなみにKIN181は、私の2013年の時の運命の道筋でもある。

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