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太陽の使者 - パカルとツタンカーメン、そして天照大神

2016年03月22日 23:57

太陽の月16日(G3/22)KIN93 赤い月の空歩く者(by D)

今年の「春分の日」は、『13の月の暦(ドリームスペル)』での34週目の終わりとシンクロする「太陽の月14日」、KIN91(13・猿)だった。これに因んで、【銀河マヤのククルカン瞑想】というイベントを開催したが、例のごとく、開催日が近付くにつれ様々な情報が繋がって来て、そのシンクロ率は春分当日に最高潮を迎えた。その流れを、少しメモしておきたいと思う。

3/16(KIN87)、私は4年前の同日に体験した驚くべき発見について回想していた。その要点は『銀河のマヤ、聖なる時の秘密』(ヒカルランド)や【パレンケ1320年のテルマ】という記事にまとめてあるが、春分の日にリンクして来る部分だけピックアップしてみると、おおよそ以下のような感じになる。

銀河文化ツール『テレクトノン』によれば、パレンケの「碑銘の神殿」が完成したのは、マヤ長期暦9.13.0.0.0とされる(神殿の碑文にこの日付が刻まれているのは確かだが、神殿が完成した日という説は今の所見あたらない)。この日付を、ユリウス通日など挟みつつグレゴリオ暦に仮想的に変換すると、692年3月16日となる。

長期暦の一番下の桁が0ならば、ツォルキンは「アハウ(太陽)」になるはずだが、きちんと調べた事がなかったので、改めて調べてみる事にした。すると、その日付はパカル王の誕生日と同じ「8アハウ」である事が分かった(ちなみにドリームスペルツォルキンではKIN167=11・手)。それで判明したのは、パカル王の誕生から9.13.0.0.0までの間に、古代マヤのツォルキンはぴったり125回巡るという事だった。

パレンケ王朝11代目の王であるパカルの生涯は80年だったので、死後9年目に当たる9.13.0.0.0は、生まれてからほぼ89年後であり、これがぴったりツォルキン125回転分に対応していた事になる。一方、パカル王とのテレパシー的な繋がりによって生まれた『ドリームスペル』は、2013年をその目標点に定めていた。

私達は、日本語版制作チームとして、2004年にホゼ(KIN11)と共に内宮神楽殿にて『ドリームスペル』を奉納しているが、その9年後の2013年は、第62回式年遷宮のタイミングだった。伊勢の神宮は、全部で125のお社から成るが、遷宮儀式の中でも最も重要とされる内宮遷御の儀では、125代今上天皇の長女である黒田清子さん(KIN125)が臨時祭主を務められた。

ホゼはパカル・ヴォタンと表記する事が殆どだが、石碑に残る王の名は「キニチ・ハナーブ・パカル」で、直訳すると「太陽・花・楯」となる。そのパカルの声を聴いて『ドリームスペル』や『テレクトノン』をロイディーンと共に生んだホゼは、5年前のKIN89(G3/23)に他界している。ホゼの誕生(KIN11)と死(KIN89)の日付の合計であるKIN100は「黄色い太陽の太陽」。パカル王が生まれた日付も伊勢の御祭神も太陽である。

9.13.0.0.0からぴったり1320年後に当る2012年3月16日は、ドリームスペルでKIN187(5・手)だった。この日、パレンケを訪れた時のスケッチやメモを再発見したというのが、冒頭の「驚くべき体験」なのだが、それから1年半後に出版した『霊性のアート』には、「13の月の暦・手帳」(こよみ屋)の12月1日(KIN187)の日付(=大周期完了とされた2012年冬至の20日前)の所に、青い虫が止まった事が書かれている。

そして『霊性のアート』P187には、この本のエッセンスを凝縮した「球状精神宇宙モデル」が掲載されている。もちろん、そんなページを自分で選べる訳ではない。自然の采配によって、そのページがKIN187に重なったのだ。自由が丘駅のホームで手帳を開いた瞬間に止まった「青い虫」は、グレートサイクルの終わり(2012年冬至)の20日前を示しただけでなく、その260日前、つまりマヤ長期暦9.13.0.0.0からぴったり1320年後の3/16の発見にも注目せよ、というサインだったのかもしれない。

125に関する発見の翌日に当たるKIN88は、地球の父の生誕106銀河スピン、その翌日のKIN89は銀河の父・ホゼが銀河に帰還して7銀河スピン、続くKIN90は『銀河のマヤ』を共に創って下さった波動と水の師・江本勝所長の生誕102銀河スピンに当たっていた。125銀河スピン=89年について、106+102=208銀河スピンのタイミングで気付くことになるのも、私にとっては銀河的なお告げである。

G3/18(KIN89)、私は、G4/16(KIN118)に神戸で開催される【剣武天真流ワークショップ】をお知らせする意図もあって、2015.10.11(KIN191)に神戸TEN×TENで行わた宮野玄妙師範創作展会場での御祝い演武映像を、FBでシェアしてから出かけた。その際、ふと気になって調べてみると、神戸での御祝い演武から4月のワークショプまでは、ちょうど187日である事に気付いた。

『7:7::7:7』マニュアルの13バクトゥン図で、KIN191がパカル・ヴォタン(の時代)を意味し、反対のパートナー(130離れた最も遠い関係)のKIN61が、アブラハム(の時代)を意味するのを確認してから外に出ると、KIN191の神戸で共に演武した剣武本部正師範5名が月1回だけ顔を合わせる会場のすぐ近くで、191ナンバーの車に出会った。
191.jpg 

この日(KIN89)、私はツタンカーメンの墓に関するニュースも目にしていたが、KIN191に関するシンクロの方に引きつけられていて、春分当日までそのサインの重要性に気付いていなかった。そして、チチェン・イツァにククルカン(羽毛の生えた蛇)が降臨する春分(KIN91)の朝がやって来た。

前日までの流れに刺激を受けていたからだろう、起き抜けに、ふと気になって『7:7::7:7』マニュアルの13バクトゥン図でKIN91に対応する所を確認してみると、何と「ツタンカーメン」と書いてある!同じ図は、拙著『宇宙の暦は13ヵ月・新装板』のP154-155にも(『新しい時間の発見』から)引用させてもらっているが、初出は『マヤン・ファクター』だ。

そこで『マヤン・ファクター:テクノロジーを超えた道 』を開いてみると、何と、同じ図がP186-187に出ている!そして「ツタンカーメン」が含まれているページは187の方だった!数日前から注目していた187がここにも出て来た事で、私は、家を出るまでの限られた時間に、ツタンカーメンについて調べる必要性を強く感じた。

Wikiによると、ツタンカーメンの統治期間は紀元前1333年–1324年(第18王朝)とあるから、王として在位したのは9年間だった事になる。この日「羽毛の蛇」が現れるチチェン・イツァのククルカンピラミッドは、パレンケ同様9層の構造をしており、その4面にそれぞれ91段の階段がある。今回、瞑想を呼びかけた主な理由は、春分にKIN91が同期するという希な機会だったからだ。

9層の段(の一面)を階段で2つに割る構造は、18ヵ月(ひと月20日)から成る365日暦とも関係がある。91×4=364に、4面共通のテラス1段分を加えて365日の暦(ハアブ)になっているこのピラミッドは、18ヵ月+5日(これが共通テラス分)という仕組みも表現しているらしい。

思えば、みよこみよこさんに描いて頂いた『マヤのリズム』のカバー絵も、監修を担当させて頂いた『マヤ暦が終わるのは、2011年10月28日だった!』のカバー写真も、このククルカンのピラミッドだが、1999年に現地を訪れた時には、どちらの本も、この世には存在していなかった。しかし、瞑想参加者には直接お伝えした通り、私はその時、非常に個人的かつ銀河的な儀式を、そのピラミッドで行っていた。

ホゼが、「ケツァルコアトルククルカン)の預言」がもし真実であるのなら、世界は然るべき反応をするはずだという仮説を立て、実際にハーモニック・コンバージェンスを通じてその確認をしたように、私も自分の儀式が単なる個人的な動機に基づくものではない、宇宙的な流れに沿うものであるのなら、いずれその反響はあると考えていた。そして、2冊の本の表紙は、その反響のひとつだと、今、私自身は感じている。

さて、出かける前に、ツタンカーメンについて、もうひとつ確認しておきたい事があった。ちょうど、4年前の今ごろ、関西で最初の『ドリームスペル』配布会を兼ねたレクチャーがあり、その時、大阪駅でツタンカーメンに関する驚きのシンクロを体験した記憶があったからだ。しかし、ブログ内検索をしてもそれらしい記事が出て来ない。あまりに激しいシンクロに見舞われている時期だったので、その事をまとめて記述する余裕が無かったのかもしれない。

とにかく出掛けで慌てていたので、4年前の手帳に頼る事にした。すると、パレンケに関するテルマ(埋蔵経典)発見の翌日に当るG3/17(KIN188)には、こんなメモがあった。「大阪駅でツタンカーメン展が今日から6/3と知る。3300年」。対応する日付前後の写真をiPhotoで探して張り出して来てiPhoneに転送して出発。お陰で参加者に証拠を見せてあげる事が出来たが、今日(KIN93)、改めてツイログで探ってみたら、ちゃんとメモが残っていた。以下当時のツイートを抜粋してみる。

ツタンカーメン ★2012年3月17日当日大阪駅にて

”3300年の時を超えて今日からツタンカーメンの宝の一部が大阪で公開されるようだ。3300部制作されたドリームスペルの一部が今日大阪で配布されるのは、もちろん偶然ではない。といっても今日から大阪で公開と言うのは知らなかったけど(笑)。” 

”なにしろ私は四年前の3月3日に、王家の谷のV62とナンバリングされたツタンカーメンの墓で一般公開されたばかりの彼のミイラと対面しているのだ。”(注:2013年の伊勢式年遷宮は第62回)

ツタンカーメン柱 ★大阪駅の改札を出るといきなりこんな状態だった

そして、4年前の手帳の「太陽の月」には、「191」という数字も記述されていた。これは『時間の法則の20の銘板』のクロノグラフ情報だが、先述した13バクトゥン図でパカル・ヴォタンに対応するキンだ。「碑銘の神殿」が9.13.0.0.0に完成したのであろうとなかろうと、『テレクトノン』と『20の銘板』と「13バクトゥン図」の中においては、完璧に整合するタイミングに、私がパレンケのテルマを受取ったという事実こそが重要なのだ。何しろ、私は自らその窓口を選んで銀河マヤにアクセスして来たのだから。

果して、「銀河マヤのククルカン瞑想」に参加された方は、午前9名、午後9名の合計18名(重複あり)となった。午後の9名には、当日になって参加を決めた方の数も含まれていたが、結果的にククルカンピラミッドの構造とも、ツタンカーメンの在位期間とも、「9(太陽)の月」とも完璧にシンクロしていたし、最初から参加される事になっていたのだと感じさせる発見が、後から沢山出てきたりもした。

何しろ、当日参加を決めた方の1人は、この日が55回目の銀河の誕生日で、太陽暦の誕生日は現在55才のLと同じだったのだ!さらに、9人の中に「反対のパートナー」が2組もいらしたのだ。ひと組いるだけでも驚きだが、この人数で2組とは誠にマジカルである。13バクトゥン図で、アブラハムとパカル・ヴォタンの関係に注目した流れも関係がありそうだし、ピラミッドに羽毛の蛇が現れる春分と秋分が、地球公転軌道上の180度離れた「反対」の関係にある事も関係しているのだろう。

春分L ★9名の参加者とドリームスペル日本語版世話人のL

そして帰宅後、午後の「ククルカン瞑想」参加者9名の誕生キンを合計してみたら、何と1330になった。朝、ツタンカーメンの統治期間が、紀元前1333年–1324年というのを知ったばかりだっただけに、この9年の統治期間にBC1330が含まれる事は、大いに驚きだった。ピラミッドと虹のククルカンを通じて太陽意識にチューニングをする瞑想は、参加して下さった皆さんにそれぞれ興味深い体験をもたらしたようだったが、そこにはツタンカーメンやパカルも深く関係したように、私には感じられた。

このブログを書いていて気付いたのは、KIN191は「9・猿」=「9・11」であり、瞑想参加者9名に私達2名を加えた11名とも読める。この瞑想が911の影響を中和反転させるだけでなく、さらに先に繋がる共振テクノロジーの土台となることを願うばかりである。

他にも無数のシンクロがあったが、果てしなくなってしまうので、今回はこの位にしておこう。ひとつはっきりさせておきたいのは、このような気付きや発見は、参加者の集合意識、時空の場、多次元的な流れが全て関係して生じるものだ、という事だ。その時、その場に集う人々にとっての贈り物が、必要に応じて届けられるのだ。今回の場合、それが太陽王であるパカルやツタンカーメン、そして天照大神(伊勢)だったという事だろう。

目に見える情報はツイートやブログで追う事ができるが、その場のエネルギーはその場に居た人にしか届けられない。今週末は横浜ナディアで「テレクトノンとエクスカリバー」について、4月の中旬には京都で「ツォルキン・マトリックス」をテーマにしたクラスがあるが、その内容はある面、参加者によって決まるところもあるのだ。興味関心を持つ人々が集う場と、ただ受け身で聞くだけの人々が集う場とでは、直前に発見される情報の質やクラスの最中に気付く事も違って来る。それ故、私のクラスは同じテーマで話す時でも、二度と同じ内容のものは無いのである。

例えば、今回のククルカン瞑想の開催を決めた当初は(そのお知らせは13700ツイート目にシンクロした)、『ヨーロッパの祝祭日の謎を解く』(アンソニー・アヴェニ著/勝貴子訳)を持参しようと思っていたのだが、上記の通り、直前にあまりにも色々なシンクロがありすぎて、すっかり忘れてしまった。しかし、それも自然の流れなのだ。この本の第4章は「春分の日-大蛇の降臨」というタイトルで、チチェン・イツァと絡めて、ハーモニック・コンバージェンスやホゼの事も書かれているので、関心のある方は読んでみると良いだろう。最後に、春分の日のLのツイートを付して、このメモを終えよう。

”クリカのブログ、FC2から割り当てられたナンバーは91だった!ということにKIN91の今日気づく!それは道友のメーリングリストへの投稿のおかげなのだが、その道友の銀河の署名はKIN175=本日のPCUなり!きゃ!L
http://happykulika.blog91.fc2.com/ ”


★KIN94満月の追記
調べものがあって、自分の誕生日前後を手帳で調べていら、KIN132に三島由紀夫に関する
以下のようなメモを見つけた。
1925.1.14(KIN91=13・猿)誕生「天界」
1970.11.25(KIN191=9・猿)死「冥界」
1971.1.14(KIN241)多摩霊園に埋葬
13が天界で、9が冥界というのはマヤの神話論。

春分のククルカン瞑想に参加して下さった方の一人は、当日KIN91が銀河の誕生日で、G暦誕生日はLと同じ1.14だった。そして、上記のシンクロに気付いたのは、今日(KIN94)、シャンバラ教室で1.14生まれの方に会った直後のこと。13バクトゥン図(歴史の波動調波図)でKIN91は「ツタンカーメン」、KIN191は「パカル・ヴォタン」。

そして今日は、『13の月の暦』の年初から(0.0フナブ・クを省けば)元旦含めて241日目。0.0フナブ・ク含めれば、元旦から241日目。以上の気付きを得て飲食店から外に出ると、そこに止まっていたのは「91-11」ナンバーの車。91はツタンカーメンと三島由紀夫と春分とピラミッドの階段の数、11はパレンケ王朝11代目の王(パカル)、もしくはホゼ・アグエイアスだろう。
9111.jpg 
全ては完璧なタイミングで見出される。

チチェンイツァのジャガーとウサギ

2014年05月31日 23:03

水晶の月2日(G5/31)KIN213 赤い倍音の空歩く者(by D)

昨日、2ヶ月ぶりに泊まった実家で明け方に観たのは、背中に黒いジャガー(注:車ではない)を乗せてこちらに向かって来る巨大なツキノワグマの夢だった。迫力満点の恐ろしい夢だったが、熊の背中にジャガーが乗っかっていても変だと思わないところに、意識の不思議さがある。

うおおっっっ!と思った瞬間に目が覚めて、「面白かったから覚えておこう」と心に刻んでから、再び寝てしまった。だが、おかげで次に目が覚めた時にも、割とはっきりと夢の様子を思い出すことが出来た。

それにしても、ツキノワグマにジャガーなんて、どういう組み合わせなんだろうか?中米マヤの神話世界において、ジャガーは夜の太陽と結び付けられたりもするが、『13の月の暦』では、9番目の「太陽の月」のトーテムアニマルでもある。「月の輪熊」と「(夜の)太陽の象徴」…新月から満月に向かって動き始める”今”を示しているようにも取れるし、日食のイメージもある。

ちなみに、一番最近の日食はG4/29(KIN181)に南極エリアで起きた金環食。伊勢をテーマにしたLの個展「書の魔法」が始まったまさにその日だが、そのぴったり10年前に、私たちは、伊勢で結婚の報告をしている。4/29が私の誕生日から260日後で、同時にLの誕生日の260日前に当る中間点だというのが、そうした理由だ。

さて、目を覚ましてから納戸の机を整理していたら、15年前(1999年)のメキシコ旅行のアルバムが出て来た。パレンケの「碑銘の神殿」でテレクトノンをプレイしている様子を撮った写真がどこかにあったはずだと思いながら、見つけられなかったのは、実家に置きっ放しにしていたからだった。

パレンケについてはまた改めて書くとして、今回は、チチェンイツァの方に注目したい。なぜなら、春分秋分に羽毛の生えた蛇の降臨が見られるククルカンのピラミッドの内部(蒸し暑くて細いトンネル階段を登ると玄室のような部屋がある)で撮った写真に、ジャガーの玉座が写っていたからだ。
ジャガーの玉座 
この玉座は、ここでは公開できないある出来事と結び付けられている関係で、よく憶えていたが、アルバムを捲ると、すっかり記憶から抜け落ちていた子ウサギの写真が見つかった。遺跡の隅っこにへばりつくように佇んでいたこのウサギの写真を、昨日目にしたのは、なかなか美しいことなのだ。
イツァのウサギ 
何故なら、昨日から始まった「水晶の月」のトーテムアニマルは、まさにそのウサギだからである。12番目の「水晶の月(ウサギ)」と9番目の「太陽の月(ジャガー)」の差である「3」が、月の輪熊の胸元の三日月形の模様を示しているとしたら、昨日の夢は洒落ている。

というか、ツキノワグマ(3)とジャガー(9)が12番目の「ウサギの月」の始まりを知らせてくれたのかもしれない。先住民文化において、動物はこの世界だけの存在ではなく、霊的世界での力や働きをも包含した、次元間的な存在だ。

通常は起床後すぐに体操をするのが日課であるのに、昨日に限っていきなり音楽テープの整理をし始めたのは、近々処分を考えているという話が前夜に家族の間で出たからでもあるが、その殆どが学生時代に録音したものだったことで、思い出したことがあった。

理由は知らないが、大学の学食のひとつに「コパン」というマヤ遺跡にちなんだ名がつけられていたこと、そしてコパン王朝の著名な王に「18ウサギ王」がいたということだ。18ウサギ王について改めて調べてみると、コパン13代目の王として695年に即位している。

パレンケではパカルの息子、カン・バラムが活躍していた時代で、日本では持統天皇が国を治め、伊勢の式年遷宮を始めた頃だ。ちなみにカンは蛇を、バラムはジャガーを意味する。

保存しておくテープを選り分けておこうとした関係で、メキシコ旅行のアルバムを発見することになり、これら一連の繋がりにも気付くことが出来たのだから、熊とジャガーは、やはり異世界を通じて"時”を知らせてくれるメッセンジャーだったのかもしれない。

新月の外宮とテオティワカンの太陽

2013年10月17日 02:50

■電気の月27日(G10/16)KIN246 白い水晶の世界の橋渡し(by D)

自分の62回目の銀河の誕生日が巡って来る「青い鷲」(ヴィジョンの力)のウェイブスペルの初日と新月が重なり、始まりのイメージが強かった10/5、伊勢の外宮では62回目の遷宮の締めくくりとも言える遷御の儀が執り行われていた。祭主は内宮の時と同じ黒田清子さん(KIN125)が臨時で務められ、ほぼ8年前から準備されて来た遷宮は、この儀式をもってひとまずの完了を迎えた。ひとまずと書いたのは、瀧原宮や伊雑宮などの別宮の遷御が、引き続き2014年中に行われるからだが、通常は外宮の遷御で完了と考えられているようだ。

ご神体を移す際の出御(2013年は20時〜)の合図は、鶏の声を真似たカケコーで統一されているのかと思ったら、外宮ではカケローだということを今回初めて知った。儀式が終わる頃に放映が始まる「世界ふしぎ発見は」、第1290回「UFO出現!?宇宙の中のテオティワカン文明の謎」というタイトルだったので、是非見たいと思っていたのだが、日中、剣武天真流師範科で新しいステップの稽古をして身体が刺激を受けたのか、突如猛烈な睡魔に襲われて、10分だけ横になるつもりがすっかり寝過ごしてしまった。

目が覚めた時には番組はもう始まっていて、画面を見た瞬間そこに映し出されていたのは、太陽のピラミッドと重なるように沈む太陽の映像だった。テロップには2013年8月12日と出ていたので、自分の44才の誕生日(KIN181)の太陽を、遷宮完了のタイミングで目にしたことになる。何やら縁起がいい。そもそも『13の月の暦』が誕生したきっかけは、この太陽のピラミッドに14才の少年だったホゼが登り、啓示を受けたことに端を発しているとも言える。

思えば、1999年に『マヤン・ファクター』の監訳者の滝元さんと共にメキシコを訪れた時、拍手をするとケツァル鳥の鳴き声のような反響音が戻って来るという体験を最初にしたのは、このテオティワカンケツァルコアトル神殿のエリアでのことだった。チチェン・イツァのケツァルコアトルククルカン)のピラミッドの前でも同じ体験をしたことは、『マヤのリズム』に記した通り。

同書にはギザのグレートピラミッドにも大変興味深い音響効果があることを実験的体験から述べているし、カバー絵もまさに降臨するククルカンがモチーフになっているので、マヤ暦の諸情報と共にその辺りにも関心のある方は是非手に取ってみて頂けたらと思う。新刊『霊性のアート』と同じくみよこみよこさんが描いて下さったカバー絵には、実は「13の月の暦」の全トーテムアニマルも描かれている。

さて、諸々のシンクロに興奮した私は、番組の方は適当に聞き流しながら「テオティワカン 8/12」で検索して、めぼしいデータが出ているサイトを探すことに夢中になっていた。最初にじっくり読む気になったのは、このリンク先だった。「新大陸の古代王朝(1)中米古代王朝の国家宗教と政治」と題されたその文章には、8/12のことだけでなく、今まで私が知らなかったテオティワカンの基礎単位(約83cm)のことや、それをベースにした都市設計に暦の比率が導入されていることなどが記されていて、実に刺激に満ちていた。

一体、どんな人が書いているのだろう?と目次に飛んでみると、愛知県立大学の杉山三郎先生という方によるものだと判明した。少し調べてみると、数年前にNHKのプロフェッショナルという番組にも登場されているような著名人で、かつメソアメリカの考古学・人類学がご専門ということが分かった。にも関わらず、これまで全く存じ上げなかったのは、単に私の勉強不足という話なのだが、もしかしたら、海外で活躍されて逆輸入というタイプの研究者であることも無関係ではないのかもしれない。

いずれにしても、テオティワカンにリアルタイムで深く関わっている日本人学者の存在が嬉しくて、早速『ロマンに行きてもいいじゃないかーメキシコ古代文明に魅せられて』(風媒社)というご著書を、その日の内に注文した。2日後のKIN237(10/7)に届いたこの本については、場を改めて書きたいと思うが(それだけ濃い)、3の月、「3・地球」の日、杉山”三”郎という「3」シンクロが鶏鳴三声ともリンクして、新時代参入の徴に思えたのと、発刊日の2012年1月25日もKIN137(7・地球)で、シンクロニシティをキーワードに持つ「赤い地球」でまさにシンクロしていたことだけは、メモしておきたい。

もう1つ、パッとめくって目にしたページに、この本が完成する直前に奥様が突然他界されたことの衝撃が綴られてことも、忘れないよう書いておこう。突然他界した息子ジョッシュに捧げられた『時空のサーファー』をきっかけに、ホゼや『13の月の暦』のことを知った私が、その大きな区切りとも言える2013年「銀河の同期」を越え、さらに遷宮も完了したタイミングで手にした本が、再び、突然他界した奥様に捧げられたものだったというのは、ある意味衝撃だった。しかもテオティワカンはホゼが啓示を受け、私も訪れたことがある場所だ。

思えば、私の霊性探求の旅も父の突然の他界がきっかけとなって加速したように思う。父の誕生日がG歴9/13でバクトゥン9.13.0..0.0を連想させる数であったり、13回忌のタイミングが2013年だったりするのも偶然ではないように感じられる。「世界ふしぎ発見」のスポンサーが父の勤めていた日立グループで、私が日立市の生まれであることも含めての話だ。

だが、この日の驚きはまだ続いた。太陽のピラミッドの正面に日が沈むのは8/12と4/29と書いてあるブログを見つけたのだ。4/29は、私の誕生日=8/12から260日後で、そのさらに260日後がLの誕生日という中間点なので、結婚記念日として、伊勢内宮に本籍地を移した日である。おそらく太陽のピラミッドは260日暦を意識した設計になっているのだろうが、両方の日付が書かれているのは「めぐりあいマヨルカ編」というタイトルの付いたブログひとつだけで、他に証拠は見つけられなかった(日本語サイトしか当たっていないせいもあるが)。

しかし、何でまた、マヨルカなのだろうか?前後の記述から筆者は海外で活躍されている研究者という像が浮かび上がるが、細かいことまでは分からない。ところで私は、今年の誕生日、つまりふしぎ発見を見た瞬間目にした太陽の日付から、KIN181(12・竜)という運命の道筋に入った。そして新刊『霊性のアート』のP181には、何と「マジョルカ島(=マヨルカ島)」という文字がはっきり記されているのだ!片やテオティワカンと8/12(誕生日)から辿った先のブログ名、片や新刊の中で話の都合上偶々P181に記されることになった島の名前。共通するのは、私の誕生日から辿ったという点だけだが、この繋がりに私は深いものを感じている。

実はこの日(10/5)、京都精華大学ファンクラブの会員証も手元に届いた。オノ・ヨーコ(4・橋渡し)が大学を訪れた時の様子を収めたDVDや、マンガ博物館の無料チケットまで付いている優れもので、流石にダライ・ラマ法王を招聘するだけあって目の付け所やセンスが良い。私とLの会員ナンバーの合計は207で、ちょうど2012年冬至=マヤ長期暦の完了の日の『13の月の暦ツォルキンの日付とシンクロしていた(伝統のツォルキンだと4アハウという別な日になる)。

一方、テオティワカンの日没とピラミッドの正面方向が8/12にシンクロするよう設計されているのは、マヤ長期暦の始まりの日を意識したものと考えられているようだ。一般に、長期暦の始まりはBC3114年8月11日(※)という説が通っているが、区切りの問題は数え方によっても変わるので、当然8月12日という説も出て来る。どちらの説を取ろうとも、伝統のツォルキンは長期暦との関係が一定なので、始まりの日も終わりの日も必ず4アハウという同じ日になる。

しかし、グレゴリオ暦の閏日を計算に入れる『ドリームスペル(13の月の暦)』のツォルキンだと、話は違う。そこでKIN3Dという無料アプリで計算してみたところ、8/11ならKIN150、8/12ならKIN151(8・猿)という事になることが分かった。今から24時間以内にその生演奏を聴く予定のビセンテ・アミーゴの誕生KIN、日本語版ドリームスペル第2版の受付開始日、そのどちらもKIN151だということを知っている私からすると、今、この瞬間に気付いたこと自体が大いなる徴に思えてしまう。一連の流れを振り返れば、決して大げさな表現ではないと思うのだが、いかがだろうか。

※計算機で計算する場合は紀元0年を入れる必要が出てくるためBC3114=−3113ということになる。この辺りの詳細を知りたい方は、『マヤのリズム』を参照頂きたい。

※この記事が当ブログの683番目の記事になったのも偶然ではなさそうだ。杉山先生はパレンケの発掘調査にも関わられているが、パカル王がこの世を去ったのはまさにAD683年のことである。

※京都精華大の住所は137(7・地球)。ビセンテはアルバム『Tierra』(スペイン語で地球)を引っさげての来日公演。

美しい光り清い心波

2013年10月04日 01:43

電気の月14日(G10/3)KIN233 赤い水晶の空歩く者(by D)

チチェンイツァのピラミッドにククルカン(羽毛の生えた蛇)が降臨する秋分の日(『マヤのリズム』の表紙参照)は、『13の月の暦』のツォルキンでKIN223「青い月の夜」だった(注:マヤ暦ツォルキンにはKIN○○という通し番号は無い)。『霊性のアート』にも「安倍首相の復活と剣山」という節でご登場頂いている安倍昭恵さんの誕生KINだったのと、そこから260日後が昭恵さんのカレンダーラウンドだということに気付いたので、お祝いの言葉を短くメールさせて頂いた。

すると、翌日から安倍首相と共にカナダ&NYでのご公務というお忙しい状況だったのにも関わらず、献本させて頂いた新刊に目を通して下さったことを、わざわざメールで伝えて下さった。ありがたいことだ。興味深いことに、同じく『霊性のアート』に登場してもらっているチベットの友人ドルマは、前日のKIN222にNYに到着したことを連絡してくれていた。近く発行するメルマガにも書く予定だが、実は私達にも今NYの流れが来ている。

せっかく京都に泊まったので、少し早起きして宿の周囲を散策することにした。まずは近場の六角堂へ。前夜、Eテレ「神の数式」で知った完全数の中で、最小のものが6。安倍首相もKIN6(6・世界の橋渡し)で「橋渡し」の紋章コード番号も6、さらに、新刊の表紙も六角形の結晶がモチーフになっているので、昭恵さんとのやりとり、そして、出版記念セミナー最初の地として京都を選んだことにもシンクロ感じる。

六角堂の正式名称は「紫雲山頂法寺」で、西国33ケ所観音霊場の第18番。華道の家元、池坊のビルが隣に建っていたのは、もともと寺内塔頭本坊の名が池坊で、聖徳太子が沐浴したという池にちなんでそう名付けられたということを今回初めて知った。六角堂境内にある「へそ石」が京都の真ん中を示すという話も初めて知ったが、日本の霊性の再生を呼びかける活動のスタートをそういう地で切れたのは嬉しい。

宿にあった散策マップを頼り、次は二条城方面にある御金神社へ。京都はかなり散策したつもりだったが、この神社の存在も今回初めて知った。金一色の鳥居を見ると、思わず「お金」と呼んでしまいそうだが、金山毘古神・天照大神・月読神を御祭神とする「みかね神社」が正しい読み方。早朝にも関わらず参拝者が途切れないのは、名前や佇まいが金運をイメージさせるからだろうか?と思っていたら、近くにいた2人組が最近またテレビで紹介されてたという話をしている。どうもパワースポット的に取り上げられているようだ。

しかし、参拝後に御金神社の由来を見て、私は感動した。何故なら御祭神の金山毘古神は「鉱山の神、剣、刀、鏡、鋤、鍬、大きくは現代の大型農機具や印刷機械、各工場の生産ラインに至るまで幸へ護り給う大神です」とあったからだ。他に、資産運用だとか旅行中の無事を守るとかの側面もあると書いてあったが、私にとっては、思いがけず「剣」や「刀」が登場したことが何より嬉しかった。

ところで、この神社の敷地には普段神職は居ないようで、お賽銭箱に向けたカメラが設置されている他は参拝者任せの状態になっている。お守りとかお札が販売されている境内のテントには代金を入れる別な箱があるだけ。参拝者を信頼しているのか、信仰に絡むものは持ち逃げ出来まいと見切っているのか、実は抜け目無く隠しカメラが設置されているのかは分からないが、都市部のど真ん中でここまでオープンなのも珍しい。

六角堂では社務所がまだ開いておらず引けなかったので、ここでおみくじを引く。17番小吉だったが、内容は良い事ばかり。「嵐の風は」なんてフレーズもあって、風のウェイブスペルと共に京都にやって来たこと、1週間前の台風18号で嵐山が浸水したことなどが思い出された。『13の月の暦』の365日暦で2/23(G9/14)に剣武の合宿で菅平を訪れた時、バスは国道18号を通った。2日後の合宿最終日に台風18号が直撃しのだが、再び18号を通って上田駅に戻ると、既に空は晴れ渡っていた。

だから、この日(KIN223)のサイ時間単位がKIN58(6・鏡)で、後から御金神社の正確な住所が618番地と知った時には驚いた。鏡の紋章コード番号は18(3×6)で、KIN58は「6・18」とも書けるからだ。その上、六角堂も西国18番札所だ。その後、針路を東に取って鴨川まで歩き、先斗町の辺りの細い路地を散策。建物の中をくぐり抜けて行く様がボダナートの感じに似てるなーと思った瞬間、目の前にネパール料理店が現れて、またまたビックリさせられる。そこから四条烏丸まで戻り、八坂神社御手洗井という、祇園祭の時だけ開放されたという特別な井戸を見て散歩は終了。

朝からこんな調子だったので、午後に大阪のチャクラで行われたセミナーも、スライド見ながらその場で発見があったり、シンクロ率は上昇しまくっていた。大阪近郊には、過去、私のセッションやクラスに参加された方もかなりいらっしゃるはずだが、全てのエッセンスが詰まったこの本の誕生の瞬間にはタイミングが合っていなかったりする。その一方で、遠く鳥取や岡山から初めて来て下さった方もいて、縁というものの不思議さを感じる。京都からの移動中に、野澤先生と出会ったハイポニカ実験農場のある高槻を通ったりもしていたので、尚更そんなことを思った。

セミナー終了後、13人のグランドマザーの写真をスライドで見せていたら、チャクラのアッちゃんが、「あ、この人、何度かうちの店に来たことありますよ」とおっしゃる。様子を聞くと確かにその人物のようだ。また、参加者のTさんから頂いた『ライオンあくび体操で元気になる! 』という本のタイトルにも一人笑わずにはいられなかった。なぜなら京都のホテルの入口には、場違いなくらい巨大なライオンの石像があって、それ故にわざわざ写真に収めていたからだ。
ライオン 
帰りは余裕だろうと思っていたら、その場でどんどん席が埋まって行き、その時点で取れる最も早いのぞみは、サイ時間単位とシンクロする58号だったが、それだと1時間以上も先になってしまうので、結局、もっと早い時間帯の自由席に乗ることにした。何も考えずに座席に付き、御金神社のおみくじにあった「平かな心、清い思いで、美しい光り清い心波を放出なさい」をしげしげと眺めつつ、ふと座席番号を見ると1号車9番。

9は「普遍的な水」「清める」をキーワードに持つ「赤い月」のコード番号で、1・月=KIN209=2012年12月23日→今上天皇の現在の道筋でもある(※1)。新刊のサブタイトルは「心の豊かさを育む技」で、文中には”波紋”とか”波動”という言葉が頻出する。そもそも「心波」なんて言葉は初めて見たが、まさに今回の本とシンクロしていて見事という他無い。

こうした現象を私がどのように受けとめているかは、『霊性のアート』に詳しく書いてある。それはこの世界がどのように形成されているのか、ということとも関係してくる話であり、誰もが一度は考えるテーマでもあると思う。私の見解がどこまで実際の世界のあり方とマッチしているのかは分からないが、少なくとも現時点では、この本に書かれていること以上に私を納得させる世界観は存在しない。

しかし、だからといって、私は現在のモデルに拘るつもりもない。想像もできないような新しい体験をすれば、すっかり変わってしまうのかもしれない。そうであっても、まず、今のものを整理しておくことで、他者と対話して行く際のたたき台にはなると思うのだ。私は、そういうテーマについて自由に語る時代がもう来ていると思うし、宗教に対してある部分寛容で曖昧な日本こそ、その先端を切り拓いて行くのに最高に相応しい場だと感じるのだ。

(※1)この記事が実質上UPされたKIN234は、今上天皇の112回目の銀河の誕生日
(※2)メモ:『マヤのリズム』の発刊日と『霊性のアート』のあとがきの日付は共にG6/8。これは編集者の天野照久さん(9・橋渡し)の誕生日であり、その260日前が安倍晋三氏(6・橋渡し)、その260日後が皇太子さま(10・橋渡し)の誕生日。そういえばライオン本を下さったTさんも(9・橋渡し)だ。

阿弥陀仏の夢の場

2013年03月21日 01:16

太陽の月14日(G3/20)KIN36 黄色い惑星の戦士(by D)

ユカタン半島のチチェン・イツァ遺跡で、ククルカン(羽毛の生えた蛇)が降臨する春分の今日、ちょうど前回の秋分から半年ぶりのドリームバンクが開催された。会場は、東急大井町線九品仏駅から徒歩5分の浄真寺前。ここ数日の急激な温度上昇で参道の桜はもう咲き始めていて、木蓮は満開だった。
九品仏浄真寺 
定員16名の最後の席が埋まったのは今日の午前9:11。申込みだけでなく会場への到着も16人目となったその方の銀河の署名は「黄色い銀河の種」。つまり「銀河の同期」そのものであるKIN164!前ローマ法王ベネディクト16世が退位したG2/28は、KIN16(&立方体も16の位置)で、サイ時間単位はKIN164だったから、実は16番目というのも完璧なのだ。

今回のテーマが「達成」となったのは、「銀河の同期」前にとしてはおそらくラストのドリームバンクになるということと、告知した日(KIN10)も当日(KIN36)も共に現れを仕上げる音「10」の日で、特に当日は「熟成」の黄色の日でもあったから。しかし、KIN16(PCU164)が「コドン63/達成」の週の初日だったことが、16人目の登場の仕方によって明らかになり、Lがインスピレーションで付けた「達成」がこの上なくピッタリだったことが証明された。

会場間近の浄真寺では、春分大法会ということで「南無阿弥陀仏」の念仏が唱えられていた。最近、明治大学の金山秋男先生が現代語訳された『歎異抄』を読み終えた所だったので、普段より阿弥陀仏への親近感が増していたのだが、開始前に九品仏の由来が「9体の阿弥陀如来像」にあることを再確認し、色々とシンクロを感じる。

まず『13の月の暦』では、現在「9」番目の「太陽の月」であり、『時間の法則の20の銘板』では、KIN204「9・種」に対応すること。それがシャンバラを探し求めてヒマラヤやチベットを旅したロシアの画家にして探検家、ニコライ・レーリヒの誕生KINであること。

もう1つは、今日のサイ時間単位KIN175が、そのレーリヒが最晩年を過ごしたヒマラヤのクルー渓谷の家から、ツォペマ(=レワルサル湖)に移動する時にチャーターしていた車のナンバーだったこと。加えて、レーリヒ・ギャラリーとホテルレワルサルの住所にもその175という数が入っていたこと。

ツォペマ(蓮華湖)は、チベット仏教のスーパースター、パドマサンバヴァ(蓮華生)に由来する聖地だ。阿弥陀仏の舌から一筋の赤い光が発せられ、流れ星のように湖に落ちて行って、そこから生えた蓮の上に座っていた童子がパドマサンバヴァだったという伝説がある。そして阿弥陀仏とはアミターバ(無量光仏=無限の光をもつもの)を漢訳したものであるから、「太陽(9)」と重ねて見る事も出来る。

レーリヒとツォペマに関する記述は、『シンクロニック・ジャーニー』のP142にあるが、今日の16名の中にはそのKIN142の方もいらした。他に『ドリームスペル(13の月の暦)』提唱者のホゼ(KIN11)とロイディーン(KIN22)も(何故かどちらも丸という漢字が入る方)、ベネディクト16世が退位した日付KIN16の方も、パレンケのパカル王の墓室が開いた日付KIN218の方もいらした。そこにKIN164の方が加わったのだから、その4次元的な密度は大変なものだった。

恒例のおやつタイムは、木村屋の「さくらあんぱん」。チョイスの理由は今日が山岡鉄舟の248(62×4)回目の銀河の誕生日だったから。鉄舟は、毎日食べるほど木村屋のあんぱんが大好物で、今も使われている木村屋の看板文字は鉄舟の揮毫によるもの。剣の達人として春風館道場を開いていた方でもあるから、春分という日にもふさわしい。

1836年7月23日(KIN36)に生まれて1888年7月19日(KIN32)に皇居に向かって結跏趺坐の姿勢のまま亡くなったという鉄舟は、カレンダーラウンドの52才–4日の濃密な人生を送った偉人だった。『ドリームスペル』プレイヤーなら、浄真寺の参道横に32ナンバーの車が止まっていたことからも色々と読み取れるだろう。

京都に越したばかりのサフィさんが配って下さったお菓子には、宇治「蓮華」の住所があったり、「9・風」の方に頂いたマジックフルーツというスリランカ(光り輝く島!)の紅茶には、何故かロシア語が書いてあったり(レーリヒや隕石繋がり)、前後の話だけでこれだけシンクロ率が高いのだから、隕石、彗星、ローマ法王、311等に絡むメインの話はとてもここには書ききれない。

こうして、可能な限りブログやツイッターにも記録してはいるが、あまりに加速が激しく書き漏れることの方がどんどん多くなっているので、この時の流れを体感してみたい方(そして実際にそういう場に同期してみたい方)は、直接その「場」に触れに来てみて欲しい。銀河シンクロ教室、「銀河の花祭りin大阪」、ナディアでのクラスは、それぞれ切り口やテーマが異なるが、シンクロ場に身を浸すという面では同じである。

「場」で伝わるものは言語や文字で伝わるものを圧倒的に凌駕する。「頭を使ってお勉強」というスタイルでは10年かかっても本質に至らない可能性が高い上、「銀河の同期」は目前に迫っている。身体の叡智にスイッチを入れてしまう方がずっと早い、というのが私の意見だ。これは16年間の実験と注意深い観察から得られた結論なので、そう大きく間違ってはいないと思う。

思い返せば、「ドリームバンク」のアイディアは、数年前に、かつて九品仏駅前にあったツチオーネという自然食レストラン(大地を守る会が経営)の中でランチ中に生まれたもの。その時、土(大地、地球)に植えたアイディアの種が開花し、順調に育って、今日のドリームバンク(夢の場)が構築されて来たのだ。「銀河の同期」前最後の春分ドリームバンクがこの場所になったのも、阿弥陀仏の結んでくれたご縁なのかもしれない。

不思議の友

2010年03月08日 02:27

太陽の月1日 (G3/7) KIN228  黄色い共振の星 (by D)
 
今朝、出掛けにネットで茨城空港開港というニュースを見た。そこからリンクを辿って静岡空港とJALのごたごたについての記事を読むと、川勝平太・静岡県知事という表記が目に入った。数日前に、新体道のファイルを整理していた時に目にした人物と同姓同名だが、かつて新体道のイベントで講演して下さった川勝氏は学者さんだったはず・・・と思ってネットで調べてみると、何と同一人物だった。

ウィキペディアをさらにザーッと流し読みしていると、略歴のところに「川勝家は京都府亀岡市旭町出身で、大陸からの渡来人である秦氏の流れを汲むとされる。」という一文を見つけた。略歴に家系のことまで書かれているなんて珍しいなと思って、「この先生いつの間にか政治家になってたよ」という話とともにLにそのことを伝えた。

出掛けに「不思議の友18.2増刊号」が届いていて、それを電車で読みながら目的地へと向かっていると、「秦氏というのは秦の始皇帝というところから出ているのです。そして京都のこの地区には秦という地名が付いています。」という文章に行き当たった。もし、朝のニュースからの流れが無ければ、別に何ということのない文章なのだが、Lに秦氏のことを説明した時、「始皇帝の秦と同じ字」などとも言っていたので、ちょっとドキッとしてしまった。

しかも、それは広隆寺近くにあるという三本足の鳥居についての記事で、「方向を調べると、伊勢神宮と同じ金の三合局を形成していて・・・」という一文まであった。実は、前々からブログに書こうと思って書けないままメモだけ残してあったのが、「不思議の友12」に掲載されていた「金局の三合局」についてだったので、時が巡ってきたということで、この機会を使って短く整理しておきたい。

伊勢の式年遷宮については、既に様々な場面で度々触れて来ているが、私の知る限り、20年毎にそれが行われる理由について、明確な答えを持っている人はどこにも居ない。そんな中、上記「不思議の友12」の中で、もりけんさんによって示されていた以下の説は、非常に説得力があった。それは、時間(ここでは十二支の流れの意)の中にトライアングルを作り出し、エネルギーを集めるために、伊勢の式年遷宮は、金局の三合局、即ち、金の五行に関係する巳、酉、丑の年に行ってきたのではないか?というものだった。核心となる部分を以下に抜粋してみよう。

『金局の三合局の中心をなすのは酉です。酉は、金の五行の中では帝王の地に当たるからです。三合局とは、色々な要素が協力し合ってその中心にエネルギーを集めることです。つまり式年遷宮は、60年という還暦の年数を1サイクルとする三合局で、酉(鳥)にエネルギーを集めていたのです。応接室に鳥の絵が飾ってあった理由が、解けました。鳥は、伊勢神宮のご神獣だったのです。そして酉は、金属の五行です。八咫の鏡は、金属で出来ています。だから金局の三合局は、八咫の鏡に対してエネルギーを与えているのだと思います。』

実に見事な発見で、神宮の神職が感服したというのも頷ける(この内容はその後出版されたもりけんさんの本のどこかにも出ていたはず)。その上、自分達に直結する情報でもあったので、私はこの解説を初めて読んだ時、かなり興奮した。というのも、私の干支は酉で、Lの干支は丑、そして私達が付き合い始めたのは、巳年のLの誕生日(KIN11)に大神神社を参拝した頃からだからだ。さらに、結婚を期に本籍を伊勢神宮に移してもいるのだから、興奮しない方がおかしいだろう。
 
大神神社を参拝した時には、小雪がチラつく中、ご神体である三輪山にも登ったのだが、古代から太陽祭祀が行われていた場所が、同時に蛇信仰とも結び付けられていたのは、マヤのククルカン(羽毛の生えた蛇)を連想させるところがあって興味深かった。そう言えば、ちょうど今日から「太陽の月」(トーテムアニマルはジャガー)だ。余談だが、春分と秋分にククルカンの降臨が見られるチチェン・イツァの有名なピラミッドには、中央部にジャガーの玉座がある。
 
三輪山の山頂付近には磐座があって、私はその前で天真五相(新体道の型)を全力発声で行ったのだが、これも、金の三合局で「三」と「五」が絡むことを知ってから振り返ると、また違った意味が感じられて面白い。「不思議の友12」によれば、式年遷宮が開始された690年は庚寅年で、近年の大規模なお蔭参りは、この年回りに起こっている確率が高いそうだ。そして、今年2010年はまさに、その庚寅年なのである。
 
「庚(かのえ)」は、もともと五行と結び付けられた「金の兄(かのえ)」に対する当て字だから、ここにも別な形で「金」が関わっているのかもしれない。ここまで書いてさらに気が付いてしまったので、最後にメモしておきたい。【2010-690=1320=60×22】。今年は、遷宮開始から1320年目!(マヤの神聖暦は13×20)、十干十二支の還暦周期だと22回巡ったタイミングに当たる。平成22年、お伊勢参りで大いに盛り上がりたいものである。

我が心のケツァルコアトル

2007年04月28日 01:00

■惑星の月24日(G4/27) KIN224 黄色い電気の種「我が心のケツァルコアトル」(by L)

友人がメキシコ旅行から帰って来た。「ただいま~」メールに添付されていた友人の写真を見てビックリーーー!ケツァルコアトル(羽毛の生えた蛇)の顔って、こんなにも巨大だったっけ?!私の記憶の中では、自分の顔と同じくらいだと思っていたのに大勘違い!(・・・きっと他にも、私の記憶の中で勝手に縮小・拡大されてしまっているものが沢山あるに違いない。)

kuku
 ★ケツアルコアトルとウットリ中の友人

ケツァルコアトルの神殿ピラミッドは、ケツァルコアトルや雨の神などの、ボコンと飛び出した頭部の彫刻でぐるりと飾られているのだが、友人によるとその総数は364個。ケツァルコアトルの彫刻は、その内、何と260個だそう。・・・暦オタクには大興奮の数だよね?(ちなみに、ケツァルコアトルはマヤの言葉ではククルカン。同じ存在を指す。)

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