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夢のアンテナの向け方

2018年01月13日 01:27

■共振の月3日 (G1/12) KIN234 白い宇宙の魔法使い (by D)

お正月期間が終わって世間が動き始めたG1/9,10、青山(表参道)の善光寺で行われたゾンサル・ケンツェ・リンポチェによる「密教を垣間見る("Glimpse of Vajrayana”)」に参加して来た。ここ数年、同会場でシャーンティデーヴァ『入菩薩行論』の連続講演が行われていて、今年も1/7,8はその続きだったのだが、諸事情で今回は後半のみ参加させて頂く形となった。

あくまで「垣間見る」だけで、密教を教わったという訳では無かったが、声聞乗、大乗、金剛乗、それぞれの特質と違いを、大変わかりやすく解説して下さって、大いに勉強になった。仏教に土台を持つマインドフルネスが、そこを隠して単なるビジネスツール(商品)として広まっている事を痛烈に皮肉ってみたり、相変わらず時代に即応した講演内容でユーモアに溢れており、しかも本質的である。

また、毎度の事ながら時間に正確で冗長さも全く感じさせない。話に広がりがあるのに脱線しっ放しになる事は無く、質問への回答も、一見飛躍しているようでいてポイントがズレる事は無い。これは、通訳(やそれを助ける人々)との意思疎通も滑らかである事の証拠と言えよう。主催のシッダールタズ・インテントの運営の仕方、アナウンスなどにもそれは現れていて、見事に調和的で美しかった。

と、ここまで書いて「青山善光寺(表参道)の仏縁」という前の記事を検索で辿ってみたら、殆ど同じような感想を某Dなる人物(過去の自分)が書いていた(笑)。それくらい、毎回新鮮に「素晴らしい!」と思える方だし、本質においてブレが無いのである。

その場にとって必然性の無い事は、極力省く方針を取られている一方で、どんなに簡略化しても押さえるべきところは押さえているという、この絶妙なさじ加減に毎度感服させられるのである。冒頭に行われたマンダラ供養(教えの請願)にもそれは示されていて、とても短い短縮版ながら、okudaさんという方がリードして下さって、皆さんと気持ちを合わせて捧げる事が出来た。

このokudaさん、実は、私がしばしばお世話になっている大阪のチャクラさんとも前々からご縁があるようで、チャクラのオーナーご夫妻からよくお話は伺っていたのだが、今回はリンポチェの真正面に座られていて、色々と気を向けなければならない立場にいらっしゃるようだったので、あえて声はおかけしなかった。いずれゆっくりお話出来る機会が巡って来ると思えたからでもある。

そもそも、リンポチェとのご縁はケンツェ・ノルブ名で監督された映画『ザ・カップ:夢のアンテナ』にある。前の記事にも書いてあるが、実は初めてLと観に行った映画がこの「夢のアンテナ」なのだ。それが時を経て、二子玉川から電車1本20分とかからない場所で、二人揃って直々に講演を聞ける事になったのだから、幸運この上ない巡り合わせと言えよう。

もちろん、唐突に繋がった訳ではなくて、ゾンサル・ケンツェ・リンポチェの師ディルゴ・ケンツェ・リンポチェとの出会いについては、『シンクロニック・ジャーニー』P43に写真入りで書いてあるし、NPOの活動で毎年訪れているカトマンズでのシンクロについては、上記「青山善光寺(表参道)の仏縁」の中にまとめて書いてある通りである。

だから、今回、私達にとっての初日でもあった1/9(KIN231)に、お寺の山門前でいきなり立ち話をされているリンポチェにご挨拶出来る機会があったのも、「Lの銀河の誕生日祝い」という感じで、ある意味、自然な出来事のように思えたのだった。万事そういう印象ではあったのだが、2日目午前中の体験についてだけは、ちょっと記しておきたいと思う。

善光寺 ★講演が行われた青山善光寺の本堂内

私は、お話を聞きながら半ば瞑想状態に入っていて、いつしかリンポチェの祖父ドゥンジョン・リンポチェ、師のディルゴ・ケンツェ・リンポチェ、前世に当たるジャムヤン・ケンツェ・チューキ・ロドゥ(*)、さらにはこの法脈の源とも言えるグル・パドマサンバヴァへと至る流れに、深い感謝の気持ちを捧げていた。

また、不思議なシンクロで導かれたパトマサンバヴァゆかりの聖地、インドのツォペマ、ブータンのタクツァン、ネパールのファルピンでの体験や出来事なども思い出していた。すると何と、今回、どなたかからのリクエストがあったという事で、急遽パドマサンバヴァに関する祈りをリンポチェが唱えて下さる事になったのだ。

それほど長い時間では無かったが、この時の感覚は、ツォペマでシンクロに導かれて加持を受けた時のものに非常に近く(この時の経緯は『シンクロニック・ジャーニー』に記してある)、後でLに感想を聞くと「あの時と全く同じ感じだった」との事。またしても、全く思いがけない形でありがたい機会を頂いてしまった。現地での出来事を思い出していた直後だっただけに、私にとってその驚きは大変なものだった。

しかし、私は「アンテナを常に本質に向けていれば、そこから届くシグナルを聞き逃す事はない」という気持ちも、同時に味わっていた。情報過多と言えるほど情報に溢れている現代において、アンテナの向け方は、その人の針路を決定する大きな要素であると思う。私が具体的事象をすっかり忘れても、同じ対象に同じ反応をするのは、自分の「夢のアンテナ」が常に一定の方向に向いているからだと思う。

ちなみにゾンサル・ケンツェ・リンポチェは1961.6.18生まれのKIN126(9・世界の橋渡し)で、私達と同じ「運命の道筋」になるパターンは、Lの2スピン(520日)後、私の4スピン(1040日)後という関係になっている。私の誕生日の520日後&リンポチェの誕生日の520前がLの誕生日、という言い方も出来る。

この暦の数え方を示したホゼとロイディーンもまた、チベット仏教に深い影響を受けており、彼らの師チョッギャム・トゥルンパ・リンポチェは、ディルゴ・ケンツェ・リンポチェにも学んでいるのである。そして、タクツァン滞在中に「西洋の科学物質文明の中に仏教を真に根付かせるには、自らの中の精神の物質主義を断ち切ることが必要だ」と悟ったらしい。

ドリームスペル13の月の暦)』を、いわゆるマヤ暦からのみ追っている人々が、結局のところ本質を理解できないまま情報を歪曲し、嘘で塗り固めることに終始してしまうのは、こうした背景や仏教的見解について、あまりに無知であるからだと思う。

逆に、チベット仏教(特に超宗派的な系譜の人々の教え)にある程度馴染んでいれば、『13の月の暦』の伝えている本質は割と直ぐに分かってしまうと思う。例えば、一つの見方に執着せず、多様な文脈で物事を捉える事ができるかどうかというのも、その一つだ。こうした見解は、人生をより豊かにし深めてくれるもので、知識の切り売りとは全く別な方向性のものなのだ。


(*)私はゾンサル・ケンツェ・リンポチェがこの方の転生者だとは知らずに、『知恵の遥かな頂』のP179に掲載されているこの方の写真のポーズに何故か惚れ込んでいて、よく真似をしていた。最初、Lだけがゾンサル・ケンツェ・リンポチェの講演に参加した時、指の動かし方が独特でジャムヤン・ケンツェの写真とどこか似ているという事が話題になったのだが、その時点でもまだ転生者である事を知らなかったのだ。
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スユアを開くガダニーニの音色

2016年02月20日 23:04

銀河の月14日(G2/20)KIN63 青いスペクトルの夜(by D)

1〜2週間前、何かを調べようと『2012年への進化 ホゼ・アグエイアス伝記』を流し読みしているうち、P211に「1987年7月26日に、サンタフェのセント・ジョンズ・カレッジで銀河文化の到来を告げた」という文言を見つけた。ちょうど、今年(平成28年)の初めに、剣武天真流のウィウソン師範&倫子師範夫妻が、サンタフェに住むお姉さん(Nさん)を訪ねて来たばかりだったので、私はこのタイミングでその土地の名前が出て来た事に驚いた。

と同時に、ホゼの息子ジョッシュの誕生キン(KIN211)とシンクロするページに、彼が他界した1987年の事が書かれていたことに、私はある種のメッセージ性を感じた。何故なら、『霊性のアート 心の豊かさを育む技』にも記した通り、2012年にプラハで一緒に演武をした丸山師範は、ジョッシュが他界したその当日(=1987年10月29日・KIN129)の生まれだし、Nさんも、プラハ演武の時に、偶々友人の結婚式が現地であった関係で合流出来てしまったという奇跡的なシンクロを体験しているからだ。
チェコ ★プラハにて、丸山貴彦師範、吉田倫子師範と

青木宗家指導の剣武稽古日だった先週のG2/14(KIN57)、本部師範全員が集って打ち合わせをした折、倫子師範が数日前、仕事の関係で高橋徹さん(『13の月の暦』を日本に紹介し『銀河文化の創造』という入門書も書かれている)と会って色々な話をしたという事を聞かされて、面白いタイミングに思いがけない交流が生じているものだ、と感じていた。しかし、お昼過ぎにNさんがひょっこりその場に現れた時、私はそれがより大きなスユア(時空の記憶回路)の活性化とリンクしているのを、驚きつつも即座に悟った。

3月初旬の青木先生傘寿のお祝い会にNさんが参加予定と知っていた私は、冒頭の一文を発見した時、サンタフェのカレッジについても聞いてみようと、手帳にメモをしておいた。ところが、全く思いがけず、その2、3日後に(2週間以上も早く帰国した)Nさんに会えてしまったのだ。実は、先に倫子&ウィウソン両師範にも聞いてみたのだが、流石に短い滞在では分からなかったようで、やはり3月まで待たないといけないなと思っていた矢先の事だっただけに、喜びは大きかった。

予想通り、Nさんは、セント・ジョンズ・カレッジについて知っていた。割と小さいカレッジだという事以外、特別新しい情報が入った訳ではないのだが、現地の様子を知る人から直接このタイミングに話を聞ける事が私にとっては重要だったのだ。何しろ、Nさん自身、ほんの2、3か月前まではサンフランシスコに住んでいて、サンタフェにはごく最近移り住んだばかり。「今だからこそ」「その人だからこそ」というところに、シンクロの醍醐味はある。

帰宅後、再度ホゼの伝記を手にし、P211より少し前に戻ってみようと本を開くと、まさに、そのカレッジでの出来事がより詳しく書かれているP179が現れた(付箋だらけの本で、そこには付箋は無いのにも関わらず)。以下の引用文の直後は、もうハーモニック・コンバージェンス当日についての記述になっているので、まさに直前の最も盛り上がっている場面と言えよう。

”1987年7月26日、ホゼはサンタフェのセント・ジョンズ・カレッジであふれる聴衆を前に、銀河文化の到来を公式に発表するために講演を行ないました。このイベントに続いて、ロサンゼルス・タイムズ、ボストン・グローブ、ニューヨーク・タイムズにインタビューや新聞記事が大きく載りました。”

少し時間が戻るが、この日の剣武の稽古後は新大久保に移動して、ちょっと早めの夕食を皆で楽しんだ。美味しいタイ料理を堪能した後、駅に向かいながら道沿いの楽器店を覗くと、大きなコントラバスがズラーっと並んでる。はじめて目にする光景に思わずボーっと眺めてしまった。近くに書道具店もあるので、この界隈は割と何度も訪れているのだが、こんな大きな楽器店があるとは知らなかった。

その体験が影響したのか、これまでにも数回は耳にしているはずの真田丸のオープニングで、何故かヴァイオリンの音色が気になる。NHKのサイトで調べてみると、J.B. ガダニーニ(奏者は三浦文彰氏)と判明。以前、ストラディヴァリウスを調べた時にチラッと調べた気もするが、改めて調べてみることにした。すると、日本では芸大事件というのをきっかけに有名になった面があるそうで、事件の当事者が海野(うんの)さんという方であることも初めて知った(剣武の道友に同じ字でカイノさんと読む方がいる)。

その海野氏の誕生日は、1936年2月14日。何と、まさにその日が80歳の誕生日であった!しかも、『13の月の暦』だと8月8日で、誕生キンはKIN237。という事は、8日後に同じく80歳を迎えられる青木宗家と全く同じウェイブスペルの生まれで、しかもパルサーの関係になっている。ちなみに、私はこの方々とは年代的に約33年ズレているが、KIN237(海野氏)ーKIN241(自分)ーKIN245(青木宗家)は、感覚パルサーの関係である。

もちろん、ガダニーニ本人についても調べてみた。Wiki情報では1711年6月23日(KIN141)ピアチェンツァに生まれ、1786年9月18日(KIN43)にトリノで他界となっている。剣武の演武でトリノに行ったメンバー全員と顔を合わせた(しかも予定外に)まさにその日に、この発見をするとは驚きである。
トリノ ★トリノでの演武

しかも、KIN141とKIN43は、どちらも、ホゼの生誕77周年に大阪で行ったイベントに集った8名の参加者の中に含まれていたキン。また、2/11(KIN54)の銀河シンクロ教室に参加された別なKIN141の方は、近くサンフランシスコに移住予定とおっしゃっていた。まさか、その3日後に、少し前までサンフランシスコに居たNさんが、引っ越して間もないサンタフェから来日し、その晩にガダニーニの音色からこんな繋がりを発見する事になろうとは!

KIN141はまた、超新星1987aが観測された1987年2月23日(KIN141)、そしてKIN43の吉田さんと伊勢で初めて会った2004年3月30日(KIN141)に通じる「銀河の通路」でもある。そして、先のKIN141の方お二人に共通するのは、金(KIN)という文字がお名前に含まれるという事。サンフランシスコのゴールデンゲートブリッジ(金門橋)を思い起こさずにはいられない。

実は、剣武稽古後の着替え中、ロンドンの地図がプリントされたTシャツに目を引かれた私は、関口師範に向かって「面白い絵ですね」と、思わず口にしていたのだが、よく考えれば、「サンフランシスコ」「ロンドン」「トリノ」には共通項がある。過去記事に書いた通り、魔術都市として知られているのだ。
トリノ戦士 ★魔術都市トリノの中でも最も強力なパワースポットの1つとされる場所

どういう理由かは知らないが、トリノ滞在最終日にガイドの方が教えて下さったのと、後にトリノを訪れた方からも同じ話を聞いているので、それなりの背景があるのだろう(どうやらカトリックから見て異端とされた派が栄えた地域と関係がありそうである)。ちなみに、先の三都市は黒魔術系で、白魔術系は「プラハ」「リヨン」「トリノ」との事。トリノだけが白黒両方の側面を持つらしい。

最後に、J.B. ガダニーニについて(サルディーニャとトリノの関係等含め)かなり詳しく書かれたサイトを見つけたので、関心のある方のために、そのリンク先を紹介しておきたい。トリノ時代のガダニーニ作品を調整された経験がある「自由が丘ヴァイオリン」さんのサイトだ。ちょっとした音色からこんなに発見が続くとは、つくづく面白い話だが、その締めが東急大井町線急行で一駅という所に行き着くのがまた興味深い。

だが、この記事を書いている今日、最後のひと押しがあった。2年前の今日の記事としてFBに『千住家にストラディバリウスが来た日』の写真が出てきて、何の記事だったかな?とクリックしたら、「ブログ【ストラディバリウスが銀河の音を響かせる】をUPしました」という内容だった。どうやら「銀河の月」には、私にとってヴァイオリンやイタリアと繋がる回路(スユア)があるようだ。


追記:
このブログをUPした翌日のG2/21(KIN64)、剣武フランスのメンバーが、ウンベルト・エーコについての記事を続けてFBでシェアしていた(その内の一人はトリノで一緒に演武した剣武フランス代表のジョエル)。気になって調べてみたら、2/19(KIN62)に84歳で他界した事を知った。流れで彼の経歴を調べてみたら、何とトリノ大学出身で同大学で講義も行っていた事が判明。

誕生日は、1932年1月5日でKIN37。ホゼが『マヤン・ファクター』を捧げたC・T・ムクポことチョッギャム・トゥルンパ・リンポチェと同じ誕生キンだ。私が知っているエーコの作品は『薔薇の名前』だけだったが、ベストセラーには『プラハの墓地』という作品もあるのを知った。

ここで、ふとトゥルンパの108回目の誕生キンがホゼの誕生日の翌日(G1/25)に巡って来ていた事を思い出した。wikiには、1939年2月生まれとしか書いていないが、改めて確認してみると、その年の2月に巡って来るKIN37は、1939年2月19日しかない。

つまり、ウンベルト・エーコは、トゥルンパの誕生キンであるKIN37に生まれ、トゥルンパの誕生日であるG2/19(銀河の月13日)に死んだことになる。そして、ドリームスペル・ツォルキンのカウント法(G暦閏日は止めておく)で、トゥルンパはエーコの10銀河スピン(2600日)後に生まれたことになる。

これに絡んで、もう一つ重要な事がLによって指摘された。例のごとく私はすっかり忘れ去っていたのだが、本文に登場するNさんは、かつてトゥルンパの創設したナローパ大学で学んでいたことがあり、そこで新体道のワークショップを企画していたNさんと、15年程前にメールでやりとりしていた事があったのだ。

念のため、遡って古いメールを確認したら、Nさん本人からのものも見つかったし、かつてナローパで教鞭をとっていた経験もあるホゼに、「何か協力してもらえないか?」とやりとりしたメールも確認出来た。そこには、大変興味深いことが書かれていた。

「ちょうど娘のタラ(『アルクトゥルス・プローブ』は彼女に捧げられている)の結婚式でナローパ時代の古い友人に会い、今のナローパ大学の代表の名前を聞いたので、彼に直接連絡してみるといい」という内容だった。英語の怪しい私の頼みで翻訳を引き受けてくれたLは、「ナローパに通う日本人なんて初めてだったからよく覚えている」と言うが、何故か私はLに言われるまで気付かないでいた。

しかし、Nさんが何故、こんなにも度々、重要なポイントで絡んで来るのか、これで分かった気がする。サンタフェもナローパ(ボルダー)もホゼが実際に滞在した場所だし、プラハはエーコの作品を通じて(また魔術都市という回路で)リンクする場所で、そのエーコは上記の通りトゥルンパと深く繋がっている。そして、このタイミングでエーコが他界し、それを剣武フランスのメンバーがシェアしたことで、これらの事がはっきりしたのだ。

見えない次元からの働きは、具体的な人物や場所を通じて顕現している。心身の自由度を上げ、多様な見方に馴染んで行くことが出来れば、誰もがこういう世界を体験するようになるだろう。


追記2:『プラハの墓地』のリンクを貼る作業をしていてさらに驚かされたのは、この邦訳が出たばかりで、少なくともアマゾンでは2016年2月22日発売になっていること。単に、このタイミングに発売というだけでも驚きなのに、剣武宗家(新体道創始者)青木先生の80歳の誕生日にシンクロしているのだ!

山岡鉄舟のパルサー爆弾

2016年01月27日 23:39

共振の月18日(G1/27)KIN39 青い宇宙の嵐(by D)

2016年に入ってから『山岡鉄舟』(大森曹玄著/春秋社)を読み始めた。剣・禅・書の達人として、また明治維新においても多大なる貢献をした人物として、おおよその事は知っていたが、その人物像を知れば知るほど「僅か130年ほど前に、こんな人が実際に居たのだなー」という驚きと共に、畏敬の念を抱かずにはいられなくなる。

G1/20(KIN32)、私達はKIN77の友人・白川貴子さん(『マヤ暦が終わるのは、2011年10月28日だった!』でご一緒させて頂いた達人翻訳家)と銀座三越で待ち合わせをし、北村公晴さん(KIN10)のアート&ジュエリー展に伺った。三越の真向かいにある「木村屋」の看板が、鉄舟揮毫の書だというのは有名な話だが、KIN32が皇居を向いて結跏趺坐の姿勢で亡くなった鉄舟の命日KINだという事を知っている人は、殆ど居ないだろう。

鉄舟の誕生と死の日付について改めて調べたのは、その10日前の共振の月1日、KIN22。『時空のサーファー』発刊記念20周年&KIN241月間始まりの日だった。この日『山岡鉄舟』のP102にあった表現に刺激を受けた私は、その日が銀河の母・ロイディーン(KIN22)の102回目の銀河の誕生日かつ新月であったことに気付き、次の満月がホゼの生誕77周年に当たるだけでなく、ちょうど鉄舟の誕生KINともシンクロする事を発見して興奮した。

鉄舟の誕生と死の日付は、以下の通りで、52才を目前にしてその激動の生涯を終えている。
1836年7月23日KIN36(10・戦士)
1888年7月19日KIN32(6・人)
加えて、書道では弘法大師流入木道52世を継いでいる。G暦昨年末、天真書法塾発表会に出した作品テーマが空海の言葉だった私にとってはこれも驚きだったが、『13の月の暦』で1年は52週間で、還暦は52才。KIN22に69才でこの世をを去ったデヴィッド・ボウイ(KIN55)と同じ「銀河マヤ人」の匂いがプンプンして来る。

さて、KIN32に銀座から戻った私は、翌KIN33に横浜ナディアで行われる暦のテーマ別クラス「中心数7と秘数33」のために、何となく『アルクトゥルス・プローブ』を手にした。そしてP18を開くと、青い手のウェイブスペル3(キン27〜39)が1992年7月14日〜26日の日付と共に13日分記されていた。当然、そこにはKIN33も含まれている訳だが、私の目はキン32(7/19)、キン36(7/23)の記述に惹き付けられていた。

あれ?この関係、最近、どこかで見たばかりのような・・・と『13の月の暦・手帳』をめくると、1ページ前(P121)に上記の鉄舟に関するメモがあった。何と、今過ごしているウェイブスペル(WS)の中に、鉄舟の誕生と死のキンだけでなく、誕生日と命日も含まれているではないか!という事は、1992年は鉄舟の誕生から156(52×3)年後、死から104(52×2)年後だったという事になる。

ホゼとロイディーンが出した『13の月の動き(13 MOONS IN MOTION)』の「アルクトゥルスの天文暦」には、104年という単位に「アルクトゥリアン・コーラスあるいは銀河オクターブ」という名前がつけられていて、それが65金星会合周期に対応する等の説明が短くされている。ところで、何故『アルクトゥルス・プローブ』では1992年7月のタイミングが取り上げられていたのだろうか。ちょっと長くなるが、要点を以下に抜粋してみよう。


”銀河の指令計画の最初の段階は、放射状母体と4次元の時間という優れたリアリティを持つ『ドリームスペル』の力を導入することで、人類の知的な過ちを修正することである。(中略)放射状母体を通して4次元的に機能する力は、最も有毒な人類の実験の否定的な効力を反転させる形で喚起できるのだ。では、どのようにしてだろうか?「人の反作用パルサー爆弾」の創造と実行を通してである。”

”「人の反作用パルサー爆弾」を創造するにあたっては、13の音程のウェイブスペル全体が確実に活性化されなければならない。活性化されるべき重大なウェイブスペルは、〈青い手〉のウェイブスペル3(キン27〜キン39)で、それは「達成」の力を持っている。(中略)手、7番目の紋章は、「銀河の」地球の力をしるすものである。(中略)このウェイブスペルの13番目で最後の位置は、〈キン39、青い宇宙の嵐〉すなわちタイムシフトであり、グレゴリオ暦の1992年7月26日の日曜日に対応する。”

”「人のパルサー爆弾」の活性化を通して、核時代の魔神全体が科学物質主義という瓶の中に戻されうる。(中略)意識的に方向づけられた4次元の力は、3次元の幻想のリアリティを転移させ、3次元的な幻想の効力は無効になる。(中略)転移されるべき3次元的な幻想は、放射能や放射性の火傷などである。(中略)「人のパルサー爆弾」の誤用はできない。すべての4次元的な機能が備えている安全装置は、「キンの法則」である。4次元では、他者に対して支配権を握るようなことはないのだ。”

(以上、『アルクトゥルス・プローブ』序文より)


7と33について話すために開いた本の中に、青い手(紋章コード番号7)のKIN27から始まりKIN33が含まれているウェイブスペルについて記されており、しかも、山岡鉄舟に注目しているタイミングで、その生死に関わる全ての日付(365日暦&260日暦)がそこに含まれていた事に、私は衝撃を受けずにはいられなかった。鉄舟と言えば「江戸無血開城」の立役者である。まさに、その存在自体が(危機的状況を反転させる)「人のパルサー爆弾」そのものである事が、このシンクロを通じて示されていると言えよう。

KIN33の横浜ナディア、KIN36の大阪チャクラの各クラスに参加された方々、そしてこのブログを目にされた方々の全ては、それが自覚的なものであれ、無自覚的なものであれ「人のパルサー爆弾」の活性化に貢献している。どのクラスも書ききれない程のシンクロに満ちていたが、そこに触れると収拾がつかなくなるので、ここでは鉄舟とホゼにまつわる情報に絞って、あと少しだけ整理しておこう。
チャクラ ★アグエイアス夫妻から高橋夫妻と継承されて来た「レーリヒ平和の旗」

大阪チャクラで「惑星意識と繋がる共振テクノロジー」を開催したG1/24は、ホゼ(KIN11)の生誕77周年&その母エセル(KIN241)の生誕107周年の記念日で、『天上の虹』でシンクロしまくった里中満智子さん(KIN176)の68才の誕生日でもあった。それが、山岡鉄舟の252回目の銀河の誕生日(KIN36)とシンクロするというのだから、これは驚きでしかない。何故なら「252=11+241」で、この関係性に気付くのが昨年以前でも、来年以降でも面白くは無いからだ。

しかも、このブログを書いている今日は、マヤ遺跡にも残っている古代のツォルキンで「5エブ」、『ドリームスペル13の月の暦)』のツォルキンの数え方に対応させるとKIN252になるのだ!(今朝、気付いた)。念のため書いておくと、1〜260の通し番号を付けてKIN○○という言い方をするようになったのは、『ドリームスペル』(1990年)が登場してからで、古代マヤの碑文や絵文書には、そういう表現は無いし、ホゼも『マヤン・ファクター』(1987年)の時点では、そのような書き方はしていない。

さらに驚くべきは、大阪の参加者の中に、現在の「運命の道筋」が、KIN11とKIN241の方がいらしたという事実だ。また、現在読み進めている『二つの世界を生きて』という本のP252に、609という数字が出て来た事と、ボウイが69才の誕生日(KIN20)に『ブラックスター』というアルバムを発表した事、そして「碑銘の神殿」の中央階段が69段で、易においては6が「陰」、9が「陽」を示すことはメモしておきたい。

また、ボウイが他界したKIN22(新月)の時点で私が気付いていたのは、KIN36(満月)の会場となるチャクラさんの住所が「菅原町6-12」で「6・12」=「6・人」=KIN32 だという事。つまり、1年のど真ん中に大阪で行われたスペシャルイベントは、時間(日付)的には鉄舟の誕生KINと、空間(住所)的には鉄舟の死亡KINとシンクロする事が分かったのだ。この関係はチャクラさんが引っ越しをせず、行政による住所の割当方も変わらず、『13の月の暦』を数え続ける人がいるという条件が保持された上で、52年に一度しか巡って来ない。

つまり、「江戸無血開城」を成した「人パルサー爆弾」の鉄舟と、時空を通じて同期できる事が『ドリームスペル』を通じて見出せるのは、今生では多分今回のこの1回しか無かったという事だ。大雪予報と交通麻痺の危機を切り抜けて参加された皆さんの決意は、もしかしたら鉄舟と共振していたのかもしれない。何しろ、暴風雪が予報されていた九州からの参加者3名を含む参加予定者全員が、一人も欠けること無く揃ったのだから奇跡的と言って良いだろう。
富士山川 ★全国的に雪の予報が出ていた1/24朝の富士山。のぞみからiPhoneで撮影。

尚、G1/24(共振の月15日)は、27(3×3×3)週目の初日で、KIN27(3×3×3)から始まった3番目のWSの「現れを仕上げる」10日目と同期していただけでなく、サイ時間単位はKIN131で、現在の私の「運命の道筋」とも同期していた。ダライ・ラマ法王14世(KIN14)による27回目のカーラ・チャクラ灌頂をきっかけにスタートした「時間芸術学校クリカ」は、KIN131の宮沢賢治による農民芸術概論に刺激を受けて命名したものであることは、過去に何度か書いた通りである。

また、現在の「共振の月」が、『時間の法則の20の銘板』の見方でKIN241に対応している事、ホゼのチベット仏教の師であったC・T・ムクポことチョッギャム・トゥルンパ(KIN37)が、2日前にちょうど生誕108(27×4)銀河スピンを完了したタイミングで(という事は同い年だったホゼも現在108スピン完了状態)、その108日後のKIN145に、チャクラと同じ大川(旧淀川)沿いの国際会議場で文殊菩薩の許可灌頂を、ダライ・ラマ法王が執り行われるということまでは、どうしてもメモしておきたい。

そして、今日KIN39(※)は、1992年7月26日(タイムシフト)=「人のパルサー爆弾」活性化期間の最終日から、ぴったり33銀河スピン(260×33)目にあたる。何とか、今日中にここまでまとめられてホッとしているが、最後に、もうひとつだけ鉄舟に関する不思議な縁を書いておこう。

私が、『13の月の暦』に出会ったのは1996年、その2年後に宇宙の暦は13ヵ月を出版する機会に恵まれた訳だが、暦を実際に使い始めてたかだが2年足らずで、本を書いた経験も全く無い素人がいきなり入門書を書くことが出来たのは、この暦の土台になっているフラクタルという概念について、多少なりとも聞きかじっていた事が大きいと思う。

たまたま大学でフラクタルを扱っていた研究室があって、幸い希望通りそこに入ることが出来たのだが、指導教官のH先生の私生活について知る機会は殆ど無いまま卒業を迎えた。その後も、年賀状のやりとりだけはさせて頂いてたのだが、ある時からご住所に「一九会」という文字が入るようになった。何だろう?と思ってネットで調べてみたら山岡鉄舟晩年の弟子、小倉鉄樹氏が関与する形で始まった禊・禅道場の名であった。

それを知った当初も大層驚いたものだったが、今回、改めて鉄舟を調べる中で、「一九会」が鉄舟の命日である7/19にちなんで付けられたものだったと(確か合気道の多田宏先生のサイトで)知って、再度驚かされた。そして、あの西郷南洲に「生命も名も金もいらぬ人は、始末に困る」とその無我無私ぶりを讃えられた人物と、「共振の月」の中心で激しく共振した意味を、今、改めてかみしめている。私達も無私の精神を忘れなければ、「人のパルサー爆弾」をもっと活性化できるのではないだろうか。


(※)このブログをUPした直後に気付いたのは、今日がモーツァルト(KIN39)の生誕260周年記念かつ365銀河スピン記念であったということ。また、大阪のクラスには「赤い竜」だけで3-7-11の感覚パルサーが、「青い夜」だけで4-8の心のパルサーが揃うという奇跡的な組み合わせで、パルサー爆弾が構築されていたことを思い出した。



白い魔法使いの年の白い魔法

2015年07月30日 02:20

磁気の月4日(G7/29)KIN117 赤い宇宙の地球(by D)

白い惑星の魔法使いの年」が始まって早4日。新年に入ってから、まだブログをUPしていなかったので、まずはご挨拶を。銀河新年、あけましておめでとうございます!

『13の月の暦』では、磁気の月1日(=G7/26)に同期する260日暦の日付が、一年の名前になる。マヤ暦における「年の担い手」と同じやり方だが、この暦はマヤ暦とは発想も使い方も異なる。だから、ただ誰かが発信している日々のメッセージをチェックしたり、他者に占ってもらったりしているようでは、ホントの所は何も分からない。

という訳で、G暦日曜とも同期した今年の元旦は、「白い魔法使いの学校-114白熱教室」でスタートを切ってみた。参加者同士に生じる様々なシンクロは毎度の事だが、流石に元旦に焦点を合わせて参加された方達だけあって、その密度はかなり濃かった。

まず、開始早々7/5(KIN93=2・空歩く者)に横浜ナディアで行われた暦クラスに参加された方お二人が、驚きの再会。時間ギリギリに到着したOさん(KIN193=11・空歩く者)が座れる席は、Hさん(KIN173=4・空歩く者)の隣しか無かったのだが、何とお二人の誕生KINは、ツォルキンの中でもお隣同士!しかも、約束していた訳でもなく3週間ぶりに顔を合わせたというのだから、当人同士の驚きは想像に難く無い。

後に、Oさんとのやりとりで分かった事は、現在32才のHさんの誕生KIN(KIN173)が、Oさんの32才の時の「運命の道筋」だったという事。今というタイミングで、互いにこれだけ引かれ合うのも納得できる。実際、お二人には色々と共通点があるらしい。

他のテーブルでも同じような事が起きていて、あるテーブルでは天真書法塾の別な支部教室の人同士が、そうと気付かず一緒になっていたり、他のテーブルでは全員が同じ地球家族だったりと、互いに何も知らずに好きな席に座るのに、最初から綺麗に分けられていたかのように配置される。いつもの事とは言え、毎回「不思議だな〜」と思う。

午前のクラスの終盤で、私が橿原神宮とキトラ古墳に関する最近のシンクロ体験(「飛鳥(アスカ)から日向(ヒムカ)へ」&「金星・空海・キトラ古墳」の内容の一部)をシェアしたところ、一番前にいらしたNさんが、「実は私、実家が橿原神宮の近くで、ブログを読んであまりに色々シンクロしていたので今日の参加を決めました」と、自ら話して下さった。

この方の誕生キンが、暦の提唱者の1人・ロイディーンと同じKIN22だったので、私の中では「ああ、新年のお祝いにロイディーンが流れを促してくれたのだな」と勝手に受けとめていた。私がブログに書いたからこそNさんは参加された訳だし、その場のインスピレーションで、橿原神宮に関する事を私が口にしたからこそ、Nさんは、クラスの中で自ら参加動機を公表してくれたのだろう。

この橿原神宮に関するシンクロというのは、7/17(KIN105)に神宮から案内冊子が届き、その趣旨が、来年4/3(KIN105)に神武天皇2600年大祭を行うというものだったのだが、午後から参加されて、Nさんのすぐ傍の席に座られたKさんは、まさにそのKIN105が誕生KIN。また、モロに「白い惑星の魔法使い」(KIN114)が誕生KINという方も午後から参加され、教室は益々白熱。

しかし、個人的に最も驚いたのは、チベット繋がりでご縁の出来たIさん(KIN75)が、そのお友達のSさん(KIN245)と参加して下さった事。しかも、お二人揃って出羽三山から戻ったその足でというのだから驚かずにはいられない。というのも、KIN245は、剣武天真流宗家・青木先生の誕生KINであり、剣武が生まれたきっかけは、近藤等則氏の「地球を吹く」が出羽の羽黒山で行われた時に、先生がゲストとして剣で演武をされた事にあるからだ。

それに、私は前日「時間をはずした日」に行われた剣武の審査会でも、その数日前の宮崎(日向)での奉納演武でも、青木先生とご一緒していたし、お二人が泊まった宿坊は、ぴったり1年前の「時間をはずした日」に「魂振りNight」でご一緒した、星野尚文先達の所だったというのだから、このシンクロには痺れた。

だが、元旦のクラスを終えた日の夜、私はもっと驚くシンクロを体験するのだった。ふと思い出して「時の楽譜」展でトークもして頂いた宮本神酒男さんのサイトを見ていた時だ。スピティのキー・ゴンパに関する記事を読んでいた所、同時にウィンドウを開いていたFBで、Iさんから友達申請とコメントが入ったので、すぐに承認してIさんのページを見に行くと、何とキー・ゴンパらしき寺院がカバー写真に使われているではないか!!

念のため確認してみると、やはりキー・ゴンパであった。宮本さんの記事は、先のトークイベントでお話下さった内容をより詳細に記述して下さっているもので「チベットの理想郷を探して」というタイトルで、どんどん更新されている。その最初の「円錐形の丘に立ち並ぶチベット寺院」という記事の冒頭は、ニコライ・レーリヒ(KIN204)の絵から始まっている。
レーリヒ 
実は、この絵は、トークイベント(G6/27=KIN85)の時にも宮本さんがノートPCで見せて下さったものなのだが、その時にも強烈なシンクロがあった。私は、イベントの当日の朝、宮本さんに何かお土産をと思って、NYのレーリヒ美術館で手に入れた絵ハガキが良いのではないか?と考えていた。するとLも同じ事を言うので、何枚かある中から、私が直感で一枚を選んだのだった。

もちろん、その日のテーマが、レーリヒとかシャンバラとかだったので、レーリヒの絵が登場してもおかしくは無かったのだが、宮本さんがチョイスした絵と、私が選んだ絵ハガキとが完全に一致したのには、会場にいた誰もが驚いた。多分、その中でも最も驚いていたのは、宮本さんと私達だったのではないだろうか。

そんな事を思い出しながら読み進めて行くと、そこに登場するゴンパ(寺院)の殆どが、ラダックのゴンパである事に気付いた。その時は、あまり気にしていなかったのだが、翌日Lから、「ダライ・ラマ法王は、今ラダックにいらっしゃるみたいよ」と聞いて、公式サイトで確認してみると、何と7/27(KIN1115)からラダック入りされて、スピトゥク・ゴンパ等に立ち寄られている様子が報じられている。

これまでにも何度も書いて来ているが、ダライ・ラマ法王14世の銀河の署名は「白い磁気の魔法使い」(KIN14)である。全くもって魔法使いの年の始まりに相応しいシンクロではないか!

振り返れば、元旦の夜、キー・ゴンパの記事の前に、私は宮本さんのサイトで「トゥルンパ死者の書」という記事に目を通していた。「自分たち自身の像をどのように見るかという見方からすべてのものは存在しているのです」というトゥルンパの言葉は、日中「魔法使いの学校」の中で中心的に語っていた事そのものである。

そして、このトゥルンパとは、『13の月の暦』提唱者のホゼが『マヤン・ファクター』を捧げた相手、C・T・ムクポことチョギャム・トゥルンパ・リンポチェ(KIN37)のことであり、ホゼ(KIN11)とロイディーン(KIN22)のチベット仏教の師である。

『13の月の暦(ドリームスペル)』は、決してマヤ暦からの情報だけで生まれたのでは無い。その本質を理解しようするなら、アグエイアス夫妻の思想的背景を強力に支えているチベット仏教にも目を向けてみる必要があるだろう。加えて、彼らはニコライ・レーリヒの「文化による平和」の運動の後継者とも考えられていることを忘れてはならない。

実際、「13の月の暦・手帳」の冒頭「銀河の7方向への祈り」の上部に出ている五十鈴マークような赤い三つの丸を赤い円で囲んだ図は、「レーリヒ平和の旗」と呼ばれるもので、ニコライ・レーリヒに由来するものである。

という訳で、今年の元旦は、『13の月の暦』にまつわる人々がオールキャストで登場したような賑わいようだった。1年の始まりをこれだけ盛り上がって過ごせたのは、この一年が最高に面白くなるという徴である。そういう場を共に創り上げて下さった「魔法使いの学校」参加者の皆様に感謝したい。

おそらく、参加された皆さんも、この一年、ぐんぐんとシンクロ体験を加速させて行かれる事だろう。最初に思いきり加速してしまえば、あとは慣性の法則のようにシンクロ状態に入れるからだ。

ハーモニック・コンバージェンス28周年の8/16(KIN135)には上野毛で「銀河シンクロ教室」が、8/28(KIN147)には横浜ナディアで暦レクチャーが、そして8/29(KIN148)、30(KIN149)には、大阪チャクラで「白い魔法使いへの道」が開催される。この1年をシンクロと楽しみで満たしたいと思う方は、是非、これらの機会を活用して頂ければと思う。

剣武天真流発会式

2010年05月19日 05:34

スペクトルの月18日 (G5/19) KIN41 赤い月の竜 (by D)

4日前のKIN37(G5/15)、飯田橋のホテルエドモントで「一般財団法人天真会設立記念祝賀会及び、剣武天真流発会式」が行われた。NPOクリカの活動(チベットへの教育支援)スタート時から多大なるご支援を頂き、日ごろ天真書法塾や瞑想カレッジでもお世話になっている私達にとって、もともとこの祝賀会は外すことの出来ないイベントであったのだが、それに加えて、私自身は、剣武天真流の演武というお役目も頂いていたので、かなりの緊張感を持ってその場に参加していた。

代表理事の青木先生は、新体道創始者として知られているだけでなく、実に幅広いジャンルの方から慕われ敬われていて、この日も、様々な分野の来賓の方が祝辞を述べられていた。その後、新体道の師範・師範代による演武、瞑想カレッジの生徒代表による驚きの体験談、書法塾師範科の方々の(国際書法展でのグランプリや準グランプリを取られた)作品のお披露目など、天真会の活動に関わるパフォーマンスが、次々に行われた。

中でも、青木先生のお孫さん(小1)が、フィリピンの奨学生(天真奨学金による)の英語スピーチを、大人顔負けの堂々とした、かつ正確な日本語で通訳したのには、度肝を抜かれた。春の大会の時も、鉱物についての該博な知識に驚かされたが、一体、将来どんな大人になるのか非常に楽しみである。剣の演武の直前に、書法塾を代表してスピーチをされたHさんのお話が、ことの他面白かったおかげで、多少は緊張がほぐれたが、それでもやはり剣武のパフォーマンスの口火を切る役目と思うと完全にはリラックス出来なかった。

ただ、一緒に5つの型を演じて下さったSさんKさんとの呼吸は、何とか合わせる事ができたようで、大きなミスをすることもなく終えられたのは、何より救いだった。その後、先輩方による、より複雑な型の演武と木刀による組太刀(非常に迫力があった)が行われ、締めに、青木宗家の真剣による演武(演舞)が行われた。4分近く舞台を激しく動き回った後で、そのまま続けて空手の自由演武もされるという大サービスぶり。

先生の年齢(74才)をすっかり忘れてしまう柔らかで鋭い動きと、何か深いところから伝わってくるエネルギーに思わず感動して目頭が熱くなってしまったが、ノリに乗った先生は、そのまま大井先生(新体道・首席師範)を相手に組手も始められ、ついには、遠当て(触れずに相手の出鼻を挫く技)を久々に見せて下さったりもした。色々と事情があっての事とは思うが、関係者でこの会に参加しなかった方は、貴重な宝を受取り損ねたと思う。そう言い切れるだけのものを、会場に居た人は皆、感じたのではないだろうか。

5月の大安ということもあってか、ホテルでは何組もの結婚式が行われていたが、「13の月の暦」で見ても、この日は「スペクトルの月」の「赤いスペクトルの地球の日」というかなり特別な1日だった。「解放・溶かす・解き放つ」を意味する「スペクトル(11)」が月日で重なる魔術の亀の日だった上、「赤い地球」は「舵取り・発展させる・共時性」という意味を持ち、さらに、「喜びの輝き」という名の週が完了するタイミングで、先生ご自身も署名が「赤いスペクトルの蛇」。おまけに、ホテルの電話番号の下四桁まで1111。祝賀会&発会式にこれ以上ふさわしい日は無い、というところにピッタリ合わせてくるところが、流石に究極のシンクロ名人である。

日中の時空のサーファークラスでは、『時間の法則の20の銘板』や『7:7::7:7』についての話をしていたのだが、『7:7::7:7』のマニュアルP13に、こんな記述を見つけて私はビックリしていた。【7:7::7:7の完全な力は、それからほとんど4ヶ月が経過するボロン・イク(ロイディーンのこと)の太陽暦での誕生日、スペクトルの月14日(11.14=7×22、立方体の旅の力)まで完全なものにはならなかった。このボロン・イクの55回目の太陽暦の誕生日はKIN77で、この2つの数字の差である22が、ボロン・イク(9・風)のキン番号である。】
 
私は、『7:7::7:7』の勉強会を、スペクトルの月14日(G5/15)、つまりロイディーンの67回目の誕生日に(無意識に)合わせて行っていて、その事に、『7:7::7:7』のマニュアルを通じて気付いたのだった。しかも、この日の参加者には、KIN22の方が実際にいらしていて、さらに青木先生は、ロイディーンの7才年上で、昭和11年2月22日の生まれなのだ。そして、ロイディーンのピッタリ7年前がカール・コールマン博士の誕生日なのだ!そう、この日(G5/15)は、コールマン博士の60歳の誕生日でもあったのだ!!
 
ここまで書いて、今、もう一つ面白いことに気付いてしまった。コールマン博士の本を翻訳された白川さんは、書も剣も共に学ぶ仲間でもあるので、当然、祝賀会の会場にいらしていたのだが、何と白川さんの署名は、KIN77なのである。『7:7::7:7』が完全な形になった時、ロイディーンはKIN77(白川さんの道筋)だった訳だが、当然のことながら、太陽暦での誕生日が同じコールマン博士も、その時、KIN77の道筋だった事になる。この日の日中に『7:7::7:7』のクラスをやったからこそ気付けたことと思うと、やはりこれも偶然とは思えなくなる。
 
さらに「赤いスペクトルの地球(11・地球=KIN37)」は、ホゼとロイディーンのチベット仏教の師である、チョッギャム・トゥルンパ・リンポチェ(=C・T・ムクポ)の銀河の署名でもある。従って、これから1年間、ロイディーンとコールマン博士は、トゥルンパ・リンポチェの道筋を歩む訳である。『マヤン・ファクター』はこのC・T・ムクポに捧げられた本だという事を振り返ると、マヤ暦に対して異なる見解を示しているロイディーンとコールマン博士も、結局はマヤン・ファクターそしてチベット仏教というキーワードで一つに繋がっているのかもしれない。
 
思えば2009年の7月3日(KIN241=自分の誕生KIN)に、私はロイディーンに久しぶりに会い、その16日後(立方体の数)に剣武天真流の初合宿に参加し(これが私の稽古初め)、皆既日食をはさんださらにその4日後の風の日に、コールマン博士の本の監修について、白川さんから打診を受けていたのだった。それから5ヵ月後にはコールマン博士本人にも会うことになったのだから、結局、これらのことは最初から密接に関係しあっていたのだろう。こうして、スペクトルの魔術の亀の日に解き放たれた出来事を追うことで、私は逆に、全てが一つに収束する現象(コンバージェンス)を発見した気分になった。解放と統一はもともと一つのものなのかもしれない。

銀河の家族

2009年01月26日 21:46

共振の月17日 (G1/26)  KIN83 青い倍音の夜(by D)
 
先にご紹介したホゼの伝記、かなり分厚い2段組でボリュームも多いのだが、「13の月の暦」を生み出した広大な背景情報を伝えているだけでなく、バックミンスター・フラーチョッギャム・トゥルンパラム・ダスラルフ・メツナー等、カウンターカルチャーの中心にいた人物達が、活き活きとした姿で登場するので、適当にページをめくっているだけで、時間を忘れて本の中に入り込んでしまう。

そんな中、昨日、後回しになっていた冒頭部分を改めて読み始めてみたら、非常に興味深い事が書いてあった。ホゼは、アイヴァンという一卵性双生児の弟と共に1939年1月24日(KIN11)に誕生しているのだが、母親のエセル・アグエイアスは1909年1月24日生まれ(KIN241)、つまり自分の30歳の誕生日に、双子の子を産んだのだった!しかもそれは、双子の両親の11回目の結婚記念日でもあったというのだ(エセルの二十歳の誕生日に両親は結婚したという事)。

という事は、一昨日の1/24は、エセルの生誕100周年、そして、ホゼのご両親の81回目の結婚記念日でもあったという訳だ。81回目の記念日がKIN81になるところなど、さすが、タイムトラベラー・ホゼの親御さんだけあるなーと関心してしまったが、実は、息子の方とのシンクロもあった。ホゼの息子、ジョッシュア・アグエイアスは、1969年7月13日生まれ(KIN211)で、私とわずか30日違いの同い年なのだが、ハーモニック・コンバージェンスがあった1987年の10月29日(KIN129)に、交通事故で他界している。
 
1/24(KIN81)に氣美人講座を一緒に行なったアディック代表の青山さんはKIN129で、その夜、シンクロカフェ(掲示板)に初めての書き込みをして下さった方は、KIN211だった。そして、同日手に入れた『2012年への進化(ホゼ・アグエイアス伝記)』に、上記の一連の事が書かれていたのだ。私はその本の中で、初めてジョッシュの写真を目にした。翌1/25(KIN82)に行なった「時空のサーファークラス」には、KIN221(13・竜)の方が参加されていて、自己紹介の時に何故か勘違いされてKIN211と名乗られたのだが、これも偶然ではなかったのだろう。何しろ『時空のサーファー』という(私を暦の世界へと導いた)本は、ジョッシュに捧げられたものなのだから。
 
雪がちらつくの中、遠路九州からご参加下さった方の署名はKIN88で、私の父と同じ。クラスでお伝えした「サイ時間単位」を使って、この日の日付KIN82から5.12(倍音の月12日)と辿ると、そこに入っていたのは、私が「銀河の母」と呼んでいるロイディーンの署名、KIN22(9・風=ボロン・イク)だった。「銀河の父」の誕生日に、その人の伝記を手に入れ、その本の発行日が私の母の誕生KINであったのに対し、翌日の暦のクラスでは、こうして「銀河の母」と私の父のKINが登場するのだから面白い。さらに、4次元的には、私はホゼのお母さん(KIN241)でもあるのだから、なんともややこしい。ちなみに、この日は、オバマ大統領と同じKIN173の方も参加されていた。
 
実は、この本に絡むシンクロはまだ続くのだが、話の質がちょっと異なるので、それは次の記事にまとめてUPしたいと思う。という訳で、ひとまずここまでにしよう。

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