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52年後の逆行

2008年11月13日 00:24

自己存在の月26 日 (G11/12) KIN8  黄色い銀河の星 (by D)

予告だけしてやたらと引っ張っていたエジプトダライ・ラマ法王の繋がりを、いよいよ書かねばならない。何故なら、私達が春にエジプトの旅に出発してから、今日でちょうど1スピン(260日)が経過したからだ。おまけに書いておくと、昨秋ブータン&ネパールの旅に出発してから、420(260+160)日目でもある。こういう周期性にすぐ気が付けるのも、ツォルキンで日付を意識しているお陰だ。どちらの旅も「星」の日に出発した事は覚えているので、記録を確認するのも簡単なのだ。

しかし、このお話を一から書いていると本当に本1冊分位になってしまうので、関係する過去のブログと、帰国後、数ヶ所でのみ行った特別クラスでのメモから抜粋して要点をまとめたいと思う。ブログは、順番に「ツタンカーメン」→「ネパールからエジプトへ」→「ラッキーラインの旅」と目を通して頂ければ、大体の流れは掴んで頂けると思う。その中で、特にポイントとなるのが、G暦の11/4と3/3。まず、11月4日についての情報を、個人的なものも含め整理してみよう。

1922年 ハワード・カーターがツタンカーメンの墓を発見する
2001年 父(KIN88)が他界
2003年 ダライ・ラマ法王14世(KIN14)が伊勢神宮に初参拝
      この時、太陽活動は観測史上最高レベルに活性化
2007年 ツタンカーメンのミイラの顔、発見85周年を記念して
      初の一般初公開へ
2008年 KIN260(宇宙の太陽)の日、ダライ・ラマ法王は九州で
      講演会。米国大統領選挙でオバマ候補が当選

2007年の秋、ネパールから帰国してほぼひと月後(11/4)にツタンカーメンの顔が公開され、その約2週間後、オンム・セティことドロシー・イーディー(KIN241)の生涯を描いた『転生』が出版された。これと同期する形でエジプトの旅の手配を始め、翌2008年の2/25(KIN8)~3/7(KIN18)に現地へ。KIN8に成田空港14番ゲートから出発したこの旅は、驚くような幸運とシンクロに満ちていたが、特に3/3(KIN14)は、重要なシンクロポイントだったように感じられた。

ロンドン(大英博物館)とカイロ(カイロ博物館)を経由し、アスワンから船でナイル河を下った私達は、3/3(=KIN14=ダライ・ラマ法王の102回目の銀河の誕生日)の午前中、王家の谷へと向かい、ガイドの誘導に従って14番→15番→16番→62番(ツタン・カーメンの墓)という順番で墓室を巡った。ちなみに、2013年に行われる伊勢の式年遷宮は62回目の遷宮である。午後は、カルナック神殿などを巡り、その夜、寝台列車No85(85周年とシンクロ)で、ルクソールからギザへと向かった(アビドス経由)。

ちなみに、初のエジプトだった私はもちろんの事、この旅が5回目のエジプトだったLも、列車での移動は初めてだった。フライトスケジュールその他の関係で、列車移動の日がこの日に確定した後で、『転生』P92 にある次の記述を見つけ た私達は、この旅が何か特別な力に導かれているのを感じざるを得なかった。「1956年の3月3日の晩、51歳のドロシー・イーディはドアを開けたままにしてアパートを出た。それから車でカイロ中央駅に向かい、520キロ南のアビドスまでの片道切符を購入すると、列車に乗り込んだ」。つまり、私達はオンム・セティが52年前に移動したのと同じ日に、同じ移動手段で、同じ線路を逆行したのである。52年というサイクルは、「13の月の暦」での還暦に当るので、52年前のその日もまた、KIN14だった事になる。

そして、先のKIN241(G10/16)、オンム・セティの104(52×2)回目の誕生日に、私達は、その『転生』とオンム・セティについて書いたメルマガを発行した。さらに、その9日後の14週目のはじめKIN250に、『転生者オンム・セティと古代エジプトの謎』を見つけ、その14週目の終わりに、ダライ・ラマ法王が来日されたのである。1スピン前のKIN250は銀河の月1日(新月)で、芳香芸術家の芳美さんが、エジプトの旅用に特別に創ってくれた香「ハピ(ナイル河の神)」が完成した日であり、銀河の月1日をPCU変換したKIN88は、私の父の誕生KINであると同時に、オンム・セティがあの世に旅立ったKINでもある。そう言えば、逆行した3/3は、その芳美さんが日本でお引越しをされた日でもあった。

ところで、新しく出た『転生者~』の中では、オンム・セティがアビドスへ列車で移動した日付は、3月23日となっており、20日分日付がズレている。この時の年齢を52歳としている点で、計算が違っているので(本書の中の情報だけでも矛盾がある)、この23日という記述もどの程度正確なのかはわからないが、ジョナサン・コットの『転生』の方の日付だって、正確なのかどうかは、もちろんわからない。シンクロ研究家として重要なのは、エジプトの旅とシンクロする形で出会った『転生』の中で、その日付が3/3となっていた事なのであって、それがどの程度正確なのかは、大した問題ではないのだ。

今、NHKの「旅するネパール語(1年ぶりの再放送)」で、カトマンズのボーダナート(チベット人コミュニティが形成されている街)が映し出されていたが、私達が、昨年初めてネパールを訪れたのも、実は、この番組が放映された直後(というか真っ最中)だった。ネパール、エジプト、そしてチベット(ダライ・ラマ法王)が複雑に絡み合ったこの旅は、時空にマンダラ的なデザインを織り成しながら、まだまだ多くの物語を紡ぎ続けそうである。
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鏡開き

2008年06月18日 00:19

水晶の月19日(G6/17)  KIN120  黄色い電気の太陽 (by D) 

KIN118(G6/15)、考古学者アルベルト・ルスが、ピラミッド上部に開いた秘密の穴を、インディー・ジョーンズのごとく掘り進め、パカル王の墓室を発見したのが、ちょうど56年前の6/15。この日、私達の友人同士の結婚パーティが、渋谷で行われた。一人は新体道の稽古仲間のOさん、もう一人は、横浜ナディアで多分一番昔から暦のクラスに参加して下さっていたKIN14のMさん。その関係で、会場には知った顔の方が随分いらしていた。

お似合いの二人が発する幸せ一杯の波動に加え、新体道創始者の青木先生による剣武(新しい居合いの型&古流の型)や、大井首席師範による新しい空手の型の演武まで拝見できてしまって、何だか物凄く得した気分だった。

その後、在日チベット人が主催するサカダワの法要に参加するため護国寺に移動。特に、3/10のラサ騒乱、四川大地震、ミャンマーのサイクロンで無くなった方々に向けて、祈りが捧げられた。普段は扉が閉じられている本堂の如意輪観音像もご開帳され、ダライ・ラマ法王(KIN14)から護国寺に贈られた仏陀像も特別に正面に設置されての法要となった。「1・鏡」から始まる新しいウェイブスペルに相応しい、素敵な一日だった。

翌KIN119は、『アボン小さい家 (地球で生きるために)』という映画の自主上映会に、夕方から横浜の石川町へ。自然と共に生きる人々が、貨幣経済システムの歯車に強制的に組み込まれていく悲しさや、逆にそういうパターンに疑問を持ち始めた消費社会側の若者の夢を、象徴的かつコミカルに描いた、とても心温まる映画だったが、舞台となるフィリピン山岳地帯では、今も日系人が複雑な立場に置かれている事など、初めて知る事も多かった。前後に今泉監督のお話があったお陰で、背景事情についても色々と学ばせて頂けたが、細かい差異はあっても、起きている現象の根本は、世界中の何処でも全く同じだ、という事を改めて実感した。と同時に、何か解決に向かうヒントを頂けたようにも感じられた。そんな訳で、持続可能な社会について考える上でも、お薦めの映画と言える。

終了後、タクシーでワンメーター程移動して、書法塾仲間の増田さん宅へ。実は、数日前に、「タイカレーの出張ケータリングをしたい・・・」という謎の、そして何だか嬉しいメールがご夫妻から届いたので、「月曜(KIN119)に映画を観に横浜に行くんです」とお伝えしたら、こういう展開になった。前夜、半年程前に元町の横浜増田窯を訪れた時にお世話になったポニー・タクシーの関係者の方から、全然別件の嬉しいメールが突然入ったりもしていたので、何かがあるとは思っていたが、色々話し込んでいるうちに次々に面白い事が発覚。おらんちゃん特製の美味しいタイカレーで脳がスパークしたせいもあるだろう。

例えば、増田さんの誕生KINは昨日のKIN118(1・鏡)で、おらんちゃんはKIN18(5・鏡)という「鏡」夫婦なのだが、ちょうど前日の結婚パーティで、暦ユーザーのMさんが、「鏡」に関するお話をしてカッコよく締めていた事を思い出したり、流れで話し始めたエジプト旅行は、KIN18(G3/7)に完了したのだったと気付いたり、ひとつ前のKIN118(G9/28)には、カトマンズでに面白い出来事に遭遇していた事にも気付いたりした(もちろん手帳を見て)。

その日(G9/28)、私達は、ある日本人経営のカフェを探して、迷いながら辿りついた。そこで私は「ナマステ体操」というテキストを見つけたのだった。この体操、実はその昔、新体道を高校野球部に取り入れて大変な成果を出された酒井先生という方が、JICAの職員として赴任したネパールで、ラジオ体操のような国民体操として新しく作られ、普及された体操で、ネパールのかなり多くの学校で実践されているらしいのだが、そのラストには、何と新体道の「天真五相」という型も組み込まれているのだ。

詳しい事は、次のメルマガにでも書くつもりだが、実はそのテキストの発見と、Lが天真五相という言葉を口に出したお陰で、偶然にも、その場で酒井先生の奥様とバッタリお会いしてしまったのだった!(酒井先生ご本人は既に次の赴任地へと移動されていた)。しかも、その出会いがきっかけとなって、カトマンズで活躍している新体道仲間の悟郎さんとも改めて集まって、食事をご一緒したりしたのだが、1スピン後のKIN118に、結婚パーティをした先の新郎新婦を結びつけたのは、何とその悟郎さんがまだ日本に居たころ先導した、滝行だったのだ(笑)。

興味深い事に、酒井先生ご本人は、書法塾の月曜クラスに訪れた事があって(ちなみに私達は木曜)、増田さんは直接お会いした事があるというではないか!私達は奥様とお嬢様にカトマンズで会い、増田さんは横浜で先生ご本人だけに会っていたことが、この晩、わかったのだ。しかも、私達のエジプトの旅は、ネパールの旅からの続きがあって生じたものだったし、そのそれぞれの旅に、KIN18とKIN118が絡んでいるのだから、シンクロ率は上がりまくりだった。

書ききれないので、今日は、この辺で勘弁させてもらうが、ラストにあと一つだけ。帰宅後、増田夫妻から届いたメールには、お二人が今それぞれ読んでいる本のP132に、ちょうど栞が挟まっていたという事が書かれていた。実は今、私達はKIN105から始まった変容の時間トンネル(時間の法則の20の銘板由来)の中にいる。青い西の城の中の、その特別な28日間が完了するのがちょうどKIN132。そして、帰り際、増田さん宅の玄関で私達が引いたカードは、私が「transformation」でLが「birth」だった。調波33(その4日目がKIN132)、虚空コドンを抜け出た時、私達は一体何に変身し、どう生まれ変わっているのだろうか。

ネパールからエジプトへ

2007年12月12日 02:53

倍音の月27日(G12/11) KIN192 黄色い惑星の人 (by D)

ツタンカーメンのミイラ公開をきっかけに、エジプトとの回路が急速に開き始めたのを感じていたら、やはり次の波がやって来た。きっかけは、KIN177(11/26)に、暦の資料の関係でEさんという方とお会いした事にある。添乗員をされているというEさんとは、この時が初対面。カフェで30分ばかりお話をしたのだが、ヒマラヤの8000m級の山に登るのが将来の目標だとの事。

ちょうど2ヶ月程前にヒマラヤの山々を直接目にして来た私は、何か繋がるものを感じて、かつてマヤ遺跡を訪れた時に同行(というか全て手配)してくれたのが、この時Eさんに手渡した資料の制作にも関わっていたTさんという添乗員の方だった事などをお話した。この時、私の携帯に珍しく電話が入ったのだが、会話の途中だったのでそのまま留守録にして後で聞く事にした。Eさんと別れた後、着信を確認すると、何と今まさに話題にしていたそのTさんからだった!多分、携帯に連絡をもらったのは1年ぶり位ではないだろうか。それにしても凄いタイミングだ。

翌日、用事の合間に書店に立ち寄り、ふと手にしたのが『転生-古代エジプトから甦った女考古学者』(新潮社)という本。パラパラとめくって、「これは面白い!」と思ったが、その場では入手せず帰宅。すると、ちょうどLがエジプト旅行のフライトチケットを1名分確保し終えた所だった(1名分はキャンセル待ち)。先の本の著者と主人公は別人なのだが、ラストに主人公本人が友人に宛てた手紙が掲載されていて、それがまた興味深い事に、カトマンズの事が書かれていたりするのだ(後に本を入手してそれがP241=私のKINだと気付いた)。


その夜、Eさんから届いたメールには、何と「明日からエジプトの添乗なんです」と書かれていた!昨日お会いした時には、一言もそんな事は口にされていなかったのだから驚きは倍増だ。しかも、「『時空のサーファー』と『マヤン・ファクター』を持参して読破するのが目標です」なんて一文まで添えてある。今回の波はどうもかなり大きいようだ。何故なら、私は前々日『時空のサーファー』の監訳者であり『マヤン・ファクター』の翻訳者でもある高橋徹氏に久しぶりにお会いしており、前日Eさんと面会中に電話を掛けてきたTさんとは、実は『マヤン・ファクター』監訳者の滝元さんの事だからだ。

おまけに、『マヤン・ファクター』のP371にあるパレンケ「碑銘の神殿」の写真は、メキシコに一緒に旅した時に滝元さんが撮ったもので、私はその写真のすぐ側に立っていたのだ!(このとき私達は『テレクトノン』を持って行って、碑銘の神殿の上でプレイまでしている)さらに、Eさんがエジプトに旅立つというKIN179(10・嵐)は、エジプト考古学者、吉村作治氏の銀河の署名。あまりに見事なシンクロぶり。

だが、まだ先がある。私は今回が初めてのエジプトになるのだが、Lは既に何度もエジプトを訪れており、11年前のG11/30(KIN66)に出発した最初の旅では、KIN162の友人と一緒だったという。そして、Eさんの銀河の署名もまたKIN162なのだ!先のネパールの旅では11がひとつのテーマになっていたのだが、EさんはもともとG11/1の生まれで、今年はG11/11が銀河の誕生日。ここにもネパールとエジプトの繋がりを見て取る事が出来る。

こうした流れに刺激を受けたのか、その夜、忙しさで途切れがちになっていたLの千夜一夜リーディングは(11/28に)第28話目を迎え、エジプトの4回分もの過去生を一気に観る事になったのだった。もっとも、日常的にも記憶喪失気味の私には、そう言われても相変わらず特別な実感はない。だが、ツタンカーメンから始まった只ならぬこの流れが、私達とエジプトとの繋がりの深さを確かに伝えてくれているようにも思う。

最後にもうひとつ。昨夜、この日記を途中まで整理して眠る前に、最後のメールチェックをしたら、何とそのEさんから「エジプトから戻りました」というメールが一通だけ入った。ここまでシンクロ率が高いと、「よーし、この大波には思い切り乗ってみようか」という気分になる。実はこのストーリーと絡んで、他にも複数のシンクロが頻発しているのだが、ここでは私の記憶補助の目的で、ロンドンとの繋がりが同時に深まっているという事だけメモしておきたい。

キラ星(輝き)月間

2007年11月16日 18:03

倍音の月1日(G11/15)  KIN166 白い惑星の世界の橋渡し (by L)

13の月の暦では)倍音の月初日の今日、ダライ・ラマ法王、そしてラマ・ケツン・サンポが揃って来日!キラ星(倍音)月間の始まりに何とも相応しいではないか。

実は私たちは、7週間程前の満月、カトマンズ郊外・スンダリジャルに、超憧れのラマ・ケツン・サンポを訪ねたばかり。彼の名著「
知恵の遙かな頂」 は、今でも折にふれ大切に読み返すほどだ。なのに(だからか)、実際にお会いできた時には二人とも感激で頭の中まっ白・・・!「何か聞きたい事はあります か?」と親切な言葉をかけて頂くも、「虹の身体」について以前からDが気になっていた事を質問させて頂くのがやっと・・・という感じの、いっぱいいっぱい な私たちであった。それにしても、こんなに早く日本で再会が叶うことなろうとは夢にも思わなかった。

 
★スンダリジャル。ラマ・ケツン・サンポを訪ねた帰り道に現れた虹!




以下、ラマ・ケツン・サンポ(ケツン・リンポチェ)法話会と法要について知人から頂いた案内を2件転載します。特に申込みは必要なさそうですが、ご不明点は連絡先に直接お問合せを。

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■「法話の会」のご案内
この度、ネパールから、チベット仏教の数少ないご高齢の師の中のお一人、ケツン・サンポ リンポチェが来日されます。下記の「法話の会」を開催いたしますので、皆様、是非ご参加ください。
・内容:日々の心構えと仏教の修行 — チベット仏教ニンマ派の教え
・日時:11月28日(水) PM7:00~9:00
・場所:新宿 常円寺(JR新宿西口より徒歩8分)  
・参加希望の方は、当日、直接会場においで下さい。
・通訳:ガワン・ウースン先生
・参加費:リンポチェに直接、お礼をお渡しください(金額は自由)。
・お問合:phuntshogs_dc@yahoo.co.jp(森本)

チベット仏教 法要の会
チベット仏教法要の会」を、ネパールからケツン・サンポ リンポチェ(高僧の意)と僧侶9名をお招きして、新宿常円寺において3日間に亘り執り行います。この法要は、日本では行われる機会の少ないチベット仏教の伝統的な形式によって営まれます。

ネ パールの現地では、お釈迦様や諸仏、先師にちなんだ記念日等に、各寺院で様々な法要が行われています。今回は、そのうちの一つで、ケツン・サンポ リンポ チェが継承されている系統の法要形式で執り行います。ネパールにある僧院で行われている形式そのままに、僧侶達は、チベット仏教独特の様々な楽器や声明を 奏で、御本尊・守護尊・護法神等をお迎えして、この世界から飢えや貧困、争いなどがなくなり平和が訪れる様に、また、人々の心に「やさしい心(慈悲)」が 育まれます様に、と祈願致します。

この会は、ケツン・サンポ リンポチェの元で仏教の勉強をしている日本人の弟子有志が中心となり、開催 致します。現地で行われている法要では、一日中、寺院内で法要が営まれる中、人々が自由にお参りをして手を合わせて行きます。今回の法要も、同じ様に、お 参り希望の方の入退出は自由と致しましたので、ご自由にご参拝下さい。チベット仏教僧の祈りの姿に実際に触れてみたい方の見学も歓迎致します。
※ご参拝、見学の方は、参拝者用の席をご用意しておりますので、ご自由にお座り頂き、正面の仏前に合掌してお参り下さい。退席も自由です。

・場所:新宿 常円寺(JR新宿西口より徒歩8分)  
・日時:11月30日,12月1日、2日の3日間。
午前の部08:30~10:00,10:30~12:00
午後の部13:30~15:00,15:30~17:30(時間は目安。)
・お問合わせ:
phuntshogs_dc@yahoo.co.jp(森本)
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そして、ダライ・ラマ法王は本日から約1週間のご滞在。今回は例年と様子が違い一般が参加できる機会がとても少なく、その点は何とも残念である。私たちは伊勢で行われるフォーラムに参加する予定。
ダライ・ラマ法王2007年来日関連情報はこちら→チベットハウスHP

ダライ・ラマとブッシュ

2007年10月21日 02:06

自己存在の月3日(G10/20) KIN140 黄色い惑星の太陽 (by D)

先ごろ、米国議会がダライ・ラマ法王に最高勲章(議会金メダル)を授与した、というニュースが報じられた。このタイミングでの表彰は、国家間の様々な思惑もあってのことと想像されるが、少なくとも米国与野党の議員達が発したメッセージは、基本的にまともなものであり、非常に喜ばしい内容であった。中国の子供じみた牽制を相手にせず、表彰の場に同席したブッシュ大統領も、その事で、今生散々積み重ねて来た悪業を少しは減らす事が出来たかもしれない(笑)。

興味深い事に、ダライ・ラマ(KIN14)とブッシュ(KIN129 )は、同じG7/6の生まれの11才差(つまり二人は今、「銀河の魔法使い」の道筋)。”11”は、先のネパール・ブータンの旅でもキーナンバーとして度々登場しているので、私達にとっては、非常にタイムリーなニュースに感じられた。そう言えば、表彰のあったKIN137(G10/17)から7スピン(ほぼ5年)前のKIN137、私はオーストリア・グラーツで、カーラチャクラの灌頂が完了した翌日、初めてダライ・ラマ法王と握手する機会に恵まれた。この時、私の道筋(年巡り)はKIN66で、グラーツには11日間滞在した。

一方、表彰のあったその日、私達は、千駄ヶ谷の津田ホールで、友人の本島阿佐子さんのソプラノリサイタルを聴きに行っていた。彼女は、オーストリアへの留学経験があるばかりか、驚くべき事に、銀河の署名がKIN66でもあるのだ!同じようなサイクルが巡ってくると、現実の方も似たような事が形を変えて巡って来る。『シンクロニック・ジャーニー』の冒頭には、先のグラーツの事も書かれているのだが、それは『第十一の予言』、そしてその出版記念イベントのあったKIN66が大きなきっかけとなっている。

奇しくも今年は、『20の銘板』で11枚目の銘板に当たり、法王が表彰された日は、猿の創世記とシンクロして始まった「喜びの神殿」というテーマの週が完了する日でもあった。しかもPCUは、パレンケのパカル王の墓室が開かれた日と同じKIN218。今回の表彰が多次元的に祝福されている事が見て取れる。今週はさらに、ゴア元米国副大統領のノーベル平和賞受賞もあったが、18年前に同賞を受賞しているダライ・ラマ法王が、米国議会に表彰されるというのも興味深い。

ネパールとブータンでは、それこそ『第十一の予言』を地で行くような体験をし続けて来たが、これについては、文章にまとめる時間がしばらく取れそうもないので、「集中的に追体験してみたい」という方は、是非来週末のほびっと村でのイベントにご参加頂ければと思う。Lも手伝ってくれるので、非常にシンクロニックな(その場に居るだけでシンクロが加速するような)場が生み出される事と思う。また、「13の月の暦」に興味がある人にとっても(特に初心者)、通常の暦のクラスに出る前に、こちらにに参加する方が、よりスムースに理解が進むだろう。

嬉しい事に、まもなく(来月)日本にも法王が来られるが、おそらく中国政府は、またバカげた声明などを出して、国際社会の失笑を買う事になるだろう。来年、まともにオリンピックを開くつもりならば、そろそろ北朝鮮的お笑いリアクションから脱皮した方が良いのではないだろうか、と老婆心ながら思う。福田首相も、ごちゃごちゃと理不尽な事ばかり言う彼らに対して、メルケル首相やブッシュ大統領くらい毅然とした態度を取れれば、「さすが総理大臣」とでも言ってあげたいが、首相就任時に中国関連株が上がったりしていたのを思い出すと・・・まあ、『第十一の予言』に習って、首相がカッコ良く振舞える(そして中国政府が真っ当になる)ヴィジョンを保つとしよう。

旅するネパール語

2007年08月07日 00:34

磁気の月12日(G8/6) KIN65 赤い宇宙の蛇 (by L)

数日前の10・風の日に「風の旅行社」からメルマガが届く。と、記事を読んでビックリ仰天。何と明日のKIN66(←シンクロニック・ジャーニーでもおなじみ)から、NHKで「旅するネパール語」の番組が始まるというではないか!・・・まるで私たちのネパール行きに合わせたかのようなタイミング!早速テキストも入手できたし、すでにヒミ連の準備は万端、抜かり無し。カトマンドゥの悟郎さんをビックリさせちゃうくらい、ペラペラになっちゃおう。ちなみに、番組ガイド役のクシュプちゃんは、ネパールの国民的美少女。きっとこの秋、ネパール贔屓が激増しちゃうね!

nepa

惑星の月11日 KIN 211青い電気の猿

2007年04月14日 22:29

「さくら」(by L)

桜の時期、Dが日記を書きまくってくれている間、私は書の修了制作、王羲之の楷書「楽毅論」の仕上に没頭していた。現時点ではこれ以上書けない!というところまで書き切れたので、思い残す事は何も無い。もちろん今後の課題は数々あるが、私にとっては作品の出来より何より、内側にわき起こってくるこの感覚を得られるかどうかの方が絶対に大事。有難い事に(というより予想外にも)、「楽毅論」の提出をもって天真書法塾・青木塾長より段位を授けて頂いた。通過点とはいえ、段位授与は大きな励みだしやはり嬉しい。これからしばらくの間は、ひたすら米フツを専攻する。(随分畏れ多い。が、誰を専攻しても畏れ多いのは同じだと開き直る事にした。)

ところで「楽毅」は歴史上実在の人物であった。実在したどころか諸葛孔明のあこがれの人物でもあったという。メルマガにも書いたが、楽毅とは一体どんな人であったのか少しでも迫りたい一心で小説を探し当てて読んでみたらこれが大ヒット。「こんなに漢字だらけの本、4巻までなんてとても読めないわ」という感じの中国戦国時代の歴史小説なんだけど、面白くて面白くて(途中ストーリーの中だるみはあるにせよ)殆ど一気に読んでしまった。(稽古仲間の純子さんに紹介したら「面白過ぎて身体に悪い!」とコメントされた。)「人が見事に生きるとは、どういうことか?」を問い続ける彼の存在に完璧心を奪われ、書の制作期間は楽毅LOVEの日々でもあった。私にはこの小説を読んだという事だけでも充分修了制作の思い出になっているほど。

ご興味のある方はこちら↓
『楽毅』〈1巻〉『楽毅』〈2巻〉『楽毅』〈3巻〉『楽毅』〈4巻〉

「桜の時期は修了制作に没頭していた」と言いながら、友人たちとお花見もできたし、実は次の旅の準備も着々と進めていていた私であった。次はブータンネパール。調べた所、ブータンに入国するには、座席数僅少のドゥルック・エアーに乗るしか無く、しかも予定の時期がハイ・シーズンなので、(かなり先ではあるが)今のタイミングで席を押さえておくことにした。私たちのブータンでのお目当ては、ただ一つ。グル・リンポチェが虎に乗って飛来したとの伝説のある、垂直に切り立った岩壁に鎮座するタクツァン僧院(タイガーズ・ネスト)だ。こんなところに僧院を建てるなんてまるでファンタジー。しかし、ケンツェ・リンポチェの写真集で想像絶する佇まいを見てしまった時から脳裏に焼き付いついているので行くしかない。かくして、ピンポイントでタクツァン巡礼をすることに。またもや空気の薄い所でプチ登山である。鍛えておかないと。

ブータン訪問の後は、ドゥルック・エアーでカトマンドゥに入りネパールに少し長目に滞在する。ここではチベットサポート関連や友人のプロジェクト関連など、大切な仕事をたくさんする予定で、とても全容は書ききれない。でも、カトマンドゥには私のラッキー・ラインがバシバシ入りまくっているので、素晴らしい展開になるのは間違いない。とても楽しみだ。

ところで最近、渋谷さくらやに行く時に限って面白い遭遇がある。先日も、カフェ・デンマルクの前から地下鉄を出、さくらやまでの数メートルの歩道で、面白いエネルギーの女の子とすれ違った。一見普通の若者で全然変わった所は無いが、周囲のエネルギーをありとあらゆる方向から一身に「吸収して」歩いてくる。まるで無垢なブラックホールみたいで、私も吸い込まれてしまいそう。ただならぬものを感じ、この人誰なんだろう?と深く被るキャップの奥の目をのぞくと、それは宇多田ヒカルちゃんだった。(この日家を出る直前に読んでいたのが、彼女の出ているブルータスだった。あの目に間違いない。)それにしても、完璧吸収型のエネルギーの人ってものすごく珍しい。特に芸能人には。

そして今日も私たちはさくらやへ行った。買物を済ませて階段を降りる途中、ふと通路のTVに目をやると、かつての同級生が大映しになっていた。手にしている楽器を見てすぐにT君だとわかった。彼は学生時代から既にギターの名手として有名だったが、今や日本を代表するウード奏者として活躍中。明日からNHKで放映される「新シルクロード」の番組音楽を担当しているのを知った。始まったばかりのライブ演奏を聴いてからさくらやを後に。目にする機会のあるたびアーティスト度が高まって行く同級生の姿を見るのはとても嬉しい。(特に、後戻りできないほどオヤジ路線炸裂の我々の年代において、これはすごい事だと思う!)さて、ウサさんと悟郎さんは、いよいよカトマンドゥへ出発。来年の桜のシーズンにはどんなことが待っているのか、今からとても楽しみである。

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