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バリさまさま・12(バリアン)

2010年11月05日 00:24

■自己存在の月18日 (G11/4) KIN210 白い月の犬 (by D)

KIN146(G9/1)の早朝は、大雨が降る音が聞こえていたが、7時頃に部屋からプールサイドに出た時にはすっかり上がっていて、そのまま海岸で体操をし、天真五相の「あ」をした瞬間には雲間から青空が覗いた。ただ、やはりかなり降ったようで、ホテルスタッフが敷地のあちこちで水を掃き出す作業をしていた。

波の音とヤシの緑を楽しみながらの朝食を終え、準備を整えてプールサイドに行くと、シュノーケリングツアーに参加する一行がちらほら集って来た。イタリアから来たマフィア風の爺さんと楽しげなマダム、オーストラリアからのカップル、そしてスタッフ3名が同行者らしい。船体の両側にバランサーがついた小ボート2隻に分乗してポイントへと向かう。

早朝の豪雨で海はかなり濁っていたが、30分程で到着したブルーラグーンビーチは、さすがに島民Nがシュノーケリングポイントとして推薦していただけあって透明度が高い。いち早く海に入って「お魚が沢山!」と子供のようにはしゃいるのは、イタリアンマダム。餌付けされているのか、人間慣れした綺麗な熱帯魚達が勝手にまとわりついてくるのだが、スタッフの真似をして水中で指を鳴らすと、その勢いはさらに強まって手元(目の前)に大量に集まって来る。
 
程よい陽射しと水温の中、およそ1時間シュノーケリングを楽しんだ。豊富な種類の魚とサンゴ、さらには1mほどのサメなども目にすることが出来て、大いに満足できるものだった。船に上がって冷えた身体を温めながら軽食と飲み物を補給した後、再びボートで帰路につく。いつしかすっかり空も晴れ渡って、海からアグン山の威容を目にする幸運にも恵まれた。午後は、プールサイドで波の音を聞きながらウトウトする幸せな時間を過ごす。

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シュノーケリングする私たちを、霊峰アグン山(後方うっすら見える方)が見ていてくれました。ラッキー。

前夜使えていた無線LANが繋がらなくなったので、フロントに行くと、トラブルが発生しているとのこと。結局、その日だけでなく、翌日もその問題は解決しなかったのだが、フロント裏手のスタッフルームにあるLAN回線を、好きな時に使わせてくれたので、不便はなかった。ただ、バリに来る前から調べていた肝心のバリアンの情報はつかめないままで、結局、そのまま最終日(KIN147)を迎えることになってしまった。
 
テレビの中で、昔のバリの様子を白黒映像で流しているチャンネルがあり、トランス状態に入った男達が自分の身にナイフを突き刺したりするシャーマニックな儀式の様子を、思いがけず見ることが出来たのはラッキーだったが、やはり、もう一人くらい現役で活躍しているバリアン(シャーマン)に触れてみたい。そんな事を思いながら、ホテルのメニューをボーッと眺めていたら、何と、地元バリアンによるマッサージというプログラムがあるではないか。

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お部屋のテラスから庭のプールまで一直線。絵の中に入って行くみたいな設計。

近隣の村を訪ねるツアーみたいなものかと思ってフロントに確認に行ったら、どうやらバリアンの方が直接部屋にやって来てマッサージをしてくれるらしい。ホテルと契約している位だから観光客用にこなれた感じの人が来るのかと思って予約をしておいたら、30分程遅れて(前の客が伸びて遅れるという連絡はちゃんとあった)ホテルスタッフと共に部屋にやって来たのは、モロに地元のオジサンという風貌(足裏は土で真っ黒)ながら、力みの抜けた「かなりデキる」オーラの人だった。
 
英語が殆どしゃべれない様子で、冒頭に大体の説明をスタッフにしてもらって(現地語を英語に通訳してくれた)、後は互いに何となくのコミュニケーションをしつつ、まずはLから、そして次に私という順で、それぞれ40~50分やってもらった。使うのはベビーオイルのみで、体幹部からダイナミックに押し広げて行く感じは、私達が最近お世話になっている越谷のT先生(いずれメルマガの達人コーナーで取り上げる予定)そっくりで、手の感じにも、タカちゃんとか台湾の足裏マッサージ達人と通じるものがある(奇しくもこの日はヒーリングとシンクロする「青い手」の日)。

mangis3 バリアンのおじさん。良い人だったーーー。達人はずっとニコニコ施術。
 
手足の腱を弾くようにする所が他には無い特徴に思えたが、身体のポイントを見事に押さえていて、マッサージした後は、突如思いがけないところが柔らかくなったり、関節の可動域が大きくなったりした。最後に、お腹を餅をこねるようにマッサージしてもらうと、さらにグッと柔らかくなって、自分でも驚くような変化を感じた。ただ、思い返してみると、これは別な流儀でも何度か体験したことがあるので、ある部分普遍的な方法なのかもしれない。
 
力みも淀みも無く、ニコニコしながら流れるように施術をしていく様は、まさに達人のそれで、終わった後の爽快感も含め「ああ、最終日にこの人にやってもらって良かった」と心から思えた。もらった名刺には「I NENGAH SUKARTHA・Tradeitional Balinese Healer」とあり、施術内容にも特段(分かり易い形での)シャーマニックな要素は感じなかったが、おそらく、どのような状況にも対応できる名治療師であることを、その存在感は示していた。(つづく)

バリさまさま・5

2010年09月22日 02:22

■電気の月2日 (G9/21) KIN166 白い惑星の世界の橋渡し(by D)

時空の間隙を縫って、今日『食べて、祈って、恋をして』をパパッと観て来た。冒頭からクトゥ・リエさんのお家が出てきて、何だか懐かしい気持ちにさせられたが、手帳を見れば、まだほんの22日前(KIN144)の出来事。ご本人も奥様も役者さんが演じていたが、しゃべり方や間合いは(そして歯の無いところも)、まさにご本人そのもので、映画の本筋とは別なところでも、たっぷりと楽しませてもらった。
 
昨日Lが書いたように、この映画ついては(そしてその原作の小説についても)、バリに行くことを決めてから後付け的に知ったのだが、主演のジュリア・ロバーツが来日した直後、かつ映画の公開直前というタイミングにバリに行く事になったので、私達にとってこの映画は、今回の旅を味わい深いものにする、スパイス的な働きをしてくれた、とも言えるのである。実際、このタイミングでなかったら、旅も映画も、その楽しみは半減していたことだろう。早すぎても遅すぎてもダメなのがシンクロの醍醐味なのだ。
 
さて、私の担当部分を「バリさまさま・2」に続いて、少し書き進めるとしよう。クトゥさんが代々続くバリアン(治療師・祈祷師)の9代目である事は、今日観た映画の中でも触れられていたが、G7/5(KIN88=私の父のKIN)に、新婚9日目のN(改宗した関係でムハンマド・ヤシン・イブラヒムという名になったらしいが永田のNってことで今後もNとする)から、やたら力の入ったヴィラの推薦メールが届いた。
 
事情が分からずに読んだ時は訝しく思ったが、程なくして、それが彼の仕事なのだと判明した。数年前にバリで始めた新しい仕事というのは、どうやらヴィラ・マネジメント&ヴィラ予約会社の経営ということだったらしい。「せっかくだから頼んでみるか」なんて気持ちも無かった訳ではないのだが、今回の旅のスタイルにはマッチしない事が明らか過ぎたので、丁重に断って、結局、Lが見つけたホテル(バリさまさま・4参照)をはしごする形となった。
 
ただ、Nはこちらのリクエスト(例えば綺麗なところでシュノーケリングしたいとか)に対しても、なかなか的確なアドバイスをしてくれていたし、バリで少し贅沢にゆっくりした時間を過ごしたい人は、彼の会社でマネジメントしているヴィラを活用してみるのも、悪くないと思う。実際、最近発刊された旅行雑誌でも、注目のヴィラのひとつとして紹介されていたし、結構人気もあるようだ。
 
例のごとく、Lは電光石火の早業で、Nがメールをくれた7/5にはフライトチケットを、ダライ・ラマ法王75歳の誕生日でもあった7/6(KIN89)には、既にホテルの予約を済ませていた。ということは、ジュリアの映画について知ったのも、多分この頃のはずだ。7/10(KIN93=私の母のKIN)がNの誕生日だったと知ったのは、バリに行ってからの話だが、この日は、パタゴニア渋谷店に、ジェリー・ロペス(バリのサーフポイント開拓者)との記念ショットを受取りに行ったりもしていたのだから、面白い。
 
実際の旅の話は、まだ当分先になりそうだが、「シンクロの旅の秘密はその準備期間にこそある」という視点で、しばし楽しんで頂ければと思う。という訳で、今日はここまで(つづく)。

バリさまさま・2

2010年09月12日 03:14

月の月20日 (G9/11) KIN156 黄色い宇宙の戦士 (by D)

最初のバリの波から10日後のG6/13(KIN66)、宗教民族研究家の宮本神酒男さんのサイトに、写真展「夢幻シャーマン」の案内が掲載されているのを発見。数年前からちょくちょく見に行くようになり、特に2010年に入ってからは、ボン教やシャンシュンなど、自分が注目している事柄と見事にシンクロする形で情報を提供して下さるのを感じていたのだが、ついに、バリアン(バリのシャーマン)のことまでUPされるに至ったので、「これはいよいよコンタクトを取らなければ」と思っていた矢先のことであった。

サイト上では連絡する方法が見つけられなかったので、即写真展行きを決定(と言ってもまだひと月以上先の話だったが)。この日は、2001・3・10(KIN66)に芦屋で行われた山川亜希子さん・野崎ゆりかさんとのジョイント講演(背景については、拙著の冒頭部を参照)からツォルキン(260日暦)が13回巡り、2006・11・20(KIN66)のNPOクリカ設立からは5回巡ったタイミングでもあったので、それらとの繋がりを保ちながらも、何か新しい時間の流れに入って行く気配が感じられた(実際、後に山川夫妻のメルマガと絶妙なシンクロが起こる)。

それから6日後の6/19(KIN72)、渋谷での瞑想カレッジに参加した後、伝説のサーファー、ジェリー・ロペスにあいまみえる機会があった(その時の様子は「瞑想の達人」にまとめてある)。この時、手に入れた『SURF IS WHERE YOU FIND IT』にも書かれている通り、ジェリーは、バリのサーフスポット開拓者の一人としても、その名を知られている。従って、このタイミングに出版記念で来日した事もまた、私にとっては、バリからのメッセージにように感じられたのだった。

月が満ちた(部分月食)6/26(KIN79=1・嵐)、今回のきっかけをつくってくれた永田新クン(以降Nとする)が、パートナーの出身地・ジャワ島で式を挙げていた頃(結婚の宣誓をした瞬間、地震が起こったらしい)、私達は、パシフィコ横浜でダライ・ラマ法王の「幸せの本質」という講演を聞いていた。これも、なかなか味わい深いシンクロだが、後に聞いたところによると、Nがイスラム教に改宗したのは、2010・2・6(4・嵐)とのこと。改宗も結婚も、知らずに「嵐」の日を選んでいるとは、偶然にしても「抜け目の無いヤツ」である。

なぜなら、19番目の紋章である「嵐」は、「13の月の暦」のコンテクストでは、アラーと結び付けられていて、「テレクトノン」のボード上にも、「嵐」の日付のところに「真実の日アラーの慈悲の力」としっかり記されているからだ。詳しくは、パン・ジャパン・ライブラリーに譲るが、おそらく、コーランが114(19×6)章からなり、74章30節には「19がその番をする」(岩波文庫『コーラン』井筒俊彦訳より)と記されていることなどが、根拠になっていると思われる。余談になるが、この日入手した新しいシューズは、偶然にもインドネシア製であった。

その3日後の6/29(KIN82=4・風)は、ダライ・ラマ法王の生誕75年を祝う記念行事として砂曼荼羅の制作が始まった相田みつを美術館に足を伸ばした。このとき行われた大橋力さん(=芸能山城組の山城祥二氏)の講演は「感性脳を飛翔させるチベット仏教の美」というタイトルだったが、もともとバリのガムランを深く研究している方でもあるので、当然、バリの音楽や芸術についても話が出た。これが、惑星ホロンでインドネシアエリアに対応する「風」の日であったことも書き添えておきたい。
 
そういえば、この日から10日後、どういう訳か分からないが、それぞれ全く別の大橋さんという方と3度もお目にかかることになったのが、とても不思議だった。この1年、いや10年を振り返ってみても、そんなに集中して大橋さんという方に会った事は多分無いと思う。私「大典」が実際にバリを訪れるのが「橋渡し」の道筋になってから、ということを示唆していたのか・・・などというかなり強引な解釈くらいしか今のところ思いつかないが、そこまで意味探求に走る必要も無いのかもしれない。長くなってきたので、今日はここまでとする。

※本日の瞑想カレッジ(月1回)で、青木先生(KIN245)は聖書が旧約39、新約27の全66巻から成ることを話されていた。そして、6/13(KIN66)に行っていた暦のクラスにはKIN245の方が参加され、本日(9/11)クリカにいらした方の中にもKIN245の方がおられた。

※今日、書店で立ち読みした旅行雑誌には、クトゥ・リエールさんが代々バリアン(シャーマン&ヒーラー)の家系で9代目に当たるということが書かれていたが、Nの奥様が9人兄姉の9番目だとか、自分達のバリ訪問がラマダン月(9月)だったことなどに気付いたのが、911から9年目の今日だった。

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