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サンタ・クローチェ教会の衝撃

2017年10月21日 01:37

■自己存在の月3日(G10/20)KIN150 白い共振の犬(by D)

今朝、Lが起き抜けにスマホで見た最初の記事は、フィレンツェのサンタ・クローチェ教会であった事故についてのものだった。フィレンツェ関係のFBページをフォローしている関係でトップに出て来たらしいのだが、もし、それがなかったら、気付くのはもっと後になっていただろう。以下、ネットニュースにも上がっていたリンク先の記事から要点を抜粋してみる。

”フィレンツェにある有名な観光地のサンタ・クローチェ聖堂で19日、天井から石が落下し、石の破片に当たったスペイン人の観光客が死亡した。地元紙によると、死亡したのはスペイン・バルセロナ出身の52歳の男性だという。(中略)同聖堂には、芸術家のミケランジェロや天文学者ガリレオ、哲学者のマキャベリが埋葬されている。”

19日という事は、KIN149(6・月)の出来事。これだけでも、私にはインパクトがあり過ぎる出来事なのに、スペイン、それもバルセロナからの52歳の方が「石の破片」に当たって死亡というのは、「一体どういう流れなんだ!?」と問わずには居られない話だった。

あまりに色々な繋がりがあって、現時点では意味がつかめないので、以下、時系列に事実だけを記しておく事にする。これが「分からない時」の常套手段であり、そのおかげで私は、大きな物語の展開が段々と見るようになって来たからである。

サンタクローチェ ★最初の訪問時(KIN257)に撮影した写真

1999.4.12(KIN149)、『マヤン・ファクター』(VOICE刊)監訳者の滝元さん(KIN190)と共に、パレンケ「碑銘の神殿」に登り『テレクトノン』をプレイ。墓室に入って石棺(蓋には十字架がある)を目にした他、「十字の神殿」にも登る。

2011.9.2(KIN252)、バルセロナのサグラダ・ファミリアを訪れ、縦横斜めの合計が33になる魔法陣のレリーフがある「受難の門」に登る。この時の旅で、3回サグラダ・ファミリアに入場する(KIN251,252,255)。

2016.9.2(KIN257)、フィレンツェのサンタ・クローチェ教会を初めて訪れる。剣武天真流の稽古開始からぴったり10銀河スピン(2600キン)、サグラダ・ファミリアの「受難の門」に登ってからぴったり5年。

2016.10.13(KIN38)、天真書法塾シャンバラ教室のOさんからの情報で、世田谷美術館に「パカル王の石棺拓本」を観に行く。この拓本が世田谷美術館の収蔵品であると同時に、常設展示されている訳ではない事を知る。メキシコ政府の依頼で拓本を取ったのは利根山光人氏(KIN179〜KIN146/差33)。

2017.2.1(KIN149)、パレンケから25銀河スピン。エテルニータでランチをした後、二子玉川の図書館カウンターで、偶然、世田谷美術館で行われる「フィレンツェのサンタ・クローチェ教会」講座のチラシを目にする。前年のKIN20(サイ時間KIN58)に他界した道友O君のご親族から数ヶ月の時を経て、この日にメッセージが入る。

2017.3.3(KIN179)、利根山氏の誕生KINに世田谷美術館で行われた美術講座「フィレンツェのサンタ・クローチェ教会大礼拝堂壁画の修復」に参加。朝、Lが道友O君の夢を見る。私達が二子玉川のフィレンツェと呼んでいるトラットリア・エテルニータのオープン(2005.2.23=KIN211)が、自分達の引っ越し(2004.6.8)からぴったり1スピン後のKIN211だったと知る。

2017.5.30(KIN7)、フィレンツェを再訪しサンタ・クローチェ教会にも2度目の訪問。前回から270(260+10)日後。3/3の講座時に講師の宮下先生と記念撮影させて頂いた事で、先生がフレスコ画の修復に関わられた教会正面奥の内陣に、特別に入れて頂ける事になった。

2017.10.15(KIN145)、Lが世田谷美術館区民ギャラリーの抽選でシャンバラの数96を引く。天真書法塾シャンバラ教室発表会が2018年初夏(KIN141〜KIN144)に決定。伊勢神宮で黒田清子祭主(KIN125)による初めての神嘗祭が始まる。サイ時間はKIN218(パカルの石棺発見日とシンクロ)。

2017.10.19(KIN149)、パレンケ訪問から260日暦が26回巡った日。O君の明晰夢を見て、夢の中で特殊な時間感覚を味わう。エテルニータでランチ。某国のPANと美術館から連絡あり。そしてこの日、サンタ・クローチェで事故があった(この時点では知らず)。

2017.10.20(KIN150)、サンタ・クローチェ教会に関するニュースをランチの時にスマホで再確認し、その後、所用を済ませて歩いていると、エテルニータのオーナー五十嵐さんに街中で声を掛けられる。サイ時間はKIN50。

サンタクローチェ内部 ★2度目の訪問時(KIN7)に撮影した内部の写真

以上、ザッと整理してみたが、パレンケと世田谷美術館とサンタ・クローチェ教会、さらには道友O君やサグラダ・ファミリア(バルセロナ)、エテルニータまでもが密接に絡んでいるのが見て取れるだろう。フィレンツェ初訪問からまだ1年ちょっと、まさか1年以内に2度も訪れるとは思っていなかったが、2度目の訪問から半年も経っていないタイミングでの今回の事故の衝撃は、世田谷美術館での講座のテーマがサンタ・クローチェだった事もあって、非常に大きい。

歴史上のマヤ(アステカ)とスペインの関係、「13の月の暦」でも「マヤ暦」でも52才がカレンダー・ラウンドに当たる事などを考えると、他にも様々な思いが浮かぶが、まずは亡くなられた方の安らかな眠りを祈りたい。

最後に、上記メモとリンクする記事を以下に添付しておく。
パカル王からの呼びかけー日本とメキシコを繋ぐ「時の魔法」
聖十字架物語と二子玉のフィレンツェ
10連続GAPの神嘗祭とシャンバラ数96
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ドリームスペルの中心調波33

2017年10月06日 00:53

電気の月16日 (G10/5) KIN135 青い倍音の鷲 (by D)

グレゴリオ暦での下半期スタートとも言える10/1(電気の月12日)は、『ドリームスペル13の月の暦)』のツォルキン(260日暦)でも後半が始まるKIN131(1・猿)だった。それは同時に、紋章コードNo11の「青い猿」から始まる11番目のウェイブスペル(13日間)、そして「猿の創世記」の78日間の始まりでもあった。

さらに、農民芸術概論を通じて時間芸術学校クリカの名称にも影響を与えた宮沢賢治(KIN131)の170回目の銀河の誕生日で、Lの誕生日から1銀河スピンのタイミングでもあった。

こうした様々な背景に加えて、この暦を提唱したホゼ(KIN11=11・猿)とロイディーン(KIN22=9・風)の合計KINが「33」になる事と、KIN131が調波33の中心でもある事を意識して、私はこの日、かつて二人がプレゼントしてくれた「猿」の置き物をツイッターなどでシェアした。

猿 ★ドリームスペル旅程盤とアグエイアス夫妻から贈られた猿

「赤白青黄」の4日単位を「調波」と呼ぶのは『ドリームスペル』独特のもので、マヤ暦には存在しない概念と呼称だが、全部で65ある調波の中心に当たるのが調波33(KIN129〜KIN132)である。私が日本語版の制作に関わった『時間の法則の20の銘板』には、DNAコドンとリンクした「易の64卦」を調波に対応させる表があるのだが、中心調波の33だけは対応する卦が存在しない「虚空コドン」とされている。

044Book_Back.jpg ★『20の銘板』の先天図、後天図。昔、トルトゥガからダウンロードしたもの。

この日(KIN131)、バルセロナを州都とするカタルーニャ州では、スペインからの独立を問う住民投票が行われ、今も大きなうねりが続いている。私たちがバルセロナのシンボル、サグラダファミリアを「時間船」の象徴と見なしているのには幾つかの理由があるのだが(例えばこの記事のシンクロなどから)、今回の動きはその活性化とも無関係ではないように思われる。

なぜなら、サグラダファミリアの「苦難の門」には、縦横斜めの合計が33になる(特殊な)魔法陣が刻まれていて、その3日前のKIN128(64×2)は、ガウディの生誕232(58×4)銀河スピンでもあったからだ。ちなみに、中沢新一(3・犬)の『バルセロナ、秘数3』によると、バルセロナは3で出来ているらしい。

先の『20の銘板』では、KIN105からKIN132の28日間は、ホゼ・アグエイアスがヴァルム・ヴォタンという存在へと変容した「時間トンネル(復活のテレクトノン)」であるとされている。『20の銘板』のプログラムが始まったのはKIN44からで、G10/2(電気の月13日)のサイ時間もまたKIN44だった。そして、調波33の4日間が完了するKIN132は44の3(電気)倍。『20の銘板』マニュアルには、以下のような記述がある。

”聖なる計画を取り戻すヴァルム・ヴォタンの28日間の旅は、「すべての旅の中の旅」である。3つの自己存在の(自立的な)通過儀礼が、旅を完了させる。すなわち、形の体、調波27,28,29。エネルギー体、調波30,31,32。復活、調波33、「無我の13の月・月の人の誕生」である。”

その日(KIN132)、ノーベル医学生理学賞を受賞したのは、サーカディアンリズム(概日周期)に関する体内時計の遺伝子的な仕組みを明らかにした米国の「3」人の科学者だった。そして、私達が同じ日に見た映画『ドリーム』は、1961年のNASAを舞台に、有人宇宙飛行計画に関わった黒人女性「3」人の活躍を描いた映画だった。1969年のアポロ計画にも繋がるその話は、まさに「月の人の誕生」を象徴するものだったと言えよう。

加えて、その晩、ある方が送って下さったUSBメモリーが届き、そこに保存されていた映像を一気に見る事になった。そこには、日本の『ドリームスペル13の月の暦)』情報の普及に関わった重要な人物4名が映し出されていたのだが、調波33の4日目というタイミングに届いてしまうのが何とも素晴らしい。

シンクロがシンクロを呼ぶ流れは更に続き、何と、私達が管理しているFBの「ドリームスペル時間船地球2013の旅」に、同じくFBの「Dreamspell Journey by Valum Votan & Bolon Ik」から「いいね」が思いがけず付いた。ずっと前からあるページに今頃「いいね」が付くのが面白い。

しかも、そのページのトップにはアグエイアス夫妻の写真と共に「33」が記されており、タイムラインの一番上には、ホゼ(KIN11)とロイディーン(KIN22)による懐かしい「銀河の7方向への祈り」の動画が貼り付けられている。まさに、ツォルキン7列目の中心調波33の仕上げ(4日目)というタイミングにふさわしい完璧なシンクロだ。

「Dreamspell Journey by Valum Votan & Bolon Ik」は、「時間の法則財団」が設立された当初(かその前ころ)、アグエイアス夫妻が「公式サイト」としていたトルトゥガ・コムのFBページだという事が分かった。現時点では「時間の法則財団」のサイトが公式ページという事になっているが、長く関わって来た人の中には、トルトゥガ・コムの方がしっくり来る人も多いだろう。

なぜなら、「13の月の暦に替える平和の運動」は、ホゼとロイディーンが情報発信していた頃が、最高に芸術的かつ本質的だった事を、見る目がある人は分かっているからだ。ポイントは本質的であるかどうかであり、情報が多いかどうかではないのだ。情報量に惑わされる人々は「あっちだどうだ、こっちがどうだ」とやり続けて、結局、本質を見逃してしまう。本質を見抜く目があれば、どこからでも普遍的共通項を見出せるだろうし、それが無いと闇雲に彷徨うだけとなる。

中心調波「33」にこれら一連のシンクロが生じた事は、「中心(本質)を押さえよ!」という銀河からのメッセージだと、私は思うのである。

羽生結弦が開いたバルセロナの扉

2015年12月13日 23:45

■律動の月1日(G12/13)KIN254 白い共振の魔法使い(by D)

今朝、フィギュアスケートの羽生結弦が、バルセロナで行われたGPファイナルで、世界記録更新の330点超と3連覇を達成したニュースを目にした。羽生は1994年12月7日生まれのKIN123(6・夜)。輝きを授ける「倍音(5)の月」のラスト、そして自らの新しい「運命の道筋」である「1・星(KIN248)」から始まったウェイブスペルの中で有終の「美」を飾るとは、もう見事としか言いようが無い。しかも、その演技モチーフは「五芒星」とも繋がる安倍晴明だ。

どの分野でも、ブッチギリの領域に到達する人(少なくとも私の注意を引く人物)は、自然と『13の月の暦』のリズムに同調しているものだが、「自分自身に最高の権限を与えるには?」という「倍音の月」の「問い」にまで、こういう形で(自然に)応えてしまえるのは、その心身が完全に太陽銀河意識とひとつになっている(=フォースが覚醒している)からだと、私は思う。

KIN123と言えば、パレンケでパカル王が埋葬されていた石棺の蓋が開封された1952年11月27日(KIN123)と同じ日付。一体、そこからどの位経過したタイミングで、羽生が生まれたのだろうかと調べてみたら、ぴったり59銀河スピン(260日×59)後と判明。

ちょうど、クリカのメルマガvol.59が、「倍音の月」3度目の「魔術の亀の日」だったKIN252に配信されたばかりだが、記事が完成して配信予約を入れたのは、前日KIN251(G12/10)だった。そのKIN251(G12/10)にLは、自由が丘駅で乗り換え中に、KIN59(7・嵐)の友人・鏡見さん(ペンネーム)とバッタリ会っている。

鏡見さんは、ホゼ&ロイディーン・アグエイアス夫妻が頻繁に来日していた1990年代後半に、彼らの通訳としてボランティアで大活躍してくれた翻訳家で、2004年に伊勢内宮ご神域でホゼが「自分史上最高の講演」と言った時にも通訳を務めてくれた人だ。私達の少し後に二子玉川に越してきて、ご近所さんになったのだが、ここ3年位は街で見かけることもなく、「最近どうしてるんだろう?」なんてLと話していたばかりだった。

また、「青い共振の嵐の年(KIN59)」はLが生まれた年、かつ「銀河の同期(KIN164)」直前の(2012年冬至も含む)1年であり、コードNo19を持つ「青い嵐」の日は、『テレクトノン』において「アラーの慈悲の力」と結びつけられてもいる。それだけに、Lがアラビア書道のクラスに参加する途中にKIN59の鏡見さんと再会したことには、ただならぬものを感じていた。それが何なのかは、その時点ではハッキリしていなかったが、羽生の優勝で全てが繋がった。

3日前、そして羽生の21(7×3)才の誕生日から3日後でもあった12/10(KIN251)は、911テロがあった2001年9月11日(KIN251)から、ぴったり20銀河スピンが経過したタイミングであっただけでなく、2011年9月1日(KIN251)に、私達がバルセロナに向けて羽田から飛び立った日から、ぴったり5銀河スピンが経過したタイミングでもあったのだ。

バルセロナの旅については、メルマガvol.38(そこにKIN251の事が書いてある)とその前後の号に詳しく記してあるが、911から10年後、私達自身も東日本大震災を直接体験した311のおよそ半年後の話だ。それだけに、東北の人々の祈りと願いを背に闘い続けている仙台出身の羽生が、バルセロナという場所で330点(3×11×10)という新記録で3連覇を達成したのには、(集合意識が臨界点を越えるかのような)何か特別なものを感じるのだ。

sf内部 ☆バルセロナ「サグラダ・ファミリア」内部

加えて、彼が生まれたのは、先にも書いた通りパカル王の石棺の蓋が開いた1952年11月27日(KIN123)から、59銀河スピンが経過したKIN123。パカル王からのテレパシックな声をきっかけに生まれた『ドリームスペル』は、2004年に日本語版初版が伊勢内宮に奉納され、第2版(最終版)3300部が2011年に制作された(配布は2012年2月から)。この繋がりも決して偶然ではないだろう。

巷では、未だに『13の月の暦ドリームスペル)』の情報を「マヤ暦」と勘違いして、間違った情報を無自覚にバラまいている資格コレクターの人々が散見されるが(資格販売をメシの種にしている元締め連中がいるからだが)、ものごとの本質や由来をよく調べずに学び始めることほど無駄なことはあるまい。注いだ時間、お金、労力が大きい程、事実(真実)を知った時のショックは甚大だ。暇つぶしの趣味程度ならともかく、本気で何かを学ぶ気なら、「3年かけても良師を探せ」という言葉を心に留めておきたい。

それはさておき、バルセロナ絡みでいくつか触れておきたい事がある。ひとつは、羽生がバルセロナで優勝した日とぴったりシンクロして、『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』という映画が公開された事。私達が多大なる影響を受けた『ガウディの伝言』の著者で、サグラダ・ファミリアに彫刻家として関わっている外尾悦郎さんも出演されるとあっては、見逃す訳にはいかない。

もう1つは、12/5(KIN246)に行われた「剣武天真流演武会」にも来てさった、稲吉優流さんについてだ。稲吉さんはアーティスト集団「MEVIUS」の芸術監督として世界的に活躍されている振付家であり、現役のダンサーでもある方だが、何と今年3月にバルセロナで開催された”Dance International Competition 2015” 本戦で、団体としてジャズダンス部門1位/コンテンポラリーダンス部門1位/最優秀振付家賞と、大会初の三冠を成し遂げられているのだ!

まだ知り合って1ヵ月ほどしか経っていない方が、”バルセロナ”で”今年”世界一(しかも3冠)になられていたというのだから、日々シンクロと共に生き続けて来ている私でも興奮せずにはいられない。そして、今、このブログを書いている最中、地上波「5」チャンネルで、まさに羽生のバロセロナでのパフォーマンスが放映されているのだから、ここに時間芸術極まれりという感じがする。

13の月の暦ドリームスペル)』を使うとは、こうして日常の中に、驚きに満ちた繋がりを見出していく事に他ならない。そういう体験を日々重ねて行けば、その人が居る場所はどこでも芸術そのものになるのだ。12/19(KIN260)に予定されている「銀河シンクロ教室」は、そういう世界に向けて開かれている限られた窓口のひとつだ。

実際、『ドリームスペル』を手にする事ができる機会は、残り僅かである。羽生選手が開いてくれた扉(この記事を書いた動機は彼にあるのだから)の価値を理解する人だけが、銀河の贈り物である『ドリームスペル』を、真っ直ぐ受け取る事になるだろう。

以上、『テレクトノン』の「預言の第7年」と同期するKIN254(7・魔法使い)に、KIN241(7・竜)が記す。


追記:文中の鏡見さん(KIN59)は、スペイン領の生まれで日本では宮崎出身。宮崎については少し後に書く予定がある。

追記2:13時間のフライトを経て、世界最高峰のサッカー選手が集うバルセロナが来日のニュース

グラマラスなバルセロナ

2012年02月25日 08:08

銀河の月19日 (G2/25)KIN168 黄色い水晶の星(byD)

今、書店やコンビニの店頭に並んでいる『グラマラス』という女性誌の3月号に、ウォーターセラピーのことがちょこっと掲載されている。シャンバラセラピストクラブのメンバーで、ご主人と共に広尾のプライベートサロン「トトカ」を運営されている富田純子さんが、ヘルスコンシャスの賢者として登場し、こだわりメソッドの1つとして紹介して下さったのだ。

書店に並んだらすぐにブログで報告しようと思っていたのだが、ツイッターでつぶやいたことで少しホッとしてしまったのか、その後、あちこちから生じるシンクロに追われていて、あっという間に2週間以上の時間が経過してしまっていた。実は、この掲載の流れには、かなり面白いシンクロがあったので、少し遡ってメモしておきたいと思う。

最初に編集部から打診があったのは、KIN101(G12/20)だった。その少し前に、『フライデー』からマヤ暦に関する取材を受けていた関係で、日中に記者の方にメールをしたばかりだったので、夕方、同じ講談社の『グラマラス』から連絡が入ったのは、中々面白いシンクロだと感じた。しかも講談社は、チベットサポートの関係で何かとご縁のある護国寺のすぐ近く。住所も音羽2-12–21で、マヤ長期暦完了の日付2012年12月21日を連想させる数字が並ぶ。

そこから3日後のKIN104(=13×8)、天皇陛下の78(=13×6)才の誕生日のこと。マヤ暦に関する番組等を見た後に、偶々他のチャンネルを流していたら、バルセロナの街並が映し出された。数ヶ月前に訪れた所がそのまま出てくるので面白がって見ていたら、何と進行役の一人は長谷川潤だった。今出ている号を含め、最近の『グラマラス』の表紙は彼女が飾っている。ちなみに、その番組のゲストには、サグラダファミリア主任彫刻家の外尾悦郎氏の妻でピアニストの比石妃佐子さんが登場していた。

それから1週間後のKIN111 (G12/30)。『ドリームスペル』の最終校正、『グラマラス』への写真送付などを行いつつ、私達はギリギリになってしまった年賀状書きに追われていた。サグラダファミリア本堂天井部分の写真を使った賀状にコメントを入れながら、また何とはなしに(おそらく1週間ぶりに)テレビをつけていると、何と、またバルセロナ長谷川潤

後で、アナザースカイという番組(毎週フライデーに放映!)が、2週連続でバルセロナを放映したのだと分かったが、この時の内容はサグラダファミリアがメインで、賀状に用いた天井部分だけでなく、まだ制作も殆どされていない「栄光の門」の辺りまで映し出されたのだから、驚かない訳には行かなかった。何故なら、私達は天井部分に4次元的な意味での「栄光の門」のイメージを感じ、写真上部にカタルーニャ語で「栄光の門」という文字をわざわざ入れていたからだ。

本堂部分が公開になったのは、2010年11月7日(KIN213→2013とも見なせる)にローマ法王がミサを行って以降ということが番組の中でも紹介されていたが、それにより、着工から128年目にして教会として正式に認められた(聖別された)らしい。128と言えば、その教会の地下に眠るガウディの誕生KINだ(KIN128=11・星=11・8)。時間船のひとつのモデルとも言えるサグラダファミリアならではのシンクロだ。

2012年に入り『フライデー』が出たのがKIN118(G1/6)。『マヤのリズム』と共に私のことが紹介されていたのはP88(=11×8)。ちなみに118は、『マヤのリズム』のサブタイトル「時は神なり」と関係が深い数字だ。その後も細かいシンクロは沢山あったが、長くなるので省略して、『グラマラス』の発売日に飛んでしまおう。

今出ている『グラマラス』が発売されたのは、KIN150(G2/7)。年賀状を書きながらサグラダファミリア長谷川潤をテレビで見ていたKIN111(G12/30)とは、ちょうど「神秘のパートナー」(※)という(予期せぬ力、隠された力が大きく働く)特殊な関係になっているのが面白い。加えて、ウォーターセラピーが紹介されているページはP173。何と、『フライデー』の掲載ページであるP88と、こちらも「神秘のパートナー」の関係になっている!

さらに、サイ時間単位を知っていると、これら全てが完璧な調和を保って采配されたことに気付かされる。KIN150(G2/7)は、「銀河の月1日」(=8月1日=8・1)で、サイ時間単位ではKIN88に対応するのだ。つまり、発売された日付と掲載されたページには、神秘のパートナーというはっきりとした繋がり、それも最高に神秘的な繋がりがあるということを意味する。

KIN88と「神秘の四つ組」(神秘のパートナー2セット分)を形成するのは、KIN93、KIN168、KIN173だ。これらはサイ時間単位で銀河の月の最初の6日間と最後の6日間をコード化している日付で、いわば「銀河の月」という時間の四隅を保護する守り手とも言える(これは私の感覚的解釈)。しかも、この記事を書いている今日はKIN168で、この四つ組のうちの1つだ。色々あって記事のUPは遅れてしまったが、今日で良かったということだろう。

おまけに書いておくと、KIN88は私の父、KIN93は母の誕生KINで、KIN168は、ひとつ前の記事に登場して頂いている安倍昭恵さんの今の「運命の道筋」である。つまり今日は、昭恵さんの365日の誕生日からぴったり260日が経過したタイミングでもある。そして、P173に私が登場している『グラマラス』は、KIN173をサイ時間単位で変換した「銀河の月28日」(=G3/6)までが公式な発売期間だ(毎月7日が発売なので)。

何と美しく、何とグラマラスなシンクロニシティだろうか! 流石に「銀河の音」ならぬ音羽から発信されている雑誌だけのことはある。最後に気になって長谷川潤の誕生KINを調べてみた。するとKIN138「白い銀河の鏡」だった。ここまで「銀河」でシンクロしているのは、きっと銀河の贈り物『ドリームスペル』の配布と関係があるのだろう。尚、バルセロナ・シンクロニック・ジャーニーは、メルマガで順次報告中なので、そちらを参照頂ければと思う。

カタルーニャ、バルセロナ、ガウディは、時間船地球2013ともマヤ時間(13:20)的やり方とも、密接に関係している。だからこそ呼ばれたのだと思うし、今、このタイミングでそれらがひとつに繋がって来ているのだとも思う。


(※)ドリームスペル(13の月の暦)用語で2つのKINナンバーの合計が261になる関係を指す。巷で「13の月の暦」情報を「マヤ暦」と偽って伝えている団体では、「鏡の向こうのもう一人の自分」等と呼んでいるようだが、もともとマヤ暦にはそんな概念も用語も存在しない。ドリームスペルの情報をパクったある人物が、個人の感覚で適当につけた名称と意味に過ぎないのだ。だが、それを大枚叩いて教わりに行く人々がいるのだから、見る目が無い(あるいは磨いていない)というのは、ある意味哀れである。

カタルーニャの過去生

2011年10月04日 03:38

電気の月14日 (G10/3) KIN23 青い惑星の夜(by D)

今から4年前ほどに始まった「千夜一夜リーディング」(背景についてはコチラ)。最近は大分間が空くことも多いのだが、リーディング自体はコンスタントに続いていて、最近、98話目を迎えた。メルマガにも書いた通り、少し前にバルセロナに行って来たところなので、最近は、カタルーニャに関する過去生についてリクエストしていたのだが、なかなか出てこないまま日が経過していた(基本、必然性が無い時は出て来ない)。

だが、KIN19(9/29)の夜、バルセロナで入手したバスバブルで泡立てた湯船に浸かっている時に、日中、とあるサロンでトリートメントを受けている最中に、私のカタルーニャでの過去生をはっきり見ていたことを思い出したという。その内容は以下のようなものだった(とりあえず理性的に考えることは放棄して、言われたままのことを書いてみる)。

【コロンブスとかその前後位の時代に、航海用の地図をつくっていた人、学者か研究者のよう。誰も知らない新しいやり方で新しい地図をつくっていたので、「どうしてあいつはそんなことを思いつけるのだろう?」と多くの人に思われていた。実は、中身は宇宙人だったので、知っていることの45%くらいを(その位が最適と判断して)人々に伝えていた。見た目は今と似ているが、もっと彫が深くて今より少しガッチリしていた。白いシルクっぽいフリフリのブラウスに、ぴっちり目の茶色のジャケットを着ていて、いつもペンと手帳を持っていた(左利き)。手に持つタイプの眼鏡を使っていた。先の旅行で訪れた店「セッテ・ポルタス」(7つの扉)の辺りに居た。】

こうした情報から具体的な人物を特定することなど殆ど不可能に近い事は分かっているのだが、それでも、「何か該当する情報があると面白いな」という好奇心で、「カタルーニャ 航海図」とか「カタロニア 地図」でググってみた。すると、驚くべきことに「世界地図を作ろう」というサイトの中に、以下のような記述を見つけることが出来た。

[北イタリアにはじまった地図製作は地中海沿岸の各地に広まり、1385年にはカタロニアのバルセロナで、アブラハム・クレスケスにより『カタロニア図』とよばれるポルトラノ型世界図が作られました。従来のポルトラノでは陸地の部分には空白か想像上のイラストが描かれていましたが、『カタロニア図』では中国の都市からサハラの黒人王国まで、当時のヨーロッパが知り得たあらゆる情報が可能な限り精密に描かれていました。マルコ・ポーロの『東方見聞録』によってもたらされたアジアに関する情報や、ユダヤの商人から得た北アフリカの情報などが元になっています。]

これにはかなり興奮させられた。なぜなら、ポルトラノ型の地図とは「安全に航海できることだけを考えて作られた実用的な地図」であり、まぎれもなく”航海用の地図”であり、その名もズバリ「カタロニア図」というものが”バルセロナで作られた”と書いてあったからだ。ただ、他のサイトもいくつか調べてみると、[作ったのはマジョルカに住み、アラゴン家に仕えるユダヤ人で「地図と羅針盤の巨匠」と呼ばれるアブラハム・クレスケス]とあったりして、制作は1375年にマジョルカで、という記述が割と多い。

もちろん、上記のような情報をLが予め調べて知っていた訳ではない。もともと見えたものをただそのまま伝えてくれているだけだし、いちいちその裏付けを取っているような時間的余裕もないことは、私が良く知っている。だから、今回のようにそれなりの証拠らしきものが出てくれば、一緒になって驚くことにもなる。しかも今回の場合、自分達だけではなく、周囲の人々も非常に面白い形で絡んでいるのだ。

例えば、Lがこの過去生を見ていたのは、先にも書いたように、あるサロンでトリートメントを受けている最中だった。施術をして下さっていたのは、そのサロン「トトカ」のオーナー島田純子さん。シャンバラセラピストクラブのメンバーでもある彼女は、もともとスペインマジョルカ発の某サロンで研鑽を積み、そこで店長も勤めていた方なのだ。その上、島田さんの旦那さんは何と北アフリカ生まれ。ここまで細かに「カタロニア図」の情報とリンクする人は、そうそういないと思う。

加えて、カタロニア地図というサイトには[アラゴンの皇太子からフランス王シャルル6世(当時13歳)への贈り物。]とも書いてある。皇太子さまとのシンクロが深く関係している『マヤのリズム』の完成記念ということで訪れたバルセロナ。帰国直後にスペインのアストゥリアス皇太子賞が「福島第一原発事故の対応にあたった作業員、消防士、自衛官」に贈られたことも含めて振り返ると、ここにも興味深い繋がりを見出す事ができる。

さらに、私の誕生日から導かれる冥王星(プルートー)のラッキーラインは、何とバルセロナとマジョルカを通っている。冥王星は「死と再生」を意味し、プルトニウムの語源にもなっていることを思うと、福島原発事故とそれに対する皇太子賞のことなども無関係とは思えなくなる。そして「13の月の暦」で見れば、今日はサイ時間単位がKIN45で、コドン45「存在の海」の週が完了する日だ。「海」というキーワードも然ることながら、私の父が冥界に旅立った日が、KIN45だったことも自然に思い出される。

「カタロニア図」が制作されたのは、コロンブスの誕生より70~80年前の話だし、上記以上の具体的な何かを見つけられた訳でもないのだが、Lがただの地図ではなく、あえて「航海用の地図」と言っていたことなどを含め、私自身にとっては、かなり面白いと感じられるケースであった。参考までに補足しておくと、私は子供の頃から地図が大好きで、地図さえあれば見知らぬ街でも国でも殆ど迷うことは無く、学生の時分は、地理が最も得意な教科だった。

だからと言って、私の過去生のひとつがクレスケスだなどと言うつもりは無い。逆に、それを否定するつもりもない。そもそも、私は仏教やヒンドゥー教、あるいは前世療法などで語られるような時間や宇宙に関するモデルを、そのまま信じている訳ではないので、たとえその実力と感性の鋭さを良く知っているLのリーディングであっても、検証できないところについては保留としているのである。

また、子供の頃からそういう事について考え、調べ、様々な体験もして来たことを踏まえると、過去生はあるにしても、ひとつの魂が時系列に沿って単純に転生するというモデルでは、どうしても無理が出て来てしまうとも感じている。世界の様々な分野の研究や千夜一夜リーディングがさらに進めば、また新しい知見を得られるかもしれないし、そのうち、私なりの見解を示す時がやって来るかもしれないが、今日のところはひとまずここまでにしておきたいと思う。


追伸メモ:特に銀河アルケミスト教室生に向けて
冥王星の「存在」を予想していたのは、パーシヴァル・ローウェル(PL)。モンセラート、『アルクトゥルス・プローブ』と、ここでも繋がって来た。

サン・ジョルディの国

2011年09月09日 23:29

月の月18日 (G9/9) KIN259 青い水晶の嵐(by D)

犬のウェイブスペル(KIN170=1・犬)と同時に突如やってきたバルセロナへの旅の流れは、80日間の懐胎期間を経て、星のウェイブスペルの3日目(KIN250=3・犬)深夜に始まった。旅先での数々のシンクロについては、近日中に発行予定のメルマガで順次紹介して行く予定だが、帰国当日に非常に面白い出来事があったので、先にそのことだけ書いてしまおうと思う。

バルセロナからパリ経由で帰国したのは、一昨日のKIN257(10・地球)の早朝。その日の夕方、天真書法塾に参加すると、何と新体道の合宿で何度か顔を合わせているフランス人のジョルジュが参加していた。数日前には日本に到着していたとのことだが、フランス経由で帰国したその日に、フランスからやって来た人がいきなりクラスに居るのだからビックリである。それもジョルジュ。

授業の始まりに青木先生が、ジョルジュはギリシャ語だとゲオルギオス、英語だとジョージ、スペイン語だとホアンなどと教えて下さったのだが、実は、今回訪れたバルセロナ、そしてカタルーニャの守護聖人は、そのゲオルギウスなのである。だから私は、フランス人ということだけでなく、ジョルジュという名の人物がそこに居たことに、強い衝撃を覚えたのである。

フランス語に割と近いとされるカタルーニャ語ではジョルディ。日本でも「本を贈る日」として知られている「サン・ジョルディの日」(本来は女性にバラを1輪贈り、女性が男性に本を贈る)は、ここから来ている。バルセロナは古くから出版業がとても盛んな街なのだ。ちなみに、イタリア語ではジョルジョ。出発前に「SPUR (シュプール) 2011年 10月号」のジョジョネタで盛り上がっていたことも無関係ではなかったのかもしれない。

ところで、ウィキペディアによると、ゲオルギオスのギリシャ語での語義は「大地で働く人」とある。帰国してジョルジュと会った「赤い地球の日」は、もともとマヤやアステカの伝統では、「大地」や「動き」を意味する「カバン」という日文字に対応する。ジョルジュがいたからという訳ではなかったと思うが、この日、青木先生は珍しく天真柔操(書の稽古の前に行う準備運動)の中で行うある動きに関して、「もっと大地の奥底からわき上がって来るような感じで」というアドバイスをして下さっていた。

翌KIN258(G9/8)の朝には、スペインのアストゥリアス皇太子賞「共存共栄賞」が「フクシマの英雄たち」に授与される、というニュースを目にした。原発事故現場で献身的な働きをした(今もしている)作業員、消防、自衛隊員らが対象ということで、それだけでもとても素晴しい話なのだが、やはりスペインから帰国してすぐのタイミングでこうしたニュースを耳にすると、また格別な喜びがある。

ところで、世間知らずな私は、今回始めてアストゥリアス皇太子賞なるものの存在を知ったのだが、ネットで調べてみると、過去の受賞者の中にも、日本人が数名含まれていることが分かった。その中で、たまたま飯島澄男氏という方の経歴が気になってさらに追跡していたら、カーボンナノチューブの発見者で、埼玉県越谷市の出身という情報が目に止まった。

カーボンナノチューブを発見した方の名前を知らなかったことを少し恥ずかしく思いつつも、私はどちらかというと越谷市の方に注目してしまった。なぜなら、バルセロナへの旅のずっと前から、今日(KIN259)、その越谷市に行くことが決まっていたからである。日本あるいは関東近圏だけでも、無数の市があるというのに、このタイミングで越谷市出身の方をアストゥリアス皇太子賞をきっかけに知るとは、まことに不可思議な話だ。

実は、越谷には先のメルマガ(Enjoy Surf!コーナー)で紹介した「燃える闘魂治療家」がいる。私は1スピンに1回くらいの割合で調整をして頂いているのだが、今回はそれがちょうど今日だったのである。毎回終了時には、自分の声がすごく響くようになるのが分かるのだが、今日は長時間のフライトの後だったということもあって、身体全体の変化も明瞭に感じられて、実に爽快だった。

という訳で、このタイミングでのバルセロナの旅が、私達にとってシンクロ力をグンと高めるものであったことは、既に帰国後の諸現象が示している通りである。しかし、その本当の影響力が実感されるのは、これからもう少し経ってからではないかと、今その気配を感じているところである。 

メモ:
『ドリームスペル』『アルクトゥルス・プローブ』を基本テキストにして進める予定の銀河アルケミスト教室が、明後日のKIN1にスタートする。詳細は省くが、サグラダファミリアやパーシヴァルなど、この動きと連動する様々なしるしが、やはり今回の旅の中には沢山あった。

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