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ペルシア暦新年に開封されたペルシアの青い塩

2014年03月20日 23:39

太陽の月14日(G3/20)KIN141 赤いスペクトルの竜(byD)

サムライと書道展」でトリノを訪れてから、あっという間に3週間。KIN137にダウンロードしたジョジョリオン・モノクロ版第5巻は3日で読み終えてしまったが、昨秋のNYだけでなく、トリノの旅を通じて、さらにジョジョとの繋がりが深まっているのを感じる。何しろ、上記のイベントを主催してくれたD氏は、「クージョー・ジョータロー」と日本語で言えるほどのジョジョ通。しかも、近日中にまた会えそうな流れになっていたりもする。

ところで、トリノには行かなかったLからのお土産リクエストは、塩とバルサミコ酢であった。街中のスーパーにはめぼしいものが無く、塩などは最終日の最後のチャンスにギリギリ見つかった代物だったが、サイズもパッケージもイメージ通りだったので、現地イタリアのものの他に、フランスとペルシアのものもゲットした。
塩 ※青い粒が混じったペルシアの塩

しかし、諸々の事情で、今日に至るまでそれらを使う機会は無く、今日の夕食時に、「じゃあ、ペルシャのから行ってみよう」ということで、ようやく開封。持ち帰った時から「青い粒」が混じっているこの塩に強い関心を示していたL(青い惑星の猿)は、やはりこれから使いたかったようだ。それに今は『ドリームスペル13の月の暦)』でも「青い猿」のウェイブスペル(13日間)だ。

ちょっとパンチの効いたシャープな感じのこの塩は、今日の料理にピッタリだったが、驚かされたのは、食後にLが、ビセンテ・アミーゴ(青い銀河の猿=KIN151)のFB公式サイトを見た時のことだった。何と、「Vicente would like to wish all of his Iranian fans a Happy New Year!」と書いてあったのだ。

そこで、「何ーーーーッ!」となって、調べてみると、確かに「新年1393年は、20日の夜8時27分7秒に迎える」と書いてある記事を発見。基本、春分に合わせたもののようだが、イラン(ペルシア)暦は、「紀元をヒジュラ暦元年に置く」という点でイスラム(ヒジュラ)暦と共通性を持っているが、決定的に異なるのは”太陽暦”であることだ。実際、G暦2014年のイスラム暦新年は10/25で、イラン(ペルシア)暦とは半年以上ズレている。

それにしても驚くのは、「20日の夜8時27分7秒」という時間だ。イランの現地時間でというのは分かっているが(日本では21日1時57分らしい)、私達はちょうど日本でのその時間帯に食事を終えところだったからだ。イラン(ペルシア)暦新年が始まるタイミングとは知らずに、3週間近くも寝かせていた「ペルシアの塩」を開封したのかと思うと、それだけで楽しくなる。

しかも、それを知らせてくれたのが、我らがビセンテ・アミーゴ(青い銀河の猿)というのが、また素晴しい。何しろ昨秋のNY直前に、渋谷で行われたコンサートに行き、殆どかぶりつきの席でその演奏に酔いしれた程のファンだ。昨年末の剣武天真流発表会でも、私が提案して彼の曲に合わせた演武をしたりしている。しかも、青い銀河の猿(KIN151)は、『ドリームスペル』日本語版の申込み受付開始日でもある。

「青い猿」のキーワードは、「魔術/遊ぶ/幻想」。全くもって魔術的な遊びが、今、この場で展開されているとしか言いようがない。ペルシア暦の紀元は、イスラム暦同様、西暦622年前後に、ムハンマドとその信者達がメッカでの布教を諦めて移住したタイミングに置かれている。聖遷と訳される事もあるその移住を「ヒジュラ」と呼ぶのだそうだ。

ホゼ(11・猿)が指摘している通り、中米ユカタン半島では、ちょうどその頃、パカルがパレンケの王として活躍し始めている。そう思うと、パカルからのインスピレーションを受けて生まれた『ドリームスペル13の月の暦)』で、「青い猿」の影響力が働いている13日間(もしくは78日間)に、ペルシアの「青い塩」がペルシア暦の新年を知らせてくれたというのも、何とも奥深い出来事のように感じられる。

当然、この魔法の力は、明日の「円卓座談会」、KIN144の「ドリームバンク」、KIN158の「横浜ナディア」、そして「黄色い銀河の種の年」の「黄色い銀河の種の日」であるKIN164の「円卓読書会」に向けて、さらに高まって行くだろう。「関西出張クラス」は、それまでに起きた全ての魔術的出来事が2日間に凝縮されつつ進行するのだから、どういう事になるのか、現時点では想像もつかない。

日々のシンクロは、決してバラバラに起きているのではない。そこに関わる人々それぞれの物語が、自律的に編み上げられて行くプロセスそのものである。そして、この編み物は、自ら参加する者達によって、永久に美しく編み上げられて行く未完の作品でもある。それが時間船というものの本質であると、私は『ドリームスペル13の月の暦)』を使い続けていて、強く実感するのである。
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地球の水晶核からの音楽

2013年10月22日 03:12

自己存在の月4日(G10/21)KIN251 青い自己存在の猿(by D)

ビセンテ・アミーゴというフラメンコギターの名手の存在を知ったのは、5年ほど前のことではなかったかと思う。以来、すっかりファンになって殆どのアルバムは手に入れた。演奏、作曲、思想のいずれにも秀逸さを持つこの人物の銀河の署名が「青い銀河の猿(8・猿)」で、2年前の銀河の月の同日(つまり魔術の亀の日)に『ドリームスペル(日本語版第2刷)』の申込受付が開始されたこともあって、その動きには常に注目して来ていた。

だから、2013年に入って、スペイン語で「地球」を意味する『Tierra』というアルバムを発表した時も、「やはりそう来たか」という感じで、ある種の驚きを感じながらも、納得する部分の方が大きかったように思う。しかし、そのアルバムをひっさげての来日公演があるのをいち早く教えてくれたのは、実は友人で翻訳家の白川さん(赤い水晶の地球=KIN77)だった。私達もツイッターやFBの公式サイトをフォローしてはいたが、別ルートで情報を一足先に掴んで知らせてくれたのだ。

とは言え、申込みは公式受付開始日のG7/2(KIN140)からしか出来ない。一番良いS席を購入しても、座席はそのエリア内での抽選で、細かい場所までは選べないようになっていた。それから「銀河の同期」を挟んだおよそ3ヵ月余りは慌ただしく経過。「事件」とも言える興味深い出来事があったのは、渋谷オーチャードホールでの公演を2日後に控えたG10/15(KIN245)のことだった。

霊性のアート』の動きを覗きにアマゾンを訪れた時、「この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています」という欄に、『プルーフ・オブ・ヘブン』(エベン・アレグザンダー著)という本が表示されたのだ。蝶のカバー絵と「脳神経外科医が見た死後の世界」というサブタイトルに惹かれてクリックしてみると、どうも出たばかりの模様。以前、メルマガで紹介したジル・ボルト・テイラーの『奇跡の脳: 脳科学者の脳が壊れたとき』と似たような話だろうか?なんて思いながら翻訳者の名を見ると、何と白川貴子とある。

翌々日にはコンサート会場で会えるはずなので、早速確認してみると、やはりご本人の仕事と判明。予め知っていた訳ではなく、自分の本から辿って、珍しく興味を持てた本にアクセスしてみたら、友人が翻訳していて、しかも会う直前だったというところに驚きがある。その上、この出来事があったKIN245は、白川さんとの縁を間接的に繫いで下さった青木先生の109回目の誕生KINで、コンサート会場は東急(109)文化村内にあるのだ。何と洒落の利いたシンクロだろうか。

カール・ヨハン・コールマン著『マヤ暦が終わるのは、2011年10月28日だった!』の監修をさせて頂いたのも白川さんのご縁で、何かとお世話になってばかりなのだが、せっかくならその新しい本を翻訳者から直接購入できないだろうか?と図々しく打診してみた。すると、もともと公演当日プレゼントしようと思っていたと伝えて下さったので、お言葉に甘えつつ、私も新刊を持参して差し上げる事にした。

翌、KIN246(10/16)の夜、テオティワカンのシンクロから、ドリームスペルのツォルキンでBC3114年8月12日(私の誕生日から5083年前)の日付を調べてみたら、ビセンテの誕生KINである「8・猿(KIN151)」であったことに気付いて、興奮度がさらに高まる。公演当日は、電気の月の最終日(完全数28日)と、鷲のウェイブスペルの最終日が重なるKIN247。サイ時間単位はパカルの墓室が見つかった日付KIN218。この情報だけでも盛り上がる一日なのだが、午前中は元町アンブロシアへ。

オーナーの野田さん(KIN101=新刊のカバーを描いて下さったみよこさんと同じ)が髪をカットしながら、武術格闘系の面白い話を色々して下さる中で、いつの間にかご両親や御祖父様の話に。これがまた、映画にでもなるんじゃあないかという位のスケールの大きい話で、聞いているだけでワクワクしてしまった。その興奮も冷めやらぬ状態で、夕方から文化村へ。待ち時間にでも読もうと思って、テオティワカンで発掘をされている杉山先生の『ロマンに生きてもいいじゃないか』を持参。

会場内でコーヒーを飲んでひと息ついたタイミングでLが白川さんにメールしてみるも、反応は無し。席は分かっていたので、そのうち会えるかとお手洗いに寄ったら、その場で白川さんが隣に立ってLを見つけてしまった。送ったメールに白川さんが気付いたのは終了後の食事の時だったから、シンクロの方がずっと早くて確実だ。おかげで、コンサート開始前に『プルーフ・オブ・ヘブン』と『霊性のアート』をプレゼント交換することが出来た。
白川さんと 
肝心のコンサートは、3列目18番というビセンテ真正面10m以内という素晴しい席で、大いに感動しつつ達人のリキみのない動きを堪能させてもらった。メンバーはビセンテ含め8名。流石に「8・種の年」に「地球」というアルバムのツアーで来日した「8・猿」だ。持参していた『ロマンに生きてもいいじゃないか』が手元に届いたのが「13の月の暦」で3/18(G10/7)だったから、座席とシンクロしていて面白いな、なんて思っていたら、終了後もっと凄いことが分かった。

何と、白川さんの誕生日も同じ3/18(G10/7)だったのだ!白川さんからの知らせで予約した席が、抽選の結果、白川さんの「13の月の暦」の365日暦の誕生日と完全にシンクロしていたのである。白川さんはもともとはKIN77(12・地球)だが、2日前から「3・地球」の道筋に入ったばかり。その日、私の手元に届いた杉山先生の本はKIN137(7・地球)の発刊。そして、これらのシンクロ全てに関係するビセンテのアルバムは「地球」。さらに白川さんの席は4列目33で、4×33=132で「ツォルキンの中心」のイメージもある。

『Tierra』のCDケースの中には「The origin and result of this work is the embrace between the people of The Earth through their music」なんて言葉も書かれている。白川さんと一緒に来られていた大学時代の友人Iさんは、スペインに家を持ち、メキシコに御祖母様のお墓があるだけでなく、住んでいた経験もあるという方だった。当事者としては、これら一連の出来事が無意味に繋がっているとは、とても思えない。

講演終了後、3mの距離(舞台袖)まで近付いたビセンテを見て、私は「仲間だ」とはっきり思ったし、『プルーフ・オブ・ヘブン』も数頁読んだだけで、著者は臨死体験を通じて私と殆ど同じ世界観を持つようになった仲間だ、とやはり思えた(今日も読み進めてその確信は深まるばかりだ)。彼らは地球の水晶核、あるいは銀河の中心、そして自分自身の中心を知っている人たちなのだ。もちろん、この日集った仲間は皆そうだと思う。

ビセンテは、フラメンコギターの名手として世界に知られているのであって、別にスピリチュアルなことを前面に出している人ではない。しかし、私にとっては、チャネラーだとか霊能者と呼ばれる人々などよりも遥かに霊性の本質を突いている人物だと思えるのだ。それは、地球の中心からの音、自分の中心からの音を知っていると感じられるからである。また、深いとこから生じる美をそこに感じるからでもある。それは上辺だけ着飾った美とか作られた音とは無縁のものなのだ。

新月の外宮とテオティワカンの太陽

2013年10月17日 02:50

■電気の月27日(G10/16)KIN246 白い水晶の世界の橋渡し(by D)

自分の62回目の銀河の誕生日が巡って来る「青い鷲」(ヴィジョンの力)のウェイブスペルの初日と新月が重なり、始まりのイメージが強かった10/5、伊勢の外宮では62回目の遷宮の締めくくりとも言える遷御の儀が執り行われていた。祭主は内宮の時と同じ黒田清子さん(KIN125)が臨時で務められ、ほぼ8年前から準備されて来た遷宮は、この儀式をもってひとまずの完了を迎えた。ひとまずと書いたのは、瀧原宮や伊雑宮などの別宮の遷御が、引き続き2014年中に行われるからだが、通常は外宮の遷御で完了と考えられているようだ。

ご神体を移す際の出御(2013年は20時〜)の合図は、鶏の声を真似たカケコーで統一されているのかと思ったら、外宮ではカケローだということを今回初めて知った。儀式が終わる頃に放映が始まる「世界ふしぎ発見は」、第1290回「UFO出現!?宇宙の中のテオティワカン文明の謎」というタイトルだったので、是非見たいと思っていたのだが、日中、剣武天真流師範科で新しいステップの稽古をして身体が刺激を受けたのか、突如猛烈な睡魔に襲われて、10分だけ横になるつもりがすっかり寝過ごしてしまった。

目が覚めた時には番組はもう始まっていて、画面を見た瞬間そこに映し出されていたのは、太陽のピラミッドと重なるように沈む太陽の映像だった。テロップには2013年8月12日と出ていたので、自分の44才の誕生日(KIN181)の太陽を、遷宮完了のタイミングで目にしたことになる。何やら縁起がいい。そもそも『13の月の暦』が誕生したきっかけは、この太陽のピラミッドに14才の少年だったホゼが登り、啓示を受けたことに端を発しているとも言える。

思えば、1999年に『マヤン・ファクター』の監訳者の滝元さんと共にメキシコを訪れた時、拍手をするとケツァル鳥の鳴き声のような反響音が戻って来るという体験を最初にしたのは、このテオティワカンケツァルコアトル神殿のエリアでのことだった。チチェン・イツァのケツァルコアトルククルカン)のピラミッドの前でも同じ体験をしたことは、『マヤのリズム』に記した通り。

同書にはギザのグレートピラミッドにも大変興味深い音響効果があることを実験的体験から述べているし、カバー絵もまさに降臨するククルカンがモチーフになっているので、マヤ暦の諸情報と共にその辺りにも関心のある方は是非手に取ってみて頂けたらと思う。新刊『霊性のアート』と同じくみよこみよこさんが描いて下さったカバー絵には、実は「13の月の暦」の全トーテムアニマルも描かれている。

さて、諸々のシンクロに興奮した私は、番組の方は適当に聞き流しながら「テオティワカン 8/12」で検索して、めぼしいデータが出ているサイトを探すことに夢中になっていた。最初にじっくり読む気になったのは、このリンク先だった。「新大陸の古代王朝(1)中米古代王朝の国家宗教と政治」と題されたその文章には、8/12のことだけでなく、今まで私が知らなかったテオティワカンの基礎単位(約83cm)のことや、それをベースにした都市設計に暦の比率が導入されていることなどが記されていて、実に刺激に満ちていた。

一体、どんな人が書いているのだろう?と目次に飛んでみると、愛知県立大学の杉山三郎先生という方によるものだと判明した。少し調べてみると、数年前にNHKのプロフェッショナルという番組にも登場されているような著名人で、かつメソアメリカの考古学・人類学がご専門ということが分かった。にも関わらず、これまで全く存じ上げなかったのは、単に私の勉強不足という話なのだが、もしかしたら、海外で活躍されて逆輸入というタイプの研究者であることも無関係ではないのかもしれない。

いずれにしても、テオティワカンにリアルタイムで深く関わっている日本人学者の存在が嬉しくて、早速『ロマンに行きてもいいじゃないかーメキシコ古代文明に魅せられて』(風媒社)というご著書を、その日の内に注文した。2日後のKIN237(10/7)に届いたこの本については、場を改めて書きたいと思うが(それだけ濃い)、3の月、「3・地球」の日、杉山”三”郎という「3」シンクロが鶏鳴三声ともリンクして、新時代参入の徴に思えたのと、発刊日の2012年1月25日もKIN137(7・地球)で、シンクロニシティをキーワードに持つ「赤い地球」でまさにシンクロしていたことだけは、メモしておきたい。

もう1つ、パッとめくって目にしたページに、この本が完成する直前に奥様が突然他界されたことの衝撃が綴られてことも、忘れないよう書いておこう。突然他界した息子ジョッシュに捧げられた『時空のサーファー』をきっかけに、ホゼや『13の月の暦』のことを知った私が、その大きな区切りとも言える2013年「銀河の同期」を越え、さらに遷宮も完了したタイミングで手にした本が、再び、突然他界した奥様に捧げられたものだったというのは、ある意味衝撃だった。しかもテオティワカンはホゼが啓示を受け、私も訪れたことがある場所だ。

思えば、私の霊性探求の旅も父の突然の他界がきっかけとなって加速したように思う。父の誕生日がG歴9/13でバクトゥン9.13.0..0.0を連想させる数であったり、13回忌のタイミングが2013年だったりするのも偶然ではないように感じられる。「世界ふしぎ発見」のスポンサーが父の勤めていた日立グループで、私が日立市の生まれであることも含めての話だ。

だが、この日の驚きはまだ続いた。太陽のピラミッドの正面に日が沈むのは8/12と4/29と書いてあるブログを見つけたのだ。4/29は、私の誕生日=8/12から260日後で、そのさらに260日後がLの誕生日という中間点なので、結婚記念日として、伊勢内宮に本籍地を移した日である。おそらく太陽のピラミッドは260日暦を意識した設計になっているのだろうが、両方の日付が書かれているのは「めぐりあいマヨルカ編」というタイトルの付いたブログひとつだけで、他に証拠は見つけられなかった(日本語サイトしか当たっていないせいもあるが)。

しかし、何でまた、マヨルカなのだろうか?前後の記述から筆者は海外で活躍されている研究者という像が浮かび上がるが、細かいことまでは分からない。ところで私は、今年の誕生日、つまりふしぎ発見を見た瞬間目にした太陽の日付から、KIN181(12・竜)という運命の道筋に入った。そして新刊『霊性のアート』のP181には、何と「マジョルカ島(=マヨルカ島)」という文字がはっきり記されているのだ!片やテオティワカンと8/12(誕生日)から辿った先のブログ名、片や新刊の中で話の都合上偶々P181に記されることになった島の名前。共通するのは、私の誕生日から辿ったという点だけだが、この繋がりに私は深いものを感じている。

実はこの日(10/5)、京都精華大学ファンクラブの会員証も手元に届いた。オノ・ヨーコ(4・橋渡し)が大学を訪れた時の様子を収めたDVDや、マンガ博物館の無料チケットまで付いている優れもので、流石にダライ・ラマ法王を招聘するだけあって目の付け所やセンスが良い。私とLの会員ナンバーの合計は207で、ちょうど2012年冬至=マヤ長期暦の完了の日の『13の月の暦ツォルキンの日付とシンクロしていた(伝統のツォルキンだと4アハウという別な日になる)。

一方、テオティワカンの日没とピラミッドの正面方向が8/12にシンクロするよう設計されているのは、マヤ長期暦の始まりの日を意識したものと考えられているようだ。一般に、長期暦の始まりはBC3114年8月11日(※)という説が通っているが、区切りの問題は数え方によっても変わるので、当然8月12日という説も出て来る。どちらの説を取ろうとも、伝統のツォルキンは長期暦との関係が一定なので、始まりの日も終わりの日も必ず4アハウという同じ日になる。

しかし、グレゴリオ暦の閏日を計算に入れる『ドリームスペル(13の月の暦)』のツォルキンだと、話は違う。そこでKIN3Dという無料アプリで計算してみたところ、8/11ならKIN150、8/12ならKIN151(8・猿)という事になることが分かった。今から24時間以内にその生演奏を聴く予定のビセンテ・アミーゴの誕生KIN、日本語版ドリームスペル第2版の受付開始日、そのどちらもKIN151だということを知っている私からすると、今、この瞬間に気付いたこと自体が大いなる徴に思えてしまう。一連の流れを振り返れば、決して大げさな表現ではないと思うのだが、いかがだろうか。

※計算機で計算する場合は紀元0年を入れる必要が出てくるためBC3114=−3113ということになる。この辺りの詳細を知りたい方は、『マヤのリズム』を参照頂きたい。

※この記事が当ブログの683番目の記事になったのも偶然ではなさそうだ。杉山先生はパレンケの発掘調査にも関わられているが、パカル王がこの世を去ったのはまさにAD683年のことである。

※京都精華大の住所は137(7・地球)。ビセンテはアルバム『Tierra』(スペイン語で地球)を引っさげての来日公演。

天王星からの風

2013年03月09日 03:54

太陽の月2日(G3/8)KIN24 黄色いスペクトルの種(by D)

今日もアオキメソッドの稽古で九段下の天真館道場へ。稽古の終わりに、昨日受け取りそびれた天真書法塾弐段認定証を頂く。認定Noは9で、師範認定証のNo13と合わせると、『13の月の暦』提唱者の一人ロイディーンのKIN22(9・風)、そしてパカルの墓室が封印されたマヤ長期暦のタイミング9.13.0.0.0になる。ちなみに、どちらの認定証もホゼの誕生日と私の誕生KINが重なった2013年1月24日付。ホゼと私が重なるのが2013年なのも、認定が9番目や13番目になることも、狙って出来る事ではない。

9.13.0.0.0を、西暦に換算すると692年3月16日になるのだが、帰宅すると何とその3/16生まれの丸山さん(9・風=9・2=太陽の月2日とシンクロ!)から師範認定のお祝いメールが届いていた。丸山さんは、ご自分の銀河の誕生日であった一昨日のKIN22にシャンバラ教室生としてデビューしたばかりだが、「満月の黄金体験」という記事に書いた通り、銀河アルケミスト生としてこの1年ほどでシンクロ技術を加速度的に磨いて来た方でもある。

ところで、692年と言えば、伊勢の外宮で最初の式年遷宮が行われた年でもある(内宮は690年)。この事について触れた『シンクロニック・ジャーニー』の第2章(P58)には、2004年に『ドリームスペル・日本語版(第1刷)』をホゼと共に内宮に奉納した事が書かれている。その時、弟子として一緒に来日したのが、昨日の記事に登場したステファニーだ。

今日、届いたもう一つのものも、信じられないようなシンクロをもたらした。それがビセンテ・アミーゴの新作『TIERRA』(スペイン語で地球)だ。地中から伸びたオリーブ(と何か)の木がカバーデザインになっているこの作品は、ケルトテイストのフラメンコギターが素晴しく、今これを書いている最中も繰り返し聴いている。昨日から始まった「太陽の月」は「9・種」と対応し、今日は「11・種」だが、このアルバムが制作されている最中、関連サイトでは「種」の状態から木に成長していく様子が表示されていたらしい。
テラ 
驚くべきは、昨年『ドリームスペル・日本語版(第2刷)』の受付が開始されたのが、そのビセンテの誕生KIN「8・猿」(2/8)で、満月の「銀河の魔術の亀の日」でもあったこと。そして、何と丸山さん誕生日である3/16に、私達は来日したビセンテのコンサートを聴きに行ってもいるのだ!その日はまた、アオキメソッドの案内が届いて参加を決めた日であり、1999年にパレンケを訪れた時のスケッチ(碑銘の神殿は9層)が思いがけず出て来た日でもあった(そのぴったり1320年前が9.13.0.0.0と知ったのはもう少し後)。

そして、先刻まで見ていた「ジョジョの奇妙な冒険第2部」も第22話目。それもジョジョの相手は「風のモード」を操るワムウワムウは石仮面をつくった一族の一人だが、ジョジョの第1話は石仮面を被った長が登場するアステカのシーンから始まる。そして、以前にも書いたが、エンディングで流れる曲「roundabout」を歌うYESのボーカルは、『ドリームスペル』という言葉が痛く気に入って、当時マウイ島にいたアグエイアス夫妻を訪ねて来たというのだから、まさにドリスペマニュアルに書かれている通り、架空の人物(ジョジョ)も現実の出来事も「時間」を通じてひとつに結び付けられている。

「風」の丸山さんからのメール、ビセンテのアルバム「TIERRA(地球)」到着など、一連のサインから読み取れるのは、これらが天王星から届いているということ。何故なら『ドリームスペル(13の月の暦)』で「風」と「地球」の紋章は、どちらも天王星と対応するからだ。また、パレンケにはT字型「風の紋章」があちこちに刻印されていて、宮殿には「風の塔」と呼ばれる4層の塔まである。ホゼが『ドリームスペル』をキャッチする前にそれを予告したのがパレンケのパカル王(の霊)であったことを振り返れば、銀河からの情報が、天王星、パレンケを経由して、今日という日に注ぎ込まれていることが感じ取れる。

「剣」とも絡んでくるこの辺りの話は、地球、太陽、金星、天王星が直列する3/29の翌日から大阪で行われる「銀河の花祭り」で詳しく触れたいと思っている。

ビセンテ・アミーゴの夢

2012年03月26日 05:12

太陽の月19日 (G3/25)KIN196  黄色い磁気の戦士(byD)

数年前から注目しているフラメンコギターの妙手、ビセンテ・アミーゴ。KIN168(G2/25)に来日情報を知り、その日のうちにすみだトリフォニーホールでKIN187(G3/16)に行われるコンサートのチケットをゲット(例のごとくLの早業による)。ブルーノートでのチケットは既にその時点で完売だったし、そもそもKIN188は、関西での『ドリームスペル』配布勉強会(時間船乗船会)が決まっていて、その翌日(ブルーノート当日)もまだ関西だったので、仮に席が残っていても行く事は出来なかった。

しかも、今回は、『Paseo de Gracia』というアルバムを引っさげての来日とのこと。半年前に訪れたバルセロナの中でも、特にお気に入りのエリアとなったのが「グラシア通り」。そのまんまのタイトルというだけでも嬉しいビックリだが、来日を知った日の朝に、「グラマラスなバルセロナ」というブログをUPしていたのだから驚かずにはいられない。

しかし、アミーゴの銀河の署名が「青い銀河の猿(KIN151)」と知って思わず納得してしまった。何故なら、『ドリームスペル日本語版(第2版)』の申込受付は、銀河の月2日のKIN151、まさにアミーゴの誕生KINである魔術の亀の日の満月から始まったのだ。シンクロニシティを日常化する次元間装置とも言える『ドリームスペル』とこれだけ直結しているのだから、アルバム名も来日のタイミングも完璧なのはむしろ自然なことだ。

しかし、その後の展開は、さらに想像を超えたものだった。とても全部は書ききれないので、要点だけかいつまんで整理しておこう。チケット申込と殆ど同時にアマゾンで申込んだ『Paseo de Gracia』。英語版だったせいか、なかなか届かず、手元に届いたのはコンサートの4日前のKIN183(G3/12)だった。だが、青い夜空に満月がぽっかり浮かぶCDジャケットは、アミーゴの誕生KIN、そして「青い夜」のウエィブスペルの始まりに、これ以上無いくらいふさわしいものだった。

加えて、そこから1銀河スピン(260日)前のKIN183は、グラシア通りにもカサ・バトリョやカサ・ミラなどの名作を残したガウディの誕生日だった。ちなみに、私の誕生KINをキチェ・マヤのツォルキンで導くと1アクバル(13の月の暦的に表現すればKIN183)となる。この日(3/12)、ふとドリームスペルに他の用語を交えてググってみたら、面識のあるY氏のブログがヒットした。

Y氏は古くからの暦ユーザーで、私が知る数少ない達人レベルの時空のサーファーなのだが、ヒットしたその記事にも驚くべきことが書かれていた。何と六甲山トンネルが、1967年3月25日(KIN151)、つまりアミーゴの誕生日に開通したと記されていたのだ。CDが届いたその日に、ドリームスペルに関連した検索で見つけた記事のラストにこのことを見つけた時、やはりアミーゴ(そしてバルセロナやスペイン)は、『ドリームスペル』と完全に共鳴していると私は感じた。

実は、ここには書けないもっと強烈なシンクロがあったせいで、私はついに、原則こちらからはしないことにしていた友達リクエストをFBですることにした。おかげで、翌KIN184(G3/13)に、Y氏がこんなことを教えてくれた。私達が最初に出会ったのは、ホゼが伊勢内宮のご神域で行った講演会(ホゼはこの講演会を生涯最高の出来だったと当時私達に語った)でのことで、それは、2004年3月30日=KIN141(11・竜)、超新星1987Aが発見された1987年2月23日(皇太子さま27才の誕生日)ともシンクロするKINだったらしい。

そこで自分の手帳を調べてみると確かにその日は講演会で、翌日には『ドリームスペル日本語版(第1版)』を、ホゼ、ステファニーと共に、内宮に奉納したとある。これを思い出した3/13(KIN184)は、33週の7日目で、33×7=231(今の私の道筋)であることや、260までの数の中に33の倍数は7つしかないことにも気付かされた。同時に、私の中学時代の陸上部の先輩が、第66回箱根駅伝で(その1回のみ出場)、柏原(KIN231)と同じ5区を同じ東洋大の先輩として走っていたことを知った。さらに、柏原が1年の時に東洋大が総合優勝を果たすまでに、敗れ去った660名がいるというサイトまで見つけてしまったから、さすがに常時シンクロ状態の私もぞっとした。

何しろ、その前日(KIN183=アルバムが届いた日)、私はKIN66の友人に、特例的にドリームスペルの個人レクチャーをしていたのだ。また、『ドリームスペル日本語版(第2版)』は3300部制作された。ツォルキンの中央は調波33であり、サグラダファミリアの受難の門にある魔方陣の各列合計は33だ。そして、バルセロナは3で出来ていると、中沢新一(3・犬)の『バルセロナ、秘数3』には書いてある。

そして3日後のKIN187(G3/16)、ついにトリフォニー(3つの音が響く)ホールで、アミーゴの生演奏を耳にした。メンバーはアミーゴを含む6名だったが、それはそれは見事な掛け合いをする素晴しいチームで、アミーゴの魔術的な演奏を引き立てながらも、完全にひとつになって会場にうねりを生み出していた。あのリズムのズレと調和感は、まさに「13の月の暦」で生活をする中で感じるものと同じ印象だった。ちなみに、この日のサイ時間単位は、昨年バルセロナの波が唐突にやってきたKIN170(1・犬)。

ところで、この日コンサートに出かける前、私は長いあいだ見失っていた大事なスケッチ(テルマ)を、思いがけないところで(テルトンのごとく)発見した。そこにはパレンケの碑銘の神殿に関する細かなスケッチ、そしてチチェン・イツァで体験した小さな冒険のあらすじと、その時、見上げた夜空の星の配置が描かれていた。日付は1999年4月14日→KIN151(アミーゴ!)だった!そして、ホゼの命日まで7日のタイミングで見つかったこのメモには、その晩、流れ星を7つ見たとも書かれていた。どこから見ても、アミーゴは「13の月の暦」と結びついている。

その演奏があまりに素晴しくて、翌朝(KIN188)、大阪に向かう新幹線でもひたすらアルバムを聴き続けていたが、中でも私が気に入っているのは、全9曲の中のラストを飾る「La Estrella (スター)」。「13の月の暦」で9番目の「太陽の月」、そして「星の日」にピッタリの曲だ。ちょうど大阪に到着した頃、Lが7年前の「音の瞬間」(これはひとつ前のアルバムの名前でもある)に関するインタビュー記事を見つけてツイートしてくれていた。そこに書かれている内容は、まさしく「時」と「音」に関する本質である。おそらくアミーゴなら、瞬時に「ドリームスペル」の世界を理解するだろう。

そしてこの記事を書き始めた今日(もう昨夜という感じだが…)が、アミーゴの45才の誕生日。そして六甲山トンネル開通45周年だ。年齢が5の倍数の時には、誕生KINと誕生日がちょうど年齢分離れるという法則があるので、ドリームスペルの受付が開始されたKIN151から、ちょうど45日が経過したことになる。平清盛で、鳥羽上皇の妻たま子が45才で他界したシーンが放映されたのも偶然ではないのかもしれない。というか、私がそれを見たのは偶然ではない。

今日のサイ時間単位KIN181(赤い水晶の竜)は、大阪のドリームスペル配布会で久しぶりに再会したアーティストMさんのKINであり、私の2013年の運命の道筋でもある。そして六甲山トンネルは、水晶山という山の辺りをつっきるトンネルであることを今日知った。最後にひとつ加えておきたいのが、昨日(KIN195)、剣武天真流の稽古仲間のSさんから頂いたスペイン土産の美しいタイルのこと。それはアミーゴの出身地、アンダルシアのものだった。

青い夜のウェイブスペルの始まり(磁気の門)にアルバムが届き、終わり(宇宙の門)に出身地のタイルが届く。こういうことのひとつひとつが美しい。真の時間からやって来るものは全て美しいのだ。


追記:スペイン語にも堪能なSさんは、「アルハンブラ宮殿があるグラナダの焼き物は、ブルーとグリーンが基調になっているのが特徴で、スペイン語で青はazulと言いますが、タイルを意味する言葉はazulejo, 面白いですね」と教えて下さった。ちなみにアルバム『Paseo de Gracia』の4曲目はazules y corinto(青と栗色)。そして、アミーゴ45才の運命の道筋「1・戦士」で、その惑星ホロンはまさにイベリア半島を包み込む。

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