一粒万倍天赦日の魔法台風18号

2017年09月19日 23:46

月の月28日 (G9/19) KIN119 青い月の嵐 (by D)

昨日、月の月27日(G9/18)は、母(KIN93=赤い月の空歩く者)の喜寿(77)の誕生日だった。特別なお祝いの機会という事で、「九つ井」本店の離れを予約してみたのだが、その時には、9、18、27が並ぶこの日が、テレクトノンで「ボロン・イクが9の力を送り出す」日だという事にも気づいていなかった。

本店に割と近いエリアに実家がある関係で、ずっと昔から「九つ井」の名は知っていたが、縁のないまま時は過ぎ、数少ない支店の一つがある二子玉川に越して来てからも、気軽に入れる感じではないお店と思い込んだまま13年間が経過していた。

変化の波は、本店近くに友人の増田博一(1・鏡)&オラヌ(5・鏡)ご夫妻が引っ越した事と関係して訪れた。その経緯は「大本を辿るー浅野正恭と井上鑑昭」に書いた通りだが、その後、改めて「九つ井」について調べてみると、割とリーズナブルにランチも頂ける事が判明。結果、この夏は二子玉川店にしばしば通う事となった。

G9/18は、『13の月の暦ドリームスペル)』ツォルキンだとKIN118(1・鏡)で、鏡のウェイブスペルの初日。台風18号は、当初の予報より早く関東圏を抜け、午前には台風一過の晴天となっていたが、本体は日本列島を北に向けて縦断している最中だった。「白い鏡」の紋章コードNo「18」とシンクロしたこの台風は、全く新しい秩序に向けての魔法を、日本全土にかけていたのかもしれない。

…と書いてから急に気になり、この台風について調べてみた。するとG9/9(5・月)に発生し、9/18(1・鏡)までの9日間勢力を保った模様。「赤い月」の紋章コード No「9」も含め、「9」で非常に強力にコード化されているのが分かる。「赤い月」のキーワードが「普遍的な水・清める・流れ」である事をメモしておこう。

talim.jpg ★台風18号の映像  earthobservatory.nasa.govより

アジア名はフィリピンが命名した「タリム(talim)」で「刃」の意味。興味深い事に、ドリームスペルで「白い鏡」の参考にされたマヤ暦の絵文字「エツナブ」には、何と「ナイフ」の意味がある。その上、この台風、何と観測史上初めて本土四島(九州、四国、本州、北海道)全てに上陸した台風となった。タイミングも動きも実に魔術的である。

初の「九つ井」本店は、味、空間、サービス共に申し分なく、大満足の内容で、母にも喜んでもらえたようだ。全員が抱いた共通の感想は、見た目の量から想像される感覚とズレて、お腹が満たされてしまったという事。おそらく、料理にもサービスにも、ホスピタリティの「気」が充ちているのだろう。この店をこのタイミングに思い出せて良かった。

帰りに、先の「増田博一うつわ展」でgetした最新作の「南蛮船シリーズ」をピックアップさせてもらいながら、母にも増田ご夫妻を紹介。この日が77の誕生日だった母と、68スピンの誕生KINだった増田さんが顔を合わせる事になったのも、ある意味「九つ井」のご縁。77-68=9という所にも、銀河の母「ボロン・イク(9・風)」の「9の力」を感じる。

ちなみに、2017.1.1もKIN118だったので、9/18は(ドリームスペルの数え方では)常に、G暦元旦から260日目に当たる日という事になる。この日、往復の移動で読んでいたのは、KIN241発刊の『開祖を語る13人の弟子たち』。増田夫妻との流れを思い出しての再読だったが、やはり面白い。

この日は、他にも強烈に面白いシンクロが幾つかあった。これぞ「時空のサーファー」と呼びたくなる吉田さん(KIN43)は、『銀河のマヤ、聖なる時の秘密』にも登場頂いた「青い夜」の方だが、流石に「白い鏡」の神秘キンだけあって、この1日の中で予期せぬ情報を色々ともたらして下さった。

一つは、「天赦日」という干支に関連して決まる開運日の情報で、9/18がその日に当たる事を、吉田さんのFB記事で知った。正直、『13の月の暦』を通じて、意識と暦の関係性を体験的に知ると、吉凶など気にしなくなってしまうものだが、文脈やタイミングによっては嬉しい話。

後から自分でも調べてみると、単なる「天赦日」ではなく「一粒万倍日×天赦日」だったそうで、その手の見方では、9/18が2017年最高の吉日だったようだ。確かに、個人的には素晴らしい1日だったが、そういう日だと知って日程を決めた訳でもないし、同じ日に台風で被災している方も大勢いらっしゃるのだから、結局は、その日どこに居て、どういう体験をし、それにどういう意味付けをするかだけなのではないかと思う。

もう一つの面白シンクロのきっかけは、その前夜にあった。私(KIN241)の「神秘のパートナー」でもある北海道の山口さん(KIN20)が、FBで「いいね」したページを偶々目にし、珍しく気になってその図をツイッターでシェアしたのだ。それは37に3の倍数を掛けると、全て3桁のゾロ目になるというものだった。

ゾロ目 
★http://www.jainmathemagics.com/artofnumbervol1/より

その記事を、台風の影響で仕事を休みにされた吉田さんが、面白いタイミングで目にし、以下のように応答されたのだ。「突然三草山に登りたくなり登ってきました。三草山の標高の数4239、今日の27日の157倍です!157は37番目素数を三草山頂上で確認し、家に帰ってきたところなので驚きです」。

4239というのは423.9mの事なのだが、その数の因数が27や157になるのをどうやって知ったのか?と不思議でならなかったが、吉田さんによると、どうやら「数のプロパティ」というサイト(アプリ?)があるようだ。私が見つけた「数の帝国」でも同じような事ができるのを知ったが、その道のオタクというのは本当に凄い。オタク万歳と思う(笑)。

37.jpg 

電車の中で吉田さんのツイッターを見た後、駅から家までの道を歩いていると、狙ったように「37」の車が13という駐車場に停車している。37番目の素数KIN157は、「13の月の暦」でその日のKIN118から39日=3ウェイブスペル(3×13日)後。三草山の「3」までシンクロしてる。

さらに、その日の夜、「広島37年ぶりリーグ連覇」のニュースを目にする。KIN37(11・地球)は、ホゼが『マヤン・ファクター』を捧げたチョッギャム・トゥルンパの誕生KIN。KIN37もKIN157も「赤い地球」で、広島も赤いC(=3)。「核」の影響力の「反転」を感じる。

さらに「37」は12番目の素数である事も発見。「水晶(12)の円卓」の活性化と、広島のリーグ優勝、つまり広島の活性化は、少なくとも私の中では、決して無関係な出来事ではない。

物事の意味が、もともと固定されておらず、人間が勝手に色々と意味付けしているだけだとしたら、そして、その意味付け行為によって「ある種の実効的な働き」が生じてしまうのだとしたら、どう受け止めて意味を付けて行くかについて、やはり注意深くありたいと思う。

カッシーニの誕生キン

2017年09月17日 00:57

月の月25日 (G9/16) KIN116 黄色い水晶の戦士 (by D)

10連続GAPの最終日だった昨日KIN115(11・鷲)に、土星探査機カッシーニ」が20年の旅を終えて土星大気中で燃え尽きた事が報じられていた。今日、ふと気になって調べてみると、色々面白い事が分かったので、以下にそのメモを記す。ただし、そんなに真面目に調べた訳ではなく、日付関係はwikiからの情報のみである事を予めお断りしておく。

カッシーニという名の由来となった天文学者ジョヴァンニ・カッシーニは、1625年6月8日生まれのKIN196(1・戦士)。グレゴリオ暦が始まった1582年以降なら、ドリームスペルに依拠したiOS用無料アプリKIN3D(*1)でダイレクトに調べられるので助かる。

太陽の紋章「黄色い戦士」が土星軌道に対応する事は、『テレクトノン』ボードに分かり易く示されているが、最初にその関係性が記述されたのは、1990年に発表された『ドリームスペル』である(*2)。

それにしても、誕生キンウェイブスペルも「黄色い戦士」だったカッシーニが、土星に関する多くの発見をしたのだから、何とも興味深い話だ。カッシーニの方が『ドリームスペル』より365年も前に生まれているのに、土星との関係が、まるで運命付けられていたかのように見えるからだ。

天球儀★こちらはフィレンツェのガリレオ博物館にある天球儀

占星術から天文学に進みながら、結果的に占星術を否定する事になったカッシーニにとっては、こういう話もたわ言にしか聞こえないかもしれないが、それはさておき、目を探査機のカッシーニの方に向けてみよう。

打上げ    1997.10.15(KIN125)
土星軌道投入 2004.6.30(KIN233)
運用終了   2017.9.15(KIN115)

探査機の方も、ザックリではあるが『時間の法則の20の銘板』と絡んでいる。『20の銘板』のクロノグラフは、1997.7.26(黄色い倍音の種の年)から始まった「磁気の月」をKIN1とみなし、「ひと月=1キン」で数える方法である。その数え方で260ヶ月が完了したのは、2017.7.24。この20年は、ほぼカッシーニの運用期間とダブっている。

さらに、土星軌道に入ったのも「石の神秘の7年」の始まり(2004.7.26)とほぼ重なっていて、20年の運用中、土星軌道にあったのは13年。「ドリームスペル創世記」で12:60周波数の発信地の一つとなっている土星軌道で、20:13を体現したカッシーニは、3次元的な任務とは別の、何か特別な銀河的任務も担っていたのかもしれない。

おまけで書いておくと、ジョヴァンニ・カッシーニが他界したのは1712.9.14(KIN69)。その305年と1日後に、探査機カッシーニも任務を終えたのだった。


(*1)同じ会社が古代マヤ暦の日付を出すアプリMaya3Dを出している事からも、「マヤ暦」と「ドリームスペル13の月の暦)」は別物である事が明らかなのだが、日本ではかなり混乱されているので、よく分かっていない人はまず「【13の月の暦】の大基本」を参照の事。

(*2)1987年の『マヤン・ファクター』の時点では、「黄色い戦士」という呼称はまだ存在せず、古代マヤ暦の呼称「キブ」が用いられているので、「黄色い戦士」=「土星軌道」とは書かれていない。この頃はまだ閏日処理にも試行錯誤が見られ『ドリームスペル13の月の暦)』準備中の過渡期と見なせる。

マヤ暦と易経

2017年09月04日 23:00

月の月13日 (G9/4) KIN104 黄色い宇宙の種 (by D)

マヤ暦ツォルキン)」と「」とを関連付けて述べた最初の本は、私の知る範囲では、「13の月の暦」提唱者の一人、ホゼ・アグエイアス博士による『Earth Ascending(アース・アセンディング)』ではないかと思う。もし、1984年初版の本書よりも前に、そうした文献があるのをご存知の方は、是非、ご教示いただければと思う。

EA.jpg 

その3年後の1987年に発表された『マヤン・ファクター』では、を「顕現物としての生命体」に関与する「遺伝子コード」の象徴として、ツォルキンを「光体」に関与する「銀河コード」の象徴と見なして、論を展開している。つまり、ホゼは、マヤ暦に関する本を世に問うた初期の段階から、常に「」との関係について言及して来ているのである。

MF.jpg ★私が持っているのはこのVOICE版

そうした長年の研究の成果が一つの形として結実したのが、銀河文化ツールの一つ『時間の法則の20の銘板』である。1997年に東京(会場:倫理研究所)で行われた「時間の法則に関する世界会議」で公式発表されたこのツールは、1987年の時点ではまだ形に成りきっていなかった『13の月の暦(ドリームスペル)』と「」を結びつけた具体的なプログラムで、2013年までの16年間が実践期間とされた。

その概要は、パン・ジャパン・ライブラリーの中で、アグエイアス夫妻による解説が公開されているので、誰でも知る事ができる。また、私はその日本語版の制作世話人代表を引き受けた事もあって、16年の間、実際に日々実践を試み、その内容と本質については、知識的にも体験的にもある程度理解しているつもりである。

今回、このテーマでブログを書こうと思ったのは、そうした背景を隠したまま、あるいは全く知らないまま、マヤ暦占い(鑑定)のオプションとして、の情報も使っている人々がいるらしい事を耳にしたからである。また、それをきっかけに、私自身が、曖昧な理解をしていた点について、明らかにする事が出来たからである。

占いや鑑定を含め、他者へのアドバイス的な用いられ方がなされている巷の「マヤ暦」と、「13の月の暦」との関係については、既に「【13の月の暦】の大基本」に整理してあるので、基礎的な事を知らない方はまずそちらを先に読んで頂くとして、ここでは「易の卦」との絡みに絞って情報を整理してみる事にする。

占い鑑定系の人々(特に各団体の親玉に当たる連中)が参照していると思われる情報ソースは、出版時期から推察して、ほぼ『マヤン・カレンダー』(高橋徹著/VOICE)と見て間違いないだろう。書籍の初版発刊年は、情報の出所を検討する際、最低限確認しておくべきポイントの一つだ。

著者の高橋徹さんは、上記『マヤン・ファクター』やパン・ジャパン・ライブラリーにUPされている膨大な資料の翻訳だけでなく、アグエイアス夫妻来日時の通訳なども務められた方で、夫妻と深く交流し、彼らの情報の本質と重要性をいち早く理解して、日本に紹介して下さった恩人にして先駆者である。

さて、『マヤン・カレンダー』は、大きく分けて3度、同じ出版社から出されている(ここではポイントが拡散しすぎないよう高橋いづみさんの『マヤン・カレンダー2』については触れない事にする)。そこで、以下、1994年発刊のものを「初版」、2000年発刊のものを「新装増補版」、2006年発刊のものを「2012」と記述する事にする。

MC_20170904224321083.jpg MCN.jpg ★左が「初版」右が「新装増補版」

「初版」と「新装増補版」は、冒頭の解説部分を除くと、前半は365日暦、後半は260日(ツォルキン)について、日毎のメッセージや解釈例が書かれている。今回、注目すべきは、後半の260日暦のパートで、その中でも特に、各ページの一番上に記されている調波(4日単位)毎のメッセージ(一文)についてだ。

「新装増補版」では、その33ページに徹さんご自身が書かれている通り、アグエイアス夫妻の研究に従った形で、「易の卦」がそれぞれの調波に割り当てられている。より具体的に書けば、それは上記『時間の法則の20の銘板』の「先天図」に依拠するものである。

この事は、出版時(2000年)から把握していたが、「初版」には、特に「易の卦」についての説明は無く、また「卦の番号」も記されていなかったので、私は最近まで、それが「易の卦」に由来しているものなのかどうかも、実は分かっていなかったのだ。そこで、これを機に、直接、高橋徹さんに尋ねてみる事にした。以下は、その回答からの抜粋である。


”33ページに「筆者独自」と書きましたが、『マヤン・カレンダー』初版の時点では、当時、私なりに考えた対応に基づきました。非常に単純な対応関係で、調波1から32までは、易の卦の番号の1、3、5、……という具合に順番に奇数を対応させ、逆に調波64から34まで戻る順番では、易の卦の番号の2、4、6、……という具合に偶数を対応させるという方式です。”


つまり、「新装増補版」P33に、「初版」時も「易の卦」に対応させていた事がきちんと書かれていたのに、私がそれを見逃していただけだったのである(ただし「初版」での配列法則まで知っている方は非常に限られていると思う)。こういう事が判明した時には、直に修正するよう心がけているが、私も結構いい加減なところがあるので、このブログに書かれている事も、最終的には、皆さん自身で確認して頂きたいのである。

さて、実際に「初版」と「新装増補版」を比較してみると、確かに同じ「卦の番号」に相当する所には同じ文章が入っている事が確認できた。法則が分からないと、同じものが並べ替えられているだけなのに、「易」由来なのかどうかも分からなくなってしまうのだから不思議だ。「順番」や「配列」というものの妙を、改めて考えるきっかけを頂いた気がする。

ちなみに「2012」にも、「新装増補版」と同じ(『20の銘板』に従った)順番で「易の卦」がツォルキン冒頭から4日毎対応するよう並べられているが、こちらは、ツォルキン自体が、ドリームスペル(13の月の暦)バージョンから、古代マヤ暦バージョンに差し替えられている点が大きく異なる(古代マヤ暦とドリームスペルの違いについては「【13の月の暦】の大基本」参照のこと)。

mc12.jpg 

なぜ、徹さんがそのようにされたのかは「2012」に詳しく書かれているので、関心のある方は、そちらに直接当たって頂くとして、ここでは、その中から、私が強いインパクトを受けた一文を「2012」のP51から引用してみたいと思う。


”「今さらこのような日々の解釈には意味がない、自分がその日をどうとらえるかが大切なのだ」ということを読者にも体験してもらいたいのです。その意味で、本書はわれわれが本道に立ち返り、ツォルキンの本質をきわめることを促す「捨石」です。”


かなり過激な文章だが、「初版」からずっと訴えて来られたのにも関わらず、そこはスルーして、日々のメッセージの方ばかりにくっついてしまう読者に対する訴えの気持ち、そして混乱を招いた一因を作った(と徹さんが思われている)事に対する責任の気持ちが、強く表れているように思えるのである。実際、徹さんは、「初版」でも「新装増補版」でも、きちんと以下のような注意書きを入れて来られたのである。


「初版」より
・どんな答も本書の中にはなく、それは常に生きているあなたの中にあります。(P22)
・ポイントは個々の内容や表現にあるというより、日々の時間を構成している全体の構造やしくみにあるのです。(P204)

「新装増補版」より
・「ツォルキン」の260項目の内容は、1994年時点で筆者が試みた日付の解釈の一例です。この解釈は、筆者の個人的なものであり、人の性格やその日の「意味」を特定するものではありません。(P6)


当然、これらはツォルキンそのものだけではなく、それと連動する形で掲載されている「易の卦」にも通じるものなので、「ポイントは全体の構造やしくみにある」という考え方を無視して、個々の卦の意味解釈に走ったり、それが自分の体験とマッチしているかどうかを論じても、殆ど意味は無いのである。

割と最近になって私が気付いたのは、「確定したブループリントのような情報がどこかに存在していて、それを読み取る」という発想を、無意識レベルで強くしている人ほど、「13の月の暦」の本質が分からなかったり、難しいと感じたりするケースが多いようだ、という事。

確かに、洋の東西を問わず、「暦」と絡む占いには「決まっている運命」を読み取り、読み解くという発想が少なからずあるので、「暦」というだけで無意識レベルからそういう受け止め方をしてしまうのも、ある意味、仕方の無い事だとは思う。だが、最初に「全く異なる発想で生み出されたもの」という事が理解できていれば、「運命論的占いシステム」に改変された偽マヤ暦に引っかかったりする事はやはり無いのだ。

以上、「易」と「マヤ暦」に関する情報の出所と背景を整理してみたが、それらの関係性を真摯に探求されている方にとって、少しでも参考になれば幸いである。

最後になってしまったが、今日、KIN104(13・種)は、文中に登場いただいた高橋徹さんの銀河の誕生日。このブログ記事がお祝いに相応しいかどうかは、かなり疑問だが(笑)、私が「13の月の暦」に出会い、「易」との関係について考察することができたのも、徹さんがいらして下さったからこそ。

心から感謝しつつ、83回目の銀河のお誕生日を、お祝い申し上げます。

ハーモニック・コンバージェンス30周年「時空を超えた出会い」

2017年08月19日 03:53

磁気の月24日 (G8/18) KIN87 青い太陽の手 (by D)

8/16、17は、「ケツァルコアトル(13の天国と9の地獄)の預言」というマヤに伝わる預言に基づいて、1987年に催された世界規模の平和の祭典「ハーモニック・コンバージェンス」(以下H・C)の30周年を記念するタイミングだった。マヤ長期暦のバクトゥンという単位、そして聖書の黙示録に登場する数でもある144,000人が世界の聖地で祈る必要性を訴えたこのイベントは、後に『13の月の暦ドリームスペル)』を提唱するホゼ&ロイディーン・アグエイアス夫妻によって、呼びかけられたものだった。

しかし、このイベントが実際には何を意味するものだったのか、あるいはどういうコンテクストで呼びかけられたものだったのかを知る人は少ない。昨今は「同時刻に気持ちを合わせて祈りましょう」的なものも珍しく無くなった関係で、そういうものの一つくらいにしか認識されていないような気もするが、H・Cこそが、そうした運動のモデルになった源泉の一つなのであり、だからこそ、当時の先鋭的なアーティスト達が反応し、メディアも取り上げたのだ。

マヤ暦という呼称を巧みに組み込む21世紀の商人たちは、このH・C情報やイベントも商材にしてしまうような所があるので、本質を知りたい方は、無駄に散財する前に、まず呼びかけた張本人であるホゼやロイディーンの文章に当たる事をお薦めしたい(むやみやたらと情報収集に走る人に限って、改変されまくった2次、3次情報にひっかかるケースが多く見受けられる)。以下に参考情報を記しておく。

・『新しい時間の発見』(風雲舎)P48〜
・『マヤン・ファクター』(VOICE)の P275〜
・『時空のサーファー』は全体的にその経過をまとめたもの(小学館版とモデラート版がある)

HC本 

ところで、少なくとも上記書籍の内容くらいは把握している私達自身は、この記念すべき2日間をどう過ごしたのか?を書いておこう。過去にはイベントを主催した事もあったし、今後も閃きがあれば何か呼びかけたりするかもしれないが、「銀河時間で生活し、それを体現し続ける事はイベント開催と同等の働きを持つ」と実感している私達は、「普段通りシンクロ時間を生きる」事を徹底させていた。

KIN85(8/16)は、横浜元町アンブロシアの野田さん(KIN101=Lの反対のパートナー)に髪をカットして頂いた後、三菱一号館美術館で開催されている「レオナルド×ミケランジェロ展」へ。もともとは別な予定があったのだが、諸事情によりそれが延期となり、時間がぽっかり出来た。その時、KIN85から突如思い出したのは、G5/30(水晶の月1日)にフィレンツェのウフィツィ美術館で、ダ・ヴィンチの「マギ(東方三博士)の礼拝」を見た部屋が「85」だったという事。

IMG_1516.jpg 

加えて、「レオナルド×ミケランジェロ展」の最終日(G9/24=KIN124)は、ウフィツィ美術館での「マギの礼拝」特別展示期間最終日ともシンクロしており、三菱一号館を「3・1 → 3・竜」とすると、今の私の道筋KIN81ともシンクロする事にも気付いた。こうして「お告げを読む」と、然るべき時に然るべき場所に行けるという事を、21年前に『時空のサーファー』を手にした直後から連続的に体験し続けているのだから、迷う事はない。

IMG_2086.jpg ★私の初イタリアは2014トリノ、2回目は2016フィレンツェ

ユリウス暦からグレゴリオ暦への変換に注意すれば、ダ・ヴィンチはKIN186(4・橋渡し)、ミケランジェロはKIN221(13・竜)で、共に私達の地球家族である。さらに、今年のG4/24にダ・ヴィンチは生誕565周年をKIN231で迎えていて、その時Lは79銀河スピンを迎えた。そしてウフィツィ美術館で「マギの礼拝」以外のダ・ヴィンチの作品は「79」の部屋に展示されているのだ。このシンクロは、私たちが生きている間には、今年しか起きない。

ある意味、シンクロの醍醐味は、こうした一回性にこそあると言えよう。展示会場は想像していたよりも空いていて、ハーモニック・コンバージェンス30周年の記念日に、ルネサンスのエネルギーが収束しているかのような巨匠2人の筆致を思う存分堪能出来たのは、何よりの喜びだった。

KIN86(G8/17)は、こよみ屋KOZOさん主催の「ハーモニック・コンバージェンス30周年の集い」で渋谷デイライトキッチンへ。懐かしいメンバーとの再会や、日本各地から参加された方々との出会いを楽しませて頂いたが、中でも香りと共にマダガスカル産の水晶もギフトとして贈って下さった芳美さん(KIN108)のセレモニー、パカル王の生誕1414年(今年)の道筋とシンクロしているタツさん(KIN200)の話(見事に要点が押さえられていた)には、感動するものがあった。

しかし、今回、個人的に最もスパークしたのは、私が「13の月の暦」に出会った直接的な原因でもある『時空のサーファー』(小学館)編集担当者のOさんに、20年越しでようやくお会い出来た瞬間だった。想像していた以上の共鳴度の高さに、初めてお会いしたとは思えない気分だったが、何だか無性に嬉しくて『マヤン・ファクター』監訳者の滝元さん(KIN190=パカル王)を交えつつ、すっかり話し込んでしまった(*追記1)。

ot.jpg ★中央が尾崎さん、右が滝元さん

何しろ、H・Cについて詳しく書かれている原典的な2冊の本の直接的な関係者と、その30周年記念の日にゆっくり語り合えたのだから、これ以上の至福は無い。きっと、ホゼも喜んでくれたのではないだろうか。これも、集いを企画・実施して下さったKOZOさんや関係者のみなさまのお陰と感謝する次第である。

これだけでも、もう十分なギフトを頂いた気分だったが、驚きはまだ続いた。何と、30年前のH・Cを富士山頂で迎えて参加されたオノ・ヨーコさんについての番組が、翌KIN87(G8/18)にNHKで放映される事が分かったのだ。何週間か前に、ニュース記事で8月に放映があるのを見かけてはいたのだが、それが具体的にいつだったかはメモしていなかった。それを、Lが再確認してくれたのだった。

30周年の2日間が続いた直後のこのタイミングでの放映は、アグエイアス夫妻がH・Cを通じて世界に広めた「ケツァルコアトルの預言」が、今も生きている事を示しているように思えた。そして、KIN186(4・橋渡し)生まれの彼女は、ダ・ヴィンチ(KIN186)との繋がりを明確に意識させるだけでなく、H・C30周年初日(8/16)に「レオナルド×ミケランジェロ展」に導かれたのが、単なる偶発性のものではなかった事を感じさせてもくれた。

実は、オノ・ヨーコさんがH・Cに参加したという話を聞いた当初は「本当だろうか?」という気持ちもどこかにあったのだが、ある時、ご本人による『ただの私(あたし)』(飯村隆彦編/講談社文庫)の中で、証拠をつかむ事ができた(*追記2)。以下、巻末の南里空海さんによる解説文(P240)より引用してみよう。

”三年前にヨーコさんと一緒に富士登山をしたことを思い出す。世界中の平和を願う人達が同時刻に指定された場所で平和を祈るというもので、日本では富士山頂がその場所だった”

この文章は、1990年の出来事を振り返る文脈で書かれているので、やはりH・Cに富士山で参加したというのは本当だったのだ。それにしても、この文章が書かれているのがP240というのも凄い。何故なら、ホゼに強い影響を与え、富士山頂にあった富士山レーダーの設計者でもあったB・フラーの誕生KINがKIN240だからだ。

もう一つ、南里空海さんまで一緒にH・Cに参加されていた事も驚きだ。この方『伊勢の神宮』という素晴らしい本を出されているのだが、ホゼは2004年に伊勢の神宮神域内で講演し、私達を含む当時のPAN(惑星芸術ネットワーク)メンバーと共に『ドリームスペル』日本語版を内宮で奉納している。そして20年周期(≒カトゥン)で行われている式年遷宮は、「銀河の同期」と同じ2013年に行われたばかり。見えない次元での繋がりを意識せずにはいられない。

せっかくなので、番組に一緒に出ていた息子のショーン・レノンについても触れておこう。父、ジョン(KIN114)と同じG10/9生まれの彼は、KIN149(6・月)。この日付は、私が滝元さんと共にパレンケを訪れ、碑銘の神殿でテレクトノンをプレイし、地下墓室で石棺を目にした日付。流石にH・C 30周年、強烈である。

が、まだ続きがある。H・C10周年(ケツァルコアトル・プロジェクトの完了)を祝って、アグエイアス夫妻らと共に、目黒不動尊で祈った事は、Lも私もよく覚えていたし、その時からぴったり20年だった8/16にも話題にしてはいたのだが、どこかに記録があったはず、と今日改めて探してみたら、パン・ジャパン・ライブラリー「黄色い倍音の種の年(1)」の冒頭から2/3辺りに、以下の文章を発見した。

”国際日付変更線を交差したために、私たちは、磁気の月22日、ハーモニック・コンバージェンスの10周年を二度祝うという体験をしました。私たちはハーモニック・コンバージェンスのお祝いを二度、一回は日本で、もう一回はマウイで行なったのです。

日本での第1回目のお祝いは、パン・ジャパンの人たちと共に、東京の目黒不動尊で美しい夜明けのセレモニーを行ないました。私たちは輪になって立ち、いまや実現可能になっている「13の月の暦に替えること」にみずから誓いを立てました。私たちは、セレモニーのあと、ほかならぬデニーズで朝食ミーティングを行ないました。そこで、将来の協力関係に関する詳細を最終的に話し合ったのです。そして同じ日、私たちの第2回目のハーモニック・コンバージェンスのお祝いのために、日本からマウイへと太平洋を横断して、私たちはハレアカラ──太陽の家──の頂上まで行きました。”

この記事を再発見したのが今日KIN87「青い太陽の手」(パカルの特別な13日)で、マウイ島が「青い手」の惑星ホロンエリアにあること、そして、同じ日に、H・Cの呼びかけに応じて富士山頂で祈ったというオノ・ヨーコが出演する番組がNHKで放映されたことは、やはり時空の記憶回路「スユア」の活性化と決して無関係ではないだろう。

さらに、私は、翌日(というかもう明け方になりそうだが)のKIN88、マウイと横浜に拠点があるナディアで、「13の月の暦」についての話をする予定になっているのだ。だから、今回のナディアでのクラスに参加される方は、この文章を読んでいようがいまいが、自動的にH・Cのスユア(記憶回路)と完全に接続する事になる。おそらく、そこに居合わせるだけで、私が21年前に体験したようなシンクロ加速体験が始まるだろう。

私は「13の月の暦」の勉強をしてシンクロが加速した訳ではない。『時空のサーファー』に出会って、スユア(時空の記憶回路)が激しく活性化されたからこそ、直後にホゼ・アグエイアス本人に出会い、暦の本質も体感的に分かってしまったのだ。いや、仕組みや本質の理解に必要な学問的側面も、既にシンクロで済ませていたという方が正しいかもしれない。

いずれにせよ、ポイントのズレまくった勉強をするよりも、然るべき時に然るべき場に居合わせる方が、ずっと理解は早い。「然るべき時」がよく分からないという人は、即座に横浜ナディア行きを決意するか、それが無理なら来週の神楽坂セイ・ギー・ヒーの機会を逃さない事だ。この文章を読んで、そういう行動を取れる方なら、もうそれだけで大丈夫である。

(*追記1)”KIN90の夜、文中のOさんこと尾崎さんに確認が取れたので、どうしても書いておきたかったエピソードを、写真と共に添えておく。実は、この尾崎さんと滝元さん、ホゼの著書に関わったという以外には全く接点が無かったのにも関わらず、驚くべきことに、ある時期、同じ高層マンションのお隣さん同士だったのだ!2人を繋ぐ唯一の人物である高橋徹さんが、年賀状の住所を見比べて気付いたらしいのだが、随分後になって、偶々某駅でバッタリ会った時に徹さんが滝元さんに伝え、その後3人で会う事になったという。そんな超シンクロ体験を誰にも話さず黙っていられる徹さんにも驚かされるが、やはり、こうした事実があると「ユスア」の働きというものを実感せずにはいられない。

(*追記2) ハーモニック・コンバージェス当日、オノ・ヨーコさんが富士山に登ったという話は、『マヤン・カレンダー』(VOICE)にも書かれている事を、その著者で日本での「13の月の暦」普及の土台を築いて下さった高橋徹さんから、最近のやりとりの中で教えて頂いた(私もおそらくこの本で知ったのだと思うが、すっかり失念していた)。1994年刊の最初のバージョンではP13に、2000年刊の新装増補版ではP20にその記述がある。

終戦記念日の祖父母への感謝

2017年08月16日 00:46

磁気の月21日 (G8/15) KIN84 黄色い律動の種 (by D)

終戦(敗戦)記念日のG8/15は、常に『13の月の暦ドリームスペル)』の元旦である7/26から20日後に当たる。従って、元旦が「黄色い種」なら終戦記念日も必ず「黄色い種」となる。なぜなら、「太陽の紋章」(*)は20種類しか存在せず、20日周期で同じ紋章が巡って来るからだ。そして、あるきっかけから、私はこの元旦と終戦記念日との関係を強く意識するようになった。

故・江本勝氏の会社(I.H.M.)時代から共に仕事をして来た青山保喜氏(現ウィリット代表)の52才の誕生日でもあった2010年8月15日(KIN129)、思いがけない人物からメールが届いた。それは安倍昭恵さん(現首相夫人)からのもので、拙著『シンクロニック・ジャーニー』を偶然手にし、そこに思いがけず夫・晋三氏や江本氏の事が書かれていた事に、シンクロを感じられたらしい。

その経緯は『マヤのリズム』に、その後の更なるシンクロ(今年の私の道筋KIN81と剣山の関係等)については『霊性のアート』に、ご本人の了解を得て掲載させて頂いているが、その流れと関係して、2010年11月に、当時シャンバラ教室生だったYさんから「終戦の詔勅」というコピーを頂いた。

「堪ヘ難キヲ堪ヘ…」で有名な玉音放送の原稿である。表紙が「詔書」ではなく「詔勅」となっている理由は不明だが、ネットで調べた限りでは、改行状況や文字の書体含め、本文に関しては国立公文書館にある原本と同じものだと確認できた。

詔勅 

全13か条からなるポツダム宣言が発せられたのが、「13の月の暦」の元旦に同期する1945.7.26(KIN44)で、その受諾を国民に公表したのが同年8/15(KIN64=16×4)だったのだと明確に意識するようになったのは、その年からである。奇しくも、G8/15は「磁気の月21日」に当たり、そのサイ時間単位は常にKIN16、昭和天皇の誕生KINとなる。

終戦時には、まだ存在していなかった「13の月の暦」(の特別バージョンで倫理研究所と深く関係しているサイ時間単位)の数え方で、昭和天皇ご自身の誕生KINが、終戦記念日と完全にリンクしているところに、この暦が今、この世界に現出している意味を感じる。

戦後72年の今年は、52年が還暦となる「13の月の暦」だと、72=52+20という関係から、終戦時の365日暦と260日暦の関係と、ぴったり20日ズレた関係になる(『20の銘板』は終戦時と完全シンクロした周期でスタートしていた事に改めて気付かされた)。具体的に書けば以下の通り。

・1945.7.26=ポツダム宣言=KIN44(5・種)
・1945.8.15=玉音放送=KIN64(12・種)
・2017.7.26=KIN64(12・種)
・2017.8.15=KIN84(6・種)

つまり、今年「黄色い水晶の種の年」の元旦は、終戦時の今日(8/15)と同期しているのである。その意味するところをどう受け止めるかは「各人に依る」というのが『13の月の暦』の特徴だが、私にとっては、「それまでの価値観が意味を失ってゼロになった日」という感覚が強い。

そして、そういう日が今年の元旦とシンクロしているという事は、この一年が「協力を捧げる/普遍化する」というキーワード由来の意味合いだけではなく、「価値観のゼロ化」とリンクする一年という側面もあることを想像させるのである(そうと決まっている訳ではない)。

そもそも「価値観のゼロ化」と言っても、人によってその印象は全く異なるだろう。法や権力の象徴でもあった軍や憲兵、報道機関や教育機関などを信じ込んでいた人にとっては、終戦によって、天地がひっくり返るような感じがしたであろうし、端からそんなものは信じておらず、より普遍的な指針で生きていた人にとっては、(色々と現実的に大変な事はあったにせよ)案外、真っさらになった事を前向きに捉えていたかもしれない。

そういう意味で、この新しい一年は、個人的に結構注目している年でもあるのだ。加えて、今日のKIN84は、私の父方の祖父の誕生KINでもある(本日で生誕173銀河スピン)。といっても、実は、それが判明したのは、2017.3.24(KIN200)になってからで、恥ずかしながら、それまで自分の祖父母の誕生KINを真面目に調べた事が無かったのだ。

子供の頃には誕生日毎にお祝いの手紙を送ったりしていた記憶もあるのに、他界してからは、季節すらよく分からなくなっている事に気づいて、母に改めて確認したのが、パカル王の生誕1414年とシンクロしていたG3/24だったのである。今頃になって、という気もしたが、以下のような関係性を知ると「今がその時」だったようにも思える。

遺伝的な意味では、誰にとっても祖父母は4人(4は「黄色い種」の紋章コード番号)しかいない。その4人の誕生キンを合計してみると、何と480になるという事を、私はパカル王の誕生記念日に発見したのである。そして、そこから141日後のKIN81(9×9)に、私は48(12×4)になった。

「黄色い水晶の種」=「12・種」であり、それは「12・4」と表記できる。「水晶の円卓」と「種」。「種とは私の遺伝的源泉の4人の祖父母でもあるのだ」という思いが、今日、終戦の日に浮かび上がる。厳しい戦時下を生き抜いた祖父母たちに改めて感謝すると共に、私が「他の誰でもない自分自身を生き抜くこと」こそが、祖父母(あるいはそれ以前の全ての祖先たち、さらには地球生物圏)への最も価値ある贈り物となるのではないか、と長年の霊性研究から思うのである。

実は、KIN84の祖父は、父が子供の頃に既に他界しており、唯一直接顔を合わせた事のない祖父母なのだが、今日、この記事を書いた事で、四次元的に深く交流できたような気がしている。お爺ちゃん(小原徳四郎さん)、どうもありがとう!

(*)1990年に発表された『ドリームペル』に由来する用語(マヤ暦ではこのような呼び方はしない)。詳しくは「【13の月の暦大基本」か文中の『マヤのリズム』を参照。

銀河新年「水晶の円卓の20年」の始まりに

2017年07月26日 21:36

磁気の月1日(G7/26)KIN64 黄色い水晶の種(by DL)

銀河新年、あけましておめでとうございます!

sf.jpg 
時間船サグラダファミリアのマリアの塔


いよいよ「黄色い水晶の種の年」が始まりました。毎年元旦は気持ちが新たになるものですが、今年はかなり特別で、単に「新しい1年」が始まっただけではなく、「新しい20年」の始まりでもあるのです。

私(D)が日本語版の制作世話人をさせて頂いた『時間の法則の20の銘板』のクロノグラフには、1ヶ月=1キンという数え方が登場します。このカウント法を継続すると、「黄色い倍音の種の年」(1997.7.26〜)から始まった20年(=260ヶ月)のサイクル、つまり260キンが、先の「宇宙の月」で完了し、今日から始まった「黄色い水晶の種の年」の「磁気の月」が、新たなKIN1に対応する事になります。

12兎 ★「13の月の暦TIMESCORE」に付いて来るステッカー(byみよこみよこ)

「磁気の月」全体がKIN1に対応するというこのパターンが次に巡って来るのは2037年なので、今日から始まった1日には、「新たな20年への種」が込められていると言っても良いのです。20年という単位は、伊勢神宮で1300年以上続けられて来た式年遷宮の周期であり、古代マヤ暦でもカトゥン(=20トゥン=7200キン≒19.6年)という重要な周期に近似します。

この周期が重要視される理由は色々あるでしょうが、赤ん坊が成人して次の世代の子供が生まれるタイミングだとか、職人の技術が継承されて行く時の「一世代」と言った、天体周期というよりは、ある種、人類の生活と関わる普遍的な周期のような気もします。

これだけでも、今年の元旦はひと味違う訳ですが、その「新しい20年」がKIN64(12・種)から始まるところにも、私は何か銀河的な意志のようなものを感じずにはいられません。何故なら、64はまさに『時間の法則の20の銘板』の中心コードであった「易の卦」、そして「DNAコドン」の数でもあるからです。

銘板写真 ★『時間の法則の20の銘板』日本語版

また、『テレクトノン』での回路2(海王星ー金星)「連合した記憶と本能」とも関係してきます。回路2は32単位で「水晶の力、DNA構造の2分の1」とマニュアルに記されています。

しかし、より注目したいのは「12」です。銀河の音「12」には「水晶の(Crystal)」という名がつけられていて、そのキーワードは「協力/捧げる/普遍化する」。ウェイブスペルの12段階目に「円卓会議が開かれる 過去の行為が公式化され 未来の行為が用意される」とあるのも、これらのキーワードに由来があります。

そこには、「見返りを求めない精神を持った人々による無償の協力体勢こそが、水晶のようにクリアで賢固な高次の形を生み出す」という意味合いも込められているのです。もう少し身近な感じに翻訳すれば「個々人が自らの体験を手放し(他者にどう思われるかなど気にせず)公開することで、その経験と情報が、全体(各メンバー)に新たな気づきと力強い繋がりをもたらす」というように捉える事もできるでしょう。 
エクスカリバー ★映画『キングアーサー』のエクスカリバー

ちょうど、昨年の「水晶の月」に円卓をテーマにしたクラスを行った折、参加者の方からいただいた問いかけと、映画『キングアーサー』の上映、そしてエクスカリバー雲がシンクロした事もあって、少し前にはFBにも【「13の月の暦」水晶の円卓】というグループが生まれたばかりです。

剣★G6/22(KIN30)に二子玉川に出現したエクスカリバー雲        

このタイミングに持続可能な社会の構築を模索するル・シエル財団から、「12賢人会議」のメンバーに選ばれた青木宏之先生(私たちの天真体道の師)が、NY国連ビルでの会議に参加されること(G11月)、また、ドキュメンタリーフィルム「The Twelve(12)」(こちら)にも登場されることは、決して偶然ではないと私は思っています。

今、まさに、世界が円卓的手法(上座下座の無い公平な場)で協力を捧げ、普遍化する流れがやって来ている。そして、それは単にこの1年だけの話ではなく、今日から始まった「新たな20年」のテーマでもあると、私は感じるのです。より良い地球を共に生きるためにアイディアを出し合い、協力して行く。そんな20年になることを願いつつ、新年をお祝いしたいと思います。

青いスペクトルの嵐の年「時間をはずした日」

2017年07月25日 11:01

時間をはずした日(G7/25)KIN63 青いスペクトルの夜(by D)
琵琶湖 

13の月の暦(ドリームスペル)』を使っている世界中の人々が、お祝いしたり瞑想したりする日で、18年前の今日は、琵琶湖の畔りで、江本勝所長や塩谷信男先生らと「時間をはずした日」を祝っていた事を、今、思い出しました。写真は、昨日(宇宙の月28日)、中学時代の同級生で私と生年月日が完全シンクロしているT(KIN241)と訪れた琵琶湖白髭神社の鳥居。今日の「青いスペクトルの夜」、そして一年を納め新しい一年へのゲートとしての「時間をはずした日」のイメージです。

時間をはずした日」のポイントは「普段のルーチンとは違ったモードで過ごすこと」。だから、お休みを取って自然の中に入って行ったり、仲間と集まってお祝いしたりするのも素晴らしいことですが、普段通りの生活をしながらでも、気持ちを「はずす」ことはできます。一人一人のやり方が尊重されるのが「13の月の暦」の世界です。

そして、明日から新しい「黄色い水晶の種の年」が始まります!

明日は、単に新しい1年の始まりというだけでなく、「新しい20年」のスタートにも当たるスペシャルなタイミング。そして、物事は何よりも始め方(どういう意図でどの方向を向いているか)が重要です。そのための特別な瞑想を行いますので、「円卓型時間船(円盤型宇宙船)に乗ろう」という方は、どうぞ万難排して「天真体道瞑想・元旦スペシャル瞑想会(二子玉川)」(7/26 10:00~11:10)にご参加ください。それくらいスペシャルだという意味です。

それでは、みなさま、よい年の瀬を。



※もしも「マヤ暦時間をはずした日」という言い方や書き方をしている人が周囲にいたら、その方は、自分が使っている暦の由来を知らない(よく調べない)人か、貪欲な商人としてあえて宣伝効果の高い「マヤ暦」という用語を使っているかのどちらからです。疑問に思う方は、まず【13の月の暦】の大基本を、次に『マヤのリズム』を読まれることをお薦めします。そう言える根拠が整理してあります。

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