滋賀(志賀)ー 高島 ー 安曇の活性化

2017年05月19日 03:06

スペクトルの月17日(G5/18)KIN255 青い銀河の鷲

中学時代の同級生で、部活も同じで、誕生日(磁気の月18日&KIN241)まで全く同じ人物が居る。その平井俊旭君(以下トシ:中学時代の呼び名)からFBを通じて連絡があったのはG4/15(KIN222)。数年前に学年全体の同窓会があった時に顔を合わせて以来なので、かれこれ5年ぶり位だろうか。確か当時は、スープストックトーキョーの仕事をしていたはずだが、メッセージには「今は滋賀県の高島市っていうところに住んでいて、行政の仕事を受けて地域の活性化のような仕事をしてます」とあった。

それで改めてプロフィールを見ると、「雨上株式會社」社長となっている。いつの間に!と思ったが、おそらく今の仕事と関係があるのだろう。連絡のきっかけは水に関する事だったようで、しばしメッセージのやり取りをして、「まあ、近いうちに会おう」という流れになった。ところで、高島市ってどの辺りなのだろう?と気になって調べると、琵琶湖の西岸北寄りのかなり広いエリアである事が分かった。地図を拡大してみて驚いたのは、市の中心部に流れている川の名が安曇川だった事。

今年の春分(KIN196)とその翌日の2日間、安曇族発祥の地とも言える志賀島で過ごして来たばかりのタイミングに、それも、「スピリットを伝える」13日間(風のウェイブスペル)の初日に、水をきっかけに連絡が来るとは面白過ぎる。しかも、この日は剣武の奉納演武をさせて頂いた志賀海神社で「山誉種蒔漁猟祭」が行われていた日。志賀島の小崎亜久理さん(KIN219)が「時のからだ塾」MLで知らせて下さったのだが、このお祭りの中で、古来「君が代」が神楽歌として歌われ続けて来たのである。

更なる驚きは、お祭りが行われるG4/15(惑星の月12日)のサイ時間が、常に権禰宜の平澤憲子さん(KIN193)の誕生KINに対応するという事。加えて、G4/15は「13の月の暦に替える平和の運動」に強い影響を与えた「レーリヒ条約」(文化財保全を目的とした初期の国際条約)が調印された日でもあるのだ!

翌日、トシから「FBで君が代の書を見たけど、あれは最高だね!スゲー!」とコメントがあった。まさにその書こそ、志賀海神社に蘭禅が奉納した作品なのだが、その経緯については【「君が代」発祥の地・志賀島へ】にまとめてあるので、そちらを参照いただければと思う。

志賀海神社3 ★蘭禅による奉納書「君が代」

その9日後のKIN231(G4/24)は、蘭禅の79回目の銀河の誕生日とレオナルド・ダ・ヴィンチの565回目の誕生日、さらにレーリヒのKIN204(サイ時間)が重なるスペシャルな日で、私達は所用で自由が丘に居た。途中、メガネドラッグで眼鏡を洗わせてもらっていると、「おばら!」と見知らぬ(ように見えた)男性から声をかけられた。何と、中学の同級生K君だった!彼とも前の同窓会以来だから、やはり5年ぶり位。よくもこんな所で私を見つけられたものだ。

タイミング的にも面白かったので誕生日を確認しておくと、3/19(KIN200)との事。その日だったかその前日だったかにプリンスの319という曲を久しぶりに聞いていただけに、これまたビックリだったが、今年の3/19はKIN195で、ちょうど出雲大社(杵築東195)で剣武の奉納演武をさせて頂いた日(KIN195)からぴったり260日後という関係になっていた。そして、私達はその日、ANA241便で福岡入りしているのである。

この流れの発端は、2年前の誕生日(2015.8.12)にあると私は感じている。何故なら、私はその日からKIN131(1・猿)の道筋に入り、その4日後に志賀島(&安曇族)と繋がるきっかけとなった人物・亜久理さんと出会っているからである。誕生日当日の事をまとめた「鎌倉みちのく魔術紀行」シリーズの第6話「四重虹」には、以下のような記述もある。

”『ドリームスペル(13の月の暦)』旅程盤に由来を持つ反時計回り(ネジを緩める方向)のウェイブスペルの動きは、「偽りの時間」(12か月の暦)が生じたとされる約5125年前から現在までの時間を、解放(浄化)しながら再構築するプロセスを示してもいる。今回の日帰り紀行は、それを個人史に応用したもので、江島神社鶴岡八幡宮→横須賀線上り(帰路)という地理的な反時計回りと、高校→中学→小学校という時間的逆行とをシンクロさせ、その時々に混入した(無自覚な)12:60的影響を解放するという試みでもあった。”

亜久理さんと出会ったのはハーモニック・コンバージェンス28周年当日のG8/16(KIN135)。その日行った暦クラスのメモには、「福岡から一番乗りでやって来られて日帰り」「例題に立候補:KIN219、月の月18日(G9/9)」とある。上記「四重虹」に詳しく書いてあるが、自分の誕生日から28(4×7)日後の亜久理さんの誕生日(G9/9)に、4重の虹(7色)が出たのには、流石に驚いた。

四重虹1 ★玉川高島屋のデッキより

その後、2016年5月に石川県羽咋郡志賀町(後に志賀島との関係を知る)で剣武の合宿があり、7月に出雲大社で奉納演武。この時、津和野方面も巡った事は【石州和紙を通じて剣武創始の時空に出会う】に記した通りである。結局、トシとはG5/9(KIN246)に自由が丘で会う事になったのだが、その5日前のKIN241(G5/4)に彼が居たのは、何と津和野であった。そして、互いの近況を話す中で、私が初めて知ったのは以下のような事だった。

・トシが現在住んでいるのは高島市安曇川(あどがわ)という所であること
・鎌倉-高島-出雲は、一直線上にあること
ホツマツタエの完全版は高島市で発見されていること
・第26代継体天皇の生誕地は現在の高島市であること
雨上株式會社という社名は水の循環になぞらえてあらゆる循環を象徴していること

最後の点は、『霊性のアート』で提示した「球状精神宇宙モデル」のイメージとも重なるところがあり、生年月日が同じで、同じタイミングに同じ学校で少年期を過ごすと、ある程度被るところも出てくるものなのか、と思わず感心してしまった(私は誕生日で運命が決まるとは思っていない立場なので)。

他にも、これまでの経緯や今の仕事について細かく話してくれたのだが、後からそれらがほぼそのまんま分かり易くまとめられている記事を見つけたので、是非、こちらのリンク(colocal)も見て頂ければと思う。そこには高島屋のルーツが高島にあるらしい事も書かれていて、毎日のように玉川高島屋にお世話になっている私としては、またまた驚かされたのだった。

3日後のKIN249(G5/12)、Sさん(KIN159)がウォーターセラピーに来られ、セッション中に滋賀の事を話題にされた。建築家のご子息が仕事の関係でここのところ割と頻繁に滋賀に通っている事、ご主人のご実家も滋賀にあること、さらに継体天皇が滋賀の出身だという話までされるので、私はすっかり驚いてしまった。私の方から話題を振った訳ではなかった上、15年以上つき合いのあるSさんから初めて聞く事ばかりだったからである。

さらに、ご本人が安曇野出身という事まで耳にしたら、流石に志賀島や安曇族の話をせずにはいられない。『宇宙の暦は13ヵ月・新装版』を出して下さっているプレアデス出版さんが安曇野にある事や、3日前に知ったばかりの滋賀県高島と継体天皇の関係、志賀海神社での奉納の事などひと通りお伝えした。すると、一時期神道の勉強もされていたとかで、穂高神社と安曇族の関係ばかりか、志賀海神社の平澤憲子さんのお兄様(他界された宮司さん)のお顔までご存知だという(直接会われている訳ではない模様)。

それだけではない、Sさんの来所時に、蘭禅はその志賀島に住む亜久理さんと書のスカイプレッスンをしていたのである。Sさんの来所はほぼ3ヶ月ぶりだったし、亜久理さんのレッスンはもともとは違う日時だったのが、諸事情でSさんの来所に被る形になってしまったもので、全くの偶然であった。しかし、以下の事実は、それが実は偶然ではなかったのかもしれない事を示唆している。

私達が玉川高島屋のデッキから四重虹を見たのは、2015.9.9(KIN159)。つまり、志賀島に住む亜久理さんの365日暦の誕生日G9/9と、安曇野出身のSさんの260日暦の誕生KINが重なった日だったのである!4重虹で結びつけられた日付同士の繋がりが、今度は実在の人物同士のシンクロとして再現されたのである。こうしたシンクロは、やはり何度体験しても驚きに満ちているし、不思議だ。

トシとは、古代における日本海側の交易、特に糸魚川翡翠が広い範囲で流通していた事も話題にしていたので、この時、Sさんがまさにその「糸魚川翡翠」のペンダントをされていた事も偶然とは思えなかった。この流れからすると、いずれ継体天皇生誕地の高島も訪れる事になりそうである。

翌日のKIN250(G5/13)、「時のからだ塾」MLに八王子の関野さん(KIN75)が「2016.9.24(KIN19)に日本の国石が糸魚川の翡翠に決定したと日本鉱物科学会が発表した」と書かれていて、その事実を知らなかった私は、まず単純にその事に驚き、そして、今のタイミングでこの情報を知った事に更に驚いた。

さらに翌日のKIN251(G5/14)、剣武天真流の本部稽古に、少し前まで糸魚川に住んでおられ、今は八王子在住のS師範が参加されていた。一連の流れもあったので、糸魚川翡翠について聞いてみると、「確かに駅とかに国石になったというポスターとかありました」とか「糸魚川では昔、それほど価値があると思っておらず漬物石とかにヒスイ原石を使っていたそうです」という話を聞く事が出来た。

これだけ綺麗な文脈で翡翠や安曇や高島が繋がって来ると、古代の時空間が、このタイミングでまとまって浮上して来ているようにも思えて来る。この物語には多くの人々が関わっているが、特に鍵となる人物を挙げるとすれば、やはり小崎亜久理さん(KIN219)と言う事になるのではないだろうか。志賀島出身というだけでなく、「青いスペクトルの嵐の年」はそのKIN219から始まっていて、その一年の中で、一気に話が加速しているからである。

12:60的な(時計時間を主体とする)発想では、もう日付を跨いでしまった事になるが、私的には眠りに就くまでは前日の流れの中にいる感覚なので、サイ時間単位がKIN219の今日中に何とかこのブログをまとめられて、少しホッとしている。この先の展開も、きっと予想を超えたものになるのだろうが、思い切り楽しんで行きたいと思う。

石州和紙を通じて剣武創始の時空に出会う

2016年07月26日 00:43

時間をはずした日(G7/25)KIN218 白い惑星の鏡(by D)

島根県立古代出雲歴史博物館には、古代の巨大神殿の模型や、現在の本殿の千木(これも近くで見ると相当大きい)など、見どころは色々あるが、やはり最もインパクトがあるのは、荒神谷遺跡で出土した銅剣、銅矛、銅鐸の展示だろう。掘り出された銅剣358本、銅矛16本、銅鐸6個が、ほぼそのまま展示されている上、黄金に輝く当時の状態を再現したレプリカも同じくらい並べられていて、圧巻である。
銅剣 
古代の遺物を当時の状態で見るという体験には想像以上の驚きがあったが、前日に発掘現場を訪れていた事で、印象深さがさらに増したように思う。一通り見終えてガラス張りのホールに出ると、外は雨模様。それもかなり激しく降っている。近くにいた丸山師範と「参拝や移動の時に降らなくて良かったー」と言い合った。

外に出る頃にはもう上がっていたが、山の尾根に沿って雲が流れる様は、日本初の和歌とされるスサノオの「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠に 八重垣作る その八重垣を」を彷彿させるものだった。この日、東京に戻るメンバーのフライト時間を考えて、とりあえず進路を日御碕に決める。
IMG_8118.jpg 
国譲り神話の舞台でもある「稲佐の浜」を通り、日本海に面した崖沿いの道を進んでいくと、谷間のような所に赤い社がチラッと見えた。日御碕神社だ。下の本社(日沈の宮)に天照大御神が、上の本社(神の宮)に素盞嗚尊が祀られているという珍しい構造の神社で、「日沈の宮」という名は、伊勢神宮が「日の本の昼を守る」のに対し、日御碕神社は「日の本の夜を守れ」 との「勅命」を受けたことに由来するらしい。上下の社の間に伸びる立派な松の緑と、社殿の朱色のコントラストが印象に残る神社だった。
IMG_8122.jpg IMG_8126.jpg 青木先生日御碕 (1) 
そこから車で数分のところに日御碕がある。灯台の近くにある切り立った崖まで近付いて、荒波にもまれた猛々しい岸壁と松林、そして雲間から差し込む太陽に照らされた海という、おそらく古代からそう変わらないであろう風景を、しばし楽しんだ。全員車に乗り込み「さあ出発」というタイミングで、まるで狙ったかのように雨が降って来た。みるみる大降りになり、一時は前方がよく見えないくらいの荒れ模様。

そういえば、昨年の宮崎・鵜戸神宮での奉納演武の後もこんな感じだった。演武前後は晴れて、青空まで見えていたのに、車に乗るや否や滝のような雨が降って来たのだった。幸い、荷を預けてあった宿に到着する頃には止んだが、この日は午後以降、出雲地方に大雨注意報が出ていたのを、夜にテレビのニュースで知った(その頃はもう私達は県西部の益田市に居た)。

大きい荷物の送付手続きなどをして、先に東京に戻るウィウソン師範&倫子師範とはそこで別れ、再び関口師範の運転で国道9号を一路西に向かう。日もすっかり暮れた頃、益田市のホテルに到着。ボーリング場なども併設されたかなりレトロな雰囲気のホテルで、エントランスには、ここを訪れた芸能人やスポーツ選手などのサインがズラーっと並んでいた。力道山とか村田英雄、島倉千代子の名前に歴史を感じる。

倫理法人会に所属しているらしく、倫理研究所が発行している冊子のバックナンバーがホールの棚に沢山積まれていたのも印象深かった。何しろここで同室した丸山師範のお父様は、倫理研究所理事長の丸山敏秋氏なのだ。『霊性のアート』にも書いた通り、敏秋氏は日本に『13の月の暦』を紹介した高橋徹さんと旧知の仲で、実は私も丸山貴彦師範より先に、敏秋理事長の方と暦の活動を通じて面識があったのである。

せっかく「時間をはずした日」にこれを書いているので、補足しておくと、1997年に「時間の法則に関する世界会議」の会場を提供して下さったのも、ホゼ&ロイディーン・アグエイアス夫妻が日本に長期滞在できるよう尽力して下さったのも、丸山敏秋氏である(もちろん高橋夫妻との縁による)。さらに一言付け加えておけば、『13の月の暦・手帳』のP15にある「サイ時間単位」という表の右下にRINRI PROJECTとあるのは、倫理研究所、そしてその創設者である丸山敏雄氏に敬意を表して(その活動にインスピレーションを受けて)付けられたプログラム名である。
IMG_8142.jpg IMG_8147.jpg IMG_8146.jpg 
さて、翌KIN196(G7/3)は、朝から津和野に向かい、森鴎外の旧宅、鴎外も通った藩校養老館などがある殿町通り、カトリック教会などを巡り、街の中心部にある沙羅の木・松韻亭で庭園を眺めながらコーヒーを美味しく頂いた。そこで教えてもらった「やぶさめ馬場」のある八幡宮鷲原公園前を通って、一路、浜田市三隅町にある石州和紙伝統工芸士の久保田彰さんの工房へ。

ブータンでよく見かけるような生地の作務衣を来て出迎えて下さった久保田彰さんは、早速、工房を案内して下さり、和紙の原料となるコウゾやミツマタの木が生えている場所、それらの茎の皮を乾かしたものなどを見せて下さり、さらに、それらを叩いて繊維を解すところや、補助材料のトロロアオイに触れさせて頂くなど、和紙が生まれるプロセスをイメージできるよう色々と体験させて下さった。何とも有難い事である。
IMG_8159.jpg 
見晴らしの良い海辺のレストランに場所を移し、久保田さんのお話を伺うと、何と、これまでに何度もブータンを訪れて和紙技術指導をされているとの事。着用されていた生地もやはりブータンのものと分かり納得。昼食を終えて石州和紙会館に場所を移し、さらに大きな工房や作品を見せていただいた。途中、Lからメッセージが入り、二子玉川駅前に参院選に出馬している候補の応援で昭恵さんが来ていたから挨拶をしたと、写真が送られて来た。このシンクロにには、かなり驚かされた。
アッキー 
なぜなら、私たちが初めて安倍昭恵さんにお会いした2011年11月15日は、ちょうど現ブータン国王夫妻が初来日されたその日だったからだ(その事は、こちらの記事と『霊性のアート』に書いてある)。ブログに綴り続けて来ている通り、シンクロ自体は日常茶飯なのだが、こういうピンポイントなものにはやはり驚かされる。上野の森美術館で行われている「ブータン展」のオープニングで来日された前国王夫人とも挨拶されたばかりというので、東京に戻ってすぐに「ブータン展」に行ってみる事にした(石州和紙のコーナーに久保田さんのお写真もあった)。

ところで、石州和紙会館には、青木先生が吹雪の羽黒山で書かれた大字書「覚」が収蔵されている。以前に、天真書法塾発表会で展示された時に拝見はしているが、このタイミングで改めて実物が見られたのは、非常に嬉しいことであった。というのも、この作品は剣武天真流創始と直接関わる作品だからだ。新体道で先輩に当たるトランペッターの近藤等則さんが「地球を吹く」のシリーズを国内で展開されていた時、青木先生に剣と書のパフォーマンスを依頼されたことがきっかけとなって、剣武天真流の開発が始められたからである。
IMG_8173.jpg 
その後、会館で久保田さんが梳かれた石州和紙を手に入れ、出雲方面に戻る事になった。この後、さらに山口方面に向かう関口師範と川崎さんに浜田駅で別れを告げ、9号線を出雲方面に戻る。出雲にかなり近づいた「きらら多岐」という道の駅のような場所で、出雲国大社食品の山崎さんと待ち合わせ。かなり広い駐車場だったのにもかかわらず、運転していた丸山師範が車を停めたのは、何と、山崎さんの車の真隣だった!

自社製品をお土産に沢山下さったのだ。帰宅後、早速いただいたが、添加物などが入っておらず、しかもパワーがみなぎっている感じがあって実に美味であった。練り物好きのLの食いつきぶりも、その素晴らしさを証明していた。無事レンタカーも返し、出雲空港でスサノオラーメンを食べて、JAL286便40Gという席で羽田へ。

今回のメインは、出雲大社での剣武奉納演武ではあったが、その前後のことも含め、本当に色々な方のお世話になり、素晴らしい体験をさせていただいた。共に演武をした本部正師範含め、関係者全ての方々に感謝したい。しかし、その中でもやはり、青木先生と吉田先生には、格別の感謝の気持ちを捧げたい。先生方の長年に渡るご活動や、様々な方々との丁寧なコミュニケーション無しに、今回のような体験は出来なかったであろう。ここに改めてお礼申し上げる次第である。

12:60的な感覚では、もう日付をまたいでしまったが、私の中では、『13の月の暦(ドリームスペル)』での「時間を外した日」(注:マヤ暦にはこういう日は存在しない)に、一年の締めくくりとしてこの記事を書いたつもりでいる。

KIN218(10・鏡)は、パレンケの「碑銘の神殿」でパカル王の墓室が発見された1952.6.15からぴったり90銀河スピン=23400キン。「白い惑星の魔法使いの年」は、「10・魔法使い」で始まり「10・鏡」で終わる。年の始まりと終わりは常に同じ「色」と同じ「音」になる。これは非常に美しい法則だ。

日々体験する出来事の中、そして『13の月の暦』の中に「美と調和」を発見する毎に、私たちのシンクロニシティは増大する(それがドリームスペルの本質だ)。現れを仕上げる1年の終わりに、出雲での出来事をまとめられたことを嬉しく思う。明日から始まる「解放」の1年は、さらに驚くべき体験を私たちにもたらしてくれるだろう。この記事を目にした方にも、もちろんそれは訪れる。

出雲大社での剣武天真流奉納演武

2016年07月22日 23:59

宇宙の月26日(G7/22)KIN215 青い共振の鷲(by D)

出雲大社での奉納演武が行われたのは、7/2(土)。『13の月の暦(ドリームスペル)』の365日暦では13月6日、260日暦(ツォルキン)だとKIN195(13・鷲)。月日の「銀河の音」が「13(宇宙の)」で重なる「魔術の亀の日」だった上、出雲大社の住所は、何と出雲市大社町杵築東195!こんな事は、狙っても出来ることではない。

ちなみに、この住所と日付のシンクロについて教えてくれたのは、天真書法塾シャンバラ教室生で出雲出身の尾崎さん。尾崎さんはツォルキン唯一の「パカルの特別な数字」であるKIN78(13・鏡)の生まれで、78=13×6(→13月6日)という点にも注目すると、演武当日の日付(天)と出雲という土地(地)が、この繋がりを教えてくれた、といようにも読み取れる。

演武用の稽古着に身を包んで宿を出発。大社の東側にある駐車場に車を停め、風情のある松の参道を進んで社務所へ向かうと、ちょうど社務所前で出雲大社を統べる出雲国造・千家尊祐氏が向こうからやって来られた。天照大神と素戔嗚尊の誓約(うけひ)から生まれた天穂日命を初代とする出雲国造の84代目とされる方で(つまり神話時代から続く家系)、2年前に高円宮典子さまと結婚された千家国麿氏の父君でもある。
IMG_8087.jpg 
天津神系と国津神系が再び一つになるというこのお二人の結婚には、様々な意味があったと感じているが、ちょうどその直前にツイッターでつぶやいた事に絡めて「天津神と国津神の調和的統合」というブログ記事にまとめてあるので、そこから一部引用してみたい(この記事が770番目のブログ記事であると気付き、一つ前の記事ともシンクロしているのを感じた)。


”G9/1、『ドリームスペル』の惑星ホロンで日本のエリアに対応するKIN46(7・橋渡し)に、私は【そして13×18=234は、第125代今上天皇の誕生KIN。そして、シンクロニシティという言葉を生んだユングの誕生KINだ】というツイートをクリカのツイッター上でした。それが、ちょうど10500ツイートという区切りの良い数だった事に気付いた私は、ふと、125という数字で10500を割ってみるという遊びをした。すると10500=125×84と綺麗に割り切れるではないか!

それだけで意味なく喜んでいた私だったが、125が伊勢の神宮の社の数や今上天皇の代、そして2013年の式年遷宮で臨時祭主を務められた黒田清子さんの誕生KINであることに思いを巡らせた私は、84にも何かあるだろうか?と「84代」だけ入れてググってみた。すると、「第84代出雲大社国造」というのがいきなり出て来たのだ!伊勢系、出雲系の結婚が目前に迫っていることを意識していた私が、無意識的にツイートした10500ツイート目に、今上天皇の事を書いていて、そこに伊勢と出雲を結ぶ数が、完璧な形で潜んでいたのだから驚愕せずにはいられない。”


念のため当日(2014.9.1)の手帳メモを確認してみると、さらに驚愕の事実を発見。何と私は、その日付けの「剣武天真流 本部正師範任命書」を青木宗家から拝受していたのだ。この頃から、出雲との回路は繋がり始めていたのかもしれない。ちなみに、その手帳メモの近くには、こんなメモもあった。【10500=105×100。KIN105(1・蛇)は大物主(大国主)、KIN100(9・太陽)は天照】。こじつけと思われても構わないが、暦を用いて何らか意味を見出すのに、キーワードだけに拘る必要が無いのは確かだろう。
任命書 
話を7/2(KIN195)に戻そう。今回の奉納演武に関して様々な形でご協力下さった出雲国大社食品の山崎社長も社務所に到着され、青木宗家、吉田事務局長と共に、千家尊祐宮司との対談のため別室に向かわれた。尚、今回の奉納演武の実現には、アオキメソッド(前・瞑想カレッジ)でご一緒した事もあるキーマンネットワークの中島孝志さんが関わっており、山崎さんとのご縁も中島さんを通じてのものだった事を記しておきたい。

対談から戻られた先生によると、千家宮司は、およそ一ヶ月前に剣武天真流セミナー&輪島ツアーの際に訪れて、奉納演武をさせて頂いた重蔵神社の能門宮司と、大学で同級生だったとの事。重蔵神社での演武の様子は、「YOUは何しに日本へ?」(7/11後半)で放映された関係で( 動画リンクはコチラ 36分以降)、そちらのアナウンスが先行し、未だ現地での詳細は書けていないのだが、演武の他にもお粥講や高名秀人光漆芸工房での体験、御陣乗太鼓など、色々と貴重な体験をさせて頂いたので、そのうち文章化できればと思っている。

さて、宮司同士の繋がりも然ることながら、より興味深いのはご祭神の繋がりである。重蔵神社のご祭神は天之冬衣命と大国主命。『古事記』によると、天之冬衣命はスサノオの五世の孫で、大国主命の父に当たる神。能登での剣武セミナーが決まった時には、まだ出雲での奉納演武の話は出ていなかったし、この繋がりを予め知っていた人は居なかったと思うが、重蔵神社で奉納演武をした後、間をおかずに出雲大社で奉納演武をするという流れは、まさに天の采配と呼びたくなる美しい流れと言えよう。
本殿 
時が来て、社務所前の手水所で手と口を清めてから、本殿に向かう。天気予報では曇り時々雨だったが、今回もやはりお天気は大丈夫だった(重蔵神社も昨年の大神神社、鵜戸神宮も天気予報では常に直前まで怪しかったが演武の前後は晴れていた)。この記念すべきタイミングに合わせて出雲にやって来た天真会の仲間も合流して、八足門をくぐり、お祓いを受けてから本殿前にて正式参拝。宗家の玉串奉納に続いて、2礼4拍手1礼。この参拝方法に、一人マニアックな喜びを感じていたのは、おそらくKIN241の私だけだろう。

その後、大きな注連縄で有名な拝殿に移り、ついに奉納演武開始。青木宗家、吉田随流事務局長に、関口仁、丸山貴彦、吉田倫子、望月ウィウソン、小原大典の本部正師範5名を加えた全7名で礼式を行い。続いて、吉田事務局長が吉原義人模作聖徳太子七星剣にて四方荘厳。その後、本部正師範5名による大翻刀&神剣無礙(途中、白龍遊天を含む)。最後に青木宗家が天真五相&自由演武を奉納された。

全員が真剣で演武したのは今回が初めてであり、いずれも宗家が集められた名刀なので、ここに演武者と共に記録しておく。和泉守國貞(青木宗家)、河内守永國(関口師範)、肥前国住忠吉(丸山師範)、水心子正秀(倫子師範)、摂津守源忠行(ウィウソン師範)、播磨守忠國(小原)。出雲大社拝殿という空間、そして真剣を手にしての演武に緊張感はあったものの、何か別な次元でゆったりした時間が流れていたようにも感じられ、思ったよりは落ち着いて演武に臨む事が出来た。
IMG_6840_20160722235737dfd.jpg

尚、この奉納演武については出雲大社の公式ページにも掲載されているので、リンク先を参照頂ければと思う。また、天真会のFB公式ページに動画や写真も掲載されているので、合わせてご覧頂ければ幸いである。写真は川崎さん、ビデオは郷右近さん(お二人とも天真会メンバー)が、ボランティアで引き受けて下さったものである(動画の一部は固定カメラによる)。記念となる貴重な記録に感謝。
IMG_6377.jpg 
宗家に予言されていた怪我をする事も無く(十分注意しろよというアドバイスだったと思う)、無事、演武は終了して記念撮影。社務所で着替え、「おさがり」を頂いて大社を後にした。場所を出雲文化伝承館に移して、羽根屋で出雲そばを美味しくいただき、その後、亀山の麓にある命主社に参拝。ご祭神は造化三神の一柱、神産巣日神。境内にある樹齢1000年ともいわれるムクの巨木は、幹のうねりに迫力があって、強い生命力が感じられた。
IMG_8092.jpg 
この神社の裏手の巨石の下で、古代の銅戈と硬玉製勾玉が発見されたと知ったのは、後になってからだったが、出雲大社からは徒歩圏なので、大社に参拝するのならここにも立ち寄ってみることをおすすめする。ここで、お世話になった山崎さんとはお別れし、私達は古代出雲歴史博物館へ向かった。エントランスを入るとすぐに出雲大社境内(八足門前)で2000年に出土した巨大な柱(3つの巨木を一つにした宇豆柱)が展示されていた。

3本の巨大な柱を一つにまとめた様は、パン・ジャパン・ライブラリーでも使用している「レーリヒ平和の旗」にそっくりな構造だが、2002年に初参拝した時は、まだ八足門前の地面に埋まった状態で囲いがされていたと記憶している。2013年の遷宮時に、ご神体を遷御する直前まで雨が降っていたのに、いざ遷御がはじまると雨はピタっと止み、遷御終了後本殿の扉が閉じると同時に大雨が降った、というエピソードをお昼に山崎さんから伺っていたので、一体その日付はいつだったのだろう?と思っていたら、それが記されたパネルがあった。

2013年5月10日(新月)はKIN87(9・手)。今、気付いたが、伊勢外宮の遷宮は、年月の数字が反転する同年10月5日(新月)=KIN235(1・鷲)に行われている。そして、そこからぴったり1年後の2014年10月5日(KIN80=2・太陽)に、高円宮典子さま(KIN135=5・鷲)と千家国麿氏(KIN162=6・風)が結婚されたのだから、これは随分前から決められていた事だったのかもしれない。少なくとも遷宮とセットで考えられていたというのは、決して見当違いではなかろう。

気付いてしまったので書いておくが、千家国麿氏がKIN87、つまり出雲大社遷御と同期する道筋に入ったのは2002年、つまり29才の時である。まだまだ続きがあるのだが、先刻、今日が千家典子さん(元・高円宮典子さま)の28才の誕生日である事に気付き(手帳のメモを見て)、出雲大社境内でのポケモンGO使用禁止のニュースを目にしたりもしたので、ひとまず、ここで区切るのがちょうど良いのだと判断した。それにしても、『銀河のマヤ』を共著で出させていただいた江本勝所長と千家典子さんが同じ誕生日だったとは驚きである。

出雲大神宮から杵築大社へー国道9号

2014年09月24日 03:24

電気の月4日(G9/23)KIN68 黄色い電気の星(by D)

交差の白い北の城(52日間)と赤い空歩く者のウェイブスペル(13日間)の始まり、そして二十四節気の「白露」が重なったG9/8、京都駅からJRで亀岡へ向かった。前夜、シンクロを感じて参拝を決めた時点で、駅前から出る出雲大神宮行きのバスの時刻と場所を確認していたお陰で、無事間に合ったものの、JRとの乗り継ぎは結構タイトで、もし迷っていたら次のバスまで3時間待つか、それなりの乗車料を覚悟してタクシーに乗るしか無かった。

出雲大神宮は、亀岡市千歳町千歳出雲無番地という住所にある。1番地なら良くあるが、「無番地」というのは聞いた事が無い。番地が無いなら「出雲」で終われば良いと思うのだが、あえて「無番地」としているのは、この神社の御祭神である大国主が、国譲りの後、幽世に引かれたことを意識しているのかもしれない。

まず本殿にお参りし、その裏手にある磐座と古墳を巡ってから、素戔嗚尊と櫛稲田姫尊が祀られている上の社を参拝。そのまま国常立尊の磐座を参拝しようと思ったら、鳥居に「これより先は社務所にてたすきをお受けになり入山してください」と注意書きがある。前夜調べた時、どこかのブログにも書いてあったのに、すっかり忘れていた。社務所に一度戻って受付を済ませ、途中、崇神天皇社を参拝してから改めて入山。

崇神天皇社に近付いたところで、ちょうど陽が射し込んで来て樹々と苔が緑に輝き、何とも美しい雰囲気になった。そういえば、三輪山のふもとの大神神社にも崇神天皇社があり、そこで天真五相をしようと天を仰いだ瞬間、サッと流れ星が流れて行ったことがあった。三輪山に入山する時にも、摂社の狭井神社でたすきを受け取るようになっていたし、ご神水の湧く薬井戸があったことも思い出した。

出雲大神宮にも有名な「真名井の水」というご神水があって、実際、平日の午前中だというのに、ポリバケツを何個も持った人たちがその霊水を汲みに来ていた。記紀によれば、出雲大神宮で祀られている大国主と、大神神社で祀られている大物主は、ほぼ同じ神とされるから、ご神体山とご神水という組み合わせは、大国主と少名毘古那(薬、酒造、温泉の神)の協力体制を示しているのかもしれない。
IMG_3810.jpg 神池からご神体山を望む

しかし、三輪山が山頂まで行けるようになっているのに対し、出雲大神宮のご神体山は、たすきをしていても、麓にある磐座群(国常立尊を象徴しているとされる)の所までしか入れないようになっている。その磐座群に向かって2礼2拍手をして合掌をすると、今まで体験したことの無い、ちょっと不思議な感覚がしばらく続いた。

2日前に行われた「円卓読書会」で、体外離脱体験者の方が、「途中からスターウォーズとかでワープする時みたいに星々の光がこっちに向かって伸びて来る」という表現をされていたのだが、私がそこで体験したのは、その逆バージョンと言って良いのか分からないが、世界が向こう(磐座の方)に向かって退縮して行ってしまう(引いて行く)ような感覚だった。

後で国常立尊について調べると、『日本書紀』では「陽気のみを受けて生まれた神で、全く陰気を受けない純粋な男性神」とされ、『古事記』では神世七代の最初に現れた神で、独神(性別のない神)であり姿を現さなかった、とされていることが分かった。個人的な体感は妄想と紙一重であることを承知で、あえて自分の体験を振り返ってみれば、姿を表わさなかった最初の神という古事記の記述と、隠世に引いた大国主のイメージが合わさったもののように感じられた。

もっとも、その後、付近であれこれ位置を変えながら瞑想したり大妙をやってみたりしたが、それそのままの感覚は訪れず(別な感じは多少あったが)、蚊に刺されるばかりだったので、他の参拝者がやって来たのを機に下山することにした。社務所でたすきを返してからおみくじを引くと35番末吉。どうもパッとしない内容なので、真名井の水で口をすすぎ、お土産用にペットボトルに汲んでから再挑戦して11番大吉。35+11=46→KIN46は10500(=今上天皇125×出雲国造84)ツイートをした日だから、「これで綺麗に整った」と感じる。

亀岡行きのバスが来るまでには、まだ時間があったので、これらの気付きを手帳にメモしたり、近所を散策したりして過ごす。境内から出たところに17-17の車を見つけて「おっ」と思ったのは、この日が「月の月17日」だっただけでなく、2日前に、のぞみ17号と京都の17系統バスに乗ったシンクロがあったからだ。神池の周りを散歩しながらご神体山の全貌を見、交通標識から近くに国道9号が走っていることを知った。

バスは亀岡駅北口に到着。駅構内を渡って南側に出る前に「るるぶ特別特集 亀岡 嵯賀・嵐山」というフリーペーパーを見つけて頂くことにする。近郊の地図や名所、トロッコ列車の時刻表などの他、お昼の場所として狙っていたダイコクバーガーのクーポン(全品20%OFF!)まで付いている。トロッコ列車の乗車も検討していた私にとっては、かなり有用な冊子だ。

亀岡発のダイコクバーガーで腹ごしらえをして、そこから徒歩圏にあるKOAN(心庵)へと向かう。サイトによれば国道9号を渡ってすぐの辺りだ。途中、亀岡城趾(大本教本部)を横に見ながら、10年位前に関西新体道の合宿で、植芝先生や井上先生も稽古をされたという道場をお借りして、伊東不学先生に稽古をつけて頂いたことを思い出す。
IMG_3820.jpg 
亀岡行きは前日深夜に決めたことだったので、KOANのオーナーでクリカのイベントにもよく参加して下さっている山部さんに、お店が開いているか確認の連絡をしたのは、当日の朝になってからだった。山部さんご自身は京都市内におられて残念ながらすれ違いだったが、最近、お店の運営を引き継がれた小山さんがその日もいらして、美味しいコーヒーと焼き菓子を頂くことが出来た。サイトで見ていたよりもさらに素敵なお店で、また亀岡を訪れることがあったら是非立ち寄りたいと思う。

トロッコ列車の発着駅は、JRでひと駅京都寄りの馬掘駅に近いのだが、地図でみたらKOANからざっと4、5キロという感じだったので、15:35発の列車を目指して歩く事にした。亀岡市内の旧山陰街道は、古い街並が味わい深く、散策にはもってこいだ。思いがけず八坂神社の分社にも巡り合えたので参拝。当初は出雲大神宮ではなく、八坂神社への参拝を考えていたので、このシンクロは嬉しかった。黄金の稲が実る田を眺めながら川沿いの道を歩くのも気分が良い。
IMG_3831.jpg 
しかし、広々とした風景は距離感がつかみ辛く、段々目的の列車に乗れるか怪しくなって来たので、途中からはかなり早歩きになった。時間前に着いたからといって当日券が手に入る保証は無かったが(団体など入っていたら当日券の数は限られる)、1本逃せば次は1時間後になってしまうので急ぐ。無事10分ほどの余裕を残してチケットをゲットしたものの、一度列車に乗ってから肩にひっかけていたシャツが無くなっているのに気付いて慌てて降車。駅舎のベンチに置いたままになっていたのを見つけて列車に再び飛び乗り、ギリギリセーフ。1人で銀河鉄道999ごっこをした気分になった。
IMG_3840.jpg 
しかし、嵯峨野14号から眺める保津川渓谷は絶景で、トンネル内では銀河鉄道の夜的な気分も味わえる。木製シートのボックス席を独り占めしながら移り行く景色を堪能させてもらった。嵯峨駅から野宮神社、竹林の道、渡月橋と巡って、嵯峨野湯という銭湯を改築したカフェを見つけて一服。古い建物の良さを活かした作りもパンケーキの味も素晴しい。京都駅の橋梁からほぼ満月の月と夕焼けを望んでから、のぞみ46号(おみくじ&ツイートとシンクロ)で帰途についた。
IMG_3878.jpg 
翌日、松江出身の錦織(10・太陽)が全米オープンで準優勝。さらにその翌日のKIN55に、驚くべき発見があった。その日は気候が良かったので、お弁当をゲットして玉高のデッキでランチをしたのだが、木次ミルクコーヒーという珍しい名のコーヒーを買ってみたら、何と島根県雲南市木次町の会社だった。確認のためにiPhoneで調べると、出雲と松江と雲南はほぼ三角形を描く位置関係。それ以上に驚いたのが国道9号の存在だった。

亀岡で横断した国道9号は、何と出雲まで続いていたのだ!KIN9(赤い太陽の月)の年に、錦織や高円宮家を通じて出雲に目が向くのは、そういう理由だったのか、と1人納得。しかもマヤの伝統において、9は「冥界」を指し、黄泉(隠世)の出雲を彷彿させる。ちなみに国道9号は、烏丸五条交差点から亀岡、鳥取、米子、松江、出雲などを経由して下関駅西口交差点にまで至る、かなり長い国道である。

だが、驚きはまだ続いた。お弁当の柿安の本社は、三重県桑名市!創業1871年11月8日。現法人の設立は1968年11月19日。ということは創業基準で今の店の道筋はKIN9、そして法人としてはKIN20。まさに「赤い月」と「黄色い太陽」。この1つ前のブログ「天津神と国津神の調和的統合」は、錦織が準優勝した日にUPしたものだから、その翌日に天津神、国津神がこんな形で迫って来ると流石に驚かざるを得ない。日本でお弁当やコーヒーを製造している会社は、他にいくらでもあるのだから。

そして極めつけは、出雲大社が江戸時代まではずっと杵築大社(きづきたいしゃ)と呼ばれていて、出雲と言えば亀岡の出雲大神宮の方を指す言葉だったと知ったことだった。その杵築(きづき)大社と出雲大神宮が国道9号で結びついていると気付かせてくれたのは、木次(きすき)コーヒーだったのだから、洒落も効いている。そしてもちろん、「3の月」の「3・星」の「魔術の亀の日」に、この記事をUPすることにこだわったのは、3×3=9だからである。


追記:シャンバラ教室生のOさんが出雲のご出身だとは聞いていたが、ブログを読まれて以下のようなコメントをメールで送って下さったのにはびっくりした。
・我が家の祖父母以前は木次に住んでいたようで、子供の頃には、何回か行ったことがあります
・昔は出雲大社を杵築さんと、確か祖母くらいの代の人は言っていたことなども懐かしく思い出しました
・国道9号線も、うちから歩いて3分くらいです

時間船地球2013:遷宮記念セミナー

2013年10月05日 00:33

■電気の月15日(G10/4)KIN234 白い宇宙の魔法使い(by D)
伊勢内宮2013 
1300年前から20年に一度行われて来た伊勢の式年遷宮。そして、基本60年に一度の出雲大社の遷宮。この2つの特別な神事が重なるだけでも希なことだが、そこに『ドリームスペル(13の月の暦)』の最終目標ポイントであった2013年がシンクロするのは、もちろん今回のみ。過去はもちろんのこと、これから先も、マヤ長期暦が何度その巨大な時の輪を巡らそうと、もう二度とやって来ない唯一無二の機会だ。

そう思うと、この瞬間に肉体を持って日本に居るというだけで、ありがたい気持ちになる。出雲の遷宮、そして内宮遷御の儀(この日の強烈なシンクロについては後日改めて書きたい)も無事完了し、天照大神も西御敷地にお移りになられたということで、テレパシー的に構築される<時間船地球2013>も、何とか出航にこぎつけられたのではないかと思う。

奇しくも、前々から予定していた次回の関西出張セミナーは「鏡」の紋章コード番号18とシンクロする第18週(1つ前の記事でやたらに18が出て来たのもこのことと関係あるかもしれない)。「鏡」はもちろん、天照大神を象徴するご神体そのものでもある。そこで今回は「時間船地球2013:遷宮記念セミナー」というタイトルでやらせて頂くことにした。

とはいっても、「銀河シンクロ教室」も「天真体道瞑想クラス」も内容は基本を踏まえたもので、別に普段とかけ離れたことをやる訳ではない。ただ、その時、そのメンバーだからこそという話やシンクロが自然に出て来るので、結果的には、毎回全く違う味付けになる。今回は、上記の諸々に加え、ダライ・ラマ法王の京都入りとも完全にシンクロするので、相当面白い事になるだろう。

おそらく、遷宮後最初で2013年最後の関西ドリームスペル乗船配布会になるので、『ドリームスペル(13の月の暦)』を本来の形で使おうとする方にとっては、見逃せないラストチャンスと言える。もちろん、『ドリームスペル』は3300部の配布が完了するまでモノは存在する。しかし、もしも今、この情報を目にしていながら「来年から」とか「またいつか」なんて考えているようなら、その人は、普段から大切な「機」を逃しているはずだ。特別な瞬間はいつだって一度きりなのだ。ドリームスペルを2013年中に手にすることとしないことの差は大きい。

ちなみに、天照大神そのものでもある太陽が、観測史上最大のフレアX28(この数が完全数だと知ったのはごく最近。こちらを参照)をひき起こしたのは、ダライ・ラマ法王が初めて伊勢内宮を参拝された2003年11月4日(KIN255)。『シンクロニック・ジャーニー』にも書いたが、この日は、父の3回忌でもあった。それから10年と20日。ダライ・ラマ法王のおられる京都で瞑想クラスは行われる。

法王の内宮初参拝から147日後のKIN142(12・風)に、「13の月の暦」提唱者の一人ホゼ・アグエイアス氏と共にその内宮に『ドリームスペル時間船地球2013の旅』日本語版を奉納していることを振り返ると、2013年終盤のこの流れも、ある意味自然なのかもしれない。

私たちも京都精華大学主催の講演会に参加させて頂くつもりで予定を調整したが、応募者多数で抽選になるかもしれないので、席が取れるかどうかは神のみぞ知るだ。ただ、「黄色い銀河の種の年、倍音の月10日、KIN25(5×5)」=「平成25年11月24日」に京都の地で、これら一連の流れに意識を合わせて共に瞑想することは、それだけでも、自らの魂への大きな贈り物となるだろう。

新しい霊性の時代を生み出して行こう、という希望に満ちた仲間との出会いを楽しみにしている。
-------------------------------------------------------------------------
【時間船2013:遷宮記念セミナー】

11/23(祝)
「大阪・銀河シンクロ教室」

会 場:チャクラ(京阪&地下鉄北浜or地下鉄南森町から徒歩8分)
定 員:20名(各クラス)

【G1】ドリームスペル乗船配布会  13:00〜15:30
(参加費:当日カンパ制/ドリームスペルは無償配布されます(※))
「時間船地球2013」に乗船し、銀河の羅針盤をセットする。
運命のお告げ:遊び方のステップ1〜10を実際に行います。

【G2】銀河時間への参入 16:00〜18:30 
(参加費:予約 4,400円/直前 5,500円※)+1ドリンク注文
銀河のマヤ「13の月の暦」の本質。260日暦と365日暦の関係。
銀河の署名を導き、運命の道筋を読み解く。地球家族を見出す。

--------------
11/24(日)
【TM】「京都・天真体道瞑想クラス」
遷宮と時間船の出航を記念したスペシャル瞑想を予定しています

会 場:町家「人と生活研究所 音楽と植物と・・・」
時 間:10:00〜11:30 
参加費:予約 4,000円/直前 5,000円
定 員:8名

※ 11/20(水)までに申込を完了された方は予約扱い(21以降は直前料金)となります。
ただし、定員になり次第受付を締切らせて頂きます。

※『ドリームスペル』は「銀河の贈り物」であり、商品ではありません。

※ 23日は全クラス『ドリームスペル』が必要です。『ドリームスペル』をお持ちで無い方は、予め公式配布窓口で手に入れておくか、【G1】クラスからご参加下さい。

※10〜19才の方は【G2】クラスもカンパ制(自分で参加費を決める)で参加できます。

-------------------------------------------------------------------------
★お申込み方法
お手数ですが、下記の項目をコピー&ペーストなさり、必要事項(※)をご記入の上、必ず事前にメール(←クリック)にてご本人がお申し込み下さい。その際、お申込みメールのタイトルを「遷宮記念セミナー」として下さい。追って受付メールを返信いたします。

【参加希望クラス】 【 】で囲まれた部分だけで結構です
【お名前】
【〒ご住所】
【お電話(携帯)番号】

※【G1】で『ドリームスペル』の当日配布を希望される方は、下記の全項目(〜〜〜で上下囲まれた部分)も必ずコピー&ペーストしてご返信下さい(この部分が無い場合は既に手元にあると見なし、当日の配布は致しません)。既に受取り済の方は結構です。尚、二重受取は出来ませんのでご注意下さい。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
<私は以下の全てに同意します>
・このツールを売買しない事を約束します。
・このツールを占いや鑑定の道具に流用しない事を約束します。
・このツールをマヤ暦という名で呼ばない事を約束します。
・個人的な解釈を公式見解として伝えない事を約束します。
・このツールの入手を希望する人には、公式配布窓口を知らせる事を約束します。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

尚、必要事項が記入されていないもの、不十分なものには受付メールが返信されませんので、ご注意下さい。また、必要事項の全てが記入されているにも関わらず、丸2日経っても返信が無い場合は、大変お手数ですが、再度メールをお送り下さいますよう、よろしくお願い致します。特に「携帯メール」と「@yahoo.co.jpアドレス」の場合、設定によって上手く連絡がつかないことがあります。

11/23には、大阪でシャンバラコンサルテーション(←クリック)があります!
年内最後のチャンスです。受付枠が限られているので、希望者はお早めに!

★10/6 東京(上野毛)でドリームスペル乗船配布会があります!

最近の記事