龍の都「志賀海神社」での白龍遊天

2017年04月05日 05:13

惑星の月1日(G4/4)KIN211 青い電気の猿(by D)

春分の夜に見た天気予報では、3/21の午後には雨が上がるようだったので、夜のうちに雨雲が過ぎてくれる事を願っていたが、起きると外は殆ど暴風雨の様相。強風に乗って滑空するのを楽しんでいるかのような海鳥達を眺めながら朝食を頂く。流石に演武を控えているので、思わず箸が進みそうになるのをこらえ、少しの量をゆっくり噛んで頂く事にした。

小柄な女将さんは、「満帆荘」を訪れた著名人のことや、地震で被災した後に再建を決意した経緯について、気さくに話して下さる方なのだが、私達が共に受け取ったのは「多分、魔法が使える方」という印象だった。それが何を意味するのかは、実際に「満帆荘」に泊まって体感してみて欲しい。分かる人には分かると思うし、何のことやらという方でも、素晴しい宿なのは分かるだろう。

演武用の格好に着替え、幾分降りが弱くなった頃、ふたば幼稚園の小崎先生が迎えに来て下さり、真っ赤な77-77の車で志賀島877という住所にある志賀海神社へと向かった。『13の月の暦』のツォルキンで、この日は「赤い月の地球」。サイ時間も「赤い銀河の地球」、そしてKIN77は「赤い水晶の地球」。「赤い地球」のキーワード「舵取り/発展させる/共時性」を意識せずにはいられない。

御潮井(清め砂)を左、右、左と軽くふり清めてから境内に入る作法は初めてだったが、歴史の流れから見れば、これが清めの原形的なスタイルなのではないかと思う。志賀海神社の歴史や詳しい背景については、公式サイトをご覧いただくとして、以下にその冒頭部分を引用しておこう。

”古来より「海神の総本社」「龍の都」と称えられ、玄界灘に臨む海上交通の要衝である博多湾の総鎮守として志賀島に鎮座し、信仰されている志賀海神社は、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)の禊祓によってご出生された綿津見三神を奉祭しています。”

社務所に到着し、権禰宜の平澤憲子さんにご挨拶。小崎先生のご紹介で2/25(KIN173)に電話でお話はさせて頂いていたし、ご子息の幸興さんとは昨年11月末にアートコンプレックスで行われた天真書法塾発表会の会場でお会いしてもいたが、ご本人にお目にかかるのは今回が初めて。しかし、最初からシンクロの嵐で、その場にいたメンバーはただただ驚くばかり。

中でも、蘭禅が奉納した書「君が代」の軸を広げた時が最も盛り上がった瞬間だったが、その件については、別途本人が報告する予定なので、ここでは別なシンクロをシェアしておこう。一つは、スペインの伝統菓子「ポルボロン」について。日本では二子玉川にしか出店していないお店のものをという事で、心ばかりの手土産としてお持ちしたのだが、平澤さんがことのほか喜んで下さったので、その理由をお聞きすると、「20年以上も前にスペインのお土産で頂いて、その食感や味が忘れられず、どこかで手に入れられないものかと、ずーっと探していたんです」との事。

そんな風に言って頂いてこちらの方が嬉しくなってしまったが、前後の文脈や反応から、決して社交辞令でそう答えて下さった訳ではなさそうだった。思えば、もう一つもスペイン絡みの話だったが、その件で最も驚いたのは多分私達だったに違いない。実は、平澤さんと電話でお話した前後に、ネットで志賀海神社の事を調べていて、平澤さんが福岡女子大のご出身だと知った。

一方、2011年にバルセロナを訪れる前から注目し続けていたサグラダファミリア主任彫刻家の外尾悦郎氏が、この春、福岡女子大の客員教授に就任される事をLがニュースで見つけていて、G1/6(KIN123)に特別講演「サグラダ・ファミリアに込めたガウディの意図」の場にて、辞令交付式が行われた事を知った。KIN123と言えば、パカル王の石棺の蓋が開いた日付で、交付式が行われたその日は、そこからぴったり90銀河スピン(260×90)に当たるタイミングだった。

太宰府天満宮で引いた私達のおみくじが5と18で、「5×18=90」にもなるので、私は、それ以外に特に根拠も無く「彫刻家の外尾さんが福岡女子大の客員教授になられましたけど、私達は外尾さんにすごく影響を受けていて、深く尊敬しているんです」と、平澤さんに話してみたところ、「え、外尾くん?」と口にされたのだった。聞けば、学生時代の同級生らしく、外尾さんが帰国される時には、割と頻繁に合うような間柄らしい。

もちろん、何らかの繋がりがあるかもしれないという思いで振ってみた話だったのだが、いきなりストライク過ぎて、聞いたこちらがビックリしてしまった。それに、今回の志賀島での講座は、春分という事もあって意識的に『マヤのリズム』を準備していたのだが、実は、2011年にサグラダファミリアを訪れた時、私は出来て間もなかったこの本を、外尾さんに届けてもらうよう職人さんに託した経緯があるのだ(メルマガ”Happy シンクロ Days♪” Vol.42参照)。そのメルマガの配信日がKIN221(=13竜=ミケランジェロ)というのが、今、最高に旬な驚きなのだが、話が広がりすぎるのでそれについては機会を改めるとしよう。

そうこうしているうちに、奉納演武の時間が迫って来た。拝殿への移動に傘が必要無いくらいにまで小降りにはなっていたものの、すっかり上がった訳ではない。晴れ男&晴れ女の私達にしては珍しい展開だが、小崎先生は「ここは龍の都だから、神様がお喜びになると雨が降るんです」と移動中の車の中でおっしゃられていた。それでもやはり、演武を観に来て下さっている方の事を考えると、天気の事は気になる。
志賀海 

まず、拝殿に上がりお祓いを受け、正式参拝。蘭禅の書は、既に三方に乗せられて神前に供えられている。その後、奉納演武へ。すぐ近くで新しい建物の工事が行われていて、かなり激しい音がしていたのだが、入場礼法を終えて「天真五相」に入ると、神職の方が止めて下さったのか、「ア」の直前でピタッと音が止んだ。その後、観に来て下さっている方々に対して、剣武天真流の概要と、使用刀が江戸初期の佐賀藩の刀工(播磨守忠國)による作品で、青木宗家からお預かりしているものであること、および、これから行う型についての説明をさせて頂いた。


当初は、天地清浄祓いの型である「四方荘厳」と最も複雑かつ高度な型である「神剣無礙」だけを行うつもりだったが、「龍の都」で「赤い共振の竜」の私が演武するのだから、「白龍遊天」も入れないと話にならないと思い、その型も含めて奉納させて頂く事にした。演武中は集中していて気付かなかったのだが、ビデオを見ると実はかなり激しい雨が降っていて、「白龍遊天」が終わった瞬間(納刀時)には、強い風が吹き渡ると共にトンビが鳴くという天の演出まであった(以下の動画の一番最後に音が入っている)。



「世界の平和と人々の幸福を祈る」奉納演武を何とか無事に終え、観に来て下さった方々に刀をお見せし、希望される方には触れていただこうと拝殿から降りて行くと、雨はもう止んでいた。その後、幼稚園で「書の掲額式」(こちらもLが別途報告する予定)が控えていたので、境内を見て回る余裕も無くそのまま移動。「亀石」「鹿角堂」などは、次の機会にゆっくり見せて頂くつもりである。
奉納後 ★刀を手にされる権禰宜の平澤さん

お天気が荒れただけでなく、福岡市内からの高速道路でバスの事故などがあった(ニュースにもなっていた)関係で、残念ながら間に合わなかった方もいらっしゃったが、「掲額式」の後のお昼時間には、特別に美味しい幼稚園の給食(あまりの美味しさに丸二食分頂いてしまった)を頂きながら、一緒に話に華を咲かせる事が出来た。話の順序は前後している可能性が高いが、印象深いシンクロを以下にメモしておく。
志賀海2 ★(写真は玉里さんより)

2016年に剣武セミナーが行われた石川県羽咋市志賀町の「志賀町」は、安曇族が移り住んだ場所の一つで「志賀島」に由来する。2015年に剣武の奉納演武を行った宮崎県の鵜戸神宮には、ウガヤフキアエズノミコトが祀られているが、その母トヨタマヒメノ、妻のタマヨリヒメもオオワタツミノカミの娘であり、志賀海神社との関係が深い。

宇宙の暦は13ヵ月・新装版』の版元であるプレアデス出版は、現在、長野県安曇野市にあり、2/24(KIN172)に、麻畑社長がメールの返信の中に穂高神社のお船祭の事を書かれていたので、改めてその祭りについて調べてみると、白村江で討死した安曇比羅夫の命日に行われている事が判明。その翌日に、平澤さんと初めて電話で話をさせて頂いていた。

さらに、その5日後の3/2(178)、グランドジャンプに連載中の「行雲流水〈徐福〉」(本宮ひろし作)の中に「海人の安曇族」というセリフを発見して驚いた事、昨年のイタリア旅行の直後から始まった「旅するイタリア語」という番組が、ちょうど奉納演武当日の朝(春分の深夜過ぎ)に最終回を迎えた事など、とにかく今回の志賀島に繋がる様々なシンクロについての話をさせて頂いた。
お昼 ★素晴らしく美味しい「ふたば幼稚園」の給食

旅するイタリア語に出ていた東儀秀樹氏は、昨年の12/25(KIN111)に「ふくおか無形文化遺産フェスティバル&シンポジウム」でコンサートをされているのだが、その時のシンポジウムには平澤さんがパネリストとして、フェスティバルにはふたば幼稚園職員の北本さんが「龍の舞」で、それぞれ出演されていたのである。

龍の舞」は志賀海神社に伝わる舞で、県の無形民族文化財にもしてされている貴重な民族芸能とのことだが、「白龍遊天」の動きが「龍の舞」に似ていたと、演武を見て下さった多くの方から言われたので、今度は北本さんによる「龍の舞」を、是非拝見したいと思っている。ちなみに、ふたば幼稚園のワカメ部長にも(小崎園長により)任命された北本さんは、奉納演武や掲額式の様子も撮影して下さっていて、同じ幼稚園職員の赤羽さんがそれをあっという間にDVD化して送って下さった。この場をお借りして、深く御礼申し上げる次第である。

志賀島には、そう遠くない将来、是非また訪れたいと思っている。そう思わせるだけのご縁と貴重な自然、古代からの歴史の記憶が、この島にはあるからである。

天神さんと天迅さんの梅(中編)

2016年02月02日 23:34

共振の月24日(G2/2)KIN45 赤い律動の蛇(by D)

ホゼの生誕77周年に大阪チャクラで行った「惑星意識と繋がる共振テクノロジー」は3部構成で、最後の第3部に参加されたのは、まさにその時空に共振した7名の方々だった(私を除く)。その中には、2004.3.30(KIN141)の伊勢内宮ご神域(高麗広)で行われたホゼのセミナーにも参加されていた吉田雅昭さん(KIN43)も含まれていた。

2004年の伊勢セミナーは、ホゼが「自分史上最高の講演だった」と自ら評したほど、ノリに乗った講演会だったが、そのタイミングは、超新星1987Aが観測された1987.2.23(KIN141)からぴったり24銀河スピンでもあった。天照大神(太陽)を祀る伊勢で、太陽系を「ヴェラトローパ24」と呼ぶアルクトゥルス的視点を持つホゼが講演する事になった時点で、この美しい繋がりは太陽銀河的に調整されていたのかもしれない。

しかし、驚くべきは、KIN141(11・竜)が誕生キンで、現在の道筋がKIN241(7・竜)の方が、これまた遠路九州からチャクラでの会に参加されていたという事実。伊勢講演会の場に居た吉田さん(4・夜)と私(7・竜)が再会しているだけでも面白いのに、その「時間」までもが「チャクラ」に集ってしまったのだ。加えて、今回の見えざる次元の仕掛人とも思える菅原道真公の誕生と死の日付は、以下の通り(一つ前の記事に書いた通り和暦よりG暦に変換済み)。

誕生:845年8月5日 KIN254(7・魔法使い)
死去:903年3月31日 KIN237(3・地球)

伊勢講演会の翌日、2004.3.31(12・風)は、『シンクロニック・ジャーニー』にも詳述してある通り、内宮神楽殿にてホゼと宮司さんのミニ講演&『ドリームスペル』の奉納が行われた日。何と、その日が道真公の死去から1101年後のタイミングだった事が、今回初めて分かったのだ。

現在、G7/25に天神祭が行われている背景には、道真公の誕生と死の日付が、和暦だといずれも25日になる事が関係しており、7/25(時間をはずした日)に定まっていたが故に、アグエイアス夫妻がその祭りに参加する流れになった事を思うと、何とも不思議である。11が「猿」を、1が「竜」を示す事も考えると、ホゼ(猿)とエセル(竜)の誕生日に行うイベントを通じて、この事に気付かされたのも必然なのかもしれない。
IMG_6836.jpg ★北野天満宮の梅

ところで、吉田さんは『銀河のマヤ、聖なる時の秘密』にも実名で登場して頂いているレジェンド的な時空のサーファーである。もし、吉田さんが私のクラスを「知識を得る場」とだけ認識している方だったら、今回も参加する必要は無かったはずだ。それくらい、吉田さんはホゼの原典資料を良く読み込まれているし、その知識を日々の生活の中でも十全に活用されている方だからだ。

それでも参加して下さったのは、「然るべき時に、然るべき場に身を置くこと」の意味を、体験上よくご存知だからなのではないかと思う。もちろん、今回の参加者は全員、それを自覚しているいないに関わらず、その意味を(少なくとも直感的には)理解していたと言える。だからこそ、イベント終了後の今も、互いにその共鳴音が鳴り響き続けているのだろう。

その日(G1/24)、チャクラに残って食事をして行かれたSさんはKIN61(&道筋KIN11=ホゼ)で、実はチャクラの主であるタッちゃんと同じ誕生キン。この日の締めに、チャクラの守り手であるアッちゃん(KIN103)&金ちゃん(KIN134)とも一緒に話が出来たのは、私にとって嬉しい事だった。今、気付いたが、この二人のKIN番号の合計は、道真公死去の日付KIN237にシンクロしている(KIN237はKIN241とパルサーの関係にもある)。

そして、関西におけるチベットサポートの拠点としても開かれている大切な場「チャクラ」の主、アッチャン&タッちゃんの誕生キン合計は164で「銀河の同期」そのものである。チャクラが、関西における『ドリームスペル』配布の要になっているのには、多次元的に然るべき理由があるのだ。

その夜、私がチェックインしたホテルの部屋番号は1120。ホゼ(KIN11)の誕生日に、ホゼが訪れた事のある大阪天満宮で引いたおみくじが20番(吉)で、最後まで残っていた参加者の方の道筋もKIN11だったのだから、私がこの番号を見て「任務完了、おめでとう」と言われた気分になったとしても、それほどおかしくは無いだろう。

後で知ったのだが、この日(G1/24)大相撲初場所で、福岡出身の琴奨菊が初優勝。日本出身力士として10年(59場所)ぶりというのだから、これは快挙だ。しかも、琴奨菊の誕生キンはKIN62。サグラダファミリアの主任彫刻家で福岡出身の外尾悦郎さんと同じ。やはり九州(太宰府)との強力な繋がりを感じる。昭和62は1987年で、2013年の式年遷宮は62回目だった事を、再度メモしておこう。

翌日がKIN37(11・地球)だったのも象徴的だ。なぜなら、この日は、ホゼが『マヤン・ファクター』を捧げたC・T・ムクポこと、チョッギャム・トゥルンパ・リンポチェの108回目の誕生KINだったからだ。しかも、この日から108日後は、ダライ・ラマ法王(テンジン・ギャツォ)による文殊菩薩の許可灌頂が、”大阪で”行われる日。
IMG_6855.jpg ★KIN37の京都散策にて

トゥルンパ・リンポチェの正確な誕生日はわからないが、ホゼが各所でKIN37と書いていたのと、Wikipediaなどで1939年2月生まれと書いてあるので、この日が108銀河スピンだったのは、ほぼ間違いないと思う。この日の朝、Wikiを確認をした事で、面白い発見があった。以下、その部分を引用してみる。

”1968年、王家の招きをうけブータンを訪れ、そこでブータンで唯一の瞑想施設に入り、ジグメ・ワンチュク王子(第4代国王、先代(2011年6月現在))の個人教師を務めた。そこで王家のアドヴァイザーとして滞在中のディルゴ・キェンツェー・リンポチェと再会する。そのおり尊師パドマサンバヴァゆかりの聖地タクツァンで瞑想していたトゥルンパは、西洋の科学物質文明のなかに仏教を真に根付かせるには、自らのなかの精神の物質主義を断ち切ることが必要だと悟る。”

何と、トゥルンパ・リンポチェは、ブータンでディルゴ・ケンツェ・リンポチェに会っていただけでなく、タクツァンも訪れていたのだ!(私達は2007にその地を訪れている) ケンツェ・リンポチェは『シンクロニック・ジャーニー』P43(=吉田さんのKIN)に写真入りで登場して頂いている方で、後に、カトマンズで、その頭蓋骨が収められている部屋に何故か招かれて(私達はその部屋の存在すら知らなかった)、転生者にもお会いする事になった縁のある方だ。

ダライ・ラマ法王の師の1人でもあったケンツェ・リンポチェ、アグエイアス夫妻の師でもあったトゥルンパ・リンポチェ。この二人がブータンで会っていただけでなく、ある意味、全員と繋がっている法王が、間もなく大阪に来られるのだ。何という興味深い発見を、大阪でしたのだろう。しかも、今回は「文殊菩薩の許可灌頂」が行われる予定だ。私が法王の法話を伺うようになって15年以上経つが、日本では多分初めての事ではないだろうか。
IMG_6834.jpg ★北野天満宮

一方で、菅原道真公と深く結びつけられた天神信仰には、以下のような側面があるというのを、今回初めて知った。同じくWikiより引用してみる。

”天神には神号の他に五つの名と姿があるという。
第一に好玄と称し「千手観音」の化身となり
第二に道直と称し「大日如来」の化身となり
第三に良道と称し「地蔵菩薩」の化身となり
第四に京都の北野に降れば道実と称し「文殊菩薩」の化身となり、
第五に九州の安楽寺に道真と称し「十一面観音菩薩」の化身になる”

KIN37(G1/25)に訪れるつもりでいたのは、二子玉川ラサの石川さんに薦められた大将軍八神社と、そのすぐ近くにあることが分かった北野天満宮だけ。後は、当日のノリで決めようと思っていたのだが、ここでも狙ったかのように「文殊菩薩」が登場。カーラ・チャクラの複雑な教えを要約したのも、この文殊菩薩の化身であるマンジュシュリー・キルティとされているし、このシンクロ率はやはりただ事ではない。

ちなみに、文殊菩薩像は、獅子の背の蓮華座に結跏趺坐し、右手に智慧を象徴する利剣(宝剣)、左手に経典を乗せた青蓮華を持つものが多いとのこと。獅子座生まれで剣武も学んでいる天迅(私の書の雅号)としては、かなり親しみを覚えてしまうが、天神さん(道真公)とテンジン・ギャツォさん(ダライ・ラマ法王)とが、文殊菩薩を通じて響き合うというのは、今回のこのタイミングでなければ、なかなか気付けなかっであろうと思うだけに、時の聖なる働きを感じてしまう。
IMG_6826.jpg ★大将軍八神社

京都を訪れてからの話は、ますますシンクロが激しくなるので、ここで一旦区切ろうと思っていたのだが、今日気付いた事が、どうも上記の話と様々なレベルで絡むような気がしてならないので、ちょっと脱線する感じもあるが、京都のパートは「後編」に回すことにして、以下、別な話を少しメモしておく。

パルサー爆弾と連動するKIN27から読み始めた『二つの世界を生きて 一精神科医の心霊的自叙伝』を、長いあとがきまで含めて、今日、ようやく読み終えた。著者のアーサー・ガーダムの誕生キンがKIN125である事は、2週間程前に確認していたが、死去した日もまたKIN125であったと知ったのは、今日になってから。

「訳者あとがきにかえて」P369(天照大神の数霊)の最後に、1992.2.2、満87歳の誕生日を間近に控えバースにて死去、という一文を発見したのだ(バースという地名も興味深い)。何と「共振の月24日」の今日からぴったり24年前に他界しているではないか!しかもそれは、誕生日(1905.3.9)と同じKIN125だったのだ。

369は天照大神の数霊と言われるが、2013年に伊勢で行われた式年遷宮は、125代今上天皇の時に執り行われたもので、伊勢の神宮は125社からなる。その遷宮で臨時祭主を務められた黒田清子さんもまたKIN125。今日というタイミングに、125で強力にコード化されたアーサー・ガーダムの本を読み終えたことには、何か深い繋がりを感じる。KIN125で生まれ、KIN125で去ったガーダムは、ぴったり122銀河スピンの期間、この世界に存在していた。

加えて、今日は父がこの世を去った時(2001.11.4)と同じKIN45。一体どのくらい経過したのか計算してみたら、ぴったり20銀河スピン(20×260=5200キン)であった。もちろん、これは閏日調整をする『ドリームスペル(13の月の暦)』の数え方での話だが、父の命日からぴったり2年後の2003.11.4(KIN255)に、ダライ・ラマ法王が伊勢の内宮を初参拝されている事は、改めて記しておきたい。そして、その時、観測史上最大の太陽フレアーが起った事も。

今回は、冒頭に超新星爆発について書き、終わりに太陽フレアーについて書いたが、宇宙的現象が地上の動きと呼応するという発想は、どの時代のどの地域でも見出せる普遍的なものだ。それは、実は今も変わりないということを、私はますます実感するようになって来ている。それは、そのように「見る」ことから始まっている側面もあるので、そのような見方を「無視」したり「迷信視」したりする人には理解不能な感覚であることも、私は十分理解しているつもりだ。しかし、世界は見方によって、実際に変容するのである。

時間船としての聖家族贖罪教会

2015年12月18日 01:07

■律動の月5日(G12/17)KIN258 白いスペクトルの鏡(by D)

ドリームスペル13の月の暦)のツォルキンでKIN257(10・地球)に当たっていた昨日は、私が剣武天真流の稽古を始めた2009年7月19日(KIN257)から9銀河スピン(9×260)、三輪山の磐座と石上神宮(霊剣・布都御魂剣がご神体)を参拝した2010年12月21日(KIN257)から7銀河スピン(7×260)が経過したタイミングでもあった。

その事が頭にあったのとクリスマスが近いこともあって、午前中の天真体道瞑想クラスでは、剣の動きと祈りが一つになった「栄光」という型を稽古した。その帰りにポストを覗いた時には何も入っていなかったのだが、『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』という映画を観に出掛ける時、再度ポストを見ると、何か雑誌のようなものが入っている。

普段ならそのままスルーしてしまう所なのだが、Lが忘れ物をして部屋に戻っていたのと、その場でマンションの住人と挨拶した流れもあって、ポストを開けてみることにした。見ると、アルビオンアートの有川さんによる挨拶文が添えられた雑誌(前面はその案内文で覆われていた)で、その文の中に取材を受けたことが記されていたので、そのまま移動中に読もうとバッグに入れて駅に向かった。

大井町線に乗り込んでから開封し、雑誌の表紙を目にした瞬間、私はLと顔を見合わせて絶句した。なぜなら、その表紙が、サグラダ・ファミリア(聖家族贖罪教会)の内部写真、それも私が3日前に「羽生結弦が開いたバルセロナの扉」というブログの中で使ったのと殆ど同じアングルのものでドッカーンと飾られていたからである。
ACT4.jpg ★ACT4と映画のパンフ

今からサグラダ・ファミリアの映画を見に行こうとしているその時に、しかも、ブログのために沢山の候補(2011年に自分達が訪れた時に撮影したもの)の中から直感的に選んだ1枚とほぼ同じ「聖母マリアの塔」内部の美しい装飾が、思いがけず目の前に出現したのだから、常時シンクロ状態にある私達も流石に驚かずにはいられなかった。
sf内部 ★現地で2011年に私が撮影した写真

仮に、映画の公開に合わせて意識的に表紙に使われたものだとしても、ここまで衝撃的なシンクロ体験をする人はまず居ないだろう。実際、書店やコンビニにある膨大な数の雑誌の中に、こんな表紙のものは見かけないし、サグラダ・ファミリアを訪れていても、同じ所に注目して写真に収め、同じタイミングにその部分をピックアップして公開するなんてことは、ほぼ有り得ない話だ。

そもそも、私がその写真を選んだのは、「バルセロナの扉」というブログのイメージにぴったり来るもので、かつ今まで公開していないものだったからだ。Lも「サグラダ・ファミリアの写真としては誰も見た事が無いものだと思う」と興奮して、23日に予定しているスペシャルクラス【一陽来復】(※)の写真を、それに差し替えてしまった位だったのだから、サグラダ・ファミリアの写真としてはそんなに一般的なものではないのだ(少なくともこれまでは)。

だが、『ACT4』(2016年1月号 69)というその雑誌は、さらなる驚きを用意してくれていた。何気なくパッと開いたP34,35は、この雑誌の中で唯一表紙と同じ教会内部空間の写真で、34+35=69は、この雑誌の号数であるだけでなく、パレンケの「碑銘の神殿」の中央階段の数でもあり、前日まで(律動の月1〜3日)のサイ時間単位KIN69ともシンクロしていた。

それに、ACT4という雑誌名はジョジョラーとしてもグッと来るものがある。ジョジョ(の奇妙な冒険)第4部に登場する広瀬康一くんのスタンド「エコーズ」は、出世魚のように進化するタイプのスタンド(守護霊みたいなもの)なのだが、マンガにはACT3までしか出て来ないので、ACT4は「その先」をイメージさせてくれるのだ。また、第4部の舞台は、羽生結弦選手の出身地でもある仙台市(S市)という事になっているから、「聖母マリアの塔」の写真を使ったブログ記事とは、ここでも繋がって来る。

肝心の有川さんに関する記事は、P82から始まっていて、アーク森ビル13階に新しくオープンしたアルビオンアート東京サロンの事が紹介されているのだが、そのP88にある「書」にまたまた驚かされるのであった。目利きの有川さんが選んだのは、一体誰の書なのだろうか?と記事を確認してみると、”軸は江戸時代の慈雲尊者の書、「也太奇」。”とある。也太奇(やたいき)とは、「これは驚くべきことだ」という意味らしいが、私はこの解説を目にしたこと自体が、大いに「驚くべきこと」だった。

なぜなら、私はごく最近『書を楽しもう』(魚住和晃著)という本の中で、慈雲の「無事是貴人」という書を目にしたばかりだったからだ。それはLが栞を挟んでいた関係で偶々目にしただけで、未だ他のページには殆ど目を通していない新書なのだが、まさにその栞が挟んであったP119に、慈雲の書が出ているのだ。ついでだから、P119の少し手前までパラパラめくった時に発見したことについても、少し書いておこう。

今年1年(白い惑星の魔法使いの年)とも同期するP114には、私が9年前に書の聖地・西安碑林で行われた臨書展に出品した「元テイ墓誌銘」が掲載されている。お手本としてこの作品を選んで下さったのは、塾長の青木先生で、この墓誌銘に関する現地での驚くべきシンクロについては『シンクロニック・ジャーニー』に詳しく書いてある。思えば、もともと有川さんとのご縁も天真書法塾から始まったものだ(私達よりも先輩の書法塾生)。

さて、「也太奇」が慈雲の書と分かった私は、1人興奮しつつ、Lに向かって「これは誰の書でしょう?」と問うてみた(Lより先にACT4を読み始めたのでLはまだ記事を目にしていない)。何故そんな質問をしたかと言えば、その時、彼女のバッグの中に『書を楽しもう』が入っているのを知っていたからである。結局、2度外したので、答えを教えつつ、『ACT4』のP88と『書を楽しもう』のP119をその場で照合。違う言葉が書かれた作品だが、やはりどちらにも慈雲独特の味わいがあるのが感じられる。
jiun.jpg ★同時に持ち歩いていた雑誌と本に、同じ慈雲の書!

実は、L(KIN231)は10月に、この新しい東京サロンを一度訪れている。9月に有川さんが送って下さった『婦人画報』10月号(P231)に、各回定員15名(全2回)の読者向けの特別レクチャーが紹介されており、それに応募したのだ。もちろん、先に書いた通り、有川さんとは直接面識があるのだが、あえてチャレンジするところがLらしい。応募要項掲載ページとLの誕生キンがシンクロしていた時点で次元の窓口が開いていたのか、結局、200倍もの倍率をくぐり抜けて当選してしまった。応募先は婦人画報編集部で、有川さんも当日まで参加者については知らされていなかったようなので、裏口ではない(笑)。

「也太奇」の軸があるのは、4つの空間からなるサロンの一番奥に作られた茶室「有庵(うあん)」。実は、2年程前に、「有川さんて利休みたい」とふとLが口にしたのを、有川さんは「だったら嬉しいですね」なんて答えられていたのだが、『ACT4』の記事に、「有庵」は千利休の「待庵(たいあん)」を下地に設計されたと書かれていたので、またまたビックリしてしまった。

そんな訳で、映画が上映される恵比寿ガーデンシネマに着くまでに、既に盛り上がりは最高潮に達していた。だが、上映時間までの間、併設の「&CAFE」ラウンジでお茶をしている間にも、さらなる発見があった。何と『ACT4』のP119には、私が自分の誕生日に訪れて猛烈にシンクロした(当日の様子はコチラ)「丸山珈琲鎌倉店」が掲載されていたのだ!慈雲の書も『書を楽しもう』のP119。普段なら、この数字シンクロひとつだけでも相当なものだが、この日は「赤い地球」のキーワード通り「共時性(シンクロニシティ)」が大フィーバーしていて、あまりに色々起こるので、何だか当たり前のようにも思えてしまう。
mc.jpg ★何とこちらもP119

ここで丸山珈琲について思い出した事があるので、それについても少しだけ書いておきたい。Lがアルビオンアートの新東京サロンを訪れた翌々日、突然、二子玉川ラサの石川さんから連絡があって、丸山珈琲創業者の丸山健太郎さんとお会いする事になった。僅かな時間ではあったが、鎌倉店のオ–プンに絡む激しいシンクロを皮切りに、色々とスパークしまくって、非常に濃密な時間を過ごさせて頂いた。年の半分近くを海外で過ごされている超多忙な方だが、然るべき時が巡ってくれば、きっと再会できることだろう。

さて、映画『創造と神秘のサグラダ・ファミリア』は、2012年スイス作のドキュメンタリーで、ちょうど私達が訪れた2011年末くらいまでの現場の映像が多く用いられていた。内容の深さから言えば、『ACT4』の外尾悦郎さんへのインタビューの方が充実している気がするが(映画の中でも外尾さんのコメントは実に魅力的である)、ドキュメンタリーとして多面的な切り口で迫っている点は素晴しく、新たな知見を得る事が出来た。

パンフレットの発刊日が2015年12月12日(KIN253)なのは、ガーデンシネマでの上映初日に合わせたものだろうが、羽生結弦選手がバルセロナでGPファイナル3連覇を成し遂げたのも同じ日なのが、何とも興味深い。何しろ、私はその偉業とバルセロナという場所に刺激を受けて急遽ブログを書く事にし、その際のイメージ画像として、聖家族贖罪教会の「聖母マリアの塔」の内部写真をチョイスしたのだ。

パンフレットの年表には、着工128年目に当る2010年11月7日(KIN213)に、ローマ法王ベネディクト16世が正式に教会と認定する聖別のミサを行った事が記されていたが、これも私達には驚くべき発見だった。何故なら、ガウディの誕生キンはKIN128(11・星)だからだ。この事実は、サグラダ・ファミリアが、その地下に眠っているガウディの強烈かつ聖なる遺志によって支えられていることを示している、と私は思う。

と同時に、KIN128という数は、『ドリームスペル13の月の暦)』のツォルキンで計算しないと導き出せない数である事にも注意を払っておきたい(マヤ暦のツォルキンではガウディの誕生日は全く違ったデイサイン「3イク」となる)。「石に刻まれた聖書」とも呼ばれるサグラダ・ファミリアは、3次元的にも比類の無い総合芸術的な教会だと思うが、私には4次元的な「時間船」としての役割も、特別に担っているように思えてならない。現在も進行中の建設のプロセスそのものが、まさに「Time is art」だと言えるし、今回の一連のシンクロも、この教会(の場)を通じて生じているからだ。

そして、私達が『ドリームスペル 時間船地球2013の旅』日本語(最終)版の準備をしていた時期も、2011年にバルセロナを訪れた頃と完全に同期していたからだ。バルセロナの旅に関しては、メルマガの過去記事に「カタルーニャの魂」として10回分連載してあるので、これからバルセロナを訪れてみようという方には、多少参考になるかもしれない。最終の第10話が掲載されているVol.44には、2011年9月8日(KIN258)に、スペイン皇太子賞が発表され「フクシマの英雄達」が平和部門で受賞した事が書かれている。ちょうど、今日からぴったり6銀河スピン(6×260日)前の話だ。

そして、迎えるグレゴリオ暦2016年元旦は、KIN13(13・空歩く者)からスタートする。今回のシンクロが、有川一三(13)さんからの贈り物によって発見された事を思えば、2016年もきっと思いきり充実した年になることだろう。少なくともこの記事を読まれた方にとってはそうなると思う。上手く行けば、2016年1月1日=律動の月20日(KIN13)は、12:60世界から13:20(=20:13)世界へと人類が集合的に移行する参入ポイントに成るかもしれない(過去既に何段階かそういうプロセスを踏んではいるが)。だが、結局はそれも、一人一人の内的変容があってこそなのだ。


(※)G12/23に開催するスペシャルクラス【一陽来復】では、日々このような体験をしている私達が、常に心がけている様々な「霊性の作法」をシェアします。直前に席が埋まってしまう事が多いので、参加希望の方はお早めにお申し込み下さい。

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