鷹と鷲の福岡天神&春分の志賀島

2017年02月07日 19:48

銀河の月1日(G2/7)KIN155 青い水晶の鷲(by D)

13の月の暦ドリームスペル)』の365日暦では今日から8番目の「銀河の月」に入った。『20の銘板』の見方では、今月全体がKIN255(8・鷲)に対応するので、260日暦が「12・鷲」で始まった今日は、「鷲」が月日で重なる「太陽の紋章版・魔術の亀の日」とも言える。さらに、「銀河の月」を守るトーテムは「鷹(タカ)」だが、「鷲(ワシ)」は、タカ目タカ科に属する鳥のうち比較的大き目のものを指す通称らしいので、ここでも鷹(鷲)が重なっている。

40日後の「13・鷲」の日(G3/19)は、いよいよ福岡天神での天真体道と暦のクラス。思えば、福岡にはソフトバンクホークス(鷹)という野球チームもあるし、今年の干支は酉(トリ)で、私は「天迅」という雅号を持つ年男でもある。「酉年」の「鷹の月」初日の「鷲の日」に、ホークス(鷹)の本拠地福岡(天神)で、「酉年生まれ」の「天迅」が「鷲の日」にガイドするクラスについて案内できるのは、ちょっと嬉しいシンクロだ。

2016大阪 *写真は天真会様のFBページから お借りしました

翌3/20、春分の日(KIN196)には、金印(漢委奴国王印)が発見された場所として知られ、古代からの要所でもある「志賀島」でのスペシャルクラスもある。この記事を書くのに「金印」を調べていて、驚きの発見があった。まず、金印が国宝保存法に基づく国宝に指定されたのは1931.12.14(KIN15)、つまり「2・鷲」の日に当たる。

その後、文化財保護法に基づく国宝に指定されたのは1954.3.20(KIN81)。つまり、志賀島で「13の月の暦」&「天真体道瞑想」クラスが行われるぴったり63年前という事になる。そしてKIN81は、この夏から始まる私の次の「運命の道筋」でもある。金印=KIN印と思うと、春分の志賀島には、何か特別なものがあるのを感じる。

最近、63に関する発見があったので、それもメモしておこう。公式窓口で『ドリームスペル』の申込み受付を開始したのは2012.2.8(KIN151=8・猿)で、その日は、私達が注目しているアーティスト、ビセンテ・アミーゴの63回目の銀河の誕生日でもあった。この事は、ちょうど4日前のKIN151(70銀河スピン記念)に、彼が『五感の記憶』というニューアルバムに関する情報をツイートしていた事で想起された記憶である。

shikaumi.png *写真は志賀海神社様のサイトからお借りしました

「金印」が国宝に指定されたKIN81(=9×9)からぴったり63(=9×7)年目に当たるKIN196の志賀島スペシャルセミナー。二子玉川で「四重の虹」が見られた2015.9.9は、志賀島在住のシャンバラ教室生Aさんの誕生日だったが、そのAさんの誕生KINはKIN219で、今年一年と完全にシンクロしている。

そして、今日は広島ゼロポイント(原爆投下日)から100銀河スピン(26,000キン)目のKIN55(3・鷲)に、渋谷で行われた「ドリームスペル展」からぴったり100日目でもあった。40日後が福岡という事は、「ドリームスペル展」から140日(テレクトノンの数)後が、福岡という事になる。補足を含めて、以下に情報を整理しておこう。【詳細・お申込みについては→コチラ】。

★G3/19(KIN195)、福岡りーぶる天神で「天真体道瞑想」「13の月の暦」クラス。
★G3/20(KIN196)、志賀島・喜多乃家で「天真体道瞑想」「13の月の暦」「春分円卓」クラス。
*G3/21(KIN197)、志賀海神社で剣武奉納演武(注:こちらはクラスではありません)

主催は、九州を中心に精力的に『13の月の暦ドリームスペル)』情報を伝えておられるJ.T高木さん(KIN203=8・夜)。提唱者ホゼの生誕77周年に当たる昨年G1/24(KIN36=9×4)、大阪チャクラで行われたクラスに、大雪の中駆けつけて下さった九州チームのお一人だ。その日、その場に居合わせた方は、それだけで文句無しの「時空のサーファー」だが、高木さんは「ドリームスペル展」でホゼの作品から直に多次元情報も浴びているので、今回のクラスのシンクロ率は、想像できないほど高まる事だろう。

実際、今日も私が一連の気付きをツイートし終えたまさにその瞬間にメッセージを下さっている。1年前の大阪での出来事がきっかけとなって今回のイベントが生じたように、今回、福岡天神&志賀島に参加される方も、その日がきっかけとなって、きっと全く新しい「時空の旅」が始まることだろう。知識はネットや本でも得られるが、からだ全体を通じて伝わる見えざる情報は、その場に参加しないとキャッチ出来ない。

私は、それを実感していたから、ホゼやロイディーンが生きている時に、可能な限り直接彼らに学んだのである。その体験から言わせてもらえば、目に見えている情報とは比較にならないほど濃いものが、そこ(からだから伝わるもの)にはあるのだ。そして、より正確にそうした情報を受け取るには、心身が十分にほぐれている必要があるのだ。瞑想クラスを同時に行う意味はそこにもある。

時空の条件が力強く美しくシンクロする「場」は、そう簡単には生じない。人生の質を一気に高めるであろうこの大波を、思い切り活用して頂ければと思う。九州近圏の皆さま、福岡天神&春分の志賀島でお会いしましょう!


おまけ:『13の月の暦』で中心に当たる7番目の「共振の月」、私は遅れに遅れていた「天真体道」に関する新刊の執筆に必死で(7章立ての最終7章を昨夜脱稿)、Lもシャンバラ教室で特別プログラムを始める準備に忙しく、初めてひと月以上ブログ記事更新をしなかった(広告が出てビックリした)。手軽なツイッターやインスタにメモを残すと、それで安心してしまうのだが、立春も過ぎたので、もうちょっとブログも活性化させて行きたいと思う。

チベット支援がもたらす縁

2014年11月20日 23:37

■倍音の月6日(G11/20)KIN126 白い太陽の世界の橋渡し(by D)

NPOクリカでは、年に一度、カトマンズにあるマナサロワール・アカデミーを訪れ、教育支援をしているチベット難民の子供達に会いに行くという活動を続けて来ている。何故、そういう活動を始めたのか、あるいは、どういう流れで今のようなスタイルに落ち着いたのかについては、サイトや拙著(『シンクロニック・ジャーニー』や『霊性のアート』)を参照頂ければと思うが、現地を訪れるのも今回で早7回目。
ヒマラヤ 
あっという間の気もするが、支援を開始した時には入学したての4歳だった子供達が、すっかりお姉さんの11歳になっているのだから、年月の経過を実感せずにはいられない。現在支援している11人の子供達のうち3人は来春には卒業予定で、卒業後は次の段階の学校へと進むことになっている。そう思うと、感慨深くもあり、同時に、ちょっと寂しい気持ちにもなる。
子供11 
今年も11/12~14に学校を訪問し、支援者からのプレゼントや手紙を子供達に渡したり、一緒に天真体道新体道)を行ったりして来た。その様子については、アルバムに整理してあるので、そちらをご覧いただければと思う。今回、特に記しておきたいのは、タイミング良く他の支援グループのメンバーと交流出来たこと、そして『チベットの少年オロ』の上映会を行えたことだ。

ドバイから来ていた支援者グループは、ベラルーシ、ラトビア、ブラジル、コロンビアとその出身地は多様で、記念写真に納まった学校の代表者2名(チベット、ネパール)と私達を加えると、全部で7カ国の人がそこに集っていたことになる。背景となる文化や言葉が異なっていても、同じことに意識が向いている人々とは自然に打ち解けてしまえるのは、人間は本質的には何も違わないからだろう。桜の咲くころ日本を訪れたいと言っていたので、彼女達とは意外と早く再会できるかもしれない。
7カ国 
いつも子供達が歌や踊りで歓迎してくれるので、私も彼らに喜んでもらいたいという気持ちで、剣武の演武を少しばかりやらせてもらった。幸いな事に、現地には、カトマンズ在住7年となる道友の木村悟郎さんがいてくれるので、木刀もお借りすることが出来た。悟郎さんに協力して頂いて、ちょっとした組手なんかも行ったが、子供達が喜ぶのは、いつも「エイ!」という気合いのところ。そういう習慣が無いからなのだろうが、何であれ楽しんでもらえれば良いのである。

故・岩佐寿弥監督の作品『チベットの少年 オロ』の上映会をする事になったのは、カメラマンを務められた津村さんが、夏に私のブログを読んで連絡を下さったことに端を発している。もちろん、もっと遡れば、この映画に出演しているツェワンさんと津村さんが27年前に偶然出会ったことが全ての始まりで、そこから岩佐監督夫妻につながり、ずっと後になってこの映画が生まれたのだが、ツェワンさんの妹のドルマさんがシャンバラ教室に通っていたり、彼女が移住先のトロントでこの映画の上映会を行ったことなど、折り重なる縁があって初めて実現した話でもあった。

監督の奥様の靄子さんや津村さんご夫妻が、二子玉川「ラサ」で行われた天真書法塾シャンバラ教室ギャラリー展にご来場下さったのも、ドルマさんの作品が展示されていたことと関係があるし、そこからプロデューサーの代島さんと話をする流れも生まれたのである。また、上映にあたっては、同じくシャンバラ教室で学んでいたドルマさんのパートナー、ペムシさんが大活躍してくれて、機材の準備やセッティングのほぼ全てを学校の先生方と協力して行ってくれた。
オロ 
おかげで、250人もの子供達に映画を見てもらえた訳だが、年齢の低い子供達にとっては、ちょっと時間的に長かったようで、後半はじっとしていられない子が目立った。ただ、登場人物と体験が重なる先生方や上級生は食い入るように観てくれていたので、また機会を改めて見てもらえたらと思う。

翌朝は、昨年から週一回、木曜朝に行われるようになった木村悟郎さんの天真体道新体道)のクラスに参加し、悟郎さんの計らいで、私も一部号令を担当させて頂いた。子供達は授業の中で、チベット語、ネパール語、英語を学んでいるが、悟郎さんが体操の時間に日本語も上手に教えている関係で、簡単な挨拶なら日本語でも出来るようになっていてビックリしてしまった。

悟郎さんは子供達に大人気で、サー・ゴローと敬意と親しみをもって呼ばれており、皆、大喜びで天真柔操や天真五相を行っていた。体験で参加したドバイからの二人も「体がぽかぽか暖かくなって、すごく良かった」という感想。こうしてみると、チベットとのご縁だけでなく、NPOクリカの活動を強力に支えて下さっている青木先生や天真会の皆様とのご縁にも、感謝せずにはいられない。そして、青木先生がよくおっしゃる「助ける者に助けられる」というのを実感させられるこの頃である。

ちなみに、悟郎さんは、世界遺産ボダナートの仏塔から至近距離にある「マヤ・ベーカリー・レストラン」の経営にも参画されている。マヤ・レストランの料理はどれも美味しく(友人が関わっているというのを抜きにして)、特にベーカリー類は絶品なので、カトマンズを訪れる機会のある方は、是非、立ち寄ってみて頂きたいと思う。

他にも様々な仕事をこなされていて忙しい中、毎度、時間を割いてあれこれ助けて下さる悟郎さんには、感謝の気持ちしかないが、7年間一度も帰国せず、ネパール語で楽しそうに会話する姿は、殆ど現地の人のようでもある。

まずはNPOの活動報告ということで、学校でのことを中心に書かせて頂いたが、シンクロを伴った面白体験が多々あったのは言うまでもない。それについては、週末(明後日)の「シンクロプレゼン・ラボ」でお伝えするつもりなので、シンクロエネルギーに満ちた旬な情報を味わいたい方、1122から始まる新しい領域への扉(意識)を開きたい方は、上記リンクから手続きをして頂ければと思う。

プラハ伝説の地で演武

2012年06月19日 17:36

■水晶の月21日 (G6/19) KIN22 白い太陽の風(by D)

8年前のヴィーナストランジット(KIN211)は、二子玉川に引っ越して来た日で、今年のヴィーナストランジット(KIN9)は、チェコに向かって旅立った日だった。今回の旅は、青木宏之先生率いる天真会のメンバーとして、「プラハ菩提樹祭」とベナトキ城美術館での「日本書芸術家による書とTシャツ展」開幕式で天真体道(新体道、剣武天真流)の演武をすること、そしてベナトキの小学校で書道を通じて子供達と交流することが主な目的だった。

諸事情で当初は参加をかなり迷っていたのだが、結局、自ら設定した期限内に、はっきりとした徴があって参加を決めた。こういう時は、その時空から呼ばれているようなものなので、シンクロ率も半端ではない。残念ながら、その全てを書く余裕は無いので、詳しい報告については別途どこかで機会を設けるとして(メルマガとかレクチャーとかで)、以下に要点だけメモしておきたいと思う。

旅の前半で訪れたベナトキ市は、プラハから車で小一時間の小さな街だが、中心部の高台にそびえるベナトキ城は、スメタナ(KIN193=11・空歩く者)が3年間ピアノ教師として滞在した他、マリアテレジア(KIN210=2・犬)や天文学者ティコ・ブラーエ(KIN150=7・犬)も訪れたという場所で、今は博物館や美術館として活用されている。ちなみに、ベナトキはチェコ語でベネチアを指すそうだから、日本の小京都みたいなイメージだろうか。

「日本書芸術家による書とTシャツ展」開幕式(G6/7=KIN10=10・犬)の様子は現地のテレビでも放映されたようで、その様子がアーカイブで見られるようになっている。展覧会の会期は7/10(KIN43=4・夜)までなので、もし、プラハ近郊におられる方がこのブログを目にする事があったら、Lも書とTシャツの作品を出品しているので、是非、立ち寄ってみて頂きたい。

  meigetsu

「プラハ菩提樹祭」には6/9(KIN12)に参加。勝手な先入観で仏教関連のイベントかと思っていたら、真相は全く違っていて、チェコの国花が菩提樹なのだということが後から分かった。振り返ってみれば、ベナトキ城にも大きな菩提樹があった。そんな事も知らずに現地に行くとは全くもって失礼な話だが、会場となったヴィシェフラド城が、チェコ(ボヘミア王国)そしてプラハ誕生伝説の地であることも帰国してから知ったのだった。

伝説によれば、7世紀ころ、リブシェという予言能力を持つ女王がその地を治めていたが、後に、自分に代わる国王(夫)の出現を予言する。それがボヘミア王国の祖となるプシェミスルだった。あくまで伝説ということになってはいるが、国民劇場のこけら落としがスメタナのオペラ「リブシェ」だったことや、交響詩「わが祖国」の第1楽章が「ヴィシェフラド」であることからも分かるように、チェコの人々にとってそこは、国の誕生を象徴する重要な場所なのだ。

瞑想したり、演武をさせて頂いた時に感じた、懐深い優しさや慎み深さ、あたたかさは、親日的なチェコの人々が生み出したものだと思っていたが、もしかしたら、ヴィシェフラドという土地に、ずっと昔からそのようなバイブレーションが満ちていたのかもしれない。スメタナ、ムハ(ミュシャ)、ドヴォルザークらが眠る墓がその敷地内にあるのも、そういうことと無関係では無いような気がする。そんな大切な場所で演武する機会が与えられたことに、心から感謝したい。

尚、菩提樹祭の様子は、主催したチェコ日本友好協会のサイトで沢山の写真によって報告されているが、ちょっと見つけにくい形になっているので、以下に直接リンク先を貼っておこう。
http://japan.cz/vysehrad2012/Bodaid%C5%BEu_Macuri_2012/subalbum_1.html
https://www.facebook.com/media/set/?set=a.10150895164208785.410399.695478784&type=1&l=020a413fc2
http://www.japan-chin.cz/2012/2012-06-09/album/index.html

6/10(KIN13)は、一日自由行動で、夜にチェコオリンピック委員会名誉会長のチャフラフスカさんと、チェコ日本友好協会顧問のコパコーヴァさんとの懇親会が行われた。予報では、連日お天気は不安定で、ガイドの方からも「当日にならないと分かりません」と日々アナウンスされていたにも関わらず、演武の時は晴天に恵まれて本当にありがたく感じたが、この自由行動の日は、その時まで天がずっと待っていてくれていたかのように一日中雨だった。

私はプラハ市内を歩き回り、ハヴェル前大統領(KIN210=マリアテレジアと同じとこの記事を書いてて気付く)も劇作家時代によく使っていたという国民劇場前のカフェ「スラヴィア」に寄ったり、出発直前にダウンロードした「わが祖国」第2楽章「ヴルタヴァ(モルダウ)」をiPhoneで聴きながら、モルダウ川沿いをカレル橋に向かって歩いたり(一人世界音楽紀行状態)、贅沢な時間を過ごさせてもらった。ちょうど出発の2週間程前に、18年ぶりに中学校(NHK合唱コンクールで全国大会に出る位合唱が盛んだった)の学年全体同窓会があり、モルダウを歌っていたことを思い出したばかりだったので、尚更印象深かった。

ベラ・チャフラフスカさんは、東京オリンピック女子体操個人総合で金メダルを取った選手として有名だが、ビロード革命後、ハベル元大統領の顧問やチェコ日本友好協会名誉会長などの重職を務められて来た。日本を第2の故郷と思って下さっているとのことで、先の東日本大震災の時も、様々な形で支援をして下さっていたことが、ニュースでも報じられている。チェコの人々は一般的に日本の文化に深い敬意を示して下さっているようで、震災の時には、他にも多くの方々が様々なレベルの支援をして下さっていたようである。その事に対し、青木先生(KIN245=11・蛇)が日本人を代表して御礼を述べられた。

興味深いのは、現在の青木先生の「運命の道筋」が、チャフラフスカさんの銀河の署名「赤い太陽の蛇(KIN165)」とシンクロしていることである(先にジョイント講演した野崎友璃香さん、剣武天真流宗家助師の大井先生も同じKIN)。昨年でも一昨年でもなく、今年、「プラハ菩提樹祭」に参加したのは、そういうタイミングだったからなのかもしれない。暦の情報を見て行けば、他にも沢山のシンクロを見つけ出すことが出来るが、ここでは、チェコを代表する作家カフカが銀河の父ホゼと同じKIN11で、ドヴォルザークが地球の父と同じKIN88だったこと、スメタナが長期暦でパカル王が活躍した時代そのものを示すKIN193だったことだけメモしておこう。

「13の月の暦」で12月21日、KIN22(銀河の母ロイディーンの誕生KIN)に当たる今日、ごく簡単にではあるが、「コドン22/ヴィジョンの神殿」の1週間に体験したことをまとめられたことを嬉しく思う。最後に、プラハ城の黄金小路(錬金術師や占星術師が住んでいた場所)にあるカフカが住んでいた家の番号も22であったことを付記しておく。

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