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カッシーニの誕生キン

2017年09月17日 00:57

月の月25日 (G9/16) KIN116 黄色い水晶の戦士 (by D)

10連続GAPの最終日だった昨日KIN115(11・鷲)に、土星探査機カッシーニ」が20年の旅を終えて土星大気中で燃え尽きた事が報じられていた。今日、ふと気になって調べてみると、色々面白い事が分かったので、以下にそのメモを記す。ただし、そんなに真面目に調べた訳ではなく、日付関係はwikiからの情報のみである事を予めお断りしておく。

カッシーニという名の由来となった天文学者ジョヴァンニ・カッシーニは、1625年6月8日生まれのKIN196(1・戦士)。グレゴリオ暦が始まった1582年以降なら、ドリームスペルに依拠したiOS用無料アプリKIN3D(*1)でダイレクトに調べられるので助かる。

太陽の紋章「黄色い戦士」が土星軌道に対応する事は、『テレクトノン』ボードに分かり易く示されているが、最初にその関係性が記述されたのは、1990年に発表された『ドリームスペル』である(*2)。

それにしても、誕生キンウェイブスペルも「黄色い戦士」だったカッシーニが、土星に関する多くの発見をしたのだから、何とも興味深い話だ。カッシーニの方が『ドリームスペル』より365年も前に生まれているのに、土星との関係が、まるで運命付けられていたかのように見えるからだ。

天球儀★こちらはフィレンツェのガリレオ博物館にある天球儀

占星術から天文学に進みながら、結果的に占星術を否定する事になったカッシーニにとっては、こういう話もたわ言にしか聞こえないかもしれないが、それはさておき、目を探査機のカッシーニの方に向けてみよう。

打上げ    1997.10.15(KIN125)
土星軌道投入 2004.6.30(KIN233)
運用終了   2017.9.15(KIN115)

探査機の方も、ザックリではあるが『時間の法則の20の銘板』と絡んでいる。『20の銘板』のクロノグラフは、1997.7.26(黄色い倍音の種の年)から始まった「磁気の月」をKIN1とみなし、「ひと月=1キン」で数える方法である。その数え方で260ヶ月が完了したのは、2017.7.24。この20年は、ほぼカッシーニの運用期間とダブっている。

さらに、土星軌道に入ったのも「石の神秘の7年」の始まり(2004.7.26)とほぼ重なっていて、20年の運用中、土星軌道にあったのは13年。「ドリームスペル創世記」で12:60周波数の発信地の一つとなっている土星軌道で、20:13を体現したカッシーニは、3次元的な任務とは別の、何か特別な銀河的任務も担っていたのかもしれない。

おまけで書いておくと、ジョヴァンニ・カッシーニが他界したのは1712.9.14(KIN69)。その305年と1日後に、探査機カッシーニも任務を終えたのだった。


(*1)同じ会社が古代マヤ暦の日付を出すアプリMaya3Dを出している事からも、「マヤ暦」と「ドリームスペル13の月の暦)」は別物である事が明らかなのだが、日本ではかなり混乱されているので、よく分かっていない人はまず「【13の月の暦】の大基本」を参照の事。

(*2)1987年の『マヤン・ファクター』の時点では、「黄色い戦士」という呼称はまだ存在せず、古代マヤ暦の呼称「キブ」が用いられているので、「黄色い戦士」=「土星軌道」とは書かれていない。この頃はまだ閏日処理にも試行錯誤が見られ『ドリームスペル13の月の暦)』準備中の過渡期と見なせる。

終戦記念日の祖父母への感謝

2017年08月16日 00:46

磁気の月21日 (G8/15) KIN84 黄色い律動の種 (by D)

終戦(敗戦)記念日のG8/15は、常に『13の月の暦ドリームスペル)』の元旦である7/26から20日後に当たる。従って、元旦が「黄色い種」なら終戦記念日も必ず「黄色い種」となる。なぜなら、「太陽の紋章」(*)は20種類しか存在せず、20日周期で同じ紋章が巡って来るからだ。そして、あるきっかけから、私はこの元旦と終戦記念日との関係を強く意識するようになった。

故・江本勝氏の会社(I.H.M.)時代から共に仕事をして来た青山保喜氏(現ウィリット代表)の52才の誕生日でもあった2010年8月15日(KIN129)、思いがけない人物からメールが届いた。それは安倍昭恵さん(現首相夫人)からのもので、拙著『シンクロニック・ジャーニー』を偶然手にし、そこに思いがけず夫・晋三氏や江本氏の事が書かれていた事に、シンクロを感じられたらしい。

その経緯は『マヤのリズム』に、その後の更なるシンクロ(今年の私の道筋KIN81と剣山の関係等)については『霊性のアート』に、ご本人の了解を得て掲載させて頂いているが、その流れと関係して、2010年11月に、当時シャンバラ教室生だったYさんから「終戦の詔勅」というコピーを頂いた。

「堪ヘ難キヲ堪ヘ…」で有名な玉音放送の原稿である。表紙が「詔書」ではなく「詔勅」となっている理由は不明だが、ネットで調べた限りでは、改行状況や文字の書体含め、本文に関しては国立公文書館にある原本と同じものだと確認できた。

詔勅 

全13か条からなるポツダム宣言が発せられたのが、「13の月の暦」の元旦に同期する1945.7.26(KIN44)で、その受諾を国民に公表したのが同年8/15(KIN64=16×4)だったのだと明確に意識するようになったのは、その年からである。奇しくも、G8/15は「磁気の月21日」に当たり、そのサイ時間単位は常にKIN16、昭和天皇の誕生KINとなる。

終戦時には、まだ存在していなかった「13の月の暦」(の特別バージョンで倫理研究所と深く関係しているサイ時間単位)の数え方で、昭和天皇ご自身の誕生KINが、終戦記念日と完全にリンクしているところに、この暦が今、この世界に現出している意味を感じる。

戦後72年の今年は、52年が還暦となる「13の月の暦」だと、72=52+20という関係から、終戦時の365日暦と260日暦の関係と、ぴったり20日ズレた関係になる(『20の銘板』は終戦時と完全シンクロした周期でスタートしていた事に改めて気付かされた)。具体的に書けば以下の通り。

・1945.7.26=ポツダム宣言=KIN44(5・種)
・1945.8.15=玉音放送=KIN64(12・種)
・2017.7.26=KIN64(12・種)
・2017.8.15=KIN84(6・種)

つまり、今年「黄色い水晶の種の年」の元旦は、終戦時の今日(8/15)と同期しているのである。その意味するところをどう受け止めるかは「各人に依る」というのが『13の月の暦』の特徴だが、私にとっては、「それまでの価値観が意味を失ってゼロになった日」という感覚が強い。

そして、そういう日が今年の元旦とシンクロしているという事は、この一年が「協力を捧げる/普遍化する」というキーワード由来の意味合いだけではなく、「価値観のゼロ化」とリンクする一年という側面もあることを想像させるのである(そうと決まっている訳ではない)。

そもそも「価値観のゼロ化」と言っても、人によってその印象は全く異なるだろう。法や権力の象徴でもあった軍や憲兵、報道機関や教育機関などを信じ込んでいた人にとっては、終戦によって、天地がひっくり返るような感じがしたであろうし、端からそんなものは信じておらず、より普遍的な指針で生きていた人にとっては、(色々と現実的に大変な事はあったにせよ)案外、真っさらになった事を前向きに捉えていたかもしれない。

そういう意味で、この新しい一年は、個人的に結構注目している年でもあるのだ。加えて、今日のKIN84は、私の父方の祖父の誕生KINでもある(本日で生誕173銀河スピン)。といっても、実は、それが判明したのは、2017.3.24(KIN200)になってからで、恥ずかしながら、それまで自分の祖父母の誕生KINを真面目に調べた事が無かったのだ。

子供の頃には誕生日毎にお祝いの手紙を送ったりしていた記憶もあるのに、他界してからは、季節すらよく分からなくなっている事に気づいて、母に改めて確認したのが、パカル王の生誕1414年とシンクロしていたG3/24だったのである。今頃になって、という気もしたが、以下のような関係性を知ると「今がその時」だったようにも思える。

遺伝的な意味では、誰にとっても祖父母は4人(4は「黄色い種」の紋章コード番号)しかいない。その4人の誕生キンを合計してみると、何と480になるという事を、私はパカル王の誕生記念日に発見したのである。そして、そこから141日後のKIN81(9×9)に、私は48(12×4)になった。

「黄色い水晶の種」=「12・種」であり、それは「12・4」と表記できる。「水晶の円卓」と「種」。「種とは私の遺伝的源泉の4人の祖父母でもあるのだ」という思いが、今日、終戦の日に浮かび上がる。厳しい戦時下を生き抜いた祖父母たちに改めて感謝すると共に、私が「他の誰でもない自分自身を生き抜くこと」こそが、祖父母(あるいはそれ以前の全ての祖先たち、さらには地球生物圏)への最も価値ある贈り物となるのではないか、と長年の霊性研究から思うのである。

実は、KIN84の祖父は、父が子供の頃に既に他界しており、唯一直接顔を合わせた事のない祖父母なのだが、今日、この記事を書いた事で、四次元的に深く交流できたような気がしている。お爺ちゃん(小原徳四郎さん)、どうもありがとう!

(*)1990年に発表された『ドリームペル』に由来する用語(マヤ暦ではこのような呼び方はしない)。詳しくは「【13の月の暦大基本」か文中の『マヤのリズム』を参照。

パカルの特別な13日とマヤ暦

2016年02月17日 23:45

銀河の月11日(G2/17)KIN60 黄色い銀河の太陽(by D)

今日は、『ドリームスペル(13の月の暦)』のツォルキンでKIN60(8・太陽)。銀河の音「8」が月日で重なる「魔術の亀の日」だった。そして「パカルの特別な13日」。確かに、パカル王の石棺の蓋には「8・太陽」に相当するマヤ暦ツォルキンでの「8アハウ」が刻まれている。しかしながら、これをそのままKIN60と数えてしまったのは、問題があった。
pacal.jpeg ★達人サーファー吉田さん(KIN43)作のレリーフ

順番に整理してみる。まず、巷に広く出回っている「ドリームスペル(13の月の暦)のツォルキン」と、遺跡に残された記録とも整合する「古代マヤのツォルキン」とは、全く別な日付を数えている別な暦である。つまり、この世には、少なくとも2つのバージョンのツォルキンが存在するということだ。

具体的に書けば、今日は、ドリームスペルだとKIN60(8・太陽)で、マヤ暦だと「13ベン」、仮にドリームスペル風に書けば、「13・空歩く者」(KIN13)となる。つまり、二つのツォルキンは、現時点で47日ズレている。このズレは、間もなく訪れるG2/29で変化して46日となる(グレゴリオ暦の事を考慮するかしないかの違いによって)。

13の数字と20の絵文字を組み合わせて260日周期を数えるという仕組みは同じなのに、数えている日付が異なっているから、ややこしくなるのだ。と同時に、「ドリームスペル(13の月の暦)のツォルキン」と「古代マヤのツォルキン」という2つの別な暦を、ホゼ自身が都合よくごちゃ混ぜにしてしまったのが、後に偽マヤ暦団体を幾つも誕生させ、より深い混迷を生み出す遠因にもなったと言える。そこをもう少し追求してみよう。
dreams.jpg ★『ドリームスペル』キット日本語版

8アハウ」が、「古代マヤのツォルキン」でのパカル王の誕生日であるのは、間違いない。しかし、ホゼはこれを「ドリームスペル(13の月の暦)のツォルキン」の計算方法に換算せず、古代マヤの数え方のまま、見かけだけドリームスペル風にして、テレクトノン発表時に「パカルの特別な13日」という形で組み込んでしまったのである。

世界各地の伝統的精神文化を、何でも「時間の法則」(ドリームスペルのカウント方法が土台にある見方)に統合してしまうのは、ホゼの得意とするところで、ある意味一貫性があるのだが、マヤ暦とドリームスペル(13の月の暦)の識別が付かない初心者にとっては、やはり混乱の源となる(識別方法は『マヤのリズム』に整理してある)。

実際、私自身も、2012年にあるきっかけが訪れるまで、16年近くもの長きに渡って、何の疑いも無く「パカル王はKIN60(8・太陽)生まれ」と信じ込んで来た。というより、あまり真面目に検証もせず、なあなあにして来たという方が、より正確かもしれない。

では、今日をKIN60と数えるドリームスペル(13の月の暦)ツォルキンの数え方では、パカル王の誕生キンは、一体何になるのだろうか?私なり色々調べて検証した結果は、KIN190(8・犬)である。その検証プロセスについては『銀河のマヤ、聖なる時の秘密』(ヒカルランド)に述べてあるので、きちんと背景を押さえたい方は、そちらを参照して頂ければと思う。

こうした背景や、グレゴリオ暦との関係性を曖昧にしたまま、「あなたの運命は?」とか「相性は?」とか「潜在意識が○○」「鏡の向こうが××」なんてやっている人々は、まさに砂上の楼閣的な後付け知識を増やしているだけなのだ。ものごとの本質を探究し、自分の間違いや勘違いを正視する勇気を持てる人なら、今すぐには受け入れられなくとも、いずれそう悟る時が来るだろう。

今日をKIN60(8・太陽)と数えながら、それをマヤ暦と呼んでいる人々は、単に勉強不足なだけか、勉強好きでも方向性を間違えて本質から外れ続けている人か、本当はマヤ暦とは違うものだと知っていながらゴマかしている嘘つきか、のいずれかである。今日をKIN60と数えるのは、ドリームスペル(13の月の暦)のツォルキンで、マヤ暦のツォルキンではないのだ。

ウェイブスペル」「銀河の音」「太陽の紋章」などの用語も、全て『ドリームスペル(13の月の暦)』に由来するもので、もともとのマヤ暦には存在しない。殆どの人がネットにアクセス出来る現代、ちょっと調べれば分かるのだが、多くの人はその「ちょっと調べる」という手間を省いてしまう。だからこそ、嘘でも声の大きい者の情報に流されてしまうのだ。

どんな分野でも、大抵ニセモノの方が流行り易く、一気に広がり易いのは、そういう面倒臭さを避ける人々が、「手っ取り早さ(即効性)」や「仮(その場)の安心感、幸福感」を優先して、お手軽簡単な情報を求めるからだろう。昨今は、出版物もそういうものだらけなので、先に識別力を鍛えておかないと、時間と労力とお金を浪費し続けて、「結局、私は一体何をやって来たのだろうか?」という状態に陥りかねない。

という訳で、世間でマヤ暦とかツォルキンカレンダーとか呼ばれているものの殆どは、『ドリームスペル(13の月の暦)』のツォルキンをパクった上で、色々な情報を混ぜこぜにした「偽マヤ暦」なのである。それは、本来のマヤ暦でも、本来のドリームスペル(13の月の暦)でもないのだが、世間には「パチもん」好きな人もいるので、そういうバイブレーションに引き寄せられる人を無理して止めようとは思わない。ただ、どういう背景のものか知って触れるのと、そうでないのとの違いは大きいので、縁ある人に向けて書いておきたいのだ。

尚、偽マヤ暦系の親玉たちは、もちろんネタ元の『ドリームスペル(13の月の暦)』のことも知っているので、講座では予め「色々な流派がある」という言い逃れを口にしてるようである(大枚叩いて講座に通っていた複数の人達から聞いた)。この際、はっきり書いておくが、流派など最初からなく、単にピラミッド型集金システムを作りたい者達が、偽マヤ暦団体をあちこちで乱立させているだけの話なのだ。

最後に、このブログに辿り着いた方は、本来の情報を知る可能性を持つ人々だが、私が書いている事もそのまま鵜呑みにせず、是非、多面的、多角的に検証してみてほしい。その姿勢こそが、銀河知性の贈り物である『ドリームスペル(13の月の暦)』が促しているものだからだ。

「銀河の同期」効果

2014年12月29日 23:09

律動の月17日 (G12/29) KIN165 赤い太陽の蛇(by D)

グレゴリオ暦ではすっかり年の瀬だが、私達がメインで使っている『13の月の暦』では、まだ6月の半ば。KIN165というのも、マヤで使われていた260日暦(ツォルキン)を、新しい目的と数え方で一新したもので、本来は、こちらも含めた全体を『13の月の暦』と呼ぶ。

13の月の暦』の暦法は、1990年に『ドリームスペル』という箱形キットのスタイルで発表されたのが最初なので、それ以前には、今日をKIN165と数える暦はこの世に存在していない。ついでに書いておくと、「ウェイブスペル」「銀河の音」「太陽の紋章」「青い○○」「KIN○○」といった表現も、全て『ドリームスペル』に由来するもので、マヤ暦にはそのような言い回しも用語も存在しない。

それらの用語を使ってマヤ暦だとかマヤ鑑定だとか言っている人々が巷にいるのは、無償で配布された『ドリームスペル』の情報を無断盗用して、後付けの(不必要かつ本質から遠ざかる)意味を付与した数名の人間が、その事実を隠蔽して商業ベースの講座を派手に展開しているからに他ならない。

そして、資格取得が趣味で、自分で検証したり調べたりすることをしない人々が、そんな背景も知らずに、ウソの拡散に無自覚に加担してしまっているのである。悪意なくデタラメをバラまいてしまうその状態こそ、まさに『ドリームスペル』で語られる12:60ビームの影響と言える。

さて、マヤ暦に関する長年の研究と、生来の幻視者的資質よって『ドリームスペル』を生み出したホゼ&ロイディーン・アグエイアス夫妻は、2012年冬至の話題を世界に拡散した張本人でもある(特に1987年頃)。だが、1990年に彼らが発表した『ドリームスペル』の中では、2013年7月26日(KIN164)こそが「銀河の同期」という最終目標点であることが明示されている。

「銀河の同期」という名前は、多次元的なレベルでシンクロするという意味と、その具体的日付が「黄色い銀河の種」=「8・種」=KIN164であることに由来する。『13の月の暦(ドリームスペル)』では、「8」という数字を「銀河の」という名で呼ぶので、人類種が銀河種(8種)へと飛躍するタイミングとして「銀河の同期」という名が、それに基づいて付けられたのである。

過去、現在、未来という直線的な時間(水平時間)では、「銀河の同期」は、2013年7月26日という一点のみであり、後にも先にもその日は巡って来ない。だが、『ドリームスペル』のツォルキンは、垂直時間に関する4次元的なマトリクスであることを理解していると、260日に一度巡って来るKIN164には、過去と未来の全てのKIN164が含まれていることに気付く。というより、体験的にそう理解できるようになる。

実際、昨日は「銀河の同期」からピッタリ520(=260×2)日後のKIN164であった訳だが、やはり様々な流れが統合されるような非常に興味深い一日だった。以下、備忘録として書き留めておこう。前夜、瞑想クラスに参加して下さっていた大空さんが、訳者として関わられた『驚天動地』という量子論的世界観に関する本をプレゼントして下さったので、早速、「八仙閣杏仁坊」でのランチタイムに読み進めていた。

食事が運ばれて来た訳でも、区切りの良い所まで読み終えた訳でも無かったのだが、ふと「今はここまでにしよう」と思って本を閉じ、スマホを手にした瞬間、狙ったように青木先生からお電話を頂く。既に何度も体験していることとはいえ、やはり驚かずにはいられない。夕方、先のシャンバラ教室ギャラリー展でお世話になった二子玉川ラサに、ご挨拶を兼ねて訪問。

ちょうど個展の最終日で在廊されていたユリ・プルワントさんファミリーにもお会い出来たので、先の剣武天真流演武会にご来場下さったことに対する御礼も直接伝えられた。そのユリさん、絵も素晴しいのだが、インドネシア武術シラットの先生だけあって、スゴイことが簡単に出来てしまう。何と、胡桃を片手で軽く割ってしまうのだ。動画を見せて頂いたが、軽くズラす感じで一瞬で真っ二つに!

流石に「銀河の種」だけあって「種」の話題で盛り上がるが、その後ラサにいらしたYさんご夫妻は、何とクリカのツイッター、10000ツイート記念で「奇跡のカメ」をゲットされた方。この「ハワイ生まれの木彫りの亀」については、是非、過去記事を参照して頂きたいと思うが、世にも奇妙な物語が絡んでいるのだ。

4年半も行方不明だった32匹の木彫りの亀が、ある日突然宅配ポストに届いていたのだが、色々あって開封出来たのは青木先生の誕生パーティー当日のこと。結果、最初の1つを青木先生に差し上げることにしたのが、今年のG2月下旬。その先生からお昼に電話を頂いた数時間後、今度は最後の32匹目を手にされたYさんに思いがけず会えてしまうのだから、やはり「銀河の同期」効果は面白い。

そもそも、『ドリームスペル』はアグエイアス夫妻がハワイに在住していた頃に生まれたツールで、最終目標点は、当初からKIN164だったことは既に書いた通り。一方、同じハワイで作られた木彫りの亀を手にした人は、私達を含め32人だけ。その最初と最後の受取り主に、KIN164というタイミングでコンタクト出来てしまうとは、何と言うシンクロだろうか!約束無しで向こうからやって来る出来事の中に、面白さがある。

加えて、そのYさんは、お会いした昨日が誕生日だったことがその場で判明。つまり、これから1年は「黄色い銀河の種(KIN164)」の道筋を歩まれるということだ。流石に「奇跡の亀」を手にされるだけのシンクロ力の持ち主だ。Yさんにごちそうになったお土産の鯛焼きも、そしてもちろんラサのお茶もとても美味しくて、幸せな気分でお店を後にした。

この一連の出来事が起きた場所が「ラサ」というのも美しいが、もう一つ書いておかないといけない事があったのを思い出した。田園都市線の三軒茶屋駅周辺に世田谷区太子堂という住所がある。地図を見れば、わずか1キロ四方余りのエリアであることが分かるが、KIN160からKIN164までの5日間(ドリームスペルでの「黄色い色彩」に対応)、この太子堂に関する強烈なシンクロが続いていたのだ。
伊勢 
KIN160(G12/24)伊勢に参拝したLは外宮でのお神楽で太子堂の方と同席した。翌KIN161(G12/25)、今度は内宮神楽殿にて再び同じ方と同席。日本全国から人が集まる伊勢神宮で、駅4つ分しか離れていないご近所の方と2度同席するだけでもスゴイことだが、外宮で同時にお神楽を受けたのは全3名、内宮では全6名だったというのだから、そのシンクロ率の高さは半端ではない。

KIN162(G12/26)は、前々から計画していたシバカリー・ワラでの食べ納め。もちろん住所は太子堂。そしてKIN163(G12/27)のランチは、二子玉川HAMADA-YAのサンドイッチを暦のクラス(銀河シンクロ教室)の合間に頂いたのだが、何とその製造場所がまたしても太子堂。だが、極めつけは、やはりKIN164(G12/28)にやって来た。
カレー 
”ラサ”から徒歩で自宅に戻ると、ダライ・ラマ法王日本代表部事務所からチベット通信が届いていた。開封して何より驚いたのは、ダライ・ラマ法王の来日講演予定の場所が「太子堂」にある昭和女子大だと分かった時だった。しかもその内容は「般若心経・菩提心の解説・観音菩薩の許可灌頂」で、タイミングはG4/12(KIN9)、13(KIN10)。

ラサでのシャンバラ教室ギャラリー展の後、伝空海の隅寺心経のコピーを、Lが玄関に額装したこともあって、私の中で急に「般若心経」スイッチが入り、ここ一か月余り般若心経の暗誦に挑戦していたので、このシンクロは個人的な驚きも大きかった。法王の本来の住居であるポタラ宮はラサにある訳だし、私は隅寺心経に合わせて『ダライ・ラマ般若心経入門』という本も玄関に置いていたのだ。

ちなみに、「HAMADA-YA」は元々「14 TOYO CAFE」という名前で、今でも玉川高島屋の店舗には14の数字が残っているが、ダライ・ラマ法王は14世でKIN14のお生まれ。太子堂という住所は、もちろん聖徳太子に由来する。考えてみれば、全て仏教繋がりだ。しかも、その記念すべき法話のタイミングは、「赤い太陽の月の年」の元旦からぴったり1スピンの「赤い太陽の月」の日とその翌日(荒木先生の誕生KIN)。

これだけの事が、KIN164という一日の中に集中して起これば、誰でも「銀河の同期」が見えない次元で関与しているのを感じるのではないだろうか。そして、時間に関するこの捉え方を応用すれば、G4/12(KIN9)に法王の法話を聴くことの重要さも同時に理解できるはずだ。「赤い太陽の月の年」は、元旦のG7/26だけでなく、G4/12という一日とも深い繋がりを持っているのだ。

ハワイの引力が夢の種を開花させる

2014年03月30日 04:07

■太陽の月23日(G3/29)KIN150 白い共振の犬(byD)

「夢の種を開花させるワークショップ」を始めたのは、2009年の夏だった。「13の月の暦」を含む銀河文化ツールの発想や仏教の考え方をベースに、それまで、半ば無意識的に私達が活用していたものを整理し、少なくともその時点では、まだ誰もやっていなかったであろう手法をシェアした。

今では企業名やサービス名として使われるようになった「ドリームバンク」というワーク名も、当時はまだ誰も使っていなかったようで、ネットで検索すれば私達のサイトがトップに出て来ていた位だ。ドリームバンクとは一体何なのか?どういうことをするのか?大抵の人はよく分からないまま「何となく面白そう」という感じで参加される。

しかし、回を重ねるうち、実際に「夢が実現した」という方が増えて行き、以降、参加者の半数ほどがリピーターという状況が続いていた。だが、13回目の記念となった今回はちょっと違っていて、13名の参加者のうち11名が初参加だった。しかも、そのうちの9名は、何と「赤い律動の月」(KIN149)のMさんが声をかけられた方々だったのだ(Mさん含め)。

元々ドリームバンクは、20ある「太陽の紋章」の中で、「開花」のキーワードを持つ「黄色い種」を意識して始められているのだが、今回は、「黄色い銀河の種の年」という『13の月の暦(ドリームスペル)』ユーザーにとっては特別な一年(人類種から銀河種への開花のタイミング)の中で、一度だけ巡って来る「1・種」(KIN144)に焦点を合わせたスペシャルバージョン。

それは「種」が重なるという意味だけでなく、『ドリームスペル』に続いて発表された『テレクトノン』(地球霊の通話管)にも焦点を合わせたものだったからだ。『テレクトノン』は、アグエイアス夫妻にとって、パカル王がセットした時間のテルマ(埋蔵経典)そのものであり、使用開始時期の1993年7月26日(=KIN144)は、失われた7つの世代を取り戻すための「預言の7年」の始まりでもあった。

私がパレンケの碑銘の神殿(パカルが埋葬されていた9層のピラミッド)を訪れ、その場で『テレクトノン』をプレイしたのは、「赤い律動の月の年」の「赤い律動の月の日」(KIN149)であったから、全く同じKINのMさんが、ご本人含め9名の仲間とドリームバンクに参加されたのは、私にとって、非常に強力なお告げそのものであった。9は「赤い月」の紋章コードNoでもあり「赤い月」のキーワード「水」は、パレンケのもともとの名前「ラカンハ(大いなる水)」にも直結する。

パレンケにご一緒した滝元さん(『マヤン・ファクター』VOICE完全版の監訳者)が、後に、パカル王と同じ誕生KINだったことが判明した時、パカルに導かれた思いがしたものだが、今回もそれに近いものを感じた。何しろ、その9名の中に、KIN145(2・蛇)、KIN149(6・月)、KIN150(7・犬)、KIN151(8・猿)と、「黄色い種」のウェイブスペル(13日間を示すドリームスペル用語)の方が4名もいたし、「1・犬」の方も2名いらして、パカルと同じ「白い犬」(赤い月の類似キンで水星軌道)が計3名もいたからだ。

☆追記:これを読んでいて思い出した!私(L)がパレンケを訪れたのはG1996年6月1日。まさにこのドリームバンクと同じKIN144だった!

ドリームバンクでは、毎回、そのタイミングにちなんだ一口福スイーツを用意させて頂くのだが、今回は「たねや饅頭さくら」をチョイス。近江八幡市に本社がある「たねや」さんには、割と高い頻度でドリームバンクに登場して頂いているのだが、お客様相談室電話番号の下3桁が144だと気付いたのは、今回が初めてだった。

しかし、これらのシンクロが霞むほど驚かされたのは、今回が3回目の参加となったAさんの体験シェアの時だった。以前ドリームバンクに参加した際セットしておいた夢「マウイ島に行く」がついに叶って、何と翌日(KIN145=G3/24)から旅立つのだと言う。『ドリームスペル』はアグエイアス夫妻がマウイ島に住んでいた時に、『テレクトノン』はハワ島に住んでいた時に生まれたというくらい、ハワイと銀河ツールは関係が深い。

しかもAさんは、まさに今年1年(=銀河の同期)とシンクロするKIN164(8・種)で、何と『ドリームスペル日本語版第2刷』を日本で一番早く手にされた方でもあるのだ!だが、真の驚きはもっと別な所にあった。実は、今回はスペシャルということで、後半、ハワイで手作りされた木彫りのウミガメを、参加者の皆さんにプレゼントするために用意してあったからだ。この木彫りのウミガメは、それこそテルマのように4年半どこかを彷徨ってKIN114(G2/21)に届いた特別なものだった(その経緯についてはコチラ)。
ホヌ 
それを、当日来て下さった方へのサプライズと思って、まだ誰にも知らせていない時点で、Aさんが「明日マウイに行きます」なんて言うものだから、もうこっちはひっくり返りそうなくらいに驚いたのだった。ハワイからやってきて4年半も隠れていた木彫りの亀が、いきなり里帰りするというこの流れ。確かAさんは、ドリームスペルを受け取った直後にもハワイに行かれたはずだし、私が2012年にチェコに行く事に決めたのも、Aさんが完璧なタイミングでチェコ語を学んでいたことをシェアして下さったからである。大学も同じだったり、何とも不思議な引力が働いているのを感じる。

本当は全ての参加者に、こういう「引力」のような力が働いているのだと思うが、ここでは、もう1つだけメモしておきたいと思う。実は、Mさんのお仲間の殆どは、同じ職場のメンバーで、このマニアックなブログを結構丹念に読んで下さっているらしい。別な用件で少し前にクリカにいらしていたMさんには、その時に、ウミガメを1匹既にお渡ししていたのだが、それを職場の皆さんにも見せていたらしく、今回のスペシャルプレゼントが「あの奇跡の亀」だと分かるや、会場内のテンションは一気に高くなった。

話を聞いてもあまりピンと来ないような人の手に渡るよりは、思いっきり喜んで下さる方々の所に行ってもらう方が、私達も嬉しいし、きっと亀達もそれを望んでいることだろう。ある意味、今回のメンバーはこの木彫りの亀達がテレパシーで呼んだ人たちなのかもしれない。それは同時に、亀の島(北米大陸)を基点に世界に広がって行った(アグエイアス夫妻はその後米国本土に長く住んでいた)『ドリームスペル』のご縁でもあったように思う。何故なら、ドリームバンクは、暦の事を全く知らない方が参加される事も結構あるのに、今回は全員、まがりなりにもこの暦について知っていたからだ。

そして、『13の月の暦』において13番目の「宇宙の月」のトーテムアニマルが「亀」になっているのは、亀の甲羅が通常13に分かれていることとも関係があるのを知れば、今回の参加者が珍しく定員手前の13名で止まったまま、それ以上にもそれ以下にもならなかったことの背景が見えてくるように思う(直前に増えたりキャンセルしたりの回も結構ある)。

私もそういう気配を感じて、今回はトリノのスペルガ聖堂での体験をシェアしようと決め、前日調べ物をしていたら、その聖堂の建設が1717年に始まったことに因んで、正面階段が17段になっているということを初めて知った。ドリームバンクが行われたのは「太陽の月17日」。毎月の17日は、『テレクトノン』において、「青い自己存在の嵐の年」と対応する。私とLが本格的にこの暦の活動に関わるきっかけとなった「時間の法則に関する世界会議」が行われ、世界中の暦ユーザーが東京(倫理文化センター)に集まったのが、まさにその年である。

また、かつて江本勝氏がホゼ・アグエイアス氏に「9の魔方陣(81)と8の魔方陣(64)の差である17にはどんな意味があるか」と質問した時、ホゼは「17は天国に至る数だ」というような回答をしているが、これは『テレクトノン』において、17日がちょうど天王星軌道(天国)に入る日付だからである。ちょうど、今回の会場は、九品仏浄真寺の目の前だったので、最初、お寺からはお彼岸大法会のお経が聞こえて来ていた。17段階段のあるスペルガ聖堂での体験は、キリスト教的には天国との繋がりを、仏教的には彼岸との繋がりを意識させるものだったので、それもまた実に象徴的であった。

セッションがあったLは、他の皆さんと共に駅に向かったが、瞑想のリードで少し疲れを感じた(皆さんがあんまり深く入るので)私は、テレクトノンの立方体の数そのものでもあるKIN16の虹風さんに付き合ってもらって、「クラウドナイン」というカフェに初めて足を踏み入れた。豆も販売しているその店のコーヒーは素晴しく、何とも心身の休まる空間だった。九品仏の「9」にかけたのか、ジョージハリスンのアルバムから取ったのかと、勝手な想像をしていたが、調べてみたら、もともと英語で「意気揚々」という意味があるのを初めて知った。

そして、バックミンスター・フラーが提唱した巨大浮遊都市の名でもあったことを再確認した。フラーと交流のあったホゼは、フラーの宇宙船地球号にヒントを得て、時間船地球という言葉を『ドリームスペル』に付しているのだから、このタイミングでのクラウドナイン訪問も、偶然ではなかったようだ(この記事を書いていて初めて気付いたのだが)。そして同名のジョージハリスンのアルバムが1987年、ハーモニック・コンバージェンスの年に発表されていたということも。

そんな調子だったので、帰りに吉田さん(『銀河のマヤ』に登場頂いた時空の名サーファー)のFB記事を見るまで、この日が、ホゼの命日だった(東日本大震災の12日後のKIN89に他界して丸3年)こともすっかり忘れていた。今回のドリームバンクの背後に、鎮魂とか供養とかいうようなテーマが見え隠れしていたのは、単にお彼岸だったからだけでは無かったのかもしれない。

世に「夢や願望の実現」を謳うセミナー(大抵はビックリするくらい高額)は多々あるが、ドリームバンクほどシンプルで効果的な夢の実現法が他にあるだろうか?と、私は、参加者の皆さんからのフィードバックを見ていつも思う。その基本手順は、『霊性のアート』にも紹介している通りで、誰でも参考にして頂いて結構だが、損得計算だけでものを考える人、利己主義的な人には、あまり効果が出ないよう設計されている。というより、霊性の世界には、そういう法則があると言った方がより正確かもしれない。だから、やり方をパクっても、動機がズレてたら、多分期待した結果は得られないだろう。

ちなみに、こうした「夢の実現」とか「健康の向上」とかに関する最先端のアート(わざ)は、霊性のアート円卓読書会の場でシェアされ、検証されている。次回のドリームバンクの予定は未定だが、円卓読書会は、割と高い頻度で行っているので、次世代の手法を開発したり、より多面的にアートを駆使してみたいという方は、そちらに参加されることをお勧めしたい。桜の開花する季節、新しいものが色々と生まれてくるかもしれない。

魔法のトラットリア

2010年04月02日 01:06

太陽の月26日 (G4/1) KIN253 赤い律動の空歩く者 (by D)

記憶が飛ぶ前に、2つ前の記事で予告していたG3/3(KIN224)の出来事について書いておこう。私達は、「楽しいニコタマ案内」をするにあたって、自分達が推薦しているお店を定期的に巡回する(味を確かめる)こともひとつの仕事と思って、お昼は外で食べる事が多いのだが、どこをどう巡るかはその日の気分次第。

ただ、流行り体質で一ヶ所に集中する傾向が強いLの意見に頼ると定点観測にならないので、大抵は私が決める事になる。しかし、その日は珍しく、Lが「エテルニータに行こう」と言うので、特に反対する理由も見当たらない私は素直に「そうしよう」と応じた。以前メルマガにも紹介している(vol8/トラットリアの支配人)ように、私達はこのトラットリアがかなりのお気に入りで、6年位前(ほぼオープン当初)から大体週一ペースで通い続けている。

途中、シェフが変わったりはしたものの、確かな舌と号令力を持つ支配人のIさんによって、店の味と場は高いレベルに保たれているし、今ではそれが世に知られるようになって、早めに行かないとお店に入れないこともある位だ。この日も、奥の座席に案内されて食事を始めていると、あっという間に席が埋まって来た。残りの席が殆ど無くなって来た頃、隣に案内された女性が驚いた様子で私達に語りかけて来た。

見上げると、昨夏、「時間をはずした日」に大阪のドリームバンクに参加して下さっていたSさんだった。東京に出張に来て、渋谷で降りるつもりだったのが降りそびれて、それならと、二子玉川まで足を伸ばすことにしたらしい。私達のサイトもよく見て下さっているようで、ニコタマ案内を参考に、2つくらいのお店を候補に歩いて来たら、先にエテルニータが見つかったのだとか。

週一ペースで通っているとは言え、この日も別な店に行く可能性は十分あったし、混み合っている時間帯だったので、もし隣の席に案内されなかったら、お互い気付かないままだったかもしれない。それに、Sさんは予定外の乗り越しをして始めて「ニコタマでランチしてみよう」という気になったのだし、私達はそんなにのんびりお昼を食べる訳でもないので、お店はシンクロしていても、タイミングが合わない事だってありえたのだ。
 
しかし、Sさんは、短いランチの会話の中で私達から『インビクタス』情報までキャッチし、そのまま映画館にも向かったようだ。電車で乗り越した時に、ガックリしてしまうのではなく、それを思いがけない働きとして楽しんでいるところに、波乗り上手な人の特徴が見て取れる。Lによれば、SさんはKIN165で、「20の銘板」の見方では今年の「太陽の月」と対応しているKINだったので、私達は今月全体の時間とひと足先に(Sさんに会ったのは銀河の月の終盤)繋がった気分になっていた。
 
ところで、エテルニータでは、先週もちょっと面白いシンクロがあったので、付記しておきたい。先に発行したメルマガの「クリカ・ライブラリー」のコーナーで、私は、松本元氏の『愛は脳を活性化する』という本を紹介した。その部分の原稿を書いたのは確かKIN246で、エテルニータに行ったのは翌KIN247だったのだが、当日のメニューに(多分自分達が知る限り初めて)ヤリイカが登場していたのには、大層驚かされた。
 
なぜなら、松本氏は、ヤリイカの神経細胞を使った研究で、脳や神経に関する世界的な成果を上げた方だったからだ(ノーベル賞候補にもなったらしい)。神経細胞が大きく観察し易いという理由で選ばれたヤリイカは、当時、生態・飼育法とも不明だったため、松本氏はその定常的な飼育法の開発から行ったという。周囲が疑惑の目を向ける中、3年かけてその飼育法を発見したという話は、『インビクタス』に通じるものがある。そんな背景を、メルマガ発行の関係で調べて知ったばかりだった私は、もちろん新メニューのヤリイカパスタを食べた。

そういえば、そのメルマガでは、2年前のエジプトの旅の様子も連載しているのだが、今回は、ちょうど3/3にさしかかるところで話が終わった。先のSさんとのシンクロがあったのも3/3だったことを振り返ると、この店に何か魔法の力のようなものが働いていることを想像したくなる。あるいは、イタリア語で「永遠」を意味するだけに、魔法使い達が自然と集ってしまうのだろうか(※「永遠」をキーワードに持つ紋章は「白い魔法使い」のみ)・・・などと思いを巡らせながら、今日も思わずエテルニータに向かった私達であった。
 
※「紋章」あるいは「太陽の紋章」という言い方は、アグエイアス夫妻が提唱した「13の月の暦」の用語で、マヤ暦の用語ではない。ごちゃまぜにするのは、ネイティブ・マヤとアグエイアス夫妻の双方に失礼なので、誠意を持って聖なるエネルギーを活用する気があるのなら、そういう使い方はしない方が良いだろう。

※このブログを書き始めた昨日(KIN252)、アマゾンからナムカイ・ノルブ・リンポチェの『虹と水晶』が手元に届いた。略歴に1938年12月8日生まれとあるので、リンポチェの誕生KINはKIN224(3・種)。上記の3/3とシンクロしていた。

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