パカル王からの呼びかけー日本とメキシコを繋ぐ「時の魔法」

2016年10月15日 23:36

電気の月26日(G10/15)KIN40 黄色い磁気の太陽(by D)

天真書法塾の道友にMさん(KIN38)という方がいる。もともと『13の月の暦』を通じて知りあったのだが、数年前にLの個展にいらして下さった後くらいに、本部クラスに入塾された。私達とはクラスが違うので、普段、顔を合わせることは無いのだが、10/10(KIN35)、天真会のメーリングリストにとても興味深い投稿をされていた。

NHK BS1で放映された特集番組「チャスラフスカ もう一つの肖像 ~知られざる激動の人生」を見ていて、青木天外塾長(KIN245)の書が、チャスラフスカさんの自室に飾られていたのを目にしたという内容だった。ベラ・チャスラフスカさんは、その優美な演技により東京五輪の名花と讃えられ、メキシコ五輪と合わせて女子体操で2度総合優勝し、計7個の金メダルを獲得したチェコ代表の体操選手。
希望 
2012年に書の展示と剣の演武でチェコを訪れた事と、その時にチャスラフスカさんにお会いした事は、『霊性のアート』に、彼女の誕生キンがKIN165で、チェコ訪問時の青木先生の道筋(KIN165)と完全にシンクロしていた事と共に記しているが、今年の夏(8/30)に彼女が癌で亡くなっていた事は、Mさんの投稿によって初めて知った。
先生と 
民主化運動を支持していた関係で、共産主義政権下で非常に困難な人生を歩み続け、更に、離婚した夫が次男とのトラブルの末に死亡するという事件などもあって、長い間うつ状態であったとも言われている。共産党体制崩壊後は、ハベル大統領のアドバイザー及びチェコ・日本協会の名誉総裁に就任し、後チェコオリンピック委員会の総裁も務められていたが、直接お会いしてみて分かったのは、何より人として素晴らしい方だという事。やはり、その人の生き様というのは、存在感に現れるものなのだ。
ベナトキ 
上記のような背景から、青木先生は激励の意味も込めて、日本語とチェコ語で「希望」と書いて贈ろうとされていたのだが、チェコ訪問時には法的にそれが叶わないという事情があって、諦めていたとのこと。そんな訳で、チャスラフスカさんがその書を自室に飾っていた事は、今回のMさんからの報告があるまで全くご存知なかったというのだから、人の機縁とは不思議なものである。
大 
Lが主宰しているシャンバラ教室は、その天真書法塾の支部教室に当たり、私も瞑想体操の指導で関わっているのだが、チャスラフスカさんの話を知る1週間ほど前、教室生のOさんが、世田谷美術館利根山光人による拓本「パカル王の石棺」が展示されている事を教えて下さった。以前、ジュエリーデザイナーの北村公晴さん(KIN10)に、雑誌に掲載された赤い拓本を見せていただいた事がある(「7つの世代の書」とカミーノ)ので、現物があるなら見ておきたいと思ったし、《時の魔法・ドリームスペル展》前なので、タイミング的にも完璧だ。

今回は10/23までの展示との事なので、それまでにと思っていたら、KIN37(G10/12)のシャンバラ教室で、今度はIさんから「パカルの拓本」を見たと、興奮気味に教えられた。OさんもIさんも、実は企画展の「志村ふくみ展」を見に行っていて、拓本の方は思いがけず目にしたとの事だったが、Oさんは『テレクトノン』における唯一の「パカルの特別な数字」(石棺の縁の日付と関連)であるKIN78だし、Iさんはパレンケの「赤の女王」(「碑銘の神殿」の隣のピラミッドに埋葬されていた)と結びつけられるKIN185(ホゼの最後のパートナーだったステファニーのKINでもある)。

もともと、KIN38(冒頭のMさんの誕生KINだ)に訪れるつもりでいたところに、この2人から話を聞いたことで、私はパカル(&ホゼ)が「早く来い」と使者をよこしたかのように思えた。実は世田谷区民になって12年、何と世田谷美術館は初体験。最初に「志村ふくみー母衣(ぼろ)への回帰」で絹糸の色と織の美しさを堪能し、それから2Fで行われていた「神々の森」へ。

そこに待ち受けていた「パカル王の石棺拓本」は、思っていた以上の大きさと迫力があった(色が赤ではなく墨色だったのもちょっとした驚きだった)。他にボナンパクとチチェン・イツァ(のジャガーと鷲)、そしてパレンケ十字の神殿の拓本があったが、やはりパカルの拓本が圧倒的だった。私もLも、現地で実物を目にしているのだが、墓室の中で水平に置かれた石板を見るのと、その拓本を縦向きに軸装したのとでは印象が全く異なる。拓本だと細かいデザインもはっきり見えて、マヤ文明が最も洗練されていた頃の芸術とそのエネルギーを、じっくりと味わう事が出来た。

それにしても、利根山氏の事を最初に教えて下さったのがKIN10の北村さんだったのは、何とも興味深い。何故なら、前日配信した最新のメルマガ(vol.64)では、KIN10の荒木氏と台風10号の事を書いていたからだ。美術館からの帰り道、10-10ナンバーの車と11ナンバーの車をそれぞれ2,3度見てしまったのは、単に自分がその数に注目していたからなのだろうか(後から考えるとG10/10もリンクしていたように思える)。

このパカル王石棺の拓本が世田谷美術館の所蔵だと言う事は、今回の展示を通じて初めて知ったが、昨年、この美術館に至近の病院に11日間も入院する事になったのも、もしかしたら何か関係があったのかもしれない。何故なら、パカルはパレンケ王朝11代目の王で、KIN11のホゼはそのパカルの声を聞いて『ドリームスペル』を生み出したからだ。ちなみに、KIN11は「銀河の音」も「紋章コードNo」も11である。

気になって利根山氏の誕生キンも調べると、KIN179(10・嵐)で生まれKIN146(3・橋渡し)で死んでいる。メルマガでは、KIN186(4・橋渡し)で生まれKIN219(11・嵐)で死んだダヴィンチの事を書いたが、どちらも生死の間が33キンであり、嵐ー橋渡し、橋渡しー嵐という反転の関係になっている。従って、どちらも「銀河の音」の差は「7」で、「紋章コードNo」の差は「13」である。そして、パカルの石棺には「3つ玉」のデザインを11見出す事ができる。

利根山光人は、茨城に生まれ、メキシコを題材とした作品を多く残し「太陽の画家」と呼ばれたらしいが、晩年は岩手の北上で過ごして、「鬼剣舞」を題材にした作品も製作されていたようである。私が鬼剣舞について知ったのは、宮沢賢治(KIN131)を通じて、昨年の自分の誕生日直前になってから(鎌倉みちのく魔術紀行(2))。誕生日当日(KIN131)は、江ノ島、鎌倉をウェイブスペル回りに巡る魔術的小旅行を実施したのだが、その時、遥かな空間を越えてシンクロした人物と、今日、久しぶりにお会い出来たのも不思議な縁である。

また、志村ふくみさんがKIN245(11・蛇)と分かったのも、大いなる驚きだった。何故なら、青木先生と同じ誕生キンであり、青木先生が開かれた天真書法塾の縁で、今回、チャスラフスカさんやパカル王の拓本との繋がりも発見されたからだ。この流れをきっかけに1964年の東京五輪を調べたら、何とMさんが天真会MLに投稿した10/10(KIN35)のピッタリ52年前の10/10(KIN35)〜10/24(KIN49=7×7)が開催期間だったと判明。つまり、今と全く同じ周期(365日暦も260日暦も)の52年前に、チャスラフスカさんは東京五輪で活躍していたのだ。

この流れは全て、2週間後に渋谷で行われる《時の魔法・ドリームスペル展》と密接にリンクしている。展示予定のホゼのコラージュ作品には、当然「パカル王の石棺」が含まれているし、会場最寄り(徒歩5分)の渋谷駅には、岡本太郎の巨大壁画「明日の神話」が設置されている。この作品は、もともとメキシコ五輪とリンクして制作されたものであるだけでなく、太郎が以下のような意図を込めたものなのだ。「原爆が爆発し、世界は混乱するが、人間はその災い、運命を乗り越え未来を切り開いて行く―といった気持ちを表現した」。
時の魔法展 
ドリームスペル展は、広島原爆投下(KIN55)から『13の月の暦』のツォルキン(260日暦)が100回巡ったタイミングに開かれる。それは、単にホゼの作品を公開するだけの場ではなく、同じKIN55に、ホゼとロイディーンによって呼びかけられた平和の祭典「ハーモニック・コンバージェンス」、あるいは「明日の神話」の意図とも重なる「災いの反転と、調和的未来への祈り」が込められた「時の魔法」の実践的な行為でもあるのだ。
ホゼ作品 
そして、このタイミングにチャスラフスカさんに焦点が当たった事も、おそらく深いレベルで関係しているのだと、私は考えている。何故なら、彼女が合計7つもの金メダルを手にしたのは、東京五輪とそれに続くメキシコ五輪での事だったからだ。利根山光人が拓本を取ったパレンケ遺跡はメキシコにあり、「明日の神話」はメキシコで数奇な運命を辿って東京渋谷に戻って来た。その作者、岡本太郎は、多摩川の対岸、我が家から数百mのところで生まれている。

以上、何とかここ数日の間に生じた出来事を整理してみたが、今日、ある方から10/10(KIN35)にご家族が他界されたという連絡があった。80才というその年齢は、まさにパカル王の生涯と重なる。そして「電気の月26日」のサイ時間単位はKIN218(10・鏡)。1952年6月15日に「碑銘の神殿」でパカル王の墓室が発見された、まさにその日に対応する。この一連の流れを「パカル王からの呼びかけ」と感じた方は、2週間後、渋谷でお会いする事になっている方であろう。

*KIN38のMさんが広島出身だったと気づいて、また驚かされた

サカダワ満月のパカル王

2015年06月04日 02:21

水晶の月5日(G6/3)KIN61 赤い太陽の竜(by D)

サカダワ満月というチベット暦の上ではこれ以上ないスペシャルな日(今年はG暦6/2=昨日がその日だった)からスタートした【13の月の暦「時の楽譜」展】。会場もチベットの都の名を冠した「ラサ」。

これだけ揃えばもう十分な気もしたが、昨日はその『13の月の暦』で見ても「パカルの特別な13日」に当たるKIN60(8・太陽)で、石棺に刻まれた王の誕生日とリンクしていた。そもそも『13の月の暦ドリームスペル)』は、ホゼ・アグエイアスがパカル王とチャネルした事がきっかけとなって生まれているのだから、昨日はまさに、次元間通路の大解放状態だったと言えよう。

そういう場に一番乗りでいらしたのは、Oさんという方だった。この暦についてネットで調べていて今回の展示を知ったとのことだったが、会場に来られる前に岡本太郎美術館に立ち寄って来られたというのを耳にした瞬間、「これは何かあるな」という気がした。

というのも、私達が日々体操をしに行く近所の公園からは、太郎の生家があった場所を示す記念碑(太郎作)が川向こうに見えていて、太郎の誕生キンは、「13の月の暦」で私が生まれた年と同期するKIN224(3・種)だという事を思い出したからだ(しかも今年は生誕104年の還暦周期であることにも後から気付いた)。そこで、Oさんの誕生キンを伺ってみると、KIN193(11・空歩く者)であることが判明。

260日暦をマヤ長期暦(約5125年)に置き換える(1カトゥンを1キンとする)見方は、私の知る限り、ホゼの『マヤン・ファクター』(※1)で初めて試みられたものだと思うが、その見方に従うと、KIN193はパカル王が活躍した時代の最後のカトゥン(約19.6年)に対応し、長期暦だと9.13.0.0.0と表記される。

この 9.13.0.0.0は、「碑銘の神殿」が完成し、パカル王の墓室が封印されたタイミング(AD692)として、ホゼが盛んに言及していた日付であり(※2)、「パカル・ヴォタンのテレクトノン」という小冊子のP44にも、以下のような記述がある。

”私の神殿の完成と、私の天王星の墳室の閉鎖が、AD692年、9.13.0.0.0。”

この日、ラサのご主人・石川さんが着ていたTシャツに、鉄腕アトムの誕生日(2003年4月7日)が大きくプリントされていたので、思わずその場で調べてみたらKIN44だったが、それが9.13.0.0.0について書かれている冊子のページ数とシンクロしている事に気付いたのは、帰宅してからだった。

結局、KIN193のOさんは、《TIMESCORE》と一緒に『マヤのリズム』『宇宙の暦は13ヵ月』も購入して下さったのだが、『マヤのリズム』の冒頭(P15)に、長期暦表記の例題として9.13.0.0.0が大きく書かれている事は、もちろんご存知無かったと思う(本はパッケージしてあるので)。

しかし、何より驚いたのは、そのOさんが岡本太郎美術館を訪れた動機の方だった。そこでは今、竹田鎭三郎というメキシコに渡った日本人画家の企画展が行われているとの事で、「メキシコ!?」と思いながらも、その名を聞いてもピンと来なかった私は、その竹田氏の作品集をチラッと見せて頂いても、その場ではそれ以上追求する気にならず、岡本太郎の「明日の神話」という作品(今は渋谷駅にある)は、確かメキシコで再発見されたはずだ、という事の方を思い出していた。

Oさんが去られた後、美術館のサイトをスマホで見てみると、その企画展のタイトルは、何と「竹田鎭三郎-メキシコに架けたアートの橋」展 ―岡本太郎《明日の神話》を支えた画家― であった!しかも、メキシコの中でも”オアハカ”という地域に深く関係している方と分かって、私は久しぶりに畏怖の念を覚えるシンクロを感じた。
時の楽譜展初日 ☆ホゼのコラージュ作品の前で

何故なら、「時の楽譜展」で展示されているホゼのコラージュ作品には、オアハカの女性シャーマンからトニー・シーラー経由でホゼに伝えられたとされる20×13マトリクスタイプのツォルキン(遺跡や古文書からは見つかっていないタイプ)が、かなり沢山登場しているからだ。それだけでなく、私達が知るあらゆるタイプの260日暦のルーツは、オアハカに栄えたサポテカ文明にあると、現在の考古学では考えられているからだ。

ホゼが夢中になって研究し、「13の月の暦ドリームスペル)」にも取り入れられ、最新の《TIMESCORE》にも同封されているツォルキンは、その源をメキシコのオアハカに持つのだから、竹田鎭三郎という画家が、Oさんを通じてサカダワ満月の初日にシンクロして来たのには、全くもって驚くより他無い。もしも、Oさんが岡本太郎美術館の事を話して下さらなかったら、多分、私は竹田氏の存在すら知らないまま会期を終えていたことだろう。

だが、驚きはまだ続く。実は、9.13.0.0.0に関しては、もう1つ、その4日前のKIN56に、それを強く意識する出来事があったからだ。137についてのメモをする中で、ユングとパウリについて調べていたところ、パウリの誕生日が1900年4月25日で、誕生キンはKIN167であることを知った。『銀河のマヤ』の中で、9.13.0.0.0について詳細に検討した経験があった私は、そのKINが「13の月の暦」のツォルキンで計算した時の 9.13.0.0.0に一致する日付である事を覚えていた。

念のためiPhoneの無料アプリKIN3Dでも再確認してみたが、間違いなかった。そして、ここからが面白いのだが、その時、横浜で会った友人Rさんが、Oさんの次に「時の楽譜展」の会場にいらしたのである。また、4/25は私達と深い縁があるネパールで大地震が発生した日で、私はその日も横浜で仕事をしていたこと、そして今年はその日がロイディーンの101回目の銀河の誕生日(KIN22)だったことを思い出した。

ちなみに、「時の楽譜展」共同開催者のみよこみよこさんも、そのみよこさんにカバー絵を描いてもらった『マヤのリズム』や『霊性のアート』の出版元、中央アート出版社の吉開社長もKIN101が誕生キンである。

その上で、竹田鎭三郎企画展の会期が4/25(KIN22)〜7/5(KIN93)だと分かると、やはり「何だこれはっ!」という気分になる。ネパール地震とパウリ竹田鎭三郎。4/25(惑星の月22日)で結びつけられたこの繋がりの背後に、137が絡んでいるのだ。これについては、宮沢賢治(KIN131)と地震の関係も交えて、6/6(土)のトークイベントで話そうと思う。

が、最後に、そのOさんが、帰宅後に送って下さったメールから、2つだけ情報をシェアしておきたいと思う。1つは竹田鎭三郎氏の誕生日が1935年2月13 日で、KIN131だという事。もう1つは、その日、手に入れられた竹田氏の絵本の発売日が、2013年11月15日、KIN16だったという事だ。

その日『マヤのリズム』をパラパラめくって、私の次の運命の道筋がKIN131だと知ったOさんは、竹田氏とのシンクロを私に知らせようと、わざわざメールを下さったのだった(おそらく賢治の事は意識せずに)。そして、KIN16(3・戦士)は、「時の楽譜展」3人目の来場者で、今日(6/3)365日暦の誕生日を迎えた本田虹風さんの誕生キンである。

と、ここで終わろうと思っていたら、もう1つ思い出してしまった。9.13.0.0.0を、マヤ暦無料アプリMaya3Dで調べると「8アハウ」となる。G暦への仮想換算だと692年3月16日。パカルが誕生したのは603年3月24日で、長期暦では9.8.9.13.0の「8アハウ」。という事は、パカル王の誕生から、その遺体を埋葬した「碑銘の神殿」の封印(とホゼが考えていた日付)までは、ぴったり125回ツォルキンが巡る期間だということであり、それはほぼ89年に相当すると言う事である。

ホゼが他界した日付はKIN89。2013年銀河の同期とシンクロした第62回伊勢式年遷宮は、今上天皇の125代、伊勢125社、そして臨時祭主・黒田清子さん(KIN125)の全てが見事にシンクロした、非常に特別な遷宮だった。「13の月の暦」の最初の発表形態である『ドリームスペル』は、「時の楽譜展」でも展示されているが、最初から2013年を目標点にしていた関係で、タイトルの中にも2013という数が入っているし、2004年には来日していたホゼと共に伊勢内宮に奉納もしているのである。

パカル王の誕生日と9.13.0.0.0という特別な記念日が共に「8アハウ」の日であり、その期間がぴったりツォルキン125回転分だと知ったのが、「13の月の暦(ドリームスペル)」のツォルキンでの「8・太陽」(→8アハウに相当)だったのは、偶然なのだろうか。一連の出来事を直に体験している私にとっては、とてもそうは思えなかったし、私がこの事に気付いて猛烈にメモを走らせていたのが、ホゼのコラージュ作品の前に座っていた時であることを振り返ると、ある意味、私もチャネルしていたのかもしれないと思う。

「時の楽譜展」の空間を見て、ラサの石川さんは「魔法研究所の屋根裏部屋みたい」と表現されていたが、6/30(KIN88)までの期間は、おそらく誰にとっても「魔法研究所そのもの」なのではないかと思う。何しろ、時間魔術のエッセンスとエネルギー、その源の情報がそこに集結しており、その最新バージョンである《TIMESCORE》と関連イラストがお披露目されているのだ。

銀河のマヤ情報と直に体感してみたい方は、余計な知識を詰め込む前に、ラサの美味しいお茶を味わいに来つつ、その時空間にゆったりと身を任せてみると良いだろう。きっとそれだけで本質を悟り、本来の使い方がパッと分かってしまう人も出てくると思う。


(※1)日本語版は2つ出ているが、参考になるのは、内容が一切カットされていないVOICE(高橋徹訳、滝元隆伸監訳)のバージョン。

(※2)色々調べて行くと「碑銘の神殿」が9.13.0.0.0に完成したとか、墳室が封印されたという明確な証拠は無いようである(ホゼが発信した情報の引用以外では見あたらない)。ただし、「碑銘の神殿」の碑文の中に、パカル王の(未来の)記念日らしき日として9.13.0.0.0が記されていたり、その区切りに合わせて、息子カン・ヴァルム(チャン・バハルム)が葉の十字架神殿群を奉献したらしい事は、いくつかの資料に書かれていたので、碑銘の神殿の奉献も同じタイミングで成された可能性はあるのかもしれない。

時間船地球2013、急速前進!

2012年02月21日 23:16

銀河の月15日 (G2/21)KIN164 黄色い銀河の種(byD)

既に、お知らせしている通り『ドリームスペル 時間船地球2013の旅』(日本語版第2版=最終版)の配布が始まっているが、今日はその『ドリームスペル』をはじめとする全ての銀河ツールにとって特別な意味を持つ日である。

なぜなら、全銀河ツールの源である『ドリームスペル』(13の月の暦)は、正式名称の中に「時間船地球2013の旅」という言葉を含んでいる通り、アグエイアス夫妻によって発表された1990年当初から、2013年7月26日(銀河の同期ポイント)をその目標点にしており、その日がまさに「黄色い銀河の種(KIN164)」だからである。

ヴィジョナリーであるアグエイアス夫妻によって、その日は、私達人類が、人類種から銀河種へと変容を遂げることが可能な、限られた機会であると位置づけられている。それが真実かどうかはさておき、私の興味は、そうした機会を「どう活用するか」という一点にしか無い。これは、マヤ長期暦の完了ポイントとされる今年の冬至についても同じで、妄想であれこれ騒ぎ立てることには何の意味も感じない。

冬至であれ、「銀河の同期」であれ、そこをひとつの大きな区切りを捉えるのなら、自分はそこまでに何をし、その時何をし、その先どうしたいのか。それだけである。もちろん、「13の月の暦」(ドリームスペル)を使うことで、信じられないようなシンクロニシティを日々体験し続けて来ている私にしてみれば、何かとてつもなく面白いことが起きそうな予感はある。

何しろ、様々な不確定要素があったのにも関わらず、その「銀河の同期」までツォルキンでピッタリあと2周というタイミング(※)で、『ドリームスペル』(日本語版・第2版)が申込者の手元に届き始めたのだ。しかも驚くべきことに、到着連絡第1号は、何と銀河の署名が「黄色い銀河の種」の方だった!!!

それに、今日は『ドリームスペル』だけでなく、他の銀河ツールで見ても素晴しい一日だった。運良く、今日このツールを手にした方は、ご自分のシンクロ率の高さを誇って良いだろう(何時手にしようが手にした瞬間こそが完璧なタイミングではあるが)。以下に、その情報を整理してみたい。

まず、『ドリームスペル』の観点からは、今日は「与える黄色い南の城」の「舵取りのウェイブスペル(以下WS)」の8日目だが、「舵取り」はこのWSの始まりである「1・地球」(KIN157)から来るもので、この13日間は、他に「発展させる」と「共時性」というキーワードでもコード化されている。その上、「銀河の月15日」をサイ時間単位変換すると、まさにそのKIN157になるのだ!

『テレクトノン』では、「月の音」と「日の音」が重なってその働きを強める日を「魔術の亀の日」と呼ぶが、今日は銀河の月の銀河の日、つまり「銀河の魔術の亀の日」だった。また、テレクトノンボードは、「霊の平面」によって前半14日間と後半の14日間が、上下のエリアに分けられていて、今日から後半の「テレパシーの影響場」に入ったばかりでもある。

『時間の法則の20の銘板』は15枚目の銘板の第3四半分「コドン39/ハートの修練」の第5週目「コドン58/喜びの輝き」に入ったばかり。また、『7:7::7:7』での日々のプラズマの色と、日々のKINの色が完全にシンクロするのは、「白い律動の魔法使いの年」中は、毎月の第3週目(つまり今日から7日間)だけである。

こんなスペシャルな日に、『ドリームスペル』の第一便が、多くの方々(申込条件と受取条件の整った方)のお手元に届いたという事実だけで、「時間船地球2013」が、そのシンクロポイントに向けて、急速前進しているのが分かる。

おまけに、こういう流れを知ってか知らずか、岡本太郎(KIN224=3・種=私の生まれた年)の「太陽の塔」の一部(未来を表わす”黄”金の顔)が、江戸東京博物館で今日から展示されているらしい。しかも、その期間は2/21~5/20=KIN164(黄色い種)~KIN252(黄色い人)の88日間!(銀河・銀河とも読める)。今日のガイドキンは「黄色い星」だが、88をKINにおきかえると「黄色い惑星の星」になる。

加えて、「黄色い星」は、金星軌道と対応するのだが、今、夕暮れ時には西の空に、宵の明星が煌々と輝いている。ちなみに、岡本太郎は、私達の住む場所から川をはさんだ真向かいの辺りで生まれているし、「太陽の塔」は、大阪の千里万博公園内にある。『マヤのリズム』の執筆に当たってお世話になった”八”杉先生は、その公園敷地内にある国立民族学博物館でマヤ学の研究をされている。

お昼に、達人が作るオムライスを食べに行きつけの店に向かうと、その店の近くで「224」の車を見つけ、店内に入ってからは1188の車を見た。他にもまだまだあるのだが、公開できないものも多いので、最後にあと1つだけ書いておこう。クリカで行う最初の「ドリームスペル配布勉強会」は、G暦2/29(=0.0.フナブ・クの日)に東急大井町線、上野毛駅近辺で開催される。

「13の月の暦」では、グレゴリオ暦との関係性を一定に保つ目的で(なぜなら主にグレゴリオ暦使用者に向けて提案された暦だからである)、この日を前日の延長と数える形式を、便宜的に取っている。ということは、2/28=銀河の月22日=8・22であり、これをサイ時間単位で変換すると、何と「銀河の同期」、そして今日ともシンクロするKIN164になるのだ!G暦的には平日の夜だが、そのタイミングで受取るのもまた中々に美しい。

いずれにしても、時間船地球2013は、その構築と出航の最終段階に向けて、これ以上無い完璧なタイミングで急速前進を始めた。「銀河からの贈り物」に対する責任の意味を理解し、この流れを丁寧に伝えて来た人々への敬意を忘れない方なら誰でも、3300個(20+13=33)のうちのひとつを手にすることが出来る。知識の有無は重要ではない。受取る決意をした者のところに、このツールは自ら辿り着くだろう。


※G暦2/29=0.0.フナブ・クの日が入るので、日数としては260×2+1=521日となるが、「13の月の暦」(ドリームスペル)のツォルキンでは、同じ「8・種(KIN164)」となる。尚、キチェ・マヤに伝わるツォルキンだと、G暦のうるう日に関係なく日付を進めるので、2013年7月26日と同期するのは明日の日付である。

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