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10連続GAPの神嘗祭とシャンバラ数96

2017年10月16日 23:44

■電気の月27日 (G10/16) KIN146 白い電気の世界の橋渡し (by D)

伊勢神宮では、昨日、KIN145(G10/15)から、最も重要なお祭りである「神嘗祭」が始まっていて、今日の夜10時とその4時間後の午前2時に内宮で「由貴大御饌の儀」が行われる。この事に気付いたのは、実は今日のお昼頃で、神宮のインスタをフォローしているLが、今年祭主に就任されたばかりの黒田清子さん(KIN125)の写真に気付いた事による。

それで、改めて「神嘗祭」について調べてみると、何とKIN155までの11日間で、別宮・摂社・末社など全125社において祈願が執り行われる事が判明。この事に気付いたKIN146は、『ドリームスペル(13の月の暦)』の惑星ホロンで日本のエリアに対応する。それも、銀河の音「3(電気の)」が月日で重なる「魔術の亀の日」で、今年2回だけ生じるひと月3度目の「魔術の亀の日」。

毎月の27日は、テレクトノンで「ボロン・イクが9の力を送り出す」日。3、9(3×3)、27(3×3×3)に加え、ボロン・イクも「9・風」だから、全てが「3」でコード化されている。しかも、今年の神嘗祭は、今日から始まった10連続GAP(銀河の活性化の正門)と完全シンクロして行われる!

さらに、サイ時間単位は、昨日、今日、明日の3日間ともKIN218で、パカル王の墓室が開いたKIN。何と、この文章を書いている最中にFB「13の月の暦」水晶の円卓のメンバーが218名になった!現在進行形の物語は留まる事を知らない。2013年に62回目の式年遷宮が行われた伊勢神宮は、『ドリームスペル時間船地球2013の旅』と深い関係がある(詳細は『シンクロニック・ジャーニー』にまとめてある)。

ここまでの情報だけでもう十分な感じがあるが、私達が日々体験している物語は更にインパクトに満ちている。という訳で、以下、2日前のKIN144から順を追ってみる事にする。

その日は、横浜ナディアで暦と瞑想のクラスがあり、12・種の年の12週目のKIN144(12×12)という事で、『テレクトノン』をテーマにする事を決めていた。だが、当日の朝になって「何かもう少しお土産を」という気分になり、『アルクトゥルスの監視』という冊子を手にした。パッと開いたP14に「144日間のハーモニック・コンバージェンス」というタイトルを発見したので、即座に持参を決定。

この冊子の奥付には1-25という数が入っていて、P14には「ランディ・ブルーナー(13・手)の作品」というフレーズがあるのだが、この日、全プログラムに参加されたNさんは、何とG1/25生まれのKIN247(13・手)!そして、私はNさんに向かってKIN142(2004.3.31)に『ドリームスペル』をホゼと共に内宮に奉納した事、黒田清子さんは第125代今上天皇の第一皇女でKIN125(8・蛇)である事、伊勢神宮は摂社・末社合わせて125社からなる事などを伝えたのだった。

ちなみに、「144日間のハーモニック・コンバージェンス」とは、1993.3.5(KIN1)に始まって、テレクトノンプレイが開始されたKIN144(1993.7.26)までの期間を指しているのだが、午後のテーマ別クラスに飛び入り参加された方は、まさにそのKIN1が誕生キン。もちろん、そんな冊子を私が持参している事など知らずにいらしたのだ。

翌KIN145は、さらに強烈だった。その時点では神嘗祭の事は知らなかったが、今考えると無関係ではないようにも思える。まず、この日Lは、午前中から世田谷美術館の利用申込み抽選会に参加。美術館は現在改装中のため、場所は三軒茶屋のキャロットタワー。良い日程が押さえられれば、来年の天真書法塾シャンバラ教室展を美術館で、と考えての事。

前週、同じ場所で申込みした時の受付番号は96番(これは先着順)。それから1週間後のこの日、希望者多数につき抽選会が行われたのである。ルールは公平で、申込者一同、まずは受付番号順にガラガラを回し、出た玉の番号順で希望日程を選べるという流れ。前週、申込み後に訪れた松陰神社の御神籤が一番大吉だったLは、得意の1番引きを狙っていたらしいが、実際に出た玉は96番!

応募総数116組、棄権2組で都合114組で行われた抽選会で、受付番号と玉の番号が一致したのは88番と96番(L)の2組だけだったらしく、係の方も驚いていたとか。その2組の数が、私の父(KIN88)と母方祖父(KIN96)の誕生KINとシンクロしていたのも個人的には驚きだったが、真の驚きは「96」にこそある(後から88もカーラチャクラ・マンダラと直結している事が判明*)。

そもそも、シャンバラとは「カーラチャクラ・タントラ(時の輪の教え)」という仏教経典に登場する不可視の聖地の名前(実はクリカもこの教えと関係する言葉)。Lが天真書法塾の支部教室名を「シャンバラ」にしたのは、天真体道の稽古中にそれが降りて来たからで、直前まで別な名前になる予定だったのだ。

シャンバラ ★NYのチベットハウスにあるシャンバラの図

経典によると、シャンバラには八葉の蓮の花のような8つのエリアがあり、それぞれに12のより小さな地方があるとされている。8×12=96。つまり「96」とはシャンバラの数なのだ!ついでに書いておくと、私はG暦8/12生まれで、Lは共振の月5日生まれ(サイ時間単位はKIN96)である。

数字的には完璧ながら、96番目では流石に第1希望の日程は取れず、少し後のスケジュールとなったが、結果的に世田谷美術館区民ギャラリーで「天真書法塾シャンバラ教室発表会」を開催するのは、2018.6.28(KIN141)〜7.1(KIN144)と決まった。つまり、抽選日(KIN145=時の輪の始まり)から見てちょうど260日目(時の輪の終わり)までという完璧なタイミングだ。

世田谷美術館で発表会なんて、それだけで嬉しい感じがするものだが、私達にとっては、また別な意味で特別感がある。何故なら、メキシコ政府の依頼で利根山光人氏によって取られたパカル王石棺の実寸大巨大拓本は、この世田谷美術館に保管されているのだ!

パカル拓本 ★北村氏に見せて頂いた別冊太陽の拓本縮小版

その事実を知ったのは、昨年、世田谷美術館で人間国宝・志村ふくみさんの展覧会が行われた時で、その展覧会を見に行ったシャンバラ教室生のOさん、Iさんが、偶々同時期に展示されていたその石棺拓本(注:常設展示作品ではない)を目にして、教えてくれたのである。そして、考古学者アルベルト・ルスが、封印されていた墓室の扉を開けて最初にその石棺を目にしたのがKIN218(今日のサイ時間)なのだ。

石棺 ★1999.4.12に私が撮影した石棺

思い出したので書いておくと、天真書法塾塾長の青木天外(宏之)先生、吉田松陰先生、そして志村ふくみさんは、いずれもKIN245(11・蛇)である!

さて、Lの抽選が思った以上に長引いた事もあり、私は普段はめったに行かないラーメンでもと、一人商店街方面に向かってみた。ところが、日曜で肌寒い雨の日だったからかどこも行列している。逆に、普段は行列している定食屋「たぬき」の席が珍しく空いていたので、久しぶりに入ってみた。世田谷美術館があるのは「砧(きぬた)公園」だから、洒落も利いている。

日体大、駒大の体育会系学生御用達のこの定食屋、前からサイン入り色紙が壁には沢山貼ってあったが、「北勝富士」という関取とおぼしき名前が目に入ったので、スマホで調べてみると、現在活躍中の力士と判明。何と、所属は「八角」部屋。1992.7.15生まれのKIN28(2・星)という事で、紋章コードNoも「8」だ。

シャンバラの8つのエリアもシンクロしているが、「八角」と言えば、天武・持統合葬陵(野口王墓古墳)がまさに八角墳。40代・天武天皇と41代・持統天皇が合葬されているという意味で81(9×9)。KIN81の道筋を歩んでいる私にはグッと来る数字だが、9×9魔法陣の中心は41で、伊勢の式年遷宮を始めたのは41代・持統天皇の時である。

ボリュームたっぷりで美味しい定食を完食して、お会計をしようとすると、店員さんが隣の客と「今年は花火も中止になって二子玉はツイてないですねー」なんて喋ってる。何の事かと思っていたら、お店を出た瞬間、目の前に鳳凰のお神輿が通って、町内のお祭りだった事が判明。雨でお祭りも台無しという事だったのだろう。だが、私にとっては完璧なタイミングでツイてた。

帰宅後、「北勝富士」のサインから前年の手帳を調べると、直近のKIN28(G6/20)には「『クリティカル・パス』(B・フラー)届く」とメモがあり、初版がKIN247、届いた3刷りがKIN142とまで書かれていた。前日、ナディアで『ドリームスペル』を伊勢内宮に奉納した日はKIN142だったという話をした相手は、KIN247の方だった。

さらに、そのすぐ下(KIN29)には、「藤井聡四段28連勝」「黒田清子さん神宮祭主に」というメモまで!よく考えたら、平成29年のKIN29に、黒田清子さんの神宮祭主就任のニュースを目にした事になる。実際の就任日はその2日前のKIN27(1・手)だった事も、そこには書かれていた。ちなみに、就任時の運命の道筋は「KIN225(4・蛇)」。

そして今朝、私の神秘のパートナー(KIN20)のJさんが、FBで136を16進数にすると88という話を魔法陣と絡めて書かれていた。私達が、クリカという名前で活動を始めるきっかけとなったグラーツでのカーラチャクラ灌頂は、KIN136の満月に完了した。136=17×8=赤い地球×黄色い星=天王星×金星。そして、この2つの惑星の公転周期比は1:137。

自分用のメモ情報を沢山入れているので、分かりにくい所も多いと思うが、ここまで読んで下さった方は、こうした流れの上に、冒頭の神嘗祭ニュースを目にしたらどんな気持ちになるか、何となくは想像して頂けるだろう。

そして、『13の月の暦』を使うとは、こういう発見と驚きの日々を通じて、見えざる全体性と繋がりを実感する事なのだ。それが理解できれば、寄せ集め的な偽情報に惑わされる事もなくなるし、何より生き生きとした自分自身を生きられるようになるのである。


(*) 八つの墓場の間には十一の妖魔(元素)があります。妖魔を合計すると八十八尊となります。これらは数百万の要素の代表的なものを象徴しています。(『ダライ・ラマの密教入門』(知恵の森文庫)P160、マンダラに関する説明より引用)

持統天皇と「八」の秘密

2015年07月03日 21:12

宇宙の月7日(G7/3)KIN91 青い宇宙の猿(by D)

微細なサインを無視していると、次第にその呼びかけが大きく過激になって来るというのは、健康問題や人間関係に限らず、どんな事にも通じる面があるようだ。G暦3月中には何とか書き上げようと思いながら、日々シンクロに追われ続けて、気付けばもう7月。すると、「ついに」という感じで「時の楽譜」展の終了にぴったりシンクロする形で、強烈なサインがやって来た。

それは、奈良県磯城郡(かつては纏向、三輪、橿原、十市郡等も含んでいた)の方からLに仕事の依頼が入る、という形を通じて私達に示されたものだった。それだけなら、別に何と言うことも無いのだが、持統天皇を主人公にした里中満智子さんの作品『天上の虹』との、ここ1年くらいのシンクロを振り返ると、やはり驚きを禁じ得ない。

きっかけは、昨年のGWに行われたLの個展「書の魔法」にあったのだが、長くなり過ぎるので、ここではG2/28(KIN226)に有楽町マリオンで行われた飛鳥・橿原シンポジウム「藤原京物語〜持統天皇 その愛と戦いの生涯〜」以降の、インパクトがあった出来事についてだけ整理しておきたいと思う。
持統天皇 
橿原市が主催したこのシンポジウムでは、里中満智子さんと橿原考古学研究所所長の菅谷文則さんが、それぞれ素晴しい講演をされたのだが、より強い衝撃を受けたのは、失礼ながら実はあまり期待していなかった菅谷先生のお話の方だった。その要点は、持統天皇が神仙思想の影響を受けていて、同時代に活躍した修験の開祖・役小角とも直接交流していたのではないか、というものだった。

個人的見解であったとしても、研究所の代表という責任を負っている方にしては、中々大胆な発言だと思ったが、あるいは、満を持してこの機会に発表することを決めていたのかもしれない。その日の朝、入院先の病院から退院されたばかりで、念のため里中さんと講演順を変わってもらったとか、実際に山を歩き回って古代の記述通りに移動出来るか検証したとか、気合いの入り方が違うように思えたからだ。

それに、天武・持統合葬陵が八角形であることや、持統天皇が吉野宮へ33回も行幸した謎、役行者が文武天皇の時に伊豆に流されている事などを結びつけるなら、話の筋は通っている。加えて、持統天皇在位中に始まった伊勢の式年遷宮が、何故20年周期なのか?について、かつて不思議研究所の森田健さんが書かれていた「式年遷宮と金の三合局の関係」が頭にあると、菅谷先生の説がますます真実味を帯びて来るように思えるのだった。

実は、以上のメモは、講演を聞いたその夜か翌3/1(KIN227)までに既に書いていたもので、「金の三号局」について記したブログは、そこから5年前の同じ時期の深夜2:27にUPされていた。また、直近の式年遷宮は2013年に行われたが、シンポジウム当日のサイ時間単位がKIN164(=8・種=2013年銀河の同期)だった事もメモしておきたい。

シンポジウムで配布された資料には、八角形の復元図と共に、天武・持統合葬陵の写真も掲載されていたが、私はシンポジウムの93日前にその申込みをしており、昨年4月のKIN173にその陵墓を訪れている。そして、ここまでのメモをした3/1のサイ時間単位は168だった。この168と173、93と88は、神秘の四つ組を形成する特別な関係にある。

3/1(KIN227)の日中、私は横浜ナディアの暦クラスで、易の64(8×8)卦をツォルキンと統合したツール『時間の法則の20の銘板』について話をしていて、Lは元町アントショップで八角形の小鉢(チャーミングセール限定品)を2つゲットしていた。つまり88である。

話をシンポジウムに戻そう。菅谷先生は、修験道の開祖役行者(小角)の生誕地とされる御所市茅原の吉祥草寺で、毎年G1/14(L誕生日)に火祭りがあることや、2013年の式年遷宮はまだ続いていて、12別宮の最後の遷宮は、G3/15(KIN241)の風宮で完了すること等も話して下さった。

「入院中に般若心経を唱えていたら、えも言われぬ気持ち良さで恍惚となって、いつ死んでも良いと思った」なんて話をされたかと思えば、名誉大先達の称号を持つ山伏でもあるとの話も出たりして、興味は尽きない。退院直後とは思えない勢いで話をされる先生のことを、最前列の席から見ていると、身体を通じた深遠な体験をかなり豊富にされているのではないだろうか、という気がしてならなかった。

その菅谷名誉大先達によると、木曽御嶽山の山伏はかつて口寄せみたいなワザを使える方がいたらしく、羽黒の山伏は心の病を治すのが得意だったらしい(薬草との関係があるようだ)。蔵王権現は役行者が感得したと言われているが、ちょうどその夜、安倍昭恵さんがFBで蔵王スキー場からUPしてた写真が蔵王権現堂だったのは面白いシンクロだった。

翌3/1(KIN227)、横浜ナディアに行くと、ワークショップルームまでの移動用の紙袋が、いつもと違っている事に気付いた。気になってよく観ると、外宮表参道にある「せきや」のものだった。住所は伊勢市本町13-7。外宮の最初の遷宮が持統6年(692年)、則ちパカル王の眠る「碑銘の神殿」が完成した年だった(らしい)ことを振り返ると、このシンクロもかなりキテる。

そして、のびのびになっていたこの記事のUPが、13月7日になってしまったこと、この日が今年KIN91(=13×7)と同期すること(52年に一度しかない)、さらにそういう特別な日が、137部制作した「13の月の暦TIMESCORE」の共同制作者 Miyokomiyokoさんの誕生日であることを考えると、やはり興奮せずにはいられない。

4日後の3/5(KIN231=Lの誕生キン)に、天真書法塾新宿プロムナード展(6月)の打ち合わせがあり、私達のチーム(3名)は「日本の神話」を作品テーマにすることを決めた。実は展示の話があったその瞬間から、私は「刀」という字を書きたいと思っていたので、「三種の神器」をモチーフとして提案することで、その希望が叶うことになったのだった。

その日、私は「三種の神器」の全てに「八」が関わっている事に、はじめて(もしくは改めて)気付いた。八咫鏡・八尺瓊勾玉・草薙剣が、いわゆる「三種の神器」であるが、草薙剣は、スサノオが出雲国において天羽々斬剣でヤマタノオロチ(八岐大蛇)を切り刻んだ時に、その尾の中から出て来たとされるので、やはり「八」が関係しているのである。

そして、そのスサノオが詠んだ「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」が、和歌のはじまりだとも言われている(伝説的に)。これら一連のことを俯瞰すれば、少なくとも、記紀が編纂された時代、つまり天武・持統天皇の頃には、既に「八」が相当意識的に使われていたのが分かる。

この事に気付いた翌日(3/6)、佳子さまが成年(20才)の報告をしに、伊勢神宮(外宮・内宮)を参拝されたことが報じられていた。お一人では初めてとのことだったが、トータルでは三回目の参拝というのも、「三種の神器」と重なるようで興味深い。
三種 
実際、新宿プロムナードに作品をセッティングした6/6(KIN64=8×8)も、佳子さまは初の単独地方公務で、安徳天皇を祀った赤間神宮を参拝されているので、何か繋がりがあるのかもしれない。壇ノ浦で夭逝した安徳天皇は、「三種の神器」と共に語られることが多いので、最近【「三種の神器」と137】という記事にも書いたばかりだった。

4/4(KIN1)から始まった「惑星の月」は、『20の銘板』の見方だとちょうどKIN231に対応するので、Lはそれを意識して江戸川橋で「花のシャンバラ展」を開催した。この時、出品もしていたシャンバラ教室生で、飲食店を営まれているFさんから、Lはある依頼を受けているのだが、興味深いことに、Fさんのお店には「八」とか「仙」という文字が含まれていたりする。

また、この展示を観に来られ、6月になってから入門されたOさんは、何と、かつて菅谷先生と仕事をした経験のある方だった。2/28のシンポジウムまで、その存在すら知らなかった先生と直に交流していた方が、シャンバラ教室にこのタイミングで入門して来られるとは、全くもって驚くより他ない。

そしてKIN118(1・鏡)&KIN18(5・鏡)の増田「鏡」夫妻に薦められたガイドブック(みよこみよこさんがイラストを描いた『aruco台北』)を手に、台北にミニトリップに出たのが4/20(KIN17)。この旅についてはメルマガで報告中なので詳細は省くが、故宮博物院で「皇帝的鏡子」という特別展示が行われていて(この事は現地に着くまで知らなかった)、随の終わり頃から唐にかけての「鏡」が展示されていた。
皇帝鏡 
八咫鏡がどんな姿なのかは、実物を見た人が殆どいない現在、推測に頼るしか無いが、歴史の流れを省みつつ、遷宮ごとに調進されるご神宝の「御鏡」(←ご神体とは異なる)も参考にすれば、そんなに的外れにはならないと思う。故宮に展示されていた唐(=持統天皇の時代)の「鏡」と、ご神宝の「御鏡」がとても良く似ている事は、八咫鏡もそれに近いものである可能性を示唆している。

台湾での「鏡」シンクロも相当なものだったが、帰国直後にも、驚くべきシンクロがあった。私がウォーターセラピーで使用しているBAという機器は、製造元のアディック(現ウィリット)でその開発に携わっていた関係もあって、今も時々その機器の行方を耳にする機会があるのだが、GW直前に届いた情報は衝撃的だった。何と、二上山エリアの方が購入されたというのだ。

万葉集にも登場する二上山は、古来神聖な山とされ、持統天皇の甥に当たる大津皇子の墓もある場所。『天上の虹』は里中満智子さんの30年に渡るライフワークで、ちょうど先のシンポジウムの頃に最終23巻が完成し、私達の手元には3月中旬に届いた。その最終巻の終盤、鸕野讃良こと持統天皇がこの世を去る時、(物語の中で)最後に気に掛けていたのが大津皇子だったのだ。

登場人物の多い『天上の虹』だけに、もし、終盤にその名が登場していなければ、どういう人物だったかも思い出せなかったに違いない。だからこそ、このタイミングで二上山にBAが届けられたと知った時の驚きは大きかったのだ。多分、BA本体の組み立てを、かつて私自身の手で行っていたことも、この出来事に特別な感慨をもたらしたように思う。

6/10(KIN68)には、歴史秘話ヒストリアという番組の中で「よみがえる 持統天皇の都」と題して、藤原京の事が取り上げられていた。『天上の虹』の絵が使われていたお陰で親しみが持てたが、新たに知って刺激を受けたのは、持統天皇の命で生まれた藤原京が、『周礼』に記された理想の都を参考に建てられた可能性が高い、という話だった。

『周礼』は周王朝の理想的な制度について周公旦が書き残したものとされ、その周公は、父・文王と共に『易経(周易)』の成立にも関わったとされるが、いずれも伝説的な要素が入り混じっていて、史実かどうかは定かでない。ただ、藤原京の宮城を都の中心部に置いたのは『周礼』の影響、というのは間違いなさそうである。また、八角形の天武・持統合葬陵は、その宮城から真南の位置に建設されたのだと言う。

持統天皇の時代、全国に幅12mほどの直線道路が、6300キロ分も建設されたという話も初めて知って驚いたが、日本という国を支える諸々の基礎が、ほぼこの時代に固められたのは確かで、当時の人々にとってどうだったかは分からないが、現代の私達に至るまでの礎を作って下さったことに対しては、とにかく感謝し、敬意を表したいと思う。

そういえば、番組が放映された6/10は、安倍昭恵さんの誕生日でもあった。【「三種の神器」とKIN137】にも書いた通り、第81代安徳天皇と「三種の神器」の関係について教えて下さったのは、安倍昭恵さんである。昭恵さんはKIN81に四国の剣山に登られているのだが、今日、コンビニで思いがけず目にする事になったマンガは、何と剣山を舞台にした「聖櫃〜アーク〜」発掘史というタイトルの短編だった。

表紙が『北斗の拳』のラオウ風だったので思わず手にしたのだが、俗な話ばかり沢山詰まったペーパーバックを、パラパラとめくった時にチラっと目に入っただけで、表紙のどこにもアークの事など書かれていなかったから、驚くべき偶然である。もっとも、私はこういう感覚を磨く技術を研究して来ているのだから、これくらいの実用性が無いと困るのだが、全く予想外の働き方をするので、自分でも毎回驚くことになる。

しかもそのマンガ、日ユ同根論の流れで、剣山の次には祇園祭の事も描かれていて、今朝方のシンクロとも繋がっていた。昨夜(7/2)、「四国八十八ヶ所の結界で護られていると噂される剣山の頂上に御神輿を運ぶお祭りの日と京都の「祇園」祭の神輿渡御の日はともに今月の7/17ですよね」と、時空のサーファー仲間のJ氏がツイートの返信で教えてくれたので、ネットで祇園祭について調べていたら、その直後にヤフーのトップ画面の写真ニュースが、祇園祭の提灯になっていたのだった。

世界は広く、他にもっと大事なニュースはいくらでもあるだろうに、何故、ピンポイントで祇園祭なのだろうか。確かに私達は昨日、銀座の「ぎおん石」という天然石のお店を訪れてはいる(7/6まで北村公晴氏のアート&ジュエリー展が開催中)し、銀座の他には八坂神社前にしかそのお店がないことも知っている。そして、八坂神社の御祭神がスサノオであることも。

シンプルに考えれば、これこそが共時性秩序の働きであり、そこにどのような意味を見出すかは、前後のコンテクストによる、という事になろう。いずれにしても、キリの良いところでUPしておかないと、まだまだ続きそうなので、ここまでで一区切りとしたい。

ちょうど明後日は、横浜ナディアで「13の月の暦」のクラスがあるので、こういう毎日を過ごしてみたい方、あるいはここに書かれている用語の意味や、シンクロ発見のコツを知りたい方は、基礎クラスから参加してみると良いかもしれない。巷に散見されるデタラメな使い方とは全く異なるシンプルかつ、誰もが速やかにシンクロ次元に入れる銀河的アプローチをシェアする予定である。

元旦の「白い魔法使いの学校」で一気に加速して1年のスタートを切るのも良いが、新年の前に備えておけば、さらに波に乗りやすくなるのは、当たり前の話である。

天津神と国津神の調和的統合

2014年09月09日 23:38

■月の月18日(G9/9)KIN54 白い月の魔法使い(by D)

260日周期で巡る『13の月の暦』のツォルキンは、20種類の「太陽の紋章」と13段階の「銀河の音」の組み合わせで、日付の名前が決まる。ややこしいのは、その双方に「月」と訳されるMoon、Lunar、「太陽」と訳されるSolar、Sunがあることだ。その関係で、ツォルキンの中には「太陽の月」と「月の太陽」という、呼称上、興味深い対称性を持つ日付が存在する。

しかも、今年のそれは、単に呼称面だけでなく、現実に大変興味深いことが起きている。まず、元旦(G7/26)の「赤い太陽の月」(KIN9)には、安倍晋三首相(KIN6)と昭恵夫人(KIN223)が、テオティワカンの「太陽のピラミッド」に登頂。「赤い太陽の月」という呼び方やKIN9という数え方は、そもそもホゼ・アグエイアス(KIN11)が、14才の時(61年前)に同じ場所で啓示を受けた事に端を発しているのだから、昭恵さんが拙著を読んで下さっていることも振り返ると、この出来事はそれだけで既に驚きである。

一方の「黄色い月の太陽」(KIN80)は、26日後のG10/5に巡って来る。この日は、高円宮典子さま(KIN135)と、千家国麿氏(KIN162)の結婚式が出雲大社で予定されている。元を辿ればどちらも同じ源から発しているのかもしれないが、仮に現在の皇室の流れを天津神系、出雲大社の祭祀を担う出雲国造家の流れを国津神系と見なせば、この結婚は、その2つの流れの調和的な統合と言えるだろう。『ドリームスペル』(13の月の暦の源)が目標点にして来た2013年に、伊勢と出雲の同時遷宮があっただけでも驚きだったが、神話的ヴィジョンと連動するこういう出来事が、自分達の生きている時代に生じるのは何とも興味深い。

決して歴史的な事実の検証を軽んじる訳ではないが、集合意識的な働きが実際に力を持つことを実感している私は、ここのところ、ある出来事に対して、「ウソかマコトか」よりも「神話として力を持っているかどうか」に注目することが多くなって来た。「力のある神話」かどうかは、人間(当事者)側の都合だけでは生み出せない要素がどれだけ絡んでいるかで、ある程度判断出来ると私は考えている。例えば、自分が体験している以下のようなささやかな例でも、必然的偶然性が見事に絡んで来ると、リアルに「神話」を生きている気分になって来る。

G9/1、『ドリームスペル』の惑星ホロンで日本のエリアに対応するKIN46(7・橋渡し)に、私は【そして13×18=234は、第125代今上天皇の誕生KIN。そして、シンクロニシティという言葉を生んだユングの誕生KINだ】というツイートをクリカのツイッター上でした。それが、ちょうど10500ツイートという区切りの良い数だった事に気付いた私は、ふと、125という数字で10500を割ってみるという遊びをした。すると10500=125×84と綺麗に割り切れるではないか!

それだけで意味なく喜んでいた私だったが、125が伊勢の神宮の社の数や今上天皇の代、そして2013年の式年遷宮で臨時祭主を務められた黒田清子さんの誕生KINであることに思いを巡らせた私は、84にも何かあるだろうか?と「84代」だけ入れてググってみた。すると、「第84代出雲大社国造」というのがいきなり出て来たのだ!伊勢系、出雲系の結婚が目前に迫っていることを意識していた私が、無意識的にツイートした10500ツイート目に、今上天皇の事を書いていて、そこに伊勢と出雲を結ぶ数が、完璧な形で潜んでいたのだから驚愕せずにはいられない。

そもそも13×18=234なんて遊びをしたのは、前日の8/31が父の命日からぴったり18銀河スピン(260日周期)に当たるKIN45で、それが13年弱に相当することを確認したばかりだったからだが、それも、同日行われた「銀河シンクロ教室」の中で、逆の調波を調べた先に、コパン王朝13代目「18ウサギ王」のメモがあったから思いついたことだった。つまり、示されたサインを勝手に読み取って遊んでいるうちに導かれたシンクロだったのだ。

それとは別に全米オープンテニスで大活躍した錦織圭選手のシンクロもあった。彼については以前調べたことがあったはずだが、ベスト4進出が決まった9/4(KIN49)の朝に改めて調べてみると、KIN140(10・太陽)生まれの彼の現在の道筋は、古代の数え方でのパカル王の誕生とシンクロするKIN60(8・太陽)。太陽のウェイブスペル(13日間)に快進撃を続けていることに納得したが、出身地が島根県松江市(出雲の近く)だというのと、その時点でのATPランキングが今年1年とシンクロする9位だというのは、初めて知った。

ちなみに、9/4はノーベル賞学者・山中伸弥教授のカレンダーラウンド(52才誕生日)でもあったが、私は、その日目にしたネット映像で、ジュニア時代の錦織選手が、41段の階段を日々駆け上ってトレーニングしていた事を知って、またまた驚かされていた。伊勢の式年遷宮を始めたのは第41代持統天皇で、私達は9/2(KIN47)に縁あって届いた式年遷宮に関する記録DVDを見続けていたからだ。それだけではない、5日前に久しぶりに会った従兄弟との間にもピンポイントなシンクロがあったのだ。

従兄弟には、「さらら」ちゃんという現在5才の娘がいる。GW前後に、里中満智子さんの『天上の虹』を読むまでは、持統天皇のお名前が、鸕野讃良皇女(うののさららのひめみこ)ということさえ知らなかった私だったが、このことを知ってから急に気になって、いつか従兄弟に会える機会があれば、直接聞いてみようと思っていたのだ。しかし、普段はロスに住んでいる彼とは数年に一度位しか顔を合わせる事が無い。夏の初めに一度実家に立ち寄ってくれた時は、私がちょうど関西に行っていて会えなかった。

しかし、8/30(土)の朝、唐突に母から電話があり、夏の間、三重にいるご両親に預けていたさららちゃんを迎えに従兄弟が来日して、その晩一泊だけして行くと知らされた。その日は、夕方まで用事があったし、翌日も朝から予定が詰まっていたが、実家までは小一時間で行けるので、晩ご飯だけでも、ということで実家に駆けつけた。そして、直接本人に聞いて判明したのは、やはり「さらら」ちゃんは、持統天皇を意識して奥さんがつけたとのこと。5年間知らなかった名前の由来を、このタイミングで知る事になるのが何とも面白い。

だが、もう1つ注目しておきたい点は、従兄弟がかつて米国に渡った最初の理由は、プロテニスプレイヤーを目指して、フロリダのニック・ボロテリー・テニスアカデミーに入ったからだった。結局、その夢は適わなかったが、世界の著名テニスプレイヤーの多くが学び、錦織も卒業したそのスクールに在籍していた従兄弟と、錦織が勝ち進んでいるタイミングに会えてしまうところに天の采配を感じる。

こういう流れの最中行われた「太陽と月・宇宙意識を開くシンクロ技術」には、やはりそれに相応しい方々が集っていた。9/6(KIN51)にのぞみ17号で京都に到着した私は、17番系統のバスに乗り込んで会場へと向かった。62-46というバスのナンバーから、第62回式年遷宮とKIN46の10500ツイート目を思い出すことなんて、別に普通のことと思えるくらい多様な体験の持ち主が参加して下さった。
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三輪山の麓にご実家のあるSさんは、錦織選手の次の道筋「9・蛇」の方だったし、錦織選手と同じ松江出身のYさんは神有月の生まれ。予知夢、UFO、体外離脱体験などは、沖縄アートラボでシェアされた体験と通じるものがあったり、とにかく面白い会だった。しかし、ナムカイ・ノルブの著書『夢の修行』の話を散々しておきながら、それ以上のことを思い出せなかったのは、ある意味不思議だった。夜になって急に思い出し、自分のブログを検索すると、ぴったり4銀河スピン(1040日)前のKIN52に、高野山でその本を通じた大変面白いシンクロを体験していた事が記されていた。
IMG_3779.jpg★太陽と月「円卓読書会」で使わせて頂いた町家さん

そろそろ眠ろうかと思った真夜中過ぎ、私が大好きだった「シャーロック・ホームズの冒険」の続編が始まってしまった。ウトウトしながら結局2時間近いその番組を最後まで見てしまったのは、内容が予知夢に関するものだったからかもしれない。そして、翌9/7(KIN52)の朝、私は錦織がランキング1位のジョコビッチを破って決勝進出を決めたと知った。京都・大阪と2日連続で参加されたKさんとIさんは、親戚でご近所同士。前夜発見した高野山シンクロは、午後にでもシェアしようと思っていたら、その前に、Kさんの方から高野山での不思議体験をシェアされてしまった。

しかも、それは私のシンクロ体験とどこかで繋がっているようでもあった。Kさんはちょうど1年前の同日が銀河の誕生日だったKIN207(=2012年冬至)。IさんはG2/22生まれのKIN135。最近誰か同じKINの人を調べたな、と思っていたら冒頭に書いた高円宮典子さまだった。ちなみに、同じ頃、錦織が生まれた1989年に、史上最年少で全仏優勝を果たしたマイケル・チャンが、1972年2月22日生まれのKIN125であったこと、そして2013年の12月から錦織のコーチを務めていることをLがツイートしていたが、私がそれに気付いたのはクラスが終わってからだった。

典子さまの事に気付けたのは、KIN135のIさんの反対のパートナーがKIN5になることを話していた時だった。何故なら、今まさに典子さまはその反対のパートナーの道筋を歩んでいるからだ。そして千家国麿氏は、1973年9月2日生まれのKIN162で、まさに”41”才になったばかり。それは、私達のもとに式年遷宮の記録DVDが届いた日でもあった。翌9/3には、典子さまが結婚の報告をしに伊勢を参拝されている。クラスに参加されたIさんは、ご自分が典子さまと同じ誕生KINであることなど全くご存知なかったが、結局、完璧なタイミングで参加して知る事になった訳だ。

クラス終了後、この天津神、国津神の統合の流れについてチャクラのタっちゃんに話していたら、「ちょうど今、そういう本を読んでたところ」と、関裕二さんの文庫本を見せて下さった。私はこの方の本は一冊も読んだ事がなく、お名前すら知らなかったのだが、クラス終了直前に、実はIさんも関さんの本を読んでいると言って見せて下さっていたのだった。タっちゃんは厨房にいてそのプロセスを見ていないのだから、このシンクロもかなり面白い。しかし、私が驚いたのは、そこから突然、亀岡にある出雲大神宮の話になったことだった。

私は、今回のシンクロアースダイビングはどこにしようかと、前夜、シャーロックホームズが始まる前まで少し調べていて、その出雲大神宮も候補のひとつに挙げていたからだ。実はホームズの前に放映されていたのは、祇園祭の長刀鉾に飾られている絨毯についての番組だった。梅とアラビア文字という、中国と中東を結びつけるようなデザインの絨毯は、DNA分析によりチベットカモシカの毛で織られている可能性があることが指摘されていた。

祇園祭は、素戔嗚尊を祀る八坂神社と関係しているし、出雲の流れが来ている今、再び八坂神社に参拝するのもいいかなと思いつつ、大国主を祀られている神社を調べる中で、出雲大神宮の存在を初めて知ったのだった。しかし、それを口にする前にタッチャンがいきなり「出雲大神宮の磐座」とか「真名井の水」についてあれこれ話してくれたので、私は、「ああ、やっぱり今回は出雲大神宮の方だな」と思って、そちらを参拝させて頂く事に決めたのだった。
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当日も沢山のシンクロがあり、少なからず興味深い体験もしたが、それはまた機会を改めてということで、今回は、ここまでにしておこう。「挑戦」のキーワードを持つ銀河の音「2」が、「月」と「日」の両方で重なる「魔術の亀の日」とシンクロした満月のG9/9は、ちょうど天文学的にも「太陽」と「月」が地球に対して反対の場所に位置している。この「挑戦」がどういう形で統合されて行くのかは、決して、高円宮さまと千家氏だけに掛かっている訳ではなかろう。象徴的なその出来事に表現されている「神話の力」を、現実の場面で活用できるかどうかは、結局、私達一人一人に委ねられているのではないかと、私は思うのである。

天武の青い治世から持統の銀河統治へ

2014年05月15日 01:01

スペクトルの月13日(G5/14)KIN196 黄色い磁気の戦士(byD)

昨夜「青い日の青い存在たち」をUPしたら、FBで大池さん(ベテラン13暦ユーザー)が、珍しくコメントをして下さっていた。コメント内容には「ヤマト」という言葉がカタカナで書かれていたが、漢字にすれば「大和」だ。

また、今日の天真体道瞑想クラスには、いつも参加して下さっている大空さんの他に、体験で大谷さんという方が初参加されていた。これだけの密度で苗字に「大」の字が含まれる人に会うのは、ここのところ大海人天武天皇)に意識を合わせているからだろうか?

そこで、改めて天武天皇のことを調べているうちに、元号の「朱鳥」の意味を追いたくなった。昨日ウォーターセラピーに来られたK夫妻が、目の前の通りで「(小さい)雀に襲われた」と興奮気味に話して下さったのと、それに対して、私が天武・持統天皇陵に参拝したら、鶯がすぐ近くに来て鳴き続けた、という話をしたのを思い出したからでもあった。

「朱鳥」の説明文中に、天武天皇崩御の日付686年10月1日がユリウス暦であることが明記されていた。KIN179(青い惑星の嵐)に「天上の虹から書の魔法へ」という記事を書いた時点では、その事に気付いていなかったので、私は3人の天皇の即位と崩御の日付を、グレゴリオ暦と勘違いしたまま『ドリームスペル13の月の暦)』ツォルキンに変換をしてしまった。それをまず以下に再度掲載しよう。

天智天皇ー即位668年2月20日(KIN223)崩御672年1月7日(KIN79)
天武天皇ー即位673年3月20日(KIN256)崩御686年10月1日(KIN256)
持統天皇ー即位690年2月14日(KIN187)崩御703年1月13日(KIN220)

KIN187は、私にとってかなり特別な日付なので、これが間違っていると分かった時には多少残念に思ったが、歴史上の日付の計算では良くあること。それに、ある時点まで勘違いしている事自体にも、また別な意味があったりするので、次の瞬間には、正確な日付での計算に気持ちが向いていた。ちなみに、一昨日「41」が中心に来る魔方陣の作り方を教えて下さった方は1/13生まれで、第41代持統天皇との強いシンクロを、その時点では感じていた。

さて、ユリウス暦の日付をグレゴリオに直すと以下のようになる。従って、ツォルキンの日付もこちらが正しいということになる。ユリウス暦からグレゴリオ暦への変換は、この時代だと、ほぼ3日ズラすだけで良い事が分かるが、持統天皇の崩御だけは4日ズレとなるところにマジカルなものを感じる。

天智天皇ー即位668年2月23日(KIN226)崩御672年1月10日(KIN82)
天武天皇ー即位673年3月23日(KIN259)崩御686年10月4日(KIN259)
持統天皇ー即位690年2月17日(KIN190)崩御703年1月17日(KIN224)

興味深いのは、天智の即位と崩御が共に「白い日(洗練)」で、天武の即位と崩御が共に「青い日(変容)」になるということ。そして天智の娘で天武の妻でもあった持統は「白(洗練)」→「黄(熟成)」という動きで、まさに歴史の流れに沿っているように思える点だ。紋章や音のキーワードまで追えばさらに面白いと思うが、それはこの記事を読んで興味を持った方にお任せするとしよう。

それより、注目しておきたいのは天武天皇大海人)の即位と崩御が、全く同じ「青い水晶の嵐」だという点と、持統天皇の即位がパカル王の銀河の署名と同じ「白い銀河の犬」になるという点だ。
甘樫の丘 ☆甘樫の丘から畝傍山を望む

天武天皇の治世は13年半。ドリームスペルのツォルキンが、ぴったり19回巡る期間だったということになる。「青い嵐」のコード番号も19だから、どこからどう見ても「青い嵐」というのが天武天皇の時代だった訳だ。

アグエイアス夫妻が、20世紀の終わりに東京で行った7日間セミナー第7日目のタイトルは、「ウル 19=260 地球の魔法使いの術」というものだったが、ムハンマドが昇天したのと天武天皇(大海人)が生まれたのとが、ほぼ同じ位の時期(631〜632辺り)というのも、大変興味深い。

昨夜UPした「青い日の青い存在たち」には、「青い虫」がパカル王からのメッセンジャーだと書いたが、もしかしたら天武天皇からのサインという面もあったのかもしれない。それにしても、この一連の「青」シンクロに加えて、持統天皇が即位した日付が、まさにパカルの誕生KINそのものだったというのは何より驚きだ。
酒船石 
しかし、だからこそ『ドリームスペル』を始めとする銀河ツールが、伊勢に奉納される流れにもなったのだろうし、『ドリームスペル』の目標点が、マヤ長期暦が示していた2012年ではなく、伊勢の式年遷宮とリンクする2013年の方に設定されたのだろう。

最後に、昨日に引き続き、白川静のツイッターから今日のツイートをコピペしておこう。ごく最近フォローし始めたばかりなのに、何故、このタイミングに【虫】とか【青】がわざわざ取り上げられるのか。漢字を呪術の側面から捉え直した方だけに、このシンクロ大魔術大会には欠かせない存在、ということなのかもしれない。

《凡そ生あるものをみな【生】といい、金文には百姓を百生に作る。また「考命彌生ならんことを」のように、永命を祈る語とする。生色あるものはすべて美しいとされた。その色は【青】。【青】は【生】に従う。【丹】とともに、最も光彩があり、また生命的な力をもつ色とされたものである。》

天上の虹から書の魔法へ

2014年04月28日 03:01

惑星の月24日(G4/27)KIN179 青い惑星の嵐(byD)

いよいよ明後日から「書の魔法」(Lの個展&シャンバラ教室生展)が南青山で開催される。私が「サムライと書道展」の演武でトリノへ行っていた2月末、Lは今回の個展のテーマを「伊勢」にすると決めた。というより、それが一番しっくり来る事に気付いたらしい。

10日前の4/17(KIN169)、二子玉川駅構内の書店で待ち合わせをしていたLは、少し早めにそこに到着した関係で、新刊本コーナーに『女神の聖地 伊勢神宮』(千種清美著)を見つけ、新しい切り口で書かれたその本を、その場で手に入れることにした。

7年前に出した『シンクロニック・ジャーニー』にも書いた通り、伊勢の式年遷宮は、持統4年(690年)に内宮、持統6年(692年)に外宮で始められた。そういう背景もあって、持統天皇とその夫であった天武天皇には以前から注目していたが、2014年に入って両天皇の陵墓とされる野口王墓古墳に関するニュースを目にした事で、近いうちに訪れてみたいという気持ちが生じていた。

関西出張クラス2日目(KIN172)の朝、私は、天智天皇、天武天皇、持統天皇の即位と崩御の日付を調べていた。グレゴリオ暦への変換を含め、ウィキペディアの情報がどれくらい正確なのかは分からないが、シンクロサーフィンをするに当たっては、学術的正確さは関係無い、と言い切れるだけの体験を重ねて来ているので、最近はあまり気にせず活用している。

天智天皇ー即位668年2月20日(KIN223)崩御672年1月7日(KIN79)
天武天皇ー即位673年3月20日(KIN256)崩御686年10月1日(KIN256)
持統天皇ー即位690年2月14日(KIN187)崩御703年1月13日(KIN220)

天智天皇は「青」で即位して「青」で崩御した「変容」の動き以外はあまりピンと来るものが無かったが、天武天皇は「黄色い太陽の戦士」で即位し、全く同じ日付で崩御していることを初めて知っただけでなく、その日付が今の日本の土台を完成(熟成)させたことと見事にリンクしているように感じられて納得感大であった。

加えて持統天皇は、その両者を橋渡しするような変容(青)から熟成(黄)を担っただけでなく、KIN187に即位されたという点に、何より驚かされた。何故なら、それは私にとって、パレンケでスケッチして数年間見失っていたメモが見つかった2012年3月16日(マヤ長期暦9.13.0.0.0から正確に1320年のタイミング)のKINであり、ビセンテ・アミーゴの生演奏を初めて聴いた日である。

それだけでなく、その260日後の2012年12月1日(マヤ長期暦完了20日前)に、自由が丘駅のホームで「青い虫」が手帳に止まり続けて何かを教えてくれたKINであり、『霊性のアート』で最も重要な図「球状精神宇宙モデル」が掲載されているページ数でもあるからだ。

私はその時点で、京都山科にあるという天智天皇陵と、飛鳥にある天武・持統天皇陵の両方をお参りしようと考えていた。しかし、翌4/21(KIN173)の朝、改めて上記3天皇のことを調べ直そうとしたら、何故か天智天皇のページだけエラーが出て、何度やっても表示されなかった(ちなみに今は戻っている)。そこで私は、天智天皇陵は今回ではない方が良いのだなと感じて、直接飛鳥に向かう事にした。

飛鳥路散策については、書けばいくらでも長くなってしまうので、主に天武・持統天皇陵を参拝した時の事を中心にメモしておこう。この日は、小雨が降ったり止んだりのお天気で、飛鳥路を行く旅行者の姿は殆ど無く、散策コースから少し外れたところにある天皇陵にも、人影は全く無かった。そこで、私は天真五相を奉納し、その後しばし立位で瞑想をしていた。
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雨は降り続けていたが、少し空が明るくなった感じがしたところで、鶯が鳴き始めた。かなり至近距離にいるようで、美しい声で何度も「ホー、ホケキョ」と鳴くので、目を開けて探してみたが、どうも姿を見つけることが出来ない。せめて声だけでも、と思ってiPhoneで都合5回ほど録音させてもらったが、綺麗に録れたのは少し距離が離れてからだった。録音のことはともかく、私にとって、祈りが完了したタイミングでやって来たこの鶯は、天からの使いそのものだった。

その後向かった、岡寺(龍蓋寺)は、当初訪れるつもりは無かったのだが、駅前のカフェでランチを食べながら調べてみたところ、天武と持統の間に生まれた草壁皇子が住んでいた岡の宮にその由来があるとのことで、急遽予定を変更して訪れることにした場所だった。思いがけず満開のシャクナゲも見る事が出来、帰り際には青空と太陽も姿を見せてくれて、この飛鳥散策の中で最も天気が良くなった瞬間だった。
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私がこうして、持統天皇ゆかりの地を巡っているころ、Lはちょうど『女神の聖地 伊勢神宮』で持統天皇に関するところを読んでいたらしい。帰宅後、飛鳥での私の体験も詳しく知ったLは、オバマ大統領(KIN173)が来日したKIN175に、その本のP77で紹介されていた『天上の虹』(里中満智子著)を注文した。

その翌日、KIN176(4/24)に訪れた「北村公晴さんの装身具彫刻展」については、1つ前の記事に書いた通りだが、今思うと、大阪のシンクロ教室に参加されていたIさんも、北村さんも1/13生まれということで、持統天皇との繋がりがあったと言える。そして、手元に『天上の虹』が届いたのは、翌KIN177(4/25)の夜だった。奇しくも、夕方、沈む太陽を撮影したLの写真には、かすかに短い虹が写っていた。

奥付けをパッと見る習慣がある私は、手元に届いた第十六刷の日付を目にして驚愕した。何故なら、式年遷宮の儀式の中でもクライマックスと言える、内宮での「遷御の儀」が行われたまさにその日、2013年10月2日(KIN232)がそこに記されたいたからだ。持統天皇が始めたときから数えて62回目の式年遷宮の最高潮の瞬間に刷られた、持統天皇についてのマンガなのだから、驚かずにはいられない。

初版の2000年2月10日はKIN193で、これまたツォルキンを長期暦に対応させてみる見方が習慣化している私にとっては、驚愕であった。何故なら、KIN193はマヤでパカル王が活躍していた最盛期、672〜692年(マヤ長期暦での9.13.0.0.0)に対応するだけでなく、まさに、天武天皇と持統天皇が天皇として活躍していた時代そのものでもあるからだ。これだけ、完璧なタイミングで刷られていると、目を通さなくてもこのマンガの凄さが伝わって来る。

しかも、作者の里中満智子さんは、届いた前日のKIN176が誕生KIN。つまり、山川亜希子さんと同じで、今年のシャーリーマクレーンの道筋であり、Lがシャンバラ教室を始めた時の道筋でもあるのだ。そして、明後日からそのLの個展とシャンバラ教室生展「書の魔法」が始まる。全ては完璧なタイミングで進行している。

そして今日。「惑星の月」の「惑星の日」に行われた「惑星KINの集い」には、4/21(KIN173)にちょうどカレンダーラウンド(52才)を迎えられたKさんが参加されていた。もちろん、天武・持統天皇陵での体験をシェアしてお祝いしたが、その関係で、野口王墓古墳に関するニュースが報じられた日付のことが気になって、その場で改めて調べ直したところ、またまた驚きの発見があった。

宮内庁職員以外の15学会の研究者が初めて立ち入り調査したその日付は、2014年2月21日。4年半もの間、どこかを彷徨っていたハワイ生まれの木の亀の置き物が、手元に届いた日だ(「4年半の時を経て届いた銀河の贈り物」参照)。あの贈り物が私達のところに届いた日付と、天武・持統天皇陵への初めての立ち入り調査が行われた日付とが同じということが、何とも言えないリアリティを持って私の胸に迫って来る。

帰宅すると、3/4(KIN125)に他界されたTさんの奥様から、49日が過ぎた事を知らせるお手紙とお香典返しが届いていた。そこには、俳句もたしなまれていたTさんが3/3に読まれた句「淡雪のふとあらはれて消えにけり」も添えられていた。私は、この句を目にした時、岡寺で引いたおみくじの歌を思い出さずにはいられなかった。

「わが園に梅の花散るひさかたの 天より雪の流れくるかも」

「雪かそれとも梅の花びらか、空から雪が降って来るようできれいだ」の意とのことで、その意味するところは違うかもしれないが、明後日から行われる「書の魔法」に「梅」という作品で出品している私にしてみれば、Tさんの句と私の作品と岡寺のおみくじには、美しい繋がりがあるように思えてならないのだ。

伊勢、式年遷宮、持統天皇という流れと完全にシンクロしている「書の魔法」は、会場に来て下さる皆さんに、きっと思いがけない美しい魔法をもたらすことだろう。是非、皆さんが「然るべき時」と感じるタイミングで会場にお越し頂ければと思う。

中心数7・33・41

2014年01月28日 23:47

■共振の月19日(G1/28)KIN90 白い水晶の犬(byD)

出雲大社の遷宮、そして、MacBookに紅茶をこぼした関係で新たに手に入れたエアが手元にやって来た新月の日からぴったり1スピン(260日)のKIN87(G1/25)、大阪のチャクラで銀河シンクロ教室が行われた。『時間の法則の20の銘板』の見方だと、今月「共振の月」は、KIN215に対応するのだが、調波22と調波33について話をしようと思っていた私は、「のぞみ215号」に乗って11:33に新大阪に到着した。出掛けに8888ツイート目をKIN88について書いたこととシンクロしたのか、215号12号車5は2+1+5=1+2+5=8で88となった。

参加者には、私からぴったり1スピン後が誕生日のKIN241の方、その反対のパートナーに当たるKIN111の方、銀河の羅針盤手引きのサンプルに登場するJ・レノンと同じKIN114の方、例題に立候補されたツォルキン7列目のKIN135の方など密度の濃いメンバーが揃っていた。直近のKIN135はG6/27で、その日参加したあるイベントのチケットはweek27とシンクロする27だったことはその場で伝えたが、この日の打ち上げの席で偶々お向かいに座った人が、『ドリームスペル』の配布窓口ボランティアを引き受けて下さっているたかしっちさんの友人だった、というメモがあったことを伝えるのは忘れてしまったのでここに書いておこう。

2コマ目の「シンクロノマイスターへの道」は、閃きとシンクロによって毎回内容をアレンジするのだが、今回は「サイ時間単位と調波」ということを盛り込んだ。サイ時間単位では共振の月13〜16日、つまりこの教室が行われた日までが調波33に対応する。通常の調波は22。その差11は銀河の父ホゼのKIN。翌日の予定もあって、この日は今回が初めてとなるホテルへ。珍しく駅から雨に降られたが、このホテルの住所が2日後のシンクロミニトリップの最初のサインだった。電話番号の下四桁2787は、27週のKIN87とシンクロ。

部屋の605は、「6・蛇」と置き換えると父の命日KINであるKIN45になる。何故、こういうことを閃いたかというと、日中の参加者の中にKIN70の方がいらしたからだ。KIN70をサイ時間に置き換えると「4・18」=自己存在の月18日(=G11/4)となる。この日付は、父の命日であり、11年前にダライ・ラマ法王が伊勢内宮を初参拝され太陽(天照大神)が観測史上最大のフレアーを起こした日であり、1922年にツタンカーメンの墓が見つかった日である。特にツタンカーメンの墓の発見は、サイ時間単位と通常のKINとの両方がKIN70だったので、私にとってはKIN70はツタンカーメンの日なのだ。

翌朝、テレビを着けるとNHKの「かんさい人物ファイル アジアに夢中」という番組で、カンボジアのシェムリアップに住む佐藤さんという方の事が紹介されていた。シェムリアップと言えば『シンクロニック・ジャーニー』にも登場して頂いているアンコールクッキーのマダム・サチコさんがいる。彼女の誕生日は父と同じG9/13で、2日連続で参加予定のKIN70の方の息子さんも同じ誕生日だと聞いていたので、またまた色々と繋がって来た。そしてテレビを見ているこの日は、父の誕生KINであるKIN88だ。

午前中、インディ・ジョーンズと同じKIN129の青山さんの所(九条)へBAの新ソフトの説明を聞きに行く。インディは架空の人物だが、ハワード・カーターがツタンカーメンの墓を発見したその場に居合わせた、という設定になっているから、これも面白い。チャクラでの「霊性のアート円卓読書会」に参加されたSさんは、自転車で会場に来られる途中、大阪国際女子マラソンに遭遇し、今回が第33回目であることに気付いた後、333ナンバーの車も目にしたという。ちなみにSさん(9・蛇)は三輪山の麓の出身で、『霊性のアート』の編集者でもある天野照久さん(9・橋渡し)が三輪山登山しているのと同じ日の同じ時間帯に三輪山に居たという方でもある。

前日からの9/13シンクロに感じるところがあって、私は参加者が集う前に一人でホワイトボードに、9.13.0.0.0=西暦692年=持統6年=外宮での式年遷宮の始まりとメモし、持統天皇が41代目の天皇で、41は9×9魔方陣の中心に来る数で、カミという言霊を数霊に変換したものであることを書いておいた。そして、この魔方陣は縦横斜の合計が369となることも。同時に、正月に持統天皇が天照大神のモデルであるという説を紹介した番組を見ていたことも思い出していた。ちょうど、この数霊の事が紹介されている小林美元氏の『古神道入門』がチャクラにあったので、参加者にはそれを実際に見せながら説明することが出来た。

9×9魔方陣の中心は41、ツォルキンの中心調波は33、そして大阪国際女子マラソンは33回目。後から吉田雅昭さんが教えてくれたが、この日のキチェ・マヤのツォルキンは1イミシュ、ドリームスペル風に置き換えればKIN41だった事に成る。読書会の中で、「これでゼッケン33の人が優勝していたら面白い」という話が出たので、今日になって調べてみたら、もっと面白い結果だった。

何と、第33回大阪国際女子マラソン公式サイトの今大会記録のページには、7位と8位にゼッケン33が2人分重なっているのだ。ドリームスペルでは中心調波33だけが逆も33となるが、まるでそれを象徴するかのようなミスプリだった。何故、ミスプリと言えるかと言えば、同ページの一番下にあるPDFファイルには、ちゃんと「7位 33 小崎まり」「8位 7 デボラ・トニオロ」とあったからだ。それにしても7位33というのは中心の調波配列(13列の中央の意味)の中心調波で、まさに中心の中心を表わしているし、8位の33がミスプリで本当は7だったというのも凄い。

その上、ひと月後にトリノで行われる「サムライと書道展」に参加する私としては、イタリアのトニオロ選手というのもグッと来る。他にも無数のシンクロがあるがキリがないので、最後にこの日泊まった京都のホテルの部屋番号だけ書いておこう。それは、私が『13の月の暦ドリームスペル)』に出会うきっかけをつくってくれた『時空のサーファー』を捧げられたホゼの息子、ジョッシュの誕生KINと同じ211号室だった。お向かいは今月、そしてのぞみとシンクロする215号室。思えば、この日の午前に会っていた青山さんのKIN129は、ジョッシュが他界した日のKINでもある。
奥石神社 
そして翌日は、ホゼ自身が他界した日のKIN89。私達は常に生と死の中心にいるということを教えているかのような見事な日付と数字の采配だ。はたして、KIN89のミニトリップはどんなシンクロに導かれたのか、それは次回のお楽しみということで、写真を2枚だけ予告UPしておこう。そして、最後の最後にこの記事をUPする時、気付いたが7+33+41は、81(9×9)になる。
岩戸山磐座 

持統天皇と天照大神の数霊

2014年01月20日 04:05

共振の月10日(G1/19)KIN81 赤い電気の竜(byD)

数時間前、昨夜(G暦的には本日未明)再放送された「伊勢神宮アマテラスの謎~」 の録画を観た。最近は夜更かし人間の感覚に合わせているのか、深夜のテレビ番組表の表示が前の日の延長になっていたりして、上記の番組も18日深夜25:50~26:40などと書かれていた。

ブログの日付も、眠りに就く前なら明け方に近くても前の日の日付で書いてしまう(この記事もそうだが)私にとっては、分かり易くて良いのだが、中には混乱する人もいるのではないかと思う。
宇治橋

さて、そういう日付の区切り方で言えば、「伊勢神宮アマテラスの謎~」 の再放送は、かなり面白いタイミングだったと言える。何故なら、G1/18は『13の月の暦(ドリームスペル)』のツォルキンでKIN80(2・太陽)。サイ時間単位はKIN125(8・蛇)だったからだ。

以前の記事(遷御の儀、鶏の声、吉田山)にも書いたが、伊勢神宮の総社数は125。今上天皇は第125代。そして、平成25年(2013年)に行われた式年遷宮の(臨時)祭主である、黒田清子さんは、何と誕生キンがKIN125なのだ!

これだけで十分記事になるなとツイッターにメモっておいたら、ここからさらに面白い発見があった。まず、番組中で紹介されていた「心の御柱」の長さについてだが、鎌倉時代の記録には柱が「5尺」で地上に3尺、地下に2尺入っていたという。この3:2(あるいは2:3)の比率に完全五度の響きを観るのは、流石にちょっと強引過ぎるだろうが、言霊関係で母音と結びつけている人はいるようだし、それなら五行とかと関連づけるのもアリかもしれない。

そもそも、平成25(5×5)年に総社数125(5×25=5×5×5)の伊勢で式年遷宮が行われた、というだけでも数字的な繋がりから見たら興味深い訳だが、そこに「心の御柱」が5尺だったという情報も加わると、やはり出雲の遷宮とも共振した2013年の遷宮が、色々な意味で非常に特別なものだったと思えて来る。

さらにそこに『ドリームスペル(13の月の暦)』が絡むと事は銀河的になる。まず『ドリームスペル』の正式名称は『ドリームスペル時間船地球2013の旅』であり、1990年の発表時から2013年を特別な目標点としていた。また、マヤで採用されていた260日暦(神聖暦)を52日ごとの「5つの城」としてマンダラ状に配したのも『ドリームスペル』が最初だ(マヤでそういうデザインの260日暦は無い)。

その『ドリームスペル(13の月の暦)』のツォルキンで計算して初めて、遷宮で祭主を務められた黒田清子さんがKIN125になることや、再放送日のサイ時間単位がKIN125になることも分かるのだ(マヤ暦ではそうはならない)。これだって狙って出来るようなことでは無いのだから、十分驚きに値する。

だが、私は、自分の個人的なタイミングと記録の中での繋がりも発見してしまった。上記のようなルールで日付の区切りを決めた場合、私が録画した番組を実際に観た日付はKIN81(3・竜)で、サイ時間単位はKIN126(9・世界の橋渡し)の日である。

番組中、神宮としての見解を述べていたのは、吉川竜実氏という伊勢神宮権禰宜の方であった。「竜」でシンクロしていて面白いな、なんて思っていたのだが、持統天皇について調べる中で、数字を通じたもっと強烈なサインを見つけてしまったのだ。何と持統天皇は第41代天皇だったのだ。

私は、自分の「運命の道筋」がKIN126(白い太陽の世界の橋渡し)の時に執筆した『マヤのリズム』に「太陽の世界の橋渡し(369と三輪山)」というタイトルの節を設けて、41と81と369の繋がりについて記している。しかも、その節はP126から始まる「第6章」に含まれているのだ!

現首相夫人である安倍昭恵さんから頂いたメールを、許可を得て、そのまま掲載しているP170から、その節は始まっている。そこに私は、81(9×9)マスの魔方陣のことを書いていて、その中心が41で「カミ」という言葉を数に変換したものであることや、縦横斜の合計が全て、天照大神の数霊369になることなども記している。

伊勢神宮アマテラスの謎~」では、天照大神のモデルは持統天皇であるという説が紹介されていたが、この魔方陣と数霊との繋がりから見ても、それはあながち外れてはいないように思える。また、2007年に出版した『シンクロニック・ジャーニー』のP58(6・鏡=パカルが他界した古代のツォルキンの日付)には、以下のような一文もある。

【第1回の遷宮は、内宮が持統天皇4年(690年)、外宮が同6年(692年)に行われたというが(現在は同時に行われているが当時は違ったようだ)、パカル王の墓碑と言われるパレンケの「碑銘の神殿」が完成したのもまた、692年なのだ。】

「碑銘の神殿」に埋葬されていたパカル王からのテレパシーを受けて誕生したのが『ドリームスペル時間船地球2013の旅』であることを知ると、この一連の繋がりが見出されたタイミングもまた完璧だと思える。まさに『ドリームスペル』がもたらす共時性秩序の世界そのものだ。

ここに書かれていることの殆どが意味不明だと感じられても、この記事を目にしたという時点で、その方は共時性秩序に既に入り込んでいる。ただ、それを「日々実感する」というところにまで育てて行くには、ちょっとしたコツが必要になる。週末に大阪で行われる「銀河シンクロ教室」は、その辺りにも詳しく触れられるまたとない機会だ。

しかも開催タイミングは、60年ぶりの出雲の遷宮がからピッタリ260日。然るべきタイミングを魂で知っている方が集うことになるだろう。翌KIN88の「円卓読書会」は暦を含むより包括的で先端的な霊性技術を研鑽する場であり(ただ本を読むという会ではない)、「天真体道瞑想クラス」はそれを身体で掴んで行く言語領域を越えた体験の場とも言える。知識から入るのも悪くは無いが、体感や体験こそが未知の領域への真の窓口になることを知っている人は意外と少ない。

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