エクスカリバーの象徴としての大船鉾

2017年07月26日 01:22

時間をはずした日(G7/25)KIN63 青いスペクトルの夜(by D)

大船鉾 

時間をはずした日」ということで、普段やった事の無い1日2投稿という「はずし」をやってみようと思う(笑)。基本的に年末の関西での出来事メモだが、それに絡めて1年の輪も少し振り返ってみよう。

「青いスペクトルの嵐」(KIN219)の年の元旦は、横浜ナディアでゆみこさんとのコラボイベントからスタートした。1年全体の「時の輪」の両端を担うKIN219(元旦)のゆみこさんとKIN63(大晦日)の岡部さんがオーナーのお店で、そういう魔術的な場をセットした事で一気に勢いがつき、驚くべき一年が瞬く間に展開して行った。

翌日、イタリア文化会館でダ・ヴィンチに関する講演を聴き、その場で『レオナルド・ダ・ヴィンチの秘密』を入手。ダ・ヴィンチがKIN219に他界した事を知る。つまり、この1年はダ・ヴィンチの死(異世界への解放)とリンクした1年でもあったのだ(パレンケとダ・ヴィンチが「青いスペクトルの嵐」を呼ぶ)。

ほぼひと月後のKIN254~KIN1(G8/30〜9/6)にフィレンツェ(ピサ)へ。ダ・ヴィンチとの嵐のようなシンクロを体験しまくって帰国。その時点では、まさか同じ年の間に、それもぴったり260日の間を空けて、再びフィレンツェを訪れるとは思っていなかったが、結果的には剣武国際合宿の関係で再びフィレンツェへ。KIN2~KIN9(G5/25〜6/1)。

この260日の間の事で特に記しておきたいのは、次の2点。
(1)パカル王の石棺拓本が保管されている世田谷美術館で、金沢大名誉教授・宮下孝晴氏による「フィレンツェのサンタ・クローチェ教会 大礼拝堂壁画の修復」の講座が行われる事を偶然知り、聴講できた事。その日付が拓本を取った利根山光人氏の誕生KINであるKIN179(G3/3)であった事(聖十字架物語と二子玉のフィレンツェ)。

(2)3/21(KIN197)に小崎亜久理さん(KIN219)からのご縁で、志賀海神社で剣武の奉納演武と、蘭禅の書の奉納をさせて頂いた折、権禰宜の平澤憲子さん(KIN193)が、サグラダファミリア主任彫刻家の外尾悦郎氏と同級生で、親しくされていると知った事。その少し前(G2/15=KIN163)に、外尾氏がサンタマリア・デル・フィオーレ(ドゥオモ)の聖書台に関するコンペを勝ち抜き、彫刻していたのを知った事(龍の都「志賀海神社」での白龍遊天)。

昨年の剣武合宿が行われた石川県の志賀町と志賀島には安曇族による繋がりがあるとされ、外尾氏が平澤さんの出身校である福岡女子大の客員教授に就任されたKIN123は、パカル王の石棺の蓋が開いた日と同じなので、これら一連の出来事には全てパカル王が絡んでいるのである。

「宇宙の月」に入って、上海から暦のプライベートレッスンを受けに来られた方が、冒頭触れたイタリア文化会館で働いていた事がある方だったのも、決して偶然ではなかろう。何故なら、その方の誕生KINもまた、パカル王の墓室が発見された日付と同じKIN218だったからだ!


KIN60(7/22)に行った「フィレンツェの暗号/スライド上映会」では、こうした流れをどう読み取り、波に乗るのかについてと、旅の具体的準備や現地での判断方法などをシェアさせて頂いた。断食と蒸し暑さの影響で、ほぼ仮眠状態のみで大阪に向かい、KIN61は(7/23)チャクラで「水晶の波」。

一日通しでの参加をして下さったのは、遠路、金沢からいらして下さったTさん(KIN226)一人。昨年、イタリアのピサから来た剣武の道友ジュリアーノ(KIN88)とニコロ(KIN191)に最初に出会ったのは金沢駅で、彼らが「YOUは何しに日本へ?」に取材された事で1回目のイタリア行きを最終的に決意したのだから、1年の締めに再び金沢から使者が来たのは、先の宮下先生との兼ね合いから見ても大変興味深い。

しかも、このTさん、この日(新月)が太陽暦の誕生日で、KIN61は会場となったチャクラのオーナー・タッちゃんの誕生KINでもあった。やはり時と場所と人とは、完璧なタイミングで揃うようになっている。さらに、今気付いたが、天真体道瞑想クラスに参加して下さった道友の松山さんは、太陽暦誕生日がパカル王と同じG3/24生まれ(今年はパカルの生誕1414周年)!

KIN62(G7/24)は、京都と滋賀に友を訪ねる事以外は殆ど何も考えていなかったのだが、思いがけないシンクロが連発。まず、京都に拠点を移した「躰座」のウィウソン&倫子夫妻を訪ねるに当たり、地下鉄の鞍馬口の駅を降り、しばし歩いて横断歩道を横切ろうとすると、この日の「13月28日」とシンクロする「13」と「28(01)」の車に遭遇。そこから1分で新居に到着。

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この二人、剣武天真流本部正師範として共に研鑽を積んでいる若き道友なのだが、素晴らしいロミロミや整体、パーソナルトレーニング指導などをするので、お近くの方は、是非、訪ねてみてほしい(もちろん剣武や天真体道も学べる)。欧風にリノベーションされた町家も素晴らしい空間だったので、新年の然るべきタイミングで、会場としてお借りして、暦や瞑想のクラスなんかもやらせて頂こうかと目論んでいる。

IMG_1911.jpg ★扉の239は「5・嵐」とも読める

一服してから、祇園祭「後祭」を見学に移動。何と彼らが連れて行ってくれたのは、あのヴェロッキオの「イルカを抱いた天使像」があった(今は工事で移動されてた)京都市役所前。本物は先にフィレンツェのヴェッキオ宮殿で見てきたばかりだが、ここは、山鉾が方向転換するポイントとして見所になっている様子。初の祇園祭で目にしたのは、以下の6つの山鉾だった。

「北観音山 26」「鯉山 28」「役行者山 25」「南観音山 33」「鈴鹿山 30」「大船鉾 24」。ナンバリングの由来はよく分からないが、現在稼働しているのは全部で33(20+13)基で、「後祭」ではそのうちの10基が見られるらしいので、6基も見たら十分という感じだった。何気なく合計してみると166。皇太子さま(KIN166)にシンクロするところが、今のタイミングだと象徴的だ。

しかし、何より驚いたのは、頭の片隅にあった「大船鉾」に関するシンクロに後から気づいた時だった。その場で、一緒に祇園祭を見たメンバーの誕生キンを合計すると1108になったので、これは「11・星」=KIN128=ガウディだなと思いつつ、過去のブログを検索すると、何とガウデイ生誕164周年だった昨年のG6/25の事が冒頭から書いてある!さらに、「神泉苑の住所は門前町166」なんて事まで書いてある。そして、ガウディの遺志を継ぐ外尾氏はKIN62(大船鉾を目にした日)である。

ちなみに、生誕164周年目はKIN188で、これは先のフィレンツェで判明したガリレオの誕生キンでもある。その死はKIN10であり、リンク先に登場するジュエリーデザイナーの北村さんの誕生キンでもある。サグラダ・ファミリアを時間船の象徴と思っている私は、その記事の中で「大船鉾」についても詳しく触れているのだ。まさか、1年後に動く「大船鉾」に出会えるとは!

しかも、連日猛暑に見舞われていた京都、想像していたよりかなり涼しいなーと思っていたら、ここしばらくで最も涼しかったらしい。ラッキーだ。お昼から向かったのは滋賀県高島市の安曇川という場所。4月に数年ぶりに連絡があり、5/9(KIN246)に久々に再会した中学の同級生・平井俊旭君(以下トシ)については「滋賀(志賀)ー 高島 ー 安曇の活性化」で触れた通りだが、彼を訪ねて高島を案内してもらおうという魂胆。それにしても、再会した日が、午前に会っていた倫子さんの誕生KINだったとは驚きだ。IMG_1947.jpg IMG_1950.jpg IMG_1957.jpg 

ちょうど、トシは前日まで1週間弱東京に出張していたらしく、ナイスタイミングで会えたのだが、忙しい中、車で巡って色々と案内してくれたので、以下、順にメモしておこう。仕事が押していたトシはお昼を食べていないという事で、まずは古良慕(コラボ)というお店でランチ。断食明けの私は、うんと量を減らしてもらって頂いたが、味は素晴らしかった。現地では全く気づいていなかったが、元旦にコラボイベントをした事が年末に響いて、この店に来る事になったのかもしれない(笑)。

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その後、伊吹山と出雲を結ぶライン上にあるという見えない聖地、トシの仕事の一つでもある「高島の食と人」というFBページのカバー写真になっている展望の良い場所(箱館山?)、剣武の合宿にも使えそうな朽木の「グリーンパーク」、多宝塔のある邇々杵神社(御祭神:瓊瓊杵尊)、秋葉の水(湧水)、神代文字の石、第26代継体天皇伝承地「えな塚」、志呂志神社(御祭神:瓊瓊杵尊)、鴨稲荷山古墳などを巡って、締めに白髭神社(御祭神:猿田彦命)で日暮れを迎えた。

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高島は、想像していたよりも遥かにスケールが大きく、車が無いとその良さを味わえないところだったので、丸々半日空けて巡ってくれたトシには感謝である。しかし、中学を卒業してから早33年。同じ誕生日(つまりKIN241)の元同級生と、こういう交流が再開するとは何とも面白い流れだ。

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白髭神社もある湖岸の道は国道161号で、他に印象に残ったのは303号だけだったが、KIN161は、18日後に迎える我々の道筋KIN81と「神秘の四つ組」の関係にある。途中、家にもお邪魔させてもらったが、バリ島の家具がやたら多い背景を聞きながら、バリがこの日の「白い風」の惑星ホロンのエリアに含まれていること、さらには天王星軌道とも絡んでいること等を勝手に思い浮かべて楽しんでいた。

そして、18年前の今日「時間をはずした日」には、江本勝所長らと「水に愛と感謝を捧げるセレモニー」を、同じ琵琶湖畔で行なっていたことを思い出した。白髭神社の住所が高島市鵜川215と知ったのは帰宅してからだったが、そうとは知らず、帰りの新幹線はのぞみ60号2号者15に座っていたりしたのは(52号4号車7の指定を取っていたが間に合わず自由席)、やはり時や人の巡りに、ある種の法則性があるからではないだろうか。

夜中の0時で日付が変わると信じている人にとってはもう新年が始まっている。しかし、私は、この記事をUPするまでは「青いスペクトルの嵐の年」にいる。そして、新しい年は、新しい瞑想と共に迎えるつもりである。これから20年は、「水晶の円卓」が特に中心的なテーマになるだろう。フラーの唱えた宇宙船地球号、ホゼとロイディーンが唱えた時間船地球2013。その両方に共通するのは「それぞれ自律的でありながら予想外の形で協力体制を生み出す個人個人」というヴィジョンだと、私は思っている。

大船鉾の復活が象徴的に示す通り、エクスカリバー(天王星の時間船)は既に引き抜かれている。アーサー王伝説に登場する円卓には、騎士にふさわしい者しか座れないという事になっているらしいが、「水晶の円卓」(FB上のものに限らない)には、自分自身であれば、誰でも座る事ができる。これからの20年、そして地球の運命は「個々人がいかに本当の自分自身であれるか」にかかっている。それはエゴの増大とは真逆の「自分を忘れた(無私の)自分」に関係する事なのだ。

春分の大倉山円卓座談会と「三種の神器」

2014年03月26日 01:09

■太陽の月19日(G3/25)KIN146 白い電気の世界の橋渡し(byD)

『ドリームスペル(13の月の暦)』のツォルキンで「3・橋渡し」(惑星ホロンは日本のエリアに対応)の今日、三重県・伊勢神宮に<三種の神器>が20年ぶりに集まることをニュースで知った。『ドリームスペル』(「13の月の暦」の源の箱形キット)日本語版を、ホゼ・アグエイアス氏らと共に内宮で奉納したのは2004年3月31日なので、ほぼぴったり10年。

当時の様子は『シンクロニック・ジャーニー』に詳しく記したが、確かKIN141か142だったはずと思って確認すると、やはりKIN142(12・風)。先の春分の日と同じKINだ。一体何回ツォルキンが巡ったのかと計算してみると14回。2014年春分が『ドリームスペル』奉納から14銀河スピンだということを、伊勢に<三種の神器>が集まるタイミングで知ったことに美しさを感じる。

他にも沢山のシンクロに気付いたが、上記の繋がりに注目して、今日は春分の日のことを少し整理しておこうと思う。ペルシア(イラン)で新年が祝われ、マヤ遺跡チチェン・イツァのピラミッドにククルカンが降臨したその日、大倉山記念館で「水と自然の不思議について語る円卓座談会」が行われた(当日の様子はコチラ)。
大倉山 
主催は、シャンバラ教室生の尾崎浩子さん(KIN78)。きっかけは、今年の1/13(KIN75)に行われた「シンクロ旅行術」にあった。終了後、尾崎さんが「少し前に記念館の使用登録をしたので、何かイベントとかやる時は言って下さい」と言うので、「そこは『霊性のアート』で色々と協力してもらった佐藤君の近所だから、円卓読書会のスペシャルバージョンとかやれたらいいですね」と答えた。

すると、尾崎さんは「それ、やりましょう!」と即反応。以前の「ドリームバンク」(夢の種を開花させるワークショップ)で、「講演会のようなイベントの企画開催」と書いていた夢が、思いがけない形で早速叶いそうになって興奮したらしい。確かに、具体的な企画を考えていた訳でもなく、佐藤君が近所に住んでいることも知らなかったら、そういう感じになるかもしれない。
円卓 
映画やドラマのロケにもよく使われるという第5集会室には、まるでしつらえたように円卓がある。春分ならまだそこが空いているということで、日時と会場が決まった。ちなみに、尾崎さんが登録された団体名には、369という天照大神の数霊が含まれている。ドリームスペルの伊勢奉納から正確に14スピンのタイミングに、369の団体名で第5集会室を借りられたのも、銀河の五度和音を奏でる目的で地球にもたらされたドリームスペルの力が、どこかで働いたからなのかもしれない。

しかも、今年の春分は『ドリームスペル(13の月の暦)』において「協力/捧げる/普遍化する」「スピリット/伝える/呼吸」のキーワードを持つ「白い水晶の風」の日。私の現在の道筋が「赤い水晶の竜」であることも踏まえると、まさに「結晶」について語るのに相応しい「水晶の円卓の日」(ウェイブスペルの12番目の日)だと言える。

ところで、先に書いた佐藤君こと佐藤誠哉氏は、『水からの伝言』(著者の江本勝氏と共に世界的に知られる写真集)に掲載されている大半の写真を撮影し、結晶実験に多大なる貢献をした人物で、『霊性のアート』では結晶のことだけでなく、ものごとの本質に迫る幅広い話題で協力してもらっている。本の中同様、ここでは慣れ親しんだ呼び方である佐藤君で通させてもらうが、彼の仕事ぶりや生き様を知ると、気軽に「くん」なんて呼べなくなりそうなくらいの大魔法使いであり、達人である。
マサヤ 
今回の座談会でも、拙著に紹介しきれていない結晶実験の細かな背景から(愛・感謝の結晶は、どういう経緯で撮影されたかとか)、虫とのコミュニケーションや夢と現実との繋がり等に至るまで、驚くべき事例をいくつもシェアしてくれた。クモとのコンタクトや、夢で観た安土城の話(信長も登場)には誰もが驚かされたが、一番驚いていたのは私かもしれない。何しろ、ちょうど佐藤君がその夢を見た頃、思いがけないシンクロに導かれて実際に安土の地に足を運んでいたからである(「聖徳太子の光る岩とかぐや姫の竹林」参照)。

加えて、当日参加してくれていた天真書法塾虹風教室の本田虹風さんは、お正月に池袋西武で行われていた寿三郎人形展の本能寺のシーン(メインは信長の人形)に、書で参加協力もしている。私達は、信長からのサインを、それぞれ同じころに別な形で受け取っていたのかもしれない。だが、夢の話については、運慶、快慶の話も実に興味深く、Lは独自の感性で受け止めつつ「きっとそうだったと思う」と深く納得していた。

また、座談会形式で行ったことで、参加者の皆さんからも様々な体験がシェアされ、予定していた3時間はあっという間に過ぎてしまった。改めてはっきりしたのは、人が古代から当たり前に使って来た夢見の力や、自然とのコミュニケーション能力というものを正面から扱う事で初めて、結晶実験の場で起きたことの本質に一歩踏み込んで行ける、ということだった。その部分を排除して臨む現代科学の手法では、インチキというレッテルを貼って片付けておくしか無くなってしまうのだと思う。

それにしても、今回は会場そのものにも大いに驚かされた。その重厚なデザインだけでなく、背景そのものが驚きだった。そもそも、大倉山という駅は、そういう山があったからだと思っていたら、そうではなくて、この記念館の前身とも言える大倉精神文化研究所に由来することを、今回初めて知った。しかもそれは、東洋大学の学長等も歴任された大倉邦彦氏という個人によって設立されたものなのだ。つまり、大倉山駅の大倉とは、大倉邦彦氏に由来するものだったのだ。長年、横浜市民だったにも関わらず、全く知らなかった。

そして、その大倉氏は、近所に住む佐藤くんと同じ佐賀の出身。1882年4月9日生まれのKIN81(3・竜)で、1971年7月25日(KIN173)に89才で他界している。九品仏でお昼を食べてから会場入りし、終了後は九段下に向かった私からすると81(9×9)も面白いと思えたが、安土を訪れたのが、ホゼの命日KINでもあるKIN89だったことともシンクロしているように思えてならなかった。

しかも、この大倉氏、かなり誕生日に拘っている人で、48才の誕生日(KIN181)に研究所の発展と根本理念を永久に留めるために鎮礎式を行い、何と、以下の事が碑面に刻まれた「留魂碑」というものを、本館中央地下約9mに埋めたらしい。まるで伊勢の「心の御柱」のようではないか。
一、人が人として宇宙人生の正法に安住せん事を念願す
一、人が国民として天孫中心の君国を永遠ならしめん事を念願す
一、人が業人として自他の存続発展を基調とせん事を念願す
一、一国思想の源泉は宗教と教育にありと信じ是を建立す
ちなみに、KIN181は今現在の私の「運命の道筋」であり、本日のサイ時間単位でもある。G暦的には日付が変わってしまったが、私としては何としても今日、この稿を書き上げねばならないという気持ちだった。

そして、この大倉山精神文化研究所は、大倉邦彦氏50才の誕生日である1932年4月9日(KIN131)に竣工し、研究所もその日に開所している。今回の円卓座談会は、精神文化の本質に触れるような内容だったと思うが、まさにそのKIN131(1・猿)から始まるウェイブスペル(13日間)の12日目「水晶の日」に開催された。また、この建物は大きく5つの棟から成っていて、私達が使わせてもらった第5集会室は、「知性・教養」を表す西館で、当時、応接室・貴賓室として使われていたようである。

尾崎さんの願いと、佐藤君の縁、そして大倉邦彦氏の信念の力に引き寄せられて、今回の円卓座談会は、このタイミングにこの場所で開かれたのだと感じる。もちろん、留魂碑と私がKIN181を通じて共鳴したということもあるだろう。私は、こういう現象と結晶写真の生まれる背景には、共通した要素があると強く感じている。

が、最後にもう1つ、ビックリ!なことに気付いてしまった。実は座談会の中で、1月に他界された船井幸雄氏がかなり話題に登っていた。「船井氏が気を入れた水道水」というのは、水道水のポテンシャルを遥かに越えた変化を実際に見せていたからだ。それで、気になったLは、船井氏の他界した日を座談会中に調べていた。その1/19は、何と大倉氏の誕生KINと同じKIN81だった!しかも81才での逝去。

さらに、私は驚くべき事に、今、気付いてしまった。『霊性のアート』には、安倍昭恵現首相夫人が剣山に登られたエピソードを紹介しているが、その日付もKIN81(3・竜)で、その時、一緒に登山した5名のメンバーの一人は、何と船井氏の後を継がれている船井勝仁氏だったのだ!

ここから先は是非『霊性のアート』を入手して、P137を熟読して頂きたいのだが、その剣山には第81代安徳天皇が(実は生き延びて)<三種の神器>を隠したという伝説がある、ということを記しているのだ。これで、今日どうしても書かねば、という気持ちになった謎が解けた気がする。単にKIN181(12・竜)の共鳴だけでなく、大倉氏ー船井氏ー剣山のKIN81(3・竜)シンクロについて、KIN241(7・竜)の私が記録しておかないといけないタイミングだったのだろう。これで今晩はゆっくり眠れそうである。

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