青いスペクトルの嵐の年「時間をはずした日」

2017年07月25日 11:01

時間をはずした日(G7/25)KIN63 青いスペクトルの夜(by D)
琵琶湖 

13の月の暦(ドリームスペル)』を使っている世界中の人々が、お祝いしたり瞑想したりする日で、18年前の今日は、琵琶湖の畔りで、江本勝所長や塩谷信男先生らと「時間をはずした日」を祝っていた事を、今、思い出しました。写真は、昨日(宇宙の月28日)、中学時代の同級生で私と生年月日が完全シンクロしているT(KIN241)と訪れた琵琶湖白髭神社の鳥居。今日の「青いスペクトルの夜」、そして一年を納め新しい一年へのゲートとしての「時間をはずした日」のイメージです。

時間をはずした日」のポイントは「普段のルーチンとは違ったモードで過ごすこと」。だから、お休みを取って自然の中に入って行ったり、仲間と集まってお祝いしたりするのも素晴らしいことですが、普段通りの生活をしながらでも、気持ちを「はずす」ことはできます。一人一人のやり方が尊重されるのが「13の月の暦」の世界です。

そして、明日から新しい「黄色い水晶の種の年」が始まります!

明日は、単に新しい1年の始まりというだけでなく、「新しい20年」のスタートにも当たるスペシャルなタイミング。そして、物事は何よりも始め方(どういう意図でどの方向を向いているか)が重要です。そのための特別な瞑想を行いますので、「円卓型時間船(円盤型宇宙船)に乗ろう」という方は、どうぞ万難排して「天真体道瞑想・元旦スペシャル瞑想会(二子玉川)」(7/26 10:00~11:10)にご参加ください。それくらいスペシャルだという意味です。

それでは、みなさま、よい年の瀬を。



※もしも「マヤ暦時間をはずした日」という言い方や書き方をしている人が周囲にいたら、その方は、自分が使っている暦の由来を知らない(よく調べない)人か、貪欲な商人としてあえて宣伝効果の高い「マヤ暦」という用語を使っているかのどちらからです。疑問に思う方は、まず【13の月の暦】の大基本を、次に『マヤのリズム』を読まれることをお薦めします。そう言える根拠が整理してあります。

「未来からの視点」というアート(技)

2014年10月23日 01:14

自己存在の月5日(G10/22)KIN97 赤い律動の地球(by D)

昨日、江本勝所長(※)の葬儀に参列して来た。昔の仲間たちや様々な分野の達人たちも多く参列していて、色々と感じることがあったが、特に印象に残った点に絞って2、3メモしておきたいと思う。

(※)江本氏は、元スタッフには当時の役職で呼ばれることを好まれた。IHM MRA総合研究所の所員だった私は、入社当初から所長と呼ばせて頂いていたので、退社してからもずっと「所長」なのである。

1つは、喪主の江本博正氏(現IHM社長)の挨拶が、堂々としていて見事だったこと。きっと、所長もどこかから見ていて、安心され、頼もしく思われたに違いない。もう1つは、エハン・デラヴィさんの弔辞が、何とも自然な語りかけ方と優しさに満ちていて、感動的だったこと。

マイクを手にするなり、ワインバーで2人が楽しげに会話しているシーンが目に浮かんで来るかのように語りはじめ、米国で通訳を引き受けた時に、江本氏がスタンディングオベーションを受けた場が、感動とエネルギーに満ちていたことなどをシェアして下さった。そしてペルー(だったと思う)で100年後に、親が子供に向かって次のように語りかけるシーンを演じているうちに、涙で言葉を詰まらせて挨拶を終えられたのだった。

「100年前、Dr.江本という人が、水をいただく前に、ありがとうと言葉をかけることを教えてくれたんだよ」

そして、最後に棺に向かって「江本さん、ありがとうございました」と深々と一礼されて席に戻られた。もちろん、他の方々も、それぞれの立場から心のこもった弔辞を述べられていたが、エハンさんの深い思いやりと心意気みたいなものが、きっと私の琴線に触れたのだろう。何かグッと来るものがあった。

後で気付いたのだが、この「未来から今を振り返る」というやり方を、実は江本所長も初期の著書の1冊である『波動の人間学』の中で実践されているのである。所長に初めてお会いした1994年に出たこの本を、私は斎場への往路に追悼の気持ちを込めて読んでいた。その最終節のタイトルは「未来の子孫へのメッセージ」で、以下のように締めくくられている。

[お願いの儀とはこのことです。つまり、そちらの世界から、こちらの世界に、そのような人達を目覚めさせるような波動を3年間ほど、送り続けていただきたいのです。波動の真理について多少のことを理解した今、私の願いはきっとあなたがたに通じることを確信しています。なぜなら、あなたがたイコール私なのですから。 See you soon!! ]

まるでマヤの魔法の言葉「イン・ラケチ(あなたはもう1人の私自身)」のようなメッセージだが、この文章の直前には「シンクロニシティ」という言葉も使われていたりして、所長にはもともと『13の月の暦』に通じる放射状時間の発想があったのだなーと、今ごろになって感慨深く思ったのだった。
サイン 
実はこの本には、2014年2月14日の日付入りで、「愛」というサインをして頂いている。実際には2/12 に『I.H.M.WORLD』用の座談会が行われた時、オフィスに持参して、20年越しで所長にサインをして頂いたのだが、どういう訳か日付を間違えられて2/14にされてしまった。バレンタインデーに「愛」なんて妙な誤解を受けそうだが(笑)、所長の頭の中は、世界中のファンから送られて来るチョコレートの事で、一杯だったのかもしれない。

ところで、「未来の子孫へのメッセージ」を含む『波動の人間学』の最終第13章のタイトルは「波動教育の重要性」となっている。そこで語られている「具体的施策」やヴィジョンは、20年後の今振り返ると、かなりの部分(ある面では予想以上の規模で)実現している。という事は、江本所長やエハンさんが自然に使った「未来からの視点」は、実際に効果のある「時間と意識のアート(技)」の1つと見て良いのではないだろうか。

拙著『霊性のアート』に記した「球状精神宇宙モデル」から見れば、それは過去の記憶場を扱うホ・オポノポノと、水平時間上の位置が違うだけで、垂直時間に働きかける手法としては実質上変わらない技(アート)だと言える。その『霊性のアート』の最終章を「霊性教育の時代」というタイトルにした時、『波動の人間学』の終盤に「波動教育の重要性」について書かれていた事など、すっかり忘れてしまっていたが、今、読み直してみると、用語こそ違え、その趣旨は殆ど同一であることに驚かされる。

結局、私は所長と元々似た考えを抱いていて、そこに強く共鳴したからこそ、周囲の反対を押し切ってでも、その世界に飛び込んで行けたのだろう。そして、結果的に『銀河のマヤ』という共著まで出す機会が与えられたのだろう。ある人物について知りたければ、本人そのものよりもむしろ、その人の周囲に集まった人々の様相を見れば良い。江本所長がどれだけ面白くて飛躍した意識の持ち主だったか、葬儀に参列してみて改めてよく分かった。

と同時に、私は自分の魂の声に従って本当に良かった、と今も思う。あんなに面白いボスや仲間と仕事が出来た事は、私の人生の宝であるし、おかげで今もその道を歩めていることに深く感謝している。私が未来の子孫に何か呼びかけることがあるとすれば、今、行っていることがもう少し広く一般に受け入れられ、教育の現場でも実際に活用されるよう、是非、応援して欲しいということだ。きっと江本所長も、アグエイアス夫妻らと共に、別な次元から応援して下さることだろう、と私は信じている。

写真水の伝道師らしく小雨で始まった葬儀も、終わる頃には太陽の光が。写真は浦安の海。

春分の大倉山円卓座談会と「三種の神器」

2014年03月26日 01:09

■太陽の月19日(G3/25)KIN146 白い電気の世界の橋渡し(byD)

『ドリームスペル(13の月の暦)』のツォルキンで「3・橋渡し」(惑星ホロンは日本のエリアに対応)の今日、三重県・伊勢神宮に<三種の神器>が20年ぶりに集まることをニュースで知った。『ドリームスペル』(「13の月の暦」の源の箱形キット)日本語版を、ホゼ・アグエイアス氏らと共に内宮で奉納したのは2004年3月31日なので、ほぼぴったり10年。

当時の様子は『シンクロニック・ジャーニー』に詳しく記したが、確かKIN141か142だったはずと思って確認すると、やはりKIN142(12・風)。先の春分の日と同じKINだ。一体何回ツォルキンが巡ったのかと計算してみると14回。2014年春分が『ドリームスペル』奉納から14銀河スピンだということを、伊勢に<三種の神器>が集まるタイミングで知ったことに美しさを感じる。

他にも沢山のシンクロに気付いたが、上記の繋がりに注目して、今日は春分の日のことを少し整理しておこうと思う。ペルシア(イラン)で新年が祝われ、マヤ遺跡チチェン・イツァのピラミッドにククルカンが降臨したその日、大倉山記念館で「水と自然の不思議について語る円卓座談会」が行われた(当日の様子はコチラ)。
大倉山 
主催は、シャンバラ教室生の尾崎浩子さん(KIN78)。きっかけは、今年の1/13(KIN75)に行われた「シンクロ旅行術」にあった。終了後、尾崎さんが「少し前に記念館の使用登録をしたので、何かイベントとかやる時は言って下さい」と言うので、「そこは『霊性のアート』で色々と協力してもらった佐藤君の近所だから、円卓読書会のスペシャルバージョンとかやれたらいいですね」と答えた。

すると、尾崎さんは「それ、やりましょう!」と即反応。以前の「ドリームバンク」(夢の種を開花させるワークショップ)で、「講演会のようなイベントの企画開催」と書いていた夢が、思いがけない形で早速叶いそうになって興奮したらしい。確かに、具体的な企画を考えていた訳でもなく、佐藤君が近所に住んでいることも知らなかったら、そういう感じになるかもしれない。
円卓 
映画やドラマのロケにもよく使われるという第5集会室には、まるでしつらえたように円卓がある。春分ならまだそこが空いているということで、日時と会場が決まった。ちなみに、尾崎さんが登録された団体名には、369という天照大神の数霊が含まれている。ドリームスペルの伊勢奉納から正確に14スピンのタイミングに、369の団体名で第5集会室を借りられたのも、銀河の五度和音を奏でる目的で地球にもたらされたドリームスペルの力が、どこかで働いたからなのかもしれない。

しかも、今年の春分は『ドリームスペル(13の月の暦)』において「協力/捧げる/普遍化する」「スピリット/伝える/呼吸」のキーワードを持つ「白い水晶の風」の日。私の現在の道筋が「赤い水晶の竜」であることも踏まえると、まさに「結晶」について語るのに相応しい「水晶の円卓の日」(ウェイブスペルの12番目の日)だと言える。

ところで、先に書いた佐藤君こと佐藤誠哉氏は、『水からの伝言』(著者の江本勝氏と共に世界的に知られる写真集)に掲載されている大半の写真を撮影し、結晶実験に多大なる貢献をした人物で、『霊性のアート』では結晶のことだけでなく、ものごとの本質に迫る幅広い話題で協力してもらっている。本の中同様、ここでは慣れ親しんだ呼び方である佐藤君で通させてもらうが、彼の仕事ぶりや生き様を知ると、気軽に「くん」なんて呼べなくなりそうなくらいの大魔法使いであり、達人である。
マサヤ 
今回の座談会でも、拙著に紹介しきれていない結晶実験の細かな背景から(愛・感謝の結晶は、どういう経緯で撮影されたかとか)、虫とのコミュニケーションや夢と現実との繋がり等に至るまで、驚くべき事例をいくつもシェアしてくれた。クモとのコンタクトや、夢で観た安土城の話(信長も登場)には誰もが驚かされたが、一番驚いていたのは私かもしれない。何しろ、ちょうど佐藤君がその夢を見た頃、思いがけないシンクロに導かれて実際に安土の地に足を運んでいたからである(「聖徳太子の光る岩とかぐや姫の竹林」参照)。

加えて、当日参加してくれていた天真書法塾虹風教室の本田虹風さんは、お正月に池袋西武で行われていた寿三郎人形展の本能寺のシーン(メインは信長の人形)に、書で参加協力もしている。私達は、信長からのサインを、それぞれ同じころに別な形で受け取っていたのかもしれない。だが、夢の話については、運慶、快慶の話も実に興味深く、Lは独自の感性で受け止めつつ「きっとそうだったと思う」と深く納得していた。

また、座談会形式で行ったことで、参加者の皆さんからも様々な体験がシェアされ、予定していた3時間はあっという間に過ぎてしまった。改めてはっきりしたのは、人が古代から当たり前に使って来た夢見の力や、自然とのコミュニケーション能力というものを正面から扱う事で初めて、結晶実験の場で起きたことの本質に一歩踏み込んで行ける、ということだった。その部分を排除して臨む現代科学の手法では、インチキというレッテルを貼って片付けておくしか無くなってしまうのだと思う。

それにしても、今回は会場そのものにも大いに驚かされた。その重厚なデザインだけでなく、背景そのものが驚きだった。そもそも、大倉山という駅は、そういう山があったからだと思っていたら、そうではなくて、この記念館の前身とも言える大倉精神文化研究所に由来することを、今回初めて知った。しかもそれは、東洋大学の学長等も歴任された大倉邦彦氏という個人によって設立されたものなのだ。つまり、大倉山駅の大倉とは、大倉邦彦氏に由来するものだったのだ。長年、横浜市民だったにも関わらず、全く知らなかった。

そして、その大倉氏は、近所に住む佐藤くんと同じ佐賀の出身。1882年4月9日生まれのKIN81(3・竜)で、1971年7月25日(KIN173)に89才で他界している。九品仏でお昼を食べてから会場入りし、終了後は九段下に向かった私からすると81(9×9)も面白いと思えたが、安土を訪れたのが、ホゼの命日KINでもあるKIN89だったことともシンクロしているように思えてならなかった。

しかも、この大倉氏、かなり誕生日に拘っている人で、48才の誕生日(KIN181)に研究所の発展と根本理念を永久に留めるために鎮礎式を行い、何と、以下の事が碑面に刻まれた「留魂碑」というものを、本館中央地下約9mに埋めたらしい。まるで伊勢の「心の御柱」のようではないか。
一、人が人として宇宙人生の正法に安住せん事を念願す
一、人が国民として天孫中心の君国を永遠ならしめん事を念願す
一、人が業人として自他の存続発展を基調とせん事を念願す
一、一国思想の源泉は宗教と教育にありと信じ是を建立す
ちなみに、KIN181は今現在の私の「運命の道筋」であり、本日のサイ時間単位でもある。G暦的には日付が変わってしまったが、私としては何としても今日、この稿を書き上げねばならないという気持ちだった。

そして、この大倉山精神文化研究所は、大倉邦彦氏50才の誕生日である1932年4月9日(KIN131)に竣工し、研究所もその日に開所している。今回の円卓座談会は、精神文化の本質に触れるような内容だったと思うが、まさにそのKIN131(1・猿)から始まるウェイブスペル(13日間)の12日目「水晶の日」に開催された。また、この建物は大きく5つの棟から成っていて、私達が使わせてもらった第5集会室は、「知性・教養」を表す西館で、当時、応接室・貴賓室として使われていたようである。

尾崎さんの願いと、佐藤君の縁、そして大倉邦彦氏の信念の力に引き寄せられて、今回の円卓座談会は、このタイミングにこの場所で開かれたのだと感じる。もちろん、留魂碑と私がKIN181を通じて共鳴したということもあるだろう。私は、こういう現象と結晶写真の生まれる背景には、共通した要素があると強く感じている。

が、最後にもう1つ、ビックリ!なことに気付いてしまった。実は座談会の中で、1月に他界された船井幸雄氏がかなり話題に登っていた。「船井氏が気を入れた水道水」というのは、水道水のポテンシャルを遥かに越えた変化を実際に見せていたからだ。それで、気になったLは、船井氏の他界した日を座談会中に調べていた。その1/19は、何と大倉氏の誕生KINと同じKIN81だった!しかも81才での逝去。

さらに、私は驚くべき事に、今、気付いてしまった。『霊性のアート』には、安倍昭恵現首相夫人が剣山に登られたエピソードを紹介しているが、その日付もKIN81(3・竜)で、その時、一緒に登山した5名のメンバーの一人は、何と船井氏の後を継がれている船井勝仁氏だったのだ!

ここから先は是非『霊性のアート』を入手して、P137を熟読して頂きたいのだが、その剣山には第81代安徳天皇が(実は生き延びて)<三種の神器>を隠したという伝説がある、ということを記しているのだ。これで、今日どうしても書かねば、という気持ちになった謎が解けた気がする。単にKIN181(12・竜)の共鳴だけでなく、大倉氏ー船井氏ー剣山のKIN81(3・竜)シンクロについて、KIN241(7・竜)の私が記録しておかないといけないタイミングだったのだろう。これで今晩はゆっくり眠れそうである。

時間をはずした日の奉納演武

2013年07月30日 11:40

■磁気の月5日(G7/30)KIN168 黄色い水晶の星(by D)
私が「時間をはずした日(7/25)」を意識するようになったのは『時空のサーファー』を通じて「13の月の暦」に出会った1996年からで、1997年は「時間の法則に関する世界会議」の流れで、アグエイアス夫妻や高橋夫妻らと共に、富士山の麓でその日を祝った。それから16年間は、その時発表された『時間の法則の20の銘板』に従った「地球の魔法使いのアルマナック」(日々のキンやサイ時間、易の卦を1年52週分記録したもの)を燃やすことで、自分の体験を手放し浄化する儀式を各地で行って来た。
火の儀式 
しかし、それも今年で最後。16年間で64の卦分のプログラムが完了するからだ。当日は5:30に起床して河原へ。空は明るかったが霧雨が降っていたお陰で人影も殆ど無く、殆ど無風状態だったので、過去最も速やかに儀式を終えることが出来た。終了する頃には雨も上がっていたし、タイミングが合わずに溜っていた酵素玄米(発酵の進んだ硬いもの)もハト達に一気にプレゼント出来てスッキリ。セレモニー会場の隅田川テラスには10時頃到着。神田川と隅田川が合流する隅っこの方で着替えを済ませて準備に入る。

天気は曇り空。雨は前日のうちに降ってくれて、気温もここ数日の中では割と涼しい方で、人が集うのには最高の条件が整った。ほぼ予定通りの11時過ぎに、根本さんの司会で「時間をはずした日 ファイナルセレモニー2013」がスタート。板倉さん・春田さんの「光の舞・サイマーボウル」奉納の次が私の「剣武」の奉納だったが、片付けの合間を利用して、「何故、剣なのか」という話をさせて頂いた。以下はその要約。

『ドリームスペル(13の月の暦)』の世界観を補足する『アルクトゥルス・プローブ』(ホゼ・アグエイアス著)には、四次元的なテレパシー船である「時間船地球2013」の再想起によって、地球の核から解放されることを待っている天王星のテレパシー的な姉妹時間船として「エクスカリバー」という「知の剣」が登場する。一方で、日本の神話においても、霊剣「布都御魂剣(フツノミタマノツルギ)」や三種の神器の「草薙の剣」など、「剣」は常に重要な場面で登場する。

2013年は、伊勢と出雲の遷宮が重なるという意味で、日本の神々の世界全体が新しくなる年とも言える。その上で、2013年7月26日「銀河の同期」が、『ドリームスペル(13の月の暦)』誕生時(1990年)から究極の目標点とされて来たことを知ると、「剣」はこの瞬間を祝うのに外す事の出来ない要素であると感じられる。ちょうどこの瞬間に間に合う形で完成された剣武天真流は、16年前に世界会議が行われた倫理文化センターのすぐ裏隣に昨年誕生した天真館道場で稽古が行われている。準備が出来たので以降は午後の部でという事にして演武。

入場礼法の後、天地清浄祓の型「四方荘厳」から始め、水と時への感謝と祈りをイメージして「生々流転」という型をメインにした演武をし、最後は新しい銀河時代の到来を祈念して「天地両断」という型で締めさせて頂いた。剣技としてはまだまだな動きだったが、このタイミングに、この場所で、水と暦に関わり続けて来た立場から、祈りの演武を無事に捧げ終えられたことにホッと胸を撫で下ろした。
剣武後方へ 
その後、Aikaさんの「天と地と人をつなぐ祈りの歌」奉納に続き、参加者全員で江本勝氏のリードによる「水に愛と感謝を捧げる祈り」と「大断言」の唱和。最後に「花」を歌ってセレモニーは無事終了した。江本氏は7/22に古希を迎えられ「4・太陽」の道筋に入ったのだが、マヤやアステカの伝統だと「太陽(アハウ)」には「花」の意味もあるので、隅田川繋がりとは言え、この「花」の選曲には流石だと思ってしまった。
隅田川集合写真 
午後は場所を変えての講演会があり、私は「2013年7月25日の重要な意味」という内容で、20分ほど話をさせて頂いた。この日付が『ドリームスペル』の誕生と共に定められたもので、古代のマヤ暦とは直接関係が無く、マヤに知恵をもたらした銀河からダイレクトに受け取られた情報によるものであること。これまでのものとも、これから先のものとも全く違う、一度きりの特別な「時間をはずした日」であり、それが日本の神々の動きともシンクロしたことなどをお伝えしたが、以下、メモ代わりに要点を書いておきたいと思う。

江本氏がアグエイアス夫妻と出会ったのは16年前のご自身の誕生日で、倫理文化センターで行われた世界会議(会期は1週間)の最中であった。現在、剣武天真流指導陣の中心となって活躍している丸山貴彦氏は、当時まだ小学生で、同会議のプログラムの中で、地球の子供達を代表して「13の月の暦」を受け取る役を演じていた。もちろん、当時は剣武自体が存在しておらず、まさか10年以上後に、一緒に海外で演武したりする仲になるとは思っていなかった。

私が暦に出会うきっかけとなった『時空のサーファー』は、1987年にあったハーモニック・コンバージェンスの意味を、若者向けに易しく解説した本だったが(ユーミンのアルバム『スユアの波』はこの本をきっかけに生まれた)、この本は、その年に交通事故で急逝したホゼの息子ジョッシュに捧げられた本でもあった。ジョッシュは私と同い年で、ピッタリ30日前の生まれ。私がホゼとロイディーンを銀河の父、母と呼んでいたのはそういう縁があったからなのだが、驚くべきことに、ジョッシュが事故で亡くなったその日に生まれたのが丸山貴彦氏なのだ。
講演会サーファー 
16年前の「時間をはずした日」は冒頭に書いた通り富士山で過ごしていた。その富士山は、今年の「時間をはずした日」からぴったり33(20+13)日前に世界遺産になることが決まった。ここにも、日本とこの暦の深淵なる繋がりが見て取れる。この日、急遽上映が決まった「Water2」は、江本氏も登場するロシアのドキュメンタリー映画。そこで、アグエイアス夫妻が世界中に暦を伝え回っていた時に常に掲げていた「レーリヒ平和の旗」を会場に掲げ、ロシアの画家でシャンバラ探検家でもあったニコライ・レーリヒの話も少しさせてもらった(アグエイアス夫妻はアルタイ共和国からレーリヒの後継者と認められていた)。

最後に、パン・ジャパン・ライブラリーの管理だけでなく、高橋夫妻からの依頼で引き継いだ「銀河の贈り物基金」や『ドリームスペル』の世話人代表も全てボランティアでやって来たLに、提唱者の1人ロイディーンからのメッセージを読んでもらった。以下がその内容。
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親愛なる日本の皆様へ

Bolon Ikの精神を運ぶLloydineより、
日本の全ての惑星のキンの皆さまに愛をもってご挨拶申し上げます。

時間を外した日を喜びと健康の内に迎えられることを心から嬉しく思います。
私がそうであったように、きっと皆さんも、ここに至るまで乗り越えなければならない様々な挑戦を経験をされたのではないでしょうか。

「13の月の暦」のエネルギーは、常に私たちを励まし、自分の道を進むための力を呼び覚ましてくれます。地球上のすべての生きとし生けるものに思いやりを持ち、全ての存在の良き部分に光を見いだす時、私たちは心の中に大きな喜びを感じます。

日本の皆様の役割はとても大切で、世界に良いエネルギーをもたらします。いろいろな立場の違いを超えて、集合的に力を合わせることのできる皆様の姿勢は、これからの世界における良いひな形となってゆくのです。

日本の皆様の高い志と誠実さに心より感謝します。
今もこれからも。
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続いてこよみ屋のKOZOさんが、生前のホゼのビデオメッセージを上映。会場にはハワイでホゼの最後のパートナーだったステファニーから江本氏に託されたクリスタルスカルも展示され、特別な「時間をはずした日」に相応しい場が生み出されていた。「Water2」の内容も大変興味深く、この日、上映されたことにも意味を感じた。近くの中華料理店で行われた懇親会では、わざわざこの日のために遠方からいらした方も多かったことが判明。しかし、皆喜びに満ちていて、それだけの価値ある集いだったことが伺い知れた。

後から、根本さんのFBへの書込みにって、本来25〜27日まで、隅田川花火大会における安全確保のために、セレモニー会場として使った隅田川テラスは閉鎖される予定だったが、正式に使用許可を願い出ていたため、25日の午前中ギリギリセーフで会場を使用することができた、ということを知った。裏方で準備を進めて下さったIHMスタッフの皆様に、心から感謝する次第である。

その隅田川花火大会は、2日後の27日夜に開催されたものの、開始後まもなく土砂降りの雷雨となり、約30分で中止になったらしい。始まってからの中止は初めてで、再開催はないというのだから、タイミングと場所を考えると、水に対する祈りと無関係とは思えない。この水からのメッセージをどのように受け取るかは人それぞれだと思うが、私は原発事故の収束が全く見えていない状況で、経済優先の五輪招致や原発再稼働に突き進む現在の日本のあり方に対する、自然(神々)からの警告だと受けとめた。

新しい時代とは、古代の人々のように自然からのサインを謙虚に受けとめながら、一人一人が自律的に判断し行動していく中で、初めて具体的に見出されるものだと私は思う。微細なレベルでサインを読み取り修正して行けば、大事には至らないし、それを無視して行けば、どんどん大きな歪みを体験させられることになる。個人の健康も、社会のあり方も同じだ。その場、その場でズレを無くしつつ、大いなる生命の流れに沿って行くというのが、新しい銀河時代のあり方なのではないだろうか。

銀河新年!青い共振の嵐の年

2012年07月26日 18:35

磁気月1日 (G7/26) KIN59 青い共振の嵐(by D)

いよいよ「青い共振の嵐」の年が始まった。マヤ長期暦の完了点(13.0.0.0.0 4アハウ 3カンキン)として注目される「2012年の冬至」は、この1年の中頃にやって来る。また、『13の月の暦(ドリームスペル)』が誕生した時からその目標点とされていた「銀河の同期」(2013年7月26日)に向けて、集中度が最高に高まる1年でもある。

「13の月の暦」と「マヤ暦」を混同していると、こういう話も訳が分からなくなってしまう。今日「青い共振の嵐」から始まる1年を「青い共振の嵐の年」と呼ぶのは『13の月の暦(ドリームペル)』であり、マヤ暦ではない。長期暦と連動するマヤ暦だと、今日は「12エブ 15シュル」で、メキシコやグァテマラに生きるマヤ先住民にとっては新年でも何でもない。今日を新年として祝っているのは、世界各地にいる「13の月の暦」ユーザーである(もちろんメキシコにもいる)。

今日を「マヤ暦元旦」と呼ぶのは、そういう事実を知らない人か、知っているにも関わらず商売上の目的で(著作権を無視した占い鑑定ビジネス&資格認定ビジネスを広めるため)「マヤ暦」と連呼する人々、あるいは何となく知っていながらもその背景をあまり真剣に考えず、惰性でそう呼んでいる人のいずれかだ。

「13の月の暦」は、ものごとの繋がりを主体的に見つけ出し、ブツ切りになった意識を自ら統合していくのが本来の使用目的であり、類型分類や相性分析とは全く関係が無い。やっていることも説明も180度逆なのだから、見解や流儀の違いだなんてのも、ただの言い訳。新しい道具を古い頭のままで解釈して、すっかり別物にしてしまっただけなのだ。

いずれにせよ。一度刷り込みが入ってしまった人が、その魔法(洗脳)から自由になるのにはかなりの困難を伴う。どうしても、それまでに見聞きしたことを捨てずに(保険を残して)、つぎはぎする感じで新しい情報を取り入れようとするからだ。だからこそ、新年が始まるこのタイミングが、一度まっさらになる非常に良い機会となるのである。

newyearscards

 ★写真は、今日いっぺんに届いたカード達!左上は、毎年楽しみにしている「みよこみよこ」さんによるイラスト。いつも13の月の暦の元旦に送ってくださる心憎さ! カードからステキな時間音楽が響いて来る~。右下は79才のお友達からの暑中見舞い(こちらがお見舞いしなくてはいけないのにいつも逆!しかもカメ!)。 そして広島のmmba、龍蔵院デプンゴマ学堂日本別院から届いたチベット僧侶のスマイル。

さて、今日から始まる1年は、過去巡って来た年とは、いくつかの面で大きく異なる。ひとつは、先に書いたように「銀河の同期」の直前の極めて特別な1年であること。もう一つは、13ある「銀河の音」の中で、唯一対称を持たない「7(共振)」の年であることだ。後者の要素は13年に一度巡って来るが、「自己発生/触発する(触媒作用)/エネルギー」のキーワードを持つ「青い嵐」の年と重なるのは52年に一度だけ。ここに、この1年のイメージがはっきりと示されている。ハーモニック・コンバージェンス25周年「虹の瞑想会」をはじめとする暦関連のイベントは、このイメージに触発されている。

「どんな1年になるか」ではなく、「どんな1年にするか」という問いかけをする時、このキーワード、そしてこの新しい1年のエネルギーとシンクロし始めることに気付くだろう。

以下は昨日のメモ。「時間をはずした日」は、不思議な空が広がる早朝に例年の儀式(アルマナックを燃やす)を終え、午前中は隅田川河畔で行われた「水へ愛と感謝を捧げる祈り」に参加。主催者である江本氏の指名で、「時間をはずした日」についての簡単な解説をさせて頂いた。お昼の後も引き続き講座に参加し、夜は屋形船で行われた江本氏の古希のお祝いに参加。画家の龍敬子さん、エイトスターダイアモンドの田村さん、午前中に祈りのダンスを捧げられた板倉リサさんをはじめ、IHMを通じて出会った人々と楽しい時間を過ごした。

thedayoutoftime

時間をはずした日。早朝5時過ぎのニコタマ上空。

人体科学会

2010年08月23日 02:40

磁気の月28日 (G8/22) KIN136 黄色い律動の戦士 (by D)

この週末(「13の月の暦」では週末かつ月末)、菅平で行われた人体科学会の夏季合宿に参加して来た。 プログラムの中に青木宏之先生が担当されるワークショップがあり、興味があれば学会の会員でなくても( 先生の関係者という事で)参加できるとのことだったので、既にあった予定をやりくりして、参加することを決めた。何しろ、学生の頃から関心のあった学会だし、全体のプログラムもかなり興味深い。

KIN135(G8/21)、長野新幹線の中で湯浅泰雄先生(人体科学会創設メンバーのお一人)の『 身体論』に目を通す。空海について書かれた部分が読書会の課題になっていたので、宿題 気分で読み始めたのだが、これがなかなか面白くて、あっという間に上田駅に着いてしまった。駅から会場 まではバスで小一時間かかったが、高度が上がるにつれて緑が濃くなり、空気も美味しくなってくる・・・と細かく書いていると長くなるので、以下、シンクロに注目したダイジェストにしよう。

サロンで話題提供をして下さったのは、東京女子医大附属青山自然医療研究所クリニック斑目健夫先生。あれ?確かそこには江本勝先生とも繋がりのある川嶋朗先生がいらっしゃるのでは・・・ と思う間もなくパワーポイントの中に写真で川嶋先生が登場。それはともかく、その場で教えて頂いた「簡単効果的な健康増進法」は実に素晴しいもので、すっかり感動してしまった。湯たんぽやお灸を使って特定 の場所を暖めるだけなのだが、やり方次第で相当多様な病状にも対応できるようだ。

お土産に良質の艾まで分けて頂き、この時点で十分元を取った気分にさせられてしまったが、ビックリした のはその後の夕食の時。同席した書法塾の吉田先生に、瞑想カレッジでご一緒している弁護士のH先生と 盛岡の親戚とのシンクロ話についてお伝えしていたら、隣にいらした斑目先生の奥様が「盛岡ですか?」と おっしゃるので、話してみると、何と18年も盛岡に住んでいたことがあるとの事。もしや・・・と思って色々伺うと、父方の親戚とも母方の親戚ともかなり深く付き合いがあったことが判明。

私だけでなく、斑目先生も今回初参加だったことや、適当に座ったはずのテーブルで、一緒になったメンバーの配置のことなどを思うと、『身体論』以前に唯一入手していた湯浅先生のご著書、『共時性とは何か』(山王出版)を何となく持参していたことも影響したのだろうか、などと考えてみたくなってしまう。もちろん、それ以前に、まず青木先生が繋いで下さったご縁があっての話なのだが、それにしても面白い展開である。

懇親会では、野村晴彦先生のアコーディオンに合わせて青木先生が剣武のパフォーマンスをされたのを皮切りに、大井先生や新体道メンバーも色々やったりして盛り上がったが、その後、部屋を変えての2次会でも、青木先生と宮本知次先生(中央大学教授)が揃って貴重なお話をして下さるという、何とも贅沢な時間が続いた。

翌朝も、朝日を浴びつつ宮本先生ご指導の下、五防保健功を行い、朝食後は、青木先生・大井先生による大妙、瞑想組手のワークショップと、これまた非常におトクな、ある意味おトク過ぎるプログラムで合宿研修は終了。武道・武術に関心のある方はもちろん、身体を使う(あるいは身体を観る)何かをされている方なら、正直、この夏季合宿に参加するためだけに人体科学会の会員になっても良いくらいの濃い内容だったと思う。

帰宅後、真面目に会員の事など調べてみようとサイトを見に行くと、12月に行われる第20回年次大会は、何と13年前に「時間の法則に関する世界会 議」が行われた倫理研究所・倫理文化センターが会場。そして大会会長は、何とあの丸山さん・・・なんて、今や気軽に呼んではいけない雰囲気の倫理研究所理事長にして人体科学会副会長。 何だか色々なものが収束して来ているような、不思議な気分にさせられる。13年前に同所で発表された『時間の法則 の20の銘板』によれば、今週のコドンは「再び聴く」。思わず「お見事」と言いたくなる。

一方、ちょうど今日(KIN136)届いた『LOVE&THANKS』(8月号)の特集は、「死生観の転換」。前夜、宮本先生が、「今、大学では、死生観について教えている」とおっしゃり、その場でも、まさに死生観について色々な話をして下さっていたことが、ここでもシンクロしていた。そればかりか、ページをめくると、斑目先生と同じ職場におられる川嶋先生のインタビュー記事が、6頁にも渡って続いている。

そして、そこからさらに4ページ進むと、私が担当した本の紹介コーナーが登場。『チベッタン・ヒーリ ング』を取り上げたその記事は、自分がKIN21(8・竜)の道筋の時(つまり7月以前)に書いたもので、本来は7月号に掲載予定だったのが、編集側の事情でひと月後にズレたものだった。だが、ズレたおかげで「知の食卓」と名付けられているそのコーナーの21番目の記事になったのだし、斑目先生や宮本先生とお目にかかった直後に、まさにその事と繋がりが感じられる号に掲載されたのだから、やはり、これもひとつのシンクロなのだと思う。

1984年に行われた「日仏協力筑波国際シンポジウム“科学技術と精神世界”」は、自分の進路に大きな影響を与えた(直接参加したした訳ではなく後に書籍を通じてではあるが)イベントの一つなのだが、そのシンポジウムがきっかけとなって生まれた人体科学会は、やはり今も、私にとって魅力ある場であることに変 わり無いことが、今回の合宿参加ではっきりした。
 
幅広い分野の錚々たる先生方が関わっておられる一方で、一般にも広く開かれたこのような学会は 、なかなか無いと思う。特に、年末の大会は、無料で参加できるイベントもあるようなので、興味のある方 は、是非学会のサイトを覗いてみて欲しい。ちょうど筑波シンポジウムの記録映像放映などもあるようなので、初めて触れる方にとっては、この上ない機会 になるのではないかと思う。

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