2014年05月13日 23:00
■スペクトルの月12日(G5/13)KIN195 青い宇宙の鷲(byD)
5/9(金)は、『13の月の暦(ドリームスペル)』のツォルキンで見ると、青い夜のウェイブスペル(13日間)の9日目「青い太陽の猿」で、サイ時間単位も「青い水晶の手」(KIN207)だった。『時間の法則の20の銘板』の見方を延長すると、スペクトルの月全体も「青いスペクトルの嵐」に対応していて、変容のエネルギーがかなり集中していたことが分かる。
日常を『13の月の暦』で過ごしていると、この「青(変容)」の集中状態は、自分が体験するリアリティにも様々な形で反映されることになる。その日、河原での朝の体操を済ませた私達の前を、瑠璃色に輝くカワセミが、美しい声で鳴きながら横切って行った。爽やかなお天気に加え、久しぶりの対面だったので朝から気持ちが弾む。
南青山クリスクロスでのランチも、オープンテラスで頂いたことでさらに美味しさが増したように感じられた。あとちょっとで食べ終わるというタイミングで、小さい羽虫が手元のお手拭きにピタリと止まった。よく見ると若干胴体が青い。大きさからして、多分『霊性のアート』P108に載せたのと同じ虫ではないかと思う。
「マヤ暦が終わる」と騒がれていた2012年冬至(KIN207)の20日前、G12/1(KIN187)に、自由が丘のホームで手帳を開いた瞬間、まさにその日付の場所(それも月の絵の真上)を狙って止まった虫は、結局、電車が到着するまでの5分以上もの間、全く動かないでそこに居た。だからこそスマホでピントを合わせて撮影できたのだが、今回よりもう少し鮮やかな青色の虫が、「青い手」の日付のところに止まったのが、何とも印象的だった。
後に、そこから260日前のKIN187(=2012年3月16日)は、マヤ長期暦での9.13.0.0.0からぴったり1320年が経過したタイミングだったと気付き、大いに驚くことになる。というのも、その日、私は引っ越しか何かのタイミングで見失っていた「碑銘の神殿」のスケッチメモ(パレンケ訪問時に自分で描いたもの)を再発見しているからだ。さらに、後にドリームスペルと密接にシンクロしてくるビセンテ・アミーゴの生演奏を初めて聴いた日でもあったからだ。
極めつけは、『霊性のアート』の本質をまとめた図が、意図せずP187に掲載されることになったという事実。もしかしたら、あの青い虫は、後に展開して行く様々な次元の繋がりを知らせてくれていたのかもしれない。そして、今回もまた、その青い虫は、私達が席を離れるまでの10分以上、全く動かずそこに居たのだった。
奇しくも、サイ時間単位はマヤ長期暦の完了ポイント2012年12月21日とシンクロするKIN207(青い水晶の手)。KIN191(青い太陽の猿)の方も、マヤ長期暦に変換すると、パカル王が活躍していた時代(633年〜652年)に対応する。そういうタイミングに再び青い虫が私の許を訪れたのは、何かのサインなのだろうか?
「書の魔法」の最初の来場者の方がKIN191だったこともあったので、気になって調べていたら、『7:7::7:7』の中では、まさにそのKIN191に「パカル・ヴォタン」と書かれているのを再発見した。おそらく、それは上記の長期暦変換での活躍年代に由来するものだと思うが、マニュアルには、その反対のパートナーに当たるKIN61の所に「アブラハム」と書かれている。
そこで、改めてアブラハムについても確認してみると、聖典の民の始祖であるアブラハムに、父テラという存在がいることを、今回初めて知った。「青い銀河の猿」のビセンテが、2013年に発表したアルバムは、まさにその『Tierra(テラ)』だ。こうして見ると、小さな青い虫は、パカルからの伝言を伝えるメッセンジャーとして飛来しているようにも思える。
その後、私達は、尾形光琳の国宝「燕子花図」を見に根津美術館へと向かった。ガラスケースに近付いて見た時は、不遜にも「何でこれが国宝なんだろう?」なんて思ってしまったが、十分距離を置いて一双(2枚)の屏風を眺めていたら、段々とその凄さ、素晴しさが見えて来て、唸ってしまった。図録やカードだと何かバランスが変な感じがするのは、屏風として立てている状態で完成された構図となるよう描かれているからなのだろう。
毎年、庭園のカキツバタ(燕子花)が咲く頃に合わせて「燕子花図」を公開するのが、根津美術館の心憎いところだが、この日は天気が急変して、晴れ間と暴風雨が何度か繰り返されていた。滝のような雨が降った後、明るくなって来たところで庭園に出てみると、青空の低いところに、かすかな色合いで虹が浮かび上がっているのが見えた。
気のせいかと思うほどの希薄さだったが、Lがスマホで撮影したら、何とか識別できるくらいには写っていたし、近くにいた2人組のうちの1人も少しして気付いたようだったので、出ていたのは間違いない。「虹の発見」は私の特技で、大抵は誰も気付いていない段階で気付く。虹が出る時の光学的特性を身体で把握しているだけかもしれないが、私にはある種独特の「気配」が感じられるのだ。
雨で洗われた新緑がまぶしい庭園は、ちょっとヒンヤリしていて心身共に清められるような感じがした。奥に進むと、緑に囲まれた池に、青く輝くカキツバタが群生している。尾形光琳の燕子花図も、もちろん素晴らしかったが、やはり生きている自然は圧倒的だ。色々な角度からその美しさを存分に味わってから、美術館を後にした。
この日は、ちょうど『アウト・オン・ア・リム』も読み終えて、何か色々なことが美しく解き放たれた感じがあった。2日後のKIN193「赤いスペクトルの空歩く者」は、長期暦変換で見ると、パカル王が活躍した最後の時代に対応し、テレクトノンでもバクトゥン9に対応するスペクトルの月10日だったが、結局、青い虫の写真をツイッターに投稿したのもこの日だったから、やはりパカルとは切り離せない関係があるのだろう。
写真の投稿から程なくして、フォローしている白川静のアカウント(誰がどこからの出典で書いているかは不明)で、以下のようなツイートがされたのには、流石に驚かされた。本当にこういう説明があるのか、他でウラを取れた訳ではないが、私にとってはそのタイミングに「虫」という字が取り上げられるだけで十分だった。
《【むし(虫)】昆虫やはう虫の類をいう。【生す】【蒸す】と同系の語で、その名詞形。湿気の気によって生ずる。生物は鳥獣虫魚のように大まかに分類されるが、虫は気によって生ずるものとされた。》(引用おわり)
そして、昨日読んだ『第三の目を覚醒させる』のP79(※)には、「青いスペクトルは光の最も高い周波数です」という著者ルハン・マトゥスのコメントが記されていた。この本を送って下さった高橋徹さんが、本書の翻訳者であるだけでなく、日本に『13の月の暦(ドリームスペル)』を紹介した張本人であることを考えると、この一連の「青」のサインの背後に、パカル王の存在を感じずにはいられないのである。
(※)KIN79は「青い磁気の嵐」(=青い嵐のウェイブスペルの始まり)であり、今日「青い宇宙の鷲」は、青い夜のウェイブスペルの終わりを示す。
5/9(金)は、『13の月の暦(ドリームスペル)』のツォルキンで見ると、青い夜のウェイブスペル(13日間)の9日目「青い太陽の猿」で、サイ時間単位も「青い水晶の手」(KIN207)だった。『時間の法則の20の銘板』の見方を延長すると、スペクトルの月全体も「青いスペクトルの嵐」に対応していて、変容のエネルギーがかなり集中していたことが分かる。
日常を『13の月の暦』で過ごしていると、この「青(変容)」の集中状態は、自分が体験するリアリティにも様々な形で反映されることになる。その日、河原での朝の体操を済ませた私達の前を、瑠璃色に輝くカワセミが、美しい声で鳴きながら横切って行った。爽やかなお天気に加え、久しぶりの対面だったので朝から気持ちが弾む。
南青山クリスクロスでのランチも、オープンテラスで頂いたことでさらに美味しさが増したように感じられた。あとちょっとで食べ終わるというタイミングで、小さい羽虫が手元のお手拭きにピタリと止まった。よく見ると若干胴体が青い。大きさからして、多分『霊性のアート』P108に載せたのと同じ虫ではないかと思う。
「マヤ暦が終わる」と騒がれていた2012年冬至(KIN207)の20日前、G12/1(KIN187)に、自由が丘のホームで手帳を開いた瞬間、まさにその日付の場所(それも月の絵の真上)を狙って止まった虫は、結局、電車が到着するまでの5分以上もの間、全く動かないでそこに居た。だからこそスマホでピントを合わせて撮影できたのだが、今回よりもう少し鮮やかな青色の虫が、「青い手」の日付のところに止まったのが、何とも印象的だった。
後に、そこから260日前のKIN187(=2012年3月16日)は、マヤ長期暦での9.13.0.0.0からぴったり1320年が経過したタイミングだったと気付き、大いに驚くことになる。というのも、その日、私は引っ越しか何かのタイミングで見失っていた「碑銘の神殿」のスケッチメモ(パレンケ訪問時に自分で描いたもの)を再発見しているからだ。さらに、後にドリームスペルと密接にシンクロしてくるビセンテ・アミーゴの生演奏を初めて聴いた日でもあったからだ。
極めつけは、『霊性のアート』の本質をまとめた図が、意図せずP187に掲載されることになったという事実。もしかしたら、あの青い虫は、後に展開して行く様々な次元の繋がりを知らせてくれていたのかもしれない。そして、今回もまた、その青い虫は、私達が席を離れるまでの10分以上、全く動かずそこに居たのだった。
奇しくも、サイ時間単位はマヤ長期暦の完了ポイント2012年12月21日とシンクロするKIN207(青い水晶の手)。KIN191(青い太陽の猿)の方も、マヤ長期暦に変換すると、パカル王が活躍していた時代(633年〜652年)に対応する。そういうタイミングに再び青い虫が私の許を訪れたのは、何かのサインなのだろうか?
「書の魔法」の最初の来場者の方がKIN191だったこともあったので、気になって調べていたら、『7:7::7:7』の中では、まさにそのKIN191に「パカル・ヴォタン」と書かれているのを再発見した。おそらく、それは上記の長期暦変換での活躍年代に由来するものだと思うが、マニュアルには、その反対のパートナーに当たるKIN61の所に「アブラハム」と書かれている。
そこで、改めてアブラハムについても確認してみると、聖典の民の始祖であるアブラハムに、父テラという存在がいることを、今回初めて知った。「青い銀河の猿」のビセンテが、2013年に発表したアルバムは、まさにその『Tierra(テラ)』だ。こうして見ると、小さな青い虫は、パカルからの伝言を伝えるメッセンジャーとして飛来しているようにも思える。
その後、私達は、尾形光琳の国宝「燕子花図」を見に根津美術館へと向かった。ガラスケースに近付いて見た時は、不遜にも「何でこれが国宝なんだろう?」なんて思ってしまったが、十分距離を置いて一双(2枚)の屏風を眺めていたら、段々とその凄さ、素晴しさが見えて来て、唸ってしまった。図録やカードだと何かバランスが変な感じがするのは、屏風として立てている状態で完成された構図となるよう描かれているからなのだろう。
毎年、庭園のカキツバタ(燕子花)が咲く頃に合わせて「燕子花図」を公開するのが、根津美術館の心憎いところだが、この日は天気が急変して、晴れ間と暴風雨が何度か繰り返されていた。滝のような雨が降った後、明るくなって来たところで庭園に出てみると、青空の低いところに、かすかな色合いで虹が浮かび上がっているのが見えた。
気のせいかと思うほどの希薄さだったが、Lがスマホで撮影したら、何とか識別できるくらいには写っていたし、近くにいた2人組のうちの1人も少しして気付いたようだったので、出ていたのは間違いない。「虹の発見」は私の特技で、大抵は誰も気付いていない段階で気付く。虹が出る時の光学的特性を身体で把握しているだけかもしれないが、私にはある種独特の「気配」が感じられるのだ。
雨で洗われた新緑がまぶしい庭園は、ちょっとヒンヤリしていて心身共に清められるような感じがした。奥に進むと、緑に囲まれた池に、青く輝くカキツバタが群生している。尾形光琳の燕子花図も、もちろん素晴らしかったが、やはり生きている自然は圧倒的だ。色々な角度からその美しさを存分に味わってから、美術館を後にした。
この日は、ちょうど『アウト・オン・ア・リム』も読み終えて、何か色々なことが美しく解き放たれた感じがあった。2日後のKIN193「赤いスペクトルの空歩く者」は、長期暦変換で見ると、パカル王が活躍した最後の時代に対応し、テレクトノンでもバクトゥン9に対応するスペクトルの月10日だったが、結局、青い虫の写真をツイッターに投稿したのもこの日だったから、やはりパカルとは切り離せない関係があるのだろう。
写真の投稿から程なくして、フォローしている白川静のアカウント(誰がどこからの出典で書いているかは不明)で、以下のようなツイートがされたのには、流石に驚かされた。本当にこういう説明があるのか、他でウラを取れた訳ではないが、私にとってはそのタイミングに「虫」という字が取り上げられるだけで十分だった。
《【むし(虫)】昆虫やはう虫の類をいう。【生す】【蒸す】と同系の語で、その名詞形。湿気の気によって生ずる。生物は鳥獣虫魚のように大まかに分類されるが、虫は気によって生ずるものとされた。》(引用おわり)
そして、昨日読んだ『第三の目を覚醒させる』のP79(※)には、「青いスペクトルは光の最も高い周波数です」という著者ルハン・マトゥスのコメントが記されていた。この本を送って下さった高橋徹さんが、本書の翻訳者であるだけでなく、日本に『13の月の暦(ドリームスペル)』を紹介した張本人であることを考えると、この一連の「青」のサインの背後に、パカル王の存在を感じずにはいられないのである。
(※)KIN79は「青い磁気の嵐」(=青い嵐のウェイブスペルの始まり)であり、今日「青い宇宙の鷲」は、青い夜のウェイブスペルの終わりを示す。
スポンサーサイト