エクスカリバーの象徴としての大船鉾

2017年07月26日 01:22

時間をはずした日(G7/25)KIN63 青いスペクトルの夜(by D)

大船鉾 

時間をはずした日」ということで、普段やった事の無い1日2投稿という「はずし」をやってみようと思う(笑)。基本的に年末の関西での出来事メモだが、それに絡めて1年の輪も少し振り返ってみよう。

「青いスペクトルの嵐」(KIN219)の年の元旦は、横浜ナディアでゆみこさんとのコラボイベントからスタートした。1年全体の「時の輪」の両端を担うKIN219(元旦)のゆみこさんとKIN63(大晦日)の岡部さんがオーナーのお店で、そういう魔術的な場をセットした事で一気に勢いがつき、驚くべき一年が瞬く間に展開して行った。

翌日、イタリア文化会館でダ・ヴィンチに関する講演を聴き、その場で『レオナルド・ダ・ヴィンチの秘密』を入手。ダ・ヴィンチがKIN219に他界した事を知る。つまり、この1年はダ・ヴィンチの死(異世界への解放)とリンクした1年でもあったのだ(パレンケとダ・ヴィンチが「青いスペクトルの嵐」を呼ぶ)。

ほぼひと月後のKIN254~KIN1(G8/30〜9/6)にフィレンツェ(ピサ)へ。ダ・ヴィンチとの嵐のようなシンクロを体験しまくって帰国。その時点では、まさか同じ年の間に、それもぴったり260日の間を空けて、再びフィレンツェを訪れるとは思っていなかったが、結果的には剣武国際合宿の関係で再びフィレンツェへ。KIN2~KIN9(G5/25〜6/1)。

この260日の間の事で特に記しておきたいのは、次の2点。
(1)パカル王の石棺拓本が保管されている世田谷美術館で、金沢大名誉教授・宮下孝晴氏による「フィレンツェのサンタ・クローチェ教会 大礼拝堂壁画の修復」の講座が行われる事を偶然知り、聴講できた事。その日付が拓本を取った利根山光人氏の誕生KINであるKIN179(G3/3)であった事(聖十字架物語と二子玉のフィレンツェ)。

(2)3/21(KIN197)に小崎亜久理さん(KIN219)からのご縁で、志賀海神社で剣武の奉納演武と、蘭禅の書の奉納をさせて頂いた折、権禰宜の平澤憲子さん(KIN193)が、サグラダファミリア主任彫刻家の外尾悦郎氏と同級生で、親しくされていると知った事。その少し前(G2/15=KIN163)に、外尾氏がサンタマリア・デル・フィオーレ(ドゥオモ)の聖書台に関するコンペを勝ち抜き、彫刻していたのを知った事(龍の都「志賀海神社」での白龍遊天)。

昨年の剣武合宿が行われた石川県の志賀町と志賀島には安曇族による繋がりがあるとされ、外尾氏が平澤さんの出身校である福岡女子大の客員教授に就任されたKIN123は、パカル王の石棺の蓋が開いた日と同じなので、これら一連の出来事には全てパカル王が絡んでいるのである。

「宇宙の月」に入って、上海から暦のプライベートレッスンを受けに来られた方が、冒頭触れたイタリア文化会館で働いていた事がある方だったのも、決して偶然ではなかろう。何故なら、その方の誕生KINもまた、パカル王の墓室が発見された日付と同じKIN218だったからだ!


KIN60(7/22)に行った「フィレンツェの暗号/スライド上映会」では、こうした流れをどう読み取り、波に乗るのかについてと、旅の具体的準備や現地での判断方法などをシェアさせて頂いた。断食と蒸し暑さの影響で、ほぼ仮眠状態のみで大阪に向かい、KIN61は(7/23)チャクラで「水晶の波」。

一日通しでの参加をして下さったのは、遠路、金沢からいらして下さったTさん(KIN226)一人。昨年、イタリアのピサから来た剣武の道友ジュリアーノ(KIN88)とニコロ(KIN191)に最初に出会ったのは金沢駅で、彼らが「YOUは何しに日本へ?」に取材された事で1回目のイタリア行きを最終的に決意したのだから、1年の締めに再び金沢から使者が来たのは、先の宮下先生との兼ね合いから見ても大変興味深い。

しかも、このTさん、この日(新月)が太陽暦の誕生日で、KIN61は会場となったチャクラのオーナー・タッちゃんの誕生KINでもあった。やはり時と場所と人とは、完璧なタイミングで揃うようになっている。さらに、今気付いたが、天真体道瞑想クラスに参加して下さった道友の松山さんは、太陽暦誕生日がパカル王と同じG3/24生まれ(今年はパカルの生誕1414周年)!

KIN62(G7/24)は、京都と滋賀に友を訪ねる事以外は殆ど何も考えていなかったのだが、思いがけないシンクロが連発。まず、京都に拠点を移した「躰座」のウィウソン&倫子夫妻を訪ねるに当たり、地下鉄の鞍馬口の駅を降り、しばし歩いて横断歩道を横切ろうとすると、この日の「13月28日」とシンクロする「13」と「28(01)」の車に遭遇。そこから1分で新居に到着。

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この二人、剣武天真流本部正師範として共に研鑽を積んでいる若き道友なのだが、素晴らしいロミロミや整体、パーソナルトレーニング指導などをするので、お近くの方は、是非、訪ねてみてほしい(もちろん剣武や天真体道も学べる)。欧風にリノベーションされた町家も素晴らしい空間だったので、新年の然るべきタイミングで、会場としてお借りして、暦や瞑想のクラスなんかもやらせて頂こうかと目論んでいる。

IMG_1911.jpg ★扉の239は「5・嵐」とも読める

一服してから、祇園祭「後祭」を見学に移動。何と彼らが連れて行ってくれたのは、あのヴェロッキオの「イルカを抱いた天使像」があった(今は工事で移動されてた)京都市役所前。本物は先にフィレンツェのヴェッキオ宮殿で見てきたばかりだが、ここは、山鉾が方向転換するポイントとして見所になっている様子。初の祇園祭で目にしたのは、以下の6つの山鉾だった。

「北観音山 26」「鯉山 28」「役行者山 25」「南観音山 33」「鈴鹿山 30」「大船鉾 24」。ナンバリングの由来はよく分からないが、現在稼働しているのは全部で33(20+13)基で、「後祭」ではそのうちの10基が見られるらしいので、6基も見たら十分という感じだった。何気なく合計してみると166。皇太子さま(KIN166)にシンクロするところが、今のタイミングだと象徴的だ。

しかし、何より驚いたのは、頭の片隅にあった「大船鉾」に関するシンクロに後から気づいた時だった。その場で、一緒に祇園祭を見たメンバーの誕生キンを合計すると1108になったので、これは「11・星」=KIN128=ガウディだなと思いつつ、過去のブログを検索すると、何とガウデイ生誕164周年だった昨年のG6/25の事が冒頭から書いてある!さらに、「神泉苑の住所は門前町166」なんて事まで書いてある。そして、ガウディの遺志を継ぐ外尾氏はKIN62(大船鉾を目にした日)である。

ちなみに、生誕164周年目はKIN188で、これは先のフィレンツェで判明したガリレオの誕生キンでもある。その死はKIN10であり、リンク先に登場するジュエリーデザイナーの北村さんの誕生キンでもある。サグラダ・ファミリアを時間船の象徴と思っている私は、その記事の中で「大船鉾」についても詳しく触れているのだ。まさか、1年後に動く「大船鉾」に出会えるとは!

しかも、連日猛暑に見舞われていた京都、想像していたよりかなり涼しいなーと思っていたら、ここしばらくで最も涼しかったらしい。ラッキーだ。お昼から向かったのは滋賀県高島市の安曇川という場所。4月に数年ぶりに連絡があり、5/9(KIN246)に久々に再会した中学の同級生・平井俊旭君(以下トシ)については「滋賀(志賀)ー 高島 ー 安曇の活性化」で触れた通りだが、彼を訪ねて高島を案内してもらおうという魂胆。それにしても、再会した日が、午前に会っていた倫子さんの誕生KINだったとは驚きだ。IMG_1947.jpg IMG_1950.jpg IMG_1957.jpg 

ちょうど、トシは前日まで1週間弱東京に出張していたらしく、ナイスタイミングで会えたのだが、忙しい中、車で巡って色々と案内してくれたので、以下、順にメモしておこう。仕事が押していたトシはお昼を食べていないという事で、まずは古良慕(コラボ)というお店でランチ。断食明けの私は、うんと量を減らしてもらって頂いたが、味は素晴らしかった。現地では全く気づいていなかったが、元旦にコラボイベントをした事が年末に響いて、この店に来る事になったのかもしれない(笑)。

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その後、伊吹山と出雲を結ぶライン上にあるという見えない聖地、トシの仕事の一つでもある「高島の食と人」というFBページのカバー写真になっている展望の良い場所(箱館山?)、剣武の合宿にも使えそうな朽木の「グリーンパーク」、多宝塔のある邇々杵神社(御祭神:瓊瓊杵尊)、秋葉の水(湧水)、神代文字の石、第26代継体天皇伝承地「えな塚」、志呂志神社(御祭神:瓊瓊杵尊)、鴨稲荷山古墳などを巡って、締めに白髭神社(御祭神:猿田彦命)で日暮れを迎えた。

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高島は、想像していたよりも遥かにスケールが大きく、車が無いとその良さを味わえないところだったので、丸々半日空けて巡ってくれたトシには感謝である。しかし、中学を卒業してから早33年。同じ誕生日(つまりKIN241)の元同級生と、こういう交流が再開するとは何とも面白い流れだ。

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白髭神社もある湖岸の道は国道161号で、他に印象に残ったのは303号だけだったが、KIN161は、18日後に迎える我々の道筋KIN81と「神秘の四つ組」の関係にある。途中、家にもお邪魔させてもらったが、バリ島の家具がやたら多い背景を聞きながら、バリがこの日の「白い風」の惑星ホロンのエリアに含まれていること、さらには天王星軌道とも絡んでいること等を勝手に思い浮かべて楽しんでいた。

そして、18年前の今日「時間をはずした日」には、江本勝所長らと「水に愛と感謝を捧げるセレモニー」を、同じ琵琶湖畔で行なっていたことを思い出した。白髭神社の住所が高島市鵜川215と知ったのは帰宅してからだったが、そうとは知らず、帰りの新幹線はのぞみ60号2号者15に座っていたりしたのは(52号4号車7の指定を取っていたが間に合わず自由席)、やはり時や人の巡りに、ある種の法則性があるからではないだろうか。

夜中の0時で日付が変わると信じている人にとってはもう新年が始まっている。しかし、私は、この記事をUPするまでは「青いスペクトルの嵐の年」にいる。そして、新しい年は、新しい瞑想と共に迎えるつもりである。これから20年は、「水晶の円卓」が特に中心的なテーマになるだろう。フラーの唱えた宇宙船地球号、ホゼとロイディーンが唱えた時間船地球2013。その両方に共通するのは「それぞれ自律的でありながら予想外の形で協力体制を生み出す個人個人」というヴィジョンだと、私は思っている。

大船鉾の復活が象徴的に示す通り、エクスカリバー(天王星の時間船)は既に引き抜かれている。アーサー王伝説に登場する円卓には、騎士にふさわしい者しか座れないという事になっているらしいが、「水晶の円卓」(FB上のものに限らない)には、自分自身であれば、誰でも座る事ができる。これからの20年、そして地球の運命は「個々人がいかに本当の自分自身であれるか」にかかっている。それはエゴの増大とは真逆の「自分を忘れた(無私の)自分」に関係する事なのだ。

持統天皇と「八」の秘密

2015年07月03日 21:12

宇宙の月7日(G7/3)KIN91 青い宇宙の猿(by D)

微細なサインを無視していると、次第にその呼びかけが大きく過激になって来るというのは、健康問題や人間関係に限らず、どんな事にも通じる面があるようだ。G暦3月中には何とか書き上げようと思いながら、日々シンクロに追われ続けて、気付けばもう7月。すると、「ついに」という感じで「時の楽譜」展の終了にぴったりシンクロする形で、強烈なサインがやって来た。

それは、奈良県磯城郡(かつては纏向、三輪、橿原、十市郡等も含んでいた)の方からLに仕事の依頼が入る、という形を通じて私達に示されたものだった。それだけなら、別に何と言うことも無いのだが、持統天皇を主人公にした里中満智子さんの作品『天上の虹』との、ここ1年くらいのシンクロを振り返ると、やはり驚きを禁じ得ない。

きっかけは、昨年のGWに行われたLの個展「書の魔法」にあったのだが、長くなり過ぎるので、ここではG2/28(KIN226)に有楽町マリオンで行われた飛鳥・橿原シンポジウム「藤原京物語〜持統天皇 その愛と戦いの生涯〜」以降の、インパクトがあった出来事についてだけ整理しておきたいと思う。
持統天皇 
橿原市が主催したこのシンポジウムでは、里中満智子さんと橿原考古学研究所所長の菅谷文則さんが、それぞれ素晴しい講演をされたのだが、より強い衝撃を受けたのは、失礼ながら実はあまり期待していなかった菅谷先生のお話の方だった。その要点は、持統天皇が神仙思想の影響を受けていて、同時代に活躍した修験の開祖・役小角とも直接交流していたのではないか、というものだった。

個人的見解であったとしても、研究所の代表という責任を負っている方にしては、中々大胆な発言だと思ったが、あるいは、満を持してこの機会に発表することを決めていたのかもしれない。その日の朝、入院先の病院から退院されたばかりで、念のため里中さんと講演順を変わってもらったとか、実際に山を歩き回って古代の記述通りに移動出来るか検証したとか、気合いの入り方が違うように思えたからだ。

それに、天武・持統合葬陵が八角形であることや、持統天皇が吉野宮へ33回も行幸した謎、役行者が文武天皇の時に伊豆に流されている事などを結びつけるなら、話の筋は通っている。加えて、持統天皇在位中に始まった伊勢の式年遷宮が、何故20年周期なのか?について、かつて不思議研究所の森田健さんが書かれていた「式年遷宮と金の三合局の関係」が頭にあると、菅谷先生の説がますます真実味を帯びて来るように思えるのだった。

実は、以上のメモは、講演を聞いたその夜か翌3/1(KIN227)までに既に書いていたもので、「金の三号局」について記したブログは、そこから5年前の同じ時期の深夜2:27にUPされていた。また、直近の式年遷宮は2013年に行われたが、シンポジウム当日のサイ時間単位がKIN164(=8・種=2013年銀河の同期)だった事もメモしておきたい。

シンポジウムで配布された資料には、八角形の復元図と共に、天武・持統合葬陵の写真も掲載されていたが、私はシンポジウムの93日前にその申込みをしており、昨年4月のKIN173にその陵墓を訪れている。そして、ここまでのメモをした3/1のサイ時間単位は168だった。この168と173、93と88は、神秘の四つ組を形成する特別な関係にある。

3/1(KIN227)の日中、私は横浜ナディアの暦クラスで、易の64(8×8)卦をツォルキンと統合したツール『時間の法則の20の銘板』について話をしていて、Lは元町アントショップで八角形の小鉢(チャーミングセール限定品)を2つゲットしていた。つまり88である。

話をシンポジウムに戻そう。菅谷先生は、修験道の開祖役行者(小角)の生誕地とされる御所市茅原の吉祥草寺で、毎年G1/14(L誕生日)に火祭りがあることや、2013年の式年遷宮はまだ続いていて、12別宮の最後の遷宮は、G3/15(KIN241)の風宮で完了すること等も話して下さった。

「入院中に般若心経を唱えていたら、えも言われぬ気持ち良さで恍惚となって、いつ死んでも良いと思った」なんて話をされたかと思えば、名誉大先達の称号を持つ山伏でもあるとの話も出たりして、興味は尽きない。退院直後とは思えない勢いで話をされる先生のことを、最前列の席から見ていると、身体を通じた深遠な体験をかなり豊富にされているのではないだろうか、という気がしてならなかった。

その菅谷名誉大先達によると、木曽御嶽山の山伏はかつて口寄せみたいなワザを使える方がいたらしく、羽黒の山伏は心の病を治すのが得意だったらしい(薬草との関係があるようだ)。蔵王権現は役行者が感得したと言われているが、ちょうどその夜、安倍昭恵さんがFBで蔵王スキー場からUPしてた写真が蔵王権現堂だったのは面白いシンクロだった。

翌3/1(KIN227)、横浜ナディアに行くと、ワークショップルームまでの移動用の紙袋が、いつもと違っている事に気付いた。気になってよく観ると、外宮表参道にある「せきや」のものだった。住所は伊勢市本町13-7。外宮の最初の遷宮が持統6年(692年)、則ちパカル王の眠る「碑銘の神殿」が完成した年だった(らしい)ことを振り返ると、このシンクロもかなりキテる。

そして、のびのびになっていたこの記事のUPが、13月7日になってしまったこと、この日が今年KIN91(=13×7)と同期すること(52年に一度しかない)、さらにそういう特別な日が、137部制作した「13の月の暦TIMESCORE」の共同制作者 Miyokomiyokoさんの誕生日であることを考えると、やはり興奮せずにはいられない。

4日後の3/5(KIN231=Lの誕生キン)に、天真書法塾新宿プロムナード展(6月)の打ち合わせがあり、私達のチーム(3名)は「日本の神話」を作品テーマにすることを決めた。実は展示の話があったその瞬間から、私は「刀」という字を書きたいと思っていたので、「三種の神器」をモチーフとして提案することで、その希望が叶うことになったのだった。

その日、私は「三種の神器」の全てに「八」が関わっている事に、はじめて(もしくは改めて)気付いた。八咫鏡・八尺瓊勾玉・草薙剣が、いわゆる「三種の神器」であるが、草薙剣は、スサノオが出雲国において天羽々斬剣でヤマタノオロチ(八岐大蛇)を切り刻んだ時に、その尾の中から出て来たとされるので、やはり「八」が関係しているのである。

そして、そのスサノオが詠んだ「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」が、和歌のはじまりだとも言われている(伝説的に)。これら一連のことを俯瞰すれば、少なくとも、記紀が編纂された時代、つまり天武・持統天皇の頃には、既に「八」が相当意識的に使われていたのが分かる。

この事に気付いた翌日(3/6)、佳子さまが成年(20才)の報告をしに、伊勢神宮(外宮・内宮)を参拝されたことが報じられていた。お一人では初めてとのことだったが、トータルでは三回目の参拝というのも、「三種の神器」と重なるようで興味深い。
三種 
実際、新宿プロムナードに作品をセッティングした6/6(KIN64=8×8)も、佳子さまは初の単独地方公務で、安徳天皇を祀った赤間神宮を参拝されているので、何か繋がりがあるのかもしれない。壇ノ浦で夭逝した安徳天皇は、「三種の神器」と共に語られることが多いので、最近【「三種の神器」と137】という記事にも書いたばかりだった。

4/4(KIN1)から始まった「惑星の月」は、『20の銘板』の見方だとちょうどKIN231に対応するので、Lはそれを意識して江戸川橋で「花のシャンバラ展」を開催した。この時、出品もしていたシャンバラ教室生で、飲食店を営まれているFさんから、Lはある依頼を受けているのだが、興味深いことに、Fさんのお店には「八」とか「仙」という文字が含まれていたりする。

また、この展示を観に来られ、6月になってから入門されたOさんは、何と、かつて菅谷先生と仕事をした経験のある方だった。2/28のシンポジウムまで、その存在すら知らなかった先生と直に交流していた方が、シャンバラ教室にこのタイミングで入門して来られるとは、全くもって驚くより他ない。

そしてKIN118(1・鏡)&KIN18(5・鏡)の増田「鏡」夫妻に薦められたガイドブック(みよこみよこさんがイラストを描いた『aruco台北』)を手に、台北にミニトリップに出たのが4/20(KIN17)。この旅についてはメルマガで報告中なので詳細は省くが、故宮博物院で「皇帝的鏡子」という特別展示が行われていて(この事は現地に着くまで知らなかった)、随の終わり頃から唐にかけての「鏡」が展示されていた。
皇帝鏡 
八咫鏡がどんな姿なのかは、実物を見た人が殆どいない現在、推測に頼るしか無いが、歴史の流れを省みつつ、遷宮ごとに調進されるご神宝の「御鏡」(←ご神体とは異なる)も参考にすれば、そんなに的外れにはならないと思う。故宮に展示されていた唐(=持統天皇の時代)の「鏡」と、ご神宝の「御鏡」がとても良く似ている事は、八咫鏡もそれに近いものである可能性を示唆している。

台湾での「鏡」シンクロも相当なものだったが、帰国直後にも、驚くべきシンクロがあった。私がウォーターセラピーで使用しているBAという機器は、製造元のアディック(現ウィリット)でその開発に携わっていた関係もあって、今も時々その機器の行方を耳にする機会があるのだが、GW直前に届いた情報は衝撃的だった。何と、二上山エリアの方が購入されたというのだ。

万葉集にも登場する二上山は、古来神聖な山とされ、持統天皇の甥に当たる大津皇子の墓もある場所。『天上の虹』は里中満智子さんの30年に渡るライフワークで、ちょうど先のシンポジウムの頃に最終23巻が完成し、私達の手元には3月中旬に届いた。その最終巻の終盤、鸕野讃良こと持統天皇がこの世を去る時、(物語の中で)最後に気に掛けていたのが大津皇子だったのだ。

登場人物の多い『天上の虹』だけに、もし、終盤にその名が登場していなければ、どういう人物だったかも思い出せなかったに違いない。だからこそ、このタイミングで二上山にBAが届けられたと知った時の驚きは大きかったのだ。多分、BA本体の組み立てを、かつて私自身の手で行っていたことも、この出来事に特別な感慨をもたらしたように思う。

6/10(KIN68)には、歴史秘話ヒストリアという番組の中で「よみがえる 持統天皇の都」と題して、藤原京の事が取り上げられていた。『天上の虹』の絵が使われていたお陰で親しみが持てたが、新たに知って刺激を受けたのは、持統天皇の命で生まれた藤原京が、『周礼』に記された理想の都を参考に建てられた可能性が高い、という話だった。

『周礼』は周王朝の理想的な制度について周公旦が書き残したものとされ、その周公は、父・文王と共に『易経(周易)』の成立にも関わったとされるが、いずれも伝説的な要素が入り混じっていて、史実かどうかは定かでない。ただ、藤原京の宮城を都の中心部に置いたのは『周礼』の影響、というのは間違いなさそうである。また、八角形の天武・持統合葬陵は、その宮城から真南の位置に建設されたのだと言う。

持統天皇の時代、全国に幅12mほどの直線道路が、6300キロ分も建設されたという話も初めて知って驚いたが、日本という国を支える諸々の基礎が、ほぼこの時代に固められたのは確かで、当時の人々にとってどうだったかは分からないが、現代の私達に至るまでの礎を作って下さったことに対しては、とにかく感謝し、敬意を表したいと思う。

そういえば、番組が放映された6/10は、安倍昭恵さんの誕生日でもあった。【「三種の神器」とKIN137】にも書いた通り、第81代安徳天皇と「三種の神器」の関係について教えて下さったのは、安倍昭恵さんである。昭恵さんはKIN81に四国の剣山に登られているのだが、今日、コンビニで思いがけず目にする事になったマンガは、何と剣山を舞台にした「聖櫃〜アーク〜」発掘史というタイトルの短編だった。

表紙が『北斗の拳』のラオウ風だったので思わず手にしたのだが、俗な話ばかり沢山詰まったペーパーバックを、パラパラとめくった時にチラっと目に入っただけで、表紙のどこにもアークの事など書かれていなかったから、驚くべき偶然である。もっとも、私はこういう感覚を磨く技術を研究して来ているのだから、これくらいの実用性が無いと困るのだが、全く予想外の働き方をするので、自分でも毎回驚くことになる。

しかもそのマンガ、日ユ同根論の流れで、剣山の次には祇園祭の事も描かれていて、今朝方のシンクロとも繋がっていた。昨夜(7/2)、「四国八十八ヶ所の結界で護られていると噂される剣山の頂上に御神輿を運ぶお祭りの日と京都の「祇園」祭の神輿渡御の日はともに今月の7/17ですよね」と、時空のサーファー仲間のJ氏がツイートの返信で教えてくれたので、ネットで祇園祭について調べていたら、その直後にヤフーのトップ画面の写真ニュースが、祇園祭の提灯になっていたのだった。

世界は広く、他にもっと大事なニュースはいくらでもあるだろうに、何故、ピンポイントで祇園祭なのだろうか。確かに私達は昨日、銀座の「ぎおん石」という天然石のお店を訪れてはいる(7/6まで北村公晴氏のアート&ジュエリー展が開催中)し、銀座の他には八坂神社前にしかそのお店がないことも知っている。そして、八坂神社の御祭神がスサノオであることも。

シンプルに考えれば、これこそが共時性秩序の働きであり、そこにどのような意味を見出すかは、前後のコンテクストによる、という事になろう。いずれにしても、キリの良いところでUPしておかないと、まだまだ続きそうなので、ここまでで一区切りとしたい。

ちょうど明後日は、横浜ナディアで「13の月の暦」のクラスがあるので、こういう毎日を過ごしてみたい方、あるいはここに書かれている用語の意味や、シンクロ発見のコツを知りたい方は、基礎クラスから参加してみると良いかもしれない。巷に散見されるデタラメな使い方とは全く異なるシンプルかつ、誰もが速やかにシンクロ次元に入れる銀河的アプローチをシェアする予定である。

元旦の「白い魔法使いの学校」で一気に加速して1年のスタートを切るのも良いが、新年の前に備えておけば、さらに波に乗りやすくなるのは、当たり前の話である。

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