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「白い魔法使い」からのサイン

2015年06月16日 01:11

水晶の月17日(G6/15)KIN73 赤い銀河の空歩く者(by D)

今日は、パカル王の墓室の封印を解かれてからぴったり63年。その日が『13の月の暦(ドリームスペル)』のツォルキンでKIN73になるのは美しい。何故なら、マヤ長期暦の始まりである-3113(=BC3114)年から、52年単位の還暦周期が73回巡ったタイミングが、ちょうどパカル王が没した683年になるからだ。そして、パカルからのメッセージを受けて生み出されたのが『13の月の暦』だからだ。

そんなスペシャルな日、私達は、【13の月の暦「時の楽譜」展】を一緒に開催しているみよこみよこさんと、「ビストロみや乃」でランチをしながら楽しいひと時を過ごしていた。旬な食べ物を見分ける技についてLが語ったりする中(近日発行予定のメルマガで公開される模様)、それと関係して私の入院生活の話題になった。

そこで私は、3日前に知ったばかりの面白いシンクロについてシェアした。6/12(KIN70)、天真書法塾新宿プロムナード展(19日まで)を観に行った後、しばらくぶりにiPhoneでスメタナの『モルダウ(わが祖国)』を聴きながら、私はある事を調べていた。

そのきっかけは、6/6(KIN64)のトークイベントを終えた夜、大阪の住吉から届いた『自然現象と心の構造ー非因果的連関の原理』という本にあった。共時性職人(シンクロノマイスター)を名乗りながら、ユングとパウリがシンクロニシティについて書いたこの本を読んでいないのはマズイな、という事で、翻訳に多少問題があるらしいことは了解の上で古本を注文したら、新品同様の綺麗な本がやって来た。

興味深い事に、初版発行日の1976年1月14日(KIN246)は、Lの365日の誕生日&チェコで一緒に剣武の演武をした吉田倫子さん(現・本部正師範)の誕生KINで、届いた18刷の日付2007年9月1日(KIN91)は、間もなく(7/3から)始まるみよこみよこさんの次の「運命の道筋」だった。という事は、来る「白い惑星の魔法使いの年」の殆どを、みよこさんはKIN91で過ごす事になる訳だ。

3年前の6/6(KIN9=今年1年)、ヴィーナス・トランジットにシンクロしてチェコに旅立った事は、既に「三種の神器」と137に書いた通りだが、3年後の同じ日に届いた本の中に、これだけのシンクロ情報が詰まっているとは、流石にシンクロニシティについて書かれた源流の本だけの事はある。

パウリは、同書でケプラーについて盛んに触れているのだが、その昔、ケプラーの法則を学んだ時に「こんな法則、一体どうやって気付けたのだろうか!?」と強い衝撃を受けた人物でもあったので、私は、パウリの文章よりも先にケプラーの事が気になってしまって(パウリとユングについては既にある程度調べてあったからでもあるが)、その場で調べてみることにした。

すると、ケプラーは、グラーツやプラハにも住んでいた事が判明。私がEU圏で訪れた事のある数少ない都市が含まれていただけに、ますます気になったが、プラハ滞在はティコ・ブラーエ(※)に招かれた事がきっかけだと分かって、私の注目はプラハとブラーエの方に移って行った。

何故なら、プラハ郊外のベナトキ城で演武をした時、ティコ・ブラーエがその城に3年ほど滞在していた事が分かったからだ。詳しくは「プラハ伝説の地で演武」に譲るが、ウィキに記されていた彼の人生の結末は、私をかなり驚かせた(その時の様子を手記に残しているのはケプラーである)。

「ティコはプラハでの晩餐会出席後に膀胱或いは腎臓の病に罹り、11日後この世を去った」(wikiより部分引用一部略)

私が泌尿器系に何となく違和感を感じるようになったのは、実はチェコ以降であり(現地のビールがものすごく美味しく、それまであまり飲まなかったのが、以降、頻繁に飲むようになった事と関係があると思われる)、その流れの顛末として、今年のGW終盤、私は尿管結石と腎盂腎炎で何と11日間も入院するという、人生初の体験をしたのだった。

KIN11は、ホゼ・アグエイアスの誕生キンであると共に、プラハが生んだ世界的作家カフカの誕生キンでもある。これら一連の出来事に気付いたのが6/12(KIN70)で、そこからぴったり3年前の同日に、私はチェコから帰国したのであった(その日の夜に資料を調べて判明)。

また、過去のブログを調べた事で、スメタナの誕生キンがKIN193であった事も分かり、「時の楽譜展」最初の来場者Oさん、6/6の第1回トークイベントに遠路参加して下さったNさんはじめ、やたらにKIN193が集中していた背景が、長期暦変換(9.13.0.0.0=KIN193)で見えていた事(サカダワ満月のパカル王)とは別の流れで理解できたようにも思えた。

・・・と、こんな話を、みよこみよこさん&Lと、今日の日中にしていた訳だが、プラハの事を話している最中に、私は『鑑定士と顔の無い依頼人』という映画の事を思い出していた。その映画のラストにプラハの時計塔が出て来るという記憶と、ティコ・ブラーエがそのすぐ近く(ティーン教会墓地)に埋葬されていると知った事が繋がったからだと思うが、同時に、もう1つ重要な事を思い出していた。

確かその映画のことを教えてくれたのは、今、目の前にいるみよこさんだったのではなかったか?と。果して、3人で確認し合うと、「確かに!」という事になった。それが記憶違いでないことは「トルナトーレ&モリコーネ」という、このブログの過去記事でも確認出来る。ちなみに、その映画でキーナンバーとして登場する231は、Lの誕生キンであり、チェコ訪問時の私の「運命の道筋」でもあった。

しかし、その映画の事は、実はごく最近、全く別な文脈でも思い出していたのだ。二子玉川の新名所「蔦屋家電」1F入口にある歯車のオブジェが、そのトリガーだった。おそらく、あの映画を観た人なら「これはあのラストシーンに刺激を受けて作ったのでは?」と自然に想像してしまうことだろう。

料理もデザートもシンクロも十分味わった・・・と思ったここから、最終段シンクロブースターが点火してしまう。みよこさんとLの後ろのボードに、トリノ、リヨンという都市名を見つけてしまったのだ。この2つの都市に、話題に出まくっていたプラハを加えたのが「白魔術3都市」だと、昨年トリノを訪れた時(これも剣武の演武と書の展示で)、ガイドの方に教えてもらったのだ。
みよこみよこ&L ☆トリノ、リヨンを背に、反対のパートナー(KIN101&231)の二人

詳細は過去記事「魔術都市トリノの聖なる引力」に譲るが、どんな形であれ、その場で3つの都市が綺麗に揃ったのは、非常に明瞭なサインだと、私には感じられた。何しろ、今行われている展示の殆どは「白い惑星の魔法使いの年」のカレンダーと、ポスターを中心にしたものなのだ。その展示メンバーが集った場で、「白魔術3都市」が揃ってしまうなんて、全くもって出来過ぎた話である(ちなみに、ホゼも含めた展示関係者4名全員の誕生KINを合計すると金星会合周期584になる!)。
みよこみよこ&D ☆「白い魔法使い」のイラストと服がシンクロしている「赤い竜」仲間

何しろ、「ビストロみや乃」の中に、トリノとリヨンが書かれたボードがあるのは、その席だけであり、その席に案内してくれたのはホール担当の方であって、私達が自由に選んだ訳では無いのだ。それに、よく考えてみれば、フランス周辺までの地図を描くとして、イタリアの都市がミラノとトリノだけというのも珍しい。

それにしても、こんな風に発見の楽しみをもたらしてくれているのは誰なのだろうか?私達のハイアーセルフだとか、集合的無意識だとか、真実の自己だとか、天真だとか、言い回しは色々あるだろうが、ここでは「白い魔法使い」という働き(あるいは時間)が、遊びながらサインを示してくれた、と考えるのが、物語を体験している立場からすると最も馴染む気がする。

きっと「時の楽譜展」で《TIMESCORE》やイラストを手にする方にも、同じ「白い魔法使い」からのギフトが届くことだろう。「白魔術の都市」を、そうとは知らずに順番に訪れて来た事と、「白い魔法使いの年」からTIMESCOREが発動し始めたことは、おそらく無関係ではないと思う。そして、プラハの時空が、それぞれ別な流れから接近して来ている事も。

席を立つ直前に、みよこさんが教えてくれたのは、自身の誕生日(G暦7/3)がカフカと一緒だということ。今、気付いたが、その日は「13の月の暦」だと13月7日(→137)。間もなくやって来るその日は「13×7=91」で、そこに今年巡って来るKIN91と見事に同期する!やはり完璧なタイミングである。

実は、KIN11のカフカが過ごした家には、22という数字が描かれているのだが(トルナトーレ&モリコーネに写真あり)、KIN11とKIN22は、「13の月の暦」提唱者のホゼ&ロイディーンの誕生キンそのものでもある。「白い魔法使い」に同期して「白魔術」を使ったのではないかと思えるほど、今回のみよこさんの制作スピードと作品クオリティは、神懸かり的だ。そのハイバイブレーションに満ちた「時の楽譜展」の展示空間を、是非、直に体験して頂ければと思う。


(※)この時代は、ちょうどユリウス暦からグレゴリオ暦に変わるタイミングであり、ウィキペディアでは、1582年の変更以前の歴史の日付は、基本的にユリウス暦で書かれている事が暦変換ソフトの利用で判明した。従って、以前のブログでKIN150としていたティコ・ブラーエの誕生キンは間違いで、正しくはKIN160になる。

トルナトーレ&モリコーネ

2014年05月22日 22:34

スペクトルの月21日(G5/22)KIN204 黄色い太陽の種(by D)

鑑定士と顔の無い依頼人』(原題:The Best Offer)を観たのは、ちょうど一週間前、満月のKIN197「赤い月の地球」(G5/15)だった。『13の月の暦』提唱者の一人、ロイディーンの71才の誕生日でもあったこの日(確かカール・コールマンの誕生日でもある)、私達は、下高井戸シネマで午前中の1回だけ上映されていたその映画を観に行った。

半年以上も前に公開され、ロングランを続けていたこの映画も、都内での上映館は既にそこだけになっていて、しかも最終日は翌5/16に迫っていた。ノーマークだったこの映画の存在に気付かせてくれたのは、『霊性のアート』『マヤのリズム』のカバー絵でお世話になっているみよこみよこさんのFBの書き込みだった。

それを見たLがどうしても観たいと言っていたのは、実はひと月以上前だったが、個展の準備などもあって、のびのびになっていたのだ。『ニューシネマ・パラダイス』のジュゼッペ・トルナトーレエンニオ・モリコーネのコンビというだけで、私は内容に関わらずOKだったが、その期待を裏切らない見事な作品だった。

映画ならではの映像と音楽、見終えた後に誰かとこの映画について語らずにはいられない構成。文化を生む活力を持った作品を創ろうとしている監督の、映画と映画業界に対する深い愛を感じた。

〜以下、ネタバレ情報を含むので、これから観てみようという方は、その点をご了承頂きたい〜

本物とは何か?真実とは何か?を問うという意味では、”美”を題材にした『マトリックス』のようにも思えた。映画の中で、全体の流れをデザインし、ひとつの作品としてクリエイトしていたのはロバートだったのかもしれないが、この映画を観る観客の心理や想像力までもを見通し、さらに一歩引いた視点で設計したアーキテクトは、もちろん監督である。

しかし、今回、KIN101のみよこさん(Lの反対のパートナー)の情報に刺激を受けたKIN231のLの誘いでこの映画を観ることになった私は、劇中に登場するキーナンバーが「231」だと分かった時点で、この現実世界の設計者が誰なのかを、思わず問いたくなってしまった。そして、映画終了後にLの指摘で改めて2012年のプラハ訪問時の自分の運命の道筋を調べてみたことで、その思いをさらに強くした。
プラハ時計 
何故なら、私は、自分の運命の道筋がまさにそのKIN231の時にプラハを訪れており(今生初)、ラストシーンに出て来る時計塔の前にも何度も足を運んでいたからだ。ある意味、他の誰よりも衝撃を受けながらこの映画を観ていたと思う。

ちなみに、トルナトーレ監督の今の道筋は、日本に『13の月の暦(ドリームスペル)』を紹介した高橋徹さんと同じKIN104、モリコーネの今の道筋は、その暦の提唱者の一人ホゼと同じKIN11、映画を観た日は、そのパートナーだったロイディーンの誕生日だった。さらにトルナトーレ監督(KIN99)は、間もなくやって来る5/27から『ドリームスペル』の極めて重要なポイントのひとつ、KIN209(1・月=月の創世記)の道筋に入る。
カフカの家22 カフカ(KIN11)が過ごしていた22番の家

上映時間の131分(2時間11分)は、「月の創世記」のひとつ前の「猿の創世記」の入口であるKIN131(1・猿)、2:11はホゼの息子ジョッシュの誕生KINとも読める。また、モリコーネは、ハーモニック・コンバージェンスに賛同したオノ・ヨーコと同じKIN186だ。2013年を最重要目標点にしていた『ドリームスペル』とこれだけ絡んでいるのを知ると、公開が2013年になったのも自然なことと頷ける。
図書館 映画の屋敷とちょっと似ているプラハ、ストラホフ修道院の図書館

暦以外の観点でも、私にはグッと来るところがあって、例えば、主人公ヴァージルを彷彿させる目利きの達人を私達は実際に知っているし、特異で孤独な生き様を思い出させる別な人物(KIN181)にも実際に出会っている。映画の各シーンに強い印象を受けたのは、そういう現実とオーバーラップするところが多々あったからだと思う。

そして、私が今まさに、そのKIN181の道筋を歩み、Lが同じKIN181から「書の魔法」をスタートさせたことを思うと、この現実世界での絶妙なる配役や、完璧なタイミングでの物語展開は、一体どういう仕組みで成り立っているのだろう?と思わずにはいられないのだ。

ここまで特殊な状況でこの映画を観た人は、もしかしたら他には居ないかもしれないが、それを抜きにしても、映画の中から始まって、映画の外、そして今、私達が体験している現実の外にまで視点を移動させる潜在力が、この映画にはあると思う。映画が映画である意味が熟考されている、特別な作品。そんな風に思える。

もちろん、話の全体像を理解してから改めて考えてみると、ツッコミどころは結構ある(彼らの付き合いはいつ頃からなのかとか)。しかし、ジョジョと同じく、サスペンスを駆使した物語の推進力が圧倒的だと、そんなことはどうでも良くなるし、むしろ、客に自由に推測させる余白としてあえて残してあると、好意的に理解したくなるものだ。

だから、後味が悪いという評は、私にはどうもピンと来ない。ヴァージルに仕掛けた連中は、決して成功が約束されてはいないこと、それも長期の準備と忍耐を要することを、それぞれどういう動機で行ったのだろうか?とか、監督は作品を通じて何を語ろうとしたのか?という「動機」に注目すると、それまでとは全く違った、非常に面白い側面が見えてくると思う。

「恨みを晴らす」とか「お金」というありきたりな”動機”で片付けてしまうことも出来るのだが(パンフにはそんなことも書いてあるが)、よく観察し考察する者なら、「もし、それだけが動機なら、もっと確実で別な方法を取るはずだ」と気付くに違いない。主人公の最後の行動も含め、様々な場面で登場人物の「動機」を考えさせるよう作ってあるところに、この映画の醍醐味があるのではなかろうか。


追記:ロイディーン(KIN22)が他界した翌5/16(3・鏡)、高橋徹さんが訳されたルハン・マトゥス著『第三の眼を覚醒させる』のP99を観ていたら、7歳と33年間という数が出て来た。7×33=231。そういえば、西国33箇所第7番札所・岡寺で引いたおみくじは3番だった。そしてトルナトーレ監督はKIN99である。

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