瞑想と稽古の力〜断食中の気付きメモ

2017年07月20日 01:23

宇宙の月23日(G7/19)KIN57 赤い倍音の地球(by D)

昨日まで1週間、基本「水だけ」(少々例外あり)の断食を続けていた。我が家では、グレゴリオ暦の年末年始に3日間の断食(酵素飲料等あり)をするようになって10年余り、「13の月の暦」の年末年始に1週間ほどの断食をするようになって3年目で、ある種、年末年始の恒例行事となっている。

目的は心身をスッキリさせることであり、実際にその効果を体感しているから続けているだけで、いわゆる苦行的な感覚は無い。初期の3日断食については、故・甲田光雄先生の著書などを参考に色々と工夫して来たが、水だけ断食については、我らが師・青木宏之先生が教えて下さった方法と、その方法をベースにおそらく最も経験を積んでいると思われる道友の一人・木村悟郎さんのやり方を参考にさせて頂いている。

本来、断食は経験豊かな指導者の下で注意深く行うべきものだが、実験精神の強い私たちは、要点は守りつつも色々と試したくなるタチなので、自己責任で毎回ちょっとずつアレンジしながら臨んでいる。そのまま他者にはお薦め出来ないのと、今回は断食状態での稽古と瞑想についてのメモが主目的なので、細かいやり方は省略させていただく事にする。

1週間の断食となると、復食にも同じかその1.5倍くらいの期間を設ける必要があるので、前後の予定を調整する必要が出て来る。会社勤めの方などに比べれば、かなり時間に自由が効く私たちでも、何も予定を入れない訳には行かない。諸々の条件から、今回は4日目、5日目に剣武の本部稽古が入る形になったが、これは「断食状態で稽古してみたい」という私の希望にもマッチしたものだった。

過去にも1度、断食中か復食中に稽古をした経験はあったが、何とかなった記憶があったのと、4日目くらいだと、かえって「抜け感」(力みその他の)があって良いのではないかという思いもあった。とはいえ、号令を掛ける立場でもある私の責任は軽いものではない。腑抜けた号令をかける訳には行かないので、4日目に当たっていた7/15(KIN53)も、朝、天真柔操、天真五相などを一通り行ってまず自分を整えた。

しかし、もともと貧血気味の私は、大抵3日目位になると手が冷たくなって痺れ始め、急に立つと立ちくらみしたりするようになる。特に起き抜けの時間帯はそれが顕著で、その日も、一連の体操後、シャワーを浴びて着替えていると、何となく視野が白っぽくチカチカする。スマホの画面を見ると、何と、画面全体が白っぽく光っているようで全く文字が読めない。座って呼吸を深めにしていたら徐々に戻って来たが、数時間後に控えた剣武の稽古までに何とかせねばと思う。

貧血気味という事は、少しの運動ですぐにくたびれる状況でもある(筋肉が酸欠状態になって重くなる)。普段ならウォーミングアップも兼ねて駆け上がる駅の階段も、登る気力すら起きずエスカレーターを使ってしまう始末。道場までの電車の中では、とにかく瞑想をして整える事に努めた。その日、天真柔操の号令をかけて下さる関口師範にだけは事情を伝え、万一の時のフォローをお願いしておいたが、道着に着替えると何かスイッチが入ったような感じがして「あ、大丈夫かな」と思えた。

さらに、天真柔操をしているうちに全身に気血が巡る感じがしてきて、「これなら動ける」という実感が強まった。青木宗家をはじめ信頼できる道友の存在、関口師範の号令、そういう働きを普段以上にダイレクトにからだで感じる。お陰で、その後の号令も何とか無事掛けることが出来た。今月から新たに始まったテーマ「抜け出る」を意識した稽古を展開しつつ、折々の重要なポイントで、宗家が極意を惜しげもなく伝えて下さる。何という贅沢で有難い時間だろうか。

途中、入門1ヶ月余りのHさんに向かって「あなたは今、節目なんでしょ?」とおもむろに宗家が言われ、別枠の特別稽古が行われた。これまで様々な武道やボディーワークを通じて、身体の可能性を探求し続けて来られたHさんが、今、まさに重要な変化期にさしかかっておられるのを、宗家は見逃さなかったのだ。ご自分の胸の内を明かしていた訳でもないのに、まさに図星の指摘をされたHさんは、驚きつつもその機会を思い切り活かされていた。

天真一法 ★ル・シエル財団幹部メンバーへ「天真一法」を解説される青木宗家(本年2月)

最後に宗家の指導で行われた「天真一法」は、極めてシンプルながら、大きな変化をもたらすもので、宗家自ら「これは大基本として、天真五相、栄光、瞑想組手(わかめ、ひかり)に加えられるもの」とおっしゃるような極意中の極意。今年、国連で予定されている「12賢人会議」で公式発表される予定だが、剣武の稽古では既に取り入れられている。普段の稽古でも素晴らしい体感があるが、この日は断食中だったからかいつもにも増して格別な解放感があった。

組手 ★宗家による組手シーンの撮影(受けは望月ウィウソン師範)2月

休憩前に宗家が投げて下さった事でさらに巡りが良くなり、急に立ち上がるような運動を繰り返しても全く問題なかった。そして、稽古後は手の痺れも冷えもすっかり無くなっていたのだった。居合抜刀術、剣術の特性を大いに活用しながら、人間存在として、はるかに広大な領域の身体を活性化させるのが剣武天真流なのだ、と改めて実感した1日だった。

明けて7/16(KIN54)。連日の暑さもあるが、やはり断食中は睡眠が浅目になる傾向があり、あまり眠れずに朝を迎える(ちなみに普段の私はあっという間に眠れて朝まで起きない事が殆ど)。PCやスマホのディスプレイを見るよりは、本を読む方がずっとラクな感じがあるので、断食中は夜中に読書というパターンができてしまった。基本、五感は鋭敏になり、音でも香りでも増幅される感じがあるのだが、特に香りに対する感度の変化を感じる。

街の中でよく出くわす耐え難い臭いは、人工香料(化粧品含む)と排気ガス。電車で少し離れた場所に濃い化粧をした人が座るだけでキツイ。香水類もダメだ。しかし、普段はあまり好まないアロマの類が、実は、あまり気にならないことは、面白い発見だった。この日の稽古は、私が天真柔操を担当。前日と同じ稽古会場だからなのか、連日参加しているメンバーがいるからなのか、何か「場」が出来ていている感じがしてやり易い。

本稽古は丸山師範の号令で、「自分で何とかするのではなく、他者のリードに任せきることで”抜け出る”ことを目指す」という方針で、様々なスタイルの稽古が展開された。人によって、リードの仕方が全く異なり、それが動きに新たな多様性を生み出していて、稽古人それぞれが発見の喜びを味わっている様子が伝わって来る。心身が解放され、伸び伸びとした動きをする皆さんの周囲に、時折、白く輝く流れのようなものが見えたのは、多分気のせいではないと思う。なぜなら、稽古後の道友達の顔も同じように澄んで輝いている感じで、とても綺麗に見えたからだ。

この二日間の道場稽古で、ある面抜け出た感じになり、鏡を見ても健全にシャープになったと思えたが、やはり身体のモードはいつもとは違う。やれば大抵の事は普通にできるが、オフモードなので基本トロくてスローな感じになるし、何かしようとする時にいちいち「気合い」が必要になる。しかし、ひとたび動いてしまうと結構何とかなるのが面白いところで、「意識」とか「気持ち」の働きを普段以上に感じる。

今回、新たに発見したのは「瞑想の力」である。ダルくて身体がイラつく感じになっている時、10〜20分の瞑想をすると、もの凄くリフレッシュされるのが分かるのだ。喩えて言うならピンボケしていた画像がクッキリする感じだろうか。そんなことは普段から百も承知なのだが、断食中という特殊なモード&蒸し暑い条件だからこそ味わえる変化というのが、新発見のように思えた訳である。

思えば剣武の稽古の前後も、礼式の中で必ず短い瞑想が行われる。青木宗家が心魂傾けて定められた「礼式」は、決して単なる挨拶の形式などではない。だからこそ、心身をブレのない状態にする具体的な働きがあるのだと思う。これも、今回、断食中だからこそ味わえた実感である。奇しくも、断食6日目にウォーターセラピーにいらした方が、以下のような感想を伝えて下さった。

”今まで色々な瞑想を体験して来ましたけれど、ナディアで体験したあの瞑想(=天真体道瞑想のこと)が、一気に中心に入るような感じで一番良かったです”

ちなみに、私が瞑想の話を振った訳ではなく、全く別な文脈で自ら語って下さったものである。同じ時に参加していた別の参加者の方も、その瞑想法が相当気に入ったようで、二子玉川のクラスにもわざわざ足を伸ばして参加して下さった。確かにシンプルで効果的だからこそ、私達も毎日行っているし、書のクラス、剣のクラスの前にも、必ずその瞑想を行うのである。年内最後は大阪、新年最初は東京でクラスが行われるので、関心のある方はこの機会に体験してみて頂ければと思う。

★7/23(日)大阪チャクラ、水晶の波に乗る動的瞑想法
★7/26(水)二子玉川、「13の月の暦」元旦スペシャル瞑想


剣武天真流の稽古を始めてぴったり八年、断食開始八日(復食一日)目の記念日に。

大本を辿るー浅野正恭と井上鑑昭

2017年05月17日 01:14

スペクトルの月15日(G5/16)KIN253 赤い律動の空歩く者(by D)

日々シンクロ状態にあると、話の端緒がどこにあったのかがよく分からなくなってしまうのだが、今回の話は、ちょうど52日前のKIN200(G3/24)にきっかけがあったように思う。その日は「太陽の月18日」で、9/18とも表記できる事からG9/18生まれの母とのシンクロに気付き、そこから祖父母の誕生KINが気になり出した。

時々思い出しては感謝の気持を送ってはいるものの、4人とも他界して久しく、子供の頃によくお祝いの手紙を書いていたはずの誕生日も全く思い出せない始末。さすがにそれはマズイと母に電話で確認し、全員の誕生キンを調べてみる事にした。そうしたくなったのは、この日がパカル王の生誕1414周年記念日に当たっていた事とも無関係ではないと思う。

もともと『13の月の暦』はパカル王と密接な関係があり、自分の毎月の誕生日(18日)とパカル王の毎月の誕生日が同じだった事を、初めてはっきり意識しただけでなく、サイ時間もKIN180(18×10)で、18(鏡のコード番号)と深く関係している事が分かったからである。さて、肝心の祖父母の誕生キンは以下の通り。

母方の祖父が1905.10.26のKIN96、祖母が1909.2.10のKIN258。その合計354は太陰暦の1年。父方の祖父が1894.5.22のKIN84、祖母が1902.10.27のKIN42。合計の126は拙著を3冊も担当して下さった編集者の天野さんの誕生KIN。そして4人の合計は480。自分が48才(3・竜の道筋)になる少し前のタイミングでこの事に初めて気付くのは、今が相応しい時だという事だろう。

9日後のKIN209(G4/2)から始まった会員制の新クラス「時のからだ塾」は、6名(私達含め8名)のメンバーで出航。流石に最先端クラスに即座に反応した方々だけあって、初回から強烈なシンクロ場が生み出され、会員専用メーリングリストでは、その後も加速度的な情報共有がなされている(話は飛ぶが、その翌日『陸軍中野学校 竜三号指令』というDVDを観ていることを自分の為にメモ)。

初回は、全ての土台をおさえておく意味で「世界観・死生観」を大まかなテーマとしたが、自分のルーツである祖父母を辿った経緯もあって、2回目は「本質やルーツ」をテーマにしようとボンヤリ考えていた。すると、第2回目の9日前に当たるKIN235(G4/28)に伊豆熱川で行われた剣武天真流師範合宿で、青木宗家が「思想においても型においても、それがどこから来ているのか、ソース(源)を明確にすることはとても大切である」というような事を話された。

形に現れる前の意識(心)、天真思想など、多面的な要素を含んでのお話だったが、そこには井上鑑昭先生(新英体道)→江上茂先生(空手道)→青木宏之先生(天真体道)という「流れるような柔らかい動き」の系譜についての話も含まれていた。ちなみに熱川では、青木先生を「世界の12人のマスター」の一人に選んだル・シエル財団による記録映画用の撮影も行われたのだが、前後の関係もあるので、それについてはまた機会を改めて報告したいと思う(これまた驚きに満ちた大変不思議な話である)。

ヴィジョンのウェイブスペル(13日間)初日(KIN235)のこの影響力が、GWの間も今も響いていることを、以下に記して行こう。自分の67回目の銀河の誕生日(KIN241)とシンクロした「みどりの日(G5/4)」に開催した「銀河のマヤ時間フェスティバル」に、私が生まれた茨城県(しかも小原という場所)から参加された方がKIN235で、今の道筋がKIN180(祖父母のキンを調べたパカル王誕生日のサイ時間)だったのも、今、振り返ると強烈なサインである。

翌日の「こどもの日」は、友人の増田博一&オラヌご夫妻(KIN118&KIN18の鏡夫妻)の新居にお招きいただき初訪問。縁側のある純日本家屋で、オランちゃんの絶品料理と、滅多に出会えないという志賀高原南山麓・小布施ワイナリーの「Numero SIX」という日本酒でもてなして下さった。その後、地下迷宮として有名な「田谷の洞窟」(瑜伽洞)に初入場。さらに鎌倉景正を祀った田谷御霊神社(13社に分霊された一つだとか)、「九つ井」のガラス陶芸工房とご近所を散歩。

「九つ井」は数少ない支店が二子玉川にもあって不思議なシンクロを感じるお店なのだが、実はもっと不思議なのが、増田さんのお宅の言われ。引っ越しが決まった時、大家さんから「ここは戦艦朝日の艦長を務め、心霊研究でも有名だった方が作って晩年を過ごした家なのよ」と聞かされたらしい。その後、住人が入れ替わり、ちょうど空いたところを増田夫妻が見つけたという事なのだが、どうもその人物に該当するのは、大本教に深く関わった浅野和三郎の兄・浅野正恭海軍中将らしいとの事。

もしそうなら、大変興味深いシンクロである。何しろ新英体道の井上先生も合気道の植芝先生も大本教とは切ってもきれない関係にあるからだ。天真体道の道友である増田さんが、全く予期しない形でそんな特別な縁のある人物の家に引っ越す事になるなんて、それだけで大いなる驚きだったが、「そうらしい」の状態から「はっきりそうだ」と確認できたのは、G1/21(KIN138=8・鏡)の引っ越し当日前後で、私達がそれを増田夫妻から聞いたのは、G1/26(KIN143)にシバカリーワラで引っ越し祝いをした時だった。

合気本 ★お借りしている資料(青木先生のお名前も見られる)

KIN143は、後に井上先生の資料を貸して下さる事になる「時のからだ塾」の近藤さんの誕生キンで、浅野正恭氏は1868年1/22に茨城県で生まれている。つまり、増田夫妻は、浅野氏の生誕149周年の1日前に、その家に引っ越したのである。しかも住所は1490。さらに、私がパレンケの「碑銘の神殿」の石室を訪れたのは「赤い律動の月(KIN149)の年」のKIN149(G4/12)であり、増田さんは、そこから18年後の1日前に当たるG4/11の満月に、その石室が発見された日付であるKIN218(10・鏡)の道筋に入ったばかり。

やはりこの出来事はパカル王と切り離して考える事は出来ないようだ。瑜伽洞(田谷の洞窟)には私と増田さんで入ったのだが、ある意味、パカル王の墓室と同じ意味合いの地下世界を巡った事になる。マヤでは「9」が地下世界を示す数なのだが、「九つ井」のギャラリーは洞窟近くの見晴らしの良い丘の上にあるのが面白い。あるいは、この丘全体が「碑銘の神殿」で、洞窟が異界への通路としての「墓室」に対応するのかもしれない。

ギャラリーからの坂道を下る途中、ちょうど大家さんが通りに出てきて、私を見るなり「ご兄弟?」と聞かれた。地元情報誌に写真入りで登場していた増田さんを目にした私の母が自分の息子と勘違いした位だから、やはりどこか似ているのだろう。初訪問で思いがけず浅野正恭氏の姪に当たる方にも会えてしまった事で(数秒ズレてたらお会いできなかっただろう)、何だか増田さんのお宅(あるいは浅野氏)のスピリットから「この情報をしっかり受け取るように」と言われた気がした。

増田家 ★増田邸にて

その後も、試作の新しい器を見せてもらったり、新技のタロットを披露してもらったりしながら、異次元的な時間が流れるそのお宅で楽しく過ごしたが、この強烈なシンクロは、きっと新しく始まった「増田アーツ&クラフツ」の活動にも、見えない領域から影響を与えるのではないかと思う。今後の展開に注目したい(タロットは「洞窟の父」という活動名が良いと皆で盛り上がった)。

連休最後のG5/7(KIN244)に行われた「時のからだ塾」では、「ルーツを辿る(本質を見る)」のテーマにシンクロして、橋本さん(KIN26)が、お母様やご祖母様の満州引き上げ体験とその後のご苦労を記した『手のひらの記憶』(ペンネームで執筆)をプレゼントして下さった。私の母(そして祖父母)も満州引き上げを体験しているので、色々と重なる記憶を見る思いがしたが、発刊日のKIN84(6・種)は、父方の祖父の誕生KINにシンクロしていた。

青木先生の114回目の銀河の誕生日(KIN245)の翌日、つまりKIN246(G5/9)に、先生が私のブログをFBで紹介して下さっているのを発見。先生の傘寿のお祝いに関する記事を引用して下さっていたのだが、これにはFBも驚いたのか、直後に接続出来なくなり15分ほどサーバがダウンするという珍しい現象が起きた。しかし、この日はさらに驚きが続いた。「時のからだ塾ML」で、生まれるずっと前に、植芝盛平先生のご著書に影響を受けて名前を決めていたというご長男がKIN246である事を、近藤さん(KIN143)がシェアされたのだ。

さらに、最初に合気道を習ったのが、井上先生の親英体道の流れを組む道場で、その後、武術関連の資料の殆どを処分された中、井上先生関連の資料だけは残してあるという事で、以下のようなかなり細かい情報を教えて下さったのである。『井上鑑昭と新英体道』のVIDEO(上下巻共に42分、42×2=84)、井上先生のインタビューが出ている『開祖を語る13人の弟子たち』(初版 平成7年12月20日=KIN241)、『合気ニュース(127号)』井上鑑昭先生特集(青木先生もインタビューされていて江上先生の事も述べられている)。

奇しくもその日は『13の月の暦』の42週目の初日で、先述の通りKIN42は父方の祖母、KIN84は祖父という関係。そこから突然思い出しのは、その祖母から小さいお守りをもらってお財布に入れていた時期があり(学生の頃まで)、ずっと後になってそれが「大本」のお守りだったのを知った事。祖母と大本との繋がりは不明で、今後、調べてみたいテーマのひとつだが、伯父が海軍だったので、もしかしたらその辺りからの縁なのかもしれない。

4日後のKIN250(G5/13)、その近藤さんが天真体道瞑想クラスに参加された折、上記一式を持って来て貸して下さった。帰宅後、最初にパラパラめくった『合気ニュース(127号)』P13の「皇武館道場開き」という写真のキャプションに、私は一人興奮せずにはいられなかった。「前列中央に盛平翁 その右 浅野正恭中将 …後方に立っているのが、井上師」。まさに役者が揃った1枚だったのだ。さらに同ページにある以下の文章にも注目したい。

”綾部の熱心な信者に浅野正恭中将おり、彼は竹下勇大将の後輩だった。ちなみに正恭は浅野和三郎の兄である。和三郎は有名な心霊学者であり、一時期大本に非常な影響力をふるっていた。正恭は盛平と大東流のことを竹下に話した。自身も武道をかなり長く熱心に稽古していた竹下は、わざわざ大東流の稽古を見るために綾部におもむいた。このことがあって、盛平と要一郎(注:井上先生のこと)は、竹下の招きにより上京し、実業家、政治家、軍人、学者など、上層階級の人たちに教授することになった。”

つまり、この文からは、今、増田夫妻の住んでいる家を建て、おそらくそこで他界された浅野正恭氏こそが、植芝先生や井上先生を政財界の中枢に紹介する最初のきっかけを作った方だった、と読み取れるのである。そして、井上先生の柔らかく流れるような動きが、江上先生、青木先生と伝わり、今、まさに青木先生から直々にその動きのエッセンスを教えて頂いているのだから、何とも信じられないような展開である。

KIN246は、剣武天真流の吉田倫子本部正師範の誕生KINでもあり、その日に、「時のからだ塾」の6名の塾生の一人である近藤さんから『開祖を語る13人の弟子たち』(発刊日がKIN241)の情報も教えてもらった訳だが、翌KIN247に、私は初めて銀座SIX(13階建て241ブランド)に立ち寄っている。6と13と241。同書のP241は、植芝先生の笑顔の写真。『合気ニュース(127号)』のP6には井上先生のカラー写真、同P13にはその二人と浅野正恭氏が一枚に写っている写真。何とも縁起が良いシンクロである。

この話はこれから先も続いて行く物語の一面だと思うが、まずはここでひと区切りつけておこう。最後に『時間の法則の20の銘板』の見方では、先月「惑星の月」が剣武の稽古を始めた日付KIN257と、今月「スペクトルの月」は母方の祖母のKIN258と対応していることをメモ。そして、KIN260に対応する今年の「宇宙の月」で、1997年から始まった20年間の大きな区切りが終わり、「黄色い水晶の種の年」の「磁気の月」から、全く新しい20年が始まる事になるのである(これについての詳しい根拠は明日神楽坂のクラスでシェアする)。

本当は、井上先生の37日前に生まれた父方の祖母のKIN42とシンクロする42週目のうちにUPするつもりでいたが、あまりに話が入り組んでいて長くなり、丸1日予定がズレこんでしまった。しかし、この二日間は「時のからだ塾」の橋本さんのお姉様のカレンダーラウンドと、同じく塾生のL.Hさんのカレンダーラウンド(本日)が続くという、塾長の私にとっては特別な二日間でもあったので、お祝いの気持ちも込めて、このブログをまとめさせて頂いた。

青木宏之先生「讃寿」の御祝い会

2016年03月08日 14:54

太陽の月2日(G3/8)KIN79 青い磁気の嵐(by D)

今年のG2/22(KIN65)、天真体道(新体道、天真書法、剣武天真流、瞑想、ボランティア活動等)の師である青木宏之先生が80歳を迎えられた。これを記念して、天真会の吉田晶子事務局長が発起人となり、一昨日の3/6(KIN77)、アートコンプレックス・センターにて「讃寿の御祝い会」が行われた。一般に「傘寿」と書かれる八十歳の誕生日を「讃寿」としているのは、「いのちの讃歌」を体現し、教えて下さっている先生のご希望による。

『ドリームスペル(13の月の暦)』のツォルキンで見ると、東日本大震災(KIN77)からぴったり7銀河スピン(260×7)というタイミングだったが、青木先生が立ち上げられた「チーム天真」では、震災直後から東北被災地でのボランティア活動を開始し、今も道友の関口仁さん(剣武本部正師範)をリーダーに、支援活動が続けられている。

一昨日は、私達(D&L)も、演武や揮毫を通じて御祝いの機会を頂いていたので、その事も含め、諸々の事情で参加が叶わなかった方に向けて(そして自分達の記録の為にも)、当日の様子を記しておきたいと思う。

天真会会員による手作りの御祝い会という事で、会場セッティングのために9時45分に現地に集合。前々から準備を進めて下さっていた事務局長を始めとする設営リーダーの指示の下、青木先生の書作品や活動記録写真などが次々に展示されて行く。

流石に青木先生を慕って集まっている方々だけあって、普段、それぞれ全く異なる分野で活躍している多様なメンバーであるにも関わらず、善意に満ちた自律性があり、その場その場で必要な仕事を自ら見出し、協力し合うという動きが自然に生み出されていた。

「お祝い会」の本番は14時〜17時という事になっていたが、私は、この会場設営から終了後の撤収作業までを含む全場面に、青木先生が創り上げて来られた「天真体道」の実際の働きを見て、自分自身もその場に身を置かせて頂きながら、ひそかに感動していたのだった。

定員80名の会場に、来賓と会員合わせて160名もの参加者があった(お陰で申込み締切が当初の予定より大幅に繰り上げられてしまったほど)関係で、会場は開宴前から熱気に包まれていた。発起人である吉田事務局長の挨拶に続いて、青木先生が挨拶を述べられたが、海外からの参加者に向けて、小学6年のお孫さんが英語で同時通訳を担当。流石である。

続いて、天真書法塾・無鑑査師範3名による書の揮毫。「寿」という字を、それぞれ自由なイメージで表現。Lこと蘭禅も、袴姿で初の大字揮毫に挑戦し、宮野玄妙師範、菅原咲蓮師範と共に、三人三様の全く異なる作品が完成。同じ師から習うと、似たようなテイストの作品になってしまう事が殆どだが、それぞれの味がそのまま引き出されるのが、天真書法の特徴の1つだ。
寿 ★左から、蘭禅、玄妙、咲蓮 各師範

来賓代表で祝辞を述べられたのは、(株)アウレオ守屋祐生子社長とグローバル・タンク(株)田中治幸社長。お二人とも、長年、天真会の活動に惜しみない協力をして下さっている方々だが、守屋社長は、30年前に青木先生に出会った頃からの変わらない若々しさについて語られ、剣武天真流の先輩でもある田中社長は、豊田章男氏(現トヨタ自動車社長)と共に青木先生に滝行を学んでいた頃のエピソードを披露して下さった。

そして、天真書法塾の先輩でもあるアルビオンアート(株)有川一三社長は、青木先生とそこに学ぶ人々を、如来と菩薩に喩えた挨拶をされてから、乾杯の音頭を取られた。流石に、第一線で活躍されている方々のお話は、内容も間合いも見事で、学ぶところ大である。他にも、お名前を挙げていたらキリが無いくらい素晴しい方々が大勢いらしていたが、それこそが先生の深さと豊かさの現れであるように、私には思えた。
悟郎さん ★海外からのビデオレター

フランス、イタリア、ブラジル、チリ、フィリピン、ネパールなど、世界各国から届けられたビデオレターにもそれは示されていて、どの国の人々も皆、心から先生をお祝いしているのが伝わって来たが、特に印象に残ったのは南米チリの方だった。何しろ、青木先生に一度も会った事が無いのにも関わらず(剣武ブラジルの望月ウィウソン師範を通じて学んではいる)、稽古着姿で砂浜に正座して先生に感謝を述べているのだ。日本から最も遠い地域にも、その教えは伝わっているのだ。
青木先生讃寿のお祝い 演武 新体道 ★新体道の栄光組太刀

バースデーケーキを先生が真剣(びっくりするような名刀)でカットされ、花束の贈呈などが行われた後は、いよいよ御祝いの演武。石井俊充首席師範率いるNPO新体道と、中央大学&慶応大学棒術部OBOGによる迫力ある演武(剣、棒、空手、杖など)に続いて、剣武の出番が巡って来た。剣武天真流開発当初からのメンバーでもある丸山貴彦本部正師範が、当時を振り返りつつ代表して祝辞を述べた後、剣武の師範達が3つのグループに分かれて演武を行った。
青木先生讃寿のお祝い 剣武 フランス ★剣武フランス代表のジョエル師範とデルフィ師範

弐段師範は「一心拓道」「生々流転」という型を、海を越えて駆けつけた剣武フランス代表のジョエルとデルフィ(共に参段師範)は「複合抜刀型」と素手による組手を、そして本部正師範(四段)は、172もの剣の極意から成る「神剣無礙」という壮大な型を演じて、御祝いさせて頂いた。先生が苦心して生み出された型をその眼前で演じるのは、ベートーヴェンの前で「運命」を演奏するようなもので、正直緊張したが、会場の皆さんの熱い「氣」に助けられて何とか無事に終了。
青木先生讃寿のお祝い 剣武 小原大典  

最後に、NPO氣道協会の長谷川浄潤先生によるピアノの即興演奏に合わせて、青木先生が素手と剣で演武をして下さった。やはり師は偉大である。しかし、そんな師の「讃寿」を、このように大勢の人々と共にお祝い出来たのは、何とも嬉しい事であった。
青木先生讃寿の剣武 ★揮毫された「寿」を前に青木先生の演武

準備に関わられた全ての皆さま、特に、リーダーとして時間をかけて計画を練り、当日も号令をかけて下さった吉田随流(晶子)先生、宮野玄妙師範、関口仁師範、吉田倫子師範に感謝する次第である。そして、このような素晴しい道友と出会わせて下さり、私達を導き続けて下さっている師・青木宏之先生に、心からの感謝と祝福を。この度は、誠におめでとうございました!
青木先生讃寿のお祝い 揮毫 小原蘭禅 ★D&L 宴の後でホッとしているところ

天真華厳世界と銀河マヤの同期

2015年03月19日 19:35

太陽の月13日(G3/19)KIN245 赤いスペクトルの蛇(by D)

36(9×4)日前の今日は建国記念日(G2/11)で、そこに『ドリームスペル(13の月の暦)』の「月の創世記」の始まりが重なるという特別なタイミングだった。ドリームスペルが誕生したのは1990年だから、この同期現象は初めてのことであり、次に巡ってくるのは52年後という事になる。

その日、エレクトリックトランペッター・近藤等則氏と、剣武天真流宗家・青木宏之先生によるライブ「超意識Super Consciousness」が、渋谷のLIVE GATE TOKYOで行われた。新体道(天真体道)の稽古人という切り口で見れば、創始者(青木先生)と大先輩(近藤さん)のコラボという、絶対に見逃せないカード。
近藤さん 
自分が新体道を学んでいなかったとしても、達人研究家としては、道を切り拓き続けて来た偉大な先人達の創り出す場には、万難排して身を置いてみたいと言うもの。だから、「先生の書のパフォーマンスの補助を」という話を耳にした時は、それだけで小躍りしたものだったが、いつの間にか出演もするという話になっていて、驚いている暇もないままその日がやって来てしまった。

当日、恵比寿駅からライブ会場に向かう道すがら、最初に目に入った車のナンバーは701。近藤さんは私と同じKIN241(7・竜)が誕生キンで、竜のコードNoは1なので「7・竜」は「7・1」とも表記できる。「これは幸先が良い」と歩いて行くと、会場前の交差点には、2013ナンバーの工事車両が停車していた。
2013 
「時間船2013の旅」という副題を持つドリームスペルとここまでシンクロして来るということは、今回のライブ、想像以上に多次元的な意味を持っているに違いない・・・そんな事を思いつつ、しばらく会場の前で待っていると、先生方を乗せたSさんの車がパフォーマンス用資材と共に到着。何と、そのナンバーは683だった!
683 
最近新しい車に買い替えられたという話は耳にしていたが、まさかパカル王がこの世を去った年と1年のズレもない数とは、ただただ驚くしかない。何しろ、ホゼ・アグエイアスは、マヤに数多いた王達の中で、他の誰でもなく、そのパカル王からの声を聞いて、ドリームスペルの情報をキャッチしたのだ。

それ故、ライブ終了後、来場者の数が73名だったと聞いた時は、流石に私もゾッとした。何故なら、マヤ長期暦の始まり(BC3114=-3113)から、マヤでの還暦周期に当たる52年周期が73回カウントされると、ぴったり683年になるからだ。後に73→78名に訂正されたが、これもパカル王の石棺の縁に描かれた日付の、「銀河の音」に相当する数の合計数で、『テレクトノン』では260日の中に1日だけ設けられた「パカルの特別な数字」の日。どうやらパカル包囲網からは逃れられないようだ。


ライブの様子については、近藤さんの演奏と共に青木先生の剣・書・体技のハイライトシーンが観られる上記映像を参照して頂くとして、もう少しドリームスペルに関するメモをしておこう。

ドリームスペル創世記の冒頭には「竜から生まれて 猿に教えられ 月で飛行をはじめる」という謎めいた文言がある。1キン=100年という置き換えを行うと、260キン=26,000年となり、「月の創世記」の52日間は、マヤ長期暦がカウントしていたおよそ5,200年の期間(1キン=100トゥンの計算だと約5125年間)に対応する。

本来、人類が「飛行をはじめる」はずだったこの期間の始まりに、「時間の盗み」が生じたというのが、ドリームスペル創世記が語る神話である。そして、「12カ月の暦」を制定した王や神官達によって、およそ5,125年前に盗まれた「本当の時間」を取り戻すべく、然るべきタイミングで銀河からもたらされたのが『ドリームスペル』である、という事になっているのだ。

だからこそ、ドリームスペルプレイヤー(13の月の暦ユーザー)にとっては、「月の創世記」の始まりに当たるKIN209(1・月)は、極めて重要なタイミングと見なされるのだ。そのタイミングを慎重かつ大胆に過ごすことで、盗まれた時間(心)は再び取り戻される。日本では今年、ちょうどその日が「建国記念日」と重なり、まさにそこを狙ったかのように「超意識」ライブが行われたのだから、やはりただ事ではない。

しかも、『13の月の暦』で見ると、今年1年全体も「9・月」でコード化されているから、ライブ当日は「赤い月」という「太陽の紋章」が持つ「普遍的な水/清める/流れ」という働きが強力に響いていた事になる。『銀河のマヤ』に書いたように、パカル王が治めていた地パレンケも、もともとは「大いなる水」を意味するラ・カンハと呼ばれていたようだし、青木先生のリードでライブ会場に居た全員が瞑想状態に導かれた時、舞台後方のスクリーンに映し出されていた映像も水だった。

舞台に立った7名のうち4名は、「鷲」のウェイブスペル(WS)生まれ(「7・竜」「7・竜」「11・蛇」「12・橋渡し」)、2名は「橋渡し」のWS生まれ(「3・星」「9・魔法使い」)、そして残る1名が「鏡」のWS生まれという構成だった。1997年に東京で世界会議が開かれた時、アグエイアス夫妻から『13の月の暦』を受け取る役を演じた(当時は子供だった)Takahikoさんが、その「鏡」のWSの「12・月」で、「月(=水)」共鳴しているのも見逃せない。

ライブ自体は「鷹」が守護する「銀河の月」に行われ、それをまとめた動画は、この「鷲」のウェイブスペルになってから公開された。ちなみに、鷹も鷲もタカ目タカ科の鳥で、分類上の厳密な違いは無い。そして、このブログをUPする今日は、とてもお目出度いことに、青木先生の111回目の銀河の誕生日である(おまけに書いておくと、KIN111はKIN241の反対のパートナーである)。

また、興味深いことに、G暦3/19の今日は、『13の月の暦』だと、ちょうど数字を左右反転した9/13になる。そして、マヤ長期暦での「9.13.0.0.0」は、パカル王がこの世を去った9年後の692年に当たり、王の遺体が納められた「碑銘の神殿」が完成した年と考えられている。
先生近藤さん 
青木先生はライブ会場全体を、互いが互いを映し出し讃え合う「天真華厳の世界」へと誘って下さったが、KIN209という「水」に関する時間と、「ライブゲート」という「生きた門」を通じて、パカル王やアグエイアス夫妻(KIN11&KIN22)が、別次元からも強力にサポートしてくれていたように、私には感じられた。何はともあれ、あの場に参加させて頂けたことは、大変光栄なことだったし、将来振り返ってみても、改めてそう思うことだろう。ただただ感謝するのみである。

普遍的な宝の開示

2014年11月02日 03:55

自己存在の月15日(G11/1)KIN107 青い電気の手(by D)

1ヵ月に渡って開催されていた「【我が心の聖地】天真書法塾シャンバラ教室ギャラリー展」が、昨日、無事終了しました。期間中、会場にお越し下さった皆様、FBのアルバム等を通じて関心を持って下さった皆様、共に素晴しい場を創り上げて下さった虹風先生はじめ出品者の皆様、そしてスペシャルなお茶と空間を提供して下さったLasahさんに、この場を借りて御礼申し上げます。ありがとうございました(D&L)。


オープニングの10/1は、Lの誕生日からぴったり260日のKIN76(=1959年3月10日=チベット民族蜂起の日)。最終日の10/31は、ラサのご主人石川さんの誕生キンであるKIN106。チベットの首都ラサで「ダライ・ラマ法王を護ろう」として起きたのが民族蜂起であったことを振り返ると、この美しいシンクロも偶然の産物とは思えなくなる。

そもそも、「2012年冬至」や「銀河の同期」(2013年7月26日)という特別なタイミングに、二子玉川という場所で、クリカとラサが位相を揃えて存在していること自体が魔術的なのだが、今回はその繋がり(縁)がより強力になった期間だったとも言えよう。

期間中、来場された方の中には、人の姿をした魔法使い(その道の達人)も多数含まれていたのだが、そういう人々を何気なくもてなしてしまう魔術師・石川さんをも唸らせたのは、我らが師匠、青木宏之先生であった。

興味深いことに、ちょうどギャラリー展の完了とシンクロするように、トランぺッターの近藤等則氏へのインタビュー映像「近藤等則新体道を語る」が公開された。近藤さんは新体道の大先輩に当たる方だが、昨年の剣武天真流演武発表会(今年は12/20午後)でもお世話になるなど、今も様々な場面で天真会や新体道にご協力下さっている。これも青木先生への深い敬意があるからこそ、ということが映像を見ると分かるだろう。


★近藤さんの背後で唸っている書は、青木先生の作品。

タイトルの通り、剣武天真流や天真書法の土台となっている新体道(天真体道)の本質について、様々なエピソードを交えながら語って下さっている訳だが、私が最も感銘を受けたのは、何のために新体道をやり始めたのかという「動機」についてだった。そこに、このインタビューの核心があると言っても良いかもしれない。

従って、新体道や近藤さんに一切関心が無くても、何かを学んだり稽古したりしている方にとっては、大いに参考になる映像だと思う。少なくとも私にとっては「宝」である。この文章を読んで、僅か10分余りの映像すら見てみようと思わない方は、縁なき衆生としか言いようがない。

これとシンクロするように、もう1つ大変貴重な記事が公開された。「21世紀に生きるエドガー・ケイシーの教え」というインタビューシリーズの第14回目として、青木先生ご自身がロングインタビューに答えられているのだ。インタビュアーの光田菜央子さんは、ケイシー関連の商品を扱っているテンプルビューティフルという会社の代表で、短期間ではあるが、私も稽古でご一緒させて頂いたことがある(実は、会社のスタッフの方とも色々と面白い繋がりがある)。

かなり長い記事だが、その内容は歴史的に意義あるものとして、将来、貴重な研究資料の扱いを受けるようになるのではないかと思う。後半には、道を歩む全ての人にとって役立つアドバイスも含まれているので、是非、じっくり時間をかけて読まれることをおすすめしたい。古から伝わる各宗教の経典群も、発表された当初は、きっとこんな感じに普通に読める文章だったのではないだろうか。人類にとっての普遍的な宝は、古来、自然な流れの中で開示されて来たのかもしれない。

ところで、この記事(第14回インタビュー)が公開されたのを知ったのは、『13の月の暦』での14週目の終わりの自己存在の月14日であった。先刻見た番組の中で、ゴールドベルク変奏曲を作曲したバッハは、14という数にこだわっていたというのを初めて知ったが、このブログの冒頭に登場したダライ・ラマ法王は現在14世で、まるでマンガのようにKIN14に誕生されている。

思い出したので、ついでに書いておくと、先頃他界された江本勝氏が世界中に広めた水の結晶実験。その最初期に行った「音楽を水に聴かせる」という実験で、クラシックとヘビメタを比較した時、クラシック側の音楽として選んだのは「ゴールドベルク変奏曲」であった。選曲したのは私で、その根拠は青木先生が御著書の中で瞑想に良いと書かれていたからだった。その辺りの詳しい経緯は『霊性のアート』の第1章にも記してあるので、興味のある方は参照して頂ければと思う。

尚、青木先生のインタビュー記事も、近藤さんのインタビュー映像も、まだ続編があるらしいので、何か感じ取られた方は、リンク先に注目しておくと良いだろう。お二人ともベートーヴェンに似ている気がするのは、偶然なのか、髪型のせいだけなのか、それも今後のインタビューで明らかになるかもしれない。

日本の霊性と剣

2012年12月26日 04:00

律動の月13日 (G12/25)KIN211 青い電気の猿(by D)

マヤ長期暦が大きな周期の完了迎えた冬至(12/21)、『13の月の暦』のツォルキンでKIN207「青い水晶の手」の日、私達は20名の参加者と共に「水晶の円卓の集い」を行った。40日前にカトマンズで体験した13人の子供達&13人のおばあちゃん達との出会いや、新刊の表紙にまつわるシンクロをシェアした後、地球ダイビング瞑想を実施。前夜にインスピレーションでやってきた方法を試してみたところ、皆さん、それぞれに面白い体験をされた様子だった。
冬至の水晶 
予め『マヤのリズム』などにも書いておいた通り、この日、人類は滅亡や壊滅的な災害を体験することなく、ごく普通に次の大周期の初日12/22を迎えた(あれこれ脅しを書いていた人たちはどう責任を取るのか見ものである)。しかし、体感的にはむしろ、その翌日の12/23から何かが大きく刷新された感じがした。

実際、『ドリームスペル13の月の暦)』では、12/23から「月の創世記」「魅惑の緑の中央の城」そして「赤い月のウェイブスペル」という新しいフェーズに入っている。ドリームスペル創世記において、「猿の創世記(KIN131〜208)」から「月の創世記(KIN209〜260)」への魔術飛行は、常に特別なタイミングであるが、今回のはとびきりスペシャルだったということを、以下、追って整理してみたいと思う。

まず、この日79才を迎えられた天皇陛下は、これから1年間、ほぼ2013年と同期する形で「赤い磁気の月(1・月)」の道筋を歩まれることになる。4年周期での始まりである「赤」の流れに入っただけでなく、13年周期の始まりである「磁気(1)」の音に入っている点にも注目したい。

そして、この1年の間に、伊勢の式年遷宮(20年毎)と出雲の遷宮(基本60年毎)が行われることも考え合わせれば、「日本の霊性」は、これからの1年で全く新しくなると言えるだろう。加えて、政の方も、このタイミングに、日本の惑星ホロンとシンクロする「6・橋渡し」の安倍晋三氏が新政権を発足させる。まるで狙ったかのような天の采配だ。

また、銀河ツール『時間の法則の20の銘板』『7:7::7:7』で採用されている「ひと月=1KIN」の見方では、KIN209(1・月)は、2013年7月26日から始まる「黄色い銀河の種の年」の「磁気の月」に対応する。つまり12/23は、「銀河の同期」そのものともシンクロしていたことになる!さらにサイ時間単位も「赤い惑星の竜」(KIN101)。

こうした「始まり感」に満ち満ちた日に、剣武天真流新体道棒術の演武会が、西神田で行われた。「赤い磁気の月」のキーワード「目的/統一する/引きつける」「普遍的な水/清める/流れ」は、エネルギーを統一して高め、祓い清める方向性を持つ剣武天真流にピッタリシンクロしている。また、私は九段下の駅から会場の体育館に向かったのだが、「赤い月」のコード番号はもちろん9である。

そもそも、三種の神器のひとつに天叢雲剣があるように、日本の霊性は「剣」を抜きに語ることは出来ない。新体道の剣術部門を進化発展させた剣武天真流は、まさにその霊性を中心に据えていると言っても過言ではない流儀であるが、新体道創始者にして剣武宗家の青木宏之先生が吟味検証しながら構築された体系だけに、武術的な側面も当然きちんと押さえられている。同様に棒術や空手も、新体道という土台の上に構築されているので、本質的なところは皆同じである。

さて、今回の演武会では、NPO新体道本部と慶応大、中央大の新体道棒術部が前半に棒と杖を、剣武天真流が後半に型や組太刀を行った。勢いのある学生諸君の演武も素晴しかったが、やはり本部指導員の演武は迫力があってどれも見事だった。また、今回は久しぶりに帰国された岡田満先生の応援演武と宗家の演武も見られて、稽古人としては非常に得るものが大きい時間であった。
剣武演武 
私も剣でいくつか出番があったのだが、一人で行う自由演武として「生々流転」という型をアレンジしたものを演武させて頂いた。会場が皇居至近でほぼ真北のエリアであることや、全く新しいサイクルに入るというタイミング、そして「赤い月」や「赤い竜」と言った日付のエネルギーのことを意識し過ぎて少々力んでしまったが、まずは無事に終えられたことに感謝したい。
写真-9
会場を天真館道場に移してからの大納会は、認定証の授与式からスタート。私は、剣武天真流弐段の認定証を頂いたのだが、この日の朝、誕生KINが「6・世界の橋渡し」(KIN6)の安倍次期首相がテレビに登場されているのを目にしていたので、第6号と知って嬉しくなってしまった(ちなみに、G暦の年末年始は『13の月の暦』で常に6番目の月になる)。

ちょうどこの日に合わせて、青木先生(KIN245)が一気に名札も書いて下さり、道場の名札掛けに自分の名前を見つけることが出来た。天真館の道場開きは今年のG4/29(KIN231=Lの誕生KINでその時の私の道筋)だったし、演武会&大納会もKIN209で、さすが私達の先生!というタイミング。
剣武名札 
今後、支部教室を開くつもりで手続きしているので「師範」のところにも名を入れて頂いているが、実際には、まだ半年ほどの研修期間がある。上記の通り、暦的にもちょうど「黄色い銀河の種の年」のスタートとシンクロする日に弐段の認定を得たので、今年の夏から教室を開始する予定である。老若男女問わず、興味のある方は、是非、お問い合わせ頂ければと思う。

そういえば、今回のイベントは、剣武天真流弐段師範で本部指導員の吉田倫子さんが総合プロデュースと陣頭指揮を取って下さった。新年からは、慶大棒術部も初の女性幹部体制になり、中大棒術部も監督陣に女性が入るとのことで、時代の流れを反映してか女性の活躍が目覚ましい。本来、道の世界に男も女も無いと思うが、志を同じくする「道友」というのは、本当に大切だと近頃切に思う。

そういう意味では、大納会まで参加して下さっていた武術研究家の長野峻也先生をはじめとする游心流の方々や、新陰流のC先生など、天真会や新体道の活動を見守り、応援して下さっている皆様の存在にも、ありがたさを感じずにはいられない。広い意味では、そういう方々も「道友」と言えるのではないかと私は思っている。

互いにお宝を持ち寄って、上がった人から順に好きなものを選べるというビンゴゲームでは、フランスのワインコンペで最優秀をとったという赤ワイン(宗家より)や、オーナー自ら出品した横浜増田窯のマグカップなど、真剣に勝負したくなる景品が沢山出ていて大いに盛り上がった。Lはフランス人の稽古仲間が出品した水差しを、私は実用的なメモ帳を手に入れたのだが、帰宅してよく見ると、何と今使っている名刺入れと同じデザインのPスミスのメモ帳で、しかも何故かフランス製だった。

余興でムーンウォークやダンスを披露したOさんは、近所に住む稽古仲間だが、何と、かつてマイケル本人に認められたダンスチームの一員で、本人と握手した経験も持つ。その道のエキスパートが沢山いるという多様性も、天真会の魅力的な側面のひとつと言えるだろう。セラピストという仕事柄、時々、「何かお薦めの運動とか瞑想法ってありますか?」と聞かれることがあるのだが、自分が学んでいるものが一番おすすめなのは言うまでもない。

もし、他にもっと魅力的なものがあったらとっくにやっているだろうし、そう思えるものだったらきっと辞めずに続けているだろう。もちろん、世の中には素晴しい道や手法はいくらでもある。だが、私は日本に生まれたからには、日本の霊性と文化のエッセンスを学び、それを次の世代や世界に伝えて行きたいと思うのだ。そういう意味で、剣武天真流や新体道(天真体道)は、私の求める全てを内包する最高に魅力的な道なのである。



追伸:安倍氏は間もなく96代の首相になる予定だが、前回の90代と合わせると186。実はKIN90の江本氏と書いた『銀河のマヤ、聖なる時の秘密』は、奥付にある発刊日がG11/30で、その日はKIN186である。最終的にカットされてしまったが、安倍氏や昭恵夫人について書いているところもあった本だけに、興味深い繋がりである。

人体科学会

2010年08月23日 02:40

磁気の月28日 (G8/22) KIN136 黄色い律動の戦士 (by D)

この週末(「13の月の暦」では週末かつ月末)、菅平で行われた人体科学会の夏季合宿に参加して来た。 プログラムの中に青木宏之先生が担当されるワークショップがあり、興味があれば学会の会員でなくても( 先生の関係者という事で)参加できるとのことだったので、既にあった予定をやりくりして、参加することを決めた。何しろ、学生の頃から関心のあった学会だし、全体のプログラムもかなり興味深い。

KIN135(G8/21)、長野新幹線の中で湯浅泰雄先生(人体科学会創設メンバーのお一人)の『 身体論』に目を通す。空海について書かれた部分が読書会の課題になっていたので、宿題 気分で読み始めたのだが、これがなかなか面白くて、あっという間に上田駅に着いてしまった。駅から会場 まではバスで小一時間かかったが、高度が上がるにつれて緑が濃くなり、空気も美味しくなってくる・・・と細かく書いていると長くなるので、以下、シンクロに注目したダイジェストにしよう。

サロンで話題提供をして下さったのは、東京女子医大附属青山自然医療研究所クリニック斑目健夫先生。あれ?確かそこには江本勝先生とも繋がりのある川嶋朗先生がいらっしゃるのでは・・・ と思う間もなくパワーポイントの中に写真で川嶋先生が登場。それはともかく、その場で教えて頂いた「簡単効果的な健康増進法」は実に素晴しいもので、すっかり感動してしまった。湯たんぽやお灸を使って特定 の場所を暖めるだけなのだが、やり方次第で相当多様な病状にも対応できるようだ。

お土産に良質の艾まで分けて頂き、この時点で十分元を取った気分にさせられてしまったが、ビックリした のはその後の夕食の時。同席した書法塾の吉田先生に、瞑想カレッジでご一緒している弁護士のH先生と 盛岡の親戚とのシンクロ話についてお伝えしていたら、隣にいらした斑目先生の奥様が「盛岡ですか?」と おっしゃるので、話してみると、何と18年も盛岡に住んでいたことがあるとの事。もしや・・・と思って色々伺うと、父方の親戚とも母方の親戚ともかなり深く付き合いがあったことが判明。

私だけでなく、斑目先生も今回初参加だったことや、適当に座ったはずのテーブルで、一緒になったメンバーの配置のことなどを思うと、『身体論』以前に唯一入手していた湯浅先生のご著書、『共時性とは何か』(山王出版)を何となく持参していたことも影響したのだろうか、などと考えてみたくなってしまう。もちろん、それ以前に、まず青木先生が繋いで下さったご縁があっての話なのだが、それにしても面白い展開である。

懇親会では、野村晴彦先生のアコーディオンに合わせて青木先生が剣武のパフォーマンスをされたのを皮切りに、大井先生や新体道メンバーも色々やったりして盛り上がったが、その後、部屋を変えての2次会でも、青木先生と宮本知次先生(中央大学教授)が揃って貴重なお話をして下さるという、何とも贅沢な時間が続いた。

翌朝も、朝日を浴びつつ宮本先生ご指導の下、五防保健功を行い、朝食後は、青木先生・大井先生による大妙、瞑想組手のワークショップと、これまた非常におトクな、ある意味おトク過ぎるプログラムで合宿研修は終了。武道・武術に関心のある方はもちろん、身体を使う(あるいは身体を観る)何かをされている方なら、正直、この夏季合宿に参加するためだけに人体科学会の会員になっても良いくらいの濃い内容だったと思う。

帰宅後、真面目に会員の事など調べてみようとサイトを見に行くと、12月に行われる第20回年次大会は、何と13年前に「時間の法則に関する世界会 議」が行われた倫理研究所・倫理文化センターが会場。そして大会会長は、何とあの丸山さん・・・なんて、今や気軽に呼んではいけない雰囲気の倫理研究所理事長にして人体科学会副会長。 何だか色々なものが収束して来ているような、不思議な気分にさせられる。13年前に同所で発表された『時間の法則 の20の銘板』によれば、今週のコドンは「再び聴く」。思わず「お見事」と言いたくなる。

一方、ちょうど今日(KIN136)届いた『LOVE&THANKS』(8月号)の特集は、「死生観の転換」。前夜、宮本先生が、「今、大学では、死生観について教えている」とおっしゃり、その場でも、まさに死生観について色々な話をして下さっていたことが、ここでもシンクロしていた。そればかりか、ページをめくると、斑目先生と同じ職場におられる川嶋先生のインタビュー記事が、6頁にも渡って続いている。

そして、そこからさらに4ページ進むと、私が担当した本の紹介コーナーが登場。『チベッタン・ヒーリ ング』を取り上げたその記事は、自分がKIN21(8・竜)の道筋の時(つまり7月以前)に書いたもので、本来は7月号に掲載予定だったのが、編集側の事情でひと月後にズレたものだった。だが、ズレたおかげで「知の食卓」と名付けられているそのコーナーの21番目の記事になったのだし、斑目先生や宮本先生とお目にかかった直後に、まさにその事と繋がりが感じられる号に掲載されたのだから、やはり、これもひとつのシンクロなのだと思う。

1984年に行われた「日仏協力筑波国際シンポジウム“科学技術と精神世界”」は、自分の進路に大きな影響を与えた(直接参加したした訳ではなく後に書籍を通じてではあるが)イベントの一つなのだが、そのシンポジウムがきっかけとなって生まれた人体科学会は、やはり今も、私にとって魅力ある場であることに変 わり無いことが、今回の合宿参加ではっきりした。
 
幅広い分野の錚々たる先生方が関わっておられる一方で、一般にも広く開かれたこのような学会は 、なかなか無いと思う。特に、年末の大会は、無料で参加できるイベントもあるようなので、興味のある方 は、是非学会のサイトを覗いてみて欲しい。ちょうど筑波シンポジウムの記録映像放映などもあるようなので、初めて触れる方にとっては、この上ない機会 になるのではないかと思う。

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