大本を辿るー浅野正恭と井上鑑昭

2017年05月17日 01:14

スペクトルの月15日(G5/16)KIN253 赤い律動の空歩く者(by D)

日々シンクロ状態にあると、話の端緒がどこにあったのかがよく分からなくなってしまうのだが、今回の話は、ちょうど52日前のKIN200(G3/24)にきっかけがあったように思う。その日は「太陽の月18日」で、9/18とも表記できる事からG9/18生まれの母とのシンクロに気付き、そこから祖父母の誕生KINが気になり出した。

時々思い出しては感謝の気持を送ってはいるものの、4人とも他界して久しく、子供の頃によくお祝いの手紙を書いていたはずの誕生日も全く思い出せない始末。さすがにそれはマズイと母に電話で確認し、全員の誕生キンを調べてみる事にした。そうしたくなったのは、この日がパカル王の生誕1414周年記念日に当たっていた事とも無関係ではないと思う。

もともと『13の月の暦』はパカル王と密接な関係があり、自分の毎月の誕生日(18日)とパカル王の毎月の誕生日が同じだった事を、初めてはっきり意識しただけでなく、サイ時間もKIN180(18×10)で、18(鏡のコード番号)と深く関係している事が分かったからである。さて、肝心の祖父母の誕生キンは以下の通り。

母方の祖父が1905.10.26のKIN96、祖母が1909.2.10のKIN258。その合計354は太陰暦の1年。父方の祖父が1894.5.22のKIN84、祖母が1902.10.27のKIN42。合計の126は拙著を3冊も担当して下さった編集者の天野さんの誕生KIN。そして4人の合計は480。自分が48才(3・竜の道筋)になる少し前のタイミングでこの事に初めて気付くのは、今が相応しい時だという事だろう。

9日後のKIN209(G4/2)から始まった会員制の新クラス「時のからだ塾」は、6名(私達含め8名)のメンバーで出航。流石に最先端クラスに即座に反応した方々だけあって、初回から強烈なシンクロ場が生み出され、会員専用メーリングリストでは、その後も加速度的な情報共有がなされている(話は飛ぶが、その翌日『陸軍中野学校 竜三号指令』というDVDを観ていることを自分の為にメモ)。

初回は、全ての土台をおさえておく意味で「世界観・死生観」を大まかなテーマとしたが、自分のルーツである祖父母を辿った経緯もあって、2回目は「本質やルーツ」をテーマにしようとボンヤリ考えていた。すると、第2回目の9日前に当たるKIN235(G4/28)に伊豆熱川で行われた剣武天真流師範合宿で、青木宗家が「思想においても型においても、それがどこから来ているのか、ソース(源)を明確にすることはとても大切である」というような事を話された。

形に現れる前の意識(心)、天真思想など、多面的な要素を含んでのお話だったが、そこには井上鑑昭先生(新英体道)→江上茂先生(空手道)→青木宏之先生(天真体道)という「流れるような柔らかい動き」の系譜についての話も含まれていた。ちなみに熱川では、青木先生を「世界の12人のマスター」の一人に選んだル・シエル財団による記録映画用の撮影も行われたのだが、前後の関係もあるので、それについてはまた機会を改めて報告したいと思う(これまた驚きに満ちた大変不思議な話である)。

ヴィジョンのウェイブスペル(13日間)初日(KIN235)のこの影響力が、GWの間も今も響いていることを、以下に記して行こう。自分の67回目の銀河の誕生日(KIN241)とシンクロした「みどりの日(G5/4)」に開催した「銀河のマヤ時間フェスティバル」に、私が生まれた茨城県(しかも小原という場所)から参加された方がKIN235で、今の道筋がKIN180(祖父母のキンを調べたパカル王誕生日のサイ時間)だったのも、今、振り返ると強烈なサインである。

翌日の「こどもの日」は、友人の増田博一&オラヌご夫妻(KIN118&KIN18の鏡夫妻)の新居にお招きいただき初訪問。縁側のある純日本家屋で、オランちゃんの絶品料理と、滅多に出会えないという志賀高原南山麓・小布施ワイナリーの「Numero SIX」という日本酒でもてなして下さった。その後、地下迷宮として有名な「田谷の洞窟」(瑜伽洞)に初入場。さらに鎌倉景正を祀った田谷御霊神社(13社に分霊された一つだとか)、「九つ井」のガラス陶芸工房とご近所を散歩。

「九つ井」は数少ない支店が二子玉川にもあって不思議なシンクロを感じるお店なのだが、実はもっと不思議なのが、増田さんのお宅の言われ。引っ越しが決まった時、大家さんから「ここは戦艦朝日の艦長を務め、心霊研究でも有名だった方が作って晩年を過ごした家なのよ」と聞かされたらしい。その後、住人が入れ替わり、ちょうど空いたところを増田夫妻が見つけたという事なのだが、どうもその人物に該当するのは、大本教に深く関わった浅野和三郎の兄・浅野正恭海軍中将らしいとの事。

もしそうなら、大変興味深いシンクロである。何しろ新英体道の井上先生も合気道の植芝先生も大本教とは切ってもきれない関係にあるからだ。天真体道の道友である増田さんが、全く予期しない形でそんな特別な縁のある人物の家に引っ越す事になるなんて、それだけで大いなる驚きだったが、「そうらしい」の状態から「はっきりそうだ」と確認できたのは、G1/21(KIN138=8・鏡)の引っ越し当日前後で、私達がそれを増田夫妻から聞いたのは、G1/26(KIN143)にシバカリーワラで引っ越し祝いをした時だった。

合気本 ★お借りしている資料(青木先生のお名前も見られる)

KIN143は、後に井上先生の資料を貸して下さる事になる「時のからだ塾」の近藤さんの誕生キンで、浅野正恭氏は1868年1/22に茨城県で生まれている。つまり、増田夫妻は、浅野氏の生誕149周年の1日前に、その家に引っ越したのである。しかも住所は1490。さらに、私がパレンケの「碑銘の神殿」の石室を訪れたのは「赤い律動の月(KIN149)の年」のKIN149(G4/12)であり、増田さんは、そこから18年後の1日前に当たるG4/11の満月に、その石室が発見された日付であるKIN218(10・鏡)の道筋に入ったばかり。

やはりこの出来事はパカル王と切り離して考える事は出来ないようだ。瑜伽洞(田谷の洞窟)には私と増田さんで入ったのだが、ある意味、パカル王の墓室と同じ意味合いの地下世界を巡った事になる。マヤでは「9」が地下世界を示す数なのだが、「九つ井」のギャラリーは洞窟近くの見晴らしの良い丘の上にあるのが面白い。あるいは、この丘全体が「碑銘の神殿」で、洞窟が異界への通路としての「墓室」に対応するのかもしれない。

ギャラリーからの坂道を下る途中、ちょうど大家さんが通りに出てきて、私を見るなり「ご兄弟?」と聞かれた。地元情報誌に写真入りで登場していた増田さんを目にした私の母が自分の息子と勘違いした位だから、やはりどこか似ているのだろう。初訪問で思いがけず浅野正恭氏の姪に当たる方にも会えてしまった事で(数秒ズレてたらお会いできなかっただろう)、何だか増田さんのお宅(あるいは浅野氏)のスピリットから「この情報をしっかり受け取るように」と言われた気がした。

増田家 ★増田邸にて

その後も、試作の新しい器を見せてもらったり、新技のタロットを披露してもらったりしながら、異次元的な時間が流れるそのお宅で楽しく過ごしたが、この強烈なシンクロは、きっと新しく始まった「増田アーツ&クラフツ」の活動にも、見えない領域から影響を与えるのではないかと思う。今後の展開に注目したい(タロットは「洞窟の父」という活動名が良いと皆で盛り上がった)。

連休最後のG5/7(KIN244)に行われた「時のからだ塾」では、「ルーツを辿る(本質を見る)」のテーマにシンクロして、橋本さん(KIN26)が、お母様やご祖母様の満州引き上げ体験とその後のご苦労を記した『手のひらの記憶』(ペンネームで執筆)をプレゼントして下さった。私の母(そして祖父母)も満州引き上げを体験しているので、色々と重なる記憶を見る思いがしたが、発刊日のKIN84(6・種)は、父方の祖父の誕生KINにシンクロしていた。

青木先生の114回目の銀河の誕生日(KIN245)の翌日、つまりKIN246(G5/9)に、先生が私のブログをFBで紹介して下さっているのを発見。先生の傘寿のお祝いに関する記事を引用して下さっていたのだが、これにはFBも驚いたのか、直後に接続出来なくなり15分ほどサーバがダウンするという珍しい現象が起きた。しかし、この日はさらに驚きが続いた。「時のからだ塾ML」で、生まれるずっと前に、植芝盛平先生のご著書に影響を受けて名前を決めていたというご長男がKIN246である事を、近藤さん(KIN143)がシェアされたのだ。

さらに、最初に合気道を習ったのが、井上先生の親英体道の流れを組む道場で、その後、武術関連の資料の殆どを処分された中、井上先生関連の資料だけは残してあるという事で、以下のようなかなり細かい情報を教えて下さったのである。『井上鑑昭と新英体道』のVIDEO(上下巻共に42分、42×2=84)、井上先生のインタビューが出ている『開祖を語る13人の弟子たち』(初版 平成7年12月20日=KIN241)、『合気ニュース(127号)』井上鑑昭先生特集(青木先生もインタビューされていて江上先生の事も述べられている)。

奇しくもその日は『13の月の暦』の42週目の初日で、先述の通りKIN42は父方の祖母、KIN84は祖父という関係。そこから突然思い出しのは、その祖母から小さいお守りをもらってお財布に入れていた時期があり(学生の頃まで)、ずっと後になってそれが「大本」のお守りだったのを知った事。祖母と大本との繋がりは不明で、今後、調べてみたいテーマのひとつだが、伯父が海軍だったので、もしかしたらその辺りからの縁なのかもしれない。

4日後のKIN250(G5/13)、その近藤さんが天真体道瞑想クラスに参加された折、上記一式を持って来て貸して下さった。帰宅後、最初にパラパラめくった『合気ニュース(127号)』P13の「皇武館道場開き」という写真のキャプションに、私は一人興奮せずにはいられなかった。「前列中央に盛平翁 その右 浅野正恭中将 …後方に立っているのが、井上師」。まさに役者が揃った1枚だったのだ。さらに同ページにある以下の文章にも注目したい。

”綾部の熱心な信者に浅野正恭中将おり、彼は竹下勇大将の後輩だった。ちなみに正恭は浅野和三郎の兄である。和三郎は有名な心霊学者であり、一時期大本に非常な影響力をふるっていた。正恭は盛平と大東流のことを竹下に話した。自身も武道をかなり長く熱心に稽古していた竹下は、わざわざ大東流の稽古を見るために綾部におもむいた。このことがあって、盛平と要一郎(注:井上先生のこと)は、竹下の招きにより上京し、実業家、政治家、軍人、学者など、上層階級の人たちに教授することになった。”

つまり、この文からは、今、増田夫妻の住んでいる家を建て、おそらくそこで他界された浅野正恭氏こそが、植芝先生や井上先生を政財界の中枢に紹介する最初のきっかけを作った方だった、と読み取れるのである。そして、井上先生の柔らかく流れるような動きが、江上先生、青木先生と伝わり、今、まさに青木先生から直々にその動きのエッセンスを教えて頂いているのだから、何とも信じられないような展開である。

KIN246は、剣武天真流の吉田倫子本部正師範の誕生KINでもあり、その日に、「時のからだ塾」の6名の塾生の一人である近藤さんから『開祖を語る13人の弟子たち』(発刊日がKIN241)の情報も教えてもらった訳だが、翌KIN247に、私は初めて銀座SIX(13階建て241ブランド)に立ち寄っている。6と13と241。同書のP241は、植芝先生の笑顔の写真。『合気ニュース(127号)』のP6には井上先生のカラー写真、同P13にはその二人と浅野正恭氏が一枚に写っている写真。何とも縁起が良いシンクロである。

この話はこれから先も続いて行く物語の一面だと思うが、まずはここでひと区切りつけておこう。最後に『時間の法則の20の銘板』の見方では、先月「惑星の月」が剣武の稽古を始めた日付KIN257と、今月「スペクトルの月」は母方の祖母のKIN258と対応していることをメモ。そして、KIN260に対応する今年の「宇宙の月」で、1997年から始まった20年間の大きな区切りが終わり、「黄色い水晶の種の年」の「磁気の月」から、全く新しい20年が始まる事になるのである(これについての詳しい根拠は明日神楽坂のクラスでシェアする)。

本当は、井上先生の37日前に生まれた父方の祖母のKIN42とシンクロする42週目のうちにUPするつもりでいたが、あまりに話が入り組んでいて長くなり、丸1日予定がズレこんでしまった。しかし、この二日間は「時のからだ塾」の橋本さんのお姉様のカレンダーラウンドと、同じく塾生のL.Hさんのカレンダーラウンド(本日)が続くという、塾長の私にとっては特別な二日間でもあったので、お祝いの気持ちも込めて、このブログをまとめさせて頂いた。

【13の月の暦】の大基本

2017年05月10日 01:13

■スペクトルの月8日(G5/9)KIN246 白い水晶の世界の橋渡し(by D)

グレゴリオ暦(以下G暦)の手帳やカレンダーが新年の2,3ヵ月前には店頭に並び始めるように、G暦7/26から新しい「黄色い水晶の種の年」が始まる『13の月の暦』では、そろそろ新年度の手帳やカレンダーが出回り始める季節。

score.jpg ★今年度版13の月の暦《TIMESCORE》

それは同時に、この暦に初めて出会う人が増えるタイミングでもあるのだが、それだけに「最初の出会い方」には十分注意して頂きたいもの。というのも、世間には似て非なるマガイモノが溢れ返っているからである。何がマガイモノなのかと言うと、使い方、考え方(発想)、伝え方の全てが、元々の『13の月の暦』とは似ても似つかないばかりか、殆ど真逆なのだ。

そこで、21年前にこの暦とその提唱者であるホゼ&ロイディーン・アグエイアス夫妻に出会い、19年前に入門書(宇宙の暦は13ヵ月)を書いて以降、ずっと暦を使い続けて体験を重ね、本来の使い方と考え方を伝え続けて来た立場から、【『13の月の暦』の大基本 】を改めて整理しておきたいと思う。

◆『13の月の暦』が生み出された意味と目的
・自然のリズムと調和する(他の生物種との共存、シンクロニシティが当り前の状態へ)
・自分の時間を取り戻す(自ら主体的に判断し、他者の情報を鵜呑みにしない) 
・ものごとの繋がりを見出す(全体を見て部分にくっつかない。分裂から統合へ)
・意識を自由にする(欲や縛りを強化するものではなく、エゴから自由になるもの)
・老若男女誰でもすぐに始められる平和の運動(調和的な心を今、ここ、自分から)

◆どのように使うのか?
・365日暦(体)と260日暦(心)を”共に”意識する(両方の統合に意味がある)
・新しいリズムで日付を数え続ける(複数の異なる周期を見つけ、感じる)
・体験を記録し、意味を決めつけずに置いておく(キーワードはあくまで参考)
・子供のような目で物事を見て、想像力豊かに自由に発想する(意味を創造する)
・図、色、数などの同期、相似に目を向ける(文字情報に依存しすぎない)

マヤ暦との違い(*)
・1990年に発表された新しい暦で、デザイン、用語、構造にコピーライトがある
・古代マヤ暦のしくみを引用しているが、数えている日付も意味も異なる
・銀河の音、太陽の紋章、ウェイブスペル等は『13の月の暦』用語でマヤ暦には存在しない
・元旦をG暦7/26とする(マヤ暦は春分だったり4月頭だったり色々)
・G暦との関係を意識する『13の月の暦』では閏日調整をするが、マヤ暦に閏日は無い

(*)日本でマヤ暦マヤ鑑定マヤ占いツォルキン占い等の名で広まっている情報の殆どは、この『13の月の暦』の一部情報を、特定の個人数名が勝手に引用改変したもので、中米に発達した古代マヤとも現代マヤとも関係は無く『13の月の暦』とも別物である。従って、そこで教えられている内容も、個人の勝手な解釈で、古代の叡智とは関係無く、当然、認定資格も「親玉の配下(精神的奴隷)」という以上の意味は無い。そもそも『13の月の暦』は、自立した個人による自律的ネットワークを意図したもので、資格認定とは全く相容れないものなのだ。

以上、ざっと要点を整理してみたが、(事実を書くと)気分を害する人々がいるのを承知で、ここまでハッキリ書いたのは、腹黒い商人達(見かけは綺麗にラッピングされてる)があまりにもはびこり、看過できないレベルにまで問題化しているからである(諸団体の洗脳に気付いて脱出した人々が私達の所に多数やって来るのであちこちの内情はほぼ把握している)。

しかし事実は事実として書いておかないと、「声が大きい嘘つき」の情報ばかりになってしまうので、あまり嬉しい役回りではないが、アグエイアス夫妻や高橋夫妻の意志を(自律的に)継ぐ者の一人として書く事にした。尚、情報の出どころと出て来たタイミングを調べれば、ここに記されている事が事実かどうかは、割と簡単に判断出来るはずである。無駄な散財を避けたいのなら、まず「鵜呑み状態」から脱却する事だ。

最後に、拙著についてよく聞かれる事を整理しておこう。長いこと「鵜呑み状態」にあった人々(学校教育の仕組み上必然的にそうなり易いのだが)は、自分の直感や判断に自信が無いからなのか、ほぼ例外なく「どの本がおすすめですか?」と質問する。著者としては本気でどれもオススメなので、何とも答え難いのだが、それぞれフォーカスしている側面は異なるので、それを記しておきたいと思う。

宇宙の暦は13ヵ月・新装版』 
底本は1998年に執筆したもので「13の月の暦」の基本的入門書。今、読んでも変える必要性を感じる所は殆どないので、使い方も考え方もほぼもれなくまとめられていると思う。ただ、付録の資料が古いのと、「運命の道筋」の出し方については「マヤのリズム」「銀河のマヤ」の方がずっとスッキリしているという事は、明記しておきたい。

シンクロニック・ジャーニー
シンクロの加速技法をまとめた旅行記で、世界の7つの聖地の紹介も兼ねている。「13の月の暦」についてはごくシンプルな情報だけを紹介しているが、ある面、それだけ知っていたら十分という事でもある。暦の具体的活用例がふんだんに紹介されているという意味で、暦の使い方が最もイメージし易い一冊とも言える。

マヤのリズム 時は神なり
古代マヤ暦、現代マヤ暦、「13の月の暦」、コズミックダイアリー、コールマンインデックスなど、およそ日本で触れる可能性のあるマヤ暦関連情報を網羅して整理した一冊(上記の偽マヤ暦識別法についても、もう少し丁寧に整理してある)。マヤ暦情報で混乱している人、未来の予言で不安になっている人には、特に役立つと思う。

銀河のマヤ、聖なる時の秘密』(江本勝氏との共著)
水と波動の師である江本勝氏との共著だが、「13の月の暦」の源である「ドリームスペル」の全体像や「運命の道筋」については、一番すっきりまとめられていて「宇宙の暦は13ヵ月」に書ききれなかった側面を補完している。また、パカル王の生まれた日付についての驚きの発見を、そのプロセスと共にシェアしている。

霊性のアート 心の豊かさを育む技
「13の月の暦」に出会って2年弱で入門書を執筆出来たのは、それを理解するのに必要な知識と体験が既にあったから。波動、氣、水、色彩、シンクロ、イルカやトマトとの対話・・・スピリチュアリティについて長年検証してきた事をベースに、本質的な極意を集約した渾身の一冊。もちろん暦の要点も記してある。

もうひとつ大事なのが、私達クリカが、友人のイラストレーターみよこみよこさんと共同制作している卓上カレンダー「13の月の暦《TIMESCORE》」。今やあちこちから引っ張りだこのみよこ画伯の最新イラスト13枚は、後でハガキとしても活用出来る優れもの。暦を実際に活用できるかどうかは、知識量よりも法則を発見する目と想像力にかかっているので、それを促すように作られている。現在、鋭意準備中で、水晶の月(G暦6月)中にはご案内できる予定なので(コチラヘ)、どうぞお楽しみに!

銀河のマヤ時間フェスティバル

2017年04月09日 23:39

惑星の月6日(G4/9)KIN216 黄色い銀河の戦士(by D)

【銀河のマヤ時間フェスティバル】開催!(G5/4)

21年前に『時空のサーファー』を通じてマヤの時間世界に触れた私は、その3ヵ月後、著者のホゼ・アグエイアス氏と監修者の高橋徹氏に出会い、一気に『13の月の暦』の世界へとのめり込んで行きました。それが単に日付を数えるための暦ではなく、人々の意識に深い影響を与え、環境や平和の運動にも繋がる周波数変換装置のようなものだと実感したからです。実際、使い始めてからのシンクロニシティ体験は圧巻で、「信じられないような日々」が20年以上も続いて今に至っています。

tzolkin-timescore_201704092332132cd.jpg 

その理由はいくつか考えられますが、第1に、提唱者であるホゼ&ロイディーン・アグエイアス夫妻に会い、何が本質なのかを直接何度も聞いている事。第2に、彼らの殆ど全ての著書や資料の翻訳をされ、通訳もしていた高橋徹さんからも色々と教えて頂いた事。第3に、日本語版が制作された銀河文化ツール(銀河マヤの時間科学の教材)の全てに制作スタッフとして関わった唯一のメンバーで、ひと通り実践もして来た事が強く関係していると思われます。

IMG_9551.jpg ホゼ・アグエイアスのコラージュ作品

今となっては、私と全く同じ体験をする事は不可能ですが、それでもソース情報に直に触れ、その内容と要点を把握している者から直接話を聞けば、より本質的なものとダイレクトに繋がる事は可能です。来るGWの「みどりの日(G5/4)」にそのチャンスは巡って来ます(ちなみに「時間をはずした日」は当初「みどりの日」と呼ばれていました)。その名も「銀河のマヤ時間フェスティバル」。

プログラムは以下の通りですが、実際にツールに触れながら、あれこれと自由に遊んで行くスタイルを考えているので、時間割もあくまで目安と思って頂ければと思います。ただ、最も理解しやすい順に並べてあるので、順番自体を入れ替える事はありません。

◆5/4(KIN241)13:20〜19:00 (入退場自由、質疑自由)
13の月の暦』        13:20〜14:20(初心者はここから参加して下さい)
テレクトノン』     14:20〜15:20
〜休憩〜
ドリームスペル』    15:30〜16:30
『時間の法則の20の銘板』 16:30〜17:30
〜休憩〜

『7:7::7:7』        17:40〜18:20
質疑と交流         18:20〜19:00

これらのツールは、カンパとボランティアにより制作され、無償配布されたものですが、既に公式窓口からの配布は終了しているため、今回は私達の手元にあるツールを用います。どのツールも実際に動かしながら解説し、どんな質問にも可能な限りお答えします。暦本来の性質からすれば、この会もカンパ制にするのが相応しいのですが、長年の活動経験からカンパ形式の難しさを実感しているのと、20年以上の実践経験が無ければお伝え出来ないことを共有するという面を考慮し、一律で参加費を頂くスタイルにしてあります。


IMG_5223.jpg ホゼ・アグエイアスのコラージュ作品

一度でも、実物のツールで動きや背景を把握しておけば、「13の月の暦・手帳」(こよみ屋刊)にある図でも、かなり深い実践が可能となるでしょう。銀河マヤの時間科学を、統合的かつ一気に把握できる非常に貴重な機会です。どうぞ驚くべきシンクロ世界への入口を体験しにいらして下さい。どなたでもご参加いただけますが、特に初心者を歓迎します。


《*ご注意》日本で「マヤ暦」と喧伝されているものの殆どは、特定の個人(何名か)が『ドリームスペル』情報を盗み、占い&セミナー商法用に勝手に改変した代物で、中米地域のシャーマン達が使っているマヤ暦でもなければ、『ドリームスペル13の月の暦)』でもないというまがい物です。本当の事や背景を正確に知りたい方は『
マヤのリズム』に根拠と経緯がまとめてありますので、参考になさって下さい。先入観を排して自分で調べる方なら、遅かれ早かれ、いずれ真実に辿り着きます。

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【銀河のマヤ時間フェスティバル】
日 時:5/4(祝)13:20〜19:00(入退場自由)
会 場:東急大井町線上野毛駅徒歩5分(お申込の方に詳細をご案内します)
定 員:16名(定員になり次第締切ります)
参加費:5,500円(一部参加、通し参加に関わらず一律)
内 容:『13の月の暦』『テレクトノン』『倫理プロジェクト』『時間の法則の20の銘板』『7:7::7:7』

講師:小原大典(KIN241)
時間芸術学校クリカ主宰。アグエイアス夫妻が唱えた「13の月の暦に替える平和の運動」に賛同し、銀河マヤの時間のツール『ドリームスペル』『テレクトノン』他の日本語版制作・配布に深く関わる。著書に入門書『宇宙の暦は13ヵ月』『霊性のアート』、江本勝氏との共著『銀河のマヤ、聖なる時の秘密』等がある。

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★お申込み方法
お手数ですが、下記の3項目をコピー&ペーストなさり、必要事項(※)をご記入の上、必ず事前に
メール(←クリック)にてご本人がお申し込み下さい。その際、お申込みメールのタイトルを【時間フェスティバル】として下さい。追って受付メールを返信いたします。

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お願いとご注意
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龍の都「志賀海神社」での白龍遊天

2017年04月05日 05:13

惑星の月1日(G4/4)KIN211 青い電気の猿(by D)

春分の夜に見た天気予報では、3/21の午後には雨が上がるようだったので、夜のうちに雨雲が過ぎてくれる事を願っていたが、起きると外は殆ど暴風雨の様相。強風に乗って滑空するのを楽しんでいるかのような海鳥達を眺めながら朝食を頂く。流石に演武を控えているので、思わず箸が進みそうになるのをこらえ、少しの量をゆっくり噛んで頂く事にした。

小柄な女将さんは、「満帆荘」を訪れた著名人のことや、地震で被災した後に再建を決意した経緯について、気さくに話して下さる方なのだが、私達が共に受け取ったのは「多分、魔法が使える方」という印象だった。それが何を意味するのかは、実際に「満帆荘」に泊まって体感してみて欲しい。分かる人には分かると思うし、何のことやらという方でも、素晴しい宿なのは分かるだろう。

演武用の格好に着替え、幾分降りが弱くなった頃、ふたば幼稚園の小崎先生が迎えに来て下さり、真っ赤な77-77の車で志賀島877という住所にある志賀海神社へと向かった。『13の月の暦』のツォルキンで、この日は「赤い月の地球」。サイ時間も「赤い銀河の地球」、そしてKIN77は「赤い水晶の地球」。「赤い地球」のキーワード「舵取り/発展させる/共時性」を意識せずにはいられない。

御潮井(清め砂)を左、右、左と軽くふり清めてから境内に入る作法は初めてだったが、歴史の流れから見れば、これが清めの原形的なスタイルなのではないかと思う。志賀海神社の歴史や詳しい背景については、公式サイトをご覧いただくとして、以下にその冒頭部分を引用しておこう。

”古来より「海神の総本社」「龍の都」と称えられ、玄界灘に臨む海上交通の要衝である博多湾の総鎮守として志賀島に鎮座し、信仰されている志賀海神社は、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)の禊祓によってご出生された綿津見三神を奉祭しています。”

社務所に到着し、権禰宜の平澤憲子さんにご挨拶。小崎先生のご紹介で2/25(KIN173)に電話でお話はさせて頂いていたし、ご子息の幸興さんとは昨年11月末にアートコンプレックスで行われた天真書法塾発表会の会場でお会いしてもいたが、ご本人にお目にかかるのは今回が初めて。しかし、最初からシンクロの嵐で、その場にいたメンバーはただただ驚くばかり。

中でも、蘭禅が奉納した書「君が代」の軸を広げた時が最も盛り上がった瞬間だったが、その件については、別途本人が報告する予定なので、ここでは別なシンクロをシェアしておこう。一つは、スペインの伝統菓子「ポルボロン」について。日本では二子玉川にしか出店していないお店のものをという事で、心ばかりの手土産としてお持ちしたのだが、平澤さんがことのほか喜んで下さったので、その理由をお聞きすると、「20年以上も前にスペインのお土産で頂いて、その食感や味が忘れられず、どこかで手に入れられないものかと、ずーっと探していたんです」との事。

そんな風に言って頂いてこちらの方が嬉しくなってしまったが、前後の文脈や反応から、決して社交辞令でそう答えて下さった訳ではなさそうだった。思えば、もう一つもスペイン絡みの話だったが、その件で最も驚いたのは多分私達だったに違いない。実は、平澤さんと電話でお話した前後に、ネットで志賀海神社の事を調べていて、平澤さんが福岡女子大のご出身だと知った。

一方、2011年にバルセロナを訪れる前から注目し続けていたサグラダファミリア主任彫刻家の外尾悦郎氏が、この春、福岡女子大の客員教授に就任される事をLがニュースで見つけていて、G1/6(KIN123)に特別講演「サグラダ・ファミリアに込めたガウディの意図」の場にて、辞令交付式が行われた事を知った。KIN123と言えば、パカル王の石棺の蓋が開いた日付で、交付式が行われたその日は、そこからぴったり90銀河スピン(260×90)に当たるタイミングだった。

太宰府天満宮で引いた私達のおみくじが5と18で、「5×18=90」にもなるので、私は、それ以外に特に根拠も無く「彫刻家の外尾さんが福岡女子大の客員教授になられましたけど、私達は外尾さんにすごく影響を受けていて、深く尊敬しているんです」と、平澤さんに話してみたところ、「え、外尾くん?」と口にされたのだった。聞けば、学生時代の同級生らしく、外尾さんが帰国される時には、割と頻繁に合うような間柄らしい。

もちろん、何らかの繋がりがあるかもしれないという思いで振ってみた話だったのだが、いきなりストライク過ぎて、聞いたこちらがビックリしてしまった。それに、今回の志賀島での講座は、春分という事もあって意識的に『マヤのリズム』を準備していたのだが、実は、2011年にサグラダファミリアを訪れた時、私は出来て間もなかったこの本を、外尾さんに届けてもらうよう職人さんに託した経緯があるのだ(メルマガ”Happy シンクロ Days♪” Vol.42参照)。そのメルマガの配信日がKIN221(=13竜=ミケランジェロ)というのが、今、最高に旬な驚きなのだが、話が広がりすぎるのでそれについては機会を改めるとしよう。

そうこうしているうちに、奉納演武の時間が迫って来た。拝殿への移動に傘が必要無いくらいにまで小降りにはなっていたものの、すっかり上がった訳ではない。晴れ男&晴れ女の私達にしては珍しい展開だが、小崎先生は「ここは龍の都だから、神様がお喜びになると雨が降るんです」と移動中の車の中でおっしゃられていた。それでもやはり、演武を観に来て下さっている方の事を考えると、天気の事は気になる。
志賀海 

まず、拝殿に上がりお祓いを受け、正式参拝。蘭禅の書は、既に三方に乗せられて神前に供えられている。その後、奉納演武へ。すぐ近くで新しい建物の工事が行われていて、かなり激しい音がしていたのだが、入場礼法を終えて「天真五相」に入ると、神職の方が止めて下さったのか、「ア」の直前でピタッと音が止んだ。その後、観に来て下さっている方々に対して、剣武天真流の概要と、使用刀が江戸初期の佐賀藩の刀工(播磨守忠國)による作品で、青木宗家からお預かりしているものであること、および、これから行う型についての説明をさせて頂いた。


当初は、天地清浄祓いの型である「四方荘厳」と最も複雑かつ高度な型である「神剣無礙」だけを行うつもりだったが、「龍の都」で「赤い共振の竜」の私が演武するのだから、「白龍遊天」も入れないと話にならないと思い、その型も含めて奉納させて頂く事にした。演武中は集中していて気付かなかったのだが、ビデオを見ると実はかなり激しい雨が降っていて、「白龍遊天」が終わった瞬間(納刀時)には、強い風が吹き渡ると共にトンビが鳴くという天の演出まであった(以下の動画の一番最後に音が入っている)。



「世界の平和と人々の幸福を祈る」奉納演武を何とか無事に終え、観に来て下さった方々に刀をお見せし、希望される方には触れていただこうと拝殿から降りて行くと、雨はもう止んでいた。その後、幼稚園で「書の掲額式」(こちらもLが別途報告する予定)が控えていたので、境内を見て回る余裕も無くそのまま移動。「亀石」「鹿角堂」などは、次の機会にゆっくり見せて頂くつもりである。
奉納後 ★刀を手にされる権禰宜の平澤さん

お天気が荒れただけでなく、福岡市内からの高速道路でバスの事故などがあった(ニュースにもなっていた)関係で、残念ながら間に合わなかった方もいらっしゃったが、「掲額式」の後のお昼時間には、特別に美味しい幼稚園の給食(あまりの美味しさに丸二食分頂いてしまった)を頂きながら、一緒に話に華を咲かせる事が出来た。話の順序は前後している可能性が高いが、印象深いシンクロを以下にメモしておく。
志賀海2 ★(写真は玉里さんより)

2016年に剣武セミナーが行われた石川県羽咋市志賀町の「志賀町」は、安曇族が移り住んだ場所の一つで「志賀島」に由来する。2015年に剣武の奉納演武を行った宮崎県の鵜戸神宮には、ウガヤフキアエズノミコトが祀られているが、その母トヨタマヒメノ、妻のタマヨリヒメもオオワタツミノカミの娘であり、志賀海神社との関係が深い。

宇宙の暦は13ヵ月・新装版』の版元であるプレアデス出版は、現在、長野県安曇野市にあり、2/24(KIN172)に、麻畑社長がメールの返信の中に穂高神社のお船祭の事を書かれていたので、改めてその祭りについて調べてみると、白村江で討死した安曇比羅夫の命日に行われている事が判明。その翌日に、平澤さんと初めて電話で話をさせて頂いていた。

さらに、その5日後の3/2(178)、グランドジャンプに連載中の「行雲流水〈徐福〉」(本宮ひろし作)の中に「海人の安曇族」というセリフを発見して驚いた事、昨年のイタリア旅行の直後から始まった「旅するイタリア語」という番組が、ちょうど奉納演武当日の朝(春分の深夜過ぎ)に最終回を迎えた事など、とにかく今回の志賀島に繋がる様々なシンクロについての話をさせて頂いた。
お昼 ★素晴らしく美味しい「ふたば幼稚園」の給食

旅するイタリア語に出ていた東儀秀樹氏は、昨年の12/25(KIN111)に「ふくおか無形文化遺産フェスティバル&シンポジウム」でコンサートをされているのだが、その時のシンポジウムには平澤さんがパネリストとして、フェスティバルにはふたば幼稚園職員の北本さんが「龍の舞」で、それぞれ出演されていたのである。

龍の舞」は志賀海神社に伝わる舞で、県の無形民族文化財にもしてされている貴重な民族芸能とのことだが、「白龍遊天」の動きが「龍の舞」に似ていたと、演武を見て下さった多くの方から言われたので、今度は北本さんによる「龍の舞」を、是非拝見したいと思っている。ちなみに、ふたば幼稚園のワカメ部長にも(小崎園長により)任命された北本さんは、奉納演武や掲額式の様子も撮影して下さっていて、同じ幼稚園職員の赤羽さんがそれをあっという間にDVD化して送って下さった。この場をお借りして、深く御礼申し上げる次第である。

志賀島には、そう遠くない将来、是非また訪れたいと思っている。そう思わせるだけのご縁と貴重な自然、古代からの歴史の記憶が、この島にはあるからである。

春分・志賀島のワカメ体操

2017年04月01日 00:09

太陽の月25日(G3/31)KIN207 青い水晶の手(by D)

春分の朝、潮騒で目覚めて窓辺に近付くと、すぐ目の前が海で、岩場に海鳥たちが佇んでいるのが見えた。1階に降り、同じ「満帆荘」に宿泊した鹿児島のMさんと、3人横並びで絶景を眺めつつ朝食を頂く。地元産の旬の食材はどれも滋味に溢れ、特に女将さんがこの島で育てているという古代赤米と、目の前の海岸で取れるワカメのお味噌汁は、あまりの美味しさに普段朝食をとらない私が思わずおかわりをしてしまったほど。
わかめ ★今が旬のワカメ

セミナー会場はすぐお隣なのだが、開始までにまだ時間があったので、1800年ほど前まではそこに志賀海神社があったとされる勝馬小学校の方を巡って海岸に出てみる事にした。今年初のウグイスの声を聴きながら道を進むと、勝馬宮と書かれた鳥居が現れ、こんもりとした小山に続く魅惑的なスロープが見えて来た。沖縄のウタキのような雰囲気もあるこの森からは、7世紀の古墳も発見されているらしい。
鳥居 ★勝馬宮(仲津宮)鳥居

小山のほぼ頂上部に仲津宮の社が建てられていて、その側にある木には紙垂の付いた木片が3本縛り付けられている。シャーマニックな雰囲気に満ちたそのエリアから、トンネル状に生えた樹々の間を抜けて海側に下ると、出口付近で強い潮の香りが漂って来た。海辺に出ると、ほぼ正面に沖津島があり、天御中主神が祀られているという沖津宮の鳥居が見えたので、そこで天真五相を行ってから会場に向かった。
umidori.jpg 

会場の「喜多乃家」さんは、ふたば幼稚園のスタッフでもある北本さんがご家族とされている「海の家」。これまた絶景の広々とした空間で、小崎先生が迎えて下さった。30名余りの参加者のうち、1/3以上が幼稚園スタッフの方々という事もあってか、既に場が出来上がっている。午前中は「13の月の暦」について。2日連続で参加して下さっている方には、重複してしまう所もあったが、2時間で要点をお伝えするとなると、やはり外せない所は自ずと決まってしまうもの。
kitanoya.jpg ★喜多乃家のオーシャンビュー

前日触れられなかった「運命の道筋」の例題に立候補して下さったNさんの誕生キンがKIN54(2・魔法使い)だったので、「人は時間の代表者(窓口)」(Nさんの自由意志を通じつつKIN54という時間が他の日付より強く主張して来た)というドリームスペル的発想で、最近のKIN54を調べると、2016.10.29。何と私達が渋谷で「時の魔法・ドリームスペル展」を開催した日だった。

実は、今回の主催者である高木さん(KIN203)と、様々な面でサポートして下さったシャンバラ教室生の小崎亜久理さん(KIN219=今年1年)は、その時、わざわざ九州から渋谷の会場に来て下さっただけでなく、それぞれ私達の書作品を入手して下さってもいるのだ。前夜、宿に行く途中に小崎さんのお宅に立ち寄らせて頂いた折、綺麗に額装された「嵐」と「魔法使い」を目にしていた私は、「青い嵐の年」の「白い魔法使いの日」という、まさにその書とシンクロする方が、例題のためにいち早く挙手された事を、驚きをもって受けとめていた。
魔法書 ★魔法使いさんの家にて

それだけでなく、亜久理さんと高木さんが共同で入手して下さった蘭禅の連作「銀河の七方向への祈り」を、高木さんが車で持参して下さっていた事にも驚かされた。時間的余裕が無く、それを広げる機会を逸したまま講座を終了してしまったのは申し訳なかったが、Nさんが立候補された事も含め、全てが美しく繋がっていた事をここに記しておきたい。

広島ゼロポイント(原爆投下日=KIN55)から100銀河スピン(26,000キン)目のKIN55(3・鷲)が、渋谷での「ドリームスペル展」。その100日後のKIN155(G2/7)に、当ブログで今回のイベントをアナウンスし、そのさらに40日後のKIN195が、前日の福岡天神でのクラスだったのである。Nさんが2日間だけ開催された「ドリームスペル展」の初日とシンクロしていた事は、この流れと決して無関係ではないのだ。

今回は、『マヤのリズム』のカバー絵を描いて下さったみよこみよこさんも、遠路、延岡から参加して下さったのだが、その絵はまさに「春分のチチェン・イツァ」をデザイン化したものなので、本書を入手された方には、みよこさんと私が記念サインをさせて頂いた。『時空のサーファー』を発刊日当日に手に入れた事から全てが始まった私の実体験からすると、この日『マヤのリズム』を手にした方には、これからとても面白い事が起こり続けるだろう。

流石に「食」を意識している幼稚園の方々が用意して下さっただけあって、ランチのお弁当も素晴しく美味しく、素材もバランスもよく配慮されたものだった。食事の時に同席させて頂いた方が、おそらく参加者の中で最も古代史に詳しい方だった(後で福岡の古代遺跡について聞いた時の反応から)のも面白いシンクロ。

午後の「天真体道クラス」は、お天気が良ければ海岸でやろうと思っていたのだが、あいにく雨だったのと、食後すぐに動くのも無理があると感じ、前半30分ほどは、青木先生が「世界の12賢人」に選ばれたことや、その背景となった天真体道の目的は「心身の力みを抜き切り、天地人々と融和する事」というようなお話をさせて頂き、少しお腹がおちついた頃を見計らって準備運動(天真柔操)を始めた。
sinwa.jpg ★親和体操(写真は高木さんより)

全く初めての方が殆どだったので、背中合わせで行う親和体操や、発声しながらの動きなども新鮮だったようだが、一番リアクションがあったのはワカメ体操だった。というのも、志賀島では今がまさにワカメシーズンの始まりで、後に小崎先生からふたば幼稚園のワカメ部長に任命された北本さんなどは「志賀島用にアレンジしてそういう呼び方をされていたのかと思った」と、ワカメが名産の島の方ならではの感想を伝えて下さった。

最後の「春分の円卓クラス」は、『13の月の暦』において「協力を捧げ」「共有する」ことの重要性をお伝えし、実際にそれを試みるためのものだったが、結局、今回のイベントに関わる数々のシンクロを私がシェアしているうちに半分以上の時間が過ぎてしまった。以下にその一部をメモしておくが、最終的には参加者の皆様からも質問やシェアが出始めて、ある程度このクラスでやろうとしてた事は達せられたように思う。

・2015.9.9(KIN159)重陽に二子玉川で「四重の虹」が見られた。後に亜久理さん(KIN219)の太陽暦誕生日だったと知る。その260日後2016.5.27は「オバマ大統領広島訪問」で、さらにその260日後の満月2017.2.11建国記念日(ヴァチカン誕生88年)、河口浅間神社で剣武奉納演武。
・「金印」が文化財保護法で国宝に指定されたのは1954.3.20(KIN81→9×9)。この日のぴったり63年前。KIN63はKIN219から始まった「青いスペクトルの嵐の年」の「時間外した日」に当たる。
・『6歳までにかしこい脳をつくる 奇跡の幼稚園メソッド』は「10魔法使いの年」の「6魔法いの日」発刊で、著者小崎孝子先生は「8魔法使い」=KIN34。この日が34週目の終わり。
・「庚寅銘大刀」(570年)と「四寅剣(陽気の極)」とマホメット。テレクトノンは「光の剣」。
・本宮ひろし『行雲流水〈徐福〉』に「海人の安曇族」。
・「剣・鏡・勾玉」の「三種の神器」が出ているのは「吉武高木遺跡」「平原遺跡」はじめ5つで、いずれも福岡市近圏。

ちょっと驚いたのは、地元の方ならご存知かと思った「吉武高木遺跡」や「平原遺跡」について、殆どの方が知らなかった事。学校教育で教えられていないとか、九州は古代遺跡が多過ぎて覚えられないという理由もあるようだが、かなり重要な発見が成されていても、様々な要素のフィルターがあって、世の中にはシンプルな事実すら、そのまま伝わっていない事を再認識した。

そもそも「13の月の暦」と「マヤ暦」という、簡単かつ明確にその違いが確認出来るものでさえ混同されているような状況では、学閥や皇室、国家が絡むような歴史分野で本質的情報に辿り着くのは、夢のまた夢という感じなのかもしれない。まだ調べが浅いので、あくまで参考情報としか言えないが、執筆者の立ち位置が(見える範囲では)自由で、過剰な妄想癖も諸団体との利害関係も無さそうな「日本古代史つれづれブログ」は、上記シンクロ発見の過程で知ったブログだが、とても勉強になったのでメモしておきたい。

終了後、幼稚園で書作品の設置作業(これについてはLが別途書く予定)を見守っていた小崎先生とLも合流し、「満帆荘」で懇親会が行われた。2日連続で参加して下さった方や幼稚園スタッフの方々と、美味しいお刺身や海の幸、山の幸を堪能しながら、1日を振りつつ楽しい時間を過ごさせて頂いた。主催の高木さんはじめ準備や片付け、会計などを手伝って下さった皆様に、この場をお借りして改めて御礼申し上げる次第である。

部屋に戻って、翌日の奉納演武の準備と荷造りを済ませ、PCでメールなどを確認している時だっただろうか。朝、女将さんが出掛けに「地震でここも被災し、以前の1/3の規模になりました」と言っていた事や、北本さんが日中一時抜け出していたのは「消防訓練のサイレンを鳴らしに行っていたから」という話が気になって、福岡県西方沖地震の事を調べてみると、何と12年前のその日、つまり2005.3.20(KIN236)だった事が判明。

まんま私の現在の「運命の道筋」ではないか!KIN236(2・戦士)を歩む私が、KIN236の春分に被災した志賀島(その中でも被害の大きかった地域)に、同じ春分のKIN196(1・戦士)にやって来て、暦や天真体道について伝えさせて頂いた事の意味は、何なのだろうか?「意味」を求める方のために、自分なりの見解を述べておくと、それは原爆投下(KIN55)に対するハーモニック・コンバージェンス(KIN55)と同じで、4次元の時間を通じて、場の記憶を調和(中和)させる事にあると言える。

そう決まっていると言っている訳ではなく、私ならそのように「見る」という事だ。そして、事は見たようになって行くというのを私はずっと体験し続けて来た。12年後の同日は、同じ「太陽の紋章」で「銀河の音」が「1」だけ減る、という法則にも改めて気付いて眠りについて数時間後、ズズズズズという振動で目が覚めた。スマホで速報を見ると、震度は1でマグニチュードも3程度と小さい地震だったが、何と震源は12年前と殆ど同じというピンポイントさ。

一体、この事実をどう受けとめたら良いのだろうか?と、こういうのが初めての方なら悩むかもしれない。しかし、私は既に何度もこういう「あり得ないような時空のシンクロ」を体験して来ているので、これは、中和の象徴的現象なのだと自然に受けとめた。同時に、数時間後に奉納演武をする日程が「2・地球」で、サイ時間も「8・地球」と「大地(地球)」が関係する日である事は前から意識していたので、演武の時には大地を鎮める祈りも捧げよう、と思いながら再び眠りに就いたのだった。

この記事をまとめた今日(G3/31)は、『ドリームスペル』日本語版を伊勢の内宮神楽殿でホゼと共に奉納した日(12・風)からぴったり13年。そしてマヤ長期暦の完了ポイント2012年冬至(KIN207)からピッタリ6銀河スピンというタイミング。伊勢に奉納時のホゼ(KIN11)とステファニー(KIN185)の写真をツイッターとインスタにアップして気付いたが、二人のKINの合計196は、この春分志賀島の日付(KIN196)そのものだった事に、ここまで書いて来て気付いた。

東風吹かば にほひおこせよ 梅の花

2017年03月28日 01:32

太陽の月21日(G3/27)KIN203 青い銀河の夜(by D)

春分前後の4日間(3/19〜22)、私達は九州でとても豊かな時間を過ごして来た。前半2日間は、J.T高木さん(KIN203)主催の「天真体道」と「13の月の暦」のワークショップ、後半は志賀海神社で書と剣武の奉納、ふたば幼稚園での掲額式、そして別府国東巡りと、実に盛り沢山なスケジュールだったので、まずは前半から一つ一つ整理して行きたいと思う。

今回のイベントのきっかけが、1年前のG1/24にホゼ生誕77周年を記念して大阪で行ったクラスにあった事は「鷹と鷲の福岡天神&春分の志賀島」に書いた通りである。より詳しい背景は「天神さんと天迅さんの梅(前後編)」にまとめてあるが、それを再確認していて驚いたのは、ホゼ(KIN11)とロイディーン(KIN22)が大阪天満宮の天神祭に参加した2001年7月25日(KIN203)から、今日でぴったり22銀河スピンというタイミングだったのが判明した事。

やはり今回の九州行は、アグエイアス夫妻や菅原道真公も関与している何らかのミッションと関係があったようだ。出発の2週間余り前に、ある方がご自宅にあった道真公の真跡拓本のお軸を写真で送って下さり、その内容が太宰府に左遷された後に読まれた漢詩「自詠(みずからえいず)」だと判明したのも、大変興味深いシンクロだった。

ホゼの生誕77周年が、KIN241(ホゼの母エセル&私の誕生KIN)に対応するひと月(7番目の「共振の月」)の中心に巡って来ていた時点で、既にスユア(時空記憶回路)が開いていたのか、今回、羽田69番ゲート(62番から直前変更で7増えた)から乗り込んだのはANA241(7・竜)便。今の羽田-福岡路線に、わざわざこの数字が使われているのも偶然ではないのだろう。

富士山 

早朝の真っ赤な太陽と真っ白な富士山を見つつ福岡へ。大阪クラスの直前に大阪天満宮を参拝し、その翌日、北野天満宮で1番大吉のおみくじ(道真公11歳の詩とされる「月輝いて清雪のごとし」)を引いていた流れから、まずは太宰府天満宮を参拝することを決めていた。といっても、午後からのクラスに遅れる事は出来ないので、電車の接続が上手く行っても現地には30分余りしか居られない。

太宰府電車 

3連休中日の天満宮は既に多くの参拝客で賑わっており、本殿前には行列も出来ていた。菅公を追って飛んで来たという「飛梅」はほぼ咲き終わっている様子だったが、葉山御用邸から運ばれたという「皇后の梅」をはじめ満開の樹々も多く、境内には麗しい梅の香りが漂っていた。何気なく梅を撮った裏に「東風吹かば にほひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ」の碑があった事、そして、天満宮の住所が「7番1号(→7・竜)」だったのを知ったのは、今日(KIN203)になってからだった。

東風梅 ★この梅の樹の奥に道真公の「東風吹かば」の歌碑がある

また、以前(上記「中編」で)引用した「天神には神号の他に五つの名と姿があるといい、第五に九州の安楽寺に道真と称し十一面観音菩薩の化身になる」という下りの「安楽寺」とは、まさに太宰府天満宮の事で、創祀時は安楽寺天満宮と呼ばれていた事も、今日初めて知った。今回が初参拝だった太宰府には、ほんの僅かな時間しか滞在出来なかったが、きっと改めてゆっくりと訪れる機会があるに違いない。そう思える場所だった。

恒例のおみくじは、5番中吉で、Lは18番吉だった。上記「前編」ブログによると、大阪天満宮本殿の屋根の上には、5枚の花弁からなる「梅紋」が5つあり、その時は「のぞみ5号」で大阪に行っているので、やはり繋がっている。その後、天神に戻って地下街で軽食を済ませ、会場の「書斎りーぶる」(住所1-18)に向かった。地上に出ると、そこは10年以上前に天真体道(新体道)と暦のクラスを行ったアクロス福岡からすぐの場所だというのが分かった。

書店に併設されている会場に入り、部屋の奥の椅子に荷を降ろした時、いきなり目に飛び込んで来たのは、何と松田隆智先生の『謎の拳法を求めて』。思いがけない出会いだったが、著者の松田先生には数年前(他界される直前)に青木先生のご縁でお会いしており、目の前で寸勁を見せて下さった事が、懐かしく思い出された。パラパラ見ていたLが「素晴しい事が書いてあるから買って行こう」と言うので、四半世紀以上前に手に入れたものが実家の書庫にある事を伝えた。

いよいよ始まったクラスには、福岡だけでなく、長崎や佐賀、鹿児島からも参加者が集まって下さっていて、その熱心さにこちらも力が入ったが、大事なポイントはとてもシンプルで、そこさえブレていなければ、天真体道も「13の月の暦」も、自ら幾らでも深めて行けることをお伝えした。特に、暦に関しては既に知識のある方が多かったので、何が本質なのかに思い切り注力させて頂いた。

天真体道については、本来、新刊出版記念イベントの予定だったところ、諸事情で大幅にずれ込んでそれが叶わなかった事をお詫びしつつ、10月にNY国連ビルで行われる「12賢人会議」に、マスターの一人として青木先生が(ル・シエル財団に)選ばれた事や、それが『霊性のアート』に書いた「13人のグランマザー」とも関係している事をシェアし、新刊発刊の折には、また改めて機会を設ける事をお約束した。

終了後は、88-22ナンバーの車に乗せてもらって、のんちゃんという焼き鳥屋さんで懇親会。部屋が真っ白になるほどの煙にはビックリしたが、美味しい焼き鳥を堪能させて頂きつつ、参加者の皆さんと親交を深めた。翌日は午前中から志賀島でクラスを行う関係で、宿も翌日の会場隣にある「満帆荘」にして頂いた。その住所は「勝馬257-5」。

257というと、私の中では、伊豆熱川で初めて剣武天真流セミナーが行われた2009.7.19(KIN257)や、そこから520日後のKIN257(冬至)に三輪山の磐座に参拝した事、さらにその520日後に『銀河のマヤ、聖なる時の秘密』のための対談を江本所長と行った日として思い出されるのだが、4月下旬に行われる剣武天真流の合宿が、8年ぶりに再び伊豆熱川で行われる予定で、そこにル・シエル財団の方が来る予定になっているのも、偶然とは思えないのである。

何しろ、この日、G3/19(KIN195)のちょうど260日前には、出雲市大社町杵築東195にある出雲大社で、剣武天真流の奉納演武を、青木宗家&本部正師範で行っているのだ。つまり、時間的にも空間(257)的にも、この日は剣武と深く繋がっている日だったのである。志賀島から福岡市内まで、真っ赤な77-77ナンバーの車で迎えに来て下さったのは、『6歳までにかしこい脳をつくる 奇跡の幼稚園メソッド』の著者、ふたば幼稚園の小崎孝子園長先生。シャンバラ教室生の小崎亜久理さん(KIN219)のお母様だが、今回のイベントには、お二人にも様々な形でご協力頂き、大変お世話になった。

途中、かの有名な「金印(漢委奴国王印)」が発見された場所を通った時に、日中の暦クラスの時に、窓の外で81-81ナンバーの車が方向転換したのを目にした事を思い出した。何故なら、金印が文化財保護法で国宝に指定されたのは1954.3.20(KIN81)だからである。遅い時間に到着した上、人工的な灯りが殆どないので、外の様子はよく分からなかったが、「満帆荘」が海岸に面した宿である事は、波の音から分かった。

そして、案内された部屋は「東風(こち)」という名前だった。その時は、「東風吹かば にほひおこせよ 梅の花…」という道真公の詩の事は全く頭に無かったので、剣武天真流の受け技「東風波濤剣」の事しか思い浮かばなかったのだが、今日、このブログを書いた事で、この部屋の名前までもが、道真公(天神さま)と繋がっていた事を(ある種の驚きをもって)知ったのだった。

鷹と鷲の福岡天神&春分の志賀島

2017年02月07日 19:48

銀河の月1日(G2/7)KIN155 青い水晶の鷲(by D)

13の月の暦ドリームスペル)』の365日暦では今日から8番目の「銀河の月」に入った。『20の銘板』の見方では、今月全体がKIN255(8・鷲)に対応するので、260日暦が「12・鷲」で始まった今日は、「鷲」が月日で重なる「太陽の紋章版・魔術の亀の日」とも言える。さらに、「銀河の月」を守るトーテムは「鷹(タカ)」だが、「鷲(ワシ)」は、タカ目タカ科に属する鳥のうち比較的大き目のものを指す通称らしいので、ここでも鷹(鷲)が重なっている。

40日後の「13・鷲」の日(G3/19)は、いよいよ福岡天神での天真体道と暦のクラス。思えば、福岡にはソフトバンクホークス(鷹)という野球チームもあるし、今年の干支は酉(トリ)で、私は「天迅」という雅号を持つ年男でもある。「酉年」の「鷹の月」初日の「鷲の日」に、ホークス(鷹)の本拠地福岡(天神)で、「酉年生まれ」の「天迅」が「鷲の日」にガイドするクラスについて案内できるのは、ちょっと嬉しいシンクロだ。


2016大阪 *写真は天真会様のFBページから お借りしました

翌3/20、春分の日(KIN196)には、金印(漢委奴国王印)が発見された場所として知られ、古代からの要所でもある「志賀島」でのスペシャルクラスもある。この記事を書くのに「金印」を調べていて、驚きの発見があった。まず、金印が国宝保存法に基づく国宝に指定されたのは1931.12.14(KIN15)、つまり「2・鷲」の日に当たる。

その後、文化財保護法に基づく国宝に指定されたのは1954.3.20(KIN81)。つまり、志賀島で「13の月の暦」&「天真体道瞑想」クラスが行われるぴったり63年前という事になる。そしてKIN81は、この夏から始まる私の次の「運命の道筋」でもある。金印=KIN印と思うと、春分の志賀島には、何か特別なものがあるのを感じる。

最近、63に関する発見があったので、それもメモしておこう。公式窓口で『ドリームスペル』の申込み受付を開始したのは2012.2.8(KIN151=8・猿)で、その日は、私達が注目しているアーティスト、ビセンテ・アミーゴの63回目の銀河の誕生日でもあった。この事は、ちょうど4日前のKIN151(70銀河スピン記念)に、彼が『五感の記憶』というニューアルバムに関する情報をツイートしていた事で想起された記憶である。


shikaumi.png *写真は志賀海神社様のサイトからお借りしました

「金印」が国宝に指定されたKIN81(=9×9)からぴったり63(=9×7)年目に当たるKIN196の志賀島スペシャルセミナー。二子玉川で「四重の虹」が見られた2015.9.9は、志賀島在住のシャンバラ教室生Aさんの誕生日だったが、そのAさんの誕生KINはKIN219で、今年一年と完全にシンクロしている。

そして、今日は広島ゼロポイント(原爆投下日)から100銀河スピン(26,000キン)目のKIN55(3・鷲)に、渋谷で行われた「ドリームスペル展」からぴったり100日目でもあった。40日後が福岡という事は、「ドリームスペル展」から140日(テレクトノンの数)後が、福岡という事になる。補足を含めて、以下に情報を整理しておこう。

★G3/19(KIN195)、福岡りーぶる天神で「天真体道瞑想」「13の月の暦」クラス。
★G3/20(KIN196)、志賀島・喜多乃家で「天真体道瞑想」「13の月の暦」「春分円卓」クラス。
*G3/21(KIN197)、志賀海神社で剣武奉納演武(注:こちらはクラスではありません)
【詳細・お申込みについては→
コチラ

主催は、九州を中心に精力的に『13の月の暦ドリームスペル)』情報を伝えておられるJ.T高木さん(KIN203=8・夜)。提唱者ホゼの生誕77周年に当たる昨年G1/24(KIN36=9×4)、大阪チャクラで行われたクラスに、大雪の中駆けつけて下さった九州チームのお一人だ。その日、その場に居合わせた方は、それだけで文句無しの「時空のサーファー」だが、高木さんは「ドリームスペル展」でホゼの作品から直に多次元情報も浴びているので、今回のクラスのシンクロ率は、想像できないほど高まる事だろう。

実際、今日も私が一連の気付きをツイートし終えたまさにその瞬間にメッセージを下さっている。1年前の大阪での出来事がきっかけとなって今回のイベントが生じたように、今回、福岡天神&志賀島に参加される方も、その日がきっかけとなって、きっと全く新しい「時空の旅」が始まることだろう。知識はネットや本でも得られるが、からだ全体を通じて伝わる見えざる情報は、その場に参加しないとキャッチ出来ない。


私は、それを実感していたから、ホゼやロイディーンが生きている時に、可能な限り直接彼らに学んだのである。その体験から言わせてもらえば、目に見えている情報とは比較にならないほど濃いものが、そこ(からだから伝わるもの)にはあるのだ。そして、より正確にそうした情報を受け取るには、心身が十分にほぐれている必要があるのだ。瞑想クラスを同時に行う意味はそこにもある。

時空の条件が力強く美しくシンクロする「場」は、そう簡単には生じない。人生の質を一気に高めるであろうこの大波を、思い切り活用して頂ければと思う。九州近圏の皆さま、福岡天神&春分の志賀島でお会いしましょう!


おまけ:『13の月の暦』で中心に当たる7番目の「共振の月」、私は遅れに遅れていた「天真体道」に関する新刊の執筆に必死で(7章立ての最終7章を昨夜脱稿)、Lもシャンバラ教室で特別プログラムを始める準備に忙しく、初めてひと月以上ブログ記事更新をしなかった(広告が出てビックリした)。手軽なツイッターやインスタにメモを残すと、それで安心してしまうのだが、立春も過ぎたので、もうちょっとブログも活性化させて行きたいと思う。

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