フクロウからクジャクへ/NPOクリカ10年の旅

2017年11月21日 18:59

■倍音の月7日 (G11/21) KIN182 白い宇宙の風 (by L)

誰かの幸せを祈ることは、とても素敵なことだと思う。
 
心が喜びで満ちるから。
人間は本来、互いの幸せを祈り合う様にできているのだと思う。
ストゥーパ 
NPOクリカでは、チベット難民の教育支援を行っている。ネパール在住のチベット難民の子供たちに、学校に行くための奨学金を支給しているのだ。そして毎年現地を訪問する。

私たちの活動は、今から10年前、2007年に始まった(法人登記はその一年前)。最初に取り掛かったのは、直接自分たちで現地ネパールに行き支援先のリサーチを直接することだった。(何故ネパールかの詳細は長くなるので今回省くが)ネパールには、ヒマラヤを越えて逃げてきたチベット難民たちのコミュニティーがいくつもある。彼らをめぐる状況は、ダライ・ラマ法王猊下がいらっしゃりチベット亡命政府の置かれているインドよりも、(インドと中国に挟まれた)ネパールの方がさらに複雑と言えるかもしれない。

私たちのNPOはとても小さい。理事は全員本業を持ち、運営は100%ボテンティア。大きな宣伝活動はしないかわりに、自分たちが直接見聞きしたことを伝える。そして縁のある方々から寄せられた資金を最大限に活かす。それを貫いてきた。私たちが大切にしているのは、誠実さ・丁寧さ、そして縁(シンクロ)の力である。

10年前、チベット人友人の案内で、約2週間の日程で、ネパールの数カ所に散らばるチベット人キャンプ、チベット関連施設を20箇所ほど訪問した。その際、可能な限り現場の責任者の方に会い話を聞かせていただいた。どこもみな気が遠くなるほどの援助を必要としていたが、最終的にNPOクリカの支援先をカトマンズ、ボーダーの「マナサロワール・アカデミー」に決めるのに全く迷いはなかった。

理由は二つ。一つ目は学校の存在の素晴らしさ。

このチベット人学校の生徒たちは、ぶっちぎりに輝いていた。他の学校では見られなかった輝きだ。創設者の女性校長には大きな情熱と夢があり、それが子供達を照らしているからだとすぐにわかった。何よりも子供達一人一人がとても大切にされていて、この学校はいわば大きな家族のようだった。校長自身もTCV出身でカリキュラムもTCV直結。チベット仏教を土台に置き、伝統文化・芸能を重んじている。(しかし政府系の学校ではないため行政からの援助はない。)

もう一つは、もちろんシンクロだ。

マナサロワール・アカデミーを訪れる日の早朝、それまで滞在していたポカラの宿のバルコニーにフクロウが来て、私とバチッと目があった。朝食をとりながら旅の仲間たちにそれを思い切り吹聴した(その後、午後からのリサーチに集中したため忘れていた)。午後カトマンズに飛び、学校訪問。授業見学と校長インタビューを終えて挨拶を済ませ、帰り際に校舎を振り返ると、壁にババーーーン!とフクロウの絵!「見て見てっ!」と教えてくれたのは旅の仲間だった(吹聴しておくものである。よし決まり!)。

この10年の間、チベットをめぐる情勢は良くなってはいない。中国共産党の圧政に抗議するチベット人の焼身者は150名を超えた。2008年の北京オリンピック開催抗議デモの際は
、この学校の女性の先生達も参加しネパール警察にボコボコに殴られたという。そして日本もネパールも、経験したことのないような大きな災害にも見舞われた。しかしその度、互いに励まし合い、乗り越えて来られたことは幸いである。

一般財団法人天真会の道友、木村悟郎さん(10年前からネパール在住/NGOマヤネットワーク運営)も、私たちの友人として毎年の学校訪問に同行し親交を深め、今では週に一度、子供達に天真体道(と少し日本語)の号令をかけてくださっている。よってこの学校の子供達は天真五相などの極意を知り、私たちと体技を通じた共通言語を持っている。

私たちはこれからも、子供たちの成長を見に、現場の方々を励ましに、そして私たちの顔を見せに現地に行くだろう。短い滞在時間ではあっても「自分たちを応援する人がいる」と実感してもらうために、わざわざ行く。支援していた子供達の何人かは既にこの学校を巣立ち、私たちの訪問時にはサプライズで会いに来る。フクロウに出会ってから10年。まさに時間の贈り物だ。ちなみに壁にフクロウの絵があったのはあの時一度きりだった。

ところで13の月の暦では、フクロウは自己存在の月のトーテムで、「私の奉仕はどのような形になるのか?(What is the form my service will take?)」と問いかける。この10年、主に自己存在の月を選んでネパールを訪問してきた。今年は、縁あってバクタブル(リトルブッダ撮影地)を10年ぶりに訪れることができた。ネワール彫刻の最高傑作「孔雀窓」で知られる世界遺産の街である。今回ネパールでの全ての予定を終えて帰国の途につく際、トリブバン空港の壁にそのレプリカを発見して驚いた。クジャクに見送られての出国である。クジャクは倍音の月のトーテムで「自分自身に最高の権限を与えるには?(How can I best empower myself?)」と私たちに呼びかける。


私たちの活動も10年を経て、「形を定義する」フクロウから「輝きを授ける」クジャクへと移行の時期が来たのかもしれない。支援活動というと一方的に助けることのように思われるかもしれないが、実は全く逆だと肌で感じる。もちろん、私たちは専門家ではないから、運営にあたって素人ゆえの苦労や小さな煩わしいことは普通にある。時間も作りださねばならない。それでも、私たちの方がこの活動によって支えられ、たくさんの喜びを与えられているのは確かだ。「人は助けるものに助けられ、大切にするものから大切にされ、愛するものから愛される」という我々の師、青木宏之先生の言葉の通りである。これからは私たちの経験を、より広く分かち合って行けたらという希望をもっている。

さしあたって、NPOクリカでは、来年2018年4月から、マナサロワール・アカデミーのおチビさんの教育支援枠をあと3名増やそうと決めた。その子供達にも今年直接会ってきたが、みんな目の中に入れても痛くないほど可愛い子ばかり。支援に関心のある方は、お気軽にお問い合わせいただけたら幸いです。

いつも私たちの活動を支えてくださる方々、関心を持ってくださる方々に、心からの感謝を捧げます。合掌。

NPOクリカfacebookに、今年2017年の訪問記録と写真が UPされていますので、よろしければ是非合わせてご覧ください。

プレゼントMAおチビさん達チベタンダンス
天真体道D握手握手レッスン 

卒業生達と全員集合ヒマラヤ

★追記:マナサロワール・アカデミーを卒業した一人、ティンレーが「この学校の何もかもが恋しい。できることなら戻りたいくらい。」と話してくれた。卒業してから、自分は本当に素晴らしい学校に通っていたんだなと気づいたそうだ。

チベット書道とトゥルンパ・リンポチェ

2017年08月26日 13:20

月の月4日 (G8/26) KIN95 青い自己存在の鷲 (by D)

8/20(日)は、「13の月の暦」のツォルキンだとKIN89(11・月)で、この暦の提唱者の一人、ホゼ・アグエイアス博士が旅立って、ちょうど9銀河スピン(9×260)というタイミングだった。「普遍的な水/清める/流れ」というキーワードを持つ「赤い月」の紋章コード番号も9で、9はマヤの世界観で冥界を意味する数でもあるから、私の中では何となく「お盆」と重なるイメージがあった(*1)。

その日、私達は中野で行われていた「チベット書道」の展示会場で、インド・シッキムから来日していた作者、ジャムヤン・ドルジェ氏による講演会『チベット絵巻の美しさと、その製作秘話』に参加していた。展示自体は8/11から行われていて、講演も期間中4回あったのだが、この催しを知った時点で既に期間の半分ほどが経過していて、何とか最終日に予定を調整する事ができたという状況だった。

そういう意味ではギリギリだったのだが、作品のエネルギーをその場で味わい、ジャムヤン氏の講演を直に聞けたのは大変な幸運であった。主催のチベット文化研究所FB情報をシェアして、この展示や講演について知らせて下さったゾクチェンパの箱寺さん(=『マヤのリズム』にご登場頂いてるボン教の森さん)に感謝したい。

講演前に会場の作品を拝見していると、ソナムさんという女性が、そこに書かれている文字や尊像の意味を丁寧に解説して下さった。驚くべき事に、よく見ると、タンカ(仏画)に見える像の殆ど全て(例えば衣の部分までも)が、非常に細かなチベット文字で描かれている。斬新な構成の作品も、チベット文字のマントラで埋め尽くされていたりして驚かされたが、どれも清冽な力に満ちている印象を受けた。

放射状 ゆらぎ 空性と慈悲 

講演の開始時間になり、作品に囲まれた部屋の中央あたりに座ると、最終日(&最後の講演)という事で、急遽ペマ・ギャルポ所長自らが通訳を買って出られる事になった。お陰で、生き字引とも言えるペマ所長だからこその興味深いエピソードも聞けて、非常に充実した時間となった。

チベ書道 

ジャムヤン氏は、チベット亡命政府の舞台芸術団TIPAの芸術監督(1994-2000)などの要職に就き、チベット文化の保全および社会活動に従事されて来たとの事だが、現在のようなスタイルのチベット書道を始められたのは割と最近で、私の聞き間違いでなければ2007年頃からとの事。毎朝、お経を唱える代わりに書く事を始め、段々と今のスタイルのようになって行ったらしい。

そのプロセスでジャムヤン氏は、何と、チョッギャム・トゥルンパ・リンポチェにかなりインスパイアされた、と述べられた。まさか、ホゼ(11・猿)の命日KIN(11・月)に、彼の仏教の師でもあるトゥルンパ・リンポチェ(11・地球)の話が出て来るとは思っていなかったので、私達は大いに驚いた。

もちろん、トゥルンパが日本の華道や茶道などを深く学んでいたのは知っていたが、書に関してもダルマアートとして取り入れていたとは、認識していなかったからだ。だが、ペマ所長が補足するように付け加えられた以下の言葉は、更なる驚きに満ちていた。曰く「トゥルンパ・リンポチェは大本教の出口さん(*2)に日本の書や芸術を学んでいた」と。

大本教については3ヶ月ほど前に「大本を辿るー浅野正恭と井上鑑昭」というブログ記事で詳しく触れたばかりだし、実は昨日、その記事に中心的に登場している増田さん(KIN118)の「増田博一うつわ展」初日に行って来たばかりでもあった。加えて、浅野和三郎が登場している本までその場で見せてもらっていたので、この流れはまだまだ展開して行きそうなのだが、今は話をチベット書道に戻しておこう。

文字比較 

その後、講演会は、様々な書体を比較した実演なども交えながら進められたのだが、私が何より感動したのは、ジャムヤン氏の作品制作に対する姿勢、動機についてのお話だった。あくまでも「自分の心の修行、修練」というのが第一の目的であり、第二は「作品を目にする方の心の平和に役立つようであれば嬉しい」という事で、「それ以外は無いし、これで生活したり稼ごうと思った訳でも無い」と明言されていたところにシビれてしまった。

もちろん、実際の所がどうなのかは知りようも無いのだが、私が氏の言葉を信じられるのは、作品から受ける印象とその動機がマッチしていたからである。もし、営利目的や自己アピール意識の方が、元々の動機より比率的に大きくなっているとしたら、作品からも本人の存在感からも、そういう雰囲気が出てしまうものなのだ。

心経仏陀 ★般若心経で描かれたブッダ

真言や経文を細かく書いて描線とし、仏画を作成する手法は、ジャムヤン氏オリジナルのもので、いわばチベット書道(あるいはタンカ)の世界に全く新しい風を巻き起こしている訳だが、「俺が第一人者で先駆者だ」みたいな雰囲気は微塵もないし、最初の閃きがあった時にも、「このような手法を試みても良いものでしょうか」と、まずラマにお伺いを立てたそうだから(仏教徒としては自然な事かもしれないが)、独創性で売り込みたい人達とは、そもそも方向性が違うのである。

そして、ちょうどそれは、今まさに読み進めている『クリティカル・パス』(B・フラー著)の中に出てくる「バックミンスター・フラーの自己規律」とも重なる方針だったので、私には余計に響いたのだった。前後の文脈を無視して抜粋すると誤解を招くかもしれないが、以下にその本から一文だけ引用してみよう。

”私は仕事をつづけていくために必要不可欠な材料、道具、そして資金の提供を生態学的なプリセッションに全面的に依拠する一方、家族と自分のために「生活費を稼ぐ」という考えを永遠に捨て去る決心をした”(『クリティカル・パス』P250から引用)

この決心が、自分や家族が生きて行くのに必要なものだけではなく、人類に役立つ知恵や直感をフラーにもたらした、とフラーは本書の中で繰り返し述べている。端から見れば、結果的には生活費を稼いでいるように見える面があったとしても、それを目的にしていないというのがミソであり、ジャムヤン氏と共通する所でもあるのだ。

例えば、ジャムヤン氏は、今や失われかけているチベット文化を世に知らしめ、その保存や復興を呼びかける意図で、書道スクロールの最長世界記録にも挑んだりしている。これなども、下手をすると「単に目立ちたい人間」と受け取られかねないアプローチだが、動機にゆるぎないものがあれば、そのようには見られないものなのである。

DL.jpg ★チベタン・カリグラフィーの保存活動に対してダライ・ラマ法王からも激励を受けられた模様

ちなみに、最長記録として認められた経文の巻物は163m、52キロとの事。その前日(KIN88)、横浜ナディアでの「13の月の暦」クラスで例題に立候補して下さったMさんがKIN163だった事や、この暦の1年が52週で、52年で還暦を迎える事を知っている身としては、このタイミングと数字にも驚かされたのは言うまでも無い。

おまけで書いておくと、ホゼが『マヤン・ファクター』を捧げた相手は、C・T・ムクポことチョッギャム・トゥルンパ・リンポチェで、『時空のサーファー』を捧げたのは息子のジョッシュ。どちらもハーモニック・コンバージェンス(H・C)のあった1987年に他界していて、どちらの本の内容もH・Cについてのものなのは、偶然ではない。そして、H・C30周年直後のホゼの命日KINに、チベット文化の精髄に触れたことも。

なぜなら、H・Cは単に「ケツァルコアトル(13の天国と9の地獄)の預言」というマヤの預言周期に基づいたものであっただけではなく、西暦1027年から数えられ始めたチベットのカーラチャクラ暦での、特別な区切りの年であった(1027+960=1987、960=60×16)事も関係していたからである。

その日、会場に着くまで頭痛が続いていたLは、帰りにそれがすっかり取れているのに気づいて大層喜んでいたが、ジャムヤン氏の作品制作に対する動機を知ると、会場全体が清浄な空間になっていたのにも納得が行く。また、今回展示されていた作品は、全てダライ・ラマ法王(KIN14)がご覧になっている(ジャムヤン氏によればそれは開眼と同じ意味合いがあるとの事)特別な作品群との事だったので、そういう影響もあったのかもしれない。

おそらく私たちは、場所だけではなく、時間(周期)とか作者とか、作品に込められた動機からも、様々な影響を受けるのであろう。だとしたら、逆にそれを活用する事も出来る、という事である。日々どういう動機で過ごすのかについて、私達はもう少し注意深くあっても良いのかもしれない。


(*1)前日のKIN88は他界した父の108(9×12)回目の誕生KINで、サイ時間がKIN241(=自分の誕生KIN)だった事も、異世界との繋がりを意識させたのかもしれない。

(*2)その場で勝手に王仁三郎氏の事かと想像していたが、それぞれの生没年を確認すると、王仁三郎の死亡時、トゥルンパはまだ9歳前後だった計算になるので、ペマさんの言う出口さんとは、王仁三郎の事ではなく、その次の世代以降のどなたかという事だと思われる。また機会があれば詳しく伺ってみたいと思う。

シャンバラ教室とカーラチャクラ

2017年01月08日 00:59

律動の月26日(G1/7)KIN124 黄色い共振の種(by D)

今日は天真書法塾シャンバラ教室の稽古初めだった。シャンバラ教室は、天真書法塾最初の支部教室としてチベット民族蜂起51周年の2010.3.10にスタートした。その日は、支部教室師範・蘭禅の69回目の銀河の誕生日(KIN231=10・猿)でもあった。

昨今の表層的なスピリチュアル情報しか知らない人々は、「シャンバラ」と聞くと秘密の地底(地下)王国みたいなものを連想するようだが、私達は、今、まさに、ブッダガヤで行われれている「カーラチャクラ(タントラ)」に登場する「聖なる国の名前」から教室名として拝借したのである。もっと言えば、私達の活動名である「クリカ」も、実はカーラチャクラ由来の言葉なのだ。

私達がその名を使わせていただくに至った背景についてはクリカのリンクを、カーラチャクラについてより詳細かつ正確に理解したい方は、ダライ・ラマ法王公式サイトのリンクを参照いただければと思う(尚、後者のサイトに登場する「カルキ」という言葉が「クリカ」と同義である)。

アマラバ砂マンダラ ★伝説の地アマラヴァティで2006年1月に描かれた砂マンダラ

シンクロニック・ジャーニー』第1章「シャンバラからの招待状」に書いた通り、ちょうど15年前の今頃、私達はカーラチャクラが予定されていたブッダガヤに居た。しかし、ダライ・ラマ法王(KIN14)の体調不良によって灌頂は直前に中止になり、その関係で、私達はそこからほぼ260日後にオーストリアのグラーツで行われた灌頂を受ける事になった。

シャンバラのスチャンドラ王を初代とすると、ダライ・ラマ法王14世は、この教えの86代目の継承者という事になっているが、グラーツは現法王による27回目の灌頂であり、現在ブッダガヤで行われているのは34回目に当たるので、ちょうどグラーツから7回目という事になる。

今日、この記事を書いておこうと思ったのは、ブッダガヤでの法要がいよいよクライマックスを迎えるタイミングであるのと、ツォルキン7列目の「7・種」の日であり、チベット暦ではグル・パドマサンバヴァの日でもあったからである。

グラーツの灌頂最終日はKIN136(6・戦士)で、今回の灌頂最終日はKIN130(13・犬)。いずれもドリームスペル13の月の暦ツォルキンでは7列目に当たり、このツォルキンをマヤ長期暦の5125年に置き換えた時、ちょうどブッダが活躍した時代(バクトゥン)にシンクロする。それ故、テレクトノンでは毎月7日が「ブッダ心の教え」となっているのだ。

つまり、ブッダとシンクロするタイミングにブッダガヤで行われているカーラチャクラ(時の輪)に意識を向ける事は、それだけで素晴らしい事なのだ。ちょうどグラーツの時に初めて試みられたWEBを通じての世界同時中継も、今は中央チベット行政府公式WEBTVが、十分な画質と音声でリアルタイム中継をしてくれている。縁ある方は、そのバイブレーションに直に触れてみて欲しい。

カーラチャクラの教えは、密教最高峰の教えの一つであるのにもかかわらず、仏教徒以外にもその門戸が開かれている特別な教えである。その理由は、この教えにシャンバラという聖なる国が関わっていて、カーラチャクラの大法要が「世界平和」と密接に関係しているからなのだ。そして、シャンバラ教室に限らず、クリカの全ての活動は、その事を意識して行われているのである。

NPOクリカ設立10周年とボダナート仏塔の再建

2016年11月20日 19:42

倍音の月6日(G11/20)KIN76 黄色いスペクトルの戦士(by D)

NPOクリカは、チベット難民の子供達に対する教育支援を主な目的として、2006年11月20日(KIN66)に設立されました。10周年の記念日が、『13の月の暦』のツォルキンで、チベット民族蜂起の日付(1959年3月10日=KIN76)と同じKIN76となったのも、チベットに関する活動をしている立場からすれば、やはり特別な事と思えます。

ボーダ IMG_9683.jpg ★11/16(左)、11/13(右)

また、KIN66(G11/10)〜 KIN76(G11/20)の10日間は、この10年間に対応する期間でもありましたが、ちょうどこの期間に含まれていた11/13(KIN69)〜11/18(KIN73)に、今年もカトマンズボダナートにあるマナサロワール・アカデミーを訪れ、支援している子供達や、そこで素晴らしい教育をして下さっている先生方に会って来る事が出来ました(今年のアルバムはこちら)。

子供達と ★藤田理麻さんが寄付して下さった絵本を手に

10年という歳月の間に子供達も移り変わって行き、今年から新たに支援を始めた子供達と初顔合わせをした一方で、卒業した子供達も駆けつけてくれるなど、嬉しい出会いが沢山ありました。これも、長年に渡ってNPOクリカの活動を強く支えて下さっている皆様(一般財団法人天真会様はじめ多くの支援者の方々)のおかげと、深く感謝申し上げます。

P1040756.jpg IMG_9944.jpg ★支援を始めた頃(左)と今年(右)

滞在最終日には、毎週木曜にマナサロワール・アカデミーで号令を掛けて下さっている現地の道友・木村悟郎さんと共に、100名あまりの子供達に号令を掛けつつ、天真体道を一緒に楽しみました。今回は、『13の月の暦 TIMESCORE』の共同制作者でもあり、悟郎さんが経営するカフェのカップイラストも描かれたMiyokoさんともご一緒し、充実したシンクロ時間を過ごして来ましたが、それらについては、また機会を改めて報告させていただく予定です。

天真体道 天真体道2 ★天真体道を楽しむ子供達

今日、どうしても書いておかなければならないのは、世界遺産でもあるボダナートの仏塔についてです。昨年4月にネパールを襲った大地震で尖塔部分が崩れ、昨年11月に訪れた時には、一度完全に解体された状態になっていましたが、今年はその部分が新たに作り直されて、ちょうどカトマンズを訪問している最中に、仕上げの化粧直しが完了していました。そして、何と、本日、復興と完成を祝う大法要が行われたのです。

IMG_0677.jpg  IMG_9970.jpg ★昨年(左)、今年のスーパー満月時(右)

NPOクリカの設立10周年とチベット民族蜂起81(9×9)銀河スピンが重なるだけでも十分スペシャルなことですが、支援先のマナサロワール・アカデミーがあるボダナートのシンボルが、そのタイミングに完全復活したのですから、これ以上の喜びはありません。ちなみに、今日という日が選ばれたのは、チベット暦で以下のような意味がある日だからのようです。

チベット暦9月22日にあたるこの日は「ラバプドゥーチェン」と呼ばれ、「釈尊が天界より降臨された日」を意味しています。釈尊は、41歳の夏に釈尊は須弥山の上の三十三天に一度上られてしまいましたが、この9月22日に、再び人間界に戻られてその後40年間説法をなされた故事に因んでいます。”
(文殊師利大乗仏教会さまのサイトより解説部分を引用)

大地震の時、ボダナートエリアで死者が出なかったのは、多くの人々によって祈りが捧げ続けられてきた仏塔が被害を引き受け、護ってくれたからだと、現地の人々には信じられています。その仏塔の完全復活が今日という日に重なるとは、私たちが10年前にNPOを設立した時には知る由もありませんでしたし、最初はマナサロワールの子供だけを支援していた訳では無かったので、この縁には、やはり特別に深いものを感じます。

ボダナート滞在中に、世界遺産ポーランドの中世都市トルンの博物館に、私(小原天迅)の書作品がコレクションされる事が決まったというニュースを知り、帰国途中のバンコクでは、天真書法塾シャンバラ教室の生徒たち3名が、西安華厳寺臨書展で、何と「大賞を授賞」というニュースまで飛び込んで来ました。という訳で、この善き日に、嬉しいニュースをまとめて報告させていただいた次第です。きっと、このブログを目にされた方にも、素晴らしい事が起こるでしょう。

この10年の全てのご縁に感謝いたします。

ネパールも4月が新学期

2016年06月17日 18:50

■水晶の月19日(G6/17)KIN178 黄色いスペクトルの太陽(by DL)

ミニ報告。ネパールの学校も4月が新学期。カトマンズのマナサロワール・アカデミーから、 NPOクリカ支が援中の子供達一人一人の昨年度の成績表と手紙、そして写真が送られて参りました。全員落第しないで次の学年に進級オッケー!(ホッ)。


mr20160617

里親の皆様のお手元には、お手紙と成績表をお手元にお送りさせていただき、子供達の成長を共に喜び合いました。いつもサポートしてくださる皆様、本当にありがとうございます!

mr201606 

チベット難民である子供達は、この学校で、彼らの母国語であるチベット語、世界共通語である英語、そして生活している国の言葉であるネパール語、の3つの言葉の読み書きを小さなうちから学びます。授業はすべて英語で行われます。(ここ数年は、私たちの道友の悟郎さんが、週一で天真体道とともに日本語会話も教えているので、挨拶程度はバッチリできる子供達も増えました!)とにかく子供達の言語習得能力には、いつも驚かされます。


NPOクリカより緊急支援のご報告

2016年03月19日 15:12

■太陽の月13日(G3/19)KIN90 白い水晶の犬(by DL)

NPOクリカで支援中の学校(在ネパールのカトマンズ/ボダナートエリアのマナサロワール・アカデミー)と子供達の現在の状況、昨年2015年に緊急支援として皆さまからお預かりした寄付金についてご報告いたします。
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2015年4月25日、ネパールを大地震が襲いました。
支援中の子供達と学校関係者も、家屋倒潰などにより野宿を余儀なくされている者がいるとの連絡を受け【外で暮らしてるマナサロワール校の生徒家族のための緊急支援】を行うことを決定しました。

2015年5月末までの期間限定で皆さまから寄付を募り、当初の目標である緊急支援を行う事ができました。その節は暖かいお心をお寄せ頂き心よりありがとうございました。ここまでの経緯については以下のリンクをご覧頂けましたら幸いです。

NPOクリカより緊急支援のお願い
緊急支援のお願い&ご報告-1
緊急支援のお願い&ご報告-2

【マナサローワール・アカデミーと関係者への支援として行った事】
1・野宿の43家族に対して、テント・蚊帳・マットレスの直接支給(テントはマヤネットワ―ク様からの支援)。
2・家屋が全壊し全く行き場の無い家族と、学校全体に対して、お見舞い金を直接支給。
3・ダメージを受けた校舎設備(電気関係・ソーラーパネル・バッテリー)の補修・交換。
 (職人と物資の不足により、修復に数ヶ月を要した。)

NPOクリカでは現地に事務所を置いておりません。上記は全て、同じ先生(青木宏之先生/一般財団法人天真会代表)を持つカトマンズ在住の道友・木村悟郎さんが、私達からの依頼を受け、NPOクリカの臨時スタッフとしてボランティアでご尽力くださり実現したものです。悟郎さんがいらっしゃらなければ、送金も物資の手配も一切が不可能でした。あらためて深くお礼申し上げます。木村悟郎さんとNGOマヤ・ネットワーク・ネパール(代表:ウサ・ギリさん)のご活動ついてはこちらをごらんください。

【現在の状況】
・野宿・テント生活の家族が多数いましたが、今は全員建物の中に住むことができています。
・校舎本体は無事。地震被害調査も合格。電気設備の修理交換を行い、良い状態で使用中。
・地震後40日間休校した後に授業再開。休校中の遅れを取り戻す為に補講が行われたため、授業の遅れはありません。

【寄付の報告】
★収入合計¥944,301
★支出合計¥732,296
1・マナサロワ―ル校:野宿の43家族に対して、蚊帳・マットレスの支給。¥72,151
2・マナサロワ―ル校:学校と生徒達に対して見舞金を支給。¥157,148
3・マナサロワ―ル校:校舎設備の補修・交換(電気関係・ソーラーパネル・バッテリー)。¥162,025
4・NGOマヤ・ネットワ―ク・ジャパン:最も甚大な被害を出した山岳部を中心に緊急支援を行った団体に寄付。¥240,648
5・ルンタプロジェクト:チベット難民と山岳地帯のチベット系民族を対象に緊急・復興支援を行う団体に寄付。¥100,324
★余剰金¥212,005
引き続き、マナサロワ―ル・アカデミーの子供達の教育支援に使わせて頂きます。

【その他】
私達は2015年11月にネパールを訪問しました。地震から約半年後のことです。訪れたのはカトマンズ、それもマナサロワール・アカデミーのあるボダナート地区で4日間のみでしたので、以下は私達が直接見た狭い範囲の報告になります。正直な所、外から見る限りは地震による「建物」の被害は一部の歴史的建造物を除いては、そんなには酷くないようにも見えました。(もちろん、場所によっては大きなダメージを受けているものも見受けられました。)実際、鉄筋コンクリート造のマナサロワ―ル・アカデミーの校舎も、私達が毎年利用するゲストハウスや周辺の家屋も、地震の影響や爪痕は殆ど感じられませんでした。

それよりも、その時点では、市民生活に不可欠な穀物、医療品、エネルギー(ガソリン、調理用ガス)などなど、インドに頼っていたものが全く入って来ない状況の方が、地震被害よりも遥かに深刻の様でした。当然物価は高騰。交通もマヒ。多くの市民生活に多大な影響が出ていました。何より「一体これからどうなるのだろう」と人々の気持ちがガックリ落ち込んでいました。マナサロワール・アカデミーでも、約400人分の子供達の給食を薪で作っています。レストランやホテルはメニューを最小限に絞って営業している所が殆どでした。地震後、観光業で成り立ってきたネパールへの訪問者は激減し経済も大打撃。更に多数の失業者がでています。政府はほとんど当てにならないといった中、親戚などを頼ってインドに避難する人、外国に出稼ぎに出る人も多く出始めているとの事でした。人々の精神的なショック、先の見えない閉塞感は計りしれないものがあるようです。

しかし!そんな中でもマナサロワ―ル・アカデミーの子供達と先生方は、明るく元気いっぱいに学校生活を送れるまで立ち直っていました。度重なる余震に眠れない夜が続き、安全が確認されてからも尚、潰されるのではないかと怖くて建物に入れない状態が続いていた事を考えると夢の様です。やはり苦しい時期に手を差し伸べてくださる方々の存在は、何よりも励みになり気持ちを強くしてくれるものなのかもしれません。この度、私達の呼びかけに対し寄付のご協力を頂きました皆々さまに厚くお礼申し上げます。心よりありがとうございました。そしてお忙しい中ボランティアで、マナサロワール・アカデミーの子供達に天真体道の指導をしてくださる木村悟郎さんに心から感謝です。先生方も子供達もどんなにか勇気づけられた事でしょう。

もともとがアジアの最貧国の一つであるネパールの復興は、まだまだ始まったばかりです。多くの日本人の目には、地震が起こる前のネパール(首都カトマンズでも、一日10時間以上の計画停電が頻繁にあり、断水は日常茶飯。交通マヒとなれば、給水車もやって来ません。もちろんゴミ収集などあとまわし)の姿でも「こりゃ酷い!」と写るのではないかと思います。今後とも、ネパールとチベット難民に関心をお持ち頂けますよう、どうぞよろしくお願いします。


祝!チベット暦新年

2016年02月09日 11:29

銀河の月3日(G2/9)KIN52 黄色い宇宙の人(by DL)

Happy Losar Tashi Delek!
the year of the male fire monkey


チベット暦新年、あけましておめでとうございます!
月を招く申月を招く申 
★北村公晴氏作「月を招く申」


チベット暦は、『カーラチャクラ・タントラ』に説かれている暦法が土台になっていて(※)、基本、干支と同じ順番と周期(60年)で巡りますが、元旦に関しては、旧暦とは数日から一か月近くズレる事があります。何故、そのような複雑なズレ方をするのかについては、ダライ・ラマ法王日本代表部事務所のサイトに詳しく書かれていますので、「チベット暦と占星術」のリンクをご参照下さい。

また、十干は火・土・金・水・木の五行に基づいていますが、それぞれの陰陽は、「兄弟」ではなく「男女」で表されるので、日本では「丙申(ひのえさる)」となりますが、チベット暦だと、上記の通り「the year of the male fire monkey」という事になります。


(※)Wikipediaより
チベット暦は太陰太陽暦であり、密教経典『カーラチャクラ・タントラ(時輪タントラ)』の「世間品」に説かれた暦の体系にもとづいている。チベットに『カーラチャクラ・タントラ』が伝来したとされる「火の女兎の年」(丁卯,1027年)から始まる60年間を「第一ラプチュン」と呼ぶ。

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