スッキリ教と腸内フローラ

2015年03月04日 23:47

■銀河の月26日(G3/4)KIN230 白い太陽の犬(by D)

我が家において私は「スッキリ教の教祖」という事になっている。何故かと言うと、お手洗いから出て来ると大抵、「スッキリ、スッキリ!」と声に出して言うからだ(笑)。爽快感を伴う快便によって、心から晴れやかになった感覚を思わず口にしているだけなので、別に「そういう状態になろう」という意図でマントラ的に唱えている訳ではない。感覚が先なのだ。
スッキリ ☆スッキリ状態の心象風景

仕事柄、便秘で苦しんでいる方や首肩の凝りに悩んでいる方にも多く接するのだが、そういう方からは、全身の”気”が詰まっているような感じが伝わって来る。感情や想いが詰まっているとも言える。ウォータセラピーによって、それらが割と容易に改善してしまう事が多いのは、その手法が”気”や潜在意識に蓄積された”感情(想い)”に働きかけるからに他ならない。

しかし、普段からそうしたアート(技)を活用している私でも、セッションの現場においては、影響を全く受けない訳では無い。時には、ダルさや気分の悪さが残ることもある。だが、そういう時に限って、私は自然とお手洗いに行きたくなるのだ。すると、快便と共に諸々の不快感は綺麗サッパリ消えてしまう。

このことからも分かるように、私の言う「スッキリ」は、単にお腹の状態だけを指しているのではない。と同時に、快便とは、おそらく誰にとっても、単なる不要物の排泄行為ではないとも思う。生きていることと直結したエネルギー循環の一側面なのだ。

「生きている」というのは、「エネルギー(栄養)や情報(想いその他)を取り込み、変換し、出し続けている状態」を指す。「失う恐れ」から「蓄え」を優先する精神が先行している人々は、取り込む要素、それも「食べ物」の方にばかり注目する。腸内細菌叢腸内フローラ)の働きが注目されると、「腸内菌バランスを良くする食品」という面だけを探求しようとする。

もちろん食べ物の質も重要ではあるのだが、長年の観察から思うのは、腸内菌バランスの鍵は「心の状態にある」ということ。どんなに食に気を遣っている人でも、心が晴れやかでない人に「元気さ」を感じる事はない。いや、むしろ気を遣い過ぎている人ほど、何か詰まった感じで健康状態もあまりよろしくない。せっかく食べ物の質を良くしても、心の状態が不健全(心配不安で一杯)なままでは、腸内菌バランスが良くなるはずもない。

その根底に観えるのは、「安全」を気にするあまり「恐れ過剰状態」に陥り、ガチガチになってしまった心身の状態だ。悪いものを避けて、できるだけ良いものだけ取り入れたいという過度の保身的姿勢だ。自分が世界に対して何をどう「出して」いるかについては全く無関心で、何を「取り入れる」か「得る」かばかりに気が向いている。得ることばかりに注目しているからこそ、入力過剰であちこちが詰まるのではないだろうか。

食べ物に限った話ではない。あれこれ情報ばかり集めて頭でっかちになっている人は、ある意味、入力過剰の情報便秘状態なのだ。そして、そういう人は、実際にも便秘であることが多い。その状態を解消するには、まず、何でも出して(表現して)みること。それも出来るだけ先んじて出すことだ。出す力は、出す習慣によって養うしかない。春分にスペシャル版で行う「シンクロプレゼン・ラボ」も、この発想に基づいた、誰でも簡単に実践が可能なシンクロ加速技法だ。

一般的な意味での便秘の解決が主目的なら、まずウォーターセラピーをお勧めするが、それも含めた全てにスッキリ感を求めるのなら、普段からどんな場面でも「先んじて出す」ことを心がけてみると良いだろう。そういう「気の流れ」になれば、一般的な意味での便秘も自ずから解消して行く。ちなみに、シンクロ・ラボは、「先に出す」意味と効果を、その場で体感できる大変面白い実験教室である。

私が、時に女性から「お肌が綺麗ですね」(オヤジにしてはという意味だろうが(笑))なんて言われる事もあるのは、おそらくクリカで提供している全てのこと(暦も稽古ごとも)を、日々自ら活用しているからだと思う。それら全てに共通している点をひと言で表せば「スッキリ感を促すもの」になる。だからこそ、お腹の中も日々「スッキリ、スッキリ!」となるのだ。

という訳で、前々から書こうと思っていた「スッキリ教」について、ようやく書く事が出来て、私は今、とてもスッキリ!している。

フリースのイライラ感

2014年01月22日 02:04

共振の月12日(G1/21)KIN83 青い倍音の夜(byD)

先頃、内側がフリース生地になっている室内着をついに捨てるに至った。一見するとスキーウェアのようにも見えるそのパンツは、数年前から真冬の寒い時期だけ使っていたもので、使用時に静電気がすごく、服がまとわりついたり、髪の毛がはねたり(逆にぺったりくっついたり)する傾向が顕著にあった。また、身体全体がイライラした感じになったり、首が詰まったような感じになることもしばしばであった。

しかし、暖かさと軽さの面では優れていて、部屋着としては使い勝手も良かったので、だましだまし使い続けていたのだ。だが、どうにもならない違和感、生理的なところからやって来る身体レベルのイラだちみたいなものが生じるのは、決まってそのパンツをはいている時だと、断食後の澄み渡った状態ではっきり感じ取れたので、まだ使える状態ではあったが、処分することにしたのだ。

実は、何年か前にも、同じようなことをしたのを、この時思い出した。色と形が気に入って手に入れたフリースのジャケットがあったのだが、それを着用している時に限って、どうも身体がイライラして、首肩が凝ったり詰まった感じがして具合が悪くなるので、自然と着る機会が減り、たまに近所への用事で羽織るくらいになってしまった。とてもじゃないが、長時間着たままでいることなんて出来ない感じだったのだ。

結局、殆ど使わないままお蔵入りしそうになったので、その時は、ある団体を通じて困っている人々の元に送ることにした。しかし、今思うと、それも先方にとっては迷惑な話だったかもしれない。防寒が主目的であれば、それなりに役立っただろうが、それを着た人の身体は、私と同じように落ちつかなくなって、場合によっては調子を崩してしまったりしたかもしれないからだ。

ちなみに、私は、化学物質だとか電磁波にそれほど敏感な訳ではない。自分のチャンネルをどういう状態にしておくかにもよるが、よほど疲れているとか自分の場が乱れている時でなければ、あまり影響を受けることはない。従って、静電気が発生し易い衣類、それこそフリースそのものであっても、さほど気にならない製品もある。

はっきり書けば、私が「着ていられない!」と思ったのは、どちらもF社のフリースだった。今や世界的企業となったF社の製品には結構お世話になっていて、モノによっては今もかなり重宝している。だから、F社には感謝している面もあるのだが、ことフリースに関しては、仮に色や形が素晴しく、リーズナブルなものであっても、もう着てみたいという気持ちは起きない。

もちろん、私のような体験をした人々からのフィードバックが活かされて、既に解決策が講じられているかもしれないが、もし言葉の話せない赤ちゃんが、同じような製品を着せられているせいで、生理的不快感から泣いているとしたら、いたたまれない。あのイライラ感は、ある種の拷問に近いと私には感じられたからだ。

もし、赤ちゃんが泣いている要因がわからず、親がそういう服を着せたままだとしたらどうなるだろうか?おそらく、皮膚感覚や神経系統の何かを「麻痺」させることになるだろう。今の世の中、生活に直結する食品にも衣類にも住環境にも、諸感覚を「麻痺」させるしかないようなものが溢れている。ぎゅう詰めの満員電車に乗りながら人としての正常さを保つには、様々な感覚を麻痺させるしかない。

放っておくと麻痺するし、あまり細々と気にしすぎるとかえって病気になるしで、そのさじ加減が難しいところだが、「どうもこの服を着ると調子がおかしい」とか「あれを食べると肩が凝る」というような感覚には注意深くありたいものだ。からだの叡智は、何をどうして行ったら良いか、頭で考えるより明確な道筋を示してくれることが多々ある。

霊性のアート 心の豊かさを育む技』に紹介している様々なワザ(より本質的には見方)は、そういう感覚を適切な(過敏すぎず麻痺しすぎない)状態にしてくれるものとして、私が日々の生活の中で重宝しているものでもあるのだ。そして、円卓読書会は、単にそのワザの詳細をシェアするだけでなく「そこから先」を探求するための場でもある。

若返り健康法を引き寄せる

2012年10月15日 22:41

■電気の月26日 (G10/15) KIN140 黄色い惑星の太陽(by D)

最近はツイッターでしゃべって満足してしまうので、どうもブログが滞りがちだ。しかし、ある程度まとめておくと、後々自分でも調べ易いので、ここ数日の出来事を以下に簡単に整理しておこう。

KIN140の今日、荒木飛呂彦氏の”若々しい”表紙写真と歯切れの良いインタビュー記事に引かれ、珍しく『AERA』を購入した。ひとつ前の記事にも書いたが、荒木氏は現在『13の月の暦』での還暦に当たる52才で、「銀河の署名」は「白い惑星の犬(KIN10)」だ。ということは、今日でちょうど52才と130日、つまり自身の反対のパートナーに当たる日付に『AERA』の表紙を飾ったことになる。

反対のパートナーの日付は、誰にとっても26才の時の「運命の道筋」に対応し、『13の月の暦』の26日にもしっかりシンクロしている。流石にインタビューの中で「リズム」について語っているだけのことはある。「漫画でしかできないことを、漫画でやりたいんです」「アイディアも、今日までに出すと決めたら出しますね」という姿勢も素晴しい!私の人生に大きな影響を与えた漫画の作者が、こういう生き様をしているのは、やはり嬉しい。

たまたま、他のページに高須克也VS南雲吉則のDr健康法対決の記事も出ていたのだが、どちらも単なる若作りで、はっきり言って全く魅力を感じない。雑誌記事だけで彼らの唱える健康法の善し悪しを判断することは出来ないが、いずれにせよ「若作り」と「若い」は全く別ものだ。おそらく、彼らの健康法などより、荒木氏の生き様に学ぶ方が、余程”若返り”の効果は高いだろう。

私自身、学生時代から各種健康法を研究し、あれこれ実践もして来た。今現在、自分がやっていること(天真体道やウォーターセラピーや13の月の暦等)も、長期の検証に耐え抜いた健康法の側面がある。ただ、「○○だけやっておけば大丈夫」という精神(姿勢)で取り組むと、どんなに優れた健康法もその効果は落ちる、というのが私の持論でもある。

依存(よりかかり)と保身(安定志向)がベースにある人は、「できるだけ間違い(失敗)の無いもの(手法)」を探して群がるが、実はその精神こそが「不健康の種」だとは気付かないのだ。「生命力は開拓し挑戦する時に高まる」というのが、私が健康法研究から見出した現時点での結論である。荒木氏が漫画にのめり込んだのは、横山光輝梶原一騎作品の「何かを切り開いていく感じ」に惹かれたからだそうだが、奇しくも上記の持論と響き合っている。

また、動機(志)の高さも大きく関与する。最終的な動機が「自分のため」という人の行為は何であれ、そのパワーはたかが知れている。「○○のため」と言いながら疲弊している人は、本当は「自分のため」(人に良く見られたい等)が動機なのに、無理して「○○のためのフリ」をしているケースが多い。もちろん、自分も全体の一部なのだから、自分をないがしろにするのはおかしいが、「自分が第一」という動機だと、大したパワーは出ないという事だ。

【君らとは闘う動機の「格」が違うんだ!】とは、KIN137(10/12)深夜に放映された『ジョジョの奇妙な冒険』の名ゼリフだが、最近、「動機」について特に意識していたので腹に響く言葉だった。 B・フラーにしても、ノーベル賞の山中教授にしても、何が違うって「動機」の格が圧倒的に違う。それは顔つきにもはっきりと出るものだ。

電力会社、官僚、政治家の多くが信用できないのは、その行動、発言のベースにある「動機」が、陳腐なほどに「自己保身とお金」だけにあることが透けて見えるからである。どんなに素晴しい(と見える)活動をしている人でも、その根本的「動機」が陳腐だと、全てが薄っぺらく見える。

お金もあって精神的にも満たされているのが幸せ〜という風潮が、「引き寄せ」だとか「金持ち父さん」だとかの言葉を生んで、例によって10年遅れ位で米国から盛んに輸入されて来たが、それに群がる人々の「動機」は、大抵陳腐である。色々な言い訳が用意されてはいるが、鋭く本質を突くと、殆どの場合、自己の肥大した欲を満たすことしか考えていないのが明らかになる。

また、同じツール(暦でも占いでもヒーリングでも瞑想法でも何でも良い)を用いていても、それを活用する人の「動機」がどこにあるかで、実際にそこで行われていることの意味はまるで違うものになる。見た目も体験も、殆ど差が無いケースがあるのがやっかいだが、包括的で継続的な視点があれば、ほぼ見分けられるようになるだろう。

ちょうど良い例として、最近発刊されたTRANSIT『美しきチベット』というムック本がある。長年に渡って真摯にチベットサポート活動を続けて来ている人々の間では、すこぶる評判が悪い。何がそんなにマズイのだろうか?と気になってはいたが、目にする機会が無いまま日が過ぎていた。ところが、ちょうど昨日、その本を貸して下さった方がいらして、ザっとではあるが目を通す事が出来た。

写真も構成も執筆陣も、文句の付けようが無いほど選び抜かれているにも関わらず、確かにどうしようも無い違和感がある。その原因は、おそらく以下のようなことだと思う。チベットについてあれこれ詳しく紹介しておきながら、主人公であるはずのチベット人に対する思いやりに欠けている点、そしてフリーチベット活動に対する、編集者の極端な(おそらくは個人的な由来に基づく)嫌悪感が滲み出ている点だ。

全般に字が小さ過ぎて、読者の事をまるで考えてないことも、自分勝手に作っていて思いやりが無いという点で、チベット人への配慮の無さと通じるものがある。そもそも、欧米対中共という政治的文脈でチベットを語ろうとする時点で、チベット人の存在が置き去りにされているのである。編集者が学生運動世代か何かで、○○運動みたいなのを嫌っていた人なのかもしれないし、確かにフリーチベット運動でも反原発運動でも「訳も分からず騒ぎたい人」が混在している事実はある。

が、多くのチベットサポーターは、直接チベット人の友人から話を聞いていたり、チベット本土や亡命先の難民キャンプの様子を良く知っている人々だ。「売れる雑誌作りのため」に、薄っぺらく取材した者よりは、ずっとチベット人に近い感覚で活動していると思う。フリーチベットと声を大にして叫んでいるのは、別に○○活動家みたいな者ではなく、本土に家族や親戚を残して来た普通のチベット人たちであり、その困難な境遇に同情し、少しでも寄り添って行きたいと考えている普通の日本人たちなのだ。

という訳で、上記の雑誌は、せっかく素晴しい素材(美しい写真や情報)が揃っているのに、料理人(編集者)の動機(志)がピンぼけしていて、一番ベースの味になっているチベット人に対する思いやりにも欠けていることで、残念な仕上がりになってしまったパターンの良い例と言えるだろう。この雑誌で初めてチベットの事を知る人が、そういう微妙な歪みを感じ取るのは難しいかもしれないが、包括的、継続的に観察を続けて行くと、大体同じ結論に至るはずである。

最後に、もう一度、ジョジョに戻ろう。コミック本のジョジョは、実家に12巻まで今も保管してあるが、リサリサ(LISA LISA)という登場人物に共通点を感じてLが別途手に入れた11巻だけが、今、手元にある。その巻頭に、若き日の荒木氏のコメントがあるので、それを引用したいと思う。

「政治とかには、ほとんど関心を示さないぼくも、さすがに最近の日本の将来には、不安を少なからずおぼえます。だれもが、お金や物質的な利益だけを求めているのは、危険だと思う。もっと、精神的な豊かさが、必要だ!だから、自分もマンガを通じて、もっと人のためになることをかかなくては!と反省するのです。」


13:20マトリクスタイプのツォルキン(260日暦)で、中心7列目の神秘の柱のラストの新月。そして『7:7::7:7』では、今月全体とシンクロしている(=二重に今月である)電気の月の26日に、これを記す。

植物酵素断食

2010年11月10日 17:28

自己存在の月24日 (G11/10) KIN216 黄色い銀河の (by D)

5日前のKIN211(G11/5)、渋谷のアップリンクで『不食の時代~愛と慈悲の少食~』という映画を観た。故・甲田光雄医師が指導していた断食療法を実践し、難病を克服した方々を描いたドキュメンタリーだが、登場人物の多くは、難病克服後も一日1000キロカロリー以下の少食を続けたまま健康的な生活を送っている。

筋ジストロフィーや潰瘍性大腸炎など、西洋医学では治療が困難とされている病気が実際に治癒しただけでも十分に意味があることだが、少食で健康的に生きられるという事実は、医療という面からだけでなく環境や食料問題などの切り口から見ても、非常に意義深い。少なめに食べた方が健康になるという事が”体感的に”理解されて、一般に広く定着すれば、それだけで食料自給率だってUPしてしまうのだ。

もちろん、いきなりハードな断食をしたりすれば、健康になるどころか、かえって身体を壊してしまうだろう。例えば、新体道イストで、近々またカトマンズで会う予定にもなっている友人の悟郎さん(祝!誕生日・・・但し一日遅れ)などは、1週間から10日近く水だけの断食をしたりする。しかし、彼は信頼できる指導者の下で基礎を十分押さえた上で、自分でも色々な経験を積んで、そういうことが可能になったのだし、映画の登場人物達も、最初は甲田先生指導の下で行っていたということは、決して忘れてはならない。

それに、断食期間中は「心のあり方」も大きく影響する。映画を注意深く観れば、単に「食べない」だけではない、ということが読み取れるはずだ。ちなみに、この作品を撮った白鳥哲監督は、数年前に『ストーンエイジ』という作品の中で、江本勝氏の波動測定(≒ウォーターセラピー)のことも描いていたりして、どうも私と見ているところが近いようである。

興味深い事に、映画を観た前後に、今度は酵素飲料を使った断食で体重を13キロ落としたというIHM時代の仕事仲間(そして今もお世話になっている)Tさん(今、カレンダーラウンドの52才)からハガキが届いた。11/8(KIN214)にTV東京系の「主治医が見つかる診療所」で取り上げられるとの事だったので観てみたが、腸を綺麗に保つと免疫力が上がり肌も綺麗になる、という事などを検証していて、なかなか好感の持てる番組だった。

実は、この酵素飲料、クリカ(そして氣美人研究所)でも扱っていて(※1)、私達も普段から飲んでいたりする。朝食だけ酵素飲料にしたり、年に数回、3日間の酵素断食をしたりするのだ。水も砂糖も無添加の純植物性でありながら、クセが無くて美味しいし、何より空腹感が出にくいので、誰でも無理なく取り組むことが出来る。それに、この酵素飲料を使う方法は、私達が強く推薦している『マンガでわかる「西式甲田療法」』にもしっかり出ていて(P77)、上記の映画とも無縁ではない。
 
私達のように、食べることそのものにも楽しみを感じてしまう人でも、ゆるゆる実践出来るのが、この断食法なので、今回のブログを通じて、少しでも少食や断食に興味を持たれた方には、初心者向けの方法としてまずお薦めしてみたい(もちろんきちんとやり方は守る前提で)。もちろん、上記のマンガを元に、自分で研究してみるのも良いだろう。ただ、安全面も考えると、やはり最初のうちは、誰か身近に実践者や体験者がいる環境で行う方が安心できる。
 
尚、『不食の時代』は、東京でも大阪でも、まだ一週間以上上映される予定なので(※2)、健康・医療・環境・食料などの問題について少しでも関心がある方は、是非、このチャンスを活かして頂きたいと思う。
  
(※1)セラピーやリーディングでクリカに来所される方に対して、直接販売をさせて頂いてます
(※2)映画の上映情報
東京(渋谷)アップリンクで今月26日(金)まで
大阪(十三)第七芸術劇場で今月19日(金)まで
(※3)シンクロ・メモ
・KIN211に、読み始めた『夢の修行』にポール・マッカートニーとビリー・ジョエルの名が登場。ポールはこの日のKIN211の生まれ、ビリーは、今の私の道筋であるKIN126の生まれ。その数日前、仙の「お月さんいくつ、十三七つ」の軸を見て来たばかりで、上記上映会場とのシンクロにも気付く
・KIN214は2011・7・26~2012・7・25にシンクロする。この日にメディアに出たという事は、来年あたりから酵素断食がより一般化するのかもしれない

医療大麻

2010年02月01日 01:41

共振の月22日 (G1/31) KIN193 赤いスペクトルの空歩く者 (by D)

共振の月1日(=KIN192=3・人=G1/10)、私は、立教大学で行われた公開講座に足を運び、『奇跡のリンゴ』で有名になった木村秋則さんの話に耳を傾けていた。それよりひと月程前、初めて木村さんについて触れた記事をブログにUPしたのだが、その一週間後くらいに、暦のメーリングリストでTさんが講座の事を知らせて下さったので、これは良い機会だと参加を決めたのだった。
 
大学主催の公開講座ということもあって、ご著書の範囲を超える内容ではなかったと思うが、日本が世界の中でも桁違いに農薬(肥料)を使う国(そういう指導を農水省がしているということ)であることを改めて知って、ショックを受けた。同時に、木村さんのような実践者が、そうした実態を世に知らせ、無農薬でも素晴しい野菜が出来るという事実を伝えて下さることで、消費者側からの行動(無農薬のものを積極的に求めて行く等)も高まるだろう、という期待を抱く事も出来た。

それから10日後のKIN182、『LOVE&THANKS』誌が手元に届いた。通しNo12の特集記事は「2012年の幻影」で、私のインタビュー記事がP12から始まっていた。もともとお世話になっていた会社の機関誌だからとか、自分が出ているからとかいうのは抜きに、雑誌として内容と誌面が洗練され、進化しているのが感じられた。おそらく、多様性のある記事構成と商品広告が別冊子になっていることが、その主な理由ではないかと思う。
 
また、スピリチュアルを科学的に検証する一流科学者や、麻についての多面的な情報など、他ではなかなかお目にかかれない貴重な記事があるのも特徴だろう。特に、今回掲載されていた医療大麻に関する記事は、木村さんがして下さった農薬漬け農業の話と通じるものがあって(真の健康より天下り先の利潤が優先されている)、より多くの人が実情を知り、共に考えて行くべき重要な問題ではないかと思えた。
 
警察、検察、裁判官、医者、教師、大手マスコミ・・・・。「正しいことをやっている」と信じてしまっているところにこそウソやインチキがはびこり易い、ということがようやく認識されるようになって来たが、まだまだ権威に無条件に従っている人も多い。どんな職業、学校、宗教、国家であれ、まともな人もいれば、しょーもない人もいるということを、常に意識しておきたいものだ。

この日は、さらに10日後に繋がる面白い発見があったのだが、長くなりすぎるので、10日サイクル(反対KINになる関係)で話が結びつくパターンがあるようだ、というポイントだけ記すに留めておこう。という訳で、以下は次に持ち越し。

毛細血管

2009年03月18日 01:13

太陽の月11日 (G3/17)  KIN133 赤い電気の空歩く者 (by D)
 
サントリー美術館で開催されていた「国宝・三井寺展」を、何とか期間内に見ておこうという事で、G3/13(KIN129)お昼前に家を出た。移動の間、『自然は脈動する』を読み進めていると「血液の循環」という項目に、非常に興味深い事が書かれていた。以下、部分的に抜粋してみる。

・瞑想するときに呼吸を観察するという古来の方法を実践する人にとっては、(より大きな存在に)「呼吸される」という奇妙な感覚を経験することは珍しくない。(中略)ヴィクトルは同じような文脈で、鳥は「飛ばれ」、魚は「泳がれる」とよく言っていた。心臓はポンプではなく、「ポンプのように動かされる」のだとしばしば表現した。彼は心臓を、血流を整えるものとしてとらえていた。

・シュツットガルトでの実験は、水流がパイプの形状と共鳴するなら摩擦が生じないことを実証した。同様に、血液が動脈や毛細血管と共鳴していれば、血流は大いに促進される。さらに、血管には自然な脈動、蠕動作用がある。

・ベルリン大学のクルト・ベルゲル教授は、鳥の卵が孵卵を始めて数日後に、まだ心臓が形成されていないのに、卵嚢周囲の細かな温かい血管内にそんな自動的な脈動が生じるのを記録した。ベルゲル教授も心臓をポンプであるとする一般的な説に異を唱え、ポンプ機能は「体に行きわたる数百万本の高度に活動的な毛細血管」によって担われており、「健康と病気は、何よりもまず毛細血管に欠陥がないか、活動が乱れているかに左右される」と主張した。(抜粋ここまで)

先ごろ発行したメールマガジンの中で、私は、「シャウベルガーの哲学と手法が、地球版・西式甲田療法のように思えるのは、多分私だけではないはずだ」という感想を述べつつ、本書を推薦していた。全体にザッと目を通してはいたので、潜在意識に残っていたのかもしれないが、毛細血管が健康の要である事を記したこれらの文章は、自分の書いた推薦文にさらに確信をもたらしてくれた。

乃木坂駅で降車し、興奮しながらその事をLに伝えていた数分後、東京ミッドタウン(美術館はこの中)までの道のりを歩いていると、「心臓血管研究所付属病院」という看板が、目の中に飛び込んで来た!この辺りの土地に縁の無い私は、こんな名前の病院が存在することすら知らなかったが、今しがた「心臓と血管の関係」を話題にしていただけに、思わず吹き出してしまった。念のため証拠写真を提示しておこう。
 sinzou
三井寺展そのものについても軽く触れるつもりだったが、途中で面白い事に気付いてしまってまた長くなりそうなので、項を改める事にした。(つづく)

若返りの秘法

2009年01月11日 00:38

共振の月1日(G1/10) KIN67 青い月の手(by D)
 
今日は、瞑想カレッジ新体道(本部クラス)に続けて参加。どちらも心身に素晴らしい効果を与えてくれるものだが、特に新体道の稽古後は、面白い事がよく起こる。ふと鏡を見た時に、まるで自分とは思えない位の若者がそこに映っているのだ(笑)。帰宅後、Lにもフットケアに来ていたタカちゃんにも「ケロってる」(若返っているの意)と言われたので、気のせいではないだろう。そもそも、稽古場で皆がピカピカになっているのも目にしているし、創始者ご自身が異常に若々しいのだから、思い過ごしのはずもない。ちなみに、若返るのは顔だけではない。手の甲とか手首の辺りも、別の人のものかと思う位に若返る

その新体道の先生方が、やはり新体道の大先輩でもあるドラマーの羽野昌二氏と共に、近々(G1/28)渋谷でパフォーマンスをする(詳細は→コチラ)。会場となる「公園通りクラシックス」は、Lがその昔、仕事(改装)でちょこっと関わった場所でもあるというシンクロ付き。自然性を取り戻した身体の動きや、そういう身体から醸し出される音を、是非、体感してみて欲しい。

そういえば、前日、ちょっと風邪気味になっていたのと、踵が乾いてヒビが入る位になっていたので、久しぶりにタカちゃんのフットケアを受けた。あれだけガサつきが酷かった踵がしっとりするのもビックリだが、今回はマッサージの時に、これまで経験した事のないような激しい痛みでもんどりうった。台湾の足裏マッサージでも、ここまで痛かった事は多分無いと思う。もちろん、身体の状態が普通ではなかったからだが、お陰で、タカちゃんの”魔法の手”の凄さを、まざまざと体感出来た。

しばらくほぐしてもらっているうちに、鼻が通り、顔面の腫れぼったさが取れ、足の痛みもかなり軽減したのだ。マッサージだけを見ても名人級の腕前だが、荒れ放題の足でも綺麗サッパリ爽やかにしてくれるタカちゃんのフットケアは、やはりその”魔法の手”と人柄から生み出されているように思う。10年以上継続して、このフットケアを受けているLを見ても思うが、これもまた若返りの秘法の一つと言えるだろう。私達には他にもいくつかの秘法があるのだが、今日のところはここまでにしておこう(笑)。

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