驚きを贈りあう「シンクロプレゼン・ラボ」

2014年10月27日 23:12

■自己存在の月10日(G10/27)KIN102 白いスペクトルの風(by D)

昨日、銀河シンクロ教室【G1】クラスの終わりに、「結局、『ドリームスペル13の月の暦)』は何を目的としているのですか?」という、私にとっては、かなり新鮮な質問をされた方がいた。
dreambank2013dand ☆『ドリームスペル』についてのエッセンスが書かれた『銀河のマヤ』(ヒカルランド)の表紙にも使われたブラッド・ゴールドペイント氏の作品。このシンクロについては、コチラ(←クリック)を参照。

割と注意深い方だったので、私がクラスの冒頭で「『ドリームスペル』は、バラバラになった意識や体を繋ぐ働きを持つ、カレンダーの形をしたツールです」と述べたことや、「自然のリズムと調和し、自分の時間(心)を取り戻す目的で、マヤ暦の仕組みを土台にして新しく生み出されたものです」とか「トップダウンシステムの奴隷状態から解放され、自律的で自由な状態になるためのものです」と伝えた事を、全て聞き逃していたという可能性は、おそらく無かったと思う。

とすると、ありうるのは「カテゴリーエラー」から生じた質問という可能性だ。つまり、「人間関係や運勢を読み取るもの」とか「より良い決断や判断を促すツール」等と言った、「その方にとっての想定」から大きく外れていたが故に、「一体これは何のために、どう使うものなのか?」という疑問が最後まで拭えなかったのではないだろうか。

分かってもいないのに分かったフリをしてみたり、分かる形(鑑定やら占いやらに落とし込む手法が典型的)に無理矢理変形させて受け取るよりは、ずっと誠実な姿勢である。しかし、私が伝えたことの意味や価値が分からなかったからこそ、改めて質問をされたのだとも思う。つまり、「新しい暦を意識し続けることで、自然と調和するとかシンクロニシティが増大するというのは分かったけれど、それで何か得する(利がある)の?」という意味での問いだったのではないだろうか。

確かに、それで恋愛が上手く行くとか、家族関係が改善されるとか、キャリアアップが速やかに行くと言ったような「現世利益的な分かり易い効果」は元々うたわれていないので、そういう観点からのみものごとの判断をしている人にとっては、「謎のツール」であると思う。使う意味が分からないという方もいらっしゃるかもしれない。

そこを逆手にとって、「現世利益的分かり易さ」を売りにしているのが、巷にはびこる【偽マヤ暦情報】である。それらは『ドリームスペル13の月の暦)』情報(※)を部分引用しながら巧みに改変し、本来の目的とも、歴史上のマヤ暦とも全く関係のない「勝手な解釈」がふんだんに盛り込まれたえげつない代物である。もちろん、改変者達はオブラートに包んで上手に伝えているが、私から見れば「原子力はクリーンエネルギーです」と言っているのと同じくらい詐欺的である。

(※)「銀河の音」「太陽の紋章」「青い○○」「ウェイブスペル」「キン○○」などの用語を使っていたら、それは【マヤ暦】ではなく【ドリームスペル13の月の暦)】の情報である。これをマヤ暦と呼ぶのは、マヤ先住民にも、ドリームスペル提唱者のアグエイアス夫妻にも失礼である。

細分化された高額なセミナーを受け続けることで団体権威者に認定され、認定されることで自分もそういうセミナーを開催できる資格を得られるというやり口は、情報を商材とするネットワークビジネスそのものである。そして、認定証を出す側の”先生”は、殆どカルト教祖化している。その証拠に、縁あって客観的情報に触れる機会があっても、それをありのまま受入れることが出来ない(行動を変えない)信者が実際に多数いる。

無意識的洗脳状態から脱するための道具として銀河知性から届けられた『ドリームスペル(13の月の暦)』が、さらに洗脳度を深めるために使われているとは、何とも嘆かわしい限りだが、そういうビジネスに惹かれる人は、同じ穴のムジナ(精神構造が同じ)なのだから仕方がない。「私は人の役に立つ良いことをしているんだ」という免罪符的な言い訳を胸に、行く所まで行くしか、本質に気付くチャンスは巡って来ないのだろう。

さて、一般的な感覚からすると「謎のツール」である『ドリームスペル(13の月の暦)』は、ヨガ瞑想と同じように、本来、自然(宇宙)と自分を繋ぎ、忘却されていた真我(本当の自分)を思い出すための道具である。やり方は、新しいリズムで日付を数え続けること、暦の仕組みを通じて様々な繋がりを見つけること、楽しく創造的に使うことにほぼ集約される。それがある程度継続できれば、結果としてシンクロニシティや気付きが増大し、心身の自由度も増す。少なくとも何かに対して盲信状態になることはなくなる。
dreams.jpg 
銀河シンクロ教室【G1】クラスは、『ドリームスペル』がどういう道具なのか?という背景を伝え、マニュアルのステップ1〜10を実際に(私見を挟まず)行うだけで終わってしまうので、(提唱者達が意図した)実際の使い方とか生活の中での活用方法については、【G2】とか【G3】とかの中でシェアすることになる。そんな訳で、【G1】を一回受けただけで『ドリームスペル』が分かってしまう人はまずいないに等しい。おそらく昨日も【G3】まで続けて受けられた方だけが、その面白さを実感できたのではないかと思う。

ちなみに、2とか3というのは、「どの側面に注目するか」ということで便宜的に分けているだけで、別に難易度を示すものではない。また、私はその時のメンバーに合わせて閃きでアレンジするので、同じクラスでも実際には毎回違うことをやっていたりもする。いずれにしても、銀河シンクロ教室では、デザインそのものに銀河時間が反映されている『ドリームスペル』に実際に触れることで、その時間世界を潜在意識に染み込ませて行くことが出来るようになっている。

これに対して、横浜ナディアで行っている「13の月の暦レクチャー」では、『ドリームスペル』の情報を日常に活かし易い形にまとめた『13の月の暦・手帳』やカレンダー類をベースに話を進めて行く。初心者の中には、こちらの方が、いきなり『ドリームスペル』を手にするよりも入り易いと感じる方がいるかもしれない。しかし、基本、両者は同じ背景のもので、伝える人物も同じなので、実質上の違いは、原初の形態を保持するキットに触れながら学ぶか、カレンダー形式のものを通じて学ぶかという点だけである。

どちらも長年行っているので、総受講者数は相当な数に上ると思うが、果してどれだけの方が継続的に使っているのかは分からない。結局、「自分で工夫して遊ぶ」姿勢のある方なら、1人でもどんどん深めて行けるし、そうでない方や、身近に遊ぶ仲間を作れない方は、しばらくしたら使わなくなってしまうか、「現世利益的分かり易さ」満載のエセ情報に引きつけられて、本質から遠ざかるケースが殆どだろう。

それ故、私は、同じタイミングに暦のクラスに参加された方には、なるべく連絡を取って共鳴場を保持するよう促すのだ。それで自律的な遊びのコミュニティが出来れば、その人たちは長く楽しみながら使い続けられるし、シンクロ体験も加速して、『ドリームスペル』がこの地球に贈り届けられた理由を、自ら体感することにもなる。

「シンクロが沢山感じられるようになると、何がトクなんですか?」という、現世利益的な問いにあえて答えるとすれば、「毎日が楽しみと驚きで満たされる」「人の意見に振り回されず、自分自身でサイン(お告げ)を読んで進めるようになる」「天地自然と繋がっている感覚を深められる」「世界観が大きく変わる」等であろうか。

結局、臨死体験であろうがシンクロ体験であろうが、外部からあれこれ調査し想像しているうちは何も分からないものだ。逆に、体験さえしてしまえば、無駄に「お勉強」する必要も無くなるし、宇宙(自然)由来の智慧か、そうで無いものかも見分けられるようになる。そこで、私は体験自体を促すやり方を開発することで、『ドリームスペル(13の月の暦)』の本質も速やかに理解してもらえるのではないかと考え続け、実験し続けて来た。

暦のことを知らなくても、その目指す世界を直に体験してもらうには、普遍的な原理を活用すれば良い。そこで生まれたのが「シンクロプレゼン・ラボ」というやり方である。その手法自体は、暦クラスの中でも常々伝え続けて来たものだが、実際には暦情報を抜きにしても使えるものである。このシンプルかつ効果的な手法に対して疑いを持てる健全な心の持ち主は、実際にご自分で実験してみて頂ければと思う。別に私のクラスに参加しなくても実験は出来る。

もっとも、このクラスでは、最新の発見をシェアする予定なので、サイトに書いてある手順だけを行う訳ではない。その時々のメンバーに応じて、暦の話をすることもあれば、全く別なアプローチで進めることもあると思う。だから「ラボ」なのだ。進化(変化)し続けている宇宙において、実験は無限に可能である。この惑星に、未知の領域を探求しようとする冒険者の魂を持つ者が存在する限り、偽りの資格保持者がどんなにはびこっても、真実の道が失われることは無いだろう。

11/22(土)KIN128「シンクロプレゼン・ラボ
12/14(日)KIN150「13の月の暦レクチャー」横浜ナディア
12/23(祝)KIN159「銀河シンクロ教室

「未来からの視点」というアート(技)

2014年10月23日 01:14

自己存在の月5日(G10/22)KIN97 赤い律動の地球(by D)

昨日、江本勝所長(※)の葬儀に参列して来た。昔の仲間たちや様々な分野の達人たちも多く参列していて、色々と感じることがあったが、特に印象に残った点に絞って2、3メモしておきたいと思う。

(※)江本氏は、元スタッフには当時の役職で呼ばれることを好まれた。IHM MRA総合研究所の所員だった私は、入社当初から所長と呼ばせて頂いていたので、退社してからもずっと「所長」なのである。

1つは、喪主の江本博正氏(現IHM社長)の挨拶が、堂々としていて見事だったこと。きっと、所長もどこかから見ていて、安心され、頼もしく思われたに違いない。もう1つは、エハン・デラヴィさんの弔辞が、何とも自然な語りかけ方と優しさに満ちていて、感動的だったこと。

マイクを手にするなり、ワインバーで2人が楽しげに会話しているシーンが目に浮かんで来るかのように語りはじめ、米国で通訳を引き受けた時に、江本氏がスタンディングオベーションを受けた場が、感動とエネルギーに満ちていたことなどをシェアして下さった。そしてペルー(だったと思う)で100年後に、親が子供に向かって次のように語りかけるシーンを演じているうちに、涙で言葉を詰まらせて挨拶を終えられたのだった。

「100年前、Dr.江本という人が、水をいただく前に、ありがとうと言葉をかけることを教えてくれたんだよ」

そして、最後に棺に向かって「江本さん、ありがとうございました」と深々と一礼されて席に戻られた。もちろん、他の方々も、それぞれの立場から心のこもった弔辞を述べられていたが、エハンさんの深い思いやりと心意気みたいなものが、きっと私の琴線に触れたのだろう。何かグッと来るものがあった。

後で気付いたのだが、この「未来から今を振り返る」というやり方を、実は江本所長も初期の著書の1冊である『波動の人間学』の中で実践されているのである。所長に初めてお会いした1994年に出たこの本を、私は斎場への往路に追悼の気持ちを込めて読んでいた。その最終節のタイトルは「未来の子孫へのメッセージ」で、以下のように締めくくられている。

[お願いの儀とはこのことです。つまり、そちらの世界から、こちらの世界に、そのような人達を目覚めさせるような波動を3年間ほど、送り続けていただきたいのです。波動の真理について多少のことを理解した今、私の願いはきっとあなたがたに通じることを確信しています。なぜなら、あなたがたイコール私なのですから。 See you soon!! ]

まるでマヤの魔法の言葉「イン・ラケチ(あなたはもう1人の私自身)」のようなメッセージだが、この文章の直前には「シンクロニシティ」という言葉も使われていたりして、所長にはもともと『13の月の暦』に通じる放射状時間の発想があったのだなーと、今ごろになって感慨深く思ったのだった。
サイン 
実はこの本には、2014年2月14日の日付入りで、「愛」というサインをして頂いている。実際には2/12 に『I.H.M.WORLD』用の座談会が行われた時、オフィスに持参して、20年越しで所長にサインをして頂いたのだが、どういう訳か日付を間違えられて2/14にされてしまった。バレンタインデーに「愛」なんて妙な誤解を受けそうだが(笑)、所長の頭の中は、世界中のファンから送られて来るチョコレートの事で、一杯だったのかもしれない。

ところで、「未来の子孫へのメッセージ」を含む『波動の人間学』の最終第13章のタイトルは「波動教育の重要性」となっている。そこで語られている「具体的施策」やヴィジョンは、20年後の今振り返ると、かなりの部分(ある面では予想以上の規模で)実現している。という事は、江本所長やエハンさんが自然に使った「未来からの視点」は、実際に効果のある「時間と意識のアート(技)」の1つと見て良いのではないだろうか。

拙著『霊性のアート』に記した「球状精神宇宙モデル」から見れば、それは過去の記憶場を扱うホ・オポノポノと、水平時間上の位置が違うだけで、垂直時間に働きかける手法としては実質上変わらない技(アート)だと言える。その『霊性のアート』の最終章を「霊性教育の時代」というタイトルにした時、『波動の人間学』の終盤に「波動教育の重要性」について書かれていた事など、すっかり忘れてしまっていたが、今、読み直してみると、用語こそ違え、その趣旨は殆ど同一であることに驚かされる。

結局、私は所長と元々似た考えを抱いていて、そこに強く共鳴したからこそ、周囲の反対を押し切ってでも、その世界に飛び込んで行けたのだろう。そして、結果的に『銀河のマヤ』という共著まで出す機会が与えられたのだろう。ある人物について知りたければ、本人そのものよりもむしろ、その人の周囲に集まった人々の様相を見れば良い。江本所長がどれだけ面白くて飛躍した意識の持ち主だったか、葬儀に参列してみて改めてよく分かった。

と同時に、私は自分の魂の声に従って本当に良かった、と今も思う。あんなに面白いボスや仲間と仕事が出来た事は、私の人生の宝であるし、おかげで今もその道を歩めていることに深く感謝している。私が未来の子孫に何か呼びかけることがあるとすれば、今、行っていることがもう少し広く一般に受け入れられ、教育の現場でも実際に活用されるよう、是非、応援して欲しいということだ。きっと江本所長も、アグエイアス夫妻らと共に、別な次元から応援して下さることだろう、と私は信じている。

写真水の伝道師らしく小雨で始まった葬儀も、終わる頃には太陽の光が。写真は浦安の海。

心身をiPS化する技(アート)

2014年06月13日 22:40

■水晶の月15日(G6/13)KIN226 白い倍音の世界の橋渡し(by D)

今日はチベット暦でのサカダワ満月。お釈迦様の誕生、成道、入滅を記念する日で、この日に積む善行は何万倍にもなるというからチベット圏では大変盛り上がる。インド暦でのウェーサーカ(ウエサク)と同じ意味を持つ日だが、他の仏教圏のいくつかでウエサク祭が1つ前の満月に行われたように、扱う暦によってその日付も変わってくる。
IMG_3377.jpg 
「お釈迦様に関する特別な日」でさえこうなのだから、諸々の暦が定める吉日とか凶日と言うのは、決して絶対的なものではないことが容易に分かる。日付の”意味”は全て、「使っている暦」に依存しており、その暦で生活している特定の文化圏の人々の(集合的)意識によって保持されているのだ。

しかし、ひとつの暦だけを使い、ひとつの文化圏でのみ過ごしている人々には、そういう自覚は生じにくい。例えば、今日はグレゴリオ暦では「13日の金曜日」で、満月は13時11分(日本標準時)だった。キリスト教圏だと13は忌み嫌われる数だが、マヤの世界観では13は天界を示す聖なる数だ。

これも、文化圏、宗教圏によってその意味が真逆に変わる典型的な例だが、もし一方の文化圏でのみ生活していたら、おそらくどちらかの意味だけで、ほぼ固定化されてしまうだろう。ひとたび固定化された意味は、その文化圏では、それなりの力を持つようになる。だからこそ、「良い日取りで」なんて縁起をかつぐ人も出てくる訳だ。

だが、全体を俯瞰し、暦の成立以前にまで戻って捉え直す事ができる方なら、本来、日付に特定の意味など無いことを即座に悟るだろう。と同時に、意味は文脈によって如何ようにも変える事が出来ることにも気付くだろう。『13の月の暦(ドリームスペル)』の存在意義は、まさにそこにある。

この暦は、無意識領域で条件付けられている(無自覚な)「諸々の縛り」から私達を自由にする、という目的でこの時代にもたらされたものなのだ。しかし、そういう背景を知らずに、「目新しい占い」的なノリで使っている人も多い。特に「マヤ暦」と誤って認識している(自分で調べるということをしない)人々は、ほぼ例外無くそうだ。

せっかく「自由になるための道具」を手にしていても、扱い方を間違うと、全く別な方向に行ってしまう。どんな道も、最初の一歩はとても大事だ。入口を誤れば、これまでとは別の「固定化魔法」にかかるだけで、この暦をわざわざ使う意味が無くなるばかりか、余計なしがらみを(潜在意識に)新たに生み出すことにもなるだろう。

13の月の暦(ドリームスペル)』の本来の役目は「意識のiPS化」にある。そして、クリカで行っていることは、ある意味全て「心身のiPS化」(=自由度の増大)と関係している。パカル王の墓室発見62年目に当たる今週末(G6/15)には、天真体道瞑想クラスがある(パレンケの石と共に地球へダイブする瞑想を予定)が、その土台となっている新体道は、もともと「心身の0化」を目指す体技だ。

当然、天真書法塾シャンバラ教室や剣武天真流蒼天道場も同じ土台の上に立つアート(技)であり、名人の臨書や型を通じて、自分に染み付いている様々なクセを取り除いて行くことが意図されている。また、ウォーターセラピーやコンサルテーションも、別な角度から潜在意識に染み付いた習慣を解放して行く技(アート)と言える。

「おきなわ」と「きんき」で予定されているシンクロニック・アートラボは、そうしたアート(技)のエッセンスを、短期間で獲得するまたとない機会だ。沖縄については、奇しくも天皇皇后両陛下の訪問とタイミングが重なることになったが(沖縄行きを決めた時点ではまだ発表されていなかった)、これも、時間に関するアートと無関係ではないと私は感じている(天王山の麓や上野でも予期せぬ形でお会いしている経験から)。

この記事だって、もともと沖縄のシンクロについて書こうと思っていたら、今朝になってサカダワだと知っただけで、サカダワに積んだ善行が何万倍にもなるから、という理由で書いたのではない。そもそも、この記事をUPすることが「善行」に当たるのかどうかだって怪しい。ただ、自由度を高めるアート(技)に、人生を豊かにする働きがあるのは確かだ。

もし、このブログを読んで、参加してみようかな?なんて思った方は、今日中に申込みをすると、その効果は何万倍にもなる!・・・かもしれない(笑)。ひとつ言えるのは、決意の早い人ほど、それに応じた恩恵を受けるということ。よく観察していると見事に当てはまる法則なのだ。この直線時間ではまだやって来ていない「未来の時間」でも、決意して行動する人は、見えない次元でその「場」と繋がってしまうのかもしれない。

直前に申込まれる方でも、知った瞬間に行動する人なら同じことだ。気持ちが一気にそこと繋がる人は、自然と行動も連動するし、頭での分析やら損得勘定が入ると、一挙に動きが鈍くなる。ただそれだけのことだ。体技をやっていると、このことがよりリアルに感じられる。こういうのも、ひとつのアートなのだが、活用されるかどうかは皆さん次第。

暦のクラスに参加して、すぐに使いこなせるようになる方もいれば、そうでない方もいる。まっさらであればある程すぐに使える可能性が高い、というのは細胞でも意識でも同じだ。既に分化してしまって久しい(中途に色々な知識のある方の)場合は、iPS化するのに少し時間がかかるが、諦める必要はない。誰であれ(当然私も)潜在意識の中には、条件付けられた無数の無自覚な習慣が横たわっている。ただ、それをiPS化するアートを実践するかどうかで、その後の自由度に大きな違いが出て来るのは、体験からも観察からも明らかである。

復活のサンチャゴ・デ・コンポステーラ

2014年04月15日 03:29

■惑星の月11日(G4/14)KIN166 白い惑星の世界の橋渡し(byD)

リビングにあるミニコンポの調子がおかしくなり始めたのは、もう半年以上も前のこと。音が飛んだり、CDを入れても中々再生が始まらなかったりが、結構頻繁に起こるようになった。それでも、ごまかしごまかし何とか使って来たのだが、G3/30(KIN151)の頃には完全にイカれてしまったようで、曲の途中で終わったり、何度も同じ所を再生したりが続き、ついには1曲分すら正常に再生出来なくなってしまった。

ホコリを飛ばそうとエアを吹き付けたり、レンズ部分の掃除をしてみても変化は無し。カセットデッキ部は、もっと前に故障していて、テープを入れると必ず巻き込むので、使わなくなって久しい。少なくとも丸10年以上は使って来たし、さすがに寿命かと思って、その日の内にネットで調べて後継機の当たりをつけ、翌3/31には渋谷の電気店で実物を見て、その日の夜にはネットで注文を済ませてしまった。

年度替わりと消費税がらみで宅配便が大混雑していた時期だったのにも関わらず、翌々日には製品が届いた。しかし、何だかんだと忙しくしていて開封する間がなく、そのまま数日が過ぎて行った。4/7(KIN159)の夜になって、ようやく新しいものをセットしてみる気になり、その前に、古いコンポの引退式をしようと思った。これはもう引退だな、と思った日(3/30)がビセンテの誕生KINだったので、彼の最新アルバム『Tierra』で締めくくろうとCDを入れて再生してみると…

何と、音が一度も飛ばないではないかッ!それどころか、今まで聞いたことが無いくらいに音がクリアだ!気のせいかとも思ったが、もともと音感の鋭いL(チューニングの微妙に狂ったギターとかすぐ分かる)も、「何か音が凄く綺麗になった気がする」と言う。一体どうなっているんだ?と思いながら、他のCDでも試してみたが、どのCDに変えてもただの一度も再生異常が起きない。

では、トスカニーニ指揮のベートーベンならどうだろうか?交響曲第7番第2楽章は、私が強く惹かれるパートなのだが、そのCDは何故か開始後2:03〜2:04のところで必ず音が飛んで、何度かけても同じ現象が再現していたからだ。なので、コンポ側の異常というよりCDの方の傷が原因だろう、という結論に至っていた。果して結果は…何の問題も無く演奏が続いて2:04の地点もそのまま経過!これには流石に仰天した。あの再生異常の再現性は一体何だったのか!?傷じゃなかったということか?

とにかく、殆ど死にかけていたコンポが蘇生したのは間違いのない事実だ。機器にも魂があるとしたら、間違いなく臨死体験をしているはずだ(笑)。それも、『プルーフ・オブ・ヘヴン』の著者、アレグザンダー医師が経験したくらいの深い体験を。結局、引退式のつもりが復活式になり、粗大ゴミに出す手続きも止めて、しばらく様子を見る事にした。どうも、まだしばらく私達と一緒にいたいようだ。

それにしても、このミニコンポ、いつ手に入れたのだったろうか?大阪在住時に修理に出した憶えがあると思ったら1999年付の修理報告書が出て来た。ということは購入はもっと前だ。しばらくして取説も見つかったので、お買い上げ日を見ると、7年9月3日と自ら記入している。つまり、購入したのは18年半前の平成7年(1995年)!ネット上の情報とも合致するから、間違いないだろう。我ながらモノ持ちが良いと驚いたが、それより何より、復活後に出ている音のクリアさの方に驚く。

この奇跡的回復に、論理的な説明はつかない。何しろいきなり調子が悪くなったのではなく、時間をかけて徐々にあちこちにガタが来て、ついに完全にイカれたという老衰的なプロセスがあった訳だし、再生異常が起こる度、何とかしようと物理的に出来ることはやって来たのだ。ただ、私には思い当たることがひとつあった。それは、シャーリー・マクレーンの『カミーノ』という本との関係だ。

実は、コンポの引退を決めた3/30(KIN151)の夜に、私は『カミーノ』を読み始め、引退式をしようとした4/7(KIN159)の日中に、ちょうどその本を読み終えているのだ。そこには実に様々な流れが絡んでいる。

我が家ではスペースの関係上、やむなく何年かに一度本を整理する(古本に出す)のだが、その度に(私が読みそうも無いという理由で)確認するLに対して、私は「古本に出しちゃダメ」と言い続けていた…らしい。Lが読んでから10年以上もそうやって放置していたのに、何故、今回突然読み始める事になったのか、自分でも気になった。手帳を見ると、その流れはトリノの旅から始まっていることに気付いた。

剣武天真流の演武でトリノを訪れたのは2月下旬のこと。帰国後間もなく、青木先生と交流のあった井上洋治先生が他界された。そこで私は、これまたLが読んだ後ずっと手をつけていなかった井上先生の『余白の旅』を読み始めた。プラハ、トリノとセットとされる魔術都市リヨン(この事はトリノで最終日にガイドから教えてもらった)が、冒頭の方に登場して驚かされたが、ビセンテ・アミーゴ47才の誕生日(3/25)の翌日に、深い感動と共に読了した。

それから4日後の3/30、ビセンテ・アミーゴの66回目の銀河の誕生日(KIN151)から『カミーノ』に手をつけたのは、ビセンテがスペイン人であること、トリノでは聖骸布(キリストを包んだとされる麻布)が保管されているドゥオーモのすぐ近くに滞在したこと、そして『余白の旅』でフランス・カルメル会の修道院生活を垣間見たこと等が、相互作用した結果であった。

一方、トリノで行われた「サムライと書道展」の主催者はダビデ氏という。『カミーノ』を読み終えた4/7(KIN159)は、そのダビデ氏の47回目の銀河(260日暦)の誕生日だった。太陽暦の誕生日は全く別な日だが、現在33才。その年齢で磔にされ、聖骸布に包まれたとされるイエスは、「ダビデの子」とも呼ばれる。その上、ダビデ氏はこのタイミングに何とイタリアから来日していた。これだけ揃うと「キリストの復活」を意識せずにはいられない。

それからさらに5日後の4/12は、『ドリームスペル(13の月の暦)』の元旦(7/26)からぴったり260日が経過したKIN164で、「銀河の同期」への再接続とも言える日だった。「霊性のアート円卓読書会」に向かう出掛け、第62回遷宮記念のお神酒「白鷹」が届いて、縁起が良いな、なんて思いながら会場の九品仏へ。今回のテーマは、奇しくも「電子シャーマニズムとしての波動測定」。機器とのシンクロ率、波動数値の意味、ヒマラヤの魔術師達、ホオポノポノなどがテーマだった(ちなみに、4/20(日)の京都でも同じ所を取り上げる)。
お神酒

春分に大倉山記念館で円卓座談会をした佐藤君(『水からの伝言』の写真の殆どを撮影したアーティスト)は、フリーズしたPC等含め、あらゆる機器を対話で直してしまう名人だが、今回のミニコンポ事件はそれにひけをとらない驚きの回復ぶり。これって何かに似てると思ったら、ウォーターセラピーで諸問題が解決してしまう時の様子にとても近いのだ。物質的な側面だけで見ていたら、ありえない現象なのだが、根源的な何かが別次元で働く時、目に見える次元にあった諸々の問題が、全てどこかに消えてしまったように感じられることが良く起こる。

そして気付いたのが、「時に適った行為」は、それだけで潜在意識のクリーニング(霊的浄化)になるということ。無相の本質と繋がり、それそのものの状態に在る時には、浄化という概念すら消えてしまう。結果として、顕在意識で体験する世界にもはっきりとした変化が現れる。マントラもイメージも必要としない、実に美しいクリーニング方法だ。

「時に適う」とは、表層的な願望や作為で動くのではなく、深いところから衝動的にやって来るものに気付き、それを丁寧に扱うことである。衝動は、必ずしも強さを伴わない。微細な衝動を見逃さない静かなあり方にこそ鍵がある、と私は思う。『ドリームスペル』はその状態を促す働きがあり、だからこそホゼは「銀河連盟は静かにやってくる」と言ったのではないだろうか。

そして、今回は『カミーノ』を然るべきタイミングで読んだことが「時に適った行為」だったのだろう。それを証明するかのようなシンクロが、円卓読書会中にもあった。『カミーノ』は、フランス・スペイン国境のピレネー山脈から、スペイン北西端の町サンチャゴ・デ・コンポステーラまでの巡礼路での体験をまとめたもの。サンチャゴとは聖ヤコブのことで、町の名前もそこから来ているのだが、読書会の最中にスマホで調べていたLは、ある教会のサイトにこんな記述を見つけた。

《聖霊降臨のあと、ペトロとヨハネがエルサレムにとどまったのにたいして、ヤコブは、ガリレアで布教活動をおこないました。44年過越の祭のころ、ヘロデ・アグリッパ一世によって殺され、十二使徒中最初の殉教者となりました。(中略)聖ヤコブが首をはねられたのは3月25日のことでした。聖遺体は7月25日に、スペイン北西端の町、コンポステラに移され…》

3/25は、コンポの引退式と思ってかけたアルバム『Tierra』の制作者ビセンテ・アミーゴの誕生日で、7/25は『13の月の暦(ドリームスペル)』の「時間をはずした日」だ。実は、そこから260日経過した4/11(KIN163)の夜、現在44才の私は、新しいコンポ(日本メーカーのマレーシア製)をようやく開封して、別な部屋にセットしたのだった。そしてその新しいコンポで最初に聴いたのもまた、ビセンテの『Tierra』だったのだ。

『カミーノ』は、シャーリーがサンチャゴ・デ・コンポステーラに辿り着くまでに体験した多次元的な世界を追体験できる本だ。その巡礼路は、そこを旅する多くの人々に変容と再生をもたらすと言うが、私は『カミーノ』を読む事で、それを生活の中で体験させてもらったのだと感じている。コンポステーラまでの巡礼による魂の再生と、コンポステレオの復活。何だか駄洒落のようではあるが、これはまぎれもなく『カミーノ』の読み始めと読了にシンクロして起きた現象なのだ。

ちなみにシャーリーの誕生KINは、シャンバラのエリア数ともシンクロするKIN96で、「黄色い戦士」の惑星ホロンは、サンチャゴ・デ・コンポステーラまでの全巡礼路を含んでいる。また、以下は、コンポの復活とは直接関係の無い話ではあるが、私の中では密接に繋がっているので、あえてメモとして残しておきたいと思う。

シャーリーの恋人だった元スウェーデン首相のオロフ・パルメは、1986年2月28日に暗殺されてこの世を去っている。28年後の同日、私はトリノ郊外のスペルガ聖堂で時を超えたシンクロ体験をした(これについても関西出張クラスで触れたいと思っている)。KIN164(4/12)に、この2/28について調べたことによって発見した事実は以下の通り。

G暦2/28は、『13の月の暦』だと反転した日付8/22になる。また、サイ時間単位は調べた日付とシンクロするKIN164だ。KIN3Dという便利な無料アプリを使うことで、この日が常に、『13の月の暦』の元旦G7/26から218日目であることが分かった。一方、現在の「惑星の月」は、『時間の法則の20の銘板』の見方で、そのKIN218に対応する。だから今気付くのが美しいのだ。

4/7(KIN159)、『カミーノ』の読了と共に蘇った復活のコンポステレオは、その後、ただの一度も動作異常を起こすことなく、現れを仕上げる魔術の亀の日でもあった本日現在にいたるまで、素晴しい音を出し続けている。もし「銀河の同期」の再来でもある4/12(KIN164)まで、何も問題が起きなかったら、場所も移動させないでそのまま使おうという話にしていたので、今も10年前に設置されたままの場所で元気に働いてくれている。

つまり、我が家では今、2つのコンポステレオが活躍しているのだ。KIN164には、トリノの麻布(あさぬの)から東京の麻布(あざぶ)への流れ、さらには麻炭へという展開もあったが、これについては、また2ヵ月後位に詳しく書く事になるだろう。上記の聖ヤコブについての情報が書かれていたのが、カトリック千里ニュータウン教会のものなのは、この流れが関西出張クラスへと続くことを示唆している。この長いブログを読んで、何か感じるものがある方は、早めに申込みをすることをお薦めしたい(割引特典が利く期間が残り少ないので)。

九品仏の紅葉とエコーズ

2012年12月11日 03:34

倍音の月26日 (G12/10)KIN196 黄色い磁気の戦士(by D)

いよいよ冬至のKIN207を含む「戦士のウェイブスペル」に突入した。自分自身もチベット民族蜂起の日付(1959/3/10)とシンクロする「11・戦士」の道筋を歩んでいるだけに、この期間は特に注意深くかつ大胆でありたいと思う。

昨日、2か月に一度開催している銀河アルケミスト教室があった。銀河の音にちなんでメンバーを8名で固定し、「銀河の同期」までに13回行う予定の実験的な教室なのだが、参加者の成長ぶりには毎回目を見張るものがあって驚かされている。その共振場の影響もあってか、九回目の昨日はいつもと違う九品仏の会場になったのだが(いつもの所が取れなかった関係で)、これも完璧なシンクロだった。
9koyo.jpg 
上記の通り(そしてツォルキンを長期暦に置き換えた時にバクトゥン9に対応するキンだった等)数字的なことも色々あったが、何より九品仏浄真寺の紅葉が最高潮で、それを美しく映えさせる光の条件も調っていて素晴しかったのだ。せっかくなので、「時にかなって美しい」(伝道者の書3:11)、「Time is Art」を感じるために、休憩時間に皆で境内に行ってみた。

アルケミスト教室では、『アルクトゥルス・プローブ』(以下AP)をメインテキストに使っていて、第2部は、一回に平均3章読み進めるペースで進めて来た関係で、今回は最終の22章と23章になった。22章のタイトルには「最後のレディオソニック」という言葉が入っていて、ちょうど今週のコドン「42/レディオソニックの道」ともシンクロしている。

APの用語解説によれば、「レディオソニックス」とは、「テレパシー的かつ集合的に獲得される、統一感覚場の次元間的な建築」を指す。私の感性で翻訳すれば、「誰かのシンクロ体験や夢が、他の参加者の体験とも多次元的に繋がり、さらなる発見や喜びを増幅し合う関係」であり、まさにアルケミスト教室で具現化している多次元共鳴場そのものと言える。

昨日は、『ジョジョの奇妙な冒険』を題材にしつつ、アルケミスト的な観点からそのエッセンスを抽出してみることも試みた。既にジョジョについては、このブログでも何度か取り上げているのでその詳細は省くが、個人的にちょっと面白いシンクロがあったので、ついでにここに書いておこう。

ジョジョ展に刺激を受け、ここ2か月ほどジョジョの第4部、第5部を電子コミックスで読んでいる。その両方に登場する広瀬康一くんのスタンド(本人の霊的精神的な力が形を取ったもの)は「エコーズ」という名を持つ。ところで、今日から22日前のKIN174(G11/18)に大阪で行われた新刊の出版記念講演会に、久しぶりに顔を会わすアーティストの友人達が来てくれていた。

一人は、現在「MAMARADION-ANOA」として活躍しているTさん(KIN181=2013年の私の道筋)、もう一人は前田征紀さんだ。どちらも世界を舞台に活躍しているアーティストだが、波動とか水とか暦なんかにも関心を持っていて、その時々のご縁でシンクロしつつかれこれ10年近い付き合いがある。

講演終了後、梅田に出てお茶をしながら、結構な時間話し込んだ。その時、前田氏から頂いたのが『ECHOES』というコンセプトテキスト。この本に掲載されているシュタイナーにヒントを得た霊的アート作品は、横浜トリエンナーレ2011で展示されていたという。その場で体験できなかったのが残念でならないが、制作者達(Tさんも音で参加)から直接話を聞けて、このような立派な本まで頂けたのだから、そのことに感謝しよう。

他に話すことが沢山あったので、話題には出さなかったが、当然、私の中では康一くんの「エコーズ」とのシンクロを感じ、一人楽しんでいた。何しろ十何年かぶりにジョジョ第4部を読んでいる最中にこういう事が起こってしまうのだ。しかも前田氏の作品は、霊的(アニミズムとかシャーマニズム)要素を多分に持っているから、スタンドとの繋がりも無いとは言えない。

こんな面白いことを日々次々と体験できるのは、やはり「銀河のマヤ」のシンクロテクノロジーによるところが大きい。今やアルケミスト教室生も各々その楽しみを深め、毎回驚くような体験をシェアしてくれているが、この教室で伝えられていることの鍵は、「知識の増大」ではなく「失敗を恐れずに実験する姿勢」だ。

要点さえ押さえていれば、誰でも簡単にシンクロ体験が深まることを、この教室は既に証明している。13回目まで無事終了しても何の資格も称号も出ないが、その頃までには皆、そんなものに寄りかかる必要の無い、銀河の錬金術師となっていることだろう。

尚、銀河アルケミスト教室は、上記の通り期間もメンバーも限定した特別教室だが、そのダイジェスト版(あるいはエッセンス版)に当たる「銀河アルケミスト入門」のクラスは、条件さえ調えば、いつでもリクエストに応じて開催することは可能である。大阪では、節分の頃に銀河シンクロ教室と共に開催を考えているので、興味のある方はこのブログやメルマガに注意を払っておいて頂ければと思う。

369の夢の場

2011年12月06日 01:30

■倍音の月21日(G12/5)KIN86 白い銀河の世界の橋渡し(byD) 

安倍昭恵さんとのシンクロストーリーはまだ途中のままだが、そのこととも少なからず関係があるので、ちょっとワープして今日あった出来事を書いておきたいと思う。今日の午後、あんまりお天気が良いので、山積している用事をほっぽり出して、突然、青山のたまサロンで行われている柴崎るり子さんの個展に行ってみる事にした。

二子玉川で駅に向かう横断歩道で369ナンバーの車を2台目にし、青山通りから会場に向かう細い通りに入った直後に目にした車のナンバーは921(安倍晋三氏のG暦誕生日)、14(ダライラマ法王の誕生KIN)、7575。ひとつ前の記事は、まさに安倍元首相とダライ・ラマ法王についての内容だったので一人納得していたが、7575は何だろう?と思う。

前日、ナディアの「13の月の暦」クラスにLと同じ誕生日(G1/14=共振の月5日=7/5)の方が参加されていた事と関係があるのだろうか?と思いつつ会場に入ると、るり子さん(KIN39)の他に2名の方がその場にいらした。流れで暦とシンクロの話をすることになり、お二人の誕生KINを調べるとKIN53とKIN167。そのうちのお一人が1975年7月5日生まれと聞いて「なるほど」と思う。

その方々とほぼ入れ替わるようなタイミングでいらしたのは、何と枇杷葉温圧療法を同じ頃に学んでいたSさん(KIN42)。以前、ニコライ&エレナ・レーリヒ夫妻像の写真を下さっていたり、面白いタイミングでお会いする方なのだが、るり子さんとも繋がりがあったとは知らなかった。今気付いたが、会場にあった絵本(絵を柴崎さんが担当)にはゾウのエレナの物語もあった。

そのSさんが、369エッセンスというお名前で仕事をされていると言うので、ちょうど2週間前に会ったばかりの369(みるく)ちゃんというオッドアイの白ネコの写真を見せたのだが(この子については飼い主の芳美さん共々色々なシンクロがあったので別途書く予定)、思えば、出掛けに369ナンバーの車を見ていたし、昭恵さんにご登場頂いたのも『マヤのリズム』の「太陽の世界の橋渡し(369と三輪山)」という項であった。

それにるり子さんとSさんのKINナンバー(39と42)の合計は81。昭恵さんが剣山に登られた日(KIN81)とも関係があり、話は広がるのだが、これもまた別途書く予定なので、ここでは81=9×9であること、そして9×9魔方陣の縦横斜めの合計は369になることだけメモしておこう。帰り際に虹色のクッキーをお裾分けして下さった方のお名前は聞きそびれてしまったが、るり子さんSさん私の3人が「シンクロラーメン銀河亭を何かの形で発表しよう!」と夢をセットしたことは、聞き届けて下さったかと思う。

これだけ369の場が共鳴しているのには多次元的な流れがあって、そのひとつの収束ポイントが13日後にやって来る。大阪で3回目となるドリームバンクが、6/6(律動の月6日)、KIN99(33×3)に行われるのだ。開催回数と日付に既に369がコード化されているだけに、どれだけの時間魔術が働くのか私達も想像がつかないのだが、楽しくなることだけは間違いないだろう。

何しろ、これまで参加された方の中には、驚くべき早さで夢が叶ったと報告して下さった方が沢山いるのだ。例えば、長らく決まらなかった息子さんの正社員採用が参加後すぐに決まったという方や、中には、ワークショップ参加中に着信していた電話が「世界一周の旅をしたい」という夢の実現と直接リンクする内容だった方もいらした(この方は間もなく世界一周の旅に出られる)。

あまりに色々あって書く余裕が無いだけで、他にも様々な形の夢がどんどん叶っているということを、ここでお知らせしておきたい。シンクロ場もラッキー場も、そこに身を置くことで伝搬する性質があるのは、おそらく言語では表現しきれない情報だからだろう。幸いなことに「6699ドリームバンク」の扉はまだ開いている。最高潮に達しつつある369の場と2012年のビッグウェーブに乗って、夢を一気に開花させたいと思う方は、この機会を是非活用して頂きたいと思う。

追伸:天真書法塾シャンバラ教室の「新春☆書き初め大会」は、どなたでも参加できるオープンレッスン形式。参加費は何と3690円。

シンクロ達人の特徴

2010年10月06日 02:45

電気の月16日 (G10/5) KIN180 黄色いスペクトルの太陽 (by D)

KIN175(G9/30)に家を出てから、久々の伊勢参拝、関西出張(&ちょっと観光)と続いて、昨日帰宅した。色々書きたい事はあるが、バリの話も途中のままなので、ここでは、今回ご縁のあった皆様に感謝の気持ちを込めつつ、印象に残ったひとつのエピソードに絞って書かせて頂こうと思う。
 
KIN175、私は横浜のある場所で、数ヶ月前にリクエストされた暦のクラスを行っていた。実は、結構あちこちからリクエストを頂くことはあるのだが、これまで10年以上色々やって来てみて考えるところがあり、ある時からは、全部そのまま引き受けるという事はしなくなった。実際、全てのリクエストにお応えするのは時間的にも難しいし、今は、ネット上にも様々な情報が出回っていて、参考書籍なども充実している。
 
従って、そうしたお問合せを頂いても、まずは、東京・横浜・大阪などで定期的に開催しているクラスをご案内するのが常となっている。ただ、今回のように「平日しか参加できない方のために」とか、それなりの背景があって、双方の条件も合えば、引く受けさせていただくケースもある。
 
さて、印象に残ったというのは、誕生日計算の例題になって下さった方のことである。ある方法で例題となる方を選ぶと、大抵、面白いシンクロがその場で発見できるのだが、この日は、それが特に際立っていた。最初に365日(グレゴリオ)暦の誕生日を伺うと、1/24とのこと。暦の提唱者の一人、ホゼ・アグエイアス氏と同じだ。以降、手順を追って260日暦での誕生日を導いてみると、今度はKIN241で私と同じ。
 
そこで、一番最近のKIN241を(ひとつ前の)手帳で調べてみるという、いつもの遊びをやってみた。そこには「神楽坂に渡辺一枝さんの写真展を観に行き、『バター茶をどうぞ』という本を手に入れた」というメモがあった。さらに、その本の発行日が2001年10月1日=KIN11(注:ホゼ・アグエイアス氏の260日暦の誕生日)とも書かれていた。最近「バリさまさま」の中で、9がやたらと出て来ていたが、考えてみたら、この本の発行日から、クラスを行った2010年9月30日までは、ぴったり丸9年だ。
 
13の月の暦」についてのクラスで、例題になって下さった方が、暦の提唱者や、今それについて話している私とシンクロするだけでも面白いと思うのだが、このMさんという方には、まだ続きがあった。彼女の現在の「運命の道筋」(年巡りみたいなもの)は「4・世界の橋渡し(=KIN186)」で、何とこの日のクラスの開催場所「○○区○○町186」ともシンクロしていたのだ!然るべき時に然るべき場所にいるとは、まさにこういうことを言うのだろう。
 
ちなみに、KIN186の著名人には、オノ・ヨーコさんがいる。実はクラスの前半、ハーモニック・コンバージェンスについて話した流れで、ヨーコさんについても触れていたのだが、その場では何故か記憶が飛んでいて、皆さんにその事をお伝えできないまま終わっていた。だが、電車での移動中に、「まてよ、確か今日は、さいたま市のジョン・レノン・ミュージアムが閉館する日で、それはオノ・ヨーコさんとの契約が切れるからだったはずだ・・・」と気付いたのだった。
 
単にオノ・ヨーコさんとシンクロしているだけでなく、こうしたタイミングにその道筋を歩み、一日のズレも無いところでクラスにも参加してしまうというのは、やはりタダごとではない。終了後、主催者のYさんが準備して下さった美味しい玄米ごはんを皆で頂きながらお話を聞いていて、なるほどなと思ったことがあった。Mさんは、これまでも心の声(インスピレーション)に従って、人生の節目を大胆に波乗りをして来た方だったのだ。
 
それはまさに、ヒューレン博士がインスピレーションの特徴として挙げられている要素、「努力なし」「予想外」「無意識」と見事にマッチする内容で、後から振り返った時に「ああ!すごいことをやってしまった!一体どうやってできたのだろう!」という気持ちで振り返るようなことを、その瞬間には、何とも思わずやっていたというお話だった。これはそのままシンクロ達人の特徴とも言える。
 
13の月の暦」は、日々こういう状態にあることを目的としているのであって、決して、日付の意味付けや相性解釈が上手になることが目的ではないのだ。従って、Mさんみたいな方は、別に暦を使わなくてもいいのだが(既に目的を達しているとも言えるので)、使うほどに、より確信が深まるということはあるかもしれない。また、今回のケースが良い例になっている通り、この暦は、自然(心)とチューニング出来ている人がどんな人なのかを、はっきり分からせてくれるものでもある。
 
もちろん、Mさんだけが特別なのではない。今回の事だって、主催者のYさんとの日程の取り決めや諸々があって、初めて生じたことである。それに、強烈なシンクロ場に居合わせているという事は、既にその要素(シンクロ力)が、その場を体験している人々の中にもあるということだ。従って、クラスに参加された全ての方も、この記事を読んだ方も、皆、シンクロ達人である可能性が高い。ただ、その事を確信できるかどうかが、最後の鍵なのではないかと私は思う。
 
追伸:その後行われた大阪でのクラスに、2日連続でフルに参加して下さった名古屋のMさん(先のMさんとは別人)もG2/18生まれで、365日のお誕生日がオノ・ヨーコさんとシンクロしていた事に、今、気付いた。

最近の記事