魔術都市トリノの聖なる引力

2014年11月26日 03:34

倍音の月11日(G11/25)KIN131 青い磁気の猿(by D)

KIN128(G11/22)の新月にスタートした「シンクロプレゼン・ラボ」は、さすがにその時空に同期する人々の集いだけあって、驚きに満ちていた。クラス終了後も、余韻が残るというよりは、より加速するような形で発見が続いたまま、今に至っている。

ラボの中で私がシェアした内容は多岐に渡っていたが、中心的な話題として触れたのは、G2月末に訪れたトリノの旅の日程(KIN116〜122)と、2週間前に訪れたカトマンズの旅の日程(KIN116〜121)が、ほぼ完全にシンクロしていて(つまり260日ズレた関係にあって)、KIN118(1・鏡)には、どちらの国でも小学校で剣武の演武をしていた、ということだった。
トリノ学校演武 ☆KIN118(1・鏡)トリノの学校での演武

その日の『テレクトノン』カードには【バクトゥン8:BC353〜 [聖別された者](中略)キリストの到来。ボロン・イクはパレンケ創設の霊感をもたらす。仏陀の教えの普及。】という記述があったが、まさにそれに沿うかのように、トリノ聖骸布(キリストの遺体を包んでいたとされる)とボダナート(仏教の聖地)の話題をリンクさせながら語ったのだった。

終了間際には、ボン教に関する深遠なるシンクロにも気付けたが、それについては、いずれ別な話題で触れる予定なので、今回はトリノの方に焦点を当てておきたいと思う。トリノが魔術都市であることを知ったのは、滞在最終日のKIN121(PCU164)になってからだった。この日の担当ガイドの方が、以下のような事を教えて下さったのだ。

「欧米には白魔術の街が3つ、黒魔術の街が3つあります。白はプラハ、トリノ、リヨン、黒はロンドン、トリノ、サンフランシスコ。白黒どちらもあるのはトリノだけです。」

私は1人戦慄を覚えながらこの解説を聞いていた。何故なら、剣武天真流の最初の海外演武は2012年のプラハで、2回目がトリノだったからだ(リヨンには帰国後割とすぐに本の中で出会った)。どういう選択基準なのかは分からないが、数少ない欧州訪問の中で白魔術の街を2つ、それも「剣武」の関係で訪れたという事実には驚かずにいられない。しかも、青木先生をはじめとする演武メンバーは、最終日の朝早くフランスに向けて移動されてしまったので、この話を直に聞いた演武メンバーは私だけだったのだ。

オロ』のカメラマン・津村さんとの驚きの再会については、3か月程前に「オロからラサ、聖杯伝説から魚拓へ」の中に書いたが、10月半ばに「天真書法塾シャンバラ教室ギャラリー展」にも奥様共々お越し下さって、少し先にいらして下さっていた青木先生、吉田先生にもご紹介することが出来た。

その時、津村さんは、何とトリノでのお仕事から戻られたばかりで、魔術(魔法)都市トリノには白黒両面あって、それぞれ3つあるという話をいきなりされたのだった。もちろん、それは私が聞いたのと同じ組み合わせだった。その時、トリノには画家のキリコに関する取材で行かれたとおっしゃっていたのだが、それがラボの翌日、11/23(KIN129)に放映される日曜美術館に関するものだとは、その数日前にFBで津村さんご自身が書かれるまで知らなかった。

津村さんが伊勢の式年遷宮公式カメラマンもされていたと伺ったのは8月にお会いした日の翌日。結婚と同時に内宮に本籍地を移し、ホゼと共に『ドリームスペル』を内宮の神楽殿で奉納したりもしている私達は、驚愕せずにはいられなかった。何しろ津村さんについては、『オロ』のカメラマンということしか存じ上げていなかったのだから。その津村さんの撮られたトリノの映像が、新嘗祭のタイミングで放映されるというのも、また驚きである。

しかし、トリノマジックはこれだけではなかった。ちょうど20日前のKIN111に、トリノの聖骸布の公開(2015年4月19日=KIN16 〜)と、ローマ法王フランシスコ(KIN23)のトリノ訪問予定を、バチカンが発表したのだ。「13の月の暦」で16週目(G11/11)に訪れたカトマンズでの宿泊先の部屋番号が16だった時も、当然その事を思い出していた。
聖骸布箱 ☆聖骸布が収められているところ

そうした流れがあったところにキリコ繋がりでトリノが来たので、キリコの誕生KINも調べてみた。すると、何とフランシスコ法王と同じKIN23(10・夜)だったのだ!アルゼンチン出身のフランシスコ法王の本名は、ホルヘ・マリオ・ベルゴリオ。ホルヘの綴りはJorgeで、ジョルジョ・デ・キリコのジョルジョと実質同じだから、この二人は誕生KINだけでなく名前まで同じなのだ。

加えて、日曜美術館の中では、有名な「通りの神秘と憂愁」は、キリコが23才でトリノを訪れた時の経験が土台になって生まれた作品であるという解説がなされていた。KIN番号だけでなく年齢までも23で共鳴している。伊勢の内宮に至る道が国道23号であることを思うと、どちらも映像に収められた津村さんのシンクロ力に驚くばかりである。ちなみに、津村さんはKIN246(123×2)で、トリノで一緒に演武した吉田倫子さんとも同じKINだ(日本からの演武メンバーは宗家、倫子さん、丸山貴彦さん、私の4名)。

剣武天真流の本部稽古は月4回。その内の2回は宗家が直接指導をして下さり、残る2回は4名いる本部師範が交代で号令を担当している。日曜美術館を通じてトリノを再訪した気分になった日(KIN129)の夜は、ちょうどトリノに一緒に行った丸山貴彦さんと私の担当日で、しかも貴彦さん(KIN129)の260日暦の誕生日でもあった。

帰宅後、旅の資料を見直してみて驚いたのは、「イタリア トリノ サムライと書道展 友好訪問団」の全メンバーが16名で、貴彦さんと私は330号室に泊まっていたということ。そして、この事に調波33初日のKIN129に気付いたことだった。しかも、私達が滞在したホテルは、聖骸布が保管されているドゥオーモ(サンジョヴァンニ大聖堂)から目と鼻の先にあったのだ。
ドゥオーモ ☆白い建物がドゥオーモ(この中に聖骸布がある)

バチカンから聖骸布の公開が発表されたG11/5(KIN111)は、旧暦だとうるう9/13で、今年2度目の13夜が巡って来る日だった。KIN111は私の反対のパートナー(運命キンから130離れた関係)なので、26才の時の「運命の道筋」とも言える。トリノに行った時の貴彦さんは、26才だった。「反対のパートナー」は「反対キン」の最も特殊な例だが、ちょうど今週18週目は、日々のキンとサイ時間単位が、綺麗に7日間「反対」の関係で続く。

ローマ法王が来年トリノを訪れる時は78(52+26)才になられているので、やはり「反対のパートナー」のKIN153の道筋となる。思えば、剣武天真流宗家の青木先生(KIN245)も、反対のパートナーの道筋(KIN115)に入った(つまり78才になられた)直後にトリノ入りされている。この異常な程の「反対のパートナー」シンクロは何を意味するのだろうか。調波33という対称(逆とか反対とか)の無いポイントで、最も離れた両極を意識することの面白さを感じる。

『ドリームスペル(13の月の暦)』における「反対」の関係は、互いに持っていない要素とか、見えていない側面などを意味する。とすると、「反対のパートナー」というのは、陰陽とか±の極みの状態を示しているとも言える。これはある意味、引力が最高潮になる関係ではなかろうか。トリノと連動する形で、ここまで「反対のパートナー」に流れが向かうのは、魔術都市トリノが持つ「引力」が関係しているのかもしれない。

「猿の創世記」「猿のウェイブスペル」の初日でもある「青い磁気の猿」の今日、この内容について書こうと決意したのも、「魔術」「引きつける」というキーワードがあるからだ。と同時に、ここまで書いて来て、最後にアナウンスしようと思っていたこととも深く関係している事に気付いた。

冬至直前の12/20(KIN156)、「剣武天真流演武発表会」が西新宿で行われる。剣武の稽古人がこの1年の稽古の成果を発表する場なので、ご関心のある方ならどなたでもご覧になれるし(入場無料)、トリノで演武したメンバーも、蒼天道場で稽古しているLや虹風さん&新人のSさんも出演するので、友人知人お誘い合わせの上、是非、ご来場いただければと思う。私もプラハやトリノで演武した頃よりはずっと進化しているし、何より青木宗家の演武を生で見られる貴重な機会でもある。
トリノ小原 ☆聖骸布から300m位の距離で演武

また、剣武天真流では、「天地清浄祓い」という一切を祓い清める型が、その中心に据えられている。1年の諸々を清める「大剣祓い」をイメージしながら、全メンバー演武会に向けて意識を高めているので、スカッと爽快な気持ちで新しい年を迎えたいという方も、どうぞ会場にお越しいだければと思う。きっとその効果を実感して頂けることだろう。

私自身は、今年、平成26年の誕生日にKIN26の道筋に入ったので、KIN156に行われる演武会は、ちょうどそこから130日後に当たる。つまり反対のパートナーの関係が、誕生日と演武会の間に成り立っているのだ。今日KIN131から演武会のあるKIN156までの26日間に、魔術的な引力は、さらに高められて行くことだろう。聖骸布と剣武と「13の月の暦」が織りなすこの引力を、どう活用するかは、皆さん次第だ。

おきなわ祈りの旅「共振」

2014年07月05日 00:39

宇宙の月8日(G7/4)KIN247 青い宇宙の手(by D)

ユインチホテルの天然温泉は、地底2119m(約500万年前の地層)から湧き上がる湯で、最古の人類である猿人が生まれた頃の太古の海水が含まれているらしい。「猿人の湯」という名もそこから来ているとのことで、朝、その湯を浴びながら太平洋を眺めていると、自分の中にある「猿人の遺伝子(時間層)」が活性化される思いがした。
ホテルより朝陽 
26日に梅雨明けしたとは言うものの、朝も一雨降ったようで、けっこう道が濡れていたりする。20年ぶりに訪れた斎場御嶽は、単に記憶が無いだけか、世界遺産になった関係で色々変わったからかは分からないが、随分と違う印象になっていた。外に観光客も沢山いるし、時間に余裕がある訳でもないので、まずは、ホテルの説明文にあった「寄満(ユインチ)」で黙想。

次に「三庫理(サングーイ)」に移動して天真五相、栄光、立位十瞑想を奉納。丸山師範の号令にぴったり合わせるように、ちょうど陽の光が差し込んで来たのが、何とも美しかった。世界平和や慰霊を意図した祈りとは言っても、現場では道友と気持ちを合わせてただ無心に型を演じるだけだ。しかし、その方が、大自然(=霊の集合体)も応えてくれるような気がする。
斎場御嶽
実は、20年前にも同じ場所で天真五相を奉納しているのだが、63回目の銀河の誕生日に、師や道友と共に行った天真五相には、何とも言えない共振・共鳴感覚があって、多次元的に位相が揃うことで生まれる広がりや力というものを感じた。その後、久高島を拝して任務完了。バスに戻る途中で雨がパラつき始めたものの何とかもって、那覇に向けて移動し始めたら豪雨になった。
久高島 
梅雨明けしたとは言っても、断片的なスコールはあるようで、またたく間に道が川のようになって行く。もし、スタートがちょっと遅れていたら、バスの中もびしょ濡れ状態だったかもしれない。那覇に着く頃には青空が広がっていて、首里城に到着した時には、日差しもかなり強くなっていた。演武会場は、守礼門のすぐ横にある芝生の広場で、前夜沖縄入りしたLと、アートラボ主催者の香奈さんらともそこで合流。

演武が始まると、どこからともなくトンボが集まって来て、演武中ずっとそこらを飛び回っていた。最後は、青木先生が指導員を中心に稽古もつけて下さって、無事終了。お天気にも恵まれて、予定していた全ての場所で奉納演武が行えたのは、何より幸いだった。そのように流れを組んで下さった青木先生、吉田先生に深く感謝したい。そして、それを迎え入れて下さった沖縄の方々(目に見えない存在や大自然)にも心からの感謝を。
首里城 
夜のライブまでは自由時間ということで、演武を見に来てくれていた香奈さん(13・猿)、綾野さん(6・猿)、豊樹くん(11・夜)、L(10・猿)と共に、再び斎場御嶽がある南城市方面に車で移動。私以外の全員が変容の「青」で、「猿」が3人もいるのは、「猿人の湯」に浸かったことと関係があるのだろうか? しかもこの日、誕生63銀河スピンを迎えた私を乗せてくれた豊樹くんはKIN63。何ともよく出来た話だ。
ハーブ農園 
ハーブ農園に併設されているハーブカフェウコンサロンで、エネルギーに満ちたランチを頂いたあと、農園を見学。往復の車の中では、琉球王朝が統一される前の3つの王統があった時代について、色々と教えて頂いた。Lは首里城で待っている間に家系図なども見せてもらったらしい。この地には、まだまだ語られていない歴史が何層にも横たわっている。

国際通りにある「チャクラ」でのライブが今回のセミナーの最終プログラムなのだが、開始まで結構時間があった。だが、そういう待ち時間すらシンクロで満たされてしまうのがドリスペプレイヤーである。ちょうど近くで親戚の集いがあったというYさんが、その様子をスマホで見せて下さりながら、これまた家系図付きで解説して下さった(『ハバナ奇譚』でもジョジョ第8部でも家系図は重要な位置づけを持つ)。

そこには、NHK連続テレビ小説『ちゅらさん』でナレーションとおばぁの役を兼任された平良とみさんの姿もあった。たまたま誕生日も印刷されていたので、その場で誕生KINを調べてみると、何とKIN181(12・竜)。これには流石に驚いた。何故なら、私はその時、KIN181の方から頂いたプラダのショートパンツを「意識して」履いていたからだ。

このKIN181の方については、本が一冊書けてしまう程の奥深さがあるので、ここでは説明を割愛するが(※)、せっかく縁あって頂いた品を、自分の道筋がKIN181であるうち(=G8/11まで)に履いておこうという気持ちで、普段殆ど履くことのないそのパンツを持参し、この日、沖縄に来てから初めて履いたのだった。その話に関心を持たれたYさんご自身からもリクエストがあって、誕生KINを調べてみると続き番号のKIN182。つくづく面白い。

そうこうするうち喜納昌吉氏のライブがスタート。その圧倒的な迫力と存在感は、ライブでこそ味わえるもので、これはスゴイ!と身体の芯から感動。それこそ、音楽の神様とチャネルしているかのようで、ある部分、青木先生の演武と通じるものがあった。翌日はホテルのロビーで閉会式があるだけなので、メンバーの一部はそのまま那覇の夜を梯子したようだが、私はホテルに戻って翌日に備えることにした。

既に放映時間は終わっていたが、この日TBS系で放映された世界ふしぎ発見では、何と「沖縄・ケラマ諸島」が取り上げられていた。全世界を扱う番組だけに、沖縄滞在中に沖縄が取り上げられるというだけでも驚きなのだが、私達は2日後にそのケラマ諸島に行く計画になっていたので、驚きはさらに大きかった。この番組と旅先とのシンクロ率の高さは尋常ではなく、過去にも何度もこういうことがあった(ブログや著書にもその証拠はいくつもある)。

父の勤めていた会社と関係がある番組だからなのか、もっと別の理由なのかは分からないが、今回はタイミングも場所もピンポイント度が高かったので、何か読み取るべきサインがあるのかもしれない。そんな事を思いながら、易で見れば「完成」、『時間の法則の20の銘板』なら「達成」に対応する「63」という数の銀河の誕生日は、これ以上無いくらい充実した特別な一日となったのだった。

(※)きんきアートラボの中で必要があれば話そうと思う。私がKIN181の道筋を歩んでいる間が、この件に関する旬な期間と言えるだろう。

栄光の門

2012年01月11日 17:37

共振の月2日(G1/11)KIN123 青い律動の夜(byDL)

gloria2012 

今年の賀状は、こんな感じでした。2010年11月から公開された、サグラダファミリアの聖堂の天井です。カタルーニャ語で「栄光の門2012」と書いてあります。3次元的な意味での「栄光の門」は、左側の明るい方にが創られる予定ですが、私達は、この宇宙船のような、あるいは『13の月の暦』のツォルキンのような天井を「時間の扉」=「栄光の門」とイメージしました。

ちなみに、今日KIN123のサイ時間単位(こよみ屋手帳P6) は「7.7」=「共振の月7日」。つまり今日から5日後で、その日のKINはガウディ生誕224銀河スピン(224×260)とシンクロするKIN128!という訳で本日公開となりました。

満月のカーラチャクラ2012

2012年01月06日 01:39

律動の月24日(G1/5)KIN117 赤い宇宙の地球(byD)

お釈迦様が成道された地ブッダガヤで、ダライ・ラマ法王14世(KIN14)によるカーラチャクラ(時の輪の教え)法要が行われている。正確には、明日(KIN118)までが灌頂儀式を受けるに当たっての準備段階の法話(前行)で、明後日から3日間が儀式ということになる。

思えば10年前の今頃、私達も法王による27回目のカーラチャクラを受けにブッダガヤを訪れていた。その時は、直前に法王が体調を崩され、初めて儀式が中止になった稀なケースだったが、そのお陰で私達は、ほぼ260日後に行われたオーストリア・グラーツでのカーラチャクラにも参加出来た訳だし、今もブッダガヤで出会った人々と交流を深められているのだから、やはり目の前の状況だけで何かを言うべきではないと改めて思う。

シンクロニック・ジャーニー』にも書いてあるが、その流れの中から時間芸術学校クリカの活動も始まった(クリカという名前もカーラチャクラにちなんで付けた)ことを思うと、実に感慨深いものがある。何しろ今回は、NPOクリカで支援しているカトマンズ在住のチベット人の子供達(まだ小学校低学年)も、何人かその会場に行って、法王のティーチングを直接聞いているのだ。

確かネットによるカーラチャクラ全世界同時配信は、グラーツの時から始まったはずだ。今回も、前行とか長寿の灌頂とか、メインの儀式以外のところはユーストリームで生中継が行われていて、今日も見知った人々の顔が画面に映し出された瞬間を目にしたが、豆粒のように写っている20万人もの参加者の中に、支援している子供達もいるのかと思うと、とても不思議な気持ちになる。

カーラチャクラの灌頂儀式は、満月(G1/9)に合わせて完了するので、今回は『13の月の暦』の「律動の月」の完了ともぴったりシンクロする(※)。その日はまた、ツォルキンの背骨(中央)、7番目の調波行程の始まりに当たる「4・竜(KIN121)」の日でもある。

奇しくもその日、時間芸術学校クリカでは2つのイベントを開催する(カーラチャクラの日程は全く意識しておらず数日前に気付いた)。一つは天真書法塾シャンバラ教室の「新春☆書き初め大会」。もう一つは、新体道メディテーションクラスの「2012年初満月瞑想」である。”シャンバラ”という言葉は、もともとカーラチャクラに登場する聖なる国の名前である。

しかも、この日は辰年にちなんで「龍(竜)」の字を色紙に書くのだが、上記の通り、ツォルキンでもこの日は「竜」の日なのだ。まだ僅かに席が残っているので、少しでも「書」に興味のある方は、この機会を是非活用されることをお薦めしたい。龍のエネルギーを書に込めるのに、この日以上の日は無いだろう。

また、巷で騒がれている通り、マヤ長期暦が完了するのは2012年12月21日だ。『13の月の暦』だと、ちょうど来年の「律動の月」という事になる。このブログで示し続けて来ている通り、様々な周期の「時の輪」の影響をありありと実感して来ている私としては、今年の「律動の月」ラストの満月の過ごし方が、後々大きな意味を持って来るような気がしてならない(私を信用ならない人間だと思う方は適当に聞き流してもらいたい(笑))。

せっかく、地球の”霊性の場”が大きな盛り上がりを見せるカーラチャクラの完了日にシンクロしているのなら、瞑想もそのことを意識して行いたいと思っている(カーラチャクラのお香等使って)。色々な意味で「来年」とか「この次」とかは無い。2012年を特別な年にするかどうかは、こういう”要の時”を逃さないかどうかだと私は思う。

私達が10年前にブッダガヤに行ったことが後に様々な形で花開いて来ているように、ある”タイミング”で、どういう”場”にいるか、どういう”意図”で何を”する”かが、10年後(あるいは今年)の皆さんのあり方を決めることになるだろう。良き縁が結ばれんことを。

(※)「律動の月」は『時間の法則の20の銘板』では、KIN188(6・星)と対応する。「黄色い星」の紋章は、金星とも関係するので、悟りの象徴と関係する金星との繋がりが興味深い。また、毎月4週目は黄色い「熟成」の週でもある。

不思議の友

2010年03月08日 02:27

太陽の月1日 (G3/7) KIN228  黄色い共振の星 (by D)
 
今朝、出掛けにネットで茨城空港開港というニュースを見た。そこからリンクを辿って静岡空港とJALのごたごたについての記事を読むと、川勝平太・静岡県知事という表記が目に入った。数日前に、新体道のファイルを整理していた時に目にした人物と同姓同名だが、かつて新体道のイベントで講演して下さった川勝氏は学者さんだったはず・・・と思ってネットで調べてみると、何と同一人物だった。

ウィキペディアをさらにザーッと流し読みしていると、略歴のところに「川勝家は京都府亀岡市旭町出身で、大陸からの渡来人である秦氏の流れを汲むとされる。」という一文を見つけた。略歴に家系のことまで書かれているなんて珍しいなと思って、「この先生いつの間にか政治家になってたよ」という話とともにLにそのことを伝えた。

出掛けに「不思議の友18.2増刊号」が届いていて、それを電車で読みながら目的地へと向かっていると、「秦氏というのは秦の始皇帝というところから出ているのです。そして京都のこの地区には秦という地名が付いています。」という文章に行き当たった。もし、朝のニュースからの流れが無ければ、別に何ということのない文章なのだが、Lに秦氏のことを説明した時、「始皇帝の秦と同じ字」などとも言っていたので、ちょっとドキッとしてしまった。

しかも、それは広隆寺近くにあるという三本足の鳥居についての記事で、「方向を調べると、伊勢神宮と同じ金の三合局を形成していて・・・」という一文まであった。実は、前々からブログに書こうと思って書けないままメモだけ残してあったのが、「不思議の友12」に掲載されていた「金局の三合局」についてだったので、時が巡ってきたということで、この機会を使って短く整理しておきたい。

伊勢の式年遷宮については、既に様々な場面で度々触れて来ているが、私の知る限り、20年毎にそれが行われる理由について、明確な答えを持っている人はどこにも居ない。そんな中、上記「不思議の友12」の中で、もりけんさんによって示されていた以下の説は、非常に説得力があった。それは、時間(ここでは十二支の流れの意)の中にトライアングルを作り出し、エネルギーを集めるために、伊勢の式年遷宮は、金局の三合局、即ち、金の五行に関係する巳、酉、丑の年に行ってきたのではないか?というものだった。核心となる部分を以下に抜粋してみよう。

『金局の三合局の中心をなすのは酉です。酉は、金の五行の中では帝王の地に当たるからです。三合局とは、色々な要素が協力し合ってその中心にエネルギーを集めることです。つまり式年遷宮は、60年という還暦の年数を1サイクルとする三合局で、酉(鳥)にエネルギーを集めていたのです。応接室に鳥の絵が飾ってあった理由が、解けました。鳥は、伊勢神宮のご神獣だったのです。そして酉は、金属の五行です。八咫の鏡は、金属で出来ています。だから金局の三合局は、八咫の鏡に対してエネルギーを与えているのだと思います。』

実に見事な発見で、神宮の神職が感服したというのも頷ける(この内容はその後出版されたもりけんさんの本のどこかにも出ていたはず)。その上、自分達に直結する情報でもあったので、私はこの解説を初めて読んだ時、かなり興奮した。というのも、私の干支は酉で、Lの干支は丑、そして私達が付き合い始めたのは、巳年のLの誕生日(KIN11)に大神神社を参拝した頃からだからだ。さらに、結婚を期に本籍を伊勢神宮に移してもいるのだから、興奮しない方がおかしいだろう。
 
大神神社を参拝した時には、小雪がチラつく中、ご神体である三輪山にも登ったのだが、古代から太陽祭祀が行われていた場所が、同時に蛇信仰とも結び付けられていたのは、マヤのククルカン(羽毛の生えた蛇)を連想させるところがあって興味深かった。そう言えば、ちょうど今日から「太陽の月」(トーテムアニマルはジャガー)だ。余談だが、春分と秋分にククルカンの降臨が見られるチチェン・イツァの有名なピラミッドには、中央部にジャガーの玉座がある。
 
三輪山の山頂付近には磐座があって、私はその前で天真五相(新体道の型)を全力発声で行ったのだが、これも、金の三合局で「三」と「五」が絡むことを知ってから振り返ると、また違った意味が感じられて面白い。「不思議の友12」によれば、式年遷宮が開始された690年は庚寅年で、近年の大規模なお蔭参りは、この年回りに起こっている確率が高いそうだ。そして、今年2010年はまさに、その庚寅年なのである。
 
「庚(かのえ)」は、もともと五行と結び付けられた「金の兄(かのえ)」に対する当て字だから、ここにも別な形で「金」が関わっているのかもしれない。ここまで書いてさらに気が付いてしまったので、最後にメモしておきたい。【2010-690=1320=60×22】。今年は、遷宮開始から1320年目!(マヤの神聖暦は13×20)、十干十二支の還暦周期だと22回巡ったタイミングに当たる。平成22年、お伊勢参りで大いに盛り上がりたいものである。

カモ神社

2009年03月16日 19:04

太陽の月10日 (G3/16)  KIN132 黄色い月の人 (by D)
 
KIN130(G3/14)の瞑想カレッジに、奈良から山口さんという女性が参加されていた。先月、青木先生が奈良・吉野から那智・熊野方面を巡られた際、高鴨神社の宮司さんを通じてご縁が出来たとの事。遷都1300年を来年に控えて盛り上がる奈良市だけでなく、日本文化の故郷とも言える奈良全体を活性化させたいという思いで色々と活動をされているらしい。ヘンプの有効活用を推進されている中山康直氏や、麻褌についても話題にされていたので、カレッジ終了後「私も麻褌使ってます」と挨拶をさせて頂いた。
 
中山さんとは7年余り前、『麻ことのはなし』が出版された直後に大阪でお会いしているのだが、ちょうど『アネモネ3月号』で地球暦(ヘリオコンパス)が特集された時にも、特別寄稿をされていたので、コンパスを始動して3日目でのこの出会いには、面白い巡り合わせを感じさせられた。ちなみに、その時の特集には、当ブログにも度々登場して頂いている芳香芸術家の芳美さんや、「シンクロラーメン銀河亭」の作者で、現在アネモネの表紙も描かれている柴崎さんらによる地球暦体験談も掲載されていた。

帰宅後、高鴨神社について調べてみると、弥生中期前より祭祀を行う日本最古の神社の一つで、京都の上賀茂神社や下鴨神社も含む、全国の鴨(加茂)社の総本宮という由緒ある神社である事が分かった。興味深い事に、翌日のKIN131(1・猿)に、京都からリーディングにお越しになった方は、何と前日(つまりKIN130)上賀茂神社にお参りして来られたばかりだったとの事(さらに私が地球暦を開封したKIN117には下鴨神社にも参拝されていたとか)。遠方から足を運んで来られる方は少なからずいらっしゃるが、それでも、関東近圏の人に比べたら決して多くは無いし、これ程ピンポイントでシンクロするケースは極めて希だ。
 
高鴨神社の住所は、奈良県御所市鴨神1110。猿の紋章のコードナンバーは11なので、「1・猿」は「1・11」とも書ける。こういうタイミングでその名を耳にし、すぐに調べてみようという気になったのも偶然ではないだろう。神社のサイトには、”「カモ」は「カミ」と同源であり「カモす」という言葉から派生し「気」が放出しているさまを表しております”とも書かれている。氣美人研究所の所長としては、参拝しない訳には行かないだろう。
 
この文章を書いていて急に思い出したが、新体道の大先輩で、私と同じ「赤い共振の竜」の近藤等則氏が2007年から始めたプロジェクト「地球を吹く in Japan」は、ちょうど青木先生の73才のお誕生日(G2/22、KIN110)に、その5回目を上賀茂神社で迎えている(数字遊びだが73×5=365で地球暦)。「地球を吹く」という題字を先生が書かれている事も含め、このカモの繋がりはどうもただ事ではなさそうだ。何しろ、高鴨神社という名前を(おそらく初めて)聞いた日の正確に20日前(従って同じ犬の日)に、上賀茂神社での奉納演奏が行なわれているのだ。
 
そして、このようにカモ神社に一気に意識を向ける事になったのは、ツォルキンの中心、調波33「虚空コドン」の領域(KIN129 ~132に対応)に於いてである。青木先生は何回か前の瞑想カレッジの中で、日本文化の特徴を「全てを含んでいながらそれを超越している無が基盤にある」というような表現で示された。どうやらこれからしばらくは、古代日本と繋がる流れがやって来そうな気配である。

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