アリラウブド&アリラマンギス

2012年03月21日 18:31

太陽の月14日 (G3/21)KIN192 黄色い惑星の人(by L)

たまたま管理画面をチェックすると、何故かここ数日「アリラマンギス」で検索で来て下さっている方が続いていらっしゃるので、ちょっとメモを書いておきますね。(質問があるようでしたらコメント残しておいてください。)

アリラは、私たちにはちょうど良い感じでした。
アリラウブド(山)とアリラマンギス(海)に泊まりました。

ウブドは町外れ。深い渓谷とジャングルの中にあります。静か。超好みです。
マンギスは、ホテルの庭に船着き場があって、直接シュノーケリングのボートが出ます。残念ながら目の前は砂浜ではありません。その他アクティビティーは色々あるみたい。私たちは地元のバリアンもお部屋にお呼びしましたな(笑)。

朝食はバイキングではなく、メニューから注文したものを何でも作ってサーブしてくれます。
食事はウブドが素晴しかった。マンギスはまあまあです。

スタッフは洗練されていてとても気持ちの良い人たちでした。
両方とも規模が小さくて良いです。団体は入れません。

あとは、ウブドとマンギスの両方に泊まる場合、移動はホテルの専用車を用意してもらえます。出発時間やコースもわがまま言って大丈夫。何でも相談してみたら良いと思います。時間によっては、ランチボックスを用意して途中ピクニックもできる模様。

帰りのフライトは深夜ですよね。レイトチェックアウトも相談可。何かとカスタマイズしてもらえますよ。

ものすごくたくさんホテルがあるから、ここお薦め、なんて簡単には言えません。それに、私の感想はとても偏っていると思います。バリには沢山行ってしまっているから。ただ、マンギスのシュノーケリングはものすごく良かった。いたれりくせり。マンギスに泊まるならMUSTです。(ギアも貸してもらえます。私たちは持ってったけどね。)

以上簡単ですが。

バリさまさま・13(再会)

2010年11月06日 00:45

自己存在の月19日 (G11/5) KIN211 青い電気の猿 (by D)

バリアンの達人マッサージに満足しつつ荷造りを済ませると、ちょうど良い感じでバリチリのアルナワさんと約束していた時間になった。フライトは深夜なのだが、今回の旅のきっかけとなった中学時代の友人達と「空港の近くで晩御飯でも」という話になっていたので、少し早目に出ることにしたのだ。永田君(以降N)に連絡して、どこに行けばいいか訪ねると「ジャラン・ラヤ・クタの老大にしよう」というので、アルナワさんに伝えてそこまで送ってもらうことにした。
 
夕暮れ時で多少渋滞したところもあったが、マンギスからクタ方面に向かう道は殆ど綺麗に整備されていて、大体思っていた通りの時間で目的地に到着した。車中、アルナワさんにもバリアンの事を色々聞いてみたが、やはり掛かり付けの(何か問題があると相談する)バリアンがいるらしい。評判などを元に訪ね歩き、今の人に落ち着いたとのことで、相性などもあるようだ。
 
店に着いて荷物も全て降ろしてもらった時点で、Nがまだ到着していないことや予約が入っていないことを知ると、アルナワさんがひどく心配してくれたが、携帯で連絡を取って確認が取れたので、感謝しつつそこでお別れした。程なくしてNが到着。残念ながら新婚のお嫁さんは、ラマダン終了のタイミングに合わせてご実家のあるジャワ島に帰省したとのこと。もう一人の友人、清水君(以降S)はまだ仕事中とのことで、後から合流することになった。
 
老大は24時間営業の便利な中華料理店で、お粥や海産物が美味しい店として、地元の人たちにも愛されているらしい。久しぶりの再会と結婚を祝いつつ、イスラムに改宗した時に割礼したという話や、その後もそこそこ真面目にイスラム教徒として生活していることなどを、興味深く聞かせてもらった。暫くしてSも到着。確かこのメンバーで顔を合わせたのは、5年くらい前に葉山で行われたSの結婚式での事ではなかったかと思う。
 
彼らとの出会いは、横浜国大附属鎌倉中学。Nとは1年次に同級生で部活も一緒だったが、Sとはクラスが同じになった事も無く(とは言え4クラスしかなかったので面識はあった)、むしろ社会人になってからの方がよく話すようになった。私が大阪に住んでいたころ、Sもちょうどリッツ・カールトンでホテルマンをしていて、Nが仕事(遊び?)で大阪に来た時に、Sの家で枇杷葉温圧をしたりした事が懐かしく思い出される(煙の臭いが残って迷惑をかけたらしく未だに言われる)。
 
ちなみに、Nはその頃PR会社に勤めていて、コズミック・ダイアリーのイベントに関わったりもしていたのだから、縁とは面白いものである。そして、今はこうして二人ともインドネシアの女性と結婚して、バリ島に住んでいるのだから不思議なものだ。Nは、前にも書いた通りヴィラ・マネジメントの仕事をしていて、Sはスミニャックにあるディシニ・ラグジュアリー・スパ・ヴィラのマネージャーをしているとのこと。ガイドブックにも「日本人旅行者に人気が高い」などと書かれていて、結構有名なヴィラのようである。
 
年齢的には互いにすっかりオッサン世代だが、話していると中学時代に戻った気がしたりするから面白い。老大はお粥以外の料理も皆おいしく、話しに華を咲かせながら色々食べているうちに、すっかり満腹になってしまった。またバリに遊びに来いよという意味で彼らがご馳走してくれたので、素直に受けることにした。引き続きバリアンの研究もしたいし、52才からはサーフィンもする予定なので、バリに友人がいてくれるのはありがたい。帰りはNに空港まで車で送ってもらって、9月一杯で就航が終わるJALで帰国の途についた。
 
これでひとまず今自分のメモは終わりにするが、宿やお土産などに関するメモを後からLが追記してくれることになっている。ただし、いつになるか予定は未定である。(おわり)

追伸:後日談をひとつ。中学時代の友人にはJALのパイロットになった者もいて、Nらによれば、たまにバリにも飛んでいるとのことだったので、帰国後、クリカの活動に参加して下さっているJALのCA、Mさんにその話をしてみたら、「その方は存じ上げませんが、意識しておいてみますね」とおっしゃっていた。それからひと月位してMさんにお会いした時、「実はあれから2,3日後のフライトで、お友達の方と初めて同じフライトクルーになってご挨拶しました!ビックリです!」と興奮しながら伝えて下さった。シンクロはアンテナを立てておくとキャッチできるのである。

バリさまさま・12(バリアン)

2010年11月05日 00:24

■自己存在の月18日 (G11/4) KIN210 白い月の犬 (by D)

KIN146(G9/1)の早朝は、大雨が降る音が聞こえていたが、7時頃に部屋からプールサイドに出た時にはすっかり上がっていて、そのまま海岸で体操をし、天真五相の「あ」をした瞬間には雲間から青空が覗いた。ただ、やはりかなり降ったようで、ホテルスタッフが敷地のあちこちで水を掃き出す作業をしていた。

波の音とヤシの緑を楽しみながらの朝食を終え、準備を整えてプールサイドに行くと、シュノーケリングツアーに参加する一行がちらほら集って来た。イタリアから来たマフィア風の爺さんと楽しげなマダム、オーストラリアからのカップル、そしてスタッフ3名が同行者らしい。船体の両側にバランサーがついた小ボート2隻に分乗してポイントへと向かう。

早朝の豪雨で海はかなり濁っていたが、30分程で到着したブルーラグーンビーチは、さすがに島民Nがシュノーケリングポイントとして推薦していただけあって透明度が高い。いち早く海に入って「お魚が沢山!」と子供のようにはしゃいるのは、イタリアンマダム。餌付けされているのか、人間慣れした綺麗な熱帯魚達が勝手にまとわりついてくるのだが、スタッフの真似をして水中で指を鳴らすと、その勢いはさらに強まって手元(目の前)に大量に集まって来る。
 
程よい陽射しと水温の中、およそ1時間シュノーケリングを楽しんだ。豊富な種類の魚とサンゴ、さらには1mほどのサメなども目にすることが出来て、大いに満足できるものだった。船に上がって冷えた身体を温めながら軽食と飲み物を補給した後、再びボートで帰路につく。いつしかすっかり空も晴れ渡って、海からアグン山の威容を目にする幸運にも恵まれた。午後は、プールサイドで波の音を聞きながらウトウトする幸せな時間を過ごす。

mangis2  magis-1 
シュノーケリングする私たちを、霊峰アグン山(後方うっすら見える方)が見ていてくれました。ラッキー。

前夜使えていた無線LANが繋がらなくなったので、フロントに行くと、トラブルが発生しているとのこと。結局、その日だけでなく、翌日もその問題は解決しなかったのだが、フロント裏手のスタッフルームにあるLAN回線を、好きな時に使わせてくれたので、不便はなかった。ただ、バリに来る前から調べていた肝心のバリアンの情報はつかめないままで、結局、そのまま最終日(KIN147)を迎えることになってしまった。
 
テレビの中で、昔のバリの様子を白黒映像で流しているチャンネルがあり、トランス状態に入った男達が自分の身にナイフを突き刺したりするシャーマニックな儀式の様子を、思いがけず見ることが出来たのはラッキーだったが、やはり、もう一人くらい現役で活躍しているバリアン(シャーマン)に触れてみたい。そんな事を思いながら、ホテルのメニューをボーッと眺めていたら、何と、地元バリアンによるマッサージというプログラムがあるではないか。

mangis4 
お部屋のテラスから庭のプールまで一直線。絵の中に入って行くみたいな設計。

近隣の村を訪ねるツアーみたいなものかと思ってフロントに確認に行ったら、どうやらバリアンの方が直接部屋にやって来てマッサージをしてくれるらしい。ホテルと契約している位だから観光客用にこなれた感じの人が来るのかと思って予約をしておいたら、30分程遅れて(前の客が伸びて遅れるという連絡はちゃんとあった)ホテルスタッフと共に部屋にやって来たのは、モロに地元のオジサンという風貌(足裏は土で真っ黒)ながら、力みの抜けた「かなりデキる」オーラの人だった。
 
英語が殆どしゃべれない様子で、冒頭に大体の説明をスタッフにしてもらって(現地語を英語に通訳してくれた)、後は互いに何となくのコミュニケーションをしつつ、まずはLから、そして次に私という順で、それぞれ40~50分やってもらった。使うのはベビーオイルのみで、体幹部からダイナミックに押し広げて行く感じは、私達が最近お世話になっている越谷のT先生(いずれメルマガの達人コーナーで取り上げる予定)そっくりで、手の感じにも、タカちゃんとか台湾の足裏マッサージ達人と通じるものがある(奇しくもこの日はヒーリングとシンクロする「青い手」の日)。

mangis3 バリアンのおじさん。良い人だったーーー。達人はずっとニコニコ施術。
 
手足の腱を弾くようにする所が他には無い特徴に思えたが、身体のポイントを見事に押さえていて、マッサージした後は、突如思いがけないところが柔らかくなったり、関節の可動域が大きくなったりした。最後に、お腹を餅をこねるようにマッサージしてもらうと、さらにグッと柔らかくなって、自分でも驚くような変化を感じた。ただ、思い返してみると、これは別な流儀でも何度か体験したことがあるので、ある部分普遍的な方法なのかもしれない。
 
力みも淀みも無く、ニコニコしながら流れるように施術をしていく様は、まさに達人のそれで、終わった後の爽快感も含め「ああ、最終日にこの人にやってもらって良かった」と心から思えた。もらった名刺には「I NENGAH SUKARTHA・Tradeitional Balinese Healer」とあり、施術内容にも特段(分かり易い形での)シャーマニックな要素は感じなかったが、おそらく、どのような状況にも対応できる名治療師であることを、その存在感は示していた。(つづく)

バリさまさま・11(ケチャ)

2010年10月31日 02:23

自己存在の月13日 (G10/30) KIN205 赤い惑星の蛇 (by D)

KIN145(G8/31)の朝は、実に幻想的だった。アユン渓谷から湧き立つ霧が、濃緑の谷間をゆっくりと流れて行く。前日は見えなかった遠くの山々も、澄んだ空の向こうにくっきりとその姿を現してくれている。辺りが明るくなるにつれ、鳥や獣達が美しいシンフォニーを奏で始め、谷の向こう側の森の上端も朝陽に照らされて輝き出した。

ubud  ubud2

あまりの気持ち良さに、そこからの展望がこのホテルの売りとなっているプールサイドで瞑想。人工音が一切しないので、目を閉じると映画のジャングルシーンのような様々な音が、あちこちから立体的に響いてくる。澄んだ空気と木漏れ日の中で何とも言えない時間を過ごしてから、そのままオープンエアのレストランへ。谷からの風を感じつつ朝食を頂く。

お天気も良いので、午前中はプールでのんびり過ごす事にしたのだが、中国系のカップルが結婚式用の装いで撮影を始める。台北でも見かけた事があるが、どうも景色の良いところで記念写真を撮りまくる風習があるようだ。専属の撮影スタッフが「5分だけ」というので待っていたら、延々30分以上も続いて呆れてしまった(お昼のチェックアウトの頃にも衣装を変えつつ他の場所でまだやっていた)。

夜には、同じ系列のアリラ・マンギスに移動するのでホテルに荷物を預け、シャトルバスでウブド中心街へ。目の前の大木の名前がそのまま店の名となっているブヌテで少し遅めのランチ。どうも店が通路にもなっているようで、やたらと人が店内を通り抜けて行く。その後、街中でタクシーをつかまえて、11世紀頃の遺跡と言われるゴア・ガジャへ。遺跡もそれなりに面白かったが、個人的には、真ん中にそびえ立つ「聖なる木」と、裏手で見つけた隠れ田圃と、出口に居たニシキヘビを首に巻いたおじさんがの方が印象に残った。

待っていてもらったタクシーで最初の場所に戻り、街中を散策しつつ買い物タイム。通りの入口に仏陀像のあるジャラン・ゴータマは、地元の人たちがのんびり暮らしている感じが残っていて味わい深い。ケチャが行われるタマンサリ寺院の目の前にあるKedaiCafeで軽く夕食を済ませてから会場へ。

ケチャは、チャッ・チャッッ!とかけ声を掛ける号令者や、ずっとウーニャ・ムーニャ・ウーニャ・ムーニャを繰り返す人がいたり、チャチャチャチャ・チャチャチャチャと激しくやっていたかと思うと、突如ガクッとうなだれてフン・タッタッタ、ウン・タッタッタとなったり、集団で行うリズムと人の声の力が織り成すダイナミックな変化が何とも面白い。

ケチャに続いて登場したのは、小学生くらいの女の子二人。トランス・ダンスということらしいが、踊りの順番はきちんと決まっていて、ある場面になると必ず二人揃ってバタッと倒れて、そこに僧侶のような人が現れて聖水をかけると、またムクッと起きて同じ踊りを繰り返すのだった。そのおぼつかない感じがまた可愛らしいのだが、これくらいはっきりやってくれると、「やっぱり演出もあるのね」と納得できる。

しかし、その後に続いた、成人男性によるファイアー・トランス・ダンスは演出とは言えない迫力があった。まず中央にヤシの木の皮を集めて小山をつくり、そこに油をたっぷりかけてから点火。かなり大きな炎が立ち昇り、一番前の席にいた私達の所にもその熱が伝わって来る。そこに既にトランスに入っていると思われる男性が、木の馬に跨ったような格好(実際は自分の足で立っている)で登場。広場の端に集まっているケチャメンバーのリズムに合わせて炎の周囲をグルグル巡っていたかと思うと、突如中央に突進してヤシの皮をそこらじゅうに蹴散らした!

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最前列にいた人々はどよめき、私達の右隣にいた子連れの親子は子供をサッと抱きかかえていた。何しろ自分達のすぐ足元にも破片が飛んで来るのだ。しかも手をかざしてみるとかなり熱い。係のおじさんがほうきでその破片を中央に集めると炎が再び強くなり、男性が周囲をグルグル回った後、また蹴散らしたり中央を走り抜けたりした。都合、5,6回はそんな事を繰り返しただろうか。終了後、呆けたような顔で地べたに座っているその男性を、客が取り囲んでいるので、私もチップを持って近くに行ってみた。

ubud6

全身にかなり汗をかいていて、足はススで脛の辺りまで真っ黒になっている。本人に確認すると、触ってもいいとのことだったので、軽く指で足裏を押してみたりもした。角質でカチカチになっているのかと思ったら、そうでもなくて、普通に柔らかい足だったし、やけどや水ぶくれがあるようにも見えなかった。よく「火渡りは実際は大して熱くない」などと解説する人がいるが、間近で熱の強さを感じた身としては、「他のものはいざ知らず、これは特殊なトランス状態に入ってないと無理だろう」という印象を受けた。

奇しくも、この日は2番目の月の「2・蛇」の日。「挑戦」を意味する音「2」がダブルで効いている魔術の亀の日で、「蛇」のキーワードは「生命力・生き残らせる・本能」。まさにそんな感じのものを一日の締めに見せてもらった気がした。興奮冷めやらぬ感じで寺院の外に出ると、アリラホテルの車が荷物を載せてちゃんと迎えに来てくれていた。そのままウブドに別れを告げて、マンギスへ。暗闇に浮かぶ星空を楽しんでいるうちに、45分ほどで到着。道が空いていたせいもあるが、想像よりずっと早かった。おそらく日中ではこうは行くまい。

この日の紋章とシンクロする105(1・蛇)号室に入ると、品のあるネコが窓の外のテラスにどこからともなく現れて、私達を出迎えてくれた。波音の聞こえる部屋でラップトップを開くと、『LOVE & THANKS』誌の編集長をしているS君からメールが入っていたので、その場で校正して返信。私の担当コーナーはP55で、このホテルは全55室。意味無く「これで良し」と思いつつディープな一日を終えた。(つづく)

バリさまさま・10(ガムラン)

2010年10月29日 03:36

自己存在の月11日 (G10/28) KIN203 青い銀河の夜 (by D)

書の作品提出に追われていて、大分間が空いてしまった。今日は、このシリーズでも何度かご登場いただいている伝説のサーファー、ジェリー・ロペスの銀河の誕生日なので、そのエネルギーに乗ってバリの時間に戻ろう。時は8/30(KIN144)、ところはバリ島はウブドのお話である。

心温まる時間を過ごしたクトゥ・リエさんの家を後に、再び自転車でウブド中心街へ。帰りにどこかでお茶でもしようかと思っていたのだが、クトゥさんのところに結構長居していたようで、自転車の返却時間も近付いていたし、雨がパラついてきたりもしたので、そのまま王宮前に直行することに。幸い雨はすぐに止んでくれたが、往路楽した分、帰路は上り坂が多く、交通量もかなりあったため、Lにはちょっとしんどかった模様。大分後まで、あの時の自転車で・・・とブツブツ言われた。

bike

今となっては懐かしい問題の自転車(笑)。炎天下、大型バスの行交う、くねった一通を逆走させられて泣きそうだったが、ちゃんとクトゥさんのお家に連れてってもらえた。(L追記)

王宮でのサダ・ブダヤの公演まではまだ十分時間もあったので、ウブドにおけるオーガニックフードの草分けと言われる「バリ・ブッダ」へ。フルーツジュース&ヘルシーかつ美味なサンドイッチで一気に息を吹き返した。公演会場に少し早目に行ってみると、まだ人影はまばらで、舞台横に並べてある楽器の目の前(一番前)の席に座って待つことにした。開演直前には、かなりの人だかりが出来て熱気を帯びてきたが、驚いたのは演奏者が入って来てからだ。多少は楽器を前にズラすのかと思っていたら、殆ど自分の足に触れるくらいの位置にそのまま座って、ガムランの演奏が始まった。

グワ~ン!グヮグヮグヮ・グヮグヮグヮグヮ・グワヮヮヮ~~ン!!という音が、身体全体に響いて来て心地良い。斜め前にいる人が団長らしく、拍子が変わるときに、バチをクルクルっと回したりして、それとなく号令をかけている。音の渦に酔いしれるのに最高の席だったが、奏法も魅力的で、どうやら右手のバチで叩いた直後、一瞬ずれて左手で鉄琴の部分を押さえて響き方を調整しているようだ。それが、どんな高速演奏の時も守られていて見事だった。

冒頭のガムラン演奏だけですっかり満足してしまったが、続いて行われたレゴンを含む6つの演目の踊りも、もちろん素晴しかった。中でも一番シビれたのは戦士の踊りバリス。振り付けが面白いというのもあったが、きっと踊り手に才能があるのだろう、華もあるし何より踊りのキレがいい。ちょっと肩を力ませた格好でプルプル手と頭を震わせて静止していたかと思うと、クルッと一回転してパッと決めのポーズを取る。かと思うと、眼球を信じられないスピードで左右に動かしたりもするしで、すっかりファンになってしまった。

balis

この夜のバリスの踊り手は最高!ハートわし摑みにされたDは、帰国後もしばらくバリスの踊りを真似ていた(笑)。

もちろん、どの踊りにもガムランがセットになっていて、公演中ずっと音に浸っていられるので、それだけで殆どトランス状態。私は身体でリズムをとらずには居られない感じだったのだが、観客の殆どは動かずにジーッと見ているだけなので、それが不思議でならなかった。いずれにしても、ガムランを聴くなら、演奏者の目の前に座ることを強くお薦めしたい。大橋力(山城祥二)氏の講演を聞くまでもなく、これは身体で聴くものだと思った。
 
公演終了後の王宮前は、タクシーの客引きが多くて煩わしかったので、しばらく歩いてからゆっくりタクシー選びをした。その甲斐あって、無駄口を全く叩かないとても静かな運転手のソフトな運転でホテルへ。こういう時のLの人の選び方は見事で、まず外れることがない。たとえオーラが見えるという人でも、こういう時にパッと人が見分けられないようでは、全然実用的ではないし、そもそも見えているものが何と相関性があるのかも分からなくなる(気のせいと言われても仕方あるまい)。
 
Lも常時見えている訳ではないそうで(その日の調子とか背景の色とか諸々の条件で変わるとのこと)、こういう時も、目で見るというよりは殆ど気配で感じるらしい。私の方はもともと気配派で、ごく希に見えるというタイプだが、いずれにしても、感じることはLと近いようで意見はほぼ一致する。例えば、新体道の稽古をすると、その人の気配がグッと強くなったりするのを私は感じるのだが、そういう時はオーラも大きく広がっているとのこと。そういう検証を重ねていると、結局、色が見えるかどうかよりも、変化や場を読み取れるかどうかが重要なのではないかと思えてくる。(つづく)

バリさまさま・9(クトゥさんの家)

2010年10月14日 20:51

電気の月25日 (G10/14) KIN189 赤い共振の月 (by D)

KIN144(G8/30)、ガイドブックでもよく取り上げられている絶景プールのほとりで朝の体操をしてから朝食。街の喧騒とは無縁のこのホテルの素晴しさは、ひらけた空と緑あふれる風景だけではない。谷間を流れるアユン川の沢の音や、様々な鳥・獣たちの美しい鳴き声、そして清冽な空気などを通じて、ウブドの森のエネルギーを直に感じられるよう、と同時に、安全性と清潔さも十分に保持されるよう、随所に配慮がなされている点にある。

王宮のある中心部へと向かうシャトルバスが午前中に出るというので、私達は、予め少し手前の場所で降ろしてもらうようリクエストした。ウブド発祥の地として知られる「グヌン・ルバ寺院」に参拝するためだ。すっかり日が高くなった寺院は人影もまばらで、殆ど貸切状態だったので、本殿と思われる場所の前で天真五相(新体道の型)を捧げてご挨拶。

しばらくすると、坂道の途中にあった学校の生徒と思われる女学生が3人やって来て、私が型を行った辺りかそのやや後方で跪いて、合掌した手に花びらを挟んで祈り始めた。その後、美しい仕草で指先をパッとはじいたかと思うと、花びらを左耳の所に挿した。その後も、3,4名の学生グループ(男子も含む)が次々にやって来ては、同じように祈ったり小さな捧げ物を祠の前に置いたり、掃除をしたりしていた。生活の中に、祈りが溶け込んでいるのが感じられて、何故か嬉しい気持ちになる。

そこからウブド王宮前の観光案内所まで、坂道を歩いて移動。大した距離ではないのだが、暑さでへばってその手前のカフェ・ロータスで冷たいものを頂きつつひと休み。夜に王宮で行われる公演(&翌日の夜のケチャ)のチケットを観光案内所で手に入れてから、近場で自転車をレンタルした。最初に向かったのはモンキーフォレスト。パンフレットに、「猿たちはこの森の主です。皆様は森の来客であるため猿たちを敬ってください」とか「餌はご自由に与えてください」と書いてあるのが新鮮だった。丁寧に扱われているためか、猿たちは人が近付いてもゆったり寝転んだり毛づくろいしたりしていて、攻撃的な気配がまるで無い。もちろん、野生動物はいつ豹変するか分からないが、基本、満たされて安心している場では落ち着いているものなのだ。
 
クトゥ・リエさんの家は、そこからさらに南。地図があればまず迷う事はないのだが、縮尺の感覚がイマイチ掴めなくて少々道を行き過ぎてしまったようだ。少し戻った広場のようなところで自転車を止めて位置を確認していると、そこにジープがやってきて真横に駐車した。降りて来たのは日本人女性で、先方から「道、わかりますか?」と声を掛けて下さった。近くに用事があって車を止めた様子だったが、何というタイミングの良さだろう。地図の見方が間違っていないことを確認し、お礼を述べて、そこから割とすぐのクトゥさんの家に向かった。程なくして、新品になったばかりの看板が見えて来た。色々改装しているらしく、女性達がひっきりなしに門前と中庭を行ったり来たりしつつ土を運んでいる。

中に入ると、ちょうど日本人の母娘が相談を終えたところだった。満足げな様子で現地ガイドと帰って行くところをLがつかまえて、謝礼をどれ位払ったのか聞き出していた(私はその時、中庭の散策をしていた)。後に、その倍以上の額が相場として書かれている本やサイトも見つけたが、そもそも寄付なので決まった額がある訳ではない。とはいえ、よく下調べもせずに行った身としては、その親子の存在はとてもあり難かった。

続いて、西欧の女性が一人、その次にシンガポールから来たインド系の夫婦が一組という状況で、マネージャーのような男性(後にクトゥさんの後継者と判明)に様子を聞くと、「本当は予約が必要だけど、今日は空いているからいいよ」と3番目で受け付けてくれた。暫くすると、NYから来たというカップル、女性一人、またカップルと客が続いたが、最後のカップルは「今日はもう一杯なのでまた明日来てね」と言われて、断られていた。見れば、受付はAM9~12、PM3~5と入口に書いてある。自分達が到着したのは4時前くらいだったから、色々な意味でちょうど良いタイミングだったようだ。

小説や映画の影響でウブドが大変な事になっているというのを知った友人Nは、「バリの人は朝がものすごく早いから、早朝に押しかけてみたらいい」等と最もらしいアドバイスをしてくれていたが、そこは適当に聞き流しておいて良かった。多分、そういう人がいるから受付時間がわざわざ門に書いてあるのだろう。もっとも、この日の午後、アポなし現地ガイドなしで押しかけたのも、私達くらいだったかもしれないが。西欧の女性が15分ちょっと位で終わったので、すぐに自分達の番だと思っていたら、次のカップルはかなり長くて、途中、クトゥさんは裏手の祠にお祈りに行ったり(どうやら決まった時間に行う日常の儀式とかもある模様)して、結局、小一時間は待った感じがする。

「最初に夫から」とLは伝えたが、クトゥさんは「いや、あんたからだ」と言って、まずLの顔から観はじめた。前のカップルと同じ手順だったので、大体観る場所は決まっているのだろう。まず、耳から始まった。「pretty」は日本語で何という?と聞くので「かわいい」だと伝えたら、その後「かわいい」を連発(笑)。多分、ニュアンスとしては「結構」とか「よろしい」という感じなのだろうが、すっかりインプットされてしまったようだ。小説にもある通り、クトゥさんは大変な勉強家で、色々と言葉をメモしながら話をされる。こういう好奇心、向学心が若さの秘訣なのだろう。

ktbali  本当に勉強家のクトゥさん。英語と同じくらい日本語も話される。初めての言葉は片っ端からメモしまくり。

その後、鼻、口、アゴと続き、全部「良し」か「かわいい」。さらに、目、まゆを観て「大変賢い女性です」。手相からは、「97まで長生きします」とか「時々感情的になります」とか「芸術家(仕事したら成功します)」と読み取る。その後、首の付け根、膝下と続いて終わるのだが、基本良い事しか言わない。前のカップルの時にも、大笑いしたりすることはあっても深刻な顔になることは無かった。外国人には意識的にそうしているのかもしれないが、もしそうだとしても、むやみに脅して怪しげなものを売りつけたりするよりずっといい。

それに、クトゥさんは、様々な国の人との交流を心から楽しんでいる気がする。興が乗ってくると、話が止まらなくなって、待っている人たちのことなどすっかり忘れてしまっているかのようだ。一期一会という心境なのかもしれないが、結局2人で40~50分は観てもらって、最後には「お手てつないで」を日本語で歌ってくれたりもして(戦時中の影響でお年寄りには日本語を解される方がいる)、とても満たされた気持ちでお別れした。また、機会があれば、あの笑顔に触れてみたい。

ktbali2 終始満面、温かなスマイル。クトゥさん、ちょっとだけヨーダに似ているかしら。

実はこの時、石があって手術がどうのという話をチラッとされていたのだが、後にある方のブログで、「結石の手術で入院中」という記事を見つけた。もう退院されて元気にされているらしいが、私達が訪れた数日後には入院していたようだし、今はもう映画も公開されて、短い滞在の中で希望通りのタイミングに観てもらうのも難しそうだ。そういう意味でも、やはり今回は滑り込みセーフだったと言える。ご縁のあったことに感謝したい。(つづく)

バリさまさま・8

2010年10月10日 01:33

電気の月20日 (G10/9) KIN184 黄色い月の種 (by D)

普段から「その時、その場でしか体験できないもの」に魅力を感じる私は、旅においても、その土地特有の何かに触れることに最も心惹かれる。それ故、「バリで何をしたいのか」と自らに問いかけてみた時も、以下のような答えがパッと浮かんで来た。

・ウブド発祥にまつわる寺院を参拝したい
・ガムラン(特にジェゴク)を間近で聴いてみたい
・ケチャを生で観たい
・複数の実力あるバリアン(シャーマン)に会ってみたい
・「食べて、祈って、恋をして」に登場するクトゥ・リエさんにも会いたい
・綺麗な海でシュノーケリングしたい

最後の一つは、毎夏騒ぎ立てることで、特にバリである必要性も無いのだが、今年は他に機会も無かったし、バリの山だけでなく海も体験したいという側面もあったので、やはり自分にとっては外せない要素だった。一方、バリ7度目というLは、「程よい大きさと質の高さを兼ね備えた宿でのんびり過ごしたい」ということ以外は、特に強いリクエストも無いようで、上記のいずれの希望にも快く賛同してくれた。

特に、音の力でトランス状態になる人もいるというジェゴク(竹のガムラン)については、大橋力さんの講演を聞いた直後だったこともあってか、色々と調べてくれたりもした。それではっきりしたのは、ジェゴクは、バリ島の西方にある村ヌガラで、スアール・アグンという楽団によって、週1回程度演奏されるということだった。移動を含めると一日仕事になるし、滞在期間の短さを考慮すると、なかなか調整も難しい。
 
しかし、さらに調べると、何と、8月初旬に年一度の来日公演があることが判明。出来れば現地で聴きたいという気持ちもあったが、上記のような事情もあったし、先にバリのバイブレーションに浸っておくのも悪くなかろうという事で、8/7(KIN121)、五反田の会場へと向かった。もともとジェゴクは、竹のガムランのうち、一番大きなものを指す言葉で、「偉大なもの」とか「奥深さ」という意味があるらしい。
 
私がジェゴクの存在を知ったのは、おそらく芸能山城組(代表の山城氏の本名が大橋氏)による「AKIRA」のサントラだったと思う。その大地からわき起こるような響きに、何か畏敬の念に近いようなものを抱いた記憶があるが、全身で体感した生ジェゴクにも、同じかそれ以上のものを感じた。冒頭、軽やかなリズムと共に会場後方から現れた楽団は、そのまま舞台へ。通路側にいたLは、ちゃっかりスウェントラ団長とも握手。
 
その後は怒涛の演奏で、後半には団員が次々トランス状態に入って2,3名がバタバタと倒れたりするありさま。ちょっとヤラセっぽい気もしたが、少なくとも一人は、「意識があったらそうは倒れられない」という倒れ方をしていたし、あの動きであの音の渦の中にいたらトランスになってもおかしくはないと思う。こちらも興奮しつつ、バリとのコネクションがより深まったのを感じた。

その後あった細かいシンクロはすっ飛ばして、いよいよ出発日の8/29(KIN143)へ。この日の朝、久々の(よく考えたら新年最初の)「千夜一夜リーディング」があった。どうやら私は、かつてバリでも色々とシャーマニックなことをやっていたらしい。ただ、検証出来るほど細かい内容では無かったので、後は現地に行ってみて、事がスムースに進むようであれば、前世のご縁のおかげかもしれない、と思うことにしよう。
 
マイケル・ジャクソンの生誕52周年(「13の月の暦」での還暦)ともシンクロしていたので、予約時にシートは52番をチョイス。7時間ほどのフライトは、読書と映画で退屈することもなくバリに到着。空港に迎えに来てくれていたバリチリのガイド・アルナワさんは、何とヌガラの出身。聞けば、お兄さんはスアール・アグンの団員で、スウェントラ団長はお母さんの親戚だとか!こういうシンクロは幸先が良い証拠だ。
 
アリラウブドに到着したのは雨上がりの深夜だったが、ライステラスを縫うように走る曲がりくねった道の先にほんのり明かりが見えてくるつくりは、なかなか幻想的だ。コドン64「準備」の週が完了する日とシンクロするようにホテルの部屋数は64、谷に面した110号室も、ギャラリーTENで宮本さんの写真展を見た日付KIN110とシンクロしていた。谷間の闇にうごめく様々な存在の気配が「ウブドの森に居る」という事を実感させてくれるのを味わいながら、移動の疲れを癒すべく身を横たえた(つづく)。

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