エクスカリバーと水晶の円卓 & The Twelve

2017年06月27日 04:52

■水晶の月28日(G6/26)KIN34 白い銀河の魔法使い(by D)

暴風雨に見舞われた夏至の翌日(6/22)、河原で体操をしていると、太陽の周りに大きな輪が見えた。その後、剣の稽古をしていると、剣の形をした雲が現れたので、思わず「エクスカリバー!」と叫びつつ撮影。

剣 ★二子玉川の河畔に現れた聖剣

ハロー ★剣の先には円卓の輪

早速、その写真を「時のからだ塾」MLでシェアすると、KIN143(13・夜)の近藤さんが、KIN43(4・夜)の吉田さんのツイートについて教えて下さった。そこには、「水晶の月23日 サイ時間単位「Kin149:律動の月」の3日間の初日、エクスカリバーのキングアーサーにシンクロ!」という文と、河原で見たばかりの雲とそっくりな剣の写真が添付されていた。

エクスカリバー★『キング・アーサー』のエクスカリバー

最初、13年前に見た『キング・アーサー』(2004年)のものかと思ったが、ちょっと調べてみると、どうも現在上映中の新しい映画のようで、吉田さんが添付されていた写真は、ガイ・リッチー監督の『キング・アーサー』に登場する「エクスカリバー」だと判明。

倫理プロジェクト(元倫理研究所客員研究員でもあったホゼ命名のプログラム)に由来するサイ時間単位がKIN149なのは、翌KIN31(6/23)までだったのと、その次の日には「13の月の暦」と「テレクトノン」のクラスを開催する流れがあったので、何とかKIN31のうちに!と慌てて『キング・アーサー』を観に行った(幸い徒歩圏で上映してた)。

単純に映画として観たら、ハリウッドにありがちな大仕掛な冒険モノという以上の作品ではないと思うが、「13の月の暦」ユーザーで、『アルクトゥルス・プローブ』の読者で、さらに剣の稽古をしていて、その上、ここに書いているようなシンクロニシティが重複しまくった上で観ると、日々シンクロ慣れしている私でも鳥肌の立つシーンが何箇所もあった(円卓と剣は特に)。

ちなみに、KIN149との関係にこだわったのには理由がある。1999.4.12(KIN149)、つまり「赤い律動の月の年」の「赤い律動の月の日」に、私は『マヤン・ファクター』(VOICE刊)監訳者である滝元さんと共にパレンケの「碑銘の神殿」に登り、そこから地下のパカル王の墓室に入っただけでなく、神殿の上で「テレクトノン」のプレイもしているのだ。

「テレクトノン(地球霊の通話管)」は、「13の月の暦」をボード上に表現した銀河時間ツールの一つで、「碑銘の神殿」と直結する情報に満ちているだけでなく、付属のマニュアルは以下のような一文から始まるのである。

”テレクトノンは光の剣であり、13の月・28日の暦を日ごとに開示することで明らかにされる、テレパシー・テクノロジーである。”

そして、この「テレクトノン」の日本語阪制作にも共に携わっていた滝元さんの誕生KINはKIN190(8・犬)。それが「13の月の暦」のツォルキンで計算した時のパカル王の誕生KINになる事に気付いたのは、2012年になってからであった。その根拠と経緯は『銀河のマヤ、聖なる時の秘密』にまとめてあるので、そちらを参照頂ければと思う。

驚くべきは、この『キング・アーサー』の日本での公開日が6/17(KIN25=12・蛇)だったという事。その日、私は、水晶が並ぶ横浜ナディアで、「13の月の暦」と「天真体道瞑想」クラスを行っていた。少し早く到着した私は、一週前にウォーターセラピーで訪れた時に目をつけていたチベット産の双晶水晶が、まだ残っていたのを確認して、その場で手に入れた。瞑想クラスで使おうと考えていたからだ。

双晶水晶 

クリスタルを手元に置く趣味が無い私は、15年以上もナディアに通っていながら、自分達用の石を買った事は殆どなかった。しかし、『時間の力学』というテキストに登場する「感覚テレポーテーションと時間旅行のための双晶水晶の輸送の乗り物」という図を目にした直後に、まさにその形をしたチベット産の水晶(自然結晶)があるのを発見し、しかも太古の水が入っているという逸品だったので(空気が移動するのが見える)、心動かされたのである。

この日の「13の月の暦」のクラスでは「水晶の円卓と魔術の亀の働き」というテーマで話をする事になっていたので、私はその『時間の力学』も持参していた。この冊子は、ホゼ・アグエイアス博士が発表し、高橋徹さんが翻訳したものを、帯広在住の瀧川さんがPANブックレット帯広として、編集・発行されていたシリーズのひとつである。

話の流れで、発行所の住所の中に、この日のKINとシンクロする25という数字が含まれていたのを、その場にいたナディアスタッフと参加者の方にお見せしたところ、何と、一番早く来て受付を済ませていた関西からの参加者Hさん(KIN15)が、帯広出身だと判明。そういう冊子をナディアに持参するのは年に1回くらいなので、流石に私も驚いたが、既に、この時点で多次元的シンクロは始まっていたのである。

というのも、結局、この日の暦クラス(水晶の円卓)の終わりに、そのHさんが「暦を使っている人同士が交流できるFBのコミュニティみたいなものはありますか?」と質問して下さった事で、私は、翌々日のKIN27(6/19)、 FBに《「13の月の暦」水晶の円卓』》というグループを新たに作る事にしたからだ。

それから2日後のニュースで、125代今上天皇の第1皇女で誕生KINもKIN125(8・蛇)の黒田清子さんが、同じKIN27に、伊勢神宮(125社から成る)の祭主に就任されていた事が分かった。「銀河の同期」とシンクロした2013年の式年遷宮でも臨時祭主を務められていただけあって、酉年の夏至直前、かつ「青い手のウェイブスペル」の初日に祭主に就任されるとは、何とも美しいタイミング。

シンクロニック・ジャーニー』にも書いた通り、内宮にホゼ&ステファニーと共に『ドリームスペル』を奉納したのも、結婚を期に本籍地を伊勢の内宮の住所にしてしまったのも、ヴィーナストランジットの日に二子玉川に引っ越したのも、全て2004年。つまり、ひとつ前の『キング・アーサー』が公開された年だったと気付いた。

『シンクロニック・ジャーニー』には、帯広の瀧川さんの事も書いてあるのだが、改めて確認してみて驚いたのは、「第3章/十勝の虹の輪」の冒頭、P88の地図に記されている国道が236と241だという事。KIN241(7・竜)の私は、まさに今KIN236(2・戦士)の道筋を歩んでいて、帯広シンクロを体験したからだ。

ここまでの話を整理するために、時系列に書けば以下のようになるが、『キング・アーサー』の公開を知ったのはエクスカリバー雲を目にした後であり、黒田清子さんが祭主に就任されたのを知ったのも6/21(KIN29)になってからであることを、改めて記しておきたい。同期的でありながら、非同期的に知るところに驚きがあるのだ。

6/17(KIN25=12・蛇)「水晶の魔術の亀の日」横浜ナディアで「13の月の暦」「天真体道瞑想」クラス。
チベット産水入り双晶水晶を入手。映画『キングアーサー』公開日。
6/19(KIN27=1・手) FBに《「13の月の暦」水晶の円卓』》グループを作成。黒田清子さんが伊勢神宮祭主に就任。
6/20(KIN28=2・星)《「13の月の暦」水晶の円卓』》を各所で告知。メンバー招待開始。
6/21(KIN29=3・月)夏至。ローマ法王フランシスコ就任6銀河スピン。藤井四段28連勝。
6/22(KIN30=4・犬)「エクスカリバーの雲」と「円卓の輪」を二子玉川河畔で発見。
6/23(KIN31=5・猿)『キングアーサー』を109シネマズ 二子玉川で鑑賞。
6/24(KIN32=6・人)「光の剣」の別名を持つ「テレクトノン」についてのクラスを開催。

ここまでの話だけで、もう十分な感じもするのだが、もう一つ、「円卓」に絡んでどうしても書いておかなければならない事がある。それが『The Twelve』というドキュメンタリー映画と「12人のマスター」の話だ。話は、およそ5ヶ月前に遡る。イギリスに本拠地を構えるLeciel Foundationという財団から、天真会の事務局に一本の電話があったのだ。

内容は、おおよそ以下のようなものだったという。「Leciel 財団は10月にニューヨークに12人の霊的マスターを呼び集め、国連の会場でミーティングを行いたいと考えています。その12人のマスターの中に、日本人の青木宏之氏が選ばれたので参加して欲しいのです。そして、もし可能であれば、7人の幹部の内の5名と写真家1名が2月中旬に訪日するので、会っていただけないでしょうか」と。

青木宏之氏というのは、天真体道(新体道、天真書法、剣武天真流、アオキメソッド〈瞑想〉)の創始者であり、私達の道の師である。確かに、海外にも大勢の教え子がいるマスターではあるが、世界中から選ばれた12人の中に、日本人はただ一人。一体、誰がどういう基準で選んだのか、大いに興味が湧いたが、いずれにしても素晴らしい事であるのには違いない。

結局、財団メンバーには、2/18(KIN166)の剣武天真流の稽古に体験参加してもらい、その後、ミーティングをする事が決まった。当日を2日後に控えた2/16、私は、その財団のサイトを覗いていて、驚くべき発見をした。何と、文章の中に「13人のグランマザー」の話が出ていたのだ。そればかりか、その時点で既に選ばれていたマスター6人のうち3名は、何と「13人のグランマザー」と重なっていることを発見したのだ!

アマボンポ ★Aama Bombo と

霊性のアート』にも記してあるが、私は2012年冬至の直前に、カトマンズで「13人のグランドマザー」の(ほぼ)全員と偶然出会っていて、今回の12人の最初に名前が挙がっているネパールの Aama Bombo とは記念撮影もしている。しかも、この事実に気付いた2/16(KIN164)は、ちょうど「銀河の同期(2013.7.26)」から260日暦が5回巡った(=1300日経過した)タイミング。興奮せずにはいられなかった。

IMG_0661.jpg ★ル・シエル財団のメンバーに真剣を見せる剣武天真流の青木宗家

当日やって来た財団のメンバーは、皆、知的で自由で温かな雰囲気の人々だった。稽古を通じて天真思想を直に体感し、「大都会の真ん中にいても、体を通じて天地人々と一体になり、融和する事ができる道」に大いに感銘を受けた様子だった。私は気になっていたマスターの選び方について聞いてみたが、何らかの参考情報をきっかけにしつつも、基本は「瞑想を通じて」選ばれ、決まったとの事(集合意識的サニワのような感じか)。何とも興味深い話だ。

IMG_0672.jpg IMG_0703.jpg IMG_0699.jpg 

翌日も先生へのインタビューがあり、その後、彼らは短い日程で京都、奈良などを巡った後、オーストラリアのマスターのもとへ向かって行った。一部、取り残したシーンの撮影のために、カメラマンのルーシーとその助手シーシーが、4月下旬に伊豆熱川で行われた剣武天真流の合宿に合流したが、そのルーシーが編集したドキュメンタリー映像の一部が、まさに水晶の月の最後の今日、更新されている事に気付いた(ひとつ前の記事に登場しているKIN88のジュリアーノのFBシェアによって)。

少し前までは、青木先生が登場しているシーンは無かったので、エクスカリバーと円卓のシンクロがあった後での、この共時性には、非常に大きな流れが関与しているのを感じざるを得ない。後で、天真会にファーストコンタクトがあった正確な日付を確認してみると、銀河の月1日(G2/7)、KIN155(12・鷲)という事が判明(*)。最初から「水晶の円卓」の日にシンクロしていただけでなく、このKIN155は、青木先生の書が、西安・草堂寺にあるクマラジーヴァの墓石を守るお堂に掲額された、記念すべき日付でもあるのだ(『シンクロニック・ジャーニー』P260参照)。

もう一つメモしておくと、財団の「TWELVE AND ABOVE : THE WISDOM COUNCIL」というページの冒頭に登場する、Jyoti(Jeneane)Prevattという人物にも、私達は、カトマンズのホテルのエレベーターで偶然出会っていて、珍しくLの方から話しかけていたという事実をメモしておこう。

最後に、暦の話と「円卓」と「12人のマスター」を繋ぐ要素について記しておきたいと思う。『13の月の暦(ドリームスペル)』では、冒険のウェイブスペルと呼ばれる13段階のプロセスの12番目を「水晶の部屋」と呼ぶ。そこに「水晶」という名と「協力を捧げる/普遍化する」というキーワードが当てられているのは、「無償の(見返りを求めない)精神を持った人々による協力体勢こそが、水晶のようにクリアで賢固な高次の形を生み出す」という意味合いが込められているからである。

そして、13日に1回巡ってくる「水晶の日」には、円卓会議(上座下座の無い公平な場)が開かれる事が推奨されている。そこでは「過去の行為が公式化され、未来の行為が用意される」という事になっているが、もう少し噛み砕いた表現にしてみると、「それまでの体験を手放し(他者にどう思われるかなど気にせず)公開することで、次のサインが示される」というように捉える事も出来るだろう。

この「円卓会議」の精神を実践する場として生み出したのが、FBの《「13の月の暦」水晶の円卓』》グループである。そして、その精神の背景には「13の月の暦に替える平和の運動」がある。それはまさに、地球上の全ての生命体が自然環境と共に再生できるかを模索する「The Twelve」の動きと、全く同じ方向性のものだと言えよう。時代は今、極めて危機的な状況にあるが、同時に、人類の方向性を大きく転換できる最後のチャンスを迎えているようにも思える。この記事を目にした方は、おそらく、その転換に関わるメンバーの一人だ。何ができるかを自ら考え、自ら行う円卓の騎士として。

(*)横浜で水晶の円卓を開いたKIN25(12・蛇)と、青木先生の草堂寺掲額記念&財団からコンタクト日であるKIN155(12・鷲)は、KINが130離れた反対のパートーナーという関係になっている。

滋賀(志賀)ー 高島 ー 安曇の活性化

2017年05月19日 03:06

スペクトルの月17日(G5/18)KIN255 青い銀河の鷲

中学時代の同級生で、部活も同じで、誕生日(磁気の月18日&KIN241)まで全く同じ人物が居る。その平井俊旭君(以下トシ:中学時代の呼び名)からFBを通じて連絡があったのはG4/15(KIN222)。数年前に学年全体の同窓会があった時に顔を合わせて以来なので、かれこれ5年ぶり位だろうか。確か当時は、スープストックトーキョーの仕事をしていたはずだが、メッセージには「今は滋賀県の高島市っていうところに住んでいて、行政の仕事を受けて地域の活性化のような仕事をしてます」とあった。

それで改めてプロフィールを見ると、「雨上株式會社」社長となっている。いつの間に!と思ったが、おそらく今の仕事と関係があるのだろう。連絡のきっかけは水に関する事だったようで、しばしメッセージのやり取りをして、「まあ、近いうちに会おう」という流れになった。ところで、高島市ってどの辺りなのだろう?と気になって調べると、琵琶湖の西岸北寄りのかなり広いエリアである事が分かった。地図を拡大してみて驚いたのは、市の中心部に流れている川の名が安曇川だった事。

今年の春分(KIN196)とその翌日の2日間、安曇族発祥の地とも言える志賀島で過ごして来たばかりのタイミングに、それも、「スピリットを伝える」13日間(風のウェイブスペル)の初日に、水をきっかけに連絡が来るとは面白過ぎる。しかも、この日は剣武の奉納演武をさせて頂いた志賀海神社で「山誉種蒔漁猟祭」が行われていた日。志賀島の小崎亜久理さん(KIN219)が「時のからだ塾」MLで知らせて下さったのだが、このお祭りの中で、古来「君が代」が神楽歌として歌われ続けて来たのである。

更なる驚きは、お祭りが行われるG4/15(惑星の月12日)のサイ時間が、常に権禰宜の平澤憲子さん(KIN193)の誕生KINに対応するという事。加えて、G4/15は「13の月の暦に替える平和の運動」に強い影響を与えた「レーリヒ条約」(文化財保全を目的とした初期の国際条約)が調印された日でもあるのだ!

翌日、トシから「FBで君が代の書を見たけど、あれは最高だね!スゲー!」とコメントがあった。まさにその書こそ、志賀海神社に蘭禅が奉納した作品なのだが、その経緯については【「君が代」発祥の地・志賀島へ】にまとめてあるので、そちらを参照いただければと思う。

志賀海神社3 ★蘭禅による奉納書「君が代」

その9日後のKIN231(G4/24)は、蘭禅の79回目の銀河の誕生日とレオナルド・ダ・ヴィンチの565回目の誕生日、さらにレーリヒのKIN204(サイ時間)が重なるスペシャルな日で、私達は所用で自由が丘に居た。途中、メガネドラッグで眼鏡を洗わせてもらっていると、「おばら!」と見知らぬ(ように見えた)男性から声をかけられた。何と、中学の同級生K君だった!彼とも前の同窓会以来だから、やはり5年ぶり位。よくもこんな所で私を見つけられたものだ。

タイミング的にも面白かったので誕生日を確認しておくと、3/19(KIN200)との事。その日だったかその前日だったかにプリンスの319という曲を久しぶりに聞いていただけに、これまたビックリだったが、今年の3/19はKIN195で、ちょうど出雲大社(杵築東195)で剣武の奉納演武をさせて頂いた日(KIN195)からぴったり260日後という関係になっていた。そして、私達はその日、ANA241便で福岡入りしているのである。

この流れの発端は、2年前の誕生日(2015.8.12)にあると私は感じている。何故なら、私はその日からKIN131(1・猿)の道筋に入り、その4日後に志賀島(&安曇族)と繋がるきっかけとなった人物・亜久理さんと出会っているからである。誕生日当日の事をまとめた「鎌倉みちのく魔術紀行」シリーズの第6話「四重虹」には、以下のような記述もある。

”『ドリームスペル(13の月の暦)』旅程盤に由来を持つ反時計回り(ネジを緩める方向)のウェイブスペルの動きは、「偽りの時間」(12か月の暦)が生じたとされる約5125年前から現在までの時間を、解放(浄化)しながら再構築するプロセスを示してもいる。今回の日帰り紀行は、それを個人史に応用したもので、江島神社鶴岡八幡宮→横須賀線上り(帰路)という地理的な反時計回りと、高校→中学→小学校という時間的逆行とをシンクロさせ、その時々に混入した(無自覚な)12:60的影響を解放するという試みでもあった。”

亜久理さんと出会ったのはハーモニック・コンバージェンス28周年当日のG8/16(KIN135)。その日行った暦クラスのメモには、「福岡から一番乗りでやって来られて日帰り」「例題に立候補:KIN219、月の月18日(G9/9)」とある。上記「四重虹」に詳しく書いてあるが、自分の誕生日から28(4×7)日後の亜久理さんの誕生日(G9/9)に、4重の虹(7色)が出たのには、流石に驚いた。

四重虹1 ★玉川高島屋のデッキより

その後、2016年5月に石川県羽咋郡志賀町(後に志賀島との関係を知る)で剣武の合宿があり、7月に出雲大社で奉納演武。この時、津和野方面も巡った事は【石州和紙を通じて剣武創始の時空に出会う】に記した通りである。結局、トシとはG5/9(KIN246)に自由が丘で会う事になったのだが、その5日前のKIN241(G5/4)に彼が居たのは、何と津和野であった。そして、互いの近況を話す中で、私が初めて知ったのは以下のような事だった。

・トシが現在住んでいるのは高島市安曇川(あどがわ)という所であること
・鎌倉-高島-出雲は、一直線上にあること
ホツマツタエの完全版は高島市で発見されていること
・第26代継体天皇の生誕地は現在の高島市であること
雨上株式會社という社名は水の循環になぞらえてあらゆる循環を象徴していること

最後の点は、『霊性のアート』で提示した「球状精神宇宙モデル」のイメージとも重なるところがあり、生年月日が同じで、同じタイミングに同じ学校で少年期を過ごすと、ある程度被るところも出てくるものなのか、と思わず感心してしまった(私は誕生日で運命が決まるとは思っていない立場なので)。

他にも、これまでの経緯や今の仕事について細かく話してくれたのだが、後からそれらがほぼそのまんま分かり易くまとめられている記事を見つけたので、是非、こちらのリンク(colocal)も見て頂ければと思う。そこには高島屋のルーツが高島にあるらしい事も書かれていて、毎日のように玉川高島屋にお世話になっている私としては、またまた驚かされたのだった。

3日後のKIN249(G5/12)、Sさん(KIN159)がウォーターセラピーに来られ、セッション中に滋賀の事を話題にされた。建築家のご子息が仕事の関係でここのところ割と頻繁に滋賀に通っている事、ご主人のご実家も滋賀にあること、さらに継体天皇が滋賀の出身だという話までされるので、私はすっかり驚いてしまった。私の方から話題を振った訳ではなかった上、15年以上つき合いのあるSさんから初めて聞く事ばかりだったからである。

さらに、ご本人が安曇野出身という事まで耳にしたら、流石に志賀島や安曇族の話をせずにはいられない。『宇宙の暦は13ヵ月・新装版』を出して下さっているプレアデス出版さんが安曇野にある事や、3日前に知ったばかりの滋賀県高島と継体天皇の関係、志賀海神社での奉納の事などひと通りお伝えした。すると、一時期神道の勉強もされていたとかで、穂高神社と安曇族の関係ばかりか、志賀海神社の平澤憲子さんのお兄様(他界された宮司さん)のお顔までご存知だという(直接会われている訳ではない模様)。

それだけではない、Sさんの来所時に、蘭禅はその志賀島に住む亜久理さんと書のスカイプレッスンをしていたのである。Sさんの来所はほぼ3ヶ月ぶりだったし、亜久理さんのレッスンはもともとは違う日時だったのが、諸事情でSさんの来所に被る形になってしまったもので、全くの偶然であった。しかし、以下の事実は、それが実は偶然ではなかったのかもしれない事を示唆している。

私達が玉川高島屋のデッキから四重虹を見たのは、2015.9.9(KIN159)。つまり、志賀島に住む亜久理さんの365日暦の誕生日G9/9と、安曇野出身のSさんの260日暦の誕生KINが重なった日だったのである!4重虹で結びつけられた日付同士の繋がりが、今度は実在の人物同士のシンクロとして再現されたのである。こうしたシンクロは、やはり何度体験しても驚きに満ちているし、不思議だ。

トシとは、古代における日本海側の交易、特に糸魚川翡翠が広い範囲で流通していた事も話題にしていたので、この時、Sさんがまさにその「糸魚川翡翠」のペンダントをされていた事も偶然とは思えなかった。この流れからすると、いずれ継体天皇生誕地の高島も訪れる事になりそうである。

翌日のKIN250(G5/13)、「時のからだ塾」MLに八王子の関野さん(KIN75)が「2016.9.24(KIN19)に日本の国石が糸魚川の翡翠に決定したと日本鉱物科学会が発表した」と書かれていて、その事実を知らなかった私は、まず単純にその事に驚き、そして、今のタイミングでこの情報を知った事に更に驚いた。

さらに翌日のKIN251(G5/14)、剣武天真流の本部稽古に、少し前まで糸魚川に住んでおられ、今は八王子在住のS師範が参加されていた。一連の流れもあったので、糸魚川翡翠について聞いてみると、「確かに駅とかに国石になったというポスターとかありました」とか「糸魚川では昔、それほど価値があると思っておらず漬物石とかにヒスイ原石を使っていたそうです」という話を聞く事が出来た。

これだけ綺麗な文脈で翡翠や安曇や高島が繋がって来ると、古代の時空間が、このタイミングでまとまって浮上して来ているようにも思えて来る。この物語には多くの人々が関わっているが、特に鍵となる人物を挙げるとすれば、やはり小崎亜久理さん(KIN219)と言う事になるのではないだろうか。志賀島出身というだけでなく、「青いスペクトルの嵐の年」はそのKIN219から始まっていて、その一年の中で、一気に話が加速しているからである。

12:60的な(時計時間を主体とする)発想では、もう日付を跨いでしまった事になるが、私的には眠りに就くまでは前日の流れの中にいる感覚なので、サイ時間単位がKIN219の今日中に何とかこのブログをまとめられて、少しホッとしている。この先の展開も、きっと予想を超えたものになるのだろうが、思い切り楽しんで行きたいと思う。

大本を辿るー浅野正恭と井上鑑昭

2017年05月17日 01:14

スペクトルの月15日(G5/16)KIN253 赤い律動の空歩く者(by D)

日々シンクロ状態にあると、話の端緒がどこにあったのかがよく分からなくなってしまうのだが、今回の話は、ちょうど52日前のKIN200(G3/24)にきっかけがあったように思う。その日は「太陽の月18日」で、9/18とも表記できる事からG9/18生まれの母とのシンクロに気付き、そこから祖父母の誕生KINが気になり出した。

時々思い出しては感謝の気持を送ってはいるものの、4人とも他界して久しく、子供の頃によくお祝いの手紙を書いていたはずの誕生日も全く思い出せない始末。さすがにそれはマズイと母に電話で確認し、全員の誕生キンを調べてみる事にした。そうしたくなったのは、この日がパカル王の生誕1414周年記念日に当たっていた事とも無関係ではないと思う。

もともと『13の月の暦』はパカル王と密接な関係があり、自分の毎月の誕生日(18日)とパカル王の毎月の誕生日が同じだった事を、初めてはっきり意識しただけでなく、サイ時間もKIN180(18×10)で、18(鏡のコード番号)と深く関係している事が分かったからである。さて、肝心の祖父母の誕生キンは以下の通り。

母方の祖父が1905.10.26のKIN96、祖母が1909.2.10のKIN258。その合計354は太陰暦の1年。父方の祖父が1894.5.22のKIN84、祖母が1902.10.27のKIN42。合計の126は拙著を3冊も担当して下さった編集者の天野さんの誕生KIN。そして4人の合計は480。自分が48才(3・竜の道筋)になる少し前のタイミングでこの事に初めて気付くのは、今が相応しい時だという事だろう。

9日後のKIN209(G4/2)から始まった会員制の新クラス「時のからだ塾」は、6名(私達含め8名)のメンバーで出航。流石に最先端クラスに即座に反応した方々だけあって、初回から強烈なシンクロ場が生み出され、会員専用メーリングリストでは、その後も加速度的な情報共有がなされている(話は飛ぶが、その翌日『陸軍中野学校 竜三号指令』というDVDを観ていることを自分の為にメモ)。

初回は、全ての土台をおさえておく意味で「世界観・死生観」を大まかなテーマとしたが、自分のルーツである祖父母を辿った経緯もあって、2回目は「本質やルーツ」をテーマにしようとボンヤリ考えていた。すると、第2回目の9日前に当たるKIN235(G4/28)に伊豆熱川で行われた剣武天真流師範合宿で、青木宗家が「思想においても型においても、それがどこから来ているのか、ソース(源)を明確にすることはとても大切である」というような事を話された。

形に現れる前の意識(心)、天真思想など、多面的な要素を含んでのお話だったが、そこには井上鑑昭先生(新英体道)→江上茂先生(空手道)→青木宏之先生(天真体道)という「流れるような柔らかい動き」の系譜についての話も含まれていた。ちなみに熱川では、青木先生を「世界の12人のマスター」の一人に選んだル・シエル財団による記録映画用の撮影も行われたのだが、前後の関係もあるので、それについてはまた機会を改めて報告したいと思う(これまた驚きに満ちた大変不思議な話である)。

ヴィジョンのウェイブスペル(13日間)初日(KIN235)のこの影響力が、GWの間も今も響いていることを、以下に記して行こう。自分の67回目の銀河の誕生日(KIN241)とシンクロした「みどりの日(G5/4)」に開催した「銀河のマヤ時間フェスティバル」に、私が生まれた茨城県(しかも小原という場所)から参加された方がKIN235で、今の道筋がKIN180(祖父母のキンを調べたパカル王誕生日のサイ時間)だったのも、今、振り返ると強烈なサインである。

翌日の「こどもの日」は、友人の増田博一&オラヌご夫妻(KIN118&KIN18の鏡夫妻)の新居にお招きいただき初訪問。縁側のある純日本家屋で、オランちゃんの絶品料理と、滅多に出会えないという志賀高原南山麓・小布施ワイナリーの「Numero SIX」という日本酒でもてなして下さった。その後、地下迷宮として有名な「田谷の洞窟」(瑜伽洞)に初入場。さらに鎌倉景正を祀った田谷御霊神社(13社に分霊された一つだとか)、「九つ井」のガラス陶芸工房とご近所を散歩。

「九つ井」は数少ない支店が二子玉川にもあって不思議なシンクロを感じるお店なのだが、実はもっと不思議なのが、増田さんのお宅の言われ。引っ越しが決まった時、大家さんから「ここは戦艦朝日の艦長を務め、心霊研究でも有名だった方が作って晩年を過ごした家なのよ」と聞かされたらしい。その後、住人が入れ替わり、ちょうど空いたところを増田夫妻が見つけたという事なのだが、どうもその人物に該当するのは、大本教に深く関わった浅野和三郎の兄・浅野正恭海軍中将らしいとの事。

もしそうなら、大変興味深いシンクロである。何しろ新英体道の井上先生も合気道の植芝先生も大本教とは切ってもきれない関係にあるからだ。天真体道の道友である増田さんが、全く予期しない形でそんな特別な縁のある人物の家に引っ越す事になるなんて、それだけで大いなる驚きだったが、「そうらしい」の状態から「はっきりそうだ」と確認できたのは、G1/21(KIN138=8・鏡)の引っ越し当日前後で、私達がそれを増田夫妻から聞いたのは、G1/26(KIN143)にシバカリーワラで引っ越し祝いをした時だった。

合気本 ★お借りしている資料(青木先生のお名前も見られる)

KIN143は、後に井上先生の資料を貸して下さる事になる「時のからだ塾」の近藤さんの誕生キンで、浅野正恭氏は1868年1/22に茨城県で生まれている。つまり、増田夫妻は、浅野氏の生誕149周年の1日前に、その家に引っ越したのである。しかも住所は1490。さらに、私がパレンケの「碑銘の神殿」の石室を訪れたのは「赤い律動の月(KIN149)の年」のKIN149(G4/12)であり、増田さんは、そこから18年後の1日前に当たるG4/11の満月に、その石室が発見された日付であるKIN218(10・鏡)の道筋に入ったばかり。

やはりこの出来事はパカル王と切り離して考える事は出来ないようだ。瑜伽洞(田谷の洞窟)には私と増田さんで入ったのだが、ある意味、パカル王の墓室と同じ意味合いの地下世界を巡った事になる。マヤでは「9」が地下世界を示す数なのだが、「九つ井」のギャラリーは洞窟近くの見晴らしの良い丘の上にあるのが面白い。あるいは、この丘全体が「碑銘の神殿」で、洞窟が異界への通路としての「墓室」に対応するのかもしれない。

ギャラリーからの坂道を下る途中、ちょうど大家さんが通りに出てきて、私を見るなり「ご兄弟?」と聞かれた。地元情報誌に写真入りで登場していた増田さんを目にした私の母が自分の息子と勘違いした位だから、やはりどこか似ているのだろう。初訪問で思いがけず浅野正恭氏の姪に当たる方にも会えてしまった事で(数秒ズレてたらお会いできなかっただろう)、何だか増田さんのお宅(あるいは浅野氏)のスピリットから「この情報をしっかり受け取るように」と言われた気がした。

増田家 ★増田邸にて

その後も、試作の新しい器を見せてもらったり、新技のタロットを披露してもらったりしながら、異次元的な時間が流れるそのお宅で楽しく過ごしたが、この強烈なシンクロは、きっと新しく始まった「増田アーツ&クラフツ」の活動にも、見えない領域から影響を与えるのではないかと思う。今後の展開に注目したい(タロットは「洞窟の父」という活動名が良いと皆で盛り上がった)。

連休最後のG5/7(KIN244)に行われた「時のからだ塾」では、「ルーツを辿る(本質を見る)」のテーマにシンクロして、橋本さん(KIN26)が、お母様やご祖母様の満州引き上げ体験とその後のご苦労を記した『手のひらの記憶』(ペンネームで執筆)をプレゼントして下さった。私の母(そして祖父母)も満州引き上げを体験しているので、色々と重なる記憶を見る思いがしたが、発刊日のKIN84(6・種)は、父方の祖父の誕生KINにシンクロしていた。

青木先生の114回目の銀河の誕生日(KIN245)の翌日、つまりKIN246(G5/9)に、先生が私のブログをFBで紹介して下さっているのを発見。先生の傘寿のお祝いに関する記事を引用して下さっていたのだが、これにはFBも驚いたのか、直後に接続出来なくなり15分ほどサーバがダウンするという珍しい現象が起きた。しかし、この日はさらに驚きが続いた。「時のからだ塾ML」で、生まれるずっと前に、植芝盛平先生のご著書に影響を受けて名前を決めていたというご長男がKIN246である事を、近藤さん(KIN143)がシェアされたのだ。

さらに、最初に合気道を習ったのが、井上先生の親英体道の流れを組む道場で、その後、武術関連の資料の殆どを処分された中、井上先生関連の資料だけは残してあるという事で、以下のようなかなり細かい情報を教えて下さったのである。『井上鑑昭と新英体道』のVIDEO(上下巻共に42分、42×2=84)、井上先生のインタビューが出ている『開祖を語る13人の弟子たち』(初版 平成7年12月20日=KIN241)、『合気ニュース(127号)』井上鑑昭先生特集(青木先生もインタビューされていて江上先生の事も述べられている)。

奇しくもその日は『13の月の暦』の42週目の初日で、先述の通りKIN42は父方の祖母、KIN84は祖父という関係。そこから突然思い出しのは、その祖母から小さいお守りをもらってお財布に入れていた時期があり(学生の頃まで)、ずっと後になってそれが「大本」のお守りだったのを知った事。祖母と大本との繋がりは不明で、今後、調べてみたいテーマのひとつだが、伯父が海軍だったので、もしかしたらその辺りからの縁なのかもしれない。

4日後のKIN250(G5/13)、その近藤さんが天真体道瞑想クラスに参加された折、上記一式を持って来て貸して下さった。帰宅後、最初にパラパラめくった『合気ニュース(127号)』P13の「皇武館道場開き」という写真のキャプションに、私は一人興奮せずにはいられなかった。「前列中央に盛平翁 その右 浅野正恭中将 …後方に立っているのが、井上師」。まさに役者が揃った1枚だったのだ。さらに同ページにある以下の文章にも注目したい。

”綾部の熱心な信者に浅野正恭中将おり、彼は竹下勇大将の後輩だった。ちなみに正恭は浅野和三郎の兄である。和三郎は有名な心霊学者であり、一時期大本に非常な影響力をふるっていた。正恭は盛平と大東流のことを竹下に話した。自身も武道をかなり長く熱心に稽古していた竹下は、わざわざ大東流の稽古を見るために綾部におもむいた。このことがあって、盛平と要一郎(注:井上先生のこと)は、竹下の招きにより上京し、実業家、政治家、軍人、学者など、上層階級の人たちに教授することになった。”

つまり、この文からは、今、増田夫妻の住んでいる家を建て、おそらくそこで他界された浅野正恭氏こそが、植芝先生や井上先生を政財界の中枢に紹介する最初のきっかけを作った方だった、と読み取れるのである。そして、井上先生の柔らかく流れるような動きが、江上先生、青木先生と伝わり、今、まさに青木先生から直々にその動きのエッセンスを教えて頂いているのだから、何とも信じられないような展開である。

KIN246は、剣武天真流の吉田倫子本部正師範の誕生KINでもあり、その日に、「時のからだ塾」の6名の塾生の一人である近藤さんから『開祖を語る13人の弟子たち』(発刊日がKIN241)の情報も教えてもらった訳だが、翌KIN247に、私は初めて銀座SIX(13階建て241ブランド)に立ち寄っている。6と13と241。同書のP241は、植芝先生の笑顔の写真。『合気ニュース(127号)』のP6には井上先生のカラー写真、同P13にはその二人と浅野正恭氏が一枚に写っている写真。何とも縁起が良いシンクロである。

この話はこれから先も続いて行く物語の一面だと思うが、まずはここでひと区切りつけておこう。最後に『時間の法則の20の銘板』の見方では、先月「惑星の月」が剣武の稽古を始めた日付KIN257と、今月「スペクトルの月」は母方の祖母のKIN258と対応していることをメモ。そして、KIN260に対応する今年の「宇宙の月」で、1997年から始まった20年間の大きな区切りが終わり、「黄色い水晶の種の年」の「磁気の月」から、全く新しい20年が始まる事になるのである(これについての詳しい根拠は明日神楽坂のクラスでシェアする)。

本当は、井上先生の37日前に生まれた父方の祖母のKIN42とシンクロする42週目のうちにUPするつもりでいたが、あまりに話が入り組んでいて長くなり、丸1日予定がズレこんでしまった。しかし、この二日間は「時のからだ塾」の橋本さんのお姉様のカレンダーラウンドと、同じく塾生のL.Hさんのカレンダーラウンド(本日)が続くという、塾長の私にとっては特別な二日間でもあったので、お祝いの気持ちも込めて、このブログをまとめさせて頂いた。

ダ・ヴィンチのゴールドエクスペリエンス

2017年04月25日 00:36

惑星の月21日(G4/24)KIN231 青い惑星の猿(by D)

今日は『13の月の暦』で1年(52週間)の3/4に当たる39週目(第3四半期)が完了する日。この見方が習慣になったのは、1997~2013の16年間、ツォルキンと易を結びつけてDNAとヌースフィアを再活性化させるツール『時間の法則の20の銘板』をプレイしてから。GWの【銀河のマヤ時間フェスティバル】で久々に取り上げるので、関心のある方は実物(ホゼ手書きのカラーコピーも一部公開予定)に触れられるこの機会をご活用いただければと思う。

さて、今日は「惑星の月」の「青い惑星の猿(KIN231)」ということで「銀河の音」が重なる「魔術の亀の日」でもあった。さらに、L(KIN231)の79回目の銀河の誕生日とレオナルド・ダ・ヴィンチの565回目の誕生日がシンクロするというスペシャルデイ!

ダ・ヴィンチの誕生日がLのKINとシンクロするのは52年に一回だから、ひとつ前の同期には『13の月の暦』がこの世に存在していなかったし、52年後は違う次元に飛んでる可能性が高いから、おそらくは生涯1回きりの出来事。当然、79回目の誕生日との同期、というのは完全に1度きりである。

「青いスペクトルの嵐の年」最初の記事【パレンケとダ・ヴィンチが「青いスペクトルの嵐」を呼ぶ】の最後にメモを残した通り、ダ・ヴィンチの生涯は、ユリウス暦をグレゴリオ暦に変換して計算すると、以下のようになる。
生年:1452年4月24日、KIN186(4・世界の橋渡し)
没年:1519年5月12日、KIN219(11・嵐)

本屋 
上記の本屋の写真は、ちょうど231日前にフィレンツェを発つ日の朝、宿泊先の目の前で何となく撮影したもので、帰国後、色々と調べる中で、ダ・ヴィンチが住んでいたまさにその場所だと判明したところ。

79.jpg 
その前日(KIN259)、つまり232日前に訪れたウフィツィ美術館では、No79の部屋にダ・ヴィンチの絵(受胎告知など)が集められていた。まさか、今日という日に、こんな形でこの数字が響いてくるとは思わなかった。おまけに、565-232=333 という関係も発見。

KIN259(G9/4)のサイ時間はKIN26で、美術館を訪れた時のLの「運命の道筋」と一致していた。その日、4日前に訪れたばかりのヴァチカンでは、マザーテレサが聖人に列せられる式典が行われていたのだが、翌日、つまり本屋(=ダ・ヴィンチが住んでいた場所)の写真を撮った日は、マザーの死後19年に当っていた。79も219も259も「青い嵐」に置き換えられる数だが、「嵐」の紋章コードNoは19である。

そう言えば、今日から4日前に『レオナルド・ダ・ヴィンチ 美と知の迷宮』という映画を見た。そこから1銀河スピン+1週間前、つまり「青いスペクトルの嵐の年」の2日目KIN220に『レオナルド・ダ・ヴィンチの謎』の著者による来日講演会を聞いた。先に挙げた【パレンケとダ・ヴィンチが「青いスペクトルの嵐」を呼ぶ】は、その翌日のKIN221に書いたものだったが、当時はまだ、それがミケランジェロの誕生キンだとは気づいていなかった(と思う)。

ダ・ヴィンチに関する新しい本を手に入れた日からぴったり5週間後に、彼が過ごした街フィレンツェを訪れ、ダ・ヴィンチに関する映画を観た日からぴったり5週間後に、再び同じ街を訪れる事になるとは、意識して行っている訳ではないだけに、不思議な(しかしある種の規則性がある)現象である。

不思議といえば、今日もまた、上記の発見以外に日常生活の中で驚きがあった。日中、諸用で自由が丘に行き、途中でメガネドラッグの超音波洗浄機を見つけた私は、喜々としてそれでメガネを洗浄をしていた。この装置、よく汚れが落ちるので重宝しているのだが、二子玉では見かけなくなって久しく、久々の再会を喜んでいたのだ。

使い終わって、「やっぱり綺麗になるなー」とLに向かって興奮気味に話していると、一人の中年男性がこっちを向きながら「オバラ!」と言っている。確かに私に向かって言っているのだが、誰だか分からず「確かに俺に向かって言ったよな…」と心の中で呟いていると、「◯◯だよ」と名乗るのとほぼ同時か少し前くらいに、あ!と分かった。何と中学時代の同級生K君であった。

この前後の感覚は非常に不思議で面白いものだったので、少しメモしておきたい。実は、メガネ店への道すがら、自由が丘で開業している医師のTさんの事を思い出していた。同じく中学の同級生だったTさんとは、何年か前の同窓会で顔を合わせていて(K君ともその時会っている)、自由が丘で開業した時に、気に入って購入してくれたLの書作品を納品に行った事があるのだ。

さらに、つい数日前、FBで面白い記事をUPしているのを見かけて「いいね」をしたばかりでもあった。だから、K君とばったり会う直前、頭の中では中学時代の記憶回路(ユスア)がある程度活性化していた状態にあったのである。それでも、一瞬、「誰だ?」と思ってしまったのは、思いがけない場所で全く予期していない人物に出会ったからだろう。

それにしても、K君はよく私だと分かったものだ。何よりそれが不思議で「どうして分かったの?」と聞いたら「変わってないから分かるよ」との事。まあ、数年前に一度会っているから、その時からはそんなに変わっていないかもしれないが(K君も変わっていなかったが)、それでも、同級生らしき人物を見つけて、パッと声をかけられるか?と問われると、あまり自信はない。とにかく、声をかけてくれたことで、今日がさらに面白い日になったのだから、彼には感謝せねばなるまい。

彼はそのメガネ店に用事があったようで、店の前で少し立ち話をして別れたのだが、その直前、気になって誕生日を聞いてみたら、G3/19で誕生KINはKIN200(5・太陽)であった。3日前のプリンス(8・太陽)の命日に、『the gold experience』というアルバムの中の319という曲を耳にしていたので、これもちょっとした驚きであった。

上記の通り、今年(青いスペクトルの嵐の年)はイタリアの風が吹き続けているが、ジョジョ第5部の舞台はイタリアで、主人公ジョルノのスタンドは、このアルバム名から取った「ゴールドエクスペリエンス」でもあるのだ。そして、319という曲は、そのアルバムの8曲目に収録されている(5と8の太陽はここにつながる)。

この驚きの再会の直後に見た車のナンバーは204で、今日のサイ時間、そしてニコライ・レーリヒとシンクロ。という訳で、第3四半期も驚きに満ちて終了とあいなった。明日から最後の13週間が始まるが、どう展開していくのかがまた楽しみになった。

春分・志賀島のワカメ体操

2017年04月01日 00:09

太陽の月25日(G3/31)KIN207 青い水晶の手(by D)

春分の朝、潮騒で目覚めて窓辺に近付くと、すぐ目の前が海で、岩場に海鳥たちが佇んでいるのが見えた。1階に降り、同じ「満帆荘」に宿泊した鹿児島のMさんと、3人横並びで絶景を眺めつつ朝食を頂く。地元産の旬の食材はどれも滋味に溢れ、特に女将さんがこの島で育てているという古代赤米と、目の前の海岸で取れるワカメのお味噌汁は、あまりの美味しさに普段朝食をとらない私が思わずおかわりをしてしまったほど。
わかめ ★今が旬のワカメ

セミナー会場はすぐお隣なのだが、開始までにまだ時間があったので、1800年ほど前まではそこに志賀海神社があったとされる勝馬小学校の方を巡って海岸に出てみる事にした。今年初のウグイスの声を聴きながら道を進むと、勝馬宮と書かれた鳥居が現れ、こんもりとした小山に続く魅惑的なスロープが見えて来た。沖縄のウタキのような雰囲気もあるこの森からは、7世紀の古墳も発見されているらしい。
鳥居 ★勝馬宮(仲津宮)鳥居

小山のほぼ頂上部に仲津宮の社が建てられていて、その側にある木には紙垂の付いた木片が3本縛り付けられている。シャーマニックな雰囲気に満ちたそのエリアから、トンネル状に生えた樹々の間を抜けて海側に下ると、出口付近で強い潮の香りが漂って来た。海辺に出ると、ほぼ正面に沖津島があり、天御中主神が祀られているという沖津宮の鳥居が見えたので、そこで天真五相を行ってから会場に向かった。
umidori.jpg 

会場の「喜多乃家」さんは、ふたば幼稚園のスタッフでもある北本さんがご家族とされている「海の家」。これまた絶景の広々とした空間で、小崎先生が迎えて下さった。30名余りの参加者のうち、1/3以上が幼稚園スタッフの方々という事もあってか、既に場が出来上がっている。午前中は「13の月の暦」について。2日連続で参加して下さっている方には、重複してしまう所もあったが、2時間で要点をお伝えするとなると、やはり外せない所は自ずと決まってしまうもの。
kitanoya.jpg ★喜多乃家のオーシャンビュー

前日触れられなかった「運命の道筋」の例題に立候補して下さったNさんの誕生キンがKIN54(2・魔法使い)だったので、「人は時間の代表者(窓口)」(Nさんの自由意志を通じつつKIN54という時間が他の日付より強く主張して来た)というドリームスペル的発想で、最近のKIN54を調べると、2016.10.29。何と私達が渋谷で「時の魔法・ドリームスペル展」を開催した日だった。

実は、今回の主催者である高木さん(KIN203)と、様々な面でサポートして下さったシャンバラ教室生の小崎亜久理さん(KIN219=今年1年)は、その時、わざわざ九州から渋谷の会場に来て下さっただけでなく、それぞれ私達の書作品を入手して下さってもいるのだ。前夜、宿に行く途中に小崎さんのお宅に立ち寄らせて頂いた折、綺麗に額装された「嵐」と「魔法使い」を目にしていた私は、「青い嵐の年」の「白い魔法使いの日」という、まさにその書とシンクロする方が、例題のためにいち早く挙手された事を、驚きをもって受けとめていた。
魔法書 ★魔法使いさんの家にて

それだけでなく、亜久理さんと高木さんが共同で入手して下さった蘭禅の連作「銀河の七方向への祈り」を、高木さんが車で持参して下さっていた事にも驚かされた。時間的余裕が無く、それを広げる機会を逸したまま講座を終了してしまったのは申し訳なかったが、Nさんが立候補された事も含め、全てが美しく繋がっていた事をここに記しておきたい。

広島ゼロポイント(原爆投下日=KIN55)から100銀河スピン(26,000キン)目のKIN55(3・鷲)が、渋谷での「ドリームスペル展」。その100日後のKIN155(G2/7)に、当ブログで今回のイベントをアナウンスし、そのさらに40日後のKIN195が、前日の福岡天神でのクラスだったのである。Nさんが2日間だけ開催された「ドリームスペル展」の初日とシンクロしていた事は、この流れと決して無関係ではないのだ。

今回は、『マヤのリズム』のカバー絵を描いて下さったみよこみよこさんも、遠路、延岡から参加して下さったのだが、その絵はまさに「春分のチチェン・イツァ」をデザイン化したものなので、本書を入手された方には、みよこさんと私が記念サインをさせて頂いた。『時空のサーファー』を発刊日当日に手に入れた事から全てが始まった私の実体験からすると、この日『マヤのリズム』を手にした方には、これからとても面白い事が起こり続けるだろう。

流石に「食」を意識している幼稚園の方々が用意して下さっただけあって、ランチのお弁当も素晴しく美味しく、素材もバランスもよく配慮されたものだった。食事の時に同席させて頂いた方が、おそらく参加者の中で最も古代史に詳しい方だった(後で福岡の古代遺跡について聞いた時の反応から)のも面白いシンクロ。

午後の「天真体道クラス」は、お天気が良ければ海岸でやろうと思っていたのだが、あいにく雨だったのと、食後すぐに動くのも無理があると感じ、前半30分ほどは、青木先生が「世界の12賢人」に選ばれたことや、その背景となった天真体道の目的は「心身の力みを抜き切り、天地人々と融和する事」というようなお話をさせて頂き、少しお腹がおちついた頃を見計らって準備運動(天真柔操)を始めた。
sinwa.jpg ★親和体操(写真は高木さんより)

全く初めての方が殆どだったので、背中合わせで行う親和体操や、発声しながらの動きなども新鮮だったようだが、一番リアクションがあったのはワカメ体操だった。というのも、志賀島では今がまさにワカメシーズンの始まりで、後に小崎先生からふたば幼稚園のワカメ部長に任命された北本さんなどは「志賀島用にアレンジしてそういう呼び方をされていたのかと思った」と、ワカメが名産の島の方ならではの感想を伝えて下さった。

最後の「春分の円卓クラス」は、『13の月の暦』において「協力を捧げ」「共有する」ことの重要性をお伝えし、実際にそれを試みるためのものだったが、結局、今回のイベントに関わる数々のシンクロを私がシェアしているうちに半分以上の時間が過ぎてしまった。以下にその一部をメモしておくが、最終的には参加者の皆様からも質問やシェアが出始めて、ある程度このクラスでやろうとしてた事は達せられたように思う。

・2015.9.9(KIN159)重陽に二子玉川で「四重の虹」が見られた。後に亜久理さん(KIN219)の太陽暦誕生日だったと知る。その260日後2016.5.27は「オバマ大統領広島訪問」で、さらにその260日後の満月2017.2.11建国記念日(ヴァチカン誕生88年)、河口浅間神社で剣武奉納演武。
・「金印」が文化財保護法で国宝に指定されたのは1954.3.20(KIN81→9×9)。この日のぴったり63年前。KIN63はKIN219から始まった「青いスペクトルの嵐の年」の「時間外した日」に当たる。
・『6歳までにかしこい脳をつくる 奇跡の幼稚園メソッド』は「10魔法使いの年」の「6魔法いの日」発刊で、著者小崎孝子先生は「8魔法使い」=KIN34。この日が34週目の終わり。
・「庚寅銘大刀」(570年)と「四寅剣(陽気の極)」とマホメット。テレクトノンは「光の剣」。
・本宮ひろし『行雲流水〈徐福〉』に「海人の安曇族」。
・「剣・鏡・勾玉」の「三種の神器」が出ているのは「吉武高木遺跡」「平原遺跡」はじめ5つで、いずれも福岡市近圏。

ちょっと驚いたのは、地元の方ならご存知かと思った「吉武高木遺跡」や「平原遺跡」について、殆どの方が知らなかった事。学校教育で教えられていないとか、九州は古代遺跡が多過ぎて覚えられないという理由もあるようだが、かなり重要な発見が成されていても、様々な要素のフィルターがあって、世の中にはシンプルな事実すら、そのまま伝わっていない事を再認識した。

そもそも「13の月の暦」と「マヤ暦」という、簡単かつ明確にその違いが確認出来るものでさえ混同されているような状況では、学閥や皇室、国家が絡むような歴史分野で本質的情報に辿り着くのは、夢のまた夢という感じなのかもしれない。まだ調べが浅いので、あくまで参考情報としか言えないが、執筆者の立ち位置が(見える範囲では)自由で、過剰な妄想癖も諸団体との利害関係も無さそうな「日本古代史つれづれブログ」は、上記シンクロ発見の過程で知ったブログだが、とても勉強になったのでメモしておきたい。

終了後、幼稚園で書作品の設置作業(これについてはLが別途書く予定)を見守っていた小崎先生とLも合流し、「満帆荘」で懇親会が行われた。2日連続で参加して下さった方や幼稚園スタッフの方々と、美味しいお刺身や海の幸、山の幸を堪能しながら、1日を振りつつ楽しい時間を過ごさせて頂いた。主催の高木さんはじめ準備や片付け、会計などを手伝って下さった皆様に、この場をお借りして改めて御礼申し上げる次第である。

部屋に戻って、翌日の奉納演武の準備と荷造りを済ませ、PCでメールなどを確認している時だっただろうか。朝、女将さんが出掛けに「地震でここも被災し、以前の1/3の規模になりました」と言っていた事や、北本さんが日中一時抜け出していたのは「消防訓練のサイレンを鳴らしに行っていたから」という話が気になって、福岡県西方沖地震の事を調べてみると、何と12年前のその日、つまり2005.3.20(KIN236)だった事が判明。

まんま私の現在の「運命の道筋」ではないか!KIN236(2・戦士)を歩む私が、KIN236の春分に被災した志賀島(その中でも被害の大きかった地域)に、同じ春分のKIN196(1・戦士)にやって来て、暦や天真体道について伝えさせて頂いた事の意味は、何なのだろうか?「意味」を求める方のために、自分なりの見解を述べておくと、それは原爆投下(KIN55)に対するハーモニック・コンバージェンス(KIN55)と同じで、4次元の時間を通じて、場の記憶を調和(中和)させる事にあると言える。

そう決まっていると言っている訳ではなく、私ならそのように「見る」という事だ。そして、事は見たようになって行くというのを私はずっと体験し続けて来た。12年後の同日は、同じ「太陽の紋章」で「銀河の音」が「1」だけ減る、という法則にも改めて気付いて眠りについて数時間後、ズズズズズという振動で目が覚めた。スマホで速報を見ると、震度は1でマグニチュードも3程度と小さい地震だったが、何と震源は12年前と殆ど同じというピンポイントさ。

一体、この事実をどう受けとめたら良いのだろうか?と、こういうのが初めての方なら悩むかもしれない。しかし、私は既に何度もこういう「あり得ないような時空のシンクロ」を体験して来ているので、これは、中和の象徴的現象なのだと自然に受けとめた。同時に、数時間後に奉納演武をする日程が「2・地球」で、サイ時間も「8・地球」と「大地(地球)」が関係する日である事は前から意識していたので、演武の時には大地を鎮める祈りも捧げよう、と思いながら再び眠りに就いたのだった。

この記事をまとめた今日(G3/31)は、『ドリームスペル』日本語版を伊勢の内宮神楽殿でホゼと共に奉納した日(12・風)からぴったり13年。そしてマヤ長期暦の完了ポイント2012年冬至(KIN207)からピッタリ6銀河スピンというタイミング。伊勢に奉納時のホゼ(KIN11)とステファニー(KIN185)の写真をツイッターとインスタにアップして気付いたが、二人のKINの合計196は、この春分志賀島の日付(KIN196)そのものだった事に、ここまで書いて来て気付いた。

東風吹かば にほひおこせよ 梅の花

2017年03月28日 01:32

太陽の月21日(G3/27)KIN203 青い銀河の夜(by D)

春分前後の4日間(3/19〜22)、私達は九州でとても豊かな時間を過ごして来た。前半2日間は、J.T高木さん(KIN203)主催の「天真体道」と「13の月の暦」のワークショップ、後半は志賀海神社で書と剣武の奉納、ふたば幼稚園での掲額式、そして別府国東巡りと、実に盛り沢山なスケジュールだったので、まずは前半から一つ一つ整理して行きたいと思う。

今回のイベントのきっかけが、1年前のG1/24にホゼ生誕77周年を記念して大阪で行ったクラスにあった事は「鷹と鷲の福岡天神&春分の志賀島」に書いた通りである。より詳しい背景は「天神さんと天迅さんの梅(前後編)」にまとめてあるが、それを再確認していて驚いたのは、ホゼ(KIN11)とロイディーン(KIN22)が大阪天満宮の天神祭に参加した2001年7月25日(KIN203)から、今日でぴったり22銀河スピンというタイミングだったのが判明した事。

やはり今回の九州行は、アグエイアス夫妻や菅原道真公も関与している何らかのミッションと関係があったようだ。出発の2週間余り前に、ある方がご自宅にあった道真公の真跡拓本のお軸を写真で送って下さり、その内容が太宰府に左遷された後に読まれた漢詩「自詠(みずからえいず)」だと判明したのも、大変興味深いシンクロだった。

ホゼの生誕77周年が、KIN241(ホゼの母エセル&私の誕生KIN)に対応するひと月(7番目の「共振の月」)の中心に巡って来ていた時点で、既にスユア(時空記憶回路)が開いていたのか、今回、羽田69番ゲート(62番から直前変更で7増えた)から乗り込んだのはANA241(7・竜)便。今の羽田-福岡路線に、わざわざこの数字が使われているのも偶然ではないのだろう。

富士山 

早朝の真っ赤な太陽と真っ白な富士山を見つつ福岡へ。大阪クラスの直前に大阪天満宮を参拝し、その翌日、北野天満宮で1番大吉のおみくじ(道真公11歳の詩とされる「月輝いて清雪のごとし」)を引いていた流れから、まずは太宰府天満宮を参拝することを決めていた。といっても、午後からのクラスに遅れる事は出来ないので、電車の接続が上手く行っても現地には30分余りしか居られない。

太宰府電車 

3連休中日の天満宮は既に多くの参拝客で賑わっており、本殿前には行列も出来ていた。菅公を追って飛んで来たという「飛梅」はほぼ咲き終わっている様子だったが、葉山御用邸から運ばれたという「皇后の梅」をはじめ満開の樹々も多く、境内には麗しい梅の香りが漂っていた。何気なく梅を撮った裏に「東風吹かば にほひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ」の碑があった事、そして、天満宮の住所が「7番1号(→7・竜)」だったのを知ったのは、今日(KIN203)になってからだった。

東風梅 ★この梅の樹の奥に道真公の「東風吹かば」の歌碑がある

また、以前(上記「中編」で)引用した「天神には神号の他に五つの名と姿があるといい、第五に九州の安楽寺に道真と称し十一面観音菩薩の化身になる」という下りの「安楽寺」とは、まさに太宰府天満宮の事で、創祀時は安楽寺天満宮と呼ばれていた事も、今日初めて知った。今回が初参拝だった太宰府には、ほんの僅かな時間しか滞在出来なかったが、きっと改めてゆっくりと訪れる機会があるに違いない。そう思える場所だった。

恒例のおみくじは、5番中吉で、Lは18番吉だった。上記「前編」ブログによると、大阪天満宮本殿の屋根の上には、5枚の花弁からなる「梅紋」が5つあり、その時は「のぞみ5号」で大阪に行っているので、やはり繋がっている。その後、天神に戻って地下街で軽食を済ませ、会場の「書斎りーぶる」(住所1-18)に向かった。地上に出ると、そこは10年以上前に天真体道(新体道)と暦のクラスを行ったアクロス福岡からすぐの場所だというのが分かった。

書店に併設されている会場に入り、部屋の奥の椅子に荷を降ろした時、いきなり目に飛び込んで来たのは、何と松田隆智先生の『謎の拳法を求めて』。思いがけない出会いだったが、著者の松田先生には数年前(他界される直前)に青木先生のご縁でお会いしており、目の前で寸勁を見せて下さった事が、懐かしく思い出された。パラパラ見ていたLが「素晴しい事が書いてあるから買って行こう」と言うので、四半世紀以上前に手に入れたものが実家の書庫にある事を伝えた。

いよいよ始まったクラスには、福岡だけでなく、長崎や佐賀、鹿児島からも参加者が集まって下さっていて、その熱心さにこちらも力が入ったが、大事なポイントはとてもシンプルで、そこさえブレていなければ、天真体道も「13の月の暦」も、自ら幾らでも深めて行けることをお伝えした。特に、暦に関しては既に知識のある方が多かったので、何が本質なのかに思い切り注力させて頂いた。

天真体道については、本来、新刊出版記念イベントの予定だったところ、諸事情で大幅にずれ込んでそれが叶わなかった事をお詫びしつつ、10月にNY国連ビルで行われる「12賢人会議」に、マスターの一人として青木先生が(ル・シエル財団に)選ばれた事や、それが『霊性のアート』に書いた「13人のグランマザー」とも関係している事をシェアし、新刊発刊の折には、また改めて機会を設ける事をお約束した。

終了後は、88-22ナンバーの車に乗せてもらって、のんちゃんという焼き鳥屋さんで懇親会。部屋が真っ白になるほどの煙にはビックリしたが、美味しい焼き鳥を堪能させて頂きつつ、参加者の皆さんと親交を深めた。翌日は午前中から志賀島でクラスを行う関係で、宿も翌日の会場隣にある「満帆荘」にして頂いた。その住所は「勝馬257-5」。

257というと、私の中では、伊豆熱川で初めて剣武天真流セミナーが行われた2009.7.19(KIN257)や、そこから520日後のKIN257(冬至)に三輪山の磐座に参拝した事、さらにその520日後に『銀河のマヤ、聖なる時の秘密』のための対談を江本所長と行った日として思い出されるのだが、4月下旬に行われる剣武天真流の合宿が、8年ぶりに再び伊豆熱川で行われる予定で、そこにル・シエル財団の方が来る予定になっているのも、偶然とは思えないのである。

何しろ、この日、G3/19(KIN195)のちょうど260日前には、出雲市大社町杵築東195にある出雲大社で、剣武天真流の奉納演武を、青木宗家&本部正師範で行っているのだ。つまり、時間的にも空間(257)的にも、この日は剣武と深く繋がっている日だったのである。志賀島から福岡市内まで、真っ赤な77-77ナンバーの車で迎えに来て下さったのは、『6歳までにかしこい脳をつくる 奇跡の幼稚園メソッド』の著者、ふたば幼稚園の小崎孝子園長先生。シャンバラ教室生の小崎亜久理さん(KIN219)のお母様だが、今回のイベントには、お二人にも様々な形でご協力頂き、大変お世話になった。

途中、かの有名な「金印(漢委奴国王印)」が発見された場所を通った時に、日中の暦クラスの時に、窓の外で81-81ナンバーの車が方向転換したのを目にした事を思い出した。何故なら、金印が文化財保護法で国宝に指定されたのは1954.3.20(KIN81)だからである。遅い時間に到着した上、人工的な灯りが殆どないので、外の様子はよく分からなかったが、「満帆荘」が海岸に面した宿である事は、波の音から分かった。

そして、案内された部屋は「東風(こち)」という名前だった。その時は、「東風吹かば にほひおこせよ 梅の花…」という道真公の詩の事は全く頭に無かったので、剣武天真流の受け技「東風波濤剣」の事しか思い浮かばなかったのだが、今日、このブログを書いた事で、この部屋の名前までもが、道真公(天神さま)と繋がっていた事を(ある種の驚きをもって)知ったのだった。

911テロから15年後の時空調律

2016年09月21日 21:38

電気の月2日(G9/21)KIN16 黄色い電気の戦士(by D)

『13の月の暦』のツォルキンで、最初のウェイブスペル(13日間)が完了するKIN13(G9/18)、私は大阪チャクラで天真体道瞑想と暦のクラスを行っていた。暦のクラスで例題に立候補して下さったのは、この日行われた全てのクラスに参加された唯一の方で、誕生キンはKIN63(11・夜)であった。

直近で巡って来るKIN63はG11/7で、その260日後は2017年のG7/25=「時間をはずした日」である。この日、私はのぞみ201号11号車7番で大阪入りしており、「時間をはずした日」は、チャクラのすぐ近くで天神祭が行われるタイミングである(*KIN201は『20の銘板』における「時間を外した月」にも対応する)。

『13の月の暦(ドリームスペル)』提唱者であるアグエイアス夫妻は、2001年の「時間をはずした日」(KIN203)に、その天神祭に参加した事があるので、大阪天満宮から至近距離にあるチャクラでのクラスで、次の天神祭に誕生キンが巡って来る方が例題に立候補された事には、多次元的な意味があると思われた。それは、次の事からも推察できる。

KIN63(11・夜)の方はG7/20生まれで、その目の前に座っていたのはKIN228(7・星)でG7/30生まれの方だったのだ。つまり、この2人は「時間をはずした日」を挟んで前後5日の関係にあり、「時間をはずした日」と地球家族の関係にあったのだ。また、それぞれの「銀河の音」は、11号車7番やG11/7ともシンクロしていた。

加えて、この日は私の「神秘のパートナー」(キン番号の合計が261になる関係)でもあるKIN20(7・太陽)の方も参加していて、それはちょうど「7・星」のガイドキンにもなっていた。そして、のぞみ201号にそのKIN20を加えたKIN221の方も、会場にはいらしたのだ。これらを、ただの数字遊びと見なすのは簡単である。事実、私は遊び感覚でこういうシンクロを発見している。

しかし、それは同時に、「暦を替える平和の運動」を意識している者とって、時空の調整作業、あるいはクリーニングのようなニュアンスも含んでいるのだ。例えば、アグエイアス夫妻が天神祭に参加したのは、15年前の「時間をはずした日」であり、その48日後にあの「911テロ」(KIN251)が起こっている(*「時間をはずした日」を1日目とすると49日目が911テロ)。

思えば、今回のチャクラでのイベント案内も、ブログの911番目の投稿記事だった。この事に気付くと、ここ最近、連発で体験していた15日ズレの現象も、ある種、伏線ようなものだったと理解できるのである。『13の月の暦』では、365日暦と260日暦が15年で15日ズレるという関係があるのだ。具体的に、最近の例を2つ示しておこう。

私が人体科学会の合宿に合わせて上田城を初めて訪問したのはKIN251(G8/27)。先に書いた通り、KIN251は、15年前に911テロがあった日付と同じだが、そこから15日後のKIN6(G9/11)、大河ドラマ『真田丸』では、上田城での合戦のシーンが放映された。911テロと直結する2つの日付、G9/11とKIN251の両方が「上田城」で結びつけられていた事に、私は強いサインを感じていた。

もう一つは、12:60システムの総本山とも言えるヴァチカンとの関係。KIN255(G8/31)、私達はサンピエトロ大聖堂の中で、ミケランジェロの傑作「ピエタ」に心奪われていた。そこから15日後のKIN10(G9/15)。『ジョジョの奇妙な冒険』の作者、荒木飛呂彦氏の79回目の銀河の誕生日に、第8部ジョジョリオン電子板の13巻を入手。何とその中に「ピエタ」と”全く同じポーズ”の吉良ホリーの姿が描かれていたのだ!15年前のG9/15は、911テロの4日後だから、もちろんKIN255である。
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こういう流れがあった上で、15年前の「時間をはずした日」に意識を向けさせるような出来事(KIN63の方に天神さんの近くで出会った)が生じたので、私は尚更911に注意を向けざるを得なくなったのである。それが、KIN14のアースダイビング(古い時代への地層へのダイブ)にも響く事になるのだが、その前に余談をひとつ。私の書の雅号は天迅(てんじん)で、実はチャクラにある「蔵」という額は天迅作である。

さて、KIN13(G9/18)は東京も大阪も雨の予報で、実際、チャクラで天真体道をやっている最中にかなり降って来て、それから夜までほぼずっと雨のようだったが、家から二子玉川駅までと、南森町駅からチャクラまで、そして夜にチャクラからホテルに向かうまでの間は、降っても霧雨程度で、結局傘を指す必要は一度も無かった。

KIN14は、恒例のシンクロ小旅行をと思っていたものの、台風接近で天気も更に崩れそうだし、特に行ってみたい場所も思いつかなかったので、今回はフィレンツェ繋がりで(京都と姉妹都市)、京都市役所前にあるというヴェロッキオのプッチーノ像(レプリカ)だけ確認して、後は、落ち着けるカフェにでも寄って早めに帰ろうと考えていた。

しかし、KIN13の朝「観音菩薩の化身とされるダライ・ラマ法王14世の誕生キンでもあるKIN14なら、西国三十三所観音霊場14番札所を訪れてみるのも良いかもしれない」と思いつき、調べてみると、大津の近くにある三井寺であることが判明。京都からもそう遠く無く、遅くならないうちに戻れそうだったので、その夜、ホテルに着いてから、三井寺天智天皇陵→京都市役所という大ざっぱな順路だけ考えて、眠りに就いた。

KIN14(G9/19)も予報は雨だったが、午後くらいまでは何とか持ちそうな気配だったので、まずJRで膳所駅まで行き、そこで京阪に乗り換えて三井寺駅へ行く事にした。新快速に乗った関係で大津のホームで一度降り、次の電車を待っていると「三井寺まで徒歩20分」という看板を発見。そんなに近いならと、膳所まで購入していたチケットは放棄して下車。
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歴史を振り返れば当たり前なのだが、大津は趣のある建物が多く、散策するのが楽しい街並。おまけに、数字のシンクロが凄い。これをやり始めるとキリが無いので、最近はなるべく数字を見ないようにしているのだが、見えてしまうものは仕方が無い。新しいウェイブスペルへの魔術飛行を示す13、14が同じ駐車場に止まっているかと思うと、その先には前日のKIN13に注目した725(時間をはずした日)。
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途中から琵琶湖疎水に沿って歩くも、三井寺の敷地が広過ぎて入口が分からず、最初に目に入った三尾神社に参拝する事からスタート。ご祭神を知らないまま参拝するのは、私にしては珍しいケースだが「まずはここから」というインスピレーションがあった。やたらと兎が目につくので、何か兎に関する神様かと思ったら、何とご祭神は伊弉諾尊。
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イザナギが降臨してこの地の地主神となったのが起源らしい。その神は常に赤・白・黒の腰帯をつけており、その姿が三つの尾をひくのに似ているところから三尾明神と呼ばれるようになったのだとか。腰帯は赤尾神、白尾神、黒尾神となり、最初の赤尾神が、卯の年、卯の月、卯の日、卯の刻、卯の方角から三井寺山中に出現した関係で兎を神使とし、神紋が「真向きの兎」となったようである。

それにしても、赤、白、黒とは面白い。それぞれ古代マヤでは東、北、西に対応する色で、『ドリームスペル』においては、ちょうど東の「赤い城(52日間)」で最初の「赤いウェイブスペル(13日間)」が終わり、次の「白いウェイブスペル(13日間)」に入ったタイミング。しかも、スマホで調べてみると、何と住所は大津市園城寺町251。911のKINそのものだった!

ウサギは『13の月の暦』で12番目の月のトーテムアニマルなので、私はKIN12に何があったかを思い起こしていたが、後で確認してみると、NYで911を思い出させるような爆破事件(米国はどうしてもテロとは呼びたくないらしい)があったのが、まさにKIN12(G9/17)だった。また、先に記した通り、今年のG9/11はKIN6で、これは現在NYに滞在している安倍首相の誕生KINでもある…と思ったら、今日が首相の62才の誕生日!

安倍さんが初めて首相に就任した時(52才と5日)の事を『シンクロニック・ジャーニー』に書いていたのがきっかけで、偶々それを読まれた昭恵さん(首相夫人)とご縁が出来たのだが(その経緯は『マヤのリズム』『霊性のアート』に記してある)、その昭恵さんは、先刻、まさにNYのグラウンド・ゼロで献花された事をFBに投稿されていた。何と言うシンクロ率の高さだろうか。
14番 
話を大津に戻そう。神社を出て割とすぐの場所にあった受付で境内の巡り方に関するアドバイスを受け、まずは14番札所である観音堂へ。線香を5本供えてお参りした後におみくじを引くと、恵比寿さん付の9番大吉だった(これを書いている今は9週目で月日で「銀河の音3」が重なる(3×3=9)魔術の亀の日)。展望台から見渡せる琵琶湖の風景は素晴しく、無粋なビル群が邪魔をしていなければ、さぞ風光明媚であっただろうと往時を偲んだ。
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その後、三尾神社をコルラ(右繞)する形で三井寺境内を巡ったが、特に印象に残ったのは八角形の輪蔵を収納した一切経蔵、弁慶の引き摺り鐘、国宝の金堂に安置されていた尊星王像(頭に鹿が乗っていた)、ゴポゴポと音を立てて水が湧く場所を囲った閼伽井屋(あかいや)など。そもそも、三井寺というのは、天智・天武・持統の三天皇の産湯に用いられた霊泉「御井(みい)」に由来するもので、閼伽井屋はその泉の上に建てられている。
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三井寺の正式名が園城寺で大津市園城寺町246(123×2)にある事を認識したのは、お昼を食べている時だった。三井寺も三尾神社も郵便番号は同じ「520-0036」。520は『時間の法則の20の銘板』の制作部数で、16才の誕生日に高天原山に墜落した日航123便の犠牲者の数。36は、ホゼ(KIN11)とその母エセル(KIN241)の現在の「運命の道筋」であり、山岡鉄舟の誕生キン。この日(KIN14)がダライ・ラマ法王14世の114回目の銀河の誕生日でもあったと知ったのは、帰宅してからだった。
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大きな交差点にいきなり出現する不思議な浜大津駅から京阪に乗り山科へ移動。そこから徒歩で「天智天皇陵」へ。京都府道143号に面した参道の前で信号を待っていると、23の車が殆ど間をあけずに2台。国道23号は伊勢内宮に通じる道であり、KIN23は第266(=260+6)代ローマ教皇フランシスコの誕生キン。19日前に、教皇お膝元のヴァチカンでも23番のバスに連続で出会った事が思い出される。続いて331の車。これもダ・ヴィンチ空港に迎えに来た(&翌日全く別な場所で驚異的な再会もした)タクシーのナンバーだ。何か強力な時空の働きが関与しているのを感じる。
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何しろ、かつて「天武・持統合葬陵」を訪れた時は、ネットで調べる事さえ出来なくなってしまった場所(過去記事「天上の虹から書の魔法へ」参照)。天気も不安定だったので、現地で大嵐なんて事も無いとは言えない。しかし、今回は「三井寺の閼伽井屋を経由すれば問題無く訪れる事が出来る」という直感があって、当日になって訪問を決めた場所だった。長い参道を進むと、奥まったところで緑が濃くなり高い樹々が森のような領域を作っている。
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森の近くは物理的にも気温が下がるが、ここからは次元の異なる領域である事が肌で感じられる。さらに森の中の参道を進むと、白い玉砂利が敷き詰められた陵墓が見えて来た。天武・持統合葬陵と同じ八角墳らしいが、今は小山にしか見えない。幸い誰もいなかったので、自分なりの礼を尽くした儀式を行った。天真五相の「ア」の時に鳥が天空を横切り「ウン」の直後に風がサーッと吹き抜け、さらに、雲間から太陽も姿を見せてくれたので、私は「よろしい」という時空からのサインと受けとめた。この日、太陽が見えたのはこの瞬間だけだった。
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こういう体験に意味を持たせようと思えば、いくらでも持たせられるが、大事なのは、どういう動機や意図でその場に臨んだかだろう。帰り、参道の両脇にある琵琶湖疎水に沿って歩いていると43-43の車を発見。これは現在の「電気の月」の最初の3日間に対応するサイ時間(KIN43)だ。また、天皇陵の近くで目にした143、23、43は、いずれも「青い夜」のKINナンバーである。
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御陵駅から地下鉄に乗り京都市役所前へ。最初の目的だったヴェロッキオのプッチーノ像が見当たらず探していると、何と工事用の囲いの中にある。どうやら市役所の建て替え工事が始まるらしく、一緒に囲われてしまっていた。もとよりレプリカだし、既に大仕事を終えた気分でもあったので、「チラっとでも見られて良かった」という感じだったが、もしこの「イルカを持った天使」を一番の目的にしていたら、さぞガッカリした事だろう。
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いよいよ天気が怪しくなって来たので、そこから割と近くにあるカフェを調べ、フランス語で「5」を意味する「CINQ(サンク)」という店へ。三井寺でも5番目の月のトーテムである孔雀にに出会ったりしていたが、締めに「銀河の第五の力」を感じさせる五角形を目に出来たのは嬉しかった。ただ、市役所の掲示板にも大雨洪水注意報が出ていたので、今回はここで切り上げて早めに京都駅に向かう事にした。
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まだラッシュの時間には早いような気がするのだが、妙に人が多い。よく考えたら、この日は「敬老の日」で三連休の最終日だったのだ。そんな訳で、回数券で指定を取ろうとするも、目の前でどんどん希望の列車が埋まって行く。止む終えず1時間半以上先の48号を指定したが、台風も迫っているので、ホームに並んで2,3台やりすごし、座れそうな自由席で帰る事にした。結局、のぞみ40号1号車10番で帰路へ。

往路の201号11号車7番と合計すると241号12号車17番となる。時間魔術を遊ぶ私は、これをKIN241(4次元の時間)とG12/17(3次元の時間)に分けて見る。前者は自分の誕生キンで、後者はフランシスコ法王の誕生日である。ちなみに、フランシスコ法王は現在79才で、その法王が居るヴァチカンのピエタ像とシンクロした荒木先生は現在79銀河スピンだ。

そういえば、先のイタリア旅行で唯一雨が降ったのは、ヴァチカンに居た時だけ。もの凄い雷雨で、一時足止めをくらい、チャクラのあっちゃんとメッセージのやりとりをしていた。今回の大阪、京都は流石に傘が必要かもしれないと、折り畳み傘を携帯していたが、結局最後の最後まで一度もそれを開く機会は無かった。新横浜やあざみ野で乗り換えた時などは、ザーザー降っていたのにも関わらず、二子玉川に着くと止むのである(辺り一面ビショビショなので直前まで降っていたのだろう)。

15年というテーマもあって、出来ればKIN15のうちにUPしたいと思っていたが、昨夜は、剣武天真流蒼天道場の審査会などもあって、これだけの内容をまとめる余裕が無かった。何しろ、ちょっと書き始めると色々発見してしまって収拾がつかなくなるし、現象面もさらに加速して止まらなくなるのだ。昨夜、マンションの宅配ボックスに届いていたものを出そうとしたら、何と、その暗証番号まで「911」が指定されていた!しかもその内容は、10月末に行われる「時の魔法展」(広島100スピン&H・C41スピン記念)でホゼの作品展示に使う備品だった。

しかし、安倍昭恵さん(KIN223=2・夜)がグラウンド・ゼロに献花したのが分かったのは、今日KIN16になってからだったから、やはりこのブログを仕上げるのは今日で良かったのだろう。そして、一連の出来事は、やはり911と関係しており、その時空調整をするのにちょうど良いタイミングだったという事だろう。このブログを読んだ方がどう思うかは自由だが、少なくとも私は、そのように理解している。

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