911テロから15年後の時空調律

2016年09月21日 21:38

電気の月2日(G9/21)KIN16 黄色い電気の戦士(by D)

『13の月の暦』のツォルキンで、最初のウェイブスペル(13日間)が完了するKIN13(G9/18)、私は大阪チャクラで天真体道瞑想と暦のクラスを行っていた。暦のクラスで例題に立候補して下さったのは、この日行われた全てのクラスに参加された唯一の方で、誕生キンはKIN63(11・夜)であった。

直近で巡って来るKIN63はG11/7で、その260日後は2017年のG7/25=「時間をはずした日」である。この日、私はのぞみ201号11号車7番で大阪入りしており、「時間をはずした日」は、チャクラのすぐ近くで天神祭が行われるタイミングである(*KIN201は『20の銘板』における「時間を外した月」にも対応する)。

『13の月の暦(ドリームスペル)』提唱者であるアグエイアス夫妻は、2001年の「時間をはずした日」(KIN203)に、その天神祭に参加した事があるので、大阪天満宮から至近距離にあるチャクラでのクラスで、次の天神祭に誕生キンが巡って来る方が例題に立候補された事には、多次元的な意味があると思われた。それは、次の事からも推察できる。

KIN63(11・夜)の方はG7/20生まれで、その目の前に座っていたのはKIN228(7・星)でG7/30生まれの方だったのだ。つまり、この2人は「時間をはずした日」を挟んで前後5日の関係にあり、「時間をはずした日」と地球家族の関係にあったのだ。また、それぞれの「銀河の音」は、11号車7番やG11/7ともシンクロしていた。

加えて、この日は私の「神秘のパートナー」(キン番号の合計が261になる関係)でもあるKIN20(7・太陽)の方も参加していて、それはちょうど「7・星」のガイドキンにもなっていた。そして、のぞみ201号にそのKIN20を加えたKIN221の方も、会場にはいらしたのだ。これらを、ただの数字遊びと見なすのは簡単である。事実、私は遊び感覚でこういうシンクロを発見している。

しかし、それは同時に、「暦を替える平和の運動」を意識している者とって、時空の調整作業、あるいはクリーニングのようなニュアンスも含んでいるのだ。例えば、アグエイアス夫妻が天神祭に参加したのは、15年前の「時間をはずした日」であり、その48日後にあの「911テロ」(KIN251)が起こっている(*「時間をはずした日」を1日目とすると49日目が911テロ)。

思えば、今回のチャクラでのイベント案内も、ブログの911番目の投稿記事だった。この事に気付くと、ここ最近、連発で体験していた15日ズレの現象も、ある種、伏線ようなものだったと理解できるのである。『13の月の暦』では、365日暦と260日暦が15年で15日ズレるという関係があるのだ。具体的に、最近の例を2つ示しておこう。

私が人体科学会の合宿に合わせて上田城を初めて訪問したのはKIN251(G8/27)。先に書いた通り、KIN251は、15年前に911テロがあった日付と同じだが、そこから15日後のKIN6(G9/11)、大河ドラマ『真田丸』では、上田城での合戦のシーンが放映された。911テロと直結する2つの日付、G9/11とKIN251の両方が「上田城」で結びつけられていた事に、私は強いサインを感じていた。

もう一つは、12:60システムの総本山とも言えるヴァチカンとの関係。KIN255(G8/31)、私達はサンピエトロ大聖堂の中で、ミケランジェロの傑作「ピエタ」に心奪われていた。そこから15日後のKIN10(G9/15)。『ジョジョの奇妙な冒険』の作者、荒木飛呂彦氏の79回目の銀河の誕生日に、第8部ジョジョリオン電子板の13巻を入手。何とその中に「ピエタ」と”全く同じポーズ”の吉良ホリーの姿が描かれていたのだ!15年前のG9/15は、911テロの4日後だから、もちろんKIN255である。
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こういう流れがあった上で、15年前の「時間をはずした日」に意識を向けさせるような出来事(KIN63の方に天神さんの近くで出会った)が生じたので、私は尚更911に注意を向けざるを得なくなったのである。それが、KIN14のアースダイビング(古い時代への地層へのダイブ)にも響く事になるのだが、その前に余談をひとつ。私の書の雅号は天迅(てんじん)で、実はチャクラにある「蔵」という額は天迅作である。

さて、KIN13(G9/18)は東京も大阪も雨の予報で、実際、チャクラで天真体道をやっている最中にかなり降って来て、それから夜までほぼずっと雨のようだったが、家から二子玉川駅までと、南森町駅からチャクラまで、そして夜にチャクラからホテルに向かうまでの間は、降っても霧雨程度で、結局傘を指す必要は一度も無かった。

KIN14は、恒例のシンクロ小旅行をと思っていたものの、台風接近で天気も更に崩れそうだし、特に行ってみたい場所も思いつかなかったので、今回はフィレンツェ繋がりで(京都と姉妹都市)、京都市役所前にあるというヴェロッキオのプッチーノ像(レプリカ)だけ確認して、後は、落ち着けるカフェにでも寄って早めに帰ろうと考えていた。

しかし、KIN13の朝「観音菩薩の化身とされるダライ・ラマ法王14世の誕生キンでもあるKIN14なら、西国三十三所観音霊場14番札所を訪れてみるのも良いかもしれない」と思いつき、調べてみると、大津の近くにある三井寺であることが判明。京都からもそう遠く無く、遅くならないうちに戻れそうだったので、その夜、ホテルに着いてから、三井寺天智天皇陵→京都市役所という大ざっぱな順路だけ考えて、眠りに就いた。

KIN14(G9/19)も予報は雨だったが、午後くらいまでは何とか持ちそうな気配だったので、まずJRで膳所駅まで行き、そこで京阪に乗り換えて三井寺駅へ行く事にした。新快速に乗った関係で大津のホームで一度降り、次の電車を待っていると「三井寺まで徒歩20分」という看板を発見。そんなに近いならと、膳所まで購入していたチケットは放棄して下車。
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歴史を振り返れば当たり前なのだが、大津は趣のある建物が多く、散策するのが楽しい街並。おまけに、数字のシンクロが凄い。これをやり始めるとキリが無いので、最近はなるべく数字を見ないようにしているのだが、見えてしまうものは仕方が無い。新しいウェイブスペルへの魔術飛行を示す13、14が同じ駐車場に止まっているかと思うと、その先には前日のKIN13に注目した725(時間をはずした日)。
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途中から琵琶湖疎水に沿って歩くも、三井寺の敷地が広過ぎて入口が分からず、最初に目に入った三尾神社に参拝する事からスタート。ご祭神を知らないまま参拝するのは、私にしては珍しいケースだが「まずはここから」というインスピレーションがあった。やたらと兎が目につくので、何か兎に関する神様かと思ったら、何とご祭神は伊弉諾尊。
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イザナギが降臨してこの地の地主神となったのが起源らしい。その神は常に赤・白・黒の腰帯をつけており、その姿が三つの尾をひくのに似ているところから三尾明神と呼ばれるようになったのだとか。腰帯は赤尾神、白尾神、黒尾神となり、最初の赤尾神が、卯の年、卯の月、卯の日、卯の刻、卯の方角から三井寺山中に出現した関係で兎を神使とし、神紋が「真向きの兎」となったようである。

それにしても、赤、白、黒とは面白い。それぞれ古代マヤでは東、北、西に対応する色で、『ドリームスペル』においては、ちょうど東の「赤い城(52日間)」で最初の「赤いウェイブスペル(13日間)」が終わり、次の「白いウェイブスペル(13日間)」に入ったタイミング。しかも、スマホで調べてみると、何と住所は大津市園城寺町251。911のKINそのものだった!

ウサギは『13の月の暦』で12番目の月のトーテムアニマルなので、私はKIN12に何があったかを思い起こしていたが、後で確認してみると、NYで911を思い出させるような爆破事件(米国はどうしてもテロとは呼びたくないらしい)があったのが、まさにKIN12(G9/17)だった。また、先に記した通り、今年のG9/11はKIN6で、これは現在NYに滞在している安倍首相の誕生KINでもある…と思ったら、今日が首相の62才の誕生日!

安倍さんが初めて首相に就任した時(52才と5日)の事を『シンクロニック・ジャーニー』に書いていたのがきっかけで、偶々それを読まれた昭恵さん(首相夫人)とご縁が出来たのだが(その経緯は『マヤのリズム』『霊性のアート』に記してある)、その昭恵さんは、先刻、まさにNYのグラウンド・ゼロで献花された事をFBに投稿されていた。何と言うシンクロ率の高さだろうか。
14番 
話を大津に戻そう。神社を出て割とすぐの場所にあった受付で境内の巡り方に関するアドバイスを受け、まずは14番札所である観音堂へ。線香を5本供えてお参りした後におみくじを引くと、恵比寿さん付の9番大吉だった(これを書いている今は9週目で月日で「銀河の音3」が重なる(3×3=9)魔術の亀の日)。展望台から見渡せる琵琶湖の風景は素晴しく、無粋なビル群が邪魔をしていなければ、さぞ風光明媚であっただろうと往時を偲んだ。
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その後、三尾神社をコルラ(右繞)する形で三井寺境内を巡ったが、特に印象に残ったのは八角形の輪蔵を収納した一切経蔵、弁慶の引き摺り鐘、国宝の金堂に安置されていた尊星王像(頭に鹿が乗っていた)、ゴポゴポと音を立てて水が湧く場所を囲った閼伽井屋(あかいや)など。そもそも、三井寺というのは、天智・天武・持統の三天皇の産湯に用いられた霊泉「御井(みい)」に由来するもので、閼伽井屋はその泉の上に建てられている。
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三井寺の正式名が園城寺で大津市園城寺町246(123×2)にある事を認識したのは、お昼を食べている時だった。三井寺も三尾神社も郵便番号は同じ「520-0036」。520は『時間の法則の20の銘板』の制作部数で、16才の誕生日に高天原山に墜落した日航123便の犠牲者の数。36は、ホゼ(KIN11)とその母エセル(KIN241)の現在の「運命の道筋」であり、山岡鉄舟の誕生キン。この日(KIN14)がダライ・ラマ法王14世の114回目の銀河の誕生日でもあったと知ったのは、帰宅してからだった。
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大きな交差点にいきなり出現する不思議な浜大津駅から京阪に乗り山科へ移動。そこから徒歩で「天智天皇陵」へ。京都府道143号に面した参道の前で信号を待っていると、23の車が殆ど間をあけずに2台。国道23号は伊勢内宮に通じる道であり、KIN23は第266(=260+6)代ローマ教皇フランシスコの誕生キン。19日前に、教皇お膝元のヴァチカンでも23番のバスに連続で出会った事が思い出される。続いて331の車。これもダ・ヴィンチ空港に迎えに来た(&翌日全く別な場所で驚異的な再会もした)タクシーのナンバーだ。何か強力な時空の働きが関与しているのを感じる。
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何しろ、かつて「天武・持統合葬陵」を訪れた時は、ネットで調べる事さえ出来なくなってしまった場所(過去記事「天上の虹から書の魔法へ」参照)。天気も不安定だったので、現地で大嵐なんて事も無いとは言えない。しかし、今回は「三井寺の閼伽井屋を経由すれば問題無く訪れる事が出来る」という直感があって、当日になって訪問を決めた場所だった。長い参道を進むと、奥まったところで緑が濃くなり高い樹々が森のような領域を作っている。
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森の近くは物理的にも気温が下がるが、ここからは次元の異なる領域である事が肌で感じられる。さらに森の中の参道を進むと、白い玉砂利が敷き詰められた陵墓が見えて来た。天武・持統合葬陵と同じ八角墳らしいが、今は小山にしか見えない。幸い誰もいなかったので、自分なりの礼を尽くした儀式を行った。天真五相の「ア」の時に鳥が天空を横切り「ウン」の直後に風がサーッと吹き抜け、さらに、雲間から太陽も姿を見せてくれたので、私は「よろしい」という時空からのサインと受けとめた。この日、太陽が見えたのはこの瞬間だけだった。
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こういう体験に意味を持たせようと思えば、いくらでも持たせられるが、大事なのは、どういう動機や意図でその場に臨んだかだろう。帰り、参道の両脇にある琵琶湖疎水に沿って歩いていると43-43の車を発見。これは現在の「電気の月」の最初の3日間に対応するサイ時間(KIN43)だ。また、天皇陵の近くで目にした143、23、43は、いずれも「青い夜」のKINナンバーである。
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御陵駅から地下鉄に乗り京都市役所前へ。最初の目的だったヴェロッキオのプッチーノ像が見当たらず探していると、何と工事用の囲いの中にある。どうやら市役所の建て替え工事が始まるらしく、一緒に囲われてしまっていた。もとよりレプリカだし、既に大仕事を終えた気分でもあったので、「チラっとでも見られて良かった」という感じだったが、もしこの「イルカを持った天使」を一番の目的にしていたら、さぞガッカリした事だろう。
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いよいよ天気が怪しくなって来たので、そこから割と近くにあるカフェを調べ、フランス語で「5」を意味する「CINQ(サンク)」という店へ。三井寺でも5番目の月のトーテムである孔雀にに出会ったりしていたが、締めに「銀河の第五の力」を感じさせる五角形を目に出来たのは嬉しかった。ただ、市役所の掲示板にも大雨洪水注意報が出ていたので、今回はここで切り上げて早めに京都駅に向かう事にした。
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まだラッシュの時間には早いような気がするのだが、妙に人が多い。よく考えたら、この日は「敬老の日」で三連休の最終日だったのだ。そんな訳で、回数券で指定を取ろうとするも、目の前でどんどん希望の列車が埋まって行く。止む終えず1時間半以上先の48号を指定したが、台風も迫っているので、ホームに並んで2,3台やりすごし、座れそうな自由席で帰る事にした。結局、のぞみ40号1号車10番で帰路へ。

往路の201号11号車7番と合計すると241号12号車17番となる。時間魔術を遊ぶ私は、これをKIN241(4次元の時間)とG12/17(3次元の時間)に分けて見る。前者は自分の誕生キンで、後者はフランシスコ法王の誕生日である。ちなみに、フランシスコ法王は現在79才で、その法王が居るヴァチカンのピエタ像とシンクロした荒木先生は現在79銀河スピンだ。

そういえば、先のイタリア旅行で唯一雨が降ったのは、ヴァチカンに居た時だけ。もの凄い雷雨で、一時足止めをくらい、チャクラのあっちゃんとメッセージのやりとりをしていた。今回の大阪、京都は流石に傘が必要かもしれないと、折り畳み傘を携帯していたが、結局最後の最後まで一度もそれを開く機会は無かった。新横浜やあざみ野で乗り換えた時などは、ザーザー降っていたのにも関わらず、二子玉川に着くと止むのである(辺り一面ビショビショなので直前まで降っていたのだろう)。

15年というテーマもあって、出来ればKIN15のうちにUPしたいと思っていたが、昨夜は、剣武天真流蒼天道場の審査会などもあって、これだけの内容をまとめる余裕が無かった。何しろ、ちょっと書き始めると色々発見してしまって収拾がつかなくなるし、現象面もさらに加速して止まらなくなるのだ。昨夜、マンションの宅配ボックスに届いていたものを出そうとしたら、何と、その暗証番号まで「911」が指定されていた!しかもその内容は、10月末に行われる「時の魔法展」(広島100スピン&H・C41スピン記念)でホゼの作品展示に使う備品だった。

しかし、安倍昭恵さん(KIN223=2・夜)がグラウンド・ゼロに献花したのが分かったのは、今日KIN16になってからだったから、やはりこのブログを仕上げるのは今日で良かったのだろう。そして、一連の出来事は、やはり911と関係しており、その時空調整をするのにちょうど良いタイミングだったという事だろう。このブログを読んだ方がどう思うかは自由だが、少なくとも私は、そのように理解している。

7年目のトックリヤシと1年後のオクシモロン

2016年08月13日 02:48

磁気の月18日(G8/12)KIN236 黄色い月の戦士(by D)

今日は、4時頃に目が覚めてしまい、しばらく瞑想とちょっとした作業をしてからまた一眠りし、再び起きると、リビングのトックリヤシが新しい葉をまさに開いたところだった。実は、このトックリヤシ、2009年の剣武稽古開始を記念して、Lがプレゼントしてくれたもので、当時は、テーブルに乗るくらいの小さい鉢だったのに、年々大きくなり、今では立派な葉を広げるようになった。
IMG_8338.jpg ★我が家のトックリヤシ

知らぬ間に自分が47才にもなっていた事も驚きだが(いつの間にそんなオッサンに!)、剣武天真流・蒼天支部道場開設からぴったり3年目に当たる日に、自分の剣武稽古の歴史と共に成長して来たトックリヤシが、新しい葉を開いてくれたことも、嬉しい驚きだった。実際、私はこの7年間で、支部道場を開設しただけでなく、宗家から本部正師範にも任命されたりしている。

リオ五輪では、卓球の水谷隼選手が、日本勢としてシングルスで初となる銅メダルを獲得。水泳女子200メートル平泳ぎでも、金藤理絵選手が金メダルに輝き、朝から嬉しいニュースに祝福された気分だったが、ランチの時間にも、ちょっと嬉しい事があった。

昨年の誕生日は、宮沢賢治(KIN131)の道筋に入った事もあって、現在の自分の活動の原点に当たる時間(中学高校時代)を過ごした鎌倉を訪れていた。当初、ランチは「鎌倉オクシモロン」でと考えていたのだが、残念ながら定休日と重なっていて断念。しかし、そのおかげで丸山珈琲鎌倉店のプレオープンとシンクロし、さらには、その時ボリビアにおられた丸山健太郎社長とも遠隔シンクロするという楽しみを味わう事が出来た(鎌倉みちのく魔術紀行(4)参照)。

その事が頭にあったので、今年の誕生日ランチは、6月に誕生したばかりの「二子玉川オクシモロン」に決定。メルマガ最新号(vol.63)にも書いた通り、かつて二子玉川にあった「珠玉」というお店で絶品カレーを提供していたカレーアーティストの村上愛子さんが、鎌倉に出したお店が「オクシモロン」。

「珠玉」の頃からファンだった私たちにとって、二子玉川にオクシモロンが生まれたのは、それだけで嬉しいニュースだったが、昨年の誕生日の事もあったので、「今年は是非、近所に帰って来たこの店で」という気持ちになったのだった。しかし、オープンの11時少し前に行くと、既に行列が!幸い、1回でお店に入れたが、何という人気ぶりだろうか。

私たちが目を付けたお店は、当初はそれほど知られていなくとも、結局、人気店になる事が多いのだが、その中でも「オクシモロン」は飛躍度が高く、今や超有名店。味の素晴らしさの背後にある思想、そして美が、その秘密と言えるだろう。先に訪れた時に、私たちのことを覚えてくれていた愛子さん、今日も店でお見かけしたが、さすがに大忙しで会話をする余裕はなかった。
IMG_8325.jpg ★手前が「スリランカ風マトン」

Lは定番の和風キーマを、私は本日のカリー「スリランカ風マトン」をいただいたが、どちらもやはり絶品だった。その後、チャイと「コーヒーづくしのパフェ」をいただき、大満足のうちに完食。
IMG_8326.jpg ★コーヒーづくしのパフェ

午後は、剣武本部正師範の打ち合わせと研究稽古会へ。移動中、4日前に高橋徹さんが送って下さった『倫理研究所紀要』(第25号)の「丸山敏雄と川面凡児」という丸山敏秋氏の論文を興味深く読んだ後、打ち合わせ会場の近くをノロノロ歩いていたら、後ろから声をかけて来たのは、敏秋氏の子息でもある丸山貴彦本部正師範(KIN129)だった。

前夜、蝉の羽化の現場を目にしたという貴彦師範は、いつどこに卵が産みつけられ、幼虫がいつ地中に入るのか?という、最近になって私も抱いていた疑問を、その時に抱いたらしい。そこで、ネットで調べて知ったウンチクを述べてみたのだが、何年も地中で暮らす幼虫についてよく考えてみると、実は、公園の木々の近くには、何年分もの幼虫達が隠れているという事になる。リアルに想像すると結構恐い。

それにしても、昨年は丸山珈琲の丸山健太郎氏とのシンクロ、今年は、剣武の丸山貴彦師範とのシンクロということで、ここのところ誕生日に丸山という人物が絡んで来るのが流行っている。夜にはシャンバラ教室の丸山さん(KIN22)からもお祝いのメールを頂いたし、苗字の比率からいうと、この偏りはかなり興味深い。

ところで、今日の研究稽古会での体験は、将来、然るべき人に話す時がやって来るかもしれないが、私にとっては、とにかく宝のように貴重なものだった。オクシモロンのカレーももちろん素晴らしかったが、これぞ「天からの誕生祝い&支部道場3周年祝い」と思わずにはいられなかった。真の贈り物は、やはり体験だと私は思う。それは、どんなにお金を積んでも得られるものではないからこそ、貴重なのだ。

最後に、ちょっと面白いことに気づいたのでメモしておこう。KIN236(2・戦士)の著名人と言えば、『スター・ウォーズ』や『インディー・ジョーンズ』のシリーズで知られるハリソン・フォード。インディー・ジョーンズは、架空のキャラクターだが、誕生日は設定されていて、計算すると丸山師範と同じKIN129という事になる。
ジェダイ ★ジェダイ・アカデミー

おまけに、昨日、二子玉川ライズでは、『スター・ウォーズ』のジェダイ・アカデミーというイベントが行われていて、パダワンに扮した子供達の前に、ジェダイの格好をしたお兄さん、お姉さん、そしてダースベイダーなどが登場していた。これまた、誕生日前後の面白いシンクロと言えよう。しかし、真のジェダイを目指すなら、私は迷わず剣武天真流をお薦めしたい。これが「黄色い月の戦士」の道筋に入った私からのメッセージである。

神泉苑の剣鉾と八坂神社の大船鉾

2016年06月29日 21:23

宇宙の月3日(G6/29)KIN192 黄色い惑星の人(by D)

イギリスのEU離脱という「事件」から一夜明けたG6/25は、アントニオ・ガウディ(KIN128)の生誕164周年というタイミングだった。「時間船としての聖家族贖罪教会」等にも書いた通り、ガウディは13:20を象徴する人物だと感じているが、そのガウディの生誕164周年かと思うと、それだけで気持ちが高まる。

銀河の同期(KIN164)と生誕周期が数字的にシンクロするのは1度きりの事だし、おそらく、ガウディの作品群をバルセロナで直に体験した時の感覚を、自分の潜在意識がシンクロや周期を通じて「思い出す」からでもあるのだろう。

京都での円卓(暦クラス)に向かう出掛けに、ジュエリーデザイナーの北村公晴さんからメールを頂いた事で、手元に届いていたアート&ジュエリー展のハガキを再確認。京都の「神泉苑」について書かれていたのを目にし、場所を確認してみると、市内でアクセスも良い事が分かり、夕方からのクラス前に訪れる事を決める。
IMG_8021.jpg ★木花咲耶姫

のぞみ23号14号車5 Eの席からは、今回も幻想的な富士山を目にする事が出来た。14号車5を「5・14」=「5・魔法使い」=KIN174に置き換える遊びをしてみたら、手帳のKIN174の所には、ブラタモリで伊勢が取り上げられていた時のメモがあった。「内宮前の国道は最初1号だったが、後に23号になった」という内容を、のぞみ23号に乗っている間に発見するのだから面白い。
IMG_8032.jpg ★神泉苑

神泉苑についても調べてみると、これまた興味深いエピソードと数に満ちていた。以下、ネット上の情報を少し整理してみよう。現在の神泉苑は、二条城の南に位置する寺院で、聖観音・不動明王・弘法大師が本尊とされている他、善女龍王、弁財天などが祭られているが、元々は平安京の広大な庭園だった。貞観11年(869年)に、都に疫病が流行した時、神泉苑の南端(現在の八坂神社三条御供社の位置)に66本(当時の律令制度の国の数)の鉾(剣鉾)を立てて祇園社から神輿を出し、現在の祇園祭の元になったと言われている。
IMG_8033.jpg ★神泉苑から三条御供社へ向かう途中で66に遭遇

シンクロニック・ジャーニー』は、KIN66で始まりKIN66で終わる本で、それはまたNPOクリカの設立KINでもある。加えて今回の関西での円卓は「白い水晶の世界の橋渡し」とシンクロするひと月の最後の2日間に行われる。KIN66も「白い世界の橋渡し」だし、その惑星ホロンは日本のエリアに対応する。さらに現在の神泉苑の住所は門前町166で、『マヤのリズム』の発刊日(KIN166)ともシンクロする。そこに「剣鉾」まで登場したら、三条御供社にもお参りしない訳には行くまい。なぜなら、ぴったり1週間後には、出雲大社で剣武の奉納演武が予定されているのだ。

そもそも八坂神社は素戔嗚尊を祀っているのだから、出雲との関係は深い。しかも三条御供社の説明には、「祇園祭の還幸祭(7月24日)には、少将井(櫛稲田姫命)神輿と南側を巡る大政所(素戔嗚尊)神輿並びに八王子(八柱御子神)神輿の三基が当社前に奉安され、神饌を供え奉饌祭が執り行われる」とある。『13の月の暦』の「13月28日」に、3基の神輿が集まる場と思うと、やはり訪れてみたくなる。
IMG_8034.jpg ★八坂御供社

四条烏丸のロッカー114に荷を預け、小雨の中、神泉苑→三条御供社と巡る。まだ時間に余裕がある事が分かったので、そこから八坂神社へ。三条御供社を調べた時に、そこが八坂神社の境外末社であると知り、なおかつ八坂神社の住所が祇園町北側625番地と分かったら、やはり参拝しておくのが自然な流れだろう。何しろこの日はG暦6/25だ。こういう時の数字シンクロは「今、行くと良い」と受けとめるのが私の流儀だ。

結果、やはり繋がりのある現象に出会った。境内に入ると、いわゆるコンチキチン的な音が聞こえて来た。本殿前の舞殿に近付くと「四条町大船鉾」が祇園囃子を奉納している所だった。本殿に参拝し、茅の輪くぐりをした後は、準備があったので、すぐに会場のウィングス京都に向かったが、後からこの「大船鉾」を調べてみたら、色々と驚きの発見があった。要点をメモしておこう。
IMG_8037.jpg ★八坂神社の茅の輪。歌をうたいながら3回くぐる

古来祇園祭では、神事の中心となる7月17日の神幸祭(しんこうさい)と7月24日の還幸祭(かんこうさい)にあわせて2回の山鉾巡行が行われていたが、1967年からは7月17日の1回に統合され、2013年までそれが続いていた。しかし、「大船鉾」が150年ぶりに復活するのに合わせて、1000年以上続く祇園祭の本来の形を正しく後世に残すという目的で、 2014年から再び2回の山鉾巡行が復活した。これによって、山鉾はこれで合計33基になった。

大船鉾(おおふねほこ)は1864年、「蛤御門の変」で鉾の木組みや車輪などを焼失。2016年はそこから152年というタイミング(「水晶の月」最後の3日間のサイ時間単位はKIN152)。しかも、「大船鉾」は7月24日「後祭巡行」の最後尾と決まっていて、現状は33基目という事になっている(G7/24は三条御供社ともシンクロ)。「33」はドリームスペル・ツォルキンの中心調波で、まさにTIME'S CORE。

当日の(サインに従った)閃きで訪れた場所が、これだけ綺麗にシンクロするのは驚きであるが、それが”普通”になってしまっているのがまた驚きだ。本番のタイムスコアセレモニーも、「黄色い星」の紋章コード番号「8」とシンクロしたメンバーが卓を囲んでいただけに、様々なレベルの同期現象が見られたが、その影響力を各メンバーが実感するのは、もう少し先の話かもしれない。何故なら、私の気付きも、後になってから分かるというケースがかなり多いからだ。

この京都「八坂」シンクロを体験したKIN188の夜、「美の巨人たち」という番組では、放送800回スペシャル「~天才たちの芸術革命~フィレンツェ“ルネサンス”物語」 後編が放映されていた。そして、これも後日知った事だったが、剣武の演武に関してアドバイスをして下さった事もある稲吉優流さんが、10名の若者達を率いて、何とダンスグランプリヨーロッパ2016@バルセロナで、総合優勝のグランプリを獲得!日本人初の快挙。ガウディを意識して始まった一日が、バルセロナからの嬉しいニュースで終わるのも美しい。

そして、ほとんど日付を跨ぎそうなタイミングで到着した宿泊先は、209号室。翌日、大阪チャクラで行った最初のクラスは、『ドリームスペル時間船地球2013の旅』についてだったが、ドリームスペル創世記の最も重要なポイントは、209段目(KIN209)にある。注意深く進めた事で、この日のKIN189が掲載されている「キンの書」が、サイ時間とシンクロするP152にあり、調波48の始まりとweek48の終わりの共振ポイントとして「赤い共振の月」を意識する事が出来た。

午後の「TIME SCORE」クラスでは、3名の毎月の誕生日が14日で揃っていただけでなく、月同士の関係が、電気(3)+惑星(10)=宇宙(13)になっていたことも判明。参加者の一人が、8才の子供が描いた「神さまライン」という絵とお話をシェアして下さったのだが、それはまさに13:20と12:60の話そのものであった。実は前日の京都にも、同じ位の年頃の子が特別参加していたのだが、(部屋の後ろで)とても静かにしていて、私にはかなり驚きだった。何故なら、ただおとなしくしていただけではなく、気配が静かだったからだ。マンガとかゲームに集中していたのだとしても、あの状態は素晴しかった。

満月の「青い磁気の夜」(KIN183)から始まったウェイブスペル(13日間)は、「青い宇宙の鷲」(KIN195)で完了する。KIN183に、私は「銀河の七方向への祈り」がホゼの伝記のP195にあるのを発見した。出雲の奉納演武はそのKIN195に予定されている。そして、同じ祈りは拙著『宇宙の暦は13ヵ月・新装版』だとP219にある。KIN219はこれから巡ってくる「青いスペクトルの嵐の年」の元旦(G7/26)だ。

京都でシンクロした「剣鉾」と「大船鉾」は、『テレクトノン』(光の剣)と『ドリームスペル』(時間船)を思わせるものだったが、それらは宇宙の月28日(G7/24)に同期する。そして、今年の「時間をはずした日」は、パカルの墓室が開かれてから90銀河スピン(=23400キン)。いよいよ、解放が始まる。

アーサー王とテレクトノン、そしてイギリスのEU離脱

2016年06月28日 03:21

■宇宙の月1日(G6/27)KIN190 白い銀河の犬(by D)

ホゼ&ロイディーン・アグエイアス夫妻が残した銀河文化ツール『テレクトノン』の日本語版マニュアルP44には、以下のような記述がある。

”パカル大王は、その肉体においてマヤ人だったにもかかわらず、彼の時間の知恵は普遍的な時間を解き放つ。AD692年に彼の墓が完成してから、それが開かれたAD1952年までちょうど1260年が経過したように、それが完成してから、13バクトゥンの計算の幕が閉じるAD2012年までは1320年ある。”

この「692年の完成(または墓室の封印)」の根拠は、いまひとつ不明瞭なのだが、何らかの重要な記念日の1つとして「碑銘の神殿」に記録されているマヤ長期暦の日付「9.13.0.0.0」が、G暦で692年に当たる事を(アグエイアス夫妻が)参考にしている事は間違いない。

4年前、私は「9.13.0.0.0」がG暦換算で692.3.16になること、そこからぴったり1320年後の2012.3.16がKIN187になることを、驚くべきシンクロから知る事になった。その経緯は、『銀河のマヤ、聖なる時の秘密』に記してあるが、そこには同時に、石棺の記録で「8アハウ」(13暦のKIN60に相当)とされているパカル王の誕生日が、『13の月の暦』のツォルキンだとKIN190(8・犬)になるという事についても、詳しく記してある。

私は、パカル王と同じKIN190の滝元さん(『マヤン・ファクター』監訳者)と共にメキシコを旅し、パレンケの「碑銘の神殿」で『テレクトノン』のプレイもしているのだが、当時は、まさか(4次元的に)パカル王自身に導かれているとは思ってもいなかった。ちなみに、「碑銘の神殿」を訪れた日付は1999年4月12日(KIN149)で、KIN149は、毎年G6/21〜6/23までの3日間のサイ時間単位でもある。

世界を揺るがす事件は、その翌日6/24(KIN187)に起こった。その日は、テレクトノンにおける「碑銘の神殿」の完成から1320年のタイミングだった2012.3.16(KIN187)から正確に6銀河スピンで、マヤ長期暦の完了、即ち2012.12.21(冬至)を目前(20日後)に控えた2012.12.1(KIN187)から5銀河スピン(1300キン)というタイミングでもあった。イギリスに「銀河の第5の力」が働いたのだ。

ちなみに、『霊性のアート 心の豊かさを育む技』P108には、「13の月の暦・手帳」(こよみ屋)のKIN187(=2012.12.1)の所に、青い虫が停まった時の写真(”自由”が丘駅で撮影という所にも注目しておきたい)が掲載してあり、この本の全てを集約した「球状精神宇宙モデル」図は、P187に掲載されている。

もちろん、これらは偶然によって引き起こされた現象であるが、私の中で【187】は、マヤ長期暦の13バクトゥン(グレートサイクル)の完了を再確認させ、「テレクトノンの預言」(1260年&1320年の区切り)を思い起こさせる特別な数として、インプットされていた。

だからこそ、まさにそのKIN187(G6/24)に、それも「水晶の月」の終盤に、アーサー王伝説の国イギリスが、EU離脱を決めたのは驚きだった。しかも、その影響は、単に株価やユーロ、ポンド等の下落に止まるものではなく、これから先、世界全体に様々な形で波紋を広げて行くに違いない。我々は、歴史の転換点を目撃し、これから体験して行くことになる。

その日、天真会の事務所に、出雲大社で奉納演武する際に使われる真剣が集められていたのも、私には決して偶然とは思えなかった。何故なら、剣武天真流の「剣」には多次元的な意味があるからだ。それに、『霊性のアート』P139〜144にまとめてある通り、今、巡って来ている流れは、2012年の海外演武とも密接に関わっている。その証拠に今日のマヤ暦でのツォルキンは「1カン」、13の月の暦(ドリームスペル)ツォルキン風に書けばKIN144だった。
霊性裏 ★『霊性のアート』のカバー(裏面)。TIMESCOREと同じみよこ画伯によるイラストには、12+1の剣が描かれている。

当然、その翌日から続いた、京都、大阪での「水晶の円卓」もシンクロに満ちたもので、それこそ「剣」も関わったりしていたのだが、ちょっと長くなり過ぎるので、別枠でまとめる事にして、ここでは、アーサー王の事を少しメモしておきたい。ただし、以下の情報はWikiからの引用が中心で、どこまで正確なのかは私も分からない点は、予めお断りしておく。

アーサー王は、6世紀初めにローマン・ケルトのブリトン人を率いてサクソン人の侵攻を撃退した人物とされる。と言っても、伝説と史実が混じり合っていて、どこまでが伝説で、どこまでが史実なのかは未だに判然としないままだ。伝説上の物語の方は、12人の円卓の騎士たちの物語とともに語り継がれ、多くのバリエーションがある。

湖の中で聖剣エクスカリバーを入手したり、キャメロット城を拠点としていたという下りは、銀河的視点に変換され、『ドリームスペル』や『アルクトゥルス・プローブ』にも色濃く反映されている。アーサー王の物語には、ある意味、人類の集合的な記憶に関わる普遍性があるのだろう。

ちなみに、アーサーという名は、うしかい座の恒星、アークトゥルス(Arcturus)に由来する、という説を取る人々も幾らかはいるようである。アークトゥルスは古代ギリシア語に由来する言葉で「熊の守護者」を意味するが、おおぐま座に近く、輝きが強いことからとそう呼ばれるようになったと考えられている。

一方、歴史書としては『ブリトン人の歴史』という9世紀頃の書物が、アーサーに関する最古級の資料として重視されているようだ。校訂版の編者であるラテン学者テオドール・モムゼンは、作品を序・七部に分けたらしいが、アーサーに関する記述はその内の4番目(=7部の中央)「アーサー伝説 Arthuriana(56章)」にのみあるという。この「56」章に、アーサー王が関わったとされる「12」の戦いを並び立てた詩の要約と思われるものがあるらしい。

とまあ、非常にざっくりなメモをしてみたが、最後の文章を今日(KIN190に)発見した時は、やはり驚かずにはいられなかった。何故なら、昨夜、つまり12番目の「水晶の月」の最後に、関西から戻る際に乗った新幹線は、のぞみ56号で、一番空いていると券売機で示された12号車に席を取っていたからだ(19 Bという席だった)。

これら一連の出来事、特にイギリスのEU離脱が、12番目の「水晶の月」、それもテレクトノンの1320年預言と直結したタイミングであるKIN187(5・手)に生じたという事実は、「水晶の月」中に繰り返し呼びかけられた(銀河的意味を持つ)円卓の働きと、決して無関係ではなかろう。均衡したバランスに動きを起こすのに必要なエネルギーは微細である。

ある意味、アーサー王伝説の再活性化とも見なせるイギリスのEU離脱は、これからの世界の方向性を示しているとも言えるが、そこに何を「見いだすか」が最も重要なのだ。この流れを調和と自由がバランスした方向へと持って行けるかどうかは、そう「見る」ことから始まる。あなたが「銀河の七方向への祈り」を知るドリームスペルプレイヤー(時空のサーファー)なら、知っているはずだ。

ウサギの月の大国主と181の秘密

2016年06月22日 00:18

水晶の月23日(G6/21)KIN184 黄色い月の種(by D)

先の「赤い水晶の竜(KIN181)」(G6/18)に行われた集いは、「青いスペクトルの嵐の年」版《TIMESCORE》の完成を祝うお披露目会だったのだが、流石に「水晶の月」の「水晶の日」というタイミングだけあって、ホゼと同じKIN11の方、「銀河の同期」と同じKIN164の方など、「水晶の円卓」に座るのに相応しいシンクロ力に満ちた方々が集って下さった。
スコア12 
ちょうど夏至のKIN184とシンクロする方もいらしていたので、その時空回路を活かして、その後のシンクロを少しシェアしておきたいと思う。KIN181の集いの後、場所を移して個人セッションがあり、その後ひと息ついてから、私達は近所に食事に出掛けた。

KIN181は、昨年までのLの「運命の道筋」であり、私にとっても2013年「銀河の同期」直後からの「運命の道筋」だったので、色々な意味で印象深いキンなのだが、それ以上に、かつて近所に住んでいたとある人物(KIN181)の事が忘れられず、家の近くまで戻って来た時も、その「謎の人物 G」(以下G)についての話をしていた。

すると、Gとよく遭遇した近所の交差点にタクシーが停車していて、何とそのナンバーは「181」であった!一日の最後に見た車のナンバーが、その日のKINとシンクロしていると言うだけでも、十分驚けると思うのだが、まさにその場で出会っていたKIN181のGについて口にしている最中に「181」が現れたのだから、流石の私ものけぞってしまった(・・・と同時に慌ててスマホで撮影する事も忘れなかった)。
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Gについて詳しく書くと、多分、本が一冊書けてしまうので、ここではほぼ4年前の出来事を、うんと省略してメモしておくに留めたい。チェコで行われた初めての剣武天真流海外演武から戻ってすぐの2012年6月15日(KIN18)、つまりパカルの墓がアルベルト・ルスによって封印を解かれてからピッタリ60年というその日に、私達はGと近所(先のタクシーが停車していた側)で会話を交し、急展開で翌日初めてお宅訪問する流れになった。

その日(水晶の月18日・KIN19)の出来事は、今でも「あれは夢だったんじゃないだろうか?」と思うくらい衝撃的で、もし、私達が二人一緒でなかったら、あるいは証拠の品が何も残っていなかったら、夢と片付けていたかもしれない位の異次元体験だった。何しろ、普通に生活している人々よりは相当不思議体験を沢山して来ていると思う私達が、「何ーーーッ!」を(心の中で)連発せずにはいられない事だらけだったのだ。
ボルサリーノ 夢じゃなかった証拠にボルサリーノの帽子を頂いた

Gの誕生日を聞き出し、KIN181だと判明したのもその時である。ちなみに、過去このGについて書いたブログは、このリンクの一番下「律動の月26日(G1/7)8・種 KIN164」にある。2012年にご本人から聞いた話は、その頃、私達が妄想していたストーリーよりも圧倒的に強烈で、その異様な存在感と確かにマッチする内容だった。だが、それ以降、私達はKIN181のその人物に会えてはいない。

あれから4年、181ナンバーの車を通じてGは4次元的に姿を現したのかもしれない。その瞬間の興奮をツイートしておいたら、その日の円卓に参加されていたKIN164(8・種)の方から、深夜にメールが届いた。何と、過去に二子玉川勤務の経験があるその方、私のツイートを見て「もしかして、その方、こんな方ではないですか?」とかなり細かく具体的なポイントを書かれて来たのだ。

もちろん、全てドンピシャであった。まさか、あの人物を知っている人がいらっしゃるとは!それもGと直結する日付の「水晶の円卓」に出席していて、さらに「銀河の同期」とシンクロするKIN164が誕生キンだとは!何しろ、先にリンクを貼ったその人物に関するLのブログは、KIN164に書かれているのだ。やはりGは、パカルとも縁のある銀河エージェントの一人なのだろうか。

だが、まだ話は止まらない。翌日(KIN182)、玉川高島屋の地下食料品街を歩いていたら、Gととても関係の深い人物が、真正面から歩いて来て、バッタリ遭遇してしまったのだ。しかし、この方についても書くのはちょっと難しいので、とにかくGと関係が深いという事と、未だ会話を交したことは一度も無い、ということだけメモしておく。

その日、剣武の稽古に向かう途中、私は『古事記のものがたり』という本を手にしていた。7月上旬に出雲大社で奉納演武が予定されているので、もう一回、大国主に関する部分を読んでおこうと思ったのだ。著者の一人、宮崎みどりさんは、私が関西在住時に知り合った方だが、本書は現代語訳でとても読み易いだけでなく、その神様が今はどこにお祀りされているかなどの情報も添えられていたりするので、重宝している。
古事記 ★手元にある2000年3月20日(KIN231)発刊の第2刷

さて、大国主に関するパートをゆっくり読み進めて行くと、何と、P157に子供が「181」人も居たという話が出てきた!後で調べてみたら(と言ってもwiki情報だが)古事記では180柱、日本書紀では181柱となっているらしいが、私が手にした本に「181」と書いてあった事に意味がある。

KIN181にKIN181のGシンクロを体験した直後、さらに関係人物に直接会ってしまった直後のこの展開には、流石に驚きを隠せない。しかも、その驚きの中には、単に数のシンクロだけでは無いものがあるのだ。というのも、謎の人物Gは、KIN19に色々な話をした際、子供が25人も居る(!)という話を、私達に向かってしていたからである。神話ならいざ知らず、現代の日本にそんなに子沢山な人など居るのだろうか(あくまで本人談ではあったが、私達には納得してしまうだけの神話的体験があった)。だから、181が大国主の「子供の数」として出て来た事に驚いたのだ。

夏至の今日(KIN184)は、剣武天真流蒼天支部道場の月一回の稽古日だったが、思えば、蒼天道場がスタートした日付もKIN181だった!そして、初めて出雲神社を参拝したのは2002年1月14日(KIN116)、手元にある『古事記のものがたり』第2刷は2000年3月20日(KIN231)の発刊。表紙は因幡の白ウサギで、「水晶の月」のトーテムアニマルはウサギである。

そして、今年の「水晶の月」は、『20の銘板』のクロノグラフの見方で「白い水晶の世界の橋渡し」と同期している。惑星ホロンで日本のエリアと同期する「橋渡し」の「水晶の月」の最後に、京都と大阪で暦のクラス(円卓)が開催される。「円卓で共有する」ことの魔術力は、まさに上記のような体験を通じて実感できるのだが、こればかりは、やってみた者にしか分からない。何をどうしたら良いのか分からないという方は、週末の関西の集いに来て頂ければと思う。手法だけでなく言葉では伝えられないコツもお伝えする予定だ。

難波津から伊勢に吹く「風」

2016年05月17日 00:25

スペクトルの月15日(G5/16)KIN148 黄色い倍音の星(by D)

先週、4日間(G5/10〜5/13)に渡って大阪国際会議場で行われた、ダライ・ラマ法王による入菩薩行論の法話と文殊菩薩の許可灌頂に参加して来た(全内容が動画公開されている)。この教えについての法王の解説を、マリア・リンチェンさんの同時通訳で聴けるというのは、それだけで大層贅沢な話なのだが、幸運なことに、他のいくつかの重要なイベントも関西で開催されていた関係で、今回、非常に貴重な「宝」を一気に受取ることになった。

その質と量が圧倒的なだけでなく、それらは互いに密接に響き合ってもいるので、何とか忘れないうちに流れだけでもメモしておきたいと思う。以下、ツォルキンの日付は、全て『13の月の暦(ドリームスペル)』に基づくものである。マヤ暦と(多分高い講座料を払って)ウソを教わってしまった人は『マヤのリズム』『霊性のアート 心の豊かさを育む技』などで、まずその「目的」と「使用法」の”根本的な違い”を知る事から始めると良いだろう。もちろん、銀河シンクロ教室を活用するのもひとつの手だ。

初日のKIN142(G5/10)は、9時半からの法話に間に合うよう、ほぼ始発に近い電車に乗り込み、のぞみ1号で新大阪へ。予報通り天気は崩れ気味だったが、一番展望の良いポイントで雲が途切れてくれて、珍しい傘雲を被った富士山を見る事が出来た。KIN142(12・風)は、『ドリームペル日本語版』を提唱者のホゼ・アグエイアス氏と共に伊勢内宮に奉納したKINでもあったので、調べてみたらツォルキンが17回巡ったタイミングだった。
IMG_7646.jpg ★ラピュタのような富士山

そういうタイミングにダライ・ラマ法王14世(KIN14) にお会い出来る、と思うだけで嬉しくなる。何故なら、太陽が観測史上最大のフレアを起こしたのは、ダライ・ラマ法王が伊勢の内宮を参拝された時だからだ(詳細は『シンクロニック・ジャーニー』に記してある)。会場に着くと、台湾やモンゴルからの人々の多さに圧倒される。昨年の昭和女子大での法話(灌頂)同様、灌頂がセットになっているから、という理由もあるのかもしれない。
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法王は常に、灌頂(加持)のような儀式よりも、仏法の本質を学び、日々実践することにこそ意味があると主張されているが、今回、改めてその事を強調されただけでなく、実際に灌頂パートを圧縮され、法話と質疑に時間を割かれたのは、加持目的の参加者が多い事を見抜かれていたからだろう。もちろん、私だって灌頂に関心が無い訳ではないが、参加動機の第一は、活きた説法の機微を体感する事にあった。それ故、法王のほぼ正面7列目(AG24)という席は最高に有難かった。

その後、「水晶の月」に暦クラスを開催予定のチャクラに向けて移動。大窓に引かれて立ち寄ったモトコーヒーの住所は2-1-1。KIN211(3・猿)は、12年前に二子玉川に引っ越した時のKINだが、このお店は二子玉に展開しているショップのグループ企業のようで、店内のチラシには知っている店ばかり並んでいた。チャクラでは思いがけず篠笛奏者の出口煌玲さんにも初めてお会い出来るなど、初日から密度の濃い時間が流れていた。

猿のウェイブスペルの最終日(KIN143)、サイ時間で「月の創世記」に入ったKIN209。法話の中で「ナーランダの十七人の成就者」について耳にした後、大阪市立美術館でKIN114(10・魔法使い)〜KIN154(11・魔法使い)に開催されている特別展「王羲之から空海へ」に向かった。王羲之の「十七帖」にシンクロを感じつつ、王献之、米フツ、蘇東坡、趙孟頫、董其昌、紀貫之、小野道風、一休、白隠、良寛ら、日中の超絶名人による真筆を心に焼き付ける。
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平日の閉館間際という事もあったのか、東京の空海展では人垣の間からチラっとしか見られなかった「聾瞽指帰」や「風信帖」も思いきり堪能。それにしても、よくもこれだけ集められたものだ。これだけの名筆の数々が、一堂に会する機会がこれから先あるのだろうか?と思うような充実ぶりだった。その後、かつてその近所に住んでいた玉出の「象屋」さんへ。達人が作るお好み焼きは、10年の時を経ても変わっておらず、やはり感動的だった。

『13の月の暦』365日暦の11/11は、260日暦ではKIN144(12×12)、12番目の「種のウェイブスペル」の始まりに当たっていた。開花と気付きの13日間に入菩薩行論を学び、文殊菩薩の灌頂を受けられるのはやはり嬉しい。法話の後、この日の夕食は大阪唯一のチベット料理店スノーライオンにしようという事になって、その場でリサーチ。住所からふと「もしかしてサムハラ神社も近いのでは?」と思って調べるとドンピシャリ!何と、神社から東に400mほど同じ道を行けばスノーライオンという位置関係。
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途中、カフェに立ち寄ったりしながら散歩しつつ南に進む。神社近くで12-12ナンバーの車(黒)が停車しているのを見かけ、直後に別な12-12ナンバーの車(白)が私達を抜き去って行くのを目にした。KIN144(12×12)に縁起がいいなと思いながら神社に到着すると、何と先の白い12-12ナンバーが神社の前に停車していて、私達が境内に入って行くと、お参りしていたその方が車に乗り込んで去って行ったのだった。保江先生の本で知って「いつか機会があれば」と思っていたが、このシンクロは、この日が「然るべき時」であったサインと読み取れる。
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だが、興味深いシンクロはまだ続いていた。天真書法塾シャンバラ教室を主宰しているLの誕生キン(KIN231)をサイ時間で見ると「12・12」。サムハラは、サンスクリット語のsaṃvara (サンバラ=仏の定めた戒律)から来ているなど諸説あるようだが、確かな事は分からない。「スノーライオン」で座った席のすぐ側に、販売用の仏像が並べられていて、文殊菩薩像の上にあまり見かけない像があったので説明を見たら、何とジャンバラ(宝蔵神)と書いてあった。サムハラ、シャンバラ、ジャンバラ。言霊的な共鳴が楽しく展開して行く。
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そもそもクリカやシャンバラという言葉は、カーラチャクラの教えに由来するものだが、このシンクロは、10年前(&14年前)にカーラチャクラ灌頂を授けて下さったダライ・ラマ法王から入菩薩行論の法話をお聞きした直後の出来事。日中、ブッダガヤやダラムサラの旅でご一緒したメンバー、剣武天真流の稽古仲間、ほびっと村の関係者など、懐かしい人々と再会した事がふと思い出されて、人の縁と時の巡りの妙なる働きに想いを馳せた。
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明けてKIN145(G5/13)、最終日のこの日は、少し早めにホテルを出て会場へ。エントランスで虹風さん(KIN16)がシンクロ合流し、その直後、同時通訳で大活躍されているマリアさんにもちょうど良いタイミングでお会いできて記念撮影。法王は、灌頂の時は必ず早めに会場で準備されるが、今回もやはりそうで、9時前に到着すると既に法座で瞑想をされていた。プログラムが始まる前のこのタイミングこそ珠玉の時間だと思う。

文殊菩薩の許可灌頂はウンと圧縮されたスタイルで終了し、午後の質疑応答も当初の予定より早く1時間で終了。無事、全てのプログラムが完了した。教えを説いて下さった法王と、ボランティアスタッフを始めとする運営者の皆様に心から感謝しつつ会場を後にした。偶然が重なり、ほぼ毎日のように顔を合わせていたIさんは、ブッダガヤの旅でご一緒したメンバーだが、帰りのバス乗り場でもまたお会いして、法王が初めて日本にいらした頃の様子を教えて下さった。

少し早く終わった事もあって、この日は神戸に行く事に。昨年、天真書法塾の宮野玄妙さんが個展を開いた時にLが訪れて感動したというベトナム料理店「鴻華園」へ行こうという事になった。三ノ宮に到着した時点で、まだ夕食には早かったので、生田神社、神戸ムスリムモスクと巡ってみた。モスクでは一人の若いムスリムがイスラームの思想を丁寧に説明してくれたが、空性について4日間聞き続けて来たばかりの私からすると、「その説明はどうなの?」という所もあった。

真の平和を目指すなら、どの宗教(あるいは無宗教)も普遍性のある部分を大切にし、違いのある所はそれを尊重して、それ以上は踏み込まない姿勢が必要なのかもしれない。鴻華園の料理は、噂に違わぬ美味しさだったが、一皿の量が結構多いので、あっという間に満腹に。どこかでお茶でもしてから帰ろうという事になって、写真で見当をつけ、カフェケシパールというお店に行ってみる事にした。これが実に素晴しいお店で色々とシンクロも発見。

まず、入口にはOpen13-20と書いてあり、中に入ると何とも静かで落ち着いた雰囲気で満たされている。案内してくれたスタッフが、「静かな雰囲気を大切にしているのでご理解下さい」みたいな事を伝えてくれて、メニューにもそういう主旨が書かれていた。ゆったりした空気が流れているこの感じは、「銀河連盟は静かにやってくる」というアグエイアス夫妻のメッセージを想起させる。チーズケーキとの”マリアージュ”というセットメニューを注文してみたのだが、これが絶品で、一口ごとに感動するレベル。コーヒーとの相性も良く考えられていて見事というより他ない。
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さらに、Lがスマホで調べて、この店が2011年4月29日(KIN126)、つまり、私達の結婚7周年記念の日、そしてダライ・ラマ法王が東日本大震災の49日法要を護国寺で行って下さったまさにその日にオープンした事を知った。殆ど写真だけで選んだというのに、何と言うシンクロぶりだろうか。しかも、何も知らずに”マリアージュ”まで注文。訪れたこの日は、ドリームスペルの数え方だとオープンしてから5年と14日目(法王はKIN14)のタイミングでもあった。

KIN146(G5/14)、4日間お世話になったホテルの609号室を早朝に出て、一路京都へ。429番のロッカーに荷を預けて、大徳寺聚光院に向かう。創建450年記念特別公開となっている狩野永徳の国宝障壁画、そして2013年に落慶した書院に奉納された千住博画伯(KIN169=13×13)の『滝』を見るべく、朝9時からの予約優先拝観を申込んでおいたのだ。予定より早く8:30頃には到着したので、大徳寺内を少し散策してみる。観光客の姿は殆どなく、美しい鶯の声があちこちから届くのを楽しんでいるうちに時間となった。

案内係の方に付いてひと部屋ずつ巡って行くと、国宝の本堂障壁画の中にも鶯が描かれていた。2000円の拝観料を取るだけあって、庭園も壁画も茶室も確かに素晴しかったが、私が最も驚いたのは、千住博氏の壁画『滝』が構想から完成まで16年を費やした大作であったという事と、その作品で囲まれた部屋に、山岡鉄舟(KIN36=6×6)の書作品「春風秋月恒好」が掲げられていた事だった(この作品をすぐに鉄舟と見抜いたLは流石だが、確かに鉄舟らしい名作だと思う)。

1月に大阪でホゼの生誕77周年に暦のクラスを開催した日が、鉄舟の誕生KINで、実際、色々なシンクロがあった事と、2013年まで16年を費やしたというその期間は、まさに『時間の法則の20の銘板』の実践期間と完全にシンクロするものだったからである。しかも、私は2013年の「銀河の同期」直後に剣武天真流の支部道場をスタートしているのだが、その道場名を「蒼天」にしたのは、千住博氏の本のP164に「蒼天」と記されていた事とも無関係ではないのだ(その理由はコチラ)。

修学旅行生でごったがえす京都駅から近鉄に乗り、大和八木で乗り換えて宇治山田へ。既に伊勢志摩サミットの準備で駅のロッカーは封鎖されており、少し離れた手荷物預かり所に荷を預けてから内宮(皇大神宮)に向かった。この日(G5/14)、皇大神宮では、午前9時から風日祈祭、正午から神御衣祭が行われていた。お天気にも恵まれ、気持ちの良い風が吹いていたが、思えば、難波津で空海の「風信帖」を見たり、風日祈祭の日に皇大神宮に居たりするというのは、ある意味タイムマシーンに乗っているみたいなもの、としみじみ思う。
IMG_7719.jpg  ★風日祈宮

どちらも1200〜1300年前から遥かな時を経て今に届いている情報や場なのだ。そう思うと、今、触れているこの「風」も、遥か昔からの何かを私達のもとへ運んで来てくれているのかもしれない、なんて考えてしまう。帰りに宇治橋から空を見上げると、太陽の周囲には虹の輪が出ていた。どうやら、今回のミッションも無事完了できたようである。
虹の輪 
名古屋まで近鉄で移動し、すぐさまのぞみ136号に乗り込んだ。14年前、オーストリア・グラーツでダライ・ラマ法王から受けたカーラチャクラ灌頂は、KIN136の満月に完了したから、今回の旅の締めに相応しい数字だ。帰宅後、秋篠宮家とローマ法王のシンクロを色々と発見してしまったが、これはまた別な話に繋がって行く流れを感じるので、今回の記録はここまでとしたい。

赤いサーファー、青いサーファー

2016年05月04日 23:57

スペクトルの月3日(G5/4)KIN136 黄色い律動の戦士(by D)

KIN131(G4/29)の時間魔術祭において発見され、共有された様々な物語は、「猿の創世記」のシンクロ場を活性化し、即座に次の波を私達にもたらした。おそらく、あの場に参加された全ての人々に、それぞれ相応しい形で波が届いているのではないかと思う。

プリンスのハートビート(追悼)」にLがまとめてくれた通り、この流れの予兆は、プリンスの死が報じられたアースデイの頃から既に始まっていた。もちろ ん、それ以前の様々な流れも絡んでいるのは言うまでもないが、分かり易い形で浮上してきたのは、大体その頃である。

時間魔術祭の翌日から2日間(それは「現れを仕上げる」惑星の月のラスト2日にも当たっていた)、私は横浜ナディアでの仕事が入っていた。2ヶ月に一度くらいの頻度で行っているウォーターセラピーの出張個人セッションだ。

初日のKIN132(G4/30)は、『時間の法則の20の銘版』によれば、KIN105から始まった28日間の時間トンネル「復活のテレクトノン」が完了するタイミングだった。これは、3つの通過儀礼を経て13の月・月の人として復活する機会が訪れている事を意味していた。

いつも通りに少し早めにお店に到着すると、セッションルームがまだ使用中だった関係で、スタッフの方と立ち話をし「今日、明日作成する水は、ある意味”復 活の水”なのだ」という事をお伝えした。その後、機器の準備をしていると、最初のお客様であるAさんが「武蔵小金井」と話しているのが聞こえてきた。

既に何度もウォーターセラピーを受けているAさん。てっきり横浜の方だと思い込んでいたが、セッション中に聞いてみると、戦後からずっと武蔵小金井だとの こと。私が学芸大に通っていた事を伝えると、昔日の武蔵野の様子や、お隣さんが学芸大の元教授であることなど、色々と話して下さった。
時空 時空赤 
それからしばらく忙しい時間が続いたが、休憩時、ほんの数日前に『時空のサーファー』が追加入荷されたばかりである事が話題になった。既に、小学館版(青い表紙)も復刊されたモデラート版(赤い表紙)も絶版になって久しいが、モデラートの社長と縁の深いナディアだからこそ、そして”今”というタイミングだからこその出来事だったらしい。

すると、スタッフのSさんが「赤バージョンには小原さんの解説があるけれどロダンセの事は出ていなくて、青バージョンは逆ですよね」と言われた。過去記事にも書いた通り、私は青バージョンで『13の月の暦』に出会い、9年後に赤バー ジョンに「あとがき」を書くことになるという、マンガのような体験をしている。

ロダンセとは、アグエイアス夫妻が日本で初めて『13の月の暦』の話をした伝説のお店で、当時は武蔵小金井にあった。「13の月の暦」「テレクトノン」「ド リームスペル」という時空のサーフボードも、そこでしか手に入らなかったのだが、9年後に赤バージョンが発刊された頃には、暦に関する情報がネットも含め広く行き渡っていた関係で、ロダンセはそのページから姿を消す事になったのだった。

さて、閉店時間が近付いて来たところで片付けを済ませ、普段ならそのまま「お先に」と帰ってしまうところ、ちょっと確認したい事があって、スタッフの方がお客様の対応を終えるまで、美しい石たちを眺めながら待つ事にした。その間、10分余り。用件も済んで、さあ帰ろうとなったところで、オーナーのゆみこさんと一緒にお店に入って来たのは、何と龍村ゆかりさんだった。
ナディアy 
カトマンズで13人のグランドマザーにお会いした時にメールでやりとりしたり、 チベットサポート関係他でお会いした事は何度かあったが、ナディアで再会するとは予想外だったので、私はかなり驚いた。聞けば、マウイであるワークショップが行われた際、ゆかりさんがホームステイをされたらしい。横浜のショップに来たのは初めてとのことで、そこに偶々私が居たという訳だ。

久々の再会を祝して記念撮影をした後、私は先に失礼させてもらったのだが、確かゆかりさんは、私を水の世界に導いた江本勝所長と、365日暦の誕生日が同じ7月22日のはず。再会したこの日のサイ時間単位KIN154(7×22)とも、見事にシンクロしていた。あちらから所長が繫げて下さったのかもしれないが、それを言う ならアグエイアス夫妻やLeon Flying Eagleさんとの縁も見逃せない。

なぜなら、マウイは『ドリームスペル』が生み出された場所でりあり、正八面体水晶と球状ラピスを通じて繋がったLeonさんもまた、マウイで晩年を過ごされた 方で、その誕生キンは「銀河の同期(KIN164)」そのものだったからだ。しかし、帰宅してから気付いたのは、さらに面白いことだった。

霊性のアート』P96に記してあるように、ゆかりさんと初めてお会いしたのは私が大学生だった頃で、学芸大内の施設で行われた『ガイアシンフォニー・第一 番』上映会の時だった。この映画のプロデューサーでもあったゆかりさんが、出産間近と思われる大きなお腹で講演されたのを今もよく覚えている。学芸大の最寄り駅は武蔵小金井である。

つまり、私はこの日、ナディアに到着した瞬間も帰り際も、武蔵小金井駅を中心にした小金井市という場と繋がってしまったのだ。そして、これはナディアに 『時空のサーファー』が入荷したことと関係があるとしか私には思えない。なぜなら、そのタイミングに合わせてAさんのお話や、ゆかりさんとの再会が生じたからだ。

帰宅後、改めて「青いサーファー」と「赤いサーファー」の2冊を見比べてみた。ロダンセが出ていたのは「青いサーファー」のP254。KIN254(7・魔法使い)と読めば、テレクトノンの「預言の第7年」にも対応する。一方、「赤い サーファー」で自分が担当した「あとがき」は、P294から始まる。別に意味はないが、思わず294-254=40と計算してみたくなる。

40という数は「荒野の40日」を思い起こさせるが、ちょうど「猿の創世記」の始 まりに気付きがあったので、それだけメモしておきたい。結婚記念日である2004 年4月29日(KIN171)から12年後、つまり同じ干支である申(さる)が巡ってく る今年の4/29は、KIN131だった。

KIN171は「2・猿」で、KIN131は「1・猿」なので、12年経過すると「太陽の紋章」は同じで「銀河の音」が1だけ減る関係になることを発見した。これは260 日暦が40日戻る(あるいは220日進む)関係とも言える。ところで、私達はヴィーナストランジットだった2004年6月8日(KIN211)に二子玉川に越して来た。

つまり、入籍日のKIN171(2・猿)から40日後のKIN211(3・猿)に二子玉川とい う土地に入植したのである。それから12年後の記念日はKIN131(1・猿)で、引っ越し記念日はKIN171(2・猿)という関係。ちなみに、KIN211(3・猿)は、『時空のサーファー』を捧げられたホゼの息子ジョッシュの誕生キンだから、私 達の引っ越しとこの本は、切っても切れない関係にあるのだ。

話はここから「赤い惑星、青い惑星」という火星と地球の情報転送の話に広がって行くのだが、このブログを書いた日に『エリジウム』という映画を見たことだけメモして、ひと区切り入れることとしよう。

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