ダ・ヴィンチのゴールドエクスペリエンス

2017年04月25日 00:36

惑星の月21日(G4/24)KIN231 青い惑星の猿(by D)

今日は『13の月の暦』で1年(52週間)の3/4に当たる39週目(第3四半期)が完了する日。この見方が習慣になったのは、1997~2013の16年間、ツォルキンと易を結びつけてDNAとヌースフィアを再活性化させるツール『時間の法則の20の銘板』をプレイしてから。GWの【銀河のマヤ時間フェスティバル】で久々に取り上げるので、関心のある方は実物(ホゼ手書きのカラーコピーも一部公開予定)に触れられるこの機会をご活用いただければと思う。

さて、今日は「惑星の月」の「青い惑星の猿(KIN231)」ということで「銀河の音」が重なる「魔術の亀の日」でもあった。さらに、L(KIN231)の79回目の銀河の誕生日とレオナルド・ダ・ヴィンチの565回目の誕生日がシンクロするというスペシャルデイ!

ダ・ヴィンチの誕生日がLのKINとシンクロするのは52年に一回だから、ひとつ前の同期には『13の月の暦』がこの世に存在していなかったし、52年後は違う次元に飛んでる可能性が高いから、おそらくは生涯1回きりの出来事。当然、79回目の誕生日との同期、というのは完全に1度きりである。

「青いスペクトルの嵐の年」最初の記事【パレンケとダ・ヴィンチが「青いスペクトルの嵐」を呼ぶ】の最後にメモを残した通り、ダ・ヴィンチの生涯は、ユリウス暦をグレゴリオ暦に変換して計算すると、以下のようになる。
生年:1452年4月24日、KIN186(4・世界の橋渡し)
没年:1519年5月12日、KIN219(11・嵐)

本屋 
上記の本屋の写真は、ちょうど231日前にフィレンツェを発つ日の朝、宿泊先の目の前で何となく撮影したもので、帰国後、色々と調べる中で、ダ・ヴィンチが住んでいたまさにその場所だと判明したところ。

79.jpg 
その前日(KIN259)、つまり232日前に訪れたウフィツィ美術館では、No79の部屋にダ・ヴィンチの絵(受胎告知など)が集められていた。まさか、今日という日に、こんな形でこの数字が響いてくるとは思わなかった。おまけに、565-232=333 という関係も発見。

KIN259(G9/4)のサイ時間はKIN26で、美術館を訪れた時のLの「運命の道筋」と一致していた。その日、4日前に訪れたばかりのヴァチカンでは、マザーテレサが聖人に列せられる式典が行われていたのだが、翌日、つまり本屋(=ダ・ヴィンチが住んでいた場所)の写真を撮った日は、マザーの死後19年に当っていた。79も219も259も「青い嵐」に置き換えられる数だが、「嵐」の紋章コードNoは19である。

そう言えば、今日から4日前に『レオナルド・ダ・ヴィンチ 美と知の迷宮』という映画を見た。そこから1銀河スピン+1週間前、つまり「青いスペクトルの嵐の年」の2日目KIN220に『レオナルド・ダ・ヴィンチの謎』の著者による来日講演会を聞いた。先に挙げた【パレンケとダ・ヴィンチが「青いスペクトルの嵐」を呼ぶ】は、その翌日のKIN221に書いたものだったが、当時はまだ、それがミケランジェロの誕生キンだとは気づいていなかった(と思う)。

ダ・ヴィンチに関する新しい本を手に入れた日からぴったり5週間後に、彼が過ごした街フィレンツェを訪れ、ダ・ヴィンチに関する映画を観た日からぴったり5週間後に、再び同じ街を訪れる事になるとは、意識して行っている訳ではないだけに、不思議な(しかしある種の規則性がある)現象である。

不思議といえば、今日もまた、上記の発見以外に日常生活の中で驚きがあった。日中、諸用で自由が丘に行き、途中でメガネドラッグの超音波洗浄機を見つけた私は、喜々としてそれでメガネを洗浄をしていた。この装置、よく汚れが落ちるので重宝しているのだが、二子玉では見かけなくなって久しく、久々の再会を喜んでいたのだ。

使い終わって、「やっぱり綺麗になるなー」とLに向かって興奮気味に話していると、一人の中年男性がこっちを向きながら「オバラ!」と言っている。確かに私に向かって言っているのだが、誰だか分からず「確かに俺に向かって言ったよな…」と心の中で呟いていると、「◯◯だよ」と名乗るのとほぼ同時か少し前くらいに、あ!と分かった。何と中学時代の同級生K君であった。

この前後の感覚は非常に不思議で面白いものだったので、少しメモしておきたい。実は、メガネ店への道すがら、自由が丘で開業している医師のTさんの事を思い出していた。同じく中学の同級生だったTさんとは、何年か前の同窓会で顔を合わせていて(K君ともその時会っている)、自由が丘で開業した時に、気に入って購入してくれたLの書作品を納品に行った事があるのだ。

さらに、つい数日前、FBで面白い記事をUPしているのを見かけて「いいね」をしたばかりでもあった。だから、K君とばったり会う直前、頭の中では中学時代の記憶回路(ユスア)がある程度活性化していた状態にあったのである。それでも、一瞬、「誰だ?」と思ってしまったのは、思いがけない場所で全く予期していない人物に出会ったからだろう。

それにしても、K君はよく私だと分かったものだ。何よりそれが不思議で「どうして分かったの?」と聞いたら「変わってないから分かるよ」との事。まあ、数年前に一度会っているから、その時からはそんなに変わっていないかもしれないが(K君も変わっていなかったが)、それでも、同級生らしき人物を見つけて、パッと声をかけられるか?と問われると、あまり自信はない。とにかく、声をかけてくれたことで、今日がさらに面白い日になったのだから、彼には感謝せねばなるまい。

彼はそのメガネ店に用事があったようで、店の前で少し立ち話をして別れたのだが、その直前、気になって誕生日を聞いてみたら、G3/19で誕生KINはKIN200(5・太陽)であった。3日前のプリンス(8・太陽)の命日に、『the gold experience』というアルバムの中の319という曲を耳にしていたので、これもちょっとした驚きであった。

上記の通り、今年(青いスペクトルの嵐の年)はイタリアの風が吹き続けているが、ジョジョ第5部の舞台はイタリアで、主人公ジョルノのスタンドは、このアルバム名から取った「ゴールドエクスペリエンス」でもあるのだ。そして、319という曲は、そのアルバムの8曲目に収録されている(5と8の太陽はここにつながる)。

この驚きの再会の直後に見た車のナンバーは204で、今日のサイ時間、そしてニコライ・レーリヒとシンクロ。という訳で、第3四半期も驚きに満ちて終了とあいなった。明日から最後の13週間が始まるが、どう展開していくのかがまた楽しみになった。

春分・志賀島のワカメ体操

2017年04月01日 00:09

太陽の月25日(G3/31)KIN207 青い水晶の手(by D)

春分の朝、潮騒で目覚めて窓辺に近付くと、すぐ目の前が海で、岩場に海鳥たちが佇んでいるのが見えた。1階に降り、同じ「満帆荘」に宿泊した鹿児島のMさんと、3人横並びで絶景を眺めつつ朝食を頂く。地元産の旬の食材はどれも滋味に溢れ、特に女将さんがこの島で育てているという古代赤米と、目の前の海岸で取れるワカメのお味噌汁は、あまりの美味しさに普段朝食をとらない私が思わずおかわりをしてしまったほど。
わかめ ★今が旬のワカメ

セミナー会場はすぐお隣なのだが、開始までにまだ時間があったので、1800年ほど前まではそこに志賀海神社があったとされる勝馬小学校の方を巡って海岸に出てみる事にした。今年初のウグイスの声を聴きながら道を進むと、勝馬宮と書かれた鳥居が現れ、こんもりとした小山に続く魅惑的なスロープが見えて来た。沖縄のウタキのような雰囲気もあるこの森からは、7世紀の古墳も発見されているらしい。
鳥居 ★勝馬宮(仲津宮)鳥居

小山のほぼ頂上部に仲津宮の社が建てられていて、その側にある木には紙垂の付いた木片が3本縛り付けられている。シャーマニックな雰囲気に満ちたそのエリアから、トンネル状に生えた樹々の間を抜けて海側に下ると、出口付近で強い潮の香りが漂って来た。海辺に出ると、ほぼ正面に沖津島があり、天御中主神が祀られているという沖津宮の鳥居が見えたので、そこで天真五相を行ってから会場に向かった。
umidori.jpg 

会場の「喜多乃家」さんは、ふたば幼稚園のスタッフでもある北本さんがご家族とされている「海の家」。これまた絶景の広々とした空間で、小崎先生が迎えて下さった。30名余りの参加者のうち、1/3以上が幼稚園スタッフの方々という事もあってか、既に場が出来上がっている。午前中は「13の月の暦」について。2日連続で参加して下さっている方には、重複してしまう所もあったが、2時間で要点をお伝えするとなると、やはり外せない所は自ずと決まってしまうもの。
kitanoya.jpg ★喜多乃家のオーシャンビュー

前日触れられなかった「運命の道筋」の例題に立候補して下さったNさんの誕生キンがKIN54(2・魔法使い)だったので、「人は時間の代表者(窓口)」(Nさんの自由意志を通じつつKIN54という時間が他の日付より強く主張して来た)というドリームスペル的発想で、最近のKIN54を調べると、2016.10.29。何と私達が渋谷で「時の魔法・ドリームスペル展」を開催した日だった。

実は、今回の主催者である高木さん(KIN203)と、様々な面でサポートして下さったシャンバラ教室生の小崎亜久理さん(KIN219=今年1年)は、その時、わざわざ九州から渋谷の会場に来て下さっただけでなく、それぞれ私達の書作品を入手して下さってもいるのだ。前夜、宿に行く途中に小崎さんのお宅に立ち寄らせて頂いた折、綺麗に額装された「嵐」と「魔法使い」を目にしていた私は、「青い嵐の年」の「白い魔法使いの日」という、まさにその書とシンクロする方が、例題のためにいち早く挙手された事を、驚きをもって受けとめていた。
魔法書 ★魔法使いさんの家にて

それだけでなく、亜久理さんと高木さんが共同で入手して下さった蘭禅の連作「銀河の七方向への祈り」を、高木さんが車で持参して下さっていた事にも驚かされた。時間的余裕が無く、それを広げる機会を逸したまま講座を終了してしまったのは申し訳なかったが、Nさんが立候補された事も含め、全てが美しく繋がっていた事をここに記しておきたい。

広島ゼロポイント(原爆投下日=KIN55)から100銀河スピン(26,000キン)目のKIN55(3・鷲)が、渋谷での「ドリームスペル展」。その100日後のKIN155(G2/7)に、当ブログで今回のイベントをアナウンスし、そのさらに40日後のKIN195が、前日の福岡天神でのクラスだったのである。Nさんが2日間だけ開催された「ドリームスペル展」の初日とシンクロしていた事は、この流れと決して無関係ではないのだ。

今回は、『マヤのリズム』のカバー絵を描いて下さったみよこみよこさんも、遠路、延岡から参加して下さったのだが、その絵はまさに「春分のチチェン・イツァ」をデザイン化したものなので、本書を入手された方には、みよこさんと私が記念サインをさせて頂いた。『時空のサーファー』を発刊日当日に手に入れた事から全てが始まった私の実体験からすると、この日『マヤのリズム』を手にした方には、これからとても面白い事が起こり続けるだろう。

流石に「食」を意識している幼稚園の方々が用意して下さっただけあって、ランチのお弁当も素晴しく美味しく、素材もバランスもよく配慮されたものだった。食事の時に同席させて頂いた方が、おそらく参加者の中で最も古代史に詳しい方だった(後で福岡の古代遺跡について聞いた時の反応から)のも面白いシンクロ。

午後の「天真体道クラス」は、お天気が良ければ海岸でやろうと思っていたのだが、あいにく雨だったのと、食後すぐに動くのも無理があると感じ、前半30分ほどは、青木先生が「世界の12賢人」に選ばれたことや、その背景となった天真体道の目的は「心身の力みを抜き切り、天地人々と融和する事」というようなお話をさせて頂き、少しお腹がおちついた頃を見計らって準備運動(天真柔操)を始めた。
sinwa.jpg ★親和体操(写真は高木さんより)

全く初めての方が殆どだったので、背中合わせで行う親和体操や、発声しながらの動きなども新鮮だったようだが、一番リアクションがあったのはワカメ体操だった。というのも、志賀島では今がまさにワカメシーズンの始まりで、後に小崎先生からふたば幼稚園のワカメ部長に任命された北本さんなどは「志賀島用にアレンジしてそういう呼び方をされていたのかと思った」と、ワカメが名産の島の方ならではの感想を伝えて下さった。

最後の「春分の円卓クラス」は、『13の月の暦』において「協力を捧げ」「共有する」ことの重要性をお伝えし、実際にそれを試みるためのものだったが、結局、今回のイベントに関わる数々のシンクロを私がシェアしているうちに半分以上の時間が過ぎてしまった。以下にその一部をメモしておくが、最終的には参加者の皆様からも質問やシェアが出始めて、ある程度このクラスでやろうとしてた事は達せられたように思う。

・2015.9.9(KIN159)重陽に二子玉川で「四重の虹」が見られた。後に亜久理さん(KIN219)の太陽暦誕生日だったと知る。その260日後2016.5.27は「オバマ大統領広島訪問」で、さらにその260日後の満月2017.2.11建国記念日(ヴァチカン誕生88年)、河口浅間神社で剣武奉納演武。
・「金印」が文化財保護法で国宝に指定されたのは1954.3.20(KIN81→9×9)。この日のぴったり63年前。KIN63はKIN219から始まった「青いスペクトルの嵐の年」の「時間外した日」に当たる。
・『6歳までにかしこい脳をつくる 奇跡の幼稚園メソッド』は「10魔法使いの年」の「6魔法いの日」発刊で、著者小崎孝子先生は「8魔法使い」=KIN34。この日が34週目の終わり。
・「庚寅銘大刀」(570年)と「四寅剣(陽気の極)」とマホメット。テレクトノンは「光の剣」。
・本宮ひろし『行雲流水〈徐福〉』に「海人の安曇族」。
・「剣・鏡・勾玉」の「三種の神器」が出ているのは「吉武高木遺跡」「平原遺跡」はじめ5つで、いずれも福岡市近圏。

ちょっと驚いたのは、地元の方ならご存知かと思った「吉武高木遺跡」や「平原遺跡」について、殆どの方が知らなかった事。学校教育で教えられていないとか、九州は古代遺跡が多過ぎて覚えられないという理由もあるようだが、かなり重要な発見が成されていても、様々な要素のフィルターがあって、世の中にはシンプルな事実すら、そのまま伝わっていない事を再認識した。

そもそも「13の月の暦」と「マヤ暦」という、簡単かつ明確にその違いが確認出来るものでさえ混同されているような状況では、学閥や皇室、国家が絡むような歴史分野で本質的情報に辿り着くのは、夢のまた夢という感じなのかもしれない。まだ調べが浅いので、あくまで参考情報としか言えないが、執筆者の立ち位置が(見える範囲では)自由で、過剰な妄想癖も諸団体との利害関係も無さそうな「日本古代史つれづれブログ」は、上記シンクロ発見の過程で知ったブログだが、とても勉強になったのでメモしておきたい。

終了後、幼稚園で書作品の設置作業(これについてはLが別途書く予定)を見守っていた小崎先生とLも合流し、「満帆荘」で懇親会が行われた。2日連続で参加して下さった方や幼稚園スタッフの方々と、美味しいお刺身や海の幸、山の幸を堪能しながら、1日を振りつつ楽しい時間を過ごさせて頂いた。主催の高木さんはじめ準備や片付け、会計などを手伝って下さった皆様に、この場をお借りして改めて御礼申し上げる次第である。

部屋に戻って、翌日の奉納演武の準備と荷造りを済ませ、PCでメールなどを確認している時だっただろうか。朝、女将さんが出掛けに「地震でここも被災し、以前の1/3の規模になりました」と言っていた事や、北本さんが日中一時抜け出していたのは「消防訓練のサイレンを鳴らしに行っていたから」という話が気になって、福岡県西方沖地震の事を調べてみると、何と12年前のその日、つまり2005.3.20(KIN236)だった事が判明。

まんま私の現在の「運命の道筋」ではないか!KIN236(2・戦士)を歩む私が、KIN236の春分に被災した志賀島(その中でも被害の大きかった地域)に、同じ春分のKIN196(1・戦士)にやって来て、暦や天真体道について伝えさせて頂いた事の意味は、何なのだろうか?「意味」を求める方のために、自分なりの見解を述べておくと、それは原爆投下(KIN55)に対するハーモニック・コンバージェンス(KIN55)と同じで、4次元の時間を通じて、場の記憶を調和(中和)させる事にあると言える。

そう決まっていると言っている訳ではなく、私ならそのように「見る」という事だ。そして、事は見たようになって行くというのを私はずっと体験し続けて来た。12年後の同日は、同じ「太陽の紋章」で「銀河の音」が「1」だけ減る、という法則にも改めて気付いて眠りについて数時間後、ズズズズズという振動で目が覚めた。スマホで速報を見ると、震度は1でマグニチュードも3程度と小さい地震だったが、何と震源は12年前と殆ど同じというピンポイントさ。

一体、この事実をどう受けとめたら良いのだろうか?と、こういうのが初めての方なら悩むかもしれない。しかし、私は既に何度もこういう「あり得ないような時空のシンクロ」を体験して来ているので、これは、中和の象徴的現象なのだと自然に受けとめた。同時に、数時間後に奉納演武をする日程が「2・地球」で、サイ時間も「8・地球」と「大地(地球)」が関係する日である事は前から意識していたので、演武の時には大地を鎮める祈りも捧げよう、と思いながら再び眠りに就いたのだった。

この記事をまとめた今日(G3/31)は、『ドリームスペル』日本語版を伊勢の内宮神楽殿でホゼと共に奉納した日(12・風)からぴったり13年。そしてマヤ長期暦の完了ポイント2012年冬至(KIN207)からピッタリ6銀河スピンというタイミング。伊勢に奉納時のホゼ(KIN11)とステファニー(KIN185)の写真をツイッターとインスタにアップして気付いたが、二人のKINの合計196は、この春分志賀島の日付(KIN196)そのものだった事に、ここまで書いて来て気付いた。

東風吹かば にほひおこせよ 梅の花

2017年03月28日 01:32

太陽の月21日(G3/27)KIN203 青い銀河の夜(by D)

春分前後の4日間(3/19〜22)、私達は九州でとても豊かな時間を過ごして来た。前半2日間は、J.T高木さん(KIN203)主催の「天真体道」と「13の月の暦」のワークショップ、後半は志賀海神社で書と剣武の奉納、ふたば幼稚園での掲額式、そして別府国東巡りと、実に盛り沢山なスケジュールだったので、まずは前半から一つ一つ整理して行きたいと思う。

今回のイベントのきっかけが、1年前のG1/24にホゼ生誕77周年を記念して大阪で行ったクラスにあった事は「鷹と鷲の福岡天神&春分の志賀島」に書いた通りである。より詳しい背景は「天神さんと天迅さんの梅(前後編)」にまとめてあるが、それを再確認していて驚いたのは、ホゼ(KIN11)とロイディーン(KIN22)が大阪天満宮の天神祭に参加した2001年7月25日(KIN203)から、今日でぴったり22銀河スピンというタイミングだったのが判明した事。

やはり今回の九州行は、アグエイアス夫妻や菅原道真公も関与している何らかのミッションと関係があったようだ。出発の2週間余り前に、ある方がご自宅にあった道真公の真跡拓本のお軸を写真で送って下さり、その内容が太宰府に左遷された後に読まれた漢詩「自詠(みずからえいず)」だと判明したのも、大変興味深いシンクロだった。

ホゼの生誕77周年が、KIN241(ホゼの母エセル&私の誕生KIN)に対応するひと月(7番目の「共振の月」)の中心に巡って来ていた時点で、既にスユア(時空記憶回路)が開いていたのか、今回、羽田69番ゲート(62番から直前変更で7増えた)から乗り込んだのはANA241(7・竜)便。今の羽田-福岡路線に、わざわざこの数字が使われているのも偶然ではないのだろう。

富士山 

早朝の真っ赤な太陽と真っ白な富士山を見つつ福岡へ。大阪クラスの直前に大阪天満宮を参拝し、その翌日、北野天満宮で1番大吉のおみくじ(道真公11歳の詩とされる「月輝いて清雪のごとし」)を引いていた流れから、まずは太宰府天満宮を参拝することを決めていた。といっても、午後からのクラスに遅れる事は出来ないので、電車の接続が上手く行っても現地には30分余りしか居られない。

太宰府電車 

3連休中日の天満宮は既に多くの参拝客で賑わっており、本殿前には行列も出来ていた。菅公を追って飛んで来たという「飛梅」はほぼ咲き終わっている様子だったが、葉山御用邸から運ばれたという「皇后の梅」をはじめ満開の樹々も多く、境内には麗しい梅の香りが漂っていた。何気なく梅を撮った裏に「東風吹かば にほひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ」の碑があった事、そして、天満宮の住所が「7番1号(→7・竜)」だったのを知ったのは、今日(KIN203)になってからだった。

東風梅 ★この梅の樹の奥に道真公の「東風吹かば」の歌碑がある

また、以前(上記「中編」で)引用した「天神には神号の他に五つの名と姿があるといい、第五に九州の安楽寺に道真と称し十一面観音菩薩の化身になる」という下りの「安楽寺」とは、まさに太宰府天満宮の事で、創祀時は安楽寺天満宮と呼ばれていた事も、今日初めて知った。今回が初参拝だった太宰府には、ほんの僅かな時間しか滞在出来なかったが、きっと改めてゆっくりと訪れる機会があるに違いない。そう思える場所だった。

恒例のおみくじは、5番中吉で、Lは18番吉だった。上記「前編」ブログによると、大阪天満宮本殿の屋根の上には、5枚の花弁からなる「梅紋」が5つあり、その時は「のぞみ5号」で大阪に行っているので、やはり繋がっている。その後、天神に戻って地下街で軽食を済ませ、会場の「書斎りーぶる」(住所1-18)に向かった。地上に出ると、そこは10年以上前に天真体道(新体道)と暦のクラスを行ったアクロス福岡からすぐの場所だというのが分かった。

書店に併設されている会場に入り、部屋の奥の椅子に荷を降ろした時、いきなり目に飛び込んで来たのは、何と松田隆智先生の『謎の拳法を求めて』。思いがけない出会いだったが、著者の松田先生には数年前(他界される直前)に青木先生のご縁でお会いしており、目の前で寸勁を見せて下さった事が、懐かしく思い出された。パラパラ見ていたLが「素晴しい事が書いてあるから買って行こう」と言うので、四半世紀以上前に手に入れたものが実家の書庫にある事を伝えた。

いよいよ始まったクラスには、福岡だけでなく、長崎や佐賀、鹿児島からも参加者が集まって下さっていて、その熱心さにこちらも力が入ったが、大事なポイントはとてもシンプルで、そこさえブレていなければ、天真体道も「13の月の暦」も、自ら幾らでも深めて行けることをお伝えした。特に、暦に関しては既に知識のある方が多かったので、何が本質なのかに思い切り注力させて頂いた。

天真体道については、本来、新刊出版記念イベントの予定だったところ、諸事情で大幅にずれ込んでそれが叶わなかった事をお詫びしつつ、10月にNY国連ビルで行われる「12賢人会議」に、マスターの一人として青木先生が(ル・シエル財団に)選ばれた事や、それが『霊性のアート』に書いた「13人のグランマザー」とも関係している事をシェアし、新刊発刊の折には、また改めて機会を設ける事をお約束した。

終了後は、88-22ナンバーの車に乗せてもらって、のんちゃんという焼き鳥屋さんで懇親会。部屋が真っ白になるほどの煙にはビックリしたが、美味しい焼き鳥を堪能させて頂きつつ、参加者の皆さんと親交を深めた。翌日は午前中から志賀島でクラスを行う関係で、宿も翌日の会場隣にある「満帆荘」にして頂いた。その住所は「勝馬257-5」。

257というと、私の中では、伊豆熱川で初めて剣武天真流セミナーが行われた2009.7.19(KIN257)や、そこから520日後のKIN257(冬至)に三輪山の磐座に参拝した事、さらにその520日後に『銀河のマヤ、聖なる時の秘密』のための対談を江本所長と行った日として思い出されるのだが、4月下旬に行われる剣武天真流の合宿が、8年ぶりに再び伊豆熱川で行われる予定で、そこにル・シエル財団の方が来る予定になっているのも、偶然とは思えないのである。

何しろ、この日、G3/19(KIN195)のちょうど260日前には、出雲市大社町杵築東195にある出雲大社で、剣武天真流の奉納演武を、青木宗家&本部正師範で行っているのだ。つまり、時間的にも空間(257)的にも、この日は剣武と深く繋がっている日だったのである。志賀島から福岡市内まで、真っ赤な77-77ナンバーの車で迎えに来て下さったのは、『6歳までにかしこい脳をつくる 奇跡の幼稚園メソッド』の著者、ふたば幼稚園の小崎孝子園長先生。シャンバラ教室生の小崎亜久理さん(KIN219)のお母様だが、今回のイベントには、お二人にも様々な形でご協力頂き、大変お世話になった。

途中、かの有名な「金印(漢委奴国王印)」が発見された場所を通った時に、日中の暦クラスの時に、窓の外で81-81ナンバーの車が方向転換したのを目にした事を思い出した。何故なら、金印が文化財保護法で国宝に指定されたのは1954.3.20(KIN81)だからである。遅い時間に到着した上、人工的な灯りが殆どないので、外の様子はよく分からなかったが、「満帆荘」が海岸に面した宿である事は、波の音から分かった。

そして、案内された部屋は「東風(こち)」という名前だった。その時は、「東風吹かば にほひおこせよ 梅の花…」という道真公の詩の事は全く頭に無かったので、剣武天真流の受け技「東風波濤剣」の事しか思い浮かばなかったのだが、今日、このブログを書いた事で、この部屋の名前までもが、道真公(天神さま)と繋がっていた事を(ある種の驚きをもって)知ったのだった。

911テロから15年後の時空調律

2016年09月21日 21:38

電気の月2日(G9/21)KIN16 黄色い電気の戦士(by D)

『13の月の暦』のツォルキンで、最初のウェイブスペル(13日間)が完了するKIN13(G9/18)、私は大阪チャクラで天真体道瞑想と暦のクラスを行っていた。暦のクラスで例題に立候補して下さったのは、この日行われた全てのクラスに参加された唯一の方で、誕生キンはKIN63(11・夜)であった。

直近で巡って来るKIN63はG11/7で、その260日後は2017年のG7/25=「時間をはずした日」である。この日、私はのぞみ201号11号車7番で大阪入りしており、「時間をはずした日」は、チャクラのすぐ近くで天神祭が行われるタイミングである(*KIN201は『20の銘板』における「時間を外した月」にも対応する)。

『13の月の暦(ドリームスペル)』提唱者であるアグエイアス夫妻は、2001年の「時間をはずした日」(KIN203)に、その天神祭に参加した事があるので、大阪天満宮から至近距離にあるチャクラでのクラスで、次の天神祭に誕生キンが巡って来る方が例題に立候補された事には、多次元的な意味があると思われた。それは、次の事からも推察できる。

KIN63(11・夜)の方はG7/20生まれで、その目の前に座っていたのはKIN228(7・星)でG7/30生まれの方だったのだ。つまり、この2人は「時間をはずした日」を挟んで前後5日の関係にあり、「時間をはずした日」と地球家族の関係にあったのだ。また、それぞれの「銀河の音」は、11号車7番やG11/7ともシンクロしていた。

加えて、この日は私の「神秘のパートナー」(キン番号の合計が261になる関係)でもあるKIN20(7・太陽)の方も参加していて、それはちょうど「7・星」のガイドキンにもなっていた。そして、のぞみ201号にそのKIN20を加えたKIN221の方も、会場にはいらしたのだ。これらを、ただの数字遊びと見なすのは簡単である。事実、私は遊び感覚でこういうシンクロを発見している。

しかし、それは同時に、「暦を替える平和の運動」を意識している者とって、時空の調整作業、あるいはクリーニングのようなニュアンスも含んでいるのだ。例えば、アグエイアス夫妻が天神祭に参加したのは、15年前の「時間をはずした日」であり、その48日後にあの「911テロ」(KIN251)が起こっている(*「時間をはずした日」を1日目とすると49日目が911テロ)。

思えば、今回のチャクラでのイベント案内も、ブログの911番目の投稿記事だった。この事に気付くと、ここ最近、連発で体験していた15日ズレの現象も、ある種、伏線ようなものだったと理解できるのである。『13の月の暦』では、365日暦と260日暦が15年で15日ズレるという関係があるのだ。具体的に、最近の例を2つ示しておこう。

私が人体科学会の合宿に合わせて上田城を初めて訪問したのはKIN251(G8/27)。先に書いた通り、KIN251は、15年前に911テロがあった日付と同じだが、そこから15日後のKIN6(G9/11)、大河ドラマ『真田丸』では、上田城での合戦のシーンが放映された。911テロと直結する2つの日付、G9/11とKIN251の両方が「上田城」で結びつけられていた事に、私は強いサインを感じていた。

もう一つは、12:60システムの総本山とも言えるヴァチカンとの関係。KIN255(G8/31)、私達はサンピエトロ大聖堂の中で、ミケランジェロの傑作「ピエタ」に心奪われていた。そこから15日後のKIN10(G9/15)。『ジョジョの奇妙な冒険』の作者、荒木飛呂彦氏の79回目の銀河の誕生日に、第8部ジョジョリオン電子板の13巻を入手。何とその中に「ピエタ」と”全く同じポーズ”の吉良ホリーの姿が描かれていたのだ!15年前のG9/15は、911テロの4日後だから、もちろんKIN255である。
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こういう流れがあった上で、15年前の「時間をはずした日」に意識を向けさせるような出来事(KIN63の方に天神さんの近くで出会った)が生じたので、私は尚更911に注意を向けざるを得なくなったのである。それが、KIN14のアースダイビング(古い時代への地層へのダイブ)にも響く事になるのだが、その前に余談をひとつ。私の書の雅号は天迅(てんじん)で、実はチャクラにある「蔵」という額は天迅作である。

さて、KIN13(G9/18)は東京も大阪も雨の予報で、実際、チャクラで天真体道をやっている最中にかなり降って来て、それから夜までほぼずっと雨のようだったが、家から二子玉川駅までと、南森町駅からチャクラまで、そして夜にチャクラからホテルに向かうまでの間は、降っても霧雨程度で、結局傘を指す必要は一度も無かった。

KIN14は、恒例のシンクロ小旅行をと思っていたものの、台風接近で天気も更に崩れそうだし、特に行ってみたい場所も思いつかなかったので、今回はフィレンツェ繋がりで(京都と姉妹都市)、京都市役所前にあるというヴェロッキオのプッチーノ像(レプリカ)だけ確認して、後は、落ち着けるカフェにでも寄って早めに帰ろうと考えていた。

しかし、KIN13の朝「観音菩薩の化身とされるダライ・ラマ法王14世の誕生キンでもあるKIN14なら、西国三十三所観音霊場14番札所を訪れてみるのも良いかもしれない」と思いつき、調べてみると、大津の近くにある三井寺であることが判明。京都からもそう遠く無く、遅くならないうちに戻れそうだったので、その夜、ホテルに着いてから、三井寺天智天皇陵→京都市役所という大ざっぱな順路だけ考えて、眠りに就いた。

KIN14(G9/19)も予報は雨だったが、午後くらいまでは何とか持ちそうな気配だったので、まずJRで膳所駅まで行き、そこで京阪に乗り換えて三井寺駅へ行く事にした。新快速に乗った関係で大津のホームで一度降り、次の電車を待っていると「三井寺まで徒歩20分」という看板を発見。そんなに近いならと、膳所まで購入していたチケットは放棄して下車。
IMG_9256.jpg ★手前に13、左奥に14

歴史を振り返れば当たり前なのだが、大津は趣のある建物が多く、散策するのが楽しい街並。おまけに、数字のシンクロが凄い。これをやり始めるとキリが無いので、最近はなるべく数字を見ないようにしているのだが、見えてしまうものは仕方が無い。新しいウェイブスペルへの魔術飛行を示す13、14が同じ駐車場に止まっているかと思うと、その先には前日のKIN13に注目した725(時間をはずした日)。
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途中から琵琶湖疎水に沿って歩くも、三井寺の敷地が広過ぎて入口が分からず、最初に目に入った三尾神社に参拝する事からスタート。ご祭神を知らないまま参拝するのは、私にしては珍しいケースだが「まずはここから」というインスピレーションがあった。やたらと兎が目につくので、何か兎に関する神様かと思ったら、何とご祭神は伊弉諾尊。
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イザナギが降臨してこの地の地主神となったのが起源らしい。その神は常に赤・白・黒の腰帯をつけており、その姿が三つの尾をひくのに似ているところから三尾明神と呼ばれるようになったのだとか。腰帯は赤尾神、白尾神、黒尾神となり、最初の赤尾神が、卯の年、卯の月、卯の日、卯の刻、卯の方角から三井寺山中に出現した関係で兎を神使とし、神紋が「真向きの兎」となったようである。

それにしても、赤、白、黒とは面白い。それぞれ古代マヤでは東、北、西に対応する色で、『ドリームスペル』においては、ちょうど東の「赤い城(52日間)」で最初の「赤いウェイブスペル(13日間)」が終わり、次の「白いウェイブスペル(13日間)」に入ったタイミング。しかも、スマホで調べてみると、何と住所は大津市園城寺町251。911のKINそのものだった!

ウサギは『13の月の暦』で12番目の月のトーテムアニマルなので、私はKIN12に何があったかを思い起こしていたが、後で確認してみると、NYで911を思い出させるような爆破事件(米国はどうしてもテロとは呼びたくないらしい)があったのが、まさにKIN12(G9/17)だった。また、先に記した通り、今年のG9/11はKIN6で、これは現在NYに滞在している安倍首相の誕生KINでもある…と思ったら、今日が首相の62才の誕生日!

安倍さんが初めて首相に就任した時(52才と5日)の事を『シンクロニック・ジャーニー』に書いていたのがきっかけで、偶々それを読まれた昭恵さん(首相夫人)とご縁が出来たのだが(その経緯は『マヤのリズム』『霊性のアート』に記してある)、その昭恵さんは、先刻、まさにNYのグラウンド・ゼロで献花された事をFBに投稿されていた。何と言うシンクロ率の高さだろうか。
14番 
話を大津に戻そう。神社を出て割とすぐの場所にあった受付で境内の巡り方に関するアドバイスを受け、まずは14番札所である観音堂へ。線香を5本供えてお参りした後におみくじを引くと、恵比寿さん付の9番大吉だった(これを書いている今は9週目で月日で「銀河の音3」が重なる(3×3=9)魔術の亀の日)。展望台から見渡せる琵琶湖の風景は素晴しく、無粋なビル群が邪魔をしていなければ、さぞ風光明媚であっただろうと往時を偲んだ。
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その後、三尾神社をコルラ(右繞)する形で三井寺境内を巡ったが、特に印象に残ったのは八角形の輪蔵を収納した一切経蔵、弁慶の引き摺り鐘、国宝の金堂に安置されていた尊星王像(頭に鹿が乗っていた)、ゴポゴポと音を立てて水が湧く場所を囲った閼伽井屋(あかいや)など。そもそも、三井寺というのは、天智・天武・持統の三天皇の産湯に用いられた霊泉「御井(みい)」に由来するもので、閼伽井屋はその泉の上に建てられている。
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三井寺の正式名が園城寺で大津市園城寺町246(123×2)にある事を認識したのは、お昼を食べている時だった。三井寺も三尾神社も郵便番号は同じ「520-0036」。520は『時間の法則の20の銘板』の制作部数で、16才の誕生日に高天原山に墜落した日航123便の犠牲者の数。36は、ホゼ(KIN11)とその母エセル(KIN241)の現在の「運命の道筋」であり、山岡鉄舟の誕生キン。この日(KIN14)がダライ・ラマ法王14世の114回目の銀河の誕生日でもあったと知ったのは、帰宅してからだった。
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大きな交差点にいきなり出現する不思議な浜大津駅から京阪に乗り山科へ移動。そこから徒歩で「天智天皇陵」へ。京都府道143号に面した参道の前で信号を待っていると、23の車が殆ど間をあけずに2台。国道23号は伊勢内宮に通じる道であり、KIN23は第266(=260+6)代ローマ教皇フランシスコの誕生キン。19日前に、教皇お膝元のヴァチカンでも23番のバスに連続で出会った事が思い出される。続いて331の車。これもダ・ヴィンチ空港に迎えに来た(&翌日全く別な場所で驚異的な再会もした)タクシーのナンバーだ。何か強力な時空の働きが関与しているのを感じる。
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何しろ、かつて「天武・持統合葬陵」を訪れた時は、ネットで調べる事さえ出来なくなってしまった場所(過去記事「天上の虹から書の魔法へ」参照)。天気も不安定だったので、現地で大嵐なんて事も無いとは言えない。しかし、今回は「三井寺の閼伽井屋を経由すれば問題無く訪れる事が出来る」という直感があって、当日になって訪問を決めた場所だった。長い参道を進むと、奥まったところで緑が濃くなり高い樹々が森のような領域を作っている。
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森の近くは物理的にも気温が下がるが、ここからは次元の異なる領域である事が肌で感じられる。さらに森の中の参道を進むと、白い玉砂利が敷き詰められた陵墓が見えて来た。天武・持統合葬陵と同じ八角墳らしいが、今は小山にしか見えない。幸い誰もいなかったので、自分なりの礼を尽くした儀式を行った。天真五相の「ア」の時に鳥が天空を横切り「ウン」の直後に風がサーッと吹き抜け、さらに、雲間から太陽も姿を見せてくれたので、私は「よろしい」という時空からのサインと受けとめた。この日、太陽が見えたのはこの瞬間だけだった。
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こういう体験に意味を持たせようと思えば、いくらでも持たせられるが、大事なのは、どういう動機や意図でその場に臨んだかだろう。帰り、参道の両脇にある琵琶湖疎水に沿って歩いていると43-43の車を発見。これは現在の「電気の月」の最初の3日間に対応するサイ時間(KIN43)だ。また、天皇陵の近くで目にした143、23、43は、いずれも「青い夜」のKINナンバーである。
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御陵駅から地下鉄に乗り京都市役所前へ。最初の目的だったヴェロッキオのプッチーノ像が見当たらず探していると、何と工事用の囲いの中にある。どうやら市役所の建て替え工事が始まるらしく、一緒に囲われてしまっていた。もとよりレプリカだし、既に大仕事を終えた気分でもあったので、「チラっとでも見られて良かった」という感じだったが、もしこの「イルカを持った天使」を一番の目的にしていたら、さぞガッカリした事だろう。
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いよいよ天気が怪しくなって来たので、そこから割と近くにあるカフェを調べ、フランス語で「5」を意味する「CINQ(サンク)」という店へ。三井寺でも5番目の月のトーテムである孔雀にに出会ったりしていたが、締めに「銀河の第五の力」を感じさせる五角形を目に出来たのは嬉しかった。ただ、市役所の掲示板にも大雨洪水注意報が出ていたので、今回はここで切り上げて早めに京都駅に向かう事にした。
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まだラッシュの時間には早いような気がするのだが、妙に人が多い。よく考えたら、この日は「敬老の日」で三連休の最終日だったのだ。そんな訳で、回数券で指定を取ろうとするも、目の前でどんどん希望の列車が埋まって行く。止む終えず1時間半以上先の48号を指定したが、台風も迫っているので、ホームに並んで2,3台やりすごし、座れそうな自由席で帰る事にした。結局、のぞみ40号1号車10番で帰路へ。

往路の201号11号車7番と合計すると241号12号車17番となる。時間魔術を遊ぶ私は、これをKIN241(4次元の時間)とG12/17(3次元の時間)に分けて見る。前者は自分の誕生キンで、後者はフランシスコ法王の誕生日である。ちなみに、フランシスコ法王は現在79才で、その法王が居るヴァチカンのピエタ像とシンクロした荒木先生は現在79銀河スピンだ。

そういえば、先のイタリア旅行で唯一雨が降ったのは、ヴァチカンに居た時だけ。もの凄い雷雨で、一時足止めをくらい、チャクラのあっちゃんとメッセージのやりとりをしていた。今回の大阪、京都は流石に傘が必要かもしれないと、折り畳み傘を携帯していたが、結局最後の最後まで一度もそれを開く機会は無かった。新横浜やあざみ野で乗り換えた時などは、ザーザー降っていたのにも関わらず、二子玉川に着くと止むのである(辺り一面ビショビショなので直前まで降っていたのだろう)。

15年というテーマもあって、出来ればKIN15のうちにUPしたいと思っていたが、昨夜は、剣武天真流蒼天道場の審査会などもあって、これだけの内容をまとめる余裕が無かった。何しろ、ちょっと書き始めると色々発見してしまって収拾がつかなくなるし、現象面もさらに加速して止まらなくなるのだ。昨夜、マンションの宅配ボックスに届いていたものを出そうとしたら、何と、その暗証番号まで「911」が指定されていた!しかもその内容は、10月末に行われる「時の魔法展」(広島100スピン&H・C41スピン記念)でホゼの作品展示に使う備品だった。

しかし、安倍昭恵さん(KIN223=2・夜)がグラウンド・ゼロに献花したのが分かったのは、今日KIN16になってからだったから、やはりこのブログを仕上げるのは今日で良かったのだろう。そして、一連の出来事は、やはり911と関係しており、その時空調整をするのにちょうど良いタイミングだったという事だろう。このブログを読んだ方がどう思うかは自由だが、少なくとも私は、そのように理解している。

7年目のトックリヤシと1年後のオクシモロン

2016年08月13日 02:48

磁気の月18日(G8/12)KIN236 黄色い月の戦士(by D)

今日は、4時頃に目が覚めてしまい、しばらく瞑想とちょっとした作業をしてからまた一眠りし、再び起きると、リビングのトックリヤシが新しい葉をまさに開いたところだった。実は、このトックリヤシ、2009年の剣武稽古開始を記念して、Lがプレゼントしてくれたもので、当時は、テーブルに乗るくらいの小さい鉢だったのに、年々大きくなり、今では立派な葉を広げるようになった。
IMG_8338.jpg ★我が家のトックリヤシ

知らぬ間に自分が47才にもなっていた事も驚きだが(いつの間にそんなオッサンに!)、剣武天真流・蒼天支部道場開設からぴったり3年目に当たる日に、自分の剣武稽古の歴史と共に成長して来たトックリヤシが、新しい葉を開いてくれたことも、嬉しい驚きだった。実際、私はこの7年間で、支部道場を開設しただけでなく、宗家から本部正師範にも任命されたりしている。

リオ五輪では、卓球の水谷隼選手が、日本勢としてシングルスで初となる銅メダルを獲得。水泳女子200メートル平泳ぎでも、金藤理絵選手が金メダルに輝き、朝から嬉しいニュースに祝福された気分だったが、ランチの時間にも、ちょっと嬉しい事があった。

昨年の誕生日は、宮沢賢治(KIN131)の道筋に入った事もあって、現在の自分の活動の原点に当たる時間(中学高校時代)を過ごした鎌倉を訪れていた。当初、ランチは「鎌倉オクシモロン」でと考えていたのだが、残念ながら定休日と重なっていて断念。しかし、そのおかげで丸山珈琲鎌倉店のプレオープンとシンクロし、さらには、その時ボリビアにおられた丸山健太郎社長とも遠隔シンクロするという楽しみを味わう事が出来た(鎌倉みちのく魔術紀行(4)参照)。

その事が頭にあったので、今年の誕生日ランチは、6月に誕生したばかりの「二子玉川オクシモロン」に決定。メルマガ最新号(vol.63)にも書いた通り、かつて二子玉川にあった「珠玉」というお店で絶品カレーを提供していたカレーアーティストの村上愛子さんが、鎌倉に出したお店が「オクシモロン」。

「珠玉」の頃からファンだった私たちにとって、二子玉川にオクシモロンが生まれたのは、それだけで嬉しいニュースだったが、昨年の誕生日の事もあったので、「今年は是非、近所に帰って来たこの店で」という気持ちになったのだった。しかし、オープンの11時少し前に行くと、既に行列が!幸い、1回でお店に入れたが、何という人気ぶりだろうか。

私たちが目を付けたお店は、当初はそれほど知られていなくとも、結局、人気店になる事が多いのだが、その中でも「オクシモロン」は飛躍度が高く、今や超有名店。味の素晴らしさの背後にある思想、そして美が、その秘密と言えるだろう。先に訪れた時に、私たちのことを覚えてくれていた愛子さん、今日も店でお見かけしたが、さすがに大忙しで会話をする余裕はなかった。
IMG_8325.jpg ★手前が「スリランカ風マトン」

Lは定番の和風キーマを、私は本日のカリー「スリランカ風マトン」をいただいたが、どちらもやはり絶品だった。その後、チャイと「コーヒーづくしのパフェ」をいただき、大満足のうちに完食。
IMG_8326.jpg ★コーヒーづくしのパフェ

午後は、剣武本部正師範の打ち合わせと研究稽古会へ。移動中、4日前に高橋徹さんが送って下さった『倫理研究所紀要』(第25号)の「丸山敏雄と川面凡児」という丸山敏秋氏の論文を興味深く読んだ後、打ち合わせ会場の近くをノロノロ歩いていたら、後ろから声をかけて来たのは、敏秋氏の子息でもある丸山貴彦本部正師範(KIN129)だった。

前夜、蝉の羽化の現場を目にしたという貴彦師範は、いつどこに卵が産みつけられ、幼虫がいつ地中に入るのか?という、最近になって私も抱いていた疑問を、その時に抱いたらしい。そこで、ネットで調べて知ったウンチクを述べてみたのだが、何年も地中で暮らす幼虫についてよく考えてみると、実は、公園の木々の近くには、何年分もの幼虫達が隠れているという事になる。リアルに想像すると結構恐い。

それにしても、昨年は丸山珈琲の丸山健太郎氏とのシンクロ、今年は、剣武の丸山貴彦師範とのシンクロということで、ここのところ誕生日に丸山という人物が絡んで来るのが流行っている。夜にはシャンバラ教室の丸山さん(KIN22)からもお祝いのメールを頂いたし、苗字の比率からいうと、この偏りはかなり興味深い。

ところで、今日の研究稽古会での体験は、将来、然るべき人に話す時がやって来るかもしれないが、私にとっては、とにかく宝のように貴重なものだった。オクシモロンのカレーももちろん素晴らしかったが、これぞ「天からの誕生祝い&支部道場3周年祝い」と思わずにはいられなかった。真の贈り物は、やはり体験だと私は思う。それは、どんなにお金を積んでも得られるものではないからこそ、貴重なのだ。

最後に、ちょっと面白いことに気づいたのでメモしておこう。KIN236(2・戦士)の著名人と言えば、『スター・ウォーズ』や『インディー・ジョーンズ』のシリーズで知られるハリソン・フォード。インディー・ジョーンズは、架空のキャラクターだが、誕生日は設定されていて、計算すると丸山師範と同じKIN129という事になる。
ジェダイ ★ジェダイ・アカデミー

おまけに、昨日、二子玉川ライズでは、『スター・ウォーズ』のジェダイ・アカデミーというイベントが行われていて、パダワンに扮した子供達の前に、ジェダイの格好をしたお兄さん、お姉さん、そしてダースベイダーなどが登場していた。これまた、誕生日前後の面白いシンクロと言えよう。しかし、真のジェダイを目指すなら、私は迷わず剣武天真流をお薦めしたい。これが「黄色い月の戦士」の道筋に入った私からのメッセージである。

神泉苑の剣鉾と八坂神社の大船鉾

2016年06月29日 21:23

宇宙の月3日(G6/29)KIN192 黄色い惑星の人(by D)

イギリスのEU離脱という「事件」から一夜明けたG6/25は、アントニオ・ガウディ(KIN128)の生誕164周年というタイミングだった。「時間船としての聖家族贖罪教会」等にも書いた通り、ガウディは13:20を象徴する人物だと感じているが、そのガウディの生誕164周年かと思うと、それだけで気持ちが高まる。

銀河の同期(KIN164)と生誕周期が数字的にシンクロするのは1度きりの事だし、おそらく、ガウディの作品群をバルセロナで直に体験した時の感覚を、自分の潜在意識がシンクロや周期を通じて「思い出す」からでもあるのだろう。

京都での円卓(暦クラス)に向かう出掛けに、ジュエリーデザイナーの北村公晴さんからメールを頂いた事で、手元に届いていたアート&ジュエリー展のハガキを再確認。京都の「神泉苑」について書かれていたのを目にし、場所を確認してみると、市内でアクセスも良い事が分かり、夕方からのクラス前に訪れる事を決める。
IMG_8021.jpg ★木花咲耶姫

のぞみ23号14号車5 Eの席からは、今回も幻想的な富士山を目にする事が出来た。14号車5を「5・14」=「5・魔法使い」=KIN174に置き換える遊びをしてみたら、手帳のKIN174の所には、ブラタモリで伊勢が取り上げられていた時のメモがあった。「内宮前の国道は最初1号だったが、後に23号になった」という内容を、のぞみ23号に乗っている間に発見するのだから面白い。
IMG_8032.jpg ★神泉苑

神泉苑についても調べてみると、これまた興味深いエピソードと数に満ちていた。以下、ネット上の情報を少し整理してみよう。現在の神泉苑は、二条城の南に位置する寺院で、聖観音・不動明王・弘法大師が本尊とされている他、善女龍王、弁財天などが祭られているが、元々は平安京の広大な庭園だった。貞観11年(869年)に、都に疫病が流行した時、神泉苑の南端(現在の八坂神社三条御供社の位置)に66本(当時の律令制度の国の数)の鉾(剣鉾)を立てて祇園社から神輿を出し、現在の祇園祭の元になったと言われている。
IMG_8033.jpg ★神泉苑から三条御供社へ向かう途中で66に遭遇

シンクロニック・ジャーニー』は、KIN66で始まりKIN66で終わる本で、それはまたNPOクリカの設立KINでもある。加えて今回の関西での円卓は「白い水晶の世界の橋渡し」とシンクロするひと月の最後の2日間に行われる。KIN66も「白い世界の橋渡し」だし、その惑星ホロンは日本のエリアに対応する。さらに現在の神泉苑の住所は門前町166で、『マヤのリズム』の発刊日(KIN166)ともシンクロする。そこに「剣鉾」まで登場したら、三条御供社にもお参りしない訳には行くまい。なぜなら、ぴったり1週間後には、出雲大社で剣武の奉納演武が予定されているのだ。

そもそも八坂神社は素戔嗚尊を祀っているのだから、出雲との関係は深い。しかも三条御供社の説明には、「祇園祭の還幸祭(7月24日)には、少将井(櫛稲田姫命)神輿と南側を巡る大政所(素戔嗚尊)神輿並びに八王子(八柱御子神)神輿の三基が当社前に奉安され、神饌を供え奉饌祭が執り行われる」とある。『13の月の暦』の「13月28日」に、3基の神輿が集まる場と思うと、やはり訪れてみたくなる。
IMG_8034.jpg ★八坂御供社

四条烏丸のロッカー114に荷を預け、小雨の中、神泉苑→三条御供社と巡る。まだ時間に余裕がある事が分かったので、そこから八坂神社へ。三条御供社を調べた時に、そこが八坂神社の境外末社であると知り、なおかつ八坂神社の住所が祇園町北側625番地と分かったら、やはり参拝しておくのが自然な流れだろう。何しろこの日はG暦6/25だ。こういう時の数字シンクロは「今、行くと良い」と受けとめるのが私の流儀だ。

結果、やはり繋がりのある現象に出会った。境内に入ると、いわゆるコンチキチン的な音が聞こえて来た。本殿前の舞殿に近付くと「四条町大船鉾」が祇園囃子を奉納している所だった。本殿に参拝し、茅の輪くぐりをした後は、準備があったので、すぐに会場のウィングス京都に向かったが、後からこの「大船鉾」を調べてみたら、色々と驚きの発見があった。要点をメモしておこう。
IMG_8037.jpg ★八坂神社の茅の輪。歌をうたいながら3回くぐる

古来祇園祭では、神事の中心となる7月17日の神幸祭(しんこうさい)と7月24日の還幸祭(かんこうさい)にあわせて2回の山鉾巡行が行われていたが、1967年からは7月17日の1回に統合され、2013年までそれが続いていた。しかし、「大船鉾」が150年ぶりに復活するのに合わせて、1000年以上続く祇園祭の本来の形を正しく後世に残すという目的で、 2014年から再び2回の山鉾巡行が復活した。これによって、山鉾はこれで合計33基になった。

大船鉾(おおふねほこ)は1864年、「蛤御門の変」で鉾の木組みや車輪などを焼失。2016年はそこから152年というタイミング(「水晶の月」最後の3日間のサイ時間単位はKIN152)。しかも、「大船鉾」は7月24日「後祭巡行」の最後尾と決まっていて、現状は33基目という事になっている(G7/24は三条御供社ともシンクロ)。「33」はドリームスペル・ツォルキンの中心調波で、まさにTIME'S CORE。

当日の(サインに従った)閃きで訪れた場所が、これだけ綺麗にシンクロするのは驚きであるが、それが”普通”になってしまっているのがまた驚きだ。本番のタイムスコアセレモニーも、「黄色い星」の紋章コード番号「8」とシンクロしたメンバーが卓を囲んでいただけに、様々なレベルの同期現象が見られたが、その影響力を各メンバーが実感するのは、もう少し先の話かもしれない。何故なら、私の気付きも、後になってから分かるというケースがかなり多いからだ。

この京都「八坂」シンクロを体験したKIN188の夜、「美の巨人たち」という番組では、放送800回スペシャル「~天才たちの芸術革命~フィレンツェ“ルネサンス”物語」 後編が放映されていた。そして、これも後日知った事だったが、剣武の演武に関してアドバイスをして下さった事もある稲吉優流さんが、10名の若者達を率いて、何とダンスグランプリヨーロッパ2016@バルセロナで、総合優勝のグランプリを獲得!日本人初の快挙。ガウディを意識して始まった一日が、バルセロナからの嬉しいニュースで終わるのも美しい。

そして、ほとんど日付を跨ぎそうなタイミングで到着した宿泊先は、209号室。翌日、大阪チャクラで行った最初のクラスは、『ドリームスペル時間船地球2013の旅』についてだったが、ドリームスペル創世記の最も重要なポイントは、209段目(KIN209)にある。注意深く進めた事で、この日のKIN189が掲載されている「キンの書」が、サイ時間とシンクロするP152にあり、調波48の始まりとweek48の終わりの共振ポイントとして「赤い共振の月」を意識する事が出来た。

午後の「TIME SCORE」クラスでは、3名の毎月の誕生日が14日で揃っていただけでなく、月同士の関係が、電気(3)+惑星(10)=宇宙(13)になっていたことも判明。参加者の一人が、8才の子供が描いた「神さまライン」という絵とお話をシェアして下さったのだが、それはまさに13:20と12:60の話そのものであった。実は前日の京都にも、同じ位の年頃の子が特別参加していたのだが、(部屋の後ろで)とても静かにしていて、私にはかなり驚きだった。何故なら、ただおとなしくしていただけではなく、気配が静かだったからだ。マンガとかゲームに集中していたのだとしても、あの状態は素晴しかった。

満月の「青い磁気の夜」(KIN183)から始まったウェイブスペル(13日間)は、「青い宇宙の鷲」(KIN195)で完了する。KIN183に、私は「銀河の七方向への祈り」がホゼの伝記のP195にあるのを発見した。出雲の奉納演武はそのKIN195に予定されている。そして、同じ祈りは拙著『宇宙の暦は13ヵ月・新装版』だとP219にある。KIN219はこれから巡ってくる「青いスペクトルの嵐の年」の元旦(G7/26)だ。

京都でシンクロした「剣鉾」と「大船鉾」は、『テレクトノン』(光の剣)と『ドリームスペル』(時間船)を思わせるものだったが、それらは宇宙の月28日(G7/24)に同期する。そして、今年の「時間をはずした日」は、パカルの墓室が開かれてから90銀河スピン(=23400キン)。いよいよ、解放が始まる。

アーサー王とテレクトノン、そしてイギリスのEU離脱

2016年06月28日 03:21

■宇宙の月1日(G6/27)KIN190 白い銀河の犬(by D)

ホゼ&ロイディーン・アグエイアス夫妻が残した銀河文化ツール『テレクトノン』の日本語版マニュアルP44には、以下のような記述がある。

”パカル大王は、その肉体においてマヤ人だったにもかかわらず、彼の時間の知恵は普遍的な時間を解き放つ。AD692年に彼の墓が完成してから、それが開かれたAD1952年までちょうど1260年が経過したように、それが完成してから、13バクトゥンの計算の幕が閉じるAD2012年までは1320年ある。”

この「692年の完成(または墓室の封印)」の根拠は、いまひとつ不明瞭なのだが、何らかの重要な記念日の1つとして「碑銘の神殿」に記録されているマヤ長期暦の日付「9.13.0.0.0」が、G暦で692年に当たる事を(アグエイアス夫妻が)参考にしている事は間違いない。

4年前、私は「9.13.0.0.0」がG暦換算で692.3.16になること、そこからぴったり1320年後の2012.3.16がKIN187になることを、驚くべきシンクロから知る事になった。その経緯は、『銀河のマヤ、聖なる時の秘密』に記してあるが、そこには同時に、石棺の記録で「8アハウ」(13暦のKIN60に相当)とされているパカル王の誕生日が、『13の月の暦』のツォルキンだとKIN190(8・犬)になるという事についても、詳しく記してある。

私は、パカル王と同じKIN190の滝元さん(『マヤン・ファクター』監訳者)と共にメキシコを旅し、パレンケの「碑銘の神殿」で『テレクトノン』のプレイもしているのだが、当時は、まさか(4次元的に)パカル王自身に導かれているとは思ってもいなかった。ちなみに、「碑銘の神殿」を訪れた日付は1999年4月12日(KIN149)で、KIN149は、毎年G6/21〜6/23までの3日間のサイ時間単位でもある。

世界を揺るがす事件は、その翌日6/24(KIN187)に起こった。その日は、テレクトノンにおける「碑銘の神殿」の完成から1320年のタイミングだった2012.3.16(KIN187)から正確に6銀河スピンで、マヤ長期暦の完了、即ち2012.12.21(冬至)を目前(20日後)に控えた2012.12.1(KIN187)から5銀河スピン(1300キン)というタイミングでもあった。イギリスに「銀河の第5の力」が働いたのだ。

ちなみに、『霊性のアート 心の豊かさを育む技』P108には、「13の月の暦・手帳」(こよみ屋)のKIN187(=2012.12.1)の所に、青い虫が停まった時の写真(”自由”が丘駅で撮影という所にも注目しておきたい)が掲載してあり、この本の全てを集約した「球状精神宇宙モデル」図は、P187に掲載されている。

もちろん、これらは偶然によって引き起こされた現象であるが、私の中で【187】は、マヤ長期暦の13バクトゥン(グレートサイクル)の完了を再確認させ、「テレクトノンの預言」(1260年&1320年の区切り)を思い起こさせる特別な数として、インプットされていた。

だからこそ、まさにそのKIN187(G6/24)に、それも「水晶の月」の終盤に、アーサー王伝説の国イギリスが、EU離脱を決めたのは驚きだった。しかも、その影響は、単に株価やユーロ、ポンド等の下落に止まるものではなく、これから先、世界全体に様々な形で波紋を広げて行くに違いない。我々は、歴史の転換点を目撃し、これから体験して行くことになる。

その日、天真会の事務所に、出雲大社で奉納演武する際に使われる真剣が集められていたのも、私には決して偶然とは思えなかった。何故なら、剣武天真流の「剣」には多次元的な意味があるからだ。それに、『霊性のアート』P139〜144にまとめてある通り、今、巡って来ている流れは、2012年の海外演武とも密接に関わっている。その証拠に今日のマヤ暦でのツォルキンは「1カン」、13の月の暦(ドリームスペル)ツォルキン風に書けばKIN144だった。
霊性裏 ★『霊性のアート』のカバー(裏面)。TIMESCOREと同じみよこ画伯によるイラストには、12+1の剣が描かれている。

当然、その翌日から続いた、京都、大阪での「水晶の円卓」もシンクロに満ちたもので、それこそ「剣」も関わったりしていたのだが、ちょっと長くなり過ぎるので、別枠でまとめる事にして、ここでは、アーサー王の事を少しメモしておきたい。ただし、以下の情報はWikiからの引用が中心で、どこまで正確なのかは私も分からない点は、予めお断りしておく。

アーサー王は、6世紀初めにローマン・ケルトのブリトン人を率いてサクソン人の侵攻を撃退した人物とされる。と言っても、伝説と史実が混じり合っていて、どこまでが伝説で、どこまでが史実なのかは未だに判然としないままだ。伝説上の物語の方は、12人の円卓の騎士たちの物語とともに語り継がれ、多くのバリエーションがある。

湖の中で聖剣エクスカリバーを入手したり、キャメロット城を拠点としていたという下りは、銀河的視点に変換され、『ドリームスペル』や『アルクトゥルス・プローブ』にも色濃く反映されている。アーサー王の物語には、ある意味、人類の集合的な記憶に関わる普遍性があるのだろう。

ちなみに、アーサーという名は、うしかい座の恒星、アークトゥルス(Arcturus)に由来する、という説を取る人々も幾らかはいるようである。アークトゥルスは古代ギリシア語に由来する言葉で「熊の守護者」を意味するが、おおぐま座に近く、輝きが強いことからとそう呼ばれるようになったと考えられている。

一方、歴史書としては『ブリトン人の歴史』という9世紀頃の書物が、アーサーに関する最古級の資料として重視されているようだ。校訂版の編者であるラテン学者テオドール・モムゼンは、作品を序・七部に分けたらしいが、アーサーに関する記述はその内の4番目(=7部の中央)「アーサー伝説 Arthuriana(56章)」にのみあるという。この「56」章に、アーサー王が関わったとされる「12」の戦いを並び立てた詩の要約と思われるものがあるらしい。

とまあ、非常にざっくりなメモをしてみたが、最後の文章を今日(KIN190に)発見した時は、やはり驚かずにはいられなかった。何故なら、昨夜、つまり12番目の「水晶の月」の最後に、関西から戻る際に乗った新幹線は、のぞみ56号で、一番空いていると券売機で示された12号車に席を取っていたからだ(19 Bという席だった)。

これら一連の出来事、特にイギリスのEU離脱が、12番目の「水晶の月」、それもテレクトノンの1320年預言と直結したタイミングであるKIN187(5・手)に生じたという事実は、「水晶の月」中に繰り返し呼びかけられた(銀河的意味を持つ)円卓の働きと、決して無関係ではなかろう。均衡したバランスに動きを起こすのに必要なエネルギーは微細である。

ある意味、アーサー王伝説の再活性化とも見なせるイギリスのEU離脱は、これからの世界の方向性を示しているとも言えるが、そこに何を「見いだすか」が最も重要なのだ。この流れを調和と自由がバランスした方向へと持って行けるかどうかは、そう「見る」ことから始まる。あなたが「銀河の七方向への祈り」を知るドリームスペルプレイヤー(時空のサーファー)なら、知っているはずだ。

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