オロからラサ、聖杯伝説から魚拓へ

2014年08月30日 01:47

月の月7日(G8/29)KIN43 青い自己存在の夜(by D)

岩佐寿弥監督作品『オロ』のカメラマン・津村和比古さんから思いがけない連絡を頂いたのは、先週のことだった。「岩佐監督はシンクロの達人」と書いたブログを見て下さったらしく、近いうちにどこかで会いましょう、という話になった。

最速でお会いできそうな日程を調整し、G8/27(KIN41)午後に二子玉川の「ラサ」で、ということに決まった。津村さんに我が家の徒歩圏までご足労いただくのは申し訳なかったが、『オロ』公開直前、その「ラサ」で「チベット祭り」のイベントが行われた時に、監督とプロデューサーの代島さんが飛び入りで参加されたことがあったので、自然と思い浮かんだのだ。

しかも、来る10月、実はその「ラサ」で「天真書法塾シャンバラ教室ギャラリー展」の開催が決まっていて、ちょうど、オーナーの石川さんに相談や確認をしなければならない事もあった。そんな訳で、『13の月の暦』の惑星ホロンがチベット(シャンバラ)エリアと対応する「赤い竜」の日、そして月日の音が「2」で重なる「魔術の亀の日」に、二子玉川ラサでお会いする運びとなった。
olo33 
津村さんとは、渋谷での『オロ』上映会で既にお会いしていて、岩佐監督と共に記念撮影した写真も残っていたが、当時は軽く挨拶をした程度で、どういう経緯で監督と知り合ったのか等も詳しくは伺っていなかった。今回、色々と話をする中で、『オロ』に出演していたツェワンさんが監督と知り合うきっかけをつくったのは津村さんだったことが判明。しかも津村さんがツェワンさんと知り合ったのは1987年というから驚きだ。

1987年は、ケツァルコアトルの預言に基づいてハーモニック・コンバージェンスが催され、ジョッシュ(3・猿)が事故で他界し、パレンケが世界遺産に登録され、カーラチャクラとシャンバラについても触れられている『マヤン・ファクター』が発表された年だ(それら全てが『13の月の暦』に繋がる)。そして『マヤン・ファクター』で世界的に知られることになった、マヤ長期暦完了ポイント2012年に、映画『オロ』は公開されたのだ。

ツェワンさんには、NPOクリカのリサーチで、ネパールのチベタンキャンプを巡った時に大変お世話になったし、妹のドルマさんは、ツェワンさんを頼ってトロントに移住した今も、シャンバラ教室生としてスカイプで書の稽古を続け、GWに行われた「書の魔法」にも作品を出品している。他にも、様々な繋がりを感じながら津村さんと話をしていたのだが、驚きの発見は、むしろ帰宅してから後の方が多かったかもしれない。
ドルマ ★ドルマ作・金文「蓮」
津村さんは、伺った誕生日から計算するとKIN246(12・橋渡し)で、私と同じウェイブスペル(13日間)で、かつ倍音パルサーの関係。そして現在の道筋は、何と、ラサの石川さんと同じKIN106(2・橋渡し)である事が判明。だから「2」の「魔術の亀の日」に会う事になったのかもしれない。しかも、「世界の橋渡し」のキーワードは「死/等しくする/機会」。岩佐監督の死がきっかけとなって生じた機会だけに、腑に落ちる感が強い。

津村さんから頂いたお土産の中に「Blue Lotus」(→カーラチャクラで縁の出来たスリランカ在住のレイコさんの会社名と同じ)というタイトルのDVDがあったのだが、そこに印刷されているフォントを良く見ると、何と「Lasah」と全く同じ!けっこう珍しいフォントだと思うのだが、上記のような関係性から見れば、これも自然なことなのかもしれない。

しかし、津村さんが東京水産大のご出身と伺った時にはかなり驚いた。何しろ、今、読み進めている青山繁晴著『死ぬ理由、生きる理由』(ここにも橋渡しがリンクしている)で、その大学名を目にしたばかりだったからだ。同日午前中に少しだけ目を通した時、栞を挟んだP47には、青山さんの奥様がご苦労された様子が、以下のように記されていた。

《「女だから駄目」と当時の東京商船大学、防衛大学校、海上保安大学校にいずれも受験すら拒まれ「女だから、何」と驚き呆れつつ、ようやく東京水産大(現・東京海洋大学)で航海学を学ぶことができて、今に至るのです。》(引用ここまで)。

今まで水産大出身の方に直接お目にかかった記憶は無く、津村さんの今のお仕事からも、ちょっと想像がつかなかったので、この日のこの一致には、何か特別なものを感じてしまった。その感覚は、水産大の英名が Tokyo University of Fisheries であると知ったことで、ますます強くなった。

なぜなら私達はそれまでの数日、『The Fisher King』という映画のDVDを何度かに区切って観ていて、津村さんとお会いした日の夜、ちょうど見終えるタイミングだったからだ。DVDで映画を観ること自体珍しいのに、何年もの間、ずーーーーっと寝かせたまま一度も観る事がなかったこの映画(Lが大好きでずっとDVDはあった)を、このタイミングで観ていたのは、先頃亡くなったロビン・ウィリアムズを追悼してのことだった。

つまり、ロビンの「死」がきっかけで見始めたのが『The Fisher King』だったのだ。そして、ある意味、岩佐監督の「死」がきっかけでお会いする事になった津村さんが、University of Fisheriesのご出身だったのだから、やなり、この繋がりは無視出来ない。

ちなみにこの映画のタイトルは、アーサー王物語に登場する「漁夫王」に由来するもので、聖杯伝説に直結する登場人物である。津村さんの署名「白い水晶の世界の橋渡し」には、円卓の騎士とリンクする「12(水晶の)」と、日本に繋がる「世界の橋渡し」の両方が含まれている。そして、ロビン・ウィリアムズは、KIN149(6・月)。私がパレンケの「碑銘の神殿」でテレクトノンをプレイしたまさにその日(そしてその年)である。

「碑銘の神殿」は、マヤ考古学史上初めて「墓」であることが確認された神殿で、そこには、ホゼにインスピレーションをもたらした(=『13の月の暦』を生み出すきっかけを作った)パカル王が埋葬されていた。そしてテレクトノンとは、冥界にいるパカル王と現世にいる人々が通話するための管(サイコダクト)に、ホゼがより広い意味を込めて付した呼び名でもある。そう思うと、この日の出来事そのものが、別次元とこの次元とを繫ぐテレクトノンのようにも思えて来る。

同日午前に、Lが注文していた白川静の『字通』が届いたのも、その流れのひとつかもしれない。白川博士は漢字の成り立ちを呪術的なものに求めた方である。そして、同じ日にラサでお会いしたお二人は、共に「白い世界の橋渡し」で、津村さんが到着される前には、白州正子のことが話題に登っていたりもした。

しかし、実は、ここまで書いた全てのことが吹き飛ぶような驚きを、私達はその翌日に味わった。これについては、ここに書く事は控えたいが、津村さんからのメッセージにその鍵があることだけ記しておこう。もし自然なシンクロの導きで、その必要性が出てきたら、週末のシンクロ教室来週の出張クラスでシェアする機会が訪れるかもしれない。

しかし、20年近くシンクロニシティ三昧な生活をしていても尚、新たな驚きが次々と生じて来るのは、”それ”が自分の想像力を遥かに超えたところからやって来るからなのだろう。しかも、そこには何とも言えない聖なる繋がりが感じられるのだ。ただ「シンクロした」「ビックリした」というのとも違う、計り知れなさ。畏敬の念を抱かずにはいられない絶妙で深淵なプロセス。

信仰というものの原点は、こうした体験にあるのではないだろうか。誰かに「信じなさい」なんて言われる必要も、自分で一生懸命「信じよう」なんて思う必要も無い。非常に特別であって、同時に、当たり前にある働き。それに気付く機会が多くなればなるほど、自然に畏怖、畏敬の念が生じるものだ。

最後に、8/27の石井ゆかりさんの獅子座(私は8月生まれである)のメッセージを記録しておきたい。
《獅子座は大物が釣れるような日。魚拓。》

私は未だに十二星座の順番すらあやふやな人間なのだが、『マヤのリズム』にも書かせて頂いた通り、石井ゆかりさんには、一目置いているところがある。12か月の暦システムを使っていても、本質的には13:20的である人の典型だと思うからだ(逆の人は多いがこのケースは希だ)。

最初、上記メッセージの意味はよく分からなかったのだが、このブログを書いた今日まで含めると、その符合度の高さに驚きを禁じ得ない。27日当日のFisherシンクロは文字通り魚と関係あった訳だが、翌日のメッセージまで含めたシンクロ話の全体が、私にとっては「大物」であったと言える。そして、今日起きた出来事が「魚拓」の意味を私に理解させてくれたのだった。

実は、津村さんとのやりとりはFBメッセージで行っていたのだが、色々と興味深いことが書かれていたので、昨日の時点でそのやりとりの全てをコピペして別な所に保存しておいたのだ。この行為は、私にとって大変珍しいもので、「何となくそうしたくなって」やったのだった。そして、数時間前にそれをFBで確認しようと思ったら、何故か津村さんとのやりとりだけが、全て消えていた!28日時点でコピペした直後にも、今朝もちゃんと残っていたのにだ。

そして私は思ったのだった。別な場所に保存したものが「魚拓」で、消失したデータが魚だったのだと。しかし、この日常の中の聖なる物語が成り立ったのは、『オロ』と岩佐監督のご縁あってのことであるから、最後にもう一度、この映画のことを伝えておきたい。本当に何度見ても心に染み入る素敵な映画なので、是非、公式サイトで最新情報を確認して、まだご覧に成っていない方は、是非、観て頂きたいと思う。

トルナトーレ&モリコーネ

2014年05月22日 22:34

スペクトルの月21日(G5/22)KIN204 黄色い太陽の種(by D)

鑑定士と顔の無い依頼人』(原題:The Best Offer)を観たのは、ちょうど一週間前、満月のKIN197「赤い月の地球」(G5/15)だった。『13の月の暦』提唱者の一人、ロイディーンの71才の誕生日でもあったこの日(確かカール・コールマンの誕生日でもある)、私達は、下高井戸シネマで午前中の1回だけ上映されていたその映画を観に行った。

半年以上も前に公開され、ロングランを続けていたこの映画も、都内での上映館は既にそこだけになっていて、しかも最終日は翌5/16に迫っていた。ノーマークだったこの映画の存在に気付かせてくれたのは、『霊性のアート』『マヤのリズム』のカバー絵でお世話になっているみよこみよこさんのFBの書き込みだった。

それを見たLがどうしても観たいと言っていたのは、実はひと月以上前だったが、個展の準備などもあって、のびのびになっていたのだ。『ニューシネマ・パラダイス』のジュゼッペ・トルナトーレエンニオ・モリコーネのコンビというだけで、私は内容に関わらずOKだったが、その期待を裏切らない見事な作品だった。

映画ならではの映像と音楽、見終えた後に誰かとこの映画について語らずにはいられない構成。文化を生む活力を持った作品を創ろうとしている監督の、映画と映画業界に対する深い愛を感じた。

〜以下、ネタバレ情報を含むので、これから観てみようという方は、その点をご了承頂きたい〜

本物とは何か?真実とは何か?を問うという意味では、”美”を題材にした『マトリックス』のようにも思えた。映画の中で、全体の流れをデザインし、ひとつの作品としてクリエイトしていたのはロバートだったのかもしれないが、この映画を観る観客の心理や想像力までもを見通し、さらに一歩引いた視点で設計したアーキテクトは、もちろん監督である。

しかし、今回、KIN101のみよこさん(Lの反対のパートナー)の情報に刺激を受けたKIN231のLの誘いでこの映画を観ることになった私は、劇中に登場するキーナンバーが「231」だと分かった時点で、この現実世界の設計者が誰なのかを、思わず問いたくなってしまった。そして、映画終了後にLの指摘で改めて2012年のプラハ訪問時の自分の運命の道筋を調べてみたことで、その思いをさらに強くした。
プラハ時計 
何故なら、私は、自分の運命の道筋がまさにそのKIN231の時にプラハを訪れており(今生初)、ラストシーンに出て来る時計塔の前にも何度も足を運んでいたからだ。ある意味、他の誰よりも衝撃を受けながらこの映画を観ていたと思う。

ちなみに、トルナトーレ監督の今の道筋は、日本に『13の月の暦(ドリームスペル)』を紹介した高橋徹さんと同じKIN104、モリコーネの今の道筋は、その暦の提唱者の一人ホゼと同じKIN11、映画を観た日は、そのパートナーだったロイディーンの誕生日だった。さらにトルナトーレ監督(KIN99)は、間もなくやって来る5/27から『ドリームスペル』の極めて重要なポイントのひとつ、KIN209(1・月=月の創世記)の道筋に入る。
カフカの家22 カフカ(KIN11)が過ごしていた22番の家

上映時間の131分(2時間11分)は、「月の創世記」のひとつ前の「猿の創世記」の入口であるKIN131(1・猿)、2:11はホゼの息子ジョッシュの誕生KINとも読める。また、モリコーネは、ハーモニック・コンバージェンスに賛同したオノ・ヨーコと同じKIN186だ。2013年を最重要目標点にしていた『ドリームスペル』とこれだけ絡んでいるのを知ると、公開が2013年になったのも自然なことと頷ける。
図書館 映画の屋敷とちょっと似ているプラハ、ストラホフ修道院の図書館

暦以外の観点でも、私にはグッと来るところがあって、例えば、主人公ヴァージルを彷彿させる目利きの達人を私達は実際に知っているし、特異で孤独な生き様を思い出させる別な人物(KIN181)にも実際に出会っている。映画の各シーンに強い印象を受けたのは、そういう現実とオーバーラップするところが多々あったからだと思う。

そして、私が今まさに、そのKIN181の道筋を歩み、Lが同じKIN181から「書の魔法」をスタートさせたことを思うと、この現実世界での絶妙なる配役や、完璧なタイミングでの物語展開は、一体どういう仕組みで成り立っているのだろう?と思わずにはいられないのだ。

ここまで特殊な状況でこの映画を観た人は、もしかしたら他には居ないかもしれないが、それを抜きにしても、映画の中から始まって、映画の外、そして今、私達が体験している現実の外にまで視点を移動させる潜在力が、この映画にはあると思う。映画が映画である意味が熟考されている、特別な作品。そんな風に思える。

もちろん、話の全体像を理解してから改めて考えてみると、ツッコミどころは結構ある(彼らの付き合いはいつ頃からなのかとか)。しかし、ジョジョと同じく、サスペンスを駆使した物語の推進力が圧倒的だと、そんなことはどうでも良くなるし、むしろ、客に自由に推測させる余白としてあえて残してあると、好意的に理解したくなるものだ。

だから、後味が悪いという評は、私にはどうもピンと来ない。ヴァージルに仕掛けた連中は、決して成功が約束されてはいないこと、それも長期の準備と忍耐を要することを、それぞれどういう動機で行ったのだろうか?とか、監督は作品を通じて何を語ろうとしたのか?という「動機」に注目すると、それまでとは全く違った、非常に面白い側面が見えてくると思う。

「恨みを晴らす」とか「お金」というありきたりな”動機”で片付けてしまうことも出来るのだが(パンフにはそんなことも書いてあるが)、よく観察し考察する者なら、「もし、それだけが動機なら、もっと確実で別な方法を取るはずだ」と気付くに違いない。主人公の最後の行動も含め、様々な場面で登場人物の「動機」を考えさせるよう作ってあるところに、この映画の醍醐味があるのではなかろうか。


追記:ロイディーン(KIN22)が他界した翌5/16(3・鏡)、高橋徹さんが訳されたルハン・マトゥス著『第三の眼を覚醒させる』のP99を観ていたら、7歳と33年間という数が出て来た。7×33=231。そういえば、西国33箇所第7番札所・岡寺で引いたおみくじは3番だった。そしてトルナトーレ監督はKIN99である。

魂の物語としての「かぐや姫の物語」

2013年12月31日 21:13

■律動の月19日(G12/31)KIN62 白い惑星の風(by D)
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予告編を目にした頃から「観るべし」という直感が働いていた『かぐや姫の物語』をようやく観て来た。「今は昔、竹取りの翁といふ者ありけり」……遠い昔、教科書で覚えたフレーズと竹林のシーンから始まるこの映画は、私の想像を遥かに超えて素晴しい作品だった。

普段から映画を沢山観ている訳でもないので、あくまで「私の中で」という条件付きではあるが、今年のベスト映画は『3idiots(邦題:きっと、うまくいく)』かこの『かぐや姫の物語』だ(どちらも私の半生ベスト10にも入る)。もし自分が日本人であることを意識するのなら、『かぐや姫の物語』の方に軍配を上げたい。

理由は色々あるが、何よりもまず『かぐや姫の物語』の本質が、「全ての人にとっての魂の物語」だと感じられたからだ(これは3idiotsも同じだが)。「竹取物語」の原作者にそういう意図があったかは分からないが、少なくとも高畑監督はこのことを強く意識していたのではないかと、パンフレットの監督の文章を読んでみて思う。

私達は、「お月様」に象徴される魂の故郷(浄土)から一時期この地上世界(俗世)にやって来て、また故郷へと還って行く存在なのだ、というのがこの物語の中心テーマだと私は思う。今、この地上世界にいる誰もが(老若男女関係なく)、魂のプロセスとして実際に「かぐや姫の人生」を何らかの形で体験しているのではなかろうか。

無条件の愛(これは自然の厳しさとしても体験される)によって育まれ、天地人々と戯れる里山の暮らし。そこと分離された人工的なルールによって形が保たれている都の暮らし。そして、そのどちらをも包含している(あるいは生み出している)魂の世界の約束。自然のプロセスとして誕生しながら、いつの間にか経済システムや法律という後天的なルールの世界に放り込まれてしまう現代の私達は、皆「かぐや姫的体験」をしていると私は思うのだ。

”目の前の美しさ楽しさ”に心奪われ、大切な何かを見失う瞬間。”誰かの幸せの為に”という愛情(という名の執着)から始まる静かな歪み。そういう目立たぬところにこそ、全ての人が体験する「罪」のきっかけがある。清浄で分離の無い聖なる世界から抜け出て、喜怒哀楽に満ちた俗世を体験する(一神教的にはこの時点を「原罪」と呼ぶのだろう)時には、誰もがその「罪」を知らぬ間に重ねる可能性があること。しかし、何よりも「魂の中心からの決意」こそが全てを決定付けてしまうこと。

…などなど、実に本質的なことを、自然な流れの中で教えてくれる映画だった。後から振り返ると「たーけーの子!」という童たちと「ひーめ!」という翁のかけ声合戦にも深い意味があったように思えてならない。里山に生きる智恵、道具の扱い方、ちょっとしたしぐさや立ち居振る舞い(都の人工的なものも含む)に、日本という国が持っている思いやりに満ちた優しさ、美しさ、奥ゆかしさ、清々しさが見事に表現されていて、日本のアニメならではの表現方法も含め、「ああ、なんて素晴しい国に生まれたのだろう」と感じずにはいられなかった。

ドンパチか(残虐さや狡猾さの)過剰表現で「面白かった」以外に何も残らない映画が巷に溢れる中、こんな気持にさせてくれるというだけでも、この映画は素晴しい。と共に「その素晴しい側面を守り育てること」こそが、現代の日本に生きる私達の「魂の約束」なのではないか、とも思えてしまうのだった。

冒頭から登場する翁の声を、昨年他界された地井武男さんが演じられていたのも印象深かった。地井さんは、若い頃、青木先生に空手を学んでいた方でもあるので、ある意味「道」の先輩でもあるのだ。声を先に録るプレスコという珍しい手法が用いられたからこその出会い。結果的に地井さんの遺作となった訳だが、それに相応しい「歴史に残る映画」だと私は思う。

以下は、その名も『13の月の暦(ドリームスペル)』の観点から見た、私のメモである。その存在すら知らなかったという方が、このブログを目にする事は希だと思うが、もし初めてだという方でも、何となく目を通して頂くと、面白い世界が切り開かれるかもしれない。何しろ、この暦の観点からも『かぐや姫の物語』は特別なのだ。

映画を観たのはKIN60「黄色い銀河の太陽」(G12/29)。古典期マヤの偉大な王パカルが生まれたとされる(古代マヤのツォルキンでの8アハウをドリームスペル風に置き換えた)日付。このパカル王からのテレパシックな影響を受けて1990年に生まれたのが『13の月の暦(ドリームスペル)』。その正式名が『ドリームスペル時間船地球2013の旅』であることからも分かるように、2013年は誕生当初から最大の目標点とされて来た年だった。

その特別な年の最後に観たのが「かぐや姫の物語」だったのだ。劇中の「わらべ歌」やエンディングにかかる「いのちの記憶」がリフレインする中、映画館を後にし、ひと息つこうとカフェを目指す。最初に入ろうとした店が混んでいたのを見て、Lが「ヒカリエに行ってみない?」と言う。実は、かぐや姫の赤ちゃん時代の描写が、『霊性のアート』に登場してもらっているT夫妻のお子さん”ひかり”ちゃんの印象そのものだったので、私もヒカリエを意識していたのだ。

という訳で即移動。11階にあるカフェは展望も素晴しく、結構穴場かもしれない。思えば、ヒカリエは、マヤ長期暦が完了する2012年に誕生していて、延べ床面積は、マヤ長期暦の1バクトゥンと完璧にシンクロする14万4000平方メートル。設計者の安藤忠雄氏は、KIN193(11・空歩く者)の生まれで、ツォルキンを長期暦に置き換えた時にパカル王が最も活躍した時代に対応する日付だ。そしてパカル王はパレンケ王朝11代目の王とも言われている。

そこで、『かぐや姫の物語』のパンフレットを開くと、驚くべき発見があった。高畑監督の記事の中に、『竹取物語』が映画化されたのはただ一度、1987年、沢口靖子主演の市川崑監督によるものだけのようである、という記述があったのだ。当時、高校生だった私はその映画を観た覚えがある。それにしても1987年とは!『13の月の暦』が生まれるきっかけとなったハーモニック・コンバージェンスがあった年だ。

さらに高畑勲監督の誕生日を調べて私の興奮度はさらにUPした。1935年10月29日生まれのKIN129「赤い水晶の月」。まさに月の神話を生み出すにふさわしい監督であるというだけでなく、個人的に色々な意味で驚かされる日付だったからだ。何しろ、BAという波動測定器やウォーターセラピーを共に構築した青山保喜氏も、剣武天真流の本部師範で、チェコで共に演武をしたことを『霊性のアート』に書いた丸山貴彦氏も、共にKIN129なのだ。おまけに「クリスタルスカルの王国」で13個のスカルを見つけたインディ・ジョーンズもKIN129である。

特に丸山氏は365日暦の誕生日まで同じ!ということは、高畑監督のぴったり52年後に生まれたということだ。ちなみに、この52(13×4)年という周期は、マヤ暦や「13の月の暦」での還暦に当たる特別な周期だ。剣武天真流は、地井さんに空手を教えた青木先生が新体道というベース体技の上に生み出されたものだが、その未来を託されている丸山氏は青木先生とも52才差で、現在26(13×2)才。高畑監督は78(13×6)歳。全て13の倍数だ。

加えて、唯一『竹取物語』が映画化された1987年の10/29に丸山氏は誕生している。この時、高畑監督は還暦である52才を迎えていた訳だ。奇しくもこの日は、『ドリームスペル(13の月の暦)』の生みの親の一人、ホゼ・アグエイアスの息子ジョッシュが、交通事故で他界したまさにその日でもあるのだ!ジョッシュのぴったり30日後に生まれ、彼に捧げられた『時空のサーファー』を通じて『13の月の暦』を知った私が、このタイミングでこの事実を知る驚き。だが、もうひと押しがあった。

何と、高畑監督は三重県宇治山田市(現在の伊勢市)の生まれだったのだ。今年、式年遷宮があった伊勢の内宮に本籍地を置き、ホゼと共に『ドリームスペル』を奉納した経験も持つ身としては、興奮度は最高潮である。しかも、帰宅すると『IHM WORLD1月号』が届いていて、その表紙は伊勢内宮の大鳥居と宇治橋。

そこで気になって『かぐや姫の物語』の公開日を調べると、新嘗祭があったKIN24(11・種)=G11/23。この日、私達はのぞみ209号で関西に向かっており、209という数が今上天皇のその時の運命の道筋KIN209とシンクロしている事に気付いたまさにその瞬間、まだ何も言っていない私に、LがFBの天皇の写真(稲穂を手にされた)を見せて驚かされたことが手帳に記されている。

ちなみに私達が座っていたのは15号車8で、これをウィエブスペル15の8番目と見れば、『ドリームスペル』のツォルキンでのパカル王の誕生KIN「8・犬」=KIN190と読める。尚、Wiki情報によると、2013年12月23日、天皇陛下が傘寿の誕生日を迎えたのを記念し、宮内庁によって初めて新嘗祭の様子が映像として公開されたとのこと。パカル王は記録上80歳まで生きたことになっているが(603〜683)、今上天皇は先の誕生日でちょうど80歳になられたばかり。

もちろん、天皇にはまだまだ長生きして頂きたいが、2013年の終わりにこういうシンクロに気付かされるのは何とも印象深い。6/24(=「銀河の同期」33日前の調波33のラストKIN132)には、シンクロに導かれて天王山の麓で直接、天皇皇后両陛下をお見かけしているので、尚更色々感じてしまう。ちなみに、市川監督の『竹取物語』は1987年9月26日(=KIN96)の公開。先にシャンバラは96(8×12)の地域から成るという記事を書いたばかりだったので、こちらも「シャンバラ」=「月の都」などとイメージしてしまう。

そういえば、KIN209は『ドリームスペル』において「月の創世記」の始まりという非常に重要な日付でもある。今上天皇が、まさにそのKIN209の道筋を歩まれた2013年の最後に『かぐや姫の物語』を見たことは、やはり私にとって非常に特別な体験であった。

随分と長くなってしまったが、『ドリームスペル(13の月の暦)』ユーザーとして、そして日本人として、2013年の大晦日にこのことを書けたのは、この上なく嬉しいことだ。62回目の式年遷宮とシンクロするKIN62の夜に、ご縁をのあった全ての方に感謝を込めて。


追記:このブログを書いている最中聴き流していた紅白でmiwaという歌手が「ヒカリへ」という曲を歌っていた。その後、ももいろクローバーZが、シャンバラとかシンクロニシティとか歌っているのも聴こえて来た。かなり驚いた。

20日で13作品「岩佐寿弥特集」

2013年07月18日 23:40

宇宙の月22日(G7/18)KIN156 黄色い宇宙の戦士(by D)

チベット人の友人、ドルマ&ペムシを通じてご縁が出来た岩佐寿弥監督。彼らの作品が出ていたこともあって、昨年末の天真書法塾発表会の会場にもご夫妻でいらして下さっていたし、ちょっと前にもネパールやインドに行かれたり、とてもお元気だったのだが、GWに映画『オロ』の東北初の自主上映会で講演された後、宿泊先の階段で頭部を強打されて急逝された。享年78(13×6)歳。
発表会にて岩佐夫妻とドルマとペムシ 
ネパールから帰国された折、メールを頂いたりもしていたのに、結局、お会いする機会を失ってしまい、先に行われた「ちょっとお別れの会」にも出席出来なかったので、今日、渋谷のアップリンクで行われている「追悼・映像作家 岩佐寿弥特集」で、もう一度『オロ』を観て来た。

何度観ても心に沁みる映画だが、今回は、監督に気持ちを合わせて観ていたので、また違った印象を受けた。同時に、私たちもお世話になったツェワンさん、ポカラまで会いに行ったモモチェンガやその親戚達、そういう懐かしい人々に囲まれた監督にも会えて、遅ればせながら監督にご挨拶できた気もした。

最初に話をしてみた時から、シンクロの達人であることが分かっていたが、亡くなられた時も、ちょうど南インドからチベットのスペシャルな僧侶達が集まっているタイミングで、彼らによる法要がなされたと言うし、今回のアップリンクでの追悼上映会「イワサヒサヤとはナニモノだったのか?」も、完璧なタイミングで行われている。

何しろ、代表作13作品を7/6(1・種)〜7/26(8・種)で一挙上映しているのだ。13作品を20日でというだけでなく、「ダライ・ラマ法王のお誕生日」から「銀河の同期」までという期間にシンクロしているのだからこの上なく見事だ。異なる次元に移行されても、やはり達人は達人なのだ。

残り僅かな期間ではあるが、岩佐監督のアプローチは「銀河の同期」に入って行くのにピッタリな波長だと思うので、時間の許す方は、是非、この機会に監督の作品に触れてみて頂きたいと思う。

最後に日付のメモ。13月22日、「13・戦士」。今年最後の「魔術の亀の日」。16日間の戦士の立方体の旅、13日の黄色い種のウェイブスペル、52日の燃える青い西の城、これら全てが同時に今日完了。「源泉への到達」の7日間と「時間をはずした日」の合計8日を経て「銀河の同期」へ。

モンサントの不自然な食べもの(を観る予定)

2012年10月03日 00:56

電気の月13日(G10/2)KIN127 青い惑星の手(by L)

Dに誘われて今夜は映画。ところが観終えた後、「オレ様とした事が外したぜ!」と、彼には珍しくプンプンしていた(笑)。映画に対してではなく、その映画を選んだ自分に対して。シンクロ勝負師としては、選ぶものは百発百中でないといけないらしい。(なので、何の映画を観たのかは紹介を控えます。私は、事前に何度聞いても、その映画のタイトルも内容も覚えられず。でも納得。それだけのパワーが映画に無いということ。)

ks ss

しかし!帰りの食事のおいしかったこと!!これぞプリセッションだ!!
ファラフェル(ヒヨコ豆のコロッケ)や野菜のクスクス、そしてアラブ風餃子(フェタチーズとカボチャ、クルミなどの入った揚げ餃子)などなど、前よりもタントツ美味しくなった氣がする。こちらはお薦め。渋谷アップリンク1Fです。

さて、来週は『モンサントの不自然な食べもの』を観に行くぞ!

剣心の緋(日)

2012年09月23日 03:52

電気の月3日 (G9/22) KIN117 赤い宇宙の地球(by D)

流石に2012年の終盤。気象だけでなく、政治経済の動きにも身の回りのシンクロにも、殆どゲリラ豪雨のような過激さを感じるが、3番目の「電気の月」の開始と共に、それがさらに活性化して来ている気がしてならない。

10連続GAPの最終日とも重なった電気の月1日(9/20)は、5年間の台北生活から最近帰国したKIN129(12・月)の友人と横浜でランチをし、そこから徒歩圏のアントショップにも皆で立ち寄った。オーナーである「鏡ご夫妻」(KIN18&KIN118)は、新宿伊勢丹での催事終了から息つくヒマもなく始まる元町チャーミングセールの準備で忙しそうだったが、Lが目をつけていた「青い手」のお皿が奇跡的に残っていたので、その1枚を頂いて次の用事へ。

移動電車の中で、IHM WORLDの原稿の校正をしていると、アームストロング船長が月面に降り立った時の道筋である「KIN129」のところにだけ誤記を発見。その後、FBで安倍昭恵さんが水天宮の地鎮祭に参加していることを短く書かれていたので、帰宅後、気になって水天宮について調べる。というのも、その4日前に、私はIHM主催の3回シリーズ「マヤ暦の終わりと始まり」の第2回目の講演に向かう際、全く関係のない動機で、何年ぶりかで水天宮駅で下車していたからだ(多分、生涯2度目)。

結果、分かったのは、水天宮の御祭神が、天御中主大神、安徳天皇、建礼門院(平徳子)、二位の尼(平時子)の四柱であるということ。昭恵さんがKIN81に剣山登山をすることになったシンクロや、その時、初めて安徳天皇が第81代天皇であったことに気付いたこともあって、さすがにこれには驚いた。しかも、昭恵さんも水天宮の御祭神についてはご存知ではなかった様子。それに、この一連の出来事は、平清盛の放映期間と完全にシンクロしている。

マヤ、トルトゥゲーロ遺跡に残る長期暦最終日(13番目のバクトゥンの終わり)には「9人の神」についてのはっきりしない記述がある(文字が欠落して読めない)と言うが、それとリンクする形で「13の月の暦」の第9週の初日に9×9のサインがやって来たのだろうか。そもそも、昭恵さんが最初に私にDMを下さったのは2010年の終戦記念日、即ちKIN129だった。

その日の夜、九段下(正確には三崎町)にある天真館道場で、近々北海道に引っ越されるSさんご夫妻と、会津に引っ越されるKさんの壮行会が行われた。どちらも、剣武天真流の稽古仲間なので、白虎隊の話なんかも話題に上っていたが、その時は、あまり気に留めていなかった。どちらかと言えば、その場にもKIN129の稽古仲間が居たことの方に注目していた。しかし、深夜、日中秋葉原で行われていた、麻生太郎元首相(KIN95)による安倍晋三元首相(KIN6)の総裁選応援演説の映像を見ていて、ああ、安倍氏はもともと長州の人なんだなーという事を改めて意識することになった。

大変興味深い事に、この日はちょうど麻生氏の72才の誕生日で、翌日の9/21(KIN116=58×2)が安倍氏の58才の誕生日、そして今日が、NHKでドラマも放映されていた吉田茂氏(麻生氏の祖父)の生誕134年である。麻生氏と安倍氏の年齢の合計はツォルキンの半分130で、今年の道筋の合計は115+116=231である。ちなみに、あと4ヵ月もすると、Lはその231に回帰する。つまり、麻生さんと安倍さんの道筋合計が231になるのは52年に一度で、前回は麻生さんが20才、安倍さんが6才の時だったことになる。

その安倍晋三氏の誕生日であるKIN116(9/21)に、米国スリーマイルで原発が爆発音と共に緊急停止した。私は、その後あまり詳細に報道されることもないこの出来事が、今後の世界の原発のあり方に大きく影響するのではないかと踏んでいるが、今回の話題からは脱線するので、これについてはここまでにしておこう。さて、この日の午後、私は「るろうに剣心」という映画を観た。原作がマンガであること位はさすがに知っていたが、実は内容は殆ど知らずに観た。幕末が舞台ということすら知らなかったのだ。

ただ、映画としても評判がいいようだし、剣を学び、最近パフォーマンスなども体験した身としては、どんな表現をするのかも興味があった。それに、ちょうど江本氏との共著の話が出たころ、映画で剣心役を演じている佐藤健が、『ダ・ヴィンチ』という雑誌の表紙を江本氏の本を持って飾っていたことも思い出し、「これは見ておいた方がいいな」という勘が働いたのだ。結論から言うと、映画は確かに面白かったし、アクションシーンにも引きつけられるところがあった。そして単純ではあるけれど話の筋も良かった。

しかし、私に一番響いたのは、剣心がかつて長州の暗殺者であり、蒼井優演じる女医(漢方医)が会津戦争で家族を全て失ったという設定だった。長州(山口)は、安徳天皇や平家との繋がりだけでなく、この日が誕生日だった安倍氏の選挙区(出身地)でもある。一方で、前夜、壮行会で白虎隊の話などをしていたKさん(会津に引っ越される方)は、実はその時はじめて知ったのだが、何と女医(漢方医)さんなのだ。フィクションとノンフィクションが入り交じったこの感覚は「13の月の暦」を使っていると頻繁に生じるものではあるが、最近は、同時に真逆の立場からものごとを見させられる機会が多い。

ところで、主演の佐藤健の「銀河の署名」を調べてみると、何とKIN117(13・地球)で、今日が33回目の銀河の誕生日と判明!さらに、敵役、武田観柳を演じる香川照之はKIN198(3・鏡=白い電気の鏡)で、これまた『20の銘板』や『7:7::7:7』の見方では、今月「電気の月」全体にシンクロしている。「電気の」というのは『13の月の暦』で数字の「3」に付けられた名前だが、今日は3の月3日で、佐藤の主演デビュー作は「仮面ライダー電王」だ!

つまり、今日は「るろうに剣心」について書くのに非常に相応しい日だと言える。緋村剣心の「緋」は「濃くあかるい赤色」と広辞苑にあるし、実際、映画の中でも剣心は赤い衣を纏っている。そういう面からみても、「赤い宇宙の地球」の佐藤健は、剣心のハマり役だったと言えるだろう。そして、最後に気付いたが、117=9×13である!現在第9週は、コドン13「組織された人々」でコード化されている!!佐藤健安倍晋三も、『13の月の暦』と完璧にシンクロしている。

るろうに剣心」の出演者の一人でもある須藤元気も、随分前から『13の月の暦』について触れているし(少なくとも一時は使っていた模様)、安倍昭恵さんも私を通じて知る事になった。もちろん、自然体であるからこそ、『13の月の暦』にもシンクロしている訳だが、身近にこの暦に触れた人がいるというのも面白いポイントだと思う。

追記:佐藤健の33回目の銀河の誕生日であった3(電気)の月3日(9/22)は、33年ぶりに9/23以外の「秋分の日」だったことが判明(またまた吉田さんのFBで知る)。チチェン・イツァではククルカンが降臨したはずだ。



『オロ』タルチョ型パンフ

2012年07月03日 01:45

宇宙の月6日 (G7/2) KIN35 青い太陽の鷲(by D)

一昨日、渋谷ユーロスペースで封切られた映画『オロ』を観て来た。「13の月の暦」だと「コドン4/再び聴く」でコード化されている49週目の4日目、さらに観音菩薩の化身の数ともシンクロするKIN33(7・空歩く者)に当たっていたこともあって、試写会でその素晴らしさを体験していた私達は、「再び観たい」という気持ちと公開をお祝いしたいという気持ちが相まって、初回上映の1時間近くも前に映画館に到着してしまった。

にもかかわらず、岩佐監督は既にお出ましで、早速、挨拶をすると、側にいらしたカメラマンの津村さんを紹介して下さった。聞けば、この映画でコーディネーターと通訳を務めているツェワンさんと、25年前に最初に出会ったのは津村さんで、そこから岩佐監督との関係も生まれたとのこと。ということは、ツェワンさんや妹のドルマさんと私達との出会いの源には、この津村さんがいらしたという事になる。

olo33  ☆岩佐監督、撮影の津村氏と

ある意味『オロ』は、津村さんと岩佐監督とツェワンさんのご縁が、四半世紀の時をかけて培ってきた時間の働きによって生まれたものとも言える。そして『オロ』を観る人は誰でも、その時間の流れの中に入って融け合ってしまうのかもしれない。主人公のオロ少年は、様々な困難に出会いながらも前を向いて力強く生き抜いて来られた3人の、あるいはこの映画に関わった全ての人々の心の姿そのものであるような気がする。

今回は、試写会の時には、そのあまりの自然さに気付けなかった映像と音とアニメの調和の妙に感動したり、他にも色々な気付きがあったのだが、もう一つ、その日に完成したというパンフレットに強く心を揺さぶられた。監督とオロの手紙、津村さんや南さんら現地でオロと一緒に過ごした人々の裏話、音楽や絵を担当された方々の想い、そして映画を観た在日チベット人の感想、切り口の異なるそれら全てが宝のような光を放っているのだ。

中でも、加藤登紀子さんを交えての在日チベット人の対談や、チベット学者である石濱裕美子先生の解説部分は、チベット人の置かれている現状を、簡潔かつ要点を押さえ尽くした形でまとめられていて、初めてこの話題に触れる人にとっては、これ以上ないくらいの資料価値があると思う(初学者にとって必要にして十分という意味)。しかも、このパンフ、小型で持ち運び易いだけでなく、折りたたみ式のちょっと変わった形をしている。

それをパラパラッと広げると、片面は全部、何とタルチョになっているのだ!チベットの人々は、この五色の旗がはためくごとに、慈悲の心を乗せた祈りが風に乗って世界に広がっていくと信じている。内容もデザインも充実したこんなに素敵な映画パンフが、これまであっただろうか?このパンフは、チベットのことだけでなく人間にとって大切なものをギュっと凝縮した宝物のようなものだ。『オロ』を観るなら、いや万一観る時間が全く取れないという方でも、このタルチョ型パンフはマストである。

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