■律動の月11日(G12/23) KIN204 黄色い太陽の種 (by D)数日前、ご縁のある方に声をかけてもらった関係で、ジュセリーノ氏の講演会に足を運んだ。翌日には、日テレの特番にも登場していたから、ご存知の方も多いだろう。ちょうど、その2,3日前に『ジュセリーノ未来予知ノート』という最新著を本屋で見つけて、立ち読みしてしまっていたので、講演内容に新鮮さは無かったが、ジュセリーノ氏の人柄を知るのには良い機会だった。
ご本人から感じたのは、素朴さ、真面目さ、熱心さといったもので、概して印象は良かった。だが、災害や事故といったネガティブビジョンを公に伝えて行く事の影響については、かなり無頓着というか無責任な印象を持たざるを得なかった。もし、「夢で見たものを世に伝え警告するのが自分の責任」と言うのなら、まず、それが常に高い精度で当たり続けている必要がある。殆ど外れている予知なら、心配性で妄想癖のある人物が発するメッセージと何ら変わり無くなってしまうし、警告的な意味も限りなく消失してしまうからだ。ところが、この「精度」については、かなりの疑問が残る(後で触れる)。
また、予知が外れたケースについて、「私はいつもそれを望んでいる」と言うのは、一見良心的ではあるのだが、この言葉が意味を成すのは「誰かが警告を真面目に受け止めて、何らかの対策をしたから外れた」という条件が満たされた時のみであって、対策も無しに勝手に外れたケースについては、多くの人々に余計な混乱と不安を抱かせるだけになる事、場合によっては真摯に受け止めた人程、経済的・社会的に打撃を受ける事を、もっと真剣に考えないといけないだろう(余談になるが、地震前兆現象の研究者である串田嘉男さんのやり方には、こういう側面に対しての配慮と誠意が感じられる)。
さて、実際のところ、彼はどれ位の精度で当てているのだろうか。これについては、簡単に結論を出してしまう事は避けたい。だが、自分で確認できる範囲に限って(=最新の本に発表された具体的な予知のうち、11月下旬から今日までに至る4,5個程度になると思われる)言えば、今のところ、当たりと言えるものは無い。過去のものについては、役場で登録した証拠があると言われても、実際の所は検証が難しいので何とも言えないが(ところがテレビでも本でも、殆どがここを拠り所にして語られている)、仮に言われている通り、これまで90%以上の的中率があったのだとしたら、その後、突然当たらなくなるのは、かなり不自然だと言わざるを得ない。
もう少し突っ込んで言えば、リアルタイムの情報発信方法が他に幾らでもある現代において、後出し疑惑をかけられる方法(しかも手間も費用も余計にかかる)を取っている所に、私などはかえって誠意の無さを感じてしまう。彼はEメールを使うケースがあることを本の中で表明しているので、協力者の力を借りればWEB上でも同じ事は出来るはずだ。そこで予知夢を無償公開し続けて、それがバンバン当たれば、宣伝などせずとも世界中の人がこぞって見に来るようになるはずだし、大いに警告の意味が出てくるだろう。
ちなみに、私は予知や予知夢自体を否定する者ではない。どちらかと言えば、かなり肯定的に見る立場だ。自分自身の体験や、身近な人々による具体例を見て来たからという理由もあるが、「虫のしらせ」という言葉の存在が示すように、もともとそういう現象は、特に珍しいものではないとも思っているからだ。従って、私は、ジュセリーノ氏についても、何らかの能力があるのだとは思っている。しかし、だからこそ、的中率90%以上などと言う売り込み方をして欲しくないとも思う。日付や場所が明確になっている詳細な予知を、1%であっても当てているのであれば、それはそれで十分に意味があると思うからだ。本物の能力があるのに、下手な売り込み方をしたせいで、後々バッシングを受けて無き者にされてしまうとしたら勿体ない。丁寧にゆっくり扱う方が結局は効果的、というものは沢山あるのだ。
もう一つ気になったのは、彼の予知の中に、地震や環境問題、ウイルスの流行についてのものが結構多いという点。これらは具体的日付や場所が正確で無かったら殆ど意味をなさないし、今の世界情勢を多少なりとも知っていれば、誰でも言えそうな内容ばかりだからだ。例えば、日本において、マグニチュード5とか6レベルの地震など、日常茶飯に起きていて、予知する意義があるとはあまり思えない。まあ、彼にしてみれば、ただ夢で見たものを書いてるだけという事なのかもしれない。しかし、世の中がより良くなることを願っているのなら、情報発信にはもう少し慎重になってもらいたいし、どうせなら誰も予想出来ないような素晴らしい出来事だけを次々に予知して、バシバシ当てて欲しいものである。
そういう意味では、本の読者による検証が可能だった「アル・ゴア氏のノーベル平和賞受賞」に関しては、確かに出版の方が先だったし、内容もグッドニュースだったと思う。だが、これもノミネート自体は2月に行われていた点は知っておくべきだろう。つまり、間違いなく賞発表前に予知はされているが、ある程度、誰でも当てられる範囲にまで絞られた後で本が出ているという事だ(ちなみに、役場に提出したのはもっと前という事になっているが、先に書いた通りこの検証を本だけするのは難しい)。
ところで、長いこと不思議世界に身を置いていると、未知なるものに対してもそれなりにモノの見分け方が分かって来る。私の勝手な印象によれば、一般に、ごく短期間に強い反応(良くも悪くもリアクション)が起こる情報に、あまり質の良いものは無い。それらの殆どは、人の欲や恐怖と結び付くものであって、心を豊かにしたり勇気付けたりするものでは無い。一方、テレビの視聴率や、出版物の発売部数は、概して短時間にどれだけ数を稼ぐかが優先される。従って、それらを通じて情報を得る時は、放映の動機、出版の動機がどこにあるのか、よく見極める必要がある。また、ジュセリーノ氏本人が純朴で真摯な人だったとしても、周囲の人々の動機はまたそれぞれ別だったりするかもしれないのだ。
最後に、テレビや本を見て「こりゃースゴイ!」と思って驚いてしまった方、あるいはこれから本を読んでみようと思う方にひと言。前提条件になっている「公証人役場での登録こそ動かぬ証拠」という部分を鵜呑みにせず(この点を無条件に受け入れるのとそうでないのとで見方が大きく変わる事を自覚して)、本で発表されている「これから自分で確認出来る事項」で、予知夢を検証して行く事を強くお薦めしたい。