部屋の名前

2008年11月30日 23:48

■倍音の月16日(G11/30) KIN26  白い宇宙の世界の橋渡し (by D)
 
KIN26(11/30)の今日、書法塾の作品発表会が無事終了した。わざわざ会場まで足を運んで下さった皆様に感謝しつつ、ちょっと面白いエピソードを紹介しておきたい。これまでの数年間、発表会の会場セッティングに関しては、Lがリーダーを務めていた(もちろん先生方と連絡を取りつつ)。今年からは、その役目を増田さんにバトンタッチしたのだが、ヒューレン博士のセミナーに一緒に参加した彼は、初日の準備開始前に、会場のクリーニングを試みつつ、部屋の名前を尋ねたのだそうだ。すると、「○○○○」という答えが返って来たという。
 
その事を、メールで増田さんが書いて来た時、私達はひっくり返る位驚いた。何故なら、それはクリカのセッションルームの名前と同じだったからだ。私達は、当初、部屋に色のイメージを付けて、セッションルームを「ブルールーム」と呼んでいた。ヒューレン博士の事を知るずっと前に付けた名前なのに、博士の伝えるクリーニング方法とも関連があって驚いたのだが、その後、Lが部屋に直接尋ねてみたところ、全然別な名前である事が分かった。だが、その事を私達以外の人に共有した事は無かった。そもそも、こういう世界に馴染みの無い人にとっては、何のことやらさっぱりな話だろう。
 
もしかしたら、増田さんとの会話の中で、その事を話題にした事があったのかもしれないが、増田さんも私達もその記憶は無く(なので増田さんもこの話を聞いてゾ~っとしたらしい)、会場セッティング係をLから増田さんに引継いだ流れもあったので、私達にとっては、2重、3重に面白いシンクロのように感じられた。それにしても、無限にある名前のバリエーションの中で、こういう事の起きる確率はどの位あるのだろうか。
 
ところで、やはり一緒にセミナーに参加したタカちゃんの薦めで、よしもとばななさんの最新作『彼女について』を、Lが読み始めた。これについては、また改めてLが書いてくれると思うが、あとがきにヒューレン博士の事が、ちゃんと書いてあった。『みんなが幸せになるホ・オポノポノ』の中に、ばななさんの手記も引用されていたので、特に驚きはしなかったが、アイディアやヒントを得ても(それどころかダイレクトに情報を引用していても)それを記すことをしない人が多い昨今、ばななさんのこの姿勢には、潔さと気持ちよさを感じた。
 
そういえば、『みんなが~』のラストには、日本でヒューレン博士のセミナーを主催されている平良ベティーさんによるエピソードも掲載されているのだが、それは、ご自分の家の名前が「テルマ」だったという内容を含んでいる。「テルマ」は、チベット語で埋蔵経典を意味する言葉だが、今日、発表会の会場に来て下さった高橋夫妻や木盛夫妻、そして夜、宮崎土産を家に届けてくれた近所のKさんが、11年前に東京で行われた「時間の法則に関する世界会議」の時に、同じ場に居た人々であり、そこにベティーさんも居たことを思うと、まるで、特定の時間に埋め込まれていたテルマを掘り起こした気分にさせられる。
 
先の会場の名前も、もしかしたら、記憶から掘り起こされたものなのかもしれないが、仮にそうだとしても、すっかり忘れたタイミングで、それも、全然関係ない場所でそれが呼び起こされるところに、テルマとしての面白さがある。ちなみに、今回の第7回発表会から、初めて塾長賞が出される事になったのだが、その栄えある最初の受賞者となったのは、何と、タカちゃんと増田さんであった!その事を前から予言していたLと、それを耳にしていた私にとっては、これもまたテルマのように感じられたが、メデタイ事に変わりは無い。お二人さん、オメデトウ!

NEWS & INFO

2008年11月27日 20:52

倍音の月13 日 (G11/26) KIN23 青い惑星の夜

そういえば、こちらをご案内していませんでした。
明日からです。

【第7回天真書法塾発表会】
11月28日(金)12時~17時
11月29日(土)10時~17時
11月30日(日)10時~15時
於日中友好会館1階美術館

kourakuenn 
会場隣の後楽園では紅葉が見頃!

11スピン目の聖地

2008年11月24日 01:44

倍音の月10 日 (G11/24) KIN20  黄色い共振の太陽 (by D)

私達の旅が始まったのは2001年のLの誕生日(G1/14)から、と私は勝手に思っている。KIN11だったその日は、まず大神神社に参拝し、狭井神社の登山口から雪が薄っすら積もった御神体の三輪山に登り、下山後、やまのべの道を辿って桧原神社を参拝した。その後、飛鳥に移動して、天気雪の中、亀石、猿石などを巡った事が思い出される。一昨日(5・鏡)の「世界ふしぎ発見」で、邪馬台国・畿内説の最有力候補として挙げられている纒向(まきむく)遺跡、大神神社、出雲大社、伊勢神宮などが次々に映し出され事で、急にその事を思い出し、色々と調べてみたくなった。

三輪山は、大物主神が鎮まる御神体とされているが、その大物主神と同一視される大国主神が祀られているのが出雲大社である。その事を意識していたかどうかはすっかり忘れてしまったが、翌年のG1/14(KIN116)には、ちゃんと出雲大社に参拝している。ふしぎ発見の中では、第11代垂仁天皇の時に天照大神が伊勢にご鎮座された事や、伊勢には141座の神々が祀られている事なども語られていたが、141をKINに置き換えると「11・竜」となり、ここにも11が登場しているのに気が付いた。

シンクロニック・ジャーニー』の第2章には、私が歴史的経緯を知らないまま、崇神天皇→垂仁天皇の流れに導かれて大神神社(天皇社)と内宮を参拝した事を書いたが、今回、三輪山の麓に広がる纒向遺跡の名前が、垂仁天皇の時の纏向珠城(まきむくたまき)宮に由来する事や、その遺跡群に含まれる箸墓(はしはか)古墳が卑弥呼の墓である可能性が高い事なども分かって来て、非常に興味を引かれた。特に、ヒミコを太陽(&天照大神)の象徴、その後継者のトヨを月(&豊受大神)の象徴とする見方は、それが真実かどうかは別として、各神社との繋がりや、物語としての流れは良いという印象を受けた。

ところで、一番最近のKIN11は、番組を見たちょうど一週間前、カトマンズ(古名カンティプールは「栄光の都」の意)で迎えていた。NPO活動でお世話になっているガリ・アソシエーションのメンバーと、そこを通じてサポートしている子供達に面会していたのだが、ガリのメンバーは何と11名。その日、面会後に訪れたスワヤンブナートは、ネパールで最も古い寺院で、伝説では「カトマンズ盆地がまだ湖だった頃に、文殊菩薩が湖を切り開いて盆地に変え、大日如来を讃えて建てた」と言われている所なのだ。そして、その日はちょうど三輪山に登ってから11スピン(260×11)目のKIN11だったのである!三輪山スワヤンブナートも、伝説的な原初の土地を見渡す聖地である事を思うと、実に面白いシンクロだと言えないだろうか。
 
おまけに書いておくと、もう1スピン前(つまり三輪山から10スピン目)に訪れていたのは、古代エジプトの人々がナイルの源だと考えていたアスワンである。旅に出る時は、それなりに日付を選びはするものの、移動手段などの事情で、さすがに細かい所までは狙い通りという訳には行かない。しかし、こうして振り返ってみると、時間にもある種の共振場があるのではないかと思えて来る。昨年、『第十一の予言』との強力なシンクロを感じながらカトマンズを訪れ、初めてスワヤンブナート(盆地の底から77mにあるとか)に登ったのは、手帳の記録によればKIN116。今、気付いたが(笑)、これは出雲大社を訪れてからぴったり8スピン目に当たっている。探せばまだまだ出て来そうだが、キリがないので、KIN11はホゼの銀河の誕生日で、そのホゼがインスピレーションを受けたパカル王は、パレンケ王朝11代目の王と言われている事だけメモして終わりにしよう。

感謝の備忘録

2008年11月23日 02:14

倍音の月9日(G11/23) KIN19  青い律動の嵐 (by L) 

 (すみません、本日思いっきり個人的備忘録。旅の後はこれが済まないと日常生活に戻れない。)

KIN11(11/15) ガリ・アソシエーションのメンバーと、クリカ奨学生の子供たちと家族、集まってくれたみんなにありがとう。巨大な仏陀のタンカや、心のこもった色々なサプライズありがとう。スワヤンブナートを案内してくれたチョサンさんとカルマさんに、素敵な午後と美味しいランチ(カトマンズ一のレストランですと!)ありがとう。出張前にもかかわらず、パタン・ゲートで迎えてくれた菅沼さん(と本を預けてくれた松本さんに)素敵なお茶とケーキの時間をありがとう。何故か携帯が使えなくなった私たちに、お金も受け取らずに電話を使わせてくれた(ネパールでだよ!)ネワリの写真屋のお兄さんありがとう。そして、カナダからいつも変わらず私たちを気にかけてくれるツェワンさんありがとう。

tanka

KIN12(11/16) 日本では大事なお友達Nちゃん挙式の日(ご招待頂くも在加徳満都の私たちは出席かなわず)。マナサロワール・アカデミーのサンモ校長、ホテルまで迎えに来てくれて、そして私たちを大歓迎してくれてありがとう。私たちの訪問の一月前から猛練習して、思いきりドレスアップしてチベットの歌とダンスで迎えてくれた子供たちにありがとう(あなた達TIPAよりすごいわ!)。あんなに小さいのに、しっかり英語で挨拶&自己紹介してくれたクリカ奨学生のチビっ子たちありがとう。見事なランチを用意してくれたマナサロワールの天才コック、スニタさんありがとう。どこからともなく現れ、DKRのお部屋に私たちを誘ったブータンのお坊さんありがとう。そしてDKRの秘密のお部屋に招き入れてくれた管理人さんありがとう。(DKR夫妻のスカルと教典目に焼き付いている。)そして、風邪っぴきのところ、私たちのホテルに訪ねてきてくれた旧友の悟郎さんありがとう。

KIN13 (11/17) 再会の叶ったクリ坊にありがとう。遂にSJとグラーツでの写真を受取ってもらえて望外の歓び(ホントDが喜ぶものはお金では買えないものばかり)。絶妙なタイミングでチョサンさんのお店に現れたチミーさんありがとう。(お陰でしっかり寄付の領収書ゲットでき、他に氣になっていたことも話し合えてスッキリ解決。)そして、待ち合わせの場所までタクシーが迷いに迷って、寒い中お待たせしてしまったにもかかわらず、初めて会う私たちをご自宅に温かく迎えてくれたチベットサポーターの大先輩モモさんありがとう。(色んなお話聞けて、本当に勇気づけられました。文字にはできない事もホントに沢山あるのですよね。)大人達が話をしている間、小さな手で、私たちの為にアートなコマをひたすら沢山作ってプレゼントしてくれたみーちゃんありがとう。

KIN14 (11/18) ドゥジュン・リンポチェのストゥーパのあるお堂の鍵を開けてくれた尼さんありがとう(レスリーちゃんに報告したらぶっ飛ぶだろう。)ホテルへの帰り道を気分で変更したばっかりに、シチェン寺で、DKR転生ラマ・ケンツェ・ヤンシ・リンポチェに遭遇できてしまった流れにありがとう。(ダライラマ加持の広島テプン寺の数珠をさらにDKR転生ラマに加持して頂く。)そして、深夜カトマンズ空港まで送ってくれたカルマさんご夫妻にありがとう。(もう、何がなんだか、チベット人の方々から頂いたカタだらけです私たちのバッグの中。でもそのお陰で、シチェン寺でカタを持ってない外国人たちに配ってあげられて良かった。たまたま迷い込んできたカナダ人が、実はナローパ出身で、彼の最初のラマがトゥルンパで、そしてホゼを知っているのにもぶっ魂消た。)

KIN15 (11/19) 台北にてストップオーバー。ここからは休暇なり。このホテルがあると思うだけで嬉しい台北商旅よ、ありがとう。いつも大歓迎してくれる知足常楽の陳さんありがとう。(どれだけ歩きまわっても知足常楽があれば全然楽勝、大丈夫!)

KIN16 (11/20) 故宮では晋唐時代法書名跡展ピッタリ最終日。このタイミングにありがとう。(キラ星のような書の大家達、書聖王羲之始め、顔真卿、孫過庭、懐そ、そして今年Dが臨書したばかりのチョ水良の真筆だよ!もちろん我が専攻の米フツも。)そしてYちゃんファミリーに心からありがとう。(ハートも胃袋もこのファミリーに鷲掴みにされている私たち、特にMちゃんの愛くるしさには終始メロメロ。旅の疲れも吹き飛ぶね。大安駅で私たちの姿が見えなくなるまでずーっと見送ってくれた姿(というかMちゃんの声)、忘れられません。)

KIN17 (11/21) いつも美味しいお茶で迎えてくれる張さんありがとう。私が飛行機の時間を勘違いしても「大丈夫、大丈夫、丁度良い。」とDのケロケロっぷりにありがとう。(ホントは全然大丈夫じゃなかったけど、あの時はマジ焦っていたので救われた。で、突然の嵐のようにパッキングして出発。結局、ものすごく大丈夫だった。)
・・・そして夜ニコタマに帰宅。大好きなお家に帰って来られた事に、ありがとう。

それから、いつも私たちの活動をサポートしてくれている青木先生始め天真会の方々、NPOクリカの理事たち、友人たち、支援してくださる全ての方々に心からお礼を(そして追って視察の報告を)。そして、この旅を可能にしてくれている一切に感謝。

Fresh Start

2008年11月22日 23:56

■倍音の月8日(G11/22) KIN18  白い倍音の鏡 (by D) 

今日、ポニータクシーのT夫妻から結婚の記念品が届いた。何と中身は、あの横浜増田窯の器。そして、その絵柄はポニータクシーそのままの馬車!同封されていた写真には、ウェディングバージョンに化粧直しされたポニータクシーに乗る、幸せそうなお二人の姿があった。先に予定が入っていた関係で、残念ながら式には参列出来なかったのだが、実はその日、私達はとあるセミナー会場で、その増田窯の代表・増田博一さん(KIN118=1・鏡)と共に過ごしていたのだった。そして、本来、数日前に届いていたその器は、カトマンズ&台北の旅の関係で、今日受取る事になったのだが、実は今日、KIN18(5・鏡)は、その増田さんのパートナー、おらんちゃんの銀河の誕生日でもあるのだ。誠にもって、作り話のようなお話である。

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私達が今回旅に出ている最中にも、おめでたい事があった。チベット関係で知り合ったN嬢が、チベット式の結婚式を行ったのだ!本物のチベット僧達(由緒あるデプン寺ゆかりの方々)が執り行う結婚式で結ばれた日本人カップルは、もしかしたら今回が初めてかもしれない。そのN嬢は、現在葉山に住んでいるが、最寄の駅は逗子である。そして、先のT夫妻が式を行ったのも、実は逗子なのだ。趣味の車が縁で結ばれたN夫妻と、馬車の縁で結ばれたT夫妻が、こういう形でシンクロするのも面白い。
 
とろこで、昨日書いたDKRの転生ラマ、ケンツェ・ヤンシ・リンポチェの銀河の誕生日を調べたら、何と増田さんと同じKIN118だった。今、私は、そのヤンシ・リンポチェに加持(Enpower)してもらった数珠を首にかけてこのブログを書いている(笑)。旅の荷を解いているうちに出て来たものを一時的に掛けていただけなのだが、これも無意識によるシンクロと言って良いだろう。考えてみれば、今日は、輝きを授ける(Enpower)倍音の「魔術の亀の日」(月の音と日の音が重なる日)。17週目がKIN17で終わり、18週目がKIN18で始まるこのパターンは、おそらく52年に一度しか巡って来ない。そして、今日から始まった今週のコドンの名前は「Fresh Start」。日本語では「再出発」と訳される事になったが(私もその作業に関わっていたし、ツール全体を俯瞰するとこれがベストと思えるが)、今日のブログの内容に限ってみれば、「新たなる始まり」という訳が一番しっくり来るような気がする。

わき起こる喜び

2008年11月21日 12:58

倍音の月7日 (G11/21) KIN17  赤い自己存在の地球 (by D)

先刻、無事ホームベースに戻って来た。カトマンズからの一報以降、日々のシンクロ率が上がり過ぎて、結局、続報をUP出来ないまま帰国してしまったが、待って下さっていた読者の方(特に『シンクロニック・ジャーニー』の)に向けて、重要なポイントを数点だけ列記しておこう。本当は、それぞれの順番やタイミングも含めた全てが、驚きと喜びに満ちたものだったのだが、それを書き始めると果てしない長さになるので、詳細については機会を改めてという事でお許し願いたい。また、今回の旅の主目的であったNPO活動についても、別途、正式に報告させて頂く予定なので、ここでは特に触れないでおく。
 
クリカのサイトがオープンしてから、そのダイアリーページのトップで目を光らせて下さっているチベット仏教の著名なラマ、故ディルゴ・ケンツェ・リンポチェ(以下DKR)は、『シンクロニック・ジャーニー』(以下SJ)第1章に書いた通り、「飛び出すカード」というビックリ現象を通じて私達の前に現れて下さった方だが、今回、リンポチェゆかりのお寺(シェチェン寺)を訪ねた際、不思議な導きがあって、その寝室に入らせて頂くという有難い機会を得た。そこには何と、リンポチェの頭蓋骨が納められている箱が安置されていて、直接そのバイブレーションに触れる事が出来たのだ。
 
翌日は、グラーツで3度出会って縁を感じていたシェチェン・ラプジャム・リンポチェ(SJに登場するクリ坊)に、ついに再会する事が出来、SJを直接手渡す事が出来た!さらにKIN14には、DKRの転生ラマとしてダライ・ラマ法王からも認められているケンツェ・ヤンシ・リンポチェ(普段はブータンにいる模様)にも、思いがけず会えてしまったのだ!ほんの少しタイミングがズレていたら、リンポチェがカトマンズに来ている事すら気付けない状況だったので、この出来事は私達にとってかなりの驚きだった。何しろ、1スピン前のKIN14は、『転生』の主人公オンム・セティと同じ道を、ルクソールからカイロに向けて列車で逆走した日であり、ツタンカーメンのミイラに出会った日である。

kuribou
 
ちなみに、今回の旅は、「13の月の暦」でほぼ完璧に17週目とシンクロする形となっていたが、この週に対応するコドンは「わき起こる喜び」(コドン17)、そして今日はKIN17だ。台北の龍山寺では、「法喜充満」という文字が門の上に電飾文字で表示されているのを目にし、その近くの青山宮ではお祭りがあって、獅子が踊り、龍がうねり、爆竹が炸裂しまくる場面に出くわしたりと、とにかくおめでたい時間に浸らせてもらった一週間だった。

houki
 
先程、ネットニュースでは、11/20にカトマンズで久しぶりのゼネストがあった事が報じられていた。これも1日、2日ズレていたら、かなり大変な目に会っていたところだが(空港まで荷物を持って歩くとか・・・)、その日、私達は既に台北の故宮博物院に居て、当日までの展示だった書の名人達の真筆を目にしていたし、乗り継ぎの多かったフライトなどは、殆どが予定時刻より早く到着したばかりか、中には予定より早く飛び立つものまであった(笑)。そして、よく晴れ渡った本日夕刻の成田上空では、オレンジから濃紺へと色を変える空をバックに、富士山がそのシルエットを浮かび上がらせていた。旧約聖書の「時にかなって美しい」という言葉が何度も思い起こされた旅の締めにふさわしい風景が、私達を暖かく迎えてくれたように感じられた。

mtfuji

加徳満都

2008年11月15日 02:47

■自己存在の月28日(G11/14) KIN10  白い惑星の犬 (by D) 

カトマンズからナマステー!・・・といっても、約3時間の時差があるので、日本は既に深夜のはず。海外からのブログUPは、今回が初の試みとなるが、果たして上手く行くだろうか?無線LANの速度が日本の10分の1位なので、少々もどかしい感じはあるが、持参のラップトップで普通にネットが使えるのは、やはりありがたい。

北斗七星と十六夜の月がまだ天空に輝いている頃に出発し、雲間から朝日が昇るのを見ながら成田に到着。諸々の要素を検討した結果、今回は、東京→台北→香港→カトマンズという、少々複雑な経路を取る事になったが、その日のうちにカトマンズに到着出来るので、もしかしたら一番無駄が無いかもしれない。

台北までのフライトはANA。機内誌「翼の王国」は、以前から、私達にとってシンクロ率の高い雑誌という印象があったが、今回もかなり凄かった。目的地のネパールや、経由地の香港の記事があるだけでも中々のものだが、前夜、書法塾の稽古があった後で、「書体の源流を辿る」というタイトルの文章を見つけると、やはりギョッとする。しかも、紫禁城(ここは7年前に訪れている)や龍門石窟の写真まで付いて、ラストは白居易の「長恨歌」で決めてくれていた。

実は、つい先日、伊豆大島で行われたセミナーでも、6日前の瞑想カレッジでも、講義のテーマは「白居易」についてだったのだ。その時に教わった通り、この歌は「源氏物語」や「枕草子」などの平安文学にも影響と与えたと書かれていた。だが、極めつけは、姫路にある天台宗・圓教寺の大樹玄承さんが、写真入りで登場していた事!

この方、以前「ラストサムライのいる寺」というタイトルでブログにも書いた通り、3月にラサで起きた抗議行動に対して、日本の仏教者として最初に(チベットの僧侶達にエールを送る意味の)声を挙げた勇気ある方だ。「翼の王国」の記事は、「おべんとうの時間」というコーナーで、その事については一切触れられていなかったが、これからチベット人達に会おうとしている私達にとっては、仏の王国からの心強い応援に感じられた。今回の旅は、基本的にNPOクリカとしての仕事であって、この春から支援を始めたカトマンズ在住のチベット人の子供達に会う事、また、その両親や協力者に面会したり、子供達が通う学校を訪問することが主な目的なのだ。

機内誌には、極限の自然を相手にするエクストリームスポーツについての記事もあった。その中で、そういうスポーツをする人達は皆、「危険や困難、緊張の裏にある究極のリラックス。すべてから切り離された”無我の境地”が自らを虜にしている」と言う、と書かれていた。と同時に、必要と思われる情報は徹底的に調べ、体とイメージのトレーニングをし、あらゆるリスクを想定している、とも書かれていた。まるで、石垣島のshuさんみたいだなーと思っていたら、まさにその上空を飛行中。もしかしたら今頃、カヤックで遥か沖に出て、カンパチでも釣り上げている最中かもしれない(笑)。

kathmandu

私達は、香港でのトランジットで、カトマンズが「加徳満都」と表記される事を知って、まずます気を良くした。もともとLのラッキーラインが入りまくっている場所ではあるが、「加えられた徳が満ちている都」とは、何とも縁起がいい。世界の都市の漢字表記を見ていると、殆どはその音を漢字に無理やり変換しているだけで、意味が見出せないものが多いから、尚更そう思ってしまう。幸い、トランジットの時間に余裕があったので、初日は何とかこうしてメモを残す事が出来た。明日以降は、どうなるかわからないが、滞在中にもう1回位メモが残せればと思っている。

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