銀河のマヤ

2009年03月22日 01:49

太陽の月15日 (G3/21)  KIN137 赤い共振の地球 (by D)

朝、暦のクラスに出かける前に、ふと、ル・クレジオ原訳・序『マヤ神話-チラム・バラムの予言-』を手にして、会場に持って行く事にした。KIN137は、マヤの伝統で「アー・ヴク・ティ・カブ(7・地球の主)」と呼ばれる日であると、ホゼが「7:7::7:7」のマニュアルに書いているので、その出典を確かめたくなったのだ。結局、そういう記述は見つけられなかったのだが(もともとこの本に出ているのかどうかも不明だが)、今日は、この本を手にする事自体に意味があったのだと、夜になって気付かされた。

「テレクトノン」クラスでは、28枚あるカードのうち、例として1日と5日のものだけ読み上げた。ちなみに5日のカードにはこんな事が書いてある・・・「パカル・ヴォタンは西方の聖なる山から、山上のモーゼを目撃し、アカナトンに霊感をもたらす」。アカナトンとはイクナトン(アクエンアテン)の事である。帰り際、残っていた方に、昨年ツタンカーメンとオンム・セティに導かれてエジプトを旅した事や、G暦年末年始にエジプト特集が盛んに組まれていた事、さらに2週間前の「世界ふぎし発見」がオンム・セティの特集で、そのぴったり1年前に私達がエジプトから帰国したことなどをお話した。

帰宅して、今日の「世界ふしぎ発見」は何だろうとネットの番組表を見ると、何と、別な局で「ツタンカーメンと三人の母」という特集番組が放映されるのを見つけてしまった!日中、「銀河のマヤ」について触れた際、お釈迦様のお母様もマヤだったという話をしていただけに、ツタンカーメンの乳母もまたマヤという名だったことを再確認させられて(実はすっかり忘れていて新鮮な驚きを覚えたのだが)、非常に興味深かった。

また、ツタンカーメンの父がアクエンアテンであると明記された石版が登場したり、そのアクエンアテン(と考えられている殆ど骸骨状)のミイラや、「王家の谷」で進められているネフェルティティのものと思われる墓の発掘など(これは明らかにオンム・セティの予言も絡んでいる)、初公開映像も多く充実した内容だった。おそらく、テレビ局(実質は番組スポンサーだろうか)がエジプト考古学庁に相当お金を積んでいるのだろうが、まあ、数多有る下らない番組に制作費をつぎ込むよりは遥かにマシな行為だろう。後は、ザヒ博士が成果を焦ってヤラセ的な行為に走らないのを祈るのみだ。

ところで、ザヒ・ハワス博士の銀河の署名は何だったかな?と、自分の銀河ノートを調べてみると、何とKIN195(13・鷲)のところには、そのザヒ・ハワスの名と並んで、ル・クレジオという名が、私の(自分でも)読みにくい字でメモされていた。つまりこの二人は同じ「青い宇宙の鷲」なのだ!ル・クレジオについては、以前にもこのブログで触れているが、昨年ノーベル文学賞を受賞したフランスの作家で、メキシコに長期滞在しつつ、上記の通りマヤ神話に関する翻訳も手掛けた人物である。まさか、エジプトとマヤがこういう形で繋がるとは思わなかったが、さすがにKINもPCUもコドンも「シンクロニシティ(共時性)」というキーワードで彩られている日だけの事はある。

そこで、これだけ面白いサインが示されたのならと、日中クラスで説明したPCU(手帳P6)を活用してKIN195を変換してみると、10・14=惑星の月14日が導き出された。すると今年はそこに、KIN164(黄色い銀河の種)が入っていたのである!2013年7月26日(KIN164)を銀河的なシンクロポイントと捉え、ある部分そこに意識をチューニングして行くものとも言える「13の月の暦」について解説したその日に、マヤとエジプトからの流れでKIN164に至ったのは、なかなか美しい展開だ。銀河のマヤは、今、この瞬間も次元間領域から私達にシグナルを送り続けているのかもしれない。

追記:
ネフェルティティの墓についてオンム・セティが予言していた事は、彼女の親友で、先の「世界ふしぎ発見」にも登場していたハニー・エル・ゼイニ氏による本に詳しく出ているが、アクエンアテンの時代についての詳しい描写は他にもあったはずだと探してみると、何と『転生』のP164から登場するアメリカ人女性の話の中でのことだった。無数の自称古代エジプト人転生者に会って辟易していたハニー氏が、その描写の細かさや人柄から「真実を語っている」と感じたのは、オンム・セティとそのアメリカ人女性の二人だけだったそうだが、彼女はアクエンアテンの宮廷の女官をしていた頃の記憶を持っていたのだ。

私がネパールの旅から帰国して間もなくの頃、出版されたばかりの『転生』を見つけ、P241に「ハニー先生にカトマンズで会えずに残念でしたね」という一文を目にした事は、オンム・セティが私と同じKIN241だと分かった事もあって、エジプトへの旅を促す大きな要因の一つとなった。だから、2週間前の「世界ふしぎ発見」の中で、そのハニー先生ご本人がオンム・セティについて語る様子を見られたのは、非常に嬉しかった。彼らはよくアビドスのオシレイオンで語り合ったというが、同日、氣美人講座の中で、聖なる水の一例としてオシレイオンの水についても話していた私は、何か感慨深いものを感じたのだった。

春分の蛇

2009年03月21日 00:51

太陽の月14日 (G3/20)  KIN136 黄色い律動の戦士 (by D)

春分の今日は、チチェン・イツァのピラミッドにククルカン(羽毛の生えた蛇)が姿を現す日である。一つ前の記事についての追記を短く書こうと思っていたら、蛇にまつわる面白いシンクロに気付いたので、それについても合わせて書くことにする。という訳で、まずは追記の部分から。

「ニルヴァーナNY」がニューヨークで開業していたのは、1970~2002の33年間で、2002年は私達が初めてカーラチャクラの灌頂を受けた年でもあった。前行を含めると10日近く行なわれる儀式の最終日はKIN136(6・戦士)だったから、あれから260日の時の輪が9(3×3)回巡った事になる。2回目は、仏陀による最初のカーラチャクラが行なわれたと言われる伝説の地・アマラヴァティで受けたのだが、この時も最終日は「3・戦士」だった。

カーラチャクラの灌頂は、必ず満月に完了するように行なわれる。しかし、全部で20種類ある紋章の中で「戦士」と満月とが重なるタイミングに2度とも受ける事になったのは、私達がチベット民族蜂起(1959・3・10)の日付を、「11・戦士」と意識している事と関係があるのかもしれない。

2006年には、アマラヴァティでの灌頂だけでなく、広島で大悲胎蔵曼荼羅(大日経)の灌頂も受けたのだが、その時の儀式に深く関わっていた龍蔵院デプン・ゴマン学堂日本別院から、昨日、郵送物が届いていた。前日(KIN134)のブログに灌頂の事を書いたばかりだったので、このタイミングでそこから何かが届くだけでもビックリなのたが、祈願祭成満の記念品として贈られた龍樹菩薩(ナーガルジュナ)の図には、さらに驚かされた。

何故なら、そこに蛇とカモが描かれたいたからだ。蛇は龍樹の背後には必ず描かれるものだが、春分でククルカンを思い出していた私には実にタイムリーであったし、カモはやはり数日前のブログでわざわざタイトルにして取り上げた位注目していたので、他の鳥ではなくカモであった事に驚いたのだった。そう言えば、ハイデラバードからアマラヴァティへの道のりの途中には、龍樹菩薩ゆかりの地、ナーガルジュナコンダもあった事を思い出した。

話は飛ぶが、昨夜、あるブログを見ていてジグメ・リンパというチベット仏教の著名なテルトン(埋蔵経典発掘者)について調べたくなり、今朝、久しぶりに『虹の階梯』を手にすると、付録としてジグメ・リンパの「遍智甚深の道」が掲載されていた。そこには、準備段階としての心身浄化法について、こんな記述がある。・・・すると右の鼻の穴から黒々とした大きな蛇がヌルヌルとぬけだしてくる。この蛇は左管に巣食っている貪りの毒の象徴である。身体を離れた蛇は、清浄な空間はるかかなたに消え去っていく・・・。
 
いきなりここだけ抜粋されて見せられても気持ち悪い感じがするだけかもしれないが、私には、同じ蛇が、時に神聖なものを示したり、毒の象徴として描写されたりするのが何とも興味深かった。蛇のどういう側面に注目するかで、象徴的な意味もすっかり変わってしまうのだろう。これは蛇に限らず、万事について言える事ではないだろうか。
 
そんな事を思いつつ、夕方からNPO新体道の新事務所で行なわれるオープニングパーティに出かけた。そういえば、新体道創始者の青木先生も、現・代表の大井先生も、太陽の紋章は「蛇」の人だ。春分は、世界の広い地域で重要な節目の一つとして意識されてはいるが、ククルカンとの繋がりも考えると、このタイミングでのパーティは実に見事と言えよう。

帰宅してヘリオコンパスを眺めていると、今回のように春分と下弦の月がほぼ重なる時は、下弦の月が見えている方向が大雑把に「銀河の中心方向」なのだ、という事に初めて気付いた。気付いた事を話したり書いたりしていると、さらなる気付きが次から次へと湧いて来る。それでふと思いついたのが、一切準備をせず、その場に参加した人とのシンクロだけで互いの気付きを加速させるというワーク。インスピレーションで「シンクロ・ライブ・ラボ」という名だけは決まったが、いつどういう形でやるかはシンクロ任せなので未定。何か面白いものが生まれそうな気配がしている。

ニルヴァーナ

2009年03月18日 23:58

■太陽の月12日 (G3/18)  KIN134 白い自己存在の魔法使い (by D)

初めてのミッドタウンで、おのぼりさん状態の私達ではあったが、何故かランチの照準だけはきっちりセットされていて、微塵も迷うことなく「ニルヴァーナNY」へ。NYで多くの著名人に愛された伝説的なインド料理レストランが日本に復活したとのふれこみだったが、確かにバターチキンカレーなどは絶品で、久しぶりに壊苦(えく)を味わうところまで食べてしまった。

ちなみに、壊苦とは、「変化に基づく苦しみ」を意味する仏教用語。2006年に宮島でダライ・ラマ法王が法話をされた時、「寒い時に日なたに移動すると、最初の内は暖かくて快適だが、そのうち暑くなり過ぎて来て苦しみに変わってしまう」というような喩えで、説明した下さった記憶がある。つまり、美味しさに任せて食べ続け、苦しみに移り変わっているのにも気付かなかったというお話。

さて、肝心の三井寺展は、数々の国宝や普段は目にする事の出来ない秘仏なども公開されていて、充実した展示内容だったが(そして大いに学ぶ所があったが)、自分にとって一番響いたのは、展示物そのものよりもむしろ、三井寺を中興した智証大師円珍が、長安(現・西安)の青龍寺で密教の奥義を授かり(空海もこの寺で密教の教えを授かった)、数々の経典(これらの一部は展示されていた)などと共に日本に持ち帰ったという点だった。そして、大悲胎蔵曼荼羅の灌頂を清和天皇にも授けていたという事実を知ったことだった。

何故なら、空海が両界曼荼羅の教えを日本に伝えてから1200年というタイミングだった2006年、私達は西安の青龍寺を実際に訪れ、さらに同年、広島(宮島)で行なわれた伝授会において、ダライ・ラマ法王14世(KIN14)から直接、その大悲胎蔵曼荼羅(大日経)の灌頂を授かっていたからだ(この辺りの経緯は『シンクロニック・ジャーニー』に詳しい)。そもそも、青龍寺を訪れたのは、天真書法塾の西安碑林展があったからだが、実は、現在もまた、2回目の西安碑林展に向けて作品を制作している最中なのだ。
 
しかも、私達が灌頂を受けた宮島の大聖院が、中国三十三所観音霊場第十四番札所であったのに対し、今回の展示で公開されていた秘仏「如意輪観音菩薩坐像」は、西国三十三所観音霊場第十四番札所(もちろん三井寺のこと)観音堂のご本尊なのだ。また、円珍は、空海と同じ四国の出身であるだけでなく、空海の姪の息子(親戚)でもあることを、後で調べて知った。こうした全てに、仏縁とでもいうべき何かを感じるのはごく自然なことだろう。
 
ところで、この展示を見たKIN129(G3/13)は、ツォルキンの中央部に当たる調波33の初日でもあった。約5125年の期間を数えるマヤ長期暦を、フラクタル化したツォルキンの上に置き換えると、ちょうどこの調波33の辺りが、仏陀の活躍した時代に対応する。これをもって、ミッド(中央)タウンのサン(3)トリー美術館で三井寺展を観るのにふさわしいタイミングだったと思うのは、駄洒落が過ぎるだろうか。
 
お遊びついでにもう少し。大悲胎蔵曼荼羅は、全部で12の区画に分かれており、その中心の8枚の花弁をもつ蓮の花の中央に、胎蔵界大日如来が描かれている。一方、クリカという名は、カーラチャクラの教えを保持するシャンバラの法王の称号に由来しているのだが、シャンバラには、蓮の花弁のような8つのエリアに、それぞれ12の地域があるとされているため、ロゴマークも8つの花弁を持つ蓮にした(左上にあるもの)。そういえば、ニルヴァーナNYのロゴも、クリカのロゴに良く似た八葉花弁の蓮だった。
 
灌頂とは、その教えを学ぶ許可を与える(縁を結ぶ)ための儀式で、その教えを学ぶ目的は、結局、ニルヴァーナに至る(心の安らぎを得る)という事でもある。こうして振り返ると、美味しいカレーが食べたくて選んだお店も、そこで壊苦を味わった事も(それで宮島での法話を思い出したりしているので)、皆、仏陀のお導きという感じで、何だかお釈迦様の掌で遊んでいる孫悟空の気分にさせられた。まあ、調波33は、「竜の創世記」から「猿の創世記」へと移行するポイントでもあるので、それもまたよしと思うことにしよう。

毛細血管

2009年03月18日 01:13

太陽の月11日 (G3/17)  KIN133 赤い電気の空歩く者 (by D)
 
サントリー美術館で開催されていた「国宝・三井寺展」を、何とか期間内に見ておこうという事で、G3/13(KIN129)お昼前に家を出た。移動の間、『自然は脈動する』を読み進めていると「血液の循環」という項目に、非常に興味深い事が書かれていた。以下、部分的に抜粋してみる。

・瞑想するときに呼吸を観察するという古来の方法を実践する人にとっては、(より大きな存在に)「呼吸される」という奇妙な感覚を経験することは珍しくない。(中略)ヴィクトルは同じような文脈で、鳥は「飛ばれ」、魚は「泳がれる」とよく言っていた。心臓はポンプではなく、「ポンプのように動かされる」のだとしばしば表現した。彼は心臓を、血流を整えるものとしてとらえていた。

・シュツットガルトでの実験は、水流がパイプの形状と共鳴するなら摩擦が生じないことを実証した。同様に、血液が動脈や毛細血管と共鳴していれば、血流は大いに促進される。さらに、血管には自然な脈動、蠕動作用がある。

・ベルリン大学のクルト・ベルゲル教授は、鳥の卵が孵卵を始めて数日後に、まだ心臓が形成されていないのに、卵嚢周囲の細かな温かい血管内にそんな自動的な脈動が生じるのを記録した。ベルゲル教授も心臓をポンプであるとする一般的な説に異を唱え、ポンプ機能は「体に行きわたる数百万本の高度に活動的な毛細血管」によって担われており、「健康と病気は、何よりもまず毛細血管に欠陥がないか、活動が乱れているかに左右される」と主張した。(抜粋ここまで)

先ごろ発行したメールマガジンの中で、私は、「シャウベルガーの哲学と手法が、地球版・西式甲田療法のように思えるのは、多分私だけではないはずだ」という感想を述べつつ、本書を推薦していた。全体にザッと目を通してはいたので、潜在意識に残っていたのかもしれないが、毛細血管が健康の要である事を記したこれらの文章は、自分の書いた推薦文にさらに確信をもたらしてくれた。

乃木坂駅で降車し、興奮しながらその事をLに伝えていた数分後、東京ミッドタウン(美術館はこの中)までの道のりを歩いていると、「心臓血管研究所付属病院」という看板が、目の中に飛び込んで来た!この辺りの土地に縁の無い私は、こんな名前の病院が存在することすら知らなかったが、今しがた「心臓と血管の関係」を話題にしていただけに、思わず吹き出してしまった。念のため証拠写真を提示しておこう。
 sinzou
三井寺展そのものについても軽く触れるつもりだったが、途中で面白い事に気付いてしまってまた長くなりそうなので、項を改める事にした。(つづく)

カモ神社

2009年03月16日 19:04

太陽の月10日 (G3/16)  KIN132 黄色い月の人 (by D)
 
KIN130(G3/14)の瞑想カレッジに、奈良から山口さんという女性が参加されていた。先月、青木先生が奈良・吉野から那智・熊野方面を巡られた際、高鴨神社の宮司さんを通じてご縁が出来たとの事。遷都1300年を来年に控えて盛り上がる奈良市だけでなく、日本文化の故郷とも言える奈良全体を活性化させたいという思いで色々と活動をされているらしい。ヘンプの有効活用を推進されている中山康直氏や、麻褌についても話題にされていたので、カレッジ終了後「私も麻褌使ってます」と挨拶をさせて頂いた。
 
中山さんとは7年余り前、『麻ことのはなし』が出版された直後に大阪でお会いしているのだが、ちょうど『アネモネ3月号』で地球暦(ヘリオコンパス)が特集された時にも、特別寄稿をされていたので、コンパスを始動して3日目でのこの出会いには、面白い巡り合わせを感じさせられた。ちなみに、その時の特集には、当ブログにも度々登場して頂いている芳香芸術家の芳美さんや、「シンクロラーメン銀河亭」の作者で、現在アネモネの表紙も描かれている柴崎さんらによる地球暦体験談も掲載されていた。

帰宅後、高鴨神社について調べてみると、弥生中期前より祭祀を行う日本最古の神社の一つで、京都の上賀茂神社や下鴨神社も含む、全国の鴨(加茂)社の総本宮という由緒ある神社である事が分かった。興味深い事に、翌日のKIN131(1・猿)に、京都からリーディングにお越しになった方は、何と前日(つまりKIN130)上賀茂神社にお参りして来られたばかりだったとの事(さらに私が地球暦を開封したKIN117には下鴨神社にも参拝されていたとか)。遠方から足を運んで来られる方は少なからずいらっしゃるが、それでも、関東近圏の人に比べたら決して多くは無いし、これ程ピンポイントでシンクロするケースは極めて希だ。
 
高鴨神社の住所は、奈良県御所市鴨神1110。猿の紋章のコードナンバーは11なので、「1・猿」は「1・11」とも書ける。こういうタイミングでその名を耳にし、すぐに調べてみようという気になったのも偶然ではないだろう。神社のサイトには、”「カモ」は「カミ」と同源であり「カモす」という言葉から派生し「気」が放出しているさまを表しております”とも書かれている。氣美人研究所の所長としては、参拝しない訳には行かないだろう。
 
この文章を書いていて急に思い出したが、新体道の大先輩で、私と同じ「赤い共振の竜」の近藤等則氏が2007年から始めたプロジェクト「地球を吹く in Japan」は、ちょうど青木先生の73才のお誕生日(G2/22、KIN110)に、その5回目を上賀茂神社で迎えている(数字遊びだが73×5=365で地球暦)。「地球を吹く」という題字を先生が書かれている事も含め、このカモの繋がりはどうもただ事ではなさそうだ。何しろ、高鴨神社という名前を(おそらく初めて)聞いた日の正確に20日前(従って同じ犬の日)に、上賀茂神社での奉納演奏が行なわれているのだ。
 
そして、このようにカモ神社に一気に意識を向ける事になったのは、ツォルキンの中心、調波33「虚空コドン」の領域(KIN129 ~132に対応)に於いてである。青木先生は何回か前の瞑想カレッジの中で、日本文化の特徴を「全てを含んでいながらそれを超越している無が基盤にある」というような表現で示された。どうやらこれからしばらくは、古代日本と繋がる流れがやって来そうな気配である。

ヘリオコンパス

2009年03月15日 22:38

太陽の月9日 (G3/15)  KIN131 青い磁気の猿 (by D)
 
銀河の月21日(KIN115)、杉山開知氏(KIN177=赤い銀河の地球)が中心となって開発された「HELIO COMPASS(地球暦)2009」が、アネモネ経由で届いた。開封出来ないまま数日が経過し、G3/1(KIN117=赤い宇宙の地球)になって、ようやくじっくり中身を見ることが出来た。メインのヘリオコンパスも然ることながら、ガイドブックの出来が秀逸で、その日のうちに感動を開知氏に伝えた程だ。

「正しく強く生きることは 銀河系を自らの中に意識して これに応じて行くことである」とか「新たな時代は、世界が一つの意識になり、生物となる方向にある」といった宮沢賢治(KIN131=今日は158回目の銀河の誕生日!)の言葉が効果的に引用されているだけでなく、ヘリオスフィア(太陽圏)と各恒星(系)の位置関係や、地球と各惑星との会合情報など、前々から「あったらいいなー」と思っていた情報が、見事に、しかも美しく表現されている。

余談になるが、「時間芸術学校クリカ」は、賢治の「農民芸術概論」にインスピレーションを得て付けた名前でもある。賢治の母校・旧制盛岡中学(現・盛岡一高)は、私の祖父や父も学んだ学校なので、父の元に届いていた卒業者名簿をずっと遡ると、そこに賢治の名前を見つける事も出来て、親しみを覚えたものだった。

ところで、ヘリオコンパスを実際に使い始めたのは、スチレンボードを手に入れたKIN127(G3/11)の満月からである。使うと言っても、私の場合、水星~火星までの内惑星と月に見立てたピンを日々動かし(それ以外の惑星はたまに動かすだけで良い)、銀河的な視点からその位置関係を観想し、瞑想するだけなのだが、これがなかなか良い。以前からそういう瞑想はしていたのだが、実際の惑星配置(内惑星までは1兆分の1スケールでほぼ正確に表現されているらしい)が分かると、よりイメージし易くなる。
heliocompass 
私は、自分が実際に使ったり体験したりしてみて、「これはいい!」と思えたもの以外は、基本的に人に薦めることが出来ない性質である上、暦に関しては、これ以上別の何かを使いたいという意思も必要性も感じてはいなかった。「13の月の暦」は、私に十分な楽しみと発見をもたらし続けてくれているし、さらなる可能性も感じさせてくれる。しかし、今回のヘリオコンパスは、そういう状況の私であっても尚、「使ってみたいな」と思わせる何かがあった。

その「何か」を分析すれば、色々出て来るとは思うが、おそらくそこに一貫しているのは「美しさ」という事になるのではないかと思う。デザイン的に見える形としてのものだけではなく、その背後にある精神的な方向性や思想の深さも関係した「美しさ」。私のアンテナが反応するのは、どうもそういう要素があるものなのだと、振り返ってみて思う。逆に言えば、「13の月の暦」だって、そういうところが無かったら多分反応はしなかっただろう。

ヘリオコンパスは、太陽銀河的な空間意識を育む非常に有効なツールになると思う。また、ある期間分を少し早回しする感じで、ガイドブックP9にあるような螺旋運動をイメージ出来れば、意識の中に創造的なエネルギーを生み出せるようになるかもしれない。そう考えたのには訳がある。ガイドブックに感動した3日後、『自然は脈動する』のP116に、ガイドブックの螺旋図と殆ど同じ図を見つけ、その前後に以下のような文章を見出したからだ。
 
「現在の機械的な動きの形は必ずといっていいほど軸性→放射性であり、熱と摩擦を引き起こす。一方、自然のダイナミックなプロセスは、これまで見たように反対の種類の動きを用い、速度は周辺部でもっとも遅く、中心部で最も速くなる。」(P115より )「遠心的加速では、同じ速度を維持したり、さらに加速するのにいっそう多くの力が必要となる。求心的加速では、速度とエネルギーはひとりでに増加する。ヴィクトルはこれを、あらゆる生命を生みだす建設的エネルギーである「形成力」と呼んだ。」(P117より)
 
ちなみに、ガイドブックP9 には、太陽に近い惑星ほど速く運動している事が、具体的な数値で示されている。また、ヴィクトル(シャウベルガー)の思想については、過去記事の「渦巻き」も参考になるだろう。実は、ヘリオコンパス絡みのシンクロはまだ続くのだが、話の質がちょっと変わるので、ここでひとまず小休止を入れるとしよう。

自由の名のもとに書く

2009年03月10日 20:13

太陽の月9日 (G3/10)  KIN126 白い太陽の世界の橋渡し(by L)

天真書法塾 師範の称号をいただくことになった。
雅号は「蘭禅」(ランゼン=チベット語で自由の意味)に決定。
青木先生が考えてくださったストーリーを背景に、最終的に自分で決めた。

実は、既に(先の記事に書いた様に)先生に素晴らしい雅号を決めて頂き、その由来にも感銘を受けていたのに、突如自分の内側から、決めて頂いた雅号とは全然別の音がやって来てしまった。(・・・今さら困るわよー、もう雅号は決めて頂いたのにー・・・)と、常識ある一市民として戸惑う一方、私は、こんな時の自分のインスピレーションには逆らえない、と知っている。

私の雅号は、ランゼン(=チベット語で自由)だ。
字は、蘭、禅にしよう。

それにしても頂いた雅号を替えたいなどとは失礼千万な弟子である(とほほ・・・)。しかし先生に早く話さなくちゃと観念し、その日、西荻でのレッスンに向かうため吉祥寺からJRに乗ったんだけどね、電車が吉祥寺を出てすぐ、(進行方向左側の)線路に面したごく普通のマンションのベランダに、何とルンタ(=チベットの祈りの旗。)を発見!一駅しか乗らない電車の窓から、色鮮やかに旗めくルンタを見ちゃうんだよー、あり得ない(ほどステキ)でしょ!

よし、シンクロの神もこれで良し!と言っている(笑)。
(そのルンタのお陰で勇気を得ました。万が一、このブログの読者のお宅ならこの場を借りてお礼を。ちなみに、その日レッスンの後、Dと待ち合せて参加したまめ蔵さんでのイベントは、ルンタ・プロジェクト中原さんの報告会。)

青木先生はさすがであった。
いやな顔をなさるどころか、「しっかし、いい雅号をつけたなー・・・。」と、しみじみ祝福してくださった。

今日3月10日は、チベット民族蜂起の50周年の日。
自由への祈りをこめて、自由の名のもとに書く。


チベット民族蜂起50周年記念日におけるダライ・ラマ法王の声明
http://www.tibethouse.jp/dalai_lama/message/uprising50th.html

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