マヤ暦と九重

2010年03月30日 22:56

太陽の月24日 (G3/30) KIN251 青い自己存在の猿 (by D)
 
一昨日、「九重”夢”大吊橋」の事をブログに書き、昨夜リンク先の公式ホームページで「九重”夢”大吊橋の完成まで」という動画を観ていたら、何と今日も予想外のところで九重と繋がってしまった。タイミング的にあまりにビックリしたので、予定していたG3/3のシンクロより先にこちらを書くことにしよう。
 
私達が長年愛用しているドイツ製の歯磨き粉は、いつも渋谷のロフトで手に入れていたのだが、ふとしたことがきっかけでネット購入(平行輸入品)を思いつき、九重のことをブログに書いたKIN249(G3/28)に、初めてWEBショップでの注文を試みた。今日のお昼にランチから戻ると、早速、宅配BOXに商品が届いていた。
 
注文したショップの住所は東京だったが、実際の送り主は千葉県の住所。おそらく、配送センターみたいなところから送られているのだろう。しかし、驚いたのはその先だ。商品の箱に直接貼ってあるシールには、日本語での成分表と共に、ショップや配送元ともまた違った住所が記されていたのだ。「大分県玖珠郡九重町○○・・・」!!
 
あんまり驚いたので、グーグルマップでその住所を入力してみたら、何と大吊橋から10キロと離れていないエリアにあった。最初からその住所を知ってて注文したのならまだしも(それでもこのタイミグで見つけたら驚くだろうが)、全く関係の無い住所のショップに注文して、しかも、昨日の今日という話だ。シンクロが日常化している私達でもさすがに驚かずにはいられなかった。
 
そんなに国土が広いとは言えない日本でも、市町村の数は相当ある。何もわざわざ九重のシールが貼られていなくても良いのではないだろうか?(笑)。あまりにピンポイントすぎて笑ってしまった。ところで、その大吊橋からは、「九酔渓」という渓谷が見られ、そこに至る道はグネグネと曲がりくねっているためか、「十三曲」という名前が付けられている。
 
「9」と「13」はマヤの世界観における重要な数であり、「ケツァルコアトルの預言」や「コールマン・マトリックス」においても、重要な構成要素となっている数だ。それが、同一の場所で登場する場所など他にあるのだろうか?地図には、「震動の滝」のすぐ下に「九酔渓(十三曲)」と記されているが、この滝はもともと「龍」に由来するもので、大吊橋のたもとにも龍を祀った祠があること等も考えると、益々マヤ暦との繋がりが感じられて興味深い。
 
今日、九重から追加のサイン(歯磨き粉のこと)があったのは、もしかして、「9と13のことを書き忘れているぞ」というメッセージだったのかもしれない。こういうシンクロ体験は、「13の月の暦」ユーザーにとっては特に珍しいことではないと思うが、「使っていても、そういう事にはならない」とか、「面白そうだから、これから使ってみよう」という方は、「9と13の話」も登場するG4/11のサーファークラスが良いチャンスになるだろう。

興味さえあれば誰でも参加できるし、参加者同士のシンクロにも毎回目が離せないものがある。奇しくもその日は、「夢見る」「活性化する」というキーワードを持つKIN3(音も紋章も3だから、3×3=9でもある)。このブログに何かを感じて参加される方は、そのまま九重”夢”シンクロの流れも活用できるはずだ。

※追伸:九重(震動の滝)を訪れたKIN221(G2/28)は、私が9年前に北京を訪れ、紫禁城と北海公園のそれぞれで「九龍壁」に出会った時の「運命の道筋」でもあることを思い出した。

九重”夢”大吊橋

2010年03月29日 03:30

太陽の月22日 (G3/28) KIN249 赤い月の月 (by D)
 
ひと月前の今日(銀河の月22日・KIN221)、温泉に浸かりに湯布院(湯平)に行った。フライトと宿、そして友人が開いたお店への訪問以外は何も予定を決めていなかったが、大分空港に到着した瞬間に全てがパッと決まった。九重連山の観光案内用看板がきっかけだった。以前からその風景は気になっていて、「いつか行ってみたい」と思っていたのだが、勝手に霧島の方だと勘違いしていて、今回の旅にも関係が無いと思い込んでいた。
 
しかし、「大分空港に看板があるということは、意外と近いのだろうか?」と、手持ちのガイドブックの地図を調べると、何と湯平からは山一つ越えたお隣と判明。しかも、九重には「震動の滝」という興味を惹かれる地名まであった。出発前夜、「ドリームバンク瞑想」のアナウンス記事をブログに予約投稿しようとした時、ふと「9について話そう」と思い、その一文を入れたこともあって、すっかり「これは行かねば」という気分にさせられてしまった。
 
空港近くのレンタカー屋さんで見つけたパンフレットには、さらに驚く内容が記されていた。何と、「九重”夢”バーガー」というご当地バーガーがあるばかりか、「九重”夢”大吊橋」という(人専用としては)日本一の吊橋まであること、さらには、その橋が「震動の滝」の前に架かっていることが判明したのだ!ガイドブックの地図には、吊橋のことは全く描かれていなかったし、主に温泉に焦点を合わせた本だったためか、観光ポイントとしても紹介されてはいなかった。つまり、橋の存在自体その瞬間まで知らなかったのだ。

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「九重」と繋がるだけで十分ビックリしていたが、「ドリームバンク」(夢の場を盛り上げる意)というイベントのアナウンスの中で「9」のことを(しかも急に思いついて)書いていたのだから、わざわざ「夢」が強調されている場所が現実にあって、それをこのタイミングで知って訪れることになるなんて、もうマンガとしか思えなかった。「予定はあんまり細かく立てない方が面白くなる」というのは、旅でも人生でも同じと言えそうだ。

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夢大吊橋は、渡るというより徒歩で往復するのみ。恐かった!腰が引けた!途中で引き返したかった~!(L)

前日までずっと曇り空だったという大分のお天気が、その日だけはすっかり晴れて(翌日はまた雨)、私達は吊橋での絶景を楽しみつつ(Lはあまり楽しむ余裕が無かったみたいだが)、夢バーガーをほおばることが出来た。この小旅行の中では、他にも様々なビックリシンクロがあったが、ここでは、吊橋のことだけに絞ってあと一つだけ書き加えるに留めよう。
 
大分から帰宅した翌々日のKIN224(G3/3)、カード会社から毎月届く冊子を何気なく開くと(普段は殆ど開かず捨ててしまうのだが)、何と、その9ページに、またまた「九重”夢”大吊橋」の写真を発見したのだ。4日前までその橋の存在すら知らなかったのに、「9」と「夢」のこのシンクロ率の高さは、一体どういうことなのだろうか?通常ではちょっと考えにくい出来事ではないだろうか?
 
しかし、当の私は、実は疑問ではなく、「ドリームバンクはリアリティに確実に影響を与える」という確信を深めただけだった。なぜなら、今回予定していた「9に関する話題」のひとつは、コールマン博士の「9層の地下世界アンダーワールド)」についてだったのだが、そもそもコールマン博士とのご縁が生まれたのも、まさに昨夏のドリームバンクの直後だったからだ。そして、今回(春分の日)も、イベント開始前だけでなく、実施直後にもはっきりその影響と分かる動きがあった。
 
それについてはまた機会を改めたいが、おそらく私達だけはでなく、参加して下さった皆様にも、色々と面白いことが起きているのではないかと思う。昨夏、そして今回参加された方は、紙に書いたことがどういう形でリアリティに反映されつつあるか、是非注目してみて欲しい。注目するだけで、それは活性化するからだ。G3/3には、もうひとつ別なシンクロもあったので(思えばこれもドリームバンクに参加された方との出来事だった!)、近日中にそれもUPしたいと思う。

メルマガ28号発行しました

2010年03月28日 08:17

太陽の月21日 (G3/27) KIN248 黄色い磁気の星 (by D&L)

メルマガ【Happy シンクロ Days♪】発行いたしました。
ご登録はこちらから →http://archive.mag2.com/0000184705/index.html

以下のスナップは、メルマガのシンクロニック・ジャーニー
「エジプトからの呼びかけ(7)」と合わせてご覧下さい。


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エドフのホルス神殿レリーフ:上下両エジプトの美女。今風に言えばミスユニバース?

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エドフのホルス神殿「香の部屋」:ヒエログリフは創香レシピを語る。

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ナイルの船上で。毎日一緒にテーブルを囲んでいた、アメリカ人夫妻、オージー夫妻と。

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これが噂の!!「勝手にナイト」と奥さま。

追記(3/28):今回のメルマガ、改めて読むと、思いきり66でコード化されていることに気付く。
◆シンクロニックジャーニー/Lの初エジプトはKIN66からスタート、
◆美々ッとビューティフル!/ホゼ&ロイディーンに深く関係するネット上の図書館、PAN JAPAN LIBRARYオープンもKIN66、
◆Enjoy Surf!/本島阿佐子さんの銀河のお誕生日はズバリKIN66、
◆クリカ・ライブラリー/「バター茶をどうぞ」の発行日はKIN66。
そして、今日のランチのお店、アンクルサムズサンドイッチの壁にも、どかーん!とルート66の看板があったよ。

平和の行進

2010年03月19日 21:29

太陽の月13日 (G3/19) KIN240 黄色い律動の太陽 (by D)

1週間前の今日(G3/13)は、チベット・ピース・マーチだった。例年、チベット民族蜂起の日(G3/10)前後に行われるこのイベントは、日本の複数のチベット・サポート・グループによって運営されて来ていたが、今回は、初めて在日チベット人が主催する形で行われることになった。

もちろん、これまでもチベットの人々が主人公であることに変わりはなかったし、今回だって日本の様々なサポート・グループの協力があってこそのマーチだったとは思うが、やはりチベットの人々が自ら立ち上がり主催するというのは、ひとつの飛躍であり、強い決意を感じさせるものでもあった。

それにシンクロするかのように、私達自身もまた、今回初めて、ボランティア・スタッフとして参加させて頂くことになった。何かと用事が重なることの多いこの時期、準備段階から参加するのは難しく、例年は、当日のマーチに参加するだけで精一杯だったのだが、今年は運よくタイミングが合って、準備の会合にも顔を出せたのだ。

だが、振り返ってみると、これも必然的な流れだったように思う。先の追伸にも書いたように、昨年末、現在の在日チベット人コミュニティー(TCJ)の代表であるKDさんと、ビックリするような出会いがあったからだ。海外へのフライトで知人とバッタリということ自体、珍しい出来事だと思うのだが、それがTCJの現代表でもあったのだから、既にその時点で仕組まれていたのだろう。

肝心のマーチは、晴天にも恵まれ、六本木の三河台公園から広尾のこうがい公園までを、40分ほどかけて行進した。その様子は、ねこみみさんという方が写真に収めて下さっているので、そちらをご参照いただければと思うが、シンプルかつ明瞭なメッセージ(チベットにおける教育や宗教の自由、平和の要求)でひとつにまとまっていただけでなく、ピース・マーチと呼ぶにふさわしい、品位ある行進だったように思う。

彼らの肉親や友人、尊敬する僧侶たちが、沢山殺されたり拷問されたりしているのは、まぎれもない事実であるが、それに対して憎しみや怒りのエネルギーをぶつけたり発散させたりするのではなく、本来の権利を主張することにエネルギーが向けられていたのが、何より素晴しかった(これは、ダライ・ラマ法王の説かれる方針そのものだ)。もちろん、チベット人や日本のサポーターの中にも、色々と異なる意見を持つ人々がいるのは知っている。

しかし、チベット民族蜂起の日に合わせて行われる行進において、何が本質なのか、そして、その振舞いがチベット本土にいるチベット人達にどう影響するのかまでを考慮した時、今回の形は、限りなくベストに近かったのではないかと私は思う。様々な考えを持つ人々の集団を、ブレなくひとつの方向にまとめられたKDさんご夫妻の確固たる意志は、きっと個人的な心情を越えたところにその土台があるのだろう。

お天気や風(国旗がはためくのに重要な要素だ)に恵まれたのも、「13の月の暦」で、「ハートの解放」の週、そして「スピリットを伝える」という意味を持つ「風」のウェイブスペルの締めの日とシンクロしたのも、おそらく偶然ではなく、そうした意志と関係があるのだろう。透徹したヴィジョンが、目に見えない次元からの助けも呼び込んで、美しく事を成就させるというプロセスに、私は映画『インビクタス』に通じるものを感じた。

行進の途中66ナンバーの車を見たり、マーチ終了後ランチを食べたお店で、以前、クリカのクラスに参加して下さった方から声を掛けて頂いたり、細やかなシンクロも沢山あったが、そのスタートは、やはり9年前の3/10(KIN66)にあったように思う(『第11の予言(シャンバラの秘密)』出版記念講演会)。KDさんの座席が66K(K=11)だったり、シャンバラ教室の会場住所が、2-33-11(→66-11)であるのも、全てそこから来ている流れなのだろう。

平和のバイブレーションに包まれた平和の行進、これはまさに、シャンバラのやり方そのものではないだろうか。私達は今、様々な場面でシャンバラの顕現を目撃しつつあるのかもしれない。

シャンバラ・エクササイズ

2010年03月19日 02:14

太陽の月12日 (G3/18) KIN239  青い倍音の嵐 (by L)

昨日の続きね。
シャンバラのビジョンと新体道について。


以下は、「第十一の予言 シャンバラの秘密」(角川文庫)P224以降から一部抜粋。
「~シャンバラは、歴史上の多くの預言や伝説を保存している場所なのです。私たちは外の文化へ霊的な情報をもたらす手伝いをしています。~伝説では次のように言っています。外側の文化が祈りの場を拡張する全ての段階を理解し始める時に、シャンバラで私たちが行っていることが、人々に知られだすそうです。つまり、神聖なるエネルギーとつながり、それを愛と共に流れ出させる方法、共時性を引き寄せ、他の人々を高揚させるように場を設定する方法、そして、とらわれのない心でこの強力な場を安定させる方法を学んだ時に、シャンバラはもっと良く知られ始めるのです。~」

世の中に、体を動かすエクササイズはいくらでもある。しかし、新体道のエクササイズや瞑想で、何故みんなの顔がピカピカになってしまうのか、なぜ曇っていた水晶たちが輝きを取り戻すのか、なぜ生まれたての赤ちゃんのように無垢で爽やかな気分になってしまうのか。・・・その答が、ここに明かされている様な気がする。

松下村塾

2010年03月17日 23:08

■太陽の月11日 (G3/17) KIN238  白い自己存在の鏡 (by L)

天真書法塾塾長の青木先生は、瞑想カレッジの学長でもある。4年程前に瞑想カレッジがスタートした時、「(吉田松陰の)松下村塾のようにしたい、そうなって行って欲しい。」と開校のビジョンを話されていた。松下村塾については今さら説明の必要はあるまい。

その後しばらくして私たちは、青木先生や友人たちの応援を得てNPOクリカを設立することになった。以降、その書類手続等の関係で必然的に法務局を訪れるようになるのだが、世田谷の法務局は、何とその吉田松陰先生(吉田寅次郎藤原矩方命)をご祭神とする、松陰神社のド真ん前にある。

先週、天真書法塾シャンバラ教室開講の前日、急遽、書類手続きのため法務局に行かなければならなくなった。普通であれば、翌日に迫ったオープニング準備のため静かに過ごしていたい。急に新しい予定を入れてペースを乱したくはなかったが、今回は「しめた!」と思った。開講前に松陰先生にご挨拶に行ける!これはステキなサプライズだぞ。

かくして、マシバシイネツルカモでカレーを堪能し(←法務局行く時のお約束)、局でとっとと用事を済ませたあと、ゆっくり松陰神社にお参りして、これからシャンバラ教室に集うみんなの幸せと歓びを祈った。みぞれまじりの雪の中、時間が止まったかのような静かで贅沢なお参りだった。

帰宅後、ふと気になって調べると、青木先生と松陰先生の銀河の署名はどちらも同じ赤いスペクトルの蛇だと気付く。・・・キャー!!!ってことは、4次元的には青木先生=松陰先生とも言えるわけだから、つまり私たち、シャンバラ教室開講前日に、天真書法塾の青木塾長にもお参りして来たってことだね!完璧だ。(・・・数字おタクの私たちが何故今までこれを調べなかったのかが不思議でならない。が、すべては時にかなって美しい。これが時間の法則というものだ。)

今日も法務局に用事があり、松陰神社にお参りした。春の日差しが心地よく、境内にある松下村塾を模した質素な建物も見学した。軒も低く本当に小さい。こんなにも小さくて何も無いところから、あれだけの人たちが育って行ったんだなーと、胸が熱くなってしまった。

ところで、今日は移動時間に「第十一の予言 シャンバラの秘密」を読んでいたのだが、この本に描写される「シャンバラの人たちが行っていること」が、まさに新体道で行われるエクササイズと完璧に一致していることに、改めて気付いて感動した。すごいわ!!すでに新体道の中では、シャンバラと同じことをやっているのよ。(・・・これについては、長くなるのでまた明日。)




シャンバラ教室

2010年03月15日 03:07

太陽の月8日 (G3/14) KIN235  青い磁気の鷲 (by D)

天真書法塾シャンバラ教室は、チベット民族蜂起51周年と、Lの69回目の銀河の誕生日が重なったG3/10(KIN231)に開講した。Lが書法を学び始めたのもKIN231だったので、そこからピッタリ11スピン目というタイミングでもあった。チベット語で「自由」を意味する「ランゼン(蘭禅)」を雅号に選んだ彼女にとって、これ以上完璧なスタートは無かっただろう。
 
シャンバラとは、チベット密教の「カーラ・チャクラ・タントラ」に登場する不可視の聖地を指す言葉だが、それは、私達の活動に常にインスピレーションをもたらし続けている、調和的なバイブレーションそのものとも言える。そもそも、クリカという呼称も、シャンバラでその教えを保持し、守っている存在に対して付された名前なのだ(長くなるので、ご興味のある方は、こちらをご参照頂きたい)。
 
ところで、準備段階においては、天真書法塾クリカ教室にする予定だったのが、急遽変更になったのにも、面白い背景がある。教室開講の27日前(私達が受けた最初のカーラ・チャクラ灌頂はダライ・ラマ法王による27回目のものだった)に当たるKIN204 、同じ場所の真上の部屋で、新体道瞑想クラスがあった時の事だ(その場所でやるのは初めてだった)。身体を動かしている最中、Lに突如インスピレーションが湧いたのだ。
 
おそらく、KIN204が、シャンバラを探し求めたロシアの探検家(画家)ニコライ・レーリヒ(「13の月の暦」との関係も深い)の誕生KINだったことや、その日、遠路四国からご参加下さった方のお名前に「車(チャクラ)」という文字が含まれていたことなども、引き金になったのだとは思うが、とにかく「シャンバラ教室」ということで心は決まってしまったらしい。既にクリカ教室で届出をした後だったにも関わらず、懐の深い先生方はその変更を快く認めて下さった。

そういう流れで生まれたクラスだけに、高い志を抱いた方々があちこちから集まって下さったのだが、特筆しておきたいのは、そこにチベット人の友人二人も、自ら加わってくれたという事である。天真書法塾は、青木天外先生によって全く新しく組み上げられた稽古体系を持っているものの、その土台には中国4千年の書の歴史が厳然と横たわっている。中国に不当に国を奪われたチベットの人々が、漢人文化の精髄とも言える漢字をベースにした書法を、自ら望んで学ぶというのは、私達が想像するほど簡単な事ではないはずだ。
 
もちろん、私達を友人として信頼してくれているから、という事もあるだろう。しかし、私はそれよりも、人は互いの素晴しいところを認め合える存在であるとか、他の伝統文化にも心からの敬意を表するとか、政治システムと民衆そのものとを混同しない、というような姿勢が日ごろから徹底されているからこそ、本質を見誤らずにものごとを追求できるのではないかと思えた。それもこれも、ダライ・ラマ法王という素晴しいリーダーが、見事なお手本ぶりを、その行動と態度で示し続けているからではないだろうか。
 
いずれにしても、敬意に基づくチベットと中国の(本当の意味での)文化的交流という素晴しい未来のヴィジョンが、天真書法塾シャンバラ教室という場で既に具現化していることを、私は皆さんにお伝えしたい。シャンバラをこの世の秘境や別次元のどこかに求め、実際にそれを見てきたと語る人も中にはいる。しかし、どんなに素敵な世界を体験してきたとしても、今、この世で、実際にその人がヴィジョンを体現できなければ、それは単なる空想と何ら変わりがない。
 
それより、ささやかではあっても、チベット人が中国の文化を、あるいは中国人がチベットの文化を敬意を持って学ぶことの方が、はるかに現実的な変容をもたらすのではないだろうか。奇しくも、教室が開講したのは、「ハートの解放」という卦でコード化された第33週目の4日目。33は秘儀参入の数であり、65調波からなるツォルキンの中央の調波の数でもある。そして、4日は「ハートの解放」の週のさらに中央部だ。そうしたタイミングに、チベット民族蜂起の日が重なったのも決して偶然ではないのだろう。
 
チベットの友人達は、筆と墨で文字を書くことへの興味や、天真書法塾ならではの瞑想的な側面にも引かれて参加してくれているようだが、私には、民族蜂起以来、半世紀に渡って膠着してきたチベット中国関係が解き放たれるためのシャーマニックな動きが、今、ここで起きているように思えてならない。それを確信させるかのように、教室終了後、その二人と共に道を歩いているまさにその瞬間、1959(民族蜂起のあった年)ナンバーの車が我々の横を通り過ぎて行った。
 
さらに、その後、「アンクルサムズサンドウィッチ」で夕食をとって、店を出ようとした時にも、「ルート66」の看板が目に入って驚かされた。「チベット・ピース・マーチ」の追記にも書いた通り、『第十一の予言』というシャンバラについて書かれた本の出版記念講演が、教室開校日のピッタリ9年前の3/10(KIN66)に開催され、私はその場にもいたからだ。また、私が最初のカーラ・チャクラ灌頂を受けたのも、33才、KIN66の道筋の時であった。

ついでだから、メモのつもりで書けるだけ書いておこう。この日(KIN231)は、キチェ・マヤの伝統的なツォルキンの数え方では「1・夜」で、その数え方での私の誕生日でもあった。「13の月の暦」のLの誕生KINと、キチェの私の誕生KINが重なる日は、多分私達が生きている間では、2008年~2012年の4年の間の5回だけで、それ以前も以降も重なる事は無い(少なくとも数百年間は)。そして、それがG3/10とまで重なるのは、2010年一度きりしかないのだ。

当日参加して下さった方は、体験だった方も含め、全員が入会手続きをして継続の意思を表明して下さっていたが、KIN69のHさんだけが、翌日(3/11)、FAXで申込用紙を送って来られた。その日、私達は、大イチョウを見に鶴岡八幡宮に行き、Lは秘技おみくじ2度引きをして、その合計は何と69だった。そして、鎌倉からの帰りの電車では、坂本龍一(KIN69)のポスターが目に入った。教室開校日が69回目の銀河の誕生日だったLにとって、これら全ては祝福と見て取ることが出来るだろう。ちなみに、6と9は易における陰陽の象徴数でもある。

尚、現チベットハウス代表のラクパ氏も、誕生KINはLと同じKIN231で、何とこの3/10がちょうどカレンダーラウンドだった。もちろん、これら全てのことに、最初から気付いていた訳では無い。前日、当日、翌日と日が進むに連れ加速度的に気付きが生じたのだ。ここまでチベットと繋がってくる日付に、教室が開講したという事実。そして、そこにチベット人が参加してくれているという事実。私は、これこそが、シャンバラのヴィジョンの(ひとつの)顕現ではないかと思うのである。そして、今、ここから何かが始まっている気がするのである。

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