天神さんと天迅さんの梅(前編)

2016年01月30日 22:26

■共振の月21日(G1/30)KIN42 白い電気の風(by D)

大阪チャクラで1/24(日)に予定されていた「惑星意識と繋がる共振テクノロジー」には、8名の予約申込者があったが、何とそのうち3名は九州の方だった。場の力なのか、チャクラさんでのクラスには、北海道から沖縄まで幅広いエリアから参加者が集う傾向があるが、参加し易いはずの近畿圏の方がそれほど多く無いのは、毎度のことながら不思議な現象である。

それはさておき、1週間前の予報では特に問題の無さそうだったお天気が、開催日が近付くにつれ「今年最大の寒波が列島を襲う」というニュースばかりになって来て、直前には「24日がピーク」と報じられる始末。特に、九州や山陰の一部は「暴風雪」による交通機関の麻痺も警告されていたし、西日本から関東の平野部でも積雪が予想されていたので、下手をすると私自身も時間通りに現地に辿り着けない可能性が出て来た。

天気で足止めされた経験が殆ど無い晴れ男の私も、「自分は何とかなるとして、九州の方々に無理して来て頂くのはどうだろうか?」と一般的な対応(中止、延期、返金等)を考えるくらい、気象データは激しさを増していた。だが、リアリティ変容装置である『ドリームスペル13の月の暦)』の効力を実感し続けて来たもう1人の自分は、むしろ、このタイミングに九州からの参加者が3名もいるという現実の方に意味があるのではないか?まさに「共振テクノロジー」が試されているのではないか?と考えてもいた。

そこで、私は以下のようなツイートだけをして、「あとは朝になってみれば分かること」と、特に参加者向けの連絡はしないまま、早めに床に就くことにした。参加予定者の皆さんも同じ気持ちだったのか、あれだけメディアが騒いでいた中、「クラスが開催されるかどうか」を問い合わせて来られた方は、誰一人いらっしゃらなかった(これは中々凄いことだと思う)。


クリカ D&L ‏@rainbowkulika 1月23日
今夜から明日にかけて、大阪に集うことを躊躇させるような天気予報が出ているが、これは意識とリアリティ(天気、交通機関等を含む現実と思っている全て)の呼応という、『13の月の暦ドリームスペル)』(意識変容装置)がもたらす新世界を体験するのにはもってこいの、出来過ぎた場面設定だ。D

クリカ D&L ‏@rainbowkulika 1月23日
「意識とリアリティの呼応」というと、「大雪の予報だったのに空が俄に晴れ渡り」みたいなものをイメージしがちだが(それも実際あるが)、こんな素敵なパターンもある。結局は、「覚悟」に基づく”縁”なのだ。覚悟の無い所に”縁”は生じ無い。D
http://www.imishin.jp/ruriko-kawaguchi/


もちろん私は、これまで実践してきた「共振テクノロジー」を十全に活用して当日に望んだが、特に今回チャネルしてみたのは天神さん(菅原道真公)であった。何故なら、会場のチャクラは「大阪天満宮」のすぐ側であり(住所も菅原町)、九州には「太宰府天満宮」がある。そしてもう一つ、正月明けに二子玉川ラサを初訪問した際、主人の石川さんから全く別な文脈で薦められた大将軍八神社もまた、京都「北野天満宮」の至近にある事を知ったからだ。

さらに、アグエイアス夫妻は、2001年7月25日(KIN203)に行われた天神祭(大阪天満宮)に参加していて、チャクラさんは、日本一長い天神橋筋商店街にもお店を出されている。これらの「繋がりを見出し」て「共振させる」のが、まさに「ドリームスペルのお告げを読む」行為の実践なのだ。暦の情報を使って行うのが基本だが、その手法のひとつ「置き換え」に馴染んで自由度を上げられれば、この位の応用はお茶の子である。

何しろ、『ドリームスペル13の月の暦)』は意識とリアリティを変容させてしまう装置として、銀河知性から贈り届けられたもの(とされる)。日付や人間関係の意味を誰かに説いてもらって安心したり納得したりしたいだけなら、既にこの惑星で長いこと使われて来た別なツールを用いた方がずっと確実だし、目的にも適っている。新しい道具は新しい精神で扱わなければ意味が無い。

1/24(日)の早朝、暗い内に目を覚ました私は、朝一番で目にした写真入りニュース記事(配信は23日深夜)に「福岡市・天神」と書かれているのを発見して、「きっと九州からの参加者も無事大阪に辿り着けるはずだ」と確信した。二子玉川駅のホームから、東の空に「赤い星」(後から火星と判明)がキラリと輝いて見えた事でさらに確信を深めた私は、電車に乗り込んでからその思いをツイッターにも記しておいた。
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指定を予約していた「のぞみ5号」も予定通り運行しており、夜明けの丹沢山系、朝陽に輝く富士山、カイラスのような伊吹山を楽しんでいるうち、あっという間に快晴の新大阪に到着。列車の外に出ると、確かにこの冬一番の厳しい寒さを感じたが、新大阪、大阪(東梅田)の乗り継ぎは、信じられないほどスムーズで、ホームでの待ち時間は実質ゼロだった。おかげで、乗換え案内の通りに行けたとしても9:30過ぎという予定よりさらに早く南森町駅に到着。
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コンビニでコピーを済ませても尚、十分に余裕があったので、(全員が揃う前提で)御礼参りに大阪天満宮へ。大きな通りから適当に左折したら、ぴったり真正面に出て、まるで招待されたかのような気分になる。前日、天満宮のサイトで以下の説明を目にしていたので、本殿、大将軍社と順にお参りし、最後に社務所でおみくじを引いた。

”菅公は、摂津中島の大将軍社に参詣した後、太宰府に向いました(中略)その約50年後、天暦3年(949年)のある夜、大将軍社の前に突然七本の松が生え、夜毎にその梢(こずえ)は、金色の霊光を放ったと言われます。この不思議な出来事を聞いた村上天皇は、これを菅公に縁の奇端として、同地に勅命を以て鎮座されました。”

おみくじは20番「吉」。KIN241の月、KIN241のエセル(ホゼの母)が生まれた日に、KIN241の私がこの番号を引くという事が、既に大いなる神秘である。何故なら、KIN241(7・竜)の神秘のパートナー(260日の中で最も神秘な関係)がKIN20(7・太陽)だからだ。おまけに、「7本の松」伝説と結びつけられている場での話。そして、前夜、調べていた道真公の誕生と死の日付は以下の通り(和暦とユリウス暦の日付を「換暦」というサイトで変換確認した)。

誕生:845年8月5日 KIN254(7・魔法使い)
死去:903年3月31日 KIN237(3・地球)

つまり、菅原道真公(天神さん)の銀河の署名は「白い共振の魔法使い」。銀河の音が「7」だったというだけでなく、テレクトノンでの「預言の第7年」とも完全にシンクロしていた。「共振の(7)」のキーワードChannelは、『ドリームスペル』の中では「通す」と訳されている(これはPAN翻訳チームのメンバー全員で相談して決められたものなので、拙著でもそれに従った訳語を掲載している)。

ドリームスペル13の月の暦)』の1年の中心(共振の月の中央)で、「共振テクノロジー」を学ぶのに、チャクラ(菅原町6-12)がどれだけ相応しい場所であったかが証明された思いがした。また、今回の参加者が何故九州に偏っていたのかの謎も解けた気がした。天神さんを通じて(通して)、私達は「7(共振)の力」をダイレクトに体感する事になっていたのだ。
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実際、チャクラに着くと、事前に「交通事情で1時間ほど遅れます」と連絡のあった方以外は、全員オンタイムで会場に到着されていたし、最終的にはその方も無事に辿り着いた。後で話を聞いたら、皆さんそれぞれかなり大変な思いをしながら来て下さった事が分かったが、どういう形であれ、あの場に集えたこと自体が「共振テクノロジー」の実際的な働きであり、その時点で「時間旅行者」としての私達の今回のミッションは、無事成功したと言えるのだ。

尚、道真公は、和暦だと承和12年6月25日に生まれ、延喜3年2月25日に他界している。その関係で、天神さんでは毎月25日が縁日という事になっていて、天神祭もG7/25(『13の月の暦』での「時間をはずした日」)に行われれている。アグエイアス夫妻が参加した天神祭は、上記の通り2001年7月25日(KIN203)だったが、九州からの参加者の中に、まさにそのKIN203の方がいらしたのは、ひとつの非常に分かり易いサインだったと言えよう。
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天満宮本殿の屋根の上に、5枚の花弁からなる「梅紋」が5つあったのも、この「25(5×5)」を意識したものなのかもしれない。今回は珍しく「のぞみ5号」で訪阪したが(といっても時間の関係でそうなっただけで狙った訳ではない)、これは道真公だけでなく、『ドリームスペル』との共振でもあった。なぜなら、『ドリームスペル』には、盛んに「第5の力」とか「五度和音」の話が出てくるからだ。日本語版マニュアルP55(5×11)にその解説があるので、以下に引用してみよう。

”【銀河の五度和音】銀河の第5の力の秩序による1つの星系の調波共振。普遍生命の獲得を意味する。次の響きは、2013年に起こりうる。”

私が大阪での暦クラスを、チャクラという場で継続的に行うようになったのも、「銀河の五度和音」(&この情報を伝えたアグエイアス夫妻)と響き合う「天神さま」が、様々なレベルで関与していたのかもしれない。「やっと分かったか!」とでも言わんばかりに、昨日、私は驚くべき事実を知った。この記事の大半を書いたG1/29(KIN41)が、古代マヤのツォルキンだと「7イシュ」、ドリームスペル風に置き換えれば「7・魔法使い(KIN254)」の日だったのだ。

「七本の松」の話で登場した村上天皇を調べてみて、第62代天皇だと分かったのも昨日だ。日本では『ドリームスペル』の目標点だった2013年に、伊勢で第62回目の式年遷宮が行われている。それだけでも十分なのだが、チャクラではもう1つ面白いシンクロがあった。お店に到着してすぐ、オーナーのあっちゃんから「こんなん預かってるんですけど、興味あったらお分けできますんで言って下さい」と大蔵省造幣局が出した「プルーフ貨幣セット」というのを見せられたのだ。
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それだけなら、私もそんなに反応しなかったのだが、何セットかあるうち1987年のものが1セットだけあると言われ、硬貨の実費分(500円、100円、50円、10円、5円、1円の合計666円)だけで良いと言われたら、手に入れない訳にはいかない。何しろ、ホゼの生誕77周年のタイミングに、ホゼをテーマにしたクラスを行う場所での予期しない話。おみくじ20番の神秘力が働いているかのようだ。

ホゼは1987年のハーモニック・コンバージェンスと、同年発刊された『マヤン・ファクター』を通じて世界的に知られるようになった人物であり、私はその1987年に亡くなったホゼの息子ジョッシュに導かれて(彼に捧げられた『時空のサーファー』を通じて)この暦を知り、彼が他界したまさにその日に生まれた人物と、今、剣武天真流を共に稽古しているのだ(その詳細は『霊性のアート』に記してある)。

中央の年号プレートを含めた「7つの金属」の配置は、『テレクトノン』で登場した「心のヘプタゴノン」のようでもあるし、これを手にしてみたことで、1987年が昭和62年であったことにも改めて気付かされた。ハーモニック・コンバージェンス(1987)から『ドリームスペル』が定めた「銀河の同期」(2013年=62回式年遷宮)までの期間を、『時間の法則の20の銘板』では「預言の時間:26年間のハーモニック・コンバージェンス」と呼ぶが、まさにそれがこの「貨幣セット」に込められている気がしたのだ。

しかも、その合計金額は666円であるだけでなく、この世界で「時間」に変換(還元)されるべき「金銭」そのものなのだ。『テレクトノン』に付属の小冊子「聖なる書の人々と夜明けの人々を結ぶ預言を語る石」のP22には「読むことのできる者にとって、イブリスの数字は1260と666であることがわかるだろうし、それは真実の日によく知られるようになる。」とある。もちろん、いずれも「ヨハネの黙示録」由来の数だ。

この「貨幣セット」は、後付け的な価値を上乗せした形で販売されるべく、製造されたものだと思うが、私は、年代のバラついていた手持ちのコインを、1987に統一された新品(+付属品諸々)と交換する事で、上乗せ(後付け)分の意味を消失させた。私にとって、この交換作業は、肥大させられた(後付けの)付加価値をゼロにするという意味で、偽マヤ暦を『13の月の暦』に戻すこと、仮想の利子で肥大化する金融システムをテレパシー的等価交換システムへと戻すのと同じ、魔法的意味を持っていた。

話が逸れたが、今回、悪天候の中、遠路参加して下さる方が多かったのと、天神さんとの繋がりを意識していた事もあって、私は、最後のクラスに参加される方(7名)に、「梅」と「蔵」のカードをプレゼントする事を予め決めていた。いずれも、私が書家「天迅」として書いた作品である。「梅」は2014年に南青山でLの個展とシャンバラ教室展を同時に行った《書の魔法》の時に、「蔵」は二子玉川ラサシャンバラ教室ギャラリー展を行った時に制作した作品をカード化したもの。

雅号の「天迅」は、チベット語で「仏の教えを司る者」を意味する「テンジン」にちなんだものだが、読みは「天神」も「天迅」も同じ。「梅」を書いた時は、植物がテーマだったので、「天神さん」の事は全く意識していなかった(と思う)が、道真公は「梅」とは切っても切り離せない関係にあったことを、今回、改めて知る事になった。まだまだ続くが、既に相当長くなってしまったので、ひとまずここまでとしよう。

山岡鉄舟のパルサー爆弾

2016年01月27日 23:39

共振の月18日(G1/27)KIN39 青い宇宙の嵐(by D)

2016年に入ってから『山岡鉄舟』(大森曹玄著/春秋社)を読み始めた。剣・禅・書の達人として、また明治維新においても多大なる貢献をした人物として、おおよその事は知っていたが、その人物像を知れば知るほど「僅か130年ほど前に、こんな人が実際に居たのだなー」という驚きと共に、畏敬の念を抱かずにはいられなくなる。

G1/20(KIN32)、私達はKIN77の友人・白川貴子さん(『マヤ暦が終わるのは、2011年10月28日だった!』でご一緒させて頂いた達人翻訳家)と銀座三越で待ち合わせをし、北村公晴さん(KIN10)のアート&ジュエリー展に伺った。三越の真向かいにある「木村屋」の看板が、鉄舟揮毫の書だというのは有名な話だが、KIN32が皇居を向いて結跏趺坐の姿勢で亡くなった鉄舟の命日KINだという事を知っている人は、殆ど居ないだろう。

鉄舟の誕生と死の日付について改めて調べたのは、その10日前の共振の月1日、KIN22。『時空のサーファー』発刊記念20周年&KIN241月間始まりの日だった。この日『山岡鉄舟』のP102にあった表現に刺激を受けた私は、その日が銀河の母・ロイディーン(KIN22)の102回目の銀河の誕生日かつ新月であったことに気付き、次の満月がホゼの生誕77周年に当たるだけでなく、ちょうど鉄舟の誕生KINともシンクロする事を発見して興奮した。

鉄舟の誕生と死の日付は、以下の通りで、52才を目前にしてその激動の生涯を終えている。
1836年7月23日KIN36(10・戦士)
1888年7月19日KIN32(6・人)
加えて、書道では弘法大師流入木道52世を継いでいる。G暦昨年末、天真書法塾発表会に出した作品テーマが空海の言葉だった私にとってはこれも驚きだったが、『13の月の暦』で1年は52週間で、還暦は52才。KIN22に69才でこの世をを去ったデヴィッド・ボウイ(KIN55)と同じ「銀河マヤ人」の匂いがプンプンして来る。

さて、KIN32に銀座から戻った私は、翌KIN33に横浜ナディアで行われる暦のテーマ別クラス「中心数7と秘数33」のために、何となく『アルクトゥルス・プローブ』を手にした。そしてP18を開くと、青い手のウェイブスペル3(キン27〜39)が1992年7月14日〜26日の日付と共に13日分記されていた。当然、そこにはKIN33も含まれている訳だが、私の目はキン32(7/19)、キン36(7/23)の記述に惹き付けられていた。

あれ?この関係、最近、どこかで見たばかりのような・・・と『13の月の暦・手帳』をめくると、1ページ前(P121)に上記の鉄舟に関するメモがあった。何と、今過ごしているウェイブスペル(WS)の中に、鉄舟の誕生と死のキンだけでなく、誕生日と命日も含まれているではないか!という事は、1992年は鉄舟の誕生から156(52×3)年後、死から104(52×2)年後だったという事になる。

ホゼとロイディーンが出した『13の月の動き(13 MOONS IN MOTION)』の「アルクトゥルスの天文暦」には、104年という単位に「アルクトゥリアン・コーラスあるいは銀河オクターブ」という名前がつけられていて、それが65金星会合周期に対応する等の説明が短くされている。ところで、何故『アルクトゥルス・プローブ』では1992年7月のタイミングが取り上げられていたのだろうか。ちょっと長くなるが、要点を以下に抜粋してみよう。


”銀河の指令計画の最初の段階は、放射状母体と4次元の時間という優れたリアリティを持つ『ドリームスペル』の力を導入することで、人類の知的な過ちを修正することである。(中略)放射状母体を通して4次元的に機能する力は、最も有毒な人類の実験の否定的な効力を反転させる形で喚起できるのだ。では、どのようにしてだろうか?「人の反作用パルサー爆弾」の創造と実行を通してである。”

”「人の反作用パルサー爆弾」を創造するにあたっては、13の音程のウェイブスペル全体が確実に活性化されなければならない。活性化されるべき重大なウェイブスペルは、〈青い手〉のウェイブスペル3(キン27〜キン39)で、それは「達成」の力を持っている。(中略)手、7番目の紋章は、「銀河の」地球の力をしるすものである。(中略)このウェイブスペルの13番目で最後の位置は、〈キン39、青い宇宙の嵐〉すなわちタイムシフトであり、グレゴリオ暦の1992年7月26日の日曜日に対応する。”

”「人のパルサー爆弾」の活性化を通して、核時代の魔神全体が科学物質主義という瓶の中に戻されうる。(中略)意識的に方向づけられた4次元の力は、3次元の幻想のリアリティを転移させ、3次元的な幻想の効力は無効になる。(中略)転移されるべき3次元的な幻想は、放射能や放射性の火傷などである。(中略)「人のパルサー爆弾」の誤用はできない。すべての4次元的な機能が備えている安全装置は、「キンの法則」である。4次元では、他者に対して支配権を握るようなことはないのだ。”

(以上、『アルクトゥルス・プローブ』序文より)


7と33について話すために開いた本の中に、青い手(紋章コード番号7)のKIN27から始まりKIN33が含まれているウェイブスペルについて記されており、しかも、山岡鉄舟に注目しているタイミングで、その生死に関わる全ての日付(365日暦&260日暦)がそこに含まれていた事に、私は衝撃を受けずにはいられなかった。鉄舟と言えば「江戸無血開城」の立役者である。まさに、その存在自体が(危機的状況を反転させる)「人のパルサー爆弾」そのものである事が、このシンクロを通じて示されていると言えよう。

KIN33の横浜ナディア、KIN36の大阪チャクラの各クラスに参加された方々、そしてこのブログを目にされた方々の全ては、それが自覚的なものであれ、無自覚的なものであれ「人のパルサー爆弾」の活性化に貢献している。どのクラスも書ききれない程のシンクロに満ちていたが、そこに触れると収拾がつかなくなるので、ここでは鉄舟とホゼにまつわる情報に絞って、あと少しだけ整理しておこう。
チャクラ ★アグエイアス夫妻から高橋夫妻と継承されて来た「レーリヒ平和の旗」

大阪チャクラで「惑星意識と繋がる共振テクノロジー」を開催したG1/24は、ホゼ(KIN11)の生誕77周年&その母エセル(KIN241)の生誕107周年の記念日で、『天上の虹』でシンクロしまくった里中満智子さん(KIN176)の68才の誕生日でもあった。それが、山岡鉄舟の252回目の銀河の誕生日(KIN36)とシンクロするというのだから、これは驚きでしかない。何故なら「252=11+241」で、この関係性に気付くのが昨年以前でも、来年以降でも面白くは無いからだ。

しかも、このブログを書いている今日は、マヤ遺跡にも残っている古代のツォルキンで「5エブ」、『ドリームスペル13の月の暦)』のツォルキンの数え方に対応させるとKIN252になるのだ!(今朝、気付いた)。念のため書いておくと、1〜260の通し番号を付けてKIN○○という言い方をするようになったのは、『ドリームスペル』(1990年)が登場してからで、古代マヤの碑文や絵文書には、そういう表現は無いし、ホゼも『マヤン・ファクター』(1987年)の時点では、そのような書き方はしていない。

さらに驚くべきは、大阪の参加者の中に、現在の「運命の道筋」が、KIN11とKIN241の方がいらしたという事実だ。また、現在読み進めている『二つの世界を生きて』という本のP252に、609という数字が出て来た事と、ボウイが69才の誕生日(KIN20)に『ブラックスター』というアルバムを発表した事、そして「碑銘の神殿」の中央階段が69段で、易においては6が「陰」、9が「陽」を示すことはメモしておきたい。

また、ボウイが他界したKIN22(新月)の時点で私が気付いていたのは、KIN36(満月)の会場となるチャクラさんの住所が「菅原町6-12」で「6・12」=「6・人」=KIN32 だという事。つまり、1年のど真ん中に大阪で行われたスペシャルイベントは、時間(日付)的には鉄舟の誕生KINと、空間(住所)的には鉄舟の死亡KINとシンクロする事が分かったのだ。この関係はチャクラさんが引っ越しをせず、行政による住所の割当方も変わらず、『13の月の暦』を数え続ける人がいるという条件が保持された上で、52年に一度しか巡って来ない。

つまり、「江戸無血開城」を成した「人パルサー爆弾」の鉄舟と、時空を通じて同期できる事が『ドリームスペル』を通じて見出せるのは、今生では多分今回のこの1回しか無かったという事だ。大雪予報と交通麻痺の危機を切り抜けて参加された皆さんの決意は、もしかしたら鉄舟と共振していたのかもしれない。何しろ、暴風雪が予報されていた九州からの参加者3名を含む参加予定者全員が、一人も欠けること無く揃ったのだから奇跡的と言って良いだろう。
富士山川 ★全国的に雪の予報が出ていた1/24朝の富士山。のぞみからiPhoneで撮影。

尚、G1/24(共振の月15日)は、27(3×3×3)週目の初日で、KIN27(3×3×3)から始まった3番目のWSの「現れを仕上げる」10日目と同期していただけでなく、サイ時間単位はKIN131で、現在の私の「運命の道筋」とも同期していた。ダライ・ラマ法王14世(KIN14)による27回目のカーラ・チャクラ灌頂をきっかけにスタートした「時間芸術学校クリカ」は、KIN131の宮沢賢治による農民芸術概論に刺激を受けて命名したものであることは、過去に何度か書いた通りである。

また、現在の「共振の月」が、『時間の法則の20の銘板』の見方でKIN241に対応している事、ホゼのチベット仏教の師であったC・T・ムクポことチョッギャム・トゥルンパ(KIN37)が、2日前にちょうど生誕108(27×4)銀河スピンを完了したタイミングで(という事は同い年だったホゼも現在108スピン完了状態)、その108日後のKIN145に、チャクラと同じ大川(旧淀川)沿いの国際会議場で文殊菩薩の許可灌頂を、ダライ・ラマ法王が執り行われるということまでは、どうしてもメモしておきたい。

そして、今日KIN39(※)は、1992年7月26日(タイムシフト)=「人のパルサー爆弾」活性化期間の最終日から、ぴったり33銀河スピン(260×33)目にあたる。何とか、今日中にここまでまとめられてホッとしているが、最後に、もうひとつだけ鉄舟に関する不思議な縁を書いておこう。

私が、『13の月の暦』に出会ったのは1996年、その2年後に宇宙の暦は13ヵ月を出版する機会に恵まれた訳だが、暦を実際に使い始めてたかだが2年足らずで、本を書いた経験も全く無い素人がいきなり入門書を書くことが出来たのは、この暦の土台になっているフラクタルという概念について、多少なりとも聞きかじっていた事が大きいと思う。

たまたま大学でフラクタルを扱っていた研究室があって、幸い希望通りそこに入ることが出来たのだが、指導教官のH先生の私生活について知る機会は殆ど無いまま卒業を迎えた。その後も、年賀状のやりとりだけはさせて頂いてたのだが、ある時からご住所に「一九会」という文字が入るようになった。何だろう?と思ってネットで調べてみたら山岡鉄舟晩年の弟子、小倉鉄樹氏が関与する形で始まった禊・禅道場の名であった。

それを知った当初も大層驚いたものだったが、今回、改めて鉄舟を調べる中で、「一九会」が鉄舟の命日である7/19にちなんで付けられたものだったと(確か合気道の多田宏先生のサイトで)知って、再度驚かされた。そして、あの西郷南洲に「生命も名も金もいらぬ人は、始末に困る」とその無我無私ぶりを讃えられた人物と、「共振の月」の中心で激しく共振した意味を、今、改めてかみしめている。私達も無私の精神を忘れなければ、「人のパルサー爆弾」をもっと活性化できるのではないだろうか。


(※)このブログをUPした直後に気付いたのは、今日がモーツァルト(KIN39)の生誕260周年記念かつ365銀河スピン記念であったということ。また、大阪のクラスには「赤い竜」だけで3-7-11の感覚パルサーが、「青い夜」だけで4-8の心のパルサーが揃うという奇跡的な組み合わせで、パルサー爆弾が構築されていたことを思い出した。



デヴィッド・ボウイは銀河マヤの使者だったのか?

2016年01月13日 00:33

共振の月3日(G1/12)KIN24 黄色いスペクトルの種(by D)

デヴィッド・ボウイがこの世を去ったというニュースが世界を駆け巡ったのは、昨日G暦1/11の事。実際に死去したのはその前日の1/10で、その2日前の1/8に69才の誕生日を祝う形で新アルバム『★Blackstar』をリリースしたばかりだった。

私にとっては、『戦場のメリークリスマス』の将校役の印象が強過ぎて、実のところ、音楽家としての活動は「Let's Dance」くらいしか知らないド素人なのだが、『13の月の暦(ドリームスペル)』の切り口でその生と死を見つめると、非常に強力なメッセージが浮かび上がって来るので、追悼の意を込めつつ、その事について少し触れておきたいと思う。

ホゼ・アグエイアス(KIN11)とロイディーン・アグエイアス(KIN22)が提唱した『ドリームスペル(13の月の暦)』のツォルキン(260日暦)で、ボウイの誕生日である1947年1月8日を調べるとKIN55(3・鷲)となる。『★Blackstar』をリリースした69才の誕生日は、KIN20(7・太陽)。そして、死去したのは「共振の月1日、KIN22(9・風)」となる。

これらの日付が、「強力なメッセージ性」を帯びている理由と背景を、順を追って整理してみよう。そのためには、まず、ホゼ・アグエイアスと「銀河マヤ」について知る必要がある。ホゼは、1987年に発表した著書『マヤン・ファクター』と、同じ年の8月16日に呼びかけられた平和と祈りの祭典「ハーモニック・コンバージェンス」によって、その名を世界に知られるようになった人物である。

銀河マヤ銀河のマヤ)」という言い回しは、1988年にマヤ先住民の1人フンバツ・メンとホゼとのやりとりの中に登場する言葉で、ステファニー・サウスによって著されたホゼの伝記『2012年への進化』に、以下のような形で記されている。

 ”フンバツは、滞在中ホゼに、マヤには二種類あると言いました。
 先住マヤと銀河マヤです。フンバツが言うには、『マヤン・ファクター』
 やハーモニック・コンバージェンスは銀河マヤを表わしており、彼は
 先住マヤを代表しているとのことでした。この訪問で、フンバツはただ
 ホゼを「銀河マヤ」として敬意を表したいと思ってやって来たのでした。”

これによれば、「銀河マヤ」という言葉は、先住マヤのシャーマンであるフンバツの口から出て来たものである事になる。フンバツとの交流はその後も続き、翌1989年には、有名なパレンケの「碑銘の神殿」で共に儀式も行っている。その様子が、ホゼの『新しい時間の発見』の中に記されているので、こちらも一部引用してみよう。

 ”私たちは皆、その神殿の階段のところで瞑想しました。それが終わったあと、
 フンバツ・メンは私に尋ねました。
 「パカル・ヴォタンはおまえに何て言った?」
 私は答えました。
 「フンバツ、パカル・ヴォタンは私のところにやってきて、彼自身が戻って
 くるといったよ。あるいは、彼の知識が戻ってくるということだったのかも
 しれない。”

この儀式から1年と経たないうちに、ホゼとロイディーンによって新たに提唱されたのが、「13の月の暦」を包含した『ドリームスペル』だったのである。つまり「彼(パカル)の知識」とは『ドリームスペル』の事だったのである。

この『ドリームスペル(13の月の暦)』でのツォルキンの数え方は、古代から伝わるマヤ暦とは異なり、グレゴリオ暦の閏日を意識した特殊なカウント法になっている。しかし、デヴィッド・ボウイの誕生と死を読み解くのには、この『ドリームスペル(13の月の暦)』の数え方こそが鍵になるのであって、古代マヤの数え方では全く見えて来ないのである(注:日本で古代マヤ暦と呼ばれているものの殆どは『ドリームスペル』をパクって勝手に改変した偽マヤ暦で、実際には古代マヤとも違う代物だ)。

ボウイ ◆55は誕生キン、68は「星」、6+8+5+5=24(本日のKIN)

まず、ボウイの誕生キンであるKIN55は、上述したハーモニック・コンバージェンス(1987年8月16日=KIN55)だけでなく、その祭典によって中和を計られていた広島原爆投下日(1945年8月6日=KIN55)とも同期する、非常に特別な日付である。

次に、69という数は、パレンケ「碑銘の神殿」の中央階段の数であり、その69才で迎えたKIN20は、「碑銘の神殿」の中に埋葬されていたパカル王の石棺の蓋に記された「パカルの特別な13日」のひとつである。『13の月の暦・手帳』(こよみ屋)などでは、その特別な13日には「★」マークが記されているのだが、何と、その69才の誕生日に発表された新アルバムは、まんま『★Blackstar』であった!

さらに、アグエイアス夫妻が1997年に発表した『時間の法則の20の銘板』の数え方に従うと、ボウイが他界した「共振の月」全体はKIN241と対応しており、新アルバムを発表した誕生日のKIN20とは、「神秘のパートナー」という最高に神秘の力(予期せぬ力)が働く関係にあった。まさに予期せぬタイミングでの驚きを伴った「死」があって、KIN241の私もこうしてブログを書く事になったのだ。

しかも、「共振の月1日(G1/10)」は、ホゼの『時空のサーファー』が日本で発刊されて(=私が暦に出会って)ぴったり20年(式年遷宮やマヤのカトゥンの単位)のタイミングで、ロイディーン(KIN22)の102回目の誕生KINの日でもあった。尚、KIN22(9・風)は、マヤの言葉で「ボロン・イク」と呼ばれ、パレンケにおいて神話的に重要視される存在でもある。

つまり、ボウイの誕生と死、そして最後のアルバムのリリースとその時の年齢の全てを、「銀河マヤ」の観点で見渡すと、全てが美しく繋がって来るのだ。もちろん、これはあくまで一方的な見方である。しかし、これまで全く知らなかったボウイの過去について、ウィキペディアで調べてみると、やはり「銀河マヤ」の使者なのか?と思えてしまうような記述が結構見つかる。

 ”1967年6月、デビューアルバム『デヴィッド・ボウイ』を発表。 
 アルバム製作中にチベット仏教に傾倒し、チベット難民救済活動を行う
 チベット・ソサエティに参加している。

 1969年、前年に公開された映画『2001年宇宙の旅』をモチーフにして、
 アルバム『スペイス・オディティ』を制作。アポロ11号の月面着陸に
 合わせて、その直前にシングル「スペイス・オディティ」をリリース。

 1972年、コンセプト・アルバム『ジギー・スターダスト』をリリース。
 架空のロックスター「ジギー・スターダスト」を名乗り、そのバック
 バンドである「スパイダーズ・フロム・マーズ」を従え、世界を股に
 掛けた1年半もの長いツアーを組んだ。

 ボウイの初めてのメジャーな映画出演は『地球に落ちてきた男』"

「銀河マヤ」のホゼとロイディーンは、かのチョッギャム・トゥルンパ・リンポチェと深く交流し、直にチベット仏教を学んだ弟子でもある。『ドリームスペル(13の月の暦)』を理解するのに、この側面は絶対に無視できないところで、おそらくマヤのみからアプローチしていては、この暦の本質は理解できないだろう。そういう意味では、ボウイはかなり銀河マヤ的である。

ちなみに、「銀河マヤ」とか「銀河のマヤ」と表記されていても、本来の『ドリームスペル(13の月の暦)』情報とは、似ても似つかないところまで歪められているものが世間には多数出回っているので、特にセミナー&資格商法系に乗せられ易い人は、十分注意して多面的によく調べることをお勧めする次第である(そもそも人間関係や運勢に拘るという発想自体が全く銀河的では無く実に古臭い)。

尚、ボウイの存在にハッとするような「美」に縁のある方なら、本来の(美に満ちた)銀河マヤ情報を、下記のいずれかのタイミングに受取る事になるだろう。なぜなら、そのどちらもが最高に美しいタイミングだからである。

★1/21(木)「13の月の暦」共振の魔術の亀の日(横浜ナディア)
テーマ別クラス《多次元への通路ー中心数7と秘数33》

★1/24(日)「惑星意識と繋がる共振テクノロジー」(大阪チャクラ)
ホゼ・アグエイアス生誕77周年記念・満月スペシャル

*追記
・ボウイの誕生はKIN55、死はKIN22。
 55-22=33→ 横浜ナディアでKIN33にイベント
 55+22=77→ 大阪チャクラでホゼ生誕77周年のイベント
・『戦場のメリークリスマス』は33年前の作品で、ボウイと共演した
 坂本龍一はKIN69(碑銘の神殿中央階段数)。ビートたけしはボウイ
 と同い年で10日違いの生まれ→同じウェイブスペルのKIN65。
 大島監督はKIN122(5・風)
・阪急電車の6855は65+55=123で『戦場のメリークリスマス』の上映時間123分

猿田彦の導きと神世七代の神々

2016年01月05日 23:58

律動の月24日(G1/5)KIN17 赤い自己存在の地球(by D)

日中、恵比寿に用事があって出かけた時に、面白い体験をした。今日の日付とも数字的に関連しているので自分用にメモしておこう。

ランチにもコーヒーはセットで付いていたのだが、味も温度も残念な状態だったので、スタンプが10個貯まっていた猿田彦珈琲に立ち寄って口直しをする。10・猿(KIN231)のLが選んだのは、自身の「銀河の署名」の惑星ホロンとも同期するメキシコのラ・エラドゥーラというスペシャルティコーヒー。流石に美味しくて、一気に豊かな気分になる。
猿田彦 
後で調べてみたら、「ラ・エラドゥーラ農園は2003年からスペシャルティコーヒー栽培を始め、2013年にメキシコ・カップ・オブ・エクセレンスで1位に輝いた」とあった。『ドリームスペル 時間船地球2013の旅』日本語版の制作世話人を務めているLだけに、そんな背景など知らなくとも自然にシンクロしてしまうのだろう。

その後、あるお店を探している途中に、思いがけない場所で神社を発見。猿田彦に寄った直後に、この土地と直結しそうな「恵比寿神社」という名の神社に導かれてしまったのだから、神話的文脈からも素通りする訳には行かない。仕事始めのお昼時という事もあって、OLやサラリーマンもチラホラいたが、殆ど並ばずに参拝。

元旦の浅草寺で大吉を引いている私は、もうおみくじは引かないつもりでいたのだが、Lは乗り気なようだったので、付き合って引く事にした。結果、Lは25番、私は49番。共に「吉」で、5×5、7×7になっているのが面白い。というのも、5:7は『13の月の暦』の周期比260:364のフラクタルでもあるからだ。
恵比寿 
浅草寺で私がおみくじを引く直前に、側にいた二人の別な人物から聞こえて来たのは「大吉だ!」だった。今回も、開封しようとした瞬間に側にいた女性が「吉だった」と友達に言ったのが聞こえて来たので、多分「吉」なのだろうと思っていたら、やはりそうだった。

帰路、スマホで恵比寿神社の事を調べてみると、色々と面白い事が判明。以下、ウィキペディアよりそのまま引用してみる。

 ”旧社名を天津神社(あまつじんじゃ)といい、戦後の区画整理で駅前から遷座させた際、現在の社名に改称された。旧天津神社の資料が乏しく、縁起については不明である。当時の御祭神は国常立神、豊雲野神、角杙神、意富斗能地神、伊邪那岐命、伊邪那美命の六柱。大六様(だいろくさま)と呼ばれ、親しまれていたと伝えられている。”

 ”創建年は不明である(景行天皇の御代という説に従えば111年〜113年となる)。昭和34年(1959年)区画整理で遷座させた際、町名あるいはヱビスビールにあやかって兵庫県の西宮神社から事代主命(恵比寿神)を勧請してこれを合祀し、恵比寿神社に改名された。 ”

何と、恵比寿神社という名称ながら、もともとは天津神、それも「神世七代(かみよななよ)」の第1、2、4、5、7代の神々が祭られていたというのだから驚く。どうりで聞き慣れない神様が混ざっている訳だ。

加えて、現在の住所は恵比寿西1丁目11番地。私は手持ちの小銭から100円、10円、1円を1枚ずつの合計111円をお賽銭にしていたので、このシンクロにも相当驚かされるものがあった。創建はあくまで伝説的なものであろうが、111年という年号がウィキに記されていることもまた驚きである。

何しろ、私(KIN241)の反対のパートナー、つまり私が『13の月の暦』に出会った「26才の時の運命の道筋」は、KIN111(7・猿)なのだ。そして、上記「大六様」は、神世七代の1(クニトコタチ)、2(トヨクモノ)、4(ツノグヒ)、5(オホトノジ)、7(イザナキ)、7(イザナミ)で、その代数合計は26になる。

神世七代の最初の二代は「独神」だが、三代〜七代の五代は男神・女神の二柱で一代と数えるので、「神世七代」は全部で十二柱という事になる。そして「神世七代」より前、天地開闢の時に現れた独神五柱「別天津神(ことあまつかみ)」を加えれば十七柱という事になる。天王星軌道とシンクロする今日のKIN17(4・地球)とも見事に繋がっている。

「別天津神」5代+「神世七代」7代という分け方、「独神」7代+「男神・女神」5代という分け方、いずれも5と7の組み合わせになるので、おみくじの25(5×5)、49(7×7)も無関係ではなさそうだ。もう1つ、49–25=24の事も書いておきたい。なぜなら、今日、出かける前に、私は以下のようなツイートをしていたからだ。

 ”今日は『13の月の暦』で6月24日。毎月24(6×4)日はテレクトノンで「ボロン・イクが4の力を送り出す」日。今回はさらに24週目も重なっている。そして今年の「律動(6)の月」は、『20の銘板』の見方でKIN240と対応している”

 ”13の月の暦』の源である『ドリームスペル』の背景に関するチャネリング情報は、後に『アルクトゥルス・プローブ』として出版された。この本の中で、太陽は「ヴェラトローパ24」という名で呼ばれる。余談だが、獅子座に太陽が入っているタイミングで生まれた私の名前の字画も24画である”

そして、これも思い出したので書いておきたいのだが、私達の背骨は、頸椎7、胸椎12、腰椎5の全部で24の部分から成っている。ここには7+(7+5)+5というコードも含まれている。そして、間もなく巡って来る「共振の月」は、13ヵ月の流れの中では「背骨」に当る月だと言っても良いのだ。

振り返ってみると、恵比寿神社に参拝することが、今日、恵比寿を訪れた「本当の理由」だったような気がしてならない。そして、やはり猿田彦というのは、導きの神としての働きがあり、その働きは「名」を通じて顕現するものなのかもしれない。

猿田彦は、伊勢国五十鈴川のほとりに鎮座したとされ、今も伊勢神宮内宮にほど近い猿田彦神社に祭られているが、帰宅すると、五十鈴(三重県ではない)という住所の方から『13の月の暦』クラスの申込みがあった。全国的に見てそうそうある住所ではないし、わざわざ今日でなくても良いと思うのだが、13:20の世界ではこういう事が当たり前になってしまうのだ。

きっと私が今「1・猿」の道筋を歩んでいることとも関係があるのだろうが、サル年の今年は、こうした楽しい導きが、様々な次元で生じるのではないだろうか。そんなことを思う、年初の一日であった。

銀河新年2016

2016年01月03日 19:34

律動の月22日(G1/3)KIN15 青い月の鷲(by DL)


笑門来福♥丙申 2016

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皆さまのご多幸をお祈り申上げます
本年もどうぞよろしくお願いします


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★「赤い共振の竜」(KIN241)の月スペシャル!

・1/10(土)「銀河シンクロ教室」(東京・上野毛)
『時空のサーファー』発刊20周年ードリームスペル配布会
http://www.kulika.com/index.php?page=13moon

・1/21(木)「13の月の暦」共振の魔術の亀の日スペシャル(横浜ナディア)
テーマ別クラス《多次元への通路ー中心数7と秘数33》
http://www.e-nadia.com/main_2004/work/13moon01.html

・1/24(日)「惑星意識と繋がる共振テクノロジー」(大阪チャクラ)
ホゼ・アグエイアス生誕77周年記念・満月スペシャル
http://happykulika.blog91.fc2.com/blog-entry-853.html

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小原大典(天迅)&小原蘭禅(李紗)

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