パレンケとダ・ヴィンチが「青いスペクトルの嵐」を呼ぶ

2016年07月28日 15:25

磁気の月3日(G7/28)KIN221 赤い宇宙の竜(by D)

銀河新年、明けましておめでとうございます!

元旦から今日までの3日間(3が日?)は、サイ時間単位がKIN1(1・竜)という事で、遅ればせながら新年のご挨拶。さて、今年も元旦から凄いことになっていて、まさに「青いスペクトルの嵐」という時空の大波に乗っているのを感じる日々。
碑銘の神殿 ★1999年4月12日(KIN149)に自分が現地で撮影してプリント保管していたものを、最近デジカメで再撮影したもの

新年は【Mauiと横浜の次元間通路を解き放つ!219Party】と題された横浜ナディアでのイベントからスタート。「赤い惑星と青い惑星のエリジウム」という過去記事に書いた通り、そのきっかけは、GWの頃手に入れた吉本ばななさんの『イヤシノウタ』と、ナディアスタッフ・チャカのシンクロにあった。しかし、その時にオーナーのゆみこさんと決めた事は、「元旦に何か一緒にやりましょう!」だけ。

結局、午前は定期的にナディアで行っている「13の月の暦」基礎クラスを私が担当すること、そして、午後は「小原とゆみこのシンクロ喋り倒し」、夜は「天真レムリア瞑想会」というタイトルだけが決まっていて、当日も一切打ち合わせをしないままいきなり本番(笑)。

参加者の立場からすると「それってどうなの?」という方もいらしたかもしれないが、その場で起こる出来事そのものからサインと流れを読み取るやり方を、ゆみこさんも私も普段からやって来ているので、互いに必要性を感じなかったのだと思うし、そこに生じるライブな「場」を信頼しているからこそ、自然にそうなったとも言える。何より、以下の条件が揃っている時点で、「その時、その場に居ること」が最重要ポイントだと言うのが分かる。

即ち、『ドリームスペル(13の月の暦)』誕生の地マウイに今ナディアがあり(私がナディアに関わり始めた15年余り前にはまだ存在していなかった)、ナディアを運営しているゆみこさん(KIN219=元旦)と岡部さん(KIN63=時間をはずした日)が「青いスペクトルの嵐の年」全体を表し、かつて私が勤めていた会社のボスでもあった江本勝氏とマヤ暦やドリームスペルについて書いた共著『銀河のマヤ』の表紙がシャスタ山で、当日の会場名はシャスタ(303号室)だということだ。

結果、平日だったにも関わらず、参加者(ゆみこさんと私を除く)は、第一部8名、第二部14名、第三部11名の累積合計33名で、1,2部の合計は22名。『ドリームスペル(13の月の暦)』提唱者のホゼとロイディーンはKIN11とKIN22で、2013→20:13→20+13=33。33はツォルキンの中心調波であり、秘技参入の聖数。まさに、銀河からの招待状を受け取った然るべき方々がそこに集ったと言えよう。皆さんと共に新年を祝えた事に感謝したい。

後から気付いた事だが、私(KIN241)とゆみこさん(KIN219)のKINの差は22(13+9)で、ナディアは今年の7/21で22周年を迎えていた。午前中のクラスでは「運命の道筋」について触れたが、先の7/21はKIN214だったので、5年後、そこにはKIN219(=ゆみこさんの誕生キン)が巡って来る。つまり、5年後、ナディアというお店は、オーナーのゆみこさんと完全同期するのだ。

ちなみに、現在のゆみこさんの道筋はKIN164(8・種)で、アグエイアス夫妻が提示した全銀河ツールの目標点2013年7月26日=「銀河の同期」そのもの。今年の元旦にゆみこさんと同じ場に居るということの意味が、初心者でも何となく分かるのではないだろうか?あの会場に居た人は、今年一年、そして「銀河の同期」にも出会っていたのだ。

午前のクラスで、例題に立候補されたKさんがKIN209(1・月)だった事も見逃せない。何故なら、KIN209は、年末年始に橋をかける今日までの13日間(ウェイブスペル)の始まりであっただけでなく、魅惑の緑の中央の城(52日間)への入口であり、同時に、ドリームスペル創世記において、「時間の盗み」に関する非常に重要な意味を持つ日付だからだ。まさに役者は揃ったという感じであった。

しかし、驚きは午後になってさらに加速。その場に居た全16名のうち何と5名が「空歩く者」で、しかもマヤ長期暦をツォルキンにプロットした見方をすると、まさにパカル王が活躍した最後のカトゥン(20年弱)に対応するKIN193の方が2名もいたのだ。さらに、座っている場所も、部屋の「北側」に異常な密度で集合。
IMG_8269.jpg ★「昼の部」の参加者の「銀河の署名」

加えて、話の方も、ゆみこさんの「限定された小さい自分の死」から始まって、「死」が一つのテーマになっていた。これは『ドリームスペル』の旅程盤において「交差の白い北の城」(の52KIN)、より細かく見れば、その中でも最も北の領域に関係する「世界の橋渡し」のウェイブスペル(の13KIN)に繋がっていた。

「火星」からのサインは、既にこの会のきっかけとして強力にやって来ていたので、それに見合う資料を一応用意して来てはいたが、場合によっては全く異なる流れになる事もあるので、私は必要になったらそれを紹介しようと考えていた。しかし、これだけ明確に方向が示されたのであれば(「世界の橋渡し」と「空歩く者」はドリームスペルにおいて火星軌道に対応)、やはり「火星」について語るしか無かろう。そこで、私は『アルクトゥルス・プローブ』のP219から、以下の文を読み上げた。

”南半球側の火星の「空歩く者」の後見人となったアンタレス人は、土星からのアンタレス人に潜入され、浸透されてしまった。第7惑星からのアンタレス人の影響を通して、「空歩く者」は巨大な文明を創り出した。”

”火星の北の領域では、「世界の橋渡し」の部族がエリジアムと呼ばれる帝国を築き上げていた。”

”死の領域は実際に銀河の北の大きな次元間領域を構成しており、そこはそれぞれの存在の真実が保存されている場所だった。”

さらに、「赤い惑星、青い惑星」が収録されている『アルクトゥルスの監視』のP73からも、以下の部分を読み上げた。

”青い惑星のサイバンクに刻印された、赤い惑星の「銀河の記憶ノード」は、イタリア人の天文学者、スキアパレリが自分の望遠鏡を通して火星を見つめていたときに活性化された。彼が有名な火星の「運河」を発見したことに加えて、赤い惑星は原型的な名称でそのきわだった特徴をはっきりと示すことになった。すなわち、アトランティス、レムリア、ユートピア、エリジアム(エリシュウム)、シドニア、オリンポス山、などである。”

IMG_8270.jpg ★「夜の部」の参加者の「銀河の署名」

話は、「小さな自己の死と大いなる自己の誕生」「男性性や女性性と言った両極性の調和と融合」など、かなり本質的な所にまで進んで行ったが、その流れは、体験を身体に浸透させようという「夜の部」に引き継がれて言った。遠方から仕事を休んで参加された方も多く、メンバーは各部ごと少しずつ入れ替わって行ったが、最後は、私が天真体道の天真柔操と「ワカメ体操」(瞑想組手・水・風)を通じて、相手と融け合い自他や両極性の溶融を体感するワークを担当し、その後、瞑想へ。

集団でのワカメからゼロ(無)へ向かう瞑想では、滅多に体験できないような「深い静けさ」を体感しつつ、瞑想状態のままリードをゆみこさんへとバトンタッチする荒技に出てしまったが、にもかかわらず、全く切れ目無く極めて自然な流れの中でそれが成されたのは、ゆみこさんの自由度の高さ、そして、その場の調和度の高さを、証明していたように思えた。その静まりきった場を通じて、私は「銀河連盟は静かにやって来る」というフレーズを実感していた。

この日、リクエストもあって、何度も唱えた「銀河の七方向への祈り」は、『宇宙の暦は13ヶ月・新装版』のP219に掲載されている。この本が書かれた頃、KIN219という日にKIN219の人と一緒に行うイベントで、こんなに何度も唱えるとは思って居なかったが、やはり、219ページに掲載された事にも意味はあったのだろう。
IMG_8271.jpg ★元旦の全プログラムを終了して記念撮影

大幅に時間オーバーしつつ、全プログラムが無事終了。最後まで居て下さった方々(全11名=スペクトル)との記念撮影を終え、シャスタを出た頃には、もう21:30を回っていたから、途中、休み休みだったとは言え、10時間くらいはしゃべり続けていたのではないかと思う。しかし、ほぼ目一杯の満席状態のような状況だったのにも関わらず、そして、実は6日間断食からの復食2日目だったにも関わらず、疲れを感じる事は無かった。それだけ参加者全員が時空と調和していたのだと思う。

だが、帰宅後、さらなる驚きが待ち構えていた!何と【マヤ文明ピラミッドの下に水路発見、死者の国への通路か】というニュースが、AFPで報じられていたのだ!『13の月の暦(ドリームスペル)』は、ある意味、そのニュースで報じられている「碑銘の神殿」に眠っていたパカル王からのチャネルで生み出されたような所がある暦だ。

現地での発表は「時間をはずした日(7/25)」となっていたが、「死」(世界の橋渡し)や「水」(月)について、そしてパレンケの「碑銘の神殿」の構造がそのままボードに反映されている『テレクトノン』を、実際に開いてプレイした(午後の時間)後に、このニュースを目にすれば、やはり、驚かずにはいられない。仮に、発表のタイミングを、世界的に使われている『13の月の暦』の「時間をはずした日」を狙って行っているのだとしても、「水路」の発見自体がなければ、ニュースには成り得ない。

それに、今年の「時間をはずした日」(注:マヤ暦にはこういう日は存在しない)はKIN218(10・鏡)で、まさに「碑銘の神殿」でパカル王の墓室が発見された1952.6.15からぴったり90銀河スピン=23400キンというタイミング(閏日の処理をドリームスペルの数え方に従った場合)。人の作為が間に挟まっていたとしても、あまりに見事だ(*1)。少なくとも、ナディアの場は、完璧にパレンケと共鳴していたという事だ。「死」と「水」がはっきりと示されていた通り。

しかし、最後にもう一押しあった。翌日(KIN220)、私はLが予約してくれていたイタリア文化会館での講演会「レオナルド・ダ・ヴィンチ 最後の謎-なぜ未完の作品を多く残したのか」に参加した。『レオナルド・ダ・ヴィンチの秘密 天才の挫折と輝き』出版イベントとして、イタリアから著者のコスタンティーノ・ドラッツィオが来日していたのだ。結論から言えば、参加して非常に良かった。
最後の晩餐 ★最後の晩餐の解説をするドラッツィオ氏

だが、このブログの最後に書いておきたいのは、その講演会の事というより、ダ・ヴィンチの生没年なのだ。以下にそれを記してこの記事を終える。尚、両日とも書籍やネット上に出ているユリウス暦でのものをグレゴリオ暦に変換してから導いているので、おそらく間違いはないと思うが、皆さんにも検証して頂きたい。

★レオナルド・ダ・ヴィンチ
生年:1452年4月24日、KIN186(4・世界の橋渡し)
没年:1519年5月12日、KIN219(11・嵐)

ちなみに、KIN186は、私が愛してやまない音楽家エンニオ・モリコーネ(イタリア人)の誕生キンであり、自分自身の49(7×7)才、つまりあと2年少し先の「運命の道筋」でもある。この発見をした時の驚きは、ここまでブログを読んで下さった方なら理解して頂けるだろう。だが、ドリームスペルプレイヤー(13の月の暦の真の使い手)は、誰でも、こういう日常を送る事になる。



(*1)先の「時間をはずした日」がKIN218となる数え方を提示したのは、アグエイアス夫妻、特にパカルの声を聞いたというホゼであり、その「時間をはずした日」に合わせて「水に愛と感謝の祈りを捧げる」イベントを世界各地で行い続けていたのは『銀河のマヤ』の共著者である江本勝氏であり、この二人を接続させたのは、「時間の法則に関する世界会議」が開催された1997年当時、江本氏の会社の一社員であり、会議のボランティアスタッフもしていた私である。 

石州和紙を通じて剣武創始の時空に出会う

2016年07月26日 00:43

時間をはずした日(G7/25)KIN218 白い惑星の鏡(by D)

島根県立古代出雲歴史博物館には、古代の巨大神殿の模型や、現在の本殿の千木(これも近くで見ると相当大きい)など、見どころは色々あるが、やはり最もインパクトがあるのは、荒神谷遺跡で出土した銅剣、銅矛、銅鐸の展示だろう。掘り出された銅剣358本、銅矛16本、銅鐸6個が、ほぼそのまま展示されている上、黄金に輝く当時の状態を再現したレプリカも同じくらい並べられていて、圧巻である。
銅剣 
古代の遺物を当時の状態で見るという体験には想像以上の驚きがあったが、前日に発掘現場を訪れていた事で、印象深さがさらに増したように思う。一通り見終えてガラス張りのホールに出ると、外は雨模様。それもかなり激しく降っている。近くにいた丸山師範と「参拝や移動の時に降らなくて良かったー」と言い合った。

外に出る頃にはもう上がっていたが、山の尾根に沿って雲が流れる様は、日本初の和歌とされるスサノオの「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠に 八重垣作る その八重垣を」を彷彿させるものだった。この日、東京に戻るメンバーのフライト時間を考えて、とりあえず進路を日御碕に決める。
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国譲り神話の舞台でもある「稲佐の浜」を通り、日本海に面した崖沿いの道を進んでいくと、谷間のような所に赤い社がチラッと見えた。日御碕神社だ。下の本社(日沈の宮)に天照大御神が、上の本社(神の宮)に素盞嗚尊が祀られているという珍しい構造の神社で、「日沈の宮」という名は、伊勢神宮が「日の本の昼を守る」のに対し、日御碕神社は「日の本の夜を守れ」 との「勅命」を受けたことに由来するらしい。上下の社の間に伸びる立派な松の緑と、社殿の朱色のコントラストが印象に残る神社だった。
IMG_8122.jpg IMG_8126.jpg 青木先生日御碕 (1) 
そこから車で数分のところに日御碕がある。灯台の近くにある切り立った崖まで近付いて、荒波にもまれた猛々しい岸壁と松林、そして雲間から差し込む太陽に照らされた海という、おそらく古代からそう変わらないであろう風景を、しばし楽しんだ。全員車に乗り込み「さあ出発」というタイミングで、まるで狙ったかのように雨が降って来た。みるみる大降りになり、一時は前方がよく見えないくらいの荒れ模様。

そういえば、昨年の宮崎・鵜戸神宮での奉納演武の後もこんな感じだった。演武前後は晴れて、青空まで見えていたのに、車に乗るや否や滝のような雨が降って来たのだった。幸い、荷を預けてあった宿に到着する頃には止んだが、この日は午後以降、出雲地方に大雨注意報が出ていたのを、夜にテレビのニュースで知った(その頃はもう私達は県西部の益田市に居た)。

大きい荷物の送付手続きなどをして、先に東京に戻るウィウソン師範&倫子師範とはそこで別れ、再び関口師範の運転で国道9号を一路西に向かう。日もすっかり暮れた頃、益田市のホテルに到着。ボーリング場なども併設されたかなりレトロな雰囲気のホテルで、エントランスには、ここを訪れた芸能人やスポーツ選手などのサインがズラーっと並んでいた。力道山とか村田英雄、島倉千代子の名前に歴史を感じる。

倫理法人会に所属しているらしく、倫理研究所が発行している冊子のバックナンバーがホールの棚に沢山積まれていたのも印象深かった。何しろここで同室した丸山師範のお父様は、倫理研究所理事長の丸山敏秋氏なのだ。『霊性のアート』にも書いた通り、敏秋氏は日本に『13の月の暦』を紹介した高橋徹さんと旧知の仲で、実は私も丸山貴彦師範より先に、敏秋理事長の方と暦の活動を通じて面識があったのである。

せっかく「時間をはずした日」にこれを書いているので、補足しておくと、1997年に「時間の法則に関する世界会議」の会場を提供して下さったのも、ホゼ&ロイディーン・アグエイアス夫妻が日本に長期滞在できるよう尽力して下さったのも、丸山敏秋氏である(もちろん高橋夫妻との縁による)。さらに一言付け加えておけば、『13の月の暦・手帳』のP15にある「サイ時間単位」という表の右下にRINRI PROJECTとあるのは、倫理研究所、そしてその創設者である丸山敏雄氏に敬意を表して(その活動にインスピレーションを受けて)付けられたプログラム名である。
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さて、翌KIN196(G7/3)は、朝から津和野に向かい、森鴎外の旧宅、鴎外も通った藩校養老館などがある殿町通り、カトリック教会などを巡り、街の中心部にある沙羅の木・松韻亭で庭園を眺めながらコーヒーを美味しく頂いた。そこで教えてもらった「やぶさめ馬場」のある八幡宮鷲原公園前を通って、一路、浜田市三隅町にある石州和紙伝統工芸士の久保田彰さんの工房へ。

ブータンでよく見かけるような生地の作務衣を来て出迎えて下さった久保田彰さんは、早速、工房を案内して下さり、和紙の原料となるコウゾやミツマタの木が生えている場所、それらの茎の皮を乾かしたものなどを見せて下さり、さらに、それらを叩いて繊維を解すところや、補助材料のトロロアオイに触れさせて頂くなど、和紙が生まれるプロセスをイメージできるよう色々と体験させて下さった。何とも有難い事である。
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見晴らしの良い海辺のレストランに場所を移し、久保田さんのお話を伺うと、何と、これまでに何度もブータンを訪れて和紙技術指導をされているとの事。着用されていた生地もやはりブータンのものと分かり納得。昼食を終えて石州和紙会館に場所を移し、さらに大きな工房や作品を見せていただいた。途中、Lからメッセージが入り、二子玉川駅前に参院選に出馬している候補の応援で昭恵さんが来ていたから挨拶をしたと、写真が送られて来た。このシンクロにには、かなり驚かされた。
アッキー 
なぜなら、私たちが初めて安倍昭恵さんにお会いした2011年11月15日は、ちょうど現ブータン国王夫妻が初来日されたその日だったからだ(その事は、こちらの記事と『霊性のアート』に書いてある)。ブログに綴り続けて来ている通り、シンクロ自体は日常茶飯なのだが、こういうピンポイントなものにはやはり驚かされる。上野の森美術館で行われている「ブータン展」のオープニングで来日された前国王夫人とも挨拶されたばかりというので、東京に戻ってすぐに「ブータン展」に行ってみる事にした(石州和紙のコーナーに久保田さんのお写真もあった)。

ところで、石州和紙会館には、青木先生が吹雪の羽黒山で書かれた大字書「覚」が収蔵されている。以前に、天真書法塾発表会で展示された時に拝見はしているが、このタイミングで改めて実物が見られたのは、非常に嬉しいことであった。というのも、この作品は剣武天真流創始と直接関わる作品だからだ。新体道で先輩に当たるトランペッターの近藤等則さんが「地球を吹く」のシリーズを国内で展開されていた時、青木先生に剣と書のパフォーマンスを依頼されたことがきっかけとなって、剣武天真流の開発が始められたからである。
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その後、会館で久保田さんが梳かれた石州和紙を手に入れ、出雲方面に戻る事になった。この後、さらに山口方面に向かう関口師範と川崎さんに浜田駅で別れを告げ、9号線を出雲方面に戻る。出雲にかなり近づいた「きらら多岐」という道の駅のような場所で、出雲国大社食品の山崎さんと待ち合わせ。かなり広い駐車場だったのにもかかわらず、運転していた丸山師範が車を停めたのは、何と、山崎さんの車の真隣だった!

自社製品をお土産に沢山下さったのだ。帰宅後、早速いただいたが、添加物などが入っておらず、しかもパワーがみなぎっている感じがあって実に美味であった。練り物好きのLの食いつきぶりも、その素晴らしさを証明していた。無事レンタカーも返し、出雲空港でスサノオラーメンを食べて、JAL286便40Gという席で羽田へ。

今回のメインは、出雲大社での剣武奉納演武ではあったが、その前後のことも含め、本当に色々な方のお世話になり、素晴らしい体験をさせていただいた。共に演武をした本部正師範含め、関係者全ての方々に感謝したい。しかし、その中でもやはり、青木先生と吉田先生には、格別の感謝の気持ちを捧げたい。先生方の長年に渡るご活動や、様々な方々との丁寧なコミュニケーション無しに、今回のような体験は出来なかったであろう。ここに改めてお礼申し上げる次第である。

12:60的な感覚では、もう日付をまたいでしまったが、私の中では、『13の月の暦(ドリームスペル)』での「時間を外した日」(注:マヤ暦にはこういう日は存在しない)に、一年の締めくくりとしてこの記事を書いたつもりでいる。

KIN218(10・鏡)は、パレンケの「碑銘の神殿」でパカル王の墓室が発見された1952.6.15からぴったり90銀河スピン=23400キン。「白い惑星の魔法使いの年」は、「10・魔法使い」で始まり「10・鏡」で終わる。年の始まりと終わりは常に同じ「色」と同じ「音」になる。これは非常に美しい法則だ。

日々体験する出来事の中、そして『13の月の暦』の中に「美と調和」を発見する毎に、私たちのシンクロニシティは増大する(それがドリームスペルの本質だ)。現れを仕上げる1年の終わりに、出雲での出来事をまとめられたことを嬉しく思う。明日から始まる「解放」の1年は、さらに驚くべき体験を私たちにもたらしてくれるだろう。この記事を目にした方にも、もちろんそれは訪れる。

出雲大社での剣武天真流奉納演武

2016年07月22日 23:59

宇宙の月26日(G7/22)KIN215 青い共振の鷲(by D)

出雲大社での奉納演武が行われたのは、7/2(土)。『13の月の暦(ドリームスペル)』の365日暦では13月6日、260日暦(ツォルキン)だとKIN195(13・鷲)。月日の「銀河の音」が「13(宇宙の)」で重なる「魔術の亀の日」だった上、出雲大社の住所は、何と出雲市大社町杵築東195!こんな事は、狙っても出来ることではない。

ちなみに、この住所と日付のシンクロについて教えてくれたのは、天真書法塾シャンバラ教室生で出雲出身の尾崎さん。尾崎さんはツォルキン唯一の「パカルの特別な数字」であるKIN78(13・鏡)の生まれで、78=13×6(→13月6日)という点にも注目すると、演武当日の日付(天)と出雲という土地(地)が、この繋がりを教えてくれた、といようにも読み取れる。

演武用の稽古着に身を包んで宿を出発。大社の東側にある駐車場に車を停め、風情のある松の参道を進んで社務所へ向かうと、ちょうど社務所前で出雲大社を統べる出雲国造・千家尊祐氏が向こうからやって来られた。天照大神と素戔嗚尊の誓約(うけひ)から生まれた天穂日命を初代とする出雲国造の84代目とされる方で(つまり神話時代から続く家系)、2年前に高円宮典子さまと結婚された千家国麿氏の父君でもある。
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天津神系と国津神系が再び一つになるというこのお二人の結婚には、様々な意味があったと感じているが、ちょうどその直前にツイッターでつぶやいた事に絡めて「天津神と国津神の調和的統合」というブログ記事にまとめてあるので、そこから一部引用してみたい(この記事が770番目のブログ記事であると気付き、一つ前の記事ともシンクロしているのを感じた)。


”G9/1、『ドリームスペル』の惑星ホロンで日本のエリアに対応するKIN46(7・橋渡し)に、私は【そして13×18=234は、第125代今上天皇の誕生KIN。そして、シンクロニシティという言葉を生んだユングの誕生KINだ】というツイートをクリカのツイッター上でした。それが、ちょうど10500ツイートという区切りの良い数だった事に気付いた私は、ふと、125という数字で10500を割ってみるという遊びをした。すると10500=125×84と綺麗に割り切れるではないか!

それだけで意味なく喜んでいた私だったが、125が伊勢の神宮の社の数や今上天皇の代、そして2013年の式年遷宮で臨時祭主を務められた黒田清子さんの誕生KINであることに思いを巡らせた私は、84にも何かあるだろうか?と「84代」だけ入れてググってみた。すると、「第84代出雲大社国造」というのがいきなり出て来たのだ!伊勢系、出雲系の結婚が目前に迫っていることを意識していた私が、無意識的にツイートした10500ツイート目に、今上天皇の事を書いていて、そこに伊勢と出雲を結ぶ数が、完璧な形で潜んでいたのだから驚愕せずにはいられない。”


念のため当日(2014.9.1)の手帳メモを確認してみると、さらに驚愕の事実を発見。何と私は、その日付けの「剣武天真流 本部正師範任命書」を青木宗家から拝受していたのだ。この頃から、出雲との回路は繋がり始めていたのかもしれない。ちなみに、その手帳メモの近くには、こんなメモもあった。【10500=105×100。KIN105(1・蛇)は大物主(大国主)、KIN100(9・太陽)は天照】。こじつけと思われても構わないが、暦を用いて何らか意味を見出すのに、キーワードだけに拘る必要が無いのは確かだろう。
任命書 
話を7/2(KIN195)に戻そう。今回の奉納演武に関して様々な形でご協力下さった出雲国大社食品の山崎社長も社務所に到着され、青木宗家、吉田事務局長と共に、千家尊祐宮司との対談のため別室に向かわれた。尚、今回の奉納演武の実現には、アオキメソッド(前・瞑想カレッジ)でご一緒した事もあるキーマンネットワークの中島孝志さんが関わっており、山崎さんとのご縁も中島さんを通じてのものだった事を記しておきたい。

対談から戻られた先生によると、千家宮司は、およそ一ヶ月前に剣武天真流セミナー&輪島ツアーの際に訪れて、奉納演武をさせて頂いた重蔵神社の能門宮司と、大学で同級生だったとの事。重蔵神社での演武の様子は、「YOUは何しに日本へ?」(7/11後半)で放映された関係で( 動画リンクはコチラ 36分以降)、そちらのアナウンスが先行し、未だ現地での詳細は書けていないのだが、演武の他にもお粥講や高名秀人光漆芸工房での体験、御陣乗太鼓など、色々と貴重な体験をさせて頂いたので、そのうち文章化できればと思っている。

さて、宮司同士の繋がりも然ることながら、より興味深いのはご祭神の繋がりである。重蔵神社のご祭神は天之冬衣命と大国主命。『古事記』によると、天之冬衣命はスサノオの五世の孫で、大国主命の父に当たる神。能登での剣武セミナーが決まった時には、まだ出雲での奉納演武の話は出ていなかったし、この繋がりを予め知っていた人は居なかったと思うが、重蔵神社で奉納演武をした後、間をおかずに出雲大社で奉納演武をするという流れは、まさに天の采配と呼びたくなる美しい流れと言えよう。
本殿 
時が来て、社務所前の手水所で手と口を清めてから、本殿に向かう。天気予報では曇り時々雨だったが、今回もやはりお天気は大丈夫だった(重蔵神社も昨年の大神神社、鵜戸神宮も天気予報では常に直前まで怪しかったが演武の前後は晴れていた)。この記念すべきタイミングに合わせて出雲にやって来た天真会の仲間も合流して、八足門をくぐり、お祓いを受けてから本殿前にて正式参拝。宗家の玉串奉納に続いて、2礼4拍手1礼。この参拝方法に、一人マニアックな喜びを感じていたのは、おそらくKIN241の私だけだろう。

その後、大きな注連縄で有名な拝殿に移り、ついに奉納演武開始。青木宗家、吉田随流事務局長に、関口仁、丸山貴彦、吉田倫子、望月ウィウソン、小原大典の本部正師範5名を加えた全7名で礼式を行い。続いて、吉田事務局長が吉原義人模作聖徳太子七星剣にて四方荘厳。その後、本部正師範5名による大翻刀&神剣無礙(途中、白龍遊天を含む)。最後に青木宗家が天真五相&自由演武を奉納された。

全員が真剣で演武したのは今回が初めてであり、いずれも宗家が集められた名刀なので、ここに演武者と共に記録しておく。和泉守國貞(青木宗家)、河内守永國(関口師範)、肥前国住忠吉(丸山師範)、水心子正秀(倫子師範)、摂津守源忠行(ウィウソン師範)、播磨守忠國(小原)。出雲大社拝殿という空間、そして真剣を手にしての演武に緊張感はあったものの、何か別な次元でゆったりした時間が流れていたようにも感じられ、思ったよりは落ち着いて演武に臨む事が出来た。
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尚、この奉納演武については出雲大社の公式ページにも掲載されているので、リンク先を参照頂ければと思う。また、天真会のFB公式ページに動画や写真も掲載されているので、合わせてご覧頂ければ幸いである。写真は川崎さん、ビデオは郷右近さん(お二人とも天真会メンバー)が、ボランティアで引き受けて下さったものである(動画の一部は固定カメラによる)。記念となる貴重な記録に感謝。
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宗家に予言されていた怪我をする事も無く(十分注意しろよというアドバイスだったと思う)、無事、演武は終了して記念撮影。社務所で着替え、「おさがり」を頂いて大社を後にした。場所を出雲文化伝承館に移して、羽根屋で出雲そばを美味しくいただき、その後、亀山の麓にある命主社に参拝。ご祭神は造化三神の一柱、神産巣日神。境内にある樹齢1000年ともいわれるムクの巨木は、幹のうねりに迫力があって、強い生命力が感じられた。
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この神社の裏手の巨石の下で、古代の銅戈と硬玉製勾玉が発見されたと知ったのは、後になってからだったが、出雲大社からは徒歩圏なので、大社に参拝するのならここにも立ち寄ってみることをおすすめする。ここで、お世話になった山崎さんとはお別れし、私達は古代出雲歴史博物館へ向かった。エントランスを入るとすぐに出雲大社境内(八足門前)で2000年に出土した巨大な柱(3つの巨木を一つにした宇豆柱)が展示されていた。

3本の巨大な柱を一つにまとめた様は、パン・ジャパン・ライブラリーでも使用している「レーリヒ平和の旗」にそっくりな構造だが、2002年に初参拝した時は、まだ八足門前の地面に埋まった状態で囲いがされていたと記憶している。2013年の遷宮時に、ご神体を遷御する直前まで雨が降っていたのに、いざ遷御がはじまると雨はピタっと止み、遷御終了後本殿の扉が閉じると同時に大雨が降った、というエピソードをお昼に山崎さんから伺っていたので、一体その日付はいつだったのだろう?と思っていたら、それが記されたパネルがあった。

2013年5月10日(新月)はKIN87(9・手)。今、気付いたが、伊勢外宮の遷宮は、年月の数字が反転する同年10月5日(新月)=KIN235(1・鷲)に行われている。そして、そこからぴったり1年後の2014年10月5日(KIN80=2・太陽)に、高円宮典子さま(KIN135=5・鷲)と千家国麿氏(KIN162=6・風)が結婚されたのだから、これは随分前から決められていた事だったのかもしれない。少なくとも遷宮とセットで考えられていたというのは、決して見当違いではなかろう。

気付いてしまったので書いておくが、千家国麿氏がKIN87、つまり出雲大社遷御と同期する道筋に入ったのは2002年、つまり29才の時である。まだまだ続きがあるのだが、先刻、今日が千家典子さん(元・高円宮典子さま)の28才の誕生日である事に気付き(手帳のメモを見て)、出雲大社境内でのポケモンGO使用禁止のニュースを目にしたりもしたので、ひとまず、ここで区切るのがちょうど良いのだと判断した。それにしても、『銀河のマヤ』を共著で出させていただいた江本勝所長と千家典子さんが同じ誕生日だったとは驚きである。

奥出雲のタタラと日本刀

2016年07月20日 13:37

宇宙の月24日(G7/20)KIN213 赤い倍音の空歩く者(by D)

7/2(土)に出雲大社で行われた剣武天真流の奉納演武は、お天気にも恵まれて無事終えることが出来たのだが、その前後の時間も素晴しい体験に満ちていたので、感覚が鮮明に残っていて、手帳のメモも解読可能なうちに、少し整理しておこうと思う。

霊性のアート』等に記している通り、シンクロ率というのは、心身が自然状態にあれば自ずと高まるものである。当然、青木宗家をはじめとする参加メンバーのシンクロ率は高く、普段から様々なシンクロが当たり前のようにある。今回、天真会の吉田晶子事務局長による細かなご準備により、演武を中心に据えた7/1〜7/3の3日間、島根の各所を巡る事が出来た。そこで、今後、島根を訪れる機会のある方の参考にもなればと思い、現地情報を交えつつシンクロ体験をシェアしてみることにした。

7/1(金)は、『13の月の暦』のツォルキンだとKIN194(12・魔法使い)。早朝に家を出て、羽田からJAL277便に乗る。席は33Eで隣は丸山貴彦師範(KIN129=12・月=調波33の始まり)。私が過去に出雲を訪れたのは2002年1月14日(KIN116=12・戦士)の一度きりであり、丸山師範も東日本大震災当日のKIN77(12・地球)の一度きりらしい。今、こうして書いてみると全て「12(水晶)」で共鳴しているのが分かる。

丸山師範が出掛けに何気なく手にして、そのまま持って来たという新体道会報誌『楽天』のバックナンバーvol65(ツォルキンの全調波は65)は、2002年の発刊で、ちょうど私が出雲を訪れた年のものだった。中には当時の審査結果も掲載されていて、私が本科高等科、空手8級(実は未だにそのまま)に合格した記録もあった。

1時間余りで出雲縁結び空港に到着し、そこからレンタカーで市内に向けて移動。先に出雲入りしていた吉田倫子師範&望月ウィウソン師範に市内で合流する予定だったが、途中、青木先生が「ここに寄ってみよう」と促し、荒神谷遺跡へ向かう。古代ハスが一面に咲き乱れる美しい場所で、その奥の山の斜面に、大量の銅剣や銅鐸が発掘された当日の様子を再現した遺跡があった。
IMG_8056 (1) ★荒神谷遺跡古代ハス

1984〜1985にかけて出土した銅剣358本、銅鐸6個、銅矛16本は、島根県立古代出雲歴史博物館に保管展示されているが、実際に発掘された場所、つまり1000年以上前に埋められた場所を訪れる事が出来たのは、貴重な体験だった。今見ても、どうしてこんな場所に剣(祭礼用と言われている)を大量に埋めたのか、理由はよく分からないが、当時は特別な意味のある土地だったのだろう。
IMG_8052 (1) ★荒神谷遺跡の銅剣発掘跡地

その後、倫子&ウィウソン両師範と無事合流し、たたらの故郷・奥出雲へ。途中、雲南市木次町を通ったことで、2年ほど前に偶然手にして知った木次コーヒーの事を思い出す(ちょうど京都亀岡の出雲大神宮を訪れた直後で色々な発見が重なったので、当時の事は「出雲大神宮から杵築大社へー国道9号」という記事にまとめてある)。

気温がグンと上がった頃に「奥出雲たたらと刀剣館」に到着。スタッフの方が詳しく解説をして下さったのだが、青木先生が吉原義人さんの刀を持っている事や、翌日、出雲大社で奉納演武をする事を伝えると、俄然スイッチが入ってさらに熱が入り、是非たたらと関係の深い金屋子神社にも行ってみて下さい、と勧められたりした。
IMG_8059.jpg ★たたらの実物大模型(地下構造までわかる)

しかし、まずは奥出雲の自然に触れつつ涼も得られそうな場所ということで「鬼の舌震」へ。緑に覆われた渓谷に沿って巨岩、奇岩が多数見られるその場所は、遊歩道も整備されていて、気持ちの良い散策が出来たが、最初の吊り橋はかなり迫力があって、高い所が苦手な人の中には、渡るのを躊躇する方もいるのではないかと思えるほどだった。
IMG_5111.jpg ★高さ45mの吊り橋

その後、江戸時代にたたら吹きを製鉄を行っていた鉄師頭取の館「絲原記念館」に立ち寄ってから、金屋子神社へ。たたら製鉄と密接に結びついた大切な神社というだけあって、参道脇には出雲各地で採取された鉧(けら:鉄の塊)がいくつも並んでいる。ご祭神の金屋子神は、一言でいえば冶金に関する神様という事になるが、以下wikiからその謂れが書かれている所を引用してみよう。

「高天原から、雨乞いをしている村人に応えて、播磨国志相郡岩鍋にまず天降った。しかし、自ら、元々西方に縁のある神であるとの理由で、白鷺に乗って、西方の出雲国能義郡黒田奥比田(現 金屋子神社の社地)の山林に着き、桂の木にて羽を休めていたところを宮司の祖先である安倍正重が発見し、長田兵部朝日長者が桂の木の横に神殿を建立したという。各地で金屋子神は自ら村下(むらげ:鍛冶の技師長)となり、鍛冶の指導を行ったとされる。」

後日、たたらについて解説が書いてあった『図説 日本刀大全Ⅱ 名刀・拵・刀装具総覧』を調べてみたら、そこにも金屋子神社はしっかりと掲載されていた。また、戦後途絶えたタタラを復活させ、現在唯一操業されている「日刀保たたら」は、「奥出雲たたらと刀剣館」から数キロの場所にあり、現在も日立金属が深く関わっている事を刀剣館で教えてもらったが、本書には、当初、日立製作所が関係した事も記されていた。大学で金属工学を学び、日立製作所で働いていた父は既に他界しているが、こういう背景を知ると多次元的な縁を感じる。

現代の刀工が使う玉鋼(けらの中でも特に品質の良いもの)は、全て、この「日刀保たたら」で生み出されるものだし、既に江戸期には奥出雲はたたらの中心地と言える状況になっていたようなので、新刀時代の刀の大部分も、この地域で生み出された玉鋼から鍛えられた可能性が高い。やはりこの地は古来「日本刀」の故郷なのだ。

ちなみに、出雲大社での演武に使用するのは、播磨守忠國と鑑定された刀で、今は私が青木先生からお預かりしている状態にある。また、忠國は、江戸中期、肥前の国の刀工で、今回、丸山師範が使用する肥前国忠吉の忠吉とは親戚関係に当たる。「播磨守」というのは幕府許認可制の官名みたいなもので、播磨国とは直接関係無いのだが、それでも、播磨国から出雲国へとやってきた金屋子神の話をこのタイミングで知ると、無関係とは思えなくなる。さらに、たたらシンクロは続いて、金屋子神社を参拝した1週間後のKIN201にもこんな体験があった。

実家に届いていた鎌倉高校の同窓会会報誌『うしお』35号を捲ると、何と「鎌高のたたら製鉄」という記事があり、奥出雲についても触れられていたのだ。「奥出雲たたらと刀剣館」で受けた説明が、まだ生き生きとしている内だったので、大変興味深く読み進める事が出来た。実験を繰り返して「赤目砂鉄」「真砂砂鉄」のチタン含有量の違いが製鉄に影響することを明らかにし、鎌倉に見られる「赤目砂鉄」からの製鉄工程を確立しようと試みているようなので、今後の進展が楽しみである。
IMG_6351.jpg ★金屋子神社で天真五相

さて、話を奥出雲に戻そう。金屋子神社を参拝し、境内で天真五相を行った後、私たちは酒造奥出雲交流館という場所に立ち寄った。そこで、地元の方々と話していた先生が、近所にある亀嵩温泉という温泉を聞き出され、ひと風呂浴びて行こうという流れになった。玉峰山荘という立派な施設には、木彫りの亀の置物もあったりして、「宇宙の月」のトーテムが「亀」だと知っている私には絶妙なシンクロに感じられたが、結局、交流館で話していたおじさん達もお風呂に入って来て再会。当たり前のように色々な事が繋がって行く。

すっかり暗くなった帰路、玉峰山荘から県道に出る川縁にあった「ホタルの里」に寄ると、数は少ないものの時折スーッ、スーッと明るい光が移動するのが見える。地元の方によると最盛期は過ぎているとの事だが、温泉でサッパリした後に見るホタルの光は、何とも涼しげで嬉しい出会いだった。全行程、運転を引き受けて下さった関口師範には感謝の言葉しかないが、今も続けられている東北支援の折には、ほとんど休まずに運転することもあるらしい。

この日の宿泊は出雲市内のビジネスホテルだったが、私は207号室に泊まる事になった。KIN207(12・手)と言えば、マヤ長期暦が完了した2012年冬至の日付であり、その反対のパートナー(130キン離れた関係)は、丸山師範が出雲大社に参拝したという東日本大震災当日のKIN77(12・地球)である。「赤い地球」は古代マヤのカバンに由来し、カバンは「大地」を意味するが、転じて「動き」「生命力」「地震」などのニュアンスも含む。大地のマグマ(火のエネルギー)を彷彿させる「たたら」についての情報をたっぷりダウンロードした日に泊まる部屋として申し分ないナンバー。

この日からぴったり2週間後、真剣を受け取りに(&打ち合わせで)天真会事務所を訪れた帰り、丸山師範と西荻窪から中央線に乗って、私だけ吉祥寺で降りた瞬間、ホームでバッタリ会ったのは『マヤ暦が終わるのは、2011年10月28日だった!』でご一緒した翻訳家の白川さん(KIN77=12・地球)だった。互いに驚きつつ挨拶を交し、そのまま電車に乗り込むと、丸山師範(KIN129=12・月)と共に去って行った。マヤ長期暦の完了と東日本大震災が、どこかの回路(水晶ネットワーク?)を通じて繋がっているのを感じずにはいられなかった。
IMG_8058.jpg ★奥出雲たたらと刀剣館前のオロチ

スサノオが、出雲国において十拳剣でヤマタノオロチ(八岐大蛇)を切り刻んだ時、尾を切ると十拳剣の刃が欠け、中から大刀が出てきた。それが後に三種の神器のひとつとなる「草薙の剣(天叢雲剣)」である。そうした神話が生まれた地を実際に訪れてみて感じたのは、川の氾濫や、製鉄技術の渡来と発展が、物語に置き換えられて伝わって来たに違い無いという事だった。もちろん、神話には、シャーマニズム的な意味やヴィジョン等も混ざっていると思うが、歴史的な事実が全く関係無いとは流石に思えない。

いずれにしても、「聖なる剣」伝説の地において奉納演武をさせて頂けるというのは、何より得難い機会だと思いつつ、その日は眠りに就いたのだった。

『13の月の暦』の使い方

2016年07月15日 17:04

宇宙の月19日(G7/15)KIN208 黄色い宇宙の星(by D)

今日は、『13の月の暦』で13番目の「宇宙の月」、そして戦士のウェイブスペルの13日目の「宇宙の日」。月日で「銀河の音」が重なる「魔術の亀の日」は、今日が年内ラスト。しかも、13番目の「宇宙の月」のトーテムアニマルは「亀」 !

13亀新年「青いスペクトルの嵐の年」版TIMESCOREより

という訳で、その名称に「13」が含まれている『13の月の暦』の使い方を、改めて整理しておこう。この暦は、1990年代に米国のホゼ&ロイディーン・アグエイアス夫妻によって提唱された、新しい暦である。また、その使用目的と使い方は、以下のように明確かつシンプルなものである。

使用目的
・自然のリズムと同調する
・自分の時間(心)を取り戻す
・ものごとの繋がりや関係性に目を向ける
・意識を自由にする(エゴから自由になる)

使い方
・365日暦と260日暦という2つ暦を”共に”意識する
・毎日数え続け、色や数字が変化するリズムを体感する
・自分に起こる出来事とリズム(周期)の関係性を探る

以上の「使用目的」と「使い方」に沿うかたちで一定期間実践することが出来れば、自然と以下のような体験をするようになる。すなわち、心身が整い、感性が豊かになり、心がより平和になる。そして、テレパシーが活性化し、シンクロニシティは当たり前の体験となる。

アグエイアス夫妻から直に話を聞き、様々な次元で交流もし、20年以上実際に暦を使う中で、無数のシンクロニシティと驚きを体験し続けてきた立場で、「本当に大切なエッセンスは何か」を集約してみると、これで十分という事になる。あるいは、これだけは外せない要素、とも言える。

これらのエッセンスに沿って実践し続けた人の多くが、驚くべきシンクロ体験して、新しい世界に入るのを、私は繰り返し目にして来た。一方で、それを無視したまま、「毎日の意味」「人生の意味」「(人や職業についての)相性の良否」などに執着した使い方をした人が、勘違いだらけの「思い込みの世界」に入り、結局のところ、より不自由になってしまっているのも見続けて来た。

マヤ暦のしくみを参考にしている関係もあって(&商売のために嘘を教える人も多いので)、マヤ暦と勘違いされがちなのだが、『13の月の暦』で数えているツォルキンの日付も、用語も、意味合いも「マヤ暦」とは違うものだということは知っておいた方が良い(その違いを正確に知りたい方は『マヤのリズム』『銀河のマヤ』が参考になるだろう)。マヤ先住民に対する礼儀としても、無駄に散財しないためにも。

G7/26に「マヤ暦新年」と触れ回っている人がいたら、残念ながらその人も、ご自分が使っている道具(暦)がどういう由来を持ち、何のために使うものなのか?という、一番の基本を知らないのである。マヤ先住民の方々は、この日を元旦として祝ったりはしていないし、世界でこの日を新年として祝っているのは『13の月の暦』の使用者たちなのだ。

iPhoneやiPadを使っている方なら「KIN3D」という、便利な無料アプリが活用できるのだが、そのインフォメーションには、きちんとドリームスペル(Dreamspell)に由来するものだと書かれている。『ドリームスペル』は『13の月の暦』が最初に公式発表された時の形態であり、こよみ屋さんが出している「13の月の暦・手帳」に記されている殆どの情報も、この『ドリームスペル』から来ているものである。

『13の月の暦』が使えるようになるのに、難しい勉強をする必要は全くない。もともと誰もが持っているテレパシー感覚を回復させ、直感力を取り戻し、自然本来の状態になるのに、複雑な知識は必要はないのだ。

むしろ、絵やデザインや色の法則などにパッと気づけるよう、十分リラックスして考えすぎない方がいい。「文字」や「意味」にとらわれる人が中々使えるようにならないのは、自らの直感能力(気付く力)にブレーキをかけるようなやり方(知識や情報に頼る手法)で学習するからである。


新年「青いスペクトルの嵐の年」の始まりまであと11日。新しい年のビッグウェイブに乗ってみようと思うのなら、準備は事前に済ませておきたいもの。もちろん、一押しの時空サーフボードは「13の月の暦 TIMESCORE」(お求め先はコチラ)。文字情報を極力抑えることで、使用者の直感力とテレパシーを、最大限引き出せるようになっている。

それでも、「もっと色々知りたいんだ!」という方は、下記クラスへ。話せば早いというのも確か。ということで、皆さま良い年の瀬を!(笑)

【13の月の暦 銀河シンクロ教室】7/24(日) 上野毛
【13の月の暦元旦スペシャルコラボ】7/26(水) 横浜ナディア
◉【幸せの波に乗る「13の月の暦」の使い方】8/14(日) 神楽坂セイギーヒー

「Youは何しに日本へ?」に剣武天真流!

2016年07月10日 23:38

宇宙の月14日(G7/10)KIN203 青い銀河の夜(by D)

5月下旬に石川県の能登半島で行われた剣武天真流セミナー&輪島ツアーには、日本、フランスを中心に、60名余りの参加者があった(その様子についてはコチラへ)。それぞれ多様な文化的背景を持ちながらも、日本の伝統文化や武道、霊性に強い関心と敬意を抱いている人々が集まっただけあって、非常に豊かで実りある時間を過ごす事が出来た。
能登合宿
 能登松 ★剣武セミナーより

さて、その中で、イタリアから参加したNicoloとGiulianoが、テレビ東京の「Youは何しに日本へ?」のスタッフに成田空港で声をかけられ、3泊4日のセミナー&ツアー中、ずっと密着取材を受けていた。
重蔵神社 ★輪島重蔵神社での奉納演武

ゆっくりしたいであろう食事やお風呂の時間までカメラに追いかけられるのは、流石に気が休まらなかったんじゃないかと思うが、僅か10〜20分の放映のために、丸4日も付きっ切りで取材する制作スタッフの方も大変だなー、なんて思いながらその様子を眺めていた。
IMG_7900.jpg ★金沢駅前で最後の取材を受けるNicoroとGiuliano

その時の映像が、いよいよ明日7/11(月)の18:55〜20:00に放映される。公式サイトの予告編を見る限り、かなり面白おかしく編集されている可能性が高いが、剣武天真流の稽古や動き、雰囲気を知る良い機会でもあるので、このブログを目にした方は、是非、ご覧いただければ幸いである。宗家や他の稽古仲間に混じって、私もチラッと映っているかもしれない。

銀河のエージェント国会へ行く

2016年07月01日 18:24

■宇宙の月5日(G7/1)KIN194 白い水晶の魔法使い(by L)

エルサレムの旧市街にヴィア・ドロローサ(苦難の道)と呼ばれる道がある。十字架を背負ったイエスが、ゴルゴダの丘まで歩いたとされる1キロほどの道だ。参院選に比例代表で立たれた青山繁晴さんの姿を見ていたら、むかしイエスを偲んで歩いたその道が思い出された。青山さんをイエスと言うつもりは無いけれど、個人を捨てて生きる姿が重なってしまうのだ。もちろん聖書によればイエスは栄光の復活を果たす。

チベット・サポートに関わっていると、世の中の見え方が変わってくる。日本の大手メディアの呆れるほどの歪みっぷりを肌で感じてしまうのだ。メディアは本来、その名の通りメディア(媒体)であるはずなのに、スポンサーいいなりのお金儲け企業になってしまっている(まともなメディアももちろんある)。直接私たちが見聞きしたこと、チベット人の友人たちを通じて知り得たことは、中国に気を使ってばかりいるメディアからは一切聞こえてこない。そんな中で、チベット問題に限らず、
青山繁晴さんの知恵と勇気のある発言は以前からずっと注目してきた。

51rgLmZ9r3L.jpg ★壊れた地球儀の直し方(発刊日は2016年6月1日KIN164。私がパレンケのパカル王のピラミッドに登ってからぴったり20年。青山さんは政治献金は個人からも一切受け取らないそうなので、せめて著書を購入して応援。ちなみに、こちらの元本は、2004年6月青山さん52歳カレンダーラウンドの年にリリースされている。)

その青山繁晴さんが、今回比例代表から参院選に出ると知って最初は驚いてしまった。「政治家にだけはなりたくない」とずっと言っていたから。でも一方では、ついに決心された、この時が来てしまった、と思った。私は常々、青山さんが発信されていることは、今のダメダメな政治家の中には実現できる人なんていないんだから、青山さんご自身が政治の世界に入って実行するしかない、いつかまつりごとに出てくれることはないものかと密かに願っていた。でもそれはあまりにも勝手な願いだ。なぜならそれは青山さんに、(本来政治は人のために自らを捧げるボランティアであることを考えると)青山さん個人の時間を奪い人生を壊す覚悟を求めているのと同じだから。今回その決断をされた青山さんには、だから「頑張って欲しい」というよりは、感謝と尊敬と応援の思いしかない。

思いきり仕事をするためには、その仕事がちゃんと行える場に身を置く必要がある。だから(悪しきところが山ほどあるが)与党である自民党からの立候補というのは、実務を考えるのなら至極現実的な選択と言える。無所属や新党を立ち上げて当選したところで、国会で質問できるチャンスは巡って来ないのだから、たいした仕事などできない。それに、自民の中に突っ込んで行けば、当事者としてバサバサ党を改革する上でやりやすい面もあるだろう。何のために立候補するのかを考えれば、目的を果たせる場にいなければ。命がけで。

選挙はうるさくてかなわないし、政治に関していつも期待を持てないでいた私だけれど、そういうわけで今回はちょっと違う。それどころか「13の月の暦」的に見て銀河的に大きな意味のあるタイミングが巡ってきたことを感じている。

以下は、何故私がそう感じるかのメモ。

パカル王の墓が空いた日 1952.6.15 (KIN218)白い惑星の鏡
・青山繁晴さんのお誕生日 1952.7.25 (KIN258)白いスペクトルの鏡
(1951.7.26=白いスペクトルの魔法使い・ KIN154)

64(8×8)年後の今年、

・パカル王の墓が空いた日 2016.6.15 (KIN178)白い太陽の鏡
青山繁晴さんのお誕生日 2016.7.25 (KIN218)白い惑星の鏡
(2015.7.26=白い惑星の魔法使い・ KIN114)

ちなみにKIN114とKIN154は、ツォルキンのコア、中心の柱を挟んでぴったり並ぶ。
その差40はイニシエーションの数。荒野の40日、出エジプト・シナイ半島の40年。

もともと青山さんのお誕生日は7.25「時間を外した日」であるが、今年のお誕生日には、パカル王の墓が空いた日のKINが巡ってくる。52年に一度のことだ。パカル王の墓のオープンは、銀河的な知恵が解き放たれた意味を持つ。

ところで、
現在の参議院任期満了は、2016.7.25(KIN218)白い惑星の鏡で、
第24回参議院任期開始は、2016.7.26(KIN219)青いスペクトルの嵐。

つまり、もし青山繁晴さんが参議院の比例代表で当選したら、
13の月の暦の「時間を外した日」7/25に当たるお誕生日を、銀河の知恵を継承する状態で迎え(同じタイミングで現在の参議院は任期満了)、翌日の「元旦」7/26から、6年間に渡る新たな任務がスタートする。

ざっと上記のような巡り合わせだ。
銀河的には全てが揃うのは今のタイミングしか無い。

そもそも参院制度の始まりは、1947.5.20(KIN187)←「
霊性のアート」P187球状精神宇宙モデル。直近では、2016.6.24(KIN187)イギリスのEU離脱決定日で、大きな流れの転換ポイントだ。おそらく、パカル王の墓が空いた日(6.15)あたりのエネルギーが、安倍首相の電話で始まった出馬の要請が、もはや不可避であることを青山さんに受け入れさせたのではないだろうか(と、勝手に想像する)。

どうなるのかはわからない。でも、もし銀河の意思を私たち日本の有権者がきちんと受け止められれば、青山繁晴さんは、青いスペクトルの嵐の年のスタートと同時に、銀河のエージェントとして国会で仕事を始めるだろう。青の変容の力、スペクトルの解き放つ力、そして嵐の自己発生の力とともに。

FullSizeRender.jpg ★おまけ。こちらはプリンス(KIN60=ドリームスペルではパカル王)のDVD、プラネットアース。青山さんの本とジャケットが激似(笑)。

さて、参院選投票日は7月10日(KIN203)青い銀河の夜。その日二子玉川のラサさんを貸り切って、13の月の暦・タイムスコアのお茶会を開催します。よかったらご一緒にラサさんのテーブルで旬のお茶と時間をご一緒しましょう!(
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