ダ・ヴィンチのゴールドエクスペリエンス

2017年04月25日 00:36

惑星の月21日(G4/24)KIN231 青い惑星の猿(by D)

今日は『13の月の暦』で1年(52週間)の3/4に当たる39週目(第3四半期)が完了する日。この見方が習慣になったのは、1997~2013の16年間、ツォルキンと易を結びつけてDNAとヌースフィアを再活性化させるツール『時間の法則の20の銘板』をプレイしてから。GWの【銀河のマヤ時間フェスティバル】で久々に取り上げるので、関心のある方は実物(ホゼ手書きのカラーコピーも一部公開予定)に触れられるこの機会をご活用いただければと思う。

さて、今日は「惑星の月」の「青い惑星の猿(KIN231)」ということで「銀河の音」が重なる「魔術の亀の日」でもあった。さらに、L(KIN231)の79回目の銀河の誕生日とレオナルド・ダ・ヴィンチの565回目の誕生日がシンクロするというスペシャルデイ!

ダ・ヴィンチの誕生日がLのKINとシンクロするのは52年に一回だから、ひとつ前の同期には『13の月の暦』がこの世に存在していなかったし、52年後は違う次元に飛んでる可能性が高いから、おそらくは生涯1回きりの出来事。当然、79回目の誕生日との同期、というのは完全に1度きりである。

「青いスペクトルの嵐の年」最初の記事【パレンケとダ・ヴィンチが「青いスペクトルの嵐」を呼ぶ】の最後にメモを残した通り、ダ・ヴィンチの生涯は、ユリウス暦をグレゴリオ暦に変換して計算すると、以下のようになる。
生年:1452年4月24日、KIN186(4・世界の橋渡し)
没年:1519年5月12日、KIN219(11・嵐)

本屋 
上記の本屋の写真は、ちょうど231日前にフィレンツェを発つ日の朝、宿泊先の目の前で何となく撮影したもので、帰国後、色々と調べる中で、ダ・ヴィンチが住んでいたまさにその場所だと判明したところ。

79.jpg 
その前日(KIN259)、つまり232日前に訪れたウフィツィ美術館では、No79の部屋にダ・ヴィンチの絵(受胎告知など)が集められていた。まさか、今日という日に、こんな形でこの数字が響いてくるとは思わなかった。おまけに、565-232=333 という関係も発見。

KIN259(G9/4)のサイ時間はKIN26で、美術館を訪れた時のLの「運命の道筋」と一致していた。その日、4日前に訪れたばかりのヴァチカンでは、マザーテレサが聖人に列せられる式典が行われていたのだが、翌日、つまり本屋(=ダ・ヴィンチが住んでいた場所)の写真を撮った日は、マザーの死後19年に当っていた。79も219も259も「青い嵐」に置き換えられる数だが、「嵐」の紋章コードNoは19である。

そう言えば、今日から4日前に『レオナルド・ダ・ヴィンチ 美と知の迷宮』という映画を見た。そこから1銀河スピン+1週間前、つまり「青いスペクトルの嵐の年」の2日目KIN220に『レオナルド・ダ・ヴィンチの謎』の著者による来日講演会を聞いた。先に挙げた【パレンケとダ・ヴィンチが「青いスペクトルの嵐」を呼ぶ】は、その翌日のKIN221に書いたものだったが、当時はまだ、それがミケランジェロの誕生キンだとは気づいていなかった(と思う)。

ダ・ヴィンチに関する新しい本を手に入れた日からぴったり5週間後に、彼が過ごした街フィレンツェを訪れ、ダ・ヴィンチに関する映画を観た日からぴったり5週間後に、再び同じ街を訪れる事になるとは、意識して行っている訳ではないだけに、不思議な(しかしある種の規則性がある)現象である。

不思議といえば、今日もまた、上記の発見以外に日常生活の中で驚きがあった。日中、諸用で自由が丘に行き、途中でメガネドラッグの超音波洗浄機を見つけた私は、喜々としてそれでメガネを洗浄をしていた。この装置、よく汚れが落ちるので重宝しているのだが、二子玉では見かけなくなって久しく、久々の再会を喜んでいたのだ。

使い終わって、「やっぱり綺麗になるなー」とLに向かって興奮気味に話していると、一人の中年男性がこっちを向きながら「オバラ!」と言っている。確かに私に向かって言っているのだが、誰だか分からず「確かに俺に向かって言ったよな…」と心の中で呟いていると、「◯◯だよ」と名乗るのとほぼ同時か少し前くらいに、あ!と分かった。何と中学時代の同級生K君であった。

この前後の感覚は非常に不思議で面白いものだったので、少しメモしておきたい。実は、メガネ店への道すがら、自由が丘で開業している医師のTさんの事を思い出していた。同じく中学の同級生だったTさんとは、何年か前の同窓会で顔を合わせていて(K君ともその時会っている)、自由が丘で開業した時に、気に入って購入してくれたLの書作品を納品に行った事があるのだ。

さらに、つい数日前、FBで面白い記事をUPしているのを見かけて「いいね」をしたばかりでもあった。だから、K君とばったり会う直前、頭の中では中学時代の記憶回路(ユスア)がある程度活性化していた状態にあったのである。それでも、一瞬、「誰だ?」と思ってしまったのは、思いがけない場所で全く予期していない人物に出会ったからだろう。

それにしても、K君はよく私だと分かったものだ。何よりそれが不思議で「どうして分かったの?」と聞いたら「変わってないから分かるよ」との事。まあ、数年前に一度会っているから、その時からはそんなに変わっていないかもしれないが(K君も変わっていなかったが)、それでも、同級生らしき人物を見つけて、パッと声をかけられるか?と問われると、あまり自信はない。とにかく、声をかけてくれたことで、今日がさらに面白い日になったのだから、彼には感謝せねばなるまい。

彼はそのメガネ店に用事があったようで、店の前で少し立ち話をして別れたのだが、その直前、気になって誕生日を聞いてみたら、G3/19で誕生KINはKIN200(5・太陽)であった。3日前のプリンス(8・太陽)の命日に、『the gold experience』というアルバムの中の319という曲を耳にしていたので、これもちょっとした驚きであった。

上記の通り、今年(青いスペクトルの嵐の年)はイタリアの風が吹き続けているが、ジョジョ第5部の舞台はイタリアで、主人公ジョルノのスタンドは、このアルバム名から取った「ゴールドエクスペリエンス」でもあるのだ。そして、319という曲は、そのアルバムの8曲目に収録されている(5と8の太陽はここにつながる)。

この驚きの再会の直後に見た車のナンバーは204で、今日のサイ時間、そしてニコライ・レーリヒとシンクロ。という訳で、第3四半期も驚きに満ちて終了とあいなった。明日から最後の13週間が始まるが、どう展開していくのかがまた楽しみになった。

BEPPU☆くにさち、そしてエスビジへ!

2017年04月16日 15:37

惑星の月13日(G4/16)KIN223 青い月の夜(by L)

志賀島と九州本土は「海の中道」という巨大な砂州で結ばれている。天然の白砂の道とでも言ったらわかりやすいだろうか。その姿を飛行機の窓から初めて目にした時、その美しさに息を飲んだ。「モンサンミッシェルのよう!」(・・・とつぶやいたことが、後々のミケランジェロシンクロの流れを加速させたが、それはまた改めて)。

中州の北は玄界灘、南は博多湾。二つの海の表情は全く異なり、何とも神秘的な光景だ。真珠の様に浮かぶこの島に、古くは数百ものお社があり神の島と称えられてきたという。志賀島全体が神社とすると中州は参道だ。

さて、小崎先生の運転で志賀島を後にした私たちは、その中洲を通って福岡駅までお送りいただいて、そこからJRで旧友、あまちゃんの待つ別府に向かった。

531c6b83_original.jpg ★ BEPPU☆くにさちのリビングルーム。

彼女は数年前に東京から移住し、現在は別府市内で「BEPPU☆くにさち」というご機嫌なリトリートゲストハウスを営んでいる。宿泊だけでなく彼女のロミロミもカードセッションも受けられるし、別府案内もアレンジしてもらえるという、オリジナルな旅を求める方にはうってつけのお宿。あまちゃんは、もともと人懐こくて親切で笑顔が最高に可愛くてナイス。手間暇かけることを惜しまない、至れりつくせりの人。それに、ひょうきん。あまちゃん自身がこの宿の最大の売り物と言って良い(笑)。

お部屋は「Airbnb」からも予約可能です。 レビューを読んでみてくださいよ。世界各国からのゲストたちが、彼女のおもてなしに大喜びなことが伝わって来る。あまちゃんに迎えられたせいで、ゲストたちは日本や別府が大好きになったであろう。

さて、福岡から別府まではソニック号で約2時間の旅。着いたらちょうど夕食時だ。駅で迎えてくれたあまちゃんと一緒に、彼女一押しのディープなお店でお食事。このお店、絶対に自分たちでは発掘できない。迷路の様なあの場所は再訪もできない。東京にあんなお店はないし、だいたい別府っぽくもない。ただ、恐ろしく美味しいものを頂いた記憶が焼き付いているので、絶対にまた連れて行ってもらおう。なんとなく、別府って外国みたいだなと思ったよ。

夕食を終えて、サクッと温泉に寄りみち(気軽に色々な温泉に行けてしまう別府の温泉事情は本当に羨ましい!)し、
「BEPPU☆くにさち」の温かなゲストルームで爆睡。このお部屋はあまちゃんの愛猫ミーちゃんのお気に入りらしく、きれいに整えられたフカフカの羽布団のド真ん中に、猫型の可愛いヘコミが2つ作られてた(マーキング?笑)。

今春、あまちゃんはパートナーの桜井さんと一緒に「SAKURA BEACH GARDEN(エスビジ)」という夢のようなゲストハウスをオープンさせた。エスビジは、山を背にして目の前に広がる別府湾と、桜の庭に包まれたとてもステキな場所にある。妖精の導きがなければ絶対にたどり着けない別世界です。

 SBG  ドッシーと  ★エスビジの目の前は海。ガーデンにはドッシーくんというお馬さんもいます。

東京から移住した彼らは、別府の良さや魅力を、多分地元の方々より熟知しているのかもしれない。なぜなら、彼らは外から来た人にしかわからない「旅人の目」を持っているからだ。ゲストハウスでは、ホテルとは一味も二味も違った豊かな時間を過ごせること間違いなし。「SAKURA BEACH GARDEN」は貸切も可能だそう。別府湾独り占め、いかがですか?

あまちゃんとこうぞ 長崎鼻 ★妖精の様なあまちゃんとミツマタの花。そして長崎鼻。どちらも満開!

翌朝、あまちゃんの作る美味しい朝食をいただいた後、国東半島の冒険にGO!山深く分け入って、星々の様に輝くミツマタの花やミツマタの甘い香りに酔いしれ、夕方まで国東でたっぷり遊んで、大分空港から帰途に。これにて2017春の九州トリップ完。

あまちゃん、桜井さん、ありがとう。また会いに行くよ。
そして大好きな九州のみなさん、本当にお世話になりました。
心からありがとうございました。

★関連ブログ
「食游眠」ふたばの園の幼な子へ」
「君が代」発祥の地・志賀島へ
「龍の都「志賀海神社」での白龍遊天」
「春分・志賀島のワカメ体操」
「東風吹かば にほひおこせよ 梅の花」





銀河のマヤ時間フェスティバル

2017年04月09日 23:39

惑星の月6日(G4/9)KIN216 黄色い銀河の戦士(by D)

【銀河のマヤ時間フェスティバル】開催!(G5/4)

21年前に『時空のサーファー』を通じてマヤの時間世界に触れた私は、その3ヵ月後、著者のホゼ・アグエイアス氏と監修者の高橋徹氏に出会い、一気に『13の月の暦』の世界へとのめり込んで行きました。それが単に日付を数えるための暦ではなく、人々の意識に深い影響を与え、環境や平和の運動にも繋がる周波数変換装置のようなものだと実感したからです。実際、使い始めてからのシンクロニシティ体験は圧巻で、「信じられないような日々」が20年以上も続いて今に至っています。

tzolkin-timescore_201704092332132cd.jpg 

その理由はいくつか考えられますが、第1に、提唱者であるホゼ&ロイディーン・アグエイアス夫妻に会い、何が本質なのかを直接何度も聞いている事。第2に、彼らの殆ど全ての著書や資料の翻訳をされ、通訳もしていた高橋徹さんからも色々と教えて頂いた事。第3に、日本語版が制作された銀河文化ツール(銀河マヤの時間科学の教材)の全てに制作スタッフとして関わった唯一のメンバーで、ひと通り実践もして来た事が強く関係していると思われます。

IMG_9551.jpg ホゼ・アグエイアスのコラージュ作品

今となっては、私と全く同じ体験をする事は不可能ですが、それでもソース情報に直に触れ、その内容と要点を把握している者から直接話を聞けば、より本質的なものとダイレクトに繋がる事は可能です。来るGWの「みどりの日(G5/4)」にそのチャンスは巡って来ます(ちなみに「時間をはずした日」は当初「みどりの日」と呼ばれていました)。その名も「銀河のマヤ時間フェスティバル」。

プログラムは以下の通りですが、実際にツールに触れながら、あれこれと自由に遊んで行くスタイルを考えているので、時間割もあくまで目安と思って頂ければと思います。ただ、最も理解しやすい順に並べてあるので、順番自体を入れ替える事はありません。

◆5/4(KIN241)13:20〜19:00 (入退場自由、質疑自由)
13の月の暦』        13:20〜14:20(初心者はここから参加して下さい)
テレクトノン』     14:20〜15:20
〜休憩〜
ドリームスペル』    15:30〜16:30
『時間の法則の20の銘板』 16:30〜17:30
〜休憩〜

『7:7::7:7』        17:40〜18:20
質疑と交流         18:20〜19:00

これらのツールは、カンパとボランティアにより制作され、無償配布されたものですが、既に公式窓口からの配布は終了しているため、今回は私達の手元にあるツールを用います。どのツールも実際に動かしながら解説し、どんな質問にも可能な限りお答えします。暦本来の性質からすれば、この会もカンパ制にするのが相応しいのですが、長年の活動経験からカンパ形式の難しさを実感しているのと、20年以上の実践経験が無ければお伝え出来ないことを共有するという面を考慮し、一律で参加費を頂くスタイルにしてあります。


IMG_5223.jpg ホゼ・アグエイアスのコラージュ作品

一度でも、実物のツールで動きや背景を把握しておけば、「13の月の暦・手帳」(こよみ屋刊)にある図でも、かなり深い実践が可能となるでしょう。銀河マヤの時間科学を、統合的かつ一気に把握できる非常に貴重な機会です。どうぞ驚くべきシンクロ世界への入口を体験しにいらして下さい。どなたでもご参加いただけますが、特に初心者を歓迎します。


《*ご注意》日本で「マヤ暦」と喧伝されているものの殆どは、特定の個人(何名か)が『ドリームスペル』情報を盗み、占い&セミナー商法用に勝手に改変した代物で、中米地域のシャーマン達が使っているマヤ暦でもなければ、『ドリームスペル13の月の暦)』でもないというまがい物です。本当の事や背景を正確に知りたい方は『
マヤのリズム』に根拠と経緯がまとめてありますので、参考になさって下さい。先入観を排して自分で調べる方なら、遅かれ早かれ、いずれ真実に辿り着きます。

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【銀河のマヤ時間フェスティバル】
日 時:5/4(祝)13:20〜19:00(入退場自由)
会 場:東急大井町線上野毛駅徒歩5分(お申込の方に詳細をご案内します)
定 員:16名(定員になり次第締切ります)
参加費:5,500円(一部参加、通し参加に関わらず一律)
内 容:『13の月の暦』『テレクトノン』『倫理プロジェクト』『時間の法則の20の銘板』『7:7::7:7』

講師:小原大典(KIN241)
時間芸術学校クリカ主宰。アグエイアス夫妻が唱えた「13の月の暦に替える平和の運動」に賛同し、銀河マヤの時間のツール『ドリームスペル』『テレクトノン』他の日本語版制作・配布に深く関わる。著書に入門書『宇宙の暦は13ヵ月』『霊性のアート』、江本勝氏との共著『銀河のマヤ、聖なる時の秘密』等がある。

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★お申込み方法
お手数ですが、下記の3項目をコピー&ペーストなさり、必要事項(※)をご記入の上、必ず事前に
メール(←クリック)にてご本人がお申し込み下さい。その際、お申込みメールのタイトルを【時間フェスティバル】として下さい。追って受付メールを返信いたします。

【お名前】
【〒ご住所】
【お電話(携帯)番号】

*お寄せ頂いた個人情報はいかなる場合においても外部へ漏らす事はございません。
*敏速な返信を心がけておりますが、通信事情等により、ごくまれにメールが届かないケースがございます。 お申込をお送り頂いた後、2日間経ってもこちらから返信が届かない場合は、 大変お手数ですが、再度メールをお送り頂けますようお願いいたします。
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お願いとご注意
@yahoo.co.jpのアドレスからクリカにメールをお送り頂く場合、残念ながらこちらに届かないケースがあるようです。恐れ入りますが、できるだけ他のアドレスからお送り頂けると幸いです。携帯メールの方は、こちらからの返信メ-ルが届く設定にしておいて頂けますようお願いします。また、ezwebの方は、設定に関わらずこちらからのメールが届かないことがありますので、返信が無い場合は、お手数ですが、別なアドレスからお問い合わせ下さい。

「食游眠」ふたばの園の幼な子へ

2017年04月08日 17:21

惑星の月5日(G4/8)KIN215 青い共振の鷲(by L)

志賀海神社での、Dによる剣武天真流の奉納演武と、書「君が代」奉納を無事に終え、小崎先生自ら運転してくださる車でふたば幼稚園へと向かった。園では子供たちやご父兄の方々が私たちの到着を待ってくれている。ふたば幼稚園の子供たちに捧げた書・「食游眠」のお披露目・掲額式のためだ。

1食遊  2志賀島 

話を昨年の夏に戻そう。始まりは一冊の本だった。シャンバラ教室生の亜久理さん(通信クラス)が、毎月の書の練習作品とともに「奇跡の幼稚園メソッド*」という本を送ってくださった。彼女の地元、志賀島で幼稚園の園長をお勤めになるお母さまの、リリースされたばかりのご著書だという。

その日の夕方、帰宅したDがテーブルの上の本を一目見るなり(彼にはまだ何の説明もしていないのに)、「おぉ!この本はすごい!!どうしたのこれ!!!」と最大級の大騒ぎ。Dには特殊なセンサーがあり、大切な本かどうかが読む前にすっかりわかってしまう。本を手に取るなりものすごい勢いで読み始めて大絶賛!その尋常ではない様子に、私もうかうかしてはいられるものですか(笑)と、 Dに続き、気づけばすっかりこの本の世界観と、そして遥か博多湾に浮かぶ志賀島に魅了されていた。

(*この本には書かれているのは本当に大切なことだらけだ。子育て中の方々だけでなく、日本に生きる全ての大人たちが今読むべき本だろうし、読んでほしいと願う。私たちの人生が豊かに変わるから。自分の生徒のお母様の著書だからということでは決してない。このブログを読んでくださっている方々にも、心からご一読をお勧めする。)

ちょうどその頃私は、天真書法塾の無鑑査師範として大きな舞台(アートコンプレックスでの発表会)に展示するための、8尺の作品を制作する得難いチャンスを頂いていた。そのために、実は既にとある禅の言葉を選び制作を始めていたが、この本に出遇えた衝撃に、それまでに準備していた全ては一気に吹き飛んでしまった。あと50年若かったら私はこの幼稚園に通いたい!私はこの本の言葉を書くぞ!と。

書とは言葉に込められた精神性を書く芸術と信じる私にとって、今、胸が震える様なこの感動を書かないとしたら私は大馬鹿者だ。小崎先生のご著書の中から「食遊眠」という言葉を選び、完成の暁には志賀島の子供達に届けたいと願いながら作品制作に入った。晩夏に、予定していたフィレンツェの旅から戻ると、そこで得たインスピレーションもフル動員させて脇目も振らずに作品を仕上げた。大きな作品を書くための会場を確保し、ほぼ毎日、家出人と間違われそうな大荷物で会場と家を往復したのも楽しい思い出だ。

晩秋。チベットサポートNPOクリカの活動のためのネパール出張から戻って一週間後、天真書法塾発表会の日がやってきた。小崎孝子先生と幼稚園のY先生、そして将来、志賀海神社の神職をお勤めになる平澤幸興さん(安曇一族の末裔の方)が揃って会場にお見えになり、仕上がった書を見ていただけた時の喜びは言葉で表現することはできない。小崎先生に、いずれ、書と一緒にふたば幼稚園にお伺いさせていただくことをお約束した。

そして、沢山のシンクロに導かれて、ベストなタイミングでその日はやってきた。作品を掛けていただく予定の場所は、ふたば幼稚園の階段室で常に人が行き交うため、設置方法として掛け軸のままでは適さない(多分すぐに破損してしまうだろう)。かといって額装では(この場合の様々な条件からいうと)安全上の問題で絶対にお勧めできない。何しろ高さ3メートルもあるのだ。万が一にも、地震などで数十キロものアクリル板や額が壁から落ちることがあってはならない。展示方法をいろいろな額装屋さんに相談するも、その大きさのものは対処したことが無いし、自分のところでは出来ない、作れないという。しかし、そんなことで引き下がるわけにはいかない。ベストな設置方法を見出すべく色々と検討を重ねた結果、以前からお世話になっている渋谷の掛け軸屋さんの佐河さん(KIN55)と清水さんからのご提案で、日本古来の方法によるパネルの製作に、ようやく解決の糸口を見た時には安堵した。こちらの無理難題のリクエストにも嫌な顔一つせず、「職人魂に火がついた!」とおっしゃって全面協力してくださった。つくづく、信頼できるプロの方々に支えられていることに感謝した。

3園長先生と設置前 4足場で取り付け    5設置終了 
★作品との対面に歓声をあげられる小崎先生。前日から地元の工務店によって足場を組んていただいた現場に、設置当日は、朝一の飛行機で東京から佐河さんと清水さんが飛んできてくださり、夕方までかかって作品の組立取付を無事に完了。お忙しい小崎先生も、ご予定を返上して現場で全てを見届けてくださった。

7入り口

設置の翌日がいよいよ掲額式。志賀海神社の権禰宜の平澤さん、Dとともに会場に入ると、この春の卒園児(元つきぐみさん)たちと、園児(新つきぐみさん)たち、ご父兄の方々、職員の方々が熱い気持ちで迎えてくださった。会場を見渡すと空間の隅々にまで私たちを歓迎してくださる気持ちが満ち満ちていた。この日のために、小崎先生をはじめ幼稚園の職員の方々が時間を掛けてご用意くださっていた何もかもがありがたくて、身にあまる光栄とはまさにこのことだった。

園長先生お話 6歌う子供たち2 
★掲額式。小崎先生のお話に続いて子供達の合唱。子供達の上履きが爪先まで真っ白だったことにも胸が痛くなるほど感動した。元気な歌声が今も胸に響いてくる。

幼稚園時代の楽しい思い出は私にもある。しかしその幼稚園が、都会のちょっとお勉強型の幼稚園ではなく、古い歴史と美しい自然に恵まれた幼稚園だったとしたら、生涯誇れる特別な宝物になるだろう。「人生のスタートの時に、ふたば幼稚園に通っていたことがどれだけ素敵なことだったのか、いつかきっとみんなにもわかる時がくるよ」と子供たちに挨拶した。小崎先生から突然にご挨拶をリクエストされた志賀海神社の神職の平澤さんも、とても素敵なお話をしてくださった。志賀島の神様に成長を見守られる子供達は幸せだ。「いっぱい食べて・たくさん遊んで・ぐっすり眠る」園長先生のお言葉もずっと子供たちを守るにちがいない。志賀島のふたばの園から素晴らしい人たちが豊かに幸せに育ってゆくことを日々祈念している。

8給食 ★給食の食器は、落とせば割れる陶器。食事の中で食器の扱い方も学んでゆく。

掲額式の後は、幼稚園の美味しくて心身に良い給食(全て美味しかった!特に白和えが美味しくてお代わりしたほど!)とデザートのシフォンケーキを堪能させていただいて、ふたば幼稚園を後に。帰り際、園庭を行くと、園舎の中から「らんぜんせんせい、さようならーーー!」と可愛らしい声が聞こえてきて、ますます名残惜しく、また近いうちに伺わせていただこうと誓った。再び小崎先生の運転で福岡までお送りいただき、旧友の待つ別府へと向かった。(つづく)

私たちの知らないところで、本当にたくさんの方々がこの日の準備のために奔走してくださったことは想像に難くない。関係者の皆様お一人お一人にこの場を借りて心からのお礼を申し上げる次第です。小崎先生とふたば幼稚園に少しでもご恩返しができることを、これから私の歓びとしたいと思う。(なお、「食游眠」の游は、志賀島が海に浮かぶ島であることから、遊ではなく、サンズイの游といたしました。)

MEMO
★「奇跡の幼稚園メソッド」発刊日は、2016年7月21日(白い惑星の魔法使いの年KIN114/白い律動の魔法使いKIN214)
★ちょうど1スピン後の昨日はふたば幼稚園で始園式、新年度のスタート。(青いスペクトルの嵐の年KIN219/白い律動の魔法使いKIN214/ PCU白い惑星の魔法使いKIN114)
著者の小崎先生も白い魔法使いなので、ふたば幼稚園はつくづく魔法の幼稚園である。
★同じ日(白い律動の魔法使いKIN214)、外尾悦郎さんの本が福岡から届く。(発刊日は2016年12月25日KIN111)

★関連ブログ
「君が代」発祥の地・志賀島へ
「龍の都「志賀海神社」での白龍遊天」
「春分・志賀島のワカメ体操」
「東風吹かば にほひおこせよ 梅の花」




「君が代」発祥の地・志賀島へ

2017年04月05日 23:47

惑星の月2日(G4/5)KIN211 黄色い自己存在の人(by L)

何から書いて良いかわからないほど色々な物語が同時進行しているけれど、まずはここから書き始めよう。

春分の翌日、九州福岡の志賀島に書の作品を二点納めさせていただきました。
志賀海神社様に「君が代」を。そしてふたば幼稚園様に「食游眠」を。

志賀海神社に奉納させていただくこととなった「君が代」は、もともとは天真書法塾の師範として、2016年ポーランドのトルン博物館で行われた展覧会への出品の機会を得て制作した作品だ。展覧会のタイトルは【日本発祥の書体による書道展】という(文字の歴史を考えるのなら)ちょっと不思議なものだった。

「日本発祥の書体………?」

何を書くかを決める時には、インスピレーションがやってくるのを待つ。
この展覧会で求められていた書体のジャンルには、かな、墨象、刻字など幾つかあり、その中には前衛書という項目も見つけられた。よし、ならば今回は迷わず前衛だ。前衛書からエントリーし(外国の博物館への出展作品ということもあり)日本語を母国語としない方々にも楽しんでいただけるよう、自由な(前衛的な)表現で書かせてもらおうと決めた。日本発祥の書体ということであれば、私が発祥でも良いはずである(と限りなく拡大解釈をして)。しかし書のテーマとなるものは、広く共有できるオーソドックスなものが良い。私は日本の国歌「君が代」を書題に定め、副題をEternal Peaceとした。永遠の平和、そして目には見えないけれど、時空を超えて連綿と繋がる、私たちを育み包んでくれている何かを「君が代」の言葉をモチーフに描きたかった。私にとって、書とは言葉に込められた精神性を書く芸術だ。2016年夏の終わり頃、完成した作品はポーランドへと旅立った。

奉納当日の様子はDによる「龍の都「志賀海神社」での白龍遊天」に詳しいのでそちらをご覧いただければと思う。ここでは、なぜこの書を志賀海神社に奉納させて頂くに至ったかの経緯を書いておきたいと思う。

きっかけは、天真書法塾シャンバラ教室のメーリングリストで私の生徒たちに、この書の写真を紹介したことだった。それを見た教室生の亜久理さんが、「君が代」の発祥は彼女の地元・志賀海神社とされていることを教えてくれたのだ。不勉強な私は、作品制作時には志賀海神社のこともよく存じ上げなかったが、もしポーランドから作品が戻ったら志賀島にお持ちしたいと、その時、淡い憧れの気持ちを抱いた。その後、亜久理さんのお母様であり、ふたば幼稚園の園長である小崎孝子先生が、志賀海神社とのご縁を繋いでくださり、今回の奉納があっという間に決まった次第である。実はポーランドからいつ作品が戻るのかは知らされていなかったのだが、戻ったのは奉納の割合直前で、私の手元にちょうど13日間だけあり、そして志賀海神社へ帰って行った(という表現がぴったり)。

奉納の当日、大きな日の丸が掲げられた社務所の和室で、書軸を箱から取り出し、初めてお会いする権禰宜の平澤さんはじめ、居合わせた皆さま方に「君が代」を見ていただいた時の様子は忘れることができない。しかしこの時は、奉納が行われる社殿への移動を控え、時間がタイトだったこともあり、ご挨拶と記念撮影が精一杯。感謝の気持ちも作品の背景も十分にお伝えできたとは思えないので、志賀海神社に、いずれゆっくり参拝したいと思っている。

志賀海神社3 

ふたば幼稚園園長の小崎孝子先生、権禰宜の平澤さんと日の丸の前で記念撮影。ポーランドも日本も国旗は紅白2色。書の中に昇る朝日を出現させたかったので、落款印は鳳凰が彫り込まれた丸いものを選び太陽にみたてた。平澤さんが遥拝所からの日の出の風景の様だと話してくださりとても嬉しかった。(余談であるが、2016年7月にはローマ教皇フランチェスコが、そして9月にはダライ・ラマ法王14世が、それぞれポーランドを訪問されていることもメモしておこう。)

金沢の美味しいお菓子とお茶をいただいたあと、奉納のため、再び箱に収めた書軸は三方に載せられて社殿へ。私たちも後へと続いた。

かくして10時より、志賀海神社正式参拝とDによる剣武天真流演武奉納を滞りなく終え、
いよいよ、11時より予定されているふたば幼稚園での掲額式へと向かう。
何が起こっているのか、意識はとても静かではっきりしているのだけど、別の次元にいる様でもある。(つづく

志賀海2 

★当日の奉納の様子は「龍の都「志賀海神社」での白龍遊天」を参照されたい。
★関連ブログ
「春分・志賀島のワカメ体操」
「東風吹かば にほひおこせよ 梅の花」

以下は自分用メモとして。今日KIN212は2015年11月1日フィレンツェのサンタマリアデルフィオーレ大聖堂で、外尾悦郎氏作の説教壇の仮設置が行われ一般公開されたKIN。この日の平澤さんとの出会いによって、もう一つの物語が活き活きと進行中であることを書いておこう。

龍の都「志賀海神社」での白龍遊天

2017年04月05日 05:13

惑星の月1日(G4/4)KIN211 青い電気の猿(by D)

春分の夜に見た天気予報では、3/21の午後には雨が上がるようだったので、夜のうちに雨雲が過ぎてくれる事を願っていたが、起きると外は殆ど暴風雨の様相。強風に乗って滑空するのを楽しんでいるかのような海鳥達を眺めながら朝食を頂く。流石に演武を控えているので、思わず箸が進みそうになるのをこらえ、少しの量をゆっくり噛んで頂く事にした。

小柄な女将さんは、「満帆荘」を訪れた著名人のことや、地震で被災した後に再建を決意した経緯について、気さくに話して下さる方なのだが、私達が共に受け取ったのは「多分、魔法が使える方」という印象だった。それが何を意味するのかは、実際に「満帆荘」に泊まって体感してみて欲しい。分かる人には分かると思うし、何のことやらという方でも、素晴しい宿なのは分かるだろう。

演武用の格好に着替え、幾分降りが弱くなった頃、ふたば幼稚園の小崎先生が迎えに来て下さり、真っ赤な77-77の車で志賀島877という住所にある志賀海神社へと向かった。『13の月の暦』のツォルキンで、この日は「赤い月の地球」。サイ時間も「赤い銀河の地球」、そしてKIN77は「赤い水晶の地球」。「赤い地球」のキーワード「舵取り/発展させる/共時性」を意識せずにはいられない。

御潮井(清め砂)を左、右、左と軽くふり清めてから境内に入る作法は初めてだったが、歴史の流れから見れば、これが清めの原形的なスタイルなのではないかと思う。志賀海神社の歴史や詳しい背景については、公式サイトをご覧いただくとして、以下にその冒頭部分を引用しておこう。

”古来より「海神の総本社」「龍の都」と称えられ、玄界灘に臨む海上交通の要衝である博多湾の総鎮守として志賀島に鎮座し、信仰されている志賀海神社は、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)の禊祓によってご出生された綿津見三神を奉祭しています。”

社務所に到着し、権禰宜の平澤憲子さんにご挨拶。小崎先生のご紹介で2/25(KIN173)に電話でお話はさせて頂いていたし、ご子息の幸興さんとは昨年11月末にアートコンプレックスで行われた天真書法塾発表会の会場でお会いしてもいたが、ご本人にお目にかかるのは今回が初めて。しかし、最初からシンクロの嵐で、その場にいたメンバーはただただ驚くばかり。

中でも、蘭禅が奉納した書「君が代」の軸を広げた時が最も盛り上がった瞬間だったが、その件については、別途本人が報告する予定なので、ここでは別なシンクロをシェアしておこう。一つは、スペインの伝統菓子「ポルボロン」について。日本では二子玉川にしか出店していないお店のものをという事で、心ばかりの手土産としてお持ちしたのだが、平澤さんがことのほか喜んで下さったので、その理由をお聞きすると、「20年以上も前にスペインのお土産で頂いて、その食感や味が忘れられず、どこかで手に入れられないものかと、ずーっと探していたんです」との事。

そんな風に言って頂いてこちらの方が嬉しくなってしまったが、前後の文脈や反応から、決して社交辞令でそう答えて下さった訳ではなさそうだった。思えば、もう一つもスペイン絡みの話だったが、その件で最も驚いたのは多分私達だったに違いない。実は、平澤さんと電話でお話した前後に、ネットで志賀海神社の事を調べていて、平澤さんが福岡女子大のご出身だと知った。

一方、2011年にバルセロナを訪れる前から注目し続けていたサグラダファミリア主任彫刻家の外尾悦郎氏が、この春、福岡女子大の客員教授に就任される事をLがニュースで見つけていて、G1/6(KIN123)に特別講演「サグラダ・ファミリアに込めたガウディの意図」の場にて、辞令交付式が行われた事を知った。KIN123と言えば、パカル王の石棺の蓋が開いた日付で、交付式が行われたその日は、そこからぴったり90銀河スピン(260×90)に当たるタイミングだった。

太宰府天満宮で引いた私達のおみくじが5と18で、「5×18=90」にもなるので、私は、それ以外に特に根拠も無く「彫刻家の外尾さんが福岡女子大の客員教授になられましたけど、私達は外尾さんにすごく影響を受けていて、深く尊敬しているんです」と、平澤さんに話してみたところ、「え、外尾くん?」と口にされたのだった。聞けば、学生時代の同級生らしく、外尾さんが帰国される時には、割と頻繁に合うような間柄らしい。

もちろん、何らかの繋がりがあるかもしれないという思いで振ってみた話だったのだが、いきなりストライク過ぎて、聞いたこちらがビックリしてしまった。それに、今回の志賀島での講座は、春分という事もあって意識的に『マヤのリズム』を準備していたのだが、実は、2011年にサグラダファミリアを訪れた時、私は出来て間もなかったこの本を、外尾さんに届けてもらうよう職人さんに託した経緯があるのだ(メルマガ”Happy シンクロ Days♪” Vol.42参照)。そのメルマガの配信日がKIN221(=13竜=ミケランジェロ)というのが、今、最高に旬な驚きなのだが、話が広がりすぎるのでそれについては機会を改めるとしよう。

そうこうしているうちに、奉納演武の時間が迫って来た。拝殿への移動に傘が必要無いくらいにまで小降りにはなっていたものの、すっかり上がった訳ではない。晴れ男&晴れ女の私達にしては珍しい展開だが、小崎先生は「ここは龍の都だから、神様がお喜びになると雨が降るんです」と移動中の車の中でおっしゃられていた。それでもやはり、演武を観に来て下さっている方の事を考えると、天気の事は気になる。
志賀海 

まず、拝殿に上がりお祓いを受け、正式参拝。蘭禅の書は、既に三方に乗せられて神前に供えられている。その後、奉納演武へ。すぐ近くで新しい建物の工事が行われていて、かなり激しい音がしていたのだが、入場礼法を終えて「天真五相」に入ると、神職の方が止めて下さったのか、「ア」の直前でピタッと音が止んだ。その後、観に来て下さっている方々に対して、剣武天真流の概要と、使用刀が江戸初期の佐賀藩の刀工(播磨守忠國)による作品で、青木宗家からお預かりしているものであること、および、これから行う型についての説明をさせて頂いた。


当初は、天地清浄祓いの型である「四方荘厳」と最も複雑かつ高度な型である「神剣無礙」だけを行うつもりだったが、「龍の都」で「赤い共振の竜」の私が演武するのだから、「白龍遊天」も入れないと話にならないと思い、その型も含めて奉納させて頂く事にした。演武中は集中していて気付かなかったのだが、ビデオを見ると実はかなり激しい雨が降っていて、「白龍遊天」が終わった瞬間(納刀時)には、強い風が吹き渡ると共にトンビが鳴くという天の演出まであった(以下の動画の一番最後に音が入っている)。



「世界の平和と人々の幸福を祈る」奉納演武を何とか無事に終え、観に来て下さった方々に刀をお見せし、希望される方には触れていただこうと拝殿から降りて行くと、雨はもう止んでいた。その後、幼稚園で「書の掲額式」(こちらもLが別途報告する予定)が控えていたので、境内を見て回る余裕も無くそのまま移動。「亀石」「鹿角堂」などは、次の機会にゆっくり見せて頂くつもりである。
奉納後 ★刀を手にされる権禰宜の平澤さん

お天気が荒れただけでなく、福岡市内からの高速道路でバスの事故などがあった(ニュースにもなっていた)関係で、残念ながら間に合わなかった方もいらっしゃったが、「掲額式」の後のお昼時間には、特別に美味しい幼稚園の給食(あまりの美味しさに丸二食分頂いてしまった)を頂きながら、一緒に話に華を咲かせる事が出来た。話の順序は前後している可能性が高いが、印象深いシンクロを以下にメモしておく。
志賀海2 ★(写真は玉里さんより)

2016年に剣武セミナーが行われた石川県羽咋市志賀町の「志賀町」は、安曇族が移り住んだ場所の一つで「志賀島」に由来する。2015年に剣武の奉納演武を行った宮崎県の鵜戸神宮には、ウガヤフキアエズノミコトが祀られているが、その母トヨタマヒメノ、妻のタマヨリヒメもオオワタツミノカミの娘であり、志賀海神社との関係が深い。

宇宙の暦は13ヵ月・新装版』の版元であるプレアデス出版は、現在、長野県安曇野市にあり、2/24(KIN172)に、麻畑社長がメールの返信の中に穂高神社のお船祭の事を書かれていたので、改めてその祭りについて調べてみると、白村江で討死した安曇比羅夫の命日に行われている事が判明。その翌日に、平澤さんと初めて電話で話をさせて頂いていた。

さらに、その5日後の3/2(178)、グランドジャンプに連載中の「行雲流水〈徐福〉」(本宮ひろし作)の中に「海人の安曇族」というセリフを発見して驚いた事、昨年のイタリア旅行の直後から始まった「旅するイタリア語」という番組が、ちょうど奉納演武当日の朝(春分の深夜過ぎ)に最終回を迎えた事など、とにかく今回の志賀島に繋がる様々なシンクロについての話をさせて頂いた。
お昼 ★素晴らしく美味しい「ふたば幼稚園」の給食

旅するイタリア語に出ていた東儀秀樹氏は、昨年の12/25(KIN111)に「ふくおか無形文化遺産フェスティバル&シンポジウム」でコンサートをされているのだが、その時のシンポジウムには平澤さんがパネリストとして、フェスティバルにはふたば幼稚園職員の北本さんが「龍の舞」で、それぞれ出演されていたのである。

龍の舞」は志賀海神社に伝わる舞で、県の無形民族文化財にもしてされている貴重な民族芸能とのことだが、「白龍遊天」の動きが「龍の舞」に似ていたと、演武を見て下さった多くの方から言われたので、今度は北本さんによる「龍の舞」を、是非拝見したいと思っている。ちなみに、ふたば幼稚園のワカメ部長にも(小崎園長により)任命された北本さんは、奉納演武や掲額式の様子も撮影して下さっていて、同じ幼稚園職員の赤羽さんがそれをあっという間にDVD化して送って下さった。この場をお借りして、深く御礼申し上げる次第である。

志賀島には、そう遠くない将来、是非また訪れたいと思っている。そう思わせるだけのご縁と貴重な自然、古代からの歴史の記憶が、この島にはあるからである。

春分・志賀島のワカメ体操

2017年04月01日 00:09

太陽の月25日(G3/31)KIN207 青い水晶の手(by D)

春分の朝、潮騒で目覚めて窓辺に近付くと、すぐ目の前が海で、岩場に海鳥たちが佇んでいるのが見えた。1階に降り、同じ「満帆荘」に宿泊した鹿児島のMさんと、3人横並びで絶景を眺めつつ朝食を頂く。地元産の旬の食材はどれも滋味に溢れ、特に女将さんがこの島で育てているという古代赤米と、目の前の海岸で取れるワカメのお味噌汁は、あまりの美味しさに普段朝食をとらない私が思わずおかわりをしてしまったほど。
わかめ ★今が旬のワカメ

セミナー会場はすぐお隣なのだが、開始までにまだ時間があったので、1800年ほど前まではそこに志賀海神社があったとされる勝馬小学校の方を巡って海岸に出てみる事にした。今年初のウグイスの声を聴きながら道を進むと、勝馬宮と書かれた鳥居が現れ、こんもりとした小山に続く魅惑的なスロープが見えて来た。沖縄のウタキのような雰囲気もあるこの森からは、7世紀の古墳も発見されているらしい。
鳥居 ★勝馬宮(仲津宮)鳥居

小山のほぼ頂上部に仲津宮の社が建てられていて、その側にある木には紙垂の付いた木片が3本縛り付けられている。シャーマニックな雰囲気に満ちたそのエリアから、トンネル状に生えた樹々の間を抜けて海側に下ると、出口付近で強い潮の香りが漂って来た。海辺に出ると、ほぼ正面に沖津島があり、天御中主神が祀られているという沖津宮の鳥居が見えたので、そこで天真五相を行ってから会場に向かった。
umidori.jpg 

会場の「喜多乃家」さんは、ふたば幼稚園のスタッフでもある北本さんがご家族とされている「海の家」。これまた絶景の広々とした空間で、小崎先生が迎えて下さった。30名余りの参加者のうち、1/3以上が幼稚園スタッフの方々という事もあってか、既に場が出来上がっている。午前中は「13の月の暦」について。2日連続で参加して下さっている方には、重複してしまう所もあったが、2時間で要点をお伝えするとなると、やはり外せない所は自ずと決まってしまうもの。
kitanoya.jpg ★喜多乃家のオーシャンビュー

前日触れられなかった「運命の道筋」の例題に立候補して下さったNさんの誕生キンがKIN54(2・魔法使い)だったので、「人は時間の代表者(窓口)」(Nさんの自由意志を通じつつKIN54という時間が他の日付より強く主張して来た)というドリームスペル的発想で、最近のKIN54を調べると、2016.10.29。何と私達が渋谷で「時の魔法・ドリームスペル展」を開催した日だった。

実は、今回の主催者である高木さん(KIN203)と、様々な面でサポートして下さったシャンバラ教室生の小崎亜久理さん(KIN219=今年1年)は、その時、わざわざ九州から渋谷の会場に来て下さっただけでなく、それぞれ私達の書作品を入手して下さってもいるのだ。前夜、宿に行く途中に小崎さんのお宅に立ち寄らせて頂いた折、綺麗に額装された「嵐」と「魔法使い」を目にしていた私は、「青い嵐の年」の「白い魔法使いの日」という、まさにその書とシンクロする方が、例題のためにいち早く挙手された事を、驚きをもって受けとめていた。
魔法書 ★魔法使いさんの家にて

それだけでなく、亜久理さんと高木さんが共同で入手して下さった蘭禅の連作「銀河の七方向への祈り」を、高木さんが車で持参して下さっていた事にも驚かされた。時間的余裕が無く、それを広げる機会を逸したまま講座を終了してしまったのは申し訳なかったが、Nさんが立候補された事も含め、全てが美しく繋がっていた事をここに記しておきたい。

広島ゼロポイント(原爆投下日=KIN55)から100銀河スピン(26,000キン)目のKIN55(3・鷲)が、渋谷での「ドリームスペル展」。その100日後のKIN155(G2/7)に、当ブログで今回のイベントをアナウンスし、そのさらに40日後のKIN195が、前日の福岡天神でのクラスだったのである。Nさんが2日間だけ開催された「ドリームスペル展」の初日とシンクロしていた事は、この流れと決して無関係ではないのだ。

今回は、『マヤのリズム』のカバー絵を描いて下さったみよこみよこさんも、遠路、延岡から参加して下さったのだが、その絵はまさに「春分のチチェン・イツァ」をデザイン化したものなので、本書を入手された方には、みよこさんと私が記念サインをさせて頂いた。『時空のサーファー』を発刊日当日に手に入れた事から全てが始まった私の実体験からすると、この日『マヤのリズム』を手にした方には、これからとても面白い事が起こり続けるだろう。

流石に「食」を意識している幼稚園の方々が用意して下さっただけあって、ランチのお弁当も素晴しく美味しく、素材もバランスもよく配慮されたものだった。食事の時に同席させて頂いた方が、おそらく参加者の中で最も古代史に詳しい方だった(後で福岡の古代遺跡について聞いた時の反応から)のも面白いシンクロ。

午後の「天真体道クラス」は、お天気が良ければ海岸でやろうと思っていたのだが、あいにく雨だったのと、食後すぐに動くのも無理があると感じ、前半30分ほどは、青木先生が「世界の12賢人」に選ばれたことや、その背景となった天真体道の目的は「心身の力みを抜き切り、天地人々と融和する事」というようなお話をさせて頂き、少しお腹がおちついた頃を見計らって準備運動(天真柔操)を始めた。
sinwa.jpg ★親和体操(写真は高木さんより)

全く初めての方が殆どだったので、背中合わせで行う親和体操や、発声しながらの動きなども新鮮だったようだが、一番リアクションがあったのはワカメ体操だった。というのも、志賀島では今がまさにワカメシーズンの始まりで、後に小崎先生からふたば幼稚園のワカメ部長に任命された北本さんなどは「志賀島用にアレンジしてそういう呼び方をされていたのかと思った」と、ワカメが名産の島の方ならではの感想を伝えて下さった。

最後の「春分の円卓クラス」は、『13の月の暦』において「協力を捧げ」「共有する」ことの重要性をお伝えし、実際にそれを試みるためのものだったが、結局、今回のイベントに関わる数々のシンクロを私がシェアしているうちに半分以上の時間が過ぎてしまった。以下にその一部をメモしておくが、最終的には参加者の皆様からも質問やシェアが出始めて、ある程度このクラスでやろうとしてた事は達せられたように思う。

・2015.9.9(KIN159)重陽に二子玉川で「四重の虹」が見られた。後に亜久理さん(KIN219)の太陽暦誕生日だったと知る。その260日後2016.5.27は「オバマ大統領広島訪問」で、さらにその260日後の満月2017.2.11建国記念日(ヴァチカン誕生88年)、河口浅間神社で剣武奉納演武。
・「金印」が文化財保護法で国宝に指定されたのは1954.3.20(KIN81→9×9)。この日のぴったり63年前。KIN63はKIN219から始まった「青いスペクトルの嵐の年」の「時間外した日」に当たる。
・『6歳までにかしこい脳をつくる 奇跡の幼稚園メソッド』は「10魔法使いの年」の「6魔法いの日」発刊で、著者小崎孝子先生は「8魔法使い」=KIN34。この日が34週目の終わり。
・「庚寅銘大刀」(570年)と「四寅剣(陽気の極)」とマホメット。テレクトノンは「光の剣」。
・本宮ひろし『行雲流水〈徐福〉』に「海人の安曇族」。
・「剣・鏡・勾玉」の「三種の神器」が出ているのは「吉武高木遺跡」「平原遺跡」はじめ5つで、いずれも福岡市近圏。

ちょっと驚いたのは、地元の方ならご存知かと思った「吉武高木遺跡」や「平原遺跡」について、殆どの方が知らなかった事。学校教育で教えられていないとか、九州は古代遺跡が多過ぎて覚えられないという理由もあるようだが、かなり重要な発見が成されていても、様々な要素のフィルターがあって、世の中にはシンプルな事実すら、そのまま伝わっていない事を再認識した。

そもそも「13の月の暦」と「マヤ暦」という、簡単かつ明確にその違いが確認出来るものでさえ混同されているような状況では、学閥や皇室、国家が絡むような歴史分野で本質的情報に辿り着くのは、夢のまた夢という感じなのかもしれない。まだ調べが浅いので、あくまで参考情報としか言えないが、執筆者の立ち位置が(見える範囲では)自由で、過剰な妄想癖も諸団体との利害関係も無さそうな「日本古代史つれづれブログ」は、上記シンクロ発見の過程で知ったブログだが、とても勉強になったのでメモしておきたい。

終了後、幼稚園で書作品の設置作業(これについてはLが別途書く予定)を見守っていた小崎先生とLも合流し、「満帆荘」で懇親会が行われた。2日連続で参加して下さった方や幼稚園スタッフの方々と、美味しいお刺身や海の幸、山の幸を堪能しながら、1日を振りつつ楽しい時間を過ごさせて頂いた。主催の高木さんはじめ準備や片付け、会計などを手伝って下さった皆様に、この場をお借りして改めて御礼申し上げる次第である。

部屋に戻って、翌日の奉納演武の準備と荷造りを済ませ、PCでメールなどを確認している時だっただろうか。朝、女将さんが出掛けに「地震でここも被災し、以前の1/3の規模になりました」と言っていた事や、北本さんが日中一時抜け出していたのは「消防訓練のサイレンを鳴らしに行っていたから」という話が気になって、福岡県西方沖地震の事を調べてみると、何と12年前のその日、つまり2005.3.20(KIN236)だった事が判明。

まんま私の現在の「運命の道筋」ではないか!KIN236(2・戦士)を歩む私が、KIN236の春分に被災した志賀島(その中でも被害の大きかった地域)に、同じ春分のKIN196(1・戦士)にやって来て、暦や天真体道について伝えさせて頂いた事の意味は、何なのだろうか?「意味」を求める方のために、自分なりの見解を述べておくと、それは原爆投下(KIN55)に対するハーモニック・コンバージェンス(KIN55)と同じで、4次元の時間を通じて、場の記憶を調和(中和)させる事にあると言える。

そう決まっていると言っている訳ではなく、私ならそのように「見る」という事だ。そして、事は見たようになって行くというのを私はずっと体験し続けて来た。12年後の同日は、同じ「太陽の紋章」で「銀河の音」が「1」だけ減る、という法則にも改めて気付いて眠りについて数時間後、ズズズズズという振動で目が覚めた。スマホで速報を見ると、震度は1でマグニチュードも3程度と小さい地震だったが、何と震源は12年前と殆ど同じというピンポイントさ。

一体、この事実をどう受けとめたら良いのだろうか?と、こういうのが初めての方なら悩むかもしれない。しかし、私は既に何度もこういう「あり得ないような時空のシンクロ」を体験して来ているので、これは、中和の象徴的現象なのだと自然に受けとめた。同時に、数時間後に奉納演武をする日程が「2・地球」で、サイ時間も「8・地球」と「大地(地球)」が関係する日である事は前から意識していたので、演武の時には大地を鎮める祈りも捧げよう、と思いながら再び眠りに就いたのだった。

この記事をまとめた今日(G3/31)は、『ドリームスペル』日本語版を伊勢の内宮神楽殿でホゼと共に奉納した日(12・風)からぴったり13年。そしてマヤ長期暦の完了ポイント2012年冬至(KIN207)からピッタリ6銀河スピンというタイミング。伊勢に奉納時のホゼ(KIN11)とステファニー(KIN185)の写真をツイッターとインスタにアップして気付いたが、二人のKINの合計196は、この春分志賀島の日付(KIN196)そのものだった事に、ここまで書いて来て気付いた。

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