太陽とダライ・ラマ法王

2008年04月22日 23:25

惑星の月19日(G4/22) KIN64 黄色い水晶の種 (by D)
午前中、『ダライ・ラマ法王Teaching 2006 in 広島』のDVDボックスとフォトブックが届いた。 KIN64に、全64枚の特性フォトカードを届けてくれるとは、天もなかなか粋な計らいをしてくれる。実は昨日、その広島のプログラムの中で行われた「大日経の灌頂」時に腕に結び付けた赤い紐が、朝の体操中に解け、何かが見えない次元で成就したように感じていたので、DVDボックスのラストの品(これまで約1年、7回に分けて配送されて来た)が今日届いた事に、私は尚更感慨深いものを感じていた。パリ市議会が、昨日、ダライ・ラマ法王に名誉市民の称号を送った事を知ったのは、その後だった。
 
しかも、昨日、私は『2012地球大異変』(NHK出版)という本の中で、ダライ・ラマ法王が伊勢神宮(内宮)を初めて参拝された日(2003年11月4日)が、太陽物理学的に見て非常に特別な日だった事を知って興奮していたのだ。以下、P148からの文を抜粋してみよう。「磁気嵐は10月26日に始まり、それが11月4日に最高潮に達し、これまで記録されたなかで最大の太陽フレアであるX45級の強打を繰り出した。」(抜粋ここまで)。
 
念のため調べてみたところ、今もこれが観測史上最も強力なフレア(爆発)であった事に間違いはないが、一般的には、その強度はX28級とされているようなので、X45級というのは間違いかもしれない(あるいは異なる計算法で求めたものか)。しかし、その日が父の3回忌でもあり、他界した2001年11月4日はKIN45でもあった事を思うと、その45にも意味があるように思えてならない。
 
同書のP147には、2005年9月13日までの7日間が、活動極小期の太陽としては、すざましく荒れた一週間であり、ちょうど9月13日に太陽物理学会議が始まった事についても触れられていた。9月13日はその父の誕生日であり、3日前、朝日新聞のフロントランナーに掲載された友人・マダムサチコさん(アンコールクッキー経営者)のお誕生日でもある。しかも、2005年のまさにその日、私達は成田空港45番ゲートからアンコールへ向けて日本を出発しているのだ(この経緯は、拙著『シンクロニック・ジャーニー』にも書いてある)。
 
それにしても、ダライ・ラマ法王14世の伊勢(天照大神)参拝が、太陽活動が観測史上最高のタイミングだったというのは、非常に興味深いシンクロだと言えよう。そして、その法王が灌頂を授けて下さった大日経は、大日如来を教主としており、象徴的とはいえ太陽との繋がりを感じさせるものであり、その時の様子を写したフォトブックが届いたのとほぼ時を同じくして、太陽王ルイ14世を生み出した国の首都から、法王が名誉市民の称号を受けられたというニュースも届くのだから面白い。
 
これだけの気付きを得た今日がアースデイで、KIN64=「12・種」という事から、もう一つ思い出してしまったので、忘れないうちに書いておこう。12年前の今日、即ち1996年4月22日、私は富士山麓でアグエイアス夫妻と共にアースデイの瞑想に参加していた。平日だったが、偶々振替えで仕事が休みだった私は、一人車を走らせて会場の倫理研究所の研修所へと向かった。確か、アースデイについて知ったのも、高橋夫妻と直接お話したのも、この時が始めてだったような気がする(ちなみにこの日は高橋徹さんの銀河の誕生日=KIN104でもあった)。
 
手元にある当時の写真には、こよみ屋のKOZOさん&WAKIKOさん、並木芳美さんなど、今も「13の月の暦に替える平和の運動」を、純粋な形で伝え続けている人々の顔を見つける事が出来る。そして、今や理事長となられて大活躍されている丸山敏秋氏や、新体道との繋がりも深いフランス文学者の竹本忠雄氏らの姿も。こうしてみると、あっという間の12年という感じがするが、そうこうする間に、2012年や2013年も直ぐにやって来てしまうのかもしれない。今できる事は今やろう・・・という事で、普段なら2、3回に分けるであろう内容を1回で書いて、こんなに長くなってしまったという訳。お許しあれ。

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