中沢新一のチベット対談

2008年04月25日 23:45

惑星の月22日(G4/25) KIN67 青い月の手 (by D)
 
 
一昨日、青山の梅窓院で行われた「チベットの平和を願う集会」に参加してきた。前半、チベットにおける一連の抗議行動で亡くなられたチベット人と中国人に対しての49日の法要が行われ、後半は、ペマ・ギャルポ氏と中沢新一氏の対談という内容だった。

聖火リレーがひとつのキッカケとなって、チベット問題がようやく日本でも耳目を集めるようになっては来たが、これに絡んで、反オリンピックや反中国政府などの動きも入り乱れて来たせいで、マスコミ報道のみを頼りに、断片的に聖火のことだけを耳にしている人々の口からは、「何だか恐い」とか「スポーツの祭典なんだから平和に」というような、あまりに情けないコメントしか出て来ない状況となっている。

そのような中、この日行われた対談では、さすがに長年に渡ってチベットの生の情報に触れて来た方々だけに、非常に教育的で建設的な発言がなされていたし、視点も多角的でバランスが取れていたように思う。また、法要についても、対談の中で中沢氏が指摘されていたように、チベット問題に対して日本人がこれからどう動いて行ったら良いのかの、具体的で素晴らしいモデルの一つになったように思う。

以下に、フルバージョンの録画(約2時間)があるので、チベット問題に限らず、今、中国で何が起きているのかを正確に把握するのに、是非とも、ご覧になって頂きたいと思う。ニュースを何本も見るより、これ一本をしっかり見たほうが、遥かに事の全体像(中国という国そのものについても)がよく分かると思うし、2人とも話し上手なので、思わず引き込まれて時間もあっという間に感じられるだろう。
★http://www.ohmynews.co.jp/news/20080423/23852
 
対談や終了後のインタビューでも語られているが、今、必要なのは、まず知る事。本やネット等、十分な資料は出揃っているし、日本人ならチベット本土にもチベット難民がいるインドやネパールにも直接行く事が出来る。そこに実際に行ってみれば、どの情報が正確かなど、議論する余地も無い事が分かるだろう。中沢氏もおっしゃっていたが、マスコミ情報に振り回されないためにも、効果的な支援をするためにも、まずは実情をよく知る事だと思う。短期的、感情的な反応をするのではなく、本質を見据え、長期的な活動を止めずに続けて行く事でしか、本当の解決には至らないだろう。まさに、今こそ、仏教的な視点を実用的に用いる時なのだ。

以下は、自分の為の備忘録。私にとっては、チベットとの出会いは、中高生の頃に読んだ中沢氏の本がきっかけだったので、今回、生のご本人にようやくお目にかかれてとても嬉しかったのだが、その話ぶりや論旨の展開が、文章のリズムと同じ流麗さを持っていた事にも感激させられた。しかも、手帳を遡ってみると、中沢氏の師であるラマ・ケツン・サンポを、ネパール・カトマンズ郊外に尋ねたのは、何と、対談からピッタリ208日前。
 
208日=52×4(4つの城)=13×16(16ウェイブスペル)は、「13の月の暦」ユーザーとしては、注目すべき周期であり、その周期に合わせて、私にチベットへの道を開いてくれた方々にお会いしたという事が、私には特別な意味を持って響いて来た。何故なら、『ドリームスペル』におけるマンダラ的なツォルキンの配置は、おそらく、アグエイアス夫妻がチベット仏教に造詣が深かった事と、密接に関係しているからだ。

対談の翌日は、NPOクリカの設立から520日(2スピン)目、そして、2001年のチベット民族蜂起の日(3/10)に芦屋で行われた『第十一の予言』出版記念講演で、翻訳をされた山川亜希子さんとジョイントさせて頂いてから2600日(10スピン)目にあたる、KIN66だった。その夜、書法塾でクラスメイトの方が「昨日NHKのニュースに顔が出てましたね」と教えて下さった。何かに関心を持ち続けていれば、こういう事も起きる確率は高くなるものだろうが、それでも、時間や空間の特別な巡り合わせみたいなものを感じずにはいられない。そして、明日はいよいよ長野の聖火リレー。個人的には、形骸化して意味を失ったリレーより、スタートと同時刻に行われる善光寺での法要こそ、世界に広く伝わって欲しいと思っている。

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