ニルヴァーナ

2009年03月18日 23:58

■太陽の月12日 (G3/18)  KIN134 白い自己存在の魔法使い (by D)

初めてのミッドタウンで、おのぼりさん状態の私達ではあったが、何故かランチの照準だけはきっちりセットされていて、微塵も迷うことなく「ニルヴァーナNY」へ。NYで多くの著名人に愛された伝説的なインド料理レストランが日本に復活したとのふれこみだったが、確かにバターチキンカレーなどは絶品で、久しぶりに壊苦(えく)を味わうところまで食べてしまった。

ちなみに、壊苦とは、「変化に基づく苦しみ」を意味する仏教用語。2006年に宮島でダライ・ラマ法王が法話をされた時、「寒い時に日なたに移動すると、最初の内は暖かくて快適だが、そのうち暑くなり過ぎて来て苦しみに変わってしまう」というような喩えで、説明した下さった記憶がある。つまり、美味しさに任せて食べ続け、苦しみに移り変わっているのにも気付かなかったというお話。

さて、肝心の三井寺展は、数々の国宝や普段は目にする事の出来ない秘仏なども公開されていて、充実した展示内容だったが(そして大いに学ぶ所があったが)、自分にとって一番響いたのは、展示物そのものよりもむしろ、三井寺を中興した智証大師円珍が、長安(現・西安)の青龍寺で密教の奥義を授かり(空海もこの寺で密教の教えを授かった)、数々の経典(これらの一部は展示されていた)などと共に日本に持ち帰ったという点だった。そして、大悲胎蔵曼荼羅の灌頂を清和天皇にも授けていたという事実を知ったことだった。

何故なら、空海が両界曼荼羅の教えを日本に伝えてから1200年というタイミングだった2006年、私達は西安の青龍寺を実際に訪れ、さらに同年、広島(宮島)で行なわれた伝授会において、ダライ・ラマ法王14世(KIN14)から直接、その大悲胎蔵曼荼羅(大日経)の灌頂を授かっていたからだ(この辺りの経緯は『シンクロニック・ジャーニー』に詳しい)。そもそも、青龍寺を訪れたのは、天真書法塾の西安碑林展があったからだが、実は、現在もまた、2回目の西安碑林展に向けて作品を制作している最中なのだ。
 
しかも、私達が灌頂を受けた宮島の大聖院が、中国三十三所観音霊場第十四番札所であったのに対し、今回の展示で公開されていた秘仏「如意輪観音菩薩坐像」は、西国三十三所観音霊場第十四番札所(もちろん三井寺のこと)観音堂のご本尊なのだ。また、円珍は、空海と同じ四国の出身であるだけでなく、空海の姪の息子(親戚)でもあることを、後で調べて知った。こうした全てに、仏縁とでもいうべき何かを感じるのはごく自然なことだろう。
 
ところで、この展示を見たKIN129(G3/13)は、ツォルキンの中央部に当たる調波33の初日でもあった。約5125年の期間を数えるマヤ長期暦を、フラクタル化したツォルキンの上に置き換えると、ちょうどこの調波33の辺りが、仏陀の活躍した時代に対応する。これをもって、ミッド(中央)タウンのサン(3)トリー美術館で三井寺展を観るのにふさわしいタイミングだったと思うのは、駄洒落が過ぎるだろうか。
 
お遊びついでにもう少し。大悲胎蔵曼荼羅は、全部で12の区画に分かれており、その中心の8枚の花弁をもつ蓮の花の中央に、胎蔵界大日如来が描かれている。一方、クリカという名は、カーラチャクラの教えを保持するシャンバラの法王の称号に由来しているのだが、シャンバラには、蓮の花弁のような8つのエリアに、それぞれ12の地域があるとされているため、ロゴマークも8つの花弁を持つ蓮にした(左上にあるもの)。そういえば、ニルヴァーナNYのロゴも、クリカのロゴに良く似た八葉花弁の蓮だった。
 
灌頂とは、その教えを学ぶ許可を与える(縁を結ぶ)ための儀式で、その教えを学ぶ目的は、結局、ニルヴァーナに至る(心の安らぎを得る)という事でもある。こうして振り返ると、美味しいカレーが食べたくて選んだお店も、そこで壊苦を味わった事も(それで宮島での法話を思い出したりしているので)、皆、仏陀のお導きという感じで、何だかお釈迦様の掌で遊んでいる孫悟空の気分にさせられた。まあ、調波33は、「竜の創世記」から「猿の創世記」へと移行するポイントでもあるので、それもまたよしと思うことにしよう。

最近の記事