春分の蛇

2009年03月21日 00:51

太陽の月14日 (G3/20)  KIN136 黄色い律動の戦士 (by D)

春分の今日は、チチェン・イツァのピラミッドにククルカン(羽毛の生えた蛇)が姿を現す日である。一つ前の記事についての追記を短く書こうと思っていたら、蛇にまつわる面白いシンクロに気付いたので、それについても合わせて書くことにする。という訳で、まずは追記の部分から。

「ニルヴァーナNY」がニューヨークで開業していたのは、1970~2002の33年間で、2002年は私達が初めてカーラチャクラの灌頂を受けた年でもあった。前行を含めると10日近く行なわれる儀式の最終日はKIN136(6・戦士)だったから、あれから260日の時の輪が9(3×3)回巡った事になる。2回目は、仏陀による最初のカーラチャクラが行なわれたと言われる伝説の地・アマラヴァティで受けたのだが、この時も最終日は「3・戦士」だった。

カーラチャクラの灌頂は、必ず満月に完了するように行なわれる。しかし、全部で20種類ある紋章の中で「戦士」と満月とが重なるタイミングに2度とも受ける事になったのは、私達がチベット民族蜂起(1959・3・10)の日付を、「11・戦士」と意識している事と関係があるのかもしれない。

2006年には、アマラヴァティでの灌頂だけでなく、広島で大悲胎蔵曼荼羅(大日経)の灌頂も受けたのだが、その時の儀式に深く関わっていた龍蔵院デプン・ゴマン学堂日本別院から、昨日、郵送物が届いていた。前日(KIN134)のブログに灌頂の事を書いたばかりだったので、このタイミングでそこから何かが届くだけでもビックリなのたが、祈願祭成満の記念品として贈られた龍樹菩薩(ナーガルジュナ)の図には、さらに驚かされた。

何故なら、そこに蛇とカモが描かれたいたからだ。蛇は龍樹の背後には必ず描かれるものだが、春分でククルカンを思い出していた私には実にタイムリーであったし、カモはやはり数日前のブログでわざわざタイトルにして取り上げた位注目していたので、他の鳥ではなくカモであった事に驚いたのだった。そう言えば、ハイデラバードからアマラヴァティへの道のりの途中には、龍樹菩薩ゆかりの地、ナーガルジュナコンダもあった事を思い出した。

話は飛ぶが、昨夜、あるブログを見ていてジグメ・リンパというチベット仏教の著名なテルトン(埋蔵経典発掘者)について調べたくなり、今朝、久しぶりに『虹の階梯』を手にすると、付録としてジグメ・リンパの「遍智甚深の道」が掲載されていた。そこには、準備段階としての心身浄化法について、こんな記述がある。・・・すると右の鼻の穴から黒々とした大きな蛇がヌルヌルとぬけだしてくる。この蛇は左管に巣食っている貪りの毒の象徴である。身体を離れた蛇は、清浄な空間はるかかなたに消え去っていく・・・。
 
いきなりここだけ抜粋されて見せられても気持ち悪い感じがするだけかもしれないが、私には、同じ蛇が、時に神聖なものを示したり、毒の象徴として描写されたりするのが何とも興味深かった。蛇のどういう側面に注目するかで、象徴的な意味もすっかり変わってしまうのだろう。これは蛇に限らず、万事について言える事ではないだろうか。
 
そんな事を思いつつ、夕方からNPO新体道の新事務所で行なわれるオープニングパーティに出かけた。そういえば、新体道創始者の青木先生も、現・代表の大井先生も、太陽の紋章は「蛇」の人だ。春分は、世界の広い地域で重要な節目の一つとして意識されてはいるが、ククルカンとの繋がりも考えると、このタイミングでのパーティは実に見事と言えよう。

帰宅してヘリオコンパスを眺めていると、今回のように春分と下弦の月がほぼ重なる時は、下弦の月が見えている方向が大雑把に「銀河の中心方向」なのだ、という事に初めて気付いた。気付いた事を話したり書いたりしていると、さらなる気付きが次から次へと湧いて来る。それでふと思いついたのが、一切準備をせず、その場に参加した人とのシンクロだけで互いの気付きを加速させるというワーク。インスピレーションで「シンクロ・ライブ・ラボ」という名だけは決まったが、いつどういう形でやるかはシンクロ任せなので未定。何か面白いものが生まれそうな気配がしている。

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