ジャーニー・シンクロ

2007年06月03日 00:26

水晶の月4日(G6/2) KIN260 黄色い宇宙の太陽 (by D)

スペクトルの月の最終日(G5/29)、ヤフーのトップページ右下辺りにある写真ニュースに、スリランカの文字を見つけたのでクリックしてみると、少年僧達の写真と短い説明記事の他に、参考情報として3つのリンクが紹介されていた。そこに、「スリランカに恋して」という文字を見つけた私は、あまりのシンクロに一人興奮した。何故なら、そのHPは、スリランカ在住の友人、レイコちゃんが作っているもので、今まさに、旦那さんのスリヤンガと共に来日しているのだ!しかも、それだけではない。翌日の午前中には、ニコタマで一緒に新体道をやる約束をしていたのだ!!

私達にとって、スリランカ在住の友人は彼らしかおらず、その二人が初めて一緒に来日し、しかも明日会うというタイミングで見てしまった記事。それどころか、今までヤフーニュースから友人のHPの直接リンクを発見した事だって一度も無い。後からLに見せようともう一度クリックしたら、既に過去記事になっていて、リンク類はカットされていた。従って、少年僧の写真ニュースがトップ画面に出ていた僅かな時間に、そこをクリックしない限り、この驚くべきシンクロを体験する事は無かったと言える。

翌日、1年半ぶりに会った彼らにその話をすると、本人達も驚いていた。自分達のHPがそんなところからリンクされたとは知らなかったからだ。ただ、大分前に、ヤフーの厳しい基準をクリアして登録ページ(?)になった話は聞いていたので、そういう事はあってもおかしくは無いらしい。スリヤンガは新体道に興味があって、この日の稽古をとても楽しみにしていてくれていたとの事。タイミング良く、稽古にピッタリの新しい会場が押さえられていたので、思い切り声を出しつつ、リクエストに応えて空手系の稽古も少し織り交ぜてみた。



ちなみに、1年半前にスリランカを訪れた時の様子は、間もなく(といいつつ伸び伸びになっているが、あと一ヶ月 位)発売される『シンクロニック・ジャーニー』(中央アート出版社)に1章を割いて詳しく書いているので、発刊の折には、是非ご一読頂ければと思う。ランチ後にお茶をしてから、彼らは次の目的地へと向かったが、その日、私はもうひとつ、ジャーニー絡みのシンクロに気が付いた。

それは、GWのチベットフェスティバルで入手し、ゆっくり読み進めてきた『万物の本質-ダライ・ラマの智慧とともに生き延びた半世紀』 (オープンセンス)を、この本の発刊日として記されているこの日(G5/30)に読了した事だ。私が護国寺でのイベント時に手に入れたものは、おそらく、 まだ通常の流通経路に乗る前に、直接印刷所から届いたものだったのだろう。以前にも少し書いたが、著者のチョペ氏は、この月末までチベットハウスの代表を務められていた方で、私達にとっては、『シンクロニック・ジャーニー』の中核となる、ヒマラヤへの旅へと導いて下さった方でもあるのだ。

従っ て、私にとっては、「協力」を意味する水晶の月の1日、そして共時性の現れを仕上げる「赤い惑星の地球の日」に、ジャーニーに登場する重要人物とのリンクが、具体的な形で深まったように感じられたのであった。『万物の本質』については、また改めて機会を設けて詳しくご紹介したいと思っているが、チベットの何がどう素晴らしいのか、そして、今、チベットの人々がどういう立場に置かれているかについて知るのに、最適な書のひとつだという事だけは、はっきり述べておきたい。

このダイアリーをUPしようと日中メモをとっていたら、チベットハウスからの案内が届いた。チョペ代表は、日本のチベットハウス代表を退任されるだけでな く、チベット亡命政府の規定で、公務そのものからも引退(定年退職)される事を初めて知った。そういう目で振り返ると、GWのフェスティバルやご著書の出 版は、チョペ代表にとって、公務と個人的な活動の両方に大きな区切りをつける、総仕上げのようなものでもあった事が伺える。そういうタイミングに、ご縁を 結べたことに深く感謝し、また、チベットの人々にとって厳しい状況が続く中、長年に渡りご公務を全うされた事に、心から「お疲れ様でした」と申し上げたい。今朝、河原で見かけた6匹のカメと太陽に掛かる虹の輪も、もしかしたら、チョペ代表の引退をねぎらっていたのかもしれない。

最近の記事