ポニョの舞台

2009年10月03日 03:27

電気の月13日 (G10/2) KIN72 黄色い共振の人 (by D)

昨日(KIN71)の朝、非常に鮮明な夢を見た。フリークライマー達が喜びそうな崖っぷちを左手に見ながらリフトで上の方に登って行くと小さな街があり、そこの一角にある小さなお店(ネパールにあるような間口が開いている奥行き3m位の空間)で、見た目小学生くらいの女の子と話をする。その子の持ち物であるダンボールには、I・Yという名前がひらがなで書かれているのがハッキリと読める。夢の中で、その名前が、Lのリーディングに何度かいらしている女性の名前だと分かって、「こんなに若かったのかー」と驚きつつも、それを現実として受け入れていて、全く夢だとは気付いていない自分がいた。

実際には、私はその方にお目にかかった事はなく、話だけチラッと聞いていたのだが(最初の申込メールは共通アドレスに届くので特徴のあるお名前だと、普段は記憶喪失気味の私でも覚えていることがある)、起きてからLにその夢の内容を話すと、色々と面白い事が判明した。その方は、前日の新体道クラスに参加されていたKさんのお知り合いで、ちょうど、昨年『崖の上のポニョ』が大ヒットしていた頃に、メールにポニョの絵文字を添付して下さった方だというのだ。

何かのタイミングで、KさんとI・Yさんの関係を聞いていたからなのかもしれないが、とにかく面白い繋がりがあるものだと感心していたら、その数時間後(確かお昼前だったと思う)に、何と、ポニョの舞台となった「鞆(とも)の浦」に関する裁判の結果が報じられているのを、ネットのニュースで見つけてしまった。あまりのタイミングにひっくり返りそうになったが、広島地裁が出したその判決自体も嬉しい驚きに満ちたものだった。
 
というのも、県が推進しようとしていた埋め立て架橋事業に対して、景観保護の観点から、それに反対していた住民側が勝訴したという内容だったからだ。景観保護を理由に公共事業の中止を命じた判決は全国で初めてとのことなので、実に画期的な事が起きたのだ。そして、宮崎駿監督が、この判決について述べたコメントは、まさに前日、多摩川河畔の堤防工事について私が感じ、一つ前の記事に書いたことと同じ趣旨のものであった。
 
奇しくも、「電気の月」の問いは「私はどうしたらベストの方法で仕えることができるのか?」であり、今週のコドン(易の卦)は、「再出発」である。問いの中の「私」を「私達人間」に置き換え、仕える対象を「自然」と考えてみると、今回の判決は、見事に宇宙の時間の流れに乗ったものだったと言えるだろう。民主党が決めた各地のダム建設の中止や、今回「ポニョの舞台」で起きたこの流れが、近所の堤防工事(の中止)にも影響を与え、根本から見直すきっかけとなることを願ってやまない。宮崎監督がコメントされたように、今回の判決は、今後の日本をどうして行くかについて考える際の、非常に大きな一歩となるだろう。
 
ちなみに、私は、昨年の自分の誕生日に『崖の上のポニョ』を観に行ったが、そこから火星会合周期にあたる780日が経過すると、ちょうど2010年の10月1となる。つまりこの記念すべき判決の1周年のお祝いが、ポニョを観た日のKIN(7・戦士)とシンクロすることになるのだ。朝見た夢との繋がりといい、何か大きなレベルでの変化が、確実に起こりつつあるのを感じる。経済という観点からのみ眺めると、悪化にしか見えないだろうが、自然(=消費万歳という経済催眠術にかかっていない真っ当な人間も含む)にとっては、どんどん改善されて行く流れになるだろう。
 
二酸化炭素排出量25%削減という数字を、新政権の立てた無謀な目標としてではなく、「全てを見直せ」という自然界(地球)からのメッセージと受け止めて、本気で改革して行けば、たとえ数値的には達成できなくとも、日本は本当の意味で最先端の国として、敬意を持って世界に迎えられることになるだろう。

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