22・2・22

2010年02月07日 01:30

共振の月28日 (G2/6) KIN199 青い自己存在の嵐 (by D)

平成22年2月2日(KIN195)、書法塾のクラスが始まる前の話だ。先月の師範科クラスの時に、K・Kさんが、昭和11年2月22日の生まれの青木塾長に向かって、「平成22年2月22日で、22歳やったら良かったのにね~♪」と、おふざけで言ったことが話題に登った。しかし、私はその時、「むむ、もしかして・・・」という思いがふと頭をよぎって、すぐに調べてみたくなった。
 
昭和11年は1936年なので、2010年の今年、塾長は74歳になられる。「13の月の暦」では(伝統のマヤ暦でも)、365日の暦が52回巡ると、260日の暦は73回巡って、生まれた時と同じ関係に回帰する。つまり、52才が還暦(0歳と同じ)ということになる。ということは、74=52+22なので、今年の塾長は、まさに22歳の時と同じ「運命の道筋」を辿ることになるのだ!
 
平成22年2月22日に22歳の時と同じ巡りになる事を発見したのが2月2日だったり、冗談で言ったつもりのK・Kさん(本名の頭文字)の「K」は、ローマ字で11番目だったり(K・K=11・11≒22)、この展開全体が冗談のようでありながら、全てリアルであるところに面白さがある。
 
だが、ぞろ目シンクロはまだ続く。同日、Lが書法塾に向かう電車の中で車両を移動している時、バッタリOさんに出会ったらしい。普段からクリカの様々なクラスに参加して下さっているOさんは、チベット民族蜂起のタイミング(かつLの誕生KIN)に開講する、天真書法塾シャンバラ教室に参加表明をして下さったばかり。しかも、その電車は普段Oさんが頻繁に使用する路線でもないので、バッタリ会うなどというのも初めてのこと。
 
急いでいたLは、挨拶もそこそこに通り過ぎてしまったことを「感じ悪かったかも」と反省して、後でOさんにお詫びメールを送った。当のOさんは、特に「感じ悪い」とは思っていなかったどころか、むしろ、このタイミングにバッタリ出会ったことを、書を学ぶことへのGOサインと受け止めて下さったようだったが、そこにはおまけで非常に興味深い一文が付されていた。「2月2日、22時22分に、2月22日生まれの知人からメールをもらい」・・・と書かれていたのだ。
 
2月22日生まれの青木塾長が話題に登った2月2日のクラスのほんの少し前に、Lがバッタリ電車で出会ったOさんが、その日の夜に、こんなメールをお友達から受け取っていたなんて、つくり話にしても出来すぎている位だ。しかし、これらは全て平成22年2月2日に実際にあった話である。ここまで書いて満腹気分になってしまって、すっかり忘れるところだったが、もう一つあった。
 
その2日前のKIN193(G1/31)、私は『ジャガーの智恵』の翻訳者の石原佳代子さんとお会いする機会があり、「コールマンさん(※1)も『ジャガーの智恵』を推薦していたし、今度、ジョイントで何かやりましょう!」なんて話をしていた。それでキチェ・マヤに伝わる伝統的なハアブ暦の数え方(※2)では、今年はG2/22から新しい一年「11・シカの年」が始まる事を耳にし、大いに盛り上がっていたのだった。というのも、もともと石原さんとの出会いも新体道を通じてのものであり、新体道を創始されたのは、天真書法塾の塾長でもある青木先生だからだ。
 
そんな訳で、平成22年2月22日というゾロ目日は、日本の年号でこそ成り立つものだが、それが、(今年は)キチェ・マヤの暦での新年とシンクロしているという点には、大いに注目して良いだろう。

追記:何とOさんは、オーラソーマでのバースボトルが22番とのこと。そして、その意味は「再誕生する」とのことでした!2月2日が2でコード化された相当マジカルな日であった事は確かです。ちなみに、同日、私は大阪から東京への新幹線で3度虹を目にしました(もちろん新記録)。
 
(※1)『マヤ暦が終わるのは、2011年10月28日だった!』の著者、カール・ヨハン・コールマン博士の事。一部にコルマン・インデックスとして伝わっている情報の殆どは、本書(の原書)がソースになっており、全容理解には必読である。
(※2)キチェ・マヤハアブ暦は、季節との関係性を一定に保つようには数えられていない(つまりグレゴリオ暦のようなうるう日調整をしていない)ので、ほぼ4年に1日ずつ、元旦がそれ以前の年よりも早い時期へと移動して行くことになる。

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