シャンバラ教室

2010年03月15日 03:07

太陽の月8日 (G3/14) KIN235  青い磁気の鷲 (by D)

天真書法塾シャンバラ教室は、チベット民族蜂起51周年と、Lの69回目の銀河の誕生日が重なったG3/10(KIN231)に開講した。Lが書法を学び始めたのもKIN231だったので、そこからピッタリ11スピン目というタイミングでもあった。チベット語で「自由」を意味する「ランゼン(蘭禅)」を雅号に選んだ彼女にとって、これ以上完璧なスタートは無かっただろう。
 
シャンバラとは、チベット密教の「カーラ・チャクラ・タントラ」に登場する不可視の聖地を指す言葉だが、それは、私達の活動に常にインスピレーションをもたらし続けている、調和的なバイブレーションそのものとも言える。そもそも、クリカという呼称も、シャンバラでその教えを保持し、守っている存在に対して付された名前なのだ(長くなるので、ご興味のある方は、こちらをご参照頂きたい)。
 
ところで、準備段階においては、天真書法塾クリカ教室にする予定だったのが、急遽変更になったのにも、面白い背景がある。教室開講の27日前(私達が受けた最初のカーラ・チャクラ灌頂はダライ・ラマ法王による27回目のものだった)に当たるKIN204 、同じ場所の真上の部屋で、新体道瞑想クラスがあった時の事だ(その場所でやるのは初めてだった)。身体を動かしている最中、Lに突如インスピレーションが湧いたのだ。
 
おそらく、KIN204が、シャンバラを探し求めたロシアの探検家(画家)ニコライ・レーリヒ(「13の月の暦」との関係も深い)の誕生KINだったことや、その日、遠路四国からご参加下さった方のお名前に「車(チャクラ)」という文字が含まれていたことなども、引き金になったのだとは思うが、とにかく「シャンバラ教室」ということで心は決まってしまったらしい。既にクリカ教室で届出をした後だったにも関わらず、懐の深い先生方はその変更を快く認めて下さった。

そういう流れで生まれたクラスだけに、高い志を抱いた方々があちこちから集まって下さったのだが、特筆しておきたいのは、そこにチベット人の友人二人も、自ら加わってくれたという事である。天真書法塾は、青木天外先生によって全く新しく組み上げられた稽古体系を持っているものの、その土台には中国4千年の書の歴史が厳然と横たわっている。中国に不当に国を奪われたチベットの人々が、漢人文化の精髄とも言える漢字をベースにした書法を、自ら望んで学ぶというのは、私達が想像するほど簡単な事ではないはずだ。
 
もちろん、私達を友人として信頼してくれているから、という事もあるだろう。しかし、私はそれよりも、人は互いの素晴しいところを認め合える存在であるとか、他の伝統文化にも心からの敬意を表するとか、政治システムと民衆そのものとを混同しない、というような姿勢が日ごろから徹底されているからこそ、本質を見誤らずにものごとを追求できるのではないかと思えた。それもこれも、ダライ・ラマ法王という素晴しいリーダーが、見事なお手本ぶりを、その行動と態度で示し続けているからではないだろうか。
 
いずれにしても、敬意に基づくチベットと中国の(本当の意味での)文化的交流という素晴しい未来のヴィジョンが、天真書法塾シャンバラ教室という場で既に具現化していることを、私は皆さんにお伝えしたい。シャンバラをこの世の秘境や別次元のどこかに求め、実際にそれを見てきたと語る人も中にはいる。しかし、どんなに素敵な世界を体験してきたとしても、今、この世で、実際にその人がヴィジョンを体現できなければ、それは単なる空想と何ら変わりがない。
 
それより、ささやかではあっても、チベット人が中国の文化を、あるいは中国人がチベットの文化を敬意を持って学ぶことの方が、はるかに現実的な変容をもたらすのではないだろうか。奇しくも、教室が開講したのは、「ハートの解放」という卦でコード化された第33週目の4日目。33は秘儀参入の数であり、65調波からなるツォルキンの中央の調波の数でもある。そして、4日は「ハートの解放」の週のさらに中央部だ。そうしたタイミングに、チベット民族蜂起の日が重なったのも決して偶然ではないのだろう。
 
チベットの友人達は、筆と墨で文字を書くことへの興味や、天真書法塾ならではの瞑想的な側面にも引かれて参加してくれているようだが、私には、民族蜂起以来、半世紀に渡って膠着してきたチベット中国関係が解き放たれるためのシャーマニックな動きが、今、ここで起きているように思えてならない。それを確信させるかのように、教室終了後、その二人と共に道を歩いているまさにその瞬間、1959(民族蜂起のあった年)ナンバーの車が我々の横を通り過ぎて行った。
 
さらに、その後、「アンクルサムズサンドウィッチ」で夕食をとって、店を出ようとした時にも、「ルート66」の看板が目に入って驚かされた。「チベット・ピース・マーチ」の追記にも書いた通り、『第十一の予言』というシャンバラについて書かれた本の出版記念講演が、教室開校日のピッタリ9年前の3/10(KIN66)に開催され、私はその場にもいたからだ。また、私が最初のカーラ・チャクラ灌頂を受けたのも、33才、KIN66の道筋の時であった。

ついでだから、メモのつもりで書けるだけ書いておこう。この日(KIN231)は、キチェ・マヤの伝統的なツォルキンの数え方では「1・夜」で、その数え方での私の誕生日でもあった。「13の月の暦」のLの誕生KINと、キチェの私の誕生KINが重なる日は、多分私達が生きている間では、2008年~2012年の4年の間の5回だけで、それ以前も以降も重なる事は無い(少なくとも数百年間は)。そして、それがG3/10とまで重なるのは、2010年一度きりしかないのだ。

当日参加して下さった方は、体験だった方も含め、全員が入会手続きをして継続の意思を表明して下さっていたが、KIN69のHさんだけが、翌日(3/11)、FAXで申込用紙を送って来られた。その日、私達は、大イチョウを見に鶴岡八幡宮に行き、Lは秘技おみくじ2度引きをして、その合計は何と69だった。そして、鎌倉からの帰りの電車では、坂本龍一(KIN69)のポスターが目に入った。教室開校日が69回目の銀河の誕生日だったLにとって、これら全ては祝福と見て取ることが出来るだろう。ちなみに、6と9は易における陰陽の象徴数でもある。

尚、現チベットハウス代表のラクパ氏も、誕生KINはLと同じKIN231で、何とこの3/10がちょうどカレンダーラウンドだった。もちろん、これら全てのことに、最初から気付いていた訳では無い。前日、当日、翌日と日が進むに連れ加速度的に気付きが生じたのだ。ここまでチベットと繋がってくる日付に、教室が開講したという事実。そして、そこにチベット人が参加してくれているという事実。私は、これこそが、シャンバラのヴィジョンの(ひとつの)顕現ではないかと思うのである。そして、今、ここから何かが始まっている気がするのである。

コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    最近の記事