ハワイの風

2010年04月19日 22:34

惑星の月16日 (G4/19) KIN11 青いスペクトルの猿 (by D)

今日は、「13の月の暦」の提唱者(の一人)、ホゼ・アグエイアス博士の100回目の銀河の誕生日だという事に今朝気付いた。最近はめっきり縁遠くなってしまったが、凄腕の時間エンジニアにして私の「銀河の父」であることには違いないので、昨日ナディアで起こったシンクロをシェアすることで、テレパシックにお祝いしたいと思う。

『ドリームスペル』がマウイ島にいる時に受け取られ、『テレクトノンの預言』がハワイ島にいる時にもたらされたことに注目していた私は、その数日前に、テーマ別クラスで「テレクトノンとホ・オポノポノ」という話をしようと決めた。前日、確認のためにホゼの自伝を開くと、P208~209(というまさにドリームスペルにとって重要な数)にドリームスペルのことが、そして、自分のKINとシンクロするP241からテレクトノンの預言についてかかれているのを見出した。

当日(KIN10)、初心者クラスの参加は一人だけだったが、おかげで私自身にとっても驚くようなシンクロを発見できた。毎度思うが、少人数の時ほど劇的なシンクロに出くわす確率は高まるような気がする。その方は、当日が銀河の誕生日(つまりKIN10)で、道筋は、ハーモニック・コンバージェンスとシンクロするKIN55だった。KIN10がこれだけ強力に主張しているからには何かあるのだろうと思って、手帳で1スピン(260日)前のKIN10(G8/1)を調べると、以下のようなメモがあった。

・ノアの箱舟の夢
・大英博物館クリスタルスカルから2スピン(520日)
・夜にやたらと強く輝いているのは木星だと判明

箱舟についてはよく分からなかったが、この日(G4/18)、ヘリオコンパス上では、木星と火星が「開き」の関係になっていたので、780日前(火星会合周期)のKIN10に大英博物館でクリスタルスカルと出会っていたことや、260日前に木星に注目していた事には、偶然を越えた繋がりを感じざるを得なかった。だが、驚きはその先にあった。

スカルに出会ったのは、博物館の中の「Living&Dying」という部屋での事だった。詳細はメルマガVol.24とブログの過去記事(変容の春分点)に譲るが、その後エジプトを旅して帰国した私は(個人的にこれは死と再生の旅だった)、その直後の春分の日(地下鉄サリン事件からぴったり13年目の3/20)に、富士山の麓(サティアンのあったエリアのかなり近く)で、初来日したドン・アレハンドロのセレモニーに参加した。

アレハンドロ(これはスペイン名)のマヤ語での本名は、「生命・死」を意味するジョブ・ケメであり、その誕生日が1929年2月2日であることは、10年以上前に手に入れた『謎のクリスタルスカル』に記されているが、「13の月の暦」で誕生日を導けば、その日はKIN10となる。つまりKIN10は、スカルとアレハンドロ、生と死を一つに結んでいるのだ。

出会った人の誕生KINから時間を辿るのは、私が最もよく使う時空サーフィンのテクニックの一つだが、そのKIN10のSさんにも、今、目の前にいる私(KIN241)の日付のメモを見てみるよう促すと、何と、3/20(KIN241)にマウイに到着して、そのままイアオ渓谷に向かったというではないか!ナディアのゆみこさんのワークに参加するので訪れたとのことではあったが、タイミングと場所があまりにシンクロしていたので、さすがに私も驚いてしまった。

それに、イアオは「死と再誕生」の聖地とも言われているらしい。その後、Sさんがロミロミの時に(言葉の意味も分からず)選んだオイルの名も、オーラソーマのワークで選んだボトルも「死と再誕生」という意味を持っていたそうで、暦のクラスへの参加は、その流れの仕上げになっていたのではないかと思えてしまった。なぜなら、この日は、「現れを仕上げる」という意味が強調される、「魔術の亀の日」だったからだ。

そして、以前、高橋徹さんに教えて頂いた記憶を頼りに、今日改めてホゼの自伝を確認してみると、アグエイアス夫妻が初来日した時の帰国日、即ち1995年3月20日に、地下鉄サリン事件が起きていた事が分かった。テレクトノンが生きた預言であり、ドリームスペルがリアリティを変容させるゲームだというのは、どうやら本当のことのようだ。少なくとも、14年間に渡る継続的な検証作業に耐え、今日に至るまで驚きをもたらし続けてくれているのは確かだ。

上記のような話の流れから、ブログのタイトルを「ハワイの風」と決めたのは今朝(KIN11)になってからのことだったが、今日クリカを訪れて下さった方々は、それを初めから知っていたかのように、本当にハワイの風を運んで来て下さった。午前中にいらした方は、通訳のお仕事を通じてハワイの知恵に携わっている方、午後にいらした方は、何と、ホヌ(ウミガメ)のモチーフのお土産を持って来て下さったのだ。何でも昨日(KIN10)、藤沢の方でフラの大きなイベントがあって、お友達の関係者がそこに出演していたので観に行かれたのだとか。

私が自分に訪れている流れから、「テレクトノンとホ・オポノポノ」というタイトルで話をしようと決めたのは、KIN4(4/12)のことだったが(ナディアの掲示板に投稿している)、どうやら今、ヒューレン博士が来日しているようだ(全然知らなかったが)。2年前に一度クラスを受講し、あとは「JUST DO IT」だと理解した私は、それ以降、博士の動向を特に意識している訳ではないのだが、どこかで繋がっている部分があるのかもしれない。

余談だが、ホゼの自伝のP208には、こんな一文がある。「・・・ハイディがすぐに、三人のためにマウイのクラ地区に家を見つけてくれました。マウナ・プレース211番地、ハレアカラ山の斜面に建つ彼らの小さな赤い家は・・・」。モーナ(シメオナ)が創始した新しい形のホ・オポノポノを、世界中に伝えて回っているのが、イハレアカラ(ヒューレン)という人物であるのは、単なる偶然だとしても興味深いシンクロと言えないだろうか。

そういえば、DLコミュニケーションズの野崎友璃香さんも、今、日本に来られているようだ。私の唯一のハワイ経験は、DL主催のドルフィンスイムツアーで、野生のイルカ達と泳ぎまくった13年前の話。帰国直後に、思いがけずアグエイアス夫妻と初対面した(多分Lと初対面したのもこの時)のが懐かしく思い出される。9年前に『第十一の預言』と繋げて下さったのも友璃香さんだったが、その出版記念講演が(『ハワイアンリラックスのすすめ』共々)行われたのが芦屋で、KIN11の今日、ホヌのプレゼントを下さった方のご出身が芦屋だったのは、やはり偶然ではないような気がする。

そもそもナディアが生まれたきっかけもハワイにあるのだし、ハワイとの縁は少なからず感じてはいるが、こうして様々な波が時を同じくして一つにまとまってくると、「ああ、風が吹いてきているなー」と思うのである。


追伸:コンシャス・コンバージェンス(コールマン・マトリックス)についてのセミナーは、東京(上野毛)で5/16(日)の夜、大阪(喜連瓜破)で6/5(土)午後に開催予定です(日時は確定済)。詳細については、今しばらくお待ち下さい。

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