カラスになる

2010年06月03日 23:25

■水晶の月5日 (G6/3) KIN56 黄色い自己存在の戦士 (by D)

一昨日の深夜、眠る前にネットニュースで、舞踏家の大野一雄先生が逝去されたことを知った。新体道の記念パーティの席で、実際に踊る姿を拝見したのは、15年くらい前だっただろうか。たった一度、それもわずかな時間舞われたのを目にしただけだが、今でもその時の様子を思い出せるくらいに、印象深いものがあった。当時、既にかなりのご高齢だったはず・・・と思ったら、やはり103歳。1世紀を超えて生きるだけでも大変なことなのに、その後も舞台に立ち続けていらしたというのだから、頭が上がらない。さすがに、私達の師、青木先生にも多大な影響を与えた方である。

新体道―智慧をひらく身体技法』に大野先生の事が書かれているので、追悼の意味を込めてP41から一部抜粋してみたい。【・・・その先生は、たとえば「カラスになりなさい」という。そして「いま、あなたはカラスになろうとした。カラスはカラスになろうなんて思っていない」と。あるいは、手にした哲学書の一節を朗読して、「はい、これを表現して」―。私にはそれがとても新鮮でした。さっそく自分の稽古の参考にさせていただいた。そこで私は「突きは突きそのものである」という真空突きの極意に行き当たったのです。十年ほどたってから、久しぶりにお会いしたとき、「青木さん、あなたよくやったね」と抱きしめてくださった。それが舞踏家の大野一雄先生でした。私が最も尊敬している人の一人です。】

ここに登場するような稽古法は、形を変えつつ、今も新体道や剣、書の稽古の中で実際に行われている。従って、大野先生は、私達にとっても大いにゆかりのある方なのである。ところで、その縁を作って下さった青木先生は、現在、シルクロードの要所として栄えたトルファンの辺りに行かれていて(そこからさらに西方、タクラマカン砂漠と天山山脈の間にあるのがクチャだが、後で確認したらここには行かれていなかった模様)、おそらく今時分か少し前くらいに、大勢の人々の前で、剣の演武をされていたはずである。

4年前、西安郊外にあるクマーラジーヴァ(鳩摩羅什)ゆかりの草堂寺(それも鳩摩羅什の墓とされる玉で出来た塔を守るお堂)に、先生が揮毫された「煩悩即菩提」という文字が掲額されたことは、『シンクロニック・ジャーニー』にも記したが、実はクチャは、その鳩摩羅什が生まれた、かつての亀茲国に当たる場所なのだ。日本への仏教伝来の歴史を考えると、この流れは、非常に特別なもののように思える。また、より俯瞰して見ると、カイラスの北方、アルタイの南方に当たるその場所は、伝説的に語られるシャンバラの位置(あくまで3次元的に大雑把に捉えた場合だが)とも符合する点が興味深い。

原爆から91(13×7)スピンというタイミング、政局の変化、そして宮崎駿監督と同じKIN202(7・風)の署名を持つ大野一雄先生の逝去と、青木先生のシルクロードでの演武。「7・風」のキーワードが「調律・通す・呼び起こす」、「スピリット・伝える・呼吸」であることや、今週の卦が「発動」だという事もふまえると、見えている次元だけでなく、見えない次元でも、様々なことが激しく動いているような気がしてならない。と同時に鳩摩羅什が「色即是空」と漢訳したように「全ては空である」というような気もする。それを繋ぐのが、大野先生の「空は空になろうなんて思わない」という心だろうか。

そんなこんなで、新体道の本をめくっていたせいだろうか、夕方、「○○新」という名の中学時代の友人(バリ島在住)から結婚の報告が、そして、その直後、今度は「新○○さん」という、以前、二子玉川の新体道クラスにも来て下さった方から、大阪のスペシャルクラスへの申込みメールがあった。姓でも名でも、「新」一文字というのは結構珍しいと思うのだが、その珍しい姓名が続けて届いたことに私は強いインスピレーションを感じている。きっと何か「新しい」動きがあるのだろう。それを楽しみに、週末大阪に向かいたいと思う。

コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    最近の記事