バリさまさま・13(再会)

2010年11月06日 00:45

自己存在の月19日 (G11/5) KIN211 青い電気の猿 (by D)

バリアンの達人マッサージに満足しつつ荷造りを済ませると、ちょうど良い感じでバリチリのアルナワさんと約束していた時間になった。フライトは深夜なのだが、今回の旅のきっかけとなった中学時代の友人達と「空港の近くで晩御飯でも」という話になっていたので、少し早目に出ることにしたのだ。永田君(以降N)に連絡して、どこに行けばいいか訪ねると「ジャラン・ラヤ・クタの老大にしよう」というので、アルナワさんに伝えてそこまで送ってもらうことにした。
 
夕暮れ時で多少渋滞したところもあったが、マンギスからクタ方面に向かう道は殆ど綺麗に整備されていて、大体思っていた通りの時間で目的地に到着した。車中、アルナワさんにもバリアンの事を色々聞いてみたが、やはり掛かり付けの(何か問題があると相談する)バリアンがいるらしい。評判などを元に訪ね歩き、今の人に落ち着いたとのことで、相性などもあるようだ。
 
店に着いて荷物も全て降ろしてもらった時点で、Nがまだ到着していないことや予約が入っていないことを知ると、アルナワさんがひどく心配してくれたが、携帯で連絡を取って確認が取れたので、感謝しつつそこでお別れした。程なくしてNが到着。残念ながら新婚のお嫁さんは、ラマダン終了のタイミングに合わせてご実家のあるジャワ島に帰省したとのこと。もう一人の友人、清水君(以降S)はまだ仕事中とのことで、後から合流することになった。
 
老大は24時間営業の便利な中華料理店で、お粥や海産物が美味しい店として、地元の人たちにも愛されているらしい。久しぶりの再会と結婚を祝いつつ、イスラムに改宗した時に割礼したという話や、その後もそこそこ真面目にイスラム教徒として生活していることなどを、興味深く聞かせてもらった。暫くしてSも到着。確かこのメンバーで顔を合わせたのは、5年くらい前に葉山で行われたSの結婚式での事ではなかったかと思う。
 
彼らとの出会いは、横浜国大附属鎌倉中学。Nとは1年次に同級生で部活も一緒だったが、Sとはクラスが同じになった事も無く(とは言え4クラスしかなかったので面識はあった)、むしろ社会人になってからの方がよく話すようになった。私が大阪に住んでいたころ、Sもちょうどリッツ・カールトンでホテルマンをしていて、Nが仕事(遊び?)で大阪に来た時に、Sの家で枇杷葉温圧をしたりした事が懐かしく思い出される(煙の臭いが残って迷惑をかけたらしく未だに言われる)。
 
ちなみに、Nはその頃PR会社に勤めていて、コズミック・ダイアリーのイベントに関わったりもしていたのだから、縁とは面白いものである。そして、今はこうして二人ともインドネシアの女性と結婚して、バリ島に住んでいるのだから不思議なものだ。Nは、前にも書いた通りヴィラ・マネジメントの仕事をしていて、Sはスミニャックにあるディシニ・ラグジュアリー・スパ・ヴィラのマネージャーをしているとのこと。ガイドブックにも「日本人旅行者に人気が高い」などと書かれていて、結構有名なヴィラのようである。
 
年齢的には互いにすっかりオッサン世代だが、話していると中学時代に戻った気がしたりするから面白い。老大はお粥以外の料理も皆おいしく、話しに華を咲かせながら色々食べているうちに、すっかり満腹になってしまった。またバリに遊びに来いよという意味で彼らがご馳走してくれたので、素直に受けることにした。引き続きバリアンの研究もしたいし、52才からはサーフィンもする予定なので、バリに友人がいてくれるのはありがたい。帰りはNに空港まで車で送ってもらって、9月一杯で就航が終わるJALで帰国の途についた。
 
これでひとまず今自分のメモは終わりにするが、宿やお土産などに関するメモを後からLが追記してくれることになっている。ただし、いつになるか予定は未定である。(おわり)

追伸:後日談をひとつ。中学時代の友人にはJALのパイロットになった者もいて、Nらによれば、たまにバリにも飛んでいるとのことだったので、帰国後、クリカの活動に参加して下さっているJALのCA、Mさんにその話をしてみたら、「その方は存じ上げませんが、意識しておいてみますね」とおっしゃっていた。それからひと月位してMさんにお会いした時、「実はあれから2,3日後のフライトで、お友達の方と初めて同じフライトクルーになってご挨拶しました!ビックリです!」と興奮しながら伝えて下さった。シンクロはアンテナを立てておくとキャッチできるのである。

コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    最近の記事